≪花骨牌暗躍≫放火魔を追え
≪花骨牌暗躍≫放火魔を追え



 俺はいったい何をやっているのか、と江野正午は眉間の皺を深めた。幹部直々の命令とはいえ、こんな馬鹿げた姿をして、一円の得にもならないことをやっているのが信じられない。
 民家の屋根から真っ赤な炎が吹きあがっていた。辺りは夕焼けに照らされたような有様で、道にパトカーと消防車輌がずらりと並んでいる。交差点には警察官が立ち、腕を大きく振って交通整理を続けていた。
 そろそろ引きあげるか。
 蓑(みの)を脱ぐと、徳利の栓を外してたっぷり油をかけた。ライターで火をつけて民家に放り込む。ここにも油をまいてあったので、火はあっという間に広がり、家を丸ごと飲み込んだ。
 燃える家の中から年老いた女の悲鳴が聞こえてきたが、無視して歩きだした。死のうが生きようがこっちの知ったことではない。むしろ火に焼かれて死んでくれたほうが都合がいい。
 七星剣に残った最後の幹部『花骨牌』の命令が、江野の預かる組に通達されたのは三日前。その日から江野と組員たちは古妖・油すましに化け、油すましの住み家と思われる場所を中心とた半径五キロ圏内の家々に放火して回っていた。
 なぜ、やらねばならぬのか。理由は一切聞かされていない。
(「命令じゃ、しかたがねえが……もう少し早くいってくれりゃぁな。保険金の一つや二つここら辺の住民にかけておけたのによ。ただ火をつけるだけじゃ、シノギにならねぇぜ」)
 火事跡を捌いてマージンを取ることもできるが、得られるのはスズメの涙ほどだろう。
 目の前に車が止まった。色は白。レンタカーだ。
 後部座席のドアを自分で開いて乗り込む。人の、特に警察官の注意を引かないように、ドアを静かに閉めた。
「首尾は?」
 車が動きだしてから、隣で縮こまる初老の男に声をかけた。
「あ、はい。今日の自治会で油すまし退治が可決されました。早々に手を打たなくては、次はうちの地区が焼かれると……みなさん怯えて……ファイヴに連絡しようという声も上がったのですが――」
 おい、と江野が凄むと、初老の男は首をすくめ、めいいっぱいドアに体を寄せた。
「だ、だだだ、大丈夫です。ファイヴという組織は妖は退治しても古妖は退治しない。そういって説得しましたから。明日、隣の地区の男たちも一緒に退治に行きます」
 江野が七星剣の本部に報告を入れようと、車内電話に手を伸ばしたとき、急ブレーキが踏まれた。どん、どんっと鈍い衝撃が車体を震わした。
「てめえ――!?」
 運転手を怒鳴りつけようとして顔をあげると、油でぎとつくフロントガラス越しに、ボンネットの上に乗った油すましが見えた。
 江野たちが乗った車は炎に包まれ、すぐさま大爆発を起こした。


 爆発で死んだのは七星剣に買収された自治会長一人。江野以下三名の隔者は、火だるま状態の車の中で生きていた。
「といっても、車から黒焦げになって這い出て来たところを、怒れる油すましに殺されるのだけど」
 眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は口だけで嗤う。
「先手を取られて返り討ちにあってちゃ、世話がないわ。いい気味だけど……このあと拙いことになるのよね」
 この事件は付近の住民や火災現場に向かう途中の警官、消防士など、複数の人々に目撃されてしまう。これを持って噂は真実となり、油すましは討伐対象になるのだ。
「いまから言って七星剣たちを捕まえれば、油すましは手を汚さなくて済むわ。七星剣が何を企んでこんなことをしているのか解らないけど、罪のない古妖が罠にかかってしまう前に助けてあげて」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.隔離者3名の打破。
2.自治会長の身柄確保。
3.なし
●日時と場所

 とある中規模都市の住宅地。
 夜、8時過ぎです。
 近くで火災(隔者による放火)が発生しており、パトカーや消防車がたくさん来ています。
 あたりはライトと炎の灯りで、夕焼けの程度の明るさが確保されています。
 すでに発生している火災は止められませんが、江野が火のついた蓑を民家に投げ込むことは阻止できます。
 覚者到着(リプレイスタート)の3ターン後、手下と自治会長が乗った車が現れます。
 

●隔者
 ・江野 正午(えの せいご)火行/獣の因子(辰)
 【猛の一撃】【爆裂天掌】【炎柱】【火焔連弾】【灼熱化】を活性化しています。

 ・石口 達也(いしぐち たつや)水行/暦の因子……運転手
 【水龍牙】【填気】【潤しの雨】【エナミースキャン】を活性化しています。
 ・上田 智樹(うえだ ともき)土行/械の因子
 【機化硬】【蔵王】【隆槍】【地烈】を活性化しています。

●自治会長
 発現していません、普通の人。
 車の中で縮こまっていますが、戦闘が長引くと車から出て逃げます。
 逃げればすぐに油すましに捕まって、殺されてしまうでしょう。


●油すまし
 近くに潜んで様子を窺っています。
 覚者たちが江野たちを倒し、捕まえれば、姿を現すことなく消えます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
3/6
公開日
2018年10月27日

■メイン参加者 3人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)


 赤く燃え上がる空が目に見えるようだった。
 まるで互いを呼び合うように遠くから消防車のサイレンが集まり、暗い歩道を走る覚者たちとすれ違う。
 桂木・日那乃(CL2000941)は、ふいに足を止めると、何かに引かれるようにして消防車が去っていった方角へ顔を向けた。
 赤みを増していく空と、黒煙を噴き上げながら燃え上がる炎が、瓦屋根の向こうに見える。火の手が上がっている方角から判断して、古い神社があるあたりだろうか。そのあたりは木造平屋の古い建物が多く集まっている、と調べて知っている。独居老人が多いことも。
死人が出なければよいが……。
「どうした、日那乃?」
 先を走っていた『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)と『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が、人通りのない夜道にぽつんと置かれた自動販売機の前で立ち止まり、待っていた。青白い光に照らされて、二人が連れている守護使役の姿も見える。
「なんでも、ない」
「急ぎましょう、なのよ。放火魔の江野はすぐそこにいるのよ」
 日本最大の隔者組織、七星剣の動きが活発化していた。飛鳥が言った放火魔の『江野』というのは、七星剣の末端組織に所属する隔者だ。この地方に昔からいる古妖、油すましに下手な変装で成りすまし、数名の部下とともに方々で火をつけて回っていた。
 今夜、江野を捕まえて放火をやめさせ、油すましに着せられた汚名を晴らすのが三人の仕事だ。
 このように、隔者が古妖の姿を騙って悪事を働いたり、もっと直接的に古妖を焚きつけたり、脅しつけたりして人間を襲わせる事件が、いま各地で起きている。それにしても――。
(「七星剣は、わざわざ古妖さんたちと喧嘩して。どうする、つもり……?」)
 桜色の鳞をきらめかし、尾ひれをゆるやかに動かして、守護使役のマリンが横から前へすっと出た。少し離れてから戻ってきて、何かもの言いたそうに口を開ける。
「……うん、わかってる。考え事は、あと、で。捕まえてから……よね、マリン?」
 尾びれをゆるりと振って頭を前に向けたマリンと並び、走るスピードをあげて、先を行く二人を追いかけた。


 寺の土塀伝いに走り、角を曲がった。少し先で土壁が終わり、低い木の板を並べた塀に変わった。また角を曲がる。電信柱につけられた街灯の下に、男の背があった。すっと伸びた背筋に、黒々として豊かな頭髪。後ろ姿で判じるかぎり、まだ若そうだ。
 カチリと金属的な音が響き、熱を持った光が男の前で広がった。
「おい、江野! その火がついたミノを捨てろ!」
 振り返った男の目が大きく見開かれる。やはり若い。三十を越したぐらいだろうか。
「ファイヴか?!」
 男――江野はそういうなり身を翻し、逃げ去り際に火をつけたミノを板塀の向こうへ投げ込もうとした。
「逃がすかよ!」
 瞬時に岩の鎧を身にまとった一悟がつきだした指先から念弾を発し、その後ろから日那乃が投げられたミノを狙って空気の刃を飛ばした。
 太ももを撃たれた江野がよろけ、スピードを落す。
「でかした、一悟! 足止めはあすかに任せてなのよ!」
 飛鳥が太ももに手をやって身を屈める江野の横を抜いて前へ回り込み、退路を断つ。
 まっぷたつに切れて塀の手前に落ちたミノを、一悟が上から踏みつけて火を消した。
「やつの手を狙ったんだけどなぁ、コレ、投げないようにさ」
「結果オーライ、奥州さん……」
 いきなり江野が逃げ出したためきちんと狙いがつけられず、しかも一悟自身が走りながら撃ったので、大きく的を外してしまっていた。だが結果として、そのことが民家への新たな放火を阻止し、江野の逃走を防ぐことに繋がったのだから、なにが幸いするか分からない。日那乃のいうとおり、結果オーライだろう。
「うん、まあ、そうだな」
 江野が立ち直る前に、三人で囲む。
 一悟と飛鳥の二人で両側から挟みこみ、戦いに不利が生じない程度の高さまで跳んだ日那乃が、どちらかの横をすり抜けようとする江野を空気の刃を飛ばして牽制する。
 一歩踏み込んだ飛鳥が、野生の源素パワーを込めたグーパンチを江野の腹に撃ち込んだ。
「こんなことをして、七星剣は一体何がしたいのよ。暇なの?」
 江野は体内の源素を爆発させて体を燃え上がらせると、返事の代わりとばかりに飛鳥の足元から炎柱を立ちあがらせた。
 日那乃がすぐ飛鳥の横へ回り込み、抜ける隙を潰す。
「ちっ!」
「わたし、も、知りたい。七星剣は、なにを、企んでいる……の? 答え、て……」
 一悟の遥か後ろで、タイヤがアスファルトにこすれて止まる、急ブレーキの音が響いた。残響が夜の闇に消える前に、ドアが開く音が二つ重なって聞こえた。
「江野さん!」
「無事ですか!」
 ほとんど怒鳴るよう呼びかける男たちの声に、江野がおう、と腕をあげて応える。
「そんなに知りたいか? なら教えてやる。七星印の焼き芋屋、開店の宣伝だ。仕込みで田舎者のイモどもをこんがり焼いてまわってんのさ!」
 江野は日那乃に火の玉を放って威嚇すると、くるりと踵を回した。
「石田、上田! このクソガキをやれ!」
「ふざけんな、真面目に答えろよ!」
 あえて後ろから荒々しく駆けてくる足音を無視して、一悟は向かってきた江野と四つで組みあった。
「放火を油すましのせいにしてどうしようってんだ!! まさかこの後、七星剣で油すましを退治して正義の味方を気取るつもりじゃねえだろうな!?」
「おお、案外そうかもな! 気がつかなかったぜ」
 江野は練り込まれた気を手のひらに集め、一悟の胸を突いた。触れると同時に爆発を起こし、岩の鎧を吹き飛ばす。
「さすが八神さんと酒を酌み交わして親睦を深めたファイヴ様だ。末端組織にいるオレなんかよりもずっとよく事情が分かっていらっしゃるじゃねえか」
 胸を手で押さえ、ぐっと息を詰まらせながらも踏ん張った一悟の背に、アスファルトを割って跳び出た土石の槍が突き刺さった。
「いい古妖さんに罪を擦りつけなくても悪い事をしている古妖がいるのよ。そういうのを探して退治したらどうなのよ!」
 正義の味方を気取りたいのなら、と飛鳥が吼える。
 水晶のロッドから猛る水を放ち、包囲を割って入ってきた石口と上田、そして江野にダメージを与えた。
「正義の味方になる? 七星剣が……。いまさら無理。そんなこと……わかっている、でしょ?」
 黒服に黒いサングラスをかけた上田が呼んだ雨雲と、日那乃が呼んだ雨雲が、遠く離れた火災の赤に下腹を照らされ、空で巨大なとぐろを巻く。銀と金の雨が、隔者と覚者の上に降り注いだ。
「知るか。上が何を考えているかなんて、そんなことオレたちが知るわけねぇだろ!」
 やれと命じられたからやったまでのこと、と江野は冷笑を浮かべた。直後、体に打ちつける雨の音の中で、骨が砕ける鈍い不気味な音が大きく広がる。
 神秘の炎を纏った一悟のトンファーが、江野の頬骨を打ち砕いたのだ。
「じゃあ、てめえは上が死ねっていったら死ぬのかよ!」
 怒りに駆り立てられ、一悟は再度トンファーを振るいあげる。上田が庇いきれなかった江野の背を、炎に包まれたトンファーが割りつけた。
「奥州さん、落ち着いて――」
 日那乃の視界の隅で何かが動いた。
 隔者たちが乗ってきた自動車の後部座席のドアが開いていた。あげた視線の先を、白いセーターを着た体の細い老人が、驚くような速さで走り去っていく。
 飛鳥が、あっ、と声を上げ、隔者たちの横を走り抜けた。
「こらー、なのよ!! 死にたくなかったら自動車に戻りなさいなのよ!」
「鼎さん、危ない!!」
 警告を発したが遅かった。一悟と飛鳥がすれ違うタイミングで、石口が水龍牙を放ち、巨大な水龍の牙が二人を襲った。
 上田が倒れた江野の腕を取って、自分の肩に回す。
「いまのうちに……」
 自動車とは反対側へ駆けだした隔者と、自動車の後部座席から逃げ出した老人、どちらを追うべきか――。
 日那乃は老人を追いかけた。
 一悟と飛鳥はまだ戦える。傷を負ってはいるが、行く手を阻む石口をどちらかがかわして、逃げた二人を追いかけるだろう。
 だが、自動車から逃げ出した老人――七星剣と結託して放火事件を起こし、あげくに人を焚きつけて古妖を地域から追いだそうとしていた自治会長を早く保護しなければ、人間に対する不信と怨みを抱えた油すましに捕まって殺されてしまう。
 眩が予知した悪夢を実現させてはならない。
 黒煙に煙る月の下を、懸命に翼をはためかして追いかける。
 日那乃の細く長い指が、老人のセーターの首にかかるのと、行く手に版画から抜け出てきたような姿の古妖・油すましが姿を現したのは、ほぼ同時の事だった。


 影の中で両頬が膨らみ、気配で栗頭の口がすぼったのが解った。
「マリン、お願い!」
 日那乃はとっさに腕を引き戻し、自治会長を自分の後ろへ倒した。光を閉じ込めた漆黒の翼を、道の幅いっぱいに広げて壁を作る。
 吹きだされた大量の油が大きく球状に広がって、日那乃を包み込んだ。
 ここで守護使役のマリンの力がいかんなく発揮された。魚形守護使役の特殊能力は『せんすい』だ。数分間、無呼吸行動ができる。これが普通の人間なら間違いなく、息ができなくなって油に溺れていただろう。
 妖気が途絶え、油の球体が割れたところで、日那乃は落ち着いて目の前に立つ古妖に話しかけた。
「殺しちゃ、だめ。ガマンして。いい?」
 油すましの顔は影になっていて、いまどんな顔をしているのか分からない。自治会長は古妖に襲われたことにショックを受け、腰を抜かしてひいひい言っていた。
「わたしたちが隔者を捕まえる。必ず、油すましさんに、掛けられた汚名を、晴らす、から……」
 ふむ。と、油すましが闇の中で唸る。
 初対面で信じてと言ったところで、何を証拠にと言い返されれば黙るしかない。ただ、日那乃は一歩も引く気はなかった。性根の腐ったやつでも人間だ、助けたい……というわけではなく、古妖に罪を犯させたくない一心で、毅然と油すましの前に立ちはだかる。
 かつん、かつん、と長い杖で道が叩かれる音がした。
 前髪の先から油が長く伸びながらゆっくりと落ち、鼻先を濡らす。
「例えばこんなふうに、かのぅ?」
 目の前の低いシルエットが動いた。長い杖の真ん中あたりを両手でつかみ、きゅっと音をたてて絞る。
「あ……」
 する、すとん。頭の先からつま先まで、全身を覆っていた脂がするりと落ちて、アスファルトに黒い染みを作ったかと思ったら、すぐに消えてなくなった。
「ほっほっほ、お肌がいつもよりつるつるモチモチになっておるじゃろ。べっぴんさんがもっとべっぴんさんになったわい。翼もより黒く、天の川のような光の帯が出ておるぞ」
 ここは礼を言うべきなのだろうか。戸惑っていると、油すましは長い杖の頭で、日那乃の顔の横を刺した。
「今の言葉を嘘にする気がないのであれば、急いで仲間を助けに戻るがよい。そやつは『おまわりさん』がくるまで逃げんようにワシが見張っておく」
 まるで出番を待っていたかのようなタイミングで、遠くからパトカーのサイレン音が近づいてくる。
「お願い、します」
 日那乃は急いで一悟と飛鳥の元へ戻った。


「一悟、立つのよ。放火魔たちが逃げたのよ!」
「くそっ!」
 立ちあがった二人の前に石田が立ち塞がった。江野と上田を逃がす時間を、文字道理体を張って作る気らしい。
「見上げた根性じゃ、褒めて遣わす。褒美を受け取れ、なのよ!!」
 飛鳥はぐっと上半身を沈ませると、立ち塞がる石田の股間に体重の乗ったキレッキレのウサギさんパンチを叩き込んだ。
「ぎゃっ!!?」
「ぎゃっ!!?」
「なんで一悟まで一緒に悲鳴を上げるのよ! さっさと追いかけなさいなのよ!」
 潰れてなきゃいいけどな。横を通り抜ける時、一悟は石田に同じ男として、同情と哀れみの目を向けた。飛鳥の一撃は男に取ってまさに『致命』傷だ。おそろしや……。
追い駆けだしてすぐ、江野と上田の二人に追いついた。気づいた隔者たちは立ち止まると、振り返って遊撃の構えをとった。
「上田、後ろから援護しろ!」
 頬が腫れ上がっているせいで、江野の言葉は不明瞭だが、上田はちゃんと聞きとったようだ。拳を固めて前に出た江野の背に隠れた。一対一の形で向き合う。
「お? 殴り合いなら負けねえぜ!」
「どうかな?」
 一悟が繰り出したトンファーの上を、江野の長い腕が飛ぶ。今度は一悟の頬にカウンターで拳が入った。当たった瞬間に源素が爆発し、炎をあげる。
 同時に背の後ろから上田が横へ飛び出し、拳を下から上へ振り上げた。目に見えぬ衝撃がアスファルトを切り裂き、めくり上げながら走って一悟を打つ。
「こいつを食らいやがれ!!」
 連続で受けたダメージをものとももせず、一悟はぐっと江野との距離を詰めた。上田が江野の背にまわった瞬間を狙って、貫通力のある一撃を繰り出す。
「誰から命令された! お前の上は、名前を言え!」
 江野は口から血とツバを吐き出すと、炎柱を立ちあげて放った。
「聞いてどうする!」
「ぶったおす!」
「笑わせるぜ。てめえなんぞに倒せるか、ばーか」
「わかんねえだろ、そんなこと。そいつの名前を言えよ――と、待て、待ちやがれ!」
 形勢不利と踏んだのか、自分かわいさのあまり上田が逃げ出した。
「飛鳥に任せるのよ!」
 一悟は飛鳥を抜かせるために、江野に拳を振るった。だが、咄嗟に繰り出した一撃はあっさりとかわされてしまった。体重の乗らない軽いパンチを、繰り出した腕の内側に当てられて、体を崩す。
「石田は?」
「トドメは日那乃ちゃんに任せたのよ!」
 それを聞いた江野の目が凶暴なまでに尖る。
「援軍なしか。ちっ、何もかも気に入らねえ……花骨牌も、八神勇雄も……俺たちはただの使い捨てかよ」
 ファイヴの邪魔が入ることは想定済みだったのだろう。全国各地で七星剣の構成員たちに同時に事を起こさせたのは、恐らくそういうことだ。どこが潰されても、ある程度自分たちの思惑が達成できるように考えていたに違いない。そのくせ、実行者には詳しい話を一切教えないまま、事件を起こさせていた。
 江野が吼える。
「お前らぶっ殺して、油すましも消す!!」
「そのあとで八神を倒しに行くってか? それこそ無理な話だぜ!」
 なぜならここでオレがお前をぶっ倒すからだ。
「おとなしく捕まって檻に入りやがれ」
 トンファーが纏う紅色に輝く炎が、隔者の歪んだ口から吐き出された闇を焼き払う。江野のあばら骨が鈍い音を立てて折れた。
「大丈夫?」
 日那乃が飛んできて、潤しの滴を一悟の頭の上に落とした。
「サンキュー、日那乃。逃げた爺さんと石田は?」
「隔者は気絶、させた。自治会長さんは……いま、警察の人に捕まっている」
「そっか。飛鳥を――」
 道路の先でぎゃっ、という悲鳴が上がった。
 見ると、物音を聞きつけて集まってきた野次馬たちの前で飛鳥が腰に手を当ててふんぞり返っている。そのすぐ横で、上田が背中を丸めてうずくまっていた。両手で股の間を押さえて。
 一悟は、うへっ、と言うなり露骨に顔をしかめた。


 警官たちがやって来て、野次馬たちを追い返したあと、油すましが覚者たちの前に再び姿を現した。あまり人目につきたくないらしい。
「すまなかったな。オレたちがもっと早く七星剣の悪巧みに気がついていれば、迷惑かけることもなかったんだけど……。ちゃんと地域の人たちに説明するから許してくれ」
 一悟が頭を下げる。
「お主があやまることではなかろう。よいよい。頭をあげなさい。悪いのは――」
 油すましは栗頭を動かすと、正座待機している老人を睨みつけた。
「ひぃぃ! お、お許しください。もうしません、もうしません!」
 正座のままじりじりと後ずさり、飛鳥の足に当たって止まった。
「じっとしているのよ。また逃げたりしたら怒った油すましさんに油まみれにされて焼き殺されるのよ。おとなしくパトカーが来るのを待っててください」
 江野以下三名の隔者たちは先にパトカーで護送されていた。元AAAの隊員が待つ、特別な病院にひとまず収容されるらしい。怪我の治療を受けてから、発現者専用の拘置所へ送られる。
「あ~あ、それにしても江野たちからもっと情報を聞きだしたかったぜ」
「取り調べで解ったこと、ちゃんとファイヴに入る、はず。それより……さっき、江野が名前、言っていたみたい、だけど?」
「花骨牌、とかいってたな。花骨牌といえば、七星剣最後の幹部じゃなかったっけ? あと、八神の名前も出た」
 結局、いま判ったのは、花骨牌という七星剣幹部が全国で古妖と人間の仲を壊すように命令している、ということだけだった。
「わしの他にもひどいことをされている者がおるようじゃな。ファイヴのものよ、どうかその者たちも助けてやってくれ」
 覚者たちは力強く頷くと、もちろんと言って油すましを安心させた。
「じゃあの。後始末は任せるぞ」
「また会いましょう、なのよ」
 返事の代わりにほっほっほ、と笑いながら、油すましは闇の中に身を溶け込ませ、覚者たちの前から去っていった。

 七星剣、いや八神の野望が生み出す憎しみと暴力。連鎖し、膨れ上がるそれは、いつか八神自身に向かうだろう。いや、八神の野望が日本を飲み込み、妖もろとも滅ぼす大きな災いとなる前に、ファイヴが八神を止めるのだ。
 その時は近い。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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