≪黄泉を超えて≫黄泉走る 汽車は現世に不要なり
≪黄泉を超えて≫黄泉走る 汽車は現世に不要なり


●ケモノ四〇六号
 四国に悪夢をばらまいている正八面体の妖――幾何学ナイトメア。
 その一つにひびが入り、そこから漏れるようにムース状の何かが吹き出てくる。それは三秒もしないうちに機関車の形を取った。
『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号。四国を悪夢で包む大妖だ。肉体は滅んでも別の分体である幾何学ナイトメアに肉体を移し、新たに動き出す。そして大妖の本体と言えるのは、四国銃の人間に悪夢を見せている結界のエネルギーそのものだ。
 そう、『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号の肉体は一度滅んだ。他の大妖との戦いではなく、人間如きに。その怒りが大妖の体内で渦巻いていた。
「殺す――」
 静かに大妖は言葉を発する。押さえつけていた感情をわずかに発露するように。そして一度漏れた殺意は火山が爆発するように吹きあがっていく。
「殺す殺す殺す殺す! 人間どもめ! 『一』がなんと言おうが構うものか!」
 大妖『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号は人間を殺さない。殺さずに死の悪夢を見せて人を苦しめている。それは大妖を使役している『一の何か』と呼ばれる存在が『人を介して源素を育て、育ったそれを得る』事をしているためだ。人間はその為に生かされている。故に人間をみだりに殺すなと命じられていた。
 だが、そんなことはもうどうでもいい。少し数が減ろうが構うものか。人間などはいて捨てるほどいる。それこそ人間が動物にやるように、繁殖させて数を増やすこともできる。
「お前達は道具だ! 扱われ、使用され、そして壊されればいいんだよ! 自由などない。未来などない。希望などない!」
 怒りにより抑えていたケモノ四〇六号の力が解放される。虫のような節足が生え、そこから粘性のある液体が垂れる。それが地面に落ちると、人の姿を形どった。
「死ね。貴様らの魂、黄泉に送ってやる!」
 汽笛が鳴り、落雷に似た轟音が響く。死を運ぶ大妖は、明確に人間を殺す為に動き始める。

●FiVE
「『黄泉路行列車』について分かったことがいくつかあるわ」
 集まった覚者を前に御崎 衣緒(nCL2000001)は説明を開始する。
「四国中に散って悪夢を伝播する妖。あれも大妖の肉体の一部。そして大妖の本体ともいえる存在は『悪夢を見せる結界そのもの』よ。
 今、四国中の妖を倒す為の計画が練られているわ。それと並行して直接ケモノ四〇六号を形どった『本体』を攻撃する」
 御崎が示したのは四国山奥の線路。そしてそこを囲むように青いラインが引かれている。
「四国中の古妖達が集まって、この地点に足止めの結界を敷いてくれるわ。結界で足止めしている間に大妖を叩く。
 最悪、結界を凝縮して大妖を圧縮することが出来るみたいだけど――出来ればそれはさせたくないわ」
 言って首を振る御崎。それを行うにはかなりの力が必要なようだ。多くの古妖が命を失うだろう。
「本気になった大妖は言葉通りこちらを殺しにかかってくるわ。厄介な付属品もあるんで、十分に注意してね」
 資料を見た覚者は眉を顰める。成程、これは厄介だ。
「大妖を倒して、四国を救う。その為の戦いよ」
 御崎の言葉に頷き、覚者達は戦場に足を向けた。



■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:どくどく
■成功条件
1.『黄泉路行列車』の打破
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 死を運ぶ者を超えよ。

●敵情報
・『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号
 大妖。八両編成の機関車。その客席にかなりの数の妖が存在しています。それらすべて含めて、一個体です。本体は『悪夢を見せる結界そのもの』であり、この機関車のみを倒しても別の分身が新たな『黄泉路行列車』になります。それ故この大妖を倒すには『他の分身を全滅させながら本体も倒す』事になります。
 人間を見下しており、四国の人間に死の夢を見せています。そうすることで人間を殺すことなく心を折り、大妖と彼らを生み出した『何か』への反抗心を折ろうとしています。
 目の前に居る者を許さないとばかりに殺意を膨らませています。 

 攻撃方法
車両解放 特遠列貫2 車両の扉を解放し、中にいた妖が突撃してきます。妖はすぐに力尽きてしまいます。(100%、50%)
死の触手   物近列   虫の節足に似た触手を矢次に叩き込んできます。【二連】【致命】【必殺】
魔の汽笛   特遠全   黄泉に向かう列車の汽笛が、死の恐怖を想起させます。
道反大神   自付    黄泉を塞ぐ岩を開け、死に近い者を引き寄せます。攻撃を受けたキャラの『100-命数』%分、ダメージが追加されます。
因果応報     P   自身が受けているバッドステータスが、このキャラクターの次の攻撃に乗ります。
『黄泉路行列車』 P   これは黄泉に向かう列車。魂は全て列車に送られる。依頼内の魂使用数の分だけ、HP&各攻撃力が増加します。

永続BS『FiVEからの援護射撃』 P 毎ターンごとに『≪黄泉を超えて≫思い知れ 人の強さと団結と』の参加人数×20点のダメージ(防御無視)が入ります。

・ドッペルゲンガー(×参加人数分)
 大妖から生み出された存在です。分類するなら心霊系妖。ランクも規格外の為、EXとなります。
 参加PLと同数存在し、各参加PLと同じステータスと武器をもっています。Aスキルをもたず通常攻撃(武器に無関係で遠距離攻撃可能)を行い、命数復活は行いません。
 会話などは可能ですが、当人の性格を保持したまま『大妖重視の』価値観を持っています。人間が人間を護るように、妖は妖を護るのです。

●NPC
・四国の古妖達
 四国を統べる刑部狸(拙作『その封を 解くか解かぬかせめぎ合う』参照)を始め、四国中の古妖が大妖を封じる為に結界をはっています。
 覚者に勝ち目がないと判断すれば、命を燃やして結界を圧縮するつもりです。

●場所情報
 四国某所。四方を山に囲まれた路線。そこに結界を張り、大妖を閉じ込めての戦いです。時刻は夜。明かりなどは用意され、戦闘に支障の出る要因はありません。
 戦闘開始時、敵前衛に『ケモノ四〇六号』がいます。『ドッペルゲンガー』は参加者の配置場所に依存します。
 事前付与は一度だけ可能とします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2019年06月04日

■メイン参加者 10人■



「この結界は……!?」
 古妖の結界により足を止めたケモノ四〇六号。その正面に覚者達は立ち出でる。
「四国の古妖さんの結界です。貴方を閉じ込める為に……そしてあなたを倒す為に」
『陰と陽の橋渡し』賀茂 たまき(CL2000994)は足を止めたケモノ四〇六号を前に言い放つ。大妖を倒す。分裂体の位置特定から始まり、今宵四国の全ての戦いはその為にあるのだ。その目的をはっきりと告げ、戦いの覚悟を決める。
「前に言ってたよなー? オレ達にお前を倒すのは無理だとか。無理かどうか、その身で実感するといいぜ!」
 言って笑みを浮かべる『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬 翔(CL2000063)。『黄泉路行列車』のからくりを知らなければ、何度も甦る大妖に戸惑っていたかもしれない。だがそのからくりを暴いた状態ではもはや恐れはない。ここで終わらせるのだ。
「主たるナニカの命令を無視して本気で殺しにかかってきたか」
 以前とは違うケモノ四〇六号の姿を見て、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は鼻で笑う。所詮彼らの絆などその程度。人間達が紡いだ絆に勝てるはずがない。自分達の絆を信じ、刀の柄に手をかける。
「……これで、終わりに、する。次も、ある、し。古妖さんたちに、無茶させられない」
 桂木・日那乃(CL2000941)は静かな瞳で『黄泉路行列車』を見る。その瞳は今の戦いと、そしてこの後の戦いを見ていた。残った大妖と、そしてそれを使役するモノ。それらを倒さなければ、何も変わらないのだ。
「『一二八体の分裂体を倒さなければ勝ち目はない』だったよね。有益な情報をありがとう」
 笑みを浮かべて挑発する『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)。一二八体の分裂体を倒さなければ勝ち目がないのなら、一二八体倒すまでだ。今四国で戦っている仲間達の戦果を信じ、背中の羽根を広げる。
「慢心するわけではありませんが、皆さんに負担をかける前に敵を何とかしなくてはいけませんね」
 古妖の生み出した結界を感じながら『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は気を引き締める。風と幻惑と音による三重結界。その匠を魔女として尊敬しながら、同時に覚者として妖に立ち向かう。
「ドッペルさんを見ると死ぬって聞いたことがあるんですが」
「ドッペルゲンガーにも色々と説があるからね。アレは恐らく大丈夫じゃないかな?」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)の言葉に事も無げに答える『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)。便宜上ドッペルゲンガーと名付けられた覚者のコピー。それは大妖が生み出した妖であって、人の魂が抜け出た者ではない。その事を聞いて安堵する燐花。
「えー、絶対あっちより余の方がイケメンじゃない? 鼻たかいよ?」
 自分とドッペルゲンガーを比べる『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。実際の鼻の高さは同じだろうが、実際にどちらがイケメンかは別問題。見た目だけで男のイケ度は計れないのだ。
「二体目の大妖退治……四国の人々を解放するためにも決して負けるわけにはいかないな」
 犬の尻尾と耳を動かしながら『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は言い放つ。辻森綾香に続いて二体目の大妖。その不死性を解決した以上、辻森に比べてケモノ四〇六号は楽な相手と言えよう。あくまで、相対的にだが。
「殺す……! お前ら全て殺してくれる!」
 怒りで叫ぶケモノ四〇六号。子供のような叫び声と同時に、虫の節足に似た触手がざわめきだす。捕らえ、喰らうために進化した虫の肢。その汽笛が死を想起させ、魂を運ぶ車両に明かりが灯る。
 四国を、そしてこの国をかけた戦いが今切って落とされた。


 大妖の元となるのは、完全暴走した破綻者。深度4の成れの果て。
 すなわち、大妖も大元は覚者だった。

 神代と呼ばれた、人と神の境が存在しない時代の話――


「またお会いしましたね。けれど、これでさようならにしましょう」
 一番最初の動いたのは燐花だ。ケモノ四〇六号に向けて言葉を放ち、『翔』のドッペルゲンガーに向かって走る。四国に悪夢をばらまく大妖。その悪夢はこれで終らせよう。大妖を倒し、四国を解放するのだ。
 僅か一足で相手との距離を詰め、同時に刃を振りかぶる燐花。半歩左に移動して、大きく右に飛ぶ。単純なフェイントだが燐花の速度でそれを行えば一瞬目標を見失う。生まれた隙を逃すことなく燐花の刃が振るわれた。
「アレは姿は同じでも別の物。躊躇はしません」
「ああ、そうだろうよ。お前達は人間同士でも容赦ない。だからこそ『一』はお前達に源素を与えたのだろうがな!」
「人間同士が争う事は否定しない。だけど同時に信じあう事もできる!」
 ケモノ四〇六号の言葉に奏空が叫ぶように返す。人同士が争う事は否定できない。事実、覚者と隔者、破綻者との戦いは存在した。だが同時に、人とは手を結ぶことが出来る事も知った。愛憎あっての人間なのだ。
 刀で印を切り、言葉を重ねていく。描かれた曼荼羅は大日如来の知恵と悟りの一部を仲間に授けていく。動きに対する僅かな差異や心構え。その違いに気付くことで、防御の所作は格段に跳ね上がる。反動で膝をつくが、奏空の顔には笑みが浮かんでいた。
「悟りの境地……これが人類の神秘だ!」
「その領域にまで達したか……!」
「そうさ。私達はお前の首根っこを押さえるに至った」
 ブーツを鳴らしながら彩吹が口を開く。純粋な努力の積み重ねで得た人間の術の極み。奏空から与えられた加護を噛みしめながら、ケモノ四〇六号を見る。機関車の表情など分からないが、この大妖の精神は手に取るようにわかる。
 羽を広げ、空気を叩くようにして跳躍する彩吹。同時に繰り出される蹴りがドッペルゲンガーを真正面から叩き据える。『翔』に叩き込まれる一撃。痛む表情こそ人間そのもんだが、これは妖だと確かに実感できる。
「私たちは道具じゃないし、気に入らない誰かに従う気もない。前も言ったよ。人間の力、思い知ってもらおうか」
「ならば死ね! 利用価値のない道具は壊されるしかないんだよ!」
「それはケモノ四〇六号自身の事なんだろうね」
 ため息をつくように恭司が呟く。人間を嫌い、苦しめる大妖。妖が人を憎んで襲うように、この大妖も人を強く憎んでいた。ケモノ四〇六号を倒すことで少しでもいい世界になれば。そんな願いを込めて源素を練り上げる。
『LTNA-1Dg-C』―― 霊視レンズや呪願センサを備えた神具カメラを手にして恭司が稲妻を放つ。霊視レンズで覗いた先に写ったのは形なき靄。高濃度のエーテルの集合体。ドッペルゲンガーもそこから生まれたのだろう。
「自分で遠慮する事は無いと言ったけれど……やっぱり、全く同じ見た目に言動だと、何とも言えない気持ちになるねぇ」
「偽善をほざくな! お前達は憎しみあっていればいいんだ!」
「偽善か。そう思うのならそうなのだろうな」
 ケモノ四〇六号の言葉を受け止め、ゲイルが静かに返す。事実覚者達はドッペルゲンガーを躊躇なく攻撃している。恭司がそれをためらうと言う発言は、覚者達の態度からすれば偽に思われるだろう。よく見られたい為の偽装の善だと。
 答えを返す前に、水の源素を練り上げるゲイル。いつもは回復に徹するが、今回ばかりは回復だけでは勝ち目はないだろう。『天煌星』を広げ、風を扇ぐようにドッペルゲンガーに向けて振るう。鋭い風が刃となって妖を切り裂いた。
「力に心折られ、憎しみで争い、偽善をのたもう。お前にとっての人間はそうなのだろう」
「なのだろう、ではなくそうなんだよ!」
「いいえ……! いいえ、『人』はそれだけでは、ありません……!」
 符を手にしてたまきが叫ぶ。善性と悪性。その二つあっての人間なのだ。一度も罪を犯したことのない人間などなく、だれにも善意のない人間もいない。陰と陽を重んじるたまきにはよくわかる。善も悪も、人を構成する一要因なのだ。
 前世とのつながりを確信した後にたまきは土の源素を自身に集める。前世の陰陽術師ももしかしたら『死界法葬』に挑んだのだろうか? ならばその雪辱を晴らすべくいまここで力を振るおう。放たれた土の一打がドッペルゲンガーを吹き飛ばす。
「四国の古妖さん達も、力を貸して下さっています……。そして、私達だけでは無く、今も、四国中を妖の脅威から守るべく、戦って下さっている皆さんの力もあります……」
「無駄な足搔きだ! それら全て灰燼に帰してくれる!」
「灰になるのは貴方です! 『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号!」
 炎を携え、ラーラが毅然とした態度で叫ぶ。四国に住む古妖達。四国を走り回って幾何学ナイトメアを叩いているFiVEの覚者達。その幾何学ナイトメアの位置を特定すべく尽力した夢見やスタッフ達。彼らの思いをラーラは受け継いでいた。
 ラーラの意志に従い炎が走る。オカルト嫌いから一度は手放した魔女の道。それが日本を救うために振るわれるなどその時想像すらできなかった。生まれる炎は古妖から受け継いだ炎。哀しみを止めるため、炎は四国を照らし妖を焼く。
「ドッペルゲンガーとはいえラーラ、その姿で大妖を守ってに立ちはだかるだなんて恥を知ってください」
「そちらこそ。源素を総べる『一』に逆らうなど魔女の誇りを忘れたのですか!」
「んー。分かってはいたけど、分かり合えないね。価値観真逆だし」
 ラーラと『ラーラ』のやり取りを見ながらプリンスは頷いていた。説得しようなどとは全く思わないが、それでも同じ姿をした者同士が真逆の価値観をもって言い争うのを見るのは不毛としか言えなかった。交渉の取っ掛かりすら見えない口論は無意味だ。
『妖槌・アイラブニポン』を手にしてプリンスがドッペルゲンガーに迫る。持ち前の防御力を生かして攻撃を受けながら、、全身の力を振り絞って槌を振り下ろした。相手の正中線を捕らえダメージを蓄積する必殺の一打が叩き込まれる。
「他に傅く王なんて王じゃないし。それはただのカード止められてる人だ。…って言ったらどう返すのかな? 余のドッペル」
「んー。FiVEなんて組織に入って命令聞いてるなんて王じゃないし。ただのカード止められてる人だ。……って余なら返すんじゃない?」
「……なんだろうなぁ、これ」
 プリンスと『プリンス』のやり取りを見ながら翔は何とも言えない表情を浮かべる。これを聞いた相棒の笑い声が聞こえてくるようだ。気持ちを切り替えて自分のドッペルゲンガーを見る。集中砲火を受けて崩れ落ちそうな自分自身を見て、少しやるせなくなった。
 コマンドブーツを鳴らし、地面を蹴る。宙に浮かぶと同時に全体重を使って回転する翔。回転すると同時に放たれた蹴りが鋭い斬撃を生み、ドッペルゲンガーを穿つ。既に傷ついていた『翔』はその一撃を受けて消滅した。
「体術に一番弱いのはオレだからしょうがねーんだけど悔しいよなあ! 戦い終わったら、もっと体鍛えてやるぜ!」
「戦い話終わった時にはお前達は死亡してるんだよ!」
「ん。そんなことは、させないから」
 ケモノ四〇六号の言葉に首を振る日那乃。ドッペルゲンガー、道反大神、『黄泉路行列車』……魂や死に関する術式を展開する大妖。それがケモノ四〇六号。その殺意は強く、言葉一つ一つにも強い殺意が込められていた。だが――
 だが、それを含めたうえで日那乃は『させない』と言った。相手の脅威を認めたうえで、仲間を守り、癒していく。展開された水の術式は霧となって戦場に広がり、仲間の傷を癒していく。
(ケモノ四〇六号は、『悪夢を見せる結界そのもの』……はじまりの神様も、そんな感じ……?)
『一の何か』とよばれる存在に対して思考する日那乃。『黄泉路行列車』が結界の力そのものなら、他の大妖もそうなのではないだろうか。
 思考の結論は出ない。当然だ。真実に到達するには『道』が足りない。今この場で都合よくそれが手に入るとは日那乃も思わない。だから思考はここまで。いまはケモノ四〇六号を倒さなければ。
 死を運ぶ列車は今なお猛威を振るっていた。


 その覚者は世界の真実を知り、『一の何か』に対抗すべく術を練り上げた。
 源素をもっての対抗に意味はない。ならば別方面からのアプローチが必要だと考えた覚者は、『死』や『滅び』への恐怖を利用することにした。如何なる存在も滅びには逆らえない。
 一二八の死に方。一二八の生贄。それらをもって術式『死界法葬』は完成する。その生贄の中には、開発者である覚者本人も含まれていた。己自身を八角形の結界の起点と化し、死の悪夢は完成する。
 だが、その在り方に人は恐怖した。死を扱う発想とそれを生む過程。それを忌み嫌い、そして唾棄した。
 それでも人々は『一の何か』に抗するために必要なモノだと割り切った。そして――


 覚者達はドッペルゲンガーから先に攻撃を仕掛けていた。敵の手数を減らすと同時にケモノ四〇六号を庇われることを懸念しての行動だ。傷ついたり、回復が難しいダメージを受けた者は一旦後ろに下がり、回復の後に攻撃を再開するスタイルだ。
 だが――それは鏡合わせとして跳ね返る。
「ドッペルゲンガーが後ろに下がった!?」
「作戦までパクるとかありえなくない?」
 ダメージを受け、消滅寸前のドッペルゲンガーが中衛に下がり、別のドッペルゲンガーが前に出て覚者の足を止める。結果、ドッペルゲンガー打破は遅々としたものとなった。広範囲の攻撃で総合の打力自体は覚者が勝っているが、射程距離の問題から各個撃破が難しい状況となっていた。
 そしてケモノ四〇六号の猛威が覚者達を襲う。
「くそ……っ!」
「あ。これヤバくない?」
「まだまだ倒れるわけにはいかないよ」
 奏空とプリンスと彩吹が『黄泉路行列車』の攻撃で命数を削られる。
「ぜってーまけねー!」
「まだ、大丈夫」
「……あ、こっち、に」
 翔と燐花と日那乃も耐えきれずに命数を燃やすこととなった。
「流石に水の奥義は気力消耗が大きい……」
 汗を脱ぎいながらゲイルが口を開く。仲間全ての傷を癒す水の極技。だが術行使のタイムラグと消費するエネルギーが他の術と段違いだ。歴戦の癒し手であるゲイルをもってしても数度しか放つことが出来ない。今はこの術で戦線を維持しているが、術が討てなくなれば――
「任せておいて、ゲイルさん」
 ゲイルの疲弊を察した恭司が気力回復の術を放つ。周囲に存在する源素と恭司自身の源素を重ね、涼やかな風を生み出す。放たれた無香の風がゲイルを包み込み、不快な空気を取り払い優しく包み込む。周囲に目を配れるのは、過去の戦場レポートの経験が生きているのだろう。
「あぶないから守っておくね。余も大概だけどね」
 死の触手で深手を負った仲間を庇うプリンス。庇う際に大地の力を吸収する構えを取り、カウンターの体制を取っていた。迫る攻撃をはじき返しながら、体力を回復する。浮沈の構えをとり、仲間を守っていた。もちろん、はじき返されるとわかれば敵は攻撃してこないが、それだけでも十分相手の動きを乱している。
「偽物が本物に勝つことはないのですよ」
 二本の妖刀を振るい、『燐花』を伏す燐花。自分自身のドッペルゲンガーと相対し、だからこそその動きの違いが理解できる。『燐花』とは戦う理由が違う。大事な物を守る者と、命令されて戦う者。その違いだ。偽物と本物を別つのはそんな理由。そしてその理由こそが燐花を熱く駆り立てていた。
「四国の皆さんの心が壊れるのを黙って見ているわけにはいかないんです!」
 ラーラは命数を削りながら立ち上がり、炎を解き放つ。赤き奔流がドッペルゲンガーと大妖を包み込み、高熱が体力を奪っていく。ここで倒れれば四国の人達は救えない。それどころか悪夢が日本全国に広がるかもしれない。大妖に、そしてそれを操る『一の何か』になど負けるつもりはなかった。
「まだ、です……!」
 ゲイルをかばいながら戦うたまきも、大妖の攻撃を受けて命数を削られていた。呼吸を整えながら立ち上がり、まだ戦えるとばかりに術を放つ。先の見えない戦いと体の痛みが精神を削っていく。それでもたまきはそれをおくびに出さない。結界を展開する古妖達に不安を与えぬために。そして自分を奮い立たせるために。
「金剛界曼荼羅、展開!」
 気力を振り絞り、奏空が新たな曼荼羅を展開する。ここで防御の術を切らせば、戦線崩壊の可能性もある。それを防ぐために多くの気力を振り絞って術を行使した。術の反動で奏空の手が止まる。刀を杖に息を整えながら、もどかしい気持ちでケモノ四〇六号を睨んでいた。
「今だ、雷龍よ! おおおおおおおお!」
 翔の雷龍が戦場を荒れ狂う。無数の稲妻が龍を形どり、踊るように戦場を飛び交っていた。龍はその暴威もあって制御が難しい。制御を誤れば自分達にも襲い掛かってくる龍を翔は必死に制御していた。臨む兵、闘う者。皆陣列べて前を行く。心の中で九字を唱え、龍の制御を続ける。
「今は、余裕……ある?」
 ゲイルの水術参式が放たれて、全員の体力が回復したのを見計らって日那乃が羽を広げる。肩口から伸びた黒い羽が大きく動き、日那乃の胸部近くに空気を圧縮していく。集う空気の層に視界が歪み、そして解き放たれた。風が戦場を駆け抜けると同時に激しい着弾音が響く。巻き込まれたドッペルゲンガーの腕が吹き飛び、そのまま消え去った。
「一気に攻めさせてもらうよ!」
 ドッペルゲンガーの数が減れば、覚者の攻撃も安定していく。痛む体を我慢しながら彩吹は矢次に攻めていく。時に跳躍し、時に地面を削るように。上下左右、その全てが彩吹のフィールド。立体的に相手を翻弄しながら、隙を見出し一気に攻める。常に前に進み足を振るう。それでいて戦局を見失わない冷静さがあった。
 後衛から射撃を行う『ゲイル』『日那乃』『ラーラ』以外のドッペルゲンガーを消滅させたのちに、覚者達は『黄泉路行列車』に標準を向けた。神具を手に死の汽車に立ち向かう。
「ケモノ四〇六号……いや死界法葬!
 結局あんたこそナニカに作られた道具なんだって事、気づいてるのか?」
 ケモノ四〇六号に刃を突き立てながら奏空が問いかける。返事は触手と汽笛と共に帰ってきた。
「だからどうした! 私も、ヨルナキも、大河原も、そしてお前達もすべて『一』の道具だ! 利用されることで価値があるんだよ!
 自由? 自分の意志? そんなものは巨大な力の前に消え去るだけだ! 大人しく井戸の中で最強を謡ってれば幸せなんだと気付け!」
「残念でした。私たちは道具じゃないし、気に入らない誰かに従う気もない。『使役される道具』で『自由』も『未来』も『希望』もない。それはお前の事なんじゃないのか?」
「ああそうとも。そしてお前達も同じだ! 同じ道を歩み、同じ轍を踏む! たまたま集まっただけの仲間如きで、『一』には叶わない!」
 彩吹の蹴りを受けながら、怒りの声を返すケモノ四〇六号。ブーツの一打よりも言葉そのものに怒りを感じているようだ。
「勝てない……なんて、貴方に分かるはずが――」
「分かるとも。今まですべての覚者が『一』に戦いに挑み、そして源素の暴走を押さえきれずに破綻していった! 己の魂を削ってもなお届かない領域。源素を総べる『一』に、人間如き矮小な力で挑んでも無意味なんだよ!」
 たまきの言葉を遮るように『黄泉路行列車』は吼える。
 勝てない。無意味。負ける。力の差は歴然。道具は道具らしくしていろ。ケモノ四〇六号の言葉は覚者に対する挑発に聞こえる。無駄だから大人しくしていろ、と。平行線ともいえる会話だが、
(あれ……? これって……)
 違和感を感じたのは翔だった。戦う前から気になっていたことがある。
「大妖の元が破綻した人間のエネルギーって事は、お前も人間だった時代があるんだよな。
 ってことは、お前も『一』に挑んだのか?」
「…………っ!」
 答えは返ってこない。その沈黙が雄弁に翔の問いを肯定していた。
「結果は聞かねーよ。そりゃ辛かったろうな。
 そして自分に出来なかったことをやろうとする俺達に嫉妬したのか、それとも俺達を殺さないように心配してのことかも聞かないぜ」
 視点を変えれば、ケモノ四〇六号は誰一人命を奪おうとしなかった。悪夢を見せて精神を疲弊させての交渉と言う悪辣な手段ではあるが、命を取ろうとしたのは覚者の反抗を受けてからだ。もちろん、苦しむ様を見るのが趣味だと言う嗜好の可能性もある。それをいまさら問うのは野暮だ。
「でもよー。止めても無駄だぜ。俺達はアイツをぶっ飛ばすって決めんだ!
 同情はするけど手加減はしねー! 全力でお前を倒す!」
「いつもいつもお前は――お前をあの時始末しておけば!」
 翔の言葉に言葉を詰まらせるケモノ四〇六号。そこに如何なる感情が含まれているかは分からない。
 だが、この会話の後から翔を中心として攻撃を仕掛けてくる。虫の節足を叩きつけ、車両から妖を雪崩れ込ませて覚者達を圧倒する。
「へっ、頭に血が上り過ぎだ、ぜ……」
「余もここまで、かな。民の皆、後は任せた」
「避けきれ、ないか……!」
「ごめん、なさい……」
 翔とそれを庇っていたプリンス、そしてこれ以上守勢に回ってもじり貧と判断して前に出た彩吹と燐花が大妖の猛攻を前に力尽きる。
「……ここ、まで……か」
「は、ぅ……!」
「…………ごめ、ん」
 奏空とラーラと日那乃も、死を想起させる汽笛により意識を奪われる。
「ケモノ四〇六号! 四国の方々に悪夢を見せた分……貴方が黄泉へも逝けない様に、その魂ごと滅します!」
「出来るものならやってみろ! 永劫に続く『一』の力、絶てるものならな!」
 印を組み、たまきが土の術を解き放つ。重く強い一打がケモノ四〇六号を揺るがすが、それでも大妖は止まらない。仲間と共にかなりの打撃を積み重ねてきたが、倒れる気配はまだない。前の闘いの時は既に倒れていただろうダメージなのだが――
「どうした、もう限界かぁ? そうとも、限界だろうとも!
 お前達もおめおめと逃げ帰ればいい! その姿が更なる絶望を生み、人の心を折る! 敗北を糾弾され、孤立して負けを認めるようになる!」
「限界かもしれないね。だけど、それを乗り越えるのも人間なんだよ」
 癒しの術を放ちながら恭司が答える。一人ならここまでこれなかった。二人だからこそここまで戦えた。傍らで倒れている少女を見ながら、勇気を振り絞る恭司。彼女の前では、かっこいい大人でありたい。
「感じているんだろう? 四国で戦う僕らの仲間の力を。もう追い込まれているんだよ」
「この程度の、この程度の事で追い込んだ? 甘く見過ぎだ人間! お前達はもう終わっている!」
 死の汽笛が鳴り、たまきと恭司の意識を奪い取る。恭司は命数を燃やしてなんとか堪えるが、既に命数を奪われていたたまきは耐えきれずに崩れ落ちた。
「大口を叩いてもこの程度。たった二人で何が出来るか!」
 現在立っているのは恭司とゲイルのみ。恭司は既に命数を削り、ゲイルは回復に徹するために攻撃的なスキルを有していない。ケモノ四〇六号もかなり体力を奪われているが、二人の火力では削り切る前に力尽きるだろう。
『致し方あるまい。結界を閉じてこ奴を封じよう。皆を連れ、逃げるがいい』
 二人の耳に聞こえる古妖の声。古妖の目から見ても逆転の目はない。二人は倒れている覚者の位置を確認し――
「――そは刃に伝いし血、谷間よりいずる清流也」
 扇を広げたゲイルが祝詞を唱える。その意図を察し、恭司がゲイルの真正面に立つ。
「まだあきらめないか。なら身体に刻め!」
 ケモノ四〇六号の攻撃が祝詞を唱えるゲイルに向かう。ゲイルを庇っていた恭司がそれを受け、崩れ落ちる。
「祈雨にして止雨、干ばつより人を救う水の神。枯れたる大地を蘇らせる水早――っ!」
 守り手を失ったゲイルに向かってケモノ四〇六号の攻撃が飛ぶ。まだ残っているドッペルゲンガーの攻撃も集中し、膝をつき――命数を燃やして耐えきった。
「その潤いをかの者に与えたもう」
 生まれる命の水。源素の祝福を受けて短縮されたもう一つの水の極技。それは力尽きた戦士に潤いを与え、再び立たせる奇跡の水。
「――これが俺達の絆の力だ!」
 その水を受けて立ち上がる奏空。『MISORA』を手に立ち上がり、前に倒れるように駆け出し刃を振るう。
「ありえない――! あの速度で術を展開させるなど――源素に、愛されたと言うのか――だが――」
「お前の拠り所はどこにもない! 悪夢を見ながら消えるといい!」
 翻る奏空の刃。それがケモノ四〇六号の最奥にある八角形の『核』を両断した。
「の、呪いを、残してやる……! お前、達は破滅する……あの、大河原のように……ッ、源素に愛され、そしてそれを道具として、使うのなら……いずれ……ッ!
 ――――――――――ォォォォォォォォォォォ…………っ!」
 声にならない大妖の声が戦場に響く。それは少しずつ小さくなり、そして消えていった。


 そして術式『死界法葬』と同化した術者はその力をもって『一の何か』に挑み――負けた。圧倒的な力の差を前に勝負にすらならず、逃げ帰った。
 再戦を望む術者の意見は、ことごとく否定された。あれには勝てない。無駄なことはできない。そもそもお前の戦い方は外道だ。そう罵られ、糾弾され、そして放逐された。その怒りが彼を破綻させ、そして力そのものとなってこの世から消えた。
 人々は『一』に屈し、源素を手放した。その際に『死界法葬』もこの世から消える。人々はその術式のことを忘れ、そして源素のことも忘れていった。
 これはただそれだけの話。巨大な力に挑んで勝てなかった、とある覚者の末路――


「――――っ!」
 覚者達の脳内に流れ込んできたイメージ。それ五千年前の覚者の戦いの結果だった。それが何の意味を持つかはわからない。
「ギリギリ、だったな……」
「そうだね……なんとか、なったかな」
 大妖の消滅を確認し、座り込む覚者達。命数による攻撃増加を最大限まで防ぎ、魂に頼らない戦略を敷いたことが勝利の一因だ。四国を駆け巡る仲間達の活躍も無視できない。
(あのイメージ……アイツも元は『一の何か』に挑んだ覚者で、でも勝てなかった。それに最後の言葉……呪いと言うよりは、どこか忠告めいていた……)
 思考すると同時に眠気が襲ってくる。色々思う所はあるが、体力と気力の限界が近づいて来ていた。
 走ってくるFiVEスタッフと古妖達の足音を聞きながら、覚者達は意識を手放した――

 夜が明け、四国の人達は目を覚ます。
 短期解決だったたこともあるのか、ケモノ四〇六号の見せた死の恐怖はそれほど人の心に残らずに日々の生活で消えていく。そういう術式だったのか、それとも人の強さが生んだ結果なのか。それを確かめるすべはもうない。
 そして大妖の一つを倒したことにより、人々は歓喜する。AAAすら勝ちえなかった存在を打ち倒し、人々の期待は大きく膨らむ。FiVEなら、この国を救ってくれるのではないだろうかと言う光が。
 しかし、FiVEの覚者は知っている。大妖だけではなく、その背後に控えた存在がいることを――
 
 優しい風が、四国に吹く。
 死の悪夢はもう、訪れない――






 
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