ハイドランジアの囁き
●
雨ひとしずく。
ふたしずく。
6月の雨が紫陽花の葉に跳ねる。
しろ、もも、あお、むらさき、と自由気ままに咲く、てまりばなと呼ばれるその花は梅雨の季節を表している。
よひらの――正確にはガクであるのだが――花は雨の中でも瑞々しくあり、なおかつその存在感は大きい。
よひらのこみち。
京都伏見の藤森神社は今から1800年前に建立された皇室ともゆかり深い古社である。
菖蒲の節句発祥の神社でもありその歴史は長い。
その藤森神社は毎年あじさい祭りを行うほどにたくさんの紫陽花が咲き誇るあじさい苑がある。
延べ1500坪の土地に3500株の紫陽花が犇めく様子は壮観で美しい。
今日は雨の日だ。
お気に入りの傘をさして、よひらのこみちを歩くのも悪くないだろう。
一人で思いにふけるのも。友人と一緒に思い出をつくるのも。
さて、そのあじさい祭りに、古妖紫陽花の精霊も誘われてそっとあじさいを見ている人に囁いていたずらをするらしい。
紫陽花の葉に溜まった水をかける程度の小さないたずら。それをうけるかどうかはアナタ次第。
初夏の一日。雨の一日。
雨の音をききながら、紫陽花の囁きに耳をすませてみよう。
雨ひとしずく。
ふたしずく。
6月の雨が紫陽花の葉に跳ねる。
しろ、もも、あお、むらさき、と自由気ままに咲く、てまりばなと呼ばれるその花は梅雨の季節を表している。
よひらの――正確にはガクであるのだが――花は雨の中でも瑞々しくあり、なおかつその存在感は大きい。
よひらのこみち。
京都伏見の藤森神社は今から1800年前に建立された皇室ともゆかり深い古社である。
菖蒲の節句発祥の神社でもありその歴史は長い。
その藤森神社は毎年あじさい祭りを行うほどにたくさんの紫陽花が咲き誇るあじさい苑がある。
延べ1500坪の土地に3500株の紫陽花が犇めく様子は壮観で美しい。
今日は雨の日だ。
お気に入りの傘をさして、よひらのこみちを歩くのも悪くないだろう。
一人で思いにふけるのも。友人と一緒に思い出をつくるのも。
さて、そのあじさい祭りに、古妖紫陽花の精霊も誘われてそっとあじさいを見ている人に囁いていたずらをするらしい。
紫陽花の葉に溜まった水をかける程度の小さないたずら。それをうけるかどうかはアナタ次第。
初夏の一日。雨の一日。
雨の音をききながら、紫陽花の囁きに耳をすませてみよう。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.あじさい祭りを楽しもう。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
京都は伏見の藤森神社のあじさいまつりを楽しんでください。
神社ですのではしゃぎ過ぎにはご注意を。
のんびりこみちを歩いたり、東屋でおべんとうをたべたり
ご自由に雨の日の一日をお過ごしください。
古妖紫陽花の精霊も雨に誘われて出現します。
一般人、覚者問わずにいたずらをしているようです。
大きさは手のひらに乗る程度で、紫陽花の影にかくれていたりします。
とても好奇心のつよい精霊です。
公序良俗はしっかりとお守りください。
あじさいを荒らしたり、手折ったりはしないでください。
それでは雨の日をお楽しみください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
8/30
8/30
公開日
2018年06月06日
2018年06月06日
■メイン参加者 8人■

●
雨のしずくが傘を跳ねるポツポツという音。それほどまでに雨足が強いという程でもないその天気は紫陽花を見るには丁度いい。
「きゃっ!」
よひらのこみちを歩く一般人の女性が小さな悲鳴をあげる。なるほど、紫陽花の精霊がいたずらをしたらしい。
「ちょ、うわわ!?」
そしてこちらでもまた悲鳴があがる。都合数回目の悲鳴である。どうにも『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)は精霊に気に入られたらしく、歩くたびにいたずらをされているのだ。
また濡れる……と思ったその数度目の攻撃を黒橡の盾が阻む。
見上げれば恋人である八重霞 頼蔵(CL2000693)が無言でフィオナを庇っていた。それは精霊に魅入られた姫を護る騎士のようで――本人はそんなことは思ってもいないだろうが――フィオナは胸をときめかせる。
「あ、ありがとう」
「礼はよい、体調を崩されても面倒なのでな」
恋人の声は素っ気ない。そのまま紫陽花を眺めながら前を進んでいく。
(私は何をしているのか……そう気分は悪くないが)
彼は気づいていない。恋人と過ごす何気ない時間が尊いものであるということに。何もしていない手持ち無沙汰な時間。それが退屈ではないということが、その証左なのだ。
その背中にフィオナは思う。
恋人になって早半年。あの雪の日の告白。思い出せば顔が熱くなる。
だけど思う。私は『貴方についてわからないことばかり』。どうして告白を受け入れてくれたのか。
だから不安になる。それに恋人が何をするのかだってわかっていない。
「手……」
そのか細い声は彼の背中には届かない。伸ばした手も届かない。だけど彼はこちらを振り向いた。
気づかれてしまったか? 気づいてくれた? その2つの似て非なる感情がごちゃまぜになったフィオナは、
「……な、何だか、ずぶ濡れに随分縁があるよな」
はは、っと力なく笑い照れ隠しをする。
所在なさそうなフィオナの手をとった頼蔵は自分の元にぐいと引き寄せた。
「雨脚が思ったよりも強い、私とした事が聊か傘の選択を誤ったな」
縮む距離。いやいや、その、ここまで近くなれって誰が言った、いや嬉しいです、ありがたいです。
いろいろな感情が押し寄せる。嬉しいのに、嬉しいから声がでない。
「余り離れるな」
声の出ないフィオナは真っ赤な顔で何度も頷き、頼蔵の手を強く握る。その表情が嬉しそうだと気づいた頼蔵はわからない。少女にとって手を繋いだこの一瞬の幸せの大きさを。
やがてよひらのこみちの終わり。
「一周したけど、もうちょっと歩きたいな……このままで」
フィオナは少女らしいわがままを青年に告げる。
「……いいだろう、どうせ暇な日。付き合うよ、フィオナ」
青年は応える。彼のスーツの右肩は少し強くなってきた雨で濡れていた。
「雨は歩きにくいけれど…紫陽花は綺麗に見えるねぇ」
『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)がかたわらの少女に話しかける。
「そうですね。紫陽花は雨にうたれてこそ映えると言いますか……」
「ああ、ちょっとごめんね燐ちゃん」
恭司は立ち止まり胸元からスマホを出すと、雨に濡れた紫陽花をパシャリと撮影する。
……スマホ? 少女――『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は不思議に思う。恭司はカメラマンである。今回は紫陽花撮影にきたのではないのか? なのにどうしてカメラで撮影しないのだろうか? 今どきの取材はスマホで写真をとるのだろうか? 私は取材の助手なのだと思っていたのだけど……。
「カメラを置いてきちゃったから、スマホで撮影しておこうかなぁ……って」
綺麗なものは記録に残しておきたい。職業病ここに極まれりの恭司に燐花が問いかける。
「どうして置いてきたんですか? あじさい祭りの取材じゃないんですか?」
ああ、どうにも朴念仁なこの子猫の姫は今日がデートだと気づいていないのか。盛大なため息をついてしまう。
「いやいや、今日はデートのつもりで来てるんだよ?」
「でーと」
やっとこさで気づいた少女は目をぱちくりとさせている。
(ということは、私と一緒に過ごして下さるのが主目的……なのでしょうか)
目をあげれば恭司が自分の心を読んだかのようにそうだよと少し呆れた笑みを浮かべている。
「傘にカメラ。荷物が多いと、燐ちゃんとできないことがある」
できないこと。……そうかと気づいた燐花は手を伸ばすが、手が繋ぎにくいことに考えを巡らせる。
「おいで、こっちの傘は大きいよ」
呼ばれ、自分の傘を畳んだ燐花はいつもより少し大胆だった。するりと恭司の腕に自らの腕を絡ませる。自分の腕に直接伝わる恭司の体温が心地いい。
「……この方がデートっぽい、でしょうか」
上目使いで、少女は青年を見つめる。
近づきすぎじゃないでしょうか。ご迷惑じゃないでしょうか? あるく邪魔とおもわれたらどうしよう。少女らしい思考が渦巻く。
「……うん、これなら紛う事無くデートかな?」
そんな気持ちをしってか知らずにか、青年は歩を進める。その歩幅が自分にあわせられたものだと気づいた燐花はこれでよかったのだとホッとする。
「このまま一緒に紫陽花を見て歩こう」
「はい」
お互いが相手が濡れないようにと気遣いすぎて、その歩みがまるで蝸牛のようにゆっくりとしたものだったことに二人は気づいていただろうか?
「紫陽花や 藪を小庭の 別座舗」
それは俳聖、松尾芭蕉の紫陽花をうたった俳句である。小庭というにはずいぶんと広くはあるが、そのよく知る声に『月々紅花』環 大和(CL2000477)は振り向く。掲げられた黒い傘が濡れていた彼女を雨から護る。
「あら、素敵な俳句ね、誰のものかしら?」
「松尾芭蕉です。こんにちは、ずいぶんと熱心に見つめていたので気になりました。夏場とは言え、濡れっぱなしは体に毒ですよ」
優しげな声で語りかけるは、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)。
大和はあまりにも紫陽花に集中していたために、自分の傘がそのあたりに転がっていることに気づいてなかったのだ。
「そう、松尾芭蕉の。さすが文学に於いてはとても長けているのね。どういった意味なのかしら」
それは最後の西上の旅を前にして子珊の別座敷で開かれた送別歌仙の際の発句。このさき永遠の別れになると知っていたからこその寂しい俳句なのだ。一人雨のなか佇む彼女がまるでどこかに行ってしまいそうな。そんな不安にかられてふと思い出した俳句がそれであったのだ。彼は曖昧に微笑んで意味は告げない。そのかわりに、大和に問を投げかけた。
「ずいぶんとご執心のご様子、なにかありましたか? 精霊でも見かけましたか?」
「精霊? そうね、小さな緑の精霊さんと見つめあっていたわ」
直前彼女はその『精霊』に「カエルさんには丁度いいお天気かしら? ご飯を待っているのかしら? それとも恋人?」と話しかけていたのだ。それを彼に聞かれたのだろう。故に彼は精霊と話しかけていたと勘違いしたのだ。それが少し可笑しい。
彼もまた『精霊』をみつめ破顔する。
これはなんとも小さな夏の精霊殿だ。叙情的な大和らしいと思う。
「見終わりましたら、茶屋にでも行きませんか?温かいものを奢ります」
彼女の黒髪はずいぶんとしっとりとしている。此の分では体も冷えているだろうと、千陽は声をかけた。
「お抹茶の美味しい店を見つけたのだけれどもそちらでどうかしら?」
少しだけ気付かれないように体を震わせ大和はその言葉に甘える。
「はい、仰せのままに。茶菓子もおつけしますよ」
『知ってる? たまきちゃん。紫陽花にはハートの形になっているのもあるんだよ』
それが始まりだった。なんて素敵なおはなし。『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)はそれがとても素敵なことだと思えて、では探しましょう! とガッツポーズをとって、はや数十分。なかなかハートの紫陽花はみつからない。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は傘を傾けてその可愛い彼女の宝物を見つけるべく捜索隊に協力する。
軽く葉をよけてみたり、裏側にまわってみたり。
葉の下にかくれていた精霊がみつかり二人に盛大に雨水の水鉄砲をかける。
「きゃっ」
「うわっ」
掛けられた当の二人は顔を見合わせて笑う。お邪魔しちゃったようだねと奏空が言えば、たまきはごめんなさいと謝るが、還ってくるのはもう一度の水鉄砲。
どうにもご機嫌斜めだねとまたびしょ濡れになったふたりは笑い、たまきはハンカチで奏空の顔を拭う。近づくその距離と、ハンカチがいい匂いで奏空は必要以上にドギマギとしてしまったのは特筆するべきか。
もう一度ごめんなさいと謝って、小さな番傘をプレゼントすれば、精霊は恐る恐るその傘を受け取ると差したままくるりと回る。
「とっても可愛いです!」
たまきがぱちぱちと手をたたいて喜べば精霊もまんざらではなさそうに。また三度回る。
精霊は二人をみやると一箇所を指差した。
「あ……! ありました! ハートの紫陽花です!」
指さされた場所に向かえば、普段のたまきからは想像できないようなはしゃいだ声が聞こえる。奏空が近づけばそこにはハートの花萼。
「精霊さん、ありがとう、ございます」
振り向くもそこにはなにもいない。
「精霊がお礼をしてくれたのかもだね」
大切な少女が笑っている。それだけで少年にとっては幸せであった。この笑顔をずっとみていたい。ずっと護っていたい。そう思う。
やがて雨が止む。
「あ……」
傘をたたみ見上げた空には、七色の虹がかかっていた。
雨のしずくが傘を跳ねるポツポツという音。それほどまでに雨足が強いという程でもないその天気は紫陽花を見るには丁度いい。
「きゃっ!」
よひらのこみちを歩く一般人の女性が小さな悲鳴をあげる。なるほど、紫陽花の精霊がいたずらをしたらしい。
「ちょ、うわわ!?」
そしてこちらでもまた悲鳴があがる。都合数回目の悲鳴である。どうにも『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)は精霊に気に入られたらしく、歩くたびにいたずらをされているのだ。
また濡れる……と思ったその数度目の攻撃を黒橡の盾が阻む。
見上げれば恋人である八重霞 頼蔵(CL2000693)が無言でフィオナを庇っていた。それは精霊に魅入られた姫を護る騎士のようで――本人はそんなことは思ってもいないだろうが――フィオナは胸をときめかせる。
「あ、ありがとう」
「礼はよい、体調を崩されても面倒なのでな」
恋人の声は素っ気ない。そのまま紫陽花を眺めながら前を進んでいく。
(私は何をしているのか……そう気分は悪くないが)
彼は気づいていない。恋人と過ごす何気ない時間が尊いものであるということに。何もしていない手持ち無沙汰な時間。それが退屈ではないということが、その証左なのだ。
その背中にフィオナは思う。
恋人になって早半年。あの雪の日の告白。思い出せば顔が熱くなる。
だけど思う。私は『貴方についてわからないことばかり』。どうして告白を受け入れてくれたのか。
だから不安になる。それに恋人が何をするのかだってわかっていない。
「手……」
そのか細い声は彼の背中には届かない。伸ばした手も届かない。だけど彼はこちらを振り向いた。
気づかれてしまったか? 気づいてくれた? その2つの似て非なる感情がごちゃまぜになったフィオナは、
「……な、何だか、ずぶ濡れに随分縁があるよな」
はは、っと力なく笑い照れ隠しをする。
所在なさそうなフィオナの手をとった頼蔵は自分の元にぐいと引き寄せた。
「雨脚が思ったよりも強い、私とした事が聊か傘の選択を誤ったな」
縮む距離。いやいや、その、ここまで近くなれって誰が言った、いや嬉しいです、ありがたいです。
いろいろな感情が押し寄せる。嬉しいのに、嬉しいから声がでない。
「余り離れるな」
声の出ないフィオナは真っ赤な顔で何度も頷き、頼蔵の手を強く握る。その表情が嬉しそうだと気づいた頼蔵はわからない。少女にとって手を繋いだこの一瞬の幸せの大きさを。
やがてよひらのこみちの終わり。
「一周したけど、もうちょっと歩きたいな……このままで」
フィオナは少女らしいわがままを青年に告げる。
「……いいだろう、どうせ暇な日。付き合うよ、フィオナ」
青年は応える。彼のスーツの右肩は少し強くなってきた雨で濡れていた。
「雨は歩きにくいけれど…紫陽花は綺麗に見えるねぇ」
『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)がかたわらの少女に話しかける。
「そうですね。紫陽花は雨にうたれてこそ映えると言いますか……」
「ああ、ちょっとごめんね燐ちゃん」
恭司は立ち止まり胸元からスマホを出すと、雨に濡れた紫陽花をパシャリと撮影する。
……スマホ? 少女――『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は不思議に思う。恭司はカメラマンである。今回は紫陽花撮影にきたのではないのか? なのにどうしてカメラで撮影しないのだろうか? 今どきの取材はスマホで写真をとるのだろうか? 私は取材の助手なのだと思っていたのだけど……。
「カメラを置いてきちゃったから、スマホで撮影しておこうかなぁ……って」
綺麗なものは記録に残しておきたい。職業病ここに極まれりの恭司に燐花が問いかける。
「どうして置いてきたんですか? あじさい祭りの取材じゃないんですか?」
ああ、どうにも朴念仁なこの子猫の姫は今日がデートだと気づいていないのか。盛大なため息をついてしまう。
「いやいや、今日はデートのつもりで来てるんだよ?」
「でーと」
やっとこさで気づいた少女は目をぱちくりとさせている。
(ということは、私と一緒に過ごして下さるのが主目的……なのでしょうか)
目をあげれば恭司が自分の心を読んだかのようにそうだよと少し呆れた笑みを浮かべている。
「傘にカメラ。荷物が多いと、燐ちゃんとできないことがある」
できないこと。……そうかと気づいた燐花は手を伸ばすが、手が繋ぎにくいことに考えを巡らせる。
「おいで、こっちの傘は大きいよ」
呼ばれ、自分の傘を畳んだ燐花はいつもより少し大胆だった。するりと恭司の腕に自らの腕を絡ませる。自分の腕に直接伝わる恭司の体温が心地いい。
「……この方がデートっぽい、でしょうか」
上目使いで、少女は青年を見つめる。
近づきすぎじゃないでしょうか。ご迷惑じゃないでしょうか? あるく邪魔とおもわれたらどうしよう。少女らしい思考が渦巻く。
「……うん、これなら紛う事無くデートかな?」
そんな気持ちをしってか知らずにか、青年は歩を進める。その歩幅が自分にあわせられたものだと気づいた燐花はこれでよかったのだとホッとする。
「このまま一緒に紫陽花を見て歩こう」
「はい」
お互いが相手が濡れないようにと気遣いすぎて、その歩みがまるで蝸牛のようにゆっくりとしたものだったことに二人は気づいていただろうか?
「紫陽花や 藪を小庭の 別座舗」
それは俳聖、松尾芭蕉の紫陽花をうたった俳句である。小庭というにはずいぶんと広くはあるが、そのよく知る声に『月々紅花』環 大和(CL2000477)は振り向く。掲げられた黒い傘が濡れていた彼女を雨から護る。
「あら、素敵な俳句ね、誰のものかしら?」
「松尾芭蕉です。こんにちは、ずいぶんと熱心に見つめていたので気になりました。夏場とは言え、濡れっぱなしは体に毒ですよ」
優しげな声で語りかけるは、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)。
大和はあまりにも紫陽花に集中していたために、自分の傘がそのあたりに転がっていることに気づいてなかったのだ。
「そう、松尾芭蕉の。さすが文学に於いてはとても長けているのね。どういった意味なのかしら」
それは最後の西上の旅を前にして子珊の別座敷で開かれた送別歌仙の際の発句。このさき永遠の別れになると知っていたからこその寂しい俳句なのだ。一人雨のなか佇む彼女がまるでどこかに行ってしまいそうな。そんな不安にかられてふと思い出した俳句がそれであったのだ。彼は曖昧に微笑んで意味は告げない。そのかわりに、大和に問を投げかけた。
「ずいぶんとご執心のご様子、なにかありましたか? 精霊でも見かけましたか?」
「精霊? そうね、小さな緑の精霊さんと見つめあっていたわ」
直前彼女はその『精霊』に「カエルさんには丁度いいお天気かしら? ご飯を待っているのかしら? それとも恋人?」と話しかけていたのだ。それを彼に聞かれたのだろう。故に彼は精霊と話しかけていたと勘違いしたのだ。それが少し可笑しい。
彼もまた『精霊』をみつめ破顔する。
これはなんとも小さな夏の精霊殿だ。叙情的な大和らしいと思う。
「見終わりましたら、茶屋にでも行きませんか?温かいものを奢ります」
彼女の黒髪はずいぶんとしっとりとしている。此の分では体も冷えているだろうと、千陽は声をかけた。
「お抹茶の美味しい店を見つけたのだけれどもそちらでどうかしら?」
少しだけ気付かれないように体を震わせ大和はその言葉に甘える。
「はい、仰せのままに。茶菓子もおつけしますよ」
『知ってる? たまきちゃん。紫陽花にはハートの形になっているのもあるんだよ』
それが始まりだった。なんて素敵なおはなし。『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)はそれがとても素敵なことだと思えて、では探しましょう! とガッツポーズをとって、はや数十分。なかなかハートの紫陽花はみつからない。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は傘を傾けてその可愛い彼女の宝物を見つけるべく捜索隊に協力する。
軽く葉をよけてみたり、裏側にまわってみたり。
葉の下にかくれていた精霊がみつかり二人に盛大に雨水の水鉄砲をかける。
「きゃっ」
「うわっ」
掛けられた当の二人は顔を見合わせて笑う。お邪魔しちゃったようだねと奏空が言えば、たまきはごめんなさいと謝るが、還ってくるのはもう一度の水鉄砲。
どうにもご機嫌斜めだねとまたびしょ濡れになったふたりは笑い、たまきはハンカチで奏空の顔を拭う。近づくその距離と、ハンカチがいい匂いで奏空は必要以上にドギマギとしてしまったのは特筆するべきか。
もう一度ごめんなさいと謝って、小さな番傘をプレゼントすれば、精霊は恐る恐るその傘を受け取ると差したままくるりと回る。
「とっても可愛いです!」
たまきがぱちぱちと手をたたいて喜べば精霊もまんざらではなさそうに。また三度回る。
精霊は二人をみやると一箇所を指差した。
「あ……! ありました! ハートの紫陽花です!」
指さされた場所に向かえば、普段のたまきからは想像できないようなはしゃいだ声が聞こえる。奏空が近づけばそこにはハートの花萼。
「精霊さん、ありがとう、ございます」
振り向くもそこにはなにもいない。
「精霊がお礼をしてくれたのかもだね」
大切な少女が笑っている。それだけで少年にとっては幸せであった。この笑顔をずっとみていたい。ずっと護っていたい。そう思う。
やがて雨が止む。
「あ……」
傘をたたみ見上げた空には、七色の虹がかかっていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
