嘆きの果てに
嘆きの果てに



 宿題しなさいが口グセだけど、変な所で甘い母さん。勉強を教えてくれたりお菓子を作ってくれたりする姉さん。生意気言うクセに一緒にゲームをしたがるかわいい弟。
 みんないなくなった。みんな殺された。
 犯人は今も生きている。俺の家族を殺したのに生きている。
 許さない。俺の家族を殺してのうのうと生きてるなんて許さない。許さない許さない許さない!
 絶対に、俺が、この手で殺す!


「今回はちょっときつい依頼かもな」
 久方 相馬(nCL2000004)が配った資料はAAAから提供された物だった。
 資料には隔者が起こした一家惨殺事件の報告書と犯人である隔者の男、そして一人の少年の写真が載っている。
「その少年は椎名 譲(しいな ゆずる)、中学三年生。この一家惨殺事件の遺族で……破綻者だ」
 一家を襲った悲劇の日。譲は偶然友人と遊びに行っており難を逃れたが、帰って来た彼を迎えたのは惨殺された家族の骸だった。
 犯人の隔者は譲の家族を殺した後血塗れで歩いている所を通報され、特に抵抗する様子もなくAAAによって逮捕されている。
「譲は心因性のショックからの何も食べなくなり眠る事さえしなくなって入院していたんだが、巡回の合間に脱走して行方不明になっている」
 病室からは破られたゴシップ雑誌が発見されている。雑誌には一家惨殺事件の犯人がAAAの隔離施設に護送される事が決定したと言う記事が載っていた。
「一応情報統制はしてたらしいんだけどな。この辺りの事情は話し出すと長いしややこしいから省かせてくれ」
 すぐに捜索が行われたが、目撃証言を追っても譲を発見する事はできなかった。
 おそらくこの時点で力に目覚めていたのだろう。その力は少年を破綻者に変え、破綻者は犯人への復讐を果たすために現れる。
「数日後、犯人がAAAの隔離施設へ護送される。破綻者は途中の山道で護送車を襲撃し、同乗しているAAAの職員ごと犯人を殺すだろう」
 相馬は資料の中から一枚の地図を広げ、いくつかつけられているマークを指差す。
「破綻者の襲撃を防ぐため、AAAが協力を申し出てくれている。襲撃予想地点はここ、山の中腹だ。AAAは襲撃がある時間帯山の出入り口を封鎖して一般の車の通行を禁止する」
 夢見から察するに破綻者は襲撃予測地点に向けて斜面を突っ切って来るため、山の出入り口を封鎖する職員に危険が及ぶ可能性は低い。
 また襲撃予測地点の斜面には木が生えておらず見通しは悪くない。注意していれば遠目から破綻者を発見し、奇襲にも対処できるだろう。
「護送車には同乗できないが、AAAがもう一台車と運転手を用意してくれる。それに乗って護送車に同行してくれ」
AAAの協力体制はそれだけ破綻者を危険な存在と見做している事を示している。
 破綻者となった譲は復讐しか頭にない。その憎しみは犯人を殺してからも消えず、野放しにすれば犯人だけでなくこれから先多くの人が犠牲になるだろう。
「譲は被害者だが、どんな理由があろうとも破綻者を野放しにはできない。……頼む、皆の力で止めてやってくれ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:
■成功条件
1.破綻者の撃破。
2.AAA職員と犯人の生存。
3.なし
 皆様こんにちは、禾(のぎ)と申します。
 大好きな家族を殺され、悲しみと怒りで破綻者になってしまった少年の復讐劇。
 後味の悪い結果になるかも知れませんが、よろしくお願いします。


●補足
 今回はAAAより持ち込まれた依頼のため、事件に関連する情報、被害者と犯人の情報や譲に関する資料も閲覧できます。
 AAA職員と犯人の生存が絶対条件です。護送車が破壊されてもAAA職員と犯人が負傷しても生きていれば成功ですが、一人でも死亡した場合依頼は失敗となります。
 道路を封鎖している職員はじめ、他のAAA職員に応援を要請する事はできません。

●場所
 山の中腹辺りを走る道路。時間帯は早朝でやや薄暗くはありますが、明かりが必要な程ではないでしょう。両側の斜面も木が生えておらずガードレールも低めのため見通しも悪くありません。
 道幅は大型トラックがすれ違える程度。斜面は40~50°くらいでやろうと思えば戦闘も可能ですが、高低差やバランス感覚での有利不利はあるかと思われます。

●人物
・椎名 譲/男/中学三年生/破綻者
 一家惨殺事件の遺族。惨殺された家族の遺体の第一発見者。事件後眠る事も食事を摂る事もできなくなり入院していましたが、どこかで手に入れた新聞で犯人が護送されると言う記事を見て病院を脱走。破綻者となって犯人の前に現れます。
 母親には素直になれないながらも、さりげなく家事を手伝ったり体調を気遣ったりと根は優しい少年で、姉弟とも仲が良かったようです。
 母親に安心して暮らしてもらいたいと、将来はリストラのない公務員になるのが目標でした。

・木崎 正/男/40歳/隔者
 一家惨殺事件の犯人。母親と高校生の長女、小学生の次男まで惨殺した凶悪犯。能力を封印した状態でAAAの隔離施設に護送されています。
 両手は拘束されていますが両足は自由。AAA職員二人が側についています。

・AAA職員/一般人
 護送車に運転手を含めて三人、覚者を乗せるワゴンに運転手が一人の計四人。全員小銃や拳銃で武装はしていますが、基本的に一般人のため破綻者に対抗するほどの能力はありません。
 襲撃を受けたら覚者に後を任せて先を急ぐ事になっており、護送車が破壊された場合も徒歩で犯人を連れて逃げます。

・譲の家族(故人)/一般人
 父親は病気ですでに他界。母親は会社の事務員。反抗期の長男とやんちゃな次男に手を焼きつつも可愛がり、しっかり者で甘え下手な長女をなんとか甘やかそうと奮闘するような母親でした。
 高校生の長女は定時制を利用してアルバイトで家計を助けながら弟たちの面倒を見ており、小学生の次男は口では生意気を言いながら姉兄によく懐き、可愛がられていたようです。

●能力
・椎名 譲/破綻者(深度2)
 翼の因子/水行
 装備/特になし
 腰に鴉の羽が生えています。話しかければ内容によって応答する程度の理性はあるようです。
 犯人を殺す事しか頭にありませんが、破壊衝動も強く邪魔と感じれば積極的にそちらを排除しにかかる傾向あり。
 物理系は攻撃・防御共に低め。特攻系能力と命中補正が高く、遠距離攻撃に長ける。

・スキル
 エアブリット(遠単/特攻ダメージ/射撃)
 水礫(遠単/特攻ダメージ)
 薄氷(遠単/特攻ダメージ/貫通3:100%、50%、25%)
 猟犬

情報は以上となります。
皆様のご参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2015年12月05日

■メイン参加者 6人■

『戦場を舞う猫』
鳴海 蕾花(CL2001006)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)
『便利屋』
橘 誠二郎(CL2000665)
『風に舞う花』
風織 紡(CL2000764)
『『恋路の守護者』』
リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)


 早朝、まだ薄暗い道を二台の車が走っている。前を行く車は中が見えず、その外観を見ればただの車でないことが分かる。中にいるのは三人のAAA職員と、彼らが護送する一人の犯罪者。
 木崎正と言う男は一家惨殺と言う犯罪を犯した罪で裁判にかけられたが、その身は隔者であったために普通の刑務所ではなくAAAが管理する隔離施設に護送される事になっていた。
 その車を追う後方の車はいたって普通のワゴン車だったが、中は異様な空気が漂っている。
 いたたまれないのか、車を運転しているAAA職員がちら、とバックミラーを見る。途端に大きな山吹色の目を鋭く尖らせた少女と鏡越しに目が合いかけて、慌てて前方に戻した。
 鳴海 蕾花(CL2001006)はその反応にふんと鼻を鳴らす。
(復讐のためにfiveに入ったってのに、どうしてこんな事をしなきゃならないんだ)
 憤怒者に家族を奪われ、その犯人が生きている事を知っている彼女は破綻者の境遇を自分に重ねていた。
 蕾花の家族を殺した犯人も、刑期が終われば何事もなく刑務所から出てくる。今前方を走る護送車にいる犯人も同じだろう。
 胸中に蟠る感情を持て余し、苛立たしげに破綻者が向かって来るだろう山の斜面を睨み付ける。
 そんな彼女を盗見てふむと顎に指を当てるのは橘 誠二郎(CL2000665)。蕾花の刺々しい態度は今回の事件に関するAAA等に対する不満と不信が含まれていると分かっているため、少々苦笑ぎみだ。
 今は己をしがない便利屋と言ってはいるものの、身につまされるものがあるらしい。
 今回の一件について、覚者達の感情と行動理念は少しばかり複雑に絡んでいる。
 風織 紡(CL2000764)は破綻者への同情が強い方だった。
 破綻者となった椎名 譲(しいな ゆずる)は中学三年生。家族が惨殺されなければごく普通に暮らしていただろう。
(あたしは……椎名を救いたいです。でも……)
 紡の中には二つの思いがある。犯人の動機を知るために調べてから、それらはより強くなっていた。
 復讐を許容してしまいそうな程に。
 葛野 泰葉(CL2001242)も譲の復讐に関して肯定的ではあった。
 とは言え、こちらは譲への同情と言うよりどこか歪で享楽的な思考によるもの。ある意味では最も苛烈な解決法を考えているのが彼だろう。
 そう言った感情的なものと一線引いているのが谷崎 結唯(CL2000305)だ。
(隔者に殺された遺族の破綻者が復讐を……ねぇ)
 彼女は復讐を否定するつもりはない。復讐は間違っている、不毛だと否定するのは綺麗事だとも。だがそれでも、優先すべきは仕事の完遂である。
 この空気の中では、本来なら明るさを振り撒くようなリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)の表情も流石に固い。
(ンンー……こんなに気が乗らない依頼、私初めてデスネー……)
 心の中での呟きは殺人犯を殺された被害者の遺族から守らねばならない事に対してだったが、今はこの空気への気掛かりも含まれていそうだ。
「ん?」
 そんな中で泰葉はふと外の風景に注目する。何が見えたと言う訳ではない。ただ何かに引かれるように山の斜面を見詰める。
「……あれか!」
 斜面を滑るように登ってくる人影。その腰のあたりには黒い翼が広がり、覚者……いや破綻者であると示していた。
「破綻者が来たぞ!」
「破綻者です! 来ました!」
 泰葉の警告に他の覚者達も反応し、AAA職員は無線を使って送車にも警告を送った。
「まずいな。思ったより速い」
「護送車、登り側の斜面に! 皆さん、この車を護送車の盾にします。掴まって下さい!」
 直後ワゴン車はスピードを上げて前に出ようとする。
 が、破綻者の攻撃はそれより先に護送車を貫いた。
 前輪を潰された護送車は激しく火花を散らしながら回転し、登り斜面に施された側壁で停止する。
「FiVEの皆さん、破綻者をお願いします!」
「言われなくとも」
 蕾花は小さく呟いて外に飛び出し、他の五人も続くと道路から斜面を駆け上がってくる人物を見下ろした。
 血色の悪い肌とこけた頬。入院着から出ている手や首までも痩せ細っている。
 破綻者、椎名譲はギラギラとした目つきと悪鬼さながらの形相で護送車を睨みつけていた。


「チッ……本当に面倒事ばかり押し付けやがって」
 譲の痩せ細った姿と半分以上白くなった黒髪に、蕾花は歯軋りしたい気分になる。
「あの連中のためってのは気に食わないけど、やる事はやっとかないとな」
 ちらりとAAA職員と犯人がいる護送車を見てから譲に斬りかかる。鋭い二連撃に突っ込む形になった譲は当たる直前に跳躍。足が浅く斬られたのも構わず、着地と同時に護送車に向かって走る。
「仇の居場所が分かっているなら是非もなしといった所でしょう」
 突っ込んで来る譲を見下ろす誠二郎。
 破綻者となったばかりか痩せ細り悪鬼か餓鬼のようになった譲に向けた糸目から、赤い色が覗く。
「君の気持は分かります。ええ、ええ、分かりますとも。ですが……」
 迫る譲に向けて誠二郎は種を一つ投げつける。
「僕は依頼を受けた以上それを果たす義務があるのです」
 誠二郎の手から離れた種は鋭い棘となって譲の足元に突き立った。どうやらぎりぎりの所で回避したらしく、譲の足は止まらない。
「ころ、す……!」
 譲のひび割れた口から絞り出すような怨嗟の声。血走った目はひたすら護送車に向けられている。
「これ以上は近付けられん。悪いが止まってもらうぞ」
 結唯が進路を塞ぐように譲の前に飛び出し、硬化させた拳ごと譲に向かって突撃する。
「こちらも仕事だ。お前を殺すつもりで戦う」
 護送車に気を取られていた譲は避ける事ができなかったのか、咄嗟に体の前に腕をかざして結唯の一撃を受け止める。体を抉りそうな拳の威力に押され、譲の足が斜面の土を削る。
「皆サン、大丈夫デスカ!」
「こちらは軽い打撲と擦過傷のみです」
 譲の接近が止まったのを確認したリーネが護送車に声を掛けると、中から一人だけAAA職員が出てきた。
 続いて側壁の隙間に隠れるように三人のAAA職員と四十がらみの男が一人。護送中の隔者、木崎 正(きざき ただし)、一家惨殺事件の犯人であり、今回の依頼の護衛対象だった。
 リーネは湧き上がって来た複雑な思いを押し込め、職員と木崎に蒼鋼壁をかける。
「少しですが守りを上げマシタ。コッチはお任せくだサイ!」
「よろしくお願いします。私達は状況を見て離脱を……」
「気を付けろ、攻撃が行くぞ!」
 AAA職員が身を乗り出した瞬間、護送車の車体が大きく揺れる。譲の放った氷の礫が弾丸のごとく車体を貫いたのだ。
 車体を貫通した氷は側壁にも突き刺さり、あと少し位置がずれていれば犯人に突き刺さっていたかもしれない。
「いつまでそこにいる。隔者を送り届けるんだろ」
 息を飲んだAAA職員に、結唯が早めの離脱を促す。
 先程から観察していて分かったのだが、譲は犯人の大まかな位置が分かっているらしいのだ。護送車の影にいては狙いは大雑把にならざるを得ないようだが、安心はできないだろう。
「さっさと動け。いつまでカバーしきれるか分からん」
 ぽたりと落ちた液体に、AAA職員が気付く。それは譲の攻撃を受けた傷から流れる血だった。
「早くそのゴロツキを連れてあたしの目の前から消えろ」
 AAA職員に向かって刺々しく言う蕾花。彼女も少なからず傷を負っている。
 超常的な力を持っているはずの覚者がいとも容易く傷ついているのを見た職員は、改めて迫っている破綻者の危険を思い知る。
「ここは私達にお任せデスヨ!」
 身を固くしたAAA職員に、リーネが蒼鋼壁を掛けていく。
「少しですが守りが硬くなりマス。譲クンに気付かれる前に離れてくだサイ!」
「は、はい。後はお願いします。全員急ぐぞ!」
 声を掛けられて立ち上がる三人のAAA職員と、彼らに腕を掴まれて立ち上がる四十がらみの男。
 これが譲の家族を殺し彼を破綻者に変えてしまったのかと、覚者達はそれぞれの思いで一家惨殺事件の犯人を見る。
 その視線に気付いているだろう犯人は無表情のまま、職員に促されて車の影から出る。
「見つけた!」
 その時、譲が犯人に気付いてしまった。
 AAA職員に前後を挟まれた男の顔を見た譲の目は憎悪に染まり、叫ぶ顔はどこか狂喜を感じさせる。
「車の影に!」
 誠二郎はAAA職員に指示を出しながら彼らの前滑り込み、譲の足を狙って棘一閃を。直後、合わせるかのように蕾花が飛燕を放つ。
 犯人に気を取られていた譲は二人の攻撃をまともに食らってガードレールの方まで後退する。
「……そんなに復讐したいですか」
「当たり……まえ、だ!」
 譲の細い手足がとれてしまうのではと思ほど深く傷ついている。防御もおぼつかないほど犯人に執着する様に、紡が問いかける。答えた譲の怒声と共に周辺の空気が凝縮して行くのを感じた。
「あたしは、あんたに復讐させたいです。でもこのまま破綻者でいればそれはできません」
 矛盾する思いをそのまま口にすれば、護送車の影にいたAAA職員が身構える。
「今は様子見を」
「出てはいけマセン」
 必要なら自分達が止めるからと言外に伝え、結唯とリーネがAAA職員を押し留めておく。AAA職員も今出たら譲に狙い撃ちされる事が分かっていたため、大人しくその場で待機した。
「聞きたくないですか、あいつが家族を殺した理由を」
 紡は仲間とAAA職員の動向を確認しつつ、譲に問いかけた。
 返って来たのは譲が歯軋りする音と憎悪とは別の感情が溢れ出した譲の視線。
「しってる……幸せそうだったから……! 笑って、いたから……!」
 譲が目にしたゴシップ記事には「幸せそうに笑っていたから」と言う犯行動機が書かれていた。犯人はろくな人生を送っていなかった。幸せそうにしている家族の顔を見て、彼らを滅茶苦茶にしてやりたくなったのだと。
 犯人の動機を調べていた紡も、同じ物を目にした。ゴシップ記事よりも確かなAAAの資料でだ。
「母さんたちの幸せは……ずっと苦労して……頑張って、作ったんだ! それを……それを……コイツは……!」
 血走った目から涙を流し、譲は弾丸のごとき氷の塊で護送車を狙った。
「もっと頭を下げて!」
「顔上げてるとブチぬかれるぞ!」
 あくまで護送車、その影にいる犯人を狙う攻撃を誠二郎と蕾花が自らを盾にして防ぎ、貫通を軽減させる。
「動機なんて、どうでも、いい……そいつを殺す!」
「それは君の純粋な人間としての感情かい?」
 唐突な問い掛けをしたのは、それまで状況を見ていた泰葉だった。


「俺は椎名君の感情に……その家族への愛と犯人への憤怒に……凄く魅力を感じてしまったんだ」
 今だ攻撃を止めず交戦が続いていると言うのに、泰葉は悠然と語る。
「俺はね、椎名君の復讐を手伝いたいんだ。ただ殺すだけでは君の家族を惨たらしく殺した罪を悔いる事もなく楽になってしまう……そんなの許せるかい?」
 そこから続いた泰葉の「復讐に関する提案」は、AAA職員だけでなくこれまでほぼ無反応だった犯人すら青ざめさせる程のものだった。
「君がこの提案を受け入れるなら俺は協力するよ。……ただし、俺に破綻者としての衝動ではなく、君自身の感情を見せてほしい」
 奏葉は懐から何枚かのメモを取り出した。
 それは殺人現場に足を運び、交霊術を試した結果得られた情報が書かれている。
「いいご家族だったんだね。殺された無念や恨みよりも先に君が無事かどうかを聞かれたよ」
 母親は自分の子供たちが殺された事を嘆きながらも譲が無事である事を知って喜び、姉はちょっと抜けている弟がこの先心配だと言い、弟は自分の状況が把握しきれないのか呆然としていたが、一言兄に約束守れなくてごめんなさいと謝った。
 その話を聞いた瞬間、譲の目から再び涙が零れ落ちる。
「約束……馬鹿、やろう……そんなのッ……母さんも、姉さんも……殺されたのは、そっちなんだよ!」
「奏葉君、下がってください!」
 涙で濡れた目を見開いた譲からより強烈なものを感じ取った誠二郎が警告するが、譲の攻撃が奏葉の体を打ち抜く方が早かった。
「アハハハ! そうか、それが君の人間としての感情なんだね。単純な殺意だけの破綻者の感情よりよっぽど魅力的だよ!」
 打ち抜かれた事を微塵も気に留めていないのか、その攻撃に奏葉なりに何か感じ取ったのか、譲の感情の爆発に負けじと声を張り上げる。
「さあ、君のその強い感情(おもい)を俺に魅せてくれ!」
「魅せられる前に蜂の巣になりたいのかよ!」
 蕾花が強引に奏葉と譲の間に割り込み、続いて結唯と誠二郎が次の攻撃に備えて構え、リーネが奏葉の傷を急いで癒す。
「家族が死ぬ悲しみは、あんたの家族も一緒だったんです」
 そして紡は奏葉が譲に伝えた家族の遺言を引き継ぐように語り掛けながら武器を構える。
 破綻者としての殺意、譲としての感情が爆発して荒れ狂う心にも届くように、はっきりと伝える。
「あたしには大好きな弟がいます。弟が死んだら悲しいです、辛いです、でも……弟はきっと生きろっていうから生きようと思います」
 殺された無念や恨みよりも譲の事を気にかけ、無事を喜んだ家族の遺言。
「家族のために生き続けるです。それができるのはあんただけです。それができないなら、ここであんたを倒します」
 ゆるがぬ構えから放たれた斬撃が、攻撃と一緒に特攻をしかけてくる譲を迎え撃つ。
 鉄仮面から覗く緑の瞳は、譲の目に宿る憎悪が揺らいでいるのをしっかりと見ていた。
 硬質化した結唯の拳と譲の腕が交差する。殴る意図すらなくただ護送車に向かおうと前に出る譲の腕を跳ね上げ、がら空きになった体に一撃を食らわせた。
「生きろ、なんて……母さんたちは死んだのに、なんで俺に……!」
「理不尽だと思うか。家族だけ殺され、独り残されたのが悲しいか」
 結唯の攻撃に大きくよろけながらも引こうとしない譲の前に立ち塞がり、蕾花は突撃を止めるために駆け出す。
「この理不尽だらけの世界への怒り、やり場のない悲しみを分け合える仲間が欲しいんだ」
 蕾花も一つ間違えば破綻者になっていたかも知れない。
 憤怒者と隔者の違いはあれど理不尽に家族を奪って行った憎い仇。その仇が生きている事の理不尽。独り残された孤独。
「こっちへ来い。一人にはしないから」
 そう言いつつも、蕾花は言葉だけでは譲が止まらない事も分かっていた。目の前に犯人がいて、破綻者となった身が簡単に止まる道理はない。
 だから全力を込めて苦無を握りしめる。
「F.i.V.Eに入ったら、一緒に中を土下座させるよう画策しような」
 己の願望も込めて振るった蕾花の飛燕は無防備に晒された譲の体を深く切り裂き、痩せ細った体は驚くほど軽い音を立てて道路の上に倒れ込む。
「………………」
 小さく、風に紛れるほどの小さく呟かれた譲の声は、家族の事を呼んでいた。


「本当にお任せしてもいいのですか?」
「はい。先程ご覧になった通り、僕達なら万が一の事があっても大丈夫です」
 誠二郎はまだ迷っているAAA職人にいつものように柔和な表情で答えた。
「できる限り早く応援を呼びますので……」
「ええ、お待ちしていますよ」
 覚者達を乗せて来たワゴン車に乗り込むAAA職員と犯人を見送り、来た時とは違った沈黙が落ちる面子の所に戻った。
「道を封鎖している別の班が来るそうです」
「なるべく早く来てくれるといいデスネ。ちょっと寒いデス」
 そう言ったリーネは自身が寒いと言うより、横たわった譲の心配をしているのだろう。
 切り裂かれた入院着に染み込んだ血はどうにもできず痛々しいが、譲は生きていた。
「こいつはこれからどうなるんだろうな」
 結唯は譲が倒れる直前まで護送車の向こうにいる犯人を見ていたように思う。
 今はまだ目覚める気配もないが、この後破綻者から元に戻れる可能性はどれだけあるだろう。
「まあ、再び破綻者に成り下がらない限り会う事もないだろう」
 勝手に生きるがいいと言うその言葉には、再び覚者と破綻者として相見える事がないようにと言う思いがあるのだろうか。
「今後の遺恨を残さないためにも、復讐はしてもよかったんじゃないかな」
「そうですね……それが必要なら……」
「駄目デス! 気持ちは解りマスガ、今はイケマセーン!」
 焦るリーネに、奏葉と紡は曖昧な態度でお茶を濁した。
「この先どうするかはこいつが決める事だろ」
 蕾花は思う。自分は復讐のためにF.i.V.Eに入ったが、譲は復讐のために破綻者になった。
 目が覚め改めて自分の中の憎しみと悲しみに向き合った時に譲が何を選ぶかは分からない。だが願わくば、この世界で悲しみを知る仲間として生きていってくれればいい。
 悲しい物語の締めとして、残された者が死んで行った者の思いを胸に強く生きると言うのは定番だろう。
 しかし、以前の面影が無いほど痩せ細り髪の半分以上が白くなった少年がこの先どうなるか、今はまだ誰にも分からなかった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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