【人妖分水嶺】[不]:調和オブリガート
●
FiVEの覚者たちが背を向けるのをみつめていました。
彼等はわたくしと戦うつもりはもうないみたい。
ならそれはそれでかまいませんわ。
わたくしがえた情報を八神さんに届けましょう。
そういえば、八神さんは竜神の神社でしたね。
ぴりり、と携帯にメールの着信音。
そうだ、八神さんにメールの途中だったはず。画面に浮かぶのは八神さんのアドレス。
内容を確認しようと操作をしようとしたら力が入って携帯がぐしゃりと潰れた。
ああ、いやですわ。
しかたありません。直接八神さんのもとに参りましょう。
確か花骨牌さんもご一緒だったかしら? 彼女のお茶菓子はおいしいものね。
わたくしは卒塔婆を引きずりあるき出す。
だいよおのしょうたい。
早く伝えなくてはいけませんわ。
きゃああ!!
悲鳴。ああ、そうそう。
この姿。
ちょっと羽根は真っ黒になってしまったけれど。ちょっと大きくなってしまったけれど。
いやあね、人を見て悲鳴だなんて。
貴方のマナーはどこにあるのか、確かめてさしあげましょう。
つい、と爪先をスライドさせればあっという間に輪切りの人体の完成。
MRIでもこんなに早くできないでしょう?
……ざんねん。あなたにマナーという概念は存在していないみたい。
八神さん、お伝えしたいことがあります。
はやく、はや、はややや、やく、やく、やく、やく。
●
「だめです! 貴方は安静にしなくてはいけないんですよ!」
看護師の悲鳴が病室に響く。
「だいじょうぶ、はやく、みんなに、教えなきゃ」
点滴のチューブと人工呼吸器のチューブに繋がれた久方 万里(nCL2000005)が荒い息で、起き上がっていた。
まだ彼女は絶対安静の真っ最中だ。
「万里っ!!」
けたたましい足音をあげながら、彼女の兄である久方 相馬(nCL2000004)が駆け込んでくる。万里が目を覚まして、起きようとしたときに連絡が彼のもとにとどいたのだ。
「おにいちゃん、あのね、万里、だいじなこと、みんなに、伝えないと」
「そんなことはどうでもいい! 寝てろよ!」
「だめだよ、おにいちゃん。万里達は夢見なんだから」
その言葉に相馬ははっとする。
「なにか、みえたのか?」
「うん、だから、みんなに伝えなきゃ。みつけたの。太刀花さん」
相馬はその名前にはっとする。今最優先でその所在を探っている深度3の破綻者だ。
「あのひとが、七星剣の八神勇に会おうとしているの。でも合わせちゃだめ、大変なことになっちゃう!
破綻者の先が大妖だってあの人にバレちゃったらきっと大変なことになる……!」
言って、万里は咳き込む。
「万里、いいから無理するな!」
「だから、お兄ちゃん、かわりに、みんなに、伝えて……」
FiVEの覚者たちが背を向けるのをみつめていました。
彼等はわたくしと戦うつもりはもうないみたい。
ならそれはそれでかまいませんわ。
わたくしがえた情報を八神さんに届けましょう。
そういえば、八神さんは竜神の神社でしたね。
ぴりり、と携帯にメールの着信音。
そうだ、八神さんにメールの途中だったはず。画面に浮かぶのは八神さんのアドレス。
内容を確認しようと操作をしようとしたら力が入って携帯がぐしゃりと潰れた。
ああ、いやですわ。
しかたありません。直接八神さんのもとに参りましょう。
確か花骨牌さんもご一緒だったかしら? 彼女のお茶菓子はおいしいものね。
わたくしは卒塔婆を引きずりあるき出す。
だいよおのしょうたい。
早く伝えなくてはいけませんわ。
きゃああ!!
悲鳴。ああ、そうそう。
この姿。
ちょっと羽根は真っ黒になってしまったけれど。ちょっと大きくなってしまったけれど。
いやあね、人を見て悲鳴だなんて。
貴方のマナーはどこにあるのか、確かめてさしあげましょう。
つい、と爪先をスライドさせればあっという間に輪切りの人体の完成。
MRIでもこんなに早くできないでしょう?
……ざんねん。あなたにマナーという概念は存在していないみたい。
八神さん、お伝えしたいことがあります。
はやく、はや、はややや、やく、やく、やく、やく。
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「だめです! 貴方は安静にしなくてはいけないんですよ!」
看護師の悲鳴が病室に響く。
「だいじょうぶ、はやく、みんなに、教えなきゃ」
点滴のチューブと人工呼吸器のチューブに繋がれた久方 万里(nCL2000005)が荒い息で、起き上がっていた。
まだ彼女は絶対安静の真っ最中だ。
「万里っ!!」
けたたましい足音をあげながら、彼女の兄である久方 相馬(nCL2000004)が駆け込んでくる。万里が目を覚まして、起きようとしたときに連絡が彼のもとにとどいたのだ。
「おにいちゃん、あのね、万里、だいじなこと、みんなに、伝えないと」
「そんなことはどうでもいい! 寝てろよ!」
「だめだよ、おにいちゃん。万里達は夢見なんだから」
その言葉に相馬ははっとする。
「なにか、みえたのか?」
「うん、だから、みんなに伝えなきゃ。みつけたの。太刀花さん」
相馬はその名前にはっとする。今最優先でその所在を探っている深度3の破綻者だ。
「あのひとが、七星剣の八神勇に会おうとしているの。でも合わせちゃだめ、大変なことになっちゃう!
破綻者の先が大妖だってあの人にバレちゃったらきっと大変なことになる……!」
言って、万里は咳き込む。
「万里、いいから無理するな!」
「だから、お兄ちゃん、かわりに、みんなに、伝えて……」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者 太刀花死霊の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
前回取り逃してしまった彼女に引導を渡してください。
今回はどくどくSTの【人妖分水嶺】八神起つ 雷雨吹き荒れ 風が舞うと同時参加することはできません。
八神と太刀花が出会い、大妖になるプロセスが八神に伝わると、それがいくら破綻したて戻せるものでも、破綻者を徹底的に根絶やしするために行動するようになり、日本の治安が一気に悪くなってしまいます。
ロケーション
八神のいる竜神神社の社へ続く長い長い石段です。数人の参拝客がいます。
太刀花は邪魔な一般人はひき潰すように進んでいきます。
待ち構えていても(上から)追いかけて行っても(下から)構いません。
待ち構えているのであれば命中はしやすいですが回避はしにくくなります。もし八神が突破してきた場合でも、合流までの時間稼ぎはしやすくはありますが壊滅的なダメージを食らう可能性があります。
追いかけていく場合は相手からの攻撃はよけやすいですが、命中は若干下がります。
うまく石段の下の広いスペースに誘導できれば戦いやすくなります。(一般人もそれなりにいます)
八神との合流タイムは多少は伸びますが(3分程度)八神が突破した場合は合流しやすくなります。
突然雨が降る可能性があります。その場合は石段は滑りやすくなり、回避にマイナス補正。遠距離攻撃の命中にマイナス補正が入ります。
それ相応の技能を活性化していればそのマイナスは補正されます。
太刀花死霊
深度3の破綻者です。
もともとアレな性格でしたので、意外と理性がまだ残っているようです。
八神に情報を渡すために来ました。
FiVEの有名な覚者については研究済みですので、対応した戦略で臨みますが、今はそこまで綿密な作戦を立てるわけではありません。
背中の羽は真っ黒な大きな人間の手が両方から広がっているような形になっています。
とても禍々しい感じになっています。
爪も長く伸び、毒性を帯びています。(通常攻撃に猛毒付与)
水行の術式は使用可能です。回復力は高く火力片重ぎみ。
自分を中心に全方向に貫通3の氷の柱を展開させることができます(BS凍結)
通常行動とは別に背中の羽が自由に動き、遠列、吹き飛ばし効果とダメージのある攻撃をしてきます。
吹き飛ばされた場合は太刀花より行動速度が遅い場合そのターンの行動がキャンセルされてしまいます。
速度は皆様の平均より少し上です。
神具 死滅ストゥーパを持ってはいますが、致命効果を得ることはできませんし、死体を操ることもできなくなっていますが、その分強化されていますので油断のできる相手ではありません。
純戦闘依頼になります。
面倒な状況ではありますが、よろしくお願いします!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年09月30日
2018年09月30日
■メイン参加者 8人■

●
もしもがあれば。
もしもがあれば、わたくしには、いまとはちがう
もうひとつの
みらいが、あったのかもしれないのだとおもうとすこしだけ。
ほんのすこしだけ。
……ちゃん。
●
「これはまだ、最悪に至る、一歩手前といっていいのかどうか。ともあれラストチャンスになりそうだ」
あの時ああしていたら。もし、そうなっていれば。過去に置き去った感傷を拭うように『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015) は咥えていた煙草をシガレットケースに捨てる。
煙草消すときの少しだけ濃くなるヤニの臭いに鼻をひくつかせながら、拳を口元に添え考え事をしている子猫を見る。
(いきものは生きるために他を殺める。例えば自分の命をつなぐための食事として、例えば自分の生活を脅かすものから自分を守るために。
だけど。
あのひとは違う。自己の好奇心と欲求。それだけの我儘のために誰かを殺めている。それは)
それは少女――『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695) にとっては理解しがたく、そして少女としての潔癖さで許すことはできなかった。
(死霊さんを破綻させてしまった責任は取らなければいけませんね……)
同じく少女のかんばせに大人の憂いを乗せた『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は妖精結界を展開した『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) とともに 石段の下にいた一般人たちを退避させたあとの誰もいない広場を見下ろして思う。
(もし、彼女を戻せるのなら。いいえ、戻したところで彼女は八神に大妖の秘密を解きあかして、それは一般の方々の脅威になります。ならば)
もしかするとあの女は私だったのかもしれない。そんな感傷がないわけがない。だからもう一つの未来の扉には鍵をかける。心を、鬼にして。
使役のピヨを上空に飛ばした『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565) は自分の意識をピヨに重ねる。別動隊が八神の前に立ちふさがっているのが見えた。賽はふられた。ルビコンの川を越えた以上はあとはなるようにしかならない。別動隊へ頑張ってと心の中で紡ぎ、太刀花死霊の位置を探る。
少年は、女に名を呼ばれた。
自分のことなど知らない。そう思っていた。そうではなかった。あの女は七星剣の敵だ。だというのに自分を知っていてくれたことが、複雑ながらもうれしかった。あの時まで顔を合わせたことはない。お互いのことは資料でしか知らないのに。「奏空くんの声がきこえた」と。自分のことはモブでしかないと思っていた少年を彼女は認識していたのだ。なのに自分は向き合うことができなかった。それが悔しい。
知ったときにはもう彼女は向こう側だった。向き合える機会は今日が最後だ。だから今日は本気で向き合うと自分に誓う。
(まだ、かろうじて自我を保ってる彼女をきっと破綻から取り戻すことができるかもしれない)
『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994) は思う。通常深度2までの破綻者であれば適切な声かけと治療で戻ることはできる。深度3になればそれもかなわないとされてきた。しかし、覚者の持つ神秘の力。魂を燃やすことで、深いところに落ちてしまった魂を拾い上げることは可能だということが示唆されたのだ。
だからたまきは仲間にそれを説いた。しかし仲間が下した結論は討伐。理由はいくつもある。
ひとつ、死霊を取り戻すための言葉。ひとつ、縦しんばもとにもどしたとして、彼女は『情報』を持っている。そのいくさきを止めることはできるのか。ひとつ、実力者である彼女を閉じ込めたところで脱獄の可能性は? いくつもの問題がたまきの思いを阻む。
そして――。
そして、戻したところで彼女は後ろに立つ少女のお気に入りだ。今は封印されてはいるが、封印がとけた少女が彼女を得るために同じことが繰り返したら。今よりももっとたくさんの人が死ぬだろう。
陰陽師の一族の末裔として生まれた彼女の使命は「大妖」の根絶である。それは頭ではわかっている。でも心は裏腹に悲鳴をあげる。
泣きそうな思いで石段をみつめるたまきの手を温かく力強い手が握りしめた。
「たまきちゃん」
奏空だ。見上げる少年の横顔は大人びたものだ。やるべきことをやるときめた男の顔である。
「はい」
だからたまきは短く答えた。迷いは吹き飛ぶまではいかない。それでも勇気をもらったのは間違いない。
「ペスカ、鍵を」
ラーラは最初から魔導書の封印を解くことを決める。手加減はできない。もしかすると死霊を救う方法はあるかもしれない。それでも討つと決めたのだ。
気持ちとしては助けたかった。けれどその方法をラーラは見つけることができなかった。魔女として。よき魔女として、一般の人に危機が起きる危険性と死霊の命の重さの天秤の傾きは非常なまでに彼女の心を裏切った。
だから、ラーラはせめて。人と大妖との垣根を越えてしまう前に人のまま討つときめた。それはエゴだとは十分にわかっている。しかし理解と心はつながらない。
「きたよ、みんな準備を」
秋人が穏やかに、しかし緊張感を持った声で覚者たちに告げる。
彼らは準備を整える。事前に付与する時間は十分にあった。ゴロゴロと雷鳴が轟き、ぽつぽつと秋の冷たい雨が彼らに降りかかる。
八神と別動隊の戦いが始まったことを意味するその降雨は、こちらの都合も関係なしに降り注ぐ。
「あ、あ、だいよう、は、だいよう、の、しょうた、い」
それを告げるためにきた死霊はゆっくりと石段をあがってくる。
「太刀花さん」
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243) は編み上げブーツの踵をかつんと鳴らす。
「いいえ、いいえ、死霊さん、わたくしが貴女にできることをしに参りました」
そういったつばめの瞳は誰よりも澄んでいた。いや、達観している。
「あなたに引導を渡しに来ましたわ!」
その言葉を皮切りに、集中を重ねていた燐花が態勢を低くしたまま、猛る獣の一撃を死霊に食らわせる。
「最初にお会いした時に制していれば、その後死人が増えることはなかった、のですよね」
それは後悔。それは悔しさ。それは、きっともっと複雑な感情だった。それがないまぜになった初手の致命の呪いが死霊に刻まれ、瞬間燐花の体の自由が一気に失われる。
しかし最初の楔は穿たれた。燐花はにやりと続く攻撃に託す。
「これが最後です」
次に飛び込むのは奏空だ。
死霊が人であったときの関節に向かって的確な打撃を与えていく。その打撃にいつもの甘さはない。少年は常に不殺を心がけている。もしかして変わるかもしれない改心の未来を信じて。
……違う、そうではない。臆病だったのだ。怖かったのだ。自分の手を血に塗れさせることが。誰かの命を奪ってしまうことが。
その大きな責任を背負うことが。だが、今日の彼は違う。FIVEの勇猛な先輩たちがそうしてきたように。その責任を背負う覚悟をしてきた。
それは一人の人間として、人と大妖の狭間で迷う女を救うため。その厳しい現実と向き合うために。
「太刀花ァァァーー!!」
その叫びは少年から大人の男に変わるための号砲。
「これは私の罪です!」
澄香が死霊の足元を狙い、捕縛蔓を伝わせ縛り上げた。死霊の速度が多少は削れていることに安堵する。
準備は整う。
本格的に降りだした雨が視界を阻む。それでも秋人はエネミースキャンで死霊を精査する。確認しながらの戦闘では精彩に欠き秋人の攻撃はどうにも当たらない。
「ああ、、あ、あ、、、、、すみか、チャん」
死霊を中心に四方に氷の柱が展開される。最近接距離にいたつばめと奏空と燐花、そしてラーラと恭司がその氷の柱に貫かれる。
クリーンヒットには至らないとはいえ少なくないダメージが彼らを襲う。
同時に後衛を浚うように巨大な掌の羽根が薙ぎ払う。運悪くも行動順が巡ってこなかった恭司は使おうとしていた雷獣が雲散霧消して恭司ごと吹き飛ばしてしまう。
「なんともはや、これはやっかいだね。とはいえここを通すことはできないさ」
尻もちをついたまま、こちらをみる子猫の視線を制し恭司は不敵に笑う。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を…イオ・ブルチャーレ!」
自らを奮い立たせるその呪文を唱えるのは今回で何回目なのだろうか。ラーラは使い慣れた魔導書のページをはためかせ流転の炎を展開する。
ひとつ、ふたつと魔法陣が灼熱の紅を生み出し、死霊に炸裂する。ダメージは多少削れているが与えていないわけではない。ラーラはうん、と頷き状況がそれほど悪いものではないと心を奮い立たせた。
待ち伏せのリスクと、降雨の効果はご覧の通りだ。それは向こうのみんなも同じだ。だったら。
だったら信じるだけである。
つばめはダン、と踏み込み細い指先を死霊に這わせ、印を刻んでいく。
螺旋につながるそのその印は術式を封じるものだ。
「つばめちゃん、いじわるをするんですの?」
妙にその言葉は鮮明に聞こえた。戻る符牒であるのかと感じてしまったつばめと死霊の目線が近い場所で交差する。
その瞳は、暗雲が渦巻いているようなぞっとする底のなさ。
つばめは第六感で危険を感じ退いてしまう。ゆえに螺旋の印は途中で途切れる。
それで構わない。もし印を完了していたその直後につばめは切り裂かれてしまっていただろう。ともすれば命が失われたかもしれない。
心臓が跳ねているが、冷静を装う。心配する仲間を手で制し、態勢を整える。
「大丈夫ですわ」
濡れた髪が張り付いてうざったい。体が冷える。それは雨に濡れたからだけではない。
そして、次のフェーズに戦闘は進んでいく。
毎ターンどこかしらの列が吹き飛ばされ全員が攻撃できる状況は邪魔をされていく。体術は封じた、痺れで本体である死霊が足を止めるが、それとは関係なしに動く両掌の翼が厄介でしかたない。
澄香も秋人も回復に手をやられる状況が続く。中でも凍結は厄介でそのたびに澄香は解凍することに手間取られる。
それでも攻撃は続けていかなければ足止めは叶わない。唯一救われる点は死霊は致命で回復ができないことだ。しかし燐花というアタッカーが致命が解けるたびに反動のあるその技を使うたび、攻撃の効率が下がる。
どんどん失われる気力を支えるのは恭司の大填気である。
両者は一進一退の攻防を続ける。
深い霧に隠れたつばめが、死霊の視覚から現れ、切り刻む。
死霊にかわいいといわれた大正袴は激しい戦いによりボロボロだ。横合いからの掌がつばめを襲う。
「ぐぅっ!」
石段の角にしたたかに腰を打ち付けられ、苦悶のうめきが漏れる。
「やばいみたい、向こう」
今や回復とピヨでの偵察、エネミースキャンに手を取られる秋人がうなる。オーバーワークの所為か集中してみる余裕がないためか死霊の体力はどれほどのこっているのかあいまいだ。
まだたくさんあるようにももう尽きるにも見える。
奏空もエネミースキャンをしていたが今や攻撃に集中しないと、まともに攻撃が当たらない状態である。
「ライライさん!」
自分もていさつに向かわせていたライライさんへ意識をおくれば八神がこちらに向かうのが見えた。
「うそだろ」
奏空がつぶやく。
彼らはこの後近寄る八神の対応も強いられることになる。
彼らのうちの半数はすでに一度は膝をついている。状況が最悪に転じる。
澄香が悲痛に眉を顰めた。ラーラは泣き出しそうな顔になっている。
だから、燐花は傷だらけのまま立ち上がり強がりのように死霊に、
「先に進む事はできません。八神さんに会う事も叶わず、貴女にはここで倒れるのです」
と見栄を張る。その虚勢がどこまで続くか自分にもわからない。
「人の感情。心。魂の在り処。興味がないと言ったら嘘になります」
自分だってあの優しいあの人を知りたいと思った。知ってしまうのが怖いとも思う。
だから彼女は気づいた。分からない事は分からないままの方が良いのだと。
「かんじょう、そう、ですわ。しらないと、こわい、じゃないですか? だってあの、男は、私の中をいじくる男はどうして、笑っていましたの?」
澄香の眉がもっともっと顰められる。
「ねえねねえねねねねね、笑いながらひどいことをするひとはどんな心をもっているんですの?
きっと冷たいもの。
なら、こいは。こいばなは。あたたかいものではありませんか?
人を暴こうとするこうきしんはどんな色? ねねねねねえねねえ」
死霊が何かを求めるように、暴れ始める。
「やがみ、さんは、それを教えてくれますの。暴力こそが、その本質であると。だからね、ふふ。人の本性。魂。それは純粋な、暴力のなかに。あるって」
「そんなわけ……! 暴力の中に魂なんてない!」
奏空が反射的に否定するが、否定しきれない部分がないとはいえない。だから叫んだ。そうあってはいけないと思うから。
「誰かが彼女を救っていたのなら」
完全に歪みきった太刀花死霊という女の魂は暴力にその心の在処を求めてしまったのだ。
人を切り刻むという暴力を与えることによって見えるものが彼女にとっての魂であるのだ。
そうなってしまったという痛ましさに秋人は胸が詰まる。
遠いところに行ってしまった心。手を伸ばしてもそれには届かない。たまきは伸ばした手を戻し、覚悟した。覚悟したはずなのに心をむしばむ悲鳴は高くなるばかりだ。
「死霊さん」
「なぁに? つばめちゃん」
かつん。かつん。
雨音の中だというのにその踵が石段をたたく音が大きく聞こえる。
「死霊さん」
ぶわり、と総毛だつような空気が石段を支配する。雨が止む。
覚者たちは「それ」が何を齎すものであるのか知っている。
「もしもの話をいたしましょう」
「ふふ、仮定の話はきらいではないですわ」
「生まれ変わりがあるのだとして」
「あるのだとして」
「わたくしとあなた友達になれるとおもいますか?」
「ふふ、わたくし、つばめちゃんのようなきれいな子は好きよ。そうね、なれると思いますわ」
「そうしたら」
零れ落ちていく魂の色。それは桜色。桜の花びらが周囲に舞い上がる。
死霊はきょとんとした顔で舞い上がる花びらをみつめた。
「これは魂? これはつばめちゃんの心。心の在処?」
「そうですわ。これは私の心。あなたに見せてさしあげますわ」
「きれいね」
死霊は嬉しそうに、少女のような笑顔でその花びらを受け取ろうとする。
「心って、魂ってこんなきれいなものなんですのね」
「ええ」
一歩進んだつばめが双刀・鬼丸をひとつ、ふたつと死霊に突き立てる。まるでバターを切るかのような容易さ。
「つばめちゃん?」
「はい」
「もっともしもの話をして」
「きっとわたくしたちは桜舞う遊歩道で出会うでしょう」
「うん」
「そして、初めて会うのになぜかずっと知っていたような気がして」
こほり、桜の花びらに赤いものが混じる。
「そうね、そのとおりですわ」
「そして、普通の女の子みたいに、心の在処ってどこにあるのかと話すのですわ」
「すてき。その心の在処はどこにあるの?」
「きっと恋ごころですわ。心は誰かを愛するときに生まれるもの。友愛、親愛、恋愛。そんな素敵なものの先にあるのですわ。恋の中にいちばんすてきなものがあると思いますの」
「だからわたくしはコイバナがすきだったのかしら」
「きっとそうですわ。もしものせかいで、わたくしはあなたとたくさん「こいばな」をいたしますわ」
「つばめちゃん」
「はい、あなたをそのもしもにお連れします。大丈夫ですわ。迷いなどいたしません。わたくしの魂の欠片があなたをご案内します」
「そう」
そう、と頷いて口を開こうとした形のまま。
女は力尽きた。
●
もしもがあればわたくしはちがっていたのかもしれない。
きづくのがずいぶんとおそくて
もしも、もしも、もしも。つばめちゃんがいったそのひびきはすてきなもので。
だから。
あとすこしだけ。あとすこしだけ。じかんがあれば。
つばめちゃんにいえることのはがあったとおもうとすこしだけさみしかった。
●
覚者達は息絶えた女を回収し撤退しようと動き始める。
「ちょっと待ってくれや、身内は置いていってくれよ。そいつはうちで荼毘にふしてやるさ」
野太いその声に、彼を警戒していた覚者が構えをとる。
相手は多少傷があるとはいえ、健在だ。対してこちらは満身創痍。これ以上戦える状態ではない。
「だめってんなら、無理やりにでも奪うぜ。もちろんお前らを皆殺しにしてもかまわない」
彼らは大柄の男――別動隊を突破してきた、八神勇雄の言葉に撤退を余儀なくされるのであった。
●
「ったく、お前もばかだなあ」
瞳を開けたままの太刀花死霊の遺体の目を太い指で八神が閉じる。
「かわいそうな子」
いつの間にか隣に控えていた花骨牌が長いまつげを伏せた。彼女にとって死霊は憎からずの相手だ。
「まあな」
八神は短く答える。
「要件くらいしっかりと伝えろってんだ」
破綻し、さまよっていた死霊は壊れたスマートフォンは捨てている。メモなどは残していない。
「太刀花の知っている秘密はあいつらが持っているのか」
八神の瞳が怪しく光った。
もしもがあれば。
もしもがあれば、わたくしには、いまとはちがう
もうひとつの
みらいが、あったのかもしれないのだとおもうとすこしだけ。
ほんのすこしだけ。
……ちゃん。
●
「これはまだ、最悪に至る、一歩手前といっていいのかどうか。ともあれラストチャンスになりそうだ」
あの時ああしていたら。もし、そうなっていれば。過去に置き去った感傷を拭うように『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015) は咥えていた煙草をシガレットケースに捨てる。
煙草消すときの少しだけ濃くなるヤニの臭いに鼻をひくつかせながら、拳を口元に添え考え事をしている子猫を見る。
(いきものは生きるために他を殺める。例えば自分の命をつなぐための食事として、例えば自分の生活を脅かすものから自分を守るために。
だけど。
あのひとは違う。自己の好奇心と欲求。それだけの我儘のために誰かを殺めている。それは)
それは少女――『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695) にとっては理解しがたく、そして少女としての潔癖さで許すことはできなかった。
(死霊さんを破綻させてしまった責任は取らなければいけませんね……)
同じく少女のかんばせに大人の憂いを乗せた『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は妖精結界を展開した『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) とともに 石段の下にいた一般人たちを退避させたあとの誰もいない広場を見下ろして思う。
(もし、彼女を戻せるのなら。いいえ、戻したところで彼女は八神に大妖の秘密を解きあかして、それは一般の方々の脅威になります。ならば)
もしかするとあの女は私だったのかもしれない。そんな感傷がないわけがない。だからもう一つの未来の扉には鍵をかける。心を、鬼にして。
使役のピヨを上空に飛ばした『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565) は自分の意識をピヨに重ねる。別動隊が八神の前に立ちふさがっているのが見えた。賽はふられた。ルビコンの川を越えた以上はあとはなるようにしかならない。別動隊へ頑張ってと心の中で紡ぎ、太刀花死霊の位置を探る。
少年は、女に名を呼ばれた。
自分のことなど知らない。そう思っていた。そうではなかった。あの女は七星剣の敵だ。だというのに自分を知っていてくれたことが、複雑ながらもうれしかった。あの時まで顔を合わせたことはない。お互いのことは資料でしか知らないのに。「奏空くんの声がきこえた」と。自分のことはモブでしかないと思っていた少年を彼女は認識していたのだ。なのに自分は向き合うことができなかった。それが悔しい。
知ったときにはもう彼女は向こう側だった。向き合える機会は今日が最後だ。だから今日は本気で向き合うと自分に誓う。
(まだ、かろうじて自我を保ってる彼女をきっと破綻から取り戻すことができるかもしれない)
『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994) は思う。通常深度2までの破綻者であれば適切な声かけと治療で戻ることはできる。深度3になればそれもかなわないとされてきた。しかし、覚者の持つ神秘の力。魂を燃やすことで、深いところに落ちてしまった魂を拾い上げることは可能だということが示唆されたのだ。
だからたまきは仲間にそれを説いた。しかし仲間が下した結論は討伐。理由はいくつもある。
ひとつ、死霊を取り戻すための言葉。ひとつ、縦しんばもとにもどしたとして、彼女は『情報』を持っている。そのいくさきを止めることはできるのか。ひとつ、実力者である彼女を閉じ込めたところで脱獄の可能性は? いくつもの問題がたまきの思いを阻む。
そして――。
そして、戻したところで彼女は後ろに立つ少女のお気に入りだ。今は封印されてはいるが、封印がとけた少女が彼女を得るために同じことが繰り返したら。今よりももっとたくさんの人が死ぬだろう。
陰陽師の一族の末裔として生まれた彼女の使命は「大妖」の根絶である。それは頭ではわかっている。でも心は裏腹に悲鳴をあげる。
泣きそうな思いで石段をみつめるたまきの手を温かく力強い手が握りしめた。
「たまきちゃん」
奏空だ。見上げる少年の横顔は大人びたものだ。やるべきことをやるときめた男の顔である。
「はい」
だからたまきは短く答えた。迷いは吹き飛ぶまではいかない。それでも勇気をもらったのは間違いない。
「ペスカ、鍵を」
ラーラは最初から魔導書の封印を解くことを決める。手加減はできない。もしかすると死霊を救う方法はあるかもしれない。それでも討つと決めたのだ。
気持ちとしては助けたかった。けれどその方法をラーラは見つけることができなかった。魔女として。よき魔女として、一般の人に危機が起きる危険性と死霊の命の重さの天秤の傾きは非常なまでに彼女の心を裏切った。
だから、ラーラはせめて。人と大妖との垣根を越えてしまう前に人のまま討つときめた。それはエゴだとは十分にわかっている。しかし理解と心はつながらない。
「きたよ、みんな準備を」
秋人が穏やかに、しかし緊張感を持った声で覚者たちに告げる。
彼らは準備を整える。事前に付与する時間は十分にあった。ゴロゴロと雷鳴が轟き、ぽつぽつと秋の冷たい雨が彼らに降りかかる。
八神と別動隊の戦いが始まったことを意味するその降雨は、こちらの都合も関係なしに降り注ぐ。
「あ、あ、だいよう、は、だいよう、の、しょうた、い」
それを告げるためにきた死霊はゆっくりと石段をあがってくる。
「太刀花さん」
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243) は編み上げブーツの踵をかつんと鳴らす。
「いいえ、いいえ、死霊さん、わたくしが貴女にできることをしに参りました」
そういったつばめの瞳は誰よりも澄んでいた。いや、達観している。
「あなたに引導を渡しに来ましたわ!」
その言葉を皮切りに、集中を重ねていた燐花が態勢を低くしたまま、猛る獣の一撃を死霊に食らわせる。
「最初にお会いした時に制していれば、その後死人が増えることはなかった、のですよね」
それは後悔。それは悔しさ。それは、きっともっと複雑な感情だった。それがないまぜになった初手の致命の呪いが死霊に刻まれ、瞬間燐花の体の自由が一気に失われる。
しかし最初の楔は穿たれた。燐花はにやりと続く攻撃に託す。
「これが最後です」
次に飛び込むのは奏空だ。
死霊が人であったときの関節に向かって的確な打撃を与えていく。その打撃にいつもの甘さはない。少年は常に不殺を心がけている。もしかして変わるかもしれない改心の未来を信じて。
……違う、そうではない。臆病だったのだ。怖かったのだ。自分の手を血に塗れさせることが。誰かの命を奪ってしまうことが。
その大きな責任を背負うことが。だが、今日の彼は違う。FIVEの勇猛な先輩たちがそうしてきたように。その責任を背負う覚悟をしてきた。
それは一人の人間として、人と大妖の狭間で迷う女を救うため。その厳しい現実と向き合うために。
「太刀花ァァァーー!!」
その叫びは少年から大人の男に変わるための号砲。
「これは私の罪です!」
澄香が死霊の足元を狙い、捕縛蔓を伝わせ縛り上げた。死霊の速度が多少は削れていることに安堵する。
準備は整う。
本格的に降りだした雨が視界を阻む。それでも秋人はエネミースキャンで死霊を精査する。確認しながらの戦闘では精彩に欠き秋人の攻撃はどうにも当たらない。
「ああ、、あ、あ、、、、、すみか、チャん」
死霊を中心に四方に氷の柱が展開される。最近接距離にいたつばめと奏空と燐花、そしてラーラと恭司がその氷の柱に貫かれる。
クリーンヒットには至らないとはいえ少なくないダメージが彼らを襲う。
同時に後衛を浚うように巨大な掌の羽根が薙ぎ払う。運悪くも行動順が巡ってこなかった恭司は使おうとしていた雷獣が雲散霧消して恭司ごと吹き飛ばしてしまう。
「なんともはや、これはやっかいだね。とはいえここを通すことはできないさ」
尻もちをついたまま、こちらをみる子猫の視線を制し恭司は不敵に笑う。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を…イオ・ブルチャーレ!」
自らを奮い立たせるその呪文を唱えるのは今回で何回目なのだろうか。ラーラは使い慣れた魔導書のページをはためかせ流転の炎を展開する。
ひとつ、ふたつと魔法陣が灼熱の紅を生み出し、死霊に炸裂する。ダメージは多少削れているが与えていないわけではない。ラーラはうん、と頷き状況がそれほど悪いものではないと心を奮い立たせた。
待ち伏せのリスクと、降雨の効果はご覧の通りだ。それは向こうのみんなも同じだ。だったら。
だったら信じるだけである。
つばめはダン、と踏み込み細い指先を死霊に這わせ、印を刻んでいく。
螺旋につながるそのその印は術式を封じるものだ。
「つばめちゃん、いじわるをするんですの?」
妙にその言葉は鮮明に聞こえた。戻る符牒であるのかと感じてしまったつばめと死霊の目線が近い場所で交差する。
その瞳は、暗雲が渦巻いているようなぞっとする底のなさ。
つばめは第六感で危険を感じ退いてしまう。ゆえに螺旋の印は途中で途切れる。
それで構わない。もし印を完了していたその直後につばめは切り裂かれてしまっていただろう。ともすれば命が失われたかもしれない。
心臓が跳ねているが、冷静を装う。心配する仲間を手で制し、態勢を整える。
「大丈夫ですわ」
濡れた髪が張り付いてうざったい。体が冷える。それは雨に濡れたからだけではない。
そして、次のフェーズに戦闘は進んでいく。
毎ターンどこかしらの列が吹き飛ばされ全員が攻撃できる状況は邪魔をされていく。体術は封じた、痺れで本体である死霊が足を止めるが、それとは関係なしに動く両掌の翼が厄介でしかたない。
澄香も秋人も回復に手をやられる状況が続く。中でも凍結は厄介でそのたびに澄香は解凍することに手間取られる。
それでも攻撃は続けていかなければ足止めは叶わない。唯一救われる点は死霊は致命で回復ができないことだ。しかし燐花というアタッカーが致命が解けるたびに反動のあるその技を使うたび、攻撃の効率が下がる。
どんどん失われる気力を支えるのは恭司の大填気である。
両者は一進一退の攻防を続ける。
深い霧に隠れたつばめが、死霊の視覚から現れ、切り刻む。
死霊にかわいいといわれた大正袴は激しい戦いによりボロボロだ。横合いからの掌がつばめを襲う。
「ぐぅっ!」
石段の角にしたたかに腰を打ち付けられ、苦悶のうめきが漏れる。
「やばいみたい、向こう」
今や回復とピヨでの偵察、エネミースキャンに手を取られる秋人がうなる。オーバーワークの所為か集中してみる余裕がないためか死霊の体力はどれほどのこっているのかあいまいだ。
まだたくさんあるようにももう尽きるにも見える。
奏空もエネミースキャンをしていたが今や攻撃に集中しないと、まともに攻撃が当たらない状態である。
「ライライさん!」
自分もていさつに向かわせていたライライさんへ意識をおくれば八神がこちらに向かうのが見えた。
「うそだろ」
奏空がつぶやく。
彼らはこの後近寄る八神の対応も強いられることになる。
彼らのうちの半数はすでに一度は膝をついている。状況が最悪に転じる。
澄香が悲痛に眉を顰めた。ラーラは泣き出しそうな顔になっている。
だから、燐花は傷だらけのまま立ち上がり強がりのように死霊に、
「先に進む事はできません。八神さんに会う事も叶わず、貴女にはここで倒れるのです」
と見栄を張る。その虚勢がどこまで続くか自分にもわからない。
「人の感情。心。魂の在り処。興味がないと言ったら嘘になります」
自分だってあの優しいあの人を知りたいと思った。知ってしまうのが怖いとも思う。
だから彼女は気づいた。分からない事は分からないままの方が良いのだと。
「かんじょう、そう、ですわ。しらないと、こわい、じゃないですか? だってあの、男は、私の中をいじくる男はどうして、笑っていましたの?」
澄香の眉がもっともっと顰められる。
「ねえねねえねねねねね、笑いながらひどいことをするひとはどんな心をもっているんですの?
きっと冷たいもの。
なら、こいは。こいばなは。あたたかいものではありませんか?
人を暴こうとするこうきしんはどんな色? ねねねねねえねねえ」
死霊が何かを求めるように、暴れ始める。
「やがみ、さんは、それを教えてくれますの。暴力こそが、その本質であると。だからね、ふふ。人の本性。魂。それは純粋な、暴力のなかに。あるって」
「そんなわけ……! 暴力の中に魂なんてない!」
奏空が反射的に否定するが、否定しきれない部分がないとはいえない。だから叫んだ。そうあってはいけないと思うから。
「誰かが彼女を救っていたのなら」
完全に歪みきった太刀花死霊という女の魂は暴力にその心の在処を求めてしまったのだ。
人を切り刻むという暴力を与えることによって見えるものが彼女にとっての魂であるのだ。
そうなってしまったという痛ましさに秋人は胸が詰まる。
遠いところに行ってしまった心。手を伸ばしてもそれには届かない。たまきは伸ばした手を戻し、覚悟した。覚悟したはずなのに心をむしばむ悲鳴は高くなるばかりだ。
「死霊さん」
「なぁに? つばめちゃん」
かつん。かつん。
雨音の中だというのにその踵が石段をたたく音が大きく聞こえる。
「死霊さん」
ぶわり、と総毛だつような空気が石段を支配する。雨が止む。
覚者たちは「それ」が何を齎すものであるのか知っている。
「もしもの話をいたしましょう」
「ふふ、仮定の話はきらいではないですわ」
「生まれ変わりがあるのだとして」
「あるのだとして」
「わたくしとあなた友達になれるとおもいますか?」
「ふふ、わたくし、つばめちゃんのようなきれいな子は好きよ。そうね、なれると思いますわ」
「そうしたら」
零れ落ちていく魂の色。それは桜色。桜の花びらが周囲に舞い上がる。
死霊はきょとんとした顔で舞い上がる花びらをみつめた。
「これは魂? これはつばめちゃんの心。心の在処?」
「そうですわ。これは私の心。あなたに見せてさしあげますわ」
「きれいね」
死霊は嬉しそうに、少女のような笑顔でその花びらを受け取ろうとする。
「心って、魂ってこんなきれいなものなんですのね」
「ええ」
一歩進んだつばめが双刀・鬼丸をひとつ、ふたつと死霊に突き立てる。まるでバターを切るかのような容易さ。
「つばめちゃん?」
「はい」
「もっともしもの話をして」
「きっとわたくしたちは桜舞う遊歩道で出会うでしょう」
「うん」
「そして、初めて会うのになぜかずっと知っていたような気がして」
こほり、桜の花びらに赤いものが混じる。
「そうね、そのとおりですわ」
「そして、普通の女の子みたいに、心の在処ってどこにあるのかと話すのですわ」
「すてき。その心の在処はどこにあるの?」
「きっと恋ごころですわ。心は誰かを愛するときに生まれるもの。友愛、親愛、恋愛。そんな素敵なものの先にあるのですわ。恋の中にいちばんすてきなものがあると思いますの」
「だからわたくしはコイバナがすきだったのかしら」
「きっとそうですわ。もしものせかいで、わたくしはあなたとたくさん「こいばな」をいたしますわ」
「つばめちゃん」
「はい、あなたをそのもしもにお連れします。大丈夫ですわ。迷いなどいたしません。わたくしの魂の欠片があなたをご案内します」
「そう」
そう、と頷いて口を開こうとした形のまま。
女は力尽きた。
●
もしもがあればわたくしはちがっていたのかもしれない。
きづくのがずいぶんとおそくて
もしも、もしも、もしも。つばめちゃんがいったそのひびきはすてきなもので。
だから。
あとすこしだけ。あとすこしだけ。じかんがあれば。
つばめちゃんにいえることのはがあったとおもうとすこしだけさみしかった。
●
覚者達は息絶えた女を回収し撤退しようと動き始める。
「ちょっと待ってくれや、身内は置いていってくれよ。そいつはうちで荼毘にふしてやるさ」
野太いその声に、彼を警戒していた覚者が構えをとる。
相手は多少傷があるとはいえ、健在だ。対してこちらは満身創痍。これ以上戦える状態ではない。
「だめってんなら、無理やりにでも奪うぜ。もちろんお前らを皆殺しにしてもかまわない」
彼らは大柄の男――別動隊を突破してきた、八神勇雄の言葉に撤退を余儀なくされるのであった。
●
「ったく、お前もばかだなあ」
瞳を開けたままの太刀花死霊の遺体の目を太い指で八神が閉じる。
「かわいそうな子」
いつの間にか隣に控えていた花骨牌が長いまつげを伏せた。彼女にとって死霊は憎からずの相手だ。
「まあな」
八神は短く答える。
「要件くらいしっかりと伝えろってんだ」
破綻し、さまよっていた死霊は壊れたスマートフォンは捨てている。メモなどは残していない。
「太刀花の知っている秘密はあいつらが持っているのか」
八神の瞳が怪しく光った。

■あとがき■
太刀花死霊は皆様の手で討たれました。彼女が持っていた秘密については残されていた手掛かりはなかったので、無事守られました。
しっかりとした作戦と心情で成功判定です。
あちらのほうでの判定結果により、八神がこちらに来たこともあり死霊の身柄は七星剣もちになりました。
ちゃんと八神が言ったとおりに死霊は荼毘にふされています。今後現れることはありません
MVPは魂を賭して討つことを選んだ気高きあなたへ。
この先戦いはより深刻なものになります。
皆様の未来に光あらんことを。
しっかりとした作戦と心情で成功判定です。
あちらのほうでの判定結果により、八神がこちらに来たこともあり死霊の身柄は七星剣もちになりました。
ちゃんと八神が言ったとおりに死霊は荼毘にふされています。今後現れることはありません
MVPは魂を賭して討つことを選んだ気高きあなたへ。
この先戦いはより深刻なものになります。
皆様の未来に光あらんことを。
