涼風は贄を招く
●涼風は招く
京都の夏は暑い。盆地だからだとか、エルニーニョのせい、地球温暖化の影響なんだとかニュースはまことしやかに原因をあげつらうが、とにかく暑い。
「かなわんなぁ」
「そやなぁ」
大きな荷物を抱えたセーラー服の女子高生が2人、随分前に敷いたアスファルトの路を歩いている。前方の景色がゆらゆらと揺れている。
「図書館、寄ってこか。このままじゃマジ行き倒れるし」
長い髪を無造作にポニーテールにした少女が言う。後れ毛は汗でべったりと首にまとわりついて不愉快極まりないが、今はどうしようもない。
「部活の練習もしんどいけど、課題もあるしなぁ。寄ってこか」
ボブに切りそろえた髪を揺らしもう1人の少女がうなづく。3階建てのこぢんまりとした図書館はそろそろ前方左に見えてくる頃だ。
その時、一陣の風が吹き渡った。
「あっ、涼しい」
高原を吹き抜ける心地の良い風がよどんだ空気を一掃し、少女達の髪を、制服の裾を揺らしてゆく。
「気持ちー」
「えぇねぇ」
清涼な風に2人は歩くのを止め、ただただ風に吹かれる。しかし、吹き始めた時と同じ、風はぱったりと止んでしまう。
「あー」
「見て見て、あっち」
2人の視線の先で生い茂る夏草が風に揺れている。どこかでチリリと風鈴のガラスがこすれる様な音が聞こえた……気がした。我慢出来ない。2人は荷物を投げ捨て、逃げるように遠ざかる風を追いかけ、アスファルトの路をはずれた。
●
「女子高校生達は路をはずれてしまいました。彼女たちの行く先に待つのは風で獲物を誘き寄せる柳の木の妖です」
久方 真由美(ID:nCL2000003)はこれから起こるかもしれない未来を語った。見た目は普通の柳の木となんら変わらない。根元からてっぺんまでは3メートルほど、風にそよぐ枝は2メートルほどでだいたい10本ほどが垂れ下がっている。他の柳と違うといえば、どの葉も大きく厚く濃い緑をしている事ぐらいだろうか。
「心地の良い風に引き寄せられた2人は、柳の枝に絡め取られ全身を強く締め付けられます。そして地中から伸びる根が地面に引きずり込んで行くのです」
人間を喰らって柳の妖は更に青くいきいきとした葉を茂らせ、しなる枝が清々しい風を起こす。次の獲物を呼び込むためだ。
「人の味を覚えた妖は決して止める事はしないでしょう。この柳の妖は滅する以外に手だてはありません。『私達』が表だって動く事は出来ませんが、誰かが犠牲になる前に速やかに……お願いします」
真由美は言った。
京都の夏は暑い。盆地だからだとか、エルニーニョのせい、地球温暖化の影響なんだとかニュースはまことしやかに原因をあげつらうが、とにかく暑い。
「かなわんなぁ」
「そやなぁ」
大きな荷物を抱えたセーラー服の女子高生が2人、随分前に敷いたアスファルトの路を歩いている。前方の景色がゆらゆらと揺れている。
「図書館、寄ってこか。このままじゃマジ行き倒れるし」
長い髪を無造作にポニーテールにした少女が言う。後れ毛は汗でべったりと首にまとわりついて不愉快極まりないが、今はどうしようもない。
「部活の練習もしんどいけど、課題もあるしなぁ。寄ってこか」
ボブに切りそろえた髪を揺らしもう1人の少女がうなづく。3階建てのこぢんまりとした図書館はそろそろ前方左に見えてくる頃だ。
その時、一陣の風が吹き渡った。
「あっ、涼しい」
高原を吹き抜ける心地の良い風がよどんだ空気を一掃し、少女達の髪を、制服の裾を揺らしてゆく。
「気持ちー」
「えぇねぇ」
清涼な風に2人は歩くのを止め、ただただ風に吹かれる。しかし、吹き始めた時と同じ、風はぱったりと止んでしまう。
「あー」
「見て見て、あっち」
2人の視線の先で生い茂る夏草が風に揺れている。どこかでチリリと風鈴のガラスがこすれる様な音が聞こえた……気がした。我慢出来ない。2人は荷物を投げ捨て、逃げるように遠ざかる風を追いかけ、アスファルトの路をはずれた。
●
「女子高校生達は路をはずれてしまいました。彼女たちの行く先に待つのは風で獲物を誘き寄せる柳の木の妖です」
久方 真由美(ID:nCL2000003)はこれから起こるかもしれない未来を語った。見た目は普通の柳の木となんら変わらない。根元からてっぺんまでは3メートルほど、風にそよぐ枝は2メートルほどでだいたい10本ほどが垂れ下がっている。他の柳と違うといえば、どの葉も大きく厚く濃い緑をしている事ぐらいだろうか。
「心地の良い風に引き寄せられた2人は、柳の枝に絡め取られ全身を強く締め付けられます。そして地中から伸びる根が地面に引きずり込んで行くのです」
人間を喰らって柳の妖は更に青くいきいきとした葉を茂らせ、しなる枝が清々しい風を起こす。次の獲物を呼び込むためだ。
「人の味を覚えた妖は決して止める事はしないでしょう。この柳の妖は滅する以外に手だてはありません。『私達』が表だって動く事は出来ませんが、誰かが犠牲になる前に速やかに……お願いします」
真由美は言った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.柳の妖を退治する
2.一般人の犠牲者を出さない
3.自分達の事を公にしない
2.一般人の犠牲者を出さない
3.自分達の事を公にしない
今回は涼しい風で犠牲者を誘き寄せ喰らう柳の妖を退治して下さい。敵は生物(植物)系の妖でランクは1、数は1体です。図書館の裏庭にある小さな池のほとりに生えています。この暑さなので周囲に人の気配はありませんし、図書館の中からも見られる位置にはありません。
柳は根を張っているので移動はしません。戦闘になると常に半分ほどの枝を動かし風を起こします。この風が吹いている間は互いに攻撃が命中しにくい効果があります。敵味方全員の回避が高くなり命中が低くなる特別な効果です。また、残りの枝を1つにして鞭の様にしならせる新緑鞭に似た打撃攻撃と、自らの傷を癒す樹の雫に似た回復技を使ってきます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年08月17日
2015年08月17日
■メイン参加者 8人■

●炎天下に涼風が吹くわけがない
京都の夏は暑い。色々と理由はあるが、ともかく暑いのだ。そんな炎天下にはよほどの事がない限り人は外出を控えるものだが、そうは出来ない場合もある。涼を求める人達が集う図書館でも、池のある裏庭を気にする者などそうはいない。ひとけのないその場所には他には何も聞こえなくなるほどの蝉時雨と、陽光に白く霞む風景……にもかかわらず異様に青々と生い茂る一本の柳の木があった。
ほんの一瞬、空を仰いだ『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)は琥珀色よりも明るく輝く瞳をまっすぐ敵へと向ける。一行は建物の影に身を潜めている。
「見まごう筈もありませんわ。あれが目的の柳の……妖でしょう」
全てが白っちゃけた世界の中でいのりが示した木だけが、不自然な程の青々とした葉を茂らせている。
「やりますか?」
まだ幼さの残る少年の姿でありながら、大人びた赤い瞳を持つ『菊花羅刹』九鬼 菊(CL2000999)が静かに言う。同行した者達に尋ねる形の口調だが、声音には強い意志が漂うようにかいま見える。
一行の集団から少し後方に離れて立っていたのは普段からの癖のようなものだったのかもしれない。どちらかといえば、中心にいるよりも少し脇から物事を眺めてしまうのだ。
「坊ちゃんが偵察をしてくださった通りですね。どうやら向こうはまだこちらに気が付いていないようです」
目立たない程の声で阿久津 亮平(CL2000328)に話しかけてきたのは周囲に結界を張り巡らせた麦倉 祭造(CL2000642)だった。亮平よりは10才以上も年かさな祭造だが、店長と職人という立場を互いに自覚するためにも、日頃から丁寧な口調で話しかけている。その言葉に亮平は小さく溜息をついた。
「祭造さん、まだ俺の事を坊っちゃんと呼ぶんですね」
亮平は残念そうな目で祭造を見る。腕のいい職人で信頼もしているが、人前でも呼称を改めてくれない事にはいささかの不満がある。
「俺もいい加減二十歳過ぎてますから、坊っちゃんと呼ぶのはやめて下さいよ」
「努力はしたんですけどね」
祭造は浅く笑う。長年のつきあいから言外に改善の意志はないのがわかる。習慣であって悪気はないのだから、亮平も怒るに怒れない。
「とりあえず、初っ端から倒れんように気ぃつけてこか!」
いつまでもじっとしていても仕方がないと思ったのか、『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)が笑いながら言う。その笑みには若干の不安とこれから起こるだろうことへの期待に高揚……つまりワクワクしている様子がみてとれる。
「少しだけ待ってクダさい。何事もやらずの後悔ほど怖いものはないでスモのね」
不思議に耳に残るイントネーションで阿僧祇 ミズゼリ(CL2001067)がつぶやく。
「まぁちょっとぐらいの時間稼ぎなら俺にも出来るだろう。あまり過信されちゃ困るがな」
それほど緊張しているような様子もなく『犬小屋の野獣』藤堂 仁(CL2000921)が言う。本当の絶体絶命はこんなものじゃない。最低最悪を知るからこそ、今は落ち着いて行動出来る。
「何かわかりましたか?」
伏せていた顔をあげたミズゼリに『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が尋ねる。
「妖の根は1メートルぐらい張っているから、接近する人は気を付けてクダさい。攻撃する範囲も考慮出来まスヨね」
「……わかりました」
ごくりとラーラの喉が鳴る。本当にここから戦いが始まるのだ。
「うちの時間は加速する! なるべき姿へ、未来の姿へ!」
美少女然としていた時雨の身体が劇的に変化する。子供から大人へ、髪や目の色はそのままに肉体だけが時を越えて大きくなる。逆にミズゼリは10年ほども時間を遡ったかのような幼い姿となり、仁も両腕と両脚に獣化が起こる。祭造には背の翼が顕著となり亮平の瞳の虹彩が細く変わる。
「……いのりさん」
黒髪を銀色に変えたラーラは血色にも見える瞳を見開いた。それほどいのりの格好は衝撃的だった。高校生ぐらいの大きさに変わったいのりの服は露出はそれほどでもなかったが、チラリと見える素肌が全裸よりも扇情的だったのだ。
「こ、細かい事ですわ! さぁ、もう誰も傷つけさせませんわよ!」
瞳をうるうるさせながらいのりは前に出る。ジリジリと真夏の太陽が肌を焼く。
「予定通り包囲して戦いましょう」
黒髪を王者の色――黄金に変えた菊はいのりよりも前へと敵にむかって飛び出した。
●戦場は風に翻弄される
物陰から姿を現した覚者達を敵と認識したのか、柳の枝は風もないのに強風にあおられるかのように乱れて動き、その途端なま暖かい風の乱流が戦場に吹き荒れ始める。
不自然な風が吹き荒れていた。あらゆる空気の流れが高音、低音のうなりとなって大声でなければすぐ近くにいる仲間達にさえ声が届かない。それもこれも、緑色の水面にさざ波を浮かべる池のほとりに立つ柳のより合わさった枝が巻き起こしている。
「やっぱり当たり難いと効果を実感し辛いな」
手慣れたしぐさでライフルを放った亮平が言う。戦端が開くとほぼ同時に使った『演舞・清風』の効果は続いている筈だが、戦況を左右するほどの効果が出ているのかは不明瞭だ。
「次は時雨に使う」
初手でミズゼリに『蒼鋼壁』を使った仁は同じ力を今度は時雨にも使ってゆく。
「ありがとう。初っ端から倒れんように気ぃつけるね!」
礼を言う時雨の声は風に流され仁へと届いているだろうか。
「一本ずつ刈るより、纏まってる方を落とした方が早そうですが……さてどうでしょう」
祭造が放った圧縮された空気の礫がからまる柳の枝の付け根あたりに命中する。枝が揺れ葉が落ちる。
「もう一度デスよ」
再度、敵である柳の木に接近を試みたミズゼリが毒を根元付近へと使う。ほぼ同時に薙刀を手にした時雨は後衛位置のまま力を使う。その途端、柳の枝からトゲトゲしたツルが倍速画像の様に急速な成長をして裂傷を作る。うねるような動きが動かない柳の根元から末端へと伝わってゆく。そして真新しい緑色の枝が伸び、傷ついた枝を捨ててゆく。
「やっぱり回復の力を使って再生するようですね」
敵の行動は想定していた事とはいえ、折角の戦果を無にされるのを目の当たりにした菊の表情は渋い。
「ならば本体を攻撃しましょうか」
菊は強風の中、仲間達へ届けと声を張る。出来れば自分の使った『清廉香』や亮平の『演舞・清風』が効いている間に戦いの趨勢を決してしまいたい。しかし菊の攻撃は柳の幹に当たらない。
「くっ」
「熱っ」
己の力が生み出す炎の力にビックリしつつもラーラは炎を弾を放ってゆく。しかしこれも風にさらわれて命中しない。
「いのりの仲間達の邪魔など許しませんわ」
色々ぴらぴらと身体が見えてしまうのももう構ってはいられない。いのりは冥王の杖をかざし『演舞・舞衣』を使う。大気にたゆたう浄化の力が仲間達へと伝わってゆく。
●凪ぐ刻
「ぼっちゃん!」
祭造の警告が響く。わかっているけれど返事をする余裕がない。枝に切り裂かれ、叩きつけられた亮平の身体がゴロゴロと乾いた地面を転がっていく。
「大丈夫ですか?」
目くらましの様に炎を跳ばしながら祭造が駆け寄ってくる。
「かすり傷だ。たいしたことない」
立ち上がった亮平が小さくうなずく。菊の力でまだ効いていて治癒力が高まっている今ならば、改めて回復の技を使う必要もないくらいだ。
「反省会はごめんだからな」
亮平は無造作にライフルを構え妖への攻撃は緩めない。
「どうしましょうかね」
祭造は笑う。
「顕著な効果が見マセんね。ちょっと残念な気分なノデす」
幾度となく毒を根本に注いでみても、柳の妖にはあまり変化がない。幼い姿になった戦闘状態のミズゼリは不満そうに頬を膨らませた。そういう子供っぽいしぐさは今のミズゼリにはとても似合っていて可愛らしいが、口調は相変わらずちょっと不思議な違和感がある。
「根から養分を吸い上げているというわけではないのデシょうか。それにしても動けないというのは大変そウデす……私達には好都合でシタが。敵を探す手間も掛からないのは効率よく働けまスカらね」
唇に笑みを浮かべてミズゼリは言う。そういう間にも新たな毒が根を汚す。
「危ない!」
接近していたミズゼリの背後から枝の攻撃が振り下ろされる。しかし、枝とミズゼリの間に割り入った仁がそれを我が身に受ける。
「ありがとうごザイます。注意力散漫デシた」
「礼など要らない。仲間だろう」
獣化した姿の仁が笑う。
「気分ええなぁ。やっぱこの格好最高やない?」
大人の姿はやっぱり良い……と、時雨は思う。すらりと伸びた手足も大人らしくデコボコがいっぱいの胴体も、嫌いなところはどこもない。出来る事ならば普段からずっとこの姿のままでいたい。一体いつになったらこの姿になるのだろう。未来を渇望する子供にはいつだって待つという時間はあまりにも長すぎる。動きやすい身体から繰り出される攻撃はまっすぐに敵へと向かう。
「攻撃が当たりにくいというのは思った以上に厄介です」
戦いに集中しなくてはとラーラは思う。繰り出す炎はラーラにとって我が身の様に、守護使役の様に懐かしく慕わしい。赤く揺れる炎はラーラを暖かくて優しい。決して傷つけない、そう信じられるのだ。身体の内側で燃えさかる炎がラーラの身体を突き動かす。
「でも絶対に当てて見せます!」
血色の瞳が紅蓮に燃える。
動くたびに身体のあちこちが見えてしまって困る。しかも吹き荒れる風がさらに酷い事になっているのではないかと気がきではない。いのりの頬が熱くなる……きっと赤くなってしまっているのだろう。母の形見とはいえ、父母の遺志を継いで戦っているとはいえ、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。けれどここは戦場だ。戦いに集中しなくては敵を倒せないし仲間の足を引っ張る事にもなりかねない。心の中で届かない母へと呼びかけつつも手には冥王の杖を持つ。
「わたくしの心は絶対に負けませんわ」
目の中に浮かんだ水分さえも風が吹き払ってゆく。
戦場ではめまぐるしく状況が変わる。その全てを把握し的確な判断をし、行動する。菊は自らにそうした優れた者であれと欲し、そうした者であり続けようとしていた。そうでなくては誰かを守る事など出来ない。誰かと共に戦う事など出来ない。人一倍ストイックに理想の自分を追い求めてきた。今、戦場にいるこの時もそれは変わらない。敵の攻撃、味方の反応、立ち位置、損害……この一瞬が未来へと繋がり過去へと送られる。出来る事は限られているけれど、最高の一手でなくては最高の未来は訪れない。最良では満足できない。
「わかっています。僕は、完璧主義者なんでね」
菊の目は敵の攻撃も風もまとめて動く枝に起因しているだろうことを見抜いていた。しかし、妖は枝を手厚く回復している。
「ここはあえて枝以外を狙うべき……か?」
低い声での自問が続く。
それからも一向にカタルシスのない不毛な戦いが続く。風の中では味方の攻撃も当たりにくいが敵のより合わさった枝攻撃も滅多に味方に命中しない。互いにスカるだけの攻防が続く。それは肉体よりも精神をうがつ攻撃であったのかもしれない。イラ立ちを押さえるのがドンドン困難になってくる。
消耗戦の様な地味で代わり映えのしない戦いをどれほど繰り広げただろう。回復の追いつかない分柳の枝は半分ほどになり、じりじりと覚者側が優勢となっているがまだ決着にはほど遠い……と、誰もが思っていた。しかし、とうとうここで戦況に変化が生じる。
「きゃああぁぁ!」
いのりの足に地中から伸びた根がきつく絡まり、激しい勢いで幹の方へと引きずられていく。
「仲間を傷つけるとは許さない! 喰らえ、鬼牙!」
「させるか!」
菊と亮平が地面に叩きつけられたいのりよりも前へと走り、得物を振るう。その時だった。あれほど強かった風がふっつりと止んだのだ。ごうごうとうるさかった風の鳴る音もぱたりと途切れる。
「秋津洲さんを放せ!」
「悪の芽は全て喰い千切れェェ!!」
亮平の獣の様な一撃と菊の斬撃がいのりにからむ根をまっぷたつにする。
「いい動きですね、ぼっちゃん! さて、じゃあここらで本体に一斉攻撃といきませんか?」
年若い店主を労いつつ祭造はこのタイミングを逃さず言う。
「はい!」
攻撃態勢にはいっていたラーラが返事をする、と同時に攻勢に出る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
集中し狙い澄ました炎の塊がラーラから放たれる。浄化の炎は柳の幹のど真ん中に命中した。
「ゆ、許しませんわ! 覚悟なさいませ!」
いのりが喚んだ雷光が柳の妖へと落下する。白い光に包まれた柳のシルエットが辺縁から零れるように落下してゆく。
「そろそろ祝杯をあげらせてもらいましょうか」
祭造の力は燃えさかる火炎弾となって柳を襲う。柳の妖はみじろぐように残った枝をふりあげようとするが、鋭い棘を持つ植物に食い破られて木っ端となりさがる。
「覚悟したほうがよさそうデスね。人間ならバイタルチェックをするまでもなく臨終間際……デスよ」
少女の姿をしたミズゼリはうっとりと微笑む。
「俺も削らせてもらおうか」
接近した仁がランスで幹を穿ち、同じく敵との距離を詰めた時雨が植物で作った鞭を思いっきり打ち据える。
「あんま接近するのは考えものや思ってたけど、ここが正念場やさかいな!」
勢いよく繰り出された時雨の攻撃が残っていた柳の枝を薙ぎ払う。ボトボトと枝にしては鈍く重い音がして枝が地面に落ちてゆく。
とうとう丸裸にされた柳の妖は残る力で自らの傷を癒してゆく。けれど、これまでの戦いで受けたダメージ全てをリペアするほどの効力はない。
「人食いの化け物になどさせません」
低い姿勢から放たれる菊の一閃が残っていた最後の枝を一閃する。切り口から血のように樹液をまき散らし、枝が落ちる。
「まだですわ!」
いのりが波動弾を柳の根元へと向かって放つ。一瞬遅れて地面の中からもがくようにうねる根が飛び出してきた。
「もう誰かを引きずったりなんてさせません!」
炎をまとったラーラの攻撃が太い根を粉砕する。
「これでもう伏兵もありませんよ。ねぇ坊ちゃん」
「行くぞ、祭造さん」
何も言わなくてもタイミングは外さない。柳の左右から炎と雷、2人の攻撃が柳を焼き、撃つ。そして次の瞬間、柳の幹は2つのツルに身を砕かれる。
「これでどうや!」
時雨がどや顔で言う。
「午後3時32分……ご臨終デスね」
崩壊してゆく柳の妖を冷徹に見つめながら、ミズゼリはチラリと文字盤が逆さになって胸元から下がっている時計を見る。
「……終わったか」
ランスの握りをわずかにゆるめ仁が言う。彼等の目の前で妖は倒れていき、2度と動くことはなかった。仄かに一陣の風が舞った。
柳のあった場所の土を菊はつまむ。たった今まで妖があった場所だが、不安材料などは特にない。
「本当に終わったみたいです」
自分で確認してようやく菊は息を吐いた。戦闘状態が解け元の黒髪に戻る。
「……はぁ」
緊張の糸がぷっつりと切れたかのようにいのりはその場にへたりこんだ。だが、次の瞬間周囲を見回す。幸い、祭造の結界のせいか辺りに人の姿はない。
「よかった」
色々な意味で安堵したいのりが溜息をつく。
「いのりさん、大丈夫ですか? 怪我をした方は……いないみたイデすね。私の所でお泊りいただけなくてちょっと残念デスよ」
冗談なのか本気なのかよくわからない口調と表情でミズゼリが言う。
「あ、はは……どうにかやり遂げましたね、私達」
ぎこちない笑顔を張り付かせラーラは言った。もうこの場に人を襲う妖はいない。涼風に誘われ喰われる犠牲者はあらわれないのだ。もっと自然な笑みがこぼれる。
「それじゃあ誰かに気付かれる前にこの場を立ち去ろう」
亮平は愛用の帽子を目深にかぶり直した。炎天下の裏庭で何をするでもなく集まっているだけでも、はたから見れば奇異に映る。
「じゃあ店で打ち上げといきましょうか。大人にはいいものもありますしね」
「料理は俺が作ろう。一度戻ってすぐに行く」
祭造と仁が簡単に打ち合わせる。
「も、もちょっとあの姿でいたかったなぁ……」
普段通り、13才の少女の姿に戻った時雨は至極残念そうに言った。出来る事なら飽きるまでずっとあの大人の姿でいたい気分だったがそうもいかない。誰の目にも触れることなく覚者達は散開する。
「暑くてかなわんなぁ」
「そやなぁ」
すれ違う道で大荷物の女子高生達のぼやき声が聞こえてきた。
京都の夏は暑い。色々と理由はあるが、ともかく暑いのだ。そんな炎天下にはよほどの事がない限り人は外出を控えるものだが、そうは出来ない場合もある。涼を求める人達が集う図書館でも、池のある裏庭を気にする者などそうはいない。ひとけのないその場所には他には何も聞こえなくなるほどの蝉時雨と、陽光に白く霞む風景……にもかかわらず異様に青々と生い茂る一本の柳の木があった。
ほんの一瞬、空を仰いだ『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)は琥珀色よりも明るく輝く瞳をまっすぐ敵へと向ける。一行は建物の影に身を潜めている。
「見まごう筈もありませんわ。あれが目的の柳の……妖でしょう」
全てが白っちゃけた世界の中でいのりが示した木だけが、不自然な程の青々とした葉を茂らせている。
「やりますか?」
まだ幼さの残る少年の姿でありながら、大人びた赤い瞳を持つ『菊花羅刹』九鬼 菊(CL2000999)が静かに言う。同行した者達に尋ねる形の口調だが、声音には強い意志が漂うようにかいま見える。
一行の集団から少し後方に離れて立っていたのは普段からの癖のようなものだったのかもしれない。どちらかといえば、中心にいるよりも少し脇から物事を眺めてしまうのだ。
「坊ちゃんが偵察をしてくださった通りですね。どうやら向こうはまだこちらに気が付いていないようです」
目立たない程の声で阿久津 亮平(CL2000328)に話しかけてきたのは周囲に結界を張り巡らせた麦倉 祭造(CL2000642)だった。亮平よりは10才以上も年かさな祭造だが、店長と職人という立場を互いに自覚するためにも、日頃から丁寧な口調で話しかけている。その言葉に亮平は小さく溜息をついた。
「祭造さん、まだ俺の事を坊っちゃんと呼ぶんですね」
亮平は残念そうな目で祭造を見る。腕のいい職人で信頼もしているが、人前でも呼称を改めてくれない事にはいささかの不満がある。
「俺もいい加減二十歳過ぎてますから、坊っちゃんと呼ぶのはやめて下さいよ」
「努力はしたんですけどね」
祭造は浅く笑う。長年のつきあいから言外に改善の意志はないのがわかる。習慣であって悪気はないのだから、亮平も怒るに怒れない。
「とりあえず、初っ端から倒れんように気ぃつけてこか!」
いつまでもじっとしていても仕方がないと思ったのか、『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)が笑いながら言う。その笑みには若干の不安とこれから起こるだろうことへの期待に高揚……つまりワクワクしている様子がみてとれる。
「少しだけ待ってクダさい。何事もやらずの後悔ほど怖いものはないでスモのね」
不思議に耳に残るイントネーションで阿僧祇 ミズゼリ(CL2001067)がつぶやく。
「まぁちょっとぐらいの時間稼ぎなら俺にも出来るだろう。あまり過信されちゃ困るがな」
それほど緊張しているような様子もなく『犬小屋の野獣』藤堂 仁(CL2000921)が言う。本当の絶体絶命はこんなものじゃない。最低最悪を知るからこそ、今は落ち着いて行動出来る。
「何かわかりましたか?」
伏せていた顔をあげたミズゼリに『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が尋ねる。
「妖の根は1メートルぐらい張っているから、接近する人は気を付けてクダさい。攻撃する範囲も考慮出来まスヨね」
「……わかりました」
ごくりとラーラの喉が鳴る。本当にここから戦いが始まるのだ。
「うちの時間は加速する! なるべき姿へ、未来の姿へ!」
美少女然としていた時雨の身体が劇的に変化する。子供から大人へ、髪や目の色はそのままに肉体だけが時を越えて大きくなる。逆にミズゼリは10年ほども時間を遡ったかのような幼い姿となり、仁も両腕と両脚に獣化が起こる。祭造には背の翼が顕著となり亮平の瞳の虹彩が細く変わる。
「……いのりさん」
黒髪を銀色に変えたラーラは血色にも見える瞳を見開いた。それほどいのりの格好は衝撃的だった。高校生ぐらいの大きさに変わったいのりの服は露出はそれほどでもなかったが、チラリと見える素肌が全裸よりも扇情的だったのだ。
「こ、細かい事ですわ! さぁ、もう誰も傷つけさせませんわよ!」
瞳をうるうるさせながらいのりは前に出る。ジリジリと真夏の太陽が肌を焼く。
「予定通り包囲して戦いましょう」
黒髪を王者の色――黄金に変えた菊はいのりよりも前へと敵にむかって飛び出した。
●戦場は風に翻弄される
物陰から姿を現した覚者達を敵と認識したのか、柳の枝は風もないのに強風にあおられるかのように乱れて動き、その途端なま暖かい風の乱流が戦場に吹き荒れ始める。
不自然な風が吹き荒れていた。あらゆる空気の流れが高音、低音のうなりとなって大声でなければすぐ近くにいる仲間達にさえ声が届かない。それもこれも、緑色の水面にさざ波を浮かべる池のほとりに立つ柳のより合わさった枝が巻き起こしている。
「やっぱり当たり難いと効果を実感し辛いな」
手慣れたしぐさでライフルを放った亮平が言う。戦端が開くとほぼ同時に使った『演舞・清風』の効果は続いている筈だが、戦況を左右するほどの効果が出ているのかは不明瞭だ。
「次は時雨に使う」
初手でミズゼリに『蒼鋼壁』を使った仁は同じ力を今度は時雨にも使ってゆく。
「ありがとう。初っ端から倒れんように気ぃつけるね!」
礼を言う時雨の声は風に流され仁へと届いているだろうか。
「一本ずつ刈るより、纏まってる方を落とした方が早そうですが……さてどうでしょう」
祭造が放った圧縮された空気の礫がからまる柳の枝の付け根あたりに命中する。枝が揺れ葉が落ちる。
「もう一度デスよ」
再度、敵である柳の木に接近を試みたミズゼリが毒を根元付近へと使う。ほぼ同時に薙刀を手にした時雨は後衛位置のまま力を使う。その途端、柳の枝からトゲトゲしたツルが倍速画像の様に急速な成長をして裂傷を作る。うねるような動きが動かない柳の根元から末端へと伝わってゆく。そして真新しい緑色の枝が伸び、傷ついた枝を捨ててゆく。
「やっぱり回復の力を使って再生するようですね」
敵の行動は想定していた事とはいえ、折角の戦果を無にされるのを目の当たりにした菊の表情は渋い。
「ならば本体を攻撃しましょうか」
菊は強風の中、仲間達へ届けと声を張る。出来れば自分の使った『清廉香』や亮平の『演舞・清風』が効いている間に戦いの趨勢を決してしまいたい。しかし菊の攻撃は柳の幹に当たらない。
「くっ」
「熱っ」
己の力が生み出す炎の力にビックリしつつもラーラは炎を弾を放ってゆく。しかしこれも風にさらわれて命中しない。
「いのりの仲間達の邪魔など許しませんわ」
色々ぴらぴらと身体が見えてしまうのももう構ってはいられない。いのりは冥王の杖をかざし『演舞・舞衣』を使う。大気にたゆたう浄化の力が仲間達へと伝わってゆく。
●凪ぐ刻
「ぼっちゃん!」
祭造の警告が響く。わかっているけれど返事をする余裕がない。枝に切り裂かれ、叩きつけられた亮平の身体がゴロゴロと乾いた地面を転がっていく。
「大丈夫ですか?」
目くらましの様に炎を跳ばしながら祭造が駆け寄ってくる。
「かすり傷だ。たいしたことない」
立ち上がった亮平が小さくうなずく。菊の力でまだ効いていて治癒力が高まっている今ならば、改めて回復の技を使う必要もないくらいだ。
「反省会はごめんだからな」
亮平は無造作にライフルを構え妖への攻撃は緩めない。
「どうしましょうかね」
祭造は笑う。
「顕著な効果が見マセんね。ちょっと残念な気分なノデす」
幾度となく毒を根本に注いでみても、柳の妖にはあまり変化がない。幼い姿になった戦闘状態のミズゼリは不満そうに頬を膨らませた。そういう子供っぽいしぐさは今のミズゼリにはとても似合っていて可愛らしいが、口調は相変わらずちょっと不思議な違和感がある。
「根から養分を吸い上げているというわけではないのデシょうか。それにしても動けないというのは大変そウデす……私達には好都合でシタが。敵を探す手間も掛からないのは効率よく働けまスカらね」
唇に笑みを浮かべてミズゼリは言う。そういう間にも新たな毒が根を汚す。
「危ない!」
接近していたミズゼリの背後から枝の攻撃が振り下ろされる。しかし、枝とミズゼリの間に割り入った仁がそれを我が身に受ける。
「ありがとうごザイます。注意力散漫デシた」
「礼など要らない。仲間だろう」
獣化した姿の仁が笑う。
「気分ええなぁ。やっぱこの格好最高やない?」
大人の姿はやっぱり良い……と、時雨は思う。すらりと伸びた手足も大人らしくデコボコがいっぱいの胴体も、嫌いなところはどこもない。出来る事ならば普段からずっとこの姿のままでいたい。一体いつになったらこの姿になるのだろう。未来を渇望する子供にはいつだって待つという時間はあまりにも長すぎる。動きやすい身体から繰り出される攻撃はまっすぐに敵へと向かう。
「攻撃が当たりにくいというのは思った以上に厄介です」
戦いに集中しなくてはとラーラは思う。繰り出す炎はラーラにとって我が身の様に、守護使役の様に懐かしく慕わしい。赤く揺れる炎はラーラを暖かくて優しい。決して傷つけない、そう信じられるのだ。身体の内側で燃えさかる炎がラーラの身体を突き動かす。
「でも絶対に当てて見せます!」
血色の瞳が紅蓮に燃える。
動くたびに身体のあちこちが見えてしまって困る。しかも吹き荒れる風がさらに酷い事になっているのではないかと気がきではない。いのりの頬が熱くなる……きっと赤くなってしまっているのだろう。母の形見とはいえ、父母の遺志を継いで戦っているとはいえ、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。けれどここは戦場だ。戦いに集中しなくては敵を倒せないし仲間の足を引っ張る事にもなりかねない。心の中で届かない母へと呼びかけつつも手には冥王の杖を持つ。
「わたくしの心は絶対に負けませんわ」
目の中に浮かんだ水分さえも風が吹き払ってゆく。
戦場ではめまぐるしく状況が変わる。その全てを把握し的確な判断をし、行動する。菊は自らにそうした優れた者であれと欲し、そうした者であり続けようとしていた。そうでなくては誰かを守る事など出来ない。誰かと共に戦う事など出来ない。人一倍ストイックに理想の自分を追い求めてきた。今、戦場にいるこの時もそれは変わらない。敵の攻撃、味方の反応、立ち位置、損害……この一瞬が未来へと繋がり過去へと送られる。出来る事は限られているけれど、最高の一手でなくては最高の未来は訪れない。最良では満足できない。
「わかっています。僕は、完璧主義者なんでね」
菊の目は敵の攻撃も風もまとめて動く枝に起因しているだろうことを見抜いていた。しかし、妖は枝を手厚く回復している。
「ここはあえて枝以外を狙うべき……か?」
低い声での自問が続く。
それからも一向にカタルシスのない不毛な戦いが続く。風の中では味方の攻撃も当たりにくいが敵のより合わさった枝攻撃も滅多に味方に命中しない。互いにスカるだけの攻防が続く。それは肉体よりも精神をうがつ攻撃であったのかもしれない。イラ立ちを押さえるのがドンドン困難になってくる。
消耗戦の様な地味で代わり映えのしない戦いをどれほど繰り広げただろう。回復の追いつかない分柳の枝は半分ほどになり、じりじりと覚者側が優勢となっているがまだ決着にはほど遠い……と、誰もが思っていた。しかし、とうとうここで戦況に変化が生じる。
「きゃああぁぁ!」
いのりの足に地中から伸びた根がきつく絡まり、激しい勢いで幹の方へと引きずられていく。
「仲間を傷つけるとは許さない! 喰らえ、鬼牙!」
「させるか!」
菊と亮平が地面に叩きつけられたいのりよりも前へと走り、得物を振るう。その時だった。あれほど強かった風がふっつりと止んだのだ。ごうごうとうるさかった風の鳴る音もぱたりと途切れる。
「秋津洲さんを放せ!」
「悪の芽は全て喰い千切れェェ!!」
亮平の獣の様な一撃と菊の斬撃がいのりにからむ根をまっぷたつにする。
「いい動きですね、ぼっちゃん! さて、じゃあここらで本体に一斉攻撃といきませんか?」
年若い店主を労いつつ祭造はこのタイミングを逃さず言う。
「はい!」
攻撃態勢にはいっていたラーラが返事をする、と同時に攻勢に出る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
集中し狙い澄ました炎の塊がラーラから放たれる。浄化の炎は柳の幹のど真ん中に命中した。
「ゆ、許しませんわ! 覚悟なさいませ!」
いのりが喚んだ雷光が柳の妖へと落下する。白い光に包まれた柳のシルエットが辺縁から零れるように落下してゆく。
「そろそろ祝杯をあげらせてもらいましょうか」
祭造の力は燃えさかる火炎弾となって柳を襲う。柳の妖はみじろぐように残った枝をふりあげようとするが、鋭い棘を持つ植物に食い破られて木っ端となりさがる。
「覚悟したほうがよさそうデスね。人間ならバイタルチェックをするまでもなく臨終間際……デスよ」
少女の姿をしたミズゼリはうっとりと微笑む。
「俺も削らせてもらおうか」
接近した仁がランスで幹を穿ち、同じく敵との距離を詰めた時雨が植物で作った鞭を思いっきり打ち据える。
「あんま接近するのは考えものや思ってたけど、ここが正念場やさかいな!」
勢いよく繰り出された時雨の攻撃が残っていた柳の枝を薙ぎ払う。ボトボトと枝にしては鈍く重い音がして枝が地面に落ちてゆく。
とうとう丸裸にされた柳の妖は残る力で自らの傷を癒してゆく。けれど、これまでの戦いで受けたダメージ全てをリペアするほどの効力はない。
「人食いの化け物になどさせません」
低い姿勢から放たれる菊の一閃が残っていた最後の枝を一閃する。切り口から血のように樹液をまき散らし、枝が落ちる。
「まだですわ!」
いのりが波動弾を柳の根元へと向かって放つ。一瞬遅れて地面の中からもがくようにうねる根が飛び出してきた。
「もう誰かを引きずったりなんてさせません!」
炎をまとったラーラの攻撃が太い根を粉砕する。
「これでもう伏兵もありませんよ。ねぇ坊ちゃん」
「行くぞ、祭造さん」
何も言わなくてもタイミングは外さない。柳の左右から炎と雷、2人の攻撃が柳を焼き、撃つ。そして次の瞬間、柳の幹は2つのツルに身を砕かれる。
「これでどうや!」
時雨がどや顔で言う。
「午後3時32分……ご臨終デスね」
崩壊してゆく柳の妖を冷徹に見つめながら、ミズゼリはチラリと文字盤が逆さになって胸元から下がっている時計を見る。
「……終わったか」
ランスの握りをわずかにゆるめ仁が言う。彼等の目の前で妖は倒れていき、2度と動くことはなかった。仄かに一陣の風が舞った。
柳のあった場所の土を菊はつまむ。たった今まで妖があった場所だが、不安材料などは特にない。
「本当に終わったみたいです」
自分で確認してようやく菊は息を吐いた。戦闘状態が解け元の黒髪に戻る。
「……はぁ」
緊張の糸がぷっつりと切れたかのようにいのりはその場にへたりこんだ。だが、次の瞬間周囲を見回す。幸い、祭造の結界のせいか辺りに人の姿はない。
「よかった」
色々な意味で安堵したいのりが溜息をつく。
「いのりさん、大丈夫ですか? 怪我をした方は……いないみたイデすね。私の所でお泊りいただけなくてちょっと残念デスよ」
冗談なのか本気なのかよくわからない口調と表情でミズゼリが言う。
「あ、はは……どうにかやり遂げましたね、私達」
ぎこちない笑顔を張り付かせラーラは言った。もうこの場に人を襲う妖はいない。涼風に誘われ喰われる犠牲者はあらわれないのだ。もっと自然な笑みがこぼれる。
「それじゃあ誰かに気付かれる前にこの場を立ち去ろう」
亮平は愛用の帽子を目深にかぶり直した。炎天下の裏庭で何をするでもなく集まっているだけでも、はたから見れば奇異に映る。
「じゃあ店で打ち上げといきましょうか。大人にはいいものもありますしね」
「料理は俺が作ろう。一度戻ってすぐに行く」
祭造と仁が簡単に打ち合わせる。
「も、もちょっとあの姿でいたかったなぁ……」
普段通り、13才の少女の姿に戻った時雨は至極残念そうに言った。出来る事なら飽きるまでずっとあの大人の姿でいたい気分だったがそうもいかない。誰の目にも触れることなく覚者達は散開する。
「暑くてかなわんなぁ」
「そやなぁ」
すれ違う道で大荷物の女子高生達のぼやき声が聞こえてきた。
■シナリオ結果■
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
