【妖怪問題】1ステップで私を神にしなさい
●
――『神は無限。人は有限。されど、神は人に成り、人は神に成りえる』
はて、これはギリシャ正教のテーゼだったか。大妖とは破錠者の成れの果て、なればこのテーゼ、はるか東の島国の今を言い得て妙である。
それは霞のように薄い噂だったが、面彫士の中でしっかりと道を作りつつあった。
――問題はまだ見つかっていない、破錠した人と大妖とを繋ぐ間……。
面彫士が最初に導き出した答えは『己』だった。
『人が変じて成った古妖』が、抜け落ちた道の間を繋ぐ架け橋ではないだろうか。そう考えたのである。しかし――。
面彫士が古妖化したのは40年前のこと。いま存在が確認されている大妖たちはすべて20数年前に現れている。それ以前に大妖と呼ばれる妖はいない。妖を束ねているといわれる、ぬらりひょんも大妖ではない。
すべては今生様が発現されたその日から始まっている。
――もしかすると、死んでから古妖になったのでは駄目なのか。
生きたまま尋常ならざる神秘の力を得て、その力に溺れ、飲み込まれて暴走。その後、再び自我を取り戻したもののみが大妖になれるとしたら?
しかし『新月の咆哮』ヨルナキはどうなのだろう。あれも元は人だったというのか……。
――解らないことが多すぎる。ともかく、自らを極限状態に追い込んで力を暴走させてみよう。
特殊な状況で、滅ぶ直前まで自分を追い込む。
その特殊な環境に、面彫士はあてがあった。『蛙石』だ。
蛙石は舌を伸ばして生き物を丸のみにする殺生石といわれており、今に伝わる昔話では、これに食われた生き物は二度と戻ってこないといわれている。
が、何事も例外がある。
一度は食われたものの、吐き出されてこの世に還ったものがごく僅かだがいるのだ。
還り人となったものは、不思議な力を使うことができたという。
この蛙石に食われれば滅びに近い極限状態が得られるだろう。大妖に相応しい、力を授かることができるに違いない。そう、面彫士は考えた。
●
「壊しちゃって。化け物を生み出す前に」
民族学博物館で特別展示されている『蛙石』を破壊して欲しい、と眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は集まった覚者たちに告げた。
「いまは石みたいに眠りこけているけど、面彫士がノミで目を開いて無理やり起こしてしまうのよ。起きた蛙石に食われた後、面彫士は目論見道理、吐き出されるわ。不思議な力は授かっていないけど、死にかけたせいで極限まで力が高まるの。大妖ほどではないけれど、かなり強くなるわ。体もね」
覚者の中から腕が上がった。
それで、そのあとどうなるのか、と聞く。
「大暴れよ。民族学博物館は大破、近くのショッピングセンターへ向かって多くの人を殺す……大惨事ね。もちろん、あなたたちだって無事じゃすまないわよ」
そうなった場合はファイヴから増援を出すが、当然、到着するまでかなりの時間がかかる。その間、犠牲者は増え続けるだろう。
「だから面彫士も倒してちょうだい。蛙石に飲み込まれる前にね」
立ちあがって部屋を出ていく覚者たちに、眩は声をかけた。
「ちなみにだけど、あなたたちが蛙石に飲み込まれてもすぐ吐き出されるから。かなりダメージは受けるけど」
活性化した源素は蛙石にとって毒らしい。
なぜ解ったのかというと、たまたまそこにいた発現者が、蛙石に飲み込まれて吐き出されるところを眩が夢で見たのだ。
どうやらその昔、蛙石に吐き出された人は、古妖の体内に飲み込まれたことがきっかけで発現してしまったらしい。不思議な力を『蛙石』から授かった訳ではないのだろう。
「そう言うこと。あ、この飲み込まれる発現者は一般人に毛が生えた程度の力しか使えないから。すぐ逃がしてあげてね」
――『神は無限。人は有限。されど、神は人に成り、人は神に成りえる』
はて、これはギリシャ正教のテーゼだったか。大妖とは破錠者の成れの果て、なればこのテーゼ、はるか東の島国の今を言い得て妙である。
それは霞のように薄い噂だったが、面彫士の中でしっかりと道を作りつつあった。
――問題はまだ見つかっていない、破錠した人と大妖とを繋ぐ間……。
面彫士が最初に導き出した答えは『己』だった。
『人が変じて成った古妖』が、抜け落ちた道の間を繋ぐ架け橋ではないだろうか。そう考えたのである。しかし――。
面彫士が古妖化したのは40年前のこと。いま存在が確認されている大妖たちはすべて20数年前に現れている。それ以前に大妖と呼ばれる妖はいない。妖を束ねているといわれる、ぬらりひょんも大妖ではない。
すべては今生様が発現されたその日から始まっている。
――もしかすると、死んでから古妖になったのでは駄目なのか。
生きたまま尋常ならざる神秘の力を得て、その力に溺れ、飲み込まれて暴走。その後、再び自我を取り戻したもののみが大妖になれるとしたら?
しかし『新月の咆哮』ヨルナキはどうなのだろう。あれも元は人だったというのか……。
――解らないことが多すぎる。ともかく、自らを極限状態に追い込んで力を暴走させてみよう。
特殊な状況で、滅ぶ直前まで自分を追い込む。
その特殊な環境に、面彫士はあてがあった。『蛙石』だ。
蛙石は舌を伸ばして生き物を丸のみにする殺生石といわれており、今に伝わる昔話では、これに食われた生き物は二度と戻ってこないといわれている。
が、何事も例外がある。
一度は食われたものの、吐き出されてこの世に還ったものがごく僅かだがいるのだ。
還り人となったものは、不思議な力を使うことができたという。
この蛙石に食われれば滅びに近い極限状態が得られるだろう。大妖に相応しい、力を授かることができるに違いない。そう、面彫士は考えた。
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「壊しちゃって。化け物を生み出す前に」
民族学博物館で特別展示されている『蛙石』を破壊して欲しい、と眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は集まった覚者たちに告げた。
「いまは石みたいに眠りこけているけど、面彫士がノミで目を開いて無理やり起こしてしまうのよ。起きた蛙石に食われた後、面彫士は目論見道理、吐き出されるわ。不思議な力は授かっていないけど、死にかけたせいで極限まで力が高まるの。大妖ほどではないけれど、かなり強くなるわ。体もね」
覚者の中から腕が上がった。
それで、そのあとどうなるのか、と聞く。
「大暴れよ。民族学博物館は大破、近くのショッピングセンターへ向かって多くの人を殺す……大惨事ね。もちろん、あなたたちだって無事じゃすまないわよ」
そうなった場合はファイヴから増援を出すが、当然、到着するまでかなりの時間がかかる。その間、犠牲者は増え続けるだろう。
「だから面彫士も倒してちょうだい。蛙石に飲み込まれる前にね」
立ちあがって部屋を出ていく覚者たちに、眩は声をかけた。
「ちなみにだけど、あなたたちが蛙石に飲み込まれてもすぐ吐き出されるから。かなりダメージは受けるけど」
活性化した源素は蛙石にとって毒らしい。
なぜ解ったのかというと、たまたまそこにいた発現者が、蛙石に飲み込まれて吐き出されるところを眩が夢で見たのだ。
どうやらその昔、蛙石に吐き出された人は、古妖の体内に飲み込まれたことがきっかけで発現してしまったらしい。不思議な力を『蛙石』から授かった訳ではないのだろう。
「そう言うこと。あ、この飲み込まれる発現者は一般人に毛が生えた程度の力しか使えないから。すぐ逃がしてあげてね」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖・面彫士の撃破
2.古妖・蛙石の撃破、または捕獲
3.その場にいた発現者を逃がす
2.古妖・蛙石の撃破、または捕獲
3.その場にいた発現者を逃がす
※リプレイは面彫士が蛙石を起こした直後から始まります。
・大阪、民俗学博物館1階
・平日の昼
・客、まばら。
蛙石の近くに一人だけ、翼をもつ若い男性がいます。発現していますが、ほぼ一般人。
●古妖・面彫士
大妖を自ら作りだすべく、いろいろと悪事を重ねていました。
今回は二度の失敗を教訓に自ら実験体になろうとしています。
【鬼の面・赤】……物/近/単)怪力で殴ったり、蹴ったりしります。
【鬼の面・青】……特/近/貫2)青白い炎を口から吹きだします。
【触手玉】………………物/遠/単/麻痺、呪い)口から肉触手の塊を吐き出し、束縛します。
●古妖・蛙石
外見は自然風化して蛙のように見える石。
人が近づくと、いきなり口を開け、舌を伸ばして丸のみにする殺生石。
休活動中だったが、面彫士がノミを目蓋の下に差し込んで無理やり目をこじ開けて起こした。
大阪弁で喋る。結構、やかましい。
苦手な物、蛇。
【舌】……物/近/単/無力)巻きつかせた舌で力、気力を吸い取り、得物を無力化する。
※舌は切られても1ターン後に再生します。
【鳴】……特/遠/全/回復)ケロケロ鳴いて雨を降らせます。敵の上にも味方の上にも区別なく。
【跳】……自)石?とは思えないほど高く跳ぶことができます。
●その他
面彫士は隙あらば蛙石の口の中に飛び込もうとします。
飛び込まれて吐き出された後は、ほぼ撃破は無理。失敗です。
蛙石は不利を悟るとピョンピョン飛び跳ねて逃げ出します。
周りの展示物をバンバン壊し、人を踏み潰し、ガラスを割って逃亡しようとします。
逃げられないとなると命乞いしだしますが……。
●STより
保坂はあくまでサポートです。
指定がなければリプレイにはほぼ登場しません。
よろしければご参加ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
3/6
3/6
公開日
2018年10月27日
2018年10月27日
■メイン参加者 3人■

●
覚者たちが目指す建物の中で事件が起ころうとしていた。
「四階建て? 二階分しか見えねえけど、ここであってんのか?」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は走りながら呟いた。
「さっき、ちゃんと『民族学博物館』って書いてあったのを見たでしょ、なのよ!」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が後ろから怒鳴り返す。
ブリーフィングで、一連の凶悪事件を起こしてきた古妖・面彫士が、同じ古妖の蛙石を長い眠りから無理やり起こした直後に介入できると聞かされている。
「もう少し早く、やつが蛙石を起こす前に来られたらよかったんだけどなぁ」
「しょうがないのよ。あ、一悟、入口は左にあるのよ」
飛鳥は事前に、ファイヴで民族学博物館の見取り図を調べてきていた。立ち止まった一悟を追い抜くと、先に建物にはいる。入口を入ってすぐ右へ曲がると、広いエントランスになっており、奥にガードマンの姿があった。
息を切らして駆けこんできた4人を見て、ガードマンが小走りでやってきた。勒・一二三(CL2001559)が前に出て、にこやかに話しかける。
「ファイヴです。特別展示場はどこですか?」
こまごまと説明している時間はない。さっさと身分を明かして、単刀直入に現場の位置を聞く。
ガードマンは顔にさっと緊張の色を走らせると、エントランス中央にある階段を右腕で示し、「二階のBブロック、一番奥です」といった。
「悪い古妖がでました。巨大化して暴れ出すと危険なので、二階のお客さんたちを避難させてくださいなのよ」
え、と驚くガードマンに、保坂 環(nCL2000076)が「建物が崩壊したり、燃えたりすることはありません。我々が未然に防ぎます」ときっぱり伝える。
「ですが、討伐が終わるまでは危険です。三階と四階にいる人たちに、下の階へ降りないよう伝えてください」
民族学博物館は、文化人類学、民族学に関する調査と研究をおこなっている。数ブロックからなる建物の一階部分は主に収集した物の収蔵を、二階が展示スペース、三と四階に民俗学研究の施設と大学の分室がある。展示品を見にきた一般客の他にも、かなりの人がここで学んだり、働いたりしているのだ。
面彫士の企みが成就しない限り、建物が崩壊したりすることはないだろうが、どんなに注意しても戦闘時の衝撃を抑えることはできない。争いの音にパニックを起こした人たちが、一度に逃げ出せば、二次災害が起こってしまうだろう。
「若干、揺れるかもしれませんが大丈夫です」
一二三が柔らかい声で保坂の要請に言葉を加えると、ガードマンはほんの少し緊張を解いた。
「はい」
ガードマンは踵を返すと立っていた場所に、いやその奥に向かって駆けていった。多分、警備室があるのだろう。そこから内線を使って、全館内に知らせようとしているのかもしれない。
それにしても、くどくどと説明せずとも名乗るだけで進んで協力してくれるのはありがたい。ファイヴ設立時とは大違いだ。
いまやファイヴの名は、妖が跋扈する日本の治安を守る組織として全国に知れ渡っている。創設から僅か数年、多くの覚者たちが身を張って全国の妖や隔者たちと戦ってきた成果だろう。
「あすかたちも行きましょう、なのよ」
二階へ向かう階段は途中でガラスの壁につき当たり、左右に分かれていた。ガラス壁の向こうには段々状のパティオが広がっており、白いタイルの上を雲の影が滑るように流れていくのがみえる。館内の静けさとあわさって、肌にじわりと不気味さを感じる。
「飛鳥、どっちだ? 右か、左か?」
「どっちでも一緒なのよ」
一悟は左側を選んだ。
二階に上がりBブロックを目指す途中で、ガードマンたちに避難を促された入場者たちとすれ違う。
誰一人としてパニックを起こしておらず、ゆっくりと出口へ向かって歩いていく。みんな、覚者たちとすれ違いざま、声をださずに口だけ動かし、「頑張って」と応援してくれた。
「嬉しいですね。面彫士を刺激しないように静かに避難していただけるだけでなく、あたたかいお言葉まで……ほんとうにありがたいことです」
「マジ、それな。みんなの信頼を失わないよう、がんばって古妖を倒そうぜ」
一悟は観覧券発売所の前で立ち止まると、まだ残っていたスタッフたちに、早く避難しろと声をかけた。
「AとCブロックのお客さんに、個別にお声がけをして避難していただきましたが……」
スタッフの視線を追って振り返ると、パティオを挟んだ反対側、ガラス越しにガードマンに連れられて逃げる人たちの姿があった。
「妖がいるBブロックは……すみません」
「いいのよ。Bブロックのお客さんはあすかたちが避難させるのよ。だから、お姉さんたちも逃げてください。ちなみにいるのは妖ではなくて古妖たちなのよ」
危険な古妖が複数いると聞いて、スタッフたちは慌てて受付カウンターから出た。
「んじゃ、面彫士をぶちのめしにいくか」
一悟は順路を示す矢印に従い、観覧券発売所の横を左へ曲がった。
「こら、一悟! どこ行くのよ。Bブロックはこっち、真っ直ぐ進むのよ!」
「え、でも順路はこっちって……」
「順路順に東回りすると世界半周してしまうのよ。ここをまっすぐ進んでいきなり特別展示場へゴーなのよ!」
叫びながら進む飛鳥を先頭に、覚者たちはBブロックへ入った。
●
高く黒い天井の下、様々な国の民族楽器が展示された音楽エリアを通り抜ける。客はいない。続く言語エリアの先が特別展示、いわゆる企画もののエリアだ。いまのテーマは『受け継がれる日本の民話と古妖たち』で、日本全国に伝わる古妖の話とそれにまつわる品々の展示が行われており、エリアの一角に面彫士が起こそうとしている蛙石が置かれている。
特別展示のエリアに入ってすぐ、右に折れた途端に悲鳴が響いた。
「いったぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
覚者たちの目の前で、白い石の塊が天井すれすれまで飛びあがった。
白い石の塊はどすっと床を震わせて着地すると、すぐにピョンピョンと、ノミと鎚を手にしたナマハゲの回りを飛び跳ねだした。
蛙石だ。
「いたい、いたい、いきなり何すんねんな!!」
飛び跳ねる蛙石を目で追いかけ、ゆっくりと体を回しているナマハゲはもちろん展示物ではない。古妖・面彫士だ。ケラミノを纏い、ハバキという藁で編んだ脛宛てをつけ、顔に赤い鬼の面をかぶっている。
面彫士の向こうで、翼人の青年が腰をぬかしてへたり込んでいた。
「青年を助けに行く、フォローしてくれ」
覚者たちはそれぞれ覚醒し、戦闘モードに入った。
保坂が面彫士の横を駆け抜け、すばやく翼人を助け起こす。
その間、面彫士は蛙石だけをじっと見つめ続けていた。腰を抜かしている翼人にも、助け起こしている保坂にも、三人の覚者にも目を向けず、だだ、蛙石だけを追いかけている。どうやら蛙石を捕まえるタイミングを計っているらしい。
保坂は目配せ一つで離脱の意思を覚者たちへ伝えると、翼人を立たせて一緒に反対側、南アジアのエリアへ消えて行った。
一二三がそのタイミングで、念のために結界を張った。
面彫士がいきなり気を変えて、保坂たちを追いかけることはないだろう。だが、蛙石が東南アジアのエリアに向かって逃げ出すかもしれない。飛鳥は古妖たちの気を引くため、大声で名乗りをあげた。
「ファイヴなのよ! 面彫士、ここで会ったが百年目、かく――ごぁぁぁなのよ!」
面彫士が腕を伸ばすと同時に石は跳ねる方向を変え、円を割って飛鳥のすぐ目の前に着地した。大きく床をたわませて、またすぐ、ぴょんと斜め上に飛び跳ねる。
「ぎぃやぁぁぁ! なにするのよ、このどスケベかえる!」
蛙石は飛鳥の和風ゴスロリスカートを豪快にまくり上げながら跳んで、一二三と一悟の頭を越え、エリアを区切る天井のパネルにぶち当たった。
飛鳥はといえば、そのまま背中から床にひっくり返された格好だ。守護使役のころんさんがあわてて、捲れあがったスカートの裾を口で咥えて下ろす。
「ころんさん、ありがとうなのよ。おのれバカかえる、どこに行ったのよ。でっかい龍さんに食わせてやる、なのよ!」
「飛鳥、いいから後ろにさがれ!」
割れたパネルを頭に受けながら、岩の鎧で身を固めた一悟が前に出て、蛙石を追う面彫士をブロックする。
「やっと会えたな……てめえは許さねぇ、ここで倒す!」
「またお前たちか。そこをどけ、私の邪魔をするな。するなら――」
一悟は最後まで言わせなかった。聞く必要なし、と炎を纏わせたトンファーをケラミノに包まれた体に叩き込んだのだ。
面彫士は至近距離から攻撃をまともに食らい、ぐう、と呻いてあとずさった。
「どうした? やれるもんならやってみろよ。返り討ちにしてやるぜ……てか、どっかであったか?」
「いっちー、面彫士とは水族館で出会っていますよ。一瞬の事でしたが」
ほら、門のところで、と言語エリアから一二三が声をあげる。
「そうだったけ? ま、どうでもいいや。こいつとはここでオサラバだ」
蛙石を頼むぜ、といってトンファーを構えた途端、一悟の顔面を青白い炎が炙った。一瞬目を離した隙に、素早く赤鬼から青鬼の面につけ替えた面彫士が火を噴いたのだ。
こんどは一悟が顔を庇ってあとずさる。
面彫士は一悟の横を走り抜けた。言語エリアの端で飛鳥に追いつき、襟足に手をかけて思いっきり後ろへ引き倒す。そのままほとんどスピードを落すことなく音楽エリアへ入り、ドラムに次々とぶち当たってむちゃくちゃな音を出している蛙石の姿を確認、立ち止まってから一二三に向かって火を噴いた。
「うわぁぁ、なんやなんや。なんで火吹く鬼とか三つ目とかが追いかけてくるんや、こわいー。わし、ただのかわいい蛙さんやで! 何の用や?!」
「私を食え!」
「はぁ? いきなり何いうてんねん、この鬼は! 愛くるしい蛙の目に刃差し込んだり……頭おかしいやろ!」
蛙石はわめきながら西アジアのエリアの入口手前で左に折れ、着地の振動でガムランを響かせながら、光のさす出口を目指して跳んでいく。
「ああ、まずい!」
出口を出てすぐ、通路のパティオに面した側の壁はガラス張りだ。蛙石なら簡単に割るだろう。パティオへ落ちれば、最短で館外へ出ることができる。まっすぐ進んで階段を上り、三階や四階に向かわれても厄介だ。
一二三は全力で走り、出口に先回りした。
「おとなしくしなさい! おとなしくすれば危害を加えません。僕たちが守ってあげますから」
額に開いた第三の目から怪光線を連発し、蛙石、そしてその後ろに迫る面彫士を威嚇する。合間にギターの弦が何本もまとめて切れ、プッ、プッ、という音が響いた。
「あほか、この三つ目坊主! いうてることとやってることがぜんぜん違うやないか、むちゃくちゃやで!」
蛙石が一二三の前でフェイントをかけて左へ曲がる。面彫士は手前のコーナーで曲がって、蛙石を横から捕まえようとした。
追いついた面彫士の指が蛙石の尻に触れ、蛙石がケピャと鳴きながら舌を長く伸ばしたその時、飛鳥の放った水龍が古妖たちに食らいついた。
「ギャー、でっかい蛇に食われた! 蛇、キライや! 蛇キライ!」
「ヘビじゃないのよ、龍なのよ!」
蛙石はケロケロ鳴いて傷を癒す雨を黒い天井から降らせながら、言語エリアへ逃げていく。ダメージを受けて若干、跳ねあがる高さが落ちてはいるが、まだまだ元気だ。
照明を受けて山吹色に輝く雨に打たれながら、面彫士が立ちあがった。青鬼の面から赤のそれにつけ変わっている。
飛鳥と一二三は濡れ細った蓑姿の古妖を迂回して言語エリアに向かった。
「おっと、お前の相手はオレだ。素顔を見せやがれ!」
一悟はトンファーを繰り出して、面彫士がつけている面を割ろうとした。そのトンファーを面彫士が手で掴み取り、剛力を発揮して一悟ごと振り上げる。
「うおぉぉっ!?」
真上へ振り上げられ、体が空で一旦停止した瞬間に、一悟は念弾を面彫士の頭に打ち込んだ。次の瞬間、床に腰からおもいっきり叩きつけられた。衝撃が骨を軋ませながら全身に伝わっていく。
痛みに耐えかねてきつく瞑った目をそろりと開くと、眼前にノミの鋭い刃が迫ってきていた。
●
南アジア、東南アジア、朝鮮半島の文化を蹂躙し、中国地域の文化を素通り、中央・北アジアでモンゴルのゲルを破壊して、アイヌの文化を通り、日本の文化の入口に置かれたねぶたの模型の手前で、ようやく蛙石を止まらせることができた。
一二三と、飛鳥、そして戻ってきた保坂と三人で協力し、逃げられないように蛙石を囲む。
潰れたゲルの上に座り、舌をベロン、ビョーン、ベロンと伸ばして覚者を威嚇する蛙石に、一二三は微笑みながら声をかけた。
「文献で調べたところ、貴方は頭の上に止まった鳥を食べていたようですね。人を襲って食べた記録は見当たりませんでした」
「当たり前や! ゲロまずの人間なんか食うか! 口に入れたら口も腹も痛なるし、ほんまゲロゲロやで! お前ら、人間喰うたことないやろ」
あるわけないじゃないですか、と言って一二三は顔をしかめる。
「僕たちは人間ですよ」
「嘘つけ! とくに三つ目、お前はめっちゃ妖くさいんや!」
「妖くさい? 初めて聞く言葉なのよ」
飛鳥は袖を持ち上げて鼻に近づけると、くんくんと臭いをかいだ。
「怪の因子持ちは妖に近くはありますが……妖ではありません。ねえ、保坂さん?」
保坂は困ったような顔をして、自分は研究者でも学者でもないからはっきりわからない、と言った。
ともかく、蛙石はたまたま人間、いや源素アレルギーなのだろう。人を喰う怪異はわりといる。
福島県は安達原の『鬼婆』などがそうだ。『山姥』は日本各地にいるし、動物が元になった古妖でみると『川獺(かわうそ)』も人を食べる。他にも『野槌』や『化け蟹』など、例をあげだすときりがない。
「まあ、わしもたまーに人間を食いたぁなる時があるけどな」
「ダメです。今後は口の中にも入れないように」
源素を全く持たない人間はいないだろうが、限りなくゼロに近い人がいる可能性はある。もしも、そんな人を蛙石が食べることがあれば、アレルギーを起こさずに食べてしまうかもしれない。食べてしまえば討伐対象だ。
「人を食べないと約束してくだされば、今後はファイヴが貴方を保護しますよ」
「いやや、いうたらどうする気や?」
「でっかいヘビに体が粉々になるまで食らいつかせるのよ。ヘビじゃなくて龍だけど」
音楽エリアで水龍に襲われたときのことを思い出したのだろう。蛙石はガタガタと震えだした。ヘビに体を食いちぎられるのは嫌だと言い、渋々ファイヴの保護を受け入れた。
「そこでおとなしくしててくださいなのよ。ぴょんとでも跳ねたらヘビ……じゃない、龍に食わせるのよ」
「では保坂さん、蛙石をお願いいたします。鼎さん、急いで戻りましょう。いっちーが心配です」
●
耳を切られながらノミを間一髪でかわしたあと、一悟は素早く立ちあがった。後ろへ跳んで距離を取ると、面をつけ替えて火を噴く面彫士に向かって念弾を飛ばす。狙いをつけずに放った弾は的をそれて壁に掛けられた二胡に当たって砕いた。
面彫士は一悟との間を詰めると、パンチを上下に繰り出す動きの間に蹴りを繰り出すトリッキーな動きでどんどん後ろへ追い込んでいく。だが、近距離の攻防なら一悟も得意だ。貫通力のある突きを繰り出して応戦する。
「高畑さんも碧さんも……、てめぇのつまらねえ野心のために殺されていい人じゃなかった!」
「野心? 違う。神なきこの時代に神を造るのは天下泰平のため。あの『実験』は人の為に行ったことだ」
「ふざけんな!!」
一進一退の攻防の末、面彫士は大外刈りを仕掛けるが、技がきまるより一瞬早く、一悟に突きとばされた。
「結局、てめぇは自分が大妖になりてぇだけだったんだな。それなら最初から人を殺して、実験なんてしなきゃいいだろが!」
空気を巻き込む音を立てながら青白い炎が伸びてくる。一悟の体にわずかに残っていた岩の鎧が高温の熱で生み出される風に吹き飛ばされてなくなった。トンファーを振り回して風を起こし、炎を曲げて防ぐ。
「――!?」
何が飛んできて体に当たった。粘りのある縄のようなものがパッと広がって、絡みつき、体の自由を奪う。過去の依頼で面の裏に取りつけられていた触手、いや、面彫士の体内から吐き出された肉腫だ。
素早く赤鬼の面に替えた面彫士が、見動きできない一悟の胸にノミを打ち込んだ。
「一悟!!」
「いっちー!」
赤い血を吹きだす胸を潤しの雨が打つ。雷を纏った獣が大口を開け、面彫士の喉元を目がけて飛びついた。
雷獣と格闘し、鬼の面を落とした面彫士に飛鳥が迫る。
「蝶のように舞い、蜂のように刺すのよ。ウサギさんだけど!」
固めた拳を蓑に覆われた胸の真ん中にまっすぐ叩き込んで、気血の流れを乱し、再生を阻害する。
「か……はっ……おのれ!」
面彫士は覚者を睨むその目を血でいっぱいにした。ガクガクと膝を揺らしている。一悟との争いでかなりのダメージが溜まっているところに、致命的な一撃をくらったのだ。いまにも倒れそうだった。
「終わりだ。きっちり罪を償ってもらうぜ!」
一二三に背を支えられ、一悟が体を起こす。飛鳥が横へ飛びのいた瞬間に、念弾をつるりとした偽の仏顔に撃ち込んだ。
覚者たちが目指す建物の中で事件が起ころうとしていた。
「四階建て? 二階分しか見えねえけど、ここであってんのか?」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は走りながら呟いた。
「さっき、ちゃんと『民族学博物館』って書いてあったのを見たでしょ、なのよ!」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が後ろから怒鳴り返す。
ブリーフィングで、一連の凶悪事件を起こしてきた古妖・面彫士が、同じ古妖の蛙石を長い眠りから無理やり起こした直後に介入できると聞かされている。
「もう少し早く、やつが蛙石を起こす前に来られたらよかったんだけどなぁ」
「しょうがないのよ。あ、一悟、入口は左にあるのよ」
飛鳥は事前に、ファイヴで民族学博物館の見取り図を調べてきていた。立ち止まった一悟を追い抜くと、先に建物にはいる。入口を入ってすぐ右へ曲がると、広いエントランスになっており、奥にガードマンの姿があった。
息を切らして駆けこんできた4人を見て、ガードマンが小走りでやってきた。勒・一二三(CL2001559)が前に出て、にこやかに話しかける。
「ファイヴです。特別展示場はどこですか?」
こまごまと説明している時間はない。さっさと身分を明かして、単刀直入に現場の位置を聞く。
ガードマンは顔にさっと緊張の色を走らせると、エントランス中央にある階段を右腕で示し、「二階のBブロック、一番奥です」といった。
「悪い古妖がでました。巨大化して暴れ出すと危険なので、二階のお客さんたちを避難させてくださいなのよ」
え、と驚くガードマンに、保坂 環(nCL2000076)が「建物が崩壊したり、燃えたりすることはありません。我々が未然に防ぎます」ときっぱり伝える。
「ですが、討伐が終わるまでは危険です。三階と四階にいる人たちに、下の階へ降りないよう伝えてください」
民族学博物館は、文化人類学、民族学に関する調査と研究をおこなっている。数ブロックからなる建物の一階部分は主に収集した物の収蔵を、二階が展示スペース、三と四階に民俗学研究の施設と大学の分室がある。展示品を見にきた一般客の他にも、かなりの人がここで学んだり、働いたりしているのだ。
面彫士の企みが成就しない限り、建物が崩壊したりすることはないだろうが、どんなに注意しても戦闘時の衝撃を抑えることはできない。争いの音にパニックを起こした人たちが、一度に逃げ出せば、二次災害が起こってしまうだろう。
「若干、揺れるかもしれませんが大丈夫です」
一二三が柔らかい声で保坂の要請に言葉を加えると、ガードマンはほんの少し緊張を解いた。
「はい」
ガードマンは踵を返すと立っていた場所に、いやその奥に向かって駆けていった。多分、警備室があるのだろう。そこから内線を使って、全館内に知らせようとしているのかもしれない。
それにしても、くどくどと説明せずとも名乗るだけで進んで協力してくれるのはありがたい。ファイヴ設立時とは大違いだ。
いまやファイヴの名は、妖が跋扈する日本の治安を守る組織として全国に知れ渡っている。創設から僅か数年、多くの覚者たちが身を張って全国の妖や隔者たちと戦ってきた成果だろう。
「あすかたちも行きましょう、なのよ」
二階へ向かう階段は途中でガラスの壁につき当たり、左右に分かれていた。ガラス壁の向こうには段々状のパティオが広がっており、白いタイルの上を雲の影が滑るように流れていくのがみえる。館内の静けさとあわさって、肌にじわりと不気味さを感じる。
「飛鳥、どっちだ? 右か、左か?」
「どっちでも一緒なのよ」
一悟は左側を選んだ。
二階に上がりBブロックを目指す途中で、ガードマンたちに避難を促された入場者たちとすれ違う。
誰一人としてパニックを起こしておらず、ゆっくりと出口へ向かって歩いていく。みんな、覚者たちとすれ違いざま、声をださずに口だけ動かし、「頑張って」と応援してくれた。
「嬉しいですね。面彫士を刺激しないように静かに避難していただけるだけでなく、あたたかいお言葉まで……ほんとうにありがたいことです」
「マジ、それな。みんなの信頼を失わないよう、がんばって古妖を倒そうぜ」
一悟は観覧券発売所の前で立ち止まると、まだ残っていたスタッフたちに、早く避難しろと声をかけた。
「AとCブロックのお客さんに、個別にお声がけをして避難していただきましたが……」
スタッフの視線を追って振り返ると、パティオを挟んだ反対側、ガラス越しにガードマンに連れられて逃げる人たちの姿があった。
「妖がいるBブロックは……すみません」
「いいのよ。Bブロックのお客さんはあすかたちが避難させるのよ。だから、お姉さんたちも逃げてください。ちなみにいるのは妖ではなくて古妖たちなのよ」
危険な古妖が複数いると聞いて、スタッフたちは慌てて受付カウンターから出た。
「んじゃ、面彫士をぶちのめしにいくか」
一悟は順路を示す矢印に従い、観覧券発売所の横を左へ曲がった。
「こら、一悟! どこ行くのよ。Bブロックはこっち、真っ直ぐ進むのよ!」
「え、でも順路はこっちって……」
「順路順に東回りすると世界半周してしまうのよ。ここをまっすぐ進んでいきなり特別展示場へゴーなのよ!」
叫びながら進む飛鳥を先頭に、覚者たちはBブロックへ入った。
●
高く黒い天井の下、様々な国の民族楽器が展示された音楽エリアを通り抜ける。客はいない。続く言語エリアの先が特別展示、いわゆる企画もののエリアだ。いまのテーマは『受け継がれる日本の民話と古妖たち』で、日本全国に伝わる古妖の話とそれにまつわる品々の展示が行われており、エリアの一角に面彫士が起こそうとしている蛙石が置かれている。
特別展示のエリアに入ってすぐ、右に折れた途端に悲鳴が響いた。
「いったぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
覚者たちの目の前で、白い石の塊が天井すれすれまで飛びあがった。
白い石の塊はどすっと床を震わせて着地すると、すぐにピョンピョンと、ノミと鎚を手にしたナマハゲの回りを飛び跳ねだした。
蛙石だ。
「いたい、いたい、いきなり何すんねんな!!」
飛び跳ねる蛙石を目で追いかけ、ゆっくりと体を回しているナマハゲはもちろん展示物ではない。古妖・面彫士だ。ケラミノを纏い、ハバキという藁で編んだ脛宛てをつけ、顔に赤い鬼の面をかぶっている。
面彫士の向こうで、翼人の青年が腰をぬかしてへたり込んでいた。
「青年を助けに行く、フォローしてくれ」
覚者たちはそれぞれ覚醒し、戦闘モードに入った。
保坂が面彫士の横を駆け抜け、すばやく翼人を助け起こす。
その間、面彫士は蛙石だけをじっと見つめ続けていた。腰を抜かしている翼人にも、助け起こしている保坂にも、三人の覚者にも目を向けず、だだ、蛙石だけを追いかけている。どうやら蛙石を捕まえるタイミングを計っているらしい。
保坂は目配せ一つで離脱の意思を覚者たちへ伝えると、翼人を立たせて一緒に反対側、南アジアのエリアへ消えて行った。
一二三がそのタイミングで、念のために結界を張った。
面彫士がいきなり気を変えて、保坂たちを追いかけることはないだろう。だが、蛙石が東南アジアのエリアに向かって逃げ出すかもしれない。飛鳥は古妖たちの気を引くため、大声で名乗りをあげた。
「ファイヴなのよ! 面彫士、ここで会ったが百年目、かく――ごぁぁぁなのよ!」
面彫士が腕を伸ばすと同時に石は跳ねる方向を変え、円を割って飛鳥のすぐ目の前に着地した。大きく床をたわませて、またすぐ、ぴょんと斜め上に飛び跳ねる。
「ぎぃやぁぁぁ! なにするのよ、このどスケベかえる!」
蛙石は飛鳥の和風ゴスロリスカートを豪快にまくり上げながら跳んで、一二三と一悟の頭を越え、エリアを区切る天井のパネルにぶち当たった。
飛鳥はといえば、そのまま背中から床にひっくり返された格好だ。守護使役のころんさんがあわてて、捲れあがったスカートの裾を口で咥えて下ろす。
「ころんさん、ありがとうなのよ。おのれバカかえる、どこに行ったのよ。でっかい龍さんに食わせてやる、なのよ!」
「飛鳥、いいから後ろにさがれ!」
割れたパネルを頭に受けながら、岩の鎧で身を固めた一悟が前に出て、蛙石を追う面彫士をブロックする。
「やっと会えたな……てめえは許さねぇ、ここで倒す!」
「またお前たちか。そこをどけ、私の邪魔をするな。するなら――」
一悟は最後まで言わせなかった。聞く必要なし、と炎を纏わせたトンファーをケラミノに包まれた体に叩き込んだのだ。
面彫士は至近距離から攻撃をまともに食らい、ぐう、と呻いてあとずさった。
「どうした? やれるもんならやってみろよ。返り討ちにしてやるぜ……てか、どっかであったか?」
「いっちー、面彫士とは水族館で出会っていますよ。一瞬の事でしたが」
ほら、門のところで、と言語エリアから一二三が声をあげる。
「そうだったけ? ま、どうでもいいや。こいつとはここでオサラバだ」
蛙石を頼むぜ、といってトンファーを構えた途端、一悟の顔面を青白い炎が炙った。一瞬目を離した隙に、素早く赤鬼から青鬼の面につけ替えた面彫士が火を噴いたのだ。
こんどは一悟が顔を庇ってあとずさる。
面彫士は一悟の横を走り抜けた。言語エリアの端で飛鳥に追いつき、襟足に手をかけて思いっきり後ろへ引き倒す。そのままほとんどスピードを落すことなく音楽エリアへ入り、ドラムに次々とぶち当たってむちゃくちゃな音を出している蛙石の姿を確認、立ち止まってから一二三に向かって火を噴いた。
「うわぁぁ、なんやなんや。なんで火吹く鬼とか三つ目とかが追いかけてくるんや、こわいー。わし、ただのかわいい蛙さんやで! 何の用や?!」
「私を食え!」
「はぁ? いきなり何いうてんねん、この鬼は! 愛くるしい蛙の目に刃差し込んだり……頭おかしいやろ!」
蛙石はわめきながら西アジアのエリアの入口手前で左に折れ、着地の振動でガムランを響かせながら、光のさす出口を目指して跳んでいく。
「ああ、まずい!」
出口を出てすぐ、通路のパティオに面した側の壁はガラス張りだ。蛙石なら簡単に割るだろう。パティオへ落ちれば、最短で館外へ出ることができる。まっすぐ進んで階段を上り、三階や四階に向かわれても厄介だ。
一二三は全力で走り、出口に先回りした。
「おとなしくしなさい! おとなしくすれば危害を加えません。僕たちが守ってあげますから」
額に開いた第三の目から怪光線を連発し、蛙石、そしてその後ろに迫る面彫士を威嚇する。合間にギターの弦が何本もまとめて切れ、プッ、プッ、という音が響いた。
「あほか、この三つ目坊主! いうてることとやってることがぜんぜん違うやないか、むちゃくちゃやで!」
蛙石が一二三の前でフェイントをかけて左へ曲がる。面彫士は手前のコーナーで曲がって、蛙石を横から捕まえようとした。
追いついた面彫士の指が蛙石の尻に触れ、蛙石がケピャと鳴きながら舌を長く伸ばしたその時、飛鳥の放った水龍が古妖たちに食らいついた。
「ギャー、でっかい蛇に食われた! 蛇、キライや! 蛇キライ!」
「ヘビじゃないのよ、龍なのよ!」
蛙石はケロケロ鳴いて傷を癒す雨を黒い天井から降らせながら、言語エリアへ逃げていく。ダメージを受けて若干、跳ねあがる高さが落ちてはいるが、まだまだ元気だ。
照明を受けて山吹色に輝く雨に打たれながら、面彫士が立ちあがった。青鬼の面から赤のそれにつけ変わっている。
飛鳥と一二三は濡れ細った蓑姿の古妖を迂回して言語エリアに向かった。
「おっと、お前の相手はオレだ。素顔を見せやがれ!」
一悟はトンファーを繰り出して、面彫士がつけている面を割ろうとした。そのトンファーを面彫士が手で掴み取り、剛力を発揮して一悟ごと振り上げる。
「うおぉぉっ!?」
真上へ振り上げられ、体が空で一旦停止した瞬間に、一悟は念弾を面彫士の頭に打ち込んだ。次の瞬間、床に腰からおもいっきり叩きつけられた。衝撃が骨を軋ませながら全身に伝わっていく。
痛みに耐えかねてきつく瞑った目をそろりと開くと、眼前にノミの鋭い刃が迫ってきていた。
●
南アジア、東南アジア、朝鮮半島の文化を蹂躙し、中国地域の文化を素通り、中央・北アジアでモンゴルのゲルを破壊して、アイヌの文化を通り、日本の文化の入口に置かれたねぶたの模型の手前で、ようやく蛙石を止まらせることができた。
一二三と、飛鳥、そして戻ってきた保坂と三人で協力し、逃げられないように蛙石を囲む。
潰れたゲルの上に座り、舌をベロン、ビョーン、ベロンと伸ばして覚者を威嚇する蛙石に、一二三は微笑みながら声をかけた。
「文献で調べたところ、貴方は頭の上に止まった鳥を食べていたようですね。人を襲って食べた記録は見当たりませんでした」
「当たり前や! ゲロまずの人間なんか食うか! 口に入れたら口も腹も痛なるし、ほんまゲロゲロやで! お前ら、人間喰うたことないやろ」
あるわけないじゃないですか、と言って一二三は顔をしかめる。
「僕たちは人間ですよ」
「嘘つけ! とくに三つ目、お前はめっちゃ妖くさいんや!」
「妖くさい? 初めて聞く言葉なのよ」
飛鳥は袖を持ち上げて鼻に近づけると、くんくんと臭いをかいだ。
「怪の因子持ちは妖に近くはありますが……妖ではありません。ねえ、保坂さん?」
保坂は困ったような顔をして、自分は研究者でも学者でもないからはっきりわからない、と言った。
ともかく、蛙石はたまたま人間、いや源素アレルギーなのだろう。人を喰う怪異はわりといる。
福島県は安達原の『鬼婆』などがそうだ。『山姥』は日本各地にいるし、動物が元になった古妖でみると『川獺(かわうそ)』も人を食べる。他にも『野槌』や『化け蟹』など、例をあげだすときりがない。
「まあ、わしもたまーに人間を食いたぁなる時があるけどな」
「ダメです。今後は口の中にも入れないように」
源素を全く持たない人間はいないだろうが、限りなくゼロに近い人がいる可能性はある。もしも、そんな人を蛙石が食べることがあれば、アレルギーを起こさずに食べてしまうかもしれない。食べてしまえば討伐対象だ。
「人を食べないと約束してくだされば、今後はファイヴが貴方を保護しますよ」
「いやや、いうたらどうする気や?」
「でっかいヘビに体が粉々になるまで食らいつかせるのよ。ヘビじゃなくて龍だけど」
音楽エリアで水龍に襲われたときのことを思い出したのだろう。蛙石はガタガタと震えだした。ヘビに体を食いちぎられるのは嫌だと言い、渋々ファイヴの保護を受け入れた。
「そこでおとなしくしててくださいなのよ。ぴょんとでも跳ねたらヘビ……じゃない、龍に食わせるのよ」
「では保坂さん、蛙石をお願いいたします。鼎さん、急いで戻りましょう。いっちーが心配です」
●
耳を切られながらノミを間一髪でかわしたあと、一悟は素早く立ちあがった。後ろへ跳んで距離を取ると、面をつけ替えて火を噴く面彫士に向かって念弾を飛ばす。狙いをつけずに放った弾は的をそれて壁に掛けられた二胡に当たって砕いた。
面彫士は一悟との間を詰めると、パンチを上下に繰り出す動きの間に蹴りを繰り出すトリッキーな動きでどんどん後ろへ追い込んでいく。だが、近距離の攻防なら一悟も得意だ。貫通力のある突きを繰り出して応戦する。
「高畑さんも碧さんも……、てめぇのつまらねえ野心のために殺されていい人じゃなかった!」
「野心? 違う。神なきこの時代に神を造るのは天下泰平のため。あの『実験』は人の為に行ったことだ」
「ふざけんな!!」
一進一退の攻防の末、面彫士は大外刈りを仕掛けるが、技がきまるより一瞬早く、一悟に突きとばされた。
「結局、てめぇは自分が大妖になりてぇだけだったんだな。それなら最初から人を殺して、実験なんてしなきゃいいだろが!」
空気を巻き込む音を立てながら青白い炎が伸びてくる。一悟の体にわずかに残っていた岩の鎧が高温の熱で生み出される風に吹き飛ばされてなくなった。トンファーを振り回して風を起こし、炎を曲げて防ぐ。
「――!?」
何が飛んできて体に当たった。粘りのある縄のようなものがパッと広がって、絡みつき、体の自由を奪う。過去の依頼で面の裏に取りつけられていた触手、いや、面彫士の体内から吐き出された肉腫だ。
素早く赤鬼の面に替えた面彫士が、見動きできない一悟の胸にノミを打ち込んだ。
「一悟!!」
「いっちー!」
赤い血を吹きだす胸を潤しの雨が打つ。雷を纏った獣が大口を開け、面彫士の喉元を目がけて飛びついた。
雷獣と格闘し、鬼の面を落とした面彫士に飛鳥が迫る。
「蝶のように舞い、蜂のように刺すのよ。ウサギさんだけど!」
固めた拳を蓑に覆われた胸の真ん中にまっすぐ叩き込んで、気血の流れを乱し、再生を阻害する。
「か……はっ……おのれ!」
面彫士は覚者を睨むその目を血でいっぱいにした。ガクガクと膝を揺らしている。一悟との争いでかなりのダメージが溜まっているところに、致命的な一撃をくらったのだ。いまにも倒れそうだった。
「終わりだ。きっちり罪を償ってもらうぜ!」
一二三に背を支えられ、一悟が体を起こす。飛鳥が横へ飛びのいた瞬間に、念弾をつるりとした偽の仏顔に撃ち込んだ。

■あとがき■
かなり厳しい状況でしたが面彫士を討ち取ることができました。
展示物の破損はありましたが、お客さんやスタッフ、ガードマン、館内にいた人たちに怪我はありません。
また、蛙石はファイヴが保護することになりました。
考古学研究所の敷地内のどこかに、蛙のような形をした石を見つけたら……それが蛙石です。
ご参加ありがとうございました。
展示物の破損はありましたが、お客さんやスタッフ、ガードマン、館内にいた人たちに怪我はありません。
また、蛙石はファイヴが保護することになりました。
考古学研究所の敷地内のどこかに、蛙のような形をした石を見つけたら……それが蛙石です。
ご参加ありがとうございました。
