【妖怪問題】3ステップで象を冷蔵庫に入れてください
●問。
1、冷蔵庫のドアを開ける。何も問題はない。
2、子象を入れる。寝かせた冷蔵庫が不愉快な音をたてて軋んでいるが、まあ問題はない。
3、冷蔵庫のドア……が閉まらない。
これは問題だ。
●解。
ぶつ切りにして入れる。
答えが出たからにはやらねばならぬ。やらねばならぬ何事も、というやつだ。どうしてこんなことを考えたのか、どうしてこんなことをしなくてはならないのか。まったく思い出せないが、人であれ、妖であれ、古妖であれ、やらねばならぬ時がある。あるはずだ。ないとは言わせない。
ばぉーん、言うな。お前が象であることはその長い鼻を見れば解る。俺はアホではない。
とにかくやらねばならぬ。
やったらどうなる……だと?
知るか。
余りはガキどもに食わせよう。
●
数人の覚者が討伐に手を上げ、ミーティングルームに顔を出したところで、眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は古妖とおもわれる男の間違いをあげつらうことから始めた。
菫色にマニキュアされた親指を折る。
「ひとつ、ぶつ切りにしたらそれはもう『象』じゃないわ。元『象』、あるいは『死肉』よね」
菫色にマニキュアされた人差し指を折る。
「ふたつ、ぶつ切りにすることで4ステップになってしまっている……」
つまり、不正解。
眩は続けて菫色にマニキュアされた中指を折る。
「みっつ、名づけ親になった子供たちの見ている前で母象を殺して子象をバラバラにする……馬鹿ね、そんな事をしたら夢見に見られるのに」
菫色にマニキュアされた薬指を折る。
「よっつ、冷蔵庫に入りきらなかった肉を無理やり子供たちの口に押し込んで窒息死させる……これでめでたく討伐対象になった」
最後に菫色にマニキュアされた小指を折った。
「いつつ、止めに入った周りの者たちもみな殺しして……歩いて逃げる」
歩こうが、走ろうが、どのみち捕まるのだが、予知を得たからにはそこまでやらせるつもりはない、と眩は言った。
「子供たちが深刻なトラウマを抱え込まないよう、冷蔵庫を担いだ馬鹿が象の檻に入る前に倒してちょうだい」
ちなみに問題の『出題者』は夢見には出てこなかったそうだ。
1、冷蔵庫のドアを開ける。何も問題はない。
2、子象を入れる。寝かせた冷蔵庫が不愉快な音をたてて軋んでいるが、まあ問題はない。
3、冷蔵庫のドア……が閉まらない。
これは問題だ。
●解。
ぶつ切りにして入れる。
答えが出たからにはやらねばならぬ。やらねばならぬ何事も、というやつだ。どうしてこんなことを考えたのか、どうしてこんなことをしなくてはならないのか。まったく思い出せないが、人であれ、妖であれ、古妖であれ、やらねばならぬ時がある。あるはずだ。ないとは言わせない。
ばぉーん、言うな。お前が象であることはその長い鼻を見れば解る。俺はアホではない。
とにかくやらねばならぬ。
やったらどうなる……だと?
知るか。
余りはガキどもに食わせよう。
●
数人の覚者が討伐に手を上げ、ミーティングルームに顔を出したところで、眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は古妖とおもわれる男の間違いをあげつらうことから始めた。
菫色にマニキュアされた親指を折る。
「ひとつ、ぶつ切りにしたらそれはもう『象』じゃないわ。元『象』、あるいは『死肉』よね」
菫色にマニキュアされた人差し指を折る。
「ふたつ、ぶつ切りにすることで4ステップになってしまっている……」
つまり、不正解。
眩は続けて菫色にマニキュアされた中指を折る。
「みっつ、名づけ親になった子供たちの見ている前で母象を殺して子象をバラバラにする……馬鹿ね、そんな事をしたら夢見に見られるのに」
菫色にマニキュアされた薬指を折る。
「よっつ、冷蔵庫に入りきらなかった肉を無理やり子供たちの口に押し込んで窒息死させる……これでめでたく討伐対象になった」
最後に菫色にマニキュアされた小指を折った。
「いつつ、止めに入った周りの者たちもみな殺しして……歩いて逃げる」
歩こうが、走ろうが、どのみち捕まるのだが、予知を得たからにはそこまでやらせるつもりはない、と眩は言った。
「子供たちが深刻なトラウマを抱え込まないよう、冷蔵庫を担いだ馬鹿が象の檻に入る前に倒してちょうだい」
ちなみに問題の『出題者』は夢見には出てこなかったそうだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ナタ男を倒す
2.人的被害を出さない
3.動物を逃がさない
2.人的被害を出さない
3.動物を逃がさない
・東北地方のとある動物園、象の檻。
象の檻の前はちょっとした広場になっています。
右隣は猿山、左隣はライオンの檻。広場を挟んで向かいはフラミンゴの檻です。
・昼
生まれて2週間になる子象の名前発表が行われようとしています。
覚者たちは、ナタ男が現れるちょっと前に象の檻の前に着きます。
ナタ男は冷蔵庫を肩に担いで猿山の方向から現れます。
●古妖ナタ男?
・赤ら顔で口から牙が出ています。額に金色で『?』マークが書かれています。
・蓬髪。バッサバサ。ズラみたい。
・灰色の作業服を着ています。長靴に裾IN。軍手をはめています。
・筋肉質で背が高いです。
【超人的な跳躍力】……深い堀も高い塀も一足飛び。
【超人的な馬鹿力】……象だって持ち上げられます。
【冷蔵庫370L】……物単/幅60cm、デザイン性と使いやすさを兼ね備えたスタイル。
【鉈】……物単/切れ味抜群。研ぎたてです。
【ゴムホース2m】……物列/水は出ません。これで叩かれると痛いです。
●NPC
・チューリップ組とゆり組の園児と先生。全部で32人。
・授業をさぼってデート中のカップル。一組。「やだ。あの人、チャック全開……」
・象の飼育員。「ああ、よかった。おか……え?」
・動物園職員。「か、買い換えたばかりの冷蔵庫、どこに持っていくつもりですか!」
●STコメント
宜しければご参加ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
3/6
3/6
公開日
2018年09月18日
2018年09月18日
■メイン参加者 3人■

●
真上から頭を照りつける日差しにしつこく居座る夏の気配を感じながら、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076) は『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)とともに、平日の動物園の中を歩いていた。
一悟はすれ違う人々に「仲のいい兄と妹」と勘違いされるのが嫌で、飛鳥に離れて歩いてくれと頼んだ。
「どうしてなのよ? 嫌なら一悟があすかから離れればいいじゃないのよ」
とはいえ、目指すところは一緒なので、二人並んでそのまま歩く。同じ依頼を受けた勒・一二三(CL2001559)は別行動をとっている。先に考古学研究所を出ているので、もうついているはずだ。
動物園の入口から右手に進んで行くと、オウムや小鳥の檻があって、 その先に茶室めいたみやげもの屋が軒を連ねている。軒先に影を落とす木々の葉がうっすらと色づき始めているのを見れば、ああ秋だな、なんて思いもするが、日中はまだまだ暑い。
二人はみやげもの屋に立ち寄り、小道具と称してソフトクリームを買った。一悟がチョコとバニラのハーフで、飛鳥が抹茶とバニラのハーフだ。飛鳥は守護使役のころんさんのために、抹茶とバニラのソフトクリームを二本買っていた。
ソフトクリームを舐めながら歩いていると、二人がますます兄弟のように見えてしまう。年齢が少し離れていることと、身長の差から、カップルに間違えられることはなかったが。
(「そういや、動物園って人気のデートスポットなんだよな……横を歩いているのが飛鳥じゃなくて彼女だったよかったのに」)
依頼で来ていることをすっかり忘れてしまっているかのように、彼女が欲しい、と一悟はソフトクリームの上に切ない溜息を落とした。
このみやげもの屋の前を通って進んで行くと、だらだらと昇る坂道があって、その坂の終わりに橋があり、 橋を渡るとちょっとした広場があって、 正面に件の象の檻があった。象の檻の左手にサル山があり、右手の岡の上にライオンや虎、豹の檻がある。
象の檻の前の広場には、黄色と水色の帽子をかぶったちいさな子供たちがきちんと列になって座っていた。その前に、引率の先生二人と動物園の飼育員だと思われる作業服を着た若い男が立っており、間で袈裟を着た青年僧侶がニコニコと笑っている。一二三だ。
四人の背後にある柵には、「ゾウのあかちゃん『花子』、おたんじょうおめでとう」と書かれた横断幕がかけられていた。
お経で日ごろから鍛えている一二三の声が、朗々と青空の下で響く。
「動物園というのはある意味、ジャングルのようなものです。人工的ではありますが、都会のまんなかで動物と植物とが、人間の破壊の手から保護されている。手軽に非日常を味わえるうえに、動物たちを安全にかつ身近に観察できるという貴重な場所なのです」
就学前の子供たち相手に、一二三は一体、なにを語り訴えようとしているのか。
人は権威を表す制服に極端に弱い。中にはそんなことはない、という人もいるが、大部分の人は制服を着た警官の前では礼儀正しくなる。僧侶の袈裟も同じようなもので、引率の先生も子供たちも、ありがたいお話しを聞かせていただいているのだ、といった風だった。
一二三は一悟と飛鳥の姿を子供たちの後ろに認めると、急に怖いぐらい真面目な顔になった。
「みなさん、動物の中で一番怖い生き物は何だと思いますか?」
子供たちが一斉に手をあげ、口々に答える。
いまいる動物園という場所をつよく意識して、ライオンやトラなどの肉食獣をあげる子が多かった。中にはシャチと、ちょっと発想を飛ばして答えた子もいた。
「ライオンも、トラも、シャチも、みんな怖いですよね。でも、彼らは理由なく他の動物や人を襲うことはありません――」
黄色い帽子を被った女の子が勢いよく立ちあがって、「人間!」と大声で答えた。
一悟と飛鳥は、破顔した一二三を見て、話の持っていきどころになんとなく予想がついた。このあと、冷蔵庫を担いだ危ないオジサンがやって来るので、合図を出したらすぐに逃げましょうとでも言うのだろう。
予想した通りの事を一二三が口にして、はーい、と子供たちが元気よく声をあげた。引率の先生と若い飼育員は、話の成り行きに戸惑い、顔を僅かに引きつらせた。その後ろに象の親子が長い鼻を揺らして歩く姿が見えていた。
「あすか、ちょっとあそこにいるカップルを移動させて来るのよ」
「頼む。オレは象の飼育員と話す」
一二三がこまごまと、避難指示を出している間に、飛鳥は中学生らしきカップルに近づいた。
秋は動物の赤ちゃんが生まれたり、夏に生まれた動物がお披露目されたりすることが多い。カップルはスマホのカメラで、どちらが象の赤ちゃんの可愛い写真を撮れるか、競争の真っ最中だった。
「こんにちは、なのよ。ちょっといいですか?」
自分たちとさして年が変わらない女の子に、突然、声をかけられたカップルは、振り返った顔に薄笑いを浮かべていた。片手にそれぞれクッキーの詰まった袋を下げている。隣のサルたちにでもやるつもりだろうか。
なんだよ、と尖った声を出したのは男の子の方だった。彼女の前で格好つけたいのか、彼女を自分の後ろへやって前に出てきた。
飛鳥は正攻法で攻めることにした。アイドルオーラを発動させ、近頃すっかり有名になったファイヴの名を持ちだし、さらにワーズ・ワースを使ってにこやかに話しかける。
「もうすぐ妖が冷蔵庫を担いでここにやってくるのよ。一見、冷蔵庫を担いだただのオジサンに見えるかもしれないけど、立派な妖なのよ。象の生肉をのどに詰まらせて死にたくなかったら、とっとと授業を受けにもどりなさいなのよ」
カップルがぽかんと口を開ける。
ちょうどその時、子供たちの悲鳴が上がった。
●
飛鳥が振り返ると、橋を渡る男の姿が目に入った。角の生えた蓬髪に赤ら顔、肩に軽々と大きな冷蔵庫を乗せてやって来る。
買ったばかりの冷蔵庫をどうするつもりですか、という中年男性の声が後から追いかけてきていた。飛鳥の位置からは木が邪魔をして、中年男の姿は見えない。たぶん、夢見が言っていた動物園管理事務所の職員だろう。
後ろでカップルたちが逃げ出す気配があった。
飛鳥は急いで象の檻の裏手に回った。
一悟と一二三が先生たちと協力しながら子供たちを広場の左右へ移動させ、道を作る。
子供たちを危険にさらさないよう、冷蔵庫男に余計な刺激を一切与えず、さっさと象の檻に入ってもらう。それが三人で決めた作戦だ。
冷蔵庫男は向けられる怯えの目の中を、ゆうゆう歩き、象の檻の柵に足をかけると、ポーンと軽く跳んで中へ入る。
母象が侵入者を威嚇して鼻を高く持ち上げる。
「強い妖気を感じました」
第三の目を開いた一二三がいう。
「そっか……子供たちを頼むぜ!」
「はい。お任せください」
一二三が冷蔵庫男を追いかけて来た職員の腕を横からとって、強引に脇へ下がらせる。
「な、なんですか一体」
「ファイヴです。詳細は後ほど。危険です、こちらへ」
象の飼育員が一二三を助けて、事情がよく分からないためとりあえず抵抗を続ける職員を、象の檻から引き離した。
安全の確保を確認してから、一悟は象の檻の中へ跳んだ。
「高畑さん!」
背中から声をかけられた冷蔵庫男は、腕を振り上げたまま体を回した。
木彫りの面のような、人間ばなれした顔が何の動きもないまま、じっと一悟を見つめる。
「高畑さん、落ち着いて。まずその冷蔵庫を降ろしてくれないか」
冷蔵庫男は高畑洋介という名前だった。象の飼育員だった。若い飼育員が、作業服姿の冷蔵庫男を見て、たぶんトイレに立った同僚だと一悟に話した。
妖化したのはほんの数十分前のことだろう。しかし、一二三がすれ違いざまに冷蔵庫男から強い妖気を感じ取っている。目の前に立つ男は、発現して覚者になった訳でも、隔者になったわけでもなさそうだ。
(「じゃあ、高畑さんは何なんだ?」)
古妖化するはそれなりのプロセスを経る必要があり、偶発的に成りあがることはまず起こりえない。事故などで亡くなった人が無念から妖化した、いわゆる悪霊や動く死体などは、今日の日本では当たり前のように発生して、ファイヴのような公的機関に退治されているが、いきなり妖のランクが上がることもない。しかも、高畑からは妖というよりも、やはり古妖といった感じを漂わせている。
存在があまりにも不自然なのだ。
とりあえず、高畑を仮に古妖としておき、一悟は高畑に声をかけた。
トイレから戻ってくるまで、どうしてそんなに時間がかかったのか。なぜ、冷蔵庫を担いで象の檻に飛び込んだのか。
言葉を変えて問いかけ続けるも、冷蔵庫男は石像になってしまったかのように、ぴくりとも動かない。
灰色の大きな鉄の扉がゆっくりと横へ滑り開き、飛鳥が出てきた。怯える象の親子に近づき、母親にワーズ・ワースで語りかける。
ワーズ・ワースは名声が高ければ高いほど、一般人の説得や扇動を行なう際に高い能力を発揮しすてくれる力だが、動物相手にどこまで通じるか。それでも、なにもしないよりは言うことを聞いてもらえるのではないか、と思った飛鳥はあえて使用した。
「ママさん、ダメ! 賊退治はあすかたちに任せて子供と逃げるのよ! 一悟が引きつけてくれているうちに、早く!」
飛鳥の気持ちが通じたのか、母象は自分の体で子象を庇うようにして獣舎へ歩きだした。
いきなり、冷蔵庫男が体を回した。冷蔵庫を肩に担いだまま、腰に手を伸ばし、ベルトに刺していた鉈を西部劇のガンマン宜しく抜きとって象に投げつけた。
「危ない!」
妖の動きにいち早く反応した一二三が、第三の目から怪光線を発して、空を跳ぶ鉈を撃ち落とした。
「ナイスだぜ、ひふみん!」
走って逃げる象たちを追いかける冷蔵庫男を、飛鳥が体を張ってとめる。
「行かせないのよ――ってぇぇぇぇ!」
上から叩きつけるように投げだされた冷蔵庫を、ウサギさんアッパーパンチで反らす。本能に従って覚醒し、飛鳥はそのまま頭から勢いよく妖の腹にぶつかっていった。
ぐえ、とえづく声が、妖の形の固まった口から漏れ出る。
よたよた、と後ろへよろけ下がったってきたところに一悟が炎を纏わせたトンファーを繰り出し、背骨を砕いた。
人間なら全身麻痺、悪くすれば死んでいる。
だが、冷蔵庫男は上半身を不自然に後ろへ折った状態で、体を捻り、冷蔵庫を一悟に叩きつけた。
一悟はこめかみを角で打たれて、体をすとんと真下に落とした。
「回復は僕が! 鼎さんは冷蔵庫を壊してください!」
柵の上に身を乗り出して一二三が叫ぶ。
いつの間にか柵の近くに子供たちが集まってきていた。
「がんばれー」
「まけなるなー」
幼い声でピンチの覚者たちを応援してくれる。
飛鳥は水晶のステックを振って、大気から水をかき集めて龍頭をつくり、冷蔵庫に向けて飛ばした。
水龍牙に噛み砕かれた冷蔵庫がバリバリと音をたてて壊れ、異次元の狭間へと流されていく。
一二三が送った清めの風をうけて一悟が立ちあがる。
冷蔵庫男は腰に下げたゴムホースを解くと、トンファーを構えた一悟に横から叩きつけた。上半身が倒れた状態で繰り出されたゴム―ホースにそれほどの威力はなかったが、それでも痛いものは痛い。
「頑張ってなのよ!」
顔をしかめた一悟の頭に、潤しの雨が降り注ぐ。
上空に広がった黒い雨雲から、今度は雷が冷蔵庫男の頭に落ちた。
「あ?」
髪を焦がした冷蔵庫男が逃げようとして跳躍したはずみに、顔が落ちた。
いや、顔ではなく鬼の仮面だ。
高畑は人の顔を取り戻していた。白濁しはじめた黒目と黒目の間に、大きな穴が空いている。死んでいるのは明らかだ。
ゆっくりと高畑の体が斜めになって倒れた。
「いっちー! 下、下!」
子供たちも一二三と一緒になって、した、したー、と叫んでいる。
なんだ、と思って一悟が下を見ると、落ちた鬼の仮面に小さな足が生えており、ちょこまかと足を動かして高畑の元へ向かっていた。
面の裏、ちょうど額に当たるところでミミズ大の触手が無数に蠢いている。
「げ、キモいのよ……」
あれを高畑に近づけてはいけない。再び体を手に入れれば、すぐさま逃走を図るだろう。逃がすつもりはないが、死んだ高畑が妖気に当てられてこんどこそ妖化してしまう可能性があった。
「壊さないで、調べましょう」
一二三はそういうが、この鬼の仮面については夢見からまったく聞かされていない。対処方法の分からないいま、下手に捕獲を行おうとして反撃、または高畑の体を乗っ取られるよりも壊した方がいいと一悟は判断した。
「おらぁ!」
まず、高畑の額に向かって伸びる触手を炎柱でやいた。それから、一足飛びに近づいて、仮面を踏み砕いた。
●
砕けた仮面の破片はできる限り集めて、考古学研究所へ持ち返ることにした。
「いまにして思えばですが、あの仮面、なまはげに似ていましたね」
鉈を持っているところも共通しているのよ、と飛鳥が一二三に同意する。
「おいおい。そんなこというと青森県から抗議がくるぞ」
「いっちー、それをいうなら秋田県ですよ」
そうだっけ、と一悟。
「それはそうと、この付近に同族の気配はありません。おそらく、この高畑さんを殺して仮面をつけたもの……古妖でしょうが、とっくに逃げてしまっていると思われます」
鬼の仮面は自立して動けたものの、単独で遠くまで移動できるとはとても思えなかった。報告を聞いて駆けつけて来たファイヴの職員にざっと調べてもらったのだが、この動物園を含め、辺りに鬼の仮面と関連するような古妖の話はなかった。となれば、どこか別の場所からやって来たのだろう。
「とりあえず、しらべるだけ調べようぜ。もし、そいつが別の仮面をどこかに置いてにげていたら大変だ」
額に穴を開けた死体でなくとも、口や鼻、耳の穴から触手を入れて、生きている人間を狂わせてしまうかもしれない。高畑の死もあり、そうそうに閉園して客はいないが、万が一が起こっては大変だ。
三人は手分けして園内のトイレや物陰、ゴミ箱を調べて回った。
電車の音が案外すぐ近くに聞こえる。タクシーの走る音が二分おきぐらいに通り過ぎる。そして、その間に、地球の隅々から集まってきた色々な動物の鳴き声が、不気味なジャズのように騒々しく聞こえてくる。
夜の動物園はまさしくジャングルの様ようだった。
(「うええ。薄気味悪いのよ、臭いのよ……あ、ここになにかあるのよ」)
事件を引き起こした古妖を追う、手掛かりになるかもしれないものを東出口近くの男子トイレ入口脇で、飛鳥が見つけた。
「……ノミ?」
手にしたまま、灯りの下に移動した。
「なにか書いてあるのよ」
おそらく高畑の血で汚れて黒く変色した手持の部分にかろうじて文字のようなものが描かれているのが分かった。
飛鳥は持っていたハンカチで柄についた汚れをぬぐい取ろうとしたが、すでに血は乾いており、木の表面にも染み込んでいた。
それでもあきらめきれず、こすっていると、遠くから一悟と一二三の声が聞こえて来た。
「おーい、飛鳥。何か見つかったか?」
「鼎さーん、無事ですか?」
集合時間になってもなかなか戻ってこない飛鳥を心配して、探しに来たらしい。
「時間になっても戻ってこないから、心配したじゃねえか。ここでなにしてたんだよ」
むっと口を尖らせた飛鳥の手握られたノミに気づいたのは、一二三の方だ。
「鼎さん、それは……」
「そこのトイレで見つけたのよ」
飛鳥は一二三にノミを手渡した。
一悟が一二三に顔を寄せて、ノミが乗せられた手のひらを覗き込む。
「何か書いてあるな」
「血で汚れて読めませんね。ファイヴで解析してもらいましょう」
危険はない、と判断した三人は手がかりの品を持って動物園を後にした。
真上から頭を照りつける日差しにしつこく居座る夏の気配を感じながら、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076) は『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)とともに、平日の動物園の中を歩いていた。
一悟はすれ違う人々に「仲のいい兄と妹」と勘違いされるのが嫌で、飛鳥に離れて歩いてくれと頼んだ。
「どうしてなのよ? 嫌なら一悟があすかから離れればいいじゃないのよ」
とはいえ、目指すところは一緒なので、二人並んでそのまま歩く。同じ依頼を受けた勒・一二三(CL2001559)は別行動をとっている。先に考古学研究所を出ているので、もうついているはずだ。
動物園の入口から右手に進んで行くと、オウムや小鳥の檻があって、 その先に茶室めいたみやげもの屋が軒を連ねている。軒先に影を落とす木々の葉がうっすらと色づき始めているのを見れば、ああ秋だな、なんて思いもするが、日中はまだまだ暑い。
二人はみやげもの屋に立ち寄り、小道具と称してソフトクリームを買った。一悟がチョコとバニラのハーフで、飛鳥が抹茶とバニラのハーフだ。飛鳥は守護使役のころんさんのために、抹茶とバニラのソフトクリームを二本買っていた。
ソフトクリームを舐めながら歩いていると、二人がますます兄弟のように見えてしまう。年齢が少し離れていることと、身長の差から、カップルに間違えられることはなかったが。
(「そういや、動物園って人気のデートスポットなんだよな……横を歩いているのが飛鳥じゃなくて彼女だったよかったのに」)
依頼で来ていることをすっかり忘れてしまっているかのように、彼女が欲しい、と一悟はソフトクリームの上に切ない溜息を落とした。
このみやげもの屋の前を通って進んで行くと、だらだらと昇る坂道があって、その坂の終わりに橋があり、 橋を渡るとちょっとした広場があって、 正面に件の象の檻があった。象の檻の左手にサル山があり、右手の岡の上にライオンや虎、豹の檻がある。
象の檻の前の広場には、黄色と水色の帽子をかぶったちいさな子供たちがきちんと列になって座っていた。その前に、引率の先生二人と動物園の飼育員だと思われる作業服を着た若い男が立っており、間で袈裟を着た青年僧侶がニコニコと笑っている。一二三だ。
四人の背後にある柵には、「ゾウのあかちゃん『花子』、おたんじょうおめでとう」と書かれた横断幕がかけられていた。
お経で日ごろから鍛えている一二三の声が、朗々と青空の下で響く。
「動物園というのはある意味、ジャングルのようなものです。人工的ではありますが、都会のまんなかで動物と植物とが、人間の破壊の手から保護されている。手軽に非日常を味わえるうえに、動物たちを安全にかつ身近に観察できるという貴重な場所なのです」
就学前の子供たち相手に、一二三は一体、なにを語り訴えようとしているのか。
人は権威を表す制服に極端に弱い。中にはそんなことはない、という人もいるが、大部分の人は制服を着た警官の前では礼儀正しくなる。僧侶の袈裟も同じようなもので、引率の先生も子供たちも、ありがたいお話しを聞かせていただいているのだ、といった風だった。
一二三は一悟と飛鳥の姿を子供たちの後ろに認めると、急に怖いぐらい真面目な顔になった。
「みなさん、動物の中で一番怖い生き物は何だと思いますか?」
子供たちが一斉に手をあげ、口々に答える。
いまいる動物園という場所をつよく意識して、ライオンやトラなどの肉食獣をあげる子が多かった。中にはシャチと、ちょっと発想を飛ばして答えた子もいた。
「ライオンも、トラも、シャチも、みんな怖いですよね。でも、彼らは理由なく他の動物や人を襲うことはありません――」
黄色い帽子を被った女の子が勢いよく立ちあがって、「人間!」と大声で答えた。
一悟と飛鳥は、破顔した一二三を見て、話の持っていきどころになんとなく予想がついた。このあと、冷蔵庫を担いだ危ないオジサンがやって来るので、合図を出したらすぐに逃げましょうとでも言うのだろう。
予想した通りの事を一二三が口にして、はーい、と子供たちが元気よく声をあげた。引率の先生と若い飼育員は、話の成り行きに戸惑い、顔を僅かに引きつらせた。その後ろに象の親子が長い鼻を揺らして歩く姿が見えていた。
「あすか、ちょっとあそこにいるカップルを移動させて来るのよ」
「頼む。オレは象の飼育員と話す」
一二三がこまごまと、避難指示を出している間に、飛鳥は中学生らしきカップルに近づいた。
秋は動物の赤ちゃんが生まれたり、夏に生まれた動物がお披露目されたりすることが多い。カップルはスマホのカメラで、どちらが象の赤ちゃんの可愛い写真を撮れるか、競争の真っ最中だった。
「こんにちは、なのよ。ちょっといいですか?」
自分たちとさして年が変わらない女の子に、突然、声をかけられたカップルは、振り返った顔に薄笑いを浮かべていた。片手にそれぞれクッキーの詰まった袋を下げている。隣のサルたちにでもやるつもりだろうか。
なんだよ、と尖った声を出したのは男の子の方だった。彼女の前で格好つけたいのか、彼女を自分の後ろへやって前に出てきた。
飛鳥は正攻法で攻めることにした。アイドルオーラを発動させ、近頃すっかり有名になったファイヴの名を持ちだし、さらにワーズ・ワースを使ってにこやかに話しかける。
「もうすぐ妖が冷蔵庫を担いでここにやってくるのよ。一見、冷蔵庫を担いだただのオジサンに見えるかもしれないけど、立派な妖なのよ。象の生肉をのどに詰まらせて死にたくなかったら、とっとと授業を受けにもどりなさいなのよ」
カップルがぽかんと口を開ける。
ちょうどその時、子供たちの悲鳴が上がった。
●
飛鳥が振り返ると、橋を渡る男の姿が目に入った。角の生えた蓬髪に赤ら顔、肩に軽々と大きな冷蔵庫を乗せてやって来る。
買ったばかりの冷蔵庫をどうするつもりですか、という中年男性の声が後から追いかけてきていた。飛鳥の位置からは木が邪魔をして、中年男の姿は見えない。たぶん、夢見が言っていた動物園管理事務所の職員だろう。
後ろでカップルたちが逃げ出す気配があった。
飛鳥は急いで象の檻の裏手に回った。
一悟と一二三が先生たちと協力しながら子供たちを広場の左右へ移動させ、道を作る。
子供たちを危険にさらさないよう、冷蔵庫男に余計な刺激を一切与えず、さっさと象の檻に入ってもらう。それが三人で決めた作戦だ。
冷蔵庫男は向けられる怯えの目の中を、ゆうゆう歩き、象の檻の柵に足をかけると、ポーンと軽く跳んで中へ入る。
母象が侵入者を威嚇して鼻を高く持ち上げる。
「強い妖気を感じました」
第三の目を開いた一二三がいう。
「そっか……子供たちを頼むぜ!」
「はい。お任せください」
一二三が冷蔵庫男を追いかけて来た職員の腕を横からとって、強引に脇へ下がらせる。
「な、なんですか一体」
「ファイヴです。詳細は後ほど。危険です、こちらへ」
象の飼育員が一二三を助けて、事情がよく分からないためとりあえず抵抗を続ける職員を、象の檻から引き離した。
安全の確保を確認してから、一悟は象の檻の中へ跳んだ。
「高畑さん!」
背中から声をかけられた冷蔵庫男は、腕を振り上げたまま体を回した。
木彫りの面のような、人間ばなれした顔が何の動きもないまま、じっと一悟を見つめる。
「高畑さん、落ち着いて。まずその冷蔵庫を降ろしてくれないか」
冷蔵庫男は高畑洋介という名前だった。象の飼育員だった。若い飼育員が、作業服姿の冷蔵庫男を見て、たぶんトイレに立った同僚だと一悟に話した。
妖化したのはほんの数十分前のことだろう。しかし、一二三がすれ違いざまに冷蔵庫男から強い妖気を感じ取っている。目の前に立つ男は、発現して覚者になった訳でも、隔者になったわけでもなさそうだ。
(「じゃあ、高畑さんは何なんだ?」)
古妖化するはそれなりのプロセスを経る必要があり、偶発的に成りあがることはまず起こりえない。事故などで亡くなった人が無念から妖化した、いわゆる悪霊や動く死体などは、今日の日本では当たり前のように発生して、ファイヴのような公的機関に退治されているが、いきなり妖のランクが上がることもない。しかも、高畑からは妖というよりも、やはり古妖といった感じを漂わせている。
存在があまりにも不自然なのだ。
とりあえず、高畑を仮に古妖としておき、一悟は高畑に声をかけた。
トイレから戻ってくるまで、どうしてそんなに時間がかかったのか。なぜ、冷蔵庫を担いで象の檻に飛び込んだのか。
言葉を変えて問いかけ続けるも、冷蔵庫男は石像になってしまったかのように、ぴくりとも動かない。
灰色の大きな鉄の扉がゆっくりと横へ滑り開き、飛鳥が出てきた。怯える象の親子に近づき、母親にワーズ・ワースで語りかける。
ワーズ・ワースは名声が高ければ高いほど、一般人の説得や扇動を行なう際に高い能力を発揮しすてくれる力だが、動物相手にどこまで通じるか。それでも、なにもしないよりは言うことを聞いてもらえるのではないか、と思った飛鳥はあえて使用した。
「ママさん、ダメ! 賊退治はあすかたちに任せて子供と逃げるのよ! 一悟が引きつけてくれているうちに、早く!」
飛鳥の気持ちが通じたのか、母象は自分の体で子象を庇うようにして獣舎へ歩きだした。
いきなり、冷蔵庫男が体を回した。冷蔵庫を肩に担いだまま、腰に手を伸ばし、ベルトに刺していた鉈を西部劇のガンマン宜しく抜きとって象に投げつけた。
「危ない!」
妖の動きにいち早く反応した一二三が、第三の目から怪光線を発して、空を跳ぶ鉈を撃ち落とした。
「ナイスだぜ、ひふみん!」
走って逃げる象たちを追いかける冷蔵庫男を、飛鳥が体を張ってとめる。
「行かせないのよ――ってぇぇぇぇ!」
上から叩きつけるように投げだされた冷蔵庫を、ウサギさんアッパーパンチで反らす。本能に従って覚醒し、飛鳥はそのまま頭から勢いよく妖の腹にぶつかっていった。
ぐえ、とえづく声が、妖の形の固まった口から漏れ出る。
よたよた、と後ろへよろけ下がったってきたところに一悟が炎を纏わせたトンファーを繰り出し、背骨を砕いた。
人間なら全身麻痺、悪くすれば死んでいる。
だが、冷蔵庫男は上半身を不自然に後ろへ折った状態で、体を捻り、冷蔵庫を一悟に叩きつけた。
一悟はこめかみを角で打たれて、体をすとんと真下に落とした。
「回復は僕が! 鼎さんは冷蔵庫を壊してください!」
柵の上に身を乗り出して一二三が叫ぶ。
いつの間にか柵の近くに子供たちが集まってきていた。
「がんばれー」
「まけなるなー」
幼い声でピンチの覚者たちを応援してくれる。
飛鳥は水晶のステックを振って、大気から水をかき集めて龍頭をつくり、冷蔵庫に向けて飛ばした。
水龍牙に噛み砕かれた冷蔵庫がバリバリと音をたてて壊れ、異次元の狭間へと流されていく。
一二三が送った清めの風をうけて一悟が立ちあがる。
冷蔵庫男は腰に下げたゴムホースを解くと、トンファーを構えた一悟に横から叩きつけた。上半身が倒れた状態で繰り出されたゴム―ホースにそれほどの威力はなかったが、それでも痛いものは痛い。
「頑張ってなのよ!」
顔をしかめた一悟の頭に、潤しの雨が降り注ぐ。
上空に広がった黒い雨雲から、今度は雷が冷蔵庫男の頭に落ちた。
「あ?」
髪を焦がした冷蔵庫男が逃げようとして跳躍したはずみに、顔が落ちた。
いや、顔ではなく鬼の仮面だ。
高畑は人の顔を取り戻していた。白濁しはじめた黒目と黒目の間に、大きな穴が空いている。死んでいるのは明らかだ。
ゆっくりと高畑の体が斜めになって倒れた。
「いっちー! 下、下!」
子供たちも一二三と一緒になって、した、したー、と叫んでいる。
なんだ、と思って一悟が下を見ると、落ちた鬼の仮面に小さな足が生えており、ちょこまかと足を動かして高畑の元へ向かっていた。
面の裏、ちょうど額に当たるところでミミズ大の触手が無数に蠢いている。
「げ、キモいのよ……」
あれを高畑に近づけてはいけない。再び体を手に入れれば、すぐさま逃走を図るだろう。逃がすつもりはないが、死んだ高畑が妖気に当てられてこんどこそ妖化してしまう可能性があった。
「壊さないで、調べましょう」
一二三はそういうが、この鬼の仮面については夢見からまったく聞かされていない。対処方法の分からないいま、下手に捕獲を行おうとして反撃、または高畑の体を乗っ取られるよりも壊した方がいいと一悟は判断した。
「おらぁ!」
まず、高畑の額に向かって伸びる触手を炎柱でやいた。それから、一足飛びに近づいて、仮面を踏み砕いた。
●
砕けた仮面の破片はできる限り集めて、考古学研究所へ持ち返ることにした。
「いまにして思えばですが、あの仮面、なまはげに似ていましたね」
鉈を持っているところも共通しているのよ、と飛鳥が一二三に同意する。
「おいおい。そんなこというと青森県から抗議がくるぞ」
「いっちー、それをいうなら秋田県ですよ」
そうだっけ、と一悟。
「それはそうと、この付近に同族の気配はありません。おそらく、この高畑さんを殺して仮面をつけたもの……古妖でしょうが、とっくに逃げてしまっていると思われます」
鬼の仮面は自立して動けたものの、単独で遠くまで移動できるとはとても思えなかった。報告を聞いて駆けつけて来たファイヴの職員にざっと調べてもらったのだが、この動物園を含め、辺りに鬼の仮面と関連するような古妖の話はなかった。となれば、どこか別の場所からやって来たのだろう。
「とりあえず、しらべるだけ調べようぜ。もし、そいつが別の仮面をどこかに置いてにげていたら大変だ」
額に穴を開けた死体でなくとも、口や鼻、耳の穴から触手を入れて、生きている人間を狂わせてしまうかもしれない。高畑の死もあり、そうそうに閉園して客はいないが、万が一が起こっては大変だ。
三人は手分けして園内のトイレや物陰、ゴミ箱を調べて回った。
電車の音が案外すぐ近くに聞こえる。タクシーの走る音が二分おきぐらいに通り過ぎる。そして、その間に、地球の隅々から集まってきた色々な動物の鳴き声が、不気味なジャズのように騒々しく聞こえてくる。
夜の動物園はまさしくジャングルの様ようだった。
(「うええ。薄気味悪いのよ、臭いのよ……あ、ここになにかあるのよ」)
事件を引き起こした古妖を追う、手掛かりになるかもしれないものを東出口近くの男子トイレ入口脇で、飛鳥が見つけた。
「……ノミ?」
手にしたまま、灯りの下に移動した。
「なにか書いてあるのよ」
おそらく高畑の血で汚れて黒く変色した手持の部分にかろうじて文字のようなものが描かれているのが分かった。
飛鳥は持っていたハンカチで柄についた汚れをぬぐい取ろうとしたが、すでに血は乾いており、木の表面にも染み込んでいた。
それでもあきらめきれず、こすっていると、遠くから一悟と一二三の声が聞こえて来た。
「おーい、飛鳥。何か見つかったか?」
「鼎さーん、無事ですか?」
集合時間になってもなかなか戻ってこない飛鳥を心配して、探しに来たらしい。
「時間になっても戻ってこないから、心配したじゃねえか。ここでなにしてたんだよ」
むっと口を尖らせた飛鳥の手握られたノミに気づいたのは、一二三の方だ。
「鼎さん、それは……」
「そこのトイレで見つけたのよ」
飛鳥は一二三にノミを手渡した。
一悟が一二三に顔を寄せて、ノミが乗せられた手のひらを覗き込む。
「何か書いてあるな」
「血で汚れて読めませんね。ファイヴで解析してもらいましょう」
危険はない、と判断した三人は手がかりの品を持って動物園を後にした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
