冬虫夏草の見せる夢
●
霧が、山を包んでいた。
傷付いた彼女を抱えて山中を駆け回り、少年は化け物から逃げる。
「コウ……コウちゃん……。私の足の血を辿って、アイツ、追いかけて来てるんだよ。私、もう痛くて……置いて……置いて、逃げてくれないかなぁ? ……そしたらコウちゃん、助かるかもしれない……」
生き残れるかもしれない。
見下ろした彼女の顔が、滲んでよく見えない。
パタリ、パタリと、少女の顔に少年の流した雫が落ちた。
「何言ってんだ……馬鹿野郎。何、言ってんだ」
馬鹿野郎は、一瞬、そうしようかと思ってしまった自分にだ。
情けなくて、自分への嫌悪感に涙が溢れてくる。
カサリという音がして、後ろで咆哮が響いた。
「コウちゃん、早く……」
か細い少女のその声に、諦めていると判るその表情に、目を見開く。
芽衣を草の上へと、寝かせて。
まぶたを閉じた彼女を見下ろして、袖で己の目を擦った。
震える足は、逃げるのではなく、踵を返す。
芽衣を守るように、霧中に立つ闇の影を見上げた。
恐怖が形となったそれを見上げたままで、14歳の少年は思う。
守らなくちゃ――。
「大丈夫だ」
言って振り返れば、彼女は繭になっていた。
その、突然の光景すらも、少年は受け入れる。
ああ、守らなければ――。
守らなければ。
彼女は、飛び立てやしないから。
●
「山中で、妖に襲われている少年達が見えました」
会議室で、久方 真由美(nCL2000003)は覚者達へとそう告げる。
「そして彼等には見えていないみたいですが、コウちゃんと呼ばれた少年が少女を地面に横たえた時、その傍に細長く生えるキノコが見えました」
だから調べてみたんです、と真由美は微笑んだ。
「そのキノコはどうやら、冬虫夏草と呼ばれるもののようです。小さなキノコですが、白い胞子を大量に撒き散らしています。彼等が霧だと思っているのは、実はその胞子なんです」
妖化しているのは、その冬虫夏草。
撒き散らす胞子で少年達に幻覚を見せている。
「最初、彼等を宿主として寄生するつもりなのかと思ったんです。けれども……夢の内容を思い返してみると、黒い影の化け物に、彼は立ち向かおうとしているんです。恐怖心を克服して、動けなくなった少女を守りたいと――」
彼等に幻覚を見せているのは、寄生された虫の方ではないかと思うんです、と真由美は言った。
「ですから、皆さんにお願いがあるんです。妖化しているのは、冬虫夏草。ですがその冬虫夏草を攻撃して倒す前に、彼等が霧の中に見ている黒い化け物を、彼等の前で倒してあげてもらえないでしょうか?」
せめて魂に救いをと、微笑んだままで夢見は願う。
妖化した冬虫夏草を倒すだけならば、覚者達には造作もないだろう。
だが襲われている少年達に――否、正しくは彼等を通して、恐怖が形となった黒い影が倒される瞬間を見せてやりたいと思えば、相応のリスクを伴う。
「判断は、現場に向かわれる皆さんにお任せします。どうか彼等を、無事に家へと帰らせてあげて下さい」
そう、真由美は静かに覚者達へと頭を下げた。
霧が、山を包んでいた。
傷付いた彼女を抱えて山中を駆け回り、少年は化け物から逃げる。
「コウ……コウちゃん……。私の足の血を辿って、アイツ、追いかけて来てるんだよ。私、もう痛くて……置いて……置いて、逃げてくれないかなぁ? ……そしたらコウちゃん、助かるかもしれない……」
生き残れるかもしれない。
見下ろした彼女の顔が、滲んでよく見えない。
パタリ、パタリと、少女の顔に少年の流した雫が落ちた。
「何言ってんだ……馬鹿野郎。何、言ってんだ」
馬鹿野郎は、一瞬、そうしようかと思ってしまった自分にだ。
情けなくて、自分への嫌悪感に涙が溢れてくる。
カサリという音がして、後ろで咆哮が響いた。
「コウちゃん、早く……」
か細い少女のその声に、諦めていると判るその表情に、目を見開く。
芽衣を草の上へと、寝かせて。
まぶたを閉じた彼女を見下ろして、袖で己の目を擦った。
震える足は、逃げるのではなく、踵を返す。
芽衣を守るように、霧中に立つ闇の影を見上げた。
恐怖が形となったそれを見上げたままで、14歳の少年は思う。
守らなくちゃ――。
「大丈夫だ」
言って振り返れば、彼女は繭になっていた。
その、突然の光景すらも、少年は受け入れる。
ああ、守らなければ――。
守らなければ。
彼女は、飛び立てやしないから。
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「山中で、妖に襲われている少年達が見えました」
会議室で、久方 真由美(nCL2000003)は覚者達へとそう告げる。
「そして彼等には見えていないみたいですが、コウちゃんと呼ばれた少年が少女を地面に横たえた時、その傍に細長く生えるキノコが見えました」
だから調べてみたんです、と真由美は微笑んだ。
「そのキノコはどうやら、冬虫夏草と呼ばれるもののようです。小さなキノコですが、白い胞子を大量に撒き散らしています。彼等が霧だと思っているのは、実はその胞子なんです」
妖化しているのは、その冬虫夏草。
撒き散らす胞子で少年達に幻覚を見せている。
「最初、彼等を宿主として寄生するつもりなのかと思ったんです。けれども……夢の内容を思い返してみると、黒い影の化け物に、彼は立ち向かおうとしているんです。恐怖心を克服して、動けなくなった少女を守りたいと――」
彼等に幻覚を見せているのは、寄生された虫の方ではないかと思うんです、と真由美は言った。
「ですから、皆さんにお願いがあるんです。妖化しているのは、冬虫夏草。ですがその冬虫夏草を攻撃して倒す前に、彼等が霧の中に見ている黒い化け物を、彼等の前で倒してあげてもらえないでしょうか?」
せめて魂に救いをと、微笑んだままで夢見は願う。
妖化した冬虫夏草を倒すだけならば、覚者達には造作もないだろう。
だが襲われている少年達に――否、正しくは彼等を通して、恐怖が形となった黒い影が倒される瞬間を見せてやりたいと思えば、相応のリスクを伴う。
「判断は、現場に向かわれる皆さんにお任せします。どうか彼等を、無事に家へと帰らせてあげて下さい」
そう、真由美は静かに覚者達へと頭を下げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.生物系『冬虫夏草』の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は山中でピンチに陥っている少年達を救って頂く依頼となっております。
難易度は、成功条件を満たすのみのものとなっております。
真由美の願いを聞き、胞子の霧の中で影を相手にする場合は難易度もその分上がります。
冬虫夏草を倒すことのみに集中するならば、スキルなどで工夫して霧を晴らすか、霧の中で冬虫夏草に集中攻撃を浴びせるなどをして頂く必要があります。
宜しくお願い致します。
●現場
昼間。とある山中の開けた場所。
霧のような胞子が立ち込めている為、視界は霞んでいます。
戦闘の邪魔になるものはありません。
※注意
もし、影の化け物を彼等に見せながら倒す作戦を取るのであれば、胞子の霧に飛び込む必要があります。
影を倒すと、胞子の霧は晴れ幻覚は消滅します。少年達も正気に戻りますので、続けざま冬虫夏草との戦闘となります。
●当シナリオの特別ルール
胞子に包まれた状態では視界が霞んでいるため、覚者全員の攻撃命中率が20%低下します。
幻覚に取り込まれることになるので、スキル等でこれを防ぐことはできません。
●阿部 康祐 14歳。
山に遊びにきた少年。芽衣とは幼なじみです。
芽衣を守るため、恐怖に負けそうになった自分を責めながら、影に立ち向かおうとしています。
芽衣を置いて逃げることはしません。
●川中 芽衣 14歳。
康祐の幼なじみで、一緒に山へと遊びにきた少女。
胞子の霧が晴れるまでは、繭に包まれた姿をしています。
繭の状態では言葉を交わしたり、意思疎通をはかることはできません。
繭の状態の彼女を1人の力で運び出そうと思えば大変ですが、2人でなら容易く運び出せます。
霧から出た時点、もしくは霧が晴れた時点で、元の姿に戻ります。
(足の怪我は本当に負っているため、勝手に治ることはありません)
●冬虫夏草
キノコが昆虫やクモに寄生し、体内に菌糸の集合体である菌核を形成したもの。昆虫の頭部や間接部などから、棒状の子実体を成長させます。
●敵
○冬虫夏草 生物系 ランク2
己に攻撃が向けられるまで、攻撃はしてきません。
・『胞子の霧』 霧で半径1kmの人間に幻覚を見せます。視界が霞むため、敵の攻撃命中率を20%低下させます。
・『胞子の弾丸』 物遠全 四方へと胞子を飛ばし、ダメージを与えます。【出血】
・『生命の叫び』 特近列 虫の影群が特攻し、ダメージを与えます。【痺れ】
○霧中の影 心霊系 ランク2
霧の中にだけ現れる影。3mほどある熊のような姿をしています。(これは康祐の恐怖心が形を成したもの)
冬虫夏草に寄生された虫の思念が作り出したもののため、物理攻撃は効果が期待できません。
・『咆哮』 特近列 大きな声で咆哮し、敵にダメージを与えます。【貫2】[貫:100%,50%]
・『薙ぎ払い』 特近列 大きな腕で薙ぎ払い、横へと敵を吹き飛ばします。【ノックB】
・『爪払い』 特近列 爪を立てて敵を攻撃します。【出血】
●相沢 悟(nCL2000145)
『B.O.T.』『火柱』『火炎弾』『双撃』『演舞・舞衣』『医学知識』『マイナスイオン』を活性化しています。
芽衣を胞子の霧から運び出す場合は彼女の運び役を、運び出さずに戦闘の場合は回復と支援に徹する予定ですが、皆様の指示優先です。
リプレイでは最低限描写。文字数がヤバい時は登場なし。登場しない場合も、判定には組み込みます。
指示がある場合、『相談ルーム』にて【悟へ】とし、指示をお書き下さい。(プレイングに書く必要はありません)
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2018年09月15日
2018年09月15日
■メイン参加者 5人■

●
覚醒した覚者たちは憶することなく、胞子が視界を霞める霧の中へと飛び込んでゆく。
たった1人で不安だろう少年の元へと、姿を繭に変えてしまった少女の元へと、急いで向かっていた。
広い範囲にまき散らされている胞子の霧は、2人の元へと向かう事すら邪魔しているように感じる。
だが巨大な影を相手に恐怖の中で対峙している少年の心を思えば。最悪の視界のために草に足を取られそうになろうとも、霧の中、突然現れる枝葉で多少の擦り傷を受けようとも、誰1人として足を緩めることはしなかった。
(FiVEに入ったときは、妖が怖くて挫けそうになったりして……。でも、仲間がいてくれたから、立ち向かえたんだよね……)
康祐の姿へと僅かに過去の自分を重ねる『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は、少年の姿を捜し紫色の瞳をまっすぐ前へと向ける。
――きっと、あの頃の自分と同じ。
妖が怖い心と戦いながら、震える足で懸命に踏ん張りながら、康祐はこの視界の先にいる……。
その確信を胸に、ホイール状に変形した脚で、力強く疾駆し続けた。
(男の子が勇気を出して女の子を守ってるんですよ。応援しなくてどうしますか)
『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は、康祐が奮い起こした立派な勇気のことを想う。
1秒でも早く、駆けつけてあげたかった。
「見えた! 康祐だ!」
その時、『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が前方を指差す。大きな影に比べれば、小さな背中。その背が懸命に、繭を護り立っていた。
(芽衣さんを守ろうとする、康裕さんの勇気を……その意志の、お手伝いがしたいです)
康祐のさんの気持ちを無駄には出来ません! と『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)も、自分の出来る限りの力でもってその心を守ろうと、巨大な影と少年の間に割って入って行った。
「康祐くん、頑張ってくれてありがとう。あとはお姉さん達に任せて下さいな」
突然現れた影達に、康祐は驚きの表情をする。その康祐を安心させるように、澄香は笑顔を浮かべた。
「貴方は芽衣ちゃんに攻撃が届かないように庇ってあげてて下さい。これは貴方にしか任せられない重大な仕事です」
役割分担をしましょう、そう言った澄香の中背には、黒く大きな翼。
覚者だと判る彼女達に、康祐は奥歯を食いしばる。
「……ふっ……」
安堵と、安心と。恐怖心。
自分1人では決して芽衣を守ることが出来なかっただろう事実に、少年は腕で顔を隠し、幾つもの涙を流した。
そんな康祐を隠すように、後衛の相沢 悟(nCL2000145)が彼の前へと立つ。
そして彼女達は、嗚咽を漏らしながらの少年の涙を見ぬよう、前の敵だけを見据え続けていた。
「もう大丈夫ですわ」
悟と同じく後衛に入った『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は、康祐にそう声をかける。
言葉と共に放たれた波動弾は、けれども霧のせいで影には当たらず彼方に消える。
それも、想定内。彼女が選んだのは、何よりもまず敵への攻撃を康祐に見せること。
当たっていれば、敵を貫通し進み続けただろう攻撃には、康祐を多少なりとも安心させたいとの願いが込められていた。
当たろうが当たるまいが、諦めずに攻撃を続けてゆくだけ。
(勇気ある人とは恐怖を持たない人ではなく、恐怖を知って尚その足を前に進める事の出来る人だと、いのりは思いますわ)
康祐が芽衣を護るために見せた勇気を、無駄になどさせない。
――必ず、お救いいたしますわ。
そう。いのりたちのこの力は。
この力は、救いを求める誰かの為にあるのだから……。
●
地を震わすが如く響いたのは、影熊の大きな咆哮。
突風のように前衛にいる彩吹とミュエルを貫き、中衛の澄香とたまきをも襲う。防御できたたまきが、「皆さん、大丈夫ですか」と仲間達に声をかける。
心配ないとコクリと頷いた彩吹は、3m程もある影をまっすぐに見上げた。
(突然化け物に襲われて、怖いと思うのも、助かりたいと思うのも、当たり前だよね)
――それでも彼女を守ろうとしたんだもの。
康祐は強い子だ、と彩吹は思う。そして、しっかり助けてあげたい……とも。
天駆で己の細胞を最大限に活性化させながら、彩吹は静かな闘志を揺らめかせていた。
「戦うのは、私たちの領分だ」
――だから。次からは、好きに攻撃なんかさせてやらない。
『お願いしますね』
頼りにしてます、とメンバーの中で唯一の男子へと肩越しに振り返りアイコンタクトした澄香に、悟はしっかりと頷く。
覚者達が取った作戦は、決して多いとは言えない今回の任務に当たる人数の中、1人を終始康祐のガードに割くというもの。
取り去りたいのは、恐怖心。
与えたいのは、安心感。
そして伝えたいのは――決して弱くはない康祐の心。
澄香の放った急成長する種をも、命中するのを霧が阻む。
続けざまに、いのりがBOT改を放っていた。
命中した感触に、いのりの冥王の杖を握る手には、しっかりと力が籠められる。
(誰だって恐怖は心の内に秘めている物。いのりにだってありますもの。何も恥じる事などないのですわ)
ミュエルが出現させたのは、薬効含む小さな花弁。
ふわり舞い踊ったミュエルの金髪と共に、花弁から生成された中和薬は、自然治癒能力を上げる純白の霧となる。1度高く舞い上がり、仲間達へと優しく降り注いだ。
少年にも、それが自分達が逃げまどっていた霧とは別物なのだと判る。眩しそうに、目を細め純白を見上げた。
そこには、ミュエルの想いもが含まれている。
(康祐さん見てて。怖いことにだって、打ち勝てるんだって、見せてあげるよ……)
――心霊系の妖さんなら、私の得意とする所。
若き陰陽師は、赤い瞳に黒影を映しながら、背中から符を1枚抜き取った。
だがそれは、敵を攻撃するものではない。
振り向きざま、素早く術式を組み放つ。康祐をガードする悟の前で、大きな符の盾と化した。
たまきもまた、敵へと攻撃するよりも、康祐の守りを固めることを優先していた。
彩吹が解き放ったのは、小さな火蜥蜴たち。
――『今』は、敵を捕らえられずとも。
超直観を含んだ瞳が、煌めく無数の炎が照らす巨大な影の動きを、少しも見逃すまいと見つめ続けていた。
大きく振り上げられ払われた影熊の腕は、前衛の彩吹とミュエルを吹き飛ばす。
いのりの放つ波動弾は霧の中へと吸い込まれたが、踏み込んだ澄香が付着させた種が、影の動きを縛っていった。
飛ばされた先で、ミュエルはすぐさま立ち上がり状況を見る。
康祐の前には、仲間たちがいてくれている。
(攻撃のすり抜けは、防げる、はず……)
敵へと澄香が攻撃をしかけたのを見届け、集中的に攻撃を受けている彩吹と己の体に、大樹の息吹を注ぎ込んだ。
更に彩吹には、たまきが『桜華鏡符』で符の盾を施す。
霧に阻まれ上手く攻撃できない敵を相手に、覚者たちは互いの苦手な箇所を補い合いながら、それぞれに出来る役割を果たし戦っていた。
響いた影熊の咆哮が、中衛の澄香とたまき、後衛のいのりと悟の体を突き抜ける。
影熊の咆哮から守ろうと繭へと覆い被った康祐には攻撃は届かず、たまきが悟に施しておいた術が、鏡のようにダメージを敵へと跳ね返していた。
康祐をガードする悟には、届く全ての攻撃が当たってしまう。
「だけど。頼りにしてるよ、黒一点」
笑いかけた彩吹に、悟が笑み返す。
交わし合った笑みには、信頼が籠められていた。
彩吹の足が、地を蹴る。敵の前へと戻った彼女の足元から地を這うのは火を纏う蜥蜴たち。
影熊へと這い上がり、ひときわ炎を強くしながら、纏わりついていった。
●
なかなか当たらぬ攻撃に苦戦を強いられ続けた覚者たちだったが、諦めぬ彼女たちの戦いが、功を奏し始めていた。
いのりの放ったBOT改に、影熊は苦しげな叫び声を木霊させる。敵が弱っていくのに比例して、霧の効果もが薄まっていくようだった。
たまきが足元より出現させた岩の槍が、影熊を下から貫く。そしてミュエルが、鈴蘭の毒を流し込んだ。
よろめいた影熊は、牙を剝き爪を立てる。
強く振り下ろされた腕が、彩吹の頭部を切り裂いていた。その瞬間、符の盾が光を放ち、桜の花弁がぶわりと舞う。
「いぶちゃん!」
澄香の声に、彩吹は親友へと掌を突き出し大丈夫だと示す。頭から流れる血にも構わずに、目は敵に据えたままで笑みを刻んだ。
「流石だね、たまきの術は。――攻撃が当たりにくいのであれば、敵の攻撃を利用すればいい」
こちらの放つ攻撃が当たらずとも、敵が放つ攻撃をはね返したダメージは、僅かずつであっても必ず敵へとあたる。
目前まで迫った敵に、豪炎纏う蹴りを放った。
「そして、単純だ。当たり難くても。敵が倒れるまで、攻撃を叩き込めばいい……」
――この影が恐怖心の具現化なのなら、康祐くんが勇気を出した今は、もう用済みのはず。
タロットカードを取り出した澄香は、大天使の描かれたカードを敵へと示す。
「消えなさい。ここから、2人を解放なさい……!」
圧縮された空気が、影熊へと叩き込まれた。
敵が消滅すると同時に、霧が掻き消える。そして少女も、本来の姿へと戻っていた。
「あれ……コウ、ちゃん……? 私……?」
康祐の腕の中、芽衣が本当の姿に戻り目を覚ます。涙を浮かべる幼馴染を、不思議そうに見上げた。
誰よりも早く、すぐさま駆け寄ったのは、後衛に位置していたいのり。
芽衣の無事な姿を確認し、2人へと声をかけた。
「芽衣様、良かったですわ。さあお2人とも、もう少しの辛抱です」
こちらへ、といのりが導き悟が手を貸して冬虫夏草から離れさせ、覚者たちは陣形を立て直す。
続けざまのもう1つの戦いは、いのりが仲間たちへとかけた演舞・舞衣から始まった。
彩吹の火蜥蜴たちが襲いかかると、冬虫夏草は苦しげに体を揺らす。覚者たちを敵と見なし、四方へと胞子を鋭く飛ばした。
全体への攻撃に、ミュエル、澄香、たまき、悟が胞子の弾を受ける。
「まだ、化け物が……! あんなに小さいのに……」
血を流す覚者たちに、敵の攻撃力の高さに、悟の後ろで康祐が動揺を見せる。康祐の背にしがみつくようにしながら、芽衣も体を震わせていた。
「大丈夫だよ。怖いものは、私たちがやっつけるから」
笑顔で伝えた彩吹の言葉を証明するように、少年たちを安心させるために、澄香は再生を用いて彼らに1番近い悟の出血を止める。燃え上がる炎が、再生力の強さを物語っていた。
そしてミュエルは、香徒花の香りを引き出す。
(きっとみんな消耗してるから……早く決着をつけるよ……)
高度化させた術式――己の持つ1番威力のある攻撃で、冬虫夏草を攻めていた。
たまきは再び、悟へと桜華鏡符を施す。大きな符の盾で、防御の対策を取った。
彩吹の蹴りが、参点砕きを叩き込む。その威力に、冬虫夏草が大きく揺れた。
仲間の体力に気を配りながらも、澄香は一刻も早い撃破を望む。それは康祐や芽衣の為でもあり、可哀想なもう1つの魂の為でもあった。
――冬虫夏草に寄生された虫さん、あなたも安らかに眠って下さい……。
願いを込めた、エアブリットが放たれた。
一層苦しむように揺れた冬虫夏草からは、まるで胞子のように虫の影群が飛び立つ。前衛の彩吹とミュエルへと襲い掛かり、痺れをもたらした。
(冬虫夏草……確か高級食材だったと思いますが、寄生された虫にとってはたまったものではありませんわね)
それが例え、小さな虫であったとしても――。
哀れさを感じずにはいられないいのりではあったが、決意を胸に全力で戦いに臨んでいた。
(だからと言って、関係ない人達に恨みを向ける事を許す事はできませんわ)
放たれた波動弾が、冬虫夏草を貫く。
赤き瞳で超直感を研ぎ澄まし冬虫夏草を見つめ続けていたたまきは、今が攻撃を優先すべき時だと見抜いていた。
何故なら――。
もう何度もの攻撃に、この小さな敵は耐えられないから。
彼女が行ったのは、気の放出による強烈なプレッシャー。その攻撃に耐え切れずに、冬虫夏草は悲鳴をあげることもなく、その小さな姿を静かに萎らせていった。
●
「大丈夫ですか、2人とも?」
澄香の言葉に、康祐の背へと顔を埋め、震えていた芽衣が顔を上げる。
「大、丈夫……」
掠れた声で康祐が答え、心身共に疲れた様子ながらも、心配そうに覚者たちを見てから、幼なじみを振り返った。
「お前、は……?」
体力を消耗している芽衣と康祐へと、ミュエルが大樹の生命力を凝縮させた雫を与える。
そして地面へと座り込んだ芽衣の足を確認するため、ミュエルと悟がしゃがんだ。
「この怪我は……医学知識のある悟さんのほうがちゃんと診てあげられるでしょうか……?」
ミュエルの言葉に、「そうですね」と悟が答える。
「応急処置なら。――けど」
ミュエルと2人、芽衣を見ようとしない康祐の背中へと、視線を向けた。
「……心の方は、僕では無理ですよ」
康祐の目の前で、仲間たちへは澄香が木漏れ日の恵みを降り注がせ、傷を塞ぎ癒してゆく。
――消耗も、傷も。体だけではないから。
「私たちも、大丈夫ですよ。……皆、大丈夫です」
彼がこれ以上自分を責めることのないように、康祐を元気づけるように、澄香が微笑んだ。
「康祐が守ってくれたんだよ」
途中から意識がなかった芽衣へと、彩吹が伝える。
「怖くても逃げたくても、君は彼女を置いて逃げなかった」
芽衣の視線が、彩吹の視線を追ってゆっくりと康祐の背を見つめた。
「強いね、少年」
笑顔でかけられた彩吹の声に、康祐がピクリと肩を揺らす。そうして、ギュッと両手に拳を握った。
「強くなんかない、強くなんかないよ。だって……」
「良く逃げる事無く、勇気を振り絞りましたね!」
1度は逃げることを考えたんだから、と彼の唇が自分を縛る呪言のようなその言の葉を吐き出す前に、たまきが伝える。
「そのお心は、とても尊い事だと、思います」
「恐怖心から逃げなかった、勇気を振り絞った康祐くんは偉かったですよ。その勇気、できればずっと忘れないで下さいね 」
たまきに続いてかけられた澄香の言葉に、康祐が目を閉じる。
彼女たちの言葉は、まだ14歳の少年の心へとゆっくりと入り、刻まれていく。
そして芽衣も、心配そうに康祐を見つめていた。
しばらく何かをこらえるように閉じられていた瞼を上げて、少年はたまきと澄香、覚者たちを見つめる。
「……ありがとう」
そして芽衣を回復してくれたミュエルに、「ありがとう」ともう1度告げて、初めて表情を緩めた。
「お疲れ様」
自分のことのように喜び微笑んだ彩吹が、康祐と芽衣の頭を撫でる。ついでにと、悟の頭も撫でた。
「せめて、元の姿に戻ってからにして欲しかった……」
覚醒したままの青年の姿で照れる悟に、1度手を止めた彩吹がにっこりと笑う。
余計ワシワシと3人を撫で始めた彩吹に、こそばゆそうに首を縮めながら、芽衣と康祐が顔を見合わせ笑った。
「悟さん、お姉さん達に囲まれてハーレムって感じですね」
2人を家へと送っていく帰り道。
前をゆく康祐達の背中を見つめながら、さり気に言ったミュエルに彼女を見返した悟が顔を赤くする。その様子に、澄香がくすっと口元に手をあて笑った。
「悟くん、ハーレム状態はどうでした?」
顔を覗き込むようにした問いかけに、ううー、と恨めしそうな目を向ける。
それでも。
「……お姉さん達の、優しさを実感しました」
小さな声が答えた。
たまきといのりは、芽衣を背負った康祐を挟んで歩く。
彼の歩調に合わせゆっくりと歩きながら、いのりは康祐の横顔に視線を向ける。
皆の前では笑っていた康祐は、皆からも、背負う芽衣からも見えぬところで、別の表情を浮べていた。
「芽衣様に聞いてみたらいかがかと」
自分を恥じる気持ちは、これからもふとした時に甦り、何度も彼を襲うだろうから。
そんな時に思い出し、どの言葉よりも彼を支えてくれるのは、きっと――。
それに、知っておいて欲しかった。
「きっと芽衣様は、康祐様を臆病等とは思わないでしょうね」
心を見透かしたようないのりの言葉に、康祐が目を見開いて彼女を見る。
そして芽衣は、「もう、そんなこと思う訳ないじゃないッ」と背中から何度も康祐の肩を叩いた。
「コウちゃん、守ってくれてありがとう」
「…………バカだろ」
微笑み言った芽衣に、照れた康祐のぶっきらぼうなセリフ。
しかしちゃんと笑っている康祐の横顔に、予想通りの芽衣の言葉に、いのりは「うふふ♪」と笑う。
「康裕さんは、芽衣さんを守る、王子様ですね!」
そして感心したように紡がれたたまきの声を、渡る風が、晴れやかな空へと運んでいった。
覚醒した覚者たちは憶することなく、胞子が視界を霞める霧の中へと飛び込んでゆく。
たった1人で不安だろう少年の元へと、姿を繭に変えてしまった少女の元へと、急いで向かっていた。
広い範囲にまき散らされている胞子の霧は、2人の元へと向かう事すら邪魔しているように感じる。
だが巨大な影を相手に恐怖の中で対峙している少年の心を思えば。最悪の視界のために草に足を取られそうになろうとも、霧の中、突然現れる枝葉で多少の擦り傷を受けようとも、誰1人として足を緩めることはしなかった。
(FiVEに入ったときは、妖が怖くて挫けそうになったりして……。でも、仲間がいてくれたから、立ち向かえたんだよね……)
康祐の姿へと僅かに過去の自分を重ねる『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は、少年の姿を捜し紫色の瞳をまっすぐ前へと向ける。
――きっと、あの頃の自分と同じ。
妖が怖い心と戦いながら、震える足で懸命に踏ん張りながら、康祐はこの視界の先にいる……。
その確信を胸に、ホイール状に変形した脚で、力強く疾駆し続けた。
(男の子が勇気を出して女の子を守ってるんですよ。応援しなくてどうしますか)
『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は、康祐が奮い起こした立派な勇気のことを想う。
1秒でも早く、駆けつけてあげたかった。
「見えた! 康祐だ!」
その時、『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が前方を指差す。大きな影に比べれば、小さな背中。その背が懸命に、繭を護り立っていた。
(芽衣さんを守ろうとする、康裕さんの勇気を……その意志の、お手伝いがしたいです)
康祐のさんの気持ちを無駄には出来ません! と『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)も、自分の出来る限りの力でもってその心を守ろうと、巨大な影と少年の間に割って入って行った。
「康祐くん、頑張ってくれてありがとう。あとはお姉さん達に任せて下さいな」
突然現れた影達に、康祐は驚きの表情をする。その康祐を安心させるように、澄香は笑顔を浮かべた。
「貴方は芽衣ちゃんに攻撃が届かないように庇ってあげてて下さい。これは貴方にしか任せられない重大な仕事です」
役割分担をしましょう、そう言った澄香の中背には、黒く大きな翼。
覚者だと判る彼女達に、康祐は奥歯を食いしばる。
「……ふっ……」
安堵と、安心と。恐怖心。
自分1人では決して芽衣を守ることが出来なかっただろう事実に、少年は腕で顔を隠し、幾つもの涙を流した。
そんな康祐を隠すように、後衛の相沢 悟(nCL2000145)が彼の前へと立つ。
そして彼女達は、嗚咽を漏らしながらの少年の涙を見ぬよう、前の敵だけを見据え続けていた。
「もう大丈夫ですわ」
悟と同じく後衛に入った『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は、康祐にそう声をかける。
言葉と共に放たれた波動弾は、けれども霧のせいで影には当たらず彼方に消える。
それも、想定内。彼女が選んだのは、何よりもまず敵への攻撃を康祐に見せること。
当たっていれば、敵を貫通し進み続けただろう攻撃には、康祐を多少なりとも安心させたいとの願いが込められていた。
当たろうが当たるまいが、諦めずに攻撃を続けてゆくだけ。
(勇気ある人とは恐怖を持たない人ではなく、恐怖を知って尚その足を前に進める事の出来る人だと、いのりは思いますわ)
康祐が芽衣を護るために見せた勇気を、無駄になどさせない。
――必ず、お救いいたしますわ。
そう。いのりたちのこの力は。
この力は、救いを求める誰かの為にあるのだから……。
●
地を震わすが如く響いたのは、影熊の大きな咆哮。
突風のように前衛にいる彩吹とミュエルを貫き、中衛の澄香とたまきをも襲う。防御できたたまきが、「皆さん、大丈夫ですか」と仲間達に声をかける。
心配ないとコクリと頷いた彩吹は、3m程もある影をまっすぐに見上げた。
(突然化け物に襲われて、怖いと思うのも、助かりたいと思うのも、当たり前だよね)
――それでも彼女を守ろうとしたんだもの。
康祐は強い子だ、と彩吹は思う。そして、しっかり助けてあげたい……とも。
天駆で己の細胞を最大限に活性化させながら、彩吹は静かな闘志を揺らめかせていた。
「戦うのは、私たちの領分だ」
――だから。次からは、好きに攻撃なんかさせてやらない。
『お願いしますね』
頼りにしてます、とメンバーの中で唯一の男子へと肩越しに振り返りアイコンタクトした澄香に、悟はしっかりと頷く。
覚者達が取った作戦は、決して多いとは言えない今回の任務に当たる人数の中、1人を終始康祐のガードに割くというもの。
取り去りたいのは、恐怖心。
与えたいのは、安心感。
そして伝えたいのは――決して弱くはない康祐の心。
澄香の放った急成長する種をも、命中するのを霧が阻む。
続けざまに、いのりがBOT改を放っていた。
命中した感触に、いのりの冥王の杖を握る手には、しっかりと力が籠められる。
(誰だって恐怖は心の内に秘めている物。いのりにだってありますもの。何も恥じる事などないのですわ)
ミュエルが出現させたのは、薬効含む小さな花弁。
ふわり舞い踊ったミュエルの金髪と共に、花弁から生成された中和薬は、自然治癒能力を上げる純白の霧となる。1度高く舞い上がり、仲間達へと優しく降り注いだ。
少年にも、それが自分達が逃げまどっていた霧とは別物なのだと判る。眩しそうに、目を細め純白を見上げた。
そこには、ミュエルの想いもが含まれている。
(康祐さん見てて。怖いことにだって、打ち勝てるんだって、見せてあげるよ……)
――心霊系の妖さんなら、私の得意とする所。
若き陰陽師は、赤い瞳に黒影を映しながら、背中から符を1枚抜き取った。
だがそれは、敵を攻撃するものではない。
振り向きざま、素早く術式を組み放つ。康祐をガードする悟の前で、大きな符の盾と化した。
たまきもまた、敵へと攻撃するよりも、康祐の守りを固めることを優先していた。
彩吹が解き放ったのは、小さな火蜥蜴たち。
――『今』は、敵を捕らえられずとも。
超直観を含んだ瞳が、煌めく無数の炎が照らす巨大な影の動きを、少しも見逃すまいと見つめ続けていた。
大きく振り上げられ払われた影熊の腕は、前衛の彩吹とミュエルを吹き飛ばす。
いのりの放つ波動弾は霧の中へと吸い込まれたが、踏み込んだ澄香が付着させた種が、影の動きを縛っていった。
飛ばされた先で、ミュエルはすぐさま立ち上がり状況を見る。
康祐の前には、仲間たちがいてくれている。
(攻撃のすり抜けは、防げる、はず……)
敵へと澄香が攻撃をしかけたのを見届け、集中的に攻撃を受けている彩吹と己の体に、大樹の息吹を注ぎ込んだ。
更に彩吹には、たまきが『桜華鏡符』で符の盾を施す。
霧に阻まれ上手く攻撃できない敵を相手に、覚者たちは互いの苦手な箇所を補い合いながら、それぞれに出来る役割を果たし戦っていた。
響いた影熊の咆哮が、中衛の澄香とたまき、後衛のいのりと悟の体を突き抜ける。
影熊の咆哮から守ろうと繭へと覆い被った康祐には攻撃は届かず、たまきが悟に施しておいた術が、鏡のようにダメージを敵へと跳ね返していた。
康祐をガードする悟には、届く全ての攻撃が当たってしまう。
「だけど。頼りにしてるよ、黒一点」
笑いかけた彩吹に、悟が笑み返す。
交わし合った笑みには、信頼が籠められていた。
彩吹の足が、地を蹴る。敵の前へと戻った彼女の足元から地を這うのは火を纏う蜥蜴たち。
影熊へと這い上がり、ひときわ炎を強くしながら、纏わりついていった。
●
なかなか当たらぬ攻撃に苦戦を強いられ続けた覚者たちだったが、諦めぬ彼女たちの戦いが、功を奏し始めていた。
いのりの放ったBOT改に、影熊は苦しげな叫び声を木霊させる。敵が弱っていくのに比例して、霧の効果もが薄まっていくようだった。
たまきが足元より出現させた岩の槍が、影熊を下から貫く。そしてミュエルが、鈴蘭の毒を流し込んだ。
よろめいた影熊は、牙を剝き爪を立てる。
強く振り下ろされた腕が、彩吹の頭部を切り裂いていた。その瞬間、符の盾が光を放ち、桜の花弁がぶわりと舞う。
「いぶちゃん!」
澄香の声に、彩吹は親友へと掌を突き出し大丈夫だと示す。頭から流れる血にも構わずに、目は敵に据えたままで笑みを刻んだ。
「流石だね、たまきの術は。――攻撃が当たりにくいのであれば、敵の攻撃を利用すればいい」
こちらの放つ攻撃が当たらずとも、敵が放つ攻撃をはね返したダメージは、僅かずつであっても必ず敵へとあたる。
目前まで迫った敵に、豪炎纏う蹴りを放った。
「そして、単純だ。当たり難くても。敵が倒れるまで、攻撃を叩き込めばいい……」
――この影が恐怖心の具現化なのなら、康祐くんが勇気を出した今は、もう用済みのはず。
タロットカードを取り出した澄香は、大天使の描かれたカードを敵へと示す。
「消えなさい。ここから、2人を解放なさい……!」
圧縮された空気が、影熊へと叩き込まれた。
敵が消滅すると同時に、霧が掻き消える。そして少女も、本来の姿へと戻っていた。
「あれ……コウ、ちゃん……? 私……?」
康祐の腕の中、芽衣が本当の姿に戻り目を覚ます。涙を浮かべる幼馴染を、不思議そうに見上げた。
誰よりも早く、すぐさま駆け寄ったのは、後衛に位置していたいのり。
芽衣の無事な姿を確認し、2人へと声をかけた。
「芽衣様、良かったですわ。さあお2人とも、もう少しの辛抱です」
こちらへ、といのりが導き悟が手を貸して冬虫夏草から離れさせ、覚者たちは陣形を立て直す。
続けざまのもう1つの戦いは、いのりが仲間たちへとかけた演舞・舞衣から始まった。
彩吹の火蜥蜴たちが襲いかかると、冬虫夏草は苦しげに体を揺らす。覚者たちを敵と見なし、四方へと胞子を鋭く飛ばした。
全体への攻撃に、ミュエル、澄香、たまき、悟が胞子の弾を受ける。
「まだ、化け物が……! あんなに小さいのに……」
血を流す覚者たちに、敵の攻撃力の高さに、悟の後ろで康祐が動揺を見せる。康祐の背にしがみつくようにしながら、芽衣も体を震わせていた。
「大丈夫だよ。怖いものは、私たちがやっつけるから」
笑顔で伝えた彩吹の言葉を証明するように、少年たちを安心させるために、澄香は再生を用いて彼らに1番近い悟の出血を止める。燃え上がる炎が、再生力の強さを物語っていた。
そしてミュエルは、香徒花の香りを引き出す。
(きっとみんな消耗してるから……早く決着をつけるよ……)
高度化させた術式――己の持つ1番威力のある攻撃で、冬虫夏草を攻めていた。
たまきは再び、悟へと桜華鏡符を施す。大きな符の盾で、防御の対策を取った。
彩吹の蹴りが、参点砕きを叩き込む。その威力に、冬虫夏草が大きく揺れた。
仲間の体力に気を配りながらも、澄香は一刻も早い撃破を望む。それは康祐や芽衣の為でもあり、可哀想なもう1つの魂の為でもあった。
――冬虫夏草に寄生された虫さん、あなたも安らかに眠って下さい……。
願いを込めた、エアブリットが放たれた。
一層苦しむように揺れた冬虫夏草からは、まるで胞子のように虫の影群が飛び立つ。前衛の彩吹とミュエルへと襲い掛かり、痺れをもたらした。
(冬虫夏草……確か高級食材だったと思いますが、寄生された虫にとってはたまったものではありませんわね)
それが例え、小さな虫であったとしても――。
哀れさを感じずにはいられないいのりではあったが、決意を胸に全力で戦いに臨んでいた。
(だからと言って、関係ない人達に恨みを向ける事を許す事はできませんわ)
放たれた波動弾が、冬虫夏草を貫く。
赤き瞳で超直感を研ぎ澄まし冬虫夏草を見つめ続けていたたまきは、今が攻撃を優先すべき時だと見抜いていた。
何故なら――。
もう何度もの攻撃に、この小さな敵は耐えられないから。
彼女が行ったのは、気の放出による強烈なプレッシャー。その攻撃に耐え切れずに、冬虫夏草は悲鳴をあげることもなく、その小さな姿を静かに萎らせていった。
●
「大丈夫ですか、2人とも?」
澄香の言葉に、康祐の背へと顔を埋め、震えていた芽衣が顔を上げる。
「大、丈夫……」
掠れた声で康祐が答え、心身共に疲れた様子ながらも、心配そうに覚者たちを見てから、幼なじみを振り返った。
「お前、は……?」
体力を消耗している芽衣と康祐へと、ミュエルが大樹の生命力を凝縮させた雫を与える。
そして地面へと座り込んだ芽衣の足を確認するため、ミュエルと悟がしゃがんだ。
「この怪我は……医学知識のある悟さんのほうがちゃんと診てあげられるでしょうか……?」
ミュエルの言葉に、「そうですね」と悟が答える。
「応急処置なら。――けど」
ミュエルと2人、芽衣を見ようとしない康祐の背中へと、視線を向けた。
「……心の方は、僕では無理ですよ」
康祐の目の前で、仲間たちへは澄香が木漏れ日の恵みを降り注がせ、傷を塞ぎ癒してゆく。
――消耗も、傷も。体だけではないから。
「私たちも、大丈夫ですよ。……皆、大丈夫です」
彼がこれ以上自分を責めることのないように、康祐を元気づけるように、澄香が微笑んだ。
「康祐が守ってくれたんだよ」
途中から意識がなかった芽衣へと、彩吹が伝える。
「怖くても逃げたくても、君は彼女を置いて逃げなかった」
芽衣の視線が、彩吹の視線を追ってゆっくりと康祐の背を見つめた。
「強いね、少年」
笑顔でかけられた彩吹の声に、康祐がピクリと肩を揺らす。そうして、ギュッと両手に拳を握った。
「強くなんかない、強くなんかないよ。だって……」
「良く逃げる事無く、勇気を振り絞りましたね!」
1度は逃げることを考えたんだから、と彼の唇が自分を縛る呪言のようなその言の葉を吐き出す前に、たまきが伝える。
「そのお心は、とても尊い事だと、思います」
「恐怖心から逃げなかった、勇気を振り絞った康祐くんは偉かったですよ。その勇気、できればずっと忘れないで下さいね 」
たまきに続いてかけられた澄香の言葉に、康祐が目を閉じる。
彼女たちの言葉は、まだ14歳の少年の心へとゆっくりと入り、刻まれていく。
そして芽衣も、心配そうに康祐を見つめていた。
しばらく何かをこらえるように閉じられていた瞼を上げて、少年はたまきと澄香、覚者たちを見つめる。
「……ありがとう」
そして芽衣を回復してくれたミュエルに、「ありがとう」ともう1度告げて、初めて表情を緩めた。
「お疲れ様」
自分のことのように喜び微笑んだ彩吹が、康祐と芽衣の頭を撫でる。ついでにと、悟の頭も撫でた。
「せめて、元の姿に戻ってからにして欲しかった……」
覚醒したままの青年の姿で照れる悟に、1度手を止めた彩吹がにっこりと笑う。
余計ワシワシと3人を撫で始めた彩吹に、こそばゆそうに首を縮めながら、芽衣と康祐が顔を見合わせ笑った。
「悟さん、お姉さん達に囲まれてハーレムって感じですね」
2人を家へと送っていく帰り道。
前をゆく康祐達の背中を見つめながら、さり気に言ったミュエルに彼女を見返した悟が顔を赤くする。その様子に、澄香がくすっと口元に手をあて笑った。
「悟くん、ハーレム状態はどうでした?」
顔を覗き込むようにした問いかけに、ううー、と恨めしそうな目を向ける。
それでも。
「……お姉さん達の、優しさを実感しました」
小さな声が答えた。
たまきといのりは、芽衣を背負った康祐を挟んで歩く。
彼の歩調に合わせゆっくりと歩きながら、いのりは康祐の横顔に視線を向ける。
皆の前では笑っていた康祐は、皆からも、背負う芽衣からも見えぬところで、別の表情を浮べていた。
「芽衣様に聞いてみたらいかがかと」
自分を恥じる気持ちは、これからもふとした時に甦り、何度も彼を襲うだろうから。
そんな時に思い出し、どの言葉よりも彼を支えてくれるのは、きっと――。
それに、知っておいて欲しかった。
「きっと芽衣様は、康祐様を臆病等とは思わないでしょうね」
心を見透かしたようないのりの言葉に、康祐が目を見開いて彼女を見る。
そして芽衣は、「もう、そんなこと思う訳ないじゃないッ」と背中から何度も康祐の肩を叩いた。
「コウちゃん、守ってくれてありがとう」
「…………バカだろ」
微笑み言った芽衣に、照れた康祐のぶっきらぼうなセリフ。
しかしちゃんと笑っている康祐の横顔に、予想通りの芽衣の言葉に、いのりは「うふふ♪」と笑う。
「康裕さんは、芽衣さんを守る、王子様ですね!」
そして感心したように紡がれたたまきの声を、渡る風が、晴れやかな空へと運んでいった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
大変お待たせをしてしまい、申し訳ございませんでした。
康祐と芽衣の心に響く、素敵な覚者たちの想いとお言葉でありました。
ご参加、誠にありがとうございました。
康祐と芽衣の心に響く、素敵な覚者たちの想いとお言葉でありました。
ご参加、誠にありがとうございました。
