《島根動乱》こそこそと火事場泥棒 そして猫
●岸優子
岸優子は隔者である。
いきなり翼が生えてそれが原因で友人と疎遠になり、学校もドロップアウトしてぶらぶらと生きている。どこかの組織に入るわけでもなく、かといって他者を虐げるでもなく。因子発現して得た力を持て余すように、ぶらぶらと生きていた。
そんな彼女が何故隔者であるかというと――
「んー。あまり大したものはないかー」
空き家で家具をひっくり返して物色しながら、岸はため息をついていた。
ここは島根県某所の家の中。
現在島根県は大量の妖の襲撃を受け、多くの人は避難所で生活をしている。なのでこういった空き家は多く、そこに金目のものはないかと岸は空き巣に入っているのだ。簡単に言えば、火事場泥棒だ。
「あー、マジ卍ー。折角覚者のふりして島根に入ったのに。激疲れたわー」
言って床に座り込む岸。自動販売機で買ったペットボトルに口をつけ、ジュースを飲み干す。財布の中は後六百円ほど。今日のご飯はどうしようか、と頭を悩ませていると、
「にゃー」
窓の外を猫が通りかかった。それに向かって手を振る岸。逃げないのを見て、近づこうとする。人慣れしているのか、猫は逃げる様子はない。そのまま撫でようと手を伸ばし――
猫の後ろから迫っている妖を見つけた。サイクリング用自転車に日本刀がついた妖。目の代わりなのだろうライトが、チカチカと点灯している。言葉はわからないが、それが猫を襲おうとしていることは分かった。
「鬼ヤバッ!?」
岸は猫をひったくって抱きかかえ、必死に走り出す。それを追うように妖が動き出した。抱えられた猫は騎士の手から逃れようと爪を立てて暴れ出す。
「痛い痛い痛い! 引っ掻くなっつーの、置いてくよ! あーもう、今日は超ツイテないじゃん! あーし、悪いことした!?」
――火事場泥棒は立派に悪いことだが。
そうツッコむ者もなく、隔者と妖の追いかけっこが始まった。
●FiVE
「とまあ、そういう流れだ」
久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者に、夢で見た事件を説明した。
「この子、FiVEの島根進行に紛れるような形で島根県に入ったみたいなんだ。で、そのまま空き巣したりしながら生活? まあその日ぐらしをしていたんだと」
「よく妖に見つからなかったな」
「守護空間とか警報空間を駆使していたみたいだ。要所要所でそう言った技能を使い分けて、戦いを回避してたようだ」
戦闘力はないが、悪知恵は働く。そんな隔者のようだ。
「で、猫を助けようとして妖に追いかけられていると」
「そんな所だ。ともあれ妖は放置できない。逮捕っていうか保護ついでに言いたいことがあるなら言ってみてもいいんじゃないか?」
相馬の言葉に微妙な顔を浮かべる覚者達。倒さなければならない悪人ではないが、このまま火事場泥棒を続けられるのはよろしくない。
相馬に見送られながら、覚者達は現場に向かった。
岸優子は隔者である。
いきなり翼が生えてそれが原因で友人と疎遠になり、学校もドロップアウトしてぶらぶらと生きている。どこかの組織に入るわけでもなく、かといって他者を虐げるでもなく。因子発現して得た力を持て余すように、ぶらぶらと生きていた。
そんな彼女が何故隔者であるかというと――
「んー。あまり大したものはないかー」
空き家で家具をひっくり返して物色しながら、岸はため息をついていた。
ここは島根県某所の家の中。
現在島根県は大量の妖の襲撃を受け、多くの人は避難所で生活をしている。なのでこういった空き家は多く、そこに金目のものはないかと岸は空き巣に入っているのだ。簡単に言えば、火事場泥棒だ。
「あー、マジ卍ー。折角覚者のふりして島根に入ったのに。激疲れたわー」
言って床に座り込む岸。自動販売機で買ったペットボトルに口をつけ、ジュースを飲み干す。財布の中は後六百円ほど。今日のご飯はどうしようか、と頭を悩ませていると、
「にゃー」
窓の外を猫が通りかかった。それに向かって手を振る岸。逃げないのを見て、近づこうとする。人慣れしているのか、猫は逃げる様子はない。そのまま撫でようと手を伸ばし――
猫の後ろから迫っている妖を見つけた。サイクリング用自転車に日本刀がついた妖。目の代わりなのだろうライトが、チカチカと点灯している。言葉はわからないが、それが猫を襲おうとしていることは分かった。
「鬼ヤバッ!?」
岸は猫をひったくって抱きかかえ、必死に走り出す。それを追うように妖が動き出した。抱えられた猫は騎士の手から逃れようと爪を立てて暴れ出す。
「痛い痛い痛い! 引っ掻くなっつーの、置いてくよ! あーもう、今日は超ツイテないじゃん! あーし、悪いことした!?」
――火事場泥棒は立派に悪いことだが。
そうツッコむ者もなく、隔者と妖の追いかけっこが始まった。
●FiVE
「とまあ、そういう流れだ」
久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者に、夢で見た事件を説明した。
「この子、FiVEの島根進行に紛れるような形で島根県に入ったみたいなんだ。で、そのまま空き巣したりしながら生活? まあその日ぐらしをしていたんだと」
「よく妖に見つからなかったな」
「守護空間とか警報空間を駆使していたみたいだ。要所要所でそう言った技能を使い分けて、戦いを回避してたようだ」
戦闘力はないが、悪知恵は働く。そんな隔者のようだ。
「で、猫を助けようとして妖に追いかけられていると」
「そんな所だ。ともあれ妖は放置できない。逮捕っていうか保護ついでに言いたいことがあるなら言ってみてもいいんじゃないか?」
相馬の言葉に微妙な顔を浮かべる覚者達。倒さなければならない悪人ではないが、このまま火事場泥棒を続けられるのはよろしくない。
相馬に見送られながら、覚者達は現場に向かった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
島根動乱、箸休め。
●敵情報
・人斬サイクリング(×3 参加人数が4名以下なら「×2」)
物質系妖。ランク2。サイクリング用自転車の妖化。牛の角のように、日本刀が二本、自転車の先端についています。
攻撃方法
ぶっ刺し 物近貫2 勢い良く突っ込んで、突き刺してきます。(100%、50%)
角射出 物遠単 日本刀を飛ばし、遠くの敵を打ちます。日本刀はすぐに生えてきます。
金属音 特遠列 不快な音を出して、精神を苛みます。【二連】
●NPC
岸優子
火の翼人。十七才女性。褐色の肌と着崩した学生服。そんな家出娘です。身元を追うことは容易です。猫を抱え、その猫に引っかかれながら必死に逃げています。
覚者に捕まればよろしくないことは解りますので、隙あらば逃げようとします。戦闘力は皆無なので、そういうの技能があればあっさり拘束できます。
彼女の生死などは成功条件に含みません。
●場所情報
島根県某所の道路。時刻は昼。広さや足場は戦闘に支障がないものとします。
戦闘開始時、敵前衛に『岸(×1)』、敵中衛に『人斬サイクリング(×3 もしくは2)』がいます。
事前付与は一度だけ可能とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2018年06月22日
2018年06月22日
■メイン参加者 4人■

●
猫を抱えて走る隔者。その後ろから追う自転車の妖。
それを鳥の守護使役を飛ばして目視しながら覚者達は走る。夢見が予測した合流地点まであと数十秒。
「やっぱり今だ発現による差別によって辛い環境に置かれる人がいるんだね……」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は隔者の経緯を思い出しながらため息を吐く。理由も意味もなく発現し、その力により距離を置かれる。FiVEの活躍で覚者に対する偏見は減ってきたとはいえ、皆無とは言えないのが事実だ。
恐れられる周囲に落胆を感じ、自分から距離を取った隔者。そんな彼女が選んだのはどこかの組織に入るでもなく、力で誰かを虐げる事でもなく、その日その日をどうにか過ごしていくことだった。その為の火事場泥棒なのだが、
「それでも、火事場泥棒はよくないよね」
「避けられて自棄になって、こんなことする気持ちは……分からなくはない、かな……」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は自分自身の経験と隔者を重ねていた。殴られたり罵倒されたわけではない。力を恐れての沈黙と、発現して変化した肉体からくる心理的な距離感。それは味わったものしかわからない。
例えば見た目が完全に人でなくなったのなら諦めもついただろう。だが同じ『人間』だからこそ差別が生まれるのだ。手を取れそうだと思っていても、やはり恐れられる。なまじ希望がある分、拒絶された時の絶望が深い。
「根っからの悪人じゃないけど……叱らなくちゃ、ね」
「ノラ猫ちゃんに優しい人に悪い人はいないと思うのだ!」
元気よく『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)が声をあげる。引っ掻かれながらも猫を離さず妖から守ろうとする。そんな人が悪い子なはずがない。奈南はそういって『良い子』を妖から守るために戦場に走る。
人間生きていれば大なり小なり悪事は行う。横断歩道の黄色信号を走って渡るのようなこともそうだし、『未来予知を基準とした隔者や憤怒者の逮捕』も実は法的に危うい。完全に正しい人なんていないのだ。そういう意味では奈南の『優しい人』判断も間違ってない。
「だから助けるよぉ!」
「そうですね。猫を助ける優しい子を見捨てるわけにはいきません」
奈南の言葉に頷く『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)。夢見の話を聞く限り、妖に狙われたのは猫で、隔者本人ではない。なのにあえて危険を冒して猫を助けるあたり、悪人ではないのだろう。火事場泥棒はさておき。
それに、と妖の姿を思い出す。刀を宿した自転車。戦蘭丸と呼ばれる妖が率いている島根を支配する妖の群れ。それらを駆除していかなくては、島根の解放は終わらない。ここでランク2を数体倒しておくことに、異存はない。
「行きましょう。角を曲がれば夢見が予知した場所です」
覚者達は頷き、現場に足を踏み入れる。視界に入ってくる隔者と猫、そして妖。猫を抱えて走る隔者と、それを追う妖。それを背後から見る形となった。
覚者達は守護使役から神具を受け取り、戦闘態勢に入る。
●
「さぁ、チャリ! お前らの相手は俺達だ!」
神具を構えて奏空が疾駆する。妖と隔者の間に割って入るようにして、道を塞ぐように腕を広げた。FiVEの依頼的に隔者自体の保護は求められてはいない。だがここでこうすることが奏空の、そしてFiVEの覚者として正しいことだと信じていた。
抜刀と同時に刃が翻り、剣閃が走る。その速度はまさに雷光の如く。妖についている刀を弾くと同時に自転車のフレームに傷をつけた。牽制と同時に攻撃。圧倒的な速度こそが奏空の持ち味。最速で最適な一手を穿つ一番槍。
「えっと、岸優子さんだね。助けに来たよ」
「え、マジ? たすかりみー」
「それとお説教も後で受けて貰うからちょっとだけ後ろの方でじっとしててね!」
「あ。あーし違うんで。人違いマジ勘弁」
「今のうちにここから離れますよ。私が護衛しますから」
翼で空を飛んで澄香が隔者の元にたどり着く。そのまま彼女の手を取って戦場から離れるように促した。一瞬抵抗するそぶりがあったが、この場に居たら危険なのは承知している。渋々と言った感じで引かれるままに移動した。
「ここまで来ればひとまず大丈夫だと思います。私は戦闘に戻らないとなんですけれど」
(妖に三人向かってるし、一人だけなら何とか逃げれるっしょ。隙を見て――)
「その前に、ごめんなさい。貴女を拘束させて貰いますね」
「は? ちょ、なにこれ!? ヤバみ!?」
笑顔で隔者を拘束する澄香。そのまま妖から見えない位置に隠して、戦場に戻る。既に陣形を展開している覚者の傷を癒すべく、源素を集中する澄香。天から降り注ぐ木漏れ日の光が、覚者達を癒していく。
「戻りました。回復は任せてください」
「じゃあ……アタシは、攻撃に、移る……ね」
澄香が戦場から放てている間、回復役を担っていたミュエルが攻勢に転じる。術式の攻防に秀でるミュエルと、この妖の相性はよろしくない。日本刀の攻撃に体を刻まれ疲弊するが、まだ負けられないと妖を睨む。
『胡蝶菫のパレード』を手にして、祈るように胸に当てる。インクの香りが鼻腔をくすぐり、ミュエルの精神をリラックスに導く。心穏やかになった精神で術式を練り上げ、源素を展開させた。特殊な植物の香が妖達を毒に見舞う。
「ここで、終わらせる……。あのコの元には、行かせない、から」
「ちょ! これねばねばするっし! はずれないっし!」
通りの向こう側から聞こえてくる隔者の声。わざわざ妖の視界から外しているのに、自分の居場所を教えるほどの大声である。
「……隠してる、意味……ないかも……」
「元気なのはいいことだよ!」
笑顔で奈南が答える。どういう形であれ、元気がいいのはいいことだ。妖だってここを通さなければいいだけの話。問題ない、と奈南は微笑む。『ホッケースティック改造くん』を手に妖に立ち向かう姿は、勇ましいと同時に可愛らしい。
五行の力を活性化させ、神具に宿らせる。精霊顕現の基礎の技。それを使い続け、一歩先を行く技法。源素の力を強く練り上げて圧縮し、一点に集中させて穿つ一撃。元々の奈南が持つ力と加わって放たれた一撃が、妖を打ち据えた。
「ナナンの一撃は当たったらすごく痛いんだからぁ!」
妖を強打する音が響く。言葉を発さぬ妖だが、その一撃によろめいたのは確かだ。だが妖の動きは止まらない。むしろ攻撃を受けて怒ったが如く、覚者を攻め立てる。鋭い日本刀が自転車の軌道力と加わり、縦横無尽に振るわれた。
普通の人間なら、そこで力尽きていただろう。並の覚者なら、その猛攻に膝をついていただろう。
だが知るがいい妖よ。ここに立つのはFiVEの覚者。数多の闘いを超えてきた平和の戦士。妖の刃に屈することなく、誰かを守るために戦う者。
神具と妖がぶつかり合う。戦いは、激しく加速していく。
●
妖二体に対し、前衛三名と回復一名という構成で覚者は攻める。
一人が何らかの理由で妖をブロックできなくなっても回復には向かわさないという構成だ。回避能力が高い奏空や体力の高い奈南、自己回復可能なミュエルと妖の矢面に立つに適したメンバーだ。
「きつい……けど、がんばる……」
妖の攻撃を捌きながらミュエルが自分に言い聞かせるように頷く。日本刀のような攻撃に対するミュエルの防御は、術式ほど高くはない。その為妖の攻撃を受けるたびに傷を負い、自分に回復を施すことになる。
機械化した足は震えているが、まだ大丈夫。そう言い聞かせて呼吸を整えた。苦しいことはいくらでも乗り越えてきた。一人じゃない。誰かがいるから乗り越えられた。それを教えなくてはいけない。その気持ちがミュエルの肉体と精神を発起させる。
「ナナンにまかせるのだぁ!」
真っ直ぐつっこみ、神具をガンガン振るう。その言葉通りに奈南は攻める。意表を突く意図があるわけではない。綿密な角度計算があるわけではない。思うがままに突き進み、思うがままに神具を振るう。まさに子供のように。
だがしかし、そう言った要因を覆すほどのパワーが奈南にはあった。理論も策略も全て吹き飛ばすほどのパワー。それは制御せず、解放する方がいい結果を出す。奈南もそれを無意識に感じているのだろう。笑顔のままに突き進む。
「流石に楽ではありませんね。でも」
仲間に回復を施しながら澄香は息を整える。相手はランク2が二体。一年前なら苦戦していただろう相手だが、成長した今では楽ではないが苦戦というレベルではない。だが油断すれば前衛を突破され、後ろで騒ぐ隔者に刃が届くかもしれない。
誰かを守る。誰も傷つけさせない。それは物理的な保護だけではない。人の精神や尊厳も守り切る。その為の源素であり、栄養士の知識であり、そして覚者としての能力だ。タロットカードを手に、澄香は悪夢の運命を覆すために戦場に立つ。
「これで――どうだ!」
妖の前に立ち、縦横無尽に駆け巡る奏空。敵の日本刀をギリギリのところで躱し、最小限の動きで攻撃に転じる。流れるような動きで踏み込んで、剣戟を加えていく。相手の二手三手先を読む推理能力と、推理と同時に動く肉体。それが彼の強さの根幹。
覚者の力は悪ではない。悪を為すのはいつだって人の心だ。今回の隔者も罪人ではあるし覚者の力を使ってはいる。だがその心は、悪人と呼ぶには遠い普通の心の持ち主だ。だから助けよう。その為に鍛え上げた覚者の能力なのだから。
覚者達の猛攻が妖を攻め立てる。安定した回復を地盤とした三人の波状攻撃。各個撃破により妖の一体が倒れれば、その勢いのままに覚者側が圧倒していく。
「終わりだ! 元のチャリに戻れ!」
雷光の如く迫る奏空。彼が携える『MISORA』が妖を両断する。
絶命の声もなく、妖は崩れ落ちて動かなくなった。
●
戦い終わって――
「ちょ、そういうプレイ!? へんたーい! あーし、ウリとかしないからね!」
拘束している隔者の元に戻った覚者達は、罵倒を浴びせられた。
そこに、怒りの表情を隠そうともしないミュエルが迫る。
「な、なによ。あーし覚者なんだから。暴力とか慣れて――」
「こんな危ないところに、わざわざ来るなんて……! 向こう見ずにも程があるよね……!」
何かを言い切る前にミュエルが岸の目を見て言い放つ。
「え? えーと……そんなの関係ないっしょ! あーしは覚者だからそんなの」
「覚者だとか、関係ない……! まだ危ないって分かってる場所に来て、ご家族に心配かけるようなことしてるの、分かってるの……!
優子さんを心配してくれる人がいるのに……!」
「そ……そんなの、いないっし……。みんな、覚者の羽見て、ドン引きしてたし……」
ミュエルが本気で心配して叱ってくれていることを察し、岸は目をそらして言い訳するように呟く。若干目に涙が溜まっているのは、叱られたからではなく心配している人がいるかもしれないと思い出したからだ。
「もしかして、自分で恐れられていると思って家出したんですか? ご家族と羽根のことを相談せずに?」
優子の様子をみて澄香が何かに気づいたかのように質問する。家出をした理由は疎まれたのではなく、彼女が恐れられたのだと勘違いしただけなのかもしれない。
「……だって、あーしのことでどうしたらいいか悩んでるの、知ってるし……」
「駄目ですよ。ご家族や友人ときちんとお話してください。優子さんの思い込みかもしれませんよ?」
「関係ないっしょ! あーしを捕まえに来たんだからとっとと捕まえればいーじゃん!」
「捕まえに来たのは確かだけど、そういうことなら家に帰ったほうがいい」
自暴自棄になる岸を前に奏空が告げる。社会になじめず弾かれたというのならともかく、それが誤解というのなら戻るべきだ。
「なんでよ? あーしがどこにいようが勝手でしょ?」
「駄目。島根は今妖がたくさんいるんだ。覚者とはいえ危険すぎるよ。
それに俺が思っているよりも、覚者に対する偏見は薄まっているみたいだ。どうしようもない事態になる前に戻った方がいい」
「どうしようもないってどういうことよ?」
「知らなくてもいいこともあるよ。あと火事場泥棒は良くないから駄目」
そこを突かれると強く出れない岸。悪いことをしたという自覚はあるようだ。
「猫ちゃんを守ってくれてありがとねぇ!」
奈南は瞳をキラキラさせて岸を見る。その視線の先には逃げるのを諦めたのか、だらりと岸の腕の中で足をのばしている猫の姿もあった。
「あー、あー……そういえばそうだった」
言われて気付いた、とばかりに岸は猫を見る。色々ありすぎて忘れていたようだ。妖に追いかけられ、助けてもらったと思えば拘束されて。元々の発端が何なのかを思い出したようだ。
逆に言えば、それが素の彼女ということだが。
「もし良かったら、その猫ちゃんを飼ってみるのはどうかなぁ?」
「はぁ?」
突然の奈南の言葉に眉を潜ませる岸。首輪はついていないから野良猫なのだろう。妖が跋扈するこの島根で、放置すればその未来は見えている。さっき死ななかったけど、それが先送りになった程度だ。
「いやあの――」
じー。奈南は返事を待っている。
「猫とか飼った事ないっし――」
じー。奈南は返事を待っている。
「そもそもなんであーしがそんな事――」
じー。奈南は返事を待っている。
「わーったわよ! 飼う飼う! あーもう!」
「わーい! 名前は何にするの?」
「ええええ……。どーしよっかなぁ……」
純粋な奈南に押し切られるように岸は猫を飼うことになった。先ずは名前かぁ。この日から、彼女は色々頭を悩ませることになる。
だがそれは、家出を終えて日常の回帰へと繋がるのであった。
●
岸は盗んだものをすべて弁償――おおよそ一か月の無料奉仕――し、地元に戻る。
親にはこっびどく怒られることになったが、親子関係自体は良好のようだ。新しい家族も迎えられ、岸の日常は戻ってくる。友人とも話し合い、疎遠になったその関係も回復していっている。
数年後、猫と一緒に活動する戦わない覚者が諜報要員として活躍することになるのだが、それはまた別の話である。
そう。島根の動乱とは別の話――
島根動乱は、変革の時を迎えていた。
猫を抱えて走る隔者。その後ろから追う自転車の妖。
それを鳥の守護使役を飛ばして目視しながら覚者達は走る。夢見が予測した合流地点まであと数十秒。
「やっぱり今だ発現による差別によって辛い環境に置かれる人がいるんだね……」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は隔者の経緯を思い出しながらため息を吐く。理由も意味もなく発現し、その力により距離を置かれる。FiVEの活躍で覚者に対する偏見は減ってきたとはいえ、皆無とは言えないのが事実だ。
恐れられる周囲に落胆を感じ、自分から距離を取った隔者。そんな彼女が選んだのはどこかの組織に入るでもなく、力で誰かを虐げる事でもなく、その日その日をどうにか過ごしていくことだった。その為の火事場泥棒なのだが、
「それでも、火事場泥棒はよくないよね」
「避けられて自棄になって、こんなことする気持ちは……分からなくはない、かな……」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は自分自身の経験と隔者を重ねていた。殴られたり罵倒されたわけではない。力を恐れての沈黙と、発現して変化した肉体からくる心理的な距離感。それは味わったものしかわからない。
例えば見た目が完全に人でなくなったのなら諦めもついただろう。だが同じ『人間』だからこそ差別が生まれるのだ。手を取れそうだと思っていても、やはり恐れられる。なまじ希望がある分、拒絶された時の絶望が深い。
「根っからの悪人じゃないけど……叱らなくちゃ、ね」
「ノラ猫ちゃんに優しい人に悪い人はいないと思うのだ!」
元気よく『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)が声をあげる。引っ掻かれながらも猫を離さず妖から守ろうとする。そんな人が悪い子なはずがない。奈南はそういって『良い子』を妖から守るために戦場に走る。
人間生きていれば大なり小なり悪事は行う。横断歩道の黄色信号を走って渡るのようなこともそうだし、『未来予知を基準とした隔者や憤怒者の逮捕』も実は法的に危うい。完全に正しい人なんていないのだ。そういう意味では奈南の『優しい人』判断も間違ってない。
「だから助けるよぉ!」
「そうですね。猫を助ける優しい子を見捨てるわけにはいきません」
奈南の言葉に頷く『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)。夢見の話を聞く限り、妖に狙われたのは猫で、隔者本人ではない。なのにあえて危険を冒して猫を助けるあたり、悪人ではないのだろう。火事場泥棒はさておき。
それに、と妖の姿を思い出す。刀を宿した自転車。戦蘭丸と呼ばれる妖が率いている島根を支配する妖の群れ。それらを駆除していかなくては、島根の解放は終わらない。ここでランク2を数体倒しておくことに、異存はない。
「行きましょう。角を曲がれば夢見が予知した場所です」
覚者達は頷き、現場に足を踏み入れる。視界に入ってくる隔者と猫、そして妖。猫を抱えて走る隔者と、それを追う妖。それを背後から見る形となった。
覚者達は守護使役から神具を受け取り、戦闘態勢に入る。
●
「さぁ、チャリ! お前らの相手は俺達だ!」
神具を構えて奏空が疾駆する。妖と隔者の間に割って入るようにして、道を塞ぐように腕を広げた。FiVEの依頼的に隔者自体の保護は求められてはいない。だがここでこうすることが奏空の、そしてFiVEの覚者として正しいことだと信じていた。
抜刀と同時に刃が翻り、剣閃が走る。その速度はまさに雷光の如く。妖についている刀を弾くと同時に自転車のフレームに傷をつけた。牽制と同時に攻撃。圧倒的な速度こそが奏空の持ち味。最速で最適な一手を穿つ一番槍。
「えっと、岸優子さんだね。助けに来たよ」
「え、マジ? たすかりみー」
「それとお説教も後で受けて貰うからちょっとだけ後ろの方でじっとしててね!」
「あ。あーし違うんで。人違いマジ勘弁」
「今のうちにここから離れますよ。私が護衛しますから」
翼で空を飛んで澄香が隔者の元にたどり着く。そのまま彼女の手を取って戦場から離れるように促した。一瞬抵抗するそぶりがあったが、この場に居たら危険なのは承知している。渋々と言った感じで引かれるままに移動した。
「ここまで来ればひとまず大丈夫だと思います。私は戦闘に戻らないとなんですけれど」
(妖に三人向かってるし、一人だけなら何とか逃げれるっしょ。隙を見て――)
「その前に、ごめんなさい。貴女を拘束させて貰いますね」
「は? ちょ、なにこれ!? ヤバみ!?」
笑顔で隔者を拘束する澄香。そのまま妖から見えない位置に隠して、戦場に戻る。既に陣形を展開している覚者の傷を癒すべく、源素を集中する澄香。天から降り注ぐ木漏れ日の光が、覚者達を癒していく。
「戻りました。回復は任せてください」
「じゃあ……アタシは、攻撃に、移る……ね」
澄香が戦場から放てている間、回復役を担っていたミュエルが攻勢に転じる。術式の攻防に秀でるミュエルと、この妖の相性はよろしくない。日本刀の攻撃に体を刻まれ疲弊するが、まだ負けられないと妖を睨む。
『胡蝶菫のパレード』を手にして、祈るように胸に当てる。インクの香りが鼻腔をくすぐり、ミュエルの精神をリラックスに導く。心穏やかになった精神で術式を練り上げ、源素を展開させた。特殊な植物の香が妖達を毒に見舞う。
「ここで、終わらせる……。あのコの元には、行かせない、から」
「ちょ! これねばねばするっし! はずれないっし!」
通りの向こう側から聞こえてくる隔者の声。わざわざ妖の視界から外しているのに、自分の居場所を教えるほどの大声である。
「……隠してる、意味……ないかも……」
「元気なのはいいことだよ!」
笑顔で奈南が答える。どういう形であれ、元気がいいのはいいことだ。妖だってここを通さなければいいだけの話。問題ない、と奈南は微笑む。『ホッケースティック改造くん』を手に妖に立ち向かう姿は、勇ましいと同時に可愛らしい。
五行の力を活性化させ、神具に宿らせる。精霊顕現の基礎の技。それを使い続け、一歩先を行く技法。源素の力を強く練り上げて圧縮し、一点に集中させて穿つ一撃。元々の奈南が持つ力と加わって放たれた一撃が、妖を打ち据えた。
「ナナンの一撃は当たったらすごく痛いんだからぁ!」
妖を強打する音が響く。言葉を発さぬ妖だが、その一撃によろめいたのは確かだ。だが妖の動きは止まらない。むしろ攻撃を受けて怒ったが如く、覚者を攻め立てる。鋭い日本刀が自転車の軌道力と加わり、縦横無尽に振るわれた。
普通の人間なら、そこで力尽きていただろう。並の覚者なら、その猛攻に膝をついていただろう。
だが知るがいい妖よ。ここに立つのはFiVEの覚者。数多の闘いを超えてきた平和の戦士。妖の刃に屈することなく、誰かを守るために戦う者。
神具と妖がぶつかり合う。戦いは、激しく加速していく。
●
妖二体に対し、前衛三名と回復一名という構成で覚者は攻める。
一人が何らかの理由で妖をブロックできなくなっても回復には向かわさないという構成だ。回避能力が高い奏空や体力の高い奈南、自己回復可能なミュエルと妖の矢面に立つに適したメンバーだ。
「きつい……けど、がんばる……」
妖の攻撃を捌きながらミュエルが自分に言い聞かせるように頷く。日本刀のような攻撃に対するミュエルの防御は、術式ほど高くはない。その為妖の攻撃を受けるたびに傷を負い、自分に回復を施すことになる。
機械化した足は震えているが、まだ大丈夫。そう言い聞かせて呼吸を整えた。苦しいことはいくらでも乗り越えてきた。一人じゃない。誰かがいるから乗り越えられた。それを教えなくてはいけない。その気持ちがミュエルの肉体と精神を発起させる。
「ナナンにまかせるのだぁ!」
真っ直ぐつっこみ、神具をガンガン振るう。その言葉通りに奈南は攻める。意表を突く意図があるわけではない。綿密な角度計算があるわけではない。思うがままに突き進み、思うがままに神具を振るう。まさに子供のように。
だがしかし、そう言った要因を覆すほどのパワーが奈南にはあった。理論も策略も全て吹き飛ばすほどのパワー。それは制御せず、解放する方がいい結果を出す。奈南もそれを無意識に感じているのだろう。笑顔のままに突き進む。
「流石に楽ではありませんね。でも」
仲間に回復を施しながら澄香は息を整える。相手はランク2が二体。一年前なら苦戦していただろう相手だが、成長した今では楽ではないが苦戦というレベルではない。だが油断すれば前衛を突破され、後ろで騒ぐ隔者に刃が届くかもしれない。
誰かを守る。誰も傷つけさせない。それは物理的な保護だけではない。人の精神や尊厳も守り切る。その為の源素であり、栄養士の知識であり、そして覚者としての能力だ。タロットカードを手に、澄香は悪夢の運命を覆すために戦場に立つ。
「これで――どうだ!」
妖の前に立ち、縦横無尽に駆け巡る奏空。敵の日本刀をギリギリのところで躱し、最小限の動きで攻撃に転じる。流れるような動きで踏み込んで、剣戟を加えていく。相手の二手三手先を読む推理能力と、推理と同時に動く肉体。それが彼の強さの根幹。
覚者の力は悪ではない。悪を為すのはいつだって人の心だ。今回の隔者も罪人ではあるし覚者の力を使ってはいる。だがその心は、悪人と呼ぶには遠い普通の心の持ち主だ。だから助けよう。その為に鍛え上げた覚者の能力なのだから。
覚者達の猛攻が妖を攻め立てる。安定した回復を地盤とした三人の波状攻撃。各個撃破により妖の一体が倒れれば、その勢いのままに覚者側が圧倒していく。
「終わりだ! 元のチャリに戻れ!」
雷光の如く迫る奏空。彼が携える『MISORA』が妖を両断する。
絶命の声もなく、妖は崩れ落ちて動かなくなった。
●
戦い終わって――
「ちょ、そういうプレイ!? へんたーい! あーし、ウリとかしないからね!」
拘束している隔者の元に戻った覚者達は、罵倒を浴びせられた。
そこに、怒りの表情を隠そうともしないミュエルが迫る。
「な、なによ。あーし覚者なんだから。暴力とか慣れて――」
「こんな危ないところに、わざわざ来るなんて……! 向こう見ずにも程があるよね……!」
何かを言い切る前にミュエルが岸の目を見て言い放つ。
「え? えーと……そんなの関係ないっしょ! あーしは覚者だからそんなの」
「覚者だとか、関係ない……! まだ危ないって分かってる場所に来て、ご家族に心配かけるようなことしてるの、分かってるの……!
優子さんを心配してくれる人がいるのに……!」
「そ……そんなの、いないっし……。みんな、覚者の羽見て、ドン引きしてたし……」
ミュエルが本気で心配して叱ってくれていることを察し、岸は目をそらして言い訳するように呟く。若干目に涙が溜まっているのは、叱られたからではなく心配している人がいるかもしれないと思い出したからだ。
「もしかして、自分で恐れられていると思って家出したんですか? ご家族と羽根のことを相談せずに?」
優子の様子をみて澄香が何かに気づいたかのように質問する。家出をした理由は疎まれたのではなく、彼女が恐れられたのだと勘違いしただけなのかもしれない。
「……だって、あーしのことでどうしたらいいか悩んでるの、知ってるし……」
「駄目ですよ。ご家族や友人ときちんとお話してください。優子さんの思い込みかもしれませんよ?」
「関係ないっしょ! あーしを捕まえに来たんだからとっとと捕まえればいーじゃん!」
「捕まえに来たのは確かだけど、そういうことなら家に帰ったほうがいい」
自暴自棄になる岸を前に奏空が告げる。社会になじめず弾かれたというのならともかく、それが誤解というのなら戻るべきだ。
「なんでよ? あーしがどこにいようが勝手でしょ?」
「駄目。島根は今妖がたくさんいるんだ。覚者とはいえ危険すぎるよ。
それに俺が思っているよりも、覚者に対する偏見は薄まっているみたいだ。どうしようもない事態になる前に戻った方がいい」
「どうしようもないってどういうことよ?」
「知らなくてもいいこともあるよ。あと火事場泥棒は良くないから駄目」
そこを突かれると強く出れない岸。悪いことをしたという自覚はあるようだ。
「猫ちゃんを守ってくれてありがとねぇ!」
奈南は瞳をキラキラさせて岸を見る。その視線の先には逃げるのを諦めたのか、だらりと岸の腕の中で足をのばしている猫の姿もあった。
「あー、あー……そういえばそうだった」
言われて気付いた、とばかりに岸は猫を見る。色々ありすぎて忘れていたようだ。妖に追いかけられ、助けてもらったと思えば拘束されて。元々の発端が何なのかを思い出したようだ。
逆に言えば、それが素の彼女ということだが。
「もし良かったら、その猫ちゃんを飼ってみるのはどうかなぁ?」
「はぁ?」
突然の奈南の言葉に眉を潜ませる岸。首輪はついていないから野良猫なのだろう。妖が跋扈するこの島根で、放置すればその未来は見えている。さっき死ななかったけど、それが先送りになった程度だ。
「いやあの――」
じー。奈南は返事を待っている。
「猫とか飼った事ないっし――」
じー。奈南は返事を待っている。
「そもそもなんであーしがそんな事――」
じー。奈南は返事を待っている。
「わーったわよ! 飼う飼う! あーもう!」
「わーい! 名前は何にするの?」
「ええええ……。どーしよっかなぁ……」
純粋な奈南に押し切られるように岸は猫を飼うことになった。先ずは名前かぁ。この日から、彼女は色々頭を悩ませることになる。
だがそれは、家出を終えて日常の回帰へと繋がるのであった。
●
岸は盗んだものをすべて弁償――おおよそ一か月の無料奉仕――し、地元に戻る。
親にはこっびどく怒られることになったが、親子関係自体は良好のようだ。新しい家族も迎えられ、岸の日常は戻ってくる。友人とも話し合い、疎遠になったその関係も回復していっている。
数年後、猫と一緒に活動する戦わない覚者が諜報要員として活躍することになるのだが、それはまた別の話である。
そう。島根の動乱とは別の話――
島根動乱は、変革の時を迎えていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
