Ghost train
●Ghost train
「いやー、助かった助かった」
男は終電を逃したかと慌てていたが、何とか滑り込んだ電車の席に腰を下ろす。今日は寝坊して時計を忘れてしまい、慌てて行動してばかりの一日だった。
「あいつらしこたま呑ませやがって……ふぁぁ」
こんな時間では流石に眠い。明日が休みだから良いものの、もう少し加減してはくれないだろうか。そんな事を考えながら男はうつらうつらとし始めた。
ぷつり、と世界が暗くなる。
「ん……? 何だ、蛍光灯でも古いのか?」
すぐに明かりがついたものの、男は明滅に目を覚ました。自分以外誰も居ない電車は枕木の音ですら遠く聞こえる。
そんな時、他の車両に繋がるドアが開いた。それも同時に。また珍しい事もあるもんだ、と男はそちらを見る。
―――白いガスのようなものが、ゆっくりとこちらに来ていた。
「な、ん……だ?」
急速に眠気が引いていく。同時に血の気も引いていく。正体の解らない恐怖に男はガスから離れようと反対の車両へ向かい、
目の前に、ソレが居た。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「オォ……アァ……!」
ガスじゃない。この白くて目と鼻と口があって前後から俺に迫ってるのは!
「ぎゃああああああああああああああああっ!」
●幽霊電車
「怪談にしちゃ時季外れだけどな……」
久方 相馬(nCL2000004)はぶるりと身を震わせる。今回のターゲットは夜の電車内に現れる心霊系の妖だ。
「ただこの妖、随分と特殊らしい。前後の扉から出てくる癖に特定の車両にしか出てこないみたいだから、先に乗客を他の車両に避難させれば巻き込まれる事はない筈だぜ」
流石にラッシュの時間であればそんな事は出来ないが、妖もそんな時間には出てきたくないのだろう。
「妖は車両の前後から同時に現れるみたいだから挟み撃ちの形になる。気を付けて戦ってくれ」
「いやー、助かった助かった」
男は終電を逃したかと慌てていたが、何とか滑り込んだ電車の席に腰を下ろす。今日は寝坊して時計を忘れてしまい、慌てて行動してばかりの一日だった。
「あいつらしこたま呑ませやがって……ふぁぁ」
こんな時間では流石に眠い。明日が休みだから良いものの、もう少し加減してはくれないだろうか。そんな事を考えながら男はうつらうつらとし始めた。
ぷつり、と世界が暗くなる。
「ん……? 何だ、蛍光灯でも古いのか?」
すぐに明かりがついたものの、男は明滅に目を覚ました。自分以外誰も居ない電車は枕木の音ですら遠く聞こえる。
そんな時、他の車両に繋がるドアが開いた。それも同時に。また珍しい事もあるもんだ、と男はそちらを見る。
―――白いガスのようなものが、ゆっくりとこちらに来ていた。
「な、ん……だ?」
急速に眠気が引いていく。同時に血の気も引いていく。正体の解らない恐怖に男はガスから離れようと反対の車両へ向かい、
目の前に、ソレが居た。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「オォ……アァ……!」
ガスじゃない。この白くて目と鼻と口があって前後から俺に迫ってるのは!
「ぎゃああああああああああああああああっ!」
●幽霊電車
「怪談にしちゃ時季外れだけどな……」
久方 相馬(nCL2000004)はぶるりと身を震わせる。今回のターゲットは夜の電車内に現れる心霊系の妖だ。
「ただこの妖、随分と特殊らしい。前後の扉から出てくる癖に特定の車両にしか出てこないみたいだから、先に乗客を他の車両に避難させれば巻き込まれる事はない筈だぜ」
流石にラッシュの時間であればそんな事は出来ないが、妖もそんな時間には出てきたくないのだろう。
「妖は車両の前後から同時に現れるみたいだから挟み撃ちの形になる。気を付けて戦ってくれ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.電車の怨霊を撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
・夜の電車内、周囲は非常に明るいですが電車内なので左右は狭いです。戦闘が可能なスペースを確保するなら二人横に並ぶのが精いっぱいです。
・乗客は妖が現れる前に声をかければ大人しく別の車両へ移動してくれます。なにやら生気がありませんがきっとお疲れなのでしょう。
・移動している電車の一車両丸ごとが舞台になります。前後のドアの距離は約20メートル、丁度中間辺りからのスタートになります。
●目標
電車の怨霊:妖・心霊系・ランク1:他の車両に繋がる扉から現れる白いガスのような妖。前後から同時に一体ずつ現れ、2ターン目にはもう一組現れる。
・無念の血霧:A特近単[貫2]:血のような霧を相手に吹きかける。新幹線に轢かれると体中の血が霧のように吹き出すのだとか……。[貫:100%,50%]
・絶望の断末魔:A特遠敵全:負の感情が篭った叫び。狭い電車の中という事もあり 逃 げ ら れ な い 。[呪い]
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年10月29日
2015年10月29日
■メイン参加者 6人■

●
日付も変わろうかという時間の静かな電車の中、全ての音が静かに遠ざかっていく。
車輪の音が、枕木の音が、連結器の音が―――、
「電車ってあまり好きじゃないのよね、誰が触ったかわからないものだらけだし……まあ、さっさと片付けていきましょうか」
ガチャリとドアが音を立て、六人の男女が隣の車両から現れる。最初に溜息をつきながら口を開いたのはキツめな印象を受ける眼鏡の少女―――七十里・夏南(CL2000006) だった。
その声に残りの五人が頷き、電車内にチラホラいる乗客へ向かっていく。
「おっちゃん、疲れてるとこ悪ぃけど、ここ電球切れかけてるみてーで危ねーから隣の車両に行こうぜ」
ぼんやりとした表情の男性に声をかけたのは先程の少女よりも若い、それこそ小学生にしか見えない少年だった。
それもその筈、少年こと成瀬 翔(CL2000063) は紛れも無い小学生だ。本来ならばとっくに寝ている時間である。
「ここは酔っぱらいが出したもので、くっさいくっさい車両だから隣の車両いって!」
また別の乗客に声をかけているのもまた少年だ。いや、中性的な容姿をしているので少女かもしれない。
とは言えその子供、花蔭 ヤヒロ(CL2000316)から出てきた言葉がまた酷い。そしてそんな彼らに虚ろな目で従う乗客を含めた光景は一種不気味ですらある。
「すみません。突然悪いんだけど、隣の車両に移動してもらってもいいかな?」
「さっき、車掌さんにも聞いたんですが、この車両、エアコンが調子悪いみたいなんです。次の駅まで整備出来ないみたいですし、他の車両に移った方がいいですよ」
また別の乗客の所へ向かったのは宮神 早紀(CL2000353) とラーラ・ビスコッティ(CL2001080) の二人だ。
よくよく観察すればラーラの言葉にある種の強制力が含まれているのが解るが、乗客はそれすらも意に介さずにフラリと言われるまま動く。
「なんだか凄く疲れきってるね。社会人になるとあたし等学生よりも苦労は多いだろうから、大変なんだろうなぁ……」
子供から大人へ変わる時期である早紀は虚ろな表情の乗客を見て、そうポツリと呟く。
そうして全ての乗客を別の車両へと移動させ、やがて六人は車両の中央へと集まった。
「あまり顔を覚えられたくはないのだけれど……まあ、仕方ないか。本当、こんな時間までお疲れ様ね」
夏南がもう一度溜息をつき、
カチリ、と電車の電気が一瞬消えた。
「なんちゅうかのう……ホラーにしてはちっくと演出が足らんと思うきに。幽霊にしては随分とタイミングを図った様じゃしの」
知識にあった現象に即座に隣の車両へ繋がるドアへ視線を飛ばし、予想通りの状況になった事に神・海逸(CL2001168) が肩を落とす。
前後の車両へと繋がる扉、そこには白いガスのような何かがもやもやと漂っていた。勿論それはガスではない。妖。人に害成すモノだ。
「毎日クタクタになるまで働いているおっちゃんが可哀想だからな! がんばってたおすぞー! おー!」
ヤヒロは腰のベルトから大きさの違う斧を二振りとりだし、高らかに掲げる。その時には既に特徴的な薄い色素の髪は黒く染まり、瞳の色も揃いに変わっていた。
「意思表明はいいからさっさと動く!」
「ええっと、真ん中真ん中……」
「あ、私こっち? え、こっち!?」
「うおぉ? 視線が変わるとバランスが……!?」
まあ、周囲はそれどころではないのだが。事前の話し合いが足りなかったのか、隊列の形成にモタついてしまう。
何とか進行方向から夏南、ラーラ、海逸とヤヒロ、翔、早紀の順に並び終わる頃には現れた妖もすっかり戦闘態勢を整えているのだった。
●
「怖くなんかないですよ。そう、こういう時はえっと、トリック・オア・トリート……じゃなくって……」
真っ先に反応したのはラーラだった。その速さは恐怖故か、色々と見当違いな事を口走ってもいた。しかし体は淀みなく動き、火行壱式「醒の炎」で自己の強化を図っていた。
「場所と様子から見るに、行き詰まった社会人の成れの果てか。死んで楽になったならわざわざ化けて出てくる必要もあるまいに」
それに続いて夏南も醒の炎を使い、五行の炎を活性化させて身体能力を引き上げる。隊列の形成でモタついてはいたが、いざ戦闘になれば問題ないという事か。
「ァアアアアアアアアアアッ!」
初手の攻撃は先頭車両側から現れた怨霊、その叫びだった。中身は絶望。生きる気力を根本から奪っていく音の響きが覚者達を襲う。
幸いにも動きに支障の出た者は居なかったが、無傷で済んだのは特殊防御力が突出して高いラーラだけであった。
「ォォ……ァア……!」
その叫びの最中に移動していた反対側の怨霊が赤い霧を早紀へ吹き付ける。貫通する攻撃ではあるが隊列を上手く組んでいた事もあって当たったのは早紀だけであった。
しかし、そのダメージは非常に大きい。先の叫びと合わせて特殊防御力が最も低い早紀は体力を一気に半分近く失っていた。
「この……やったなぁ!」
全身を染めた血を振り払うかのように、早紀は醒の炎を使う。奪われた体力を回復する事こそできなかったが、初手を取られて動揺した心を落ち着ける事には成功していた。
「電車に出るって事は、電車に轢かれた人の幽霊とかなのかなあ……だとしても人に迷惑掛けちゃダメだよな」
未だ断末魔に含まれた絶望の気配を振り払ったのは、翔が使った天行壱式「演舞・清風」だ。完全な妖のテリトリー内でありながら、それを払うかのような清涼な空気が周囲へと満ちる。
「いかんの、回復せんと」
海逸は前衛を担当する早紀へ水行壱式「癒しの滴」をかける。しかし電車内という事もあってか手元が安定せず、早紀の体力は僅かにしか回復しなかった。
「錬覇法っ!」
初手を取られてモタつく中でヤヒロは着々と準備を進める。両手に持った斧を打ち合わせ、自らに眠る英霊の力によって攻撃力を引き上げた。
「いけっ! 空丸!」
翔は自身の守護使役を天井すれすれまで飛ばし、全体の状況を把握しようと動く。と、その視界に前後の扉が同時に開いて入って来る影が映った。妖の増援である。
「はぁぁぁぁっ!」
覚者達の攻撃の先陣は早紀による五織の彩であった。火行壱式「炎撃」とどちらを使うかを迷っていたようだが、総氣力の少ない早紀は消費量の少ない方を選んだようだ。
早紀の握るトンファーが燐光と共に怨霊の一体を打ち据える。粘度の高い霞を殴っているような感触だったが、どうやらダメージは問題なく通っているようだった。
「もう一回……癒しの滴!」
海逸は後衛に徹するのか、再び早紀へと癒しの滴を使う。二度目であるという事と演舞・清風の影響もあってか、先程の倍近く回復させる事に成功していた。
「ギャアアアアアァァアアアァァァアッ!」
進行方向側から新たに表れた怨霊が接近と同時に絶望の断末魔を上げる。先程の電子音にも聞こえた叫びと比べると低く、元は男性の物だと解る。
その重く苦しい叫びは覚者達の体の魂をも締め付ける。断末魔に込められた呪いが覚者達へと降りかかったようだ。
「シャァァ……!」
「カァァ……!」
後方に居た怨霊が立て続けに早紀へと血霧を吹き掛ける。演舞・清風により特殊攻撃への防御力が上がっているとは言え、元々の防御力が低い早紀にはたまったものではない。
「あいたた……そろそろマズイかも」
「宮神さん! 下がって!」
翔の声と共に二人は前後に移動し、ポジションを入れ替える。特殊攻撃を行って来る敵に対し、最も特殊防御力が低い早紀を前衛にするのは悪手だったとしか言えないだろう。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
先に頭数を減らす作戦なのか、ラーラが早紀の前に居る怨霊へと火行壱式「火炎弾」を放つ。間に海逸とヤヒロを挟んでいるものの、火炎弾は何とか怨霊へと当たった。
流石に覚者達の中で最も火力が高い一撃は堪えたのか、怨霊は身を捩って熱さを訴えている。
「不定形となると少しやりにくいな」
そうは言いつつ夏南は術符を手に巻き付け、眼前の怨霊へと火行壱式「炎撃」を叩き込む。見事に頬を撃ち抜いた拳から怨霊へと炎が移る。
腰の入った一撃が見事に決まり、不定形の筈の怨霊が炎に苛まれ始めた。幽霊も火傷はするのか。
「シィィィッ!」
「チッ!」
お返しとばかりに夏南の眼前の怨霊は血霧を吹き付け、夏南へとダメージを与える。当たり所が悪かったのか、夏南の体力は三分の一を切ってしまっていた。
「反射を食らってほろびろー」
夏南の攻防を補助するようにヤヒロが土行壱式「蒼鋼壁」をかける。この術式は防御力を上昇させると共に反射の特性を持たせる事が出来、特殊攻撃しか持たない怨霊には最適の手である。
……なのだが、掛け声が妙に気が抜けるようなもののはわざとなのだろうか?
「ハァァァ……」
後方から現れた二匹目の怨霊は先程までの続きのつもりなのか、早紀へと追撃をかける。ブロックが間に合わない翔の隣まで侵攻して無念の血霧を吹き掛けた。
「あぐぁっ!?」
下がりはしたが回復が間に合わなかった早紀は、怨霊の攻撃によって力なく電車の床へと崩れ落ちる。が、程なく精霊顕現の証である刺青から燐光を放って跳び起きた。
「せやぁぁっ!」
早紀は痛みに顔を顰めつつも眼前の敵へトンファーで殴り付ける。五織の彩によって強化された一撃は強かに怨霊を打つも、無傷の敵を倒すには威力が足りなかった。
「ぐっ……遠距離系のスキルも、取得しとけば……前衛に立たなくても良かったん……だけどな」
軽口を叩くも息は絶え絶え、足元は細かく震えている。あと一撃まともに血霧を喰らえば再び力尽きるだろう。
「あ、当たって……火炎弾!」
「オォォォ……」
その横を通ってラーラの放った火炎弾が最初に後方から現れていた怨霊へと当たる。流石に大威力の火炎弾を二度も喰らえば耐えられないのか、怨霊は怨嗟の声と共に消えていった。
と、ラーラは自身の体が軽く感じる事に気が付く。怨霊を倒した事が関係しているのかどうかは知らないが、どうやら呪いの解除に成功していたようだ。
「キィィィィイ!」
怨霊の一体がやられた事に怒りを覚えたのか、前方から増援としてやってきた怨霊が夏南へと血霧を二度も吹き掛ける。
「くっ……!」
確かにダメージは大きく夏南の体力は半分を切るが、蒼鋼壁によって二度も反射されたダメージもまた少なくは無かった。
「■■■■―――ッ!」
衝撃が覚者達を襲う。最早それは声の粋を超えた何かであり、絹を裂くどころかガラスを全力で引っ掻いたような怖気が覚者達の背を貫いた。折角解除できたラーラの呪いも再びかかってしまう。
「感傷というわけではないけど……死んだら死んでていいのよ」
夏南は手を伸ばせば届く距離に居る怨霊へ圧縮した空気の一撃、エアブリットを放つ。相応に痛かったのか霞のような顔がぐにゃりと歪んでいた。
エアブリットによる強烈な気圧の変動に髪の毛や服の裾がはためくが、怨霊はそういった物理現象は関係ないのか同じ場所に漂い続けている。
「やばいやばいっ! 蒼鋼壁!」
ヤヒロは残り体力が危険域に入っている早紀に蒼鋼壁をかける。力尽きた時に即座に復活するのは生命力を極端に使うため、体力も精々三割程度しか回復しない。
短時間に二度倒れれば大怪我に繋がりかねないため、慌てて守りを固めるように動いていた。
「呪いなんて跳ね返してやろーぜ、みんな!」
覚者達の身を芯から苛む呪いに対し、翔は天行壱式「演舞・舞衣」を使う。即座に回復する訳では無いが、全員が呪いに侵されている今は有効な手であった。
「回復で手いっぱいじゃけぇのぅ……」
海逸は三度早紀に癒しの滴を使う。中衛に下がった事が功を奏したのか、ようやく十全な回復効果が表れていた。
「せめて早く叩き戻してあげましょうか。エアブリット!」
夏南はもう一度エアブリットを使うが、今度は空気の弾丸を手で掴んで至近距離の怨霊へと見事な投球フォームで打ち込んだ。
「ぅあぁぁ……ぁぁ……」
流石にオーバーキルだったのか、消えていく怨霊もどこか納得のいかない表情をしていたような気がしなくもない。
「この……! 前へは絶対に行かせねー!」
演舞・舞衣を使った隙に真横へ入り込んできた怨霊へ翔がブロウオブトゥルースを放つ。正面の早紀に気を取られていたのか、波動弾をモロに喰らった怨霊は吹き飛ばされて電車の窓ガラスに叩き付けられた。
吹き飛ばされた怨霊は勢いよく電車を揺らすと思われたが、霧のような体のせいかまたは別の理由があるのか、電車は何事もなく走り続けている。
「こん……のぉっ!」
ゆらりと元の位置に戻った怨霊へ早紀の一撃が奔る。手元でくるりと回したトンファーの長辺をその霧のような体へと突き込んだのだ。
ズン、と重い踏み込みが電車の車体を今度こそ揺らす。その衝撃のままに五織の彩によって力を籠められたトンファーは、見事怨霊を四散させたのだった。
「そーら……よっと!」
軽い掛け声と共にヤヒロが投斧を振る。が、実際には斧は投げられてはいない。斧に籠められた力によって、斧型の因子の力の塊を投げる特殊攻撃だ。
物理的な攻撃に強い心霊系の妖も術式やこういった力そのものには弱く、サクリと斧の形の力の塊が霞のような体に突き刺さっていた。
「さっさと仕留め―――グッ!?」
回復に集中していた海逸だったが、残り一体となったからか攻撃に回ろうとする。が、その動きは唐突に遮られた。どうやら呪いによって動きが止められてしまったようだった。
「……ァアッ!」
最後に残った怨霊は蒼鋼壁で反射される事も構わず夏南へ赤い霧を吐く。流石に防御を固めているとは言え、そう何度も喰らえば夏南もダメージが蓄積してしまう。
「さっきからゲロゲロと……汚いわよ!」
とは言え当の本人はそれよりも血の色と香りの霧を吐かれ、それを被っている事の方が気になっているようだが。
「も、もう一度……ぁ、くっ!」
ラーラが大火力の火炎弾を撃とうと構えるが、先程の海逸と同様に不自然に苦しむ。元々恐怖を押さえつけるように戦っていたが、呪いがそこをついてラーラの動きを止めてしまっていた。
「ま、けるもんかぁ……!」
しかし、怖かろうと呪いに侵されていようとラーラは覚者。戦う力を持っており、それに見合った心の持ち主なのである。
力を振り絞って放たれた火炎弾は先程までのような威力は無かったが、それでも怨霊の体力の大半を削る事に成功した。
「ゥゥゥァァァア―――」
怨霊は形勢の不利を悟ったのか、全体攻撃である絶望の断末魔を放とうとする。
が、
「……残念。君がふっとぶ番だ」
ヤヒロによって蒼鋼壁がかけられたのは夏南と早紀の二人。ただでさえ体力が削られている怨霊は二人分の反射に耐えるだけの力は残っていない。
覚者達は最後の一撃を耐え切り、反射された自身の攻撃で怨霊が宙へ溶けるように消えていくのを確認するのだった。
●
「この世にいても苦しいだけだろうし、ちゃんと成仏してくれるといいんだけど……」
怨霊が全て消えるのと同時に周囲へ撒き散らされていた血の霧も綺麗さっぱり消えたのを確認し、翔の呟きを皮切りに覚者達の間の空気が一気に弛緩する。
「消えたとは言え、軽く掃除ぐらいはしとかないと……」
「終わったー……ぁっ!?」
特に一度倒れた早紀など椅子に飛び込むように座るが―――その瞬間、煙か何かのように電車が丸ごと消えてしまう。
その場に残されたのは線路の上に立つ覚者達。いや、早紀は尻を強かに打ち付けたのか悶絶して転げ回っている。
「電車が……消えた?」
「おーい、転がってると汚れるぞー……まあ、酔い潰れた奴等の嘔吐物の上よりはマシじゃが」
まさかまた別の妖の仕業か、と覚者達は警戒するが実を言うと当たり前の話である。
何を隠そう、この路線の終電は23時前。つまり、元々日付が変わるであろう時間に走っている電車など存在しないのだ。
この路線を普段から使っている覚者は居らず、夢見に予知された男は時計も無く何時なのか解らなかった……ただそれだけの話だった。
「そう言えばこの依頼、最初は電車の幽霊を倒すのかと思ってたんだけど……」
「きっとそうなんでしょうね。電車そのものが幽霊の妖だった、と。乗客があんなに簡単に従ったのも妖の一部だったから……?」
「あたた……怨霊は特定の車両だけ、つまり他の車両から移動せずにその場で出てきてたって事なのかな?」
ヤヒロの言葉に夏南が予想を繋ぎ、尻の痛みから復活したらしい早紀も考察を加える。それを聞いたラーラの顔色は真っ青に染まっていた。
「じゃ、じゃあ私達今までお化けに乗ってたんですか!? ……きゅぅ」
ほぼ無傷だったラーラが卒倒した辺り、本当に苦手だったのだろう。覚者達はそう苦笑いを交わした後、大きく溜息をつくのだった。
日付も変わろうかという時間の静かな電車の中、全ての音が静かに遠ざかっていく。
車輪の音が、枕木の音が、連結器の音が―――、
「電車ってあまり好きじゃないのよね、誰が触ったかわからないものだらけだし……まあ、さっさと片付けていきましょうか」
ガチャリとドアが音を立て、六人の男女が隣の車両から現れる。最初に溜息をつきながら口を開いたのはキツめな印象を受ける眼鏡の少女―――七十里・夏南(CL2000006) だった。
その声に残りの五人が頷き、電車内にチラホラいる乗客へ向かっていく。
「おっちゃん、疲れてるとこ悪ぃけど、ここ電球切れかけてるみてーで危ねーから隣の車両に行こうぜ」
ぼんやりとした表情の男性に声をかけたのは先程の少女よりも若い、それこそ小学生にしか見えない少年だった。
それもその筈、少年こと成瀬 翔(CL2000063) は紛れも無い小学生だ。本来ならばとっくに寝ている時間である。
「ここは酔っぱらいが出したもので、くっさいくっさい車両だから隣の車両いって!」
また別の乗客に声をかけているのもまた少年だ。いや、中性的な容姿をしているので少女かもしれない。
とは言えその子供、花蔭 ヤヒロ(CL2000316)から出てきた言葉がまた酷い。そしてそんな彼らに虚ろな目で従う乗客を含めた光景は一種不気味ですらある。
「すみません。突然悪いんだけど、隣の車両に移動してもらってもいいかな?」
「さっき、車掌さんにも聞いたんですが、この車両、エアコンが調子悪いみたいなんです。次の駅まで整備出来ないみたいですし、他の車両に移った方がいいですよ」
また別の乗客の所へ向かったのは宮神 早紀(CL2000353) とラーラ・ビスコッティ(CL2001080) の二人だ。
よくよく観察すればラーラの言葉にある種の強制力が含まれているのが解るが、乗客はそれすらも意に介さずにフラリと言われるまま動く。
「なんだか凄く疲れきってるね。社会人になるとあたし等学生よりも苦労は多いだろうから、大変なんだろうなぁ……」
子供から大人へ変わる時期である早紀は虚ろな表情の乗客を見て、そうポツリと呟く。
そうして全ての乗客を別の車両へと移動させ、やがて六人は車両の中央へと集まった。
「あまり顔を覚えられたくはないのだけれど……まあ、仕方ないか。本当、こんな時間までお疲れ様ね」
夏南がもう一度溜息をつき、
カチリ、と電車の電気が一瞬消えた。
「なんちゅうかのう……ホラーにしてはちっくと演出が足らんと思うきに。幽霊にしては随分とタイミングを図った様じゃしの」
知識にあった現象に即座に隣の車両へ繋がるドアへ視線を飛ばし、予想通りの状況になった事に神・海逸(CL2001168) が肩を落とす。
前後の車両へと繋がる扉、そこには白いガスのような何かがもやもやと漂っていた。勿論それはガスではない。妖。人に害成すモノだ。
「毎日クタクタになるまで働いているおっちゃんが可哀想だからな! がんばってたおすぞー! おー!」
ヤヒロは腰のベルトから大きさの違う斧を二振りとりだし、高らかに掲げる。その時には既に特徴的な薄い色素の髪は黒く染まり、瞳の色も揃いに変わっていた。
「意思表明はいいからさっさと動く!」
「ええっと、真ん中真ん中……」
「あ、私こっち? え、こっち!?」
「うおぉ? 視線が変わるとバランスが……!?」
まあ、周囲はそれどころではないのだが。事前の話し合いが足りなかったのか、隊列の形成にモタついてしまう。
何とか進行方向から夏南、ラーラ、海逸とヤヒロ、翔、早紀の順に並び終わる頃には現れた妖もすっかり戦闘態勢を整えているのだった。
●
「怖くなんかないですよ。そう、こういう時はえっと、トリック・オア・トリート……じゃなくって……」
真っ先に反応したのはラーラだった。その速さは恐怖故か、色々と見当違いな事を口走ってもいた。しかし体は淀みなく動き、火行壱式「醒の炎」で自己の強化を図っていた。
「場所と様子から見るに、行き詰まった社会人の成れの果てか。死んで楽になったならわざわざ化けて出てくる必要もあるまいに」
それに続いて夏南も醒の炎を使い、五行の炎を活性化させて身体能力を引き上げる。隊列の形成でモタついてはいたが、いざ戦闘になれば問題ないという事か。
「ァアアアアアアアアアアッ!」
初手の攻撃は先頭車両側から現れた怨霊、その叫びだった。中身は絶望。生きる気力を根本から奪っていく音の響きが覚者達を襲う。
幸いにも動きに支障の出た者は居なかったが、無傷で済んだのは特殊防御力が突出して高いラーラだけであった。
「ォォ……ァア……!」
その叫びの最中に移動していた反対側の怨霊が赤い霧を早紀へ吹き付ける。貫通する攻撃ではあるが隊列を上手く組んでいた事もあって当たったのは早紀だけであった。
しかし、そのダメージは非常に大きい。先の叫びと合わせて特殊防御力が最も低い早紀は体力を一気に半分近く失っていた。
「この……やったなぁ!」
全身を染めた血を振り払うかのように、早紀は醒の炎を使う。奪われた体力を回復する事こそできなかったが、初手を取られて動揺した心を落ち着ける事には成功していた。
「電車に出るって事は、電車に轢かれた人の幽霊とかなのかなあ……だとしても人に迷惑掛けちゃダメだよな」
未だ断末魔に含まれた絶望の気配を振り払ったのは、翔が使った天行壱式「演舞・清風」だ。完全な妖のテリトリー内でありながら、それを払うかのような清涼な空気が周囲へと満ちる。
「いかんの、回復せんと」
海逸は前衛を担当する早紀へ水行壱式「癒しの滴」をかける。しかし電車内という事もあってか手元が安定せず、早紀の体力は僅かにしか回復しなかった。
「錬覇法っ!」
初手を取られてモタつく中でヤヒロは着々と準備を進める。両手に持った斧を打ち合わせ、自らに眠る英霊の力によって攻撃力を引き上げた。
「いけっ! 空丸!」
翔は自身の守護使役を天井すれすれまで飛ばし、全体の状況を把握しようと動く。と、その視界に前後の扉が同時に開いて入って来る影が映った。妖の増援である。
「はぁぁぁぁっ!」
覚者達の攻撃の先陣は早紀による五織の彩であった。火行壱式「炎撃」とどちらを使うかを迷っていたようだが、総氣力の少ない早紀は消費量の少ない方を選んだようだ。
早紀の握るトンファーが燐光と共に怨霊の一体を打ち据える。粘度の高い霞を殴っているような感触だったが、どうやらダメージは問題なく通っているようだった。
「もう一回……癒しの滴!」
海逸は後衛に徹するのか、再び早紀へと癒しの滴を使う。二度目であるという事と演舞・清風の影響もあってか、先程の倍近く回復させる事に成功していた。
「ギャアアアアアァァアアアァァァアッ!」
進行方向側から新たに表れた怨霊が接近と同時に絶望の断末魔を上げる。先程の電子音にも聞こえた叫びと比べると低く、元は男性の物だと解る。
その重く苦しい叫びは覚者達の体の魂をも締め付ける。断末魔に込められた呪いが覚者達へと降りかかったようだ。
「シャァァ……!」
「カァァ……!」
後方に居た怨霊が立て続けに早紀へと血霧を吹き掛ける。演舞・清風により特殊攻撃への防御力が上がっているとは言え、元々の防御力が低い早紀にはたまったものではない。
「あいたた……そろそろマズイかも」
「宮神さん! 下がって!」
翔の声と共に二人は前後に移動し、ポジションを入れ替える。特殊攻撃を行って来る敵に対し、最も特殊防御力が低い早紀を前衛にするのは悪手だったとしか言えないだろう。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
先に頭数を減らす作戦なのか、ラーラが早紀の前に居る怨霊へと火行壱式「火炎弾」を放つ。間に海逸とヤヒロを挟んでいるものの、火炎弾は何とか怨霊へと当たった。
流石に覚者達の中で最も火力が高い一撃は堪えたのか、怨霊は身を捩って熱さを訴えている。
「不定形となると少しやりにくいな」
そうは言いつつ夏南は術符を手に巻き付け、眼前の怨霊へと火行壱式「炎撃」を叩き込む。見事に頬を撃ち抜いた拳から怨霊へと炎が移る。
腰の入った一撃が見事に決まり、不定形の筈の怨霊が炎に苛まれ始めた。幽霊も火傷はするのか。
「シィィィッ!」
「チッ!」
お返しとばかりに夏南の眼前の怨霊は血霧を吹き付け、夏南へとダメージを与える。当たり所が悪かったのか、夏南の体力は三分の一を切ってしまっていた。
「反射を食らってほろびろー」
夏南の攻防を補助するようにヤヒロが土行壱式「蒼鋼壁」をかける。この術式は防御力を上昇させると共に反射の特性を持たせる事が出来、特殊攻撃しか持たない怨霊には最適の手である。
……なのだが、掛け声が妙に気が抜けるようなもののはわざとなのだろうか?
「ハァァァ……」
後方から現れた二匹目の怨霊は先程までの続きのつもりなのか、早紀へと追撃をかける。ブロックが間に合わない翔の隣まで侵攻して無念の血霧を吹き掛けた。
「あぐぁっ!?」
下がりはしたが回復が間に合わなかった早紀は、怨霊の攻撃によって力なく電車の床へと崩れ落ちる。が、程なく精霊顕現の証である刺青から燐光を放って跳び起きた。
「せやぁぁっ!」
早紀は痛みに顔を顰めつつも眼前の敵へトンファーで殴り付ける。五織の彩によって強化された一撃は強かに怨霊を打つも、無傷の敵を倒すには威力が足りなかった。
「ぐっ……遠距離系のスキルも、取得しとけば……前衛に立たなくても良かったん……だけどな」
軽口を叩くも息は絶え絶え、足元は細かく震えている。あと一撃まともに血霧を喰らえば再び力尽きるだろう。
「あ、当たって……火炎弾!」
「オォォォ……」
その横を通ってラーラの放った火炎弾が最初に後方から現れていた怨霊へと当たる。流石に大威力の火炎弾を二度も喰らえば耐えられないのか、怨霊は怨嗟の声と共に消えていった。
と、ラーラは自身の体が軽く感じる事に気が付く。怨霊を倒した事が関係しているのかどうかは知らないが、どうやら呪いの解除に成功していたようだ。
「キィィィィイ!」
怨霊の一体がやられた事に怒りを覚えたのか、前方から増援としてやってきた怨霊が夏南へと血霧を二度も吹き掛ける。
「くっ……!」
確かにダメージは大きく夏南の体力は半分を切るが、蒼鋼壁によって二度も反射されたダメージもまた少なくは無かった。
「■■■■―――ッ!」
衝撃が覚者達を襲う。最早それは声の粋を超えた何かであり、絹を裂くどころかガラスを全力で引っ掻いたような怖気が覚者達の背を貫いた。折角解除できたラーラの呪いも再びかかってしまう。
「感傷というわけではないけど……死んだら死んでていいのよ」
夏南は手を伸ばせば届く距離に居る怨霊へ圧縮した空気の一撃、エアブリットを放つ。相応に痛かったのか霞のような顔がぐにゃりと歪んでいた。
エアブリットによる強烈な気圧の変動に髪の毛や服の裾がはためくが、怨霊はそういった物理現象は関係ないのか同じ場所に漂い続けている。
「やばいやばいっ! 蒼鋼壁!」
ヤヒロは残り体力が危険域に入っている早紀に蒼鋼壁をかける。力尽きた時に即座に復活するのは生命力を極端に使うため、体力も精々三割程度しか回復しない。
短時間に二度倒れれば大怪我に繋がりかねないため、慌てて守りを固めるように動いていた。
「呪いなんて跳ね返してやろーぜ、みんな!」
覚者達の身を芯から苛む呪いに対し、翔は天行壱式「演舞・舞衣」を使う。即座に回復する訳では無いが、全員が呪いに侵されている今は有効な手であった。
「回復で手いっぱいじゃけぇのぅ……」
海逸は三度早紀に癒しの滴を使う。中衛に下がった事が功を奏したのか、ようやく十全な回復効果が表れていた。
「せめて早く叩き戻してあげましょうか。エアブリット!」
夏南はもう一度エアブリットを使うが、今度は空気の弾丸を手で掴んで至近距離の怨霊へと見事な投球フォームで打ち込んだ。
「ぅあぁぁ……ぁぁ……」
流石にオーバーキルだったのか、消えていく怨霊もどこか納得のいかない表情をしていたような気がしなくもない。
「この……! 前へは絶対に行かせねー!」
演舞・舞衣を使った隙に真横へ入り込んできた怨霊へ翔がブロウオブトゥルースを放つ。正面の早紀に気を取られていたのか、波動弾をモロに喰らった怨霊は吹き飛ばされて電車の窓ガラスに叩き付けられた。
吹き飛ばされた怨霊は勢いよく電車を揺らすと思われたが、霧のような体のせいかまたは別の理由があるのか、電車は何事もなく走り続けている。
「こん……のぉっ!」
ゆらりと元の位置に戻った怨霊へ早紀の一撃が奔る。手元でくるりと回したトンファーの長辺をその霧のような体へと突き込んだのだ。
ズン、と重い踏み込みが電車の車体を今度こそ揺らす。その衝撃のままに五織の彩によって力を籠められたトンファーは、見事怨霊を四散させたのだった。
「そーら……よっと!」
軽い掛け声と共にヤヒロが投斧を振る。が、実際には斧は投げられてはいない。斧に籠められた力によって、斧型の因子の力の塊を投げる特殊攻撃だ。
物理的な攻撃に強い心霊系の妖も術式やこういった力そのものには弱く、サクリと斧の形の力の塊が霞のような体に突き刺さっていた。
「さっさと仕留め―――グッ!?」
回復に集中していた海逸だったが、残り一体となったからか攻撃に回ろうとする。が、その動きは唐突に遮られた。どうやら呪いによって動きが止められてしまったようだった。
「……ァアッ!」
最後に残った怨霊は蒼鋼壁で反射される事も構わず夏南へ赤い霧を吐く。流石に防御を固めているとは言え、そう何度も喰らえば夏南もダメージが蓄積してしまう。
「さっきからゲロゲロと……汚いわよ!」
とは言え当の本人はそれよりも血の色と香りの霧を吐かれ、それを被っている事の方が気になっているようだが。
「も、もう一度……ぁ、くっ!」
ラーラが大火力の火炎弾を撃とうと構えるが、先程の海逸と同様に不自然に苦しむ。元々恐怖を押さえつけるように戦っていたが、呪いがそこをついてラーラの動きを止めてしまっていた。
「ま、けるもんかぁ……!」
しかし、怖かろうと呪いに侵されていようとラーラは覚者。戦う力を持っており、それに見合った心の持ち主なのである。
力を振り絞って放たれた火炎弾は先程までのような威力は無かったが、それでも怨霊の体力の大半を削る事に成功した。
「ゥゥゥァァァア―――」
怨霊は形勢の不利を悟ったのか、全体攻撃である絶望の断末魔を放とうとする。
が、
「……残念。君がふっとぶ番だ」
ヤヒロによって蒼鋼壁がかけられたのは夏南と早紀の二人。ただでさえ体力が削られている怨霊は二人分の反射に耐えるだけの力は残っていない。
覚者達は最後の一撃を耐え切り、反射された自身の攻撃で怨霊が宙へ溶けるように消えていくのを確認するのだった。
●
「この世にいても苦しいだけだろうし、ちゃんと成仏してくれるといいんだけど……」
怨霊が全て消えるのと同時に周囲へ撒き散らされていた血の霧も綺麗さっぱり消えたのを確認し、翔の呟きを皮切りに覚者達の間の空気が一気に弛緩する。
「消えたとは言え、軽く掃除ぐらいはしとかないと……」
「終わったー……ぁっ!?」
特に一度倒れた早紀など椅子に飛び込むように座るが―――その瞬間、煙か何かのように電車が丸ごと消えてしまう。
その場に残されたのは線路の上に立つ覚者達。いや、早紀は尻を強かに打ち付けたのか悶絶して転げ回っている。
「電車が……消えた?」
「おーい、転がってると汚れるぞー……まあ、酔い潰れた奴等の嘔吐物の上よりはマシじゃが」
まさかまた別の妖の仕業か、と覚者達は警戒するが実を言うと当たり前の話である。
何を隠そう、この路線の終電は23時前。つまり、元々日付が変わるであろう時間に走っている電車など存在しないのだ。
この路線を普段から使っている覚者は居らず、夢見に予知された男は時計も無く何時なのか解らなかった……ただそれだけの話だった。
「そう言えばこの依頼、最初は電車の幽霊を倒すのかと思ってたんだけど……」
「きっとそうなんでしょうね。電車そのものが幽霊の妖だった、と。乗客があんなに簡単に従ったのも妖の一部だったから……?」
「あたた……怨霊は特定の車両だけ、つまり他の車両から移動せずにその場で出てきてたって事なのかな?」
ヤヒロの言葉に夏南が予想を繋ぎ、尻の痛みから復活したらしい早紀も考察を加える。それを聞いたラーラの顔色は真っ青に染まっていた。
「じゃ、じゃあ私達今までお化けに乗ってたんですか!? ……きゅぅ」
ほぼ無傷だったラーラが卒倒した辺り、本当に苦手だったのだろう。覚者達はそう苦笑いを交わした後、大きく溜息をつくのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
