じりりりりん!
じりりりりん!


●24時。某町。
 りん……。
 ほぼ円形をした町内のどこかで目覚まし時計が鳴り始めた。
 じりりり、りん! じりりり、りん!
 音のあまりの大きさ、けたたましさに、たちまち家々で飼われていた犬たちが目を覚まし、つぎつぎと狂ったように吼えだした。
 窓やドアが乱暴に開けられ、薄着のまま外に飛び出してきた男や女たちが、うるさい、と怒鳴る。
「いったいどこの家だ!?」
 住民たちは目覚まし時計を鳴らす家を探し回るうちに、音そのものが移動していることに気づく。自走式目覚まし時計なるものが売られているが、勝手にドアをあけて家の外には出て行かないだろう。となると――。
 人々は顔を見合わせた。
「妖であれば下手に手をだすと怪我、いや死にかねない。ファイヴに連絡しよう」
「だけど、実際に妖を見たわけじゃない。それにベルの音がうるさいだけで……取りあってくれないんじゃないか?」
「そうだ。まず警察に連絡しよう」
 10分後、話し合っているうちにベルの音が次第に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。どこかへ去ってしまったようだ。
 いなくなったのなら、と住民たちはあくびをもらしながらそれぞれの家に引き上げて行った。
 町が静寂を取り戻して数10分後、またしても目覚まし時計が鳴り始めた。今度は2つ同時に鳴っている。
 またしても犬が吠え出し、人々は怒鳴りながら家の外へ飛び出した。
 とにかく音を鳴らしている目覚まし時計を見つけようと、自由民総出で路地の隅から隅まで探し回ったが、やはり見つからなかった。
 そうこうしているうちに、またもベルの音は遠ざかっていった。
 たちの悪いイタズラか。妖の仕業か。わからぬうちに住民たちは家に戻り、布団に潜り込んだ。とたん、また――。
 次は3つ同時だ。
 こんなことがあと9回続き、向かえた朝。
 少しでも寝ておこうと床に入ったきり、住民たちは二度と目を覚ますことはなかった。

●23時。ファイヴ。
「妖化した目覚まし時計が夜通し走り回り、けたたましいベル音で住民の安眠を妨げ、最終的には殺してしまう事件が起こるわ。いまから一時間後に」
 眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は、手で口を隠すと、小さく欠伸した。
 ごめんなさい、と謝って、また、ふありと欠伸をもらす。
「鼓膜を破りかねないぐらい大きなベル音は、妖化した目覚まし時計の頭にあるスイッチを叩くと止まるわ。だけどまたすぐに鳴りだすから、すぐ壊してしまって」
 町内を走り回る目覚まし時計はぜんぶで12体。午前0時から三十分おき1体ずつ増えていく。しかも、目覚まし時計の妖はどれも小さく、異常にすばしっこい。その素早さと回避能力の高さは、Gが頭文字の害虫に匹敵するほどだ。
「アレと違って飛ばないだけマシだけど。で、目覚まし時計たちの大きさだけど、手のひらぐらいかしら。頭部に二つベルがついている、いかにも目覚まし時計ですって感じのデザインよ。背中にゼンマイがついているて、四つある小さな足をちょこまか動かして移動しているわ。時計盤には蓄光タイプの蛍光塗料が使われていて、数字が緑色に光っている。だけど小さいから、その光を頼りにしてみつけることは、たぶんできないわよ」
 音を頼りに探し出そうにも、常に走り回っている上に犬の鳴き声や人々の騒めきなどで、位置を絞り込めない。妖気を探って探し出すのが、今のところ一番だが。
「町はほぼ円形で、北端から南端まで歩いて20分。西端から東端までも20分ほどよ。12体、ぜんぶ始末して来て頂戴。今から現場に向かっても、到着は午前1時。3体目が新たに加わって走り回りだしたところね」
 それぞれの目覚まし時計が鳴り始める位置は、町の端12時と1時、2時の位置だ。
 なぜか境を接する隣町の住民たちには目覚まし時計の音は聞こえない。妖が何らかの結界でも張っているかのように。
「まだどこかに潜んでいる残り9体の目覚まし時計も、朝までに探し出して壊してちょうだい。頼んだわよ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.12体の妖化した目覚まし時計を日の出までにすべて退治する
2.なし
3.なし
●目覚まし時計(妖)×12体 ランク1
 縦5センチ、横5センチ、厚さ3センチほどの大きさでまるっこい。ゼンマイ仕掛け。
 頭に二つベルがある。
 午前0時を皮切りに、30分置きに1体ずつ増えていきます。

 ・午前0時00分、町端12時の位置に一体出現
 ・午前0時30分、町端12時と1時の位置に一体ずつ出現。
 ・午前1時00分、町端12時と1時と2時の位置に一体ずつ位置に出現 ← ファイヴ到着。
  ↓
 ・午前5時30分、倒していなければ、町端12時~11時の位置すべてに妖出現。
 ・午前6時00分、倒していなければ、町民全員と夢を見ることができるすべての生き物が死亡。

 【じりりりん!】……神・全/けたたましいベル音を聞かせ、気力、体力を少しずつ削り取る。
  ※音は鳴り始めから終わりまで、10分です。その間は壊すまで止まりません。
  ※音の発生源、つまり妖に近ければ近いほど、受けるダメージが大きくなります。
  ※なっていない時に攻撃を受けると、即座にベルを鳴らし始めます。
  ※耳栓では防げません。

 【風圧・熱探知】……自/人が近づくとすぐに気づいて逃げます。
 【自走】……自/4本の脚でちょこまか走ります。
      ジャンプもできますが、段差が5センチ以上のところへは上がれません。

●その他
 町の12時の位置にはネズミの巣と化した小さな祠が、1時の位置にはステーキハウスが、2時の位置にはトラの絵が描かれた幼稚園の壁があります。
 目覚まし時計はその附近で鳴り始めます。

●STより
 久々……2019年初のシナリオです。
 よろしければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
公開日
2019年02月09日

■メイン参加者 4人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)


 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076) は地図を手に目に見えぬ境界線を越えた。とたん、暴力的なほど尖ったベル音に鼓膜を刺され、仰け反る。耐えきれず、また町の外へ出た。
「ひでぇ音だ。うるさいなんてもんじゃねぇ」
 揺れる視界の中、暗い道の先を人影が横切っていく。蝶番が軋みながら開かれ、また閉まった。続けてドアが閉じる音。おそらく、騒音に腹をたてて外へ飛び出してはみたが、あまりにひどい騒音に耐えかねて家へ逃げ帰ったのだろう。
「……迷惑な目覚まし時計ですね」
 耳に指をいれる一悟の背に手を置いて、高比良・優(CL2001664)は呟いた。
「大丈夫ですか?」
「思っていたより大きな音だったから、ちょっとびっくりしただけだ。だけど、一晩中ずっとこんな音を聞かされていたら、確かにまいっちまうな」
「妖はベルを鳴らしながら十五分ほど町内を走り回り、十五分間沈黙。時間を追うごとに数を増やしてイタズラを繰り返す……鳴りっぱなしにされるよりキツイでしょうね」
 ひっそりと欠伸を漏らしてから、優は『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)と『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)を気遣って声をかけた。
「お二人とも眠くありませんか?」
 こんな時間に起きていることは滅多にないだろう。自分と違い、飛鳥もいのりも見た目の姿の通り、まだ十三歳なのだ。
 ところが飛鳥もいのりも、しっかりとした声で大丈夫と返してきた。
「まだヨイノクチなのよ。それに、あすか、今までも夜中に妖退治したことがあるのよ。最近はゲームで徹夜も珍しくありません。いのりちゃんもゲームで徹夜したことがあるのよ、たぶん。優……さんは徹夜でゲームしたりしませんか?」
 飛鳥が途中で言い澱んだのは、優の性別を推し量りかねているからだろう。移動途中に男か女か、性別を執拗に聞かれたが、優は曖昧に微笑んではぐらかしていた。どうやら、お兄さん、お姉さんと呼び分けることを諦めたようだ。
 苦笑いを隠しつつ、ないですね、と答える。
「飛鳥様、いのりも徹夜なんてしませんわ。ちゃんと睡眠をとらなくては、美容と健康によくありませんから。……依頼を受けている時は仕方ありませんが」
「む~。それはきっと面白いソフトを持っていないからなのよ。今度あすかが貸してあげるのよ」
「お、飛鳥。ゲームはナニとナニを持っている? オレにも貸せよ」
 一悟が横から会話に割り込んできて、飛鳥と貸せ、貸さない、と押し問答を始めた。
「お二人とも、その話は後にしてください」
 叱られてしゅんとする二人の横で、いのりは守護使役のガルムにスマホを出してもらい、画面で時間を確認した。
 午前一時一分。
 見ているうちに液晶の表示が二分へ変わった。
「それにしても犬の鳴き声や人の話し声は普通に聞こえているのに……変ですわね。妖が結界を張っているのでしょうか」
「そーなのよ。そこなのよ。あすか、ブリーフィング中から気になっていたのよ。絶対、怪しいと思いませんか? あすか、町の真ん中に何かがあると睨んでいるのよ」
 飛鳥は手に持っていた町地図の中心部分を、指でぴしぴし弾いた。
 目覚まし時計が走り回る町はほぼ円形だ。十二方向、奇しくも時計の文字の上に妖は一定時間を置いて出現し、騒ぎを起こしながら走り回っていた。発生の原因も、奇行の理由も、一切分かっていない。
「とりあえず妖の討伐が先決です。寝不足はお肌の大敵、ましてや人を殺してしまうとなれば放置しておく訳には参りませんわ。町の住人の為にも必ずや妖を退治しませんと!」
 滅すべき妖の数もさることながら、出現する場所も四方に散らばっている。効率よく進めるために、一悟と飛鳥が奇数方向に出現する妖を、優といのりが偶数方向に出現する妖を、それぞれ叩くことになった。町の謎の解明は、夢見が出現を予測した十二体の妖を倒したあとだ。
「じゃあ、解散。またあとで」


 いのりは素早く覚醒すると、優とともにまずは北、町の中心を起点として十二時に当たる場所に向かった。
「ネズミの祠はこの辺り……ああ、ありました。たぶん、あれでしょう」
 優が向けた懐中電燈の灯りの先に、小さな祠があった。近づいてみると、あちらこちらに穴が空いている。ボロボロだ。その割に壁板は新しい。
「いつからネズミの巣になっているのかな。市役所や保健所はどうして駆除しなかったんだろう?」
「さあ……ここがネズミの巣になったのはつい最近、妖のせいかもしれませんわよ」
 格子枠の扉から光をあてて中を覗き込むと、赤い布の切れはしを首に巻いた地蔵が見えた。だが、どこにもネズミの姿はない。
「これだけの音ですわ。ネズミたちは逃げてしまったのでしょう」
 術で心を強く保っていても、鼓膜を叩く音が和らぐわけではない。覚者である自分たちでさえ、まだ現場に入って五分もたたないというのに早くもうんざりとしている。一刻も早く妖を止めなくては。
「ベルの音の大きさからしても、この近くにいるはずですね。探しましょう」
 捜索途中に出会った住民に声をかけ、とりあえずは家の中に戻ってもらった。いまのところ妖は人を襲ってはいないが、いつ凶暴化してもおかしくない。レベルが低いとはいえ、覚醒していない一般の人が妖と戦うのは危険だ。
 先に妖を見つけたのは優だった。
「いのりさん、いました! あそこです」
 懐中電燈の灯りを受けて、激しく震える目覚まし時計のベルが銀色に光る。妖は四辻の真ん中で立ち止まったまま動かない。何をしているのか。
 そう言えば、少し……ほんの少しだけ町に響くベルの音が小さくなったような気がする。いのりがガルムに確認すると、確かに音量が下がっているということだった。
「一悟様たちが一時の妖を倒したのでしょうか? とにかく、止まっているうちに追い込む先を確認しましょう」
「そうですね」
 ふたりは素早く地図を確認した。
 ちょうど、妖が真っ直ぐ前に進めば十段ほどの小さな階段に突きあたることが分かった。好都合だ。右に折れれば町の中心へ、左に折れて坂をあがれば町の北にあるネズミの祠にたどり着く。
「そろそろ出現から十五分。眩さんの夢見が正しければ、ねぐらへ戻る頃合いです」
 ちなみに妖が背を向けている方角は、途中で右に曲がって町の中心に至る。ゆえに妖は後ろと右の道を選ばない。今ふたりがいる左へ曲がるか、前に進むかの二択になるだろう。優はそう踏んだ。
「いのりもそう思いますわ。優様、いのりが霧を広げます。動きが止まっているうちに妖の後ろへ回り込んでください。いのりはこちらから……この先の階段へ追い込みましょう」
 いのりの足元から静かに流れ出た乳白色の霧が、四辻に立ち込める。
 先ほどまで晴れていたにもかかわらず、急に立ち込めた霧に驚いたのか、妖が目に見えて狼狽えだした。
 優は守護使役のさくらの力で足音を消すと、すばやく妖に駆け寄り背後を取った。大型銃を抜いて、ゼンマイの回る小さな背に銃口を向ける。
「ファイヴです。いますぐ音を止めて消えてください」
 言いながら引き金を引いた。銃口の先端に向かって一回転するかどうか、というくらいゆるやかに、斜め方向に刻まれている溝を弾が滑り出ていく。
 目覚まし時計がとっさに右へ走り出したのは、優の声に驚いたのか、それともごくわずかに押し出される空気の流れを感知したためなのか。
「逃がしませんわ!」
 妖の行く手を塞ぐように、いのりが冥王の杖の先から魔法弾を撃つ。
 目覚まし時計は素早く攻撃をかわすと、いのりに背を向けて南へ走り出した。
「おっと!」
 優は炎の波で壁をつくり、街の中心へ向かう道を塞いだ。
 妖は人には到底真似できない直角度で向きを変えると、階段へ向かった。
 一般的に昇りやすい階段の蹴上、つまり高さは一段あたり十八センチ~二十センチとされている。目覚まし時計の小さく短い四足では登り切れない。都合よく、道の両サイドはブロック塀だ。事実上、袋のネズミだった。
「ネズミの祠から出てきただけに、ですね」
「……もしかして、シャレですか?」
 後はなんとか階段を登れないか、と左右に動き回る目覚まし時計を狙い打つだけ……のはずだったが、これが意外と苦戦した。炎の連弾も、魔法弾も、繰り出す術すべてかわされたのだ。
「まさしく、かの害虫のような動きをしますね。すばしっこい」
「優様、ここは点より面で対処するのが一番だと思いますわ。最後まで気力が持つか心配ですけど」
「ですね。次からは追い込みになるべく源素の力は使わないようにしましょう」
 では、といって優は召炎波を放ち、目覚まし時計を焼き払った。 


「おい、こっちだって音でダメージ受けているんだ。自分ばっか治してないで、オレも癒してくれよ」
「あすかは妖をぶっ叩いて手の甲から血が出たのよ。だからちゃんと治して次に行かないと駄目だけど、一悟は無駄に走り回っていただけで何もしてないのよ」
 必要ないでしょ、とすげなく言って、飛鳥は地図で現在地を確認し始めた。
「はぁ? 血が出たって、かすり傷だろ。てか、オレの追いたてが功を奏したからこんなに早く妖を倒せたんじゃねえか」
 それは全くの偶然だった。一悟に土手の上から追い立てられてパニックになった目覚まし時計は、前方に飛鳥の姿を認めるなりジャンプした。飛鳥の頭上を飛び越えて逃げるつもりだったらしい。
 急な坂になっていたことと、草むらに落ちていた空き缶がちょうどいい踏み台になって、目覚まし時計は目論見通り、高く跳びあがった。が、距離は思っていたよりぜんぜん伸びなかった。ちょうど飛鳥の手前で落下に入ったところを、狙いすましたように繰りだされた『ウサギさんパンチ』でぶっ叩かれて大破、消滅したのだ。
「いまあすかたちがいるのはこの川のこっち側、向こうに橋が見えるから……三時はあっち、あの煙突の向こうなのよ。行きましょう」
 歩きだした途端、街に響くベルの音が更に低くなった。優といのりのコンビが十二時の目覚まし時計を倒したのだろう。それから間もなく、走り回っていたベルの音が消えた。
「次に目覚まし時計が鳴り出すのは十五分後なのよ。そのまえに探し出せればいいけれど」
「十二時がネズミの祠、一時がステーキハウス、つまりウシ。で、二時が壁にトラの絵が描かれた幼稚園。順番に子、丑、寅。それぞれの時間に十二支が絡んでいる、か。それで、寅の次はなんだっけ?」
「卯。ウサギさんなのよ。だけど地図を見てもどこにウサギさんがあるか分からないのよ」
 地図からは干支にちなんだランドマークは探せなかった。三時以降の九方向すべてがそうだ。直接足で探し出すしかない。
 一悟と飛鳥は、駆け足で町の端は三時の位置へ向かった。
「くそ。まったく分からねぇな」
「人がいたらこの辺りで『卯』に関するものがないか聞けたのに。でも、音が鳴りやんだからみんな家に戻って寝ちゃっているのよ。残念無念」
「いや、別に残念じゃねえだろ。町の人たちが朝までちゃんと寝ていられるように――って、おい、聞けよ! 一人でさっさと行くな」
 大体、大まかな出現位置が分かっているだけなのだ。出現場所に十二支にちなんだものがあるというのも、今のところは正しいという確証を得ていない。
 通りがかった工事現場の金網の向こうに、時計柱を見つけた。ここに公園を作ろうとしているようだ。鎖のつけられていないブランコ、蛇口のついていない水飲み場が見える。
 時間を確かめると、長針は6の文字の少し手前を指していた。次に妖が出現するまで、あと一、二分の猶予しかない。町の人たちには申し訳ないが、妖が騒音をまき散らして走り出すのを待つしかなさそうだ。
 一悟があっと大きな声を出した。
「もしかして違うんじゃね?」
「いきなりなんなのよ」
「子、丑、寅、卯、辰、巳、んで、午! ほら、ウシが二回も出てくる。十二時から三時までは、たまたま十二支に関係があるような場所だっただけじゃねえか?」
「一悟のバカ、牛はおウマさんのことなのよ。大和もころんさんも呆れた顔をしているのよ、バーカ」
 大和というのは一悟の守護使役、ころんさんは飛鳥の守護使役だ。
「あ、二回もバカって言ったな!」
 午前一時三十分。
 けたたましい音を立てて金網柵の下をくぐり抜けた目覚まし時計が、飛鳥の両頬をつねる一悟の足元をすり抜けて行った。
「ほれ、見ろ! オレが正しかったじゃねえか。この工事現場のどこにウサギがあるんだよ!」
「そんなことどーでもいいのよ! 妖を追いかけるのよ!」
 しかし、小さな妖はすでに二人の前から姿を消していた。夜道に響くけたたましい音だけがその存在を示している。
「大和、どっちから音がしているか分かるか」
 一悟の守護使役は鼻を鳴らすと、町の中心へ顔を向けた。


 午前二時十五分。
 覚者たちは連絡を取りあって町の南、五時のポイントにある小さな公園に集まっていた。四人はこれまでに半分、六体の目覚まし時計を討伐している。順調といえば順調なのだが……。
「いいえ、やはり十二支と関係はありますよ。かなりのこじつけですけど」
「ウサギと工事現場、なんの関係があるんだよ。看板見たけど、工事を請け負っているところもウサギにちなんだ名前じゃなかったぞ。それにヘビだって、妖が出て来たあたりにそれらしきものは見つけられなかったし」
 優はスマホの画面をみんなに見せた。
「ちょっと調べました。卯には開発という意味があるらしいですよ。巳は陽盛の極、漸く陰に移ろうとする所。近くにトンネルのようなところはありませんでしたか?」
 電波障害が解消されてからというもの、ものすごい勢いでインターネットが発展。外出先で調べものをするが便利になった。ただ、すぐに画面が固まって動かなくなる。情報を得るまでに相当の根気が必要だ。そもそも、まだ通信インフラの整備が進んでおらず、接続できるエリアも限られているのだが。
「トンネルみたいなところは確かにあったのよ。でも……辰はどうだったのよ?」
「ラーメン屋さんでしたわ。看板に竜の絵が描かれていました」
「ずるいのよ。偶数は解りやすくて」
 そんなことを言われましても、といのりは困り顔になった。
 優があとを引き継ぐ。
「分かりやすいシンボルが見つけられない場合は、本義に当てはまりそうな場所を探すのがいいかもしれません。ちなみに間もなく目覚める妖は、そこにあるシーソーではないか、と見当をつけているんです」
 言われて見てみると、シーソーの着座部が馬の形をしていた。それに上下するというところも十二支の本義に通じている。
「なるほどな。じゃあ、ヒツジは?」
「一悟、それは自分たちで探しましょう、なのよ」
 午前三時まであと五分。これからは妖に一度もベルを鳴らさせることなく倒していこうということになった。できればタイムリミットの午前六時よりもずっと早く討伐をすませ、妖発生の原因を突き止めたい。
「さあ、あと一分ですわ。いのりはシーソーの反対側で待機しています。推理が正しいといいのですが」
 いのりはシーソーを挟んで優と向き合った。どの方向へ走られても対処できるように、距離をとる。
「他に該当する場所がないし、ここであっていますよ。それにしても……何度も起こした上に、どうして最後は眠らせてしまうんだろう?」
「嫌がらせ、でしょうか。簡単に死なせないという強い恨みがあるとか」
「町に住む人全員に?」
 午前三時きっかり、シーソーの支柱の中から目覚まし時計が出て来た。根元が腐っていたらしく、割れてできた隙間に潜んでいたようだ。出現と同時に頭についている二つのベルが激しく振動し、暴力的な音を響かせた。
 いのりは魔弾で目覚まし時計を威嚇して、優の元へ向かわせた。
「優様、お願いします」
 優が放った灼熱の波に自ら飛び込む形になった目覚まし時計は、あっさりとこの世から消え去った。


 残る未、申、酉、戌、亥のシンボルを早々に討ちとって、覚者たちは町の中心に来ていた。
「ごく普通の住宅地ですわね。とくに怪しい場所はなさそうです」
「町全体が時計に見立てられているのは間違いないのよ。それに十二支……あの目覚まし時計たちはそんなこと考えられないと思うのよ」
 確かに。徒党を組むことはあるだろうが、ランク1の小物が何らかの意思を持って計画的な動きをするとは考えられない。
「あ、このお家……お通夜でしょうか?」
 ひっそりと、というよりは、陰湿な雰囲気が立ち込める玄関前に引っかかるものを感じ、覚者たちは顔を見合わせた。
「ここさ、昔は店をやってたんじゃね? あそこ、文字がついていたような跡があるんだけど」
 ちょうど前を通りががった新聞配達員を呼び止めて話を聞くと、その家は一年前まで、時計店を営んでいたという。
「立て続けになぁ……一年前に奥さんが自殺して、今度はご主人が自殺だからなぁ」
 奥さんは町内の婦人会でいじめられていたらしい。それを苦に自殺したと、ご主人がよく零していよ、と新聞配達員は自転車のペダルを踏んだ。
「目覚まし時計が妖化したのは、もしかしたらここのご主人が町内の人々を恨んで呪ったためでしょうか」
「……わかってみれば後味の悪い結末でしたね」
 もうこれで終わりなのか、それともまた何か起こるのか。
 覚者たちは日の出とともに町をあとにした。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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