<<うしろのしょうめん>>case.赤井羊子(仮)
●
「うしろのしょうめんだぁれ。うしろのしょうめんだぁれ」
人口に膾炙する些細なおまじない。
手法はよくあるこっくりさん。
ただし的中率は桁外れ。
それはまたたく間に、オカルトの匂いに一番敏感な層――つまり、思春期の少女たち――に響き渡った。
「今度のテストは?」
「鍵を落としてしまった」
そんな些末なことであっても、異常なほどに的確にもたらされる答え。
夢中になった少女たちはみな思う。
こんなの、夢中にならないほうが、どうかしている。
だから、そこに何か奇妙な偏りがあっても、気が付かない。
●
「明日の小テストの範囲はどこ?」
『その場で回れば教えてあげる』
「……なにこれ。まあいいや――これでいいのかな」
『基礎が2問一昨日のプリントから3問』
「あっ、この問題、うしろのしょうじょ様が教えてくれた通りだ!」
「鍵と財布、どこに落としたんだろ」
『トイレの水で顔を洗え』
「……気持ち悪い……けど、従ったらトイレの隅に落ちてたのを見つけたわ……」
「あのひとは誰が好き?」
『それは彼女でお前じゃない』
「あのひとに好かれるにはどうしたら?」
『彼女がいる限りお前は彼に好かれない』
「……あの人に振り向いてもらうにはどうすればいいの?」
『彼女がいる限りお前が振り向いてもらうことはできない』
「…………どうしたら振り向いてもらえるの?」
『お前には無理だどうしてもというならその女を殺して死ね』
『来世ならその男と一緒になれるかもしれない』
『今のお前にはそんな価値はない』
『あの女を殺せばお前にもその程度の価値があったことになる』
『ひとの一人も殺せないような女が』
『それ以外になにかできると思っているのか』
『テストさえ自力で解けない馬鹿な女が』
『落とした財布も自分で見つけられないような無能な女が』
『死んでしまえ』
●
ひどく疲れた顔をした夢見は、目を覚まそうとするかのような仕草で小さく頭を振ってから部屋を見回した。
ある高校に通う少女たちが、同じ学校の生徒たちを殺そうとする夢を見たのだという。
もちろん、夢見の見た夢である以上、それは意味のある夢だ。
だが。
夢見は重たげに口を開く。
その少女の顔が、どうしてもわからなかったのだ、と。
夢の中で見た少女たちの顔は、すべて羊に見えたのだという。
白い羊の群れの中、3人の赤い羊が凶行を起こし、最後には窓から身を投げた。
他の情報から、場所や時間などを特定することはできたけれど、誰なのかはどうしてもわからなかったのだ、と。情報の少なさを詫びる夢見を責めても意味はなく、しかし、これ以上の調査、報告を待つ時間はもうない。
現地で直接、赤い羊たちを探すしかないだろう。
それが君たちの、今回の仕事だ。
「うしろのしょうめんだぁれ。うしろのしょうめんだぁれ」
人口に膾炙する些細なおまじない。
手法はよくあるこっくりさん。
ただし的中率は桁外れ。
それはまたたく間に、オカルトの匂いに一番敏感な層――つまり、思春期の少女たち――に響き渡った。
「今度のテストは?」
「鍵を落としてしまった」
そんな些末なことであっても、異常なほどに的確にもたらされる答え。
夢中になった少女たちはみな思う。
こんなの、夢中にならないほうが、どうかしている。
だから、そこに何か奇妙な偏りがあっても、気が付かない。
●
「明日の小テストの範囲はどこ?」
『その場で回れば教えてあげる』
「……なにこれ。まあいいや――これでいいのかな」
『基礎が2問一昨日のプリントから3問』
「あっ、この問題、うしろのしょうじょ様が教えてくれた通りだ!」
「鍵と財布、どこに落としたんだろ」
『トイレの水で顔を洗え』
「……気持ち悪い……けど、従ったらトイレの隅に落ちてたのを見つけたわ……」
「あのひとは誰が好き?」
『それは彼女でお前じゃない』
「あのひとに好かれるにはどうしたら?」
『彼女がいる限りお前は彼に好かれない』
「……あの人に振り向いてもらうにはどうすればいいの?」
『彼女がいる限りお前が振り向いてもらうことはできない』
「…………どうしたら振り向いてもらえるの?」
『お前には無理だどうしてもというならその女を殺して死ね』
『来世ならその男と一緒になれるかもしれない』
『今のお前にはそんな価値はない』
『あの女を殺せばお前にもその程度の価値があったことになる』
『ひとの一人も殺せないような女が』
『それ以外になにかできると思っているのか』
『テストさえ自力で解けない馬鹿な女が』
『落とした財布も自分で見つけられないような無能な女が』
『死んでしまえ』
●
ひどく疲れた顔をした夢見は、目を覚まそうとするかのような仕草で小さく頭を振ってから部屋を見回した。
ある高校に通う少女たちが、同じ学校の生徒たちを殺そうとする夢を見たのだという。
もちろん、夢見の見た夢である以上、それは意味のある夢だ。
だが。
夢見は重たげに口を開く。
その少女の顔が、どうしてもわからなかったのだ、と。
夢の中で見た少女たちの顔は、すべて羊に見えたのだという。
白い羊の群れの中、3人の赤い羊が凶行を起こし、最後には窓から身を投げた。
他の情報から、場所や時間などを特定することはできたけれど、誰なのかはどうしてもわからなかったのだ、と。情報の少なさを詫びる夢見を責めても意味はなく、しかし、これ以上の調査、報告を待つ時間はもうない。
現地で直接、赤い羊たちを探すしかないだろう。
それが君たちの、今回の仕事だ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.死者を出さない
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
文字数との戦いに敗北したももんがです。シリアス。
●場所
とある高校だということがわかっています。
校舎は中央に渡り廊下があるようで、地図上で見ると『工』の形に配置されています。
東側に体育館があります。
なお、入校許可を得ることはできましたが、校内を歩くにふさわしい服装、または扮装をしてください。ふさわしい服装の心当たりがない場合、スーツか清掃業者の服であればすぐ用意できますが、その他特殊な服であればその分調達に時間を要します。
●時刻
夢見は、窓の向こうに日没が見えたと言っていました。
日没の30分前には到着することができます。
時間的に、授業は終わっているようです。
●最低限、校内に残っていると思われる人数
※この日、部活をするために残ると学校に申告している人数です。
自習等で校内にいる人数はもっと多いだろうと考えられます。
・野球部20人
・サッカー部20人
・バレー部20人
・吹奏楽部30人
・演劇部10人
●赤い羊
3人います。
間違いなく女子で、制服を着ていました。
放置しておくと、日没と同時に凶行を開始し、最後には自死します。
少しでも多くの人数を自殺の道連れにしようとしていると考えられます。
彼女たちは普通の人間ですが、取り押さえようとすれば何らかの抵抗を行うでしょう。
また、3人がともに行動している保証はありません。
●余計な話をひとつ。
人を洗脳する一番簡単な手法を知っているだろうか。
否定だ。
ただの否定ではなく、命令に従わせながら行われる、人格の否定。
その手法を利用して見知らぬ人を自殺させるゲームが以前、各国のSNSで流行した。
――覚者たちのいる世界ではなく、現実世界、これを読んでいるあなたの世界で。
7月5日OP一部修正
(誤)同級生の少女たち
(正)同じ学校の生徒たち
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年07月23日
2018年07月23日
■メイン参加者 6人■

●
聞き慣れたチャイムの音が鼓膜を揺らすのが嫌いだ。
時間を管理し監視し制御されているような息苦しさが鬱陶しい。
他愛ない与太話に興じるざわついた声が嫌いだ。
何の悩みもないような、中身のない会話。馬鹿みたい。
「部活めんどいー」
「そうだよねー」
「サボって帰っちゃおうかなあ」
「いーんじゃない? てきとーに理由つけてさぁ」
それに混ざって馬鹿のフリをする自分が、一番キライ。
だから、流行ってるらしい占いも、そこまで本気になったつもりはなかった。
適当な相づちを打ちながら、太ももに目を落とす。
スカートに隠れている下には、きつく巻いた包帯がある。
うしろのしょうじょ様に命じられて切った跡だ。この傷の代わりに、10円玉は答えをくれた。わたしの人生に意味があるとしたら、カバンの中に隠した包丁なのだ。この人生とかいう馬鹿馬鹿しい茶番の最後に、世界に衝撃を与えるんだ。
夏の始まりの空は明るく、陽はまだ高いところにある。
約束の時間は日没。
早く人が減らないかな。
騒ぎ立てられるようなのも悪くないけど、大量殺戮なら効率よくいかないと。
そうでもしないと、わたしの価値は証明できない。
わたしのことを誰も見なかった世界に、わたしがいたって刻みつけてやる。
――それが。
そんな些細なことは、誰しも多少なりとも持つ自己顕示欲と承認欲求の発露でしかないのだと、赤い羊たちはまだ知らない。
●
急ぐ必要があった。
この地域で使える通信機器や細かい見取り図などを確認したり用意するような時間はなく、これから校内を捜索する必要があることを考えれば、校長室の前に飾ってあった校内図を簡単にメモするのが精一杯だ。
その図を見る限り、校舎の配置は事前に聞いていたとおりの『工』型、つまり北棟と南棟が東西に長く横たわっている形なのは間違いない。
「ところで、放送室はどこに?」
使えるものなら使いたいと問いかけた覚者に、この学校の教頭だという中年男は露骨に顔をしかめながらも、図の一箇所を指し示す。
「放送室ならこの場所だが……機材を勝手に使わんでくれよ。
そうでなくても、突然部外者に校内を自由に見て回らせるとか……」
ぶつくさと言う教頭に、覚者たちは顔を見合わせる。
確かに、「校内を歩くのであれば」とジャージやスーツ等の着用を要求してきたときから
そういう予感はなくもなかったが――この学校は、協力的な姿勢とは言い難い。
だからといって引き返すわけにも行くまい。やることは変わらない。
とにかく、覚者たちは各自、事前の打ち合わせどおりに分かれて捜索を開始した。大まかに3班、学校の北棟にふたり、南棟にふたり、そして外をふたり。
――夢見の話では、赤い羊たちは制服を着ていた、という。
「男子と制服以外の子は除外してもいいかな?」
ということは、と。校舎の外に向いながら小首をかしげた野武 七雅(CL2001141)がつぶやく。凶行を起こそうとしているのであれば、他の生徒とは違う雰囲気でも纏っているかもしれない。だが、100人全員を確認して回るのであれば時間などいくらあっても足らない。
しかし、夢見の情報に間違いないのであれば、候補はだいぶ絞られてくる。
占いもおまじないも女の子の憧れだと、七雅は思う。だが、憧れは憧れだ。
「……人の死に繋がるようなのは怖いの」
Tシャツの上からジャージを羽織った『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は七雅の言葉に頷くと、髪をゴムで結わえて翼を広げる。
「こっくりさん、は、やり過ぎると取り憑かれると昔から言われてた気がしますけれど……。
何にせよ、この30分で何としてでも悲劇を止めないといけませんね」
羽ばたく。グラウンドの上空から見下ろすと、部活中と思しき姿は多数見えるが、その中に制服姿の者は数えるほどしかいない。遠目には異変など見当たらないが、近くに寄ってみればまた違うかもしれない。
だが。
「誰だよ、あれ……」
「知らない顔だけど」
「何のつもりだ?」
「おい! 何やってんだよ!」
幾人かの生徒たちのいぶかしがる声と、怒声。
見れば、揃いのユニフォームを着た生徒が澄香を指差し怒鳴っている。一人や二人ではない。――野球部が残っていたのは、事前にわかっていたことだ。練習中に空を飛ばれては、確かに邪魔もいいところだろう。
急いで地面に足をつけるも、注目を集めるには、少し、十分すぎた。
怪訝そうな顔で澄香を見る生徒たちの様子に、しかし一連の様子を見ていた七雅は、わずかなひっかかりを感じ取った。
「あの子……なんだか、違うの」
まばらにしかいない制服姿の中で、さらにわずかな女子生徒のうちの、ひとりだけ。
澱んだ目をした少女がいたのだ。
ぎちぎちと爪を噛み、恨みがましい目を澄香へと向けたその少女は、すぐに体育館の裏へと姿を消した。
●
死ななきゃ。
死ぬのは怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
一人じゃなかったら、怖くないかもしれない。
お願い。
一緒に死んで。
私といっしょに死んで。
死のう?
死ぬよね?
死なないなら殺す。
ひとりで死ぬのは怖いから。
だから一緒に死のう?
みんなでいっしょに死のう?
そうしたらきっと怖くないから。
指先を噛む。昨日剥がした爪のことを思い出した。
死ぬのって、あれより痛くないんだろうな。
●
南棟には、教室が多く配置されている。
3階建ての校舎の中で1年は3階、2年は2階。当然、3年は1階だ。わかりやすい構造だが、対象が何年生なのかもわからない以上――しかも放課後で、クラス分けに意味がない状態であればその配置を理解したところで覚者にあまり意味はない。
一階の西側から探っていくことにした『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、その隣を歩く教頭に声をかける。
「犠牲が出ないよう、日没までに絶対に阻止するよ!」
真剣な顔をした教頭は奏空に頷くと、少女の声で囁いた。
「はい。女生徒さんたちの思考の呪縛を解いて、心を楽にして差し上げたいですね……」
――その教頭は、『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)が変装した姿だ。
ろくろく準備をする時間がなかった中でも教頭になりすます事ができたのは、高度な変装技術の持ち主であるたまきだからこそだ。奏空は指を一つ立てた。
「探偵の心得その一! 目で心情を読み取る!
精神が不安定な人は落ち着きがなく目を合わせようとしない……ん、だけど」
こればかりは、そもそも目を合わせようとしない生徒が多かった。さっき少し会話しただけでも愚痴っぽさが伝わる教頭だ、関わると面倒だと思われたのだろう。だがそのおかげで、知らない顔の奏空がいるにもかかわらず生徒たちの大半はそそくさと頭を下げてすれ違っていく。生徒の人数が多く、感情探査の精度は大幅に下がっていたがこれで随分とはかどった。
――死んでやる。殺してやる。
追い詰められた感情そのものはすぐに見つかった。1階の時点では漠然と『上』くらいしかわからなかったのが、西から東へとあるき回り、さらに2階に上がれば方角も大まかに把握できてきた。
同時に、ある確信も得た。
「たまきちゃん」
教頭姿の彼女へと、小さく声を掛ける。
声をかけられた意味を理解し、たまきは少しだけ顔をしかめる。
二人揃って顔を向けた先は、3階の西の端。言葉の意味をなさない音を、何人かが熱心に大声で唱和している。おそらくは、演劇部。
奏空は指を再び立てる。少し考え、今度は3本の指を。
「探偵の心得その二、は今は置いといて――その三! 連絡大事!」
●
外が騒がしい。うるさい。集中できない。
イライラして髪を引っ掻き回すと、髪の間に埋もれたかさぶたが剥がれた。
「うわっ、なんか血が出てるよ?」
「……爪、尖ってたみたい」
あたしが自分で切ったんだから血が出て当たり前でしょ、知ってることをわざわざ教えてくれてありがとう、うざったい。
ずきずきした痛みの代わりにあたしが教わったのは、あたしが誰からも好かれてないってことだ。サヨウナラ片思い。こんにちわカッターナイフ。
あの人は最初に殺してあげよう。優しいあの人は、大好きな彼女の死に顔は見たくないだろうから。天国が似合う人を似合う場所へと送り届けよう。彼女は、次に殺してあげよう。あなたに罪はないの。天国が待ってるよ。死んでもあの人と一緒にいられるんだろうから、羨ましいよね。
あたしは地獄行きだ。
何も手に入らないのなら、全部自分から手放してやる。
●
「私外国人デスカラ目立ちマスシ、生徒のフリは直ぐバレちゃいマスネ」
そう言いながら、借り物のスーツに身を包んだ『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は胸元の生地にカード大の名札を留めた。そこには教育実習生、と書かれている。30分だけ誤魔化す分には、これでじゅうぶんだろう。
北棟は、美術室やら実験室やらの、実技が必要となる科目の為の教室がまとめられていた。時折、上の方からブオー、と、楽器の音が響く。吹奏楽部だろう。科学室、と書かれたプレートを掲げた部屋を覗き込めば、男子生徒が3人、慌てた様子で菓子の袋を机の影に隠した。こうしてただ見て回る分には、普通の、本当に普通の高校の様子にしか見えない。
だからこそ、赤い羊たちが気にかかった。
「ウーン……何というか……アレです。そう! 陰湿デスネ!
こう言うギスギスしたチクチク刺す様なモノ、私苦手デスネ!
と言うか呪いとかお化けとかやめて下さいネ!」
科学部顧問ではないとわかって胸をなでおろした様子の生徒たちに軽く手を振って科学室を離れ、リーネは片手の拳を腰に当てた。怒っているのか怖がっているのか、ほとんど後者なのが透けて見える。
赤い羊。レッドラム。
それを殺人者の置き換えとして一躍有名にしたのは昔のホラー映画だ。
映画のことを思い返してしまえば、ふいにそこらの扉を破り、手斧が突き出してくるんじゃないか、なんて気にさえなってしまう。誰かを殺そうという悪意がこの学校の何処かにあるのだということに、リーネは少し、ぞくりとする。
「リーネさん?」
すぐ隣からかけられた声に、少しうつろになっていたリーネの表情に生気が戻る。パッと見は制服に見える服装をした『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019)が見上げていた。
「あ、……ちょっと胸とかお尻がキツイかもデス……う、運動シナイト」
そう言って、リーネは服の胸元をつまみ上げた。ボタンの糸が悲鳴をあげている。だが、それが『死の気配』への些細な、しかし過剰な反応を誤魔化すものだと赤貴は気づいている。だから、あえて。思ったことを口にした。
「占いなんてものは、当たらないくらいで丁度いいと思うんだがな。
その場で回れとか、トイレの水とか、いじめと言われる私刑のそれじゃないか。
……妖が人を利用といっても、あまりに人間臭いな……」
赤貴のそれは、事件の焦点を確認するだけの言葉に過ぎない。
だが。リーネは目を閉じた。
その言葉には、人が人を殺そうとするのが主眼ではないのだと、まだそれは止めることができるのだという意味を、確かに含んでいた。
「す、少しの間デスケド……ま、迷わない様に……手、繋ぎマママママス……?」
リーネは決意とともに目蓋を開き、赤貴に声をかけた。が。
「……ふむ、なるほど。
リーネさん。最近、吹奏楽部で一部の生徒の様子がピリピリしているそうだ」
少し離れたところから声がする。見れば、先程の科学室から赤貴が戻ってきたところだった。いつの間にか、話を聞きに戻っていたのだ。赤貴は赤貴でリーネを気遣い、積極的に調査をしていた。
「あまりテンプレで判断していいものでもないが……なんせ多数の人命がかかっている。
吹奏楽部は3階の東、音楽室で活動しているそうだ。見てみる必要がありそうだな」
「あ。そうデスネ……」
●
体育館の裏に立っていた少女は、澄香たちに呼び止められると、にこり、と仮面のような笑顔を浮かべた。
「どうかしました?」
「うしろのしょうじょさまのお告げで……」
七雅は、意味ありげに言葉を途切れさせて、相手の反応を見た。至って普通の少女に見えるが、その指先は不自然に赤い。不意に、その指先がぐっとこわばったかと思うと、ぽたり、赤いしずくが滴り落ちた。
爪がない。
反応が薄いとみて、澄香は少女へと穏やかに声をかける。
「……放送室で先生が呼んでるから、一緒に行ってくれない?」
「放送室?」
首を傾げた少女は、そう繰り返してから、首を傾げた。まるで、そういうときには首を傾げるものだと思い出したかのような動きで。
「ねえ。先生が私を呼んでたなら、あなたたち、私の名前、知ってるよね?」
――わかるはずもない。口ごもるのを見た少女は、張り付いた笑顔を落としてうつろな目を覚者へと向ける。少女が抵抗しようとしているのかと考え、澄香と七雅は思わず警戒したが、少女はそのまま諦めたように両手を体の横でだらんと下げた。
「……なんてね。嘘よ、嘘。
一人で死ぬのは怖かった。誰かが止めに来てくれるの、待ってた。
――さっきあなたが飛んでるのを見たわ。いいわね、あなたは選ばれた人で。そういう人たちって、予知能力とか持ってるんでしょ?」
すべて見透かされたと思い込んだのか、少女は一息に喋り続ける。
その言葉には勘違いなども多く含まれていたが――訂正をすることに、今は意味などなかった。なぜなら少女は、こう続けたからだ。
「予知能力を持つ人が止めに来たってことは、さ。
――誰も来なかったら、私は人を殺せたってことよね」
ああ、よかった。私にもできることがあったんだ。
少女がそう呟いたのを、澄香と七雅は確かに耳にした。
●
『ひとり、確保したの!』
七雅は奏空に呼びかける。
だが、応えはすぐにない。
『奏空先輩?』
「――すぐ返せなくてごめんね! こっちもひとり、見つけたよ!」
奏空は送心したのと同じ言葉を口にした。演劇部を覗き込んだ時、奏空とたまきは人数の多さに対象を絞れず、軽いブラフとして、教頭姿のたまきを前に出し、財布を落としたものがいないか尋ねた。その途端、一人の女生徒が真っ青な顔をしてかばんを握りしめ、部室代わりにしていたらしい教室から飛び出したのだ。すれ違いざまに感じ取れた感情は、慄然、震駭、憂愁、殺意。間違いなく、彼女が赤い羊だ。
『聞こえるか? 吹奏楽部にひとりいた。今追っているところだ』
「じゃあ……これで、3人!」
猛烈な勢いで廊下を走る赤い羊。それを追って走る中で、赤貴からも連絡が届く。
北棟の音楽室では、誰が赤い羊なのかはなかなかわからなかった。だが、一人の女生徒が部屋を出ようとした時、その歩き方が不自然なのがリーネの目についたのだ。
普通に生活していたら気が付かない不自然さだが、争いの前線に立って負傷を追うことがある身には、馴染みさえある動き方に、思わず、「大丈夫デスカ?」と声をかけたのだ。「怪我をしてるんデショウ?」と。怪我? と怪訝そうに少女を覗き込もうとした他の吹奏楽部員を、赤い羊は赤貴に向けて突き飛ばした。押しのけるようなものではなく、それこそ害意が感じ取れるほどの力で。
「きゃああ!」
突然のことにそのまま床へ倒れ込みそうになった部員を、リーネがとっさに抱きとめる。
「赤貴君!」
「ああ」
短い受け答えを残し、赤貴は音楽室を飛び出した少女を追う。
残された何も知らない部員たちが困惑した顔でそれぞれの顔を見回す中、ひとり、抱きとめられた部員だけが、何か恐ろしいことが起きていることを理解した様子で、震えながらリーネを見上げた。
「大丈夫、絶対、守りマス……貴女も、他の生徒も、皆……!」
そう言って微笑むと、リーネもまた、赤貴の後に続く。
南北の校舎の端と端。廊下を逃げた赤い羊たちは、逃げ込んだ渡り廊下でお互いの顔を見つけ、逃げ場をなくした事に気が付いた。
せめて己だけはとばかり飛び降りようとするのも、高い手すりに阻まれて時間を要せば、覚者に追いつかれてそれさえもできず。
赤い羊たちは3人共、何の事件も起こせないまま、無事確保された。
●
「ねえ、聞いた? この間、どこかの高校で……」
「変な騒ぎがあったって話? また?」
「なんか、自分で自分の足を切ったりしてたらしいよ」
「怖っ。でもあたしには関係ないかな」
「そんなの、弱い子の話でしょ?」
「自殺するならひとりで死ねっての」
「でもさ、最近、変な話多いよね」
「そうそう、変な話って言えば、私この間、すごい変な占いの話聞いてさ」
「あ、わたしも聞いたことある」
「なんか怖いよね、その話」
「でも、ものすごく当たるんだって!」
「うしろのしょうめんだぁれ、って言うんだけどさ」
<了>
聞き慣れたチャイムの音が鼓膜を揺らすのが嫌いだ。
時間を管理し監視し制御されているような息苦しさが鬱陶しい。
他愛ない与太話に興じるざわついた声が嫌いだ。
何の悩みもないような、中身のない会話。馬鹿みたい。
「部活めんどいー」
「そうだよねー」
「サボって帰っちゃおうかなあ」
「いーんじゃない? てきとーに理由つけてさぁ」
それに混ざって馬鹿のフリをする自分が、一番キライ。
だから、流行ってるらしい占いも、そこまで本気になったつもりはなかった。
適当な相づちを打ちながら、太ももに目を落とす。
スカートに隠れている下には、きつく巻いた包帯がある。
うしろのしょうじょ様に命じられて切った跡だ。この傷の代わりに、10円玉は答えをくれた。わたしの人生に意味があるとしたら、カバンの中に隠した包丁なのだ。この人生とかいう馬鹿馬鹿しい茶番の最後に、世界に衝撃を与えるんだ。
夏の始まりの空は明るく、陽はまだ高いところにある。
約束の時間は日没。
早く人が減らないかな。
騒ぎ立てられるようなのも悪くないけど、大量殺戮なら効率よくいかないと。
そうでもしないと、わたしの価値は証明できない。
わたしのことを誰も見なかった世界に、わたしがいたって刻みつけてやる。
――それが。
そんな些細なことは、誰しも多少なりとも持つ自己顕示欲と承認欲求の発露でしかないのだと、赤い羊たちはまだ知らない。
●
急ぐ必要があった。
この地域で使える通信機器や細かい見取り図などを確認したり用意するような時間はなく、これから校内を捜索する必要があることを考えれば、校長室の前に飾ってあった校内図を簡単にメモするのが精一杯だ。
その図を見る限り、校舎の配置は事前に聞いていたとおりの『工』型、つまり北棟と南棟が東西に長く横たわっている形なのは間違いない。
「ところで、放送室はどこに?」
使えるものなら使いたいと問いかけた覚者に、この学校の教頭だという中年男は露骨に顔をしかめながらも、図の一箇所を指し示す。
「放送室ならこの場所だが……機材を勝手に使わんでくれよ。
そうでなくても、突然部外者に校内を自由に見て回らせるとか……」
ぶつくさと言う教頭に、覚者たちは顔を見合わせる。
確かに、「校内を歩くのであれば」とジャージやスーツ等の着用を要求してきたときから
そういう予感はなくもなかったが――この学校は、協力的な姿勢とは言い難い。
だからといって引き返すわけにも行くまい。やることは変わらない。
とにかく、覚者たちは各自、事前の打ち合わせどおりに分かれて捜索を開始した。大まかに3班、学校の北棟にふたり、南棟にふたり、そして外をふたり。
――夢見の話では、赤い羊たちは制服を着ていた、という。
「男子と制服以外の子は除外してもいいかな?」
ということは、と。校舎の外に向いながら小首をかしげた野武 七雅(CL2001141)がつぶやく。凶行を起こそうとしているのであれば、他の生徒とは違う雰囲気でも纏っているかもしれない。だが、100人全員を確認して回るのであれば時間などいくらあっても足らない。
しかし、夢見の情報に間違いないのであれば、候補はだいぶ絞られてくる。
占いもおまじないも女の子の憧れだと、七雅は思う。だが、憧れは憧れだ。
「……人の死に繋がるようなのは怖いの」
Tシャツの上からジャージを羽織った『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)は七雅の言葉に頷くと、髪をゴムで結わえて翼を広げる。
「こっくりさん、は、やり過ぎると取り憑かれると昔から言われてた気がしますけれど……。
何にせよ、この30分で何としてでも悲劇を止めないといけませんね」
羽ばたく。グラウンドの上空から見下ろすと、部活中と思しき姿は多数見えるが、その中に制服姿の者は数えるほどしかいない。遠目には異変など見当たらないが、近くに寄ってみればまた違うかもしれない。
だが。
「誰だよ、あれ……」
「知らない顔だけど」
「何のつもりだ?」
「おい! 何やってんだよ!」
幾人かの生徒たちのいぶかしがる声と、怒声。
見れば、揃いのユニフォームを着た生徒が澄香を指差し怒鳴っている。一人や二人ではない。――野球部が残っていたのは、事前にわかっていたことだ。練習中に空を飛ばれては、確かに邪魔もいいところだろう。
急いで地面に足をつけるも、注目を集めるには、少し、十分すぎた。
怪訝そうな顔で澄香を見る生徒たちの様子に、しかし一連の様子を見ていた七雅は、わずかなひっかかりを感じ取った。
「あの子……なんだか、違うの」
まばらにしかいない制服姿の中で、さらにわずかな女子生徒のうちの、ひとりだけ。
澱んだ目をした少女がいたのだ。
ぎちぎちと爪を噛み、恨みがましい目を澄香へと向けたその少女は、すぐに体育館の裏へと姿を消した。
●
死ななきゃ。
死ぬのは怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
一人じゃなかったら、怖くないかもしれない。
お願い。
一緒に死んで。
私といっしょに死んで。
死のう?
死ぬよね?
死なないなら殺す。
ひとりで死ぬのは怖いから。
だから一緒に死のう?
みんなでいっしょに死のう?
そうしたらきっと怖くないから。
指先を噛む。昨日剥がした爪のことを思い出した。
死ぬのって、あれより痛くないんだろうな。
●
南棟には、教室が多く配置されている。
3階建ての校舎の中で1年は3階、2年は2階。当然、3年は1階だ。わかりやすい構造だが、対象が何年生なのかもわからない以上――しかも放課後で、クラス分けに意味がない状態であればその配置を理解したところで覚者にあまり意味はない。
一階の西側から探っていくことにした『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、その隣を歩く教頭に声をかける。
「犠牲が出ないよう、日没までに絶対に阻止するよ!」
真剣な顔をした教頭は奏空に頷くと、少女の声で囁いた。
「はい。女生徒さんたちの思考の呪縛を解いて、心を楽にして差し上げたいですね……」
――その教頭は、『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)が変装した姿だ。
ろくろく準備をする時間がなかった中でも教頭になりすます事ができたのは、高度な変装技術の持ち主であるたまきだからこそだ。奏空は指を一つ立てた。
「探偵の心得その一! 目で心情を読み取る!
精神が不安定な人は落ち着きがなく目を合わせようとしない……ん、だけど」
こればかりは、そもそも目を合わせようとしない生徒が多かった。さっき少し会話しただけでも愚痴っぽさが伝わる教頭だ、関わると面倒だと思われたのだろう。だがそのおかげで、知らない顔の奏空がいるにもかかわらず生徒たちの大半はそそくさと頭を下げてすれ違っていく。生徒の人数が多く、感情探査の精度は大幅に下がっていたがこれで随分とはかどった。
――死んでやる。殺してやる。
追い詰められた感情そのものはすぐに見つかった。1階の時点では漠然と『上』くらいしかわからなかったのが、西から東へとあるき回り、さらに2階に上がれば方角も大まかに把握できてきた。
同時に、ある確信も得た。
「たまきちゃん」
教頭姿の彼女へと、小さく声を掛ける。
声をかけられた意味を理解し、たまきは少しだけ顔をしかめる。
二人揃って顔を向けた先は、3階の西の端。言葉の意味をなさない音を、何人かが熱心に大声で唱和している。おそらくは、演劇部。
奏空は指を再び立てる。少し考え、今度は3本の指を。
「探偵の心得その二、は今は置いといて――その三! 連絡大事!」
●
外が騒がしい。うるさい。集中できない。
イライラして髪を引っ掻き回すと、髪の間に埋もれたかさぶたが剥がれた。
「うわっ、なんか血が出てるよ?」
「……爪、尖ってたみたい」
あたしが自分で切ったんだから血が出て当たり前でしょ、知ってることをわざわざ教えてくれてありがとう、うざったい。
ずきずきした痛みの代わりにあたしが教わったのは、あたしが誰からも好かれてないってことだ。サヨウナラ片思い。こんにちわカッターナイフ。
あの人は最初に殺してあげよう。優しいあの人は、大好きな彼女の死に顔は見たくないだろうから。天国が似合う人を似合う場所へと送り届けよう。彼女は、次に殺してあげよう。あなたに罪はないの。天国が待ってるよ。死んでもあの人と一緒にいられるんだろうから、羨ましいよね。
あたしは地獄行きだ。
何も手に入らないのなら、全部自分から手放してやる。
●
「私外国人デスカラ目立ちマスシ、生徒のフリは直ぐバレちゃいマスネ」
そう言いながら、借り物のスーツに身を包んだ『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は胸元の生地にカード大の名札を留めた。そこには教育実習生、と書かれている。30分だけ誤魔化す分には、これでじゅうぶんだろう。
北棟は、美術室やら実験室やらの、実技が必要となる科目の為の教室がまとめられていた。時折、上の方からブオー、と、楽器の音が響く。吹奏楽部だろう。科学室、と書かれたプレートを掲げた部屋を覗き込めば、男子生徒が3人、慌てた様子で菓子の袋を机の影に隠した。こうしてただ見て回る分には、普通の、本当に普通の高校の様子にしか見えない。
だからこそ、赤い羊たちが気にかかった。
「ウーン……何というか……アレです。そう! 陰湿デスネ!
こう言うギスギスしたチクチク刺す様なモノ、私苦手デスネ!
と言うか呪いとかお化けとかやめて下さいネ!」
科学部顧問ではないとわかって胸をなでおろした様子の生徒たちに軽く手を振って科学室を離れ、リーネは片手の拳を腰に当てた。怒っているのか怖がっているのか、ほとんど後者なのが透けて見える。
赤い羊。レッドラム。
それを殺人者の置き換えとして一躍有名にしたのは昔のホラー映画だ。
映画のことを思い返してしまえば、ふいにそこらの扉を破り、手斧が突き出してくるんじゃないか、なんて気にさえなってしまう。誰かを殺そうという悪意がこの学校の何処かにあるのだということに、リーネは少し、ぞくりとする。
「リーネさん?」
すぐ隣からかけられた声に、少しうつろになっていたリーネの表情に生気が戻る。パッと見は制服に見える服装をした『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019)が見上げていた。
「あ、……ちょっと胸とかお尻がキツイかもデス……う、運動シナイト」
そう言って、リーネは服の胸元をつまみ上げた。ボタンの糸が悲鳴をあげている。だが、それが『死の気配』への些細な、しかし過剰な反応を誤魔化すものだと赤貴は気づいている。だから、あえて。思ったことを口にした。
「占いなんてものは、当たらないくらいで丁度いいと思うんだがな。
その場で回れとか、トイレの水とか、いじめと言われる私刑のそれじゃないか。
……妖が人を利用といっても、あまりに人間臭いな……」
赤貴のそれは、事件の焦点を確認するだけの言葉に過ぎない。
だが。リーネは目を閉じた。
その言葉には、人が人を殺そうとするのが主眼ではないのだと、まだそれは止めることができるのだという意味を、確かに含んでいた。
「す、少しの間デスケド……ま、迷わない様に……手、繋ぎマママママス……?」
リーネは決意とともに目蓋を開き、赤貴に声をかけた。が。
「……ふむ、なるほど。
リーネさん。最近、吹奏楽部で一部の生徒の様子がピリピリしているそうだ」
少し離れたところから声がする。見れば、先程の科学室から赤貴が戻ってきたところだった。いつの間にか、話を聞きに戻っていたのだ。赤貴は赤貴でリーネを気遣い、積極的に調査をしていた。
「あまりテンプレで判断していいものでもないが……なんせ多数の人命がかかっている。
吹奏楽部は3階の東、音楽室で活動しているそうだ。見てみる必要がありそうだな」
「あ。そうデスネ……」
●
体育館の裏に立っていた少女は、澄香たちに呼び止められると、にこり、と仮面のような笑顔を浮かべた。
「どうかしました?」
「うしろのしょうじょさまのお告げで……」
七雅は、意味ありげに言葉を途切れさせて、相手の反応を見た。至って普通の少女に見えるが、その指先は不自然に赤い。不意に、その指先がぐっとこわばったかと思うと、ぽたり、赤いしずくが滴り落ちた。
爪がない。
反応が薄いとみて、澄香は少女へと穏やかに声をかける。
「……放送室で先生が呼んでるから、一緒に行ってくれない?」
「放送室?」
首を傾げた少女は、そう繰り返してから、首を傾げた。まるで、そういうときには首を傾げるものだと思い出したかのような動きで。
「ねえ。先生が私を呼んでたなら、あなたたち、私の名前、知ってるよね?」
――わかるはずもない。口ごもるのを見た少女は、張り付いた笑顔を落としてうつろな目を覚者へと向ける。少女が抵抗しようとしているのかと考え、澄香と七雅は思わず警戒したが、少女はそのまま諦めたように両手を体の横でだらんと下げた。
「……なんてね。嘘よ、嘘。
一人で死ぬのは怖かった。誰かが止めに来てくれるの、待ってた。
――さっきあなたが飛んでるのを見たわ。いいわね、あなたは選ばれた人で。そういう人たちって、予知能力とか持ってるんでしょ?」
すべて見透かされたと思い込んだのか、少女は一息に喋り続ける。
その言葉には勘違いなども多く含まれていたが――訂正をすることに、今は意味などなかった。なぜなら少女は、こう続けたからだ。
「予知能力を持つ人が止めに来たってことは、さ。
――誰も来なかったら、私は人を殺せたってことよね」
ああ、よかった。私にもできることがあったんだ。
少女がそう呟いたのを、澄香と七雅は確かに耳にした。
●
『ひとり、確保したの!』
七雅は奏空に呼びかける。
だが、応えはすぐにない。
『奏空先輩?』
「――すぐ返せなくてごめんね! こっちもひとり、見つけたよ!」
奏空は送心したのと同じ言葉を口にした。演劇部を覗き込んだ時、奏空とたまきは人数の多さに対象を絞れず、軽いブラフとして、教頭姿のたまきを前に出し、財布を落としたものがいないか尋ねた。その途端、一人の女生徒が真っ青な顔をしてかばんを握りしめ、部室代わりにしていたらしい教室から飛び出したのだ。すれ違いざまに感じ取れた感情は、慄然、震駭、憂愁、殺意。間違いなく、彼女が赤い羊だ。
『聞こえるか? 吹奏楽部にひとりいた。今追っているところだ』
「じゃあ……これで、3人!」
猛烈な勢いで廊下を走る赤い羊。それを追って走る中で、赤貴からも連絡が届く。
北棟の音楽室では、誰が赤い羊なのかはなかなかわからなかった。だが、一人の女生徒が部屋を出ようとした時、その歩き方が不自然なのがリーネの目についたのだ。
普通に生活していたら気が付かない不自然さだが、争いの前線に立って負傷を追うことがある身には、馴染みさえある動き方に、思わず、「大丈夫デスカ?」と声をかけたのだ。「怪我をしてるんデショウ?」と。怪我? と怪訝そうに少女を覗き込もうとした他の吹奏楽部員を、赤い羊は赤貴に向けて突き飛ばした。押しのけるようなものではなく、それこそ害意が感じ取れるほどの力で。
「きゃああ!」
突然のことにそのまま床へ倒れ込みそうになった部員を、リーネがとっさに抱きとめる。
「赤貴君!」
「ああ」
短い受け答えを残し、赤貴は音楽室を飛び出した少女を追う。
残された何も知らない部員たちが困惑した顔でそれぞれの顔を見回す中、ひとり、抱きとめられた部員だけが、何か恐ろしいことが起きていることを理解した様子で、震えながらリーネを見上げた。
「大丈夫、絶対、守りマス……貴女も、他の生徒も、皆……!」
そう言って微笑むと、リーネもまた、赤貴の後に続く。
南北の校舎の端と端。廊下を逃げた赤い羊たちは、逃げ込んだ渡り廊下でお互いの顔を見つけ、逃げ場をなくした事に気が付いた。
せめて己だけはとばかり飛び降りようとするのも、高い手すりに阻まれて時間を要せば、覚者に追いつかれてそれさえもできず。
赤い羊たちは3人共、何の事件も起こせないまま、無事確保された。
●
「ねえ、聞いた? この間、どこかの高校で……」
「変な騒ぎがあったって話? また?」
「なんか、自分で自分の足を切ったりしてたらしいよ」
「怖っ。でもあたしには関係ないかな」
「そんなの、弱い子の話でしょ?」
「自殺するならひとりで死ねっての」
「でもさ、最近、変な話多いよね」
「そうそう、変な話って言えば、私この間、すごい変な占いの話聞いてさ」
「あ、わたしも聞いたことある」
「なんか怖いよね、その話」
「でも、ものすごく当たるんだって!」
「うしろのしょうめんだぁれ、って言うんだけどさ」
<了>
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
