死の列車 その行進を許さない
●死の列車
四国を走る大妖、『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号。
『死』を体験する夢を見せる『死界法葬』を展開し、四国中の人間に終わることのない死の夢を見せ続けていた。
対処療法的に術を中継する妖を叩き、その被害を押さえるFiVE。そうすることでできる限り被害を押さえようとしていた。
大妖は嘲笑う。決壊するダムの水を押さえて塞いでいるだけの人間の行動に。
事を収めるには大元をどうにかしないといけない。なのにそのあがきは何だ、と。
無論、そんなことは解っている――
●FiVE
「『黄泉路行列車』に直接攻撃を仕掛けるわ」
集まった覚者を前に御崎 衣緒(nCL2000001)はストレートに言葉をぶつけた。
大妖。
四半世紀前より妖と共に現れ、人を恐怖に貶めた五体の存在。その内二体は敗れたが、それでも大妖がこの国の脅威であることには変わりなかった。暴力の代名詞ともいえる彼ら相手に挑むには、相応の準備とそして犠牲が必要になる。
「大丈夫よ」
御崎はそんな不安を打ち消すように言葉を重ねる。
「『黄泉路行列車』は自分の車両を分散させて四国に結界を張っているわ。その力も大きく分散されているはず。
それに私達はこれまで培ってきた。多くの闘いを経験し、源素の秘奥にまで至る術者もいるわ」
ここでいったん言葉を切り、FiVEの覚者の言葉を代弁するように胸を張る。
「何よりも大妖を操る相手に挑むのだから、ここで怖気づいてはいられないわ」
――作戦はこうだ。
『黄泉路行列車』の正面を塞ぐように車両を走らせ、走行中の大妖に攻撃を仕掛ける。戦う時間は多くとれないが、それで何かしらの手ごたえを掴めれば次の戦いに生かせるだろう。
「完全に勝つ必要はないわ。相手の特性を知って、次の作戦につなげる。古来より行ってきた人間の戦いよ」
もちろん、楽な戦いじゃない。そう御崎は告げる。
貴方はこの作戦に――
四国を走る大妖、『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号。
『死』を体験する夢を見せる『死界法葬』を展開し、四国中の人間に終わることのない死の夢を見せ続けていた。
対処療法的に術を中継する妖を叩き、その被害を押さえるFiVE。そうすることでできる限り被害を押さえようとしていた。
大妖は嘲笑う。決壊するダムの水を押さえて塞いでいるだけの人間の行動に。
事を収めるには大元をどうにかしないといけない。なのにそのあがきは何だ、と。
無論、そんなことは解っている――
●FiVE
「『黄泉路行列車』に直接攻撃を仕掛けるわ」
集まった覚者を前に御崎 衣緒(nCL2000001)はストレートに言葉をぶつけた。
大妖。
四半世紀前より妖と共に現れ、人を恐怖に貶めた五体の存在。その内二体は敗れたが、それでも大妖がこの国の脅威であることには変わりなかった。暴力の代名詞ともいえる彼ら相手に挑むには、相応の準備とそして犠牲が必要になる。
「大丈夫よ」
御崎はそんな不安を打ち消すように言葉を重ねる。
「『黄泉路行列車』は自分の車両を分散させて四国に結界を張っているわ。その力も大きく分散されているはず。
それに私達はこれまで培ってきた。多くの闘いを経験し、源素の秘奥にまで至る術者もいるわ」
ここでいったん言葉を切り、FiVEの覚者の言葉を代弁するように胸を張る。
「何よりも大妖を操る相手に挑むのだから、ここで怖気づいてはいられないわ」
――作戦はこうだ。
『黄泉路行列車』の正面を塞ぐように車両を走らせ、走行中の大妖に攻撃を仕掛ける。戦う時間は多くとれないが、それで何かしらの手ごたえを掴めれば次の戦いに生かせるだろう。
「完全に勝つ必要はないわ。相手の特性を知って、次の作戦につなげる。古来より行ってきた人間の戦いよ」
もちろん、楽な戦いじゃない。そう御崎は告げる。
貴方はこの作戦に――

■シナリオ詳細
■成功条件
1.20ターンの間、全滅しない
2.何かしらの情報収集
3.なし
2.何かしらの情報収集
3.なし
時速一二〇kmの攻防戦となります。
●敵情報
『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号
大妖。八両編成の機関車。その客席にかなりの数の妖が存在しています。それらすべて含めて、一個体です。
人間を見下しており、四国の人間に死の夢を見せています。そうすることで人間を殺すことなく心を折り、大妖と彼らを生み出した『何か』への反抗心を折ろうとしています。
またダメージの蓄積により怒って自制が利かなくなり、情報を吐きだす可能性もあります。
攻撃方法
車両解放 特遠列貫2 車両の扉を解放し、中にいた妖が突撃してきます。妖はすぐに力尽きてしまいます。(100%、50%)
窓から投擲 物遠列 車両の窓を開け、大量の物を投げてきます。
魔の汽笛 特遠全 黄泉に向かう列車の汽笛が、死の恐怖を想起させます。
道反大神 自付 黄泉を塞ぐ岩を開け、死に近い者を引き寄せます。攻撃を受けたキャラの『100-命数』%分、ダメージが追加されます。
因果応報 P 自身が受けているバッドステータスが、このキャラクターの次の攻撃に乗ります。
『黄泉路行列車』 P これは黄泉に向かう列車。魂は全て列車に送られる。依頼内の魂使用数の分だけ、HP&各攻撃力が増加します。
●場所情報
四国某所の線路。そこの車両を使用してのトレインチェイス戦です。荷台の乗っていない貨物車の上に乗って、大妖の真正面を取る位置で戦います。風圧とか慣性とかの影響は受けないような構造になっています。
時刻は夕刻。明かりや足場などで戦闘に支障はありません。
戦闘開始時、敵前衛に『黄泉路行列車』がいます。戦闘の構造上、『黄泉路行列車』は味方中衛などに突撃はできないものとします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2019年05月20日
2019年05月20日
■メイン参加者 10人■

●
時速120キロで走る『黄泉路行列車』。その前方を遮るように一つの車両が割り込んだ。速度を調整しながら、常に真正面を取れる位置取り。
トレインチェイス。迫る列車を討つシチュエーション。敢えて真正面に立ったのはいつでも離脱できるからという事と、相手に圧力を加える為である。事実、大妖が苛立ったのか声にこわばりがあった。
「何者です? ……いや、この『死界法葬』内で動いているという事は」
「覚悟、してください……ケモノ四〇六号!」
短く、しかし的確に目的を告げる『陰と陽の橋渡し』賀茂 たまき(CL2000994)。もちろん、簡単に倒せる相手だとは思っていない。だが怯えて手をこまねいていることはしない。ここで一矢報いて、何かの成果を持ち帰るのだ。
「人間舐め腐ったてめえのそのツラに、鉄拳叩き込んでやるからよ! あ、ツラは無いか、汽車だもんな」
言って大笑いする『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)。拳を握り、真っ直ぐに振るいながら挑発する。大妖の位置を捕捉できたのはいい機会だ。煽るのは情報を得る為だが、嘘を言っているつもりはない。強く握った拳を突き出し、笑みを浮かべる。
「四国の人の心を蝕むような真似はさせません」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は言って刀を構える。大妖がやっていることはFiVEへの挑発だ。その為に無関係な人間に『死』の夢を見せている。一刻も早く四国の人を助ける為に、強く刀を握りしめた。
「人間を甘く見るとどうなるか。思い知らせてやろうじゃないか」
とんとん、とブーツで床を蹴り『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は大妖を見る。ケモノ四〇六号は人間を下に見ている。大妖の中でもその傾向は顕著だ。それがどういう結果を生むか、ここで教えてやろう。
「おうよ! 人間バカにしてると痛い目見るぜ!」
彩吹の言葉にかぶせるように『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬 翔(CL2000063)は叫ぶ。いままで人間は大妖に抗ってきた。その結果、『紅蜘蛛』や『後ろに立つ少女』は消え去った。人間が大妖に勝てない、という事はないのだ。
「被害が出るなら、消す」
抑揚のない声で桂木・日那乃(CL2000941)は呟いた。四国中を襲う死の夢。それが生む後遺症は時間が経てばたつほど大きくなるだろう。大妖相手にどこまでやれるかはわからないが、やると決めたからには成し遂げるまでだ。
「普段とは違った形の戦闘ではありますが、遅れを取るわけにはいきません」
流れる景色を見ながら『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は呼吸を整える。時速一二〇キロで流れゆく四国の街の景色。惜しいかな、今はそれを楽しむ余裕はない。大妖の戦いのみに意識を集中していく。
「この力は救いを求める誰かの為にあるのですわ」
『冥王の杖』を構え、『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は思いを口にする。源素がなんであるか。その決定的な所はまだわからない。だが力はもつ者の意志により扱われる。人が扱う力なら、人を救うのが道理。いのりはそう信じていた。
「ああ。こうして叩ける機会が出来たのはありがたい!」
刀を構えて奏空は笑みを浮かべる。四国を悪夢に貶めているケモノ四〇六号。それを直接叩かなければ勝利はない。今ここで倒せればよし。斃せなくとも何かしらの情報を持って帰れらなくては。
「全くだ。できるだけ早く、四国の人達を解放しなくては」
扇を広げ『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は頷いた。風に揺られ、金の髪が揺れる。そう簡単にはいかないだろうが、それでもここで手をこまねているつもりはない。ここで何かを経て、次につなげるのだ。
「ははあ。業を煮やしての突撃ですか。自爆でもするんですか? ええ、ええ、構いませんよ」
落ち着きを取り戻したのか、馬鹿にしたような声を出す大妖。魂を燃やした攻撃なら確かに倒せるかもしれない。そんな死にざまを期待しているような声だ。
大妖の言葉には答えず、覚者達は神具を構える。それを見て大妖も言葉を止めた。殺さずとも、痛い目を合わせようと言う心づもりだ。
四国の命運をかけた一戦が、今ここに始まる。
●
「焦らずに行くよ!」
抜刀し、薬師如来の光を放って仲間を照らす奏空。仲間を守りながら刀を振るい、戦いに挑む。大妖の能力は未知数だ。そもそもこちらの常識が通じるかどうかも分からない。だからこそできる事はすべてやるのだ。
床を蹴ってケモノ四〇六号に迫る奏空。先ずは真正面からだと言わんばかりに真っ直ぐ挑み、そして抜刀する。手首を翻してのもう一閃。鋭い二閃が大妖を襲う。硬い装甲の感触はあったが、それでも裂いた触感は確かに手に残っていた。
「入った、けど浅いか!」
「その程度の斬撃はこの身体にはかゆいぐらいですよ」
「では重ねていくだけです」
大妖の言葉に燐花の言葉が重なる。一撃で倒せるなどとは思っていない。何度も何度も刃を重ね、相手を葬る。どれだけの実力差があるかはわからないが、それでも可能性があるなら挑むのみだ。それが自分達の選んだ選択なのだから。
二本の短刀を構えて疾駆する燐花。真正面からではなく、移動しながら各部位を切り裂いていく。相手に的を絞らせず、数を重ねていくのが燐花の戦闘スタイル。止まるな、足を動かせ。戦場をかける黒猫の跡を追うように刃の斬撃が走る。
「黄泉ですか。実際にあるのかどうかなど、命が尽きた時じゃないと分かりませんね」
「では教えましょう。今ここで!」
「そいつはご遠慮願うぜ! まだまだ死ぬ気はないんでね!」
遥は大妖の言葉を一蹴し、距離を詰める。死ぬつもりは毛頭ない。今日を生きて、明日も生きて。今日よりもずっと楽しい明日を過ごし、そうやって生きていく。それが人間なのだ。明日を信じる力こそが生きる糧なのだ。
大妖のぷてっシャーを感じながら、遥は構えを取る。腰をわずかに下ろし、膝と肘を曲げた空手の構え。慣れ親しんだ構えは戦闘の緊張をほぐし、最適の状態を生む。突き出された拳がケモノ四〇六号の装甲を穿った。
「死ぬ気が無いのなら怯えて過ごせばいい! 素直に『一』に従えばいい!」
「そんなつもりもねえ! お前達はここでオレ達がぶっ潰す!」
「はい……! 次の世代に、不安は持ち込ませません……!」
遥の言葉に頷くたまき。『一』の要求は人間の生命ではない。ただ育て上げた源素を渡せ、と言う事だ。それにより一〇〇〇年後に源素を用いた人同士や妖との争いが行われる。そんな不安を残すわけにはいかなかった。
大妖の様子を観察しながら、巨大な符を展開するたまき。広がる符はたまきの源素を受けて花開くように結界を形成していく。桜の花びらに似た防御術式。受けた攻撃の一部を跳ね返す攻防一体の術式だ。
「皆さんをお守りします! 貴方の悪意には、屈しません!」
「ええ、千年前の人間もそう言ってましたよ。ですが一年ももたずに心折れ、力を手放したんです! その再現と行きましょうか!」
「千年前には私がいなかった。それを教えてやる!」
挑発するように言葉を放つ彩吹。防御は考えない。守る事や癒すことは仲間に任せ、自分はただ攻撃のみに特化する。この体がどれだけ傷つこうが、仲間が支えてくれると信じている。だから真っ直ぐに前を見て、戦いに挑もう。
床を蹴る『コマンドブーツ』。羽根をわずかに広げ、飛び交うように彩吹は戦場を動き回る。車輪やボディの継ぎ目、そういった部分を狙い矢次に蹴りを放っていく。効果的な個所を探りながら、同時に挑発を重ねていく。
「さあ おんぼろ列車さん。力くらべといこうか」
「比べる? ハエが山に挑むようなものですよ。それとも夢でも見てるんですか?」
「確かに彼我の差は大きいが、勝ち負けまでは解らんぞ」
ケモノ四〇六号の言葉に笑みを浮かべるゲイル。自然界に置いて重量差は明確な強さのバロメーターとなる。しかしそれは強さの一端だ。百獣の王もサソリの一刺しに殺されることもある。勝敗の要因は無限にあるのだ。
仲間の傷を見ながら源素を練り上げるゲイル。観察は一秒、判断は一瞬。僅かな遅れが大きく影響するのが戦いだ。故に迷うことなく術を解き放つ。扇が振るわれると同時に放たれた癒しの力が込められた水が広がっていく。
「俺達の心を折るために人々に死の悪夢を見せ続けるとはな」
「ええ、ええ。そうすれば『力在る愚か者』が私に挑んでくることも想定内です」
「ではここで倒されることは想定外のようですわね」
にこりと微笑むいのり。ここで倒せるかどうかは解らないが、何もかも相手の想定通りに進むとは限らない。それを教えるだけでも十分だ。その為にもこの戦いで何かしらの情報を得なくてはいけない。
杖を構え、意識を集中するいのり。杖の先に集まる力はいのりの意志に従い細く鋭く集約していく。それは一条の槍。不条理と言う雲を貫き、未来と言う光を地上に照らす為の鋭い一矢。解き放たれたそれは真っ直ぐに大妖の身体を穿つ。
「死をこれ以上ばらまかせたりはしませんわ」
「この程度の攻撃でこの私が止まるなどと――」
「思いません。だから何度も繰り返します!」
ケモノ四〇六号の言葉が終わるより先にラーラの炎が列車を襲う。炎に巻かれた列車は激しく熱され、その内部に熱を蓄積していく。見た目は大きな変化はないが、大妖が炎を弾いた様子はない。
繰り返されるラーラの炎。荒れ狂う炎はラーラの意志に従い形を変え、巨大な獅子の姿となる。深紅の獅子は巨大な爪を振るい、そして強靭な顎で噛みついていく。列車全体を熱する炎は、少しずつ死を運ぶ列車を傷つけていく。
「無関係な一般の人達に人達に何てことを……絶対に許せません」
「無関係だからいいんですよ。力無く、力在る誰かに振り回される。それが貴方達人間なのですから」
「否定は、しない」
日那乃は大妖の言葉に頷く。言っていることは滅茶苦茶だが、しかしそれを否定することはできなかった。今までどれだけの隔者がその力で暴威を振るってきたか。どれだけの人がその犠牲で憤怒者になってきたか。どれだけの人が泣いてきたか。それを見てきているのだ。
だからと言って、ケモノ四〇六号のいう事を聞くつもりはない。日那乃は水の源素を活性化させ、周囲に振りまくように散布する。癒しの力が込められた源素の水が仲間の傷を癒していく。力は破壊だけではない。癒す力もあるのだ。
「だから、たすける」
「そうやって無駄な希望にすがっているといいですよ。すぐにそれも絶望に変わります!」
「オレ達が絶望するだって? ありえないね!」
二十代の若者に変化した翔が叫ぶ。大妖は強い。繰り出される攻撃を受け、普通の妖との差を実感する。だが、負けはしない。たとえどれだけ強かろうと、負けてやるつもりはない。心で強く勝つと誓い、真っ直ぐに敵を見る。
叫びながら蹴りを繰り返す翔。風を裂くような蹴りが直接ケモノ四〇六号の各部位に叩き込まれる。真正面からだけではなく、車輪や継ぎ目と言った弱そうな場所を推測して。人間は工夫して強者に挑む。今まで培った歴史通りに相手の弱点を探るように戦っていく。
「死の恐怖なんかに絶対に負けねーーーーー!」
「そうやって叫んでいる時点で、恐怖に負けているのです。さあ、貴方達も死に屈しなさい!」
ケモノ四〇六号の汽笛が鳴り、短命の妖が雪崩れ込む。ラーラの炎を蓄えた攻撃が覚者達を襲う。
「まだまだ負けないよ!」
「はっ、ラーラさんの炎が無きゃ大したことない攻撃だったな!」
「どうした、まだ立ってるぞ!」
前衛を襲う猛攻を前に奏空、遥、翔の三人が命数を削られる。
「まも、る」
「誰も、欠かせたりはしません!」
回復を行っている日那乃とたまきも体力減少から命数を燃やすこととなった。
「素晴らしい強がりです。威勢がいいのは最初だけですか? 絶望して逃げるなら追わないであげましょう。惨めに泣きながら帰りなさい!」
覚者の様を見て嗤う大妖。無益な殺生を拒んで逃がすのではない。より深く絶望し、それを伝播させたいがために逃がすのだ。人間に対して一切の慈悲はなく、そして容赦もない。
だがそれに屈する覚者達ではない。秘めた覚悟は強く、そしてそれが戦意を支えていた。
戦いはまだまだ終わらない。
●
戦いが激化するに捨て、ケモノ四〇六号の口は軽くなる。最初は人を甚振る余裕があったが、予想外の覚者の攻撃と粘りに怒りが込み当ててきていた。
「黄泉路行列車なんてカッコ良さげな二つ名ついてるくせにお前の攻撃なんてたいして効いちゃいねーよ!
それが証拠に、ここにいる誰も心なんて折れてねーぞ!」
「しぶとさと鈍さだけは一流のようですね!」
そんな翔の単純な言葉にさえ、苛立ちを含んだ声を返すようになる。
「所詮お前は四国の在来線をぐるぐる回る事しか出来ないんだろう?」
奏空が挑発を重ねる。
「はん! 前に京都で出会ったことを忘れているようですね!」
返す大妖。勿論、奏空はそれを忘れているわけではない。だが挑発を重ねれば情報が得られるかもしれないと思ってあえてそう言ったのだ。
「ならなんでこんなところをぐるぐる回ってるんだよ。カナヅチで海が渡れないとかか?」
「お前達を誘うためですよ。力のない者達は力在る者を頼る。『お前達は力があるのだから、戦って当然だ!』とね。自分の手を汚さずに、他人に戦わせようと迫っただろうよ!
そうしてのこのこやってきたお前達を叩き、逃げる様を見て絶望を広げる為に!」
「そんなことはさせやしない!」
叫ぶ奏空。どんなことがあっても、その心を折るわけにはいかない。自分達が負ければ、確かにそのようなことになるだろう。だからこそ、勝てないにしても何かを掴んで帰る。
(なるほど、四国のみを動いているのはそういう理由か。……おそらくそういった要求はFiVEにも届いていたのだろうな)
ゲイルはケモノ四〇六号の言葉を聞いて、納得したように頷く。言い方はさておき、四国を救ってほしいと言う意見はFiVEに届いたはずだ。或いは大妖の言うように無責任な要請もあったのかもしれない。
(そういった意見は俺達に届かないように配慮してくれたのだろうな)
探偵として多くの事件に関わってきたゲイルは、大妖が言うような人間がいることも知っている。そして中やFiVEのスタッフがそういう意見を受け止め、現場で戦う覚者達に影響のないように処理してくれたのだろう。
「貴方は人を恐れているのですか?」
「どういうことです?」
燐花の言葉に居を突かれたように大妖は問い返す。
「死の夢を見せてその心と力を折る。それは結局、力で制する自信がないからでは? 夢を見せるより吹き飛ばす方が早いでしょう。
貴方は、人を見下しつつ実は。その心を恐れているのではないですか?」
「何を聞くかと思えば。殺していいなら殺して差し上げますよ。それを『するな』と命じられているからこうしているのです。
人間など見るだけでおぞましいですが、その苦しむ様だけは楽しめますよ、ええ」
「そいつは『一の何か』の命令だからかい?」
ケモノ四〇六号の言葉に質問をかぶせる彩吹。
「お前たちの親玉らしいね? 大妖だとか言われていたから 妖の王くらいには思っていたのにしがない中間管理職だったんだ。
人間が大嫌いと言いながらも 戦っちゃだめと言われたら戦わない……中間管理職というより、ペットみたいな?」
「――黙れ」
短く、しかし鋭く大妖が言葉を返す。
「ああ、そうとも。そうと命じられたからお前達は殺さないでおいてやる! この二十五年、そうしてきた! いまだって制限がかかってる!
何故お前たち人間は従わない! そうあるべきだろうが! 使われることが最高だと言うのに! 何故それを理解できない!」
支離滅裂に叫ぶケモノ四〇六号。どうやら彩吹の言葉は大妖の地雷を踏みぬいたようだ。
(神様の目的は、成長)
怒る大妖の声を聞きながら日那乃は言葉なく思考する。
大妖が仕える『一の何か』の目的は、自己の成長だ。端的に言えば人がどのような営みをもとうが、興味はない。死滅しても『別の物を使えばいい』程度の認識だ。ただ有用だから生かし、効率がいいから争わせている。それだけだ。
大妖はいわば人が争う『環境』を保つための管理者なのだ。そう考えるとケモノ四〇六号の怒りは思う通りに成長しない作物への八つ当たりなのだろう。善し悪しはさておき、有用に使われることが一番、と言う考え方は生物ではなく――
「……物質系の、妖……? 誰かに使われることが、いいこと?」
「ですわね。そうなると術式による攻撃が通じそうですわ」
日那乃の言葉に頷くいのり。相手が機関車であることを考えれば、納得のいくものだった。妖が四種類にカテゴライズされるように、大妖もそのどれかにカテゴライズされてもおかしくはない。
「それにしても執拗に死の恐怖を煽るのですね。もしかして貴方自身が死の恐怖に捕らわれているのですか?」
「まさか! 死を恐れるのはお前達だろうが!」
鼻で笑い飛ばすような大妖の一言に、いのりはあっさりなく頷いた。
「ええ、いのりは死ぬのは怖いですわ。誰だってそうです。けれどいのりはそれを理由に後ろに下がって誰をも救えなくなる事の方がもっと怖い。
貴方は自分が死の恐怖に耐えられないから、人間達を巻き添えにしているだけなのでしょう?」
「人間はいつの時代も同じことを言う! そしてそういう連中も死を前にして心が砕ける! 鳴いて叫んで折れたのさ! さあ、お前はいつ心が折れる?」
「本当にクソ趣味の悪い奴だな、お前は!」
叫ぶケモノ四〇六号の言葉を遮るように遥の拳が叩き込まれる。笑いを止める意味もあったが、純粋に趣味の悪い存在が許せなかったこともある。
「死ぬのは怖い! そんなん当たり前だ! けど、死ぬのが怖いからこそ、生きてる間になんかしてやろうって気持ちになるんだよ!」
「徒労だな! そうして足搔いて絶望しろ!」
「ただ怯えて縮こまるだけが人間だと思うなよ!
1だか0だかの言うことをビクビク聞いてるだけのお前とは違うんだよ、ポンコツ列車!」
「違う、遥。こいつは列車じゃない! いや、列車なんだけど……ああ、ややこしい!」
言いたいことを纏めようと頭を掻く翔。とにかく思いつくままに口を開いた。
「千年前に機関車なんて存在しないんだ! だからこいつは少なくとも千年前にはいなかったか、別の形だったはずだ!」
「貴様――!」
翔の言葉に、明らかにケモノ四〇六号の声色が変わる。心臓をつかまれたような、そんな声。
「だけど言葉から察するに、一〇年前ぐらいに生まれた辻森よりも前に生まれてるはずだ。さっきも『千年前は――』とか言ってたもんな。
つまりこいつは機関車じゃなく、機関車が大妖になった存在で……!」
「大妖の力の根源は、完全暴走した破綻者のエネルギー、です。それが列車に取り憑いた……?」
たまきが翔の説を補足するように告げる。
「千年前は、機関車ではない、別の何かに取り憑くことで、当時の覚者の心を、折った――」
ふとたまきの心に一つのエピソードが蘇る。平家物語や源平盛衰記で書かれたケモノの妖怪を。その鳴き声で時の天皇を病魔に伏したと言う『鵺』と呼ばれる妖怪のことを。文献により形の異なるケモノのことを。
(物語では弓を鳴らせて調伏した、とありますけど……そのタイミングで時の覚者が『一』の要求を受け入れた、のかも……)
平安時代後期――1100年ごろの話だ。『一』が予定よりも若干早く目を覚ました、と言うのならありえない話ではない。陰陽術の記録もその時期から途絶えたことを考えれば――
(……違う、それは仮説。今大事なのは、ケモノ四〇六号の、正体。おそらくこの大妖は、いいえ、取り憑いた機関車を動かすエネルギーそのものが、大妖で。その正体は――)
「おそらく、今ここであなたを倒しても意味はないのでしょうね」
ラーラが静かに告げる。ケモノ四〇六号は沈黙を保っていた。その態度がラーラの言葉を証明している。
「四国に散った他の分裂体――幾何学ナイトメア。それが悪夢を広げ、この結界を維持している。それは間違いないのでしょう。だから発信源である『ケモノ四〇六号』を倒せば悪夢は止まる。私はそう考えていました。ですが逆だったんです。
この『死界法葬』そのものが、貴方の正体なのですね。『死の悪夢を運び、死を届ける』……そのエネルギーそのものが貴方で、機関車も幾何学ナイトメアも結界を世界に留める楔なんです」
肉体が正体ではなく、力そのものが正体。ラーラがその考えに至ったのは魔女として研鑽を積んできたこともあるが、先にとある夢の中で『源素』と相対したこともある。力そのものが意思を持ち、接触を図る。その先例を知っているからだ。
「――だから、貴方を倒す方法は貴方とその分裂体全てを倒し、『死界法葬』そのものを崩壊させることです。その為には――」
「知ったところでどうする! 今ここで私を倒しても、そのナイトメアの一つに『黄泉路行列車』の役割が移り変わるだけだ。この四国に散った一二八体の分裂体を倒さなければ勝ち目はない!
どこにあるのかもわからない分裂体を探し伏している間に私は力を取り戻して新たな分裂体をばらまく! 正体がばれたところで私の優位が崩れたわけじゃない!
ははははははは! そうとも、そうだとも、絶望しろ人間! お前達に勝ち目はない。それを自ら証明したようなものだ!」
多数の『ストックボディ』を有し、この場での『死』んでもそこに移り変わる。その全てを叩かない限り、終わりはない。
成程、覚者にこの場での勝ちはない。ここでできる最大限は、この機関車を潰すだけだ。そしてそれだけで『黄泉路行列車』は止まらない。
だが、情報は得た。翔の一言をきっかけに、陰陽術と魔術の知識が深いたまきとラーラの推測が正解を導いた。翔のひらめきが無ければこの結果はなかったといえよう。今、大妖討伐に関する光が見えた。
「確かにな。今これ以上戦う意味がないっていうのは分かった」
「まあでも、さ――」
覚者達は状況を理解し、その上で笑みを浮かべる。情報は得たし、ここで撤退しても問題ないのだろう。だが列車の進行予定は決まっており、離脱にはもう少し時間がかかる。だが今はそれがありがたい。
「「ここでお前を倒してしまっても、構わないよな!」」
「いい気になるな、人ッ間ンンンンン!」
人の感情と大妖の感情。その二つがぶつかり合う。
●
怒りの元を突かれたこと。正体を崩すきっかけをする発言をしたこと。これによりケモノ四〇六号の攻撃は彩吹と翔に集中する。
「どうした、この程度か?」
「まだまだ倒れないぜ!」
命数を削って何とか耐えるが、体力も気力も心許ない。
「分かっている。準備は万端だ」
その状況を予測していた、とばかりにゲイルの術式が発動する。癒しを極め、神域に至った水の術式。ありとあらゆる傷を癒す水の秘奥義。ゲイルの扇にあおられて霧散する源素が覚者達の傷を癒していく。
「誰も倒れさせは、しません……!」
ゲイルの術式発動の間庇っていたたまきが、攻勢に出る。符を中心にして印を切り、地面を指差す。ケモノ四〇六号の側面をつくように巨大な岩が隆起し、車両を突き刺していく。尽きそうになる気力を何とか振り絞り、大妖を睨みつける。
「たまきちゃん、今癒すから!」
ふらつくたまきを支える様に奏空が手を伸ばし、触れた部分から天の術式を注ぎ込む、増幅された気力を相手に注ぎ込み、失われた気力を補填していく。三分近くの短期戦だが、防御と回復を担うたまきの気力消費は大きい。それを慮っての行為だ。
「お前ら無理するなよ! まあ、オレが護ってやるから安心しな!」
奏空とたまきを守れる位置に立ち、遥が親指を立てる。身体は痛いし、気力もつきそうだ。それでも遥は気丈にふるまっていた。大妖などに負けてやるつもりはない。皆で力を合わせ、四国を悪夢から解放するのだ。
「……ん、つぎは、こっち」
テレパシーを使って意思疎通を行いながら、日那乃は仲間を癒していた。ダメージだけではなく、ケモノ四〇六号が蓄えた熱からの被害、そういった細かな部分を含めて全員の意見をまとめ、何を癒すべきか選択していた。
「この速度、捕えれますか?」
縦横無尽に疾駆する燐花。戦場をかける黒猫の刃はまさに風の如く。駆け抜けたかと思えばまた翻り、そしてまた戦場を走る。足を止めない攻撃こそが燐花の真価。刃を重ね、岩を穿つ。呼吸を整える暇すら惜しいとばかりにさらに走り抜けていく。
「次に機関車に乗る時は、皆で楽しみながら行きたいものですわね」
口うるさく罵るケモノ四〇六号の声を聞きながら、うんざりしたようにいのりが告げる。四国を走る列車の旅。その未来を確保するためにも、この大妖は排除しなければならない。死を運ぶ列車は、この世にいてはいけないのだ。
「おらおら! こっちだぜ!」
「私たちの動きについてこれないようですね」
翔と彩吹は息を合わせて大妖を攻めていた。右と左から交互に迫るように蹴りを放ち、解き放たれた妖の群れを互いに庇うようにして凌いでいく。互いの死角を互いに補い合い、円を描くようにして立ち回る。
宙を舞う彩吹、地を走る翔。稲妻の龍を呼ぶ翔、舞うように攻める彩吹。圧倒的な重量差など関係ない。ただ攻めるのみ、とばかりに二人はケモノ四〇六号を攻め立てていた。大妖に勝てないと言う絶望はなく、その瞳には希望の光があった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ラーラの声と共に炎が燃え上がる。ケモノ四〇六号の進行を妨げるように広がった爆発。とある古妖から受け継いだ炎を研究し、改良した術式。古妖の思いを受け継ぐように、ラーラは悪夢を見せる大妖に炎を放つ。
以前に大妖から感じたプレッシャーは確かにある。しかしそれ以上に覚者のうちから湧き上がる感覚が体を突き動かしていた。
それは培った経験であり、成長した実力。そして大妖に対する怒りでもあり、四国の人を助けたいと言う思いでもある。各々が抱く戦う理由が確実に覚者達を推し進めていた。死を運ぶ列車の恐怖は今はない。
「ここまで、か……」
「へっ、図星突かれて、焦り過ぎだ、ぜ」
ケモノ四〇六号の猛攻を受けて翔と彩吹が倒れ伏す。
「きゃあ!?」
「ん……ごめん」
汽笛の魔力に体力を奪われてラーラの命数が削られ、既に命数を削られていた日那乃が倒れ伏す。
だが、もう少しで離脱時間。それを察した覚者達は倒れた者を庇うように位置取る。そして、
「時速一二〇キロ。私の刃はそんなに遅くはありません」
離脱直前に燐花が走る。両手の短刀で急所を庇うように構え、身をかがめて疾駆する。黒猫の尻尾が夜に揺れる。気が付けば燐花は跳躍し、四国の夜を舞っていた。交差の瞬間に刃を振るい、大妖の真正面に二条の剣線が走る。
「馬鹿、な……! 人間、如きに、いィィィィィ……!」
その剣撃から滅びが広がるように機関車が崩壊していく。ありえない、と言う大妖の声が虚空に響いた。
「いずれFiVEの刃が、貴方に届きます」
燐花の言葉は大妖に届いただろうか。絶叫が消え去るころには、機関車の姿を形どっていた存在はその痕跡すら残さず消え去っていた。
●
「……とりあえず、どうにかなったな」
「ああ、だが……」
戦い終わり、列車の床に座り込む覚者達。ケモノ四〇六号を倒しはしたが、消滅にさせたわけではない。
『今ここで私を倒しても、そのナイトメアの一つに『黄泉路行列車』の役割が移り変わるだけだ。この四国に散った一二八体の分裂体を倒さなければ勝ち目はない!』
『どこにあるのかもわからない分裂体を探し伏している間に私は力を取り戻して新たな分裂体をばらまく! 正体がばれたところで私の優位が崩れたわけじゃない!』
『ははははははは! そうとも、そうだとも、絶望しろ人間! お前達に勝ち目はない。それを自ら証明したようなものだ!』
蘇る大妖の言葉。
「本体が別にいる……と言うか分裂した本体がたくさんある不死というわけか」
「四国中の幾何学ナイトメアを倒し、そして『黄泉路行列車』も倒す……か」
大妖を伏す方法は分かった。だがそれにはかなりの時間と労力が必要になる。大妖の言葉を信じるなら、分裂体の数は一〇〇を超える。その場所を調べ、潰していく。想像しただけで気が滅入ってくる。
ともあれ、今は得た情報を伝えなくては。覚醒状態を解除し、端末から情報を報告した。
――時間にすれば、そこから数時間後。ケモノ四〇六号と戦った傷が癒えた頃。
「百二十八体の妖、全て位置が分かった」
夢見を多数保有するFiVEの情報網が、大妖を追い詰めていた。
時速120キロで走る『黄泉路行列車』。その前方を遮るように一つの車両が割り込んだ。速度を調整しながら、常に真正面を取れる位置取り。
トレインチェイス。迫る列車を討つシチュエーション。敢えて真正面に立ったのはいつでも離脱できるからという事と、相手に圧力を加える為である。事実、大妖が苛立ったのか声にこわばりがあった。
「何者です? ……いや、この『死界法葬』内で動いているという事は」
「覚悟、してください……ケモノ四〇六号!」
短く、しかし的確に目的を告げる『陰と陽の橋渡し』賀茂 たまき(CL2000994)。もちろん、簡単に倒せる相手だとは思っていない。だが怯えて手をこまねいていることはしない。ここで一矢報いて、何かの成果を持ち帰るのだ。
「人間舐め腐ったてめえのそのツラに、鉄拳叩き込んでやるからよ! あ、ツラは無いか、汽車だもんな」
言って大笑いする『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)。拳を握り、真っ直ぐに振るいながら挑発する。大妖の位置を捕捉できたのはいい機会だ。煽るのは情報を得る為だが、嘘を言っているつもりはない。強く握った拳を突き出し、笑みを浮かべる。
「四国の人の心を蝕むような真似はさせません」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は言って刀を構える。大妖がやっていることはFiVEへの挑発だ。その為に無関係な人間に『死』の夢を見せている。一刻も早く四国の人を助ける為に、強く刀を握りしめた。
「人間を甘く見るとどうなるか。思い知らせてやろうじゃないか」
とんとん、とブーツで床を蹴り『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は大妖を見る。ケモノ四〇六号は人間を下に見ている。大妖の中でもその傾向は顕著だ。それがどういう結果を生むか、ここで教えてやろう。
「おうよ! 人間バカにしてると痛い目見るぜ!」
彩吹の言葉にかぶせるように『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬 翔(CL2000063)は叫ぶ。いままで人間は大妖に抗ってきた。その結果、『紅蜘蛛』や『後ろに立つ少女』は消え去った。人間が大妖に勝てない、という事はないのだ。
「被害が出るなら、消す」
抑揚のない声で桂木・日那乃(CL2000941)は呟いた。四国中を襲う死の夢。それが生む後遺症は時間が経てばたつほど大きくなるだろう。大妖相手にどこまでやれるかはわからないが、やると決めたからには成し遂げるまでだ。
「普段とは違った形の戦闘ではありますが、遅れを取るわけにはいきません」
流れる景色を見ながら『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は呼吸を整える。時速一二〇キロで流れゆく四国の街の景色。惜しいかな、今はそれを楽しむ余裕はない。大妖の戦いのみに意識を集中していく。
「この力は救いを求める誰かの為にあるのですわ」
『冥王の杖』を構え、『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は思いを口にする。源素がなんであるか。その決定的な所はまだわからない。だが力はもつ者の意志により扱われる。人が扱う力なら、人を救うのが道理。いのりはそう信じていた。
「ああ。こうして叩ける機会が出来たのはありがたい!」
刀を構えて奏空は笑みを浮かべる。四国を悪夢に貶めているケモノ四〇六号。それを直接叩かなければ勝利はない。今ここで倒せればよし。斃せなくとも何かしらの情報を持って帰れらなくては。
「全くだ。できるだけ早く、四国の人達を解放しなくては」
扇を広げ『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は頷いた。風に揺られ、金の髪が揺れる。そう簡単にはいかないだろうが、それでもここで手をこまねているつもりはない。ここで何かを経て、次につなげるのだ。
「ははあ。業を煮やしての突撃ですか。自爆でもするんですか? ええ、ええ、構いませんよ」
落ち着きを取り戻したのか、馬鹿にしたような声を出す大妖。魂を燃やした攻撃なら確かに倒せるかもしれない。そんな死にざまを期待しているような声だ。
大妖の言葉には答えず、覚者達は神具を構える。それを見て大妖も言葉を止めた。殺さずとも、痛い目を合わせようと言う心づもりだ。
四国の命運をかけた一戦が、今ここに始まる。
●
「焦らずに行くよ!」
抜刀し、薬師如来の光を放って仲間を照らす奏空。仲間を守りながら刀を振るい、戦いに挑む。大妖の能力は未知数だ。そもそもこちらの常識が通じるかどうかも分からない。だからこそできる事はすべてやるのだ。
床を蹴ってケモノ四〇六号に迫る奏空。先ずは真正面からだと言わんばかりに真っ直ぐ挑み、そして抜刀する。手首を翻してのもう一閃。鋭い二閃が大妖を襲う。硬い装甲の感触はあったが、それでも裂いた触感は確かに手に残っていた。
「入った、けど浅いか!」
「その程度の斬撃はこの身体にはかゆいぐらいですよ」
「では重ねていくだけです」
大妖の言葉に燐花の言葉が重なる。一撃で倒せるなどとは思っていない。何度も何度も刃を重ね、相手を葬る。どれだけの実力差があるかはわからないが、それでも可能性があるなら挑むのみだ。それが自分達の選んだ選択なのだから。
二本の短刀を構えて疾駆する燐花。真正面からではなく、移動しながら各部位を切り裂いていく。相手に的を絞らせず、数を重ねていくのが燐花の戦闘スタイル。止まるな、足を動かせ。戦場をかける黒猫の跡を追うように刃の斬撃が走る。
「黄泉ですか。実際にあるのかどうかなど、命が尽きた時じゃないと分かりませんね」
「では教えましょう。今ここで!」
「そいつはご遠慮願うぜ! まだまだ死ぬ気はないんでね!」
遥は大妖の言葉を一蹴し、距離を詰める。死ぬつもりは毛頭ない。今日を生きて、明日も生きて。今日よりもずっと楽しい明日を過ごし、そうやって生きていく。それが人間なのだ。明日を信じる力こそが生きる糧なのだ。
大妖のぷてっシャーを感じながら、遥は構えを取る。腰をわずかに下ろし、膝と肘を曲げた空手の構え。慣れ親しんだ構えは戦闘の緊張をほぐし、最適の状態を生む。突き出された拳がケモノ四〇六号の装甲を穿った。
「死ぬ気が無いのなら怯えて過ごせばいい! 素直に『一』に従えばいい!」
「そんなつもりもねえ! お前達はここでオレ達がぶっ潰す!」
「はい……! 次の世代に、不安は持ち込ませません……!」
遥の言葉に頷くたまき。『一』の要求は人間の生命ではない。ただ育て上げた源素を渡せ、と言う事だ。それにより一〇〇〇年後に源素を用いた人同士や妖との争いが行われる。そんな不安を残すわけにはいかなかった。
大妖の様子を観察しながら、巨大な符を展開するたまき。広がる符はたまきの源素を受けて花開くように結界を形成していく。桜の花びらに似た防御術式。受けた攻撃の一部を跳ね返す攻防一体の術式だ。
「皆さんをお守りします! 貴方の悪意には、屈しません!」
「ええ、千年前の人間もそう言ってましたよ。ですが一年ももたずに心折れ、力を手放したんです! その再現と行きましょうか!」
「千年前には私がいなかった。それを教えてやる!」
挑発するように言葉を放つ彩吹。防御は考えない。守る事や癒すことは仲間に任せ、自分はただ攻撃のみに特化する。この体がどれだけ傷つこうが、仲間が支えてくれると信じている。だから真っ直ぐに前を見て、戦いに挑もう。
床を蹴る『コマンドブーツ』。羽根をわずかに広げ、飛び交うように彩吹は戦場を動き回る。車輪やボディの継ぎ目、そういった部分を狙い矢次に蹴りを放っていく。効果的な個所を探りながら、同時に挑発を重ねていく。
「さあ おんぼろ列車さん。力くらべといこうか」
「比べる? ハエが山に挑むようなものですよ。それとも夢でも見てるんですか?」
「確かに彼我の差は大きいが、勝ち負けまでは解らんぞ」
ケモノ四〇六号の言葉に笑みを浮かべるゲイル。自然界に置いて重量差は明確な強さのバロメーターとなる。しかしそれは強さの一端だ。百獣の王もサソリの一刺しに殺されることもある。勝敗の要因は無限にあるのだ。
仲間の傷を見ながら源素を練り上げるゲイル。観察は一秒、判断は一瞬。僅かな遅れが大きく影響するのが戦いだ。故に迷うことなく術を解き放つ。扇が振るわれると同時に放たれた癒しの力が込められた水が広がっていく。
「俺達の心を折るために人々に死の悪夢を見せ続けるとはな」
「ええ、ええ。そうすれば『力在る愚か者』が私に挑んでくることも想定内です」
「ではここで倒されることは想定外のようですわね」
にこりと微笑むいのり。ここで倒せるかどうかは解らないが、何もかも相手の想定通りに進むとは限らない。それを教えるだけでも十分だ。その為にもこの戦いで何かしらの情報を得なくてはいけない。
杖を構え、意識を集中するいのり。杖の先に集まる力はいのりの意志に従い細く鋭く集約していく。それは一条の槍。不条理と言う雲を貫き、未来と言う光を地上に照らす為の鋭い一矢。解き放たれたそれは真っ直ぐに大妖の身体を穿つ。
「死をこれ以上ばらまかせたりはしませんわ」
「この程度の攻撃でこの私が止まるなどと――」
「思いません。だから何度も繰り返します!」
ケモノ四〇六号の言葉が終わるより先にラーラの炎が列車を襲う。炎に巻かれた列車は激しく熱され、その内部に熱を蓄積していく。見た目は大きな変化はないが、大妖が炎を弾いた様子はない。
繰り返されるラーラの炎。荒れ狂う炎はラーラの意志に従い形を変え、巨大な獅子の姿となる。深紅の獅子は巨大な爪を振るい、そして強靭な顎で噛みついていく。列車全体を熱する炎は、少しずつ死を運ぶ列車を傷つけていく。
「無関係な一般の人達に人達に何てことを……絶対に許せません」
「無関係だからいいんですよ。力無く、力在る誰かに振り回される。それが貴方達人間なのですから」
「否定は、しない」
日那乃は大妖の言葉に頷く。言っていることは滅茶苦茶だが、しかしそれを否定することはできなかった。今までどれだけの隔者がその力で暴威を振るってきたか。どれだけの人がその犠牲で憤怒者になってきたか。どれだけの人が泣いてきたか。それを見てきているのだ。
だからと言って、ケモノ四〇六号のいう事を聞くつもりはない。日那乃は水の源素を活性化させ、周囲に振りまくように散布する。癒しの力が込められた源素の水が仲間の傷を癒していく。力は破壊だけではない。癒す力もあるのだ。
「だから、たすける」
「そうやって無駄な希望にすがっているといいですよ。すぐにそれも絶望に変わります!」
「オレ達が絶望するだって? ありえないね!」
二十代の若者に変化した翔が叫ぶ。大妖は強い。繰り出される攻撃を受け、普通の妖との差を実感する。だが、負けはしない。たとえどれだけ強かろうと、負けてやるつもりはない。心で強く勝つと誓い、真っ直ぐに敵を見る。
叫びながら蹴りを繰り返す翔。風を裂くような蹴りが直接ケモノ四〇六号の各部位に叩き込まれる。真正面からだけではなく、車輪や継ぎ目と言った弱そうな場所を推測して。人間は工夫して強者に挑む。今まで培った歴史通りに相手の弱点を探るように戦っていく。
「死の恐怖なんかに絶対に負けねーーーーー!」
「そうやって叫んでいる時点で、恐怖に負けているのです。さあ、貴方達も死に屈しなさい!」
ケモノ四〇六号の汽笛が鳴り、短命の妖が雪崩れ込む。ラーラの炎を蓄えた攻撃が覚者達を襲う。
「まだまだ負けないよ!」
「はっ、ラーラさんの炎が無きゃ大したことない攻撃だったな!」
「どうした、まだ立ってるぞ!」
前衛を襲う猛攻を前に奏空、遥、翔の三人が命数を削られる。
「まも、る」
「誰も、欠かせたりはしません!」
回復を行っている日那乃とたまきも体力減少から命数を燃やすこととなった。
「素晴らしい強がりです。威勢がいいのは最初だけですか? 絶望して逃げるなら追わないであげましょう。惨めに泣きながら帰りなさい!」
覚者の様を見て嗤う大妖。無益な殺生を拒んで逃がすのではない。より深く絶望し、それを伝播させたいがために逃がすのだ。人間に対して一切の慈悲はなく、そして容赦もない。
だがそれに屈する覚者達ではない。秘めた覚悟は強く、そしてそれが戦意を支えていた。
戦いはまだまだ終わらない。
●
戦いが激化するに捨て、ケモノ四〇六号の口は軽くなる。最初は人を甚振る余裕があったが、予想外の覚者の攻撃と粘りに怒りが込み当ててきていた。
「黄泉路行列車なんてカッコ良さげな二つ名ついてるくせにお前の攻撃なんてたいして効いちゃいねーよ!
それが証拠に、ここにいる誰も心なんて折れてねーぞ!」
「しぶとさと鈍さだけは一流のようですね!」
そんな翔の単純な言葉にさえ、苛立ちを含んだ声を返すようになる。
「所詮お前は四国の在来線をぐるぐる回る事しか出来ないんだろう?」
奏空が挑発を重ねる。
「はん! 前に京都で出会ったことを忘れているようですね!」
返す大妖。勿論、奏空はそれを忘れているわけではない。だが挑発を重ねれば情報が得られるかもしれないと思ってあえてそう言ったのだ。
「ならなんでこんなところをぐるぐる回ってるんだよ。カナヅチで海が渡れないとかか?」
「お前達を誘うためですよ。力のない者達は力在る者を頼る。『お前達は力があるのだから、戦って当然だ!』とね。自分の手を汚さずに、他人に戦わせようと迫っただろうよ!
そうしてのこのこやってきたお前達を叩き、逃げる様を見て絶望を広げる為に!」
「そんなことはさせやしない!」
叫ぶ奏空。どんなことがあっても、その心を折るわけにはいかない。自分達が負ければ、確かにそのようなことになるだろう。だからこそ、勝てないにしても何かを掴んで帰る。
(なるほど、四国のみを動いているのはそういう理由か。……おそらくそういった要求はFiVEにも届いていたのだろうな)
ゲイルはケモノ四〇六号の言葉を聞いて、納得したように頷く。言い方はさておき、四国を救ってほしいと言う意見はFiVEに届いたはずだ。或いは大妖の言うように無責任な要請もあったのかもしれない。
(そういった意見は俺達に届かないように配慮してくれたのだろうな)
探偵として多くの事件に関わってきたゲイルは、大妖が言うような人間がいることも知っている。そして中やFiVEのスタッフがそういう意見を受け止め、現場で戦う覚者達に影響のないように処理してくれたのだろう。
「貴方は人を恐れているのですか?」
「どういうことです?」
燐花の言葉に居を突かれたように大妖は問い返す。
「死の夢を見せてその心と力を折る。それは結局、力で制する自信がないからでは? 夢を見せるより吹き飛ばす方が早いでしょう。
貴方は、人を見下しつつ実は。その心を恐れているのではないですか?」
「何を聞くかと思えば。殺していいなら殺して差し上げますよ。それを『するな』と命じられているからこうしているのです。
人間など見るだけでおぞましいですが、その苦しむ様だけは楽しめますよ、ええ」
「そいつは『一の何か』の命令だからかい?」
ケモノ四〇六号の言葉に質問をかぶせる彩吹。
「お前たちの親玉らしいね? 大妖だとか言われていたから 妖の王くらいには思っていたのにしがない中間管理職だったんだ。
人間が大嫌いと言いながらも 戦っちゃだめと言われたら戦わない……中間管理職というより、ペットみたいな?」
「――黙れ」
短く、しかし鋭く大妖が言葉を返す。
「ああ、そうとも。そうと命じられたからお前達は殺さないでおいてやる! この二十五年、そうしてきた! いまだって制限がかかってる!
何故お前たち人間は従わない! そうあるべきだろうが! 使われることが最高だと言うのに! 何故それを理解できない!」
支離滅裂に叫ぶケモノ四〇六号。どうやら彩吹の言葉は大妖の地雷を踏みぬいたようだ。
(神様の目的は、成長)
怒る大妖の声を聞きながら日那乃は言葉なく思考する。
大妖が仕える『一の何か』の目的は、自己の成長だ。端的に言えば人がどのような営みをもとうが、興味はない。死滅しても『別の物を使えばいい』程度の認識だ。ただ有用だから生かし、効率がいいから争わせている。それだけだ。
大妖はいわば人が争う『環境』を保つための管理者なのだ。そう考えるとケモノ四〇六号の怒りは思う通りに成長しない作物への八つ当たりなのだろう。善し悪しはさておき、有用に使われることが一番、と言う考え方は生物ではなく――
「……物質系の、妖……? 誰かに使われることが、いいこと?」
「ですわね。そうなると術式による攻撃が通じそうですわ」
日那乃の言葉に頷くいのり。相手が機関車であることを考えれば、納得のいくものだった。妖が四種類にカテゴライズされるように、大妖もそのどれかにカテゴライズされてもおかしくはない。
「それにしても執拗に死の恐怖を煽るのですね。もしかして貴方自身が死の恐怖に捕らわれているのですか?」
「まさか! 死を恐れるのはお前達だろうが!」
鼻で笑い飛ばすような大妖の一言に、いのりはあっさりなく頷いた。
「ええ、いのりは死ぬのは怖いですわ。誰だってそうです。けれどいのりはそれを理由に後ろに下がって誰をも救えなくなる事の方がもっと怖い。
貴方は自分が死の恐怖に耐えられないから、人間達を巻き添えにしているだけなのでしょう?」
「人間はいつの時代も同じことを言う! そしてそういう連中も死を前にして心が砕ける! 鳴いて叫んで折れたのさ! さあ、お前はいつ心が折れる?」
「本当にクソ趣味の悪い奴だな、お前は!」
叫ぶケモノ四〇六号の言葉を遮るように遥の拳が叩き込まれる。笑いを止める意味もあったが、純粋に趣味の悪い存在が許せなかったこともある。
「死ぬのは怖い! そんなん当たり前だ! けど、死ぬのが怖いからこそ、生きてる間になんかしてやろうって気持ちになるんだよ!」
「徒労だな! そうして足搔いて絶望しろ!」
「ただ怯えて縮こまるだけが人間だと思うなよ!
1だか0だかの言うことをビクビク聞いてるだけのお前とは違うんだよ、ポンコツ列車!」
「違う、遥。こいつは列車じゃない! いや、列車なんだけど……ああ、ややこしい!」
言いたいことを纏めようと頭を掻く翔。とにかく思いつくままに口を開いた。
「千年前に機関車なんて存在しないんだ! だからこいつは少なくとも千年前にはいなかったか、別の形だったはずだ!」
「貴様――!」
翔の言葉に、明らかにケモノ四〇六号の声色が変わる。心臓をつかまれたような、そんな声。
「だけど言葉から察するに、一〇年前ぐらいに生まれた辻森よりも前に生まれてるはずだ。さっきも『千年前は――』とか言ってたもんな。
つまりこいつは機関車じゃなく、機関車が大妖になった存在で……!」
「大妖の力の根源は、完全暴走した破綻者のエネルギー、です。それが列車に取り憑いた……?」
たまきが翔の説を補足するように告げる。
「千年前は、機関車ではない、別の何かに取り憑くことで、当時の覚者の心を、折った――」
ふとたまきの心に一つのエピソードが蘇る。平家物語や源平盛衰記で書かれたケモノの妖怪を。その鳴き声で時の天皇を病魔に伏したと言う『鵺』と呼ばれる妖怪のことを。文献により形の異なるケモノのことを。
(物語では弓を鳴らせて調伏した、とありますけど……そのタイミングで時の覚者が『一』の要求を受け入れた、のかも……)
平安時代後期――1100年ごろの話だ。『一』が予定よりも若干早く目を覚ました、と言うのならありえない話ではない。陰陽術の記録もその時期から途絶えたことを考えれば――
(……違う、それは仮説。今大事なのは、ケモノ四〇六号の、正体。おそらくこの大妖は、いいえ、取り憑いた機関車を動かすエネルギーそのものが、大妖で。その正体は――)
「おそらく、今ここであなたを倒しても意味はないのでしょうね」
ラーラが静かに告げる。ケモノ四〇六号は沈黙を保っていた。その態度がラーラの言葉を証明している。
「四国に散った他の分裂体――幾何学ナイトメア。それが悪夢を広げ、この結界を維持している。それは間違いないのでしょう。だから発信源である『ケモノ四〇六号』を倒せば悪夢は止まる。私はそう考えていました。ですが逆だったんです。
この『死界法葬』そのものが、貴方の正体なのですね。『死の悪夢を運び、死を届ける』……そのエネルギーそのものが貴方で、機関車も幾何学ナイトメアも結界を世界に留める楔なんです」
肉体が正体ではなく、力そのものが正体。ラーラがその考えに至ったのは魔女として研鑽を積んできたこともあるが、先にとある夢の中で『源素』と相対したこともある。力そのものが意思を持ち、接触を図る。その先例を知っているからだ。
「――だから、貴方を倒す方法は貴方とその分裂体全てを倒し、『死界法葬』そのものを崩壊させることです。その為には――」
「知ったところでどうする! 今ここで私を倒しても、そのナイトメアの一つに『黄泉路行列車』の役割が移り変わるだけだ。この四国に散った一二八体の分裂体を倒さなければ勝ち目はない!
どこにあるのかもわからない分裂体を探し伏している間に私は力を取り戻して新たな分裂体をばらまく! 正体がばれたところで私の優位が崩れたわけじゃない!
ははははははは! そうとも、そうだとも、絶望しろ人間! お前達に勝ち目はない。それを自ら証明したようなものだ!」
多数の『ストックボディ』を有し、この場での『死』んでもそこに移り変わる。その全てを叩かない限り、終わりはない。
成程、覚者にこの場での勝ちはない。ここでできる最大限は、この機関車を潰すだけだ。そしてそれだけで『黄泉路行列車』は止まらない。
だが、情報は得た。翔の一言をきっかけに、陰陽術と魔術の知識が深いたまきとラーラの推測が正解を導いた。翔のひらめきが無ければこの結果はなかったといえよう。今、大妖討伐に関する光が見えた。
「確かにな。今これ以上戦う意味がないっていうのは分かった」
「まあでも、さ――」
覚者達は状況を理解し、その上で笑みを浮かべる。情報は得たし、ここで撤退しても問題ないのだろう。だが列車の進行予定は決まっており、離脱にはもう少し時間がかかる。だが今はそれがありがたい。
「「ここでお前を倒してしまっても、構わないよな!」」
「いい気になるな、人ッ間ンンンンン!」
人の感情と大妖の感情。その二つがぶつかり合う。
●
怒りの元を突かれたこと。正体を崩すきっかけをする発言をしたこと。これによりケモノ四〇六号の攻撃は彩吹と翔に集中する。
「どうした、この程度か?」
「まだまだ倒れないぜ!」
命数を削って何とか耐えるが、体力も気力も心許ない。
「分かっている。準備は万端だ」
その状況を予測していた、とばかりにゲイルの術式が発動する。癒しを極め、神域に至った水の術式。ありとあらゆる傷を癒す水の秘奥義。ゲイルの扇にあおられて霧散する源素が覚者達の傷を癒していく。
「誰も倒れさせは、しません……!」
ゲイルの術式発動の間庇っていたたまきが、攻勢に出る。符を中心にして印を切り、地面を指差す。ケモノ四〇六号の側面をつくように巨大な岩が隆起し、車両を突き刺していく。尽きそうになる気力を何とか振り絞り、大妖を睨みつける。
「たまきちゃん、今癒すから!」
ふらつくたまきを支える様に奏空が手を伸ばし、触れた部分から天の術式を注ぎ込む、増幅された気力を相手に注ぎ込み、失われた気力を補填していく。三分近くの短期戦だが、防御と回復を担うたまきの気力消費は大きい。それを慮っての行為だ。
「お前ら無理するなよ! まあ、オレが護ってやるから安心しな!」
奏空とたまきを守れる位置に立ち、遥が親指を立てる。身体は痛いし、気力もつきそうだ。それでも遥は気丈にふるまっていた。大妖などに負けてやるつもりはない。皆で力を合わせ、四国を悪夢から解放するのだ。
「……ん、つぎは、こっち」
テレパシーを使って意思疎通を行いながら、日那乃は仲間を癒していた。ダメージだけではなく、ケモノ四〇六号が蓄えた熱からの被害、そういった細かな部分を含めて全員の意見をまとめ、何を癒すべきか選択していた。
「この速度、捕えれますか?」
縦横無尽に疾駆する燐花。戦場をかける黒猫の刃はまさに風の如く。駆け抜けたかと思えばまた翻り、そしてまた戦場を走る。足を止めない攻撃こそが燐花の真価。刃を重ね、岩を穿つ。呼吸を整える暇すら惜しいとばかりにさらに走り抜けていく。
「次に機関車に乗る時は、皆で楽しみながら行きたいものですわね」
口うるさく罵るケモノ四〇六号の声を聞きながら、うんざりしたようにいのりが告げる。四国を走る列車の旅。その未来を確保するためにも、この大妖は排除しなければならない。死を運ぶ列車は、この世にいてはいけないのだ。
「おらおら! こっちだぜ!」
「私たちの動きについてこれないようですね」
翔と彩吹は息を合わせて大妖を攻めていた。右と左から交互に迫るように蹴りを放ち、解き放たれた妖の群れを互いに庇うようにして凌いでいく。互いの死角を互いに補い合い、円を描くようにして立ち回る。
宙を舞う彩吹、地を走る翔。稲妻の龍を呼ぶ翔、舞うように攻める彩吹。圧倒的な重量差など関係ない。ただ攻めるのみ、とばかりに二人はケモノ四〇六号を攻め立てていた。大妖に勝てないと言う絶望はなく、その瞳には希望の光があった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ラーラの声と共に炎が燃え上がる。ケモノ四〇六号の進行を妨げるように広がった爆発。とある古妖から受け継いだ炎を研究し、改良した術式。古妖の思いを受け継ぐように、ラーラは悪夢を見せる大妖に炎を放つ。
以前に大妖から感じたプレッシャーは確かにある。しかしそれ以上に覚者のうちから湧き上がる感覚が体を突き動かしていた。
それは培った経験であり、成長した実力。そして大妖に対する怒りでもあり、四国の人を助けたいと言う思いでもある。各々が抱く戦う理由が確実に覚者達を推し進めていた。死を運ぶ列車の恐怖は今はない。
「ここまで、か……」
「へっ、図星突かれて、焦り過ぎだ、ぜ」
ケモノ四〇六号の猛攻を受けて翔と彩吹が倒れ伏す。
「きゃあ!?」
「ん……ごめん」
汽笛の魔力に体力を奪われてラーラの命数が削られ、既に命数を削られていた日那乃が倒れ伏す。
だが、もう少しで離脱時間。それを察した覚者達は倒れた者を庇うように位置取る。そして、
「時速一二〇キロ。私の刃はそんなに遅くはありません」
離脱直前に燐花が走る。両手の短刀で急所を庇うように構え、身をかがめて疾駆する。黒猫の尻尾が夜に揺れる。気が付けば燐花は跳躍し、四国の夜を舞っていた。交差の瞬間に刃を振るい、大妖の真正面に二条の剣線が走る。
「馬鹿、な……! 人間、如きに、いィィィィィ……!」
その剣撃から滅びが広がるように機関車が崩壊していく。ありえない、と言う大妖の声が虚空に響いた。
「いずれFiVEの刃が、貴方に届きます」
燐花の言葉は大妖に届いただろうか。絶叫が消え去るころには、機関車の姿を形どっていた存在はその痕跡すら残さず消え去っていた。
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「……とりあえず、どうにかなったな」
「ああ、だが……」
戦い終わり、列車の床に座り込む覚者達。ケモノ四〇六号を倒しはしたが、消滅にさせたわけではない。
『今ここで私を倒しても、そのナイトメアの一つに『黄泉路行列車』の役割が移り変わるだけだ。この四国に散った一二八体の分裂体を倒さなければ勝ち目はない!』
『どこにあるのかもわからない分裂体を探し伏している間に私は力を取り戻して新たな分裂体をばらまく! 正体がばれたところで私の優位が崩れたわけじゃない!』
『ははははははは! そうとも、そうだとも、絶望しろ人間! お前達に勝ち目はない。それを自ら証明したようなものだ!』
蘇る大妖の言葉。
「本体が別にいる……と言うか分裂した本体がたくさんある不死というわけか」
「四国中の幾何学ナイトメアを倒し、そして『黄泉路行列車』も倒す……か」
大妖を伏す方法は分かった。だがそれにはかなりの時間と労力が必要になる。大妖の言葉を信じるなら、分裂体の数は一〇〇を超える。その場所を調べ、潰していく。想像しただけで気が滅入ってくる。
ともあれ、今は得た情報を伝えなくては。覚醒状態を解除し、端末から情報を報告した。
――時間にすれば、そこから数時間後。ケモノ四〇六号と戦った傷が癒えた頃。
「百二十八体の妖、全て位置が分かった」
夢見を多数保有するFiVEの情報網が、大妖を追い詰めていた。
