老齢の騎士
●
木作りの小さな家で、一人の老人がガタリと椅子に腰をかける。
朝食の皿を流しに置きに行っただけ。 ただそれだけだというのに、ため息にも似た深い呼吸を一つ。
椅子に残る僅かな温もりは、先程休んでからさして時間が経っていない事を老人に告げていた。
老人は壁にかけられた古い写真を夢見るように眺める。
針金のような髪と髭の大男。 船の錨でも担いでいるのかと言う程の大きな斧を肩に、豪快そうな笑顔を老人に向けている。
豪腕の騎士。 自分の勇猛果敢な姿を見た者が付けた名だ。
自分の事ながら、的確な二つ名だと思う。
写真の中で笑う自分は、正に豪腕という言葉を体現したような姿だった。
視線を少し下げれば目に入るのは、その二つ名を懐かしむような枯れ枝のような細い腕。
ドアの近くに立てかけられた愛用の斧は、長らく手入れすらしていない。
正確には、自分の力では手入れすら出来なくなってしまったのだ。
この斧を片手で振り回し、豪腕の騎士ここにありと高らかに笑った頃を思い出す。
目の前には困難があり、力を持った自分がそれを打ち砕く。
初老を超えてもなお顕在とばかりに背をふんぞり返らせ、活力と自信に満ち溢れていたあの頃。
しかし鉄でも時を置けば錆び、錆びた鉄は元に戻る事は無い。
時代と共に目前の物は目の回るような速度で変化し、鏡に映る姿もその変化から逃れる事は出来ない。
人々の期待と羨望を全て受け止められるような広い背中も、今や真っ直ぐ伸ばすだけでも努力が必要な有様だ。
時間ほど残酷な物は無いとはいうが、それは力と自信を奪いながらも思い出だけは膨らませてゆくからだろう。
力と共に自信まで奪われてしまった老人の体。
しかし思い出だけは奪わず、強く老人の中で輝き続けている。
その輝きは今の自分を照らし出し、考えたくも無い昔と今の差を老人に見せ付けてくる。
昔は、夢があった。
昔は、力があった。
昔は、自信があった。
昔は……全てがあった。
老人は、世の摂理に逆らう、しかし誰もが考えてしまうであろう事を、本気で望んだ。
全てを持っていた、あの頃に戻りたい。
……何に変えても。
●
「実は破綻者が現れちまってな、そいつの相手を頼みたいんだ」
夢見の久方 相馬(nCL2000004)は視線を落としたまま集った覚者達に告げる。
破綻者…。 自らの力に飲まれてしまった能力者の事だ。
「破綻者の名前は霜月大鉄、73歳の男性だ。 15年程前に能力者として目覚め、隔者として長らく妖退治等の活動をしてきたようだけど70を過ぎて引退。 でも若い頃への未練からか力に飲まれちまったみたいでさ」
力の扱いが解らない者が破綻者となったのではない、経験のある猛者が力に飲まれたとなればかなり厄介な相手といえるかもしれない。
「まだ破綻者として目覚めたばかりだが、戦闘を始めてしばらくすれば自我は完全に失われて逃げちまうみたいなんだ。 そうなれば一般の人にも被害が出る可能性がある。 霜月さんも危害を加える事なんて望んじゃいないだろうし、何とか止めてくれ。 そして、出来る事なら…助けてやって欲しい」
相馬の言葉に覚悟を決めた覚者達は、指定された場所へと赴くのだった。
木作りの小さな家で、一人の老人がガタリと椅子に腰をかける。
朝食の皿を流しに置きに行っただけ。 ただそれだけだというのに、ため息にも似た深い呼吸を一つ。
椅子に残る僅かな温もりは、先程休んでからさして時間が経っていない事を老人に告げていた。
老人は壁にかけられた古い写真を夢見るように眺める。
針金のような髪と髭の大男。 船の錨でも担いでいるのかと言う程の大きな斧を肩に、豪快そうな笑顔を老人に向けている。
豪腕の騎士。 自分の勇猛果敢な姿を見た者が付けた名だ。
自分の事ながら、的確な二つ名だと思う。
写真の中で笑う自分は、正に豪腕という言葉を体現したような姿だった。
視線を少し下げれば目に入るのは、その二つ名を懐かしむような枯れ枝のような細い腕。
ドアの近くに立てかけられた愛用の斧は、長らく手入れすらしていない。
正確には、自分の力では手入れすら出来なくなってしまったのだ。
この斧を片手で振り回し、豪腕の騎士ここにありと高らかに笑った頃を思い出す。
目の前には困難があり、力を持った自分がそれを打ち砕く。
初老を超えてもなお顕在とばかりに背をふんぞり返らせ、活力と自信に満ち溢れていたあの頃。
しかし鉄でも時を置けば錆び、錆びた鉄は元に戻る事は無い。
時代と共に目前の物は目の回るような速度で変化し、鏡に映る姿もその変化から逃れる事は出来ない。
人々の期待と羨望を全て受け止められるような広い背中も、今や真っ直ぐ伸ばすだけでも努力が必要な有様だ。
時間ほど残酷な物は無いとはいうが、それは力と自信を奪いながらも思い出だけは膨らませてゆくからだろう。
力と共に自信まで奪われてしまった老人の体。
しかし思い出だけは奪わず、強く老人の中で輝き続けている。
その輝きは今の自分を照らし出し、考えたくも無い昔と今の差を老人に見せ付けてくる。
昔は、夢があった。
昔は、力があった。
昔は、自信があった。
昔は……全てがあった。
老人は、世の摂理に逆らう、しかし誰もが考えてしまうであろう事を、本気で望んだ。
全てを持っていた、あの頃に戻りたい。
……何に変えても。
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「実は破綻者が現れちまってな、そいつの相手を頼みたいんだ」
夢見の久方 相馬(nCL2000004)は視線を落としたまま集った覚者達に告げる。
破綻者…。 自らの力に飲まれてしまった能力者の事だ。
「破綻者の名前は霜月大鉄、73歳の男性だ。 15年程前に能力者として目覚め、隔者として長らく妖退治等の活動をしてきたようだけど70を過ぎて引退。 でも若い頃への未練からか力に飲まれちまったみたいでさ」
力の扱いが解らない者が破綻者となったのではない、経験のある猛者が力に飲まれたとなればかなり厄介な相手といえるかもしれない。
「まだ破綻者として目覚めたばかりだが、戦闘を始めてしばらくすれば自我は完全に失われて逃げちまうみたいなんだ。 そうなれば一般の人にも被害が出る可能性がある。 霜月さんも危害を加える事なんて望んじゃいないだろうし、何とか止めてくれ。 そして、出来る事なら…助けてやって欲しい」
相馬の言葉に覚悟を決めた覚者達は、指定された場所へと赴くのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者「霜月大鉄」の退治
2.20ターン以内での撃破
3.なし
2.20ターン以内での撃破
3.なし
STののものです。
老いっていうのは切ないものですよね。
当然の事なのでしょうが、それを当然と受け入れる度量は中々持ち合わせられそうもないかもです。
●敵情報
・破綻者「霜月大鉄」 破綻者の深度は2。
大斧を携えた巨躯の老人。 彩の因子、炎の術式を持つが得意は体術。
攻撃力、体力が非常に高いが、素早さや回避率は並。
経験と熟練の技もあり、現役時の個人としての実力は平均的な覚者よりもかなり高く、破綻後はさらに上がっていると思われる。
自我を失いかけてはいるが、狙える中で体力の低い者や防御への意識の薄い者等の倒せそうな相手から仕留めようとしてくる。
・攻撃方法は「斬・一の構え」「念弾」「地烈」
どのスキルも覚者の使用する物と性能は一緒ですが威力はかなり高いです。
●特殊条件
破綻者「霜月大鉄」は20ターンを過ぎると自我を完全に失い逃走します。
この逃走は覚者の陣形や事前のダメージ、戦闘場所等に関わらず防ぐ手立てはありません。
家の中でも壁をぶち破り逃走してしまいます。
逃走させてしまえば一般の人々に被害が及ぶ危険もあるために依頼は失敗となってしまいます。
最後の20ターン目は自我崩壊で霜月大鉄は攻撃行動を行わず、20ターン終了時に逃走となります。
逆に、20ターンを待たずに逃げ出す事は絶対にありません。
●場所情報
霜月大鉄は木作りの自宅内で破綻者となり、覚者達はそのすぐ後に駆けつける事が出来ます。
家は森を背に立っていますが、正面出入り口から出た先はやや開けた場所で硬土の地面は高低差も無く、太めの木が5m間隔程度で生えている以外は特に障害物はありません。
生えている木の太さは直径20cm程で、完全に隠れる事は難しく、強い攻撃であれば切り倒す事も可能でしょう。
霜月大鉄は外で待っていれば出入り口からほどなく出てきますが、こちらから家の中に踏み込むことも可能です。
家は1階建ての小さなログハウスで、20畳ほどのワンルームです。
中央に大きなテーブルがあり、大きな武器を振り回すのはやや難しそうですが、覚者達も立ち回りにくいでしょう。
出入り口は正面にある1つのみ、窓も外からあける事は不可能です。
また、家には彼の思い出の品等も多いと思われます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月28日
2015年10月28日
■メイン参加者 8人■

●
森の中にポツンと立つログハウス。
赤く染まった落ち葉と差し込む木漏れ日に彩られたそこは、どこか現実感の無い夢の中のような場所だった。
金持ちの避暑地のようなその家は、そこを終の住処に選んだ老人が一人暮らしている。
その老人は何かを思い出したようにふらりと立ち上がり、ドアの横に立てられた斧の柄を掴みドアを開け表へと出る。
久方ぶりに感じた開放感と、腕に力を込めるという懐かしさ。 それに心の奥に淀むような暗い気持ち。
この家に移り周りの木のように起伏の無い生活を送ってきた老人には、見慣れた風景も普段と違って見えた。
ただ、気持ちの問題だけではなく、実際に違う事が一つ。
客が足を運ぶ事もほとんど無いこの家の前に、8人の客が尋ねてきていた。
「霜月大鉄さん、申し訳ありませんが討伐させていただきます。 なぜ、かはご自分が一番良くわかっているでしょう」
自分の斧にも負けぬ程重量感のある鎧と盾で身を固めた指崎 まこと(CL2000087)が、心苦しそうに声をかけてくる。
開放感の奥、心の錆付いた罪悪感がぎしりと痛む。
なぜかというのは確かに自分が1番良くわかっている。 その言葉は、昔は自分が発してきた言葉だったのだから。
「力を失わないために様々なことをするのが人なのですっ。 正気があればですけどねっ」
「あんたは現実が受け止められずこうなった。 無理な願いはあんた自身を壊しちまうものでしかない」
既に戦闘準備を整えた『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)と『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)が続けて言葉を投げかけてくる。
これが挑発としての言葉だったらまだ良かった。
彼等は、説得として言葉を自分にかけている。
力と得ると共に振り払えた筈の自分の中の迷いが、染みのようにまだ自分の中にこびりついていた。
思い焦がれ続けた強さを取り戻したというのに、この力を使う事は間違っているかのような。
どうしたら良いのか解らないもどかしさと吐きそうな程の自己嫌悪に、思わず奥歯を食いしばり目頭を強く押えてしまう。
「霜月さん…貴方はもう一度戦いたくて…その為に再び力を手にしたんですね」
聡明そうな少年『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の言葉がこんがらがっていた頭にスっと入り込み、苦悩の糸を解してゆく。
そう、自分はもう一度戦いたかったのだ。
若い頃のように、自信の溢れていたころのように。
力を得てもなお満たされないもどかしさは、まだこの力を振るっていない故。
向かう先を得た力は、なおも力強く体の奥から噴出してくる。
「まだこれだけ力があるなら引退することねーですよ。 生涯現役って流行ってるようですし」
『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)が、その力に呆れるように呟く。
衰えを憂う老人の放つ覇気ではない。 肌が焼け付くような威圧感に、覚者達は思わず息を呑む。
「思いっきり戦ってあげる。 ただ、暴れまわるだけの戦いが望んでたことなのか、よく考えて戦え!」
「殺し合いをしようってんじゃないぜ? オレ達と手合わせしてくれよ」
幼い少女のような姿の大島 天十里(CL2000303)に諭され、『ヒーロー志望』成瀬 翔(CL2000063)にも釘を刺される。
情けない…が、悪い気持ちでは無い。
黒く染まった頭の中にじわりと滲んだ白い感情。
朦朧と力と開放感に身を委ねるだけではない。 自分の意識が感じられた。
この者達と、戦いたい。
「老いていく怖さはまだ私には分かりませんけど、言葉が少しでも届くように…頑張ります」
大鉄の覇気に臆せぬように気を入れた『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が経典を開き魔力を込める。
老兵の、再起への戦いが今幕を開けるのだった。
●
「その力…少しでも抑えないとね」
初手を取ったのは奏空だった。
苦無を逆手に持ち直し両手で印を結び辺りに霧を発生させると、印を解き逆手のまま苦無を振るう。
すると霧は太刀筋に導かれるかの如く大鉄へと収束するとその身に重く纏わりつく。
「ナイスですっ!一気に押し切っちゃいましょうっ」
漂う霧を裂くようなスピードで大鉄へと近づいた浅葱がその勢いのままに大鉄へと右の拳を打ち込む。
さらに舞うように体を捻り遠心力のままに放たれる左の裏拳を顎に喰らう大鉄。
かなりの威力を持った2連撃だが、それでも膝を揺らすこともなく耐え切り斧に力を込める。
「流石にとんでもなくタフいです。 …けど、素早さはそうでもねーですね」
バックステップで引く浅葱とは逆側から近づいた紡が、引き絞り狙いを定めた突剣を大鉄の丸太のような腕に向け煌かせる。
閃光のような突きは大鉄の肩へめり込むも、まるで意に介さないかのように逆側の手で肩へと食い込む突剣を掴み引き抜く。
「ぐ…。 なんてばか力ですか…」
大鉄は力を込める紡をを睨むと、その突剣を振り回し紡を木へと叩きつける。
「なるほど、豪腕の騎士の名前に相応しい強さですね。 でしたら…!」
凛々しい声のその先には、経典を片手で開き掌の上に炎の塊を浮かべたラーラの姿。
炎は拳大を維持しながらもその中で渦を巻くように荒れ狂い、並大抵の魔力では無い事が容易に想像できる。
「覚悟…してください!」
ラーラがその手を払うと火球は勢いを増しながら大鉄へと迫る。
咄嗟に身を守ろうとするも、間に合わず爆音と共に炎へと包まれる大鉄。
卓越した炎の術。 この炎の中ではいかに破綻者であれ…。
そう覚者達が思ったのもつかの間。
炎の中から、巨人のようにゆっくりと大鉄が現れる。
「ほ、ほんとうに打たれ強すぎですっ」
大岩のように揺るがない大鉄に後ずさりをするように距離をとる浅葱。
一筋縄ではいきそうもない。 悠然と迫る大鉄の姿に、覚者達はごくりと唾を飲み込むのだった。
獅子のような赤毛がチリチリと焦げる奥で、大鉄はその目をギロリと動かし覚者達を見る。
この中で、真っ先に仕留めるべきは…。
「オォォォォォ!」
雄たけびを上げながら迫る大鉄。 狙いは…奏空。
地鳴りがしそうな足音と共に迫り来る巨体。 素早くは無いものの、その前進は並の者が束になっても止める事が出来ない重厚感に溢れている。
前に群がる者を跳ね除け、あの者に斧を振り下ろす。
力に裏打ちされた単純にして絶対の作戦。 それを止めたのは大鉄よりも一回りも二回りも小さな黒い鎧の者だった。
「来てください、貴方が取り戻したその力、僕に味わわせて欲しい」
円形の盾を構えたまことが、跳ね除けようと振るわれた腕を食い止め大鉄の歩みを停止させた。
ならば先に邪魔をする者からと、大鉄は斧を叩きつけるようにまことへと振り下ろす。
腕を押えていた盾を咄嗟に斧へのガードへとまわすと、耳が痛むほどの金属音と共にまことの体を弾き飛ばす。
「アァァァァァァァァ!」
前衛をこじ開けた僅かな隙間。 そこへと向かい力を込め掲げられた大鉄の掌に念の砲弾が形成される。
それを放つ為掲げた腕へもう片方の腕を添えた瞬間に、大鉄の体を2本の鉄鎖が絡めとる。
「そう簡単に抜かせないよ」
鎖の主は小柄な天十里。 体格差は歴然で紡のように木か地面へと叩きつければ良いだけの事。
そう考えた大鉄だが、天十里の鉄鎖は火行の力を宿し、赤熱した鎖が大鉄の皮膚を焦がす。
しかし、大鉄は焼け付く皮膚の痛みに耐えつつ構えた腕から念弾を放つ!
やや狙いがブレながらもその弾丸は奏空へと恐るべき速度で迫るが…
「来ると解ってれば…」
自分が狙われる可能性を意識していた奏空は、仲間の作ってくれた時間もあり念弾を盾で弾き威力を殺す事に成功する。
腕の痺れを堪えつつ癒しの術を詠唱し、すぐさま前衛の回復へと勤める奏空。
自身のダメージも小さくは無いが、ここで陣形を崩されれば一気に戦況を崩されかけない。
「ちょいと出すぎだ。 下がってもらうぜ」
赤い鎖に巻き取られた大鉄を、柾がさらに炎の拳で打ち据える。
腹へと突き刺さる拳と体を焼く鎖に、このまま攻め抜くことも難しいと鎖を振り払い距離を取る大鉄。
「じーちゃん、オレの最大パワーの術も喰らいな!」
引いた大鉄へと狙いを定めた翔の護符が蒼白く淡く輝き、衝撃の波を発生させる。
咄嗟に木の裏へ周る大鉄だが、衝撃の波は木を突き抜け大鉄の体を大きく揺さぶる。
個々の力も中々、それに連携も取れている。
この者達を切り崩すのは並大抵では無い。 しかし、なればこそ。
大鉄は思わず口の端が釣り上がるのを感じる。 戦いは困難な程燃え上がる、若い頃に感じたあの感覚だった。
斧を斜に構えた大鉄の腕に、遠目に見ても解る程の力が込められる。
「まずい、皆守りを…」
まことが咄嗟に盾を構えながら叫ぶと同時に、大鉄の斧が地を這うように横薙ぎに振るわれた。
枯葉を撒き散らし地面すら抉りとる豪腕の斧。
斧の射程の外の覚者ですら、その風圧と衝撃に怯んでしまう。
守りへと集中していたまことですら、引かずに耐える事は出来たもののダメージは大きい。
決して打たれ弱いわけでは無い柾だが、斧と抉れる地面の衝撃には耐えられず弾け飛ぶように倒れ伏す。
命の力を削りなんとか立ち上がるものの、ふらつく足は限界を継げている。
「今すぐ回復を」
「私も回復にまわるのですっ」
すぐさま奏空が印を結び癒しの力を得た水をまことへと降らせ、倒れた柾へと手を当てた浅葱が生命力を送り込みその傷を癒してゆく。
耐え、そして癒す。 耐える者も癒す者も並大抵の気力では行えない戦術だ。
だがいつまでもそれに付き合うつもりも無い。 崩せる時に、崩すのみ。
大鉄は先程とは逆側に斧を斜に構え力を込める。
「何度もやらせはしねーですよ」
力を込められた腕へと紡の突剣が再び突き立てられる。
また木に叩きつけてくれると突剣へと伸ばされる大鉄の腕。 しかし紡は突剣を離し隠し持ったナイフで舞うようにその腕を切り付ける。
「それに、やっぱりあんまり素早くねーです」
怯む大鉄の腕へと刺さる突剣を再び掴むと、蹴りつけ跳ねる反動で剣を抜きつつ距離をとる。
「回復の間、そこで待っててもらうよ」
じゃらりという音と共に再び2本の鎖が大鉄へと撒き付き、熱を発する。
戦況を見つつこちらの好機に邪魔をしてくる鎖の者。
「攻めへと意識が行っている今なら…」
「ピンチはチャンスって言葉もあるしな!」
ラーラは経典の文字を指先でなぞると、その掌に再び渦巻く火球を発生させる。
翔も護符を指先でつまみ意識を集中させると、護符はバチバチと雷の力を宿し、術の発動を待ちきれないといった様子だ。
ラーラと翔が同時にその腕を振るうと、業火の炎と雷が同時に大鉄へと襲い掛かる。
木を薙ぎ倒し地を割る大鉄の斧。
覚者達は命を削りながらも、首の皮一枚をつなぐように戦況を保ち続けている。
まことや柾が前衛を維持し、天十里や紡が前衛を補助する。
浅葱は癒しと攻撃をせわしなく使い分け、ラーラと翔の術が大鉄を射抜く。
そして奏空の癒しの術が耐える者の体を癒す。
この者達は強い。
力は自分の方が上だというのに、眩しいばかりの強さをこの者達に感じる。
昔は自分も強かった。 でも…強さとはなんだったか。
巨大な斧すら片手で振り回す筋力? 研ぎ澄まされた技?
違う。
どんな苦境であっても折れない心だった筈だ!
それは確固たる戦闘力に支えられていたとはいえ、年で衰えるものでは無い。
思いは時間と共に強くなるのだから。
では、この強さを持って倒すべきは何だ。
目の前の者達か?
それとも…
大鉄は思わず笑う。 取り戻したと思い込んでいた力。 それを今やっと取り戻した。
互いにとうに限界は超えている。
これ以上戦う事は意味の無い事なのかもしれない。
だが…
「だが…このまま終わらせるには…惜しい相手。 この勝負、悪いが…勝たせてもらう」
破綻の呪縛から意識を半分取り戻したかのように、大鉄は覚者達に初めて叫び以外の声をかける。
覚者達もそれに答えるように、最後の気力を振り絞り武器を持つ手に力を込める。
大鉄は斧を斜に振り上げ力を込める。 自身最強の技、地烈でこの戦いに幕を引く気だ。
それに対する覚者達も、次の技の交差が最後になる事を察したかのように各々が出来うる最大の攻撃の準備をする。
初めに動いたのは素早さに秀でた天十里。
赤熱した鎖をヘビの様にうねらせ大鉄の体へと打ち付ける。
2頭の赤蛇はしなるように死角から大鉄へと襲い掛かりその力を削いでゆく。
続く紡が鋭い風切音と共に突剣を突き出す。
瞬きほどの間に繰り出される神速の突きは、喰らった大鉄すら何閃輝いたか解らぬ程の冴えだ。
痛みすら遅れてくる突きを身に受けながらも前蹴りで紡を跳ね飛ばした大鉄へと、今度は今まで回復に努めていた浅葱が踊りかかる。
地を蹴りさらに木を蹴り、空からの打ち下ろすような拳が大鉄の額へと見舞われ、大岩のように揺るぐ事のなかった大鉄をぐらりと揺らす。
身軽に空中で縦に身を捻った浅葱は、さらにその頭部へと踵を振り下ろし追撃を行う。
頭部への攻撃に視界も歪み足もおぼつかない大鉄だが、腕に込められた力だけは消して抜くことは無い。
この斧の一撃を…自分の強さをこの者達に見せなければ。
気迫を斧に込め、全てを吹き散らす様な勢いで斧を振るう大鉄。
その刹那、あえて斧の内側に入り込むように接近する陰が一つ。
柾があえて斧より内に入り込み、その腕を払うように拳の裏を叩きつける。
しかし勢いを殺されながらも止めるには至らないその斧がまことを襲う。
盾を持つ腕を畳み体へと付け体全体で衝撃に耐えるまこと。
血が滴り、痺れを通り越し感覚すらなくなった腕でその攻撃を必死に押さえ込み、斧は地に着く前にその勢いを止める。
馬鹿な…
地面すら抉る斧の一撃を、僅か二人の力で抑え込まれるとは…。
大鉄の顔が驚きに染まると、攻撃に耐えた二人は跳ねる様に左右へと飛びのく。
その後ろに見えるのは、既に攻撃の準備を整えた3人の術者。
現役の時すら目にした事のない程の業火の術を使う魔女、ラーラ。
雷と衝撃の術を巧みに使いこなす青年、翔。
そして、癒しの術で覚者全員の命を繋いできた、奏空。
3人の腕が大鉄へと向けられると、同時に放たれた炎、衝撃、雷が螺旋を描き大鉄へと突き進む。
「おぉぉぉ!」
その螺旋が大鉄へと命中すると、重い音と共に蒼白い衝撃が波紋のように広がり、炎と雷が大鉄を包むように荒れ狂う。
荒れる術がその余韻を残し消えたその場には、立ち尽くす大鉄の姿。
意識も力も尽きた彼は、ついにその体を横たえたのだった。
●
「なんとか大事には至らずにすんだみたいですね。 お互いに…ですけど」
施設での治療を受け破綻の力から目覚め元の枯れ木のような姿に戻った大鉄へと奏空が声をかける。
重い体に歪む視界。 しかし、心は嘘のように軽かった。
「じーさん、良かったら俺達と一緒に来ないか? あんたが培ってきた経験と知識を俺達に達に教えてくれ」
まだ怪我の完治していない柾が大鉄へと、ふとそんな言葉をかける。
「そうそうっ! 強い力以外にも培われた力はあるはずですよっ 」
「私も、聞いてみたい事が沢山あります。 あなたがどんな英雄だったのか、どんな冒険を乗り越えてきたのか…」
柾の言葉に浅葱とラーラも同意する。 その笑顔は、哀れみでも同情でもない、仲間として受け入れるという意思が感じ取れた。
「引退なんてする必要ねーですよ。 あれだけ暴れて、まだまだお盛んってやつじゃねーですか」
悪態をつく紡の言葉も、今の大鉄にはむしろ心地よい。
「もしかしたら、いずれ自分も同じ思いに囚われるのかもしれない。 貴方の経験と力、それを生かす事が出来るという所を見せて頂きたい」
「若いのを育てるのは年長者のつとめってってうちのじーちゃん言ってたぜ」
まことと翔の後押しの言葉も、温かく大鉄の心へと染みこんで行く。
「……そうじゃな。 お前達は強かったが……。 それでも教えんとイカン事は山ほどありそうじゃったしな」
あえて煽てに乗ったように答えた大鉄は、深く目を閉じる。
世界は広く、道は全ての方向に広がっている。
一つの可能性が閉ざされたからといって、他にある無数の道まで歩けなくなってしまった訳では無いのだ。
「そうと決まれば早速お前達の組織の本部とやらに案内して貰おうか。 なにせ老い先短い身でな、気が急いてしまうのじゃよ」
まるで怪我等していないかのようにベッドから傷だらけの体をひょいと起き上がらせ、大鉄は覚者達に案内を促す。
「じょーだん。 もう少し休んでからいこーよ…」
天十里がげっそりとした様子で大鉄を見ると、彼は悪戯っぽい笑顔を天十里に向ける。
「今までふらつく足で歩く事が多くてな。 おぼつかない足取りにもそろそろ慣れてきたようじゃ。 若いもんは老いたわしとは違い、さぞ軽快に歩くのじゃろうがな」
「ぐ……ったく。 誰のせいでこれだけ消耗したと思ってるんだよ……」
悪態をつきながら立ち上がる天十里も、つい口元が緩んでしまう。
破綻時の巨体からは比べ物にもならない小さな老人。
しかし、それを感じさせずに豪快に笑う大鉄の姿が語っていた。
痩せても枯れても、豪腕の騎士大鉄ここにあり…と。
森の中にポツンと立つログハウス。
赤く染まった落ち葉と差し込む木漏れ日に彩られたそこは、どこか現実感の無い夢の中のような場所だった。
金持ちの避暑地のようなその家は、そこを終の住処に選んだ老人が一人暮らしている。
その老人は何かを思い出したようにふらりと立ち上がり、ドアの横に立てられた斧の柄を掴みドアを開け表へと出る。
久方ぶりに感じた開放感と、腕に力を込めるという懐かしさ。 それに心の奥に淀むような暗い気持ち。
この家に移り周りの木のように起伏の無い生活を送ってきた老人には、見慣れた風景も普段と違って見えた。
ただ、気持ちの問題だけではなく、実際に違う事が一つ。
客が足を運ぶ事もほとんど無いこの家の前に、8人の客が尋ねてきていた。
「霜月大鉄さん、申し訳ありませんが討伐させていただきます。 なぜ、かはご自分が一番良くわかっているでしょう」
自分の斧にも負けぬ程重量感のある鎧と盾で身を固めた指崎 まこと(CL2000087)が、心苦しそうに声をかけてくる。
開放感の奥、心の錆付いた罪悪感がぎしりと痛む。
なぜかというのは確かに自分が1番良くわかっている。 その言葉は、昔は自分が発してきた言葉だったのだから。
「力を失わないために様々なことをするのが人なのですっ。 正気があればですけどねっ」
「あんたは現実が受け止められずこうなった。 無理な願いはあんた自身を壊しちまうものでしかない」
既に戦闘準備を整えた『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)と『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)が続けて言葉を投げかけてくる。
これが挑発としての言葉だったらまだ良かった。
彼等は、説得として言葉を自分にかけている。
力と得ると共に振り払えた筈の自分の中の迷いが、染みのようにまだ自分の中にこびりついていた。
思い焦がれ続けた強さを取り戻したというのに、この力を使う事は間違っているかのような。
どうしたら良いのか解らないもどかしさと吐きそうな程の自己嫌悪に、思わず奥歯を食いしばり目頭を強く押えてしまう。
「霜月さん…貴方はもう一度戦いたくて…その為に再び力を手にしたんですね」
聡明そうな少年『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の言葉がこんがらがっていた頭にスっと入り込み、苦悩の糸を解してゆく。
そう、自分はもう一度戦いたかったのだ。
若い頃のように、自信の溢れていたころのように。
力を得てもなお満たされないもどかしさは、まだこの力を振るっていない故。
向かう先を得た力は、なおも力強く体の奥から噴出してくる。
「まだこれだけ力があるなら引退することねーですよ。 生涯現役って流行ってるようですし」
『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)が、その力に呆れるように呟く。
衰えを憂う老人の放つ覇気ではない。 肌が焼け付くような威圧感に、覚者達は思わず息を呑む。
「思いっきり戦ってあげる。 ただ、暴れまわるだけの戦いが望んでたことなのか、よく考えて戦え!」
「殺し合いをしようってんじゃないぜ? オレ達と手合わせしてくれよ」
幼い少女のような姿の大島 天十里(CL2000303)に諭され、『ヒーロー志望』成瀬 翔(CL2000063)にも釘を刺される。
情けない…が、悪い気持ちでは無い。
黒く染まった頭の中にじわりと滲んだ白い感情。
朦朧と力と開放感に身を委ねるだけではない。 自分の意識が感じられた。
この者達と、戦いたい。
「老いていく怖さはまだ私には分かりませんけど、言葉が少しでも届くように…頑張ります」
大鉄の覇気に臆せぬように気を入れた『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が経典を開き魔力を込める。
老兵の、再起への戦いが今幕を開けるのだった。
●
「その力…少しでも抑えないとね」
初手を取ったのは奏空だった。
苦無を逆手に持ち直し両手で印を結び辺りに霧を発生させると、印を解き逆手のまま苦無を振るう。
すると霧は太刀筋に導かれるかの如く大鉄へと収束するとその身に重く纏わりつく。
「ナイスですっ!一気に押し切っちゃいましょうっ」
漂う霧を裂くようなスピードで大鉄へと近づいた浅葱がその勢いのままに大鉄へと右の拳を打ち込む。
さらに舞うように体を捻り遠心力のままに放たれる左の裏拳を顎に喰らう大鉄。
かなりの威力を持った2連撃だが、それでも膝を揺らすこともなく耐え切り斧に力を込める。
「流石にとんでもなくタフいです。 …けど、素早さはそうでもねーですね」
バックステップで引く浅葱とは逆側から近づいた紡が、引き絞り狙いを定めた突剣を大鉄の丸太のような腕に向け煌かせる。
閃光のような突きは大鉄の肩へめり込むも、まるで意に介さないかのように逆側の手で肩へと食い込む突剣を掴み引き抜く。
「ぐ…。 なんてばか力ですか…」
大鉄は力を込める紡をを睨むと、その突剣を振り回し紡を木へと叩きつける。
「なるほど、豪腕の騎士の名前に相応しい強さですね。 でしたら…!」
凛々しい声のその先には、経典を片手で開き掌の上に炎の塊を浮かべたラーラの姿。
炎は拳大を維持しながらもその中で渦を巻くように荒れ狂い、並大抵の魔力では無い事が容易に想像できる。
「覚悟…してください!」
ラーラがその手を払うと火球は勢いを増しながら大鉄へと迫る。
咄嗟に身を守ろうとするも、間に合わず爆音と共に炎へと包まれる大鉄。
卓越した炎の術。 この炎の中ではいかに破綻者であれ…。
そう覚者達が思ったのもつかの間。
炎の中から、巨人のようにゆっくりと大鉄が現れる。
「ほ、ほんとうに打たれ強すぎですっ」
大岩のように揺るがない大鉄に後ずさりをするように距離をとる浅葱。
一筋縄ではいきそうもない。 悠然と迫る大鉄の姿に、覚者達はごくりと唾を飲み込むのだった。
獅子のような赤毛がチリチリと焦げる奥で、大鉄はその目をギロリと動かし覚者達を見る。
この中で、真っ先に仕留めるべきは…。
「オォォォォォ!」
雄たけびを上げながら迫る大鉄。 狙いは…奏空。
地鳴りがしそうな足音と共に迫り来る巨体。 素早くは無いものの、その前進は並の者が束になっても止める事が出来ない重厚感に溢れている。
前に群がる者を跳ね除け、あの者に斧を振り下ろす。
力に裏打ちされた単純にして絶対の作戦。 それを止めたのは大鉄よりも一回りも二回りも小さな黒い鎧の者だった。
「来てください、貴方が取り戻したその力、僕に味わわせて欲しい」
円形の盾を構えたまことが、跳ね除けようと振るわれた腕を食い止め大鉄の歩みを停止させた。
ならば先に邪魔をする者からと、大鉄は斧を叩きつけるようにまことへと振り下ろす。
腕を押えていた盾を咄嗟に斧へのガードへとまわすと、耳が痛むほどの金属音と共にまことの体を弾き飛ばす。
「アァァァァァァァァ!」
前衛をこじ開けた僅かな隙間。 そこへと向かい力を込め掲げられた大鉄の掌に念の砲弾が形成される。
それを放つ為掲げた腕へもう片方の腕を添えた瞬間に、大鉄の体を2本の鉄鎖が絡めとる。
「そう簡単に抜かせないよ」
鎖の主は小柄な天十里。 体格差は歴然で紡のように木か地面へと叩きつければ良いだけの事。
そう考えた大鉄だが、天十里の鉄鎖は火行の力を宿し、赤熱した鎖が大鉄の皮膚を焦がす。
しかし、大鉄は焼け付く皮膚の痛みに耐えつつ構えた腕から念弾を放つ!
やや狙いがブレながらもその弾丸は奏空へと恐るべき速度で迫るが…
「来ると解ってれば…」
自分が狙われる可能性を意識していた奏空は、仲間の作ってくれた時間もあり念弾を盾で弾き威力を殺す事に成功する。
腕の痺れを堪えつつ癒しの術を詠唱し、すぐさま前衛の回復へと勤める奏空。
自身のダメージも小さくは無いが、ここで陣形を崩されれば一気に戦況を崩されかけない。
「ちょいと出すぎだ。 下がってもらうぜ」
赤い鎖に巻き取られた大鉄を、柾がさらに炎の拳で打ち据える。
腹へと突き刺さる拳と体を焼く鎖に、このまま攻め抜くことも難しいと鎖を振り払い距離を取る大鉄。
「じーちゃん、オレの最大パワーの術も喰らいな!」
引いた大鉄へと狙いを定めた翔の護符が蒼白く淡く輝き、衝撃の波を発生させる。
咄嗟に木の裏へ周る大鉄だが、衝撃の波は木を突き抜け大鉄の体を大きく揺さぶる。
個々の力も中々、それに連携も取れている。
この者達を切り崩すのは並大抵では無い。 しかし、なればこそ。
大鉄は思わず口の端が釣り上がるのを感じる。 戦いは困難な程燃え上がる、若い頃に感じたあの感覚だった。
斧を斜に構えた大鉄の腕に、遠目に見ても解る程の力が込められる。
「まずい、皆守りを…」
まことが咄嗟に盾を構えながら叫ぶと同時に、大鉄の斧が地を這うように横薙ぎに振るわれた。
枯葉を撒き散らし地面すら抉りとる豪腕の斧。
斧の射程の外の覚者ですら、その風圧と衝撃に怯んでしまう。
守りへと集中していたまことですら、引かずに耐える事は出来たもののダメージは大きい。
決して打たれ弱いわけでは無い柾だが、斧と抉れる地面の衝撃には耐えられず弾け飛ぶように倒れ伏す。
命の力を削りなんとか立ち上がるものの、ふらつく足は限界を継げている。
「今すぐ回復を」
「私も回復にまわるのですっ」
すぐさま奏空が印を結び癒しの力を得た水をまことへと降らせ、倒れた柾へと手を当てた浅葱が生命力を送り込みその傷を癒してゆく。
耐え、そして癒す。 耐える者も癒す者も並大抵の気力では行えない戦術だ。
だがいつまでもそれに付き合うつもりも無い。 崩せる時に、崩すのみ。
大鉄は先程とは逆側に斧を斜に構え力を込める。
「何度もやらせはしねーですよ」
力を込められた腕へと紡の突剣が再び突き立てられる。
また木に叩きつけてくれると突剣へと伸ばされる大鉄の腕。 しかし紡は突剣を離し隠し持ったナイフで舞うようにその腕を切り付ける。
「それに、やっぱりあんまり素早くねーです」
怯む大鉄の腕へと刺さる突剣を再び掴むと、蹴りつけ跳ねる反動で剣を抜きつつ距離をとる。
「回復の間、そこで待っててもらうよ」
じゃらりという音と共に再び2本の鎖が大鉄へと撒き付き、熱を発する。
戦況を見つつこちらの好機に邪魔をしてくる鎖の者。
「攻めへと意識が行っている今なら…」
「ピンチはチャンスって言葉もあるしな!」
ラーラは経典の文字を指先でなぞると、その掌に再び渦巻く火球を発生させる。
翔も護符を指先でつまみ意識を集中させると、護符はバチバチと雷の力を宿し、術の発動を待ちきれないといった様子だ。
ラーラと翔が同時にその腕を振るうと、業火の炎と雷が同時に大鉄へと襲い掛かる。
木を薙ぎ倒し地を割る大鉄の斧。
覚者達は命を削りながらも、首の皮一枚をつなぐように戦況を保ち続けている。
まことや柾が前衛を維持し、天十里や紡が前衛を補助する。
浅葱は癒しと攻撃をせわしなく使い分け、ラーラと翔の術が大鉄を射抜く。
そして奏空の癒しの術が耐える者の体を癒す。
この者達は強い。
力は自分の方が上だというのに、眩しいばかりの強さをこの者達に感じる。
昔は自分も強かった。 でも…強さとはなんだったか。
巨大な斧すら片手で振り回す筋力? 研ぎ澄まされた技?
違う。
どんな苦境であっても折れない心だった筈だ!
それは確固たる戦闘力に支えられていたとはいえ、年で衰えるものでは無い。
思いは時間と共に強くなるのだから。
では、この強さを持って倒すべきは何だ。
目の前の者達か?
それとも…
大鉄は思わず笑う。 取り戻したと思い込んでいた力。 それを今やっと取り戻した。
互いにとうに限界は超えている。
これ以上戦う事は意味の無い事なのかもしれない。
だが…
「だが…このまま終わらせるには…惜しい相手。 この勝負、悪いが…勝たせてもらう」
破綻の呪縛から意識を半分取り戻したかのように、大鉄は覚者達に初めて叫び以外の声をかける。
覚者達もそれに答えるように、最後の気力を振り絞り武器を持つ手に力を込める。
大鉄は斧を斜に振り上げ力を込める。 自身最強の技、地烈でこの戦いに幕を引く気だ。
それに対する覚者達も、次の技の交差が最後になる事を察したかのように各々が出来うる最大の攻撃の準備をする。
初めに動いたのは素早さに秀でた天十里。
赤熱した鎖をヘビの様にうねらせ大鉄の体へと打ち付ける。
2頭の赤蛇はしなるように死角から大鉄へと襲い掛かりその力を削いでゆく。
続く紡が鋭い風切音と共に突剣を突き出す。
瞬きほどの間に繰り出される神速の突きは、喰らった大鉄すら何閃輝いたか解らぬ程の冴えだ。
痛みすら遅れてくる突きを身に受けながらも前蹴りで紡を跳ね飛ばした大鉄へと、今度は今まで回復に努めていた浅葱が踊りかかる。
地を蹴りさらに木を蹴り、空からの打ち下ろすような拳が大鉄の額へと見舞われ、大岩のように揺るぐ事のなかった大鉄をぐらりと揺らす。
身軽に空中で縦に身を捻った浅葱は、さらにその頭部へと踵を振り下ろし追撃を行う。
頭部への攻撃に視界も歪み足もおぼつかない大鉄だが、腕に込められた力だけは消して抜くことは無い。
この斧の一撃を…自分の強さをこの者達に見せなければ。
気迫を斧に込め、全てを吹き散らす様な勢いで斧を振るう大鉄。
その刹那、あえて斧の内側に入り込むように接近する陰が一つ。
柾があえて斧より内に入り込み、その腕を払うように拳の裏を叩きつける。
しかし勢いを殺されながらも止めるには至らないその斧がまことを襲う。
盾を持つ腕を畳み体へと付け体全体で衝撃に耐えるまこと。
血が滴り、痺れを通り越し感覚すらなくなった腕でその攻撃を必死に押さえ込み、斧は地に着く前にその勢いを止める。
馬鹿な…
地面すら抉る斧の一撃を、僅か二人の力で抑え込まれるとは…。
大鉄の顔が驚きに染まると、攻撃に耐えた二人は跳ねる様に左右へと飛びのく。
その後ろに見えるのは、既に攻撃の準備を整えた3人の術者。
現役の時すら目にした事のない程の業火の術を使う魔女、ラーラ。
雷と衝撃の術を巧みに使いこなす青年、翔。
そして、癒しの術で覚者全員の命を繋いできた、奏空。
3人の腕が大鉄へと向けられると、同時に放たれた炎、衝撃、雷が螺旋を描き大鉄へと突き進む。
「おぉぉぉ!」
その螺旋が大鉄へと命中すると、重い音と共に蒼白い衝撃が波紋のように広がり、炎と雷が大鉄を包むように荒れ狂う。
荒れる術がその余韻を残し消えたその場には、立ち尽くす大鉄の姿。
意識も力も尽きた彼は、ついにその体を横たえたのだった。
●
「なんとか大事には至らずにすんだみたいですね。 お互いに…ですけど」
施設での治療を受け破綻の力から目覚め元の枯れ木のような姿に戻った大鉄へと奏空が声をかける。
重い体に歪む視界。 しかし、心は嘘のように軽かった。
「じーさん、良かったら俺達と一緒に来ないか? あんたが培ってきた経験と知識を俺達に達に教えてくれ」
まだ怪我の完治していない柾が大鉄へと、ふとそんな言葉をかける。
「そうそうっ! 強い力以外にも培われた力はあるはずですよっ 」
「私も、聞いてみたい事が沢山あります。 あなたがどんな英雄だったのか、どんな冒険を乗り越えてきたのか…」
柾の言葉に浅葱とラーラも同意する。 その笑顔は、哀れみでも同情でもない、仲間として受け入れるという意思が感じ取れた。
「引退なんてする必要ねーですよ。 あれだけ暴れて、まだまだお盛んってやつじゃねーですか」
悪態をつく紡の言葉も、今の大鉄にはむしろ心地よい。
「もしかしたら、いずれ自分も同じ思いに囚われるのかもしれない。 貴方の経験と力、それを生かす事が出来るという所を見せて頂きたい」
「若いのを育てるのは年長者のつとめってってうちのじーちゃん言ってたぜ」
まことと翔の後押しの言葉も、温かく大鉄の心へと染みこんで行く。
「……そうじゃな。 お前達は強かったが……。 それでも教えんとイカン事は山ほどありそうじゃったしな」
あえて煽てに乗ったように答えた大鉄は、深く目を閉じる。
世界は広く、道は全ての方向に広がっている。
一つの可能性が閉ざされたからといって、他にある無数の道まで歩けなくなってしまった訳では無いのだ。
「そうと決まれば早速お前達の組織の本部とやらに案内して貰おうか。 なにせ老い先短い身でな、気が急いてしまうのじゃよ」
まるで怪我等していないかのようにベッドから傷だらけの体をひょいと起き上がらせ、大鉄は覚者達に案内を促す。
「じょーだん。 もう少し休んでからいこーよ…」
天十里がげっそりとした様子で大鉄を見ると、彼は悪戯っぽい笑顔を天十里に向ける。
「今までふらつく足で歩く事が多くてな。 おぼつかない足取りにもそろそろ慣れてきたようじゃ。 若いもんは老いたわしとは違い、さぞ軽快に歩くのじゃろうがな」
「ぐ……ったく。 誰のせいでこれだけ消耗したと思ってるんだよ……」
悪態をつきながら立ち上がる天十里も、つい口元が緩んでしまう。
破綻時の巨体からは比べ物にもならない小さな老人。
しかし、それを感じさせずに豪快に笑う大鉄の姿が語っていた。
痩せても枯れても、豪腕の騎士大鉄ここにあり…と。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
