白糸の滝 寄姫伝説
白糸の滝 寄姫伝説


●白糸の滝
 白糸の滝、という地名はご存知だろうか?
 もしご存知ならば、それはどの国里の滝であろうか?
 流下する白き滝水を、絹糸に例えてそう呼んだ「白糸の滝」は単なる偶然か、あるいは何かの必然か、日本各地に点在するといわれている。
 滝は、この国において一種のパワースポットとして信仰を得たり、現代では観光資源のひとつとみなされています。修験者の滝行、マイナスイオンの迷信、止め処なく飛沫をあげる落水は何にせよ、人を惹きつける魅力があるようだ。
 しかし、お忘れなきように。
 霊験高き白糸の滝。得てして、こうした場所には良きにせよ悪きにせよ逸話があるのだ。
 いざその神秘に出くわした時、知らなかったと嘆いても手遅れといえる。
 そこでひとつ、これから語られる物語をお聞き頂きたい。
 これは九州は肥後国熊本、とある村の「白糸の滝」の物語である。

●寄姫の滝
 魅入っていた。
 兵部正秀という若く美しい武士の男は絶景といわれた白糸の滝を訪ね、今こうして魅入っていた。
 月並みならぬ美男子の兵部にとって、この世の大半が自らに釣り合わぬ粗末で不格好なもので織り成されている現実を忘れられる、穏やかな一時であった。
 いつしか雷鳴が響いては暗雲が天を覆い、白糸の滝が溢れる雨水に荒んでいた。
 兵部はやむなく小さなほこらに雨宿りして過ごす
 ようやく夕立が止んだ時、滝の上では、雷雲に遮られていた陽光の柱が降りてくる。その光に導かれて、うら若き娘が、滝壺の水の上を滑るようにして現れたるさまの何と美しきことか。
「そなた、名は何と申す」
 兵部は濡れ鼠の身体に襲う寒気も忘れて、白糸の滝の乙女の美貌に心を奪われる。
「寄姫と、申します」
 これより先はあたかも竜巻の如き事運び、ふたりは意気投合したとはいえ、兵部は寄姫を家に連れ帰っては数日とせずめでたく祝詞をあげた。周囲は素性の知れぬ寄姫を不思議がるが、まめまめしく兵部につかえる寄姫をすぐに受け入れた。
 二人の楽しい日々がしばらく続いたある日のこと、寄姫は家事の合間に織物がしたいと夕刻に度々出かけるようになった。重い機具を携えて、それを毎度持って帰ってきても一度たりとも米飯の炊き加減さえ違えたことはない。
「寄姫、織物なぞは召使に頼めばよいではないか」
「いえ、織物は私の性分ですから」
 さらに月日が過ぎるうち、兵部の疑念は深まっていく。同僚の武士や村々の者などが目撃した「火の玉」なる噂話に拠れば、村の外れの堤にて、織物道具を持ったいと美しい女の姿があり、それは兵部の家に消えていくというのだ。丑の刻、床を抜け出していく寄姫を一度ならずも二度、三度と見かけた兵部はついぞ寄姫を問い詰めた。
 されども、寄姫はうつむいて何も答えようとしない。
「なぜだ、寄姫」
 わからない。
 わかるとすれば、寄姫はどうあっても兵部に真実を打ち明けられないということ。
 裏切られた気がしたのだ。
 兵部は、己と寄姫は錠と鍵のように一組揃いの夫婦であると信じたかった。
 しかしどこかで己自身が自他の価値に値段をつけては釣り合わないと人を軽んじてきたように、寄姫もまた兵部の値札を見つめては己の絶世の美に見劣るのではないかと考えて不思議でない。そうした時、疑念はついに激怒へ転じた。
 己の矮小さと自惚れへのやり場のなさを転嫁するように乱暴に、刀を握る。
「なぜだ、寄姫よ!」
「旦那、様」
 一突き、白刃は胸を貫いていた
「言え、なぜ、俺如きに嫁がねばならなかったのだ……」
 寄姫は答えず、外へ。追って出てみれば、夜闇の中に消えてしまっていた。

 夜明け。薄明を頼りに点々と滴り落ちた寄姫の血を辿って、兵部は滝の上流に至り、洞窟へ。
 洞穴の暗がりにあっても、血を流して横たわる大蛇のぬらりとした艶やかな白い鱗は妖しく光り輝いている。寄姫の亡骸だということは疑うまでもなかった。その美貌ゆえに。

 ――以来、この滝を「寄姫の滝」と人は呼ぶ。

●調査依頼
 当地にて、不審な火の玉についての目撃情報が報告されはじめて早数年。先延ばしになっていたものの、国内情勢が落ち着きを見せた折、組織は調査人員の派遣を決定する。
 寺社仏閣やパワースポットには古妖の類が眠る、封じられている等のケースも多く、それらに綻びや異常が生じていないかを調べることには必然性がある。
 もっとも、何事もないのであれば、この暑い夏の日に、涼しげな高原で避暑と洒落込めるのであるが――。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
■成功条件
1.目的地の調査
2.白糸ノ寄姫の出現が確認された場合、その対処(方法問わず)
3.なし
お久しぶりです、カモメのジョナサンです。
今回の依頼は調査をメインとした依頼となります。観光メイン違うよ!

目的地周辺について調査を行い、異常がないかの調査、および問題があれば対処をお願いします。

●舞台
・熊本県阿蘇郡某村
 熊本市内と阿蘇市の中間にある、原野と森林が多い自然豊かな村。
 南阿蘇観光の玄関口となっており、見晴らしのよい青々とした風景はドライブにぴったり。

・白糸の滝
 今回の主な調査対象。古代の蛇神信仰の系譜を感じさせる「寄姫伝説」の逸話が残る。
 震災以降、稀に不審な火の玉の目撃例があり、調査の要請が届いている。
 夏場は避暑地として人気があり、近くの交流館ではBBQやそうめん等が楽しめる。
 パワースポットとしても心霊スポットとしても知る人ぞ知る観光名所である。

・寺社仏閣
 村内に幾つかある大小の施設。無人の社なども。
 必須ではないが、目立った異常がないか調べることができればよりよい。

・観光名所
 ミルク牧場、キャンプ城、温泉、風力発電所など牧歌的な施設がある。
 日帰りでの調査は難しい為、宿泊施設はまずお世話になるだろう。

●人物情報
・白糸ノ寄姫
 伝承に拠れば、いと美しき乙女なれど正体は白き大蛇――蛇神の一族とされる。
 最期は兵部に胸を貫かれた為、とうに死んでいるはずだが……。
 仮に戦うことになった場合、逸話を鑑みるに水と火、怪力と蛇の巨体が脅威となりうる。
 古妖としては強力だとみられ、正面から戦うには相応の覚悟を要するだろう。

・兵部正秀
 安土桃山時代の武将、木山弾正の配下と言い伝えられる美男子。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2019年08月17日

■メイン参加者 6人■

『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)

●ようこそ阿蘇へ
 青空白雲。瑞々しい草木の広がる中、一条の道がずっと続いている。その先を見やれば、雄大な阿蘇の外輪山がどーんと待っていた。
 車の窓を開いてみれば、冷房よりも涼やかな風が頬を切る。
 阿蘇山の麓というロケーションのおかげか、某村への出迎えの車両での一時は、景観を眺めるだけでもなんとなしに心安らぐような、清々しい気分になれる。
「不審な火の玉、ですか…」
 『居待ち月』天野 澄香(CL2000194) は車内にて現地職員の話を伺い、考察する。
「もしや震災で祭壇や封印などが壊れてしまった為、なにかが溢れ出ている、とか」
「供養碑、社……そういうものが地震の影響で壊れてしまっていないか、心配です」
 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) も同じことを考えていたようだ。
 さて、本命といえる白糸の滝――依姫伝説の中心地には、空港から降り立って、一時間もせず到着してしまう。これで滝に赴き、すぐさま蛇神様とご対面というのがよくある討伐の依頼なれど、今回は調査、そうすんなりとはいかないようだ。

 白糸の滝には交流館があり、夏休みの観光地ということで涼を求めて家族連れで賑わっている。
 苔繁る岩肌を伝って、美名に違わぬたおやかな滝は夏の木漏れ日を浴びて煌めいている。
「涼しそうだなぁ、観光なら言うことねーのに……」
 藤森・璃空(CL2001680)の細長い耳がうっとりと滝音に恋すれば。
 『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565) は交流館で手にしたパンフの類に目を通しつつ釘打ちを。
「無事に調査が終わった暁には、休暇として一泊してくる許可がでているよ。今は我慢だな」
「へいへい、調査ね、調査」
 “本丸”となる白糸の滝その上流にある洞窟は、危険性を考慮して最後にまわる手筈だ。
 一見すれば、平穏そのもの。
 夜には心霊スポットとしても“人気”を博す、という有様では、夜な夜な公然と姿を見せていればとうに火の玉どころの騒ぎではないだろう。
 『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、白糸の滝の逸話について記された観光プレートを目にしては思い耽る。
「兵部正秀……気になる。後先考えず結婚しといて不審がって一突きにしてしまうのはどうかと思うけど、俺としては寄姫を殺してしまった事を後悔しててくれるといいなぁと。“過ちを犯してしまったものの愛してたんだよ…!”的なものを期待してるんだけどね」
 『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は伝説に想いを馳せて滝風に三編みを戯れさせる。
「誰かを最後まで信じ抜くという事は易しい事ではない。そして、人を愛する、それだけではどうしようも無い事もあるのだと。……哀しいですわ」
 静かに佇むいのりをよそに、奏空は滝に向かって――。
「俺は……愛を、愛を信じたいんだ! だーだーだー……」
 と、奏空はいのりや観光客に配慮して大声を出すに出せず、それでは反響もしない為、格好がつかずエルフエコーを添えるのだった。

●一日目
 各自バラバラに動くことで効率的に情報を集めつつ夕刻に集合、危険度の高い調査は全員で行う。
 この方針の元に、最初の一日が早くも過ぎつつあった。
 依頼は数日間に渡るだろうというFiVEの見立て通り、成果はなきにしもあらず、なれど特筆すべき点もなし、といった結果だ。
 初日の情報をまとめる。
 まず火の玉の目撃例は「ネット」が最多の情報源であった。目撃例の撮影記録や写真の類が、2017年頃より散見される。これは電波障害問題の解決によって、一気にスマホ等の撮影と情報共有手段が解禁された為とみられ、奇しくも震災の後という火の玉の目撃時期とはやや重なっているようだ。

 翌日の本格的な調査活動に備えて、さて、一泊せねばならないが、ひとつ誤算があった。
 秋津洲 いのりはキャンプ場での宿泊場所や用具の確保を任されていた。彼女は秋津島財閥会長の孫娘、少々世間知らずである。
「じつはキャンプ場、確保、お断りされてしまいまして」
 そう、中学2年生がひとりでキャンプ場の予約をできるか? 否である。
「ええ、まさか野宿!?」
 と、夏バテ気味の璃空は熱帯夜の夜、エルフよろしく森にハンモックひとつで寝て、早朝起きたらカブトムシまみれになっているさまを想像してしまう。
 だが秋人は冷静に「別の宿を用意してあるんだな?」と、落ち着いた様子のいのりに問えば。
「ええ、困っていたところを偶然、親切な方に空室のあるペンションを紹介してもらいましたわ」
 と、朗らかに答えた。

 『ペンション 猫じゃらしの家』は西欧風建築に野外に天然温泉つき。南阿蘇の雄大な景色に隠れるように佇み、少々山林の奥にあるものの、高原のペンションとしては絵に描いたような場所だ。
 愛嬌のある若い女性のオーナーが恭しく出迎えてくれたかと思えば、恰幅のよいシェフの用意してくれていたディナーも申し分なかった。
 肥後あか牛のステーキをはじめとして、夏野菜や乳製品など、地の物を活かした彩り豊かな料理が供されれば、本来キャンプ場で苦心してカレーでも作ってたことを考えると雲泥の差である。
「夏、サイコー!」
「故郷を思い出すようなイタリアンも嬉しいし、このジェラート、絶品ですね」
「あ、あの、撮影させてもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
 澄香は愛用のカメラを携えて、後学のため料理を、そして趣味の日常模様の記録として撮影する。
 レストランの助手として働く澄香は菫色の瞳を輝かせて、時には料理の秘訣を尋ねてメモる。料理が趣味の秋人も参考になるな、とその話に耳を傾けるのだった。
 
 温泉は一室が貸し切り、露天ではないが長野・諏訪の天然鉄平石を用いた浴槽にて、阿蘇の天然温泉を満喫することができるもので、男女三人ずつで入ることに。
 祝え、温泉回である。
 しかし哀しいかな、“謎の光”や“やけに濃い湯気”という不滅の宿敵がここで立ちはだかる。
 男同士、女同士、旅の疲れを湯に流しての憩いの一時、どのような会話やイベントや一枚絵がそこに待っていたかはご想像にお任せしたい。
 大事なのは皆、食事を楽しみ、湯船に浸かり、ベッドで寝たということである。一名を除いて。
 
●二日目:午前
 ふわぁ~と、あくびを噛みつつ穏やかな朝の日差しに目覚めたラーラは、もふっと心地よい尻尾のようなものを握っていることに気づく。
「ん、んう~? ペスカ?」
 猫の守護使役の尻尾でも握ったのかと目を擦れば、それは隣のいのりのスカートから生えていて。
「ふにゃ、おはようございみゃす」
 猫語。
 猫耳。
 猫尻尾。
 澄香にくっついているソレらはかわいいパーツは、しかして明瞭な異変である。
「あわわわ!」
「どしたにょ?」
「か、鏡を見てください」
 部屋に備えつけてある姿見の前へ眠たげに身を起こして赴いた澄香は、思わず叫ぶ。
「ぎにゃあ!? ね、猫!?」
「にゃ、にゃんてことでしょう」
 大声に目覚めたいのりもまた、触れば感触があり、意識すればぴこぴこ動く猫耳に目を丸める。
「近年のペンションにはモーニング猫耳サービスがついているのにゃすね、知りみゃせんでした」
「これが日本のコトワザ、猫耳に水」
「どっちもにゃいと思いますけど!?」
 大混乱の三人娘の元へ、男性陣がドアを勢いよく開け放って駆けつける。
「ああ、君らもにゃのか……」
「にゃにゃにゃ」
 黒髪ショートヘアに白い猫耳を生やした秋人は、抱きかかえた耳長の猫――璃空を示す。
「これが藤森くんだ」
「にゃん」
 猫100%。
 夏バテとか猫っぽい気質とか、どうしてそうなったのか藤森璃空は完全に猫と化していた。
「にゃ、にゃんですとー!?」
 一体全体どうしてこうなってしまったのか、大混乱の中、最後に探偵・工藤奏空がやってくる。
 いつもの姿で、二匹の猫の首根っこをつまんで。
「謎は――すべて解けた!」
 
 食堂に集められた一同は、なぜか安楽椅子に腰掛けてカッコつけた奏空の話に猫耳を傾ける。
「俺、昨日は図書館や資料館、役所を当たってみたんだ。主に兵部正秀の情報を追ってな。それでわかったのは、この兵部は行方不明になっていて消息不明、その主君の木山弾正という武将も、少数の手勢を携えて加藤清正を追い詰めるも一騎打ちに敗れて討ち死にしちまってる。もし配下についてたとしたら天草の地で眠ってるし、子孫の話も見つからなかった。で、そういう本筋を追ってる間に“根子岳の伝説”を地元のおばあちゃんに教えてもらってさ」
 根子岳――五つある阿蘇外輪山のひとつで、一説に猫の聖地、猫の王が住まうとされている。
「伝説のひとつに、猫の宿屋ってのがあって、そこの飯と湯に浸かると猫にされちまうんだって。まさかと思ったけど、夕食は食べたフリしてうどんで済ませて、裏を取ってみたけど――このペンション、本当は廃業してるんだ」
「そ、そんにゃ……」
 つづけて二匹の猫又が白状する。
「地震の折、廃墟ににゃっちまったここを勿体なく思って、住み着いてたんですにゃ。猫の王に参拝しにくる猫又向けの宿を営んで。で、“鬼火”に探りを入れてる怪しいよそ者がいると聞いて」
「“火の玉”の大半は、ありゃー猫又の灯火にゃのです。それを探るってことは、猫の王のお命を狙う狼藉者やもしれぬ。こーにゃったら猫化の法を使って、捕まえてしみゃおうと」
「朝方まんまと引っかかってくれたと二匹で喜んでたとこを、シュバッと瞬殺されたのにゃす」
 どうやれば解けるかを問いただせば、澄香の『再生』であれば自力で解ける、と。
「……あ、そ、そうですよね、治さないとダメですよね」
 澄香は再生の炎によって、名残惜しそうに猫化の法を解いていく。
 さよなら、猫耳。
 ひとまず『火の玉』の謎は解けた。調査依頼の目的は偶然か必然か、根子岳の猫又達の仕業だとわかった。震災以降、目撃例が増えたのはスマホの普及、そして根子岳が今、同じく情報網の改善によって猫たちの間で流行っており、旅行猫の増加も影響していたというのが真相だ。
 これで一件落着――?

●二日目:午後
 調査続行。
 鬼火の件は解決しても、今回の依頼は古妖全般、この地域での異常がないかの調査だ。
 各自別行動を取って、本格的に調査を進める。

 素空の二日目は、白糸の滝にある石碑の破損チェック。そして再び資料めぐり。石碑に破損は見られない。『南無妙法蓮華経 奉勧請 竜姫妙神』と掘られた石碑は、竜姫――寄姫のことを示している。龍神は水の神様。また水を司るものは農耕の神様としても祀られる。寄姫とは、白糸の滝の神格化した伝説で、創作なのか、はたまた実在していたのか。
 厳かな滝の音は、遥かな時を遡り、数百年前の人々がなぜこの伝説を遺したかを思索させる。

 秋人の二日目は『機織り』を基軸に、兵部と寄姫の伝説を追うものだ。某村や阿蘇周辺の織物は、格別こうという特色こそないが、木綿織など一般的なものは存在する。秋人が調べるうちに気になったのは『諸説』ある。つまり、寄姫は子供を身籠っていたのではないか、というものだ。
 寄姫の織物は、稼ぎの足しにとはじめたとされるが、もし、それがやがて産まれきたる我が子のためならば、外の機織り場で「腹帯」や「産褥」に使う布を織れば噂が立つ。その噂が不審に繋がり、正体を隠したい寄姫と真相を知りたい兵部の軋轢を産んだのではないか、と。
 いずれにせよ、本丸を確かめば答えはハッキリするだろう。
 
 いのりの二日目は、観光地めぐり。ミルク牧場、温泉、風力発電所、展望台など人で賑わう場所で聴き込んでゆく。守護使役ガルムの『かぎわける』力は、先の猫又騒動のおかげで覚えた匂いのおかげか、観光客に扮した古妖・猫又を偶然見つけ出したりする。
「なるほど、この地域では“鬼火焚き”としてお正月に“どんどや”を行うのですね」
「竹の弾ける音で邪気を払い、火に当たって無病息災を願うとか。焼け落ちた竹を切って、かまどに供えておくと蛇が来ないともいいますにゃ」
「蛇、ですか」
 俵山展望台の、風車を眺めながらのんびり猫と語らういのり。青空の下、のどかな風が頬を撫でる。
「猫又が鬼火を携えるのは、ある種の魔除けですにゃ。古妖も魔ではありますが、人が暗闇の人を怖がるのと同じですにゃよ」
 牧場しぼりのアイスクリームをちろちろなめる猫又を真似て、いのりもぺろり。

 璃空の二日目は、火の玉騒動の裏取り。何も猫又だけが火の玉や鬼火を扱うわけではなく、他の要因は十分に考えられるからだ。内心「もう観光しててよくない?」と思いつつ、なんだかんだ真面目に情報をたどっていく。樹木に額を当て、記憶を遡るという作業を地道に続ける。と、偶然、恐ろしい記憶を垣間見た。
 濃霧の中、ぬうっと二本角の屈曲で勇壮な白肌の鬼の巨大な影が映っていた。弓を持たず矢筒を背負った古妖は、禍々しく冷たい空気を纏っている。その首は、胴体と泣き別れて宙に浮いている。
「和製デュラハンかよ……」
 後に調べれば、それは鬼八法師という阿蘇の開拓神たる健磐龍命の眷属で、首を刎ねられた恨みから凶神となり、霜を降らせて農作物を枯らすのだという。この厄神はお火焚神事という夏の神事によってしかと祀られている。
 日本各地、何気のない場所に神話の時代の底知れぬ古妖が眠り、百年千年と封じているという尺度に璃空は滝の飛沫より冷たい心地を味わう。
 その封が緩まっていたことを偶然にも知ることができたのはお手柄だったといえるだろう。

 ラーラの二日目は、寺社仏閣巡り。交霊術を心得る彼女は、思いがけない光景を目にする。震災より三年の月日を経た今なお、鳥居や玉垣、手水舎や石灯籠が壊れていたり、中には拝殿や本殿が再建中の神社も多く見受けられたのだ。
 ラーラが出会ったのは菊理媛神――古き神霊たる乙女は白い装束を纏い、一輪の華のように穏やかであった。縁結びの神、また死者と生者の間を司る巫女の神ともいわれる菊理媛神。そう名乗る古妖か、古きに死して神格化された人霊か。いずれにせよ、ラーラは自然体で接する。
「兵部正秀と寄姫……懐かしい名です、よく存じておりますよ」
「おお、流石キクリヒメサマ」
「心してお聞きなさい。ふたりの縁の結晶は今、妖に蝕まれつつあるのですから」

 澄香の二日目は、白糸の滝の周辺確認。昨日につづいて、白雲の下を羽ばたいて、くまなく異常を探し出そうとする。そして遂に見つける。水蛇だ。低級の妖が数匹、木陰に隠れるように潜んでいるではないか。見つかったとみるや、水蛇は水流弾で狙い撃ってくる。が、小物相手ならば今の澄香が遅れをとることはなく、高圧縮空圧弾で二匹を仕留め、残る二匹をわざと生かせば、それは巣に逃げ帰るように一点を目指す。――蛇穴の洞窟だ。
「――見つけた」

●蛇穴の洞窟
 黄昏時、合流した全員の情報を精査しつつ、慎重に暗い洞窟へと脚を踏み入れてゆく。
「キクリヒメサマ曰く、心霊スポットとして注目されたが為に、寄姫の“恨み”“悲しみ”の側面を煮詰めた架空の怨念と白糸の滝の自然を融合した強き妖がここに巣食っている、と」
「偽物、模造品でしょうか」
 闇に蠢く白く妖しい影ひとつ。美しくも醜悪な、寄姫の憎悪のみを拡大解釈した大蛇は、岩をも飲み込みそうな大きな口を開き、その尾には血のついた刀に胸貫かれた妖女が薄ら笑っている。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」

 水蛇の大群は暗く足場の悪い環境を、壁や岩場を縫うように近づき牙を剥く。
 素空の爛々と輝く桃色の瞳は暗闇でも光を見失わず、一太刀振るえば胡瓜の如く軽々と蛇を割く。
 長き髪を振り乱して水圧弾をかわした秋人は蛇の群れに一条、烈々たる波動を穿った。
 いのりの展開した高密度の霧は蛇達の動きを鈍らせ、天照は強力無比な守護を仲間に与える。
 大蛇の巨体を活かした尾の一撃が炸裂すれば、その傷を璃空の大樹の息吹が癒やす。
 やがて澄香の極技久久能智がもたらす複数の呪縛が大蛇の自由を奪い、弱らせてゆき。
 水の大蛇にとって最大の脅威となるラーラの火焔連弾が、確実に巨体を削り蒸発させてゆく。
 水蛇の大群を屠り、ついぞ灼炎に焼き焦がれた白鱗を貫き、素空の逆鱗が大蛇の顎戸を閉ざした。
「愚疑義ギ偽――!」
「さぁ、返してもらうよ」
 断末魔の叫び。
 秋人の魔弾が眉間を貫き、大蛇の亡骸が白煙をあげて蒸発する。
「……やはり、実在していたのか」
 水球の卵――その中に眠るのは木綿織の衣を羽織ったまだ幼くも見目麗しい蛇神の娘であった。
 大蛇の内に捕らわれて、悪夢に苛まれていた蛇神の娘は「やめて、父様、母様」とうわごとを繰り返していたが、やがて水球が弾けて目覚めると貴方たちの表情をぼんやり眺めて一言。
「ずっと、信じたくはなかったの」
 そう、零した。
 翼を広げ、力強く抱きしめてあげたのは澄香であった。十八歳の運命の夜の自分を、想い重ねて。
「できることなら、あなたの悲しみを拭ってあげたいのです……何か、望みを言ってくれませんか」
「このまま、泣いてもいいですか?」
 ためらいがちに言葉した蛇神の娘は、「ええ」と澄香が答えれば、堰を切って泣きじゃくる。
 ――白糸の滝の如く。


●三日目
 念願叶ったり、貴方たちは牧場や温泉を満喫する観光休暇の一日をのんびりと過ごすことにした。
 蛇神の娘――白糸姫の笑顔といっしょに。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『阿蘇のおいしい牛乳』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員



■あとがき■

一夏の調査旅行、いかがだったでしょうか?
旅先では意外な出逢いや出来事があるものですね。
伝記小説的エッセンスや現実との繋がりの感じられる物語は現代和風ファンタジーならでは。
最後の姫は、まだまだ育ち盛り。これから元気に育ってくれることを祈りましょう。
それでは、またの機会に。




 
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