捜せ幽霊。サーチ&デストロイ
●
某所にある遊園地の一角。日も落ちた中でなお不気味さを増しているお化け屋敷では、施設内の機械のチェックが行われていた。
「世間はもうクリスマスかあ。ま、ここは変わらないよなあ」
独り言を呟きながら、男は青ざめた顔に血走った目をした恐ろしげな幽霊の人形を見上げた。
11月ともなればこのお化け屋敷がある遊園地もあちこちクリスマス仕様になっているが、お化け屋敷は和風を貫いている。
何しろここは曰く付きの土地を使っており、時々本物の心霊現象が起きると言う噂で集客している場所だ。期間限定の行事で特色を変えるわけにはいかない。
「よっし、これで終わり!」
最後のチェックを済ませて大きく伸びをすると、もう一度先程の人形を見上げる。
「今日もおつかれさん」
ぽんぽんと人形を叩き、男は帰って行く。
その背後でなにかがゆらりと揺れている事には気付かなかった。
●
「メリークリスマス! って言うけど、メリーってなんだろうな?」
と、久方 相馬(nCL2000004)の雑談からブリーフィングが始まった。
「皆に行ってもらいたいのはこの遊園地にあるお化け屋敷だ。この中で発生した妖を退治してほしい」
時間は夜。遅くまで仕事をしていた職員が帰ってから動き始める。
「妖は全部で五体。全て心霊系だ。最初は中をうろついているが、一時間で外に出て行ってしまう」
夢見で分かったのはそこまで。その先はどう行動するのか分からない。
「かと言ってお化け屋敷の中で戦うのもちょっと手間がかかるんだよな」
このお化け屋敷は日本の城をイメージしており中を自由に歩き回れるのだが、中の部屋を区切る襖は正解の襖以外は開かなかったり、複数が開くのでどちらに行くか迷ったり、入ったら行き止まりだったりと簡単には進めない。
「五体の妖はこの中を動き回ってるんだ」
バラバラに動き回る妖を退治するには、まず捜し出す必要がある。
「お化け屋敷は結構広いから何人かに分かれて探した方がいいだろうな」
その事もあって、今回は九名を呼んだんだと相馬は言う。
「あと道の方なんだが、地図はこちらで用意してあるから安心してくれ」
そう言って相馬が取り出したのはお化け屋敷のパンフレットだった。
簡略化された配置図にはいくつもの畳の部屋と、その間を縫うように通る廊下が描かれている。
「まあ、肝心の部屋を抜ける順路までは書かれてないんだけどな」
ん? と相馬の発言に反応した覚者たち。
しかし問いかけるより先に相馬が締めの言葉で場をまとめてしまう。
「細かい所はみんなに任せる。ちょっと面倒な依頼だが、頼んだぜ!」
某所にある遊園地の一角。日も落ちた中でなお不気味さを増しているお化け屋敷では、施設内の機械のチェックが行われていた。
「世間はもうクリスマスかあ。ま、ここは変わらないよなあ」
独り言を呟きながら、男は青ざめた顔に血走った目をした恐ろしげな幽霊の人形を見上げた。
11月ともなればこのお化け屋敷がある遊園地もあちこちクリスマス仕様になっているが、お化け屋敷は和風を貫いている。
何しろここは曰く付きの土地を使っており、時々本物の心霊現象が起きると言う噂で集客している場所だ。期間限定の行事で特色を変えるわけにはいかない。
「よっし、これで終わり!」
最後のチェックを済ませて大きく伸びをすると、もう一度先程の人形を見上げる。
「今日もおつかれさん」
ぽんぽんと人形を叩き、男は帰って行く。
その背後でなにかがゆらりと揺れている事には気付かなかった。
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「メリークリスマス! って言うけど、メリーってなんだろうな?」
と、久方 相馬(nCL2000004)の雑談からブリーフィングが始まった。
「皆に行ってもらいたいのはこの遊園地にあるお化け屋敷だ。この中で発生した妖を退治してほしい」
時間は夜。遅くまで仕事をしていた職員が帰ってから動き始める。
「妖は全部で五体。全て心霊系だ。最初は中をうろついているが、一時間で外に出て行ってしまう」
夢見で分かったのはそこまで。その先はどう行動するのか分からない。
「かと言ってお化け屋敷の中で戦うのもちょっと手間がかかるんだよな」
このお化け屋敷は日本の城をイメージしており中を自由に歩き回れるのだが、中の部屋を区切る襖は正解の襖以外は開かなかったり、複数が開くのでどちらに行くか迷ったり、入ったら行き止まりだったりと簡単には進めない。
「五体の妖はこの中を動き回ってるんだ」
バラバラに動き回る妖を退治するには、まず捜し出す必要がある。
「お化け屋敷は結構広いから何人かに分かれて探した方がいいだろうな」
その事もあって、今回は九名を呼んだんだと相馬は言う。
「あと道の方なんだが、地図はこちらで用意してあるから安心してくれ」
そう言って相馬が取り出したのはお化け屋敷のパンフレットだった。
簡略化された配置図にはいくつもの畳の部屋と、その間を縫うように通る廊下が描かれている。
「まあ、肝心の部屋を抜ける順路までは書かれてないんだけどな」
ん? と相馬の発言に反応した覚者たち。
しかし問いかけるより先に相馬が締めの言葉で場をまとめてしまう。
「細かい所はみんなに任せる。ちょっと面倒な依頼だが、頼んだぜ!」
■シナリオ詳細
■成功条件
1.すべての妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
世間はすっかりクリスマス一色です。ハロウィンからこの短期間での早変わりときたら。
ともあれお化け屋敷が舞台の妖騒動。どう攻略するかは皆様次第。よろしくお願いいたします。
●補足
妖は外に出ても十分くらいはお化け屋敷の周りにいますので、その間に倒せば依頼成功です。
ただしそれ以上時間が経過するとどこへともなく消えてしまいます。こうなると追跡できませんので、依頼失敗です。
●場所
某所にあるお化け屋敷。城跡に建てられ本物の心霊現象が味わえると言う口コミで集客し、実際今回の事件より前に何度も心霊現象が起きているようです。
営業時間外なので職員もおらずセットも動きませんが、襖の仕掛けや見えるように設置された人形はそのままなので迷子になったり驚いて攻撃しないようご注意下さい。
照明は非常灯のみ。足元がかろうじて見える程度です。
ちなみにこのお化け屋敷の平均クリアタイムは約50分、最短記録は最初からタイムアタックを狙って行った約30分です。
・施設
迷路のようになっている畳部屋ですが、パンフレットを見ると非常事態が起きた時やリタイアしたい人のための避難経路が記載されています。
各部屋にある「脱出」と書かれた板張りの扉だけ抜けていけば、出入り口側と非常用ドアで繋がっている通路に出ます。
また通路にある立ち入り禁止と書かれたスタッフルームに入り部屋のブレーカーを入れれば、施設内のカメラ映像の確認やマイクを使用しての施設内アナウンスを行う事もできるようです。
ただし部屋には鍵がかかっていますので、入る時は何か手段を考えて下さい。
●敵情報
怨霊系が五体。それぞれ姿は違っていたりしますが能力に差はありません。
一体であちこち動き回っていますが、40分を過ぎた辺りで五体全員が来客用の出入り口に集まり始め、一時間経過時点でまとめて外に出て行ってしまいます。
もし他が倒されて残ったのが一体でも二体でも同じ行動をとります。
・お化け屋敷の幽霊/妖/心霊系ランク1
物理攻撃に強く特攻がよく効きます。物質透過技能を持ちますが、戦闘には使えません。
火の玉(遠単/火の玉をぶつける。特攻ダメージ)
笑う(遠列/不快な笑い声を上げる。特攻ダメージ+呪い)
情報は以上です。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/9
5/9
公開日
2015年11月13日
2015年11月13日
■メイン参加者 5人■
●幽霊屋敷
誰もいない夜の遊園地。昼間の明るさと喧騒が嘘のように静まり返った中、月明かりの下で不気味な外観を浮かび上がらせる「幽霊屋敷」があった。
稼働している仕掛けなどないはずなのに不気味な音が聞こえてくる気がするのは、中にいると言う妖のせいだろうか。
「……お、大きいお化け屋敷です、ね……?」
幽霊屋敷を前に黙ってしまった空気に耐えられなくなったのか、離宮院・さよ(CL2000870)は身を縮込ませながらも同行者に話題を振った。
「確かに。この広さだと探すのに手間取りそうですね」
「元より客が迷うように作っておると言うしのぅ」
さよが縮込まっているのを見かねたか、鈴白 秋人(CL2000565)と檜山 樹香(CL2000141)が話題に乗る。お化け屋敷と一口に言うには大きな武家屋敷。この内部が迷路のようになっていると考えると、捜索の手間は簡単に想像できた。
更にその妖がすべて怨霊系となると、出来過ぎな気さえする。
「お化け屋敷に怨霊系なんて妖も場を考えたのかしら?」
エルフィリア・ハイランド(CL2000613)が面白がるような口調で言うと、他にもそれに思い至った者がいたのか小さく笑いが起きる。
その時不意に風が吹いた。肌寒いはずの空気は妙に生ぬるくゆっくりと覚者達の首筋を撫でる。
思わずぞっとするような感触に硬直した者もいたが、天明 両慈(CL2000603)は構わず門の中へと踏み出していた。
早く行くぞと言わんばかりにチラリと視線を向けてくる両慈。
「いつまでもここにおれまいて。さて、行くとしようか、お前様方」
樹香も同じように門に踏み出し、四人の覚者は妖が潜む幽霊屋敷に入って行った。
●怨霊捜して右へ左へ
幽霊屋敷の内部に入るとひんやりと冷えた薄暗い空間が覚者達を出迎えた。
本来ならばここに入って来た客の対応をするスタッフなりがいるのだろうが、無人の空間の前には表面が破れ血飛沫が飛んだ襖がただ並ぶばかり。
「アタシはスタッフルームに直行するわ。ここから行けばすぐみたいだし」
パンフレットと周囲を交互に見ていたエルフィリアは非常口と書かれた扉を見付けると、一足先に別行動を取る旨を伝える。
「うむ。案内役は任せたぞ」
「ハイランドさん、よろしくお願いします」
樹香と秋人に軽く応え、エルフィリアは物質透過を使って非常口からスタッフルームに繋がる廊下へと入って行く。
~非常口、スタッフルーム~
非常口を通ったエルフィリアは廊下を進み、程なくスタッフルームと書かれた扉を発見する。
「こっちに怨霊は来てないようね」
スタッフルームの扉を物質透過で通り抜けると壁際を懐中電灯で照らしブレーカーを探し出す。
特に複雑な表示もなく至ってシンプルなスイッチをカチカチと入れて行くと、部屋に設置されたテレビ画面や操作盤の所にランプが点灯し始めた。
「これが電源スイッチみたいね。マイクはここにあるのがスイッチかしら」
室内の明かりも点けて操作盤のそれらしいスイッチを押して行くと、画面に施設内の至る所に設置されたカメラ画像が映し出された。それを確認し、最後にパチリとマイクのスイッチを入れる。
~入口、畳迷路前~
『アンションプリーズ? みんなお待たせ』
施設内のスピーカーから聞こえたエルフィリアの声に四人が顔を上げる。
「準備ができたようですね」
「次はワシらの出番じゃのぅ」
エルフィリアを待っている間、四人も秋人と両慈、樹香とさよの二人一組のチームに分かれて探索に備えていた。
「それでは合流までの予定は打ち合わせ通りに。天明さん、よろしくお願いします」
「ああ。宜しく頼む」
「ワシはさよとじゃ。よろしく頼むぞ」
「は、はいっ。よろしくお願いします!」
それぞれのパートナーと声をかけあい、四人はまず分かれ道が出るまで進むことにした。
そこから先はエルフィリアの案内を受け畳の迷路攻略と並行しながらの探索開始である。
●遭遇。探索班、樹香・さよチーム
最初の分かれ道で向かって右側の襖を選んだのは樹香とさよのチーム。
非常灯が足元を照らしているだけの畳部屋。懐中電灯の明かりは怯える気持ちのままに見ると、明かりが当たっている部分以外の闇を更に深くしているようにも思える。
「さよ」
「ひあっ?!あ、はいっ」
不意に呼ばれて樹香の袖を掴んでいたさよが飛び上がる。
「そう固くなっておっては疲れてしまうぞ」
「そ、そうですね」
樹香の袖を掴む手は離れていなかったが、おびえている様子を見て今は無理に離させる事もないと思ったのかうむと頷くと再び歩き出す。
(うぅ……お化けは怖いですけど、しっかりしないと……)
少ない人数で五体の妖を撃破するには今の内に各個撃破するのが一番。スピード勝負であると考えていたのは自分だ。
『樹香・さよチーム、その先の部屋に妖が接近してるわ』
エルフィリアの警告に樹香とさよは目を合わせる。
「行けるか?」
「はい、行きましょう!」
恐怖心を精一杯抑えて拳を握るさよを伴い、樹香はゆっくりと襖を開ける。
その正面の襖を通り抜け、一人の女が現れた。服も肌も髪も青白く足のないその姿は、間違いなく目的の妖、怨霊だった。
「先手は頂くぞ」
怨霊が二人に気付くかどうかと言った所で樹香が放った棘一閃が突き刺さる。その体に痛みはあるのか、じろりと樹香を見た怨霊の目は黄色く濁り、青白い全身の中で不気味に目立っていた。
「サポートします!」
さよはぞわぞわと背筋を駆けあがる怖気をこらえて樹香に水衣を纏わせる。
直後、怨霊のひび割れた唇がかっと開き不気味な笑い声が樹香の耳をつんざく。
「うるさいおばけじゃのぅ」
蔓草の鞭がゆらゆらと動き回る怨霊を捉え、さよのエアブリットが追撃と言う形で撃つ。
怨霊の動きはさほど素早くないらしく二人の攻撃はほとんど避けられる事無く当たって行くが、それと同じく怨霊の攻撃もほとんど外れる事がない。
「か、体…おもい、です……」
「むぅ……案外きついものじゃのぅ」
重なる呪いが体を縛る。体力だけならば二人の回復能力で対処できるが、呪いの方は自然治癒に頼るしかない。
「完全に止められるわけではない。動ける時に思い切り攻めるのじゃ」
「がんばりますですっ!」
五織の彩に樹香の首にある刺青も輝きを増したかのようだった。薙刀を構え怨霊を見据える樹香の姿に励まされるように、さよも身構えた。
その後も二人の戦いは苦戦の一言に尽きる。怨霊の攻撃はけして弱いものではなく、さよに攻撃が偏ると樹香とさよ両方が回復しなければならない事もあった。
ただでさえ呪いに縛られている所で二人が回復に手を取られ、逆に怨霊は攻撃されることなく更に呪いをかけて来ると言った悪循環に苦しめられる。
そんな状況で漸く怨霊が耳障りな断末魔を残し霧散した時、二人の気力は連戦が不可能な程に消耗していた。
●探索班、秋人・両慈チーム
「向こうのチームはどうなっているでしょうか」
施設内の放送は秋人達にも聞こえるのだ。もう一つのチームも妖と戦っているのは分かっている。
「危険な状態になればハイランドから報告が入るだろう。今はこちらに集中しろ、怪我をするぞ」
「それもそうです、ね」
両慈と話していた秋人は素早くその場から飛び退き、火の玉を投げて来た妖に向き直る。
「まさに怨霊と言った姿ですよね」
「そこの人形にそっくりだな」
二人の前にいる妖はぼろぼろの甲冑を纏った落ち武者の姿をしている。両慈が横目で見た壁に倒れ掛かる武者のマネキンと似たような姿である。
この妖と遭遇したのは樹香・さよチームが戦闘を開始してからしばらく経ってからだった。
『なんか人形相手に喧嘩売ってる妖がいるんだけど。秋人・両慈チームの近くね。そうそう、そっちの襖の方』
笑いを含んだエルフィリアのアナウンスで発見したのが、部屋に置かれた人形に刀を向けていたこの武者姿の怨霊だった。
刀を使う怨霊かと身構えたのだが、使ってくるのは火の玉と耳をつんざく笑い声。
「飛び道具ならばこちらも負けん」
秋人と両慈は多彩な能力を使い戦闘を有利に進めて行く。敵の攻撃は補助や回復で対応し、自身の能力を底上げした遠距離攻撃で敵を撃つ。
怨霊は同ランクの妖の中では手強い部類に入り、物理攻撃が効きにくいと言う特性もある。反面特攻が効きやすく、この幽霊屋敷の怨霊は特にその傾向が顕著だったようだ。
五人の中で特攻能力が高い二人に押され、怨霊は徐々に弱って行く。
怨霊にも運と言うものがあるのだろう。怨霊の攻撃がさほど効果を上げないのに対して秋人と両慈の攻撃は高い威力を維持し続けた事もあり、追い詰められるまでそれほど時間はかからなかった。
「もう一息と言ったところですね」
「探索の方がよほど時間がかかったな」
エルフィリアのナビがあっても畳の迷路の仕掛けばかりは地道に確認しながら行くしかなく、何度か行ったり来たりを繰り返す羽目になった。
その苛立ちが攻撃に出たのだろうか。秋人の水礫と両慈の召雷は立て続けに多大な威力を発揮し、それがとどめとなった妖が断末魔をあげて霧散して行く。
「これで一体目ですね」
「できればあと一体は仕留めたい所だが」
互いの負傷や気力の消耗を回復しながら探索を続けようと襖に手をかけると、近くにあったスピーカーから声が届く。
『秋人・両慈チーム、聞こえる? 樹香・さよチームの消耗が激しいわ。今入口の方に戻ってるところよ』
エルフィリアからの報告に二人は顔を見合わせた。
●集う怨霊と覚者
「思ったより消耗したのぅ」
「でも一体倒せてよかったです」
妖を倒した後、気力の消耗が激しかった樹香とさよは一旦入口に戻っていた。
あの後エルフィリアのアナウンスで秋人・両慈チームも妖を倒した事を知り、残りは三体かと考えながら顔を上げる。
漢数字で描かれた文字盤に生首がぶら下がった針と言う不気味な時計が目に入り、同時に生首とも目が合ってしまった。針が進むと軋んだ音が鳴って生首が揺れる。
「二人とも大丈夫ですか?」
さよが思わずびくりとした所で秋人が声をかけてきた。隣には両慈もいる。
「すまぬのぅ。早めに切り上げさせてしまったようじゃ」
樹香の言葉に、さよも口惜しそうな顔をする。打ち合わせの段階では三十分を経過した時点で妖が残っていれば入口で合流する予定だったのだ。
「各チーム一体は倒せましたから、少し予定が早まっただけです」
「問題ない」
長く伸びた髪のせいか成長した姿のためか、どことなく印象が柔らかになった秋人と不愛想ながら手早く気力を回復させていく両慈の態度に樹香とさよも少し安心したらしい。
「終わったぞ」
しかし両慈の気力とて無限ではない。両慈自身の気力が足りなくならない程度に樹香とさよの気力を回復させ、一息つく。
『妖が出入り口に集まり始めたわね。私もそっちに合流するわ』
そこにエルフィリアのアナウンスが入った。どうやら出入り口に戻り回復をしている間にそれなりの時間が経過していたらしい。
「お待たせ。2チームともお疲れさま」
「あ、ありがとうございました!」
「おお、ご苦労じゃったのぅ」
「世話になったな」
「伝達役ありがとうございます」
最後のアナウンスから少ししてエルフィリアが合流し、互いにねぎらいの言葉を交わす。
そこに近付く怖気をふるうような気配。
「来たか」
両慈の演舞・清風により味方を取り巻く風が吹く。その風の音に重なる不気味な怨霊の笑い声。
それが戦いの合図となった。
エルフィリアが黒い手袋に包まれた指先を振るうと一体の怨霊が身を捩り胸元を掻き毟る。その胸元を突き破るのは樹香の手による一本の棘。毒と出血に苛まれた妖はそれでも狂ったような笑い声を上げて反撃する。
「今度は不発ですね!」
先程呪いに苦しめられたさよは効果を及ぼさなかった笑い声にエアブリットでお返しをする。
続く秋人のB.O.T.は強力な一撃となって怨霊の体を貫いた。
「毒だけじゃ足りないかしら」
エルフィリアの手からしゅるりと流れる黒い鞭。痺れをもたらす鞭が怨霊を打ち据えるが、エルフィリアの攻撃はこれだけではない。
「ふふっ、今宵は鞭の二刀流のお披露目よ」
毒に痺れに出血に、更には黒と緑の鞭の攻撃。ある意味怨霊よりもよほど恐ろしい攻撃手段を持っているのは彼女だろう。
「これは負けていられんのぅ」
同じ木行として煽られるものがあったか、樹香も負けじと深緑鞭を振るい、棘一閃を放つ。
その間にも怨霊達の火の玉と呪いを含む笑い声が覚者達を襲ったが、回復能力の厚さが対抗する。
特に探索班の四人は二体一の戦いを経た分、今の三体五の戦いはまだ楽に感じられただろう。実際に受けるダメージもばらけ回復も充実した現状はその通りではある。
しかし、敵が三体になったからこその危険もあった。
「攻撃が集中しているようですね」
敵の攻撃と味方の様子を見比べた秋人は水衣を使う。
ばらばらに攻撃していた怨霊が時折一人に対して攻撃を集中するようになってきたのだ。どちらかと言えば集中攻撃は偶然らしいが、偶然が重なる事もある。
「さよ!」
三体の怨霊の攻撃の前にさよが倒れる。回復の合間に起きたあっと言う間の出来事だった。
しかし、さよはよろけながらも立ち上がる。
「まだ、やれます……!」
そしてさよと同じ立ち位置にいたせいなのかこれも偶然なのか、エルフィリアも無事では済まなかった。
「ふふ……アタシ達に夢中なのかしら」
荒い息をつきながら鞭を構え直すエルフィリア。彼女にも味方の行動の合間に立て続けに攻撃が集中し床に倒れる羽目になったのだが、にんまりと笑う顔はどこか喜色が浮かんでいる。
尚も攻撃を続けようとした怨霊だったが、わずかに目線を鋭くした両慈の攻撃に吹き飛ばされてそのまま霧散して行った。
怨霊達にも仲間意識はあるのだろうか。残った二体の怨霊の笑い声はどこか怒りを思わせる激しさで両慈の耳をつんざく。
そんな中、不意に壁にかかった不気味な時計がぎりぎりと動く音が響いた。
はっとする覚者達は時計の針が大分動いているに気付く。戦闘が始まってどれだけ経ったのか、体感ではかなりの時間が経過しているようにも感じる。
「大丈夫です、きっと間に合います!」
さよはふらつきながらも声を張り上げる。先程から何度も倒れる寸前まで行ってはかろうじて回復が間に合っていると言う危険な状態が続いているが、その声に怯えの色はない。
「案ずるより産むが易しじゃな」
樹香の攻撃を皮切りに、覚者達は一斉に攻撃に出る。残り二体となった怨霊の攻撃は耳をつんざく笑い声が幾重にも重なり耳障りどころではなかった。
呪いなどなくとも脳が揺さぶられそうな錯覚を覚えるほどだったが、叫ぶような笑い声は怨霊の余裕のなさだったのか。エルフィリアの鞭が打ち付けられると、片方の怨霊の笑い声はそのまま断末魔となって消えた。
しかし最後の哄笑は執念のように樹香に多大なダメージを残して行く。
「なんのこれしき……!」
重く体を縛る呪いに樹香が抵抗しようとする。そこに最後の怨霊が放った火の玉が追い打ちをかける。
ぐらりと傾ぐ樹香。しかし、その手にはしっかりと深緑鞭が握られていた。
「おかえしじゃ!」
振り下ろされた樹香の深緑鞭が唸りを上げて怨霊を打ち据え、そこになだれ込むように秋人、両慈、さよの攻撃が続いた。
「これでおしまいね」
口元に笑みを浮かべたエルフィリアの棘が怨霊の体を刺し貫く。
棘に貫かれ目も口も大きく開いた妖の姿はやがて輪郭を崩し、逃げるのかと焦る覚者達の前でそれまで撃破された妖のように霧散して行った。
最後の怨霊は断末魔もなく消え去り、その代わりとでも言うように壁にかけられた時計の針が悲鳴のように軋みながら時間を刻む。
●幽霊屋敷の怪異は……。
「流石にこの時間は寒いわね」
エルフィリアが見上げた夜空には月が高い位置で輝いており、風が冷たい。それでも怨霊と戦っていた時の怖気が走る寒さに比べれば心地よいくらいだった。
「大丈夫なのか」
一人スタッフルームを片付けに戻っていたエルフィリアに両慈が聞く。一度倒れている彼女の身を慮っているらしい。
「平気よ。それに、あそこを使ったのはアタシだから。飛ぶ鳥後を濁さずってね」
軽く応えるエルフィリア。
「お前様もよう頑張ったのぅ」
「うぅ……でもこわかったです……」
樹香が倒されても起き上がって戦ったさよを労う。さよ自身も幽霊屋敷に入る前と後では随分と気持ちが変化しているのは感じていたが、やはり怖い物は怖い。
「やっぱりお化け屋敷はできれば入りたくないです……」
「そうかのぅ? ワシは今度遊びに来たいものじゃな」
ええ?! と樹香の発言に驚くさよの後ろ、幽霊屋敷の雰囲気作りにか植えられた柳の木に、秋人がふと視線を向ける。
「どうした」
秋人の視線がそちらを向いている事に気付いた両慈が声を掛けると、秋人は前に向き直る。
「気のせいだったようです」
風に揺れる柳に幽霊を連想するのはよくある話だ。その陰にちらりと見えた女の幽霊など、その典型ではないか。
揺れる柳の枝に見えた女の幽霊。それは本当に目の錯覚だったかどうなのか、幽霊屋敷を後にした覚者達が知る由もなく。風にざわめく柳の枝と幽霊屋敷の門に佇む青白い人影だけが知っている。
誰もいない夜の遊園地。昼間の明るさと喧騒が嘘のように静まり返った中、月明かりの下で不気味な外観を浮かび上がらせる「幽霊屋敷」があった。
稼働している仕掛けなどないはずなのに不気味な音が聞こえてくる気がするのは、中にいると言う妖のせいだろうか。
「……お、大きいお化け屋敷です、ね……?」
幽霊屋敷を前に黙ってしまった空気に耐えられなくなったのか、離宮院・さよ(CL2000870)は身を縮込ませながらも同行者に話題を振った。
「確かに。この広さだと探すのに手間取りそうですね」
「元より客が迷うように作っておると言うしのぅ」
さよが縮込まっているのを見かねたか、鈴白 秋人(CL2000565)と檜山 樹香(CL2000141)が話題に乗る。お化け屋敷と一口に言うには大きな武家屋敷。この内部が迷路のようになっていると考えると、捜索の手間は簡単に想像できた。
更にその妖がすべて怨霊系となると、出来過ぎな気さえする。
「お化け屋敷に怨霊系なんて妖も場を考えたのかしら?」
エルフィリア・ハイランド(CL2000613)が面白がるような口調で言うと、他にもそれに思い至った者がいたのか小さく笑いが起きる。
その時不意に風が吹いた。肌寒いはずの空気は妙に生ぬるくゆっくりと覚者達の首筋を撫でる。
思わずぞっとするような感触に硬直した者もいたが、天明 両慈(CL2000603)は構わず門の中へと踏み出していた。
早く行くぞと言わんばかりにチラリと視線を向けてくる両慈。
「いつまでもここにおれまいて。さて、行くとしようか、お前様方」
樹香も同じように門に踏み出し、四人の覚者は妖が潜む幽霊屋敷に入って行った。
●怨霊捜して右へ左へ
幽霊屋敷の内部に入るとひんやりと冷えた薄暗い空間が覚者達を出迎えた。
本来ならばここに入って来た客の対応をするスタッフなりがいるのだろうが、無人の空間の前には表面が破れ血飛沫が飛んだ襖がただ並ぶばかり。
「アタシはスタッフルームに直行するわ。ここから行けばすぐみたいだし」
パンフレットと周囲を交互に見ていたエルフィリアは非常口と書かれた扉を見付けると、一足先に別行動を取る旨を伝える。
「うむ。案内役は任せたぞ」
「ハイランドさん、よろしくお願いします」
樹香と秋人に軽く応え、エルフィリアは物質透過を使って非常口からスタッフルームに繋がる廊下へと入って行く。
~非常口、スタッフルーム~
非常口を通ったエルフィリアは廊下を進み、程なくスタッフルームと書かれた扉を発見する。
「こっちに怨霊は来てないようね」
スタッフルームの扉を物質透過で通り抜けると壁際を懐中電灯で照らしブレーカーを探し出す。
特に複雑な表示もなく至ってシンプルなスイッチをカチカチと入れて行くと、部屋に設置されたテレビ画面や操作盤の所にランプが点灯し始めた。
「これが電源スイッチみたいね。マイクはここにあるのがスイッチかしら」
室内の明かりも点けて操作盤のそれらしいスイッチを押して行くと、画面に施設内の至る所に設置されたカメラ画像が映し出された。それを確認し、最後にパチリとマイクのスイッチを入れる。
~入口、畳迷路前~
『アンションプリーズ? みんなお待たせ』
施設内のスピーカーから聞こえたエルフィリアの声に四人が顔を上げる。
「準備ができたようですね」
「次はワシらの出番じゃのぅ」
エルフィリアを待っている間、四人も秋人と両慈、樹香とさよの二人一組のチームに分かれて探索に備えていた。
「それでは合流までの予定は打ち合わせ通りに。天明さん、よろしくお願いします」
「ああ。宜しく頼む」
「ワシはさよとじゃ。よろしく頼むぞ」
「は、はいっ。よろしくお願いします!」
それぞれのパートナーと声をかけあい、四人はまず分かれ道が出るまで進むことにした。
そこから先はエルフィリアの案内を受け畳の迷路攻略と並行しながらの探索開始である。
●遭遇。探索班、樹香・さよチーム
最初の分かれ道で向かって右側の襖を選んだのは樹香とさよのチーム。
非常灯が足元を照らしているだけの畳部屋。懐中電灯の明かりは怯える気持ちのままに見ると、明かりが当たっている部分以外の闇を更に深くしているようにも思える。
「さよ」
「ひあっ?!あ、はいっ」
不意に呼ばれて樹香の袖を掴んでいたさよが飛び上がる。
「そう固くなっておっては疲れてしまうぞ」
「そ、そうですね」
樹香の袖を掴む手は離れていなかったが、おびえている様子を見て今は無理に離させる事もないと思ったのかうむと頷くと再び歩き出す。
(うぅ……お化けは怖いですけど、しっかりしないと……)
少ない人数で五体の妖を撃破するには今の内に各個撃破するのが一番。スピード勝負であると考えていたのは自分だ。
『樹香・さよチーム、その先の部屋に妖が接近してるわ』
エルフィリアの警告に樹香とさよは目を合わせる。
「行けるか?」
「はい、行きましょう!」
恐怖心を精一杯抑えて拳を握るさよを伴い、樹香はゆっくりと襖を開ける。
その正面の襖を通り抜け、一人の女が現れた。服も肌も髪も青白く足のないその姿は、間違いなく目的の妖、怨霊だった。
「先手は頂くぞ」
怨霊が二人に気付くかどうかと言った所で樹香が放った棘一閃が突き刺さる。その体に痛みはあるのか、じろりと樹香を見た怨霊の目は黄色く濁り、青白い全身の中で不気味に目立っていた。
「サポートします!」
さよはぞわぞわと背筋を駆けあがる怖気をこらえて樹香に水衣を纏わせる。
直後、怨霊のひび割れた唇がかっと開き不気味な笑い声が樹香の耳をつんざく。
「うるさいおばけじゃのぅ」
蔓草の鞭がゆらゆらと動き回る怨霊を捉え、さよのエアブリットが追撃と言う形で撃つ。
怨霊の動きはさほど素早くないらしく二人の攻撃はほとんど避けられる事無く当たって行くが、それと同じく怨霊の攻撃もほとんど外れる事がない。
「か、体…おもい、です……」
「むぅ……案外きついものじゃのぅ」
重なる呪いが体を縛る。体力だけならば二人の回復能力で対処できるが、呪いの方は自然治癒に頼るしかない。
「完全に止められるわけではない。動ける時に思い切り攻めるのじゃ」
「がんばりますですっ!」
五織の彩に樹香の首にある刺青も輝きを増したかのようだった。薙刀を構え怨霊を見据える樹香の姿に励まされるように、さよも身構えた。
その後も二人の戦いは苦戦の一言に尽きる。怨霊の攻撃はけして弱いものではなく、さよに攻撃が偏ると樹香とさよ両方が回復しなければならない事もあった。
ただでさえ呪いに縛られている所で二人が回復に手を取られ、逆に怨霊は攻撃されることなく更に呪いをかけて来ると言った悪循環に苦しめられる。
そんな状況で漸く怨霊が耳障りな断末魔を残し霧散した時、二人の気力は連戦が不可能な程に消耗していた。
●探索班、秋人・両慈チーム
「向こうのチームはどうなっているでしょうか」
施設内の放送は秋人達にも聞こえるのだ。もう一つのチームも妖と戦っているのは分かっている。
「危険な状態になればハイランドから報告が入るだろう。今はこちらに集中しろ、怪我をするぞ」
「それもそうです、ね」
両慈と話していた秋人は素早くその場から飛び退き、火の玉を投げて来た妖に向き直る。
「まさに怨霊と言った姿ですよね」
「そこの人形にそっくりだな」
二人の前にいる妖はぼろぼろの甲冑を纏った落ち武者の姿をしている。両慈が横目で見た壁に倒れ掛かる武者のマネキンと似たような姿である。
この妖と遭遇したのは樹香・さよチームが戦闘を開始してからしばらく経ってからだった。
『なんか人形相手に喧嘩売ってる妖がいるんだけど。秋人・両慈チームの近くね。そうそう、そっちの襖の方』
笑いを含んだエルフィリアのアナウンスで発見したのが、部屋に置かれた人形に刀を向けていたこの武者姿の怨霊だった。
刀を使う怨霊かと身構えたのだが、使ってくるのは火の玉と耳をつんざく笑い声。
「飛び道具ならばこちらも負けん」
秋人と両慈は多彩な能力を使い戦闘を有利に進めて行く。敵の攻撃は補助や回復で対応し、自身の能力を底上げした遠距離攻撃で敵を撃つ。
怨霊は同ランクの妖の中では手強い部類に入り、物理攻撃が効きにくいと言う特性もある。反面特攻が効きやすく、この幽霊屋敷の怨霊は特にその傾向が顕著だったようだ。
五人の中で特攻能力が高い二人に押され、怨霊は徐々に弱って行く。
怨霊にも運と言うものがあるのだろう。怨霊の攻撃がさほど効果を上げないのに対して秋人と両慈の攻撃は高い威力を維持し続けた事もあり、追い詰められるまでそれほど時間はかからなかった。
「もう一息と言ったところですね」
「探索の方がよほど時間がかかったな」
エルフィリアのナビがあっても畳の迷路の仕掛けばかりは地道に確認しながら行くしかなく、何度か行ったり来たりを繰り返す羽目になった。
その苛立ちが攻撃に出たのだろうか。秋人の水礫と両慈の召雷は立て続けに多大な威力を発揮し、それがとどめとなった妖が断末魔をあげて霧散して行く。
「これで一体目ですね」
「できればあと一体は仕留めたい所だが」
互いの負傷や気力の消耗を回復しながら探索を続けようと襖に手をかけると、近くにあったスピーカーから声が届く。
『秋人・両慈チーム、聞こえる? 樹香・さよチームの消耗が激しいわ。今入口の方に戻ってるところよ』
エルフィリアからの報告に二人は顔を見合わせた。
●集う怨霊と覚者
「思ったより消耗したのぅ」
「でも一体倒せてよかったです」
妖を倒した後、気力の消耗が激しかった樹香とさよは一旦入口に戻っていた。
あの後エルフィリアのアナウンスで秋人・両慈チームも妖を倒した事を知り、残りは三体かと考えながら顔を上げる。
漢数字で描かれた文字盤に生首がぶら下がった針と言う不気味な時計が目に入り、同時に生首とも目が合ってしまった。針が進むと軋んだ音が鳴って生首が揺れる。
「二人とも大丈夫ですか?」
さよが思わずびくりとした所で秋人が声をかけてきた。隣には両慈もいる。
「すまぬのぅ。早めに切り上げさせてしまったようじゃ」
樹香の言葉に、さよも口惜しそうな顔をする。打ち合わせの段階では三十分を経過した時点で妖が残っていれば入口で合流する予定だったのだ。
「各チーム一体は倒せましたから、少し予定が早まっただけです」
「問題ない」
長く伸びた髪のせいか成長した姿のためか、どことなく印象が柔らかになった秋人と不愛想ながら手早く気力を回復させていく両慈の態度に樹香とさよも少し安心したらしい。
「終わったぞ」
しかし両慈の気力とて無限ではない。両慈自身の気力が足りなくならない程度に樹香とさよの気力を回復させ、一息つく。
『妖が出入り口に集まり始めたわね。私もそっちに合流するわ』
そこにエルフィリアのアナウンスが入った。どうやら出入り口に戻り回復をしている間にそれなりの時間が経過していたらしい。
「お待たせ。2チームともお疲れさま」
「あ、ありがとうございました!」
「おお、ご苦労じゃったのぅ」
「世話になったな」
「伝達役ありがとうございます」
最後のアナウンスから少ししてエルフィリアが合流し、互いにねぎらいの言葉を交わす。
そこに近付く怖気をふるうような気配。
「来たか」
両慈の演舞・清風により味方を取り巻く風が吹く。その風の音に重なる不気味な怨霊の笑い声。
それが戦いの合図となった。
エルフィリアが黒い手袋に包まれた指先を振るうと一体の怨霊が身を捩り胸元を掻き毟る。その胸元を突き破るのは樹香の手による一本の棘。毒と出血に苛まれた妖はそれでも狂ったような笑い声を上げて反撃する。
「今度は不発ですね!」
先程呪いに苦しめられたさよは効果を及ぼさなかった笑い声にエアブリットでお返しをする。
続く秋人のB.O.T.は強力な一撃となって怨霊の体を貫いた。
「毒だけじゃ足りないかしら」
エルフィリアの手からしゅるりと流れる黒い鞭。痺れをもたらす鞭が怨霊を打ち据えるが、エルフィリアの攻撃はこれだけではない。
「ふふっ、今宵は鞭の二刀流のお披露目よ」
毒に痺れに出血に、更には黒と緑の鞭の攻撃。ある意味怨霊よりもよほど恐ろしい攻撃手段を持っているのは彼女だろう。
「これは負けていられんのぅ」
同じ木行として煽られるものがあったか、樹香も負けじと深緑鞭を振るい、棘一閃を放つ。
その間にも怨霊達の火の玉と呪いを含む笑い声が覚者達を襲ったが、回復能力の厚さが対抗する。
特に探索班の四人は二体一の戦いを経た分、今の三体五の戦いはまだ楽に感じられただろう。実際に受けるダメージもばらけ回復も充実した現状はその通りではある。
しかし、敵が三体になったからこその危険もあった。
「攻撃が集中しているようですね」
敵の攻撃と味方の様子を見比べた秋人は水衣を使う。
ばらばらに攻撃していた怨霊が時折一人に対して攻撃を集中するようになってきたのだ。どちらかと言えば集中攻撃は偶然らしいが、偶然が重なる事もある。
「さよ!」
三体の怨霊の攻撃の前にさよが倒れる。回復の合間に起きたあっと言う間の出来事だった。
しかし、さよはよろけながらも立ち上がる。
「まだ、やれます……!」
そしてさよと同じ立ち位置にいたせいなのかこれも偶然なのか、エルフィリアも無事では済まなかった。
「ふふ……アタシ達に夢中なのかしら」
荒い息をつきながら鞭を構え直すエルフィリア。彼女にも味方の行動の合間に立て続けに攻撃が集中し床に倒れる羽目になったのだが、にんまりと笑う顔はどこか喜色が浮かんでいる。
尚も攻撃を続けようとした怨霊だったが、わずかに目線を鋭くした両慈の攻撃に吹き飛ばされてそのまま霧散して行った。
怨霊達にも仲間意識はあるのだろうか。残った二体の怨霊の笑い声はどこか怒りを思わせる激しさで両慈の耳をつんざく。
そんな中、不意に壁にかかった不気味な時計がぎりぎりと動く音が響いた。
はっとする覚者達は時計の針が大分動いているに気付く。戦闘が始まってどれだけ経ったのか、体感ではかなりの時間が経過しているようにも感じる。
「大丈夫です、きっと間に合います!」
さよはふらつきながらも声を張り上げる。先程から何度も倒れる寸前まで行ってはかろうじて回復が間に合っていると言う危険な状態が続いているが、その声に怯えの色はない。
「案ずるより産むが易しじゃな」
樹香の攻撃を皮切りに、覚者達は一斉に攻撃に出る。残り二体となった怨霊の攻撃は耳をつんざく笑い声が幾重にも重なり耳障りどころではなかった。
呪いなどなくとも脳が揺さぶられそうな錯覚を覚えるほどだったが、叫ぶような笑い声は怨霊の余裕のなさだったのか。エルフィリアの鞭が打ち付けられると、片方の怨霊の笑い声はそのまま断末魔となって消えた。
しかし最後の哄笑は執念のように樹香に多大なダメージを残して行く。
「なんのこれしき……!」
重く体を縛る呪いに樹香が抵抗しようとする。そこに最後の怨霊が放った火の玉が追い打ちをかける。
ぐらりと傾ぐ樹香。しかし、その手にはしっかりと深緑鞭が握られていた。
「おかえしじゃ!」
振り下ろされた樹香の深緑鞭が唸りを上げて怨霊を打ち据え、そこになだれ込むように秋人、両慈、さよの攻撃が続いた。
「これでおしまいね」
口元に笑みを浮かべたエルフィリアの棘が怨霊の体を刺し貫く。
棘に貫かれ目も口も大きく開いた妖の姿はやがて輪郭を崩し、逃げるのかと焦る覚者達の前でそれまで撃破された妖のように霧散して行った。
最後の怨霊は断末魔もなく消え去り、その代わりとでも言うように壁にかけられた時計の針が悲鳴のように軋みながら時間を刻む。
●幽霊屋敷の怪異は……。
「流石にこの時間は寒いわね」
エルフィリアが見上げた夜空には月が高い位置で輝いており、風が冷たい。それでも怨霊と戦っていた時の怖気が走る寒さに比べれば心地よいくらいだった。
「大丈夫なのか」
一人スタッフルームを片付けに戻っていたエルフィリアに両慈が聞く。一度倒れている彼女の身を慮っているらしい。
「平気よ。それに、あそこを使ったのはアタシだから。飛ぶ鳥後を濁さずってね」
軽く応えるエルフィリア。
「お前様もよう頑張ったのぅ」
「うぅ……でもこわかったです……」
樹香が倒されても起き上がって戦ったさよを労う。さよ自身も幽霊屋敷に入る前と後では随分と気持ちが変化しているのは感じていたが、やはり怖い物は怖い。
「やっぱりお化け屋敷はできれば入りたくないです……」
「そうかのぅ? ワシは今度遊びに来たいものじゃな」
ええ?! と樹香の発言に驚くさよの後ろ、幽霊屋敷の雰囲気作りにか植えられた柳の木に、秋人がふと視線を向ける。
「どうした」
秋人の視線がそちらを向いている事に気付いた両慈が声を掛けると、秋人は前に向き直る。
「気のせいだったようです」
風に揺れる柳に幽霊を連想するのはよくある話だ。その陰にちらりと見えた女の幽霊など、その典型ではないか。
揺れる柳の枝に見えた女の幽霊。それは本当に目の錯覚だったかどうなのか、幽霊屋敷を後にした覚者達が知る由もなく。風にざわめく柳の枝と幽霊屋敷の門に佇む青白い人影だけが知っている。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし








