生乾きでも愛して
●
梅雨に入った。
この時期、洗濯物が乾きにくく、部屋も湿っぽくなりがちになるといった不満が常につきまとう。そして、もっとも主婦たちの不快感を高めるのが、生乾きによるイヤなニオイ……。乾きにくい洗濯物を部屋に干しておくことで臭い始め、部屋全体にそのイヤなニオイがこもるのだ。乾燥機か、乾燥機能つき全自動洗濯機がない限り。
「きーっ!!」
高校生から小学生まで、思春期の男の子三人を育てるふさえ(42歳)はついに癇癪玉を破裂させた。花粉が飛んでこなくなったと思ったら、こんどは生乾きの臭いで悩まされることになるなんて。
「くさい! もう我慢できない!!」
髪の毛を振り乱して、家じゅうに干された洗濯物を次々と紐から取り外し、雨降る窓の外へ投げ捨てた。
「あー、すっきりした」
●
「妖化した生乾きの洗濯物たちが女子学生を襲っているから、さっさと討伐してきてちょうだい」
まつたく、こんな時期にと眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は、思いっきり鼻に皺を寄せた。
「大妖たちとの戦いが本格化してきているのに悪いわね」
いや、だからこそ人を襲う妖を見過ごしてはならない。妖が跋扈すればするほど、大妖たちに力を与えることになる。たとえそれが低ランクの妖であってもだ。
「ええ、そうね。実は……大妖たちが動き始めたせいかしら。ランクの上がりかたが急激なのよ。夢見の時点ではランク2になってしまっていたわ」
生乾きの洗濯物たちは、30点以上いるらしい。靴下に下着、シャツ、スポーツタオル等々。いずれも若い男の子が身につけているような物であるらしい。
「妖が襲っているのは12歳~18歳ぐらいまでの女の子。顔や体に張りついて、生乾き臭を嗅がせたり、つけたりするのよ……おえっ」
おえっ、の下りで眩は、目を裏返して舌を出した。
「攻撃方法は『窒息』『束縛』の二種類。いずれも近距離からの攻撃よ。でも敵は数が多いし、靴下なんかは小さいからなかなか攻撃があたらないからそのつもりで。油断していると囲まれちゃうわよ」
生乾きの洗濯物たちはすべて『飛行』能力を持っており、素早さ、回避能力に優れているという。
「ま、貴方たちなら苦労しないと思うけど」
そういうと、眩は覚者たちをブリーフィングルームから追いだしにかかった。
「行ってらっしゃい」、と。
梅雨に入った。
この時期、洗濯物が乾きにくく、部屋も湿っぽくなりがちになるといった不満が常につきまとう。そして、もっとも主婦たちの不快感を高めるのが、生乾きによるイヤなニオイ……。乾きにくい洗濯物を部屋に干しておくことで臭い始め、部屋全体にそのイヤなニオイがこもるのだ。乾燥機か、乾燥機能つき全自動洗濯機がない限り。
「きーっ!!」
高校生から小学生まで、思春期の男の子三人を育てるふさえ(42歳)はついに癇癪玉を破裂させた。花粉が飛んでこなくなったと思ったら、こんどは生乾きの臭いで悩まされることになるなんて。
「くさい! もう我慢できない!!」
髪の毛を振り乱して、家じゅうに干された洗濯物を次々と紐から取り外し、雨降る窓の外へ投げ捨てた。
「あー、すっきりした」
●
「妖化した生乾きの洗濯物たちが女子学生を襲っているから、さっさと討伐してきてちょうだい」
まつたく、こんな時期にと眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は、思いっきり鼻に皺を寄せた。
「大妖たちとの戦いが本格化してきているのに悪いわね」
いや、だからこそ人を襲う妖を見過ごしてはならない。妖が跋扈すればするほど、大妖たちに力を与えることになる。たとえそれが低ランクの妖であってもだ。
「ええ、そうね。実は……大妖たちが動き始めたせいかしら。ランクの上がりかたが急激なのよ。夢見の時点ではランク2になってしまっていたわ」
生乾きの洗濯物たちは、30点以上いるらしい。靴下に下着、シャツ、スポーツタオル等々。いずれも若い男の子が身につけているような物であるらしい。
「妖が襲っているのは12歳~18歳ぐらいまでの女の子。顔や体に張りついて、生乾き臭を嗅がせたり、つけたりするのよ……おえっ」
おえっ、の下りで眩は、目を裏返して舌を出した。
「攻撃方法は『窒息』『束縛』の二種類。いずれも近距離からの攻撃よ。でも敵は数が多いし、靴下なんかは小さいからなかなか攻撃があたらないからそのつもりで。油断していると囲まれちゃうわよ」
生乾きの洗濯物たちはすべて『飛行』能力を持っており、素早さ、回避能力に優れているという。
「ま、貴方たちなら苦労しないと思うけど」
そういうと、眩は覚者たちをブリーフィングルームから追いだしにかかった。
「行ってらっしゃい」、と。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖・生乾きの洗濯物36点の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
ある小中高一貫校の門前。ちょうど下校時刻。
雨上がりです。
●妖・生乾きの洗濯物……36点
靴下や下着(トランクスもブリーフ、白肌着などなど)、Tシャツ、Gパン、スポーツタオル。
大物に寝小便シミのついたシーツが1点。
いずれも若い男の子が身につけたり、使ったりしていたものでした。
ママさんのヒステリーと梅雨のうつうつとした雰囲気、投げ捨てられた無念で妖化したようです。
大妖たちの影響もあるようでないような……。
若い女学生のみ、襲い掛かります。
男は攻撃されない限り襲いません。
【窒息】……顔に張りついて口や鼻を塞ぐと同時に、いやなニオイを嗅がせます。
【束縛】……胸や腰に張りついて身動きできなくします。
●STより
よろしければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2019年06月27日
2019年06月27日
■メイン参加者 4人■

●
女子学校は、雨上がり直後の若葉が放つ、甘い匂いであふれていた。白い校舎は光を放ち、しっとりと濡れた道にはゴミ一つ落ちていない。
校舎の三階で、教室の窓が一つだけ開いていた。身を寄せ合った数人の女子学生が、興味津々といった顔で、正門で待機する覚者たちを見ている。
事前にファイヴ本部から、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が学校へ電話連絡を入れており、他の窓や校舎内への出入り口はすべて封鎖されていた。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は顔を開かれた窓に向けた。両手を口の周りに添えて、女学生たちに大声で呼びかける。
「見るのは別に構わないけど……俺たちがいいというまで、窓は開けないでね。危ないから」
奏空から念押しを受けると、女子学生たちは口と鼻を覆った白いハンカチの下から、ファンシーな声で「はーい」と言った。
窓が閉めきられる直前に吹き下ろしの風が吹き、若さに満ちあふれた笑い声をさらって、耳元に運んできた。
笑い声の中に、生乾きとか、男の子とか、臭いとか、そんな単語を聞きつけて、奏空は眉を下げる。
「洗濯物の生乾きの匂いが気になるのは分かるけど、俺ら男子自身には男子の匂いガーって言われても正直分かんね!」
「ええ。……でも、嫌な相手ですね、全く。生乾きの臭いをまき散らすだなんて」
高比良・優(CL2001664) が相槌を打つ。
そこへ、学生服姿の『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が校舎から戻って来た。澄香は学校側からこわれて各教室を回り、施錠漏れがないなど、最終安全を行っていたのだ。ついでに更衣室を借りて、自分が学生だったときの制服に着替えてきた。
「お疲れさまです……すごく似合ってますね」
奏空と一悟も学生服姿を褒め称える。
「ありがとうございます、ふふ」
しっかりと戸締りしたところで、妖が押し入ろうと思えば何の障害にもならないのだが、いちいち確認してまわったことにより先生たち不安を減らすことができた。女学生たちはといえば、先ほど窓が荒れられていたことから判るように、妖の襲撃をレジャーランドのアトラクションか何かだとでも思っているようだが。
「これであとは、妖が来るのを待ち受けるだけですね」
「大丈夫かなぁ、途中で野次馬しに出てこねぇだろうな?」
一悟が校舎を見上げながら不安を吐露する。
「私が結界を張って妖を閉じ込めますから……ふふ、みなさんで守ってくださいね」
「もちろんだよ。澄香さんは俺たちが守る。指一本かすらせない!」
奏空の宣言に、優と一悟も乗っかる。
「せいぜい頑張ります」
「おう、オレたちに任せろ」
覚者たちは正門から少し出て妖を待つことにした。
大きな水たまりを避け、門扉の壁を背に立てて陣形を組む。奏空と優、一悟それに壁で澄香の四方を囲む形になった。
澄香は深呼吸した。しっかりと踏ん張って立てるよう、二度、三度と踏みかえて、足の位置を定める。
「洗濯物がなかなか乾かないのはストレスになりますし、ふさえさんのお気持ちはとてもよく分かります。でも、だからって、洗濯物が妖化しなくてもいいと思いますよね……」
「まあ、ヒステリーの結果で一般の方に被害が出たらママさんも気に病むでしょうし……、ということで頑張りましょうか……」
優は妖精結界を張った。
これは女子学校の生徒たちよりも、偶然通りかかるかもしれない通行人のためだ。
「――あ」
ハトたちが一斉に飛びたつ羽ばたきの音を最後に、世界は無音になった。景色から色がするりと落ちてしまったかのような気がする。
「――!!」
鼻にきた。がつんと鼻孔を抉り、脳天を腐らせるかのような臭気が、視覚よりも早くやってくる妖の存在を知らせてくれた。
ぬめりを帯びた湿気が、覚者たちの体を包み込む。
一悟の守護使役、大和はその能力ゆえに早くも尻尾を巻いていた。よく見ると白目をむいている。
「こ、これは……かなり……えげつない臭いですね。大丈夫ですか、天野さん」
全身の毛を逆立てる守護使役のさくらを気遣いながら、澄香に問い掛ける優の顔はというと、雪のように真っ白になっていた。
「このぐらいなら……が、我慢できます」
澄香は軽く笑って見せようとしたが、顔がさらにこわばって、泣きそうな顔になった。守護使役のじゅじゅも、澄香の肩に縋ってプルプル震えている。
「優ちゃんたちは、だ、大丈夫ですか?」
「はい?」
「あの……優ちゃんも奏空ちゃんも、一悟くんも……大丈夫?」
口を極力開かないようにして喋るので聞き取りにくい。
「――ずるい」
「「えっ?」」
ずるいと愚痴ったのは奏空だった。手で鼻をつまみ、顔を空に向けている。目からは涙が流れていた。
優と澄香も手で鼻と口を覆い、空を仰ぎ見る。
奏空の守護使役、ライライさんが小さな黄色の点になって見えた。悪臭から逃れるために飛んで逃げたようだ。奏空から離れられるぎりぎりの高さを飛んでいるので、足が掴んでいる勾玉は小さすぎて判別できない。
「ライライさ…………うっ!」
「奏空ちゃん、極力口を開けないで。浅く呼吸して!」
ライライさんが美しい声でさえずるも、離れすぎていて効果がない。
優は奏空を澄香に任せて隊列を崩すと、返事のない一悟の前へ回った。
「あ……あの、お、奥州さん?」
一悟は白目をむいて気絶していた。
●
ついにやつらが姿を現した。
袖や裾でバタバタと風を叩きながら、あこがれの女子学校を目指して飛んでくる。
カビの臭いと洗い落としきれなかった皮脂や汗が腐った臭い、中途半端に残った洗剤の臭いが、がっちりスクラムを組んで空気中の濃度を上る。これは能力ではない。妖化にともなって、それぞれの匂いがスーパーパワーアップしているだけなのだ。従って、覚者には、何の肉体的ダメージも与えない。慣れればどうってことないね、なのだ。
だが、鼻が何とか臭いを覚えて慣れようとした頃合いで、風が空気を攪拌し、臭いを新たにするという、まったくもって余計なアシストを決めやがる。
「じ、地獄かな?」
奏空は校舎を振り返ると、三階のあの窓がしっかりしまっていることを確認した。ガラス窓は臭いを防いでくれないのか、窓辺に女の子たちの影はなかった。
ゆっくりと飛んでくる妖たちへ目を戻す。
優にガクガクと揺さぶられている一悟の姿が視界に入った。
とたん、やり場のない怒りが奏空の腹の底を焼いた。
(「ライライさんもそうだけど、奥州さんも気絶するなんてずるい!」)
奏空は思いっきり後ろに腕を引くと、一悟の背を遠慮く平手打ちした。
バシッと強い音がたつ。
グーで殴らなかったのは奏空の優しさだ。
「いってー!! ……って、ぐわ、くせーっ!! く――」
「奥州さん! ダメです、また気絶しないでください。妖がすぐ目の前まできています! 起きて!!」
一悟の覚醒を確認した優は、いそいで足を踏ん張って立つ澄香の横に戻った。体内に宿す炎を活性化し、体温を上げる。
(「……少しはましになりましたね」)
体の回りの空気を熱で乾燥させることで、悪臭を若干和らげることができた。
澄香は妖をしっかり見据え――ただ見ようとしただけなのに超悪臭のためか、睨んでしまう。溢れ出た涙を指で拭って、意識を集中させる。
「まだです。みなさん、まだ我慢して」
第一陣は靴下とパンツの小物類だ。
親指の当たる先が空いたものや、踵が擦り切れてしまっているもの……靴下の多くは底の部分がうっすら黒い。パンツはブリーフが大半だった。モノがモノだけに、状態を詳細に観察しようとは思わない。
第二陣はTシャツの類。
生乾きのためシワシワになっている。首がよれているものや、裾がほころんでいるものもあった。夢見から聞かされた話によれば、成長期でホルモンがドバドバ出まくっている男の子の汗をたっぷり吸い込んでいる。
最後、トリを飾るのはシーツ。
中央に大きく、うっすらと黄色の染みがついている。何度も何度も繰り返してつけられたためか、汚れを落とし切れていない。まさかと思いたいが、洗濯物の量が多く、最新の粗相が洗いきれていない可能性もある……。
妖たちは正門にキレイな女学生を見つけ(まわりの男3人は無視)、ヒャッホーとばかりに喜びはためくと、移動スピードを上げた。
「勘弁してくれよ」、と一悟。
真っ先に妖化したブリーフ(アップリケ付)と接触した。まともに受けたのは、後ろにいる澄香のところへ行かせないためだ。
優と奏空も、身を挺して澄香を守る。
シーツが有効圏内に入ったところで、澄香は雷獣結界を張った。
「何が悲しくて、一番最初に生乾きの洗濯物に見せなきゃいけないのか分からないけど……」
奏空は妖たちが透明なドーム状の障壁の内に閉じ込められたことを確認すると、体得したての奥義を繰り出した。
「くらえ! 震天動地…!!」
ごっ、と地鳴りの音が立ち、空気が激しく震える。
沸き起こった風に吹き飛ばされて不安になり、混乱して壁にぶち当たる。結界内で撹拌されて舞い飛ぶ洗濯物の妖たち。
覚者たちは巨大な乾燥機能付きドラム型洗濯機の中にいるような気分になった。
「さあ、しっかり乾燥させましょう!」
優が起こした炎の波が、空気の流れに乗って渦を巻く。熱い空気が水分を飛ばし、妖たちの湿った体が端から白く乾いてきた。
澄香は腕を払い、爽やかな風を吹かせた。風を当ててみんなの気分をよくし、戦う気力を高めるためであったが、偶然にも妖の乾燥を助ける。
一悟の顔に張りついていたブリーフと、体に張りついていたシャツが乾燥して軽くなり、風に飛ばされる。
「ぷはー! たすかった……くそう、これ、ぜったいトラウマになるぜ」
ならば、パンティーなら顔に張りつかれても良かったのか。
「いやー、それはそれで……って、いまの誰?」
「一悟くん、前。前っ!」
澄香の声にはっとして、トンファーを握り直した。きれいなお姉さんに抱き着こうと突っ込んできた、小ぶりのぶたさんシャツを突き払う。
「おらっ! とっとと乾きやがれ!」
地面から炎の柱を立ちあがらせて、靴下軍団にぶつける。
これまでの攻撃でほぼほぼ乾いていた靴下軍団は、炎柱に絡み捕られて張りつき、完全に乾燥させられた。
●
「これで三分の一は仕上がった。みんな、がんばろう。妖化した洗濯物すべてクリーニングするんだ!」
数が減ったので、結界内で見通しが利くようになってきた。臭いも随分マシになっている。
奏空はMISORAを構えた。
雲の隙間から差し込んだ光が剣先に落ち、刃を走り落ちる。刀身がまるで晴れ空を写しているかのように青く光った。
一目で肌着とわかる白シャツたちにむけて剣を薙ぐ。
「澄香さんには近づかせない!」
シャツ兄妹三枚のうち二枚が、三分の二の所を横一直線に切られて丈が短くなった。残り一枚は青く光る刃をひらりとかわし、奏空の上を超す。
澄香の顔に白シャツの影が落ちる。
「しまった!」
――と、奏空の目の前で、白シャツが二枚に切られた。空気の刃が飛び去っていく。
「私もやるときはやりますよ?」
やりますよ、とじゅじゅもプルルンと愛らしく震えた。
「まだ気を抜いてはいけません」
優が炎弾を連続して飛ばし、澄香の頭めがけて急降下してきたブリーフ二枚を焼き飛ばした。
「はい。優ちゃん、ありがとう。そうですね、まだシーツさんが残っています。気を引き締めていきましょう」
残りは野球のアンダーシャツ一枚とブリーフとトランクスが一枚ずつ、それにおねしょじみのついたシーツ一枚となった。
シーツは先ほどから結界のぎりぎり内側をぐるぐると旋回している。なんとか澄香に憑りつきたいようだが、なかなかつけ入る隙を見つけられないようだ。
「ちょこまかちょこまか……あ、くるな! パンツ、てめぇはダメだ。近づくんじゃねぇ!」
ブリーフとトランクスがペアになって一悟に襲い掛かる。
炎を纏わせたトンファーでブリーフを叩き落としたが、その隙にトランクスが横から一悟の顔に張りついた。
「ぐぁ……っ」
「「奥州さん!」」
トランクスに手を伸ばし、はぎ取ろうとした奏空に、地を這うようにして飛んできた野球のアンダーシャツが襲い掛かる。蛇のように腕に巻きついて進み、顔の半分を覆った。
「ぎゃっ、くさい! 懐いたように擦りついてくるのやめて!!」
「一悟くん、奏空ちゃん!」
どちらを先に助けるべきか、澄香は迷った。
「モガ、モガガ、モガ(オレに構わずやってくれ)」
一悟の言葉をなんとか聞き取った優は、おねしょのシミつきシーツを睨みながら、迷う澄香に指示を出した。
「澄香さんは奥州さんを、工藤さんはボクが――」
「で、ですが位置的には私の方が……」
「俺は大丈夫だよ、澄香さん。自分でなんとかできる」
うん、と一つ頷いて、澄香は一悟の頭へ手を伸ばした。
おねしょのシミつきシーツが、バタバタと音を立てて迫りくる。
「この隙に、と考えたようですが……そうは問屋が卸しません!」
高く掲げた優の手から炎が噴き出した。
空気を飲みこんで燃え盛る炎が、壁のような波となっておねしょのシミつきシーツにかぶさる。炎に飲みこまれたシーツはぐるぐると回りながら結界の際まで後退した。
奏空は左手で野球のアンダーシャツを掴むと、無理やり引っ張りはがして捨てた。上から踏みつけて靴底の跡をつける。
同時に澄香が一悟の顔からトランクス――ちなみにチェック柄を引きはがした。
「きゃ……いやぁぁぁっ!」
一悟の顔からはがされたトランクスは、大喜びで澄香の両手を包み込んだ。もみもみと動いてその手の柔らかさ、滑らかしさを楽しむ。まずは手を堪能しつくし、そのあとゆっくりと腕を包み込みながら上がっていこうという腹積もりか。
「「か、澄香さん!!」」
顔を真っ赤にしていやいやと首を振り、涙をはらはら振り落とす制服姿の美女!
その手がいま、悪臭まみれのトランクスによって犯されている!
「ぴぃぃーーーーーーぃ!!」
乙女のピンチに反応したライライさんが急降下してきて、くちばしでトランクスをむしり取りだした。
が、ほとんどダメージを与えることができていない。
じゅじゅは小さな手を使い、さくらと大和は爪を立てるが、やはりトランクスにダメージは入っていないようだ。依然として澄香の両手を包み込んだまま、もみもみ、もみもみ蠢いている。
「この、変態パンツ! みんな、どけ! オレがはがす!」
一悟は両手を炎で包み込んだ。燃える手でトランクスを掴み、澄香の手から引きはがす。
「不埒者め、成敗!!」
ひらりと落ちたところを、めちゃんこ怖い顔をした奏空が切り払った。
思いのほか厳しい戦いになった。肉体的には呼吸器以外ほとんどダメージを受けていないのだが、精神が激しく消耗している。
STOP・THE・生乾き!
そんな標語がふっと覚者たちの頭に浮かんだ。
――ええい、面倒だ。まとめてやっちまえ!
……と思ったかどうか定かではないが、靴底を腹にべったりとつけられた野球のアンダーシャツとおねしょのシミをつけたシーツが覚者たちを丸ごと包み込んだ。
大地が揺れた。
風が唸った。
ぼふっ、とシーツがパンパンに膨れ上がり、野球のアンダーシャツが燃え上る。
紅蓮の炎を纏った刃がシーツを突き破って空へ駆けあがっていった。
●
普通の洗濯物……という表現は変だが、ともかく普通の洗濯物に戻ったものは少なかった。破れていたり、切れていたり、消し炭になっていたりがほとんどで、無傷なものは最初に倒した靴下ぐらいなものだ。
優は靴下を一つ拾っては、ペア同士で合わせて畳んだ。一悟と奏空がいやいやパンツを拾い上げる。ちょっぴり丈が短くなったシャツ二枚を澄香が丁寧に皺を伸ばしつつ畳んだ。
「それにしても、この洗濯物達も可愛そうではありますよね。この子達だって好きで生乾きになった訳ではないのですし……」
元に戻らず廃棄物となってしまった洗濯物へ目を向ける。
「きちんと処理して供養した方がいいですよね、たぶん」
「うん、ふさえさんにこれを届けたら、供養してあげよう」
「それはいいですね」
「じゃ、雨が降り出さないうちにふさえさん家へ急ごうぜ」
みんなで洗濯物の成れの果てをかき集めてビニール袋に詰めた。
女学校へ事件解決の報を入れ、畳んだ洗濯物を手に雨雲の下を歩き出す。
「私、ふさえさんには扇風機の活用を勧めてみようと思います。部屋の中で洗濯物が乾かないのは、空気が動かないせいというのが一番の原因ですし」
「あ、オレは『雨の日はコインランドリーにもっていって乾燥すればいいんじゃね?』っていうつもり」
覚者たちの訪問を受けたふさえは、自分が起こしたヒステリックな行動が妖を産みだしたという事実にひどく恐縮した。
「まあまあ、頭をあげてください。いまのみんなのアドバイスに加えて俺からも……部屋干ししても匂わない洗剤ってのが、お手頃なお値段で売られています。お使いの洗剤を変えてみられてはいかがですか。部屋干しのあの嫌な臭いから解放されますよ」
ぴぴぴぴ、ぴ。
ライライさんの囀りがふさえの緊張をときほぐし、笑顔を引き出した。
女子学校は、雨上がり直後の若葉が放つ、甘い匂いであふれていた。白い校舎は光を放ち、しっとりと濡れた道にはゴミ一つ落ちていない。
校舎の三階で、教室の窓が一つだけ開いていた。身を寄せ合った数人の女子学生が、興味津々といった顔で、正門で待機する覚者たちを見ている。
事前にファイヴ本部から、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が学校へ電話連絡を入れており、他の窓や校舎内への出入り口はすべて封鎖されていた。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は顔を開かれた窓に向けた。両手を口の周りに添えて、女学生たちに大声で呼びかける。
「見るのは別に構わないけど……俺たちがいいというまで、窓は開けないでね。危ないから」
奏空から念押しを受けると、女子学生たちは口と鼻を覆った白いハンカチの下から、ファンシーな声で「はーい」と言った。
窓が閉めきられる直前に吹き下ろしの風が吹き、若さに満ちあふれた笑い声をさらって、耳元に運んできた。
笑い声の中に、生乾きとか、男の子とか、臭いとか、そんな単語を聞きつけて、奏空は眉を下げる。
「洗濯物の生乾きの匂いが気になるのは分かるけど、俺ら男子自身には男子の匂いガーって言われても正直分かんね!」
「ええ。……でも、嫌な相手ですね、全く。生乾きの臭いをまき散らすだなんて」
高比良・優(CL2001664) が相槌を打つ。
そこへ、学生服姿の『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が校舎から戻って来た。澄香は学校側からこわれて各教室を回り、施錠漏れがないなど、最終安全を行っていたのだ。ついでに更衣室を借りて、自分が学生だったときの制服に着替えてきた。
「お疲れさまです……すごく似合ってますね」
奏空と一悟も学生服姿を褒め称える。
「ありがとうございます、ふふ」
しっかりと戸締りしたところで、妖が押し入ろうと思えば何の障害にもならないのだが、いちいち確認してまわったことにより先生たち不安を減らすことができた。女学生たちはといえば、先ほど窓が荒れられていたことから判るように、妖の襲撃をレジャーランドのアトラクションか何かだとでも思っているようだが。
「これであとは、妖が来るのを待ち受けるだけですね」
「大丈夫かなぁ、途中で野次馬しに出てこねぇだろうな?」
一悟が校舎を見上げながら不安を吐露する。
「私が結界を張って妖を閉じ込めますから……ふふ、みなさんで守ってくださいね」
「もちろんだよ。澄香さんは俺たちが守る。指一本かすらせない!」
奏空の宣言に、優と一悟も乗っかる。
「せいぜい頑張ります」
「おう、オレたちに任せろ」
覚者たちは正門から少し出て妖を待つことにした。
大きな水たまりを避け、門扉の壁を背に立てて陣形を組む。奏空と優、一悟それに壁で澄香の四方を囲む形になった。
澄香は深呼吸した。しっかりと踏ん張って立てるよう、二度、三度と踏みかえて、足の位置を定める。
「洗濯物がなかなか乾かないのはストレスになりますし、ふさえさんのお気持ちはとてもよく分かります。でも、だからって、洗濯物が妖化しなくてもいいと思いますよね……」
「まあ、ヒステリーの結果で一般の方に被害が出たらママさんも気に病むでしょうし……、ということで頑張りましょうか……」
優は妖精結界を張った。
これは女子学校の生徒たちよりも、偶然通りかかるかもしれない通行人のためだ。
「――あ」
ハトたちが一斉に飛びたつ羽ばたきの音を最後に、世界は無音になった。景色から色がするりと落ちてしまったかのような気がする。
「――!!」
鼻にきた。がつんと鼻孔を抉り、脳天を腐らせるかのような臭気が、視覚よりも早くやってくる妖の存在を知らせてくれた。
ぬめりを帯びた湿気が、覚者たちの体を包み込む。
一悟の守護使役、大和はその能力ゆえに早くも尻尾を巻いていた。よく見ると白目をむいている。
「こ、これは……かなり……えげつない臭いですね。大丈夫ですか、天野さん」
全身の毛を逆立てる守護使役のさくらを気遣いながら、澄香に問い掛ける優の顔はというと、雪のように真っ白になっていた。
「このぐらいなら……が、我慢できます」
澄香は軽く笑って見せようとしたが、顔がさらにこわばって、泣きそうな顔になった。守護使役のじゅじゅも、澄香の肩に縋ってプルプル震えている。
「優ちゃんたちは、だ、大丈夫ですか?」
「はい?」
「あの……優ちゃんも奏空ちゃんも、一悟くんも……大丈夫?」
口を極力開かないようにして喋るので聞き取りにくい。
「――ずるい」
「「えっ?」」
ずるいと愚痴ったのは奏空だった。手で鼻をつまみ、顔を空に向けている。目からは涙が流れていた。
優と澄香も手で鼻と口を覆い、空を仰ぎ見る。
奏空の守護使役、ライライさんが小さな黄色の点になって見えた。悪臭から逃れるために飛んで逃げたようだ。奏空から離れられるぎりぎりの高さを飛んでいるので、足が掴んでいる勾玉は小さすぎて判別できない。
「ライライさ…………うっ!」
「奏空ちゃん、極力口を開けないで。浅く呼吸して!」
ライライさんが美しい声でさえずるも、離れすぎていて効果がない。
優は奏空を澄香に任せて隊列を崩すと、返事のない一悟の前へ回った。
「あ……あの、お、奥州さん?」
一悟は白目をむいて気絶していた。
●
ついにやつらが姿を現した。
袖や裾でバタバタと風を叩きながら、あこがれの女子学校を目指して飛んでくる。
カビの臭いと洗い落としきれなかった皮脂や汗が腐った臭い、中途半端に残った洗剤の臭いが、がっちりスクラムを組んで空気中の濃度を上る。これは能力ではない。妖化にともなって、それぞれの匂いがスーパーパワーアップしているだけなのだ。従って、覚者には、何の肉体的ダメージも与えない。慣れればどうってことないね、なのだ。
だが、鼻が何とか臭いを覚えて慣れようとした頃合いで、風が空気を攪拌し、臭いを新たにするという、まったくもって余計なアシストを決めやがる。
「じ、地獄かな?」
奏空は校舎を振り返ると、三階のあの窓がしっかりしまっていることを確認した。ガラス窓は臭いを防いでくれないのか、窓辺に女の子たちの影はなかった。
ゆっくりと飛んでくる妖たちへ目を戻す。
優にガクガクと揺さぶられている一悟の姿が視界に入った。
とたん、やり場のない怒りが奏空の腹の底を焼いた。
(「ライライさんもそうだけど、奥州さんも気絶するなんてずるい!」)
奏空は思いっきり後ろに腕を引くと、一悟の背を遠慮く平手打ちした。
バシッと強い音がたつ。
グーで殴らなかったのは奏空の優しさだ。
「いってー!! ……って、ぐわ、くせーっ!! く――」
「奥州さん! ダメです、また気絶しないでください。妖がすぐ目の前まできています! 起きて!!」
一悟の覚醒を確認した優は、いそいで足を踏ん張って立つ澄香の横に戻った。体内に宿す炎を活性化し、体温を上げる。
(「……少しはましになりましたね」)
体の回りの空気を熱で乾燥させることで、悪臭を若干和らげることができた。
澄香は妖をしっかり見据え――ただ見ようとしただけなのに超悪臭のためか、睨んでしまう。溢れ出た涙を指で拭って、意識を集中させる。
「まだです。みなさん、まだ我慢して」
第一陣は靴下とパンツの小物類だ。
親指の当たる先が空いたものや、踵が擦り切れてしまっているもの……靴下の多くは底の部分がうっすら黒い。パンツはブリーフが大半だった。モノがモノだけに、状態を詳細に観察しようとは思わない。
第二陣はTシャツの類。
生乾きのためシワシワになっている。首がよれているものや、裾がほころんでいるものもあった。夢見から聞かされた話によれば、成長期でホルモンがドバドバ出まくっている男の子の汗をたっぷり吸い込んでいる。
最後、トリを飾るのはシーツ。
中央に大きく、うっすらと黄色の染みがついている。何度も何度も繰り返してつけられたためか、汚れを落とし切れていない。まさかと思いたいが、洗濯物の量が多く、最新の粗相が洗いきれていない可能性もある……。
妖たちは正門にキレイな女学生を見つけ(まわりの男3人は無視)、ヒャッホーとばかりに喜びはためくと、移動スピードを上げた。
「勘弁してくれよ」、と一悟。
真っ先に妖化したブリーフ(アップリケ付)と接触した。まともに受けたのは、後ろにいる澄香のところへ行かせないためだ。
優と奏空も、身を挺して澄香を守る。
シーツが有効圏内に入ったところで、澄香は雷獣結界を張った。
「何が悲しくて、一番最初に生乾きの洗濯物に見せなきゃいけないのか分からないけど……」
奏空は妖たちが透明なドーム状の障壁の内に閉じ込められたことを確認すると、体得したての奥義を繰り出した。
「くらえ! 震天動地…!!」
ごっ、と地鳴りの音が立ち、空気が激しく震える。
沸き起こった風に吹き飛ばされて不安になり、混乱して壁にぶち当たる。結界内で撹拌されて舞い飛ぶ洗濯物の妖たち。
覚者たちは巨大な乾燥機能付きドラム型洗濯機の中にいるような気分になった。
「さあ、しっかり乾燥させましょう!」
優が起こした炎の波が、空気の流れに乗って渦を巻く。熱い空気が水分を飛ばし、妖たちの湿った体が端から白く乾いてきた。
澄香は腕を払い、爽やかな風を吹かせた。風を当ててみんなの気分をよくし、戦う気力を高めるためであったが、偶然にも妖の乾燥を助ける。
一悟の顔に張りついていたブリーフと、体に張りついていたシャツが乾燥して軽くなり、風に飛ばされる。
「ぷはー! たすかった……くそう、これ、ぜったいトラウマになるぜ」
ならば、パンティーなら顔に張りつかれても良かったのか。
「いやー、それはそれで……って、いまの誰?」
「一悟くん、前。前っ!」
澄香の声にはっとして、トンファーを握り直した。きれいなお姉さんに抱き着こうと突っ込んできた、小ぶりのぶたさんシャツを突き払う。
「おらっ! とっとと乾きやがれ!」
地面から炎の柱を立ちあがらせて、靴下軍団にぶつける。
これまでの攻撃でほぼほぼ乾いていた靴下軍団は、炎柱に絡み捕られて張りつき、完全に乾燥させられた。
●
「これで三分の一は仕上がった。みんな、がんばろう。妖化した洗濯物すべてクリーニングするんだ!」
数が減ったので、結界内で見通しが利くようになってきた。臭いも随分マシになっている。
奏空はMISORAを構えた。
雲の隙間から差し込んだ光が剣先に落ち、刃を走り落ちる。刀身がまるで晴れ空を写しているかのように青く光った。
一目で肌着とわかる白シャツたちにむけて剣を薙ぐ。
「澄香さんには近づかせない!」
シャツ兄妹三枚のうち二枚が、三分の二の所を横一直線に切られて丈が短くなった。残り一枚は青く光る刃をひらりとかわし、奏空の上を超す。
澄香の顔に白シャツの影が落ちる。
「しまった!」
――と、奏空の目の前で、白シャツが二枚に切られた。空気の刃が飛び去っていく。
「私もやるときはやりますよ?」
やりますよ、とじゅじゅもプルルンと愛らしく震えた。
「まだ気を抜いてはいけません」
優が炎弾を連続して飛ばし、澄香の頭めがけて急降下してきたブリーフ二枚を焼き飛ばした。
「はい。優ちゃん、ありがとう。そうですね、まだシーツさんが残っています。気を引き締めていきましょう」
残りは野球のアンダーシャツ一枚とブリーフとトランクスが一枚ずつ、それにおねしょじみのついたシーツ一枚となった。
シーツは先ほどから結界のぎりぎり内側をぐるぐると旋回している。なんとか澄香に憑りつきたいようだが、なかなかつけ入る隙を見つけられないようだ。
「ちょこまかちょこまか……あ、くるな! パンツ、てめぇはダメだ。近づくんじゃねぇ!」
ブリーフとトランクスがペアになって一悟に襲い掛かる。
炎を纏わせたトンファーでブリーフを叩き落としたが、その隙にトランクスが横から一悟の顔に張りついた。
「ぐぁ……っ」
「「奥州さん!」」
トランクスに手を伸ばし、はぎ取ろうとした奏空に、地を這うようにして飛んできた野球のアンダーシャツが襲い掛かる。蛇のように腕に巻きついて進み、顔の半分を覆った。
「ぎゃっ、くさい! 懐いたように擦りついてくるのやめて!!」
「一悟くん、奏空ちゃん!」
どちらを先に助けるべきか、澄香は迷った。
「モガ、モガガ、モガ(オレに構わずやってくれ)」
一悟の言葉をなんとか聞き取った優は、おねしょのシミつきシーツを睨みながら、迷う澄香に指示を出した。
「澄香さんは奥州さんを、工藤さんはボクが――」
「で、ですが位置的には私の方が……」
「俺は大丈夫だよ、澄香さん。自分でなんとかできる」
うん、と一つ頷いて、澄香は一悟の頭へ手を伸ばした。
おねしょのシミつきシーツが、バタバタと音を立てて迫りくる。
「この隙に、と考えたようですが……そうは問屋が卸しません!」
高く掲げた優の手から炎が噴き出した。
空気を飲みこんで燃え盛る炎が、壁のような波となっておねしょのシミつきシーツにかぶさる。炎に飲みこまれたシーツはぐるぐると回りながら結界の際まで後退した。
奏空は左手で野球のアンダーシャツを掴むと、無理やり引っ張りはがして捨てた。上から踏みつけて靴底の跡をつける。
同時に澄香が一悟の顔からトランクス――ちなみにチェック柄を引きはがした。
「きゃ……いやぁぁぁっ!」
一悟の顔からはがされたトランクスは、大喜びで澄香の両手を包み込んだ。もみもみと動いてその手の柔らかさ、滑らかしさを楽しむ。まずは手を堪能しつくし、そのあとゆっくりと腕を包み込みながら上がっていこうという腹積もりか。
「「か、澄香さん!!」」
顔を真っ赤にしていやいやと首を振り、涙をはらはら振り落とす制服姿の美女!
その手がいま、悪臭まみれのトランクスによって犯されている!
「ぴぃぃーーーーーーぃ!!」
乙女のピンチに反応したライライさんが急降下してきて、くちばしでトランクスをむしり取りだした。
が、ほとんどダメージを与えることができていない。
じゅじゅは小さな手を使い、さくらと大和は爪を立てるが、やはりトランクスにダメージは入っていないようだ。依然として澄香の両手を包み込んだまま、もみもみ、もみもみ蠢いている。
「この、変態パンツ! みんな、どけ! オレがはがす!」
一悟は両手を炎で包み込んだ。燃える手でトランクスを掴み、澄香の手から引きはがす。
「不埒者め、成敗!!」
ひらりと落ちたところを、めちゃんこ怖い顔をした奏空が切り払った。
思いのほか厳しい戦いになった。肉体的には呼吸器以外ほとんどダメージを受けていないのだが、精神が激しく消耗している。
STOP・THE・生乾き!
そんな標語がふっと覚者たちの頭に浮かんだ。
――ええい、面倒だ。まとめてやっちまえ!
……と思ったかどうか定かではないが、靴底を腹にべったりとつけられた野球のアンダーシャツとおねしょのシミをつけたシーツが覚者たちを丸ごと包み込んだ。
大地が揺れた。
風が唸った。
ぼふっ、とシーツがパンパンに膨れ上がり、野球のアンダーシャツが燃え上る。
紅蓮の炎を纏った刃がシーツを突き破って空へ駆けあがっていった。
●
普通の洗濯物……という表現は変だが、ともかく普通の洗濯物に戻ったものは少なかった。破れていたり、切れていたり、消し炭になっていたりがほとんどで、無傷なものは最初に倒した靴下ぐらいなものだ。
優は靴下を一つ拾っては、ペア同士で合わせて畳んだ。一悟と奏空がいやいやパンツを拾い上げる。ちょっぴり丈が短くなったシャツ二枚を澄香が丁寧に皺を伸ばしつつ畳んだ。
「それにしても、この洗濯物達も可愛そうではありますよね。この子達だって好きで生乾きになった訳ではないのですし……」
元に戻らず廃棄物となってしまった洗濯物へ目を向ける。
「きちんと処理して供養した方がいいですよね、たぶん」
「うん、ふさえさんにこれを届けたら、供養してあげよう」
「それはいいですね」
「じゃ、雨が降り出さないうちにふさえさん家へ急ごうぜ」
みんなで洗濯物の成れの果てをかき集めてビニール袋に詰めた。
女学校へ事件解決の報を入れ、畳んだ洗濯物を手に雨雲の下を歩き出す。
「私、ふさえさんには扇風機の活用を勧めてみようと思います。部屋の中で洗濯物が乾かないのは、空気が動かないせいというのが一番の原因ですし」
「あ、オレは『雨の日はコインランドリーにもっていって乾燥すればいいんじゃね?』っていうつもり」
覚者たちの訪問を受けたふさえは、自分が起こしたヒステリックな行動が妖を産みだしたという事実にひどく恐縮した。
「まあまあ、頭をあげてください。いまのみんなのアドバイスに加えて俺からも……部屋干ししても匂わない洗剤ってのが、お手頃なお値段で売られています。お使いの洗剤を変えてみられてはいかがですか。部屋干しのあの嫌な臭いから解放されますよ」
ぴぴぴぴ、ぴ。
ライライさんの囀りがふさえの緊張をときほぐし、笑顔を引き出した。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
