イカがわしきタコをイカにする?
イカがわしきタコをイカにする?



 葛飾北斎の春画、蛸と海女を存ずるか?
 かの古今独歩の絵師についてこの場で朗々と語るには及ばぬが、とかく、その筆が描き出したる世界たるや、ありていの春画の枠を越えて、後世にしかと語り草になっていることは周知のこと。
 悪魔の魚とまでも称される奇っ怪なイキモノを、この国では時にこう評す。
 エロい、と。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花、翻ってはまことしやかに人の語るがたるが妖怪変化の種と心得れば。
 かくて古妖『衣蛸』が生まれ来たるは必定と申しましょうぞ。


 海辺での、とある怪事件について。
 『それは衣蛸という古妖の仕業、ではないかと』
 古妖“文車妖妃”文姫(あやひめ)――FIVEと協力関係にある蒐集家はそう答え、書を紐解く。
 曰く、衣蛸は京都のとある海に伝わる妖怪譚である。
 この海魔は、外見は小さなタコに他ならないが、人や船に近づいてきては体を衣のように大きく広げては海へ引きずり込んでしまうとされる恐るべきものだ。されども、実在するムラサキダコの生態と酷似しており、その通称が「衣ダコ」とされる等、彼女に言わせれば、ありがちな「見知らぬ動物をなんでも妖怪にしてしまう人間の悪癖」に過ぎない、という。
 ムササビの類が野伏間やヤマチチなどの古妖として語り継がれるのがその類例だ。
 ――ところが、だ。
 その悪癖の恐ろしいところは、卵が先か、鶏が先か、いずれにしても噂あれば古妖あり、古妖あれば噂あり、ソレは動物として実在もすれば、古妖としてもまた実在するのだ。
 しかもなお性質が悪いのは、伝聞や伝承はどこかで変化するということ。それは時代であれ距離であれ興味であれ作為であれ、絶えず、古妖の有り様にまで多かれ少なかれ影響を与えうる。
 ゆえに、まわりくどい言い方になったが、結論を言えば――。
 エロい、と。
 古妖“衣蛸”はエロいと、そうした変容もまた我々は受け入れねばならないのである。


 夏の海、とある海水浴場、そこが怪事件の舞台となった。
 活気づいた白浜には老いも若きも人の営みがあり、浮世の憂さを晴らすが如しであった。
『キャア』
 と、悲鳴がすれば、振り返った人々が目にしたのは水着を失い、胸元を恥じらい隠す乙女である。
 ただ単に水着の紐が解け、波に流されたのだと誰もが思う。
 その悲鳴が、ひとつ、ふたつ、と続かなければ。
 被害者はひとりではない。たてつづけに、四人、五人と次々に増えていく。
 海中のどこかに、水着を盗んだ者がひそんでいる――!
「大丈夫ですか」
 と、慌てて駆け寄り、事情を尋ねようとしたライフセイバーの青年の接近がさらなる悲鳴を招く。
 ――彼もまた、水着を盗まれていたのだ。
 そう、砂浜の上、監視用の台に座っていたライフセイバーは海水に触れることさえなく、砂浜を駆けていたその真っ只中にはもう、悲鳴の種をせきららに躍動させながら被害者に迫っていたのだ。
「変態じゃない! 俺は、俺は海パン野郎だ!」
 警察に取り押さえられてしまったライフセイバーは必死に叫びながら、パトカーへ。
「妖怪だ…! これは、妖怪の仕業だ!」
 遠ざかっていくサイレンの音を耳にしながら、水底にて、くつくつと古妖は嘲り笑った。
 
 浅瀬の水底に、大きな貝殻――まるでビーナスの誕生が如く、貝は開いて女は泡と躍り出る。
 薄紫色の艶めかしい異形の肌を、盗まれたパレオの水着が美しくも愛らしく彩っている。
 岩礁や海藻にくくりつけられた水着の数々。その光景は、まるで彼女自慢のクローゼットだ。
「うーんむ、この水着もまた扇情的でたまらんのう? エロいのう?」
 八本の連なる触手髪を、まるで手先のように、あるいは手先であるがために器用に用いて「次はどれにしよう」といくつも水着を見比べながら、女は夢想する。
「葛飾北斎め、日の本の民め、われにイカがわしき情念を捧げたのは汝らが業よ。しかし感謝はする。おかげでわれはより強く美しき力を得た。されば、恩返しにとよりイカがわしき目に合わせてわれの力を高めてやらねばなぁ! ハッハッハッ!」
 古妖“衣蛸”八ツ橋。
 そのイカがわしき触手は今、次なる被害者を求めて蠢いていた――。
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
■成功条件
1.事件の調査・解明
2.古妖への対処
3.可能であれば、盗品の奪還
どうも、当方カモメのジョナサンと申します。
はじめましての方、お久しぶりの方、どうぞよろしくお付き合いください。

今回ははた迷惑な古妖を巡る、夏の海での依頼になります。
調査・交渉・戦闘と幅の広い対処方法が求められますので、夏の海に浮かれすぎないようにしましょう。
――なお、お察しのように多分にコメディでちょっぴりエロい成分を含みます。あしからず。

●状況と目的
とある海水浴場にて、ラッキースケ…水着の大量盗難事件が発生した!
F.i.V.Eはこの怪事件の調査と解決を依頼されて、諸君らを派遣することになった。

現地は、事件を受けてやや人が減ったものの、シーズンのために海水浴客がまばらに居る模様。
今現在は、まだけが人は出ていないものの、古来の伝承では衣蛸は人を海に引きずり込み、殺めることもありうる為、かなり危険な状態といえる。

ただし、一切の海水浴客がいなければ警戒して、あるいは“獲物がいない”ために怪事件の犯人とされる古妖は姿を見せないこともありうる。
また、表立って武装・戦闘体勢で待ち構えても古妖との遭遇は困難となるだろう。
今回は情報提供もあり、古妖の能力について一部が判明している。

なお古妖の処遇については、事件解決さえできれば生死を含めて問わない。
盗まれた品については、奪還できれば幸いだが努力目標にすぎない。
水着だけではなく、貴金属や装飾品も盗まれている為、被害者のためにはできれば取り返したい。

●調査・交渉・戦闘

想定される古妖へのアプローチは以下の通り

『調査』…古妖をおびき出す、あるいは根城を突き止める等して接触をはかる
『交渉』…古妖と接触時、平和裏に解決できる見込みがあれば行えるだろう。
『戦闘』…古妖と接触時、迅速な解決を望むのならば行ってもよいだろう。

前段階として、何らかの手段で古妖を見つける『調査』は欠かせない。
海中に潜んでおり、一定の知力がある相手の為、工夫が必要となるだろう。

『交渉』と『戦闘』は、どちらでもよい。
交渉決裂により戦闘に陥ることもあれば、戦闘を経ることで交渉がスムーズにいくこともある。
ただし、古妖には多大な地の利がある為、交渉・戦闘ともに優位に立てる作戦がほしい。

●水着

盗まれる水着は、男女問わない。普通の衣服は盗まれづらいようだ。
また水中や水辺での行動時、水着など適した格好の有無によって多少の補正が入る。

※水着の場合、あられもない描写が発生しうることを想定ねがいます。

●古妖

 古妖“衣蛸”八ツ橋
 =今回の怪事件の犯人とされる古妖。一部データアリ。
 本来の在りようから時代を経て変化した古妖であり、目的や能力が変化してみえる。

 水中では高いポテンシャルを発揮しうる為、対策は必須。
 近距離では同時に複数を拘束しうる触手髪、遠距離では水圧弾による攻撃ができる。
 また高い自己再生能力があり、多少の手傷では時間経過で回復されてしまいかねない。
 とくに触手髪の膜を拡げ、水中深くに敵を引きずり込む攻撃は致命的といえる。

 陸上ではポテンシャルを発揮しきれず、動きも少々鈍る。
 しかし陸上戦を強いるには、なんらかの工夫が必要不可欠といえるだろう。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年08月19日

■メイン参加者 6人■

『『恋路の守護者』』
リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)
『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)


「夏だ! 海だ! タコだーっ!」
 快晴の海水浴場にて、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955) は清々しげに叫んだ。
「て、迷惑なタコはお帰りいただきます!」
 セルフツッコミも何のその、なにせ、今回は“こーゆー依頼”ながら愛し人は一緒ではなく、他二組のカップル(?)とみえるFIVEの同行者のように相方なし。
 されとて、一見して遊んでいるようにみえても、彼らは敵となる古妖に率先して狙われる、いわば“囮”の役を担っている。
 どんな危険が潜んでいるかわからない仕事だ。大切な人をそれに巻き込まずに済むというのは、そう悪い心地ではないと、奏空は見張り台の上、双眼鏡を手に、誰に見せるでもなく微苦笑した。

 カップル一組目。
 『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695) と『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015) の両名は、ビーチボールを膨らませたりして、浅瀬で遊びつつ誘き寄せるという作戦の準備をしていた。
「今回のお相手は蛸さん…ですか」
 白の、ひらひらフリルつきの水着姿をした燐花はさながら海の天使クリオネが如く愛らしい。
 ジュ~っとイカ焼きの焼ける匂いが海の家から漂ってくれば、ぴこぴこ、と燐花の猫耳が微動する。
「たこ焼きかな? 今回の敵は流石に食べられないからねぇ、海の家、あとで覗いてみようか」
 ビクンッ、と獣耳がピンと立つ。表向き、燐花はさして動揺してみえないが気恥ずかしいようだ。
「……お見通しですか」
「焼きそばにラーメン、定番どころは揃ってるだろうけど、たこ焼きもあるといいね」
「終わったら……約束ですよ、たこ焼き」
「うん、約束だよ」
 ちらり、と燐花が視線を泳がせると、そこには互いにひとつのかき氷を食べさせ合う一席の光景。
 何も見なかったことにして向き直りつつ、平静に努めて。
「かき氷も食べたいです」
 と、燐花は口にする。そわそわと、尻尾が落ち着きなく太腿のあたりで遊んでいる。
「かき氷も良いね、……うん、海の家っぽい。せっかくだ、依頼《コレ》が終わったらゆっくりと夏を満喫しないとね」
 さて、今しがたの燐花の仕草もお見通しであっただろうか。

 黙想する。
 『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019) は静かに思索する。
 今回の事件は、人の影響も絡んでいる。されとて、人々の脅威たるならば経緯がどうあれ排除せねばなるまい。
「個々の海水浴客には、責任を問いようもないことだからな」
 心算は決した。あとは――。
「コムアフディズヴァイザ《こっちにおいで》~! こっちこっち!」
 『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)はついついはしゃいでドイツ語を織り交ぜて、赤貴のことを手招きしている。
 大胆不敵、奔放無敵、とっても素敵なブラジリアン水着姿のリーネは、さながら夏の女神である。
 新雪のように白い素肌とまばゆい日差しのコントラストは目が眩みそうなほど画になっていて、すらりと伸びた手を振れば、砂浜中の視線をひとりでに集めてしまうのも無理からぬこと。
「今行く」
 ぎろり――と、睨んでみえたかは定かではないが、赤貴の三白目が一瞥をくれれば、リーネへの好奇と羨望の声はさっと波が引くように静まり返る。 
「ホラ、見てくだサイ」
「なんだ……?」
 そばで見てみると、リーネの掌の上をちっちゃな赤い蟹がちょこちょこカニ歩き。
「ニートリッヒ! カワイイデス!」
 小蟹を一瞬、赤貴はちら見して、
「……ああ、まあ、確かに可愛い、か」
 と、知らずうちにリーネの笑顔を見ながら答えてしまっているが、お互いそれに気づかず。
「あ、あああっ!」
 小蟹がちょこちょこカニ歩きするうちに、いつのまにかリーネの前腕を伝い、二の腕へ。あわてて腕を振ると、その拍子に小蟹はぴょいーんとリーネの胸の上に乗っかった。
「ひゃわ!? と、取ってくだサーイ!?」
 小蟹程度とはいえ、胸の上に“乗る”だけのボリュームがあるという事実。
 否応がなく、小蟹を捕まえるために赤貴は目標を凝視し、手を伸ばさねばならない現実。
 ――が、サッとつまんでポイと砂浜にキャッチ&リリース。
「今回の敵はカニじゃなくてタコ、水着を奪われそうになったらこの程度じゃ済まない」
「……えっと、この水着、取られちゃうのデスカ?」
 想像し。
「それはとても困りマス、凄く困りマスネ……!」
 リーネは小蟹よりも真っ赤になって、急に恥ずかしげに身をよじる。
「そして! しかも! まさか! 触ってくるの、ウネウネしたアレデスカ!?」
 青ざめて。
「ウー……嫌デスゥ! アレ気持ち悪いデスヨー……」
 脳裏に浮かぶのは日本画風、巨大なタコと花魁リーネ。
「リーネさん、その時はウネウネしたアレを細切れにしてたこ焼きの具にしてやります」
  リーネは何とも複雑な笑みを浮かべた。


 ――ああ、夏やなぁ。
 ――夏の風物詩やねー。
 『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119) はなんだかなぁ~と振り返る。古今東西、なぜか、夏はこーゆー事件が起こりやすいのである。不思議なものだ。
 かくいう凛もまた、情熱的な赤いビキニを着こなして、爽やかに海に馴染んでいる。
 大胆な装い、素肌の露出を気にかけすぎず、自分に自信をもって佇んでいるさまはどこか格好よく、むしろ女の憧れる女という趣きだ。
 遠くを見やれば、奏空はなにやらナンパ――……ではなく聴き込み調査を地道にやっている。
 リーネと赤貴は手を繋いで砂浜を歩いているが、片や、自ら選んできた水着の布面積の少なさに「うう……恥ずかしいデス……」とうめき、片や、仕草がぎこちなく「演技力……演技力」とつぶやいている。初々しいのか、不自然なのか。
 不意にポーンと、ビーチボールが凛の足元へ転がってきた。
「おっと、ボールこっちに投げてもらえるかな凛ちゃ……焔陰さん」
「そうだ、いっしょに遊びましょう」
 恭司と燐花の誘いに乗り、凛もビーチボールで水遊びに加わるが「はて」と違和感を振り返る。
 凛はにやっと笑い、恭司に尋ねる。
「さっきの言い直し、“凛ちゃん”やめたの“燐ちゃん”が特別だからやよね?」
「あー……ははは、あとで海の家でなにか奢るんで、それで」
「かき氷も食べたいですわぁ~」
 ぐっ、と苦笑いする恭司と愉しげな凛のやりとりをぽけーっと不思議そうに眺める燐。尻尾はほんのり揺れていた。
 
 ビーチフラッグス。
 砂上に伏せた凛と燐花、審判役の恭司が「スタート!」と合図すれば、ふたりは旗代わりのビーチボールめがけて一直線に砂を蹴り、迫った。
 合図への反応は燐花がより素早く、しかし燐花は韋駄天の速さで一気に加速、両者とも砂地に脚をとられることなく走り抜け、ボールへ飛び込む。
「勝ったのはどっちや!?」「ですか」
 二人に問われた恭司は、頭を掻きながら「いや悪いね、見えなかったよ」と愛想笑いした。
 ――無論、凛の豊かすぎる胸がこれみがしに躍動せしめ、男子たるもの刮目せずして何とする、という光景であったが為に見落としたわけではない。
 第六感。
 敵はどこだ?
『皆、砂をよーく見て!』
 届く。奏空の送受心・改。双眼鏡を手にして見張り台にいたはずの奏空は、さりげなく海側へ。
 砂浜を注意深く観察すると、人影もなしに濡れた足跡が“現れ”て近づいてくる。
『これは!』
『真相解明! コレは……“擬態した”古妖の足跡だよ!』
『そういう事か』
『裏をとってみたけど、やはり、触手一本だれも海水浴客は見てないんだ! やっぱり、この古妖は周囲の背景に擬態して“消える”んだよ!』
『流石やなぁ! よっ、名探偵!』
 凛は称賛を送りつつ、緊張の糸を張った。


 凛の赤いビキニ、たわわな果実に魔手が迫る刹那――。
 シュピンッ!
 バシャッ!
 赤貴と燐花が投げつけた二つのボトルに対して、凛は抜刀、空中にて孤月を描いて斬り捨てた。
 飛散する濃密な赤と蒼の“かき氷のシロップ”、甘い臭気とカラフルな色彩が擬態を看破する。
「なんじゃこれはー!」
 正体を顕にした古妖“衣蛸”八ツ橋は、薄紫の艶めかしい異形の肌、盗んだパレオの水着を赤と蒼の極彩色に汚されて、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にして怒ってみせる。
「われをかように辱めるとは! 貴様ら、何者ぞ!」
 一歩、赤貴が進みでて、
「オマエが騒ぎを起こしている古妖か。人と話をする気はあるか?」
 と、交渉の矢面に立つ。
「はうわう! ウネッてる、ショクシュぐねぐねぬちょぬちょデース……!」
 リーネは赤貴に護られつつ、後ろから八ツ橋を盗み見てはその肢体や触手髪に青ざめている。
「われは古妖“衣蛸”八ツ橋なり! ふんっ、かように嫌われ蔑まされて何を話せというのか!」
「水着のことを」
 燐花は落ち着いた物腰で、問う。
「どうして水着を盗むのですか? 人様のものを盗んでは駄目ですよ。お返し頂けませんか?」
「ぐっ」
「それに貴金属を盗む理由も教えてもらえるとうれしいかな」
 一端の道徳観はあるのか、燐花の正論と恭司の追求に八つ橋は動揺を見せる。
「ええい、人間どもが! これみよがしに海に集ってはハイカラな美しい衣を見せつけ、愉しげに遊び散らかし、最後には醜く汚いゴミを散らして去っていく! 美観を保とうという殊勝な人間が居たところで、さんざっぱらに見せつけられた羨望の光景! 心の傷までは癒えぬわ!!」
 悲痛な叫び。
 グサッ、と何人かの心には刺さるかもしれない。この訴え。
「つまり、えーと……動機は」
「汝らの当世の言葉でいえば――リア充爆発せよ! じゃ!」
 交渉決裂。
 所詮、夏の海を満喫していたカップル達がなにを言おうが逆効果。しかし、動機が存外「軽い」ことがわかった。
「よっしゃ! 戦闘やんな♪ こっちの方が性に合っとるで!」
 火の粉を散らして凛は覚醒すれば、その俊足で、赤いビキニに包まれた柔らかな肉鞠が弾むのもお構いなしに海側へ回り込み、逃げ道を塞ぐ。奏空もさりげなく陣取り、両者の穴を埋めるように燐花もその瞬発力でブロックに入る。
「仕方ありません」
 二対の妖刀を構えて。
「“もう人様のものには手を出しません”と仰って頂けるようにお仕置きさせて頂きますね」
 斬、と。
 触手髪の先端を斬り捨てる、燐花。
「やってくれたな! かき氷ネコ!」
 ――見られてた。かき氷をねだったあの瞬間を。
「……ッ」
 ニノ太刀、空を切る。
 すかさず触手髪が二連撃、ジャブのように燐花を打ち据えるや否や、早業いや神業といえる手際でしゅるりとフリルつきの白い水着――のフリルを掴み、あろうことか“下”を脱がされかけ、一部が破かれてしまう。
 が、燐花は些末な羞恥心に囚われることなく、脱衣攻撃を揺動としたつづく水圧弾を間一髪かわしてみせ、返す刀でもう一撃を浴びせ、一度飛び退いて後退する。
 ――アウト? いいえ、大事なところは尻尾で隠せているのでセーフです。獣の暦バンザイ。
「手強いです」
「ホント、全くだよ」
 後衛の恭司は癒やしの霧を生じさせ、さらに応用して燐花の手傷を癒やしつつ、DVD版では曇ってみえなくなる濃い白霧によって燐花のあられもない姿を隠してみせる。
 ポーカーフェイスに努めているが、恭司が今しがた、雷獣を即キャンセルして癒やしの霧にスイッチングしたのが良い証拠。内心相当慌てたに違いない。燐花は少し嬉しげだ。
「ええい、BD版はどこだ!」
「売ってないよ!?」
 奏空はツッコミがてらに十六夜、二連撃で触手とかち合う。
「あ、赤貴君! あっちを見ちゃダメですカラネ……!」
 はわわ、とうろたえるリーネ。赤貴の前に立ち、前方に防御シールドを展開! 強力な防護だ! だが、ネコの尻尾一本より明らかに細い水着の布地、とくにおしりの“紐”は何ら攻撃も受けていないのに燐花より危ういことになっている。薄弱な防護だ!
「まずは弱らせてカラ説得でショウか! 私の事は気にせず、防御は任せテクダサイ…!」
「……前に出る」
 ――暦の異能。超視力。
 “目に毒”な状況下を脱して、赤貴は八ツ橋へ降神槍を繰り出す。敵もさるもので、突き上げる岩槍をかすり傷にとどめ、触手髪にて反撃を。しかし、シールドに護られた赤貴には軽微なダメージしか通らず、逆に触手髪が軽く焦げついていた。
「無駄だ、地力はあるがオマエは迂闊だ。経験が足りない。水中ならばいざ知らず、能力を過信して悪手を踏んだ以上、オマエはもう詰んでいる。降伏するんだな。さもなくば……」
「くぅ、ならばこうじゃ!」
 やぶれかぶれ、とばかりに八ツ橋は全方位オールレンジに触手髪を拡げ、赤貴、リーネ、奏空、凛、燐花の5名の水着に脱衣攻撃を仕掛けた。
「あっ」
「燐ちゃん!」
 二度は同じ轍は踏まない、と恭司の雷獣が触手髪のひとつを焼き尽くし、燐花を助けた。
 しかし他四名を、ニュルニュルウネウネの触手が容赦なく襲った。
「わぁぁぁあ!?」
 片足に触手が巻きつき、逆さ吊りにされた奏空はそのまま水泳パンツを脱がされ頭から砂浜へ落とされるハメに。
 フル■■犬神家!
 ――あわや「しばらくお待ちください」と映像が差し替わる事態、奏空の彼女さんにもFIVEとして申し訳が立たない事態になりかけたが。
 奏空は水着を、2枚重ね履きしていたのだ!
「安心してください。履いてますよ!」
 ぷはっ、と奏多は砂中から顔を出して、とにかく明るく決め顔でそう言った。
「ファン!? こっちはもう履いてないデースヨ!?」
「はははは、脱げろ―! その全裸より恥ずかしい水着を脱いでしまえー!」
 リーネと触手は、互いに水着の心もとない尻紐をぐいぐいと引っ張り合っている。すでにブラは剥ぎ取られていて片手で零れそうな胸元を押さえ込み、目をグルグル渦巻かせ、羞恥と混乱の極地だ。
 ――かつて、ここまでセウトな綱引きがあっただろうか。
「貴様ァァァッ!」
 激怒した赤貴は、自らを捕らえていた触手を振り解いて、一刀両断に触手髪――と、余波の衝撃でうっかり尻紐――を切り裂いた。以下、ご想像にお任せします。
「アア、赤貴君ッ!?」
「……オレは」
「ダメ! ダメデス! ゼッタイダメデス! こ、こっちを見ちゃイケマセンカラネ……!」
「オレはァ……ッ!!」
 怒り。もう怒りしかない。
 リーネの尻紐を守るどころか自ら切り裂き、彼女をろくでもない目に合わせてしまった古妖と己自身への飽くなき怒り。―ーあと、もしかしたらつい男心に逆らえず見ちゃったかもしれない怒り。
 破綻寸前、という勢いで赤貴は狂戦士のように正鍛拳を叩きつけタコ殴りに――。
「タコガァッ!!」
「もうやめて! 八ツ橋のライフはゼロデス! どんな生き物でも、無闇やたらに命を奪っては、イケマセン! そ、それに……」
 赤貴を制止し、リーネは涙を湛えながらも伏目がちに赤貴にこう囁いた。
「赤貴君にだったら、私、(不慮の事故で)脱がされてもいいデスカラ――」
 暴走赤貴、機能停止。
「く、い、今のうちに……」
 混乱した状況にまぎれて、こっそり逃げ遂せようとする満身創痍ズタボロの八ツ橋。全員が、何かしらの形で全方位脱衣攻撃に翻弄され、隙きを見せた今が好機。いざ海へ飛び込もうとする八ツ橋の眼前に、意外な人物が、意外な姿にて、立ちふさがる。
 剣閃、三連撃。
 美しき熱き軌跡を描くは、朱焔の刃。
 マリンシューズを履き、ハイバランサーの異能を活性化させ、砂地においても流麗な足運びを魅せた凛は、残心を行い、刀を納める。
「う、美しい……。そなた、な……なにゆえ、わらわの脱衣術を食らって平然としておるのじゃ」
「肉を切らせて骨を断つ――それと同じことや」
「ま、まさか」
「水着を盗らせて蛸を断つ――! これぞ古流剣術焔陰流初代の遺しはった極意(真偽不明)や!」
 一糸まとわぬ凛然たる佇まい。
 武士は魂たる刀さえ履いていれば、あとは何も要らぬ。そう言わんばかりの、威風堂々。全裸ではない! 刀を履いている! 刀とは、魂であり水着なのだ。
「ぬ、ぬしはしゅ、羞恥心を持ち合わせてはおらぬのか!?」
「甘いなぁ。八ツ橋ィ、あんさん、かき氷より甘いんとちゃうんか!」
 たわわな胸を張り、お天道さまの下、大見得を切る。
「もののふたる者、己の体に自身が無い訳ないやろ。誰に見られても悪びれる必要はないで!」
 悔しければ脱いでみせろ、と。
 そう体言する凛。――なお、恭司のおかげで癒やしの霧が完璧な仕事してるのであしからず。
 八ツ橋は、ついに根負けして土下座する。
「参りました、姐さん――!」
 勝負アリ。


 海の家、打ち上げ会。
「はふほふ」と「しゃりしゃりキーン」を繰り返す燐花。たこ焼きやかき氷を餌付けよろしく食べさせたげる恭司。
 奏空や凛もまたホクホクのたこ焼きに舌鼓を打つ。具材? さてはて。
 そんな微笑ましいタコパの中、パーカーを羽織ったリーネは「タコ怖いタコヒワイ」と縮こまり、未だ彼女を直視しがたい赤貴は背中合わせに黙って座っていてあげるのだった。

 一行の知勇と凛の心意気に降参した八ツ橋は“人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ”という教訓を得た。寂しさや妬ましさ自信のなさを盗みでまぎらわせるのはやめて、今後は――ヌーディストになる! 否、心身を鍛え磨きをかけることにしたという。
 やがて、とある剣術道場が新たな門弟を迎え入れることになるかは、また別の話である。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『たこ焼き』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員



■あとがき■

暑い日がまだまだ続く八月半ば。季節の風物詩(?)、お楽しみいただけたでしょうか?
今回の依頼は無事、成功となります!
反省した古妖はきちんと盗んだ品々を返して、心を入れ替えてくれたようですね。
透明になって近づき、触手で水着を盗もうというありがた……おそろしい敵でしたね!

かき氷にたこ焼き、打ち上げ会の模様は皆様のご想像にお委ね致します。




 
ここはミラーサイトです