≪花骨牌暗躍≫陽だまりの笑顔は蜘蛛に届かない
●蜘蛛の心を溶かした少年の笑顔
陽君の笑顔は、まるで陽だまりのような笑顔だった。
私が古妖だと知ってもその笑顔が変わることなく、触れれば傷つけると拒絶する手を取ってくれた。
本当は私の方が人を魅了する立場なのに。
気が付けば私がその笑顔に魅了されていた。
牙を収め、爪を隠し。その笑顔を壊さないように生きていこう。そう誓ったのは一年前。冬が来て、春を迎え、夏を過ごし、そして秋になって――
「黒舘おねえちゃん」
電話――今はスマートフォンと言うのか――越しに聞こえる陽君の声。それはどこか緊張を含んでいた。そして目の前の男が笑みを浮かべている。
「と、いうわけだ。アンタの愛人は俺達が押さえている。今は何も手を出していないが、アンタの態度一つでどうなるかはわかるよな?」
「……抱きたいなら、抱けばいいわ」
「いやいや。確かにアンタは魅力的だがそういうわけにはいかない。大暴れしてほしいんで、体力を奪うわけにはいかないんだ」
服を脱ぎかけた私を制する男の声。
「午後一時。ちょうど人手が多くなるころだ。そこで正体を明かして大暴れしてほしい。何人か人を喰ってもいいぜ。しばらく食べてないんだろう、人」
「私はそういうことはしないと――」
「あの坊主に誓った、か。健気だねぇ。その坊主がどうなってもいい、っていうのならそうしな。
ああ、怒りに任せて俺を殺してもいい。だけど俺からの定時連絡がなければあの坊主を殺すように伝えてある」
「…………悪党」
私に逆らうという選択肢はない。陽君を守るためなら、私は何でもする。無関係な人を殺すぐらい、造作もない。もう陽君とは会うことはないだろうけど――
「良い顔だ。惚れ惚れするぜ、絡新婦」
人の姿から本来の蜘蛛の姿に身を変える。
私は絡新婦『黒舘』。火を吐く子蜘蛛を使役する女の古妖。
●FiVE
「おねショタって憧れだよな! 違うんだ聞いてくれ姉と妹に優しくされたいというこもごものストレスが――」
のっけから何を言っているんだと白い目で見られる久方 相馬(nCL2000004)。個性的な姉と妹を持つ長男と言うのは色々気苦労があると主張する。半分以上自業自得だが、それはさておき。
「七星剣の隔者が古妖を脅迫して街を襲わせようとしている。人質を取って、いうことを聞かせようとしているんだ」
人と繫がりのある古妖。種を超えた情熱はそう簡単には生まれないが、皆無ではない。その関係を知った七星剣の隔者が悪用しようとしているのだ。
「古妖を町で暴れさせようとしているんだけど……それだけだ。沢山の人がやけどを負うけど人死ににまでは至らない。古妖も手加減をしているんだろうな。
だけどその後、古妖は街の人に追い出される形でいなくなる。守ろうとした子と会うことなく」
辛い話だよな、と相馬が頷く。
「人質の方は別部隊が押さえに行くんで、それまで古妖をどうにかしてほしいんだ。人質が解放されれば大人しくなるだろうけど、それまでは七星剣の味方として動く。炎を吐く子蜘蛛を操るんで、回復役はその辺りを留意した構成の方がいいかもな。
七星剣はどうも古妖と人間の関係を悪化させようとしているみたいだ。人との縁を切らせて、孤立させる。その後どうするかはわからないけど」
暗躍する七星剣。あえて古妖に人との縁を切らせて後をつければ、それなりに情報は入るだろう。だが――
「よろしく頼むぜ。古妖と人の愛をばっちり守ってやろうじゃないか」
それに賛同する者はここにはいない。相馬はそう信じて、覚者達を送り出した。
陽君の笑顔は、まるで陽だまりのような笑顔だった。
私が古妖だと知ってもその笑顔が変わることなく、触れれば傷つけると拒絶する手を取ってくれた。
本当は私の方が人を魅了する立場なのに。
気が付けば私がその笑顔に魅了されていた。
牙を収め、爪を隠し。その笑顔を壊さないように生きていこう。そう誓ったのは一年前。冬が来て、春を迎え、夏を過ごし、そして秋になって――
「黒舘おねえちゃん」
電話――今はスマートフォンと言うのか――越しに聞こえる陽君の声。それはどこか緊張を含んでいた。そして目の前の男が笑みを浮かべている。
「と、いうわけだ。アンタの愛人は俺達が押さえている。今は何も手を出していないが、アンタの態度一つでどうなるかはわかるよな?」
「……抱きたいなら、抱けばいいわ」
「いやいや。確かにアンタは魅力的だがそういうわけにはいかない。大暴れしてほしいんで、体力を奪うわけにはいかないんだ」
服を脱ぎかけた私を制する男の声。
「午後一時。ちょうど人手が多くなるころだ。そこで正体を明かして大暴れしてほしい。何人か人を喰ってもいいぜ。しばらく食べてないんだろう、人」
「私はそういうことはしないと――」
「あの坊主に誓った、か。健気だねぇ。その坊主がどうなってもいい、っていうのならそうしな。
ああ、怒りに任せて俺を殺してもいい。だけど俺からの定時連絡がなければあの坊主を殺すように伝えてある」
「…………悪党」
私に逆らうという選択肢はない。陽君を守るためなら、私は何でもする。無関係な人を殺すぐらい、造作もない。もう陽君とは会うことはないだろうけど――
「良い顔だ。惚れ惚れするぜ、絡新婦」
人の姿から本来の蜘蛛の姿に身を変える。
私は絡新婦『黒舘』。火を吐く子蜘蛛を使役する女の古妖。
●FiVE
「おねショタって憧れだよな! 違うんだ聞いてくれ姉と妹に優しくされたいというこもごものストレスが――」
のっけから何を言っているんだと白い目で見られる久方 相馬(nCL2000004)。個性的な姉と妹を持つ長男と言うのは色々気苦労があると主張する。半分以上自業自得だが、それはさておき。
「七星剣の隔者が古妖を脅迫して街を襲わせようとしている。人質を取って、いうことを聞かせようとしているんだ」
人と繫がりのある古妖。種を超えた情熱はそう簡単には生まれないが、皆無ではない。その関係を知った七星剣の隔者が悪用しようとしているのだ。
「古妖を町で暴れさせようとしているんだけど……それだけだ。沢山の人がやけどを負うけど人死ににまでは至らない。古妖も手加減をしているんだろうな。
だけどその後、古妖は街の人に追い出される形でいなくなる。守ろうとした子と会うことなく」
辛い話だよな、と相馬が頷く。
「人質の方は別部隊が押さえに行くんで、それまで古妖をどうにかしてほしいんだ。人質が解放されれば大人しくなるだろうけど、それまでは七星剣の味方として動く。炎を吐く子蜘蛛を操るんで、回復役はその辺りを留意した構成の方がいいかもな。
七星剣はどうも古妖と人間の関係を悪化させようとしているみたいだ。人との縁を切らせて、孤立させる。その後どうするかはわからないけど」
暗躍する七星剣。あえて古妖に人との縁を切らせて後をつければ、それなりに情報は入るだろう。だが――
「よろしく頼むぜ。古妖と人の愛をばっちり守ってやろうじゃないか」
それに賛同する者はここにはいない。相馬はそう信じて、覚者達を送り出した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.21ターンまで全滅しない。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
別に倒してしまってもいいんだぜ?
●敵情報
・絡新婦『黒舘』
古妖。カジュアルな服を着た女性の姿をしています。古妖の姿になった時は肌が黒と黄色の斑に染まり、指先から糸が伸びて一〇匹の子蜘蛛を使役します。子蜘蛛含めて1キャラクターです。
人質が解放されるまで(20ターン目終了)までは七星剣を守るように動きます。それまで説得は通じません。
攻撃方法
黒黄斑の爪 物近単 黒舘が爪を振るいます。【二連】
子蜘蛛の牙 物近列 十匹の子蜘蛛が噛みついてきます。【猛毒】
子蜘蛛の炎 特遠全 子蜘蛛たちが炎を吐きます。【火傷】
連なる炎 特遠貫2 子蜘蛛たちが陣を取り、集中して火を吹きます。【炎傷】(100%、50%)
子蜘蛛の壁 P 子蜘蛛たちと糸が足止めします。4名までブロック可能。
・迫水栄二
七星剣隔者。今回の計画の絵図を書いた者です。智謀策略などでのし上がってきたタイプで、戦闘はからっきしです。
彼を倒しても人質は解放されません。むしろ危険が及んだと知れれば、人質に危険が及ぶ可能性があります。
●NPC
・飯島陽太
一般人。15歳。七星剣に人質に取られています。
20ターン目終了時に救出成功の報が届きます。
●場所情報
繁華街の駅前。時刻は昼。事前にFiVEスタッフが動いているため、人払いは完璧です。
戦闘開始時、敵前衛に『黒舘』、中衛に『迫水』がいます。
事前付与は一度だけ可能です。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2018年10月31日
2018年10月31日
■メイン参加者 5人■

●
(人と古妖、お互いへのその思いが成就するかは解りません)
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は絡新婦を見ながら静かに思いに耽る。種族の差は大きい。同じ人間同士でさえ、差は存在してそれで苦しむこともある。価値観、寿命、生活……そう言った違いは想いだけで乗り越えられるのか、わからない。だが、
(何時か陽太様も古妖より人を選ぶ時が来るのかもしれません。
けれどそれは陽太様と黒舘が決める事。邪で理不尽な思惑で断ち切られてよい絆では無い筈。いのりは決して許しませんわ!)
その関係を私欲で壊そうとする七星剣を許すつもりはない。その決意を込めて覚醒する。
(おねショタバンザイ! じゃなくて……!)
異種族のお姉さんと少年の恋愛。非常識ながらも純粋なお姉さんと、力がないからこそ一生懸命背伸びする少年。二人の関係は壊れそうで、だからこそ互いを強く握りしめようとする。『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は心の声を何とか抑え、シリアスに戻る。
「街で暴れるなんて、そんなことはさせないぞ!」
守護使役の『ライライさん』から刀を受け取り、黒舘を指差し叫ぶ奏空。火を吹く子蜘蛛を操る絡新婦。それが街で暴れれば大惨事だ。、もちろん、脅されてやらされていることは知っている。これは隔者の気を引くためのパフォーマンスだ。
「うん、一番嫌いなタイプの男だ」
隔者の迫水を見て頷く『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)。子供を人質にとって古妖に暴力行為を強要させる。そんな相手が許せるわけがない。しかし今は手が出せない。人質が解放されるのを待つだけだ。
「紡、ああいう男には引っかかっちゃ駄目だよ。女の敵……というか人間のゴミだ」
後ろにいる親友に声をかけ、彩吹は踵を鳴らす。こんこんと地面を蹴るブーツの硬い音が響いた。戦う前のウォーミングアップ。操られているとはいえ、相手は古妖だ。気合を入れないと大怪我してしまうだろう。
「んー。イロゴトに関しては彩吹ちゃんの方が心配なんだけど」
彩吹の言葉に頷きながら答える『天を舞う雷電の鳳』麻弓 紡(CL2000623)。悪人に引っかかりはしないだろうが、ダメンズを世話して自分を壊しそうではある。親友として色恋沙汰に疎い彩吹を心配していた。
「ま、それはともかく最後まで走り切るよ」
肩の力を抜き、戦いに意識を向ける紡。恋愛の必至な古妖と人間。そういうのを見ると放っておけない心境だ。作戦を成功させてみんなで笑って帰る。その為にも誰一人として倒れさせやしない。
『陽太を助ける為に今FiVEの仲間が向かってる! だからオレ達の時間稼ぎに付き合ってくれねーか?』
他の仲間が隔者の気を引いている間に『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬 翔(CL2000063)が念話で黒舘と交渉していた。捕らわれている少年はこちらで助けるから、戦っているふりをしてくれ、と言う内容だ。
『なあ、もう一回、陽太に会いてーだろ! 一緒に助かろうぜ!』
『駄目。陽君が確実に助かるなんて保証はない。下手な演技をしてあの男にバレれば陽君がどうなるかわからない。それに――』
『それに?』
『もう私は陽君に会わない。こんなことが起きるなら、一緒にいない方がいい』
拒絶の想いが翔に届く。翔は心の中で舌打ちし、結果を仲間に伝えた。
「貴方達に恨みはないけど……燃やさせてもらうわ」
「ああ、存分に暴れな。そうすりゃ愛人は無事に返してやる」
黒舘の指先から伸びる糸。その先に繋がった子蜘蛛が小さく火を吐いた。隔者は戦いの気配を察し、後ろに下がる。
覚者達は神具を構え、古妖を救うべく戦いに挑む。
●
「ここで止めてみせる!」
真っ先に動いたのは奏空だ。刀を抜き放ち、子蜘蛛をかわしながら一気に黒舘に迫る。交渉が上手く行こうが行くまいが、ここで止めなくてはいけないのは事実だ。人質が解放されるまで、戦うのみ。
足のつま先を絡新婦から少し逸らし、そのまま刀を振り上げる。横に大きく振るった一閃は子蜘蛛と黒舘を巻き込んだ攻撃。返す刀でさらにもう一撃。速度と手数。それが奏空の強み。確かな手ごたえが手の平から伝わってくる。
「……思ったより硬い!」
「これが絡新婦の真の姿よ」
「面倒だな。だけどやるしかねーか!」
『古妖の強さに驚いている』フリをする翔。しかしやるしかない、ということには変わらない。幸いなことに、暴れても誰かを巻き込むということはないし倒すつもりもない。ただ戦っているふりをして耐えるのみだ。
印を切り、源素を解放する。翔の身体から発せられた稲妻が龍を形どり、巨大な顎を開く。獰猛な獣を思わせる雷轟が響き渡り、黒舘を喰らわんと稲妻が走る。閃光が走り、竜は絡新婦を捕らえ、激しい雷撃をもって攻め立てる。
「……やったか!?(いや、殺しちゃまずいんだよ!)」
「ええ。効いたわよ」
「だったら動きを封じますわ!」
頷きいのりが『冥王の杖』を構える。どのような状況であっても、いのりは怯まない。それは世間知らずということもあるが、心の中に強い芯があるからだ。この力は誰かの幸せのためにあるもの。両親から受け継いだ意思が今も心で輝いている。
天の源素を解き放ち、周囲の空気に干渉するいのり。発生した霧が絡新婦を包み、その視界を奪う。完全に視界を奪うことはできないが、多少は目を逸らせるはずだ。黒舘を殺すつもりはない。生きて陽太と再会させるのだ。
「所でそこの貴方、古妖を使って何を企んでいますの?」
「さあな。そいつを話す義理はないね」
「だったらぶちのめすのみだ」
平坦な声に静かな怒りを乗せて彩吹が隔者に迫る。源素を使って身体能力を強化し、隔者に殴り掛かる。本当は蹴り殺したいけど、今それをすると人質に危険が及ぶ可能性がある。加減しなくては。
脇をしめて拳を握る。重要なのは体の軸を意識すること。蹴り技だろうが拳だろうが、その基礎は変わらない。重心を揺らさないように滑るように移動して、その勢いを殺さないように拳を振るう彩吹。流れる様にもう一発を隔者の顔に叩き込んだ。
「くそ、俺を守れ絡新婦!」
「七星剣は古妖と人を仲違いさせようとしている。こんな奴のいうことを聞くな!」
「聞いてくれると嬉しいんだけどねー」
彩吹の言葉に頷くように紡が緩くほほ笑む。聞いてくれるとは思わないが、偽りのない本心だ。案の定、絡新婦は隔者を守るために動く。本当に守りたい人の為に、本当に殺したい者を守る。その気持ちを想像し、ため息をついた。
気持ちを切り替え、『ネウラ・クーンシルッピ』を握る紡。子蜘蛛の掃く炎を意識し、水の術式を展開する。紡の動きに合わせるように雨雲が広がり、霧のような小雨を降らす。雨に含まれる元素が覚者達の傷を癒し、子蜘蛛の炎を鎮火していく。
「傷は癒すからどんどん頑張ってねー」
「あいつが回復役か……。もう少し手駒を連れてくるべきだったか」
悔やむ迫水。覚醒している迫水は電波を使う機器での連絡が取れない。遠くにいる部下に命令して陽太に危害を加える、という脅しが使えないのだ。何とかの場を切り抜けるしかない。だが、
「そんな温い攻撃でこの絡新婦を止められると思うなよ」
「そういうわけだから、ごめんなさい」
短く言い放ち、黒舘が子蜘蛛を操る。振るわれる爪は覚者の皮膚を裂き、炎が戦場を蹂躙する。そしてその脅威は迫水を狙っている彩吹に向けられた。
「まだだよ……!」
子蜘蛛の炎で命数を削られた彩吹。しかしまだ負けるわけにはいかないと立ち上がる。
迫水に分からないように、こっそりと時間を確認する覚者。予定の刻限まではまだ遠い。 悪意に操られる古妖の攻撃は、まだ止むことはない。
だが、それに臆する覚者ではない。神具を握りしめ、戦いに挑む。
●
「謝罪はしないわ。追わないであげるから危なくなったら逃げなさい」
黒舘の攻撃は容赦ない。それが古妖としての本性なのだと示すように爪が振るわれ、炎が戦場を蹂躙する。
「しゃーねぇ! 回復手伝うぜ!」
翔は仲間が火傷するのを見て、攻撃から回復に移行する。元より絡新婦を殺すつもりはない。そういう意味では攻撃せずに済むのは願ったりだ。とはいえ、本当に守勢に回らないと誰か倒れそうなのも確かだった。
人差し指を立て、印を切る。五行思想の陰の関係。相剋と呼ばれる相性技術。火に対するは水。水を活性化させるは天の恵み。循環する自然を用い、厄を祓う。それが陰陽術師。翔が指を振るうと同時に放たれる水の気が子蜘蛛の炎を浄化する。
「せっかく人と仲良くしてくれる古妖を何で脅すんだよ! ほんと七星剣はろくな事しねーな! 卑怯者め!」
「その卑怯な奴に負けるんだよ。この蜘蛛も、FiVEもな! 花骨牌様の策に!」
「その策だけど、下っ端のあんたはなにも聞かされていないんだろうね」
迫水を挑発するように奏空が口を開く。花骨牌が描く策謀の絵図。おそらく迫水はその全体図を知らされていない。ただ命令されて動くだけの使い走りだ。だがあるいは何か気付いているかもしれないと煽ってみる。
同時に絡新婦に斬りかかる奏空。奏空も黒舘を倒すつもりはないが、かといって何もしないと迫水が怪しむだろう。古妖の爪と打ち合うように刃を振るい、踏み込んでいく。手を抜区余裕はない。気を抜くと絡新婦の爪が喉元に迫ってくる。
「黙れ! その減らず口を燃やしてしまえ!」
「図星か。そんな所と思ったけど!」
「ともあれ、今を凌ぐしかないようですわね」
戦場を俯瞰するように見るいのり。守護使役の『ガルム』に音による探査を試みさせながら、最善の策を思考していた。人質を奪還すればFiVEスタッフが合図を送る散弾になっている。それを焦れるように待っていた。
天の術式を用いて、絡新婦に雷撃を加えるいのり。痺れて動きが止まってくれれば、と放った稲妻は、しかし動きを封じるには至らない。元々の頑強さか愛する人を守りたい一心か。それでもいのりは希望を捨てず、望む結末の為に戦う。
「とはいえ、中々に厳しいですわね」
「陽君の為に、倒させてもらうわ」
「必死なくらいに恋愛モード。そういうの、ほっとけないんだよね」
誰にも聞こえないように小さく呟く紡。誰かを強く想い、それを元に行動する。その気持ちは痛いほど理解できる。二年前の古傷がじくりと痛んだ。それを押さえるように胸に手を当て、大きく深呼吸する。
倒れそうなほど傷を受けている親友に目を向け、水の源素を解放する。癒しの水を一点に凝縮し、不純物を取り除く。純粋な『癒し』を詰め込んだ水滴が仲間の傷に向かって落ちていく。水滴が傷口に触れると同時、澄み渡る感覚が体内に満ちていく。
「彩吹ちゃん、ガンバ! 無理なら下がってもいいよ」
「無理? 冗談だろう、紡。私はまだまだやれる」
口元に笑みを浮かべて彩吹が拳を握る。絡新婦に受けた傷は決して浅くはないが、それをカバーできる仲間がいる。ならばそれに応えるのが自分の役目だ。藍色の瞳で隔者を睨み、力の限りに拳を振るう。
この戦いでの脅威は絡新婦だが、彩吹からすれば彼女は敵ではない。真の敵はこの隔者だとばかりに拳を握り、叩きつける。神具も何も纏っていない拳の一撃。スピードの乗った拳の連打は、しかし隔者を倒すには至らない――わざとそうしているのだが。
「こいつのいうことを聞いても人質が帰ってくるとは限らないぞ!」
「言うことを聞かないと確実に陽君は危険な目に合う。今の私にはそうするしかない」
何度も繰り返されたやり取り。傍目には『無駄な説得を繰り返している』ように見えるだろう。
だから迫水は気付かない。FiVEが放っているもう一つの矢に。人質を救うべく動く部隊に。もし気付いたのなら無理やり逃亡し、人質に危害を加えるよう動いていた。
そしてその矢が、迫水の急所を穿つ。
『ただ今、四時になりまし――失礼、間違えました』
車のスピーカーから聞こえる放送。それは控えていたFiVEスタッフからの連絡。その意味は『人質奪還に成功した』――
覚者達はゆっくりと迫水を見る。その辺かに気づいた迫水は疑問符を浮かべるが、それまでだ。真実に気付くには至らない。
「私にしては頑張った。ここまでアレを蹴りあげるの耐えた。自分で自分を褒めてやりたい」
笑みを浮かべて彩吹が踵て地面を叩く。今まで拳で戦ってきたのは、迫水を追い詰めないためだ。人質が奪還された以上、我慢する必要はない。
「お、俺からの定時連絡がなければあの坊主の命は――」
「その人質はもう解放された。これでお前を倒すのにためらう理由はない」
「ねえねえ。鳳凰ちゃんずの嘴ドリルお見舞いしてもいいと思う? 三回転くらいなら、まだ平気だよね?」
「いやいや紡――三回と言わずに好きなだけやろう。穴開けて膿出さないと」
「マ、マジか!? 待て、絡新婦! こいつらの言っていることがハッタリの可能性も――」
「雷凰の舞ー!」「鋭! 刃! 想! 脚!」
「ぐげふぅ!」
紡の生み出した稲妻の鳳と彩吹の蹴りが、迫水に容赦なく叩きこまれた。
●
「………本当に、陽君は無事なのね」
「ええ。なんでしたら声を聞きますか?」
覚醒を解いたいのりがスマートフォンでFiVEの別動隊と連絡を取る。陽太に喋ってもらうように頼み、スピーカーモードをオンにする。
『黒舘お姉ちゃん! ぼくは無事だよ! もう悪いことしなくていいよ!』
聞こえてきた声に口元を押さえて涙する黒舘。先ほどまでの猛威を振るった絡新婦都とは思えない。そこにいるのは、一人の少年を案ずる女性の姿だった。黒舘は何かを堪えるように強く拳を握る。いわなくちゃ。これ以上、私と一緒にいては危ないと。
「黒舘様」
それを察したいのりが絡新婦の手を取り声をかける。
「姿を消すおつもりかもしれませんけれど、それで一番傷つくのは陽太様だと思います」
「あ……でも、私は人じゃない……貴方達だって身をもって知ったでしょう……私みたいなのがいれば、あの子にまた迷惑を……」
「ええ。それは事実かもしれません」
黒舘の言葉に頷くいのり。彼女が絡新婦で、陽太が人間であることは事実だ。七星剣の妨害こそ凌いだが、それ以外の要因で種族の差に寄るトラブルが発生するかもしれない。それでも――
「それでも、その想いは嘘じゃないはずです。
結果がどうなるにせよ貴方は陽太様の気持ちを受け止めるべきですわ」
「うう、うううううううう……!」
感極まってボロボロと涙する黒舘。そのままスマートフォンを受け取り、しゃくりあげながら言葉を交わす。
「念のためにFiVEで保護してもらうか。それにしても――」
奏空はため息をついて、出発前に告げられた夢見からの報告を思い出す。七星剣のそれぞれの星の言葉。すなわち――『貪狼』『巨門』『禄存』『文曲』『廉貞』『武曲』『破軍』――そう呟く花骨牌の夢。
(キュウビと同じ名前……これが偶然なのかは解らない。だけどもし何らかの因果関係があるのなら――)
七星剣に対抗するには、白狐の力を借りなくてはいけない。
「ところでさ、相馬が言ってた『おねしょた』って何だ?」
よくわからない、と首をひねる翔。話の流れから黒舘と陽太の関係だろうということは察したが、何をどういうふうに指しているのかが分からない。仲睦まじい古妖と人間の仲じゃないか。
「あー、あははは……」
そんな翔を見て紡は乾いた笑いを浮かべる。二十三歳と一四歳の関係。とはいえ戦闘時はほぼ同い年。さてこの関係やいかに。いろいろモヤモヤとするが、頭を振って気持ちを切り替えた。周りの恋愛モードに当てられたかな、と小さくつぶやく。
「これでめでたしめでたしだな。しかし七星剣の企みがこれで終わるわけでもない、か」
完全に動かなくなった迫水を縛り上げ、彩吹が口を開く。黒舘に対する企みはこれで潰えただろう。だが七星剣が古妖を狙うこと自体を止めれたわけではない。首魁の八神と花骨牌を止めなくては。
七星剣との決着は近い。その空気を覚者達はひしひしと感じていた。
(人と古妖、お互いへのその思いが成就するかは解りません)
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は絡新婦を見ながら静かに思いに耽る。種族の差は大きい。同じ人間同士でさえ、差は存在してそれで苦しむこともある。価値観、寿命、生活……そう言った違いは想いだけで乗り越えられるのか、わからない。だが、
(何時か陽太様も古妖より人を選ぶ時が来るのかもしれません。
けれどそれは陽太様と黒舘が決める事。邪で理不尽な思惑で断ち切られてよい絆では無い筈。いのりは決して許しませんわ!)
その関係を私欲で壊そうとする七星剣を許すつもりはない。その決意を込めて覚醒する。
(おねショタバンザイ! じゃなくて……!)
異種族のお姉さんと少年の恋愛。非常識ながらも純粋なお姉さんと、力がないからこそ一生懸命背伸びする少年。二人の関係は壊れそうで、だからこそ互いを強く握りしめようとする。『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は心の声を何とか抑え、シリアスに戻る。
「街で暴れるなんて、そんなことはさせないぞ!」
守護使役の『ライライさん』から刀を受け取り、黒舘を指差し叫ぶ奏空。火を吹く子蜘蛛を操る絡新婦。それが街で暴れれば大惨事だ。、もちろん、脅されてやらされていることは知っている。これは隔者の気を引くためのパフォーマンスだ。
「うん、一番嫌いなタイプの男だ」
隔者の迫水を見て頷く『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)。子供を人質にとって古妖に暴力行為を強要させる。そんな相手が許せるわけがない。しかし今は手が出せない。人質が解放されるのを待つだけだ。
「紡、ああいう男には引っかかっちゃ駄目だよ。女の敵……というか人間のゴミだ」
後ろにいる親友に声をかけ、彩吹は踵を鳴らす。こんこんと地面を蹴るブーツの硬い音が響いた。戦う前のウォーミングアップ。操られているとはいえ、相手は古妖だ。気合を入れないと大怪我してしまうだろう。
「んー。イロゴトに関しては彩吹ちゃんの方が心配なんだけど」
彩吹の言葉に頷きながら答える『天を舞う雷電の鳳』麻弓 紡(CL2000623)。悪人に引っかかりはしないだろうが、ダメンズを世話して自分を壊しそうではある。親友として色恋沙汰に疎い彩吹を心配していた。
「ま、それはともかく最後まで走り切るよ」
肩の力を抜き、戦いに意識を向ける紡。恋愛の必至な古妖と人間。そういうのを見ると放っておけない心境だ。作戦を成功させてみんなで笑って帰る。その為にも誰一人として倒れさせやしない。
『陽太を助ける為に今FiVEの仲間が向かってる! だからオレ達の時間稼ぎに付き合ってくれねーか?』
他の仲間が隔者の気を引いている間に『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬 翔(CL2000063)が念話で黒舘と交渉していた。捕らわれている少年はこちらで助けるから、戦っているふりをしてくれ、と言う内容だ。
『なあ、もう一回、陽太に会いてーだろ! 一緒に助かろうぜ!』
『駄目。陽君が確実に助かるなんて保証はない。下手な演技をしてあの男にバレれば陽君がどうなるかわからない。それに――』
『それに?』
『もう私は陽君に会わない。こんなことが起きるなら、一緒にいない方がいい』
拒絶の想いが翔に届く。翔は心の中で舌打ちし、結果を仲間に伝えた。
「貴方達に恨みはないけど……燃やさせてもらうわ」
「ああ、存分に暴れな。そうすりゃ愛人は無事に返してやる」
黒舘の指先から伸びる糸。その先に繋がった子蜘蛛が小さく火を吐いた。隔者は戦いの気配を察し、後ろに下がる。
覚者達は神具を構え、古妖を救うべく戦いに挑む。
●
「ここで止めてみせる!」
真っ先に動いたのは奏空だ。刀を抜き放ち、子蜘蛛をかわしながら一気に黒舘に迫る。交渉が上手く行こうが行くまいが、ここで止めなくてはいけないのは事実だ。人質が解放されるまで、戦うのみ。
足のつま先を絡新婦から少し逸らし、そのまま刀を振り上げる。横に大きく振るった一閃は子蜘蛛と黒舘を巻き込んだ攻撃。返す刀でさらにもう一撃。速度と手数。それが奏空の強み。確かな手ごたえが手の平から伝わってくる。
「……思ったより硬い!」
「これが絡新婦の真の姿よ」
「面倒だな。だけどやるしかねーか!」
『古妖の強さに驚いている』フリをする翔。しかしやるしかない、ということには変わらない。幸いなことに、暴れても誰かを巻き込むということはないし倒すつもりもない。ただ戦っているふりをして耐えるのみだ。
印を切り、源素を解放する。翔の身体から発せられた稲妻が龍を形どり、巨大な顎を開く。獰猛な獣を思わせる雷轟が響き渡り、黒舘を喰らわんと稲妻が走る。閃光が走り、竜は絡新婦を捕らえ、激しい雷撃をもって攻め立てる。
「……やったか!?(いや、殺しちゃまずいんだよ!)」
「ええ。効いたわよ」
「だったら動きを封じますわ!」
頷きいのりが『冥王の杖』を構える。どのような状況であっても、いのりは怯まない。それは世間知らずということもあるが、心の中に強い芯があるからだ。この力は誰かの幸せのためにあるもの。両親から受け継いだ意思が今も心で輝いている。
天の源素を解き放ち、周囲の空気に干渉するいのり。発生した霧が絡新婦を包み、その視界を奪う。完全に視界を奪うことはできないが、多少は目を逸らせるはずだ。黒舘を殺すつもりはない。生きて陽太と再会させるのだ。
「所でそこの貴方、古妖を使って何を企んでいますの?」
「さあな。そいつを話す義理はないね」
「だったらぶちのめすのみだ」
平坦な声に静かな怒りを乗せて彩吹が隔者に迫る。源素を使って身体能力を強化し、隔者に殴り掛かる。本当は蹴り殺したいけど、今それをすると人質に危険が及ぶ可能性がある。加減しなくては。
脇をしめて拳を握る。重要なのは体の軸を意識すること。蹴り技だろうが拳だろうが、その基礎は変わらない。重心を揺らさないように滑るように移動して、その勢いを殺さないように拳を振るう彩吹。流れる様にもう一発を隔者の顔に叩き込んだ。
「くそ、俺を守れ絡新婦!」
「七星剣は古妖と人を仲違いさせようとしている。こんな奴のいうことを聞くな!」
「聞いてくれると嬉しいんだけどねー」
彩吹の言葉に頷くように紡が緩くほほ笑む。聞いてくれるとは思わないが、偽りのない本心だ。案の定、絡新婦は隔者を守るために動く。本当に守りたい人の為に、本当に殺したい者を守る。その気持ちを想像し、ため息をついた。
気持ちを切り替え、『ネウラ・クーンシルッピ』を握る紡。子蜘蛛の掃く炎を意識し、水の術式を展開する。紡の動きに合わせるように雨雲が広がり、霧のような小雨を降らす。雨に含まれる元素が覚者達の傷を癒し、子蜘蛛の炎を鎮火していく。
「傷は癒すからどんどん頑張ってねー」
「あいつが回復役か……。もう少し手駒を連れてくるべきだったか」
悔やむ迫水。覚醒している迫水は電波を使う機器での連絡が取れない。遠くにいる部下に命令して陽太に危害を加える、という脅しが使えないのだ。何とかの場を切り抜けるしかない。だが、
「そんな温い攻撃でこの絡新婦を止められると思うなよ」
「そういうわけだから、ごめんなさい」
短く言い放ち、黒舘が子蜘蛛を操る。振るわれる爪は覚者の皮膚を裂き、炎が戦場を蹂躙する。そしてその脅威は迫水を狙っている彩吹に向けられた。
「まだだよ……!」
子蜘蛛の炎で命数を削られた彩吹。しかしまだ負けるわけにはいかないと立ち上がる。
迫水に分からないように、こっそりと時間を確認する覚者。予定の刻限まではまだ遠い。 悪意に操られる古妖の攻撃は、まだ止むことはない。
だが、それに臆する覚者ではない。神具を握りしめ、戦いに挑む。
●
「謝罪はしないわ。追わないであげるから危なくなったら逃げなさい」
黒舘の攻撃は容赦ない。それが古妖としての本性なのだと示すように爪が振るわれ、炎が戦場を蹂躙する。
「しゃーねぇ! 回復手伝うぜ!」
翔は仲間が火傷するのを見て、攻撃から回復に移行する。元より絡新婦を殺すつもりはない。そういう意味では攻撃せずに済むのは願ったりだ。とはいえ、本当に守勢に回らないと誰か倒れそうなのも確かだった。
人差し指を立て、印を切る。五行思想の陰の関係。相剋と呼ばれる相性技術。火に対するは水。水を活性化させるは天の恵み。循環する自然を用い、厄を祓う。それが陰陽術師。翔が指を振るうと同時に放たれる水の気が子蜘蛛の炎を浄化する。
「せっかく人と仲良くしてくれる古妖を何で脅すんだよ! ほんと七星剣はろくな事しねーな! 卑怯者め!」
「その卑怯な奴に負けるんだよ。この蜘蛛も、FiVEもな! 花骨牌様の策に!」
「その策だけど、下っ端のあんたはなにも聞かされていないんだろうね」
迫水を挑発するように奏空が口を開く。花骨牌が描く策謀の絵図。おそらく迫水はその全体図を知らされていない。ただ命令されて動くだけの使い走りだ。だがあるいは何か気付いているかもしれないと煽ってみる。
同時に絡新婦に斬りかかる奏空。奏空も黒舘を倒すつもりはないが、かといって何もしないと迫水が怪しむだろう。古妖の爪と打ち合うように刃を振るい、踏み込んでいく。手を抜区余裕はない。気を抜くと絡新婦の爪が喉元に迫ってくる。
「黙れ! その減らず口を燃やしてしまえ!」
「図星か。そんな所と思ったけど!」
「ともあれ、今を凌ぐしかないようですわね」
戦場を俯瞰するように見るいのり。守護使役の『ガルム』に音による探査を試みさせながら、最善の策を思考していた。人質を奪還すればFiVEスタッフが合図を送る散弾になっている。それを焦れるように待っていた。
天の術式を用いて、絡新婦に雷撃を加えるいのり。痺れて動きが止まってくれれば、と放った稲妻は、しかし動きを封じるには至らない。元々の頑強さか愛する人を守りたい一心か。それでもいのりは希望を捨てず、望む結末の為に戦う。
「とはいえ、中々に厳しいですわね」
「陽君の為に、倒させてもらうわ」
「必死なくらいに恋愛モード。そういうの、ほっとけないんだよね」
誰にも聞こえないように小さく呟く紡。誰かを強く想い、それを元に行動する。その気持ちは痛いほど理解できる。二年前の古傷がじくりと痛んだ。それを押さえるように胸に手を当て、大きく深呼吸する。
倒れそうなほど傷を受けている親友に目を向け、水の源素を解放する。癒しの水を一点に凝縮し、不純物を取り除く。純粋な『癒し』を詰め込んだ水滴が仲間の傷に向かって落ちていく。水滴が傷口に触れると同時、澄み渡る感覚が体内に満ちていく。
「彩吹ちゃん、ガンバ! 無理なら下がってもいいよ」
「無理? 冗談だろう、紡。私はまだまだやれる」
口元に笑みを浮かべて彩吹が拳を握る。絡新婦に受けた傷は決して浅くはないが、それをカバーできる仲間がいる。ならばそれに応えるのが自分の役目だ。藍色の瞳で隔者を睨み、力の限りに拳を振るう。
この戦いでの脅威は絡新婦だが、彩吹からすれば彼女は敵ではない。真の敵はこの隔者だとばかりに拳を握り、叩きつける。神具も何も纏っていない拳の一撃。スピードの乗った拳の連打は、しかし隔者を倒すには至らない――わざとそうしているのだが。
「こいつのいうことを聞いても人質が帰ってくるとは限らないぞ!」
「言うことを聞かないと確実に陽君は危険な目に合う。今の私にはそうするしかない」
何度も繰り返されたやり取り。傍目には『無駄な説得を繰り返している』ように見えるだろう。
だから迫水は気付かない。FiVEが放っているもう一つの矢に。人質を救うべく動く部隊に。もし気付いたのなら無理やり逃亡し、人質に危害を加えるよう動いていた。
そしてその矢が、迫水の急所を穿つ。
『ただ今、四時になりまし――失礼、間違えました』
車のスピーカーから聞こえる放送。それは控えていたFiVEスタッフからの連絡。その意味は『人質奪還に成功した』――
覚者達はゆっくりと迫水を見る。その辺かに気づいた迫水は疑問符を浮かべるが、それまでだ。真実に気付くには至らない。
「私にしては頑張った。ここまでアレを蹴りあげるの耐えた。自分で自分を褒めてやりたい」
笑みを浮かべて彩吹が踵て地面を叩く。今まで拳で戦ってきたのは、迫水を追い詰めないためだ。人質が奪還された以上、我慢する必要はない。
「お、俺からの定時連絡がなければあの坊主の命は――」
「その人質はもう解放された。これでお前を倒すのにためらう理由はない」
「ねえねえ。鳳凰ちゃんずの嘴ドリルお見舞いしてもいいと思う? 三回転くらいなら、まだ平気だよね?」
「いやいや紡――三回と言わずに好きなだけやろう。穴開けて膿出さないと」
「マ、マジか!? 待て、絡新婦! こいつらの言っていることがハッタリの可能性も――」
「雷凰の舞ー!」「鋭! 刃! 想! 脚!」
「ぐげふぅ!」
紡の生み出した稲妻の鳳と彩吹の蹴りが、迫水に容赦なく叩きこまれた。
●
「………本当に、陽君は無事なのね」
「ええ。なんでしたら声を聞きますか?」
覚醒を解いたいのりがスマートフォンでFiVEの別動隊と連絡を取る。陽太に喋ってもらうように頼み、スピーカーモードをオンにする。
『黒舘お姉ちゃん! ぼくは無事だよ! もう悪いことしなくていいよ!』
聞こえてきた声に口元を押さえて涙する黒舘。先ほどまでの猛威を振るった絡新婦都とは思えない。そこにいるのは、一人の少年を案ずる女性の姿だった。黒舘は何かを堪えるように強く拳を握る。いわなくちゃ。これ以上、私と一緒にいては危ないと。
「黒舘様」
それを察したいのりが絡新婦の手を取り声をかける。
「姿を消すおつもりかもしれませんけれど、それで一番傷つくのは陽太様だと思います」
「あ……でも、私は人じゃない……貴方達だって身をもって知ったでしょう……私みたいなのがいれば、あの子にまた迷惑を……」
「ええ。それは事実かもしれません」
黒舘の言葉に頷くいのり。彼女が絡新婦で、陽太が人間であることは事実だ。七星剣の妨害こそ凌いだが、それ以外の要因で種族の差に寄るトラブルが発生するかもしれない。それでも――
「それでも、その想いは嘘じゃないはずです。
結果がどうなるにせよ貴方は陽太様の気持ちを受け止めるべきですわ」
「うう、うううううううう……!」
感極まってボロボロと涙する黒舘。そのままスマートフォンを受け取り、しゃくりあげながら言葉を交わす。
「念のためにFiVEで保護してもらうか。それにしても――」
奏空はため息をついて、出発前に告げられた夢見からの報告を思い出す。七星剣のそれぞれの星の言葉。すなわち――『貪狼』『巨門』『禄存』『文曲』『廉貞』『武曲』『破軍』――そう呟く花骨牌の夢。
(キュウビと同じ名前……これが偶然なのかは解らない。だけどもし何らかの因果関係があるのなら――)
七星剣に対抗するには、白狐の力を借りなくてはいけない。
「ところでさ、相馬が言ってた『おねしょた』って何だ?」
よくわからない、と首をひねる翔。話の流れから黒舘と陽太の関係だろうということは察したが、何をどういうふうに指しているのかが分からない。仲睦まじい古妖と人間の仲じゃないか。
「あー、あははは……」
そんな翔を見て紡は乾いた笑いを浮かべる。二十三歳と一四歳の関係。とはいえ戦闘時はほぼ同い年。さてこの関係やいかに。いろいろモヤモヤとするが、頭を振って気持ちを切り替えた。周りの恋愛モードに当てられたかな、と小さくつぶやく。
「これでめでたしめでたしだな。しかし七星剣の企みがこれで終わるわけでもない、か」
完全に動かなくなった迫水を縛り上げ、彩吹が口を開く。黒舘に対する企みはこれで潰えただろう。だが七星剣が古妖を狙うこと自体を止めれたわけではない。首魁の八神と花骨牌を止めなくては。
七星剣との決着は近い。その空気を覚者達はひしひしと感じていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
