「半殺し? 皆殺し?」
「半殺し? 皆殺し?」


●もてなしたい女の子(?)
 秋の山の日暮れは早い。とっぷりと闇に沈んだ木の間を、裸の足が駆けていく。
「きてくれるといいね」
「うん。ずっとまってるんだもの」
 まくった着物は擦り切れて、枝に当たっても音はしない。聞こえるのは枯葉を踏む音と、風の音と、それから
 しょきしょき、しょきしょき。
 たくさんの小さなものが跳ねる音。
「ただいま!」
「ただいまー!」
「はい、お帰り」
 4人の少女が帰ったあばら家にいたのは、同じく4人の老婆だ。ぼろぼろの着物に前掛け。白髪頭をひっつめ、囲炉裏にかけた鉄鍋をかき回している。顔にも腕にも正座をした足の裏にも深いしわが刻まれ、歯は4人合わせて10本もない。
「さあ、きちんと研いでこられたかい」
「うん!」
「ようしようし。じゃ、今度はこの鍋の中のを殺してもらおうかねえ」
「しっかり殺せよ。今日はお客様じゃ。明かりが登ってくるのが見えるで」
「はーい!」
 少女たちは元気よく返事をすると、嬉々として鍋をおろし、手に手に太い棒を振り上げた。
「ねえ、はんごろし? みなごろし?」

●敵は女
 細い山道では、草木が懐中電灯の光すら吸いこんでしまう。大の男10人が固まって歩実感がない。おびえた雰囲気を察してか、しんがりを歩いていた男が静かに口を開いた。
「怖がるな。声は女だが、奴らは人間じゃない。殺せなくても追い払えれば俺たちの勝ちだ」
 大きなリュックをおろし、突撃用の小銃を取り出す。9人も促されて男にならった。
「これがあれば俺たちは負けない。覚えておけ。これは戦闘じゃない。駆除だ」
 森が途切れ、丸く空がのぞく。広くはない原っぱに、男たちは背中合わせに立った。耳を澄ませる。
 しょきしょき。
「来た」
 しょきしょき、しょきしょき。
「はんごろし? みなごろし?」
「半殺しかえ? 皆殺しかえ?」
 少女の声と老婆の声。太い男の声が答える。
「皆殺しだ。お前らがな!」
 直後、闇の中へ銃弾が乱れ飛んだ。

●夢見も女の子
「万里ちゃんの夢見情報ーっ!」
 くるんとツインテールを揺らして登場した久方 万里(nCL2000005)は
「ね、みんな。半殺しと皆殺し、どっちが好き?」
いきなり物騒な質問を投げつけてきた。
「万里ちゃんは、うーん、おいしければどっちも好き! ……あ、あんこの話ねっ!」
 半殺しは粒あん、皆殺しはこしあんのことを言うのだそうだ。
「『あずきとぎ』って古妖も、通りかかった人にこの質問をして、驚かした後にあんころ餅を出してくれるんだって。人間と仲のいい古妖だったんだね! 最近は妖のせいで家がなくなった子たちが、Y県の山奥に集まってるらしいの。でもね」
 彼女たちが襲われる夢を見たのだと、万里は言った。妖にではなく、人間に。
「山道を通った小学生が『不審者に声をかけられた』と思ったらしくて、地域の人で追い払おうってなったみたい。妖じゃなくて古妖だってわかってる人もいるみたいなんだけど……」
 人間、得体のしれないものは怖いのだ。未来を見られる『夢見』でもない限り。
「ってことで、自警団の人たちをうまくごまかして、あずきとぎさんたちともめないようにしてほしいの」
 それとね、と付け加える夢見は、くいしばった歯の間から涎を垂らしている。
「しばらく人に会えてなかったから、誰かにごちそうしたくてたまらないみたいなの、あずきとぎさんたち。……万里ちゃんは行けないけど、ね? ね?」
 首をかしげてみせる彼女は、どこにでもいる女の子だった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:なす
■成功条件
1.自警団を古妖と接触させずに下山させる。
2.古妖『あずきとぎ』のもてなしを受ける。
3.なし
こんにちは、なすです。
あんころ餅。季節の花になぞらえて、春のお彼岸はぼたもち、秋のお彼岸はおはぎと呼ぶそうです。
今回はあんころ餅をふるまってくれる古妖を守る依頼です。


●古妖
少女のあずきとぎ(4人)
老婆のあずきとぎ(4人)
全員ぼろぼろの着物を着て、髪を1つにまとめている。足は裸足。
あずきを研ぐ音を聞かせた後に「半殺しか皆殺しか」を訪ね、答えた方を落としてくれる。
妖が出て故郷の山に住めなくなり、Y県に集まってしまった。
少女が老婆からあずきの研ぎ方や煮方を教われるなどいいこともあった反面、
隠れ住んでいるのでなかなか人にふるまう機会がない。
頭上からあんころ餅を落とすという普段のやり方では姿は見せないが、
この際人前に出てもいいからごちそうしたいと思っている。


●自警団
自称妖駆除のプロと、地元の若者の寄せ集め。
・自称妖駆除のプロ
突撃用小銃、懐中電灯の他に、小型爆弾2つ、ナイフ、催涙スプレーを所持。
あわよくば古妖の死骸を持ち帰って、名声を上げようと意気込んでいる。

・地元の若者(9人)
突撃用小銃と懐中電灯を所持。自称プロから借りた。
村の年寄りに半ば無理矢理出発させられたが、内心怖い。


●場所
Y県の山奥。草木が茂り、見通しが悪い。
山道は人間が踏み固めたもので、大人1人が通れる程度の幅。
自警団が発砲した原っぱは、8畳間程度の広さ。ここだけ下草が短い。


●時間
自警団出発は20時。ただしペースは遅く、普通に歩く速度の4分の1くらい。
覚者たちの現場到着は21時。
自警団発砲は21時20分。

よろしくお願い致します。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/10
公開日
2015年11月05日

■メイン参加者 5人■


●女の子の言うことを聞いて
「あー、おなかすいたなぁ」
 『未知なる食材への探究者』佐々山 深雪(CL2000667)は、山道を見下ろす草の中を歩いていた。声はへにゃんとしているがそれは演技。頭の上では猫耳が微かな音も逃すまいと動き、目は爛々と輝いている。
「甘いものが食べたいですねー」
 離宮院 さよ(CL2000870)も深雪に続けてややぎこちなく声を出した。山に住む古妖には聞こえて、かつ後ろには聞こえない声量を探りながらの演技だ。
「……目立たず呼びかけるって、難しいです」
「自警団の人たちを追い越すところまでは上手く行きましたけど、あずきとぎさんたち、出てきてくれるでしょうか」
 自分たちの2メートルほど下の道をのろのろと昇ってくる一団を睨みつつ、菊坂 結鹿(CL2000432)が呟いた。茂った葉を透かして見える光で距離を測りながら、中心人物に当たりをつける。
「自称妖退治のプロの人、説得は難しそうです」
「大丈夫だよっ。ボクの美食家のプライドにかけて、絶対にあんころも……あずきとぎたちを先に見つけるからねっ、わっ!」
 ふふんと鼻をうごめかした瞬間、深雪は木の根につまづいた。
「っととと」
 驚異的バランス感覚を総動員して、なんとか斜面を転がり落ちることはこらえる。が、下草が大きな音を立てて揺れた。自警団の足が止まる。
「誰だ!」
 自称妖駆除のプロが、空を仰いでどなった。
「出てこい!」
「……し?」
 控えめな女の子の声が答える。後ろについた9人の男が悲鳴を上げて身を寄せ合う。
「出てこいと言ってるんだ!」
「……はんごろし?」
 今度ははっきりと、問いかけの言葉が聞こえた。
「みなごろし?」
「しまった、あっちに行っちゃったか」
 木の根に爪先立ったまま、深雪はほぞを噛む。が、結鹿は首を横に振った。
「あずきとぎさんじゃありません。桂木さんと石和さんです」
 斜面の下には、古い着物をかぶった桂木 日那乃(CL2000941)が草木に紛れるように見え隠れしていた。着物がぼやんと光っているのは、石和 佳槻(CL2001098)のかけた水衣の光だ。
「止まれ! 撃つぞ!」
「はんごろし? みなごろし?」
 小さな声で問いかけながら、日那乃は自警団の周りを動き回った。自称プロが引き金に指をかけるが、そのたびに音もなく藪に飛び込んで姿をくらます。
「石和さんが木の幻影を出してフォローしてくれてますけど、あのプロの人、怒ったらすぐ撃ちそうですね……」
 枝にぶつからないように気をつけて、結鹿は腕を広げた。両手のひらから真っ白な霧が流れ出す。絡みつくような霧は辺りを覆い、斜面を伝って自警団の方へと流れていった。これで銃は格段に使いづらくなる。
「うわ、もや出てきた」
「こ、これ帰った方がいいんじゃ」
「うるさい、駆除するまで帰れるか」
「ええー……」
「はんごろし? みなごろし?」
「半殺しかえ? 皆殺しかえ?」
 自警団、自称プロ、日那乃。幕のような霧の向こうから聞こえる声に、老婆の声が混じった。
「!」
 深雪とさよが振り向く。結鹿はそのまま目を凝らした。下の自警団たちに老婆の声は届いていない。
 しょきしょき。しょきしょき。
 あずきを研ぐ音も、3人だけに聞こえているらしかった。
「半殺しかえ? 皆殺しかえ?」
「……この声」
 3人は目配せをかわす。こんどこそ、本物のあずきとぎだ。
「半殺し? 何それ?」
「皆殺しなんて怖いです……」
「誰ですか? 何のことですか?」
 言葉の意味が解らないふりをする。痺れを切らせば姿を見せるはずだ、と踏んだのだが。
「半殺しかえ? 皆殺しかえ?」
 老婆のあずきとぎはずいぶんと気が長いようだった。何度首をひねってみせても、飽きることなく同じ問いかけを返してくるばかりだ。
「半殺しかえ? 皆殺しかえ?」
「だからそれ何のことっ? ……そろそろ時間がないかな?」
「さよ、怖いです。……桂木さんたちの方も心配ですね」
「殺すなんて嫌ですよ。……わたし、桂木さんたちに合流しに行ってみます」
 あずきとぎの声に応える合間に、3人は顔を突き合わせて囁き合う。
「わたし達の状況を伝えて、自警団の方を追い払うお手伝いも」
「それしかないかもねっ。気長なタイプみたいだし……」
「あまりここにいすぎるのもまずいですよ。あずきとぎさんたちが8人ともここにいるとは限りません」
「そっか、もし自警団の人たちの方に行っちゃってたら」
「それも確認しないとですね。わたし」
「行っちまうのかえ?」
「!?」
 深雪、さよ、結鹿が一斉に立ち上がった。ちゃっかり輪に加わっていたもう1つの影はのんびりと腰を伸ばす。甘いあずきの香りをまとった、しわだらけの顔がにっと笑った。
「ああ、やっとびっくりしてくれた」
「え、そのために出てきたの?」
「びっくりしたかい?」
「びっくりしました。あの、あずきとぎさん」
 さよはまっすぐに老婆の顔を見つめた。
「悪いようにはしません。さよたちの話を、聞いてもらえますか?」
「はあ?」
 今度は老婆が首をひねる。深雪が急きこんでうなずいた。
「どうしても話をしなければいけないんだっ」
「詳しくは後でさよさんと深雪さんに聞いてくださいなんですが、恐ろしい妖が住み着いてると思われてて、退治しようって人が来ます」
 結鹿が一息に告げた事実に、老婆は息を飲んだ。
「……本当かえ?」
「本当です」
 さよが懸命に畳みかける。
「あずきとぎさん達に酷い事をしようとしている人たちが、すぐそこまできてるんですっ」
「だどもおらたち、何にも、悪いことしてねえ」
「わたしたちが時間を稼ぎます。周りの霧は消しますから、さよさんと深雪さんと安全な場所に避難してください、早くっ!」
 困惑した様子の老婆にほとんど懇願するようにまくしたてると、結鹿は手を握りこんだ。彼女の作り出していた元素の霧が、見る間に消えていく。
「あらら……へえ……」
「びっくりした? ボクたちの持ってるこういう力で、キミたちを助けたくて来たんだ」
「あなたはもちろん、他のあずきとぎさんたちも守りたいんです」
 ぽかんとしている老婆の手を、深雪が優しくとった。さよも白い翼を広げる。
「他の皆さんがどこにいるか、聞いてもいいですか?」
「……お前様たちを誘いに来たのはおら1人だ。だども、お客様、もっといねえかなって、ちいせえのが出ていっちまった」
「何人ですか?」
「2人。赤と緑のべべの」
「任せてください。えっと」
 無事に済んだら、ご褒美に半殺しをくださいね。
 駆け去る結鹿の残した一言に、老婆の表情がふっと明るくなった。
「あ、もちろんボクたちも、もてなしを断る気はないからねっ。ボクは食感の残る半殺しが好き」
「さよは、うーん、皆殺しですね」
「そうか、そうか。みんな無事なら、うんとこさえるでな。食べていけよ。ああ、久々のお客様だなあ」
 嬉しそうに歩き出したあずきとぎは、介助も必要とせず、ひょいひょいと山道を進んでいく。さよと深雪は因子の力で追いかける羽目になってしまった。

●女の子を守れ
「どこ行ったかな」
「見失ったんだって、帰ろうぜ」
「バカ。さっきからほぼまっすぐ西に下ってるだろうが。こら待て!」
 日那乃がおとり役を始めてから、8分が経とうとしていた。結鹿の送ってくれた霧はとうに晴れている。
「はあ、はあっ……あと、ふもとまで、どのくら、い?」
 懐中電灯の光をかわし、幻影で作られた立木の後ろに飛び込む日那乃。背を覆っていた水のベールが力尽きたように消えると、食い込んだ弾丸が地面に散った。
「もう10分はかかる」
 同じくらい荒く息をしながら佳槻が答える。おとり役ではないが、日那乃が隠れるための幻影を作り出したり、発砲に備えて水衣をかけておいたり、自警団が全員ついてきているか確認したりと、佳槻の仕事量も決して少なくなかった。
「疑われないようにしようと思ったら、もうちょっとかかるだろうね……」
 西の方角を睨みながら、佳槻は汗をぬぐう。工事用の側道まで自警団を引き付けるつもりだったが、この調子ではそこまで持たなそうだ。肩口の銃創を自分で治癒している日那乃はもちろん、水衣をあと1回かけられれば御の字、というくらいに佳槻も消耗していた。
「もうちょっと、ペースあげてみる? 飛んだりとか」
「そうだね。向こうも疲れてきてるけど、自称プロは引きそうにないし、今か」
 しょきしょき、しょきしょき。
「はんごろし?」
「みなごろし?」
 考え考え話す佳槻の声を、小さな音と、甲高い問いかけが遮った。
「わたしじゃない、よ」
「だよね。ってことは……」
 傍らに浮かぶ犬系守護使役のコタマに合図して、佳槻は深く息を吸い込んだ。足音を忍ばせて、日那乃がもたれた木を回り込む。
「君たち……本物?」
 覗きこんだ先には、2人の女の子がうずくまっていた。赤と緑の着物に裸の足。
「はんごろし?」
「みなごろし?」
 日那乃と佳槻を前に、小さなあずきとぎたちは抱えた風呂敷を見せた。着物と同じ色の布の中には、どうやらそれぞれの餅が入っているらしい。佳槻は頭をかいた。
「この子たちを一緒に来させるのは無理があるね」
「でも、放っておいたら見つかっちゃう。わたしだけでも、おとり続けようか?」
「いや、1度向こうに追い払ってからこの子たちを逃がそう。おっと」
 走り出そうとした緑の着物の少女を、佳槻は抱きとめた。話し声と足音が近づいてくる。
「どんだけ帰りたいって言えば気がすむ?」
「いや、でも」
「駆除だぞ。何びびってんだ」
「あのひとたちにも、お餅んぐ」
 赤のあずきとぎの口を、今度は日那乃がふさぐ。緑のあずきとぎの手も取ると、木の裏でぺったりと寝ころばせた。
「ここに隠れてて、ね。動かないで」
「なんで?」
「あの人たちは、古妖をちょっと勘違いしてるんだ。人間同士でもよくあることだけどね」
 あずきとぎたちが身を伏せたのを確認して、佳槻は幻影を映し出した。男たちの斜め後ろの草の上から、女の子の上半身がのぞいている映像だ。
「うおおっ!」
 最初に気付いた誰かが悲鳴を上げてのけぞる。先陣を切ってきた自称プロが引き金を引いた。銃声がこだまする。
「はんごろし? みなごろし?」
 身をすくませた少女たちの背に優しく触れてから、日那乃は走り出した。幻影の消えた藪をかき分け、着物を翻して自称プロに向かう。
「来たな、駆除だ!」
「く、うっ……」
 撃ちこまれた銃弾を佳槻の着せかけた水の衣が受け止めた。痛みと衝撃をこらえながら、日那乃は大柄な男の横を駆け抜けて、リュックをまさぐる腕にぶつかる。
「何しやがる!」
 狙い通りに自称プロのリュックが落ち、ナイフや催涙スプレーが飛び出した。慌てて探そうと地面に向けた懐中電灯を、佳槻がスリングショットで飛ばした石で弾く。
「はん、ごろし? みなごろ、し?」
 右往左往する自警団の懐中電灯の光をかわしながら、日那乃は草陰に転がり込んだ。弾のかすめた足首と手の甲から血が出ている。
「どこだ、どこ行った?」
 側の若者から銃と懐中電灯を奪った自称プロが叫んでいる。荒くなる呼吸を、日那乃は必死に押さえつけた。が、藪ががさっと音を立てる。
「そこか!」
 凄まじい銃声に、日那乃はきつく目を閉じた。
「はんごろし? みなごろし?」
 しょきしょき、しょきしょき。
 小さなもの同士が跳ねてぶつかる音だ。あずきとぎの音に似てはいるが、わずかに違う。
 しょきしょき、しょきしょき。
「こわいよぉ」
 目を開いた日那乃の前を、結鹿が身を低くして抜けていった。黒い土の鎧で山の木々にまぎれ、足音は猫系守護使役のクロに消させている。鎧に食い込んだ弾丸が、時折地面に落ちた。
「これじゃおもちが振舞えない」
 しょきしょき、しょきしょき。
 フィルムケースにあずきを入れたマラカスを鳴らしながら、結鹿は西へ、側道へと斜面を下る。自称プロと自警団が後ろに続く。
「フォローに行くよ。あずきとぎたちを頼む」
 最後尾を追っていく佳槻にうなずくと、日那乃はそろそろと立ち上がった。足はうずくが、もうひと頑張りだ。
「2人とも、大丈夫? これから、わたしと空を飛ぼう」
「おねえさん、とべるの?」
「あたしたちつれて?」
「うん」
 あずきとぎたちの無事にほっとしながら、手の甲の傷に手早く癒しの滴を当てる。自分より小さな子供2人なら、ぎりぎり一緒に飛べるだろう。
「だからね、2人がどこに住んでるか、教えてほしいな」
「わかった!」
「教える! ね、おねえちゃんははんごろし? みなごろし?」
 自警団は、結鹿と佳槻がきっとなんとかしてくれる。信じよう。あずきとぎたちを抱いて、日那乃は黒い翼を広げた。
「えっと、わたしはどっちでもいい。食べられるなら」

●おくりもの
 佳槻が迎えに来たさよと落ち合えたのは、夜の11時を回ったころだった。
(あずきとぎさんたちの説得には成功しました。もう大丈夫です!)
「こっちももう大丈夫だよ」
 周りを警戒して心の中に話しかけてくるさよに、佳槻は普段通りの声で答える。
「自警団にも自称プロにも、村に帰ってもらった」
「じゃあ皆さんの所に行きましょう。空からの方が楽だと思うので、つかまってください」
 夜風を切って飛びながら、佳槻は日那乃と別れた後のことを簡単に説明した。
 結鹿にあずきとぎのふりをしてもらい、逃げながら『あんころ餅をあげたかったのに』と言ってみたこと。それでも自称プロが諦めようとしなかったこと。側道を越えて逃げたように見せかけたこと。隣の山が私有地で入れないと話しているのが聞こえたこと。
「そこまでは、菊坂君から聞いてるかな」
「『考えがあるから先に戻っていいよ』と言われたって聞いてます。こんなに遅くなるとは思ってなかったみたいですけど」
「ごめんね。自称プロがどうしても、何か目に見える手柄が欲しかったみたいだったから」
 古妖の被害者を装って、話しかけたのだという。
 変な音と子供の声に追いかけられて怖かった。追い払ってくれてありがとう。
 自称プロはころりと信じ、ぜひ村人に説明してほしいと佳槻を連れ帰ってしまった。
「村の大人に説明する方に時間がかかるとは思ってなかったけどね。そっちはどうだった?」
「桂木さんが少し怪我をされたくらいですね。でも、わたしもお手伝いしてもうきれいに直りました」
「そうか。よかった」
「強いて問題と言うなら……」
 さよが言いよどんだとき、あずきの香りがふんわりと流れてきた。
「見てもらった方が早いですね」
 白い翼をはためかせ、さよはゆっくりとあばら家の前に降り立った。破れた障子からはにぎやかな声と明かりが漏れている。
「戻りました」
「おまたせ」
 2人が土間に入ると、わっと歓声が上がった。
「待ってました……」
「一緒に、食べて……」
 結鹿と日那乃が、助けを求めるように手招きする。すでにお腹いっぱいになるまで振るまわれたらしいのだが、まだ皿にはあんに包まれた餅がどっさり積まれていた。4人の少女あずきとぎになつかれて、逃げるに逃げ出せないのだ。
「やっぱり食べきれてないですよね。いただきます」
「いただきます。あ、僕は半殺しも好きだけどとりあえず皆殺しで」
 苦笑しながら席につき、2人もあんころ餅にかぶりついた。しつこくないあんの甘みと米のつぶの残った餅が、素朴で懐かしい味わいになって口の中に広がる。飽きのこない、優しい味だ。
「そういえば、佐々山君は?」
 夢中になって食べ終わってから、佳槻は隣の結鹿に尋ねた。
「……すごいです」
 結鹿はそれだけ言って、座敷の奥を指す。山のような皿と老婆のあずきとぎたちに囲まれて、深雪は幸せそうに餅を頬張っていた。
「ふぉっふぃふぁふふぃふぁ……」
 むぐむぐと『どっちが好きか答えるだけであんころ餅が貰えちゃうなんて、すごくいい古妖じゃないかっ』と言っているが、言葉の原型はない。わかっているのかいないのか、老婆たちは大喜びでおかわりを作っていた。
「じゃあ引越しの提案もしてないんだね」
「ふぁふふぇっふぁ」
「『忘れてた』そうです」
「……わたしたちが代わりにご説明します」
 役目が来たのを幸いと、結鹿と日那乃が席を立つ。ふがふがした深雪の日本語を交互に訳しはじめた。
「『今の人たちに半殺し、皆殺しっていうのは暴行、人殺しと誤解されちゃうんだ』」
「『移動してきたばかりで悪いんだけど、ここも危険になりそうだし、もっと安全な場所を教えてあげるよ』」
「『すねこすりって知ってる? 大量発生しちゃって処分されそうになってたんだけど、今はある山で平和に暮らしてるんだ』」
「『他の古妖もいるみたいだし、そこに行かない?』」
「移動はわたし達でお手伝いしますよ」
 さよが一言添える間に、深雪はごくんと口いっぱいの餅を飲み下した。
「キミ達に何かあったらこんなに美味しいあんころ餅、食べれなくなっちゃうでしょ? 美食家としてそれは許せないんだ」
「……ふむ……」
 むっつりと黙って、老婆たちは考え込む。ややあって、1人が口を開いた。
「ありがとうなあ。いい話だども……」
「何ですか?」
「そのすねこすりってのは、半殺しが好きかねえ」
 さよ、結鹿、日那乃、佳槻は、皿に突っ伏しそうになった。深雪だけがけろりとして返事をする。
「こんなにおいしいんだもん、食べてくれるよっ。ボクたちも食べに行くし。あ、学園にはお土産待ってる人もいるんだよ!」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『半殺し派』
取得者:菊坂 結鹿(CL2000432)
『皆殺し派』
取得者:石和 佳槻(CL2001098)
『半殺し派』
取得者:佐々山・深雪(CL2000667)
特殊成果
なし



■あとがき■

お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
皆様の尽力で、あずきとぎたちは命を落とすことなく、京都に引っ越してもくれそうです。
自称プロのおじさんも、とりあえずは満足でしょう。
プレイング内で「半殺しと皆殺し、どちらが好きか」に言及があった方には称号をお出ししました。
(決して物騒な意味ではありません)
ご参加ありがとうございました。




 
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