遺失伝説『瑠璃色の雨』
●遺失伝説
伝説とは語り継がれるものだ。先祖代々、その土地、その文化の中で守られている。
ただ伝説の大半は眉唾ものが多い。ただの信仰であったり、神の名を借りた詐欺師の戯言だったということもある。
だが極僅かだがその伝説は本物であったとされている。
イギリスの君主アーサー王、ギリシャの賢知テセウス王、日本最古の英雄ヤマトタケルなどが有名だろうか。その誰もが歴史上実在し伝説に足りうる実力と栄光、そして神秘を持ち合わせていた。
しかし所詮は眉唾な話。伝説のその神秘を本当に信じているものはそういなかった。そう、25年前までは。
源素という力、妖という脅威、覚者と呼ばれる存在。それらが確認された事により全てが変わったのだ。
全ての伝説が見直され、それが御伽噺ではなく紛れもない事実だったのではないかと検証され始めたのである。
これにより世の歴史家や考古学者達は沸いた。こぞって特異点と呼ばれる伝説の残る地へと赴き、調査を開始したのだ。
そんな中、とある学会で1人の学者がある仮説を提言した。
「我々が知らない伝説というのもあるのではないか?」
人の歴史は勝者によって作られてきたものだ。土地も文化も外敵によって奪われ、失われてしまった本物の伝説が存在しているのではないかと。
その学者はその失われた伝説を『遺失伝説』と呼び、その調査を行うようにと進言した。
しかし、既に確認出来ている伝説だけでも手一杯の状態だ。あるのかないのか分からない伝説を調査することに他の学者達は難色を示した。
そして結局その話は流れに流れ、今この時になっても手付かずのままになっている。
●小刀『瑠璃雨』
例えばこんな話がある。
その村は数年もの間日照りに悩まされ、川もいよいよ干上がり作物が枯れ始めていた。
何度も雨乞いを行ったが効果はなく、村人達は途方に暮れていた。
そこに1人の旅人が訪れ、水をくれないかと村人にお願いした。
水不足に悩まされていたものの、その村人は柄杓一杯分しか残っていなかった水をその旅人に与えた。
それを飲み干した旅人は礼を言うと共に、1つの包みを村人へと渡した。
それがきっと彼方の願いを叶えてくれると言い残し、旅人は何処かへと去っていった。
村人がその包みを解けば、そこには本当に小さな刀が収まっていた。
長さにして3寸、10cmにも満たないものだったが鞘を抜いて覗いた刃は不思議と人を惹きつける何かがあった。
村人はその短刀をすぐ神へと捧げることにした。
するとどうだろうか。雨乞いの儀式を始めて数分で空は曇り、すぐに大粒の雨が降り注いできたのだ。
村人達はそれから毎年その旅人が訪れた日に小刀を使った雨乞いを続け、それ以降村は日照りに悩まされることはなくなったのだと言う。
そんなありきたりなお話。
●止まない雨
「これは酷いな」
車を運転している男がそう呟いた。
窓の外は雨が降っているが、報告によるともう1週間も降り続けているらしい。その所為で村の半分は増水した水に浸かってしまっている。
「恵みの雨も過ぎたるは何とやらだな……と、どうやらここまでのようだ」
男は車を止める。増水した川で橋は流され、車はこれ以上先には進めないようだ。
車のサイドドアが開くと数人の覚者達が雨の降る外へと出る。
「例の神社はここを渡って道なりに真っ直ぐだ。気をつけて行けよ」
男に頷いて返し、覚者達は数メートルの川幅を飛び越えて先へと進む。
「さて、一体何の仕業なのやら」
1人車に残った男は煙草に火をつけ、雨の降りしきる村を見下ろした。
伝説とは語り継がれるものだ。先祖代々、その土地、その文化の中で守られている。
ただ伝説の大半は眉唾ものが多い。ただの信仰であったり、神の名を借りた詐欺師の戯言だったということもある。
だが極僅かだがその伝説は本物であったとされている。
イギリスの君主アーサー王、ギリシャの賢知テセウス王、日本最古の英雄ヤマトタケルなどが有名だろうか。その誰もが歴史上実在し伝説に足りうる実力と栄光、そして神秘を持ち合わせていた。
しかし所詮は眉唾な話。伝説のその神秘を本当に信じているものはそういなかった。そう、25年前までは。
源素という力、妖という脅威、覚者と呼ばれる存在。それらが確認された事により全てが変わったのだ。
全ての伝説が見直され、それが御伽噺ではなく紛れもない事実だったのではないかと検証され始めたのである。
これにより世の歴史家や考古学者達は沸いた。こぞって特異点と呼ばれる伝説の残る地へと赴き、調査を開始したのだ。
そんな中、とある学会で1人の学者がある仮説を提言した。
「我々が知らない伝説というのもあるのではないか?」
人の歴史は勝者によって作られてきたものだ。土地も文化も外敵によって奪われ、失われてしまった本物の伝説が存在しているのではないかと。
その学者はその失われた伝説を『遺失伝説』と呼び、その調査を行うようにと進言した。
しかし、既に確認出来ている伝説だけでも手一杯の状態だ。あるのかないのか分からない伝説を調査することに他の学者達は難色を示した。
そして結局その話は流れに流れ、今この時になっても手付かずのままになっている。
●小刀『瑠璃雨』
例えばこんな話がある。
その村は数年もの間日照りに悩まされ、川もいよいよ干上がり作物が枯れ始めていた。
何度も雨乞いを行ったが効果はなく、村人達は途方に暮れていた。
そこに1人の旅人が訪れ、水をくれないかと村人にお願いした。
水不足に悩まされていたものの、その村人は柄杓一杯分しか残っていなかった水をその旅人に与えた。
それを飲み干した旅人は礼を言うと共に、1つの包みを村人へと渡した。
それがきっと彼方の願いを叶えてくれると言い残し、旅人は何処かへと去っていった。
村人がその包みを解けば、そこには本当に小さな刀が収まっていた。
長さにして3寸、10cmにも満たないものだったが鞘を抜いて覗いた刃は不思議と人を惹きつける何かがあった。
村人はその短刀をすぐ神へと捧げることにした。
するとどうだろうか。雨乞いの儀式を始めて数分で空は曇り、すぐに大粒の雨が降り注いできたのだ。
村人達はそれから毎年その旅人が訪れた日に小刀を使った雨乞いを続け、それ以降村は日照りに悩まされることはなくなったのだと言う。
そんなありきたりなお話。
●止まない雨
「これは酷いな」
車を運転している男がそう呟いた。
窓の外は雨が降っているが、報告によるともう1週間も降り続けているらしい。その所為で村の半分は増水した水に浸かってしまっている。
「恵みの雨も過ぎたるは何とやらだな……と、どうやらここまでのようだ」
男は車を止める。増水した川で橋は流され、車はこれ以上先には進めないようだ。
車のサイドドアが開くと数人の覚者達が雨の降る外へと出る。
「例の神社はここを渡って道なりに真っ直ぐだ。気をつけて行けよ」
男に頷いて返し、覚者達は数メートルの川幅を飛び越えて先へと進む。
「さて、一体何の仕業なのやら」
1人車に残った男は煙草に火をつけ、雨の降りしきる村を見下ろした。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.廃村・神社を探り情報を集める
2.洞窟の奥にある祭壇を見つける
3.怪異を解決して降り続ける雨を止める
2.洞窟の奥にある祭壇を見つける
3.怪異を解決して降り続ける雨を止める
止まない雨の原因を探り、この怪異を解決する
●夢見情報
夢見によりとある廃村で強い力が確認された。
事前調査によるとその廃村では1週間前から雨が降り続けていることが分かっている。
その力は村の神社を中心に発せられており、その力が村中に雨を降らせ続けていると思われる。
夢見が見た断片的な映像では、濡れた石壁の洞窟の奥に祭壇があり、そこに何かが祀られているのだと言う。
そしてその周囲には数名の人間がおり、そのうち2人が隔者だということが分かっている
●依頼区域
山間にある小さな廃村
今は家が10軒ほどあるだけで人は既に住んでおらず、数年前に廃村になっている。
村の大半が増水して水に浸かっており、このまま雨が止まなければダム湖の如く沈んでしまう。
村の奥の山には古い神社がある。既に神主も居らず、廃れて久しく公式の記録としては何の情報も残っていない。
神社は壊れた鳥居を潜ると灯篭が並ぶ参道があり、その先に拝殿、そしてその奥に本殿がある。
拝殿、本殿共に小さなもので大きな広間が1部屋あるだけの簡単な作りになっている。
●人物情報
隔者 2人
若い男女2人組み。
男の方は顔や腕などが機械であったことから機の因子持ちと思われる。剣と盾で武装している。
女の方は現状目立った因子による変化は見られない。武器を携帯している様子はない。
一般人 8人
若者から老人の男女。
武装している様子はなく服も一般的な普段着。
夢見によればその瞳に理性の光はなく、ただ只管に祭壇に祈りを捧げているように見えた。
●備考
OPの「●小刀『瑠璃雨』」はPL情報になる。
祭壇に祀られている道具に関しては、確保できた場合はFiVEの研究機関へ回されます。
●STより
皆さんこんにちわ。そうと申します。
季節外れの雨、それは止むことなく人のいなくなった村を沈めようとしています。
不自然な怪異を調査するのもFiVEのお仕事の1つです。
それに纏わるお話に触れるかどうかは皆様にお任せ致します。
では、宜しければご参加をお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年11月02日
2015年11月02日
■メイン参加者 8人■

●人のいなくなった村
「本当に雨が止まないとしたら、興味深い案件ねぇ」
1つの廃屋に入ったところでエメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は雨に濡れた肩の水玉を払い、暗がりの室内を見渡しながらそう言った。
「確かに自在に雨を降らせるとなれば使いどころもあるかもしれないが、恵みもこうなればただの災厄としか言えない」
同じく雨に濡れた八重霞 頼蔵(CL2000693)はやや大げさに肩を竦めて見せてそう返した。
「それより本当にここが村長の家ってことでいいのか?」
赤いフードを被った由比 久永(CL2000540)は同じく赤い和傘を畳みながら頼蔵にそう聞いた。
「ああ、間違いないだろう。事前に調べた通り、村で一番大きな家だ」
頼蔵はそう答える。
「生憎とこの村に住んでいたという人物は見つからなかったが、興味深い話を聞くことは出来た」
頼蔵はこの村のある山の麓の町でとある話を聞くことが出来た。
曰く、村は一度滅んでしまっていたらしい。第二次世界大戦の折に男は全て戦場へと送られて戦死し、残ったのは老人と同じくらいの年寄りと女と子供のみ。
それでは当然生活も立ち行かなくなり、殆どの家族が村を捨てて他へと移り住むことになったらしい。
その後、戦後の時代に新たな人が住み始めたらしいのだが結果はご覧の通り。何が理由だったかは知らないが村は本当の死を迎えてしまった。
「人の記憶から消え去った時にそれは本当の死を迎えると言うが、まさにその通りと言う訳だなぁ」
頼蔵の話を聞いていた久永はそんな感想を零す。
「正直、わたくしはこの村の歴史には興味ないのよね。それより伝承や言い伝えのような話は聞けなかったのかしら?」
エメレンツゥアは言葉通り興味なしとそのまま顔と態度に出しながら、頼蔵に話の続きを要求する。
「いや、詳しいことは分からなかった。しかし、この村は戦前には毎年小さな祭りをやっていたってことは聞けたよ」
それは村人達だけで行うささやかな物らしく、その詳細は一番近所と言える山の麓の町に住む者でも誰も知らなかった。
「戦前はと言うと、戦後にはそのお祭りはなくなってしまったのかしら? 話によると村の老人は残っていたし、新しい村人も増えたのでしょう?」
「今となっては推測するしかないが。新しい人達は受け入れられなかったのだろう」
エメレンツィアの疑問に久永が答えた。
その老人達の死をもって、この村の祭事はこの世から姿を消したというわけだ。
「そもそもその祭りがこの雨と関係あるのかすら未だに不明だ」
「そうですね。では早いところ探索を始めましょう。祭りの本や村長の日記などがあれば助かるのですけど」
覚者達は一同、村長の家の家捜しを始めた。1階の部分は既に足元にまで水がくるほど浸水してしまっている。
「何もないわね……床下とかに隠してるのかしら。どう、ススム?」
「はい。と言ってもここまで浸水してると床下とか地下にあるものは全部水浸しですよ?」
エメレンツィアの言葉に神室・祇澄(CL2000017)はそう言ってちゃぷちゃぷと揺れる足元の水面を指差す。
「そうでしたわ。となると、この1階には何もないかしら」
エメレンツィアは他2人が向かった2階へと目を向けた。
2階では頼蔵と久永が探索を進めていた。2階にあるのは2部屋のみで、それぞれ1部屋ずつ調べに当たる。
「ふむ。見事に何も残っていないな」
頼蔵はそう零す。部屋の中には机や箪笥などの家具は残っているが、その中身は何れも空だ。
廃村となったことで誰かが綺麗に片付けていったのか。だがそうだとしたら家具が残っているのも少々おかしい。
「やあ、そちらには何かあったかな?」
そこで頼蔵の調べている部屋に久永が顔を覗かせた。
「いや、こちらは何も。その様子だと、そちらも空だったようだな」
「うぅん、そうかぁ。ああ、こっちも空っぽだったよ」
久永は首を横に振りながら頼蔵の言葉に同意した。
「気にはなるが、そろそろ時間か。仕方ない、神社に向かおう」
村長の家を調べていた覚者達は一先ずこの場を後にし、合流地点である神社へと向かった。
一方で、村長宅以外の村の家を探していた別班は興味深い物を発見していた。
「これは、本?」
古びた紙束を手に取った美錠 紅(CL2000176)はそれが紐で縛られているのを見て、ようやく本なのだと理解した。
「しかし、ただの民家かと思えばこんな隠し部屋があったとはな」
三島 柾(CL2001148)は狭い部屋の中を見渡してそう言う。広さは畳みが1畳分ほどだろうか。人が2人入るだけでやっとの狭さだ。
この場所を見つけたのは柾だ。廃屋内では外で降る雨音が五月蝿いほどに響いていたのだが、しかしとある壁の一部からだけは他とは雨音が違うことに気付いたのだ。
そしてその壁を探ってみれば案の定、扉仕掛けになっていた壁が音を立てて開いたのだ。
「それで、どうだ? 何て書いてある?」
「うーん、駄目。読めない」
紅はそう言ってその本を柾へと渡してきた。柾はそれを手にとってページを開いてみると、紅が何故読めなかったのかを理解した。
「これは、ミミズがのたくったような文字で書かれてるな」
日本語なのは間違いない。書かれているのは漢字だし、ところどころだが見覚えのある文字もある。
しかし、それはとても読めたものではなかった。古文書と呼んで差し支えないほど古い書体で書かれていたのだ。
「おや、何か見つかりましたか?」
別の部屋を探していた橘 誠二郎(CL2000665)が声を聞きつけて隠し部屋の扉の前から顔を覗かせる。
誠二郎は柾からこの隠し部屋を見つけて、中にはこれが置いてあったと説明を受けながら古い本を手渡された。
本を開いてみるとやはり誠二郎にもその文字は読めなかった。しかしぱらぱらとページを捲っていったところであるページで手を止める。
「ここ。このページ、何やら挿絵がありますよ」
「えっ? どんなの?」
紅と柾は誠二郎が開いている本を覗き込む。そこには何人かの人々が集い、その中央にある祭壇を拝むような姿が描かれていた。
「この絵は夢見が予知で見た光景とよく似てるな」
柾の言う通り、夢見が見たと言うビジョンに酷似している。それはつまり、今回の怪異はこの村で行われていた何らかの儀式と繋がりがあるということなのかもしれない。
と、そこにこの家を探索していた仲間の最後の1人、谷崎・結唯(CL2000305)が姿を現した。
「どうにも、違和感を感じるな」
結唯は開口一番にそう告げた。
「違和感って、どういうのだ?」
柾の問いに結唯は僅かに目を閉じて間を作り、それから再び口を開く。
「綺麗過ぎると言えばいいか。残された情報が少なすぎる」
結唯はここにいる仲間には明かしていないが、彼女の裏の顔はとある情報屋なのだ。それ故に人や物を見る目は確かなものだと自負しているのだが、この家では全くと言っていいほど情報が拾えなかった。
それはまるで誰かの意思で意図的に消されてしまったかのように、有益な情報を1つも見つけることが出来ないでいた。
「とりあえず、収穫としてはこれで十分よね。そろそろ神社に向かいましょう」
紅の言葉に一同は異を唱えることなく、集合場所である神社へと向かうこととなった。
●遺失断片
予定の時間となり8人の覚者達は神社へと集まり、少し駆け足で神社の参道を通り抜け神社の拝殿へと入った。
拝殿の中は簡単に言ってしまえば何もなかった。板張りの床には埃が溜まり、足跡なども見受けられないことから長らく放置されていたことが窺える。
「ここもか……一体誰が片付けたのだろうな」
「さあな。だが、ここにもやはり違和感がある」
何年も人の手で触れられたようには見えない。そう感じつつも頼蔵と結唯にはそれが誰かから押し付けられた偽りの情報なのではと疑ってかかる。
一行はそのまま神社の奥にある本殿へと向かった。そして小さな扉を潜って中に入れば、そこには床にぽっかりと大穴が開いているのが見えた。
「これは、罠なのかしら?」
「どうだろう。見た感じはワイヤーとか怪しげなでっぱりは見えないけど……」
洞窟の中は闇の帳が降りているが、紅の目には昼間の太陽の下で見ているのと同じくらいによく見えている。そしてその目には怪しげなものは映らず、ただ下り坂になっている道が見えていた。
「この先から人の匂いもしてきていますし、とりあえず進みましょう」
誠二郎がそう告げる。確かにここで足踏みをしていても始まらない。覚者達は身長に洞窟の中を先へ先へと進んでいった。
洞窟の中は暗かったが1本道を真っ直ぐと進むだけなので迷うことはなかった。そして数十メートル進んだところで、木製の両開きの扉が目の前に現れた。
覚者達は視線を合わせてお互いに了解の意を伝えると、扉を開いてその先へと足を踏み入れる。
扉をくぐったそこには少し広い空洞が広がっていた。そこでは10人近い人々が石の床の上で膝を付き、ある者は手を合わせ、ある者は平伏して何か小さな声でぶつぶつと呟いている。
そんな彼らが囲う中央に祭壇があった。まるでそこだけ地面が隆起したかのように、つるりと綺麗は表面をした円柱状の台の上に蝋燭が数本備えられ小さな火が揺れている。
そしてその祭壇の傍に立っていたのは剣を抜き盾を構えた茶髪の男と、亜麻色の髪をした白衣の女性がそこにはいた。
「おや、こんなところにお客人とは。さて、しかし招いた覚えはないんだが?」
白衣の女性は覚者達を見てそう口にした。こちらが突然現れたにも関わらず驚いた様子も焦っている様子もない。
「お前達が外の雨の原因だな? それなら――」
「待て待て。全く、君は礼儀がなっていないな。これだから最近の若い者は」
柾が口を開いたところで白衣の女性は突然それに割り込んで言葉を断ち切る。そしてやれやれと一度肩を竦めて覚者達を見る。
彼女が言うところの礼儀の意味を察して、エメレンツィアが一歩前に出た。
「失礼致しましたわ。わたくしはエメレンツィア・フォン・フラウベルクと申します。そちらは?」
「うむ。私は諸事情があって本名は名乗れなくてね。しかし名無しというのもそちらは面倒だろう。とりあえずネイと名乗っておこう」
本人自ら偽名だといいつつ白衣の女性は自分のことをネイだと名乗った。
「それで、ネイ。そなたがここでしている事と外の雨は関係あるのか?」
「何だ、随分とせっかちだな。お茶でも入れてやろうと思ったのに。この部下1号が」
久永がずばり確信を尋ねる。ネイと名乗った女性はにんまりと笑うと隣に立つ隔者の脇腹を肘で小突いた。
ただその言葉には覚者達は勿論隔者の男も反応することはなく、ネイはつまらないといった表情をする。
「それで外の雨のことだったか? 勿論、あれはここの儀式によって降っているのだ。正しく実験は大成功というわけだ」
ネイは外の雨と儀式の関係性をあっさりと認め、ついでにその黒幕が自分であることもぽろっと口にした。
「しかし、一体何のために?」
「聞いていなかったか? 実験だ。ほら、この祭壇にある遺失断片のな」
そう言ってネイが祭壇を指差した。見ればそこには随分と短い刀が置いてある。
「遺失断片? それは一体……」
頼蔵が更に尋ねようとしたところで、彼の横を瞬速の影が通り過ぎた。
動いたのは柾だった。仲間達が会話をしている間に怪異の鍵となっている小刀を奪う。幸いにも仲間は勿論、ネイという女性も隔者の男も動いていない。
小刀はもう目の前。後は手を伸ばせば届くといったところで、柾の視界が反転した。
「ぐっ!?」
訳も分からないまま、背中に激しい衝撃が走る。そして僅かな浮遊感の後に今度は体の正面に衝撃。そこで漸く自分が壁にぶつかり、そして地面に落ちたのだと知った。
その自体に覚者達は一斉に覚醒し戦闘状態へと移行する。
「待て待て待てー! こっちは手を出していないぞ。そのせっかちな坊やが自爆しただけだ」
一触即発、そんな空気の中でネイは再び待ったをかけた。
「自爆って、どういうことだ?」
柾は僅かに咳き込みながら立ち上がる。
「発動中の遺失断片に無闇に触れようとするからだ。それくらいで済んだことを幸運に思うといい」
どこか上から目線な物言いが癇に障るが、どうやら原因はその祀られている小刀にあるようだ。
「ところで先ほどからその刀のことを変わった名前で呼んでいるが……」
そこで再び誠二郎が尋ねる。
「ん? 何だ、君達はこれのことを知ってて来たわけじゃないのか?」
逆にきょとんとした顔で尋ね返され、覚者達は顔を見合わせる。
「ふむ。どこの組織の者かは知らないけど、知らないなら教えてあげよう」
にんまりと笑みを浮かべたネイは突然活き活きとしだし、遺失断片が何であるのかを説明しだした。
遺失断片とはとある物語や伝説、伝承、言い伝えなどで登場する人物達が使用していた道具の事を指す。
それは一般的には神器、魔導具、宝具など様々な呼ばれ方をするが、その中でも今この時代において語り継がれず忘れ去られてしまった物語に纏わる道具がそう呼ばれているらしい。
どうして一般的な神器などと分けて呼ぶのかと言えば、『分からないから』なのだと言う。
秘められたその力がどのようなものなのか? どのようにすればその力を発揮することが出来るのか? そしてその力を使う為の代償は?
その全てが謎なのだ。全ては失われた物語の中だけに記され、それを知る術はもはやない。
「だからこそその力を知るには、試してみる他にないのさ」
満足、と言った顔でネイはそう締めくくった。
「なるほど。よく分かったよ。それじゃあ改めてこっちからお願い、というか提案させて貰うよ」
とりあえず最後まで黙って聞いていた紅は手にした剣を握ったまま、ネイに問いかける。
「あたしの望みはこの雨を止める事と、この人達を解放してあげること」
それが飲めないのであれば、あとは実力行使しかない。緊迫した空気が部屋の中に広がる中で、ネイは腕を組んで考える様子を取り、そして口を開く。
「いいぞ」
あっけらんかんと、その要求を呑んだ。流石に拍子抜けというか、逆に罠なのではないかと疑ってしまう。
「そんな顔をするな。ただ、1つ困ったことがあってな」
ほらきたとばかりに覚者達は続く言葉を待つ。
「実はな。起動には成功したが、止め方が分からんのだ」
暫しの沈黙が降りる。
「いやはや、まさか1週間も作動し続けるとは思わなくてな」
助かったと言わんばかりにそう捲くし立てたところで、ネイは祭壇の裏に置いてあったらしい小さいリュックを背負うと覚者達に背を向ける。
「では、後は頼んだぞ」
「ちょっと待ってください。流石にそれは無責任でしょう」
立ち去ろうとするネイを誠二郎が呼び止める。
「待てと言われてもな。これ以上君達に付き合っていると、面倒なことになりそうだしね」
そう言ってネイは久永と結唯へと視線を向ける。その2人から何かを感じ取っているのか、随分と警戒しているように見える。
「どちらにせよ、こちらに手伝えることはもうないぞ? この遺失断片の取り扱い説明書でもあるなら別だが」
ネイは冗談でそう言ったのだろうが。そこでふと紅は廃屋で見つけた本のことを思い出す。
「もしかして、これって……」
「んっ? その本は……年代物のようだな。見せてみろ」
紅が取り出した本にすぐさま反応したネイは歩み寄り、手を差し出してくる。
僅かに迷いはしたものの、ネイ自身のあまりにも無防備な姿に紅は本を手渡してみた。
ネイは本を受け取ると、本当に読めているのか疑わしい速度でページを捲り、そして数分もしない間に最後のページに行き着き本を閉じた。
そして懐からメモ帳を取り出すと何やら書き込み、そのページを破って本と一緒に紅へと差し出す。
「やれやれ、これでこいつは遺失断片ではなくなってしまったな」
「えっと、これは?」
「ああ、そこに書いてある通りにやればそいつ、瑠璃雨は止まるよ」
ネイは一度残念そうな目で祭壇の上にある小刀を見てから、踵を返して隔者の男の傍へと戻る。
「それじゃ、また会うことがあれば今度こそお茶を共にしよう」
本気なのか冗談なのか、ネイがそんな言葉を口にしたのと同時に隔者の男が足元に何かを落とした。
次の瞬間、小さな破裂音と共に狭い空洞内が煙で満たされる。
「ちっ。煙幕か」
結唯は最後に隔者2人が立っていた場所へ刀を振るが、それは何も捕らえずに空を切る。
十数秒もしない間に煙は薄れて視界が戻るが、その頃にはネイと隔者の男の姿は忽然と消えていた。
その後、覚者達が手に入れた情報によりFiVEは無事に遺失断片と呼ばれていた小刀の力の停止に成功。
廃村の雨は止み、儀式を強要されていたらしい人々も無事に保護された。
後に五麟大学考古学研究所が村で見つかった古本を読み解いた結果、その小刀が『瑠璃雨』と呼ばれていた事が判明する。
そして、その小刀は付随した物語と共にFiVEの管理下に置かれることとなった。
「本当に雨が止まないとしたら、興味深い案件ねぇ」
1つの廃屋に入ったところでエメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は雨に濡れた肩の水玉を払い、暗がりの室内を見渡しながらそう言った。
「確かに自在に雨を降らせるとなれば使いどころもあるかもしれないが、恵みもこうなればただの災厄としか言えない」
同じく雨に濡れた八重霞 頼蔵(CL2000693)はやや大げさに肩を竦めて見せてそう返した。
「それより本当にここが村長の家ってことでいいのか?」
赤いフードを被った由比 久永(CL2000540)は同じく赤い和傘を畳みながら頼蔵にそう聞いた。
「ああ、間違いないだろう。事前に調べた通り、村で一番大きな家だ」
頼蔵はそう答える。
「生憎とこの村に住んでいたという人物は見つからなかったが、興味深い話を聞くことは出来た」
頼蔵はこの村のある山の麓の町でとある話を聞くことが出来た。
曰く、村は一度滅んでしまっていたらしい。第二次世界大戦の折に男は全て戦場へと送られて戦死し、残ったのは老人と同じくらいの年寄りと女と子供のみ。
それでは当然生活も立ち行かなくなり、殆どの家族が村を捨てて他へと移り住むことになったらしい。
その後、戦後の時代に新たな人が住み始めたらしいのだが結果はご覧の通り。何が理由だったかは知らないが村は本当の死を迎えてしまった。
「人の記憶から消え去った時にそれは本当の死を迎えると言うが、まさにその通りと言う訳だなぁ」
頼蔵の話を聞いていた久永はそんな感想を零す。
「正直、わたくしはこの村の歴史には興味ないのよね。それより伝承や言い伝えのような話は聞けなかったのかしら?」
エメレンツゥアは言葉通り興味なしとそのまま顔と態度に出しながら、頼蔵に話の続きを要求する。
「いや、詳しいことは分からなかった。しかし、この村は戦前には毎年小さな祭りをやっていたってことは聞けたよ」
それは村人達だけで行うささやかな物らしく、その詳細は一番近所と言える山の麓の町に住む者でも誰も知らなかった。
「戦前はと言うと、戦後にはそのお祭りはなくなってしまったのかしら? 話によると村の老人は残っていたし、新しい村人も増えたのでしょう?」
「今となっては推測するしかないが。新しい人達は受け入れられなかったのだろう」
エメレンツィアの疑問に久永が答えた。
その老人達の死をもって、この村の祭事はこの世から姿を消したというわけだ。
「そもそもその祭りがこの雨と関係あるのかすら未だに不明だ」
「そうですね。では早いところ探索を始めましょう。祭りの本や村長の日記などがあれば助かるのですけど」
覚者達は一同、村長の家の家捜しを始めた。1階の部分は既に足元にまで水がくるほど浸水してしまっている。
「何もないわね……床下とかに隠してるのかしら。どう、ススム?」
「はい。と言ってもここまで浸水してると床下とか地下にあるものは全部水浸しですよ?」
エメレンツィアの言葉に神室・祇澄(CL2000017)はそう言ってちゃぷちゃぷと揺れる足元の水面を指差す。
「そうでしたわ。となると、この1階には何もないかしら」
エメレンツィアは他2人が向かった2階へと目を向けた。
2階では頼蔵と久永が探索を進めていた。2階にあるのは2部屋のみで、それぞれ1部屋ずつ調べに当たる。
「ふむ。見事に何も残っていないな」
頼蔵はそう零す。部屋の中には机や箪笥などの家具は残っているが、その中身は何れも空だ。
廃村となったことで誰かが綺麗に片付けていったのか。だがそうだとしたら家具が残っているのも少々おかしい。
「やあ、そちらには何かあったかな?」
そこで頼蔵の調べている部屋に久永が顔を覗かせた。
「いや、こちらは何も。その様子だと、そちらも空だったようだな」
「うぅん、そうかぁ。ああ、こっちも空っぽだったよ」
久永は首を横に振りながら頼蔵の言葉に同意した。
「気にはなるが、そろそろ時間か。仕方ない、神社に向かおう」
村長の家を調べていた覚者達は一先ずこの場を後にし、合流地点である神社へと向かった。
一方で、村長宅以外の村の家を探していた別班は興味深い物を発見していた。
「これは、本?」
古びた紙束を手に取った美錠 紅(CL2000176)はそれが紐で縛られているのを見て、ようやく本なのだと理解した。
「しかし、ただの民家かと思えばこんな隠し部屋があったとはな」
三島 柾(CL2001148)は狭い部屋の中を見渡してそう言う。広さは畳みが1畳分ほどだろうか。人が2人入るだけでやっとの狭さだ。
この場所を見つけたのは柾だ。廃屋内では外で降る雨音が五月蝿いほどに響いていたのだが、しかしとある壁の一部からだけは他とは雨音が違うことに気付いたのだ。
そしてその壁を探ってみれば案の定、扉仕掛けになっていた壁が音を立てて開いたのだ。
「それで、どうだ? 何て書いてある?」
「うーん、駄目。読めない」
紅はそう言ってその本を柾へと渡してきた。柾はそれを手にとってページを開いてみると、紅が何故読めなかったのかを理解した。
「これは、ミミズがのたくったような文字で書かれてるな」
日本語なのは間違いない。書かれているのは漢字だし、ところどころだが見覚えのある文字もある。
しかし、それはとても読めたものではなかった。古文書と呼んで差し支えないほど古い書体で書かれていたのだ。
「おや、何か見つかりましたか?」
別の部屋を探していた橘 誠二郎(CL2000665)が声を聞きつけて隠し部屋の扉の前から顔を覗かせる。
誠二郎は柾からこの隠し部屋を見つけて、中にはこれが置いてあったと説明を受けながら古い本を手渡された。
本を開いてみるとやはり誠二郎にもその文字は読めなかった。しかしぱらぱらとページを捲っていったところであるページで手を止める。
「ここ。このページ、何やら挿絵がありますよ」
「えっ? どんなの?」
紅と柾は誠二郎が開いている本を覗き込む。そこには何人かの人々が集い、その中央にある祭壇を拝むような姿が描かれていた。
「この絵は夢見が予知で見た光景とよく似てるな」
柾の言う通り、夢見が見たと言うビジョンに酷似している。それはつまり、今回の怪異はこの村で行われていた何らかの儀式と繋がりがあるということなのかもしれない。
と、そこにこの家を探索していた仲間の最後の1人、谷崎・結唯(CL2000305)が姿を現した。
「どうにも、違和感を感じるな」
結唯は開口一番にそう告げた。
「違和感って、どういうのだ?」
柾の問いに結唯は僅かに目を閉じて間を作り、それから再び口を開く。
「綺麗過ぎると言えばいいか。残された情報が少なすぎる」
結唯はここにいる仲間には明かしていないが、彼女の裏の顔はとある情報屋なのだ。それ故に人や物を見る目は確かなものだと自負しているのだが、この家では全くと言っていいほど情報が拾えなかった。
それはまるで誰かの意思で意図的に消されてしまったかのように、有益な情報を1つも見つけることが出来ないでいた。
「とりあえず、収穫としてはこれで十分よね。そろそろ神社に向かいましょう」
紅の言葉に一同は異を唱えることなく、集合場所である神社へと向かうこととなった。
●遺失断片
予定の時間となり8人の覚者達は神社へと集まり、少し駆け足で神社の参道を通り抜け神社の拝殿へと入った。
拝殿の中は簡単に言ってしまえば何もなかった。板張りの床には埃が溜まり、足跡なども見受けられないことから長らく放置されていたことが窺える。
「ここもか……一体誰が片付けたのだろうな」
「さあな。だが、ここにもやはり違和感がある」
何年も人の手で触れられたようには見えない。そう感じつつも頼蔵と結唯にはそれが誰かから押し付けられた偽りの情報なのではと疑ってかかる。
一行はそのまま神社の奥にある本殿へと向かった。そして小さな扉を潜って中に入れば、そこには床にぽっかりと大穴が開いているのが見えた。
「これは、罠なのかしら?」
「どうだろう。見た感じはワイヤーとか怪しげなでっぱりは見えないけど……」
洞窟の中は闇の帳が降りているが、紅の目には昼間の太陽の下で見ているのと同じくらいによく見えている。そしてその目には怪しげなものは映らず、ただ下り坂になっている道が見えていた。
「この先から人の匂いもしてきていますし、とりあえず進みましょう」
誠二郎がそう告げる。確かにここで足踏みをしていても始まらない。覚者達は身長に洞窟の中を先へ先へと進んでいった。
洞窟の中は暗かったが1本道を真っ直ぐと進むだけなので迷うことはなかった。そして数十メートル進んだところで、木製の両開きの扉が目の前に現れた。
覚者達は視線を合わせてお互いに了解の意を伝えると、扉を開いてその先へと足を踏み入れる。
扉をくぐったそこには少し広い空洞が広がっていた。そこでは10人近い人々が石の床の上で膝を付き、ある者は手を合わせ、ある者は平伏して何か小さな声でぶつぶつと呟いている。
そんな彼らが囲う中央に祭壇があった。まるでそこだけ地面が隆起したかのように、つるりと綺麗は表面をした円柱状の台の上に蝋燭が数本備えられ小さな火が揺れている。
そしてその祭壇の傍に立っていたのは剣を抜き盾を構えた茶髪の男と、亜麻色の髪をした白衣の女性がそこにはいた。
「おや、こんなところにお客人とは。さて、しかし招いた覚えはないんだが?」
白衣の女性は覚者達を見てそう口にした。こちらが突然現れたにも関わらず驚いた様子も焦っている様子もない。
「お前達が外の雨の原因だな? それなら――」
「待て待て。全く、君は礼儀がなっていないな。これだから最近の若い者は」
柾が口を開いたところで白衣の女性は突然それに割り込んで言葉を断ち切る。そしてやれやれと一度肩を竦めて覚者達を見る。
彼女が言うところの礼儀の意味を察して、エメレンツィアが一歩前に出た。
「失礼致しましたわ。わたくしはエメレンツィア・フォン・フラウベルクと申します。そちらは?」
「うむ。私は諸事情があって本名は名乗れなくてね。しかし名無しというのもそちらは面倒だろう。とりあえずネイと名乗っておこう」
本人自ら偽名だといいつつ白衣の女性は自分のことをネイだと名乗った。
「それで、ネイ。そなたがここでしている事と外の雨は関係あるのか?」
「何だ、随分とせっかちだな。お茶でも入れてやろうと思ったのに。この部下1号が」
久永がずばり確信を尋ねる。ネイと名乗った女性はにんまりと笑うと隣に立つ隔者の脇腹を肘で小突いた。
ただその言葉には覚者達は勿論隔者の男も反応することはなく、ネイはつまらないといった表情をする。
「それで外の雨のことだったか? 勿論、あれはここの儀式によって降っているのだ。正しく実験は大成功というわけだ」
ネイは外の雨と儀式の関係性をあっさりと認め、ついでにその黒幕が自分であることもぽろっと口にした。
「しかし、一体何のために?」
「聞いていなかったか? 実験だ。ほら、この祭壇にある遺失断片のな」
そう言ってネイが祭壇を指差した。見ればそこには随分と短い刀が置いてある。
「遺失断片? それは一体……」
頼蔵が更に尋ねようとしたところで、彼の横を瞬速の影が通り過ぎた。
動いたのは柾だった。仲間達が会話をしている間に怪異の鍵となっている小刀を奪う。幸いにも仲間は勿論、ネイという女性も隔者の男も動いていない。
小刀はもう目の前。後は手を伸ばせば届くといったところで、柾の視界が反転した。
「ぐっ!?」
訳も分からないまま、背中に激しい衝撃が走る。そして僅かな浮遊感の後に今度は体の正面に衝撃。そこで漸く自分が壁にぶつかり、そして地面に落ちたのだと知った。
その自体に覚者達は一斉に覚醒し戦闘状態へと移行する。
「待て待て待てー! こっちは手を出していないぞ。そのせっかちな坊やが自爆しただけだ」
一触即発、そんな空気の中でネイは再び待ったをかけた。
「自爆って、どういうことだ?」
柾は僅かに咳き込みながら立ち上がる。
「発動中の遺失断片に無闇に触れようとするからだ。それくらいで済んだことを幸運に思うといい」
どこか上から目線な物言いが癇に障るが、どうやら原因はその祀られている小刀にあるようだ。
「ところで先ほどからその刀のことを変わった名前で呼んでいるが……」
そこで再び誠二郎が尋ねる。
「ん? 何だ、君達はこれのことを知ってて来たわけじゃないのか?」
逆にきょとんとした顔で尋ね返され、覚者達は顔を見合わせる。
「ふむ。どこの組織の者かは知らないけど、知らないなら教えてあげよう」
にんまりと笑みを浮かべたネイは突然活き活きとしだし、遺失断片が何であるのかを説明しだした。
遺失断片とはとある物語や伝説、伝承、言い伝えなどで登場する人物達が使用していた道具の事を指す。
それは一般的には神器、魔導具、宝具など様々な呼ばれ方をするが、その中でも今この時代において語り継がれず忘れ去られてしまった物語に纏わる道具がそう呼ばれているらしい。
どうして一般的な神器などと分けて呼ぶのかと言えば、『分からないから』なのだと言う。
秘められたその力がどのようなものなのか? どのようにすればその力を発揮することが出来るのか? そしてその力を使う為の代償は?
その全てが謎なのだ。全ては失われた物語の中だけに記され、それを知る術はもはやない。
「だからこそその力を知るには、試してみる他にないのさ」
満足、と言った顔でネイはそう締めくくった。
「なるほど。よく分かったよ。それじゃあ改めてこっちからお願い、というか提案させて貰うよ」
とりあえず最後まで黙って聞いていた紅は手にした剣を握ったまま、ネイに問いかける。
「あたしの望みはこの雨を止める事と、この人達を解放してあげること」
それが飲めないのであれば、あとは実力行使しかない。緊迫した空気が部屋の中に広がる中で、ネイは腕を組んで考える様子を取り、そして口を開く。
「いいぞ」
あっけらんかんと、その要求を呑んだ。流石に拍子抜けというか、逆に罠なのではないかと疑ってしまう。
「そんな顔をするな。ただ、1つ困ったことがあってな」
ほらきたとばかりに覚者達は続く言葉を待つ。
「実はな。起動には成功したが、止め方が分からんのだ」
暫しの沈黙が降りる。
「いやはや、まさか1週間も作動し続けるとは思わなくてな」
助かったと言わんばかりにそう捲くし立てたところで、ネイは祭壇の裏に置いてあったらしい小さいリュックを背負うと覚者達に背を向ける。
「では、後は頼んだぞ」
「ちょっと待ってください。流石にそれは無責任でしょう」
立ち去ろうとするネイを誠二郎が呼び止める。
「待てと言われてもな。これ以上君達に付き合っていると、面倒なことになりそうだしね」
そう言ってネイは久永と結唯へと視線を向ける。その2人から何かを感じ取っているのか、随分と警戒しているように見える。
「どちらにせよ、こちらに手伝えることはもうないぞ? この遺失断片の取り扱い説明書でもあるなら別だが」
ネイは冗談でそう言ったのだろうが。そこでふと紅は廃屋で見つけた本のことを思い出す。
「もしかして、これって……」
「んっ? その本は……年代物のようだな。見せてみろ」
紅が取り出した本にすぐさま反応したネイは歩み寄り、手を差し出してくる。
僅かに迷いはしたものの、ネイ自身のあまりにも無防備な姿に紅は本を手渡してみた。
ネイは本を受け取ると、本当に読めているのか疑わしい速度でページを捲り、そして数分もしない間に最後のページに行き着き本を閉じた。
そして懐からメモ帳を取り出すと何やら書き込み、そのページを破って本と一緒に紅へと差し出す。
「やれやれ、これでこいつは遺失断片ではなくなってしまったな」
「えっと、これは?」
「ああ、そこに書いてある通りにやればそいつ、瑠璃雨は止まるよ」
ネイは一度残念そうな目で祭壇の上にある小刀を見てから、踵を返して隔者の男の傍へと戻る。
「それじゃ、また会うことがあれば今度こそお茶を共にしよう」
本気なのか冗談なのか、ネイがそんな言葉を口にしたのと同時に隔者の男が足元に何かを落とした。
次の瞬間、小さな破裂音と共に狭い空洞内が煙で満たされる。
「ちっ。煙幕か」
結唯は最後に隔者2人が立っていた場所へ刀を振るが、それは何も捕らえずに空を切る。
十数秒もしない間に煙は薄れて視界が戻るが、その頃にはネイと隔者の男の姿は忽然と消えていた。
その後、覚者達が手に入れた情報によりFiVEは無事に遺失断片と呼ばれていた小刀の力の停止に成功。
廃村の雨は止み、儀式を強要されていたらしい人々も無事に保護された。
後に五麟大学考古学研究所が村で見つかった古本を読み解いた結果、その小刀が『瑠璃雨』と呼ばれていた事が判明する。
そして、その小刀は付随した物語と共にFiVEの管理下に置かれることとなった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『遺失伝説調査員』
取得者:エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)
『遺失伝説調査員』
取得者:八重霞 頼蔵(CL2000693)
『遺失伝説調査員』
取得者:由比 久永(CL2000540)
『遺失伝説調査員』
取得者:三島 柾(CL2001148)
『遺失伝説調査員』
取得者:谷崎・結唯(CL2000305)
『遺失伝説調査員』
取得者:美錠 紅(CL2000176)
『遺失伝説調査員』
取得者:橘 誠二郎(CL2000665)
取得者:エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)
『遺失伝説調査員』
取得者:八重霞 頼蔵(CL2000693)
『遺失伝説調査員』
取得者:由比 久永(CL2000540)
『遺失伝説調査員』
取得者:三島 柾(CL2001148)
『遺失伝説調査員』
取得者:谷崎・結唯(CL2000305)
『遺失伝説調査員』
取得者:美錠 紅(CL2000176)
『遺失伝説調査員』
取得者:橘 誠二郎(CL2000665)
特殊成果
なし
