<<うしろのしょうめん>>後ろに立つ少女辻森綾香
●昭倭83年 12月10日
私はいわゆるいじめられっ子だった。
当時は有線ネット上にある掲示板での学校裏サイトというものが流行っていた。
クラスで浮いていた私はその矛先になってしまったのだ。
よくある昔の少女マンガのような直接的な虐めではない。むしろそのほうがわかりやすくていくぶんかやりやすかったはずだ。
私が消しゴムを机から落とせば、くすくすと笑い声。
その日の夜、その掲示板には私が消しゴムをを落としたこと、廊下で躓いたこと、小さなことが掲示板に赤裸々にさらされていた。
体育がある日なんて、私の下着の色までさらされていた。トイレには何時に何回行った。そんな女の子として隠しておきたいことを赤裸々にさらされ、それに悪意をもった憶測での悪口が添えられる。
私はクラスメイトに監視され、飼育動物のように行動のメモを取られさらされていたのだ。それによってクラスメイトが何をするわけでもないのが怖かった。人の目が怖かった。ただ、私は監視され嘲笑されていた。
私はやがてクラスメイトの目を避けるため不登校になった。クラスメイトがお見舞いと称してノートをもってやってきた。ノートを開けば丁寧な文字で授業のメモがとられている。正直それをもらったことは嬉しかった。上ずった声でありがとうと言った。
その日の夜の掲示板はいつもよりはしゃいだ感じだった。無理もない。いつの間にとったのか私の部屋が盗撮されてアップロードされていたからだ。ご丁寧にタンスの下着入れまで赤裸々に映っている。
男子と思われるアカウントがいやらしい、暴力的な言葉を投げつけてきていた。
私はもう、そこで限界だとおもった。
だから――。
次の日のお昼に登校して屋上への階段を登った。水曜日の11時。授業中は静かで誰も私に気づくものは居なかった。
屋上の鍵は開いていた。普段は施錠されているのに。もしかすると私が壊したのかもしれないけれど、それは定かではない。
高いフェンスを登り、外側に降り立つ。風が冷たいけれど、紅潮した頬に気持ちがよかった。ちょうどクラスの真上あたりまで歩いていき、悲鳴をあげた。私にはこんな声がだせるんだっておもって少し面白くなった。
にわかに校内がざわついた。私は飛ぶ。誰かの言葉を借りるならアイキャンフライ。
当たり前だが翼の因子もないのに飛べるはずがない。私は地面にドォンと大きな音を立てて落ちる。
けれど。けれど、けれど、けれど、死ねなかった。
そして、そしてそしてそして、私は覚者になった。と同時に破綻していた。
心に到来する殺意悪意恐怖そういうものが一気に私を壊していく。
男性教師が心配げに近づいてきたから手に持っていたハサミで切り裂いた。鮮血が周りにぱぁと広がってまるで花のようで綺麗だとおもった。
汚いものとおもっていた男の人ってこんなにきれいだったのね。と私は校内に進む。
目に見えるものすべてを切って、きって、きってきってきってきってきった。
きればきるほど赤が広がる、赤い紅い赫々した綺麗な世界になっていく。
ジリリリリリと警報が鳴り響いた。誰かが押したのだろう。悲鳴と警報と。さすがにうるさいなって警報機を爪で引き裂いたけど止まらない。
さっきの先生は静かになったのに。
そうか、そうすればいいのだ。みんな殺せば静かになる。
人を殺すたびに力がわいてくるのがわかる。
『ひと、しんでいるね。おいで』
誰かが、何かが私を呼んだ。
それは11年前に起きた日本において未曾有の破綻者による大量殺戮事件だった。
当事者である少女は行方知れず。少女Aの事件は憤怒者の怒りをかい、日本の状況を悪い方へ変えていった。
しかして、昨今のFiVEの健闘でそれは払拭された。
だが――少女Aは今だ健在。
●昭倭84年 1月某日。
『封印は限界を迎える』
わかっては居たことではあるが、九尾左輔の言葉で覚者たちに緊張が走る。
『子狐たちも稲荷神社の磁場も利用していたが、『アレ』のちからも封印解除に介入してきおった』
『アレ』とよばれたものは、FiVEが現在調べようとしている何らかの神秘。言うなれば神様、といった存在であろうか。彼ら神は決して人の味方ではない。いや。何者の味方でもないだろう。ただ、そういった力をもつ存在だ。
『儂はこの稲荷山を異界化しようと思う。そして『アレ』とうしろにたつ少女の持つ縁を分断する。儂は縁結びには疎い故、どこまでできるかはわからぬが、狐神としてできることはしよう』
つまりは後ろに立つ少女との決戦である。
現場に送り込むことのできる人数は少数精鋭になる。
『厳しい戦いになる。無事では済まないだろう』
左輔は9つの尾をぺたんと床につけてそういった。
私はいわゆるいじめられっ子だった。
当時は有線ネット上にある掲示板での学校裏サイトというものが流行っていた。
クラスで浮いていた私はその矛先になってしまったのだ。
よくある昔の少女マンガのような直接的な虐めではない。むしろそのほうがわかりやすくていくぶんかやりやすかったはずだ。
私が消しゴムを机から落とせば、くすくすと笑い声。
その日の夜、その掲示板には私が消しゴムをを落としたこと、廊下で躓いたこと、小さなことが掲示板に赤裸々にさらされていた。
体育がある日なんて、私の下着の色までさらされていた。トイレには何時に何回行った。そんな女の子として隠しておきたいことを赤裸々にさらされ、それに悪意をもった憶測での悪口が添えられる。
私はクラスメイトに監視され、飼育動物のように行動のメモを取られさらされていたのだ。それによってクラスメイトが何をするわけでもないのが怖かった。人の目が怖かった。ただ、私は監視され嘲笑されていた。
私はやがてクラスメイトの目を避けるため不登校になった。クラスメイトがお見舞いと称してノートをもってやってきた。ノートを開けば丁寧な文字で授業のメモがとられている。正直それをもらったことは嬉しかった。上ずった声でありがとうと言った。
その日の夜の掲示板はいつもよりはしゃいだ感じだった。無理もない。いつの間にとったのか私の部屋が盗撮されてアップロードされていたからだ。ご丁寧にタンスの下着入れまで赤裸々に映っている。
男子と思われるアカウントがいやらしい、暴力的な言葉を投げつけてきていた。
私はもう、そこで限界だとおもった。
だから――。
次の日のお昼に登校して屋上への階段を登った。水曜日の11時。授業中は静かで誰も私に気づくものは居なかった。
屋上の鍵は開いていた。普段は施錠されているのに。もしかすると私が壊したのかもしれないけれど、それは定かではない。
高いフェンスを登り、外側に降り立つ。風が冷たいけれど、紅潮した頬に気持ちがよかった。ちょうどクラスの真上あたりまで歩いていき、悲鳴をあげた。私にはこんな声がだせるんだっておもって少し面白くなった。
にわかに校内がざわついた。私は飛ぶ。誰かの言葉を借りるならアイキャンフライ。
当たり前だが翼の因子もないのに飛べるはずがない。私は地面にドォンと大きな音を立てて落ちる。
けれど。けれど、けれど、けれど、死ねなかった。
そして、そしてそしてそして、私は覚者になった。と同時に破綻していた。
心に到来する殺意悪意恐怖そういうものが一気に私を壊していく。
男性教師が心配げに近づいてきたから手に持っていたハサミで切り裂いた。鮮血が周りにぱぁと広がってまるで花のようで綺麗だとおもった。
汚いものとおもっていた男の人ってこんなにきれいだったのね。と私は校内に進む。
目に見えるものすべてを切って、きって、きってきってきってきってきった。
きればきるほど赤が広がる、赤い紅い赫々した綺麗な世界になっていく。
ジリリリリリと警報が鳴り響いた。誰かが押したのだろう。悲鳴と警報と。さすがにうるさいなって警報機を爪で引き裂いたけど止まらない。
さっきの先生は静かになったのに。
そうか、そうすればいいのだ。みんな殺せば静かになる。
人を殺すたびに力がわいてくるのがわかる。
『ひと、しんでいるね。おいで』
誰かが、何かが私を呼んだ。
それは11年前に起きた日本において未曾有の破綻者による大量殺戮事件だった。
当事者である少女は行方知れず。少女Aの事件は憤怒者の怒りをかい、日本の状況を悪い方へ変えていった。
しかして、昨今のFiVEの健闘でそれは払拭された。
だが――少女Aは今だ健在。
●昭倭84年 1月某日。
『封印は限界を迎える』
わかっては居たことではあるが、九尾左輔の言葉で覚者たちに緊張が走る。
『子狐たちも稲荷神社の磁場も利用していたが、『アレ』のちからも封印解除に介入してきおった』
『アレ』とよばれたものは、FiVEが現在調べようとしている何らかの神秘。言うなれば神様、といった存在であろうか。彼ら神は決して人の味方ではない。いや。何者の味方でもないだろう。ただ、そういった力をもつ存在だ。
『儂はこの稲荷山を異界化しようと思う。そして『アレ』とうしろにたつ少女の持つ縁を分断する。儂は縁結びには疎い故、どこまでできるかはわからぬが、狐神としてできることはしよう』
つまりは後ろに立つ少女との決戦である。
現場に送り込むことのできる人数は少数精鋭になる。
『厳しい戦いになる。無事では済まないだろう』
左輔は9つの尾をぺたんと床につけてそういった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.辻森綾香の撃破
2.もしくは辻森綾香の封印
3.なし
2.もしくは辻森綾香の封印
3.なし
メイン参加10人、サポート参加4人でうしろの少女を撃破、もしくは封印してください。
封印を選ぶ場合は多少難易度は下がります。
ですが、封印をすることで稲荷大社の霊場としての能力は喪われます。左輔も霊力を永続的に削がれることになり、今まで以上に稲荷大社に縛り付けられ、FiVEの手伝いをすることは片手間にはできなくなります。
また、今回の異界化で稲荷大社としての霊力を消費していますが、それは参拝者の信心で補填していく形になります。その補填の力も封印に使用しますので、遠い未来後ろの少女を屠ることができるものが出てくるまでは稲荷大社の霊場としての力はなくなったままになります。
倒した場合は左輔も変わらずFiVEの手伝いもできて、稲荷大社への参拝者の信心でいつかは霊場として復活することができるでしょう。(それがどのくらいかかるかはわかりません)
また、倒す場合は各々の連携、プレイングの精度、リソースなどをしっかりと把握したプレイングをお願いします。齟齬は良い結果を出せません。
封印か、倒すかはどちらかしか選ぶことができません。齟齬のないように相談をしっかりとお願いします。
* この依頼で大きく命数が減ることがあります。覚悟をもった参加をお願いします。
・ロケーション
稲荷山です。
人払いはしてあります。封印の銅鏡は渡されています。
頂上で割ることで、うしろにたつ少女と万全な状態で闘うことができます。しかしその銅鏡をツジモリが狙ってきますので、守りきってください。
銅鏡を誰が持つかは重要です。もし持っている人が倒れた場合どうするかも相談してください。
また銅鏡の中に存在する後ろに立つ少女に反応していますので、別のもので誤魔化すことはできません。
千本鳥居を走り抜けて異界化した稲荷山に入ってください。
千本鳥居が異界へのトンネルになります。時間は夕方。鳥居の隙間から外にでると、元の世界に戻ることができますが二度と異界には入れなくなりますのでお気をつけください。
鳥居ではツジモリが邪魔をしてきますので、ペース配分に気をつけて突破してください。
10体いますが、走り抜ければ倒しきらなくても大丈夫です。(封印の場合は倒しきったほうがいいです)
また、千本鳥居は人が二人並べる程度の広さしかありません。隊列にもきをつけてください。
チェックポイントごとに命数を捧げることで封印の力を増したり、後ろに立つ少女のちからを削ぎます。
また各チェックポイントでも10体のツジモリがいます。
倒しそこねたツジモリは封印箇所に集まってきますのでご注意ください。
Aおもかる石
伏見大社の千本鳥居をぬけた奥社奉拝所にある、人の頭より少し大きいくらいの石塚です。
石を願いをこめて持ち上げるとその願いが叶う場合は軽く感じるといわれます。
人の願いがこもったその場所に、命数を捧げることで封印の力を強めるか後ろに立つ少女のちからを削ぎます。
障害物もあるので少々戦いづらいかもしれません。
必要命数30
命数はPC様で分配して捧げる形で構いません。もちろん一人が負担しても構いません。
一人で負担する場合その場に残り、戦闘を放棄することで半分の15にすることができます。これをするのはサポートの方でも構いません。分配する場合命数はすぐに貯まりますが、一人の場合は命数1につき1ターン貯めるのにかかります。
ツジモリを倒しきっていない場合、ツジモリはその場に残ったものを攻撃することでしょう。
B四ツ辻
京都市内の風景を見渡せる休憩地です。
ですが、異界化しているので、紫色にぼやけています。しかして京都一円はあなた達が守るべき場所です。
命数を捧げることで封印の力を強めるか後ろに立つ少女のちからを削ぎます。
それほど戦いにくくはありませんが広くもないのでご注意ください。
必要命数30
命数はPC様で分配して捧げる形で構いません。もちろん一人が負担しても構いません。
一人で負担する場合その場に残り、戦闘を放棄することで半分の15にすることができます。これをするのはサポートの方でも構いません。分配する場合命数はすぐに貯まりますが、一人の場合は命数1につき1ターン貯めるのにかかります。
ツジモリを倒しきっていない場合、ツジモリはその場に残ったものを攻撃することでしょう。
C山頂の一ノ峰(上ノ社神蹟)
かつて稲荷山の山頂にあった社は応仁の乱の戦火で消失しました。現在は「神蹟(しんせき)」として残されています。
封印の場合はこの神蹟に銅鏡を納め、命数を合計200捧げてください。
封印の場合はここで30体のツジモリが出現します。ツジモリをすべて倒し終えて、命数を捧げたら封印は叶います。またこのツジモリも銅鏡を狙うので割られた場合は後ろの少女撃破にシフトしてしてしまいます。
(打倒にシフトした場合この命数200については捧げる順番は前後しますが結果、下記打倒の場合の数値に順当されます)
倒さず突破してきた場合は倒しきれなかったツジモリがこちらに集まってきます。
それなりに広いので、戦いやすい場所です。足元も問題ありません。
打倒する場合は銅鏡をここで割ってください。後ろに立つ少女とツジモリ10体が出現します。ツジモリは後ろに立つ少女を守る動きをします。
また、銅鏡を割る前に、命数を合計100捧げる必要があります。この命数については余剰に10捧げるごとに、ツジモリの数が2体減ります。ツジモリをすべてなくして更に捧げると10ごとに後ろに立つ少女のちからを10%ずつ削ぐことができます。(最大80%まで削ぐことができます(捧げることのできる合計命数の最大は230になります)
他の箇所からツジモリが集まってきた場合はその分をツジモリの消去に費やす形に補填されます。
また今回においては捧げた命数以上に命数を削ることはありませんが魂を使った場合は別計算で一律30減りますのでご注意ください。
捧げた分と魂を使うことで命数が0を下回った場合は魂がのこっていても死亡判定になります。
命数を捧げる場合のテンプレ
【A】10
【B】10
【C】25
と使用命数を必ず冒頭にお書きください。冒頭に書かれてない場合は使用されません。
しっかりと皆様でご相談の上、命数をご使用くださいませ。
両方の状況において命数を捧げることに手番は発生しません。
・エネミー
ツジモリ(封印の場合合計60体・打倒の場合は最大40体、最小で20体)
ランク2。心霊系妖。体力はそこそこ。
どかーん 物遠列 高い場所から落とされたような衝撃を受けます。
ぐるぐる 特遠単 落下するような浮遊感を受けます。【ダメージ0】【錯乱】
ささやき 特遠単 破綻者に囁きます。深度増加までのリミット時間が1ターン減少します。
またPCの範囲攻撃(全体、列)ダメージは今回は半減されます。
後ろに立つ少女(辻森綾香)
銅鏡を割ることで出現します。
銅鏡を割った場合封印に切り替えることはできません。
途中ツジモリに割られた場合はその場で戦闘をすることになります。
『うしろのしょうめんだぁれ』
P:その言葉を発すると任意の人物の後ろに手番なしで移動することができます。
ブロックなどはできません。
攻撃手段は多岐にわたり、遠距離攻撃、全体攻撃も使えます。
また、10m圏内にいるものには常時弱体化がかかり、スキルの必要気力が2倍になります。(気力だけですので体力は通常通りになります)近接攻撃は超高火力になります。
また体力は高めです。
命数を捧げることで弱体化できます。50%減少した場合10m圏内にいるものへの常時弱体化が喪われ、80%で火力は半減し体力は70%ほどまで下がることになります。
『アレ』に関して今回は特に氣にしなくてもかまいません。なにも仕掛けてきませんし、異界内に干渉はしてきません。こちらからの呼びかけにも反応しません。
後ろに立つ少女の対処だけに注力してください。
(アレは封印を解こうとちょっかいをかけてきたので、あなた達はこの封印をどうにかすることがその対応になります)
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
サポート人数
4/4
4/4
公開日
2019年02月15日
2019年02月15日
■メイン参加者 10人■
■サポート参加者 4人■

●
ぱきり、と思いの外軽い音をたてて、銅鏡が割れた。
瞬間覚者たちの背筋が凍る。根源、原初からの恐怖。そういったものを感じたからだ。それは人間が人間でしかない以上どうしても感じてしまう恐れ、だ。
ふふ、と少女の笑い声。
ふふ、ふふふふふふ。
少女は笑う。開放の喜びに。
『鏡の中は窮屈だったわ。だというのに――』
割れた銅鏡の罅の奥の闇から白くて細い指が覗く。
『今度はお稲荷さんの結界? いいわ。あなた達を殺したら、ここからでることができるのでしょう?』
後ろに立つ少女、辻森綾香の封印は今解かれた。
覚者たちの打てる手段は、今や辻森綾香を討伐すること。その一点に絞られた、その瞬間だった。
●とおりゃんせ、とおりゃんせ。
覚者たちは異界化した伏見稲荷の朱の鳥居を見上げた。
伏見稲荷の千本鳥居――。崇敬者が伏見稲荷の宇迦之御魂に祈りと感謝の念を命婦社参道に鳥居の奉納をもって表すその信仰は江戸の時代から連綿と受け継がれ、今なおその本数を増やし今では1万本を超えるという。
思いと祈りが朽ち落ちれば新しい鳥居が建造され、人の思いは受け継がれていく。千本鳥居は伏見稲荷の信仰が目に見える形として残っていると言っても過言ではないだろう。
前方を見通せば夕暮れに染まる参道を延々と朱と黒の鳥居がどこまでも続いているように思える。これが稲荷山の異界に続くトンネルである。
もし、普通に参拝していたとしても、先の見えないその連なる鳥居が導く先は異界のようにも見えるだろう。それほどに神秘的な光景である。
「今封印したとしてもいずれは倒さなければならない。そしてそれが為せるものがいつ現れるかわからない」
彼ら覚者の決めた方針は後ろに立つ少女の討伐である。
視えぬその先を見つめ『白銀の嚆矢』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、だから後に残さずここでケリをつける必要がある。なんともハズレくじだなと呟いた。
「それでも、大妖と呼ばれる存在が元は人間だったとしてもこれ以上の悲劇は容認できない。カミサマがどうのなんて知ったことか。ここで決着をつける」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は静かに闘志を高めていく。
「いよいよ辻森さんとの決戦です。これで最後にしなければ、ですね。
ところで、この鳥居を駆け上がるのって大変そうです」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は鳥居参道を見上げたあと『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)に目を向ける。
「なんだい? 燐ちゃん。僕はそこまでおじさんじゃない……といいたいどころだけど今年は厄年だったかな。前厄? 後厄だったかも? まあいいか。覚醒してるから問題ないとは言え、普段の僕には辛い道のりだね」
水をむけられた恭司はため息をつきながら答えた。燐花はついと目を逸らすと、あとで彼の体をマッサージしなければと思う。フィールドワークに出た彼は帰ってくるとほぼ必ず筋肉痛を訴えるのだ。そのマッサージは自分の仕事だ。そうにきまってる。
しかしその仕事も生きて帰ってくることが大前提だ。
「いじめにあってこのようになってしまった辻森さん……もし私が同じようないじめや孤独感に苛まれていたとしたら――」
それはありえたかもしれないIF。しかし『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)はそうはならなかった。たったそれだけの違いだ。
一般人からみた覚醒者に対する忌避や恐怖。自らと違うものを拒絶し、迫害することは己を守る人間の本能である。仮想敵を設定することで人同士でつながることができると思いこむ、その人としての弱さがいじめという悪魔を作りあげてきた。それは遥か昔から存在し、今なお無くなることはないだろう。
だからこそたまきは思うのだ。辻森綾香と言う存在がそのいじめという悪魔、そのすべてを引き受けているのではないかと。
たまきの胸元にしっかりと結びつけたバッグの中には銅鏡。頂上につくまで守りきらなければならないその重さがよりいっそう大きく感じる。
そんなたまきの手を温かい手が握る。目を向ければ『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の姿。
「俺はね。辻森綾香がこうなってしまったことを責めることはできない」
小さな視えない人間の悪意が彼女を追い詰め、彼女自身を本当の悪魔にしてしまった。
「けれど、彼女はもう人間の脅威。――敵となったんだ」
少年は前を見つめてつぶやく。それはたまきだけに言っているのではないことはわかる。自分自身に言っているのだ。少しだけ握られた手が震えている。武者震いなのか、それとも――。
「はい」
たまきは短く答えて強く、強くその手を握った。
「当時の教師が気付けなかった事も悔やまれるけど、君を最初に心配して一番先に駆け付けてくれた男性教師の事は、信じてあげて欲しかった……とも思うよ……」
『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)の思うそれは今となっては感傷でしかない「たられば」。時間は不可逆だ。過去にどれだけ可能性があったとしてもそれは二度と試行錯誤することすらできない過ぎ去った時間への後悔でしかない。
だから、彼女は未だに過去に囚われているのかなと思う。その囚われた鎖を解く方法は、もはや討伐しかないのだろう。
ならば――。
君を討伐する事で俺はその鎖を断つ。そして、君を解放出来たなら……。
『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は銅鏡が入っているたまきのバッグを見つめる。
(できれば、ここできちんと決着を。これから先の世の中の為にも、彼女自身の為にも……討伐を)
悲壮的なその瞳の奥には覚悟が宿っている。それは『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)もまた同じ。縮緬細工の白椿のリボンが揺れる。
破綻前の不幸は同情できる。そう思うのはきっとつばめだけではないだろう。しかして破綻した後、学校すべての人々をただ思いつきで殺して、AAAを殺して、警察官を殺して、そしてこの日本で四半世紀と少し前に発現した、覚者(アラタナルモノ)という存在にたいしての恐怖を植え付けたことは到底許せることではない。
それに――。太刀花死霊(ともだち)を自身と同じものにしようとしたその行動がなによりも許せなかった。
辻森綾香の討伐はつばめにとっては死霊にたいする「けじめ」なのだ。
故に彼女はなさねばならない。それがまたどこかで出会えるかもしれない、死霊への手向けなのだから。彼女と『こいばな』をするためには超えなければいけない山場なのだ。それがたとえ――を捧げることになるとしても。
「んー、夕方だから照明いると思ったけど中は明るいみたいだぜ!」
だれよりも早く異界への道に飛び込んだのは『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)だ。最前列を任された彼の心は揺るがない。
遥とて辻森綾香には同情はする。気の毒だったとおもう。しかし彼女は大妖という悪い『現象』になってしまった。だから倒す。
鹿ノ島遥という少年の強さはそのシンプルな割り切りだ。正しいことと悪いこと、生きることと死ぬこと。すべてそれは表裏一体でそして、どちらも自分に存在している。それがどちらかに傾くかどうか。それだけの話なのだ。
「ちょっと、遥! 足並みあわせろって」
「っていうかお前らが遅いんだって! うわ! キタ! ツジモリきた!」
遥と奏空のやりとりにみなが顔を見合わせ笑う。状況は難しい。そんなことはわかっている。だからこそ自然体であることが重要なのだと思う。
遥の悲鳴に彼ら12人の覚者たちは苦笑して千本鳥居をくぐる。進む先は地獄か煉獄か――それとも。
●ここはおくのほそみちじゃ。ちょっととおしてくだしゃんせ
覚者たちははみな覚醒し戦闘態勢をとる。
鏡を持つたまきを中軸とした前後七段の布陣である。思ったよりの参道の狭さに辟易するがしかたない。
既に遥は交戦し、動きにくそうに蹴りを繰り出すそのとなりにつばめが飛び込んでいく。
二段目、三段目の 澄香と奏空、成瀬 翔(CL2000063)、恭司が術式を展開する。
四段目では彩吹がたまきをガードするために側につく。
「後ろからも。早速の歓迎だな」
最後列であるゲイルが如月・蒼羽(CL2001575)とアイコンタクトをとりながらぼやく。
「そりゃ、ツジモリの狙いは僕たちにあるからね」
六段目で構える秋人が答えれば、その隣で燐花が両方手に持つ小刀を構え頷いた。
五段目では篁・三十三(CL2001480)と環 大和(CL2000477) が状況を吟味しながら術式を練り上げる。
ふうわり、ふうわりと。
ツジモリは鳥居と鳥居の隙間から湧き出して覚者たちが頂上に向かうのを妨害してくる。
手を伸ばし、たまきのバッグの中の銅鏡を奪おうと衝撃破をあちらこちらに飛ばす。
彼らは的確に防御を固め、攻撃を仕掛けていく。試しに列攻撃で応戦するが明らかにいつもよりダメージは走らない。
ツジモリに押され下がれば踵が硬い鳥居に当たる。
鳥居と鳥居の隙間はそれほど広くないとは言え油断をすれば押し出されてしまう可能性はある以上、彼らは足を強く踏みしめた。
今ここで一人でも脱落者をだすわけにはいかないのだ。
ゲイルは閃光手榴弾をツジモリに向かって投げつけるが進行方向上前衛の向こうにいるツジモリは効果範囲に入らず、範囲内のツジモリにも効果が薄いと感じる。
つばめも疾風双斬で対応するが心霊系のツジモリには効果が薄くなおかつダメージが半減するのでほぼダメージを入れることができなかった。
「やっぱり、地道に単体で倒していくしかないね」
奏空の言葉に彼らは頷き、単体攻撃に切り替えていく。
状況は始まったばかりだ。しかし、思うがままに戦えないことは彼らの心に強いストレスを植え付ける。
とにかく前に進みながら戦闘をしていくしかない限定された状況に心は焦れる一方だった。
たまきを狙うツジモリの列攻撃を彩吹がその身を呈してかばう。蒼羽が心配そうに妹を振り返るが、彩吹は大丈夫と不敵な笑顔を見せた。
妹をこの状況から守るには自らが一体でも早くツジモリを倒し終えることだ。蒼羽は天に腕を伸ばし星を降らせる。何度でも。
●ごようのないものとおしゃせぬ
なんとか千本鳥居のツジモリをすべて撃破した彼らは千本鳥居の参道を抜け、やがておもかる石のに到達する。ツジモリを倒しきった後に、回復はして万全の状態にはしてはいるが油断はせずに14人は命数を捧げた。少量ずつの命数がおもかる石に吸い込まれていく。
おもかる石に込められた願いが後押ししてくれるように思えたのは気のせいだろうか。
それが機になったのかどうなのか。一気にツジモリが現れ彼らを取り囲んだ。
彼らとてそれは予測済みだ。たまきを中心に石垣に身を寄せ背後をとられることのない布陣に切り替えた。
ガード役を彩吹からつばめに後退したまきを守る。
「あいつが一番体力が低い」
そんな奏空からの解析結果に澄香は錯乱した仲間を再生で解除しながらわかりましたと返事をする。
指示に従い、遥は握りしめた拳を真っ直ぐに突き出した。威力はずいぶんと削られているとはいえ、拳筋に澱みはない。効果がなければその分回数を重ねればいいだけだ。
燐花は高速の二連撃を繰り出し、恭司にアイコンタクトをとれば彼は前に進んでくるツジモリをたまきに近づかせまいとブロックしているところだった。次はあれを倒さなければ、と燐花は次のターゲットを確認する。
ツジモリたちは半数が【錯乱】を狙い半数が守る前衛たちを連続攻撃で列攻撃をしてくる戦法に切り替えてきた。
初回の戦いはただ単純な攻撃ばかりであったが、それだけでは潤沢な回復をもつ彼らに対抗できないと学習し、回復手を狙うようになってきた。自然治癒力を向上させているとはいえ、純粋な運の要素は彼らを苛む。
錯乱した仲間を回復すれば一手回復が遅れる。回復が遅れた状態で攻撃を担当するツジモリたちが波状攻撃をかけてくる。その攻撃の勢いに膝をついたものも居たが命数を燃やしもう一度立ち上がる。
翔は誰かが膝をつくたびに心がじれていく。もちろんたまきが倒れれば銅鏡を受け取るつもりはある。しかしそんな状況にはさせまいと気力を失っていく仲間に大填気で気力補充していく。
「回復、援護するよ」
ゲイルの手番が演舞・舞音に取られてしまえば、三十三がその穴を埋めるべく術式を編み上げた。
一度倒れた仲間と前衛を交代しながら彼らは我慢強く、攻撃を続けていく。まだ頂上までの道のりは遠い。
●いきはよいよいかえりはこわい
おもかる石のツジモリを倒し終え、登山を続ける覚者の目に150年前から四ツ辻で営業を営む仁志むら亭の店構えが映る。普段であれば休憩所として名を馳せているそこには老若男女、海外からの旅行客も含めたくさんの人々で賑わっているはずであるが人払いをしているため誰もいない。
「仁志むら亭って、ぜんざいが美味しいんだよね」
彩吹が冗談めかしていう。
「すっげー! 景色すげえ! 京都がみえる! 紫色だけど! あれなんだ? わかった! 阪神高速京都線だ!」
振り返った遥が西側にみえる阪神高速道路を見つけはしゃぐ。じっくりと攻略している彼らの目に映る京都の夜景は近代的であるがどこかノスタルジックさが見える。あの星のような光のその下に、人々は日々を過ごしているのだ。
「そうだよ、この京都を――いや、日本を俺たちが守るんだ」
奏空がその雄大な光景を飲み込むように誓い、足を進める。
実際時間としては夜ではあるがこの稲荷山の異界内はぼう、と紫に光り、明るさとしては問題ない状況になっている。これもキュウビの取り計らいだろうと大和は心の中で礼を言う。こんな小さな気遣いがうれしかった。
だからこそ、キュウビを辻森綾香の封印のために縛り付けるのは嫌だと思う。
仁志むら亭前につけばツジモリたちがまるで休憩をしているかのように備え付けられた椅子に据わって彼らを待っていた。
「シュールな光景ですね」
「とはいえ、待っててくれたのなら都合がいいさ。僕たちも休憩したいところだけれど、まずは片付けてからだね」
燐花のつぶやきに恭司が不器用なウインクをして答えた。
彼らは武器を構える。前回と同じように命数を捧げツジモリに向かい合う。ここまでに膝をついたものは大凡4割。
損耗率(キルレシオ)は上々というほどには良くはない。
油断をしたわけではないが、【錯乱】がどうにも厄介なのだ。彼女らは回復手を狙い錯乱させてくる。自力回復も多少はできるとはいえ、運が悪いときはそれで一手無駄になる。そのせいで回復が一瞬遅れることがしばしばあったのが原因だ。
錯乱状態でツジモリに攻撃が飛べばいいのだが、どうしても味方にも被害は及ぶ。
彼らはより一層錯乱状況には気を回す結果になり、回復に慎重になることで、術式攻撃ができるものが回復に回っていくことで、攻撃の足並みが遅れていく。
前衛の物理攻撃での範囲攻撃はダメージが大凡1/4にまで減退している。故に前衛は並んでいる敵が多かったとしても単体攻撃で対応せざるを得ないのだ。
中後衛から遠距離攻撃手である恭司たちは半減するとはいえ、列に並ぶツジモリに照準を合わせて何度も、何度も波状攻撃を仕掛けていく。どれくらいで終わるかわからなくてもやるしかない。
「頂上まで、あとどれくらいでしょうか?」
「10分ほどだと思います。勾配がここから一気に厳しくなるので、走ったとしてももう少しかかるかもしれません」
澄香の問いにたまきが答える。もしものときは一ノ峰まで一人ででも走っていくつもりではあったが距離が距離だ。それに一ノ峰で命数を捧げるには命数を捧げるものがそこにいる必要がある。彼らは全員均等に分けると決めた以上、全員で向かう必要がある。結局は一人で向かうことはできないのだ。
「割られたらそこで本体(つじもり)が現れて、アウトってわけだな。本当に厄介だ」
ゲイルが吐き捨てるように言った。
「焦らずに一戦一戦、回復しながらいくありませんわね」
確かに彼らは回復しながらじっくりとここまできた。天行中心の布陣であるからこそ填気が充実している。故に気力、ひいてはその回復された気力で体力回復もできる。
しかし、精神的な疲れや緊張は拭い去ることはできない。それほどまでに連戦というものは心を蝕んでいくのだ。
また一人、膝をつき命数を燃やす。
それでも、彼らは誰一人、誰一人として諦めようなんて思いを抱くものはいなかった。
●こわいながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ
そのあたりに転がっていた木の枝を杖にしながら、頂上へ向かって彼らは進む。たまきの胸に抱かれる銅鏡入りのバッグは今や傷だらけだ。かばってはいても激しい戦闘の余波はどうしても受けてしまう。
戦闘と登山の連続により、誰も言葉少なに体力を温存している。息が切れる。前述したとおり、怪我や気力は回復することができる。しかして単純に肉体の疲労や精神的な疲労は積み重なっていく。それは覚者であれ人間である以上は避けることができない。
彼らはいわゆるラスボスとの対戦がまだ残っている。口にこそしないがこの状況にうんざりとしているものもいるだろう。
「上ノ社神蹟視えてきました」
顎から汗をこぼしながらたまきがみなに伝える。
「あとすこしか……ここからが正念場ではあるのだが」
ゲイルがそれに答える。
「あとはよくわかんねえけど後ろに立つ少女を倒せば終わりだろ! しっかし疲れたなー」
「遥、疲れるにはまだ早いからね。あとそんなところでしゃがみこんだら余計疲れるよ」
最前列で杖にもたれしゃがみ込む遥に奏空が突っ込む。
「これで……綾香ちゃんを……」
より一層深刻な表情になった友人である澄香の背を、彩吹が撫でる。
「そんなに緊張しなくていいよ、私もついてるから」
「はい、ありがとう、彩吹ちゃん」
「やっと頂上みたいです」
燐花は自分より少し後ろを歩く恭司を振り返る。何度も腰を自分の拳で叩いてしんどそうにしている。本当に仕方ない人だ。
「やっとかい? おじさんはやっぱ登山は苦手だなぁ」
「ピヨ、特に怪しいものはないみたいだね」
守護使役のピヨを先行させていた秋人が頂上を見上げる。
(当時の教師が出来なかった事……それを今、成そうと思うよ。……俺の想いが君に届かなかったとしても)
「では、いきますわよ」
つばめが重い足を進める。
彼らは神蹟に銅鏡を供え、魂を捧げる。
おもかる石と四ツ辻で捧げた魂より多く捧げることもあって、皆顔が青ざめていく。
覚者としてのそのありよう、魂を捧げるという行動はそれほど軽いものではない。軽い吐き気と酩酊感に襲われた彼らはよろめく足を地に踏みしめ耐える。
「みんないい? 割るよ」
誰かがそういった。彼らは頷く。
ぱきり、と思いの外軽い音をたてて、銅鏡が割れた。
瞬間覚者たちの背筋が凍りつく。根源、原初からの恐怖。そういったものを感じたからだ。それは人間が人間でしかない以上どうしても感じてしまう恐れ、だ。
ふふ、と少女の笑い声。
ふふ、ふふふふふふ。
少女は笑う。開放の喜びに。
『鏡の中は窮屈だったわ。だというのに――』
割れた銅鏡の罅の奥の闇から白くて細い指が覗く。
『今度はお稲荷さんの結界? いいわ。あなた達を殺したら、ここからでることができるのでしょう?』
後ろに立つ少女、辻森綾香の封印は今解かれた。
覚者たちの打てる手段は、今や辻森綾香を討伐すること。その一点に絞られた、その瞬間だった。
もとより彼らの目的は討伐で変わらない。
ならばこの先できることをするだけだ。
ゆっくりと、罅のすきまから少女の昏い紅い瞳が視えた。
『うしろの、しょうめん――』
その言葉に反応し皆全力防御の構えを取る。蒼羽は急ぎゲイルをガードするために動く。
『だぁれ?』
少女は三十三の後ろに現れ、白い大きな裁ちバサミで彼の首を断ち切ろうとする。すんでで避けるがダメージは大きく体力を7割以上刈りとられた三十三は膝をつく。
「三十三!」
ゲイルが急いで回復を施す。
彼らが捧げた命数は最大値。これで、半減した火力だと思うとぞっとする。
「ほんとにこれで力を削いでいる、っていうのか?」
エネミースキャンで少女の体力をサーチした奏空は愕然とする。7割の体力だというのに底がみえないのだ。
それが大妖。人を捨てたバケモノ――。
「とにかく、ぶっこんでいこうぜ! 話はそれからだ!」
遥が笑みを深くする。勝てるかどうかはわからない。戦っても楽しい相手ではない。けれども、強いものと戦うというその一点が彼に火をつける。
『あら? あらあらあら? どうして殺せなかったのかしら? それに私の分身もいないわ。そう、忌々しい、稲荷の狐の仕業ね。本当に忌々しい、たかだか古妖風情が』
少女は確かに三十三を殺すつもりだった。しかして普段の力を十全につかえてはいない。
恭司がこの状況を記録しようとカメラを構える。
『あなたは、あなたは! またそんなことをして、裏サイトに晒すつもりなのね』
カメラを向けられたことに少女が激怒し、彼女を取り巻く赤黒いオーラが質量を持って恭司に襲いかかる。
「蘇我島さん!!」
少女の攻撃は執拗に、執拗に恭司を赤黒いオーラで締め上げていく。
こほり、と恭司が吐血する。
「蘇我島さんっ!!!」
燐花の声はいまや悲鳴と大差ない。オーラがカメラごと恭司の腕をさらに締め上げれば、ばきりと音を立てて恭司の腕が通常では曲がることのない方向に曲がる。
「グアアアアッ!」
カメラが恭司の手から落ちれば、執拗な程にオーラがハサミのような形に変形しカメラを突き刺し破壊していく。少女にとってカメラを向けられるということは自分をバカにするための素材を、晒すための素材を集める行動としか取れないのだ。それが人であったころの彼女に刻まれたトラウマ。
それが彼女がここにいた記憶を残そう、という優しい意図であったとしても彼女には伝わることはない。
「離して! 蘇我島さんを離して!!」
燐花が涙目で少女を両の刀で激鱗で必死にオーラを切り裂く。いちど、にど、そのたびに体力は削られるがそれどころではない。
たまきと秋人がアイコンタクトし、術式を攻撃から回復にする。
こほり。締め付けられた恭司がまた大量の血を吐き、命を燃やす。
奏空とつばめ、遥と澄香もまた恭司を救おうと波状攻撃をしかけていく。
『邪魔、邪魔な人間! ほんとうに! 人間なんて! 殺してやる! 死んでしまえ!』
ぶん、と音をたて少女は恭司を投げ捨てた。
「蘇我島さんっ!」
燐花は恭司を追いかける。
「どうにも地雷をふんじゃったみたいだね。悪いね、あとは燐ちゃん、任せたよ。――勝ってね」
ボロボロになった恭司はそう言って気を失った。命には別状はないだろうが彼はこれ以上の戦いは無理だろう。燐花は彼を一度だけ強く抱きしめると、岩場の影に寝かせ戦場に向かう。
お願いされたから。勝ってといわれたから。彼女は戦う。こんな逆境に負けたりはしない。
「大妖「後ろに立つ少女」… ううん、「辻森綾香」と呼んだ方がいいのかな」
彩吹がこちらの方が後ろに立ってやると言わんばかりに回り込みながら鋭刃脚を何度も繰り出す。
『その名前は捨てたわ。人であったころの名前なんて邪魔なだけ』
「貴方が覚醒したのは偶然かカミサマの企みかどちらだろうね」
『どちらでもかまわないわ。私はたくさんのひとを殺せるちからをえたわ。大嫌いなムカつくあいつらを殺せるちからをね』
「貴女が破綻したことは 別に貴女のせいじゃない。当時に今のFIVEがそこにあり 夢見のような人がいたら……大妖の貴女を見逃すことはできないし 倒すという意志は全く変わらないけども――」
彩吹の言葉は半分は彼女の気を引くため。自分が気を引くことで仲間が攻撃しやすいように導くために。
「もう少し違った現在にできたのかなと 残念には思うんだよ辻森さん」
しかしてもう半分はそれは紛れもなく彩吹の本音。本音とともに蹴撃を繰り出す。
『だけど、そうはならなかった。私はね、別にこうなったことを悲しんでいないのよ? 可愛そうだなんて思われるのは心外よ』
彩吹に少女がハサミの先を向けた瞬間、彩吹は足を踏みしめ大地の力を吸い上げ八卦に構える。
ギィンと嫌な音をたて阻まれた分のダメージが三割少女本人に戻る。
その僅かな隙をのがすまいと遥とつばめが左右から連撃をしかける。
(皮肉にも程がある。人として苦しんでいた彼女は大妖になることで、むしろ苦しみから解き放たれたわけだ)
少女の言葉から導き出された事実は少年にとって理解し難く、そして悲しいことに思えた。
(だけど、だからこそ、大妖という状態からは解き放つ!)
「帰命したてまつる。あまねき諸仏に。インドラ神よ! ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ!」
その思いを胸に奏空は帝釈天の真言を高らかに詠唱する。
自らに帝釈天を下ろすというその無理は30秒の後に恐るべき反動を齎すが躊躇している場合ではない。今こそが正念場だ。
「宿れ帝釈天! 雷帝顕現!!」
叫ぶ少年を紫電が包み込む。
「奏空、本気出しやがって! じゃあ、俺もまけてらんねえな!」
親友の勇姿に遥は刺激され、とっておきを出すタイミングだと悟る。彼が達人の戦闘術を開放するキートリガーは命数復活をしたときだったが、彼は事前の戦いで既に一度膝をついている。故に使うタイミングをはかりかねていたが、親友だけにかっこいいところを持っていかれるのは少し面白くない。故に実に少年らしい意地でそのキートリガーを今、ひくことにしたのだ。
『あなた達も私を『いじめる』のかしら? ふふ、ふふふ ねえ、『先生』どうだとおもう?』
言いながら、少女は自分を中心に冷たいオーラを広げていく。凍えそうな程に冷たい悪意。
その悪意はこの場にいる覚者たちをすべて包み込む。
その次の瞬間、凍てつく空気が彼らを襲う。かまいたちのようなその冷たいオーラは彼らの肌を傷つけるが血液は流れない。血液事態が流れる前に凍結しているからだ。
数人が足元まで凍りつきその動きを強く縛められた。
「どっちがいじめてるんだってつーの!」
なんとか自力で氷を振りほどいた遥が戦闘の達人としての術で自らを強化する。
「虐めに寄る自殺での覚醒と同時の破綻……そりゃ、教師として思う所もあるよ」
だけれども、これは悪いことをする生徒への指導だ。
空気中に組み上げた水の元素を秋人が練り上げ少女にぶつける。
澄香は再生を使い、奏空を氷の呪縛から開放する。まだ数人凍ったままで動けないものはいる。彩吹は反射こそ叶ったが、状態異常は受けてしまう。ゲイルは回復から演舞・舞音に切り替えるが全員を凍結から解除することはできない。
たまきは回復に手を取られる。なにせ一撃のダメージが単体であれ全体であれ大きすぎるのだ。どうしても毎ターン誰かは回復に手を割かないといけなくなる。既に命数復活という切り札を使っているものは半数以上。既にもう後がないのだ。
「辻森ィイイ!!」
MISORAを構え、奏空が少女に飛び込んでいく。少女の周りのオーラが彼を切り裂くがそんなことは関係ない。
今まで何度も、何度も使ってきた自らの速度を火力に変えるその一撃で切り裂く。紫電を纏ったその斬撃はいつもより深く敵に食い込む。
反対方向からは無言で燐花が同じ技を繰り出す。逸る気持ちは抑える。冷静に、冷静に確実な一撃を。
『ねえ、諦めていいのよ。しょせん人が大妖(わたし)をいじめるなんて無理だもの』
その言葉は甘い甘い誘惑。奏空はエネミースキャンを続けているものの体力の底を感じることは未だできない。もともとエネミースキャンは明確な数字として敵の能力を知る技能ではない。おおまかにだいたいでしか感じることはできないが、それでもまだ手応えを感じるほどに体力が減っているようには視えない。もちろんダメージは与えているはずだ。そのはずなのに。
じわりじわりと彼らに絶望という名前の毒が染み渡っていく。ゆっくりとゆっくりと、気づかないうちに心に蝕んでいく。
『諦めるのなら、そうね。あなた達だけは殺さずにいてあげる。痛い目はみてもらうけど』
ころころと楽しそうに少女は嗤いながら、また冷たいオーラを広げていく。
ダメージと行動不能。そのたびに回復手は対応せざるを得ない。何度こんな不毛なやり取りがつづくのだろう。
「あきらめない! あきらめない! 左輔や子狐たちはずっとずっと私達のためにがんばってくれたんだ! その頑張りを無駄にはできない! 全力を尽くすよ」
彩吹が痛む体を無視して、無理やり歩けば地面に凍りついた靴が離れ足裏の皮膚が剥がれる。脳を襲う致命的な痛み。そんな痛みはどうでもいい。
左輔が少女を封じ込めるための努力に比べれば大したことはないはずだ。
彩吹にはもう八卦の守りはなくなっている。自分を守るものはない。だけれども。自分の一矢が仲間につなげる一矢になればと、足をあげる。
今まで何度つかってきたかわからない鋭利な蹴撃を少女に向ける。彩吹の気合と鮮血と共にその一撃は少女の真芯を捉える。少女の眉が少しだけ顰められた。
「あとは頼んだからね……」
言って彩吹は倒れた。彼らはそんな彩吹をかばうように後ろに移動させる。蒼羽は息を飲むが命に別状はないと判断しほっとする。
彼女が報いた一矢を無駄にしないため強化された遥と奏空が同時に仕掛ける。二つの稲妻は絡み合うようにジグザグに少女に向かって走り寄り、まるで打ち合わせていたかのように同じ場所を狙う。
最速のわざと最高に極めたそのわざは少女を捉える。二人は目を合わせるとその場からすぐに離れる。彼らは打ち合わせてなどいない。お互い最善をつくす事で結果行動が重なったのだ。
『なかよし、ってわけ? 忌々しい、忌々しい、忌々しい!!』
しかして彼らが最高のパフォーマンスで動くことのできる時間は残り少ない。遥はあと20秒、奏空に至ってはあと10秒しか残されてはいないのだ。
『大嫌い大嫌い大嫌い。うしろの――』
その言葉に蒼羽はゲイルを庇う。直感だった。回復手に焦れた少女が次に狙うのはゲイルだと。
『しょうめんだぁれ』
大鋏がゲイルを庇う蒼羽を切り裂き、大量の鮮血が宙を舞う。
「くっ…!」
わかってはいたことだが自分を守って誰かが倒れることがゲイルには辛い。それでもゲイルは冷静に八卦の構えをとる。
少女の狙いが今自分だと気づいたからだ。だったらそれでいい。その間自分に攻撃を集中させることができるのだから。ゲイルは味方に笑みを浮かべる。このチャンスは大きいぞ、と。
かくいうゲイルとて回復手ではあるが戦えないわけではないのだ。
少女を3ターン引き付け耐えるそして武を求めた鬼の技で反撃する。それが彼のプランだ。
まだ立っている仲間が、ゲイルに引きつけられている少女に攻撃を集中させる。とんでもなく痛い。むしろ笑ってしまうほどに痛いその攻撃を仲間の回復と構えによる回復で耐える。
奏空と遥が崩れ落ち肩で息をしているのが霞む目に映る。あのタイミングで攻撃されればひとたまりもないだろう。俺が時間をかせぐ。だから立ち上がってくれ!
少女が自分を攻撃する余波で翔が倒れた。すまん、巻き込んでしまったな。
つばめが心配そうにフォローしてくれたが、そっちもすまん。俺はここまでだ。あとは頼む。
そしてきたる、その瞬間(さんじゅうびょうご)。
ゲイルはそっと少女の腹部に触れる。
今回の為に力を貸してくれている九尾左輔に宿りし一尾。破軍の名を冠するこの武技に俺の全てを賭ける。正直ちゃんと出せるかどうかも危うい。目も霞むし吐き気がおさまらない。何より指先が震えている。
「三歩破軍」
それが言葉になっていたかも怪しい。触れたその部分に最後の力を注ぎ込んだ瞬間眼の前が暗転した。
状況は最悪と言ってもいい。なんとか遥と奏空は持ち直したが、現状立っているものは、遥、奏空、つばめ、澄香、燐花、たまき、秋人の7人。遥は大填気に手をとられている。奏空、燐花にはもう激鱗を使う余裕などはない。たまきと秋人は回復に手を取られるばかりで、彼らは既に全員命数復活のベットはすでに終えている。いわゆるジリ貧の状態だ。
対して少女の体力は未だに底はみえない。今やそれがエネミースキャンへの欺瞞であったのか、本当にそうなのかはわからない。
彼らは満身創痍で肩で息をしながら少女に相対している。
通常であれば半数の戦闘不能など撤退するべき分水嶺だ。しかし彼らは撤退条件を条件づけてはいなかった。死すら覚悟をしているのだろう。退くつもりなど微塵もない。
ふらつく足で彼らは戦う。勝てるかどうかなどわからない。
あの懐かしい京都の街に戻れるかどうかもわからない。しかし彼らが負けてしまえば帰るその場所すらなくなるのだろう。
『うしろのしょうめん』
何度聞いたかわからないその言葉に澄香は棘散舞の種に魂を注ぎ込む。少女の声は自分の耳元で聞こえた。
『だぁれ』
澄香の胸が切り裂かれ鮮血が周囲に舞いちった。しかし、澄香はその痛みに耐え、小さな種を少女にぐっと押し付ける。
魂の奇跡を得て増大したその種は、強い光を発し、その光はやがて実体化すると少女を縛り上げる。それはいうなれば魂で編み上げた鎖。
『なに? これは』
覚醒する前か後かの違いはあっても同じようにいじめられていた澄香の記憶が光の鎖を通じて、少女に伝わっていく。
『あなたもいじめられていたのね、だったら、どうして憎まないの?』
「わたしも、もしかしたら貴女のようにだれかを憎んで同じ道をたどったかもしれません。けれど私にはあの人がいました」
『それは自慢ね、忌々しい。私にはそんな相手いなかった』
「いいえ、いいえ、違います。私はあの事件を知っていた。けれど貴女の元に駆けつけてあげれなかったことが悔しいです」
『口でならいくらでもいえるわ』
「だから、いまからでも」
こほり、と澄香の口から血が流れる。目が霞んでくる。でもここでたおれるわけにはいかない。絶対にそれだけはできない。
「アレが貴女を見つける前に見つけてあげたかった
私が友達になってあげれば、友達がいる幸せを教えてあげれたのに。って貴女のことを知ってからずっと思っていました」
『はぁ? その上から目線なんなの? ヒト風情が』
「だから、私の魂のかけらを永遠に貴女に差し上げます。貴女の人間としての心を守るために」
『私にはもうヒト風情の心なんてないわ!』
少女は否定するが光の鎖は解けることはない。
「待ってますから」
『はぁ?』
「貴方が生まれ変わって出会えることを。輪廻のどこかで出会えることを」
『意味がわからないわ』
「私の魂の欠片を貴方の魂に定着させます。そして私は貴方をみつけだしてみせる。今世で叶わなくても、来世でも」
『なんなの? あなたなんなの? わからないわからない』
そして私とお友達に、その言葉を口にする前に澄香は意識を失った。その瞳からはホロリと宝石がこぼれ落ちる。
泣かないときめていたけど、それは我慢強いはずの澄香にとっても無理だったのだ。
少女は困惑する。澄香の頬からこぼれた涙の温かさに。そして確かに胸に宿る温かいものに。人であったころには手にすることのできなかった優しくて温かいものに。
「天野さんの残してくれたちゃんすを無駄にはできませんわ」
つばめが双刀・鬼丸を構える。満身創痍の少女は魂を愛刀に満たしていく。桜色のその輝きは刀からそして彼女本人に満ちていく。
かつん。
下駄の音をたて一歩前に進む。
かつん。
もう一歩。彼女の足跡をたどるように季節外れの桜の花が舞い上がる。
『あなたたち、なんなの? その力は。アレだってそんなことできない』
かつん。
舞うは桜の花吹雪。つまみ細工の白椿の花びらがひとつひとつと散っていく。それは彼女の魂が削られていくメタファーなのだろうか?
そのたびに彼女に力が満ちていく。
琥珀の目が桜色に変わる。
「さあ、おわりにしましょう。これがけじめです」
桜色の鬼が対の刀を振り上げて、下ろす。
それは活殺の一撃。
その攻撃をうければ起き上がるものはいないといわれる必殺の剣。その最終型。
『あぁああぁああ……』
あっけなく。本当にあっけなく少女の姿が足元から桜の花びらに溶けていく。
つばめはその桃色の花弁に手を伸ばす。
死霊さん、けじめはつけれました。だからいつでもあなたは私の前にきてくれてもいいんですよ。そう、心に思い描いて、つばめもまた意識をうしなった。
そして訪れる静寂。紫色のモヤがゆっくりときえていく。異界化が解かれたのだ。
現実世界に戻った稲荷山は夜闇につつまれていた。
しかして、次の瞬間には向かいの山の向こうが朝焼けに染まり、ゆっくりと朝日が登っていくのが視えた。
「終わった」
誰かがそういった。たまきはあわてて倒れている仲間を介抱する。もちろん自分だって気を抜けば倒れてしまう程に限界だ。
だけれども今この場に立っているのだから。バッグから携帯を取り出し119番をプッシュする。
一刻も早く救急車をこの場所に呼ばなくてはならない。そして救急車が侵入できる場所まで彼らを移動しなくてはならない。
まだ正念場は続く。でもたまきはそれが嬉しかった。
だってその忙しさは生きている証なのだから。たまきはまだ立っているものに指示をだして移動をはじめる。
登山というものは実は登ることより降りることのほうがしんどいのだけれども。
「みなさん、まだまだ終わっていませんからね」
自分をも鼓舞するために、いつもよりも、意識して、はっきりと言葉にした。
後ろにたつ少女は消滅した。
それが今後の大妖の動きを大きく変えることになるだろう。
彼らの戦いはより一層激しくなっていくのは間違いない。それでも彼らがその心を萎えさせることはないだろう。
絶望という毒に彼らが蝕まれることはないのだから――。
ぱきり、と思いの外軽い音をたてて、銅鏡が割れた。
瞬間覚者たちの背筋が凍る。根源、原初からの恐怖。そういったものを感じたからだ。それは人間が人間でしかない以上どうしても感じてしまう恐れ、だ。
ふふ、と少女の笑い声。
ふふ、ふふふふふふ。
少女は笑う。開放の喜びに。
『鏡の中は窮屈だったわ。だというのに――』
割れた銅鏡の罅の奥の闇から白くて細い指が覗く。
『今度はお稲荷さんの結界? いいわ。あなた達を殺したら、ここからでることができるのでしょう?』
後ろに立つ少女、辻森綾香の封印は今解かれた。
覚者たちの打てる手段は、今や辻森綾香を討伐すること。その一点に絞られた、その瞬間だった。
●とおりゃんせ、とおりゃんせ。
覚者たちは異界化した伏見稲荷の朱の鳥居を見上げた。
伏見稲荷の千本鳥居――。崇敬者が伏見稲荷の宇迦之御魂に祈りと感謝の念を命婦社参道に鳥居の奉納をもって表すその信仰は江戸の時代から連綿と受け継がれ、今なおその本数を増やし今では1万本を超えるという。
思いと祈りが朽ち落ちれば新しい鳥居が建造され、人の思いは受け継がれていく。千本鳥居は伏見稲荷の信仰が目に見える形として残っていると言っても過言ではないだろう。
前方を見通せば夕暮れに染まる参道を延々と朱と黒の鳥居がどこまでも続いているように思える。これが稲荷山の異界に続くトンネルである。
もし、普通に参拝していたとしても、先の見えないその連なる鳥居が導く先は異界のようにも見えるだろう。それほどに神秘的な光景である。
「今封印したとしてもいずれは倒さなければならない。そしてそれが為せるものがいつ現れるかわからない」
彼ら覚者の決めた方針は後ろに立つ少女の討伐である。
視えぬその先を見つめ『白銀の嚆矢』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、だから後に残さずここでケリをつける必要がある。なんともハズレくじだなと呟いた。
「それでも、大妖と呼ばれる存在が元は人間だったとしてもこれ以上の悲劇は容認できない。カミサマがどうのなんて知ったことか。ここで決着をつける」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は静かに闘志を高めていく。
「いよいよ辻森さんとの決戦です。これで最後にしなければ、ですね。
ところで、この鳥居を駆け上がるのって大変そうです」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は鳥居参道を見上げたあと『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)に目を向ける。
「なんだい? 燐ちゃん。僕はそこまでおじさんじゃない……といいたいどころだけど今年は厄年だったかな。前厄? 後厄だったかも? まあいいか。覚醒してるから問題ないとは言え、普段の僕には辛い道のりだね」
水をむけられた恭司はため息をつきながら答えた。燐花はついと目を逸らすと、あとで彼の体をマッサージしなければと思う。フィールドワークに出た彼は帰ってくるとほぼ必ず筋肉痛を訴えるのだ。そのマッサージは自分の仕事だ。そうにきまってる。
しかしその仕事も生きて帰ってくることが大前提だ。
「いじめにあってこのようになってしまった辻森さん……もし私が同じようないじめや孤独感に苛まれていたとしたら――」
それはありえたかもしれないIF。しかし『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)はそうはならなかった。たったそれだけの違いだ。
一般人からみた覚醒者に対する忌避や恐怖。自らと違うものを拒絶し、迫害することは己を守る人間の本能である。仮想敵を設定することで人同士でつながることができると思いこむ、その人としての弱さがいじめという悪魔を作りあげてきた。それは遥か昔から存在し、今なお無くなることはないだろう。
だからこそたまきは思うのだ。辻森綾香と言う存在がそのいじめという悪魔、そのすべてを引き受けているのではないかと。
たまきの胸元にしっかりと結びつけたバッグの中には銅鏡。頂上につくまで守りきらなければならないその重さがよりいっそう大きく感じる。
そんなたまきの手を温かい手が握る。目を向ければ『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の姿。
「俺はね。辻森綾香がこうなってしまったことを責めることはできない」
小さな視えない人間の悪意が彼女を追い詰め、彼女自身を本当の悪魔にしてしまった。
「けれど、彼女はもう人間の脅威。――敵となったんだ」
少年は前を見つめてつぶやく。それはたまきだけに言っているのではないことはわかる。自分自身に言っているのだ。少しだけ握られた手が震えている。武者震いなのか、それとも――。
「はい」
たまきは短く答えて強く、強くその手を握った。
「当時の教師が気付けなかった事も悔やまれるけど、君を最初に心配して一番先に駆け付けてくれた男性教師の事は、信じてあげて欲しかった……とも思うよ……」
『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)の思うそれは今となっては感傷でしかない「たられば」。時間は不可逆だ。過去にどれだけ可能性があったとしてもそれは二度と試行錯誤することすらできない過ぎ去った時間への後悔でしかない。
だから、彼女は未だに過去に囚われているのかなと思う。その囚われた鎖を解く方法は、もはや討伐しかないのだろう。
ならば――。
君を討伐する事で俺はその鎖を断つ。そして、君を解放出来たなら……。
『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は銅鏡が入っているたまきのバッグを見つめる。
(できれば、ここできちんと決着を。これから先の世の中の為にも、彼女自身の為にも……討伐を)
悲壮的なその瞳の奥には覚悟が宿っている。それは『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)もまた同じ。縮緬細工の白椿のリボンが揺れる。
破綻前の不幸は同情できる。そう思うのはきっとつばめだけではないだろう。しかして破綻した後、学校すべての人々をただ思いつきで殺して、AAAを殺して、警察官を殺して、そしてこの日本で四半世紀と少し前に発現した、覚者(アラタナルモノ)という存在にたいしての恐怖を植え付けたことは到底許せることではない。
それに――。太刀花死霊(ともだち)を自身と同じものにしようとしたその行動がなによりも許せなかった。
辻森綾香の討伐はつばめにとっては死霊にたいする「けじめ」なのだ。
故に彼女はなさねばならない。それがまたどこかで出会えるかもしれない、死霊への手向けなのだから。彼女と『こいばな』をするためには超えなければいけない山場なのだ。それがたとえ――を捧げることになるとしても。
「んー、夕方だから照明いると思ったけど中は明るいみたいだぜ!」
だれよりも早く異界への道に飛び込んだのは『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)だ。最前列を任された彼の心は揺るがない。
遥とて辻森綾香には同情はする。気の毒だったとおもう。しかし彼女は大妖という悪い『現象』になってしまった。だから倒す。
鹿ノ島遥という少年の強さはそのシンプルな割り切りだ。正しいことと悪いこと、生きることと死ぬこと。すべてそれは表裏一体でそして、どちらも自分に存在している。それがどちらかに傾くかどうか。それだけの話なのだ。
「ちょっと、遥! 足並みあわせろって」
「っていうかお前らが遅いんだって! うわ! キタ! ツジモリきた!」
遥と奏空のやりとりにみなが顔を見合わせ笑う。状況は難しい。そんなことはわかっている。だからこそ自然体であることが重要なのだと思う。
遥の悲鳴に彼ら12人の覚者たちは苦笑して千本鳥居をくぐる。進む先は地獄か煉獄か――それとも。
●ここはおくのほそみちじゃ。ちょっととおしてくだしゃんせ
覚者たちははみな覚醒し戦闘態勢をとる。
鏡を持つたまきを中軸とした前後七段の布陣である。思ったよりの参道の狭さに辟易するがしかたない。
既に遥は交戦し、動きにくそうに蹴りを繰り出すそのとなりにつばめが飛び込んでいく。
二段目、三段目の 澄香と奏空、成瀬 翔(CL2000063)、恭司が術式を展開する。
四段目では彩吹がたまきをガードするために側につく。
「後ろからも。早速の歓迎だな」
最後列であるゲイルが如月・蒼羽(CL2001575)とアイコンタクトをとりながらぼやく。
「そりゃ、ツジモリの狙いは僕たちにあるからね」
六段目で構える秋人が答えれば、その隣で燐花が両方手に持つ小刀を構え頷いた。
五段目では篁・三十三(CL2001480)と環 大和(CL2000477) が状況を吟味しながら術式を練り上げる。
ふうわり、ふうわりと。
ツジモリは鳥居と鳥居の隙間から湧き出して覚者たちが頂上に向かうのを妨害してくる。
手を伸ばし、たまきのバッグの中の銅鏡を奪おうと衝撃破をあちらこちらに飛ばす。
彼らは的確に防御を固め、攻撃を仕掛けていく。試しに列攻撃で応戦するが明らかにいつもよりダメージは走らない。
ツジモリに押され下がれば踵が硬い鳥居に当たる。
鳥居と鳥居の隙間はそれほど広くないとは言え油断をすれば押し出されてしまう可能性はある以上、彼らは足を強く踏みしめた。
今ここで一人でも脱落者をだすわけにはいかないのだ。
ゲイルは閃光手榴弾をツジモリに向かって投げつけるが進行方向上前衛の向こうにいるツジモリは効果範囲に入らず、範囲内のツジモリにも効果が薄いと感じる。
つばめも疾風双斬で対応するが心霊系のツジモリには効果が薄くなおかつダメージが半減するのでほぼダメージを入れることができなかった。
「やっぱり、地道に単体で倒していくしかないね」
奏空の言葉に彼らは頷き、単体攻撃に切り替えていく。
状況は始まったばかりだ。しかし、思うがままに戦えないことは彼らの心に強いストレスを植え付ける。
とにかく前に進みながら戦闘をしていくしかない限定された状況に心は焦れる一方だった。
たまきを狙うツジモリの列攻撃を彩吹がその身を呈してかばう。蒼羽が心配そうに妹を振り返るが、彩吹は大丈夫と不敵な笑顔を見せた。
妹をこの状況から守るには自らが一体でも早くツジモリを倒し終えることだ。蒼羽は天に腕を伸ばし星を降らせる。何度でも。
●ごようのないものとおしゃせぬ
なんとか千本鳥居のツジモリをすべて撃破した彼らは千本鳥居の参道を抜け、やがておもかる石のに到達する。ツジモリを倒しきった後に、回復はして万全の状態にはしてはいるが油断はせずに14人は命数を捧げた。少量ずつの命数がおもかる石に吸い込まれていく。
おもかる石に込められた願いが後押ししてくれるように思えたのは気のせいだろうか。
それが機になったのかどうなのか。一気にツジモリが現れ彼らを取り囲んだ。
彼らとてそれは予測済みだ。たまきを中心に石垣に身を寄せ背後をとられることのない布陣に切り替えた。
ガード役を彩吹からつばめに後退したまきを守る。
「あいつが一番体力が低い」
そんな奏空からの解析結果に澄香は錯乱した仲間を再生で解除しながらわかりましたと返事をする。
指示に従い、遥は握りしめた拳を真っ直ぐに突き出した。威力はずいぶんと削られているとはいえ、拳筋に澱みはない。効果がなければその分回数を重ねればいいだけだ。
燐花は高速の二連撃を繰り出し、恭司にアイコンタクトをとれば彼は前に進んでくるツジモリをたまきに近づかせまいとブロックしているところだった。次はあれを倒さなければ、と燐花は次のターゲットを確認する。
ツジモリたちは半数が【錯乱】を狙い半数が守る前衛たちを連続攻撃で列攻撃をしてくる戦法に切り替えてきた。
初回の戦いはただ単純な攻撃ばかりであったが、それだけでは潤沢な回復をもつ彼らに対抗できないと学習し、回復手を狙うようになってきた。自然治癒力を向上させているとはいえ、純粋な運の要素は彼らを苛む。
錯乱した仲間を回復すれば一手回復が遅れる。回復が遅れた状態で攻撃を担当するツジモリたちが波状攻撃をかけてくる。その攻撃の勢いに膝をついたものも居たが命数を燃やしもう一度立ち上がる。
翔は誰かが膝をつくたびに心がじれていく。もちろんたまきが倒れれば銅鏡を受け取るつもりはある。しかしそんな状況にはさせまいと気力を失っていく仲間に大填気で気力補充していく。
「回復、援護するよ」
ゲイルの手番が演舞・舞音に取られてしまえば、三十三がその穴を埋めるべく術式を編み上げた。
一度倒れた仲間と前衛を交代しながら彼らは我慢強く、攻撃を続けていく。まだ頂上までの道のりは遠い。
●いきはよいよいかえりはこわい
おもかる石のツジモリを倒し終え、登山を続ける覚者の目に150年前から四ツ辻で営業を営む仁志むら亭の店構えが映る。普段であれば休憩所として名を馳せているそこには老若男女、海外からの旅行客も含めたくさんの人々で賑わっているはずであるが人払いをしているため誰もいない。
「仁志むら亭って、ぜんざいが美味しいんだよね」
彩吹が冗談めかしていう。
「すっげー! 景色すげえ! 京都がみえる! 紫色だけど! あれなんだ? わかった! 阪神高速京都線だ!」
振り返った遥が西側にみえる阪神高速道路を見つけはしゃぐ。じっくりと攻略している彼らの目に映る京都の夜景は近代的であるがどこかノスタルジックさが見える。あの星のような光のその下に、人々は日々を過ごしているのだ。
「そうだよ、この京都を――いや、日本を俺たちが守るんだ」
奏空がその雄大な光景を飲み込むように誓い、足を進める。
実際時間としては夜ではあるがこの稲荷山の異界内はぼう、と紫に光り、明るさとしては問題ない状況になっている。これもキュウビの取り計らいだろうと大和は心の中で礼を言う。こんな小さな気遣いがうれしかった。
だからこそ、キュウビを辻森綾香の封印のために縛り付けるのは嫌だと思う。
仁志むら亭前につけばツジモリたちがまるで休憩をしているかのように備え付けられた椅子に据わって彼らを待っていた。
「シュールな光景ですね」
「とはいえ、待っててくれたのなら都合がいいさ。僕たちも休憩したいところだけれど、まずは片付けてからだね」
燐花のつぶやきに恭司が不器用なウインクをして答えた。
彼らは武器を構える。前回と同じように命数を捧げツジモリに向かい合う。ここまでに膝をついたものは大凡4割。
損耗率(キルレシオ)は上々というほどには良くはない。
油断をしたわけではないが、【錯乱】がどうにも厄介なのだ。彼女らは回復手を狙い錯乱させてくる。自力回復も多少はできるとはいえ、運が悪いときはそれで一手無駄になる。そのせいで回復が一瞬遅れることがしばしばあったのが原因だ。
錯乱状態でツジモリに攻撃が飛べばいいのだが、どうしても味方にも被害は及ぶ。
彼らはより一層錯乱状況には気を回す結果になり、回復に慎重になることで、術式攻撃ができるものが回復に回っていくことで、攻撃の足並みが遅れていく。
前衛の物理攻撃での範囲攻撃はダメージが大凡1/4にまで減退している。故に前衛は並んでいる敵が多かったとしても単体攻撃で対応せざるを得ないのだ。
中後衛から遠距離攻撃手である恭司たちは半減するとはいえ、列に並ぶツジモリに照準を合わせて何度も、何度も波状攻撃を仕掛けていく。どれくらいで終わるかわからなくてもやるしかない。
「頂上まで、あとどれくらいでしょうか?」
「10分ほどだと思います。勾配がここから一気に厳しくなるので、走ったとしてももう少しかかるかもしれません」
澄香の問いにたまきが答える。もしものときは一ノ峰まで一人ででも走っていくつもりではあったが距離が距離だ。それに一ノ峰で命数を捧げるには命数を捧げるものがそこにいる必要がある。彼らは全員均等に分けると決めた以上、全員で向かう必要がある。結局は一人で向かうことはできないのだ。
「割られたらそこで本体(つじもり)が現れて、アウトってわけだな。本当に厄介だ」
ゲイルが吐き捨てるように言った。
「焦らずに一戦一戦、回復しながらいくありませんわね」
確かに彼らは回復しながらじっくりとここまできた。天行中心の布陣であるからこそ填気が充実している。故に気力、ひいてはその回復された気力で体力回復もできる。
しかし、精神的な疲れや緊張は拭い去ることはできない。それほどまでに連戦というものは心を蝕んでいくのだ。
また一人、膝をつき命数を燃やす。
それでも、彼らは誰一人、誰一人として諦めようなんて思いを抱くものはいなかった。
●こわいながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ
そのあたりに転がっていた木の枝を杖にしながら、頂上へ向かって彼らは進む。たまきの胸に抱かれる銅鏡入りのバッグは今や傷だらけだ。かばってはいても激しい戦闘の余波はどうしても受けてしまう。
戦闘と登山の連続により、誰も言葉少なに体力を温存している。息が切れる。前述したとおり、怪我や気力は回復することができる。しかして単純に肉体の疲労や精神的な疲労は積み重なっていく。それは覚者であれ人間である以上は避けることができない。
彼らはいわゆるラスボスとの対戦がまだ残っている。口にこそしないがこの状況にうんざりとしているものもいるだろう。
「上ノ社神蹟視えてきました」
顎から汗をこぼしながらたまきがみなに伝える。
「あとすこしか……ここからが正念場ではあるのだが」
ゲイルがそれに答える。
「あとはよくわかんねえけど後ろに立つ少女を倒せば終わりだろ! しっかし疲れたなー」
「遥、疲れるにはまだ早いからね。あとそんなところでしゃがみこんだら余計疲れるよ」
最前列で杖にもたれしゃがみ込む遥に奏空が突っ込む。
「これで……綾香ちゃんを……」
より一層深刻な表情になった友人である澄香の背を、彩吹が撫でる。
「そんなに緊張しなくていいよ、私もついてるから」
「はい、ありがとう、彩吹ちゃん」
「やっと頂上みたいです」
燐花は自分より少し後ろを歩く恭司を振り返る。何度も腰を自分の拳で叩いてしんどそうにしている。本当に仕方ない人だ。
「やっとかい? おじさんはやっぱ登山は苦手だなぁ」
「ピヨ、特に怪しいものはないみたいだね」
守護使役のピヨを先行させていた秋人が頂上を見上げる。
(当時の教師が出来なかった事……それを今、成そうと思うよ。……俺の想いが君に届かなかったとしても)
「では、いきますわよ」
つばめが重い足を進める。
彼らは神蹟に銅鏡を供え、魂を捧げる。
おもかる石と四ツ辻で捧げた魂より多く捧げることもあって、皆顔が青ざめていく。
覚者としてのそのありよう、魂を捧げるという行動はそれほど軽いものではない。軽い吐き気と酩酊感に襲われた彼らはよろめく足を地に踏みしめ耐える。
「みんないい? 割るよ」
誰かがそういった。彼らは頷く。
ぱきり、と思いの外軽い音をたてて、銅鏡が割れた。
瞬間覚者たちの背筋が凍りつく。根源、原初からの恐怖。そういったものを感じたからだ。それは人間が人間でしかない以上どうしても感じてしまう恐れ、だ。
ふふ、と少女の笑い声。
ふふ、ふふふふふふ。
少女は笑う。開放の喜びに。
『鏡の中は窮屈だったわ。だというのに――』
割れた銅鏡の罅の奥の闇から白くて細い指が覗く。
『今度はお稲荷さんの結界? いいわ。あなた達を殺したら、ここからでることができるのでしょう?』
後ろに立つ少女、辻森綾香の封印は今解かれた。
覚者たちの打てる手段は、今や辻森綾香を討伐すること。その一点に絞られた、その瞬間だった。
もとより彼らの目的は討伐で変わらない。
ならばこの先できることをするだけだ。
ゆっくりと、罅のすきまから少女の昏い紅い瞳が視えた。
『うしろの、しょうめん――』
その言葉に反応し皆全力防御の構えを取る。蒼羽は急ぎゲイルをガードするために動く。
『だぁれ?』
少女は三十三の後ろに現れ、白い大きな裁ちバサミで彼の首を断ち切ろうとする。すんでで避けるがダメージは大きく体力を7割以上刈りとられた三十三は膝をつく。
「三十三!」
ゲイルが急いで回復を施す。
彼らが捧げた命数は最大値。これで、半減した火力だと思うとぞっとする。
「ほんとにこれで力を削いでいる、っていうのか?」
エネミースキャンで少女の体力をサーチした奏空は愕然とする。7割の体力だというのに底がみえないのだ。
それが大妖。人を捨てたバケモノ――。
「とにかく、ぶっこんでいこうぜ! 話はそれからだ!」
遥が笑みを深くする。勝てるかどうかはわからない。戦っても楽しい相手ではない。けれども、強いものと戦うというその一点が彼に火をつける。
『あら? あらあらあら? どうして殺せなかったのかしら? それに私の分身もいないわ。そう、忌々しい、稲荷の狐の仕業ね。本当に忌々しい、たかだか古妖風情が』
少女は確かに三十三を殺すつもりだった。しかして普段の力を十全につかえてはいない。
恭司がこの状況を記録しようとカメラを構える。
『あなたは、あなたは! またそんなことをして、裏サイトに晒すつもりなのね』
カメラを向けられたことに少女が激怒し、彼女を取り巻く赤黒いオーラが質量を持って恭司に襲いかかる。
「蘇我島さん!!」
少女の攻撃は執拗に、執拗に恭司を赤黒いオーラで締め上げていく。
こほり、と恭司が吐血する。
「蘇我島さんっ!!!」
燐花の声はいまや悲鳴と大差ない。オーラがカメラごと恭司の腕をさらに締め上げれば、ばきりと音を立てて恭司の腕が通常では曲がることのない方向に曲がる。
「グアアアアッ!」
カメラが恭司の手から落ちれば、執拗な程にオーラがハサミのような形に変形しカメラを突き刺し破壊していく。少女にとってカメラを向けられるということは自分をバカにするための素材を、晒すための素材を集める行動としか取れないのだ。それが人であったころの彼女に刻まれたトラウマ。
それが彼女がここにいた記憶を残そう、という優しい意図であったとしても彼女には伝わることはない。
「離して! 蘇我島さんを離して!!」
燐花が涙目で少女を両の刀で激鱗で必死にオーラを切り裂く。いちど、にど、そのたびに体力は削られるがそれどころではない。
たまきと秋人がアイコンタクトし、術式を攻撃から回復にする。
こほり。締め付けられた恭司がまた大量の血を吐き、命を燃やす。
奏空とつばめ、遥と澄香もまた恭司を救おうと波状攻撃をしかけていく。
『邪魔、邪魔な人間! ほんとうに! 人間なんて! 殺してやる! 死んでしまえ!』
ぶん、と音をたて少女は恭司を投げ捨てた。
「蘇我島さんっ!」
燐花は恭司を追いかける。
「どうにも地雷をふんじゃったみたいだね。悪いね、あとは燐ちゃん、任せたよ。――勝ってね」
ボロボロになった恭司はそう言って気を失った。命には別状はないだろうが彼はこれ以上の戦いは無理だろう。燐花は彼を一度だけ強く抱きしめると、岩場の影に寝かせ戦場に向かう。
お願いされたから。勝ってといわれたから。彼女は戦う。こんな逆境に負けたりはしない。
「大妖「後ろに立つ少女」… ううん、「辻森綾香」と呼んだ方がいいのかな」
彩吹がこちらの方が後ろに立ってやると言わんばかりに回り込みながら鋭刃脚を何度も繰り出す。
『その名前は捨てたわ。人であったころの名前なんて邪魔なだけ』
「貴方が覚醒したのは偶然かカミサマの企みかどちらだろうね」
『どちらでもかまわないわ。私はたくさんのひとを殺せるちからをえたわ。大嫌いなムカつくあいつらを殺せるちからをね』
「貴女が破綻したことは 別に貴女のせいじゃない。当時に今のFIVEがそこにあり 夢見のような人がいたら……大妖の貴女を見逃すことはできないし 倒すという意志は全く変わらないけども――」
彩吹の言葉は半分は彼女の気を引くため。自分が気を引くことで仲間が攻撃しやすいように導くために。
「もう少し違った現在にできたのかなと 残念には思うんだよ辻森さん」
しかしてもう半分はそれは紛れもなく彩吹の本音。本音とともに蹴撃を繰り出す。
『だけど、そうはならなかった。私はね、別にこうなったことを悲しんでいないのよ? 可愛そうだなんて思われるのは心外よ』
彩吹に少女がハサミの先を向けた瞬間、彩吹は足を踏みしめ大地の力を吸い上げ八卦に構える。
ギィンと嫌な音をたて阻まれた分のダメージが三割少女本人に戻る。
その僅かな隙をのがすまいと遥とつばめが左右から連撃をしかける。
(皮肉にも程がある。人として苦しんでいた彼女は大妖になることで、むしろ苦しみから解き放たれたわけだ)
少女の言葉から導き出された事実は少年にとって理解し難く、そして悲しいことに思えた。
(だけど、だからこそ、大妖という状態からは解き放つ!)
「帰命したてまつる。あまねき諸仏に。インドラ神よ! ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ!」
その思いを胸に奏空は帝釈天の真言を高らかに詠唱する。
自らに帝釈天を下ろすというその無理は30秒の後に恐るべき反動を齎すが躊躇している場合ではない。今こそが正念場だ。
「宿れ帝釈天! 雷帝顕現!!」
叫ぶ少年を紫電が包み込む。
「奏空、本気出しやがって! じゃあ、俺もまけてらんねえな!」
親友の勇姿に遥は刺激され、とっておきを出すタイミングだと悟る。彼が達人の戦闘術を開放するキートリガーは命数復活をしたときだったが、彼は事前の戦いで既に一度膝をついている。故に使うタイミングをはかりかねていたが、親友だけにかっこいいところを持っていかれるのは少し面白くない。故に実に少年らしい意地でそのキートリガーを今、ひくことにしたのだ。
『あなた達も私を『いじめる』のかしら? ふふ、ふふふ ねえ、『先生』どうだとおもう?』
言いながら、少女は自分を中心に冷たいオーラを広げていく。凍えそうな程に冷たい悪意。
その悪意はこの場にいる覚者たちをすべて包み込む。
その次の瞬間、凍てつく空気が彼らを襲う。かまいたちのようなその冷たいオーラは彼らの肌を傷つけるが血液は流れない。血液事態が流れる前に凍結しているからだ。
数人が足元まで凍りつきその動きを強く縛められた。
「どっちがいじめてるんだってつーの!」
なんとか自力で氷を振りほどいた遥が戦闘の達人としての術で自らを強化する。
「虐めに寄る自殺での覚醒と同時の破綻……そりゃ、教師として思う所もあるよ」
だけれども、これは悪いことをする生徒への指導だ。
空気中に組み上げた水の元素を秋人が練り上げ少女にぶつける。
澄香は再生を使い、奏空を氷の呪縛から開放する。まだ数人凍ったままで動けないものはいる。彩吹は反射こそ叶ったが、状態異常は受けてしまう。ゲイルは回復から演舞・舞音に切り替えるが全員を凍結から解除することはできない。
たまきは回復に手を取られる。なにせ一撃のダメージが単体であれ全体であれ大きすぎるのだ。どうしても毎ターン誰かは回復に手を割かないといけなくなる。既に命数復活という切り札を使っているものは半数以上。既にもう後がないのだ。
「辻森ィイイ!!」
MISORAを構え、奏空が少女に飛び込んでいく。少女の周りのオーラが彼を切り裂くがそんなことは関係ない。
今まで何度も、何度も使ってきた自らの速度を火力に変えるその一撃で切り裂く。紫電を纏ったその斬撃はいつもより深く敵に食い込む。
反対方向からは無言で燐花が同じ技を繰り出す。逸る気持ちは抑える。冷静に、冷静に確実な一撃を。
『ねえ、諦めていいのよ。しょせん人が大妖(わたし)をいじめるなんて無理だもの』
その言葉は甘い甘い誘惑。奏空はエネミースキャンを続けているものの体力の底を感じることは未だできない。もともとエネミースキャンは明確な数字として敵の能力を知る技能ではない。おおまかにだいたいでしか感じることはできないが、それでもまだ手応えを感じるほどに体力が減っているようには視えない。もちろんダメージは与えているはずだ。そのはずなのに。
じわりじわりと彼らに絶望という名前の毒が染み渡っていく。ゆっくりとゆっくりと、気づかないうちに心に蝕んでいく。
『諦めるのなら、そうね。あなた達だけは殺さずにいてあげる。痛い目はみてもらうけど』
ころころと楽しそうに少女は嗤いながら、また冷たいオーラを広げていく。
ダメージと行動不能。そのたびに回復手は対応せざるを得ない。何度こんな不毛なやり取りがつづくのだろう。
「あきらめない! あきらめない! 左輔や子狐たちはずっとずっと私達のためにがんばってくれたんだ! その頑張りを無駄にはできない! 全力を尽くすよ」
彩吹が痛む体を無視して、無理やり歩けば地面に凍りついた靴が離れ足裏の皮膚が剥がれる。脳を襲う致命的な痛み。そんな痛みはどうでもいい。
左輔が少女を封じ込めるための努力に比べれば大したことはないはずだ。
彩吹にはもう八卦の守りはなくなっている。自分を守るものはない。だけれども。自分の一矢が仲間につなげる一矢になればと、足をあげる。
今まで何度つかってきたかわからない鋭利な蹴撃を少女に向ける。彩吹の気合と鮮血と共にその一撃は少女の真芯を捉える。少女の眉が少しだけ顰められた。
「あとは頼んだからね……」
言って彩吹は倒れた。彼らはそんな彩吹をかばうように後ろに移動させる。蒼羽は息を飲むが命に別状はないと判断しほっとする。
彼女が報いた一矢を無駄にしないため強化された遥と奏空が同時に仕掛ける。二つの稲妻は絡み合うようにジグザグに少女に向かって走り寄り、まるで打ち合わせていたかのように同じ場所を狙う。
最速のわざと最高に極めたそのわざは少女を捉える。二人は目を合わせるとその場からすぐに離れる。彼らは打ち合わせてなどいない。お互い最善をつくす事で結果行動が重なったのだ。
『なかよし、ってわけ? 忌々しい、忌々しい、忌々しい!!』
しかして彼らが最高のパフォーマンスで動くことのできる時間は残り少ない。遥はあと20秒、奏空に至ってはあと10秒しか残されてはいないのだ。
『大嫌い大嫌い大嫌い。うしろの――』
その言葉に蒼羽はゲイルを庇う。直感だった。回復手に焦れた少女が次に狙うのはゲイルだと。
『しょうめんだぁれ』
大鋏がゲイルを庇う蒼羽を切り裂き、大量の鮮血が宙を舞う。
「くっ…!」
わかってはいたことだが自分を守って誰かが倒れることがゲイルには辛い。それでもゲイルは冷静に八卦の構えをとる。
少女の狙いが今自分だと気づいたからだ。だったらそれでいい。その間自分に攻撃を集中させることができるのだから。ゲイルは味方に笑みを浮かべる。このチャンスは大きいぞ、と。
かくいうゲイルとて回復手ではあるが戦えないわけではないのだ。
少女を3ターン引き付け耐えるそして武を求めた鬼の技で反撃する。それが彼のプランだ。
まだ立っている仲間が、ゲイルに引きつけられている少女に攻撃を集中させる。とんでもなく痛い。むしろ笑ってしまうほどに痛いその攻撃を仲間の回復と構えによる回復で耐える。
奏空と遥が崩れ落ち肩で息をしているのが霞む目に映る。あのタイミングで攻撃されればひとたまりもないだろう。俺が時間をかせぐ。だから立ち上がってくれ!
少女が自分を攻撃する余波で翔が倒れた。すまん、巻き込んでしまったな。
つばめが心配そうにフォローしてくれたが、そっちもすまん。俺はここまでだ。あとは頼む。
そしてきたる、その瞬間(さんじゅうびょうご)。
ゲイルはそっと少女の腹部に触れる。
今回の為に力を貸してくれている九尾左輔に宿りし一尾。破軍の名を冠するこの武技に俺の全てを賭ける。正直ちゃんと出せるかどうかも危うい。目も霞むし吐き気がおさまらない。何より指先が震えている。
「三歩破軍」
それが言葉になっていたかも怪しい。触れたその部分に最後の力を注ぎ込んだ瞬間眼の前が暗転した。
状況は最悪と言ってもいい。なんとか遥と奏空は持ち直したが、現状立っているものは、遥、奏空、つばめ、澄香、燐花、たまき、秋人の7人。遥は大填気に手をとられている。奏空、燐花にはもう激鱗を使う余裕などはない。たまきと秋人は回復に手を取られるばかりで、彼らは既に全員命数復活のベットはすでに終えている。いわゆるジリ貧の状態だ。
対して少女の体力は未だに底はみえない。今やそれがエネミースキャンへの欺瞞であったのか、本当にそうなのかはわからない。
彼らは満身創痍で肩で息をしながら少女に相対している。
通常であれば半数の戦闘不能など撤退するべき分水嶺だ。しかし彼らは撤退条件を条件づけてはいなかった。死すら覚悟をしているのだろう。退くつもりなど微塵もない。
ふらつく足で彼らは戦う。勝てるかどうかなどわからない。
あの懐かしい京都の街に戻れるかどうかもわからない。しかし彼らが負けてしまえば帰るその場所すらなくなるのだろう。
『うしろのしょうめん』
何度聞いたかわからないその言葉に澄香は棘散舞の種に魂を注ぎ込む。少女の声は自分の耳元で聞こえた。
『だぁれ』
澄香の胸が切り裂かれ鮮血が周囲に舞いちった。しかし、澄香はその痛みに耐え、小さな種を少女にぐっと押し付ける。
魂の奇跡を得て増大したその種は、強い光を発し、その光はやがて実体化すると少女を縛り上げる。それはいうなれば魂で編み上げた鎖。
『なに? これは』
覚醒する前か後かの違いはあっても同じようにいじめられていた澄香の記憶が光の鎖を通じて、少女に伝わっていく。
『あなたもいじめられていたのね、だったら、どうして憎まないの?』
「わたしも、もしかしたら貴女のようにだれかを憎んで同じ道をたどったかもしれません。けれど私にはあの人がいました」
『それは自慢ね、忌々しい。私にはそんな相手いなかった』
「いいえ、いいえ、違います。私はあの事件を知っていた。けれど貴女の元に駆けつけてあげれなかったことが悔しいです」
『口でならいくらでもいえるわ』
「だから、いまからでも」
こほり、と澄香の口から血が流れる。目が霞んでくる。でもここでたおれるわけにはいかない。絶対にそれだけはできない。
「アレが貴女を見つける前に見つけてあげたかった
私が友達になってあげれば、友達がいる幸せを教えてあげれたのに。って貴女のことを知ってからずっと思っていました」
『はぁ? その上から目線なんなの? ヒト風情が』
「だから、私の魂のかけらを永遠に貴女に差し上げます。貴女の人間としての心を守るために」
『私にはもうヒト風情の心なんてないわ!』
少女は否定するが光の鎖は解けることはない。
「待ってますから」
『はぁ?』
「貴方が生まれ変わって出会えることを。輪廻のどこかで出会えることを」
『意味がわからないわ』
「私の魂の欠片を貴方の魂に定着させます。そして私は貴方をみつけだしてみせる。今世で叶わなくても、来世でも」
『なんなの? あなたなんなの? わからないわからない』
そして私とお友達に、その言葉を口にする前に澄香は意識を失った。その瞳からはホロリと宝石がこぼれ落ちる。
泣かないときめていたけど、それは我慢強いはずの澄香にとっても無理だったのだ。
少女は困惑する。澄香の頬からこぼれた涙の温かさに。そして確かに胸に宿る温かいものに。人であったころには手にすることのできなかった優しくて温かいものに。
「天野さんの残してくれたちゃんすを無駄にはできませんわ」
つばめが双刀・鬼丸を構える。満身創痍の少女は魂を愛刀に満たしていく。桜色のその輝きは刀からそして彼女本人に満ちていく。
かつん。
下駄の音をたて一歩前に進む。
かつん。
もう一歩。彼女の足跡をたどるように季節外れの桜の花が舞い上がる。
『あなたたち、なんなの? その力は。アレだってそんなことできない』
かつん。
舞うは桜の花吹雪。つまみ細工の白椿の花びらがひとつひとつと散っていく。それは彼女の魂が削られていくメタファーなのだろうか?
そのたびに彼女に力が満ちていく。
琥珀の目が桜色に変わる。
「さあ、おわりにしましょう。これがけじめです」
桜色の鬼が対の刀を振り上げて、下ろす。
それは活殺の一撃。
その攻撃をうければ起き上がるものはいないといわれる必殺の剣。その最終型。
『あぁああぁああ……』
あっけなく。本当にあっけなく少女の姿が足元から桜の花びらに溶けていく。
つばめはその桃色の花弁に手を伸ばす。
死霊さん、けじめはつけれました。だからいつでもあなたは私の前にきてくれてもいいんですよ。そう、心に思い描いて、つばめもまた意識をうしなった。
そして訪れる静寂。紫色のモヤがゆっくりときえていく。異界化が解かれたのだ。
現実世界に戻った稲荷山は夜闇につつまれていた。
しかして、次の瞬間には向かいの山の向こうが朝焼けに染まり、ゆっくりと朝日が登っていくのが視えた。
「終わった」
誰かがそういった。たまきはあわてて倒れている仲間を介抱する。もちろん自分だって気を抜けば倒れてしまう程に限界だ。
だけれども今この場に立っているのだから。バッグから携帯を取り出し119番をプッシュする。
一刻も早く救急車をこの場所に呼ばなくてはならない。そして救急車が侵入できる場所まで彼らを移動しなくてはならない。
まだ正念場は続く。でもたまきはそれが嬉しかった。
だってその忙しさは生きている証なのだから。たまきはまだ立っているものに指示をだして移動をはじめる。
登山というものは実は登ることより降りることのほうがしんどいのだけれども。
「みなさん、まだまだ終わっていませんからね」
自分をも鼓舞するために、いつもよりも、意識して、はっきりと言葉にした。
後ろにたつ少女は消滅した。
それが今後の大妖の動きを大きく変えることになるだろう。
彼らの戦いはより一層激しくなっていくのは間違いない。それでも彼らがその心を萎えさせることはないだろう。
絶望という毒に彼らが蝕まれることはないのだから――。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
重傷
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『恨み言』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員

■あとがき■
皆様参加ありがとうございました
無事後ろに立つ少女は撃破です。
みなさま大きくダメージをうけましたが今はお体を
お休めくださいませ。
無事後ろに立つ少女は撃破です。
みなさま大きくダメージをうけましたが今はお体を
お休めくださいませ。
