力と友達とバスケットボール
力と友達とバスケットボール


●友達の力
「早く、扉開けて!」
「わかってる! でも」
「私は平気だから! チカ、早く!」
 隙間から覗きこんだ体育館倉庫は朝の冷えた空気を残して、つんとかび臭かった。フロアで跳ねまわっている妖たちが嘘のような静けさだ。
「んーっ、くっ……!」
 レールの錆びついた重い扉を必死でこじ開ける。後ろからボールの跳ねる音がする。
「がっ! あ、ぐっ!」
 自分を庇ってくれているナミの悲鳴も。
「開いて、開いて……っ!」
 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、和歌山チカはようやく1人が滑りこめるだけの幅を開けた。鉄くさい扉に全身をこすりつけるようにして倉庫に体を押し込む。
「あ、あああっ!」
 すぐ後ろで、踏ん張っていた身体がどっと倒れた。
「ナミ!」
 崩れ落ちた渡辺ナミは両手のひづめを床についていた。ユニフォームから覗く腿に、二の腕に、青黒いあざがいくつもついている。
「……だい、じょぶ」
 悲鳴を上げてフロアに戻ろうとするチカを、ナミは尾を振って制した。目の前ではまだ、バスケットボールが跳ねている。赤、青、緑。茶色のボールに入った鮮やかな色のラインが、視界の中で揺れる。にじむ。体力の限界はとっくに超えている。
 どんなに厳しい試合でだって、こんなに疲れたことはなかった。
 こんなに必死になったこともなかった。
「そこ、に、いて。わたしが」
 自分はどうなってもいい。でも、チカだけは。
「わたし、がっ、がああああああっ!」
 喉が裂けんばかりの絶叫。立ちあがったナミの全身が震えた。
「ナミ……?」
 床を蹴った蹄が床板を割ってめり込む。大きく振った尾が炎をまとった。
「ああっ! ああああっ!」
 叫ぶ声はもはや言葉にならない。振るう尾から炎の塊が飛んだ。跳ねまわる妖を狙った火炎弾が外れるたび、床に次々と穴が開く。煙が立ちこめる。舞台の幕を炎が舐め始める。
「ナミ、やめて! ……ナミ!」
 チカの呼ぶ名前はもう、親友の耳には届かない。

●朝7時、校門前
「仕事だぜ。急いでくれ」
 息を切らせて走ってきた久方 相馬(nCL2000004)の手には、しわの寄ったルーズリーフが1枚だけ握られていた。
「K市の市民体育館で妖が出る。物質系で数は3だ。全部ランク1だからそう手こずらねえとは思うけど、鉢合わせする子たちがいる」
 自身が走り書きしてきた夢のメモをほとんど見ないで、相馬は早口に説明した。
「中学生ぐらいの女の子2人だ。地元のバスケチームの練習に一番乗りで来たらしい。片方は一般人だけど、もう一人は覚者だ。……この子が、破綻者になる」
 力におぼれた覚者のなれの果て、『破綻者』。目覚めた者が使い方を間違えれば、力はあっという間に己を滅ぼす刃になる。全員の顔にさっと緊張が走った。
「一緒にいた友達を守ろうとして戦ったらしい。急に激しく力を使って、制御ができなくなったんだろう。妖を倒そうとめちゃくちゃに炎を出しまくってけど、あれじゃ倒す前に体育館が火事になる」
 そうなれば、守ろうとした友達も、自身の手で焼き殺すことになってしまう。
「K市は近いけど、今から車飛ばしても妖が出る前には着けない。破綻者化に間に合うかもあやしいけど、被害を食い止めることはできると思うんだ。頼んだぜ!」
 ぐっと親指をつき出した相馬の後ろに、レンタカーのマイクロバスが急ブレーキをかけて停車した。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:なす
■成功条件
1.破綻者『渡辺ナミ』(NPC)の無力化。
2.妖3体の撃破。
3.なし
こんにちは、なすです。
中高校生の頃は、自分の中で『友達』の価値がすごく高かったなあと思います。
おしゃべり、ノートの貸しっこ、一緒にバスケ。
当たり前でも貴重な時間を、彼女たちに取り戻してあげてください。


●破綻者
・渡辺 ナミ(わたなべ なみ)
中学2年生女子。バスケットボール部。持久力があって足も速いが、焦ると暴投しがち。
部活とは別に市民チームにも参加しており、小学生の時からプレイしている。
因子に目覚めたことで辞めようか悩んだ時期もあったが、チカに励まされて部に戻った。
獣憑(午)の因子、火行。
使えるスキルは地烈(A物近列、2連)、火炎弾(A特遠単、火傷)、覚醒爆光(P)
破綻の深度は1。普段はめったに覚醒せず、積極的に妖と戦ったのは初めて。
※深度1の破綻者は、無力化(気絶状態、拘束状態など)した後、適切な処置を行えば元に戻す事ができます。


●友達
・和歌山 チカ(わかやま ちか)
中学2年生女子。バスケットボール部。3ポイントシュートの成功率が高い。
ナミの同級生。市民チームには彼女に誘われて加入。
因子発現したナミのために、『耳や尾の力を使わない練習』に付き合っている。


●妖
バスケットボール(ランク1)×3
市民体育館の練習用ボール。ラインの色がカラフル。所持スキルは3体とも同じ。
・赤いラインのボール
・青いラインのボール
・緑のラインのボール
スキル
 →体当たり(近距離単体攻撃)体当たり。
 →スピン(補助)回転して自身の素早さと攻撃力を上げる。


●場所
K市市民体育館。広さはバスケットボールコート2面分強。一般的な学校の体育館程度。
建物自体は鉄筋コンクリートだが、床、舞台、壁、肋木などは木製。
体育倉庫の扉はふすま型。錆びついて開きにくい。
中にはマット、跳び箱(木製)、平均台(木製)などが入っている。


●時間
現場到着時刻は8時15分。渡辺ナミ破綻者化の直後。
10分後に他の市民チームメンバーがやってくる。

皆様、ふるってご参加くださいませ。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年10月20日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『五行の橋渡し』
四条・理央(CL2000070)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『紫煙に紛れて魔女は嗤う』
九 絢雨(CL2001155)

●現場に急行
「友を守るために行使した力に耽溺する……何とも可愛そうな悲劇じゃないの」
 マイクロバスの最後尾に腰掛けた『紫煙に紛れて魔女は嗤う』九 絢雨(CL2001155)は、タバコの箱をいじくりながらぼやいた。一服してやりきれなさを紛らわしたいところだが、あいにく車内は自分以外未成年だ。
「ナミさんのこと、必ず元に戻してあげないと」
「……そうだよね」
 すぐ前の席で固くこぶしを握った三島 椿(CL2000061)の言葉に、『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)がうなずく。その目じりには小さな水滴が見えた。
「明石さん、大丈夫?」
「ナミさんたちのこと、聞いてたら……なんか、小学生の頃のこと、思い出しちゃって……わっ」
「きゃっ!」
 ミュエルがぽつぽつと喋りはじめたとき、バスが急ブレーキをかけた。すぐ横の大きな建物には『市民体育館』の看板がある。
「って、アタシの昔話は、置いといて……2人のこと、助けに行こう……」
「だな!」
 座ったままつんのめりかけたミュエルが立ち上がった時には、『ヒーロー志望』成瀬 翔(CL2000063)が先陣を切ってバスを飛び下りていた。勢いに乗って正面入り口を駆け抜ける。
「守ろうとした大切な相手を自分の手で殺ってしまうなんてそんな事には絶対させねー!」
「発現しても友達だったんだもの。変わらない友情、絶対に守りたいね」
 続く四条 理央(CL2000070)は入口の前で手を空に差しのべた。手のひらからじんわりと放たれるエネルギーが、空気を揺らして結界を作り出す。悲劇に関わる人を、これ以上増やさないために。
「妖! なんでこんな、人が多く集まりそうなところに……!」
 理央の後ろを走り抜けながら、御白 小唄(CL2001173)は、妖のたてる地響きのような音に、耳をひくつかせた。途切れることなく聞こえる鈍い音は、壁や床で出せる音ではない。
「とにかく、すぐやっつける!」
 しなやかな狐の脚で一気にスパートをかけ、翔を追い抜いてフロアの扉に飛びついた。
「ああっ! ああああっ!」
「ナミ! ……ナミ!」
 観音開きの扉越しに、叫び声が聞こえる。隙間からは、もう細く白煙が流れ始めている。
「いっくぞー! そりゃー!」
 椿たちが追いつくのももどかしく、小唄は扉を引き開けた。

●戦いの始まり
 フロアに踏み込んだ翔の背がぐうんと伸びる。
「お前らの相手はオレ達がしてやるぜ!」
 放たれた雷は煙を貫き、フロアにいたバスケットボールの1つに命中した。絶叫する渡辺 ナミに向かう軌道がぶれ、丸い身体の赤ラインが右腿をかすめて跳ねかえる。
「く、ぅっ……!」
「ぐっ」
 続いて突っ込んできた緑と青のラインのボールを、小唄と理央がそれぞれ受け止めた。
「あっちには、行かせないから!!」
「悪いけど、そちらには行かせられないよ」
「一肌脱ぎますか」
 よろめいた2人の背に、絢雨が腕をそえる。体内の炎で高まった絢雨の膂力は、2人分の体重を楽々と支えた。3つのボールは悔しそうにフロア中央に跳ね戻る。
「聞いて、ナミさん……!」
「妖は、アタシ達が、やっつけるから……」
 四肢と髪を火に飲まれかけたナミには、ミュエルと椿が対峙した。
「ああああああっ!」
 めちゃくちゃに手足と尾を振り回しながら、ナミは叫んでいた。ぴんと立った午の耳は、2人の声を言葉としてとらえられていない。飛んできた炎の塊がミュエルを襲う。
「私たちは目覚めてしまったけれど、この力は悪いものじゃない。できる事があるわ」
 腕を交差させて衝撃に備えた細い身体を、椿の投げかけた水のベールがふわりと包み込んだ。ミュエルも自身に宿る械の因子で防御を強める。
「だから、落ち着いて……ね……? っあ……」
 2発目の炎を受けて、ミュエルが膝をつく。それでもかたくなに武器を出さない彼女の横で、椿は風を操るように舞い始めた。ミュエルが腕に負った火傷は、決して軽くはない。少しでも早く癒そうと念じながら、椿の目は油断なく暴れるナミを見ていた。
(助ける為には、まずは無力化しなきゃ)
「ああああああ!」
 人間では出せない跳躍力で、ナミが舞台に飛び乗る。床についた4つの蹄を踏み鳴らし、わめく。
「あああああああっ! ああああああああ!」
 どうすれば一番傷つけないで済むか。激しい動きを必死で追う椿の視界を、黒い煙がよぎった。
「しまった、火が!」
「……!」
 ナミの身体から飛んだ火の粉が、舞台の幕をぶすぶすと焦がしはじめていた。

●対バスケットボール戦
「いやあああっ! ナミ! ナミ!」
 呆然としていた和歌山 チカは、我に返って倉庫の中で悲鳴を上げた。やっと首が出る程度の扉の隙間からでは、やってきた6人が、親友をバスケットボールと一緒に殺そうとしているようにしか見えない。
 ナミが自分の炎で焼け死んでも、この人たちは構わないんじゃないか。
 恐ろしい考えに陥った瞬間、チカはがむしゃらに倉庫の扉に飛びついていた。腕をつき出してもがき、なんとか身体をひねり出そうとする。
「いやっ! ナミ! やめて! 殺さないで!」
「倉庫の中の奴! 出てくんなよ!!」
 パニック状態のチカを上回る声量で、翔が怒鳴り返した。
「アンタもアンタの友達も今助けるから!」
 自身に満ちた大声と『助ける』の単語に、チカの動きが止まった。戻れと言うつもりで振り向いて、翔はほぞを噛む。
 レールの錆びた扉はほとんど動いていない。力任せに出ようとしたチカは、頭と腕を外に出したまま身動きが取れなくなくなってしまったのだ。
「しょうがねー、そこにいろよ!」
 倉庫に向かう妖の前に、翔は体を投げ出した。引き金を引くと同時にあごをかち上げられ、長身が床を転がる。
「がっ……!」
「この!」
 追撃をしかけたボールの青線を、寸分狂わず絢雨が殴り飛ばした。両手にはめたナックルの後ろに、煙のない炎が尾を引く。
 黒煙が絢雨の背後から流れてきた。
「まずい。幕燃えてる」
「え……消火器、頼むよ」
 舞台に目をやった理央は、一瞬迷って翔の治癒を優先した。高めた英霊の力を指先に集中し、癒しの力を持った水を飛ばす。絢雨はフロア入口の消火器を取りに走る。
 2人の背を守るべく、小唄は緑のラインのボールを切り裂くように蹴りつけた。赤のラインのボールも巻き込むように弾き飛ばす。2体の妖が激突し、木の壁にひびが入った。
「一気にいくんだ! うりゃっ!」
 壁際でそろってくるくると回り始めた2つのボールに小唄は追撃をかける。ふっさりとした毛並みの脚が、再び緑ラインのボールとぶつかり合った。
「くっ、弾かれる……!」
 蹴りの鋭さが、回転の勢いに殺される。
「でも、負けないから!!」
 が、小唄も大きく尾を振って体をひねり、足全体を遠心力で振り抜いて押し勝った。ステージの反対、フロアの後方へ緑のボールが飛んでいく。入れ替わるように赤のボールが戻ってきた。
「うああっ」
 体当たりをもろに食らった小唄へも、理央はきっちり回復をかけようと手を伸ばす。が、
「痛っ!」
「流石に追いつかない、か」
 青ラインのボールが消火器を抱えてきた絢雨に激突すると、素早く癒しの霧に切り替えた。回復量は落ちるが、全員をカバーできた方が戦える人数を減らさずにすむ。立ちのぼる神秘の霧が、少しずつと覚者たちの痛みを和らげはじめた。
「体育館燃えたらウチらも死ぬやろが! 死ぬのはテメェら妖だけやボケ!」
 痛みに呻いた一瞬後には、絢雨はキレていた。消火器をおもり代わりに振り回し、勢いを乗せたこぶしの連撃で、青いボールを叩き返す。
「痛ってー。でも倉庫には来させねーぜ!」
 あごをさすりながら起き上がった翔も、赤のボールに続けざまに銃弾を撃ちこんだ。小唄によって蹴り飛ばされた緑のボールの後を追って、2つもフロア後方に飛んでいく。だむ、だむ、と床を打つ音。
「……ん?」
 壁に手をついて立ち上がった小唄が、ボールを目で追って首をかしげた。
「アイツら、跳ねなくなってない?」
「あ、本当」
 フロアの隅の3つのボールのうち、赤と緑のラインの2つは、明らかに跳ねが弱い。大人の背丈ほどまで跳ねている青のボールと比べると、徐々に弱くなるそのバウンドは、まるで
「普通のボールみたい……赤と緑のボールは、妖化が解けてるんだ!」
 はっとした理央が翔を振り向く。ひとつ頷くと、翔は自分の喉に手を当てた。
「親友の声なら届くよな……『ナミ!』」
「えっ」
 太い男性の喉から出たのは、女子中学生の甲高い呼び声だ。
「私の、声……?」
 扉から半身を出したままのチカが呆然と呟く。にっと笑うと、翔は暴れ回るナミのいる舞台によじ登った。
「あと1体は任せていいね?」
「もちろん!」
 小唄が元気良くうなずいたのを確認して、絢雨も舞台を目指す。椿が消火を続けてはいるものの、袖の幕はまだ煙を出し続けていた。
「早く……倒れろっ!」
「チカちゃん、だっけ。もうちょっと我慢しててね」
 戻ってきた最後のボールに小唄が蹴りかかる。背中越しに倉庫へ声をかけつつ、理央はもう1度癒しの霧を放った。

●届かせるとき
「うう……」
 2度めの霧が届くと、倒れかけていたミュエルはよろよろと足を踏ん張りなおした。椿が消火で手いっぱいだったため、舞台上から降ってくるナミの火炎弾を1人で受け続けていたのだ。ほぼ全身に負った火傷に、理央の力が染み込んでいく。
「はい、消火器!」
「九さん、舞台はお願いするわ」
 消火器を構えた絢雨に燃える幕を任せ、椿はよろめくミュエルに走り寄って支えた。手から水の弾丸をまき散らして、一気に床の火を弱める。
「あああああ!」
 焦ったように、ナミが床を踏み鳴らす。蹄から火花が散った。
「このままだと……チカさんのことも、傷つけちゃうよ……?」
「ああああああ!」
「『ナミ、私は大丈夫だよ!! ナミのおかげで無事だよ!!』」
「あああああああ!」
 ミュエルの必死の説得も、翔の出すチカの声も、髪を振り乱すナミには届かない。ふるった尾から、また炎の塊が飛ぶ。
「ああああああああ!」
「ナミさん……ごめんなさい!」
 ぼろぼろのミュエルを庇い、椿はついに、空気の弾丸で応戦した。
「あああっ!」
 苦悶の声に椿の顔もゆがむ。攻撃したくはない。でもこれ以上呼びかけても、おそらく効果はない。
「あああああああああ!」
 初めて覚者の一撃を受けた足で舞台を踏み鳴らし、ナミが吠える。
「無理か! くそっ」
 元に戻した声で悔しそうに吐き捨て、翔もナミに雷を放った。午の尾がばちばちとスパークを起こす。
「力に、負けちゃだめだ!」
 はあはあと荒い息をつきつつ、舞台の下から小唄が叫んだ。足元に、青いラインの入った妖の残骸が転がっている。
「大事な友達がいるんだろ! 友達を守るんだろ!!」
 ボールとぶつかり合った末に相討ちになり、1度は倒れた身体を、小唄は命を削るように無理矢理動かしていた。舞台に這いあがり、身を焼く炎ごとナミに組みつく。
「その力で、傷つけちゃ駄目だよ……!!」
「あああああ?」
「暴走は怖いけれど、貴方はその力で友達を守った」
 ふらついたナミの身体に、椿も抱きついて抑え込んだ。
「とっても頑張ったのよね」
「あああ? ああああ、ああ……」
 2人の重みに、ナミが膝をつく。わめく声が少しずつ収まってくる。かすれきった声は、泣いているようにも聞こえた。
「……ナミさん。痛いけど……ごめんね……」
 火傷の痛みをこらえ、ミュエルは両手を舞台に差しのべる。くい止めて、助ける。もう泣かせない。決意と一緒に伸ばした深緑鞭が、勢いよくナミに巻きつく。
「ああっ……あ……ぁ……」
 炎がつるを焦がしたが、焼き切るだけの熱は残っていなかった。がんじがらめになった身体が、かくんと力を失う。
「火、消えた?」
 黒焦げの幕の下で消火剤の泡まみれになった絢雨が、誰に言うともなく尋ねる。椿と小唄が、ナミの身体をそろそろと横たえた。
「これで一安心ね」
「無事に終わってよかった……!」
 静かになった破綻者と、ほっと息をつく覚者たちを、理央の生んだ霧がゆったりと包みこんだ。

●隣ではなく
 倉庫の扉を開けるには、満身創痍の全員で力を合わせなくてはならなかった。
「……ありがとうございました」
 助け出されたチカが深く頭を下げる。床を見つめて、舞台から下ろされているナミを見ないようにしている。
「あの子の事、恐ろしいと思うかい?」
 ずばりと切り込むような絢雨の問いかけに、チカは一瞬身を固くした。が、
「いいえ」
 すぐ、首を横に振った。
「皆さんが言ってたみたいに、ナミは私を助けようとしてくれたし、それに……親友だし」
 最後に付け加えた単語に、椿とミュエルがにっこりとほほ笑む。覚者だからと特別扱いしない、普通の友達。自分の過去を思い出すと、ほんの少しだけ羨ましい。
「なら、彼女の事、待ってあげてな。そして戻ってきたら、また今までと同じように接してやりゃいいよ」
 絢雨もうんうんとうなずいた。小唄が満面の笑みで
「お友達って、やっぱり大事だよね!!」
「おーい。そろそろ行くぜ」
 ステージ裏の出入り口から、翔と理央の声が聞こえてくる。
「結界、解除するよー」
 他の市民チームメンバーと鉢合わせしかねないため、正面入口は使わないことにした。バスまで見つからずに行ければ、運転してきてくれたFiVEのスタッフに、ナミの処置が頼める。
「キミも一緒に来るかな?」
「……いいえ」
 理央の質問に、チカはまた首を横に振った。
「ナミのことは、皆さんにお願いします」
「いいのかな」
「私は……チームの人とかに説明しないと。こんなになったのがナミのせいだってことにならないように」
 覚者として並ぶことはできなくても、後ろで支えることはできる。どこか晴れ晴れとした顔の中学生に、翔は大人の姿のままでこう返した。
「この先も、ナミを支えてやってくれるよな」
「はい!」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

お帰りなさいませ。お疲れ様でした。
皆様の尽力で、体育館も、女の子2人の命も、彼女たちの友情も
何1つ失われることなく悪夢は終わりました。
MVPは、妖にも破綻者にも体を張って挑んだ、御白 小唄さんにお贈りします。
ご参加ありがとうございました。




 
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