水底への誘い
水底への誘い


●悪夢
「わーっ、わー! きれーい!!」
 初めて訪れた祖母の家。普段は都会に住んでいる少女にとって田舎は新鮮で、目に映る全てが輝いて見えた。
 今、少女の目の前に広がる泉もそうだ。透き通る湧水は、鮮やかな木々の緑と空の青を映し出している。
 祖母の家のすぐ近くにある小さな山を登った先にある泉。きらきらと陽光を浴びて輝くその姿はまるで絵画か宝石箱のよう。
「ここはねえ、おばあちゃんが子供の頃からの遊び場だったのよ」
 はしゃぐ少女を眩しそうに見つめて、祖母が笑う。
「おばあちゃん、泳いでいい!?」
「足をつけるだけならね。……今日は泳ぐ支度をしてきてないから、泳ぐのはまた明日ね」
 半端な時間を潰す散歩のつもりで、祖母は少女を山に連れて来たのだ。水着やタオルは持ち合わせていない。
 ごめんね、と眉を下げて謝る祖母の顔を見ると、少女もそうわがままは言えない。はぁい、と素直に返事をして、靴を脱ぐ。
「すごーい……」
 裸足になって、間近から覗き込んだ泉は、水底が見える程に透き通っている。うっとりとした表情で、少女が泉に足を入れた、そのときだった。

 ずるるるっ。

 突如、泉の水が、まるで手のような形になってこちらへと伸びて来る。
「えみちゃん……!」
 祖母が震えた声で孫の名を呼んだ。振り返った少女は、恐怖に目を見開き、祖母に向かって手を伸ばす。
 祖母がその手を取り、少女を救い出そうとするも、強い力でぐいっと引っ張られる。
 抗う事さえ出来ず、祖母と孫は泉の中へと引きずり込まれ――命を落とした。

●水底への誘い
「……っていう夢、見ちゃったんだよな」
 苦々しげな表情で、夢見の一人、久方相馬(nCL2000004)は切り出した。
 夏休みに田舎に遊びに来た子供と、それを出迎えた祖母の二人が泉で溺れて死亡する。それだけなら、ただの水難事故だと片付けられた話だったかもしれない。
「やっぱりって言うべきかな。妖の仕業なんだ」
 泉の水が意思を持ち、人を害する妖になったのだと、相馬は語る。
「場所は山の中にある泉だ。地元の人間も滅多に来ないから、今から向かえば……うん、人が来ないうちに討伐できると思うぜ」
 元々は地元の子供たちの遊び場だったのだという。だが、少子高齢化の激しい田舎にはほとんど子供がおらず、泉もごくまれに老人たちが散歩で近くを通る事はあっても泳ぐ事はしない。
 そして、今から向かえば、相馬が夢に見た日時よりも早く現場に辿り着ける。
「泉の水の妖だから、水行の能力を得意としているみたいだ。戦闘のときは、人型になってこっちに襲い掛かってくるぜ」
 泉から遠く離れる事は出来ないが、水を飛ばすなどの遠距離攻撃でこちらを狙って来る。そして、自らの傷を癒す能力も所持している。けして油断は出来ないだろう。
「せっかくの夏休みなんだぜ? こんな事件嫌だろ。だからさ、妖を討伐して、平和な夏休みにしてやろうぜ」
 相馬が覚者たちをじっと見つめ、真剣な表情で、頼む! と両手を合わせた。


■シナリオ詳細
種別:β
難易度:普通
担当ST:天谷栞
■成功条件
1.水妖の討伐
2.なし
3.なし
初めまして、天谷栞と申します。
βシナリオをお届けに参りました。
なにとぞよろしくお願い致します。

●場所
和歌山県某所の山中にある泉です。
大きさは25mプールの半分程。
現場到着は日中、周囲に人気は無いので対策は不要です。

●水妖
【妖:自然系】ランク2。
泉に近づくと、人型をとってこちらに襲い掛かって来ます。
遠距離の通常攻撃の他、下記の水行に良く似た能力を所持しています。

水礫相当の能力:[攻撃]A:特遠単
薄氷相当の能力:[攻撃]A:特遠単[貫3]
癒しの滴相当の能力:[回復]A:特遠味単

●戦闘後
水遊びをすることが出来ます(もちろんしなくても大丈夫です)。
泳ぎたい方は、その旨をご記載下さい。

それではよろしくお願い致します!
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年08月17日

■メイン参加者 8人■

『月下の黒』
黒桐 夕樹(CL2000163)
『海の底』
円 善司(CL2000727)
『風に舞う花』
風織 紡(CL2000764)
『天音マスター』
月城・K・葵(CL2000423)
『ラディカルテーラー』
繕居 衣(CL2000048)
『ワイルドキャット』
猫屋敷 真央(CL2000247)

●泉に潜む悪夢
 木々の緑が和らげてくれるとはいえ、ぎらつくような日差しの中で傾斜を登れば汗がじわりと滲み出す。
 夏山を登る覚者たちの視界に広がる泉は、静寂に包まれていた。
「こういう場所に来ると私の田舎を思い出しますね、まだ離れてからそれ程たってませんけど懐かしいです」
 『ワイルドキャット』猫屋敷 真央(CL2000247)が双眸を細めた。のどかな田舎の風景。それは、本来この地にも当てはまる言葉だった。
 けれど、ここはやがて血で染まる事になる。
 夢見が見、そして語った悪夢を思い出し、『乱れ火猫』火紫 天音(CL2000422)が表情を曇らせた。
「孫と祖母のここでの楽しいひと時を無粋なものに邪魔はされたくないだろうて……」
 たとえそれがこの泉より生まれたものだとしても、無惨に人の命が奪われる。
 何故、ここに妖が生まれ、人を襲うに至ったか――その理由は分からないけれど。
「平和に暮らす一家庭の不幸は見過ごす訳には罷り成りません」
 きちりと軍服を着込んだ『標』名嘉 弥音(CL2000427)が得物を構え、身構える。
「あっついな……」
 額の汗を拭い、黒桐 夕樹(CL2000163)が呼吸を整える。暑い。けれど、だからといって立ち止まる事なんて出来ない。
「早く終わらせよう」
 この地に平穏を取り戻す為。悪夢を現実にしない為。
「ん。尽力しようぜ、初依頼だ」
 覚者としての初陣だ。『海の底』円 善司(CL2000727)が経典を手に取ると、傍らの守護使役のあまえたさんがエールを送るように彼に擦り寄る。
「ついでにさっさとぶっ倒して水遊びするですよ!」
「水遊び楽しみだな……じゃなくて、しっかりとするか」
 少々目的が入れ替わった感のある『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)、『天音マスター』月城・K・葵(CL2000423)の言葉に反応したかのように、水面が波立った。
 ぶくぶくと水が集まった水面が小山のように膨らみ、やがて人型を取ってゆく。
「お盆に水の近くで遊ぶと足を引っ張られるっておばあちゃんが言ってました!」
 『ラディカルテーラー』繕居 衣(CL2000048)が思い出すのは、かつて祖母が語ったちょっと不吉な言葉。
「しかしむざむざ引っ張られるのも芸がねーですし、思いっきり殴りあいましょう! 殴って! 友情! バンザイ!」
 けれど、どこまでもポジティブな彼女がそんな言葉で怯む筈も無い。
 それは他の覚者とて同様だ。
 悪夢など打ち砕き、そして夏を満喫する。
 その為に今、戦いが始まる!

●岸辺の戦い
 ただ闇雲に敵に向かうだけが戦いでは無い。
「隠れますよ!」
 木陰に真央が身を隠す。それに続いて、葵、衣、真央も木陰に隠れた。
「さて、どうでてくるか……」
 葵が木陰より顔を覗かせたその横を、長身が駆けてゆく。常の姿より一回り年上の姿へと変化した夕樹だ。その足が僅かに湿った岸辺を踏むと、ずずずっと高速で這いずりながら、水妖がこちらへと近づいて来る。
「いくら真夏ったって水の中は冷たいし、その底なんてもっと、もっとだ」
 そこに引き摺り込まれる悪夢。その想像を払うように腕を振り、善司が雷を水妖へと落とした。
「続くぞ!」
 妖艶な大人の女へと姿を変えた天音も続いて召雷を唱え雷撃を水妖へと見舞う。僅かに怯んだように水妖がその身を震わせ、そして次の瞬間、泉から岸辺へと一気に身体を伸ばし、人で言えば手の指と思しきものを夕樹へと突きつける。指先から水滴が分離し、弾丸のような鋭さをもって夕樹を貫いた。
「下がるよ!」
 反撃の為に無理に敵に近付く事は無く、夕樹、善司、天音、紡がじりじりと後退する。
「ほーらほーらこっちにこい、です!」
 英霊の力をその身に宿し、紡が手招きする。侵入者を逃さんと、水妖が覚者たちを追い掛けながら岸から這い上がった。水面から離れると、しっかりと2本の足がそこにある。かなり大雑把な形ではあったものの、人型を取った水がこちらへと迫る。それは、戦いに身近では無い者からすれば、恐ろしい光景だったのかもしれない。
「よーし、もう逃がさねーですよ!」
 けれど、戦いの日常へと身を投じた覚者たちにとっては、恐怖では無い。木陰より飛び出した衣が、水妖の背後へと回る。葵、弥音、真央も、かなり岸辺ぎりぎりではあるものの、水妖の背後を取るようにポジションを取った。
「ふ ふ 不本意でありますが 戦闘行動に移ります……!」
 軍服に覆われた弥音の刺青――彼女の力の源泉が輝く。水を纏った腕を振り上げ、メイスを叩き込んだ。その一撃で、背後に敵が現れた事に漸く気付いたのだろう、水妖がぐるりと背後を振り返る。
 そこに葵の手から放たれた種が水妖の身体へと埋め込まれた。その水分をまるで恵みとしたかのように種が一気に芽吹いて育ち、鋭い棘で内側から水妖を痛めつける。
「蝶のように刺し! 蜂のように刺す!」
 軽やかに地を蹴って得物を叩き込む衣のスカートの下、布を巻いて隠した為に見える事の無い誰にも見えぬ内股の刺青が光を宿す。
 ぶるぶると震える水の身体に、まさに獣といった、目にも止まらぬ速度で駆けた真央の飛燕が叩き込まれると、波打つようにその体が更に震え、人型の輪郭が歪んだ。
「効かにゃいかなと思ってましたが……人型だからですかね? って、あっ!」
 確かな手応えに満足げな顔をするも――意図せず漏れた猫のような声に、しまったと小さな悲鳴を上げた。
 その様子に敵意かあるいは興味を抱いたか、水妖の手から放たれた氷が、真央に纏わりついた。その体を突き抜けて氷が走るも、中衛の葵の横を氷がすりぬけていくだけ。
 戦場に、夕樹が作り出した清廉な香りが立ち込めた。それが徐々にこちらの痛みを和らげてくれる。
 隊列に厚みを持たせていない事が功を奏し、大きな被害には至っていない。覚者たちの策はその力量差などものともせず、知恵を持たぬ妖を遥かに圧倒していた。

●水に還る
 それでも、一瞬で戦いに終止符が打たれる訳では無かった。
 頭上へ翳された水妖の手から水滴が滴ると、不確かになっていた人型の輪郭が、確かな形を取り戻す。それは恐らく、傷を癒したという事なのだろう。
「ここは通さんです!」
 泉へと何とか引き返そうとしているような意図を感じ、紡が戦いの最中で生じた僅かな隙間を埋めるように水妖へと距離を詰めて、真っ直ぐに突剣を突き出した。餅のような粘り気を帯びた塊に包丁を突き立てたような鈍い手応えが手のひらに返る。
 それを援護するように、夕樹が蔓を鞭のようにしならせ、水妖へと叩きつける。ばしゃりと飛沫が飛ぶのは、生物であれば流血したようなものか。
「この姿、ほんと慣れないな……」
 高い目線に感じる違和感。けれど幼き姿と変わらぬ無表情のまま、彼は水妖を静かに見据える。
 水妖が回復を行う機会が増えている。それすなわち、覚者たちの攻撃が敵の回復量を上回っている証だ。たとえ長期戦と言えども――戦況は確かに覚者たちへと傾いている。
 それでもまだ水妖の攻撃の威力は鈍らない。ゆらゆらと揺れる水妖の放った水の弾丸が、的確に善司を貫いた。
「っ、く……!」
 苦痛を飲み込んだ善司が霧を水妖へと這わせた。だがかなり気力体力を消耗した彼の肩は、荒い呼吸で大きく揺れている。
「何故……! 人を襲うような真似を……!」
 今の攻撃でかなり体力を削がれた善司へとさらなる攻撃が届かぬよう盾を構え水妖への距離を詰めて――弥音が問う。答えなど返って来る筈も無いと知っていた。それでも問わずにはいられなかった。
 けれど、知恵を持たぬ水妖に通じる筈も無く、返って来たのは、彼女の身体を貫く水の弾丸だ。
「……っ」
 身体のラインがより一層際立つ程にびっしょりと服が濡れ、弥音の頬がさっと紅く染まる。
「弥音さん、悪い、助かる!」
 敵の前後に立ち離れていた為、それが見えなかったのは幸いだったかもしれない。大声で礼を述べながら、善司が填気で気力を漲らせた。
「俺の緑は全てを絡めて喰らい尽くす……」
 静かな葵の言葉とは裏腹に、蔓を這わせたナイフの一撃は苛烈そのもの。
「ふむ、やるのう!」
 世話が焼けると普段は思っていても――いざとなれば頼もしいパートナーだ。に、と口許に笑みを宿し、天音が填気で自身の気力を満たす。
 それは、戦いを一気に終わらせるための準備だ。
 夕樹が引鉄を引く。ハンドガンから放たれたの波動弾が、水妖の腕を射抜き。
 善司の雷が水妖を飲み込む。
 恐れは無かった。恐れなど、既に無かった。
 ――絶望の運命が……絶対に変えられるのなら、俺は水の底にだって、海の底にだって、手を伸ばしたい。それが、彼の願いだ。
「あわせるぜ、天音!」
「ならそなたの攻撃に合わせて攻撃してみるかの!」
 葵の視線に天音が頷き、二人がほぼ同時に得物を振るう。葵のナイフが蔓を纏って水妖を切り裂き、身を震わせた虚ろな身体を天音の放った波動弾が貫く。
 そのコンビネーションは大打撃であっただろう。水妖の輪郭は、既に人型とはかけ離れた程におぼろげなものになっている。
「仮面はてめーが最後に見る顔です!」
 気力が尽きるまで立ち止まる事は無い。紡の刃が水妖へと埋め込まれ。
「他人の足を引っ張る時はそっちも引っ張られるのです! 覚悟!」
 衣の刃が鋭さを増し、人で言えば心臓に当たる部分を貫いた。
 ぶよぶよと揺れていた水妖の身体が弾け飛ぶ。飛沫となったその体は、天から降り注ぐ眩い陽光に照らされ、地面へときらきらと落ちて行く。
 ただの水となったその身体は地面へと吸い込まれ、あっという間に消えて行った。

●憩いのひととき
 周囲に静寂が戻れば、覚者たちの前に広がるのは、透き通る水を湛える清らかな泉の姿。
 戦いを終えた身体は火照っている訳で――皆の視線が、泉へと集まる。
「この頃、外だけではなく家の中も熱気むんむんゆえ……」
 涼みたいのう……。そんな天音の言葉に、ぱん、と紡が手を叩いた。
「よし。水遊びするですよ!」
 その言葉を合図に、弾かれたように全員が動き出す。
 危険はもう無い。水遊びをして良いというのは、夢見のお墨付きだ。ならば遊ばない手は無い。
「ヒャッハー水だーっ!」
 衣がまるでどこぞの世紀末に生きるモヒカンのような声を上げて飛び込み、次いで天音がそれに続く。
「ひゃあ、涼しいのう!」
 夏場の水道水と違い、地下から湧き出す泉の水は冷たい。歓声を上げると衣と天音が立てた飛沫を浴びながら、紡がばっとワンピースに手を掛けた。がばっとワンピースを脱げば、水着着用済みで準備ばっちり。
 ならば水遊びを終えた後、帰りはどうするのかと言えば――。
「……昔それで失敗したので同じことはしません!」
 きちんと帰る前に着替える替えの下着は持ってきた、と自分の荷物の中身を思い出し、真央も自信満々の笑みを浮かべる。
 天音に紡、真央と女性陣が泉へ飛び込む姿に、どうしたものかとおろおろしていた弥音も、決意したようにぐっと軍服に手を掛けた。
「せ、せ、せっかくの泉。休暇を頂こうと存じます……!」
 周囲に異性もいる状況に抵抗を覚え、恥ずかしそうにする姿を見ると、こちらも何だか落ちつかないもの。弥音に配慮して、夕樹と善司は女性陣から視線を逸らした。葵は……当然の如く、天音しか見ていない。
「……あ、水着を忘れておった」
 衝動に身を任せ、着替える前から水に飛び込んでしまった事に、はたと天音が気付けば、葵が荷物で膨らんだ鞄を彼女に見せる。
「やるとおもったから用意してるからな……」
 水着は勿論、替えの着替えやタオルも用意ばっちり。さすが葵、と鞄を受け取っていそいそと天音が着替えに木陰へと向かう。
「……帰りのこと考えずに私服で飛び込んでましたよ! どうしよう!」
 二人のやりとりに、がーん! と衣が頭を抱えると、そこにスポーツタオルが差し出された。
「これ、使っていいぜ。みんなの分もあるから」
「ありがとうございますー! 助かります!」
 これで安心、と善司からタオルを受け取って衣が頭を下げると、長い紫髪が水面を叩き、ばしゃっと飛沫が上がる。
 そうこうしているうちに着替えを終え、天音が再び水に入ろうとするも、葵が水に入ろうとする素振りは無い。
「葵は遊ばぬのかや……ああ」
「俺は、ほら」
 カメラを見せて、早速天音の姿をぱちり。その様子に、少々複雑な様子で天音が頷いた。
「なら、紡、共に参ろうぞ!」
「おお。何しましょうか! 水かけっこでもしますか!」
「ふはははは! ならばこの繕居、水鉄砲マスターとして水を使った攻撃には定評があります!」
 さぁ掛かって来い! と水鉄砲を持たない水鉄砲マスター・衣に、紡と天音が襲い掛かる。
「え、何何、繕居さんを皆でやっつけるですかっ? 弥音さん、行きましょうっ!」
「りょ、了解であります!」
 真央と弥音が加われば、もはやただの乱戦である。泉には水を掛け合う飛沫が舞い散り、女子たちの歓声が響き渡る。
 はしゃぐ女子たちを眺めつつ、足だけつけて夕樹はふう、と長い息を吐く。
「うん、悪くないね」
 疲れた体を清め洗い流してくれるような清冽な水が、火照った肌に心地良い。
「思ってたよりずっと冷たいな、驚いた」
 膝まで制服のズボンを捲った善司が水を蹴り上げる。水に浸かった脚を外気へ晒すと、夏の日差しも冷えた皮膚には心地良い。
「……だけど、お腹も空いて来るね」
 静かに水に足をつけているだけでも、戦闘を終えた高揚から解放されて落ちつくと、疲労や空腹を実感する。女子たちはお腹空かないのかな、と少々疑問に思いつつ首を傾げた夕樹の鼻孔を、甘い香りが擽った。
「手作りのお菓子と紅茶だ。うちのBARでも出してるから是非ってな」
 葵が鞄を開けると、お菓子の包みと紅茶を入れた水筒が顔を覗かせる。
「葵、おまえ……準備いいな」
 感心したように善司が息を吐いた。天音の着替えの準備といい、お嬢様に対する執事か――ともすれば母のような面倒見の良さに、感心せざるを得ない。
「お菓子!!」
 目ざとくそれを察知したらしく、女性陣がじゃぶじゃぶと水を掻き分けて岸へと戻って来る。全員揃えば、水辺でのお茶会の始まりだ。
 お菓子を食べ、紅茶を口にし、そしてまた水遊びに戻る。
 泉から笑い声が絶えぬその姿は、かつては当たり前の光景だったのだろうか。
「……人が憎いのであれば、寄り付かなくなる事は寧ろ歓迎なはず」
 何故、妖が生まれてしまったのか。ふと思考を巡らせて、弥音がふ、と紅茶を冷ますように息を吹きかけた。
「害するというより、ただ人の賑わいへの懐古の情から手を出したのかも……」
 想像してみるも、真相は分からない。そこで想像を止めて、夕樹が焼き菓子をぱくりと齧る。

 ひとしきり遊び、影の角度も変わり――覚者たちが帰路に着かんとした頃。
「あ、あちらから声が……」
 ぴくりと猫耳を震わせた真央が指差した、その先。
「おばーちゃん、あっちは何があるの!?」
「あっちにはね、泉があるのよ。地下から水が湧いているの」
 和やかな、祖母と孫の語らいが聴こえて来る。
 それは悪夢が覆された、平穏を取り戻した確かな証だった。
「良かったのう……本当に」
 姿を現さないように木陰からそっと、泉へと向かう二人の姿を見て、天音が笑う。
「……また来ようぜ、ここに」
 善司がほっと安堵の息を吐いた。
「嬉しい夏の思い出 出来ちゃいました……」
 弥音も満面の笑みを浮かべる。達成感と――そして何より、幸福感が彼女たちを満たしていた。
 ふ、と頷いて、葵がカメラの画像を見返した。仲間たちの写真と――そして沢山の天音の写真。きらりと光る互いの指輪は、泉に注ぐ陽光のように眩しい。

 きらきらと輝いた夏のある日。この場所にもう、悪夢がやって来る事は無い。

■シナリオ結果■

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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