人を呪わば穴は数多
人を呪わば穴は数多


●憎悪のはじまり
 それはありふれた事件の1つだった。
 その事件が起きたのは2年前。丁度第三次妖討伐抗争によってAAAを代表とする覚者組織の力が衰退してしまった時だ。
 そして数多の悪に走った覚者達が暴れまわった時でもある。
 殺人、傷害、窃盗、誘拐などありとあらゆる犯罪が横行し、覚者組織は勿論警察組織も人員不足によってその時に発生した事件の多くが未解決のままとなっている。

 『大沼町連続婦女暴行及び殺人事件』もそんな未解決事件の中の1つだ。
 犯人は日中・夜間問わず被害社宅に押し入り、家族を全員手錠や紐などで拘束した上で被害者女性に暴行を働くというものだ。
 その暴行は家族の見ている前で行われ、激しく抵抗したが為に殺害された犠牲者もいる。
 被害者の数は6家族で総勢18人、そのうち6人が殺害されている。
 その残忍性と異常性から当時を思えば多くの捜査官が投入され、被害者の証言や犯行現場の遺留物から犯人はすぐに特定された。
 だが、逮捕までは至らなかった。犯人の男は覚者だったからである。
 犯人は逮捕に向かった一般人の警察官を蹴散らし逃亡。そして完全に行方を晦ませてしまった。
 その後の捜査は難航し、「海外に逃亡した」「犯罪者組織に匿われている」など様々な情報が飛び交うが決定打に欠け、今から1年前に捜査本部は解散となっている。

●道を踏み外した執念
 漸くこの時がきた。
 抑えられない衝動というものを初めて知ったのは、この世で尤も最悪な光景を目の前で繰り広げられた時だった。
 力を失って瞳を開いたまま動かなくなった母さんを。泣き叫び続ける妹を。咆え続ける父を。そして何も出来ずに震えていた自分を。
 あれから毎日夢で見る。それも今日で終わりになる。忘れはしない。だけど、もう夢を見ることは絶対になくなる。
 真夜中だというのにその賑やかさを失っていない風俗街。その中で一際目立つネオンの看板の下を潜り、店の中へと入る。
 酒と煙草の香りが充満している店内では多くのスーツ姿の客達が笑いながら綺麗に着飾った女性達をはべらしている。
 1人の女性が近づいてきたところで俺はそれを手で制して、ズボンの腰の部分に挟んでいたソレに手を伸ばした。
「今すぐここから出て行け」
「えっ? お客様、あの……」
 予想できていた反応に、俺は予め決めていた通りにソレを天井に向けて、引き金を引いた。
 地下の店内という狭い空間では思ったより銃声が大きく響いた。
 パニックになった客や女性達は出口を求めて逃げ出し始める。その中でただ1人、まだ琥珀色の液体の入ったグラスを手にソファーの上でふんぞり返っている男が1人いた。
 片時も忘れたことはなかった。毎日人の夢に出てきて最悪の場面を繰り返すあの男の顔が、今目の前にある。
「何だ、ガキ。ここは大人以外に入っちゃいけないんだぞ。さっさとママのところに帰りな」
 銃声がもう一発、店内に響く。男の手にしていたガラスが粉々に吹き飛び、周りにガラス片とグラスに残っていた酒が飛び散る。
「ああ、悪い悪い。そうだったな。お前のママはもういなかったよな。何せ、俺がヤっちまったもんな」
 何が面白いのか、男はその顔に喜色を浮べる。その表情が俺の心を苛立たせる。だが笑っていられるのもここまでだ。
 俺は円柱状グリップを取り出して、銃を持つ手とは反対側でそれを持つ。男が怪訝そうな目をした。それだけで少し気分が良くなる。
「地獄に落ちろ」
「はははっ、お前に出来るのか? 俺は覚者だぜ?」
 笑う男を前に、俺は何も答えずにグリップを強く握り込んだ。
 一瞬の内に世界が白で覆われる。皆、今行くよ。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そう
■成功条件
1.爆発事件を防ぐ
2.憤怒者を制圧
3.隔者を制圧
●依頼内容
 爆発事件を未然に防ぎ、憤怒者と隔者の制圧する

●依頼詳細
 夢見の力により、1つの爆発事件が起こることが判明。
 それに関わっていると思われる憤怒者と隔者の確保または制圧が求められる。
 現場到着は事件の起こる10分前になる見込み。

●依頼区域情報
 とある風俗街の一角。時刻は深夜前。天候は晴れ。
 ビルの立ち並ぶ隙間にある狭い1本道で、沢山の風俗店が並んでいる。
 その中の店の1つ、『Cute pony』が現場となる。
 店の広さは20m四方ほどで、テーブルやソファー、内装の為の仕切りなど多くの障害物がある。
 爆発はかなりの威力で地下にある店内はほぼ全壊する。

●憤怒者情報
 ・杉田 洋介(すぎた ようすけ) 19歳
  2年前に起きた『大沼町連続婦女暴行及び殺人事件』の被害者の1人。
  彼の家族は全員殺され、当時高校生だった彼だけが生き残った。
  その恨みは相当なものだということは想像に難くなく、生半可な説得に応じることはないだろう。
  拳銃や高性能な爆弾を所持していることから、何らかの組織の支援を受けていると見られている。

 ・憤怒者 6~8人
  現場付近に待機しているらしく、覚者及び隔者の行動次第では妨害・戦闘を仕掛けてくる可能性が高い。

●隔者情報
 ・鳩羽 宗久(はとば むねひさ) 43歳
  2年前に起きた『大沼町連続婦女暴行及び殺人事件』の犯人とされる男。
  残忍で凶悪。人を傷つけることをなんとも思っていない。
  過去の交戦記録から暦の因子、木行の力を有していると思われる。

●備考
 『大沼町連続婦女暴行及び殺人事件』の情報は依頼前に閲覧可能です。

●STより
 皆さんこんにちわ、そうと申します。
 悪に手を染めた隔者の被害者は大抵が無力な一般人です。
 そんな被害者達はその凶行にただ黙って耐えるということを善しとしませんでした。
 その行動によって自分の身が滅びたとしても。新たな『自分』を生み出すことになっても。
 では、宜しければ皆様のご参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年10月21日

■メイン参加者 8人■

『レヴナント』
是枝 真(CL2001105)
『名も無きエキストラ』
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)
『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『桜火舞』
鐡之蔵 禊(CL2000029)

●復讐の是非
 静まり返った店内で、その人達は俺のことを取り囲んだ。
「さあ、殺しましょう。こんなゴミクズを生かす価値なんてないわ」
 桜色の髪をした女性が包丁を手で遊ばせながらそう微笑んできた。
 それは甘美な誘いで、あの時復讐の手助けを持ちかけてきた彼の雰囲気と似ている気がした。
「私は、生きて償いをさせる方がコイツには余程酷な行為だと思っている」
 少し離れた壁際にいる金髪の眼鏡の男性は少し難しそうな顔をしていた。
 あの組織に入ってからも何度か聞いた言葉だ。死より重い罰を与えるというのは何度も議論していた。
 その時、ドスッというような音を立てて目の前に大振りの刀が突きたてられた。
「私は復讐は否定しない。だってそうしないと貴方の人生は前に進めない。耐える必要なんてどこにもないわ」
 俺より年下であろう少女は地面に刺したまま後ろに下がった。その先にはボロボロで満身創痍の鳩羽が椅子に座らされている。
 俺を取り囲んでいる人達はどうやら俺に選ばせたいらしい。鳩羽を生かすか、殺すか。その是非を。
「さあ、聞かせてください。君の「声』を――」
 鳩羽の後ろに立つ顔半分だけを隠す割れた仮面の男性が芝居がかった声で俺にそう促す。
 全員の視線が俺に集まる。その中で俺は立ちあがり……

●始まりの銃声
 FiVEのエージェント達は事件の直前にその店へと入っていた。
 ある者は客として。ある者は従業員に扮して。ただ、夢見に予知されたその瞬間を待つ。
「あと3分ですね」
 琥珀色の液体と透明な氷の入ったグラスを持ち上げて、エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)はそれを軽く振ってからんと音を鳴らす。
 夢見の予知は正確だ。覚者という存在が関与しない限り、1分1秒たりとも遅れもしないし早まりもしない。
「確認した。あの男で間違いない」
 そんなエヌの隣に志賀 行成(CL2000352)が腰を下ろした。
 隔者――鳩羽 宗久は確かに店の奥で酒を飲んでいた。今も女性2人をはべらせ、高い酒を雑に飲んでいる。
「では後は待つのみですね。それよりも、大丈夫です?」
 エヌはちらりと行成の手元へと視線を向けた。袖口から覗く腕には前の依頼で負傷したのか巻かれている包帯が見える。
「問題ない。この依頼はきっちりこなして見せる」
 行成は袖口を隠すような動作をしてそういい切った。エヌもそれ以上は追及せず、手にしたグラスへと視線を戻してまたカラカラと音をたてる。
「お客様、お待たせしました」
 そんな言葉と共に茶髪をサイドテールに結んだ少女がテーブルにカラフルな色をした液体の入ったグラスを置く。
「頼んでないぞ?」
「勿論。これは私が飲む分だからな」
 行成の言葉にその少女――鐡之蔵 禊(CL2000029)はがらりと口調を変えてその隣へと座る。彼女もまたエージェントの1人だ。
「店の奥は厨房と小さな部屋が2つあるだけだった。正面の入り口以外に出入りできるところはかったよ」
 つまり店の扉を押さえれば逃走の可能性は防げる。ただ相手が隔者ともなれば天井を破壊して脱出するなんて荒業もしかねないので油断は禁物だ。
 そこで一度会話は止まる。3人の座る席の周りでは喧騒とも言えるほどの騒がしさが続く。
 そんな中でエヌの眺めていた時計の短針が12という頂点に到達し、それと同時に店の入り口の扉が開いた。
 それはまるでデジャビュのような、聞かされていた内容と全く同じやりとりが繰り広げられる。
 そして、1発の銃声が店内に響き渡った。
「開演ですね」
 派手な開始の合図と共に、覚者達は行動を開始した。

「誰だ、お前は……」
 銃を手にした少年、杉田 洋介は鬼気迫る顔で自分の前に立ち塞がったエヌを睨みつける。
 エヌはそれに動じることはなく、両手を軽く上げて敵意がないことを示しながらゆっくりと口を開く。
「君が杉田君ですね? なに、私は怪しい者ではありません。少なくとも貴方の敵ではありません」
 そう口にしたところで、その背中の先で怒号と破壊音が鳴り響く。それは1度だけではなく、2度3度と断続的に続く。
 エヌの視界では後ろで何が起こっているのかは見えていない。だが、驚愕の表情を浮べている杉田という少年を見る限り想像は付く。
「少しばかり話を聞いていただけますか?」
「っ! 邪魔だっ。そこをどけ!」
 現状に慄きはしたものの、戦意は失っていないようで杉田は銃をエヌへと向けた。それは脅しか、それとも本気か。少なくとも、その銃口が震えていないことは確かだった。
 だがそれでもエヌは動じることはなかった。
「そこまでだ」
「なっ!?」
 杉田から見れば、突然背後から腕が伸ばされ銃を持つ手を捻り上げられる形となった。視界を後ろに向ければいつの間にか黒い帽子を被った男が立っている。
 そしてその痛みに怯む間に地面へと引き倒され、ポケットに入れていたもう片方の手も掴まれて拘束された。
「これが起爆装置ね」
 そう行って杉田のポケットから転がり落ちた円形状のグリップを拾い上げたのは、黒髪をした女性――春野 桜(CL2000257)だった。
「くそっ、返せ! やめろ、何をするんだ!!」
 杉田は渾身の力で暴れる。だがそれを押さえ込む力は尋常ではなく、掴まれた腕はぴくりとも動かない。
「それでは阿久津君、後はお任せします」
「ああ」
 エヌの言葉に阿久津 亮平(CL2000328)は頷いて返す。
 そしてまだ抵抗する杉田を抑えたまま、上着を捲りあげた。そこには想像した通り、到底服には必要ないであろう四角いブロックが沢山ついたベストが隠れていた。
「爆弾か。自爆してでもアイツを殺したいのか?」
「当たり前だ! 俺は、その為だけにこの2年間生きてきたんだっ!」
 少年は怒りを顕にしながら亮平の手の中で暴れ続ける。
「駄目よ。こんなことをしちゃ」
「何だっ。お前も俺に説教するのか? 亡くなった人は返ってこない、こんなことしても喜ばないって!」
 桜の言葉に杉田は激しく噛み付いた。過剰反応と言えるほどに歯をむき出しにして、その瞳は憎悪に染まっている。
 しかし桜はそんな杉田の前で膝を折って屈むと、その瞳をまっすぐと見つめ返した。
「いいえ、違うわ。駄目なのはやり方。無関係の人を巻き込んだらあなたもそこのクズの仲間入りよ? そうしたら私、貴方を殺すわよ? クズは殺さないといけないものね」
 桜はにっこりと微笑みながらそう言った。その予想外の言葉に、流石の杉田も言葉を詰まらせる。
「あのクズを殺す機会はちゃんとあげるわ。少し待っていてね」
 桜はそう言うと共に、その髪を黒から桜色へと変化させた。その瞳には偽りだとしても残っていただろう理性という光は消え、口元に浮べる笑みはどこか不気味なものへと変わっていた。
「一体何なんだよ、お前等!」
 杉田の叫びに、彼を押さえつけている亮平は暫し考えてから答えた。
「さあ。何と言えば正解なんだろうな」
「意味、分かんねぇ。くそっ!」

 時間は数分だけ遡り。店内にまだ逃げ出す人々の悲鳴が響いている頃。
 店の奥でグラスが落ちて割れる音が小さく響いた。
「何だ、お嬢ちゃん。行き成りご挨拶だな」
 鳩羽は頬に負った傷を拭いながら目の前に立つ刀を持つ少女に視線を向ける。
「ねえ、貴方も人を傷つけても何も思わないんでしょ? 同じね。私と……ちょっとちがうかしら? 人を傷つけてもなにも思えない」
 刀を正眼に構えた酒々井 数多(CL2000149)はそう口を開いた。それはまるで自問しているかのようで、鳩羽も眉を顰める。
「何を言ってるんだ。お嬢ちゃん?」
「人を傷つけて貴方は何を感じるの?」
 矢継ぎ早に数多は言葉を続ける。そこで鳩羽は小さく笑い、腰から大振りのナイフを引き抜きながらそれに答えた。
「人を傷つけるって行為に意味なんてねぇよ。単に俺が楽しんでたら傷ついちまっただけだ」
 その言葉にはなんの悪びれもなく、そしてそれが真理だと言わんばかりに嘘を言っている様子もない。
「そう。人を傷つけることは悪いこと。それなのに、私は何も感じない」
「……何だお前。意味が分かんねぇな。それより、よく見れば意外といい身体してるじゃねーか」
 鳩羽はそこで下卑た顔を見せながらじろじろと数多の体を値踏みするように眺める。
 人を傷つける事に何も感じないと言っていた数多にも、それには生理的な嫌悪と共に伸ばされた手を咄嗟に斬り裂こうとする行動を取らせた。
「触れるな。私に触れていいのはにーさまだけよ!」
「じゃあ俺がそのにーさまになってやるよ」
「……死ね」
 数多から炎が噴きあがったかのように力の波動が湧き上がる。それと同時に鳩羽は目の前にあるテーブルを蹴り上げた。
 数多がそれを切り裂き、返す刃で鳩羽の体を斬ろうとするがその場には既に鳩羽の姿はない。
「おっと、逃がさないよ」
 鳩羽が仕切りを乗り越えたその先に、同じタイミングで禊が仕切りを飛び越えてその前に立ち塞がる。
「十天がひとり、鐡之蔵禊! さあ、罪を清算する時間だよ」
 そして鳩羽が迷わずナイフを振るうのと、禊が炎を纏わせた上段足刀蹴りを放つのはほぼ同時だった。
 結果は鳩羽が敷居の壁に叩きつけられ、禊の腹部に横一線の傷を負う形となった。
「いい脚してるな。むしゃぶりつきたくなるぜ」
「褒めてくれてありがと。お礼にその顔面潰してあげる」
 禊は距離を詰めて突き蹴りを放つ。鳩羽はそれをまるで軽業のように地面に手をつき側転するように避けた。そしてまた敷居を越え、店の扉へと走り出す。
「あら、逃げる気? 駄目よ。貴方はここで死ぬの」
「たっく、何だ。最近の顔のいい女は頭がおかしな奴ばっかりだな」
 辟易といったように溜息を零す鳩羽は空いている手を軽く振るう。薄暗い店内でそれは視認できなかったが、同じ力を持つ桜はそれが何であるのかを察し顔を横に逸らす。
 桜の耳には何かが空気を切って通り過ぎ、背後の方の壁で何かが芽吹き突き刺さったかのような音が聞こえた。
「ほう、いい反応だな」
「貴方に褒められても嬉しくないわ」
 その間に鳩羽は桜へと接近していた。桜もそれに反応し、軽く地面を足で叩いた後に一歩下がる。
 鳩羽の一閃が空振り、さらに地面から生える棘突きの蔓が鳩羽の胴を捉えて後ろに弾き飛ばした。
 地面を転がる鳩羽はすぐに体勢を立て直し、だがすぐに横に飛ぶ。突き出された刃を見て、そして舌打ちをした。
 鳩羽の視界には髪を金色にした行成が移っていた。そして行成は続けざまに連続で突きを放ち鳩羽を壁際へと追い詰めていく。
「諦めて投降したらどうだ?」
「ほざけ。まずお前を殺してやるよ」
 鳩羽は刃を構えて飛び掛り、行成はそれを迎え撃った。

●怒りの矛先
 風俗街の一角から悲鳴があがった。そして1つの店から溢れ出すように人々が逃げだしてくる。
「始まったようです」
 狭い路地からその様子を確認して是枝 真(CL2001105)はそう口にした。
 真が声をかけたそこには黒い長髪の女性、谷崎・結唯(CL2000305)が立っていた。結唯はそこで吸っていた煙草を地面に落とし、そっとそれを踏み消す。
「それで、場所は掴めたか?」
「ええ、何とか。さっきまでは色んな感情が多すぎて分かりませんでしたが、今なら分かります」
 真は人の感情を感知する力を持っている。それは感情の種類やその強さ、そして位置まで特定できるものだ。
 だが、ここは風俗街。日頃鬱憤が溜まっている人が数多くいる場所だ。それ故に怒りという感情も多すぎてどうにも憤怒者の所在が掴めずにいた。
 しかし今この時ならば分かる。大抵の人々が恐怖や困惑の感情を発している中で、今もなお強い怒りを感じている人々がいる。
「道の左右から各4人ずつ。近づいてきているということは、どうやら乗り込むつもりみたいです」
「そうか。なら私は右をやる」
 結唯は真の報告にそう応えると、腰に差す鞘に手を置きながら路地裏を通りながら右手へと進んでいく。
 真はそれを見送り、戦闘準備の為に掛けていた眼鏡を外した。
「憤怒者……ですか」
 真の髪色が黒から白銀へと変わり、その瞳の色も黒から空を思わせる薄い青へと変わる。
「……やりすぎないように気をつけないと」
 希薄であった感情に火が灯る。復讐と言う炎の熱で心を焦がしながら、真は二本の刀を抜き放った。

 人々が逃げ出す中、流れに逆らうようにしてこちらへと向かってくる男達を結唯は見つけた。
「お前達、止まれ」
 そして彼らの前に立ち塞がり。一言だけ忠告をした。言葉足らずかもしれないが、これ以上のことをしてやるつもりは彼女にはない。
「何だお前は。そちらこそどけ!」
 そして当然の如く、男達は激昂し詰め寄ってくる。
 忠告はした。ならば次は実力をもって排除する。結唯の中でそうスイッチが切り替わった。
「黙って座っていろ」
 それは恫喝ではなく、命令。色の違う2つの瞳が怪しげな光を見せた瞬間、結唯に詰め寄ろうとしていた1人の男がその場で膝をついた。
「おい、どうした!?」
「まさか……こいつ、覚者だ!」
 男達は隠し持っていた武器を慌てて取り出す。その動きは明らかに素人臭い。多少練習はしたのだろうが、実戦など1度もしていないのだろう。
「大人しくしろ。それとも死を選ぶか?」
 結唯は刀の柄を握りゆっくりと抜刀した。その乱れた刃紋が街灯に照らされて鈍い光を周囲に反射する。
 男達は僅かに怖気づいたが、それでも武器を構えた。つまりはそれが答えだ。
「愚かだな」
「黙れ。お前に、俺達の何が分かるって言うんだ!」
 そう叫びながら1人の男が結唯に銃口を向けた。だが、その引き金が引かれる前に刃が閃いた。
 金属のパーツが散らばるのと一緒に、数本の人の指が地面に落ちる。
「うわあぁぁぁ!?」
「このぉっ!」
 悲鳴、怒号、そして銃声。それを聞き流しながら結唯は淡々とまるで単純作業かのように手にした刀を振るっていく。
 そして僅か十数秒の間に、物を言わぬ骸が3つそこに横たわる結果となった。

 その頃、道の反対側では1人の男の首から赤く熱い液体がまるで噴水かのように噴出していた。
『この悪魔めっ!』
 今しがた首を斬った男がそう言ったのだ。つい手が動いたのはそれが何時かあの日に向けられた言葉と目に良く似ていた所為かもしれない。
 真は僅かに頬に掛かったそれを黒いグローブの甲で拭うと、残っている憤怒者達に視線を向ける。
「貴方達も、私を悪魔だと罵りますか?」
 向けるのは冷たい視線。ただ心の中では今すぐ目の前の憤怒者達を殺したいという感情が渦となって暴れまわっている。
 ここでそうだと肯定してくれればどれほど楽だろうか。しかし、怯えきった彼らの様子を見るに期待した答えが返ってくることはなさそうだった。
 真は憤怒者達の武装を解除させ、1人が持っていた手榴弾を守護使役のユキの口の中に放り込んで食べさせる。
 そうしている間に、道の反対側を制圧しにいっていた結唯がやってきた。
「そっちは3人残ったか」
「はい。そちらは1人のようですね」
 結唯が襟首を掴んで引きずってきた男を見て真はそう返した。
「くそっ、よくも仲間を……この人殺し共めっ」
 憤怒者の1人がそう愚痴ると、2振りの刀がその喉元へと突きつけられた。
「黙れ」
「黙ってください」
 2人の殺気に曝され、その男は尻餅を付き震え上がる。
「お店のほうも静かになりました。終わったようです」
「そうみたいだな。私達も行こう」
 憤怒者達を縛り上げた2人は地下の階段を下りていく。

●復讐は果たされた
 真と結唯が店内に入ると、そこには椅子に座る満身創痍の隔者の男と床に刺さった刀を前に佇む憤怒者の少年が目に入った。
「殺せばもう後戻りはできない。恨みに飲まれればあとの人生は悲惨なものになる」
 亮平の言葉に杉田の目は僅かに揺れた。
 しかし、それでも、復讐を遂げずにその先に待つものなど想像できなかった。そもそもこれ以上の生など望んでいなかったのだから。
 杉田は刀を地面から抜き鳩羽の前に立った。既に虫の息の鳩羽は杉田の顔を見て、ふてぶてしく笑う。
「お前のこと、覚えてるぜ。あの時ずっと泣いてたガキ、だろ」
「……黙れ」
 鳩羽はくつくつと笑う。そしてなおも言葉を続ける。
「お前の母親と妹、最高だったぜ。特に妹のほうはぴーぴー泣き叫びながらずっとお兄ちゃんってお前に助けを求めてさ」
「黙れっ」
 杉田の顔から涙が零れ落ちていく。それが愉快だと言わんばかりに鳩羽は笑う。
「あの世に行ったらもう一度犯しに行くぜぇ。ああ、楽しみ――」
「黙れこの糞野郎!!」
 鳩羽が下卑た笑みを浮べたところで、杉田は振り上げた刀でその首筋を叩き切った。最後の表情で固まったままの鳩羽の頭がそのままごろりと地面に転がる。
 杉田はその場で刀を取り落とし、しゃがみこんでただ泣いていた。
 この結果に覚者達は笑みを浮かべ喜ぶ者、救えぬ心を憂う者、関心を示さずただ事件の終わりを感じる者と様々だ。
 そんな中で真は杉田の傍へと近寄り、1つだけ質問をした。
「貴方はこれで復讐を終えた……満足、でしょうか?」
「……満足? さあ、分からない。でも、1つだけ言えるよ」
 一呼吸だけ間を置いて、杉田は呟くように言った。
「こいつを殺したことに後悔なんてない」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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