がたん、ごとん。がたん、ごとん。
がたん、ごとん。がたん、ごとん。



 鉄道営業法
 第二十二条 旅客及公衆ニ対スル職務ヲ行フ鉄道係員ハ一定ノ制服ヲ著スヘシ

 ――シシシシ、死。


 天井の隅に取りつけられた監視カメラは、先生や子供たちが殺され、黄色い電車に連れて行かれる様子を淡々と記録しつづけていたが、凶行に及んだものたち姿は一切写してはいなかった。ただ、空中に浮かぶ制帽だけははっきりと画像に記録されつづけている。
 なぜ、殺人者たちの姿はデータ保存記録されないのか。
 殺人に及んだのは真っ黒な人影たち――つまりは妖だからだ。いや、中にはビデオカメラなどで撮影された際にはっきりとした姿や、ぼんやりとした影のような形で写り込む妖もいるのだが、これはそのどちらでもないタイプの妖なのだろう。

 のっぺりと黒い人影はすっかり静まり返ったお遊戯室の真ん中で、頭をコテンと横に傾けた。制帽が落ちそうになり、慌てて黒い手を添えて止める。そして声にならない声に制帽の疑問を乗せて、口のあたりから吐きだした。

 予定時刻になっても電車が戻ってこない。
 乗客はゼロ。
 新規路線は赤字だ。
 そのうえ二つも車両を失った。
 大赤字だ。

 のっぺりとした黒い人影が被る制帽は、赤字を埋めるためにまた新しい路線を開発することにした。
 とりあえず移動だ。
 のっぺりとした黒い人影を通じて、ほかののっぺりとした黒い人影たちへ乗客を妖怪電車に連れてくるように命じる。
 さて――。

 録画画面の下隅に出ている時刻表示の桁が上がり、19:00:00になった。


 駅員さんの帽子を被ったのっぺりとした黒い人影は、のっぺりとした人影なので表情はもとより何を着ているのかわからない。その体つきから恐らく男の人だろうと思われるそれが、とても不機嫌であることが画面を見ているツトム君には解った。つま先を上げてぺちぺちと床を小刻みに打つしぐさが、小林先生が腹を立てているときの動きとよく似ているからだ。
 ツトム君はとても勘のいい、かしこい子だ。
 だから窓ガラスが生ぬるい風にガタガタ震えて、空がぶあっと黒い影に覆われたとき、これは夕立の前触れなんかじゃないぞ、もっと暗くて不吉な出来事が起こる前触れだぞ、と段ボールの電車の壁を塗っていた黄色いクレヨンを投げ捨て、大きな声で叫んだのだ。
 「みんなにげて!」っと。
 しかし、みんな目を伏せてもくもくと手を動かし続けることでツトム君を無視した。
 すぐに怒った小林先生にお遊戯室から連れ出された。みんなの邪魔をするなら、廊下に立っていなさいって。
 だからツトム君は一人で隠れることにしたのだ。悪いことが起きる前に。

 わるいものがいなくなるまでここにいよう。ママがおむえにくるしちじはんまでここにいよう。


「では、とくに妖による被害届けや通報は入っていないのですね?」
 高比良・優(CL2001664)はやって来た警察官たちに念押した。本署に確認しましたがありません、と言われても胸に広がった不安はますます強くなるばかりだ。
「……ファイヴからも連絡がないな」
「もうすでに起こってしまったことに関しては、夢見は拾えないのかもしれませんね」
 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)のつぶやきに、『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)がこたえる。
「でも、何か起こっていたことは確かだと思うのよ。眩ちゃんもいっていたのよ、電車男さんは親子が襲われる少し前に憑りつかれたって。とりあえず、パトロールするにも人手が足りません。ファイヴに助っ人を要請するのよ」
 『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)の提案に異議を唱える者はいなかった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.妖の殲滅
2.ツトム君の保護
3.生きている人たちの保護
●時間、場所
 夜。月が出ています。
 坂を下りきって左に折れ、500メートルほど行った先にある保育所。
 保育所を中心に1地区丸ごと、住民が妖(制帽)に殺されてほぼ無人になっています。
 明かりやテレビが点いている家もあり、ただ、住民が消えてしまったという感じ。
 ゴースト地区化しています。
 ゴースト地区の範囲は半径500メートルほどです。
 ゴースト地区の南に鉄道駅があります。
 
 覚者の誰かがゴースト地区を発見して10分後、帰宅するサラリーマンたちを乗せた電車が駅に到着します。駅を出た人の内、5パーセントがゴースト地区に自宅があります。

●妖
・制帽/物質系/ランク3……1体
 殺された鉄道職員がかぶっていた制帽です。
【恨みの黒い霧】神/全体/麻痺……霧に触れたものの体を麻痺させます。
 発現者は大丈夫ですが、普通の人間がこれに触れると心臓麻痺を起こします。
【使命・怨】神/単……被ったものの肉体をコントロールします。
【浮遊】……空をふあふあとゆっくりした速度で移動します。

・のっぺりとした黒い人影(車掌)/心霊系/ランク2……1体
 この世に未練を残したまま死んで妖化した人の魂です。制帽を被っています。
【ドアが閉まります】神/列……目に見えないドアが左右から閉まって対象を挟みます。
【列車が入ります】神/単/ノックB……目に見えない電車に跳ね飛ばされます。

・妖怪電車/物質系/ランク2…………2両
 攻撃はしてきませんが、体力があります。なかなか潰せないでしょう。
 またドアが全て閉まると、幽玄の狭間に消えてしまいます。
 制帽が乗り込んだとたんにドアが閉じます。

 今回、覚者が保育所に到着したとき、妖怪電車の中に生きている人間は乗っていません。

・のっぺりとした黒い人影(雑魚)/心霊系/ランク1……8体
 ゴースト地区全体に散らばって、ふらふらと漂っている黒い人影たちを集めて回っています。
 また生きている人間を見つけると、生きたまま妖怪電車に連れ込もうとします。
【なぐる】【ける】【噛む】神/単……そのまんま、殴る、蹴る、噛むです。

・黒い人影(雑魚)/心霊系/ランク1……200体
 黒い影になっていますが、なんとなく、生前の姿が見分けられます。
 全て家の外に出ており、ゆっくりとですが妖怪列車が止まっている保育所へ向かっています。
 妖化した直後であるためか、いまは攻撃能力も覚者を攻撃する意思も持っていません。
 放置するといずれはランクが上り、人に危害を加えるようになりますので倒してください。

●その他
会社勤めを終えてゴースト地区に戻ってくる人、塾が終わって帰ってくる子供……地区には特に結界ははられていません。
ゴースト地区に入りってのっぺりとした黒い人影(雑魚)に見つかると、問答無用で連れ去られます。
中には発現している人もいますが、ほとんど戦闘能力はなく、やはりのっぺりとした黒い人影(雑魚)に連れ去られてしまうでしょう。

●STより
『がたん、ごとん』の続きものとなりますが、前作に参加していなくても大丈夫です。
本作から参加の方は、ファイヴからの要請を受け急遽、現場に駆けつけた、あるいは現場近くで依頼を済ませて帰る途中に偶然、ゴースト地区を見つけたということになります。

よろしければご参加ください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
公開日
2018年06月10日

■メイン参加者 5人■

『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


 警察官はパトカーのドアを開けたまま無線で本署と連絡を取りだした。『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)の目を捉えながら報告を済ませた後、ファイヴへの連絡を頼み、次に近隣の駅を一時封鎖するように要請した。
「ありがとうございますなのよ」
 安全が確認されるまで、降車客に駅またはその近くで留まっているように呼びかけて欲しい。飛鳥がそう頼んだのだ。
 もちろん、急なことではあるし、すでに改札を出て家に向かっている人たちも大勢いるだろう。駅で足止めされる客たちの中には、駅員にクレームを入れる人や、それ以前に呼びかけを無視して駅を出る人もいるに違いない。果たしてどれだけ人々を押さえておけるのか、回転灯が投げかける赤い光が覚者たちの不安を増長する。
「それでも何もやらないよりマシだ。オレたちが少しでも早く『事件が起こった場所』を突き止めれば、混乱も被害も小さくできる」
 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は警察官が書いてくれたメモを広げると、改めて読んだ。
「オレは坂の上にある市之代幼稚園?」
 『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)に顔を向け、指示を再確認する。
「ええ、いのりはここから東を見て回りますわ。わかば幼稚園と泉の保育園まではいけないかもしれませんが……。鼎様は西をお願いします」
「あすかはキリン幼稚園までいけるのよ、たぶん。全力で走ればぎりぎり十五分ぐらいで」
 すでに三人の頭の中では、高比良・優(CL2001664)が駆け下っていった方角、つまり南が『正解』だと出ていた。だが、人命がかかっている以上、違いは許されない。
 他で何も起こっていないことを確認するべきです、といったのはいのりだった。見回る方角の割り振りをしたのもいのりだ。
「十五分ほど見て回った範囲で特になにもなければ、それぞれ南へ移動――坂下保育所に向かいましょう。そこで高比良様とも合流できるはずです。何かあった場合は、公衆電話から通報してください。附近をパトロールしているパトカーが見つけて知らせてくださいますわ。……すみません、奥州様。一番遠いところを担当してもらって」
「いや、別に。長距離走るのはちっとも苦じゃねえし、オレが一番遠いところへ行くのは理に適っているよ。じゃ、行くわ」
 三人はそれぞれ背を向けて走りだした。


「では、とくに妖による被害届けや通報は入っていないのですね?」
 警官に念押して聞いたことでしたことで皮肉にも、形がなかった不安の靄が硬質化し、その輪郭を優の胸の中にくっきりと浮かびあがらせてしまった。
(「妖怪電車は坂を上がって来たのだから、出発点は坂の下側のはず――」)
 犠牲者は一人や二人ではない。事件が起こったことが分からないほど大勢の人々が広範囲で犠牲になっている。
 確信に近い予感に居ても立ってもいられず、警官から坂の下にある幼稚園や保育所の名前と場所を聞きだすと、もう夜の闇に沈んだ街へ向かって駆けだしていた。ファイヴへの報告と応援連絡、その他必要なことは後に残った仲間たちがきちんと手を打ってくれるだろう。
 いや、走りだしたときはそんなことを考える余裕なんてなかった。ただ、一刻も早く見つけなければ、という思いでいっぱいだったのだ。
(「――でも何を?」)
 妖怪電車を倒した後に、飛鳥が「ボス格、本当の妖怪電車の運転手がどこかにいるかもなのよ」と言った。その直後だ。優の胸に黒いものが広がったのは。だから当然、探さなくてはならないのは妖の運転手であるはずなのだが、どうしてかピンとこない。
 優に調べる先を幼稚園や保育所に限定させたのは、一悟の言葉だった。電車男は幼稚園の先生ではないか。持っていた段ボールの電車は、言われてみれば幼稚園で先生が園児に作らせそうなものだったし、電車男が身に着けていたエプロンも、保育士の制服の一部といえばそうだと思えたのだ。
(「そうだ、行ってみればわかる」)
 長い坂をくだり、左に折れたときには息が切れていた。立ち止まって膝に手をつきながら、荒々しく呼吸を繰り返す。体力不足ではない。不安が肺を圧迫して、入る空気の量を減らしたのだ。
 坂下保育所はこの道を500メートルほど行った先にある。さあ、急ごう、と体を起こした優の耳に、シューベルトのピアノ曲が静かに流れ込んできた。
 しっとりとやさしい音色は悲しみを含んでおり、若くして死んだ音楽家のイメージそのままに『死』を感じさせる。
 どこから聞こえてくるのだろうと辺りを見回して、優はやっと自分が異常な静けさに包まれていることに気づいた。人工的な音は、している。明かりが灯る窓も、ある。それなのに人の息遣いが全く感じられない。『生』がぽっかりと抜け落ちていた。

 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)はやっとのことで改札を抜けると、警官の制止を振りほどいてバスロータリーを横切り、赤信号を無視して道路を渡った。
 一時間ほど前、『濡れ紫陽花・狐憑き騒動』で妖討伐に出ていた仲間たちと一緒にファイヴが手配した車で五麟市に戻る気になれず、電車を乗り継いで帰宅することにした。公衆電話を探し、ファイヴに連絡を入れたのは最寄りの駅に着いたことを知らせるためである。簡単に済ませるはずだった電話で、ラーラは思いがけず妖の討伐を受けることになったのだ。
「現場からの連絡と前後して予知夢を得たの。ほんと、どうにかならないかしら。先に中編を見せて、後から前編を出してくるなんて……ともかく、今からでも手を打てば後編の惨事は防げるはずよ。疲れているだろうけど、お願い」
 途中から電話を変わった夢見――眩・エングホルムは、この街で妖による大規模な殺戮が起こったと過去形で言っていた。終わってしまったことはどうにもならないが、今、行けばこの先起こる事件を未然に防げるかもしれない、とも。
(「中編の四人ともすぐ合流できるといいのですが。ともかく現場に急ぎましょう」)
 しばらく走ったところで、街灯の光の中を人影がぞろぞろ横切っていくのが見えた。
 走るペースを落とし、守護使役ペスカからビスコッティ家の女が代々受け継いで来た宝、煌炎の書を受け取る。
 その間も妖の行列は途絶えることなく続いていた。
「次から次へわらわらと……だからお化けは苦手なんです。とはいえ、放っておけば危険な存在になるというのなら捨て置けません。一般人の皆さんが危険にさらされているのならなおのこと」
 目の前を行く妖たちからは邪悪さのかけらも感じられない。どうやら妖になって間もないようだ。しかし、一度にこんなにも大量に妖が発生するなんて……。
 疑問を一旦頭の隅へ追いやってから、ラーラは鍵の掛かった煌炎の書を左手に持ち、右手を高く掲げた。地獄より怒れる炎の獅子を呼び出そうとしたところで、若い男、いや少年の姿が視界に入った。
「ここは危険です。いますぐここから遠ざかってください!」
 叫んだのは少年の方だった。駆けてくると、ラーラの右上に視線を向けて、あ、と小さく零した。
 左肩の上でペスカが微かに上下する気配が感じられ、自身も少年が連れている猫系の守護使役を認めるとぺこりと頭を下げる。
「妖怪電車の討伐に来ていた方でしょうか」
「ファイヴから応援に来てくださった人……」
 粛々と歩き続ける妖の行列を挟んで、互いに名乗りあう。
 そこへいのりが走ってきた。
「高比良様! ――ビスコッティ様、来てくださったのですね」
 他の人たちは、と問うラーラを優の切羽詰まった声が遮る。
「坂下保育所はすぐそこです。ボクは先に行きます。ここをお二人にお願いしてもいいでしょうか?」
「私一人で十分です。二人で先を急いでください、すぐ追いかけますから」
 はい、と声を揃えて二人が駆けだすと、ラーラは再び煌炎の書を構え持った。
 詠唱とともに鎖の巻かれた本か燃えるような光を放ち、巨大な炎の獅子を立ち上げる。次の瞬間、炎の獅子は本を離れて妖の行列に飛び掛かった。
 召炎帝にいつもの猛々しさはなかった。燃えるたてがみから聖火の粉を振りまきながら、堂々と妖の間を走り抜けていく。ただそれだけで獅子は数十体の妖、いや犠牲者の魂を救済したのだった。


 優は塀に繰り抜かれた雲形の窓から中を覗き込んだ。
 保育所の狭い遊び場を二両の妖怪電車が逆くの字型に塞いでいる。塀の一部が壊れ、二両目の後が道路にはみ出ていた。
「お遊戯室かな? 帽子をかぶった真っ黒な人影がいます。あれが……鼎さんの言っていた『妖怪電車の運転手』かもしれませんね。ですが……」
 門から保育所の玄関口までは、かろうじて一人分の隙間が開いていた。だが、そこは集まって来た人影たちでつまっている。人影を倒して進めば、中にいる妖に気づかれてしまうだろう。最悪、お遊戯室の窓から逃げ出され、妖怪電車とともに幽玄の狭間に消え去る恐れがあった。
 いのりが中を確認したいといったので、優は窓を譲った。
「どちらかが人影を倒して入口から、どちらかが塀を飛び越えて運動場を突っ切り、と考えましたが、あの『運転手』? 先ほど相手にした黒い影よりも強そうです。それにかぶっている帽子……あれも妖ですね。一人で二体と向き合うのは危険です。……待ちましょう」
 サイレンの音が近づいてきた。パトカーの赤い光が二つ向こうの筋を横切っていく。と思ったらバックで戻ってきて止まった。後部座席のドアが開いて誰か降りてこようとしている。
 ほぼ同時にのっぺりとした黒い人影が、数体の人影を連れて手前の角から出てきた。人影はこちらへ向かって歩いてくるが、生きている人間を見つけたのっぺりとした黒い人影はパトカーへ歩いていく。
「まずい!」
 大声を出すと自分たちの存在が中の妖にたちまち気づかれてしまう。優といのりは救助に駆けだした。
 ――と、愛らしい声が水音に乗って暗い路地に響いた。
「外は危険なので、窓をしっかり閉めて家から出ないでくださーい、なのよ!!」
 窓からこぼれる温かみのない明かりを吸い取って、水龍が輪郭を浮かび上がらせる。次の瞬間、龍の咢が開かれてのっぺりとした黒い人影を丸呑みした。
 いのりと優は源素を固めた弾をそれぞれの武器から撃ちだして、人影たちを撃ち抜いた。
「おそくなってごめんなさいなのよ」
「いのりたちもさっき着たところですわ」
 反対方向から足の音を聞いて振り返ると、一悟とラーラだった。
「すまん。遅くなった。……て、なんだ、こりゃ。この電車さっき倒した残りか、もしかして?」
 もしかしなくてもそうでしょう、と優。
「心霊列車と聞くと、かの大妖が思い浮かびますが……これは物理系なのですね」
「ええ。かの大妖とはとりあえず関係なさそうですわ。それでは……いのりが出入り口の妖を一掃します。みなさんは塀を越えて運動場から突入してください」
「ボクも秋津洲さんと一緒に出入り口側から回ります。急ぎましょう、どうやら妖たちはこの妖怪電車に乗り込むために集まってきているようですから」
「よし、行くぜ」
 言ったときにはもう一悟の体は空を飛んでいた。軽々と塀を飛び越えて運動場に降りたつ。ラーラも背の低い飛鳥を助けながら塀を乗り越えた。
「ボクたちも急ぎましょう」
「はい」
 いのりは冥王の杖を両手で握り、高く掲げた。
「救ってあげられず申し訳ありませんわ」
 悲しみを含んだ声が夜気を揺らすと、小さく砕けた星々が涙のように光る筋を引きながら空から落ちて来た。
 人影たちが一斉に手のひらを上に向けて顔をあげる。
 星屑は優しくやさしく、黒く霞んでしまった魂たちの形を削りとり、しみ込むように地面の下へ消えて行った。
「……秋津洲さんはあの人たちを救ったと思います」
 やさしい言葉を耳に残して優が通り過ぎていく。いのりはその背を追った。

「おらっ!」
 一悟は壁に向かって豪快にトンファーを打ちつけた。
 たった一撃で壁が吹き飛ぶ。
「すべて聞きました。罪のない人達をこんなにも……許せません。何が狙いかは知りませんけれども、この炎にて全て焼き払わせていただきます!」
 ラーラは空いた壁の穴からお遊戯室へ飛び込むと、中央に立つ黒い人影に向かって火の玉を次々に飛ばした。
 のっぺりとした黒い人影が、肩をひねるようにして体を斜めにしながら体を折った。頭にかぶった制帽が落ちないように左手でおさえる。
「ただの帽子じゃねえな、そいつも妖だろ?!」
 のっぺりとした黒い人影が体を起こし、右の拳を振り上げた。怨嗟に満ちた唸り声を上げてラーラに襲いかかる。
 優は廊下からその光景を目撃し、大型口径銃を構えた。いのりが横を通り過ぎ、お遊戯室に入っていく。引き金を絞ると銃声が響き、源素の弾丸が窓ガラスとのっぺりとした黒い人影の拳を吹き飛ばした。
 一悟は炎の柱を立ち上げて、制帽もろとも黒い人影を焼く。お遊戯室が一瞬、真っ赤に染まった。
「しぶといな、さっき相手にした黒たちとは違うのか?」
 妖は返事の代わりに声にならない声を発した。

 ――ドアが閉まります! ドアが閉まります!

 耳ではなく、妖の声は覚者たちの頭の中に直接響く。
「「きゃっ!」」
 ラーラといのりが左右から空気の塊に押されるようにして強くぶつかりあう。
 優はあわててお遊戯櫃に入り、一悟も妖と仲間の間に立った。
 制帽の下から腐った肉の臭いがする黒い霧が吹き出て、たちまちのうちに四人を包み込む。
 覚者たちは軽い痺れを起こして棒立ちになった。
 その機を捕えてのっぺりとした黒い人影が動く。
「――くっ!」
 突然、横殴りの暴雨が開いた穴からお遊戯室に吹き込んできた。ザーザーと音を立てる飴は一粒、一粒光を放ち、黒い霧を吹き払いながら覚者たちが受けたダメージを癒していく。
「さっさと電車ごっこを終わらせるのよ!」
 肩で息をしながら、飛鳥が穴の向こうに立っていた。大慌てで運動場にあったシーソーや小さなジャングルジムを壊し、妖怪電車のドアにつかえていたのだ。
「ころんさんにも、ちょっとぱくぱくして手伝ってもらったのよ」
 飛鳥はくるりとスティクを振り回し、最前列で黒い霧を吸い込んだ一悟に深層水を振りかけた。
「助かる! よし、さっさと片付けるか!」
「そうしましょう!」
 優が火の弾を飛ばして車掌の腹に穴を空ける。
 一悟は黒くのっぺりとした人影――車掌の顔面に炎を纏わせたトンファーを叩き込んだ。衝撃で制帽が妖の頭から落ち……いや、床に落ちる前に持ち直し、ふわりと空に浮く。
「飛べるのですか?!」
 いのりは驚きながらも杖の先から源素弾を飛ばして、ふわふわと移動を始めた制帽を狙い撃った。
「逃がしません!」
 ラーラが再び炎の獅子を召喚する。
 現れた獅子は無慈悲だった。容赦なく鋭い牙の先で車掌の腹にあいた穴を広げ、燃える足で制帽を踏みつける。
 潰れながらも浮き上がった制帽を、うずくまった車掌もろとも飛鳥が放った水龍が飲みこんだ。

 ――ガコン、ガコン! ガ、ガゴゴコ、ガゴ!

 制帽が消えると同時に妖怪電車が暴れ出した。飛鳥がつかえた鉄くずを潰し、吐き出してドアを閉めようとしている。
「させません!」
 優は真っ先にお遊戯室を飛び出し、妖怪電車に乗り込んで自らドアの抑え役に回った。
 ここで消えられては失敗だ。優に続けと一斉に運動場へ――。
 ワン、と一悟の守護使役、大和が吠えた。
「待て! いま、二階から物音がした」
 いのりの頭の横では、守護使役のガルムがしきりに鼻をひくひくさせていた。
「……生きている人がいるようです。皆様は残りの妖を倒しに行ってください、いのりは二階にあがります」


 ガルムのおかげで、いのりは生存者を職員室で見つけることができた。浅葱色のスモックを着た男の子だ。この保育所に預けられている子なのだろう。
 男の子はミズノツトムと名乗った。
「生きていてくれて嬉しいですわ! もう大丈夫」
 ツトムの手を引いて一階に降りた。ママは、という問いは聞き流した。地区が丸ごと妖の手によって落ちている。この子の親も命を落としている可能性が高かった。だから……ただ強く手を握り返して一悟や優とともに妖怪電車退治に加わった。
 飛鳥とラーラは保育所を出ると、前の道の左右に分かれてやってくる人影と、それらを先導して戻って来たのっぺりとした黒い人影を迎え撃った。人影たちにたいしてはやりきれない思いを押し隠し、のっぺりとした黒い人影に対しては憎しみを隠すことなく。
<「そろそろ保育所から離れていましょうなのよ」>
 四体ほどのっぺりとした黒い人影とたくさんの人影を倒した後、二人は送受心・改で連絡を取り合いながらパトロールを始めた。
 水の龍と炎の獅子がゴースト地区をくまなく回り終えた頃、しぶとかった保育所の妖怪電車もようやく落ちた。

 駅と付近の道路封鎖が解かれて住民たちが帰ってくると、悲痛な声があちらこちらで上がり始めた。
 ツトムは壊れたジャングルジムの端に腰かけて小さな肩を丸め、ママが迎えに来るのをずっと待っている。
 警察官がやってきて『ミズノカオリ』が最後に目撃されたのは午後六時、スーパーでハンバーグのパックを手に取る姿を従業員が目撃していました、といのりに告げた。
 事実を告げるのは辛かった。
 涙をためて見上げたツトムの顔に、自身の、過去の顔が重なる。
「何があっても負けないで」
 いのりはツトムを抱きしめた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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