【日ノ丸事変】戦火纏う嵯峨菊
●一路
色づく気配を匂わせ始めた嵐山の紅葉を眺める余裕は、今はなかった。
「うう、下っ端仕事も楽じゃないよ……」
夜、京都嵯峨野に本殿を構える野宮神社に、密かに蠢く人影がひとつだけあった。
女性だった。常に何かを恐れているかのようなびくびくとした挙動で、地面を掘り続けている。
出てきたのは複数のコンテナ。そのうちの一つを担ぐと、女性は思わず「わぁ」と声を漏らした。
それは、仲間から運び出すように頼まれていた、極秘裏に準備しておいたという資材の数々。
「ふええ、本当にこんな所に隠してたんだ」
驚きの中に少しときめきを滲ませながらも、せっせとリアカーの荷台にそれらを積み込んでいく。
「よし、後は、出た先で待ってる人達と合流するだけだ~!」
達成感に満たされて帰路に着くが、すぐに足を止めた。
竹藪を掻き分けて指定の神社まで辿り着くことも。
地中に埋められたコンテナを掘り起こすことも。
現地調達したリアカーへの積載を完了することも。
そこまではどうにかこなせたのに。
「――待ちな。その品と命、置いていってもらおうか」
進路を塞いでいるのは、武装した男二人組。見るからに一般人ではない。
「うひ~、こんな羽目になるなんて聞いてないよ~!」
涙声で狼狽える女性。一応、小刀を腰に差してはいるが、まるで自信はなさそうである。
「突っ走るしか、ないのかな……」
この上なく不安げな表情で、ぎゅっと荷車の持ち手を握った。
●燻る煙
常日頃ぼんやりとしている久方 真由美(nCL2000003)も、昨今の近畿一帯に漂う不穏な気色を察せないほど鈍感ではなかった。この頃見る夢に隔者組織が、それも『七星剣』の統治下にあるヒノマル陸軍が起こす騒動が混ざるのも、全くの偶然とは思えなかった。
重ねて、此度F.i.V.E.に寄せられてきた協力願。
「『黎明』……でしたっけ」
何重にも及ぶ資料をめくりながら思案する。
現在ヒノマル陸軍から目の敵にされている新興覚者組織、それが『黎明』だ。その状況は夢の内容からも把握できる。彼らには気の毒だが、出来たばかりの烏合の衆と、鍛えられた戦闘集団。どちらに分があるかは火を見るより明らかだ。
戦力差は向こうも承知しているらしく、だからこそ支援要請を送ってきたのだろう。
見返りとして提示されたのは情報提供。
だとして、である。
大規模抗争の渦中に飛び込む――リスクは目に見えている。
だがF.i.V.E.もまた新進気鋭の勢力なのも事実。早い段階で横の繋がりを持ち、相互補助を受けられることに利点を見出せないわけでもない。
「これは私個人の意見どうこうじゃないでしょうね」
コツン、と会議室の戸を叩く音があった。
「あっ、そうでした。どうぞ~」
間延びした真由美の声に導かれて、覚者達が入ってくる。
「皆さんを呼んだのは、とある覚者組織の護衛をお願いしたいからです」
言いながら、資料を配布する。
「この日の夜、比良多咲花という方が物資の運び出しに野宮神社まで赴くようです。彼女は戦闘には回らず、雑用を引き受けているみたいですね。で、積荷を済ませた帰り道になるんですけれど、待ち伏せていたヒノマル陸軍から襲撃を受けることが予知されています」
あの怯えた様子を見る限り、彼女単独ではひとたまりもないだろう。
「迫る決戦の時に備えて便宜を図っていたようですが、もし奪われたら悪用されかねません」
なんとか阻止して欲しい、と依頼自体の目的を伝えた上で。
更に資料を追加して続ける。
「皆さんに決めてもらいたいことがあります。今回の依頼もそれに関するものなのですよ」
接触してきた『黎明』をどうするか。夢見はその話をよくよく聞かせた。
色づく気配を匂わせ始めた嵐山の紅葉を眺める余裕は、今はなかった。
「うう、下っ端仕事も楽じゃないよ……」
夜、京都嵯峨野に本殿を構える野宮神社に、密かに蠢く人影がひとつだけあった。
女性だった。常に何かを恐れているかのようなびくびくとした挙動で、地面を掘り続けている。
出てきたのは複数のコンテナ。そのうちの一つを担ぐと、女性は思わず「わぁ」と声を漏らした。
それは、仲間から運び出すように頼まれていた、極秘裏に準備しておいたという資材の数々。
「ふええ、本当にこんな所に隠してたんだ」
驚きの中に少しときめきを滲ませながらも、せっせとリアカーの荷台にそれらを積み込んでいく。
「よし、後は、出た先で待ってる人達と合流するだけだ~!」
達成感に満たされて帰路に着くが、すぐに足を止めた。
竹藪を掻き分けて指定の神社まで辿り着くことも。
地中に埋められたコンテナを掘り起こすことも。
現地調達したリアカーへの積載を完了することも。
そこまではどうにかこなせたのに。
「――待ちな。その品と命、置いていってもらおうか」
進路を塞いでいるのは、武装した男二人組。見るからに一般人ではない。
「うひ~、こんな羽目になるなんて聞いてないよ~!」
涙声で狼狽える女性。一応、小刀を腰に差してはいるが、まるで自信はなさそうである。
「突っ走るしか、ないのかな……」
この上なく不安げな表情で、ぎゅっと荷車の持ち手を握った。
●燻る煙
常日頃ぼんやりとしている久方 真由美(nCL2000003)も、昨今の近畿一帯に漂う不穏な気色を察せないほど鈍感ではなかった。この頃見る夢に隔者組織が、それも『七星剣』の統治下にあるヒノマル陸軍が起こす騒動が混ざるのも、全くの偶然とは思えなかった。
重ねて、此度F.i.V.E.に寄せられてきた協力願。
「『黎明』……でしたっけ」
何重にも及ぶ資料をめくりながら思案する。
現在ヒノマル陸軍から目の敵にされている新興覚者組織、それが『黎明』だ。その状況は夢の内容からも把握できる。彼らには気の毒だが、出来たばかりの烏合の衆と、鍛えられた戦闘集団。どちらに分があるかは火を見るより明らかだ。
戦力差は向こうも承知しているらしく、だからこそ支援要請を送ってきたのだろう。
見返りとして提示されたのは情報提供。
だとして、である。
大規模抗争の渦中に飛び込む――リスクは目に見えている。
だがF.i.V.E.もまた新進気鋭の勢力なのも事実。早い段階で横の繋がりを持ち、相互補助を受けられることに利点を見出せないわけでもない。
「これは私個人の意見どうこうじゃないでしょうね」
コツン、と会議室の戸を叩く音があった。
「あっ、そうでした。どうぞ~」
間延びした真由美の声に導かれて、覚者達が入ってくる。
「皆さんを呼んだのは、とある覚者組織の護衛をお願いしたいからです」
言いながら、資料を配布する。
「この日の夜、比良多咲花という方が物資の運び出しに野宮神社まで赴くようです。彼女は戦闘には回らず、雑用を引き受けているみたいですね。で、積荷を済ませた帰り道になるんですけれど、待ち伏せていたヒノマル陸軍から襲撃を受けることが予知されています」
あの怯えた様子を見る限り、彼女単独ではひとたまりもないだろう。
「迫る決戦の時に備えて便宜を図っていたようですが、もし奪われたら悪用されかねません」
なんとか阻止して欲しい、と依頼自体の目的を伝えた上で。
更に資料を追加して続ける。
「皆さんに決めてもらいたいことがあります。今回の依頼もそれに関するものなのですよ」
接触してきた『黎明』をどうするか。夢見はその話をよくよく聞かせた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.竹林の道の突破
2.物資の運搬完了
3.なし
2.物資の運搬完了
3.なし
●目的
★輸送車の護衛
●現場
★嵯峨野、竹林の道
ルートは以下のようになります。
野宮神社(出発地点)
↓ 150mの細道
天龍寺北門
↓ 300mの竹林の道
大河内山荘庭園(合流地点)
大事に備えて野宮神社に秘匿しておいた物資を合流地点まで運んでいく流れとなります。
道は狭く、エンジン付の車両は通行できません。そのためリアカーでの運搬となります。
リアカーは野宮神社の隅っこのほうにこっそりと置いてあります。
合計450mに及ぶ進路は両サイドが深い竹林で覆われているため、なんとか人は通れるもののリアカーを連れて脇道から抜け出すということは不可能です。
各所に隔者が待ち伏せており、通過の妨害と積荷の奪取を試みてきます。
合流地点まで積荷を守り切れれば依頼は成功となります。
開始の時間帯は観光客と鉢合わせすることのない深夜です。
野宮神社に行くまではどういった道筋を辿っても構いません。が、隔者に見つかるとその時点で普通にドンパチになります。ちなみに同行NPCは奥の竹藪を通って向かいます。
●敵情報
★ヒノマル陸軍隊員 ×7
配置及び人員は以下の通りです。ポジションは全員が前衛となっています。
細道 2人(火/彩、土/彩)
北門前 2人(火/械、土/械)
竹林の道 3人(火/彩、土/械、天/現)
初級体術と、それぞれの五行術式に応じたスキルを使用します。
個々が相当の戦闘能力を持っていますが、必ずしも全滅させる必要はありません。
●同行NPC
★比良多咲花(ひらた・さきか)
新興勢力『黎明』に所属する20歳前後の女性覚者です。大抵の場合あわあわしてます。
戦闘には参加せず、資材を積んだ荷車を引いて移動のみを行います。
移動距離は最大で1ターンに10mです。その他の行動を交えた場合は5mとなります。
NPC以外が牽引した場合でも移動距離は変わりません。
●投票
この依頼では新興組織『黎明』を仲間に招くか招かないかの投票を行います。
EXプレイングにて、『はい』か『いいえ』でお答え下さい。結果は告知されますが投票したPC名が出る事はございません。
何も書かれていない場合は無効と見なします。
それではご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月30日
2015年10月30日
■メイン参加者 8人■

●夜行特急
笹を掻き分けて辿り着いた先は、雲間から覗く月の薄明かりに照らし出された境内だった。
野宮神社。
夜の帳が下り切ったそこは、隔者組織――ヒノマル陸軍の手が差し迫った、風雲急を告げる土地とは思えない静けさに満ちている。
「さて、と」
辺りを見渡す一同。
新興勢力『黎明』の戦地への介入。それが此度F.i.V.E.に所属する覚者達全体に与えられた任務群だ。この野宮神社では加えて、黎明の構成員の護送という役目も負っている。
「ヒノマル陸軍に、黎明……よくもまあこうも厄介事が次々に転がり込んでくるものだわ」
込み入った情勢にぽつりと懸念の陰を覗かせつつも、『RISE AGAIN』美錠 紅(CL2000176)は、暗所に最適化された目を走らせて件の人物を探す。
先導する『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が微弱な光を発し、全員の視野の拡充に励む。
やがて、境内の隅で積載作業を行う女性の姿を見つけ出した。
「比良多さん……ですよね」
声を掛けられた女性――『黎明』の比良多咲花は、驚いてコンテナを取り落としそうになった。
「いやいや、身構える必要はありませぬぞ。我々は同輩でありますからな」
堂々たる声音で緊張を解したのは『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)である。決して物資の簒奪などではなく、護衛目的で参上したことをまずは伝える。
「通達はなかったでしょうから、怪しむのも無理はないでしょうけど……私達は支援要請を受けた組織の者なんです」
事情を明かしながら咲花が落としかけたコンテナをリアカーに積む灯。容量の限界まで詰め込まれているのか、ずしりと重い。
「今の状況で言いますと……友軍、といったところでしょうか」
車椅子に尊大に腰掛けた橡・槐(CL2000732)が立場を整理する。
「ゆ、友軍だなんて、ご大層ですよう。荷物を運ぶだけじゃないですか~」
「いえ必須です。この輸送任務、敵さんにバレているみたいですよ?」
槐の忠言に、咲花が動揺を見せる。
「うちで飼ってる夢見が予知しましたので」
それが間違いのない未来であることを宣告する槐。重ねて、助太刀の必要性を説く。
「急を要すのでそろそろ出発しますかね。露払いはしますから追ってきて下さいです」
言い終えた瞬間に背を向けて車椅子を漕ぎ出す槐に、遠慮は微塵もない。
「都合のいい援軍、とでも思ってください。信用の強要は致しませんので。こちらはこちらの判断で、妨害を排除するだけですから」
視線を交わすことなく告げた『レヴナント』是枝 真(CL2001105)も即座に細道へと進路を移す。
「先のことだとか、難しい話は後回しでいいよ。助けた時点で関係者なんだから」
戸惑いの残る咲花に片目を瞑って目配せしてから紅も続く。
付いてこい、と指示された咲花は、それでもまだ不安は拭い去れない様子だ。リアカーのハンドルは握ったものの、第一歩を踏み出すのに躊躇がある。
見かねた鯨塚 百(CL2000332)は大きく手を伸ばして、その肩を軽く叩いた。
「だいじょぶ、オイラたちがちゃんと送り届けてやる」
所作に言葉を交えて安心するよう促す。
「オイラ頭悪ぃから細かい事情はよく分かんねぇけど、黎明の人たちを助けるためにも、この物資は絶対届けないとな。頼むぜ、ドラどん!」
百は付近を漂う守護使役に命じると、小さな火の玉を噴き出させ夜道を照らす明かりにした。のみならず、亜空間に収納していた神具類を装着し、自身の覚醒と合わせ臨戦態勢を万全とする。
強固な決意と熱く燃える闘志が、明瞭な焔の色合いに現れている。
先を行く、自分より遥かに小さな背中が、咲花には随分と勇壮に見えた。
「えと、ありがとうございますっ。お嬢ちゃんは小さいのに立派ですね~」
「お嬢ちゃんじゃねぇ! オイラは男だ!」
百は勢いよく振り返って訂正を求めた。
●総力を挙げて
野宮神社を出てすぐ、栗毛の少女――賀茂 たまき(CL2000994)は屈んで地面に触れた。
それから瞼を閉じ、神経を研ぎ澄ませて土からの信号に五感を傾ける。
「……ヒノマル陸軍の刺客はこの先六十メートル、脇の草叢に潜んでいますね」
敵の位置を把握すると、口調こそ平時と変わらない穏やかさではあるが、戦闘に対する心積もりは整っているらしく、急襲に備えて土行術式の堅牢な鎧を身に纏わせる。同時に栗色の髪は毛先まで漆黒に染まり、その瞳に赤い光彩が差す。
「咲花さんは、全力で輸送、お願い致しますね。敵は私達が何とかしますから」
後ろで積荷を運ぶ咲花に労いを掛ける。
「いざ、開戦の時!」
同じく守備を固めたアキラが先陣を切って細道を突き進む。全身の装甲を盾に、敵勢力からの攻撃を一手に引き受ける算段だ。百はその少し後ろから、周辺に注意を払いながらひっそりと歩いていく。
思惑通り、暗色の迷彩ペイントを施した隔者が藪の中から奇襲を仕掛けてきた。
にもかかわらず、困惑の色が濃いのはヒノマル陸軍の側である。
「おい、神社に向かってたのは女一人じゃないのか。こんなでかい機兵だとは聞いちゃいないぞ」
「だけじゃねぇ、他にも部外者がいやがる……ええい、荷物はどこだ!」
視線を凝らすが。
「――貴方達こそ部外者でしょう」
捜索は、足元から跳ね上がってきた地走りを伴う剣閃によって強制的に打ち切られた。
一片の無駄もない、神速で振り上げられた一対の小剣は、強化繊維の軍服を二人束ねて引き裂き、皮下に鮮烈な赤色を滲ませる。意識の外から初太刀を見舞った人物――真の冷たい水銀の瞳が、酷薄にその傷跡を追認している。
「道を開けていただけないでしょうか。生憎ですが、遮蔽物に密に携わる気はありませんので」
「小癪な!」
怒気を晴らすべく銃火器をぶっ放そうとした隔者だったが、使い馴染みの神具が妙に重く感じることに気が向く。掲げる動作もどこかしら鈍い。
「『霧』の中では、自由が利かないでしょう」
ふわりと白銀の髪を揺らしながら菊坂 結鹿(CL2000432)は、柔和な表情を崩さない穏やかな物腰で、しかし確かに屈強な男どもを威圧してみせた。
敵周辺を包んでいるのは、彼女が発生させた高湿度の深い霧。
更に、立ち込めた霧に乗じて隔者との距離を詰め、自身の得物である刀を構える。
「わたしの日常のために、あなた達を倒します」
ここで挑発を買わないほどヒノマル陸軍は腰抜けではない。挙動が緩慢になったとはいえ、日頃の鍛錬で作り上げた戦闘能力が完全に意味を成さなくなるわけではない。
前列の覚者達の足元に向けて術式を封じた弾丸を掃射し、眩い橙の火柱を焚き上がらせる。
「分かったぜ、荷物は後ろだな!」
うっすらと後方に見える、堆く積み上げられたコンテナを確認。刀剣を手にしたもう一方の隔者はそちらに焦点を合わせる。
「取られてたまるか!」
前線に立つ百は眼前で燃え盛る火に一歩も怯まず、敵の強行を阻止。
「咲花さん落ち着いて、あいつらはオイラたちに任せな!」
内側で煮え滾る灼熱は、立ち上る火柱よりも尚激しく燃えている。機械化した両足で大地を踏み締めると、炎で彩られた想念をその拳に乗せて、思い切り腹部を殴りつけた。
正中線上。人体急所を的確に捉えている。隔者はぐ、と声にならない声を漏らし、苦悶を堪える。
「無闇に泣き叫ばぬのは走狗の鑑と言えましょう! しかしながら、暴動に耽る集団は軍とは呼べませぬ。力を振りかざすだけのゴロツキどもは殲滅あるのみ!」
火器を扱う隔者を対象にアキラが力強く殴打を加える。こちらはひたすらに重い、尾を引くような痛みを与える正拳突きだった。
「一人ずつ甚振るのもいいですけど、手早く済ませるに越したことはないですね」
槐はすっと車椅子を下り、車輪を取り外すと両手に盾として構える。
まだあどけなさの残る幼い顔立ち。かつて、全てが満足だった肉体。その頃の姿に戻って。
「同意だね。あたしもここはさっさと突破したいわ」
雷雲を巻き起こした槐に頷くと、長い尾を靡かせる紅は果敢に前陣に踏み込み、抜刀。切っ先を下にした状態で接近し、灯が発する微光を幽かに映し出した銀刃を、背筋をフルに躍動させて跳ね上げ二者まとめて斬りつける。その掌に確かな手応えを覚え、降りかかる返り血が成果を告げる。
巨大隔者組織七星剣の管轄下にあるヒノマル陸軍は実力者揃いである。個々の力量でいえば新進のF.i.V.E.を凌駕するであろう。
だが数的優位はそうそう崩れない。
それに。
「私達だって、強くなってますから!」
地面から隆起した突起が隔者の脚部を貫き、戦闘続行困難に陥ったのを視認すると、たまきはふぅと一息吐いた。
「とりあえず、第一関門はクリアー……でしょうか」
結鹿がスカートに付いた砂埃を払いながら言う。身体強化が十分に行き渡っていたおかげか、ここでのダメージは揃って軽微だ。
「ほえ~、皆さん、お強いんですねぇ」
リアカーを引く咲花が気の抜けた感嘆の声を零す。
「ここは然したる問題じゃないのですよ。ここからが実に難儀でこの私から笑顔を奪うのです」
槐はやれやれと首を横に振った。
竹林の道にて、隔者三人を、こちらも三人で足止めする。大役だが、無論容易なことではない。
●地に伏せる龍
寺院の前を通過する寸前、軍刀を掲げた二人の男が門から飛び出して強襲を掛けてきた。今更言うまでもなくヒノマル陸軍の息のかかった者である。
「ひっ、こんなところにも!?」
咲花は動転するが、あらかじめ予測が立っていた覚者達は落ち着き払っている。
「私達は行きます!」
灯が固く結ばれた決心をもって宣言する。
「こちらも精一杯尽力してみますが……なるべく早期の合流をお願いします」
「死地に赴くのも一兵卒の務め! 苦難に耐えてみせましょう!」
前を行く灯が僅かに照らした光に導かれて、アキラと槐は竹林の道へと向かっていった。
夜空に浮かぶ雲は一度千切れ、その奥で朧に点滅していた星が顔を見せ始める。
「チッ、三人も逃がしたか。運搬役が一人じゃないことは先程知れてたが、まあいい。御誂え向きに物資類はここにあるからな」
リアカーに視点を合わせながら隔者は言う。
「お、お、置いてなんかいきませんよ……」
弱々しく、けれどきっぱりと拒絶する咲花。
ならば力ずくで強奪すべく襲い掛かる隔者二名だったが、その前にF.i.V.E.直属の覚者達が立ち塞がる。
五人。先刻よりも人員は欠けている。さりとて過度に恐れる要因にはならない。
結鹿はするりと、まるでそうするのが自然であるかのように前に進み出る。
再度中空を満たす霧。
「わたしをただの子供と甘く見ないで下さいね」
武器をぶつけ合った瞬間、それは両者の間に全く隔たりのない一介の戦士同士であることを意味する。ならば最大限の礼節として、力には力で応えることが努め。
「……参ります!」
刀を手に火行の隔者と殺陣を演じる。一太刀一太刀が偽りではない、薄氷を踏んで芯から命を削り合う攻撃である。
「ふふっ、だったらあたしは遊撃やらせてもらおうか」
紅は密かに敵背後に回り込み、退路を断っていた。戦場が一本道である以上、前後で挟み込んでさえしまえれば、ひとまずの合流は避けられる。
竹林の道の距離は三百メートル。視界だけなら夜間であることも幸いして戦闘の気配は誤魔化せるかもしれないが、生じる騒音は隠し切れない。
出来れば、ここでの戦いは手短に。
「喰らいなよ!」
効率を重視して、水平に並んだ二人を一気に斬りつけた。
そこにたまきが加勢する。注意が分散した隙を見計らって、守護使役の力を借り音もなく急接近。符術を唱え極限まで硬度を高めた拳を鳩尾に叩きつける。
「この手で、必ず守り切ってみせます! 味方も、咲花さんも、輸送車も!」
鈍重な衝撃音が響き渡る。英霊の加護を受けた状態で放たれたそれは、凄まじい爆発力を誇った。
細道での交戦と同様、結鹿の霧による陥穽で戦況は有利に進んでいた。
とはいえ隔者は頑健な肉体を持つ械の因子。その守備性能は非常に硬い――硬いが。
「それだけですね」
速度で大きく水を開けられていては、機敏極まる真の独壇場を許すばかりである。敵に纏わりつくように縦横無尽に戦地を駆り、射程内まで近接する毎に剣撃を浴びせる。
幾度も。幾度も。幾度も。
息絶えるまで――とはいかない。
反動の大きい体術を矢継ぎ早に連発していた分、真側の疲労も重い。表情にこそ欠片もそうした様子を滲ませていないが、仕草までは抑えられず、肩で息をしている。
たまきは咄嗟に防護障壁を張り、不意の一撃で倒れないよう補佐。
「でも大分弱ってる! トドメは任せな! ぶち抜け、バンカーバスター!」
後詰めを引き受けた百は小柄な体躯を活かして敵の懐に潜り込み、右腕に装着した神具から図太いパイクを噴射。漏出した熱が炎となって顕現し、夜闇を守護使役の灯火と共に彩る。
「お前らなんかには、絶対渡さねぇ!」
短射程で大腿に穿たれたバンカー先端が抜き取られると、隔者は大量の血に濡れて地に伏せた。
残る一人も消耗は大きい。
「わたし達の勝利は決まりでしょうね。みんな、あと一箇所だよ」
ただでさえ不利を悟っていたところに結鹿の台詞で完全に戦意を喪失したのか、隔者は北門前から撤退を始めた。
「追う必要はないね。討伐じゃなくて突破が目的だもの」
紅の言葉に真も賛同する。
依然素振りに疲弊の影響は見られるが、それでも冷静に徹して、微かな感情の揺れから潜伏者がいないかを探索する。
「今のところ、近くにひっかかるモノはありません、急ぎましょう」
氷の仮面のまま皆に告げた。
●脱出
苦戦。一言で表すならそうとしか言いようがなかった。
竹林の道で待ち構えていた伏兵は三人。対して、足止めを任された覚者もまた三人である。
防御に徹しているとはいえ受ける被害は多大。
覚者が持つ自然治癒力だけで賄えるほど、攻撃の手は温くはない。
「本当にヘボ隔者ですね、配置までばれてる時点で任務失敗不可避ですよーう」
――だからといって弱味を見せることは決してなかった。槐は代わらず相手を罵倒する文句を吐き続けているし。
「規律戒律が厳正であるだけが軍規にあらず! 主義と信条あってのことですぞ!」
アキラは気丈に振舞っている。時折硬化させた拳で反撃を入れて、敵の進行を押し留める。
「暁もまた、光を齎すものでありますからな! こんなところでくたばるなど笑止千万!」
光。それは隣で共闘する灯に、いや灯の家系にとって、もっとも絶やしたくないもの。
「まだ耐えられる……まだ……ッ!」
両手に握る旋棍を翳し、盾代わりにして苛烈な攻撃の数々を受け流し続ける灯は、ひたすらに味方の到来を待った。
待ち続けた。
希望を一時も捨てることなく待ち続けたからこそ。
灯は、ふと自身の前に障壁が生成されたことを知覚した。突然出来上がった壁によって、天行の隔者が放った強烈な高威力術式が跳ね返されていく。
更には。
「おお、美錠氏ではありませぬか!」
刀剣を構えた紅が颯爽と現れた。持ち前の俊足を発揮して、誰よりも早く援軍に駆けつけていた。
「何とも有難き助力。謝辞し尽くしませぬ」
「あたしだけじゃないよ。あっちにも感謝しておいて」
紅が微笑を添えて後ろを指差す。
「灯さん、アキラさん、槐さん! 救援に来ましたよ~!」
振り向いて真っ先に視界に飛び込んできたのは、小柄なたまきの姿。遠距離から灯に『蒼鋼壁』を展開したその人である。だけでなく、北門で行動していた全員が一挙に駆け寄って来る。
「……五人だけですか、残り七人は迷子にでもなっているんですかね」
灯が何気なく漏らした言葉に隔者達がざわつく。無論それだけの戦力が割かれているはずもなく、単なるハッタリである。その旨を味方全員に送心し、口裏を合わすように根回しした。
「ふふん。もうあなた達だけなのです。退くなら追いませんよーう?」
槐が見下げた目線を送る。
隔者達は暫し顔を見合わせて談義すると、竹林の中へと撤退していった。ここまで敷いていた包囲を突破してきている、という実情も加味しての判断だろう。
「増援を要請しにいった可能性もあります。急ぎ離脱しましょう」
離散していく感情の移ろいを逐一チェックしながら真は仲間と咲花に呼び掛ける。この通路を抜けてさえしまえば、とりあえずは安心だろう。
竹林の道を踏破し、合流地点とされていた大河内山荘庭園にまで足を運ぶ一行。そこには夢見から知らされていた通り、黎明の者と思しき数人が軽トラックを駐車して待機していた。
「うう、死ぬかと思いました……」
リアカーから積荷を降ろしながら咲花が報告する。
「皆さんのおかげです。本当に助かりました~!」
それから護衛を務めてくれたF.i.V.E.の面々に謝礼を述べる。
「なあ、ヒノマル陸軍ってどういう連中なんだ?」
百が黎明の人間に話を伺っている間、槐は「疲れたー」とわざとらしく口外しながら荷車に座る。もちろんそれはフェイクで、コンテナの中身をこっそり覗き見るのが本命。
しかし蓋を少しずらそうとしたところで。
「わっ、ダメですよ~。他の人に見せたら私が怒られちゃいます!」
咲花が慌てて止めた。
「ケチですね」
槐がつまらなそうに言う。ともあれ、無事に運搬作業は完遂した。多くの物資を搭載した軽トラックを見送る覚者達。京都を包む戦火がどこまで収まるかは、これから次第である。
笹を掻き分けて辿り着いた先は、雲間から覗く月の薄明かりに照らし出された境内だった。
野宮神社。
夜の帳が下り切ったそこは、隔者組織――ヒノマル陸軍の手が差し迫った、風雲急を告げる土地とは思えない静けさに満ちている。
「さて、と」
辺りを見渡す一同。
新興勢力『黎明』の戦地への介入。それが此度F.i.V.E.に所属する覚者達全体に与えられた任務群だ。この野宮神社では加えて、黎明の構成員の護送という役目も負っている。
「ヒノマル陸軍に、黎明……よくもまあこうも厄介事が次々に転がり込んでくるものだわ」
込み入った情勢にぽつりと懸念の陰を覗かせつつも、『RISE AGAIN』美錠 紅(CL2000176)は、暗所に最適化された目を走らせて件の人物を探す。
先導する『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が微弱な光を発し、全員の視野の拡充に励む。
やがて、境内の隅で積載作業を行う女性の姿を見つけ出した。
「比良多さん……ですよね」
声を掛けられた女性――『黎明』の比良多咲花は、驚いてコンテナを取り落としそうになった。
「いやいや、身構える必要はありませぬぞ。我々は同輩でありますからな」
堂々たる声音で緊張を解したのは『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)である。決して物資の簒奪などではなく、護衛目的で参上したことをまずは伝える。
「通達はなかったでしょうから、怪しむのも無理はないでしょうけど……私達は支援要請を受けた組織の者なんです」
事情を明かしながら咲花が落としかけたコンテナをリアカーに積む灯。容量の限界まで詰め込まれているのか、ずしりと重い。
「今の状況で言いますと……友軍、といったところでしょうか」
車椅子に尊大に腰掛けた橡・槐(CL2000732)が立場を整理する。
「ゆ、友軍だなんて、ご大層ですよう。荷物を運ぶだけじゃないですか~」
「いえ必須です。この輸送任務、敵さんにバレているみたいですよ?」
槐の忠言に、咲花が動揺を見せる。
「うちで飼ってる夢見が予知しましたので」
それが間違いのない未来であることを宣告する槐。重ねて、助太刀の必要性を説く。
「急を要すのでそろそろ出発しますかね。露払いはしますから追ってきて下さいです」
言い終えた瞬間に背を向けて車椅子を漕ぎ出す槐に、遠慮は微塵もない。
「都合のいい援軍、とでも思ってください。信用の強要は致しませんので。こちらはこちらの判断で、妨害を排除するだけですから」
視線を交わすことなく告げた『レヴナント』是枝 真(CL2001105)も即座に細道へと進路を移す。
「先のことだとか、難しい話は後回しでいいよ。助けた時点で関係者なんだから」
戸惑いの残る咲花に片目を瞑って目配せしてから紅も続く。
付いてこい、と指示された咲花は、それでもまだ不安は拭い去れない様子だ。リアカーのハンドルは握ったものの、第一歩を踏み出すのに躊躇がある。
見かねた鯨塚 百(CL2000332)は大きく手を伸ばして、その肩を軽く叩いた。
「だいじょぶ、オイラたちがちゃんと送り届けてやる」
所作に言葉を交えて安心するよう促す。
「オイラ頭悪ぃから細かい事情はよく分かんねぇけど、黎明の人たちを助けるためにも、この物資は絶対届けないとな。頼むぜ、ドラどん!」
百は付近を漂う守護使役に命じると、小さな火の玉を噴き出させ夜道を照らす明かりにした。のみならず、亜空間に収納していた神具類を装着し、自身の覚醒と合わせ臨戦態勢を万全とする。
強固な決意と熱く燃える闘志が、明瞭な焔の色合いに現れている。
先を行く、自分より遥かに小さな背中が、咲花には随分と勇壮に見えた。
「えと、ありがとうございますっ。お嬢ちゃんは小さいのに立派ですね~」
「お嬢ちゃんじゃねぇ! オイラは男だ!」
百は勢いよく振り返って訂正を求めた。
●総力を挙げて
野宮神社を出てすぐ、栗毛の少女――賀茂 たまき(CL2000994)は屈んで地面に触れた。
それから瞼を閉じ、神経を研ぎ澄ませて土からの信号に五感を傾ける。
「……ヒノマル陸軍の刺客はこの先六十メートル、脇の草叢に潜んでいますね」
敵の位置を把握すると、口調こそ平時と変わらない穏やかさではあるが、戦闘に対する心積もりは整っているらしく、急襲に備えて土行術式の堅牢な鎧を身に纏わせる。同時に栗色の髪は毛先まで漆黒に染まり、その瞳に赤い光彩が差す。
「咲花さんは、全力で輸送、お願い致しますね。敵は私達が何とかしますから」
後ろで積荷を運ぶ咲花に労いを掛ける。
「いざ、開戦の時!」
同じく守備を固めたアキラが先陣を切って細道を突き進む。全身の装甲を盾に、敵勢力からの攻撃を一手に引き受ける算段だ。百はその少し後ろから、周辺に注意を払いながらひっそりと歩いていく。
思惑通り、暗色の迷彩ペイントを施した隔者が藪の中から奇襲を仕掛けてきた。
にもかかわらず、困惑の色が濃いのはヒノマル陸軍の側である。
「おい、神社に向かってたのは女一人じゃないのか。こんなでかい機兵だとは聞いちゃいないぞ」
「だけじゃねぇ、他にも部外者がいやがる……ええい、荷物はどこだ!」
視線を凝らすが。
「――貴方達こそ部外者でしょう」
捜索は、足元から跳ね上がってきた地走りを伴う剣閃によって強制的に打ち切られた。
一片の無駄もない、神速で振り上げられた一対の小剣は、強化繊維の軍服を二人束ねて引き裂き、皮下に鮮烈な赤色を滲ませる。意識の外から初太刀を見舞った人物――真の冷たい水銀の瞳が、酷薄にその傷跡を追認している。
「道を開けていただけないでしょうか。生憎ですが、遮蔽物に密に携わる気はありませんので」
「小癪な!」
怒気を晴らすべく銃火器をぶっ放そうとした隔者だったが、使い馴染みの神具が妙に重く感じることに気が向く。掲げる動作もどこかしら鈍い。
「『霧』の中では、自由が利かないでしょう」
ふわりと白銀の髪を揺らしながら菊坂 結鹿(CL2000432)は、柔和な表情を崩さない穏やかな物腰で、しかし確かに屈強な男どもを威圧してみせた。
敵周辺を包んでいるのは、彼女が発生させた高湿度の深い霧。
更に、立ち込めた霧に乗じて隔者との距離を詰め、自身の得物である刀を構える。
「わたしの日常のために、あなた達を倒します」
ここで挑発を買わないほどヒノマル陸軍は腰抜けではない。挙動が緩慢になったとはいえ、日頃の鍛錬で作り上げた戦闘能力が完全に意味を成さなくなるわけではない。
前列の覚者達の足元に向けて術式を封じた弾丸を掃射し、眩い橙の火柱を焚き上がらせる。
「分かったぜ、荷物は後ろだな!」
うっすらと後方に見える、堆く積み上げられたコンテナを確認。刀剣を手にしたもう一方の隔者はそちらに焦点を合わせる。
「取られてたまるか!」
前線に立つ百は眼前で燃え盛る火に一歩も怯まず、敵の強行を阻止。
「咲花さん落ち着いて、あいつらはオイラたちに任せな!」
内側で煮え滾る灼熱は、立ち上る火柱よりも尚激しく燃えている。機械化した両足で大地を踏み締めると、炎で彩られた想念をその拳に乗せて、思い切り腹部を殴りつけた。
正中線上。人体急所を的確に捉えている。隔者はぐ、と声にならない声を漏らし、苦悶を堪える。
「無闇に泣き叫ばぬのは走狗の鑑と言えましょう! しかしながら、暴動に耽る集団は軍とは呼べませぬ。力を振りかざすだけのゴロツキどもは殲滅あるのみ!」
火器を扱う隔者を対象にアキラが力強く殴打を加える。こちらはひたすらに重い、尾を引くような痛みを与える正拳突きだった。
「一人ずつ甚振るのもいいですけど、手早く済ませるに越したことはないですね」
槐はすっと車椅子を下り、車輪を取り外すと両手に盾として構える。
まだあどけなさの残る幼い顔立ち。かつて、全てが満足だった肉体。その頃の姿に戻って。
「同意だね。あたしもここはさっさと突破したいわ」
雷雲を巻き起こした槐に頷くと、長い尾を靡かせる紅は果敢に前陣に踏み込み、抜刀。切っ先を下にした状態で接近し、灯が発する微光を幽かに映し出した銀刃を、背筋をフルに躍動させて跳ね上げ二者まとめて斬りつける。その掌に確かな手応えを覚え、降りかかる返り血が成果を告げる。
巨大隔者組織七星剣の管轄下にあるヒノマル陸軍は実力者揃いである。個々の力量でいえば新進のF.i.V.E.を凌駕するであろう。
だが数的優位はそうそう崩れない。
それに。
「私達だって、強くなってますから!」
地面から隆起した突起が隔者の脚部を貫き、戦闘続行困難に陥ったのを視認すると、たまきはふぅと一息吐いた。
「とりあえず、第一関門はクリアー……でしょうか」
結鹿がスカートに付いた砂埃を払いながら言う。身体強化が十分に行き渡っていたおかげか、ここでのダメージは揃って軽微だ。
「ほえ~、皆さん、お強いんですねぇ」
リアカーを引く咲花が気の抜けた感嘆の声を零す。
「ここは然したる問題じゃないのですよ。ここからが実に難儀でこの私から笑顔を奪うのです」
槐はやれやれと首を横に振った。
竹林の道にて、隔者三人を、こちらも三人で足止めする。大役だが、無論容易なことではない。
●地に伏せる龍
寺院の前を通過する寸前、軍刀を掲げた二人の男が門から飛び出して強襲を掛けてきた。今更言うまでもなくヒノマル陸軍の息のかかった者である。
「ひっ、こんなところにも!?」
咲花は動転するが、あらかじめ予測が立っていた覚者達は落ち着き払っている。
「私達は行きます!」
灯が固く結ばれた決心をもって宣言する。
「こちらも精一杯尽力してみますが……なるべく早期の合流をお願いします」
「死地に赴くのも一兵卒の務め! 苦難に耐えてみせましょう!」
前を行く灯が僅かに照らした光に導かれて、アキラと槐は竹林の道へと向かっていった。
夜空に浮かぶ雲は一度千切れ、その奥で朧に点滅していた星が顔を見せ始める。
「チッ、三人も逃がしたか。運搬役が一人じゃないことは先程知れてたが、まあいい。御誂え向きに物資類はここにあるからな」
リアカーに視点を合わせながら隔者は言う。
「お、お、置いてなんかいきませんよ……」
弱々しく、けれどきっぱりと拒絶する咲花。
ならば力ずくで強奪すべく襲い掛かる隔者二名だったが、その前にF.i.V.E.直属の覚者達が立ち塞がる。
五人。先刻よりも人員は欠けている。さりとて過度に恐れる要因にはならない。
結鹿はするりと、まるでそうするのが自然であるかのように前に進み出る。
再度中空を満たす霧。
「わたしをただの子供と甘く見ないで下さいね」
武器をぶつけ合った瞬間、それは両者の間に全く隔たりのない一介の戦士同士であることを意味する。ならば最大限の礼節として、力には力で応えることが努め。
「……参ります!」
刀を手に火行の隔者と殺陣を演じる。一太刀一太刀が偽りではない、薄氷を踏んで芯から命を削り合う攻撃である。
「ふふっ、だったらあたしは遊撃やらせてもらおうか」
紅は密かに敵背後に回り込み、退路を断っていた。戦場が一本道である以上、前後で挟み込んでさえしまえれば、ひとまずの合流は避けられる。
竹林の道の距離は三百メートル。視界だけなら夜間であることも幸いして戦闘の気配は誤魔化せるかもしれないが、生じる騒音は隠し切れない。
出来れば、ここでの戦いは手短に。
「喰らいなよ!」
効率を重視して、水平に並んだ二人を一気に斬りつけた。
そこにたまきが加勢する。注意が分散した隙を見計らって、守護使役の力を借り音もなく急接近。符術を唱え極限まで硬度を高めた拳を鳩尾に叩きつける。
「この手で、必ず守り切ってみせます! 味方も、咲花さんも、輸送車も!」
鈍重な衝撃音が響き渡る。英霊の加護を受けた状態で放たれたそれは、凄まじい爆発力を誇った。
細道での交戦と同様、結鹿の霧による陥穽で戦況は有利に進んでいた。
とはいえ隔者は頑健な肉体を持つ械の因子。その守備性能は非常に硬い――硬いが。
「それだけですね」
速度で大きく水を開けられていては、機敏極まる真の独壇場を許すばかりである。敵に纏わりつくように縦横無尽に戦地を駆り、射程内まで近接する毎に剣撃を浴びせる。
幾度も。幾度も。幾度も。
息絶えるまで――とはいかない。
反動の大きい体術を矢継ぎ早に連発していた分、真側の疲労も重い。表情にこそ欠片もそうした様子を滲ませていないが、仕草までは抑えられず、肩で息をしている。
たまきは咄嗟に防護障壁を張り、不意の一撃で倒れないよう補佐。
「でも大分弱ってる! トドメは任せな! ぶち抜け、バンカーバスター!」
後詰めを引き受けた百は小柄な体躯を活かして敵の懐に潜り込み、右腕に装着した神具から図太いパイクを噴射。漏出した熱が炎となって顕現し、夜闇を守護使役の灯火と共に彩る。
「お前らなんかには、絶対渡さねぇ!」
短射程で大腿に穿たれたバンカー先端が抜き取られると、隔者は大量の血に濡れて地に伏せた。
残る一人も消耗は大きい。
「わたし達の勝利は決まりでしょうね。みんな、あと一箇所だよ」
ただでさえ不利を悟っていたところに結鹿の台詞で完全に戦意を喪失したのか、隔者は北門前から撤退を始めた。
「追う必要はないね。討伐じゃなくて突破が目的だもの」
紅の言葉に真も賛同する。
依然素振りに疲弊の影響は見られるが、それでも冷静に徹して、微かな感情の揺れから潜伏者がいないかを探索する。
「今のところ、近くにひっかかるモノはありません、急ぎましょう」
氷の仮面のまま皆に告げた。
●脱出
苦戦。一言で表すならそうとしか言いようがなかった。
竹林の道で待ち構えていた伏兵は三人。対して、足止めを任された覚者もまた三人である。
防御に徹しているとはいえ受ける被害は多大。
覚者が持つ自然治癒力だけで賄えるほど、攻撃の手は温くはない。
「本当にヘボ隔者ですね、配置までばれてる時点で任務失敗不可避ですよーう」
――だからといって弱味を見せることは決してなかった。槐は代わらず相手を罵倒する文句を吐き続けているし。
「規律戒律が厳正であるだけが軍規にあらず! 主義と信条あってのことですぞ!」
アキラは気丈に振舞っている。時折硬化させた拳で反撃を入れて、敵の進行を押し留める。
「暁もまた、光を齎すものでありますからな! こんなところでくたばるなど笑止千万!」
光。それは隣で共闘する灯に、いや灯の家系にとって、もっとも絶やしたくないもの。
「まだ耐えられる……まだ……ッ!」
両手に握る旋棍を翳し、盾代わりにして苛烈な攻撃の数々を受け流し続ける灯は、ひたすらに味方の到来を待った。
待ち続けた。
希望を一時も捨てることなく待ち続けたからこそ。
灯は、ふと自身の前に障壁が生成されたことを知覚した。突然出来上がった壁によって、天行の隔者が放った強烈な高威力術式が跳ね返されていく。
更には。
「おお、美錠氏ではありませぬか!」
刀剣を構えた紅が颯爽と現れた。持ち前の俊足を発揮して、誰よりも早く援軍に駆けつけていた。
「何とも有難き助力。謝辞し尽くしませぬ」
「あたしだけじゃないよ。あっちにも感謝しておいて」
紅が微笑を添えて後ろを指差す。
「灯さん、アキラさん、槐さん! 救援に来ましたよ~!」
振り向いて真っ先に視界に飛び込んできたのは、小柄なたまきの姿。遠距離から灯に『蒼鋼壁』を展開したその人である。だけでなく、北門で行動していた全員が一挙に駆け寄って来る。
「……五人だけですか、残り七人は迷子にでもなっているんですかね」
灯が何気なく漏らした言葉に隔者達がざわつく。無論それだけの戦力が割かれているはずもなく、単なるハッタリである。その旨を味方全員に送心し、口裏を合わすように根回しした。
「ふふん。もうあなた達だけなのです。退くなら追いませんよーう?」
槐が見下げた目線を送る。
隔者達は暫し顔を見合わせて談義すると、竹林の中へと撤退していった。ここまで敷いていた包囲を突破してきている、という実情も加味しての判断だろう。
「増援を要請しにいった可能性もあります。急ぎ離脱しましょう」
離散していく感情の移ろいを逐一チェックしながら真は仲間と咲花に呼び掛ける。この通路を抜けてさえしまえば、とりあえずは安心だろう。
竹林の道を踏破し、合流地点とされていた大河内山荘庭園にまで足を運ぶ一行。そこには夢見から知らされていた通り、黎明の者と思しき数人が軽トラックを駐車して待機していた。
「うう、死ぬかと思いました……」
リアカーから積荷を降ろしながら咲花が報告する。
「皆さんのおかげです。本当に助かりました~!」
それから護衛を務めてくれたF.i.V.E.の面々に謝礼を述べる。
「なあ、ヒノマル陸軍ってどういう連中なんだ?」
百が黎明の人間に話を伺っている間、槐は「疲れたー」とわざとらしく口外しながら荷車に座る。もちろんそれはフェイクで、コンテナの中身をこっそり覗き見るのが本命。
しかし蓋を少しずらそうとしたところで。
「わっ、ダメですよ~。他の人に見せたら私が怒られちゃいます!」
咲花が慌てて止めた。
「ケチですね」
槐がつまらなそうに言う。ともあれ、無事に運搬作業は完遂した。多くの物資を搭載した軽トラックを見送る覚者達。京都を包む戦火がどこまで収まるかは、これから次第である。

■あとがき■
MVPは機転を利かせた灯さんに。
