【if】隔者達、此処に現る
●【殺戮者】宮下 刹那
「なあ」
隣から聞こえてきた声に、宮下 刹那(nCL2000153)はそちらへと顔を向ける。
「何だ?」
「お前、本当にヤれんの?」
人込みの中。行き交う人々の声に紛らわせるように、自分と肩を並べて歩く青年は物騒な言葉を吐いた。
「大量に、人、殺すんだぞ」
緋色の瞳が、疑うように自分を見ている。
「ああ。だってお前は、ヤりたいんだろ?」
刹那の言葉に笑って、「聖羅」と自らを名乗る青年は、突っ込むように刹那の胸をパシリと叩いた。
「何それ、俺の為にヤるみたいじゃねぇか」
「……間違いなく、お前の為だな。俺には……もう、お前しかいないから」
妹の永久が殺されて、自分にはもう何も残ってはいない。
両親も、兄弟も――。
血の繋がりの有る者なんて、誰1人……。
だから、精神の繋がりの有る者の為に、何かしてやりたかった。
永久と聖羅以外の命なんて、どうでも良かった。
自分にとっては、大した価値もない。
「一緒に、地獄に堕ちてやるよ」
「お、灰音。ソレって悪くないプロポーズだな」
左手でこちらを指さして、聖羅が笑う。
その親指で、金の指輪が輝いていた。
互いの左親指に嵌めた、金と銀の指輪。
親友の証。相棒の証。
ああ、これだけでも。
命を懸ける価値がある。
見上げた夜空には、瞬く星々が在って。
そして地上には、幾つものネオンの光。
最期に見る景色としては、上出来だった。
刹那は、背中にある灰色の羽根を大きく広げる。
「聖羅、掴まれ」
首へと腕を回してきた青年の体を抱えて、飛び上がった。
「やあ、浮かれた下等な一般人達」
聖羅の言葉に、街を行き交う人々が顔を上げる。
何あれ、と呆然としながらも、口々に言い合っていた。
「残念ながら、お前達の人生は此処で終わりだ」
言葉と共に、2人のガンナイフからは、弾が幾つも発射された。
●【怪盗】相沢 悟
「悟兄ちゃん、おなか、すいたね」
手を繋いで歩く7歳の義弟の言葉に、相沢 悟(nCL2000145) は「そうだね」と言葉を返す。
ポケットを探って、けれども当然ながら何も持っていなくて。
申し訳無さに、しゃがんで義弟を抱きしめた。
「兄ちゃん、痛いよ」
密接したそのお腹が、グゥ、と音を立てている。
「ごめんね、お金ないんだ」
何も買ってあげられない、と体を離して義弟の頭を撫でた。
「ううん。はやく、かえろ」
「そうだね。シスターや皆が待ってるね」
手を繋ぎ、立ち上がった悟の隣を、大きくクラクションを鳴らした車が走り過ぎる。
そのあまりの勢いに、義弟が悟へとしがみついた。
振り返りその車を見ると、大きな屋敷へと入っていく。
チラリと見えた後部座席の男は、視線に気づいたのか、悟へと一瞥をくれた。
まるで、ゴミでも見るような目つきだった。
ギュッと義弟の手を握って、歩き出す。
男の車が入っていった屋敷を、見上げながら歩いた。
セキュリティは万全を期しているだろう。
それでも穴は、必ずある筈だ。
「また、『しんせつなおじさん』がお金、くれたらいいねぇ」
親のいない子供達を引き取り、育てる施設。
その施設がお金に困ってどうしようもない時に、そっとポストへと大金を入れてくれる――『親切なおじさん』と皆で呼んだ。
署名もなくて、ただお金だけが『寄付』と書かれた封筒に入っている。
シスター達は、涙ながらに感謝の祈りを神に捧げていた。
まだ世の中捨てたものじゃない。
本当に、そうだろうか……。
「そうだね、そろそろお金、くれるかもしれないね」
悟は微笑を浮かべ、屋敷を再び見上げる。
まだ子供の僕には、何もできない。
だけど、誰も知らない大人になった僕の姿なら――。
義弟達を助ける事だって、出来るんだ。
●あなたは隔者だ
これは、ifの物語。
あなたが隔者である世界の物語。
どんな境遇であったなら、あなたは隔者となっていただろう……。
誰かの為に?
自分の為に?
愛の為?
哀の為?
それとも。
どうしても抑えられない、欲望の為に?
どんな人生が、
どんな信念が、
あなたを変えているのだろうか――。
「なあ」
隣から聞こえてきた声に、宮下 刹那(nCL2000153)はそちらへと顔を向ける。
「何だ?」
「お前、本当にヤれんの?」
人込みの中。行き交う人々の声に紛らわせるように、自分と肩を並べて歩く青年は物騒な言葉を吐いた。
「大量に、人、殺すんだぞ」
緋色の瞳が、疑うように自分を見ている。
「ああ。だってお前は、ヤりたいんだろ?」
刹那の言葉に笑って、「聖羅」と自らを名乗る青年は、突っ込むように刹那の胸をパシリと叩いた。
「何それ、俺の為にヤるみたいじゃねぇか」
「……間違いなく、お前の為だな。俺には……もう、お前しかいないから」
妹の永久が殺されて、自分にはもう何も残ってはいない。
両親も、兄弟も――。
血の繋がりの有る者なんて、誰1人……。
だから、精神の繋がりの有る者の為に、何かしてやりたかった。
永久と聖羅以外の命なんて、どうでも良かった。
自分にとっては、大した価値もない。
「一緒に、地獄に堕ちてやるよ」
「お、灰音。ソレって悪くないプロポーズだな」
左手でこちらを指さして、聖羅が笑う。
その親指で、金の指輪が輝いていた。
互いの左親指に嵌めた、金と銀の指輪。
親友の証。相棒の証。
ああ、これだけでも。
命を懸ける価値がある。
見上げた夜空には、瞬く星々が在って。
そして地上には、幾つものネオンの光。
最期に見る景色としては、上出来だった。
刹那は、背中にある灰色の羽根を大きく広げる。
「聖羅、掴まれ」
首へと腕を回してきた青年の体を抱えて、飛び上がった。
「やあ、浮かれた下等な一般人達」
聖羅の言葉に、街を行き交う人々が顔を上げる。
何あれ、と呆然としながらも、口々に言い合っていた。
「残念ながら、お前達の人生は此処で終わりだ」
言葉と共に、2人のガンナイフからは、弾が幾つも発射された。
●【怪盗】相沢 悟
「悟兄ちゃん、おなか、すいたね」
手を繋いで歩く7歳の義弟の言葉に、相沢 悟(nCL2000145) は「そうだね」と言葉を返す。
ポケットを探って、けれども当然ながら何も持っていなくて。
申し訳無さに、しゃがんで義弟を抱きしめた。
「兄ちゃん、痛いよ」
密接したそのお腹が、グゥ、と音を立てている。
「ごめんね、お金ないんだ」
何も買ってあげられない、と体を離して義弟の頭を撫でた。
「ううん。はやく、かえろ」
「そうだね。シスターや皆が待ってるね」
手を繋ぎ、立ち上がった悟の隣を、大きくクラクションを鳴らした車が走り過ぎる。
そのあまりの勢いに、義弟が悟へとしがみついた。
振り返りその車を見ると、大きな屋敷へと入っていく。
チラリと見えた後部座席の男は、視線に気づいたのか、悟へと一瞥をくれた。
まるで、ゴミでも見るような目つきだった。
ギュッと義弟の手を握って、歩き出す。
男の車が入っていった屋敷を、見上げながら歩いた。
セキュリティは万全を期しているだろう。
それでも穴は、必ずある筈だ。
「また、『しんせつなおじさん』がお金、くれたらいいねぇ」
親のいない子供達を引き取り、育てる施設。
その施設がお金に困ってどうしようもない時に、そっとポストへと大金を入れてくれる――『親切なおじさん』と皆で呼んだ。
署名もなくて、ただお金だけが『寄付』と書かれた封筒に入っている。
シスター達は、涙ながらに感謝の祈りを神に捧げていた。
まだ世の中捨てたものじゃない。
本当に、そうだろうか……。
「そうだね、そろそろお金、くれるかもしれないね」
悟は微笑を浮かべ、屋敷を再び見上げる。
まだ子供の僕には、何もできない。
だけど、誰も知らない大人になった僕の姿なら――。
義弟達を助ける事だって、出来るんだ。
●あなたは隔者だ
これは、ifの物語。
あなたが隔者である世界の物語。
どんな境遇であったなら、あなたは隔者となっていただろう……。
誰かの為に?
自分の為に?
愛の為?
哀の為?
それとも。
どうしても抑えられない、欲望の為に?
どんな人生が、
どんな信念が、
あなたを変えているのだろうか――。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者となった自分を考える
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回はifシナリオとなります。
●シナリオの設定
まだ源素を世界中の人々が扱えるようになる前の世界です。
能力のない一般人が存在しています。
発現している隔者と覚者がいる中、あなたは隔者となっています。
どんな境遇であったなら、自分が隔者となっているだろうかをお考え下さい。
・例)
刹那は妹の永久を殺された為に生きていく目的を無くして隔者となり、悟は両親を亡くし施設に引き取られた事で隔者となっています。
●プレイング
OPの刹那や悟の描写を参考に、隔者の設定や場面をお考え下さい。
・隔者となった自分の境遇。
できるだけ、PCのキャラ設定を生かした境遇でお願いします。
家族を殺されたから、発現のせいで冷たい仕打ちをされたから、親友と出会えなかったから、等。
・希望する場面。
復習に向かう途中、今まさに犯罪をおかしている最中、覚者と戦闘中、等。
・その時の心情や希望する描写。
心の中では泣きながら復讐を遂げている、ただ冷酷に残虐に人々を殺めている、等。
以上です。
ifならではのシナリオとなります。
想いやこだわり、普段のシナリオでは出せない部分をお出し頂ければ嬉しいです。
皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
3/6
3/6
公開日
2019年12月15日
2019年12月15日
■メイン参加者 3人■

●
街を歩く天野 澄香(CL2000194)は、すれ違った親子連れに足を止める。
アッシュグレイの髪をふわりと揺らし、振り返った。
両側を歩く両親に手を繋がれ、楽しそうに笑う女の子。
5、6歳くらいに見える女の子の背には、自分と同じ小さな翼がある。
けれども両親に、発現している様子は窺えなかった。
しばらく3人の背を見送ってから、再び踵を返して歩き出す。
彼女の未来に、暗雲が立ち込める事のないよう願った。
自分のように――。
憤怒者たちは、未成年すら平気で狙うから。
車に細工して事故を起こす事だって、厭わない。
それで犠牲になるのが発現していない両親だけであったとしても――きっと、後悔すらしていないのだろう。
見えてきたカフェ。
そのテラス席の1つに腰掛け静かに読書をしている青年へと近付いた。
前の席に座れば、視線を上げた如月・蒼羽(CL2001575)が澄香へと微笑む。
その顔に、親友であった少女の笑顔が重なった。
彼女は――。
自分と同じ、翼人だった。
彼女もまた、憤怒者に殺された。
人でなくなったのは、化け物なのは、一体どちらなのだろうと思う。
その怒りを閉じ込めるように、瞼を閉じて。
再び開けた時には、澄香もまた、微笑を浮かべていた。
近付いてきたウェイトレスへと飲み物を注文し、彼女が離れるのを待ってから、依頼者からの手紙をバッグから取り出す。
「今日のターゲットはこの方です」
まるで、友人からの手紙を読むように。
僅かに口角を上げたままで蒼羽が読んでいる間に、伏せた写真と釣書のようなメモをテーブルの上へと置いた。
手紙から目を離さずに、トンッと蒼羽の指が写真とメモの上へと乗せられる。
手紙を読み終わると同時に、チラリと写真を確認しターゲットのメモにざっと目を走らせた。
書かれているターゲットの身上を見ても、青年の表情は変わらない。
「どうですか?」
問うた澄香に、「そうだね」とクスリと蒼羽が笑った。
「ここのおすすめは、ホットケーキかな。ふわふわで、とても美味しかった。――もちろん、澄香ちゃんの作るものには敵わないけれど」
一瞬キョトンとしてから、ふふっと口元に手をあてた澄香が笑う。その彼女の前へと、ウェイトレスが運んできた紅茶が置かれた。
「ありがとう澄香ちゃん。後はこっちで引き受けるよ」
立ち上がった蒼羽がポケットへと写真とメモを入れる。
けれど依頼者からの手紙だけは、澄香へと返した。
ああこれは、彼のやさしさだ、と澄香は思う。
「どうせ僕は堕ちたのだから。一番底までいってやろうじゃないか」
妹の仇――少女を殺した犯人と、その支持者全員の命を奪った時に。
多くの返り血を浴びた顔に笑みを浮かべて、彼はそう呟いたけれど。
例え冷えた瞳に光を宿していなくとも、その心臓が、痛みを何も感じないと主張していたとしても。
そんな場所ではないもっと奥底に、あたたかな『何か』が残っている。
普段は氷に覆われ蹲っているそれは、時折氷を溶かし僅かに顔を覗かせる。
いつも一瞬しか姿を現さないそれを、澄香は見逃した事がなかった。
依頼者の手紙を澄香へと返すのもその1つ。
自分が万が一、しくじった時の為に。
手紙の内容から依頼者を特定され、危害が及ぶ事のないように。
全ての罪を自分1人が負うつもりなのだ。
「私の力も必要な時は、いつでも言って下さい」
小さく伝えた澄香に、「うん、了解」と伝票を手にした蒼羽が微笑む。
けれども何も言わず、去っていった。
邪悪なものから身を守るように、まるで何かに怯えているかのように。
普段隠れている蒼羽のそれへと、両手を差し延べてあげたいけれど。
陽だまりのように、やさしく包んでその氷を溶かしてあげたいけれど。
「――ごめんなさい」
私の心もまた、凍っているから。
泣く事しか出来なかった、あの頃の私。
父母の遺した財産とレシピは、それを狙う大人達の醜い心を、まざまざと私に見せつけた。
全てを奪った――あの人達、に。
心を凍らせた私は、初めて『人』へ向け……この力を使った。
やってみれば、驚くほど簡単で。あっけなくて。
それでも。レシピだけでも取り戻せた私は、うれしかったのだ。
心が、救われた気がした。
私の両手もまた、血に染まっている。
凍えた私の心はもう、溶ける事はないのだから――。
澄香はカップを持ち上げ、ゆっくりと紅茶を口へと運ぶ。
コクリと飲んで、そっと呟いた。
「あたたかい……」
ターゲットの男が今夜通るという、暗い路地。
妹の親友であった少女は、ターゲットの後輩である青年へと、上手く近づいてくれたようだ。
今回は、色仕掛けを使ったのか。やさしい味の手料理で青年の心を奪ったのか。
何にせよ、男を飲みに誘うよう、上手く誘導できた。
男が酔っていようがいまいが、関係ない。
卑怯な襲撃などしたくないなどと、きれいゴトを言うつもりもない。
自分の力なら特別な道具など使わなくとも、酔いの力など借りなくとも、簡単に男を殺めることが出来る。
人目がない場所で……いや、例え大勢の人のただ中だとしても。
狙った相手を仕留める――それだけの力は身に付けていた。
けれどもただ、1つ。
澄香に手伝わせることだけは、あまり気が乗らなかった。
「しくじった」
困ったように笑った、妹の顔が忘れられない。
駆け付けた、病院。
覚者であった妹は、下校中、憤怒者達に囲まれた。
翼人であった彼女なら、飛べば逃げられたはずなのに――近くにいた見ず知らずの子どもを庇ったのだと、目撃者達から聞いた。
傷だらけで、顔を腫らして。
女なのに――。
なんて。
言うつもりもないけれど。
言えばきっと彼女に、「柄じゃない」と笑われるけれど。
『覚者だから』
それだけの理由で彼女は殺され、それを当たり前だと言った、犯人とその支持者達。
それが、許せなかった。
ギュッ、と両手を握り込む。
自分の怒りの炎はまだ、鎮火していない。
ふと。
聞こえてきた足音に、気配を消す。
見れば、写真の男が歩いてきていた。
しっかりとした足取り。
酔ってはいないようだ。
けれどもそんな事は、関係ない。
気配を消して近付き、背後から男の喉笛を掴む。食い込んだ指に、男が声にならない悲鳴を洩らした。
一瞬だ。
咽喉を仰け反らせた男が見開いた目で、こちらを見つめる。
その目は血走り、瞳には絶望の色が浮かんでいた。
こんな状況で微笑んでいる、自分の顔も。
「はじめまして。……――さようなら」
――ああ僕は、とうに壊れているんだな。
そう思った。
妹の仇を討った時に、きっと。僕の心は粉々に砕けてしまったのだろう。
淡々と力を振るえば、いとも簡単に――命尽きた男が地面へと崩れ落ちた。
一瞬だけ。転がった男へと視線を落として、蒼羽は踵を返す。
走るでなく、足早に去るのではなく。
まるで、何事もなかったかのように。普段通りの歩調で歩きだした。
その横に、ふわりと気配が降りる。
トッと。静かに舞い降りた彼女もまた、彼の隣を歩いた。
「お疲れさまでした。――彼、酔っていませんでしたね」
彼が心を許している筈の人物に、誘わせたのに。
屋根の上から一部始終を見ていたのだろう澄香がそう、言葉を落した。
「うん。……警戒していたのかもしれないね」
その後輩の事ではなく、僕達の存在を――。
自分達と同じような目に遭った人達の、晴らせない恨み。
その恨みを晴らす仕事を、生業としている。
最近、警戒している憤怒者達が増えてきた。
「私も、やります」
「……うん、ありがとう。大丈夫だよ」
「………………」
澄香がそっと、蒼羽の横顔を見上げた。
彼は、いつも首を縦には振らない。
けれども。ターゲット達は警戒し始めている。
人を雇ったり、なんらかの対策も、取り始めている事だろう。
そうなれば、どうしても1人では手に余る。
「私も、できますから……」
己の掌を見つめながら繰り返した澄香を隣から見下ろして、蒼羽も「うん」ともう1度応える。
けれども「頼むよ」とは、答えられなかった。
自分はきっと、妹と同じように彼女が傷つく事を、失う事を、警戒している。
もしも、こんな壊れた自分にも弱みがあるのだとしたら。
恐れるものが、あるとしたら。
それは、きっと――。
けれども、澄香の気持ちもわかってしまう自分もいて。
彼女の思いを受け入れなくてはいけない時が来るのも、近いのかもしれないと感じていた。
妹の名を、そっと、呟いて。
星たちが瞬く夜空を見上げた。
「ごめん。君の願った僕はきっと、こんな姿ではなかったのだろうね」
●
自分はどうなってもいい――。
あの時は、それしか頭になかった。
この子を助けないと!!
妖に襲われようとする子供の前へと、考える必要もなく飛び出していた。
身を呈して、庇った子供。
容赦なく、妖の攻撃が己を貫く。
己の血が飛び散って。
目に入った血が、見える景色を緋色に変えた。
痛みは、感じない。
ただやけに、体が冷えるなと思った。
膝を折った自分の目の端に映った子供が、泣いている。
「大丈夫、だから……。もう、心配ない……」
怪我はないか?
子供へと手を差し伸べた自分に、その子もまた、応えるように両手を伸ばしてくる。
けれども子の背後から伸びた両手に、引き戻された。
死を、覚悟した。
あの時確かに、自分は死を覚悟したのだ。
けれども、己に現れたのは死後の世界ではなくて。
灰色の、大きな翼だった。
血に濡れた翼。
それを纏った自分を見て。
「化け物!!」
胸へと子を庇うように抱きしめた母親は、そう僕を称して叫んだ。
決して、褒められたいと思った訳ではない。
讃えてもらいたかった訳でもない。
ただ。
――弱きものを救いたい。
純粋にそう思った願いは、世間に受け入れられる事はなく。
それどころか。
所属していたAAAは、傷心した自分を使いものにならなくなったとして、戦力外と通達し追いやった。
「ああ世間は、こんなにも……弱きものには優しくないね」
変わった僕の世界は、灰色でも、緋色でもなくて。
ただ真っ黒な、闇に覆われた――。
何故、自分は。
今まで弱きものを救いたいなどと思っていたのだろうか。
「滑稽だな。自分こそが、弱きものなのにね」
篁・三十三(CL2001480)はそっと、呟いて。
ビルの上から街を見下ろす。
こんな自分を、誰も救ってはくれない。
世間は自分を見離したのだから。
そう、自分の事は、自分で救うしかない。
自分の居場所は、自分で作るしかないんだ……。
その為には――。
自分を蔑む目、自分を苦しめるものすべてを壊して、自分にとって心地よい居場所を作ろう。
それ以外に、自分を守る術がどこにあるというのだろうか。
「もし、在ると言うのなら……」
ねぇ誰か、教えてよ。
クスリと三十三は笑いを吐いて。
大きく灰色の翼を広げる。
更に高く飛び上がり、水色の瞳が冷ややかに道行く者達を見下ろした。
ああ世間が、力を持った自分を恐れるのなら、僕はそのように振る舞おう。
それが正しき世間が求める『隔者』の在り方だとするならば――。
ただ僕は、それに従おう。
だって君達が、それを望んだんだろう?
自分が正しいと思う者達よ。
この行いを悪と称するのなら、正しにくればいい。
自分を助けてもくれなかった者達よ。
それが正しいと思うなら、討ちにくればいい。
どうせ世界は何も変わらない。
変えるには、1度どちらかを『無』に帰さなければ。
掲げた三十三の両掌の上で、空気が圧縮されていく。
それを人込みへと撃ち放った。
驚き見上げてくる人間達。
その中には、小さな子供もいた。
その子へとそっと、微笑みかけて。
三十三は悲鳴をあげて逃げ惑い始めた者達へと攻撃を続ける。
「助けて!」
「誰か――」
我先にと逃げる者達。
他人が転ぼうが子供が泣きわめこうが、己が逃げる事だけを優先する。
ああ、酷く醜い。
どちらが化け物なのだろう。
そんな人達をかき分けるようにして、何人かの覚者達が怪我人の救助を始める。
翼ある者達が、己の前へと立ちはだかった。
「やめろ!」
「こんな事、もうやめろッ」
「彼らに罪はないだろう!!」
――一般人だぞッ!
己を正義だと信じる者達。
僕を悪と、見做した者達。
彼等もまた、己の信念の為に此処に居るのだろう。
ならば、お互い進むべき道は、ただ1つ。
三十三は、黒い背広のボタンを外す。
吹いた風に、ネクタイと背広がなびいた。
パタパタと鳴った、それを合図とするように。
互いが同時に動きだす。
「さぁ、殺し合おうか」
口許だけに笑みを浮かべた三十三は、そう呟く。
この命、尽きるまで――。
だってそれが、今の自分の、存在意義なのだから。
街を歩く天野 澄香(CL2000194)は、すれ違った親子連れに足を止める。
アッシュグレイの髪をふわりと揺らし、振り返った。
両側を歩く両親に手を繋がれ、楽しそうに笑う女の子。
5、6歳くらいに見える女の子の背には、自分と同じ小さな翼がある。
けれども両親に、発現している様子は窺えなかった。
しばらく3人の背を見送ってから、再び踵を返して歩き出す。
彼女の未来に、暗雲が立ち込める事のないよう願った。
自分のように――。
憤怒者たちは、未成年すら平気で狙うから。
車に細工して事故を起こす事だって、厭わない。
それで犠牲になるのが発現していない両親だけであったとしても――きっと、後悔すらしていないのだろう。
見えてきたカフェ。
そのテラス席の1つに腰掛け静かに読書をしている青年へと近付いた。
前の席に座れば、視線を上げた如月・蒼羽(CL2001575)が澄香へと微笑む。
その顔に、親友であった少女の笑顔が重なった。
彼女は――。
自分と同じ、翼人だった。
彼女もまた、憤怒者に殺された。
人でなくなったのは、化け物なのは、一体どちらなのだろうと思う。
その怒りを閉じ込めるように、瞼を閉じて。
再び開けた時には、澄香もまた、微笑を浮かべていた。
近付いてきたウェイトレスへと飲み物を注文し、彼女が離れるのを待ってから、依頼者からの手紙をバッグから取り出す。
「今日のターゲットはこの方です」
まるで、友人からの手紙を読むように。
僅かに口角を上げたままで蒼羽が読んでいる間に、伏せた写真と釣書のようなメモをテーブルの上へと置いた。
手紙から目を離さずに、トンッと蒼羽の指が写真とメモの上へと乗せられる。
手紙を読み終わると同時に、チラリと写真を確認しターゲットのメモにざっと目を走らせた。
書かれているターゲットの身上を見ても、青年の表情は変わらない。
「どうですか?」
問うた澄香に、「そうだね」とクスリと蒼羽が笑った。
「ここのおすすめは、ホットケーキかな。ふわふわで、とても美味しかった。――もちろん、澄香ちゃんの作るものには敵わないけれど」
一瞬キョトンとしてから、ふふっと口元に手をあてた澄香が笑う。その彼女の前へと、ウェイトレスが運んできた紅茶が置かれた。
「ありがとう澄香ちゃん。後はこっちで引き受けるよ」
立ち上がった蒼羽がポケットへと写真とメモを入れる。
けれど依頼者からの手紙だけは、澄香へと返した。
ああこれは、彼のやさしさだ、と澄香は思う。
「どうせ僕は堕ちたのだから。一番底までいってやろうじゃないか」
妹の仇――少女を殺した犯人と、その支持者全員の命を奪った時に。
多くの返り血を浴びた顔に笑みを浮かべて、彼はそう呟いたけれど。
例え冷えた瞳に光を宿していなくとも、その心臓が、痛みを何も感じないと主張していたとしても。
そんな場所ではないもっと奥底に、あたたかな『何か』が残っている。
普段は氷に覆われ蹲っているそれは、時折氷を溶かし僅かに顔を覗かせる。
いつも一瞬しか姿を現さないそれを、澄香は見逃した事がなかった。
依頼者の手紙を澄香へと返すのもその1つ。
自分が万が一、しくじった時の為に。
手紙の内容から依頼者を特定され、危害が及ぶ事のないように。
全ての罪を自分1人が負うつもりなのだ。
「私の力も必要な時は、いつでも言って下さい」
小さく伝えた澄香に、「うん、了解」と伝票を手にした蒼羽が微笑む。
けれども何も言わず、去っていった。
邪悪なものから身を守るように、まるで何かに怯えているかのように。
普段隠れている蒼羽のそれへと、両手を差し延べてあげたいけれど。
陽だまりのように、やさしく包んでその氷を溶かしてあげたいけれど。
「――ごめんなさい」
私の心もまた、凍っているから。
泣く事しか出来なかった、あの頃の私。
父母の遺した財産とレシピは、それを狙う大人達の醜い心を、まざまざと私に見せつけた。
全てを奪った――あの人達、に。
心を凍らせた私は、初めて『人』へ向け……この力を使った。
やってみれば、驚くほど簡単で。あっけなくて。
それでも。レシピだけでも取り戻せた私は、うれしかったのだ。
心が、救われた気がした。
私の両手もまた、血に染まっている。
凍えた私の心はもう、溶ける事はないのだから――。
澄香はカップを持ち上げ、ゆっくりと紅茶を口へと運ぶ。
コクリと飲んで、そっと呟いた。
「あたたかい……」
ターゲットの男が今夜通るという、暗い路地。
妹の親友であった少女は、ターゲットの後輩である青年へと、上手く近づいてくれたようだ。
今回は、色仕掛けを使ったのか。やさしい味の手料理で青年の心を奪ったのか。
何にせよ、男を飲みに誘うよう、上手く誘導できた。
男が酔っていようがいまいが、関係ない。
卑怯な襲撃などしたくないなどと、きれいゴトを言うつもりもない。
自分の力なら特別な道具など使わなくとも、酔いの力など借りなくとも、簡単に男を殺めることが出来る。
人目がない場所で……いや、例え大勢の人のただ中だとしても。
狙った相手を仕留める――それだけの力は身に付けていた。
けれどもただ、1つ。
澄香に手伝わせることだけは、あまり気が乗らなかった。
「しくじった」
困ったように笑った、妹の顔が忘れられない。
駆け付けた、病院。
覚者であった妹は、下校中、憤怒者達に囲まれた。
翼人であった彼女なら、飛べば逃げられたはずなのに――近くにいた見ず知らずの子どもを庇ったのだと、目撃者達から聞いた。
傷だらけで、顔を腫らして。
女なのに――。
なんて。
言うつもりもないけれど。
言えばきっと彼女に、「柄じゃない」と笑われるけれど。
『覚者だから』
それだけの理由で彼女は殺され、それを当たり前だと言った、犯人とその支持者達。
それが、許せなかった。
ギュッ、と両手を握り込む。
自分の怒りの炎はまだ、鎮火していない。
ふと。
聞こえてきた足音に、気配を消す。
見れば、写真の男が歩いてきていた。
しっかりとした足取り。
酔ってはいないようだ。
けれどもそんな事は、関係ない。
気配を消して近付き、背後から男の喉笛を掴む。食い込んだ指に、男が声にならない悲鳴を洩らした。
一瞬だ。
咽喉を仰け反らせた男が見開いた目で、こちらを見つめる。
その目は血走り、瞳には絶望の色が浮かんでいた。
こんな状況で微笑んでいる、自分の顔も。
「はじめまして。……――さようなら」
――ああ僕は、とうに壊れているんだな。
そう思った。
妹の仇を討った時に、きっと。僕の心は粉々に砕けてしまったのだろう。
淡々と力を振るえば、いとも簡単に――命尽きた男が地面へと崩れ落ちた。
一瞬だけ。転がった男へと視線を落として、蒼羽は踵を返す。
走るでなく、足早に去るのではなく。
まるで、何事もなかったかのように。普段通りの歩調で歩きだした。
その横に、ふわりと気配が降りる。
トッと。静かに舞い降りた彼女もまた、彼の隣を歩いた。
「お疲れさまでした。――彼、酔っていませんでしたね」
彼が心を許している筈の人物に、誘わせたのに。
屋根の上から一部始終を見ていたのだろう澄香がそう、言葉を落した。
「うん。……警戒していたのかもしれないね」
その後輩の事ではなく、僕達の存在を――。
自分達と同じような目に遭った人達の、晴らせない恨み。
その恨みを晴らす仕事を、生業としている。
最近、警戒している憤怒者達が増えてきた。
「私も、やります」
「……うん、ありがとう。大丈夫だよ」
「………………」
澄香がそっと、蒼羽の横顔を見上げた。
彼は、いつも首を縦には振らない。
けれども。ターゲット達は警戒し始めている。
人を雇ったり、なんらかの対策も、取り始めている事だろう。
そうなれば、どうしても1人では手に余る。
「私も、できますから……」
己の掌を見つめながら繰り返した澄香を隣から見下ろして、蒼羽も「うん」ともう1度応える。
けれども「頼むよ」とは、答えられなかった。
自分はきっと、妹と同じように彼女が傷つく事を、失う事を、警戒している。
もしも、こんな壊れた自分にも弱みがあるのだとしたら。
恐れるものが、あるとしたら。
それは、きっと――。
けれども、澄香の気持ちもわかってしまう自分もいて。
彼女の思いを受け入れなくてはいけない時が来るのも、近いのかもしれないと感じていた。
妹の名を、そっと、呟いて。
星たちが瞬く夜空を見上げた。
「ごめん。君の願った僕はきっと、こんな姿ではなかったのだろうね」
●
自分はどうなってもいい――。
あの時は、それしか頭になかった。
この子を助けないと!!
妖に襲われようとする子供の前へと、考える必要もなく飛び出していた。
身を呈して、庇った子供。
容赦なく、妖の攻撃が己を貫く。
己の血が飛び散って。
目に入った血が、見える景色を緋色に変えた。
痛みは、感じない。
ただやけに、体が冷えるなと思った。
膝を折った自分の目の端に映った子供が、泣いている。
「大丈夫、だから……。もう、心配ない……」
怪我はないか?
子供へと手を差し伸べた自分に、その子もまた、応えるように両手を伸ばしてくる。
けれども子の背後から伸びた両手に、引き戻された。
死を、覚悟した。
あの時確かに、自分は死を覚悟したのだ。
けれども、己に現れたのは死後の世界ではなくて。
灰色の、大きな翼だった。
血に濡れた翼。
それを纏った自分を見て。
「化け物!!」
胸へと子を庇うように抱きしめた母親は、そう僕を称して叫んだ。
決して、褒められたいと思った訳ではない。
讃えてもらいたかった訳でもない。
ただ。
――弱きものを救いたい。
純粋にそう思った願いは、世間に受け入れられる事はなく。
それどころか。
所属していたAAAは、傷心した自分を使いものにならなくなったとして、戦力外と通達し追いやった。
「ああ世間は、こんなにも……弱きものには優しくないね」
変わった僕の世界は、灰色でも、緋色でもなくて。
ただ真っ黒な、闇に覆われた――。
何故、自分は。
今まで弱きものを救いたいなどと思っていたのだろうか。
「滑稽だな。自分こそが、弱きものなのにね」
篁・三十三(CL2001480)はそっと、呟いて。
ビルの上から街を見下ろす。
こんな自分を、誰も救ってはくれない。
世間は自分を見離したのだから。
そう、自分の事は、自分で救うしかない。
自分の居場所は、自分で作るしかないんだ……。
その為には――。
自分を蔑む目、自分を苦しめるものすべてを壊して、自分にとって心地よい居場所を作ろう。
それ以外に、自分を守る術がどこにあるというのだろうか。
「もし、在ると言うのなら……」
ねぇ誰か、教えてよ。
クスリと三十三は笑いを吐いて。
大きく灰色の翼を広げる。
更に高く飛び上がり、水色の瞳が冷ややかに道行く者達を見下ろした。
ああ世間が、力を持った自分を恐れるのなら、僕はそのように振る舞おう。
それが正しき世間が求める『隔者』の在り方だとするならば――。
ただ僕は、それに従おう。
だって君達が、それを望んだんだろう?
自分が正しいと思う者達よ。
この行いを悪と称するのなら、正しにくればいい。
自分を助けてもくれなかった者達よ。
それが正しいと思うなら、討ちにくればいい。
どうせ世界は何も変わらない。
変えるには、1度どちらかを『無』に帰さなければ。
掲げた三十三の両掌の上で、空気が圧縮されていく。
それを人込みへと撃ち放った。
驚き見上げてくる人間達。
その中には、小さな子供もいた。
その子へとそっと、微笑みかけて。
三十三は悲鳴をあげて逃げ惑い始めた者達へと攻撃を続ける。
「助けて!」
「誰か――」
我先にと逃げる者達。
他人が転ぼうが子供が泣きわめこうが、己が逃げる事だけを優先する。
ああ、酷く醜い。
どちらが化け物なのだろう。
そんな人達をかき分けるようにして、何人かの覚者達が怪我人の救助を始める。
翼ある者達が、己の前へと立ちはだかった。
「やめろ!」
「こんな事、もうやめろッ」
「彼らに罪はないだろう!!」
――一般人だぞッ!
己を正義だと信じる者達。
僕を悪と、見做した者達。
彼等もまた、己の信念の為に此処に居るのだろう。
ならば、お互い進むべき道は、ただ1つ。
三十三は、黒い背広のボタンを外す。
吹いた風に、ネクタイと背広がなびいた。
パタパタと鳴った、それを合図とするように。
互いが同時に動きだす。
「さぁ、殺し合おうか」
口許だけに笑みを浮かべた三十三は、そう呟く。
この命、尽きるまで――。
だってそれが、今の自分の、存在意義なのだから。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
