【儚語】永眠城攻略
●定礎
布団の中が大好きで永遠に眠る方法ばかり考えていた。
「はっ、それって単に死んでるのでは」
流石に志が高すぎたと気づいたらしく、以降は出来るだけ長く眠り続けられることを宿願とした。
「ううん、でもな~」
この『力』がある限り、平穏の保証はないように思える。現に怪しい連中が押しかけてくる夢をこのところ頻繁に見る。
自分の力が特殊であることは理解している。けれどそんなことは正直どうでもよくて、ただ静かに、安らかに、穏やかに、惰眠を貪っていたい。
「……よし、自衛しよう」
そして少女は自宅の改装を始めた。邪魔のない至高の眠りを勝ち取るために。
少女の名は虱潰みはり。
儚の因子を持つ覚者である。
●ようこそ永眠城へ
「ここに夢見がいる、って話だな」
「間違いないっすね」
とある隔者組織から派遣された二人組の男が、『虱潰』の表札が掛かった邸宅を訪れていた。敷地も広く中々に立派な屋敷だ。
「夢見を抱えれば何かと役立つ。強引にでも引き入れてやるぞ!」
意気込んでインターホンを鳴らすが反応はない。
「直談判だ。行くぞ」
「へい」
不躾に門を跨いだかと思えば、瞬きする間もなく隔者達の姿が消滅した。
玄関を越えたすぐ先に落とし穴があったためであった。
後日、再度夢見の家を訪問する
「アホな悪戯を仕掛けやがって。二の轍なぞ踏むか! 裏手に回るぞ!」
そう言うと正面玄関を避け、塀を乗り越えて庭に着地した。
降り立つと同時に小規模な地雷が炸裂し、二人は彼方に吹っ飛んでいった。
三度目の挑戦である。
「まさか私有地で地雷原を歩かされる羽目になるとはな。まあいい。開けろ」
「了解っす」
施錠を解いて戸をくぐろうとすると、頭上から落ちてきた鉄筋の束が直撃し揃って昏倒した。
四度目。
「な、なんとか侵入できたか……おい! 夢見はいるか!」
呼びかけるも、応答なし。
「返事なし、か。だったら少々手荒にやらせてもらうぜ。一階から一部屋ずつ探すぞ」
外れの部屋を引くと高濃度催涙ガスが噴射される仕組みとなっております。
五度目、六度目と続けてガスに敗北した後。
「いませんね」
「上だな」
七度目にしてようやく一階を調べ終わり二階へと向かう。
しかし階段に何もないはずもなく、中腹を過ぎた辺りで段差が引っ込み、ただの坂となった足場を転げ落ちていった。
幾度となく試練を乗り越えてきた彼ら。来訪も八度目になると少々のことでは動じなくなっていた。
過分にワックスの塗られた廊下を慎重に渡り、一室一室警戒心を強めて確認する。
「うおおおオオ!?」
警戒したところでドアノブに流れる電流の勢いは変わらない。
九度目。
ついに通路最奥の寝室前まで辿り着いた。後は完全防音のこの部屋の調査を残すのみ。
「やっとですかい……」
「待て、扉に張り紙がある」
読もうとすると側面の壁が回転し、巨大な送風機がどんでん返しで現れた。
驚く暇もなくプロペラは回り始める。
「なんの、このくらい!」
と抗ってみせるが、隔者の強靭な膂力をもってしてもその突風には耐えられなかった。
「ぎにゃー!」
階下まで一気に転がっていく侵入者二人。
張り紙にはこうある。
『ここまで来れるなら手加減なし』
忠告通り、明らかに能力者を意識した風速であった。
●暁
「夢見の人を見つけたよー!」
覚者達に報告する久方 万里(nCL2000005)は朝から元気一杯だ。
「虱潰みはり、っていうんだって。だけどあんまり力を使いたくないみたい。お家を改造してまで来客お断りしてるんだもん。なんとか協力してもらえないかなー?」
悩む万里だったが。
「ちゃんとお話したら分かってくれるよね、きっと!」
とてもポジティブに考えた。
布団の中が大好きで永遠に眠る方法ばかり考えていた。
「はっ、それって単に死んでるのでは」
流石に志が高すぎたと気づいたらしく、以降は出来るだけ長く眠り続けられることを宿願とした。
「ううん、でもな~」
この『力』がある限り、平穏の保証はないように思える。現に怪しい連中が押しかけてくる夢をこのところ頻繁に見る。
自分の力が特殊であることは理解している。けれどそんなことは正直どうでもよくて、ただ静かに、安らかに、穏やかに、惰眠を貪っていたい。
「……よし、自衛しよう」
そして少女は自宅の改装を始めた。邪魔のない至高の眠りを勝ち取るために。
少女の名は虱潰みはり。
儚の因子を持つ覚者である。
●ようこそ永眠城へ
「ここに夢見がいる、って話だな」
「間違いないっすね」
とある隔者組織から派遣された二人組の男が、『虱潰』の表札が掛かった邸宅を訪れていた。敷地も広く中々に立派な屋敷だ。
「夢見を抱えれば何かと役立つ。強引にでも引き入れてやるぞ!」
意気込んでインターホンを鳴らすが反応はない。
「直談判だ。行くぞ」
「へい」
不躾に門を跨いだかと思えば、瞬きする間もなく隔者達の姿が消滅した。
玄関を越えたすぐ先に落とし穴があったためであった。
後日、再度夢見の家を訪問する
「アホな悪戯を仕掛けやがって。二の轍なぞ踏むか! 裏手に回るぞ!」
そう言うと正面玄関を避け、塀を乗り越えて庭に着地した。
降り立つと同時に小規模な地雷が炸裂し、二人は彼方に吹っ飛んでいった。
三度目の挑戦である。
「まさか私有地で地雷原を歩かされる羽目になるとはな。まあいい。開けろ」
「了解っす」
施錠を解いて戸をくぐろうとすると、頭上から落ちてきた鉄筋の束が直撃し揃って昏倒した。
四度目。
「な、なんとか侵入できたか……おい! 夢見はいるか!」
呼びかけるも、応答なし。
「返事なし、か。だったら少々手荒にやらせてもらうぜ。一階から一部屋ずつ探すぞ」
外れの部屋を引くと高濃度催涙ガスが噴射される仕組みとなっております。
五度目、六度目と続けてガスに敗北した後。
「いませんね」
「上だな」
七度目にしてようやく一階を調べ終わり二階へと向かう。
しかし階段に何もないはずもなく、中腹を過ぎた辺りで段差が引っ込み、ただの坂となった足場を転げ落ちていった。
幾度となく試練を乗り越えてきた彼ら。来訪も八度目になると少々のことでは動じなくなっていた。
過分にワックスの塗られた廊下を慎重に渡り、一室一室警戒心を強めて確認する。
「うおおおオオ!?」
警戒したところでドアノブに流れる電流の勢いは変わらない。
九度目。
ついに通路最奥の寝室前まで辿り着いた。後は完全防音のこの部屋の調査を残すのみ。
「やっとですかい……」
「待て、扉に張り紙がある」
読もうとすると側面の壁が回転し、巨大な送風機がどんでん返しで現れた。
驚く暇もなくプロペラは回り始める。
「なんの、このくらい!」
と抗ってみせるが、隔者の強靭な膂力をもってしてもその突風には耐えられなかった。
「ぎにゃー!」
階下まで一気に転がっていく侵入者二人。
張り紙にはこうある。
『ここまで来れるなら手加減なし』
忠告通り、明らかに能力者を意識した風速であった。
●暁
「夢見の人を見つけたよー!」
覚者達に報告する久方 万里(nCL2000005)は朝から元気一杯だ。
「虱潰みはり、っていうんだって。だけどあんまり力を使いたくないみたい。お家を改造してまで来客お断りしてるんだもん。なんとか協力してもらえないかなー?」
悩む万里だったが。
「ちゃんとお話したら分かってくれるよね、きっと!」
とてもポジティブに考えた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.寝室への到達
2.夢見の獲得
3.なし
2.夢見の獲得
3.なし
よく厄介事を擬えて「寝た子を起こすな」と言いますが、今回は起こしてもらいたく思います。
●目的
★夢見の獲得
●現場について
★虱潰邸
某都市郊外にある、いたるところにトラップが仕掛けられた屋敷です。
二階建て。庭付きでそこそこでかいです。夢見は現在この住宅に一人で暮らしています。
トラップの種類と箇所は万里が予知した内容としてOP中に記載された通りです。
仕掛けの多くは複数種類のセンサー感知(熱・質量・空気流動など)で作用します。
寝室に窓はなく、外にも面していませんので、外部からの侵入は基本不可能。
密集した住宅地ではないので、余程大きな騒ぎでもない限り近隣住民は気に留めません。
●夢見について
虱潰みはり(しらみつぶし・――)。10代前半。ナルコレプシー気味の少女。
基本怠け者ですが、自宅に設置しまくった罠を見ての通り、しょーもないことに情熱を傾けるタイプです。
昼夜問わず寝室で寝ています。叩いても起きるし蹴っても起きます。
●補足
この依頼で説得及び獲得できた夢見は、今後FiVE所属のNPCとなる可能性があります。
解説は以上です。
それではご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2015年10月16日
2015年10月16日
■メイン参加者 7人■

●ZZZ
白く、しなやかな指がボタンに触れる。家屋内で鳴り響いているであろう電子音が、インターホンに据えられたマイク越しに僅かに聴こえる。だが家主が呼応する気配は微塵もない。
「反応なし、か。知ってたけど」
小さく息を吐きながら『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は人差し指を離し、九段 笹雪(CL2000517)がリストアップした罠の種別を再確認する。強行突破以外に手段がないことは事前に教わっている。ならばそれに従い、順次制圧していくのみ。
――というのが、比較的形式に則った考察だ。
「だんじょんたんけんたいっ! おたからめざしてれっつごー!!」
「レッツゴー!」
「おー!」
実際のところのテンションはこんな感じである。いそいそと門をくぐったククル ミラノ(CL2001142)と『裂き乱れ、先屠れ』棚橋・悠(CL2000654)は二人して自分の守護使役に指示を送ると、片やふわりと宙に浮き上がり、片や地形情報の拾得を始めた。どちらも心なしか楽しげな表情を浮かべて。
掛け声を上げた三人のうちの、残る一人の『狂華』犬山・鏡香(CL2000478)も続く。
「どんどこ突入するぞー」
宣言通り、躊躇なく進んでいく鏡香だったが警戒は怠らない。械の因子で得た能力で落とし穴の配置を確かめながらの行進だ。
「あたしが言うのもなんだけどさ、緊張感ないよねぇ」
もっとも今回は妖や隔者が絡まない依頼なのでそう肩肘張る必要がないのも事実。笹雪もまた持参の物干し竿で怪しげな箇所をべしべし叩きながら慎重に歩を進めていく。住居侵入というより、ダンジョン攻略の趣が強い。
「あわわ、そこ危ない!」
地面の微妙な色合いの違いを察知した悠が声を掛ける。示された場所を軽く竿でつついてみると、ぱらぱらと土が崩れる音がした。
「えいっ!」
背負っているリュックを下ろした『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)と瑠璃が、その場所目掛けて同時に持参品を投じる。古雑誌の束とペットボトルを詰めたリュック、合計で十キログラムほどに至る質量を感知し、何もなかったはずの地面が大口を開ける。
誤作動を起こした仕掛けを前にして、きせきは翡翠の眼を輝かせて感嘆の声を漏らした。
「凄いよね、一人でこんなダンジョン作っちゃうんだもん! お友達になりたいなー!」
「……まあ、拠点防衛には向いた人材だな」
一方の瑠璃はただただ苦笑する。
「あっちは地雷原だから通っちゃダメだぞ! 気になるけどボクも見なかったことにする!」
鏡香が庭全域を指差す。かなり広範囲に渡っているようである。
「危険予知、便利だよね~。付喪も捨てたもんじゃないね!」
自分自身も予知技能を活性化させている『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は落とし穴を迂回してひょいひょい進んでいた。彼女からしてみれば出迎えの罠は特に困難ではなさそうだ。
しかしそんな零よりも先に玄関口に到着していたのは、ククルだ。それも圧倒的な速さで。
というか一人だけ飛んでいるから当たり前である。
「ありがとーみらのんっ」
猫耳の少女が守護使役とじゃれている間に、残る六人も落とし穴を突破してきた。
「ええと、鍵閉まってるんだっけ」
一応ガチャガチャやってみる笹雪だが、開かない。
「悪いけど、壊すしかないよねぇ、これ」
「待った。鉄筋の降下が扉と連動しているとしたら、壊した拍子で作動する可能性もある」
瑠璃は一度、悠に頼んで確認してもらうことにする。
「赭緒ちゃんに見てもらったんだけど、鉄筋は紐で吊るしてあるみたいだよ!」
ならば扉の開閉に合わせて紐が緩む仕組みになっているに違いない。
だがそれは内部構造によるものだという。外から紐だけを断つことは不可能。
「どうしよう。離れたところから壊せばいいのかな?」
少しだけ不安そうにマシンガンを構えるきせき。日頃手にしている刀剣とは違うため、銃器の扱いには然程自信がない。
「距離を取ると鍵だけ精密に破壊することは難しいな。やるなら扉ごとになる」
「じゃあさ、そっと壊して、さっと退く感じで」
「それは……ちょっとしたギャンブルだな」
「落ちてきた鉄筋を弾けばいいんじゃない? 不肖鳴神、やれなくもないです!」
「それならボクも手伝えるぞ!」
意見を総合して、解錠及び開閉の際に降ってくる鉄筋自体に対処することに決まった。
まずは笹雪が錠前の破壊を試みる。鍵穴に簪の先端を差し入れると、そこからピンポイントで放電し、錠を構成する金属パーツを焼き切る。可能な限り繋がった紐に衝撃が伝わらないよう、あくまで繊細に。
「むむむっ、あいたかな?」
「開いてると思う。でも危ないのってここからなんだよねぇ……」
上方をちらりと仰ぎ見ると、笹雪は意を決して戸を開く。
その瞬間軒板が音を立てて開き、中に隠されていた鉄筋の束が吊り紐の張力を失って降り注ぐ。
――鉄筋が絹肌に触れる未来は永劫訪れなかった。
即座に駆け寄った零の太刀に両断され、落下の勢いを殺されていた。空中で本来の軌道を逸した鉄筋は更に、鏡香が織り成した植物の鞭によって脇に弾き飛ばされる。
笹雪は鉄筋の残骸を眺めて自分の身が無事であることを悟ると、ふぅと安息した。
「まあ、流石のあたしもちょっと肝冷やしたよね」
ともあれ、何とか玄関の突破は果たした。
「わっ、すごいすりるっ! えきさいてぃんぐっ!」
「アスレチックみたいでドキドキしたー!」
何人かの興奮が続くまま、一行は屋敷内部へと進んだ。
●ZZ
「おおー! 中々いいおうちだぞ!」
安全が確認されている廊下を歩きながら一階部分を見渡しているだけで、この邸宅が豪勢であることはすぐに分かった。部屋数も多く、敷地面積も広い。
「そこらじゅうでセンサーの起動音がしてるなぁ。これ、一階に夢見の子がいないことが分かってなかったら大変だったね」
耳を澄ませて笹雪が呟く。その点では犠牲となった隔者に感謝である。
「そうだね。ぼく、探してみてるけど、お昼寝してるから全然見つけられないもん」
感情の揺らぎから夢見の居場所を辿っていたきせきも同調する。暢気に眠り続けているせいか、観測できる感情の起伏は極めて薄い。
前情報を元に、捜索の手間を省いて一気に上階へと続く階段へ。
一段目に足を掛けてみただけでは何も起こらない。やはりある程度進んでから坂となるようだ。
だからといって立ち尽くしているわけにもいかないので、ひとまずは上ってみることに。
六段、七段と歩いていく中で。
ガコン、と派手な駆動音が鳴り、全ての段差が潰れ平たいスロープとなった。覚者達はなんとか踏ん張りを利かそうとするも、『面接着』で床板に張りついたククルだけを残して、あえなく滑り落ちていく。
「うわっ、っと! あ、危なかったぁ……」
滑落途中、咄嗟にきせきは蔦を伸ばして手すりにしがみついてはみたが、身動きは取り辛い。
他五名は落ちた先の階段口で揉みくちゃになっている。
「……意地を見せようとは思ったんだけどな。仕方ない」
摩擦で赤らんだ素足をさすりながら、瑠璃は少しだけバツの悪そうな顔を作ると、階段中腹で待機しているククルにロープを投げる。
「二階のどこかに結んでくれ。それで登っていくから」
「まかせなさいっ!」
ロープを手にしたククルは得意気にウィンクを見せると、事も無げに軽々と坂道を駆け上がり、すぐ近くの柱に縛りつける。そして反対側の端を一階で待つ味方へと下ろす。
垂れ下がったロープを頼りに二階に進んでいく覚者達だったが。
「鳴神、ちょっと一仕事あるんで遅れます! 悠ちゃんよろしく!」
「オッケー! ちょっと待ってね! 赭緒ちゃん、もうひと頑張りだよ!」
一人居残った零は悠に何やら頼んでいる。請願された悠は悠で守護使役に激励を送りつつ、一心不乱にスケッチブックにペンを走らせていた。
二階で作業しているのは何も一人だけではない。
「この部屋は外れだね。鼓動が聴こえないし」
優れた平衡感覚を発揮してワックスの塗りたくられた廊下を渡っていく笹雪が探しているのは、無論夢見が眠りこけている寝室の場所だ。一室ずつ脈拍の音の有無で所在を判断していく。
「うう、普段通りに歩いてたらこけちゃうなー」
他方、ゆっくり進むしかないのは鏡香と瑠璃、それからきせきだ。鏡香はなるべく足を大きく上下動させないよう気をつけて歩行し、瑠璃は裸足で踏ん張っている。きせきは階段の時と同様に蔦で何かに掴まれないかと探ってはみたが、疎らな感覚で立つ柱くらいしかなく、あまり効果は得られなかった。
「またまたでばんっ! みらのんよろしくなのっ」
彼らを尻目に守護使役の力で浮遊して二階を飛び回るククルは実に楽しそうだ。
そうこうしているうちに、悠の没頭していたスケッチが終わったらしい。
「はい! こんな感じ!」
作成していたのは守護使役の偵察結果と、仲間が調べた内容を照らし合わせて記した屋敷二階部分の見取り図である。そのページをスケッチブックから切り取ると、一旦回収したロープの端で結んで階下の零に渡した。
「ありがとー! なるほどなるほど、ここがこうなって……」
じっくりと図面を眺める零。探しているのは、寝室の位置。
「一階で言うと、あそこの部屋だね。行ってきます!」
ダッシュで向かった先は寝室の真下に当たる箇所、一階奥にあるごく小さな和室だ。
躊躇なく引き戸を開けると、その瞬間に催涙ガスが噴射を始めた。妖狐の面で顔を隠し、出来るだけ粘膜を傷つけられないようにしながら窓まで突っ走る。
無理やりに換気し、目を開けていられる程度に濃度を薄める。それから。
「うふふふふ、ショートカットさせてもらうよ」
爪先に力を込めて畳を蹴り、天井に狙いを定め豪快な所作で太刀を振るった。刃は板張りの天井表面を切り裂くと同時に――数本の材木が零の頭上へと降り注ぎ、命中。
「うぎゃあっ!? これも罠!?」
ではなく、ただ天井の梁の一部が落ちてきただけである。普通に建造物の習性だった。
下でそんなドタバタ騒ぎが起きているとは露知らない六人はといえば。
「やっとここまで来れたね……ぼく、ちょっと疲れちゃった」
幾度かの転倒の末に辿り着いた寝室。扉の向こう側に、幽かにだが感情の震える気配がある。
残る障害は、あとひとつ。そしてそれは最大の障害でもある。
「……皆やばいよ。送風機動き始めたかも」
モーター音を聴き取った笹雪が全員に忠告する。寝室前の壁がひっくり返り、巨大な送風機が俄かに覚者達の前に出現。間髪入れずにプロペラが回転を開始した。
「今やらないと!」
先制攻撃を目論んでいたきせきによるマシンガン射撃は、送風機の軸足部分に数発命中する程度にとどまった。警戒を強め、あらかじめ壁際に寄っていた覚者達ではあったが、一瞬で最高速に達した風の勢力に不意を突かれるかたちになってしまう。
手加減一切なしに吹き荒れる豪風。
「これ、とんでたらぜったいだめっ! ミラノとみらのんふっとんじゃう~!」
浮遊を中断して床に伏せるククルだったが、小柄な体でこの風に耐えるのは非常に苦しい。
「あたし、スカートで来てるんだよぉ。色々危ないって~! 倫理とか含めて!」
不平を口にしながらも、笹雪は飛ばされた地点から匍匐前進で地道に這っていく。
最軽量の鏡香はといえば。
「うわわわわわっ!?」
盛大に吹き飛んでいた。
二階廊下は大量のワックスのせいで摩擦抵抗が著しく低いことは、自らの足で十分に理解している。送風機から離れたとして、この吹き飛ばされる勢いが止まることは早々ないであろう。
一気に転げ落ちることを覚悟した鏡香だったが。
「……? と、止まったぞー?」
目をぱちくりさせ、困惑と喜びが入り混じる彼の前に姿を見せたのは、遅れてやってきた零である。
「ワックス、結構拭き取っておいたからね」
バケツと雑巾片手に現れた零の眼は、微妙に涙の跡が残っていた。六人は足場の不安を取り除いてくれたことに感謝しつつも、あ、これ催涙ガスの部屋に行ってたな、と皆が察した。
「あれ、ロープまだあったっけ?」
「えへん! 床にこれ刺して登ってきました! ……ちょっとした登山家の気分だったよ、ホント」
言いながら、自身の得物を掲げる零。刃先に木屑が少し付着している。
「で、もう壊すしかない感じかな?」
「そうだね。一応最初に銃撃してはみたんだけど」
きせきが硝煙の昇る銃口を提示する。その傍らで、軍服の少年が強い意志を伴わせて拳を握った。
「人のもの勝手に壊すのは良くないんだぞ! ボクがスイッチ押して止めてくる!」
自由が利くようになった廊下を存分に踏み締め、思い切り助走を付けると、鏡香は快速を飛ばして送風機に急接近。距離を詰めるごとに体に受ける風圧は強くなるが、懸命に足を動かし続ける。
「ス、スイッチをー!」
最後の力を込めて手を伸ばす。が、そこに電源ボタンはない。それどころかパネルの類は一切なく、完全な自動制御であるようだ。
「うわー! こんなの壊すしかないじゃないかー!」
再び廊下を転がっていく鏡香。
「遠慮は……すべき状況じゃないか」
「やれる人いたらあたしのいるとこまで来て。ここからなら届くから」
「よーし、ぶち壊してやる!」
「それでは僭越ながら、一番、悠、いっきまーす☆」
遠距離から攻撃できる『召雷』を身に付けた四人が寄り合い、一斉に電撃を放射する。
立ち昇る黒煙と共に、風は強制的に終了させられた。
●Z
「結構派手にやっちゃったねぇ」
電圧の過負荷で壊れた送風機を壁の反対側に押し込みながら、笹雪は言う。
「やらないとやられてた。まことにひじょうなせかいなのだっ」
腕を組んだククルは一人うんうん頷く。
「……というか、ここからが本番なんだっけ。夢見を招聘しないと」
念のためノックしてみるが、やはり反応はない。一瞬触れるのを戸惑った後で、恐る恐る瑠璃はドアノブを握る。何かしらの仕掛けはない。鍵も付けられていない。
寝室へと進み入る。
そこには身の丈に合わないサイズのベッド以外特に目に付くものはなかった。布団に包まれているボサボサ髪の少女が立てる寝息の他に、聴覚を刺激する音も存在しない。とても静かな空間だった。
「この子が、みはりちゃん、だっけ」
「そう」
「寝てるね」
「うん」
「……起きないね」
「うん」
自然に起きるまで待つ予定だった覚者達は急に手持ち無沙汰に陥った。
「ふぁぁぁ、ボクも眠くなってきたぞ。おやすみー」
家中走り回って疲れ果てた様子の鏡香は夢見と寄り添うように布団の中に入っていった。あどけなさの残る寝顔が二つ並ぶ。
「カードとか持ってきてるけど遊ぶ?」
悠が紙束を取り出してみせる。
「いや、全然起きる気配がないから、軽くゆすって起こしたほうがいい」
瑠璃が試してみる。起きない
「声も掛けたほうがいいんじゃない? おーい、起きてー」
笹雪が肩を揺らしながら耳元で呟く。起きない。
「……起きろー!!」
きせきがすぅと息を吸ってから大声で叫ぶ。鏡香はこれで起きた。
「おはよおおおおおございまああああああああああああす!!」
痺れを切らした零は布団を剥ぎ取ると、鼓膜に直接届きそうな距離から絶叫した。
流石に目を覚ました。寝起きな上に見知らぬ顔がずらりと並んでいるものだから、困惑し切っている。
「ほらほら、こんな所にいたら、腐るよ! はい、水! はい、食料!」
「ボクのチョコもあげるぞ! どうだ!」
しかも大量に食べ物を差し出される。
「あ、おはよー? 寝起きにごめんね。大体は察してるかもだけど、勧誘に来ましたよー」
とりあえず笹雪が本題に入る。
「はっ。も、もしかして、夢に出てきた人攫いですかっ」
「違うよ! あのね、ぼくたち、君にぴったりのお仕事紹介しに来たんだー! 毎日好きなだけ寝て、夢の内容をぼくたちにお話してくれるだけでいいんだよ!」
夢見の業務について掻い摘んで、そして若干誇張気味に聞かせるきせき。虱潰みはりという人間の性格を考えると、楽な仕事であることをアピールしないと受けてくれないだろう。
「あの仕掛け突破してきたってことは、みんな凄い人達なんだよね……初めてだし」
「あたしらからしたら、夢見のほうが断然レアだけどねぇ。そのせいで変な人に追われる夢見てるんでしょ? F.i.V.E.ならそういうことがないように守ってもあげられるしさ」
自身が持つ力の稀少性に気づかせるために、笹雪は予知夢を見られることがどれだけ特別か、どれだけ欲しがられている人材であるかを教える。
「ねるだけでよのひとびとをまもってしまう、ちょうかっこいいヒロインになってみないっ?」
舞台女優のように胸に手を当ててククルは問い掛ける。
「夢を見てそれを話す簡単なお仕事だよ? 三食美味しいご飯もついてくる!」
「さ、さんしょく」
悠の言葉にみはりはごくりと喉を鳴らした。毎日寝てばかりとはいえ腹は減るようだ。
「個人的には、うちで寝ててくれれば別に働かなくてもいいんだけどな。他の組織にさえ属さなければ」
「うーんうーん」
眠ってるだけでもいいと言われ心が揺らいでいるらしい。
「そ、そこまで言うなら……やってみようかなぁ。ううん、やりたくなってきちゃったよ。寝てて、ごはんも出るなんて、現実なのに夢みたい」
みはりは悩んだ末、快諾した。
白く、しなやかな指がボタンに触れる。家屋内で鳴り響いているであろう電子音が、インターホンに据えられたマイク越しに僅かに聴こえる。だが家主が呼応する気配は微塵もない。
「反応なし、か。知ってたけど」
小さく息を吐きながら『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は人差し指を離し、九段 笹雪(CL2000517)がリストアップした罠の種別を再確認する。強行突破以外に手段がないことは事前に教わっている。ならばそれに従い、順次制圧していくのみ。
――というのが、比較的形式に則った考察だ。
「だんじょんたんけんたいっ! おたからめざしてれっつごー!!」
「レッツゴー!」
「おー!」
実際のところのテンションはこんな感じである。いそいそと門をくぐったククル ミラノ(CL2001142)と『裂き乱れ、先屠れ』棚橋・悠(CL2000654)は二人して自分の守護使役に指示を送ると、片やふわりと宙に浮き上がり、片や地形情報の拾得を始めた。どちらも心なしか楽しげな表情を浮かべて。
掛け声を上げた三人のうちの、残る一人の『狂華』犬山・鏡香(CL2000478)も続く。
「どんどこ突入するぞー」
宣言通り、躊躇なく進んでいく鏡香だったが警戒は怠らない。械の因子で得た能力で落とし穴の配置を確かめながらの行進だ。
「あたしが言うのもなんだけどさ、緊張感ないよねぇ」
もっとも今回は妖や隔者が絡まない依頼なのでそう肩肘張る必要がないのも事実。笹雪もまた持参の物干し竿で怪しげな箇所をべしべし叩きながら慎重に歩を進めていく。住居侵入というより、ダンジョン攻略の趣が強い。
「あわわ、そこ危ない!」
地面の微妙な色合いの違いを察知した悠が声を掛ける。示された場所を軽く竿でつついてみると、ぱらぱらと土が崩れる音がした。
「えいっ!」
背負っているリュックを下ろした『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)と瑠璃が、その場所目掛けて同時に持参品を投じる。古雑誌の束とペットボトルを詰めたリュック、合計で十キログラムほどに至る質量を感知し、何もなかったはずの地面が大口を開ける。
誤作動を起こした仕掛けを前にして、きせきは翡翠の眼を輝かせて感嘆の声を漏らした。
「凄いよね、一人でこんなダンジョン作っちゃうんだもん! お友達になりたいなー!」
「……まあ、拠点防衛には向いた人材だな」
一方の瑠璃はただただ苦笑する。
「あっちは地雷原だから通っちゃダメだぞ! 気になるけどボクも見なかったことにする!」
鏡香が庭全域を指差す。かなり広範囲に渡っているようである。
「危険予知、便利だよね~。付喪も捨てたもんじゃないね!」
自分自身も予知技能を活性化させている『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は落とし穴を迂回してひょいひょい進んでいた。彼女からしてみれば出迎えの罠は特に困難ではなさそうだ。
しかしそんな零よりも先に玄関口に到着していたのは、ククルだ。それも圧倒的な速さで。
というか一人だけ飛んでいるから当たり前である。
「ありがとーみらのんっ」
猫耳の少女が守護使役とじゃれている間に、残る六人も落とし穴を突破してきた。
「ええと、鍵閉まってるんだっけ」
一応ガチャガチャやってみる笹雪だが、開かない。
「悪いけど、壊すしかないよねぇ、これ」
「待った。鉄筋の降下が扉と連動しているとしたら、壊した拍子で作動する可能性もある」
瑠璃は一度、悠に頼んで確認してもらうことにする。
「赭緒ちゃんに見てもらったんだけど、鉄筋は紐で吊るしてあるみたいだよ!」
ならば扉の開閉に合わせて紐が緩む仕組みになっているに違いない。
だがそれは内部構造によるものだという。外から紐だけを断つことは不可能。
「どうしよう。離れたところから壊せばいいのかな?」
少しだけ不安そうにマシンガンを構えるきせき。日頃手にしている刀剣とは違うため、銃器の扱いには然程自信がない。
「距離を取ると鍵だけ精密に破壊することは難しいな。やるなら扉ごとになる」
「じゃあさ、そっと壊して、さっと退く感じで」
「それは……ちょっとしたギャンブルだな」
「落ちてきた鉄筋を弾けばいいんじゃない? 不肖鳴神、やれなくもないです!」
「それならボクも手伝えるぞ!」
意見を総合して、解錠及び開閉の際に降ってくる鉄筋自体に対処することに決まった。
まずは笹雪が錠前の破壊を試みる。鍵穴に簪の先端を差し入れると、そこからピンポイントで放電し、錠を構成する金属パーツを焼き切る。可能な限り繋がった紐に衝撃が伝わらないよう、あくまで繊細に。
「むむむっ、あいたかな?」
「開いてると思う。でも危ないのってここからなんだよねぇ……」
上方をちらりと仰ぎ見ると、笹雪は意を決して戸を開く。
その瞬間軒板が音を立てて開き、中に隠されていた鉄筋の束が吊り紐の張力を失って降り注ぐ。
――鉄筋が絹肌に触れる未来は永劫訪れなかった。
即座に駆け寄った零の太刀に両断され、落下の勢いを殺されていた。空中で本来の軌道を逸した鉄筋は更に、鏡香が織り成した植物の鞭によって脇に弾き飛ばされる。
笹雪は鉄筋の残骸を眺めて自分の身が無事であることを悟ると、ふぅと安息した。
「まあ、流石のあたしもちょっと肝冷やしたよね」
ともあれ、何とか玄関の突破は果たした。
「わっ、すごいすりるっ! えきさいてぃんぐっ!」
「アスレチックみたいでドキドキしたー!」
何人かの興奮が続くまま、一行は屋敷内部へと進んだ。
●ZZ
「おおー! 中々いいおうちだぞ!」
安全が確認されている廊下を歩きながら一階部分を見渡しているだけで、この邸宅が豪勢であることはすぐに分かった。部屋数も多く、敷地面積も広い。
「そこらじゅうでセンサーの起動音がしてるなぁ。これ、一階に夢見の子がいないことが分かってなかったら大変だったね」
耳を澄ませて笹雪が呟く。その点では犠牲となった隔者に感謝である。
「そうだね。ぼく、探してみてるけど、お昼寝してるから全然見つけられないもん」
感情の揺らぎから夢見の居場所を辿っていたきせきも同調する。暢気に眠り続けているせいか、観測できる感情の起伏は極めて薄い。
前情報を元に、捜索の手間を省いて一気に上階へと続く階段へ。
一段目に足を掛けてみただけでは何も起こらない。やはりある程度進んでから坂となるようだ。
だからといって立ち尽くしているわけにもいかないので、ひとまずは上ってみることに。
六段、七段と歩いていく中で。
ガコン、と派手な駆動音が鳴り、全ての段差が潰れ平たいスロープとなった。覚者達はなんとか踏ん張りを利かそうとするも、『面接着』で床板に張りついたククルだけを残して、あえなく滑り落ちていく。
「うわっ、っと! あ、危なかったぁ……」
滑落途中、咄嗟にきせきは蔦を伸ばして手すりにしがみついてはみたが、身動きは取り辛い。
他五名は落ちた先の階段口で揉みくちゃになっている。
「……意地を見せようとは思ったんだけどな。仕方ない」
摩擦で赤らんだ素足をさすりながら、瑠璃は少しだけバツの悪そうな顔を作ると、階段中腹で待機しているククルにロープを投げる。
「二階のどこかに結んでくれ。それで登っていくから」
「まかせなさいっ!」
ロープを手にしたククルは得意気にウィンクを見せると、事も無げに軽々と坂道を駆け上がり、すぐ近くの柱に縛りつける。そして反対側の端を一階で待つ味方へと下ろす。
垂れ下がったロープを頼りに二階に進んでいく覚者達だったが。
「鳴神、ちょっと一仕事あるんで遅れます! 悠ちゃんよろしく!」
「オッケー! ちょっと待ってね! 赭緒ちゃん、もうひと頑張りだよ!」
一人居残った零は悠に何やら頼んでいる。請願された悠は悠で守護使役に激励を送りつつ、一心不乱にスケッチブックにペンを走らせていた。
二階で作業しているのは何も一人だけではない。
「この部屋は外れだね。鼓動が聴こえないし」
優れた平衡感覚を発揮してワックスの塗りたくられた廊下を渡っていく笹雪が探しているのは、無論夢見が眠りこけている寝室の場所だ。一室ずつ脈拍の音の有無で所在を判断していく。
「うう、普段通りに歩いてたらこけちゃうなー」
他方、ゆっくり進むしかないのは鏡香と瑠璃、それからきせきだ。鏡香はなるべく足を大きく上下動させないよう気をつけて歩行し、瑠璃は裸足で踏ん張っている。きせきは階段の時と同様に蔦で何かに掴まれないかと探ってはみたが、疎らな感覚で立つ柱くらいしかなく、あまり効果は得られなかった。
「またまたでばんっ! みらのんよろしくなのっ」
彼らを尻目に守護使役の力で浮遊して二階を飛び回るククルは実に楽しそうだ。
そうこうしているうちに、悠の没頭していたスケッチが終わったらしい。
「はい! こんな感じ!」
作成していたのは守護使役の偵察結果と、仲間が調べた内容を照らし合わせて記した屋敷二階部分の見取り図である。そのページをスケッチブックから切り取ると、一旦回収したロープの端で結んで階下の零に渡した。
「ありがとー! なるほどなるほど、ここがこうなって……」
じっくりと図面を眺める零。探しているのは、寝室の位置。
「一階で言うと、あそこの部屋だね。行ってきます!」
ダッシュで向かった先は寝室の真下に当たる箇所、一階奥にあるごく小さな和室だ。
躊躇なく引き戸を開けると、その瞬間に催涙ガスが噴射を始めた。妖狐の面で顔を隠し、出来るだけ粘膜を傷つけられないようにしながら窓まで突っ走る。
無理やりに換気し、目を開けていられる程度に濃度を薄める。それから。
「うふふふふ、ショートカットさせてもらうよ」
爪先に力を込めて畳を蹴り、天井に狙いを定め豪快な所作で太刀を振るった。刃は板張りの天井表面を切り裂くと同時に――数本の材木が零の頭上へと降り注ぎ、命中。
「うぎゃあっ!? これも罠!?」
ではなく、ただ天井の梁の一部が落ちてきただけである。普通に建造物の習性だった。
下でそんなドタバタ騒ぎが起きているとは露知らない六人はといえば。
「やっとここまで来れたね……ぼく、ちょっと疲れちゃった」
幾度かの転倒の末に辿り着いた寝室。扉の向こう側に、幽かにだが感情の震える気配がある。
残る障害は、あとひとつ。そしてそれは最大の障害でもある。
「……皆やばいよ。送風機動き始めたかも」
モーター音を聴き取った笹雪が全員に忠告する。寝室前の壁がひっくり返り、巨大な送風機が俄かに覚者達の前に出現。間髪入れずにプロペラが回転を開始した。
「今やらないと!」
先制攻撃を目論んでいたきせきによるマシンガン射撃は、送風機の軸足部分に数発命中する程度にとどまった。警戒を強め、あらかじめ壁際に寄っていた覚者達ではあったが、一瞬で最高速に達した風の勢力に不意を突かれるかたちになってしまう。
手加減一切なしに吹き荒れる豪風。
「これ、とんでたらぜったいだめっ! ミラノとみらのんふっとんじゃう~!」
浮遊を中断して床に伏せるククルだったが、小柄な体でこの風に耐えるのは非常に苦しい。
「あたし、スカートで来てるんだよぉ。色々危ないって~! 倫理とか含めて!」
不平を口にしながらも、笹雪は飛ばされた地点から匍匐前進で地道に這っていく。
最軽量の鏡香はといえば。
「うわわわわわっ!?」
盛大に吹き飛んでいた。
二階廊下は大量のワックスのせいで摩擦抵抗が著しく低いことは、自らの足で十分に理解している。送風機から離れたとして、この吹き飛ばされる勢いが止まることは早々ないであろう。
一気に転げ落ちることを覚悟した鏡香だったが。
「……? と、止まったぞー?」
目をぱちくりさせ、困惑と喜びが入り混じる彼の前に姿を見せたのは、遅れてやってきた零である。
「ワックス、結構拭き取っておいたからね」
バケツと雑巾片手に現れた零の眼は、微妙に涙の跡が残っていた。六人は足場の不安を取り除いてくれたことに感謝しつつも、あ、これ催涙ガスの部屋に行ってたな、と皆が察した。
「あれ、ロープまだあったっけ?」
「えへん! 床にこれ刺して登ってきました! ……ちょっとした登山家の気分だったよ、ホント」
言いながら、自身の得物を掲げる零。刃先に木屑が少し付着している。
「で、もう壊すしかない感じかな?」
「そうだね。一応最初に銃撃してはみたんだけど」
きせきが硝煙の昇る銃口を提示する。その傍らで、軍服の少年が強い意志を伴わせて拳を握った。
「人のもの勝手に壊すのは良くないんだぞ! ボクがスイッチ押して止めてくる!」
自由が利くようになった廊下を存分に踏み締め、思い切り助走を付けると、鏡香は快速を飛ばして送風機に急接近。距離を詰めるごとに体に受ける風圧は強くなるが、懸命に足を動かし続ける。
「ス、スイッチをー!」
最後の力を込めて手を伸ばす。が、そこに電源ボタンはない。それどころかパネルの類は一切なく、完全な自動制御であるようだ。
「うわー! こんなの壊すしかないじゃないかー!」
再び廊下を転がっていく鏡香。
「遠慮は……すべき状況じゃないか」
「やれる人いたらあたしのいるとこまで来て。ここからなら届くから」
「よーし、ぶち壊してやる!」
「それでは僭越ながら、一番、悠、いっきまーす☆」
遠距離から攻撃できる『召雷』を身に付けた四人が寄り合い、一斉に電撃を放射する。
立ち昇る黒煙と共に、風は強制的に終了させられた。
●Z
「結構派手にやっちゃったねぇ」
電圧の過負荷で壊れた送風機を壁の反対側に押し込みながら、笹雪は言う。
「やらないとやられてた。まことにひじょうなせかいなのだっ」
腕を組んだククルは一人うんうん頷く。
「……というか、ここからが本番なんだっけ。夢見を招聘しないと」
念のためノックしてみるが、やはり反応はない。一瞬触れるのを戸惑った後で、恐る恐る瑠璃はドアノブを握る。何かしらの仕掛けはない。鍵も付けられていない。
寝室へと進み入る。
そこには身の丈に合わないサイズのベッド以外特に目に付くものはなかった。布団に包まれているボサボサ髪の少女が立てる寝息の他に、聴覚を刺激する音も存在しない。とても静かな空間だった。
「この子が、みはりちゃん、だっけ」
「そう」
「寝てるね」
「うん」
「……起きないね」
「うん」
自然に起きるまで待つ予定だった覚者達は急に手持ち無沙汰に陥った。
「ふぁぁぁ、ボクも眠くなってきたぞ。おやすみー」
家中走り回って疲れ果てた様子の鏡香は夢見と寄り添うように布団の中に入っていった。あどけなさの残る寝顔が二つ並ぶ。
「カードとか持ってきてるけど遊ぶ?」
悠が紙束を取り出してみせる。
「いや、全然起きる気配がないから、軽くゆすって起こしたほうがいい」
瑠璃が試してみる。起きない
「声も掛けたほうがいいんじゃない? おーい、起きてー」
笹雪が肩を揺らしながら耳元で呟く。起きない。
「……起きろー!!」
きせきがすぅと息を吸ってから大声で叫ぶ。鏡香はこれで起きた。
「おはよおおおおおございまああああああああああああす!!」
痺れを切らした零は布団を剥ぎ取ると、鼓膜に直接届きそうな距離から絶叫した。
流石に目を覚ました。寝起きな上に見知らぬ顔がずらりと並んでいるものだから、困惑し切っている。
「ほらほら、こんな所にいたら、腐るよ! はい、水! はい、食料!」
「ボクのチョコもあげるぞ! どうだ!」
しかも大量に食べ物を差し出される。
「あ、おはよー? 寝起きにごめんね。大体は察してるかもだけど、勧誘に来ましたよー」
とりあえず笹雪が本題に入る。
「はっ。も、もしかして、夢に出てきた人攫いですかっ」
「違うよ! あのね、ぼくたち、君にぴったりのお仕事紹介しに来たんだー! 毎日好きなだけ寝て、夢の内容をぼくたちにお話してくれるだけでいいんだよ!」
夢見の業務について掻い摘んで、そして若干誇張気味に聞かせるきせき。虱潰みはりという人間の性格を考えると、楽な仕事であることをアピールしないと受けてくれないだろう。
「あの仕掛け突破してきたってことは、みんな凄い人達なんだよね……初めてだし」
「あたしらからしたら、夢見のほうが断然レアだけどねぇ。そのせいで変な人に追われる夢見てるんでしょ? F.i.V.E.ならそういうことがないように守ってもあげられるしさ」
自身が持つ力の稀少性に気づかせるために、笹雪は予知夢を見られることがどれだけ特別か、どれだけ欲しがられている人材であるかを教える。
「ねるだけでよのひとびとをまもってしまう、ちょうかっこいいヒロインになってみないっ?」
舞台女優のように胸に手を当ててククルは問い掛ける。
「夢を見てそれを話す簡単なお仕事だよ? 三食美味しいご飯もついてくる!」
「さ、さんしょく」
悠の言葉にみはりはごくりと喉を鳴らした。毎日寝てばかりとはいえ腹は減るようだ。
「個人的には、うちで寝ててくれれば別に働かなくてもいいんだけどな。他の組織にさえ属さなければ」
「うーんうーん」
眠ってるだけでもいいと言われ心が揺らいでいるらしい。
「そ、そこまで言うなら……やってみようかなぁ。ううん、やりたくなってきちゃったよ。寝てて、ごはんも出るなんて、現実なのに夢みたい」
みはりは悩んだ末、快諾した。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
