がたん、ごとん
●
――がたん、ごとん……がたん、ごとん……。
夕暮れ時の住宅街を、虚ろな目をした男が段ボールで作られた電車の運転席正面を両手に持って歩いていた。
――がたん、ごとん……がたん、ごとん……。
ゆっくり、ゆっくり、坂を上がり、ランドセルを背負う子の手を引いた女性とすれ違う。女性はスーツ姿に食材が入ったスーパーのビニール袋を腕に下げている。勤め帰りに学童保育に預けていた子供を引き取り、帰る途中の母親だろうか。
「ねえ、おかあさん。あのおじさん――」
「しっ!」
母親が慌てて、後ろを振り返った子を叱りつける。
「見ちゃダメ。指を刺さないの! ほら、行くわよ」
子供の手を強引に引いて、坂を下りだしたそのとき――。
「お待たせいたしました。 まもなく1番線に、電車が到着いたします。 危ないですから黄色い線まで下がってお待ちください。 全車両が指定席です。生きているお客様はご乗車できませんのでご注意ください」
男が立ち止まった。
ぷしゅー、と空気が抜けるような音がしたかと思うと、いきなり男の後ろに黄色い車両があらわれた。
ドアが開き、真っ黒な車内から黒い人影がたくさん降りてきて、親子を囲んだ。
母親が悲鳴をあげる前に、後ろから黒い手が口を塞いだ。一重目蓋の目が、これ以上むりだというぐらい大きく開かれる。
「助けて、おかあさん!!」
「――っ!! ――――っ!!」
子供が車内に連れ込まれた直後、母親の首が180度後ろへまわった。
「間もなくドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめください」
黒い人影たちは母親を担ぎ上げると、あわてて車内に駆け込んだ。
――がたん、ごとん……がたん、ごとん……。
●
眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は何故か不機嫌だった。ブリーフィングに入る直前、中から「必要なことだけを客観的に伝えるように」、と釘を刺されたのだ。中の指示に不満があるらしい。
「……車両の数は2両。車両も乗客も妖よ。さっさと倒してきて」
いまから向かえば母親は確実に助けられるだろう。生きたまま連れ込まれた子供のх救出は、妖である電車の中に飛び込まなくてはならないため困難を極める。
「ちなみに連れ込まれたのは2両目、最後尾のドアよ」
電車のランクは2、黒い人影はランク1。
「電車は攻撃してこないけど、それなりに体力があるわ。ドアは内側から開けないから、中に飛び込むなら閉まらないように工夫してね」
ちなみにすべてのドアが閉まると、電車は幽玄の狭間に消えさってしまう。中に連れ込まれた人間は、殺されるか、どこか異世界に置き去りにされてしまうかのどちらかになるだろう。
「黒い人影は、形大きさがさまざまだけど、みんな弱い。発現したての新人でもワンパンで倒せるわよ。ただし、数が多いのが厄介。囲まれないように気をつけてね」
1車両に200体は乗っているという。2両で400体だ。
「じゃ、頼んだわよ」
さっさと部屋を出て行こうとする眩を、覚者の一人が呼び止めた。
「運転手? ああ、電車男はただの人だから。詳しく説明する必要がないって中さんがね……いっちゃいけない言葉を使いそうだから言うなって。失礼よね」
当然、電車男は殺してはいけないし、怪我をさせてもいけない。妖たちは勝手に男に憑りついただけだからという。
「親子が襲われる少し前にね」
――がたん、ごとん……がたん、ごとん……。
夕暮れ時の住宅街を、虚ろな目をした男が段ボールで作られた電車の運転席正面を両手に持って歩いていた。
――がたん、ごとん……がたん、ごとん……。
ゆっくり、ゆっくり、坂を上がり、ランドセルを背負う子の手を引いた女性とすれ違う。女性はスーツ姿に食材が入ったスーパーのビニール袋を腕に下げている。勤め帰りに学童保育に預けていた子供を引き取り、帰る途中の母親だろうか。
「ねえ、おかあさん。あのおじさん――」
「しっ!」
母親が慌てて、後ろを振り返った子を叱りつける。
「見ちゃダメ。指を刺さないの! ほら、行くわよ」
子供の手を強引に引いて、坂を下りだしたそのとき――。
「お待たせいたしました。 まもなく1番線に、電車が到着いたします。 危ないですから黄色い線まで下がってお待ちください。 全車両が指定席です。生きているお客様はご乗車できませんのでご注意ください」
男が立ち止まった。
ぷしゅー、と空気が抜けるような音がしたかと思うと、いきなり男の後ろに黄色い車両があらわれた。
ドアが開き、真っ黒な車内から黒い人影がたくさん降りてきて、親子を囲んだ。
母親が悲鳴をあげる前に、後ろから黒い手が口を塞いだ。一重目蓋の目が、これ以上むりだというぐらい大きく開かれる。
「助けて、おかあさん!!」
「――っ!! ――――っ!!」
子供が車内に連れ込まれた直後、母親の首が180度後ろへまわった。
「間もなくドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめください」
黒い人影たちは母親を担ぎ上げると、あわてて車内に駆け込んだ。
――がたん、ごとん……がたん、ごとん……。
●
眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は何故か不機嫌だった。ブリーフィングに入る直前、中から「必要なことだけを客観的に伝えるように」、と釘を刺されたのだ。中の指示に不満があるらしい。
「……車両の数は2両。車両も乗客も妖よ。さっさと倒してきて」
いまから向かえば母親は確実に助けられるだろう。生きたまま連れ込まれた子供のх救出は、妖である電車の中に飛び込まなくてはならないため困難を極める。
「ちなみに連れ込まれたのは2両目、最後尾のドアよ」
電車のランクは2、黒い人影はランク1。
「電車は攻撃してこないけど、それなりに体力があるわ。ドアは内側から開けないから、中に飛び込むなら閉まらないように工夫してね」
ちなみにすべてのドアが閉まると、電車は幽玄の狭間に消えさってしまう。中に連れ込まれた人間は、殺されるか、どこか異世界に置き去りにされてしまうかのどちらかになるだろう。
「黒い人影は、形大きさがさまざまだけど、みんな弱い。発現したての新人でもワンパンで倒せるわよ。ただし、数が多いのが厄介。囲まれないように気をつけてね」
1車両に200体は乗っているという。2両で400体だ。
「じゃ、頼んだわよ」
さっさと部屋を出て行こうとする眩を、覚者の一人が呼び止めた。
「運転手? ああ、電車男はただの人だから。詳しく説明する必要がないって中さんがね……いっちゃいけない言葉を使いそうだから言うなって。失礼よね」
当然、電車男は殺してはいけないし、怪我をさせてもいけない。妖たちは勝手に男に憑りついただけだからという。
「親子が襲われる少し前にね」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.母親と電車男の保護
2.妖、妖怪電車と乗客・黒い人影たちの撃破
3.なし
2.妖、妖怪電車と乗客・黒い人影たちの撃破
3.なし
夕方。晴れ。
とある街の住宅街。
坂道の途中です。道幅は広く車が余裕ですれ違うことができます。
交通量は多くありません。
坂の下の中学校が、坂の上に小学校があります。
車はともかく、クラブを終えて下校する中学生が通る可能性があります。
覚者たちの現場到着は、妖怪電車から降りて来た黒い人影たちが子供を車内に運び込んだタイミングとなります。
●敵
・妖怪電車……2両/ランク2
攻撃はしてきませんが、体力があります。なかなか潰せないでしょう。
またドアが全て閉まると、幽玄の狭間に消えてしまいます。
・黒い人影……400体/ランク1
妖怪電車の乗客たち。姿かたちは様々ですが、とても弱いです。
会話できません。
●電車男
エプロンをつけた若い男性。
虚ろな目をしています。
段ボールで作った電車を手に持っています。
人間です。
会話は……運転手と車掌、その他もろもろを兼任しています。
電車に関する話以外は、まともに会話が成立しないでしょう。
●STコメント
よろしければご参加くださいませ。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2018年05月19日
2018年05月19日
■メイン参加者 4人■

●
夜の闇が滑るように坂道を下りていく。段ボールで作られた電車のライトが、暮れる空に向けて幻のはかない光を洩らす。電車男は命の光を吐き出して夜の闇を照らし続けるが、そこにメッセージは欠片も含まれていない。ただ、ただ、命を消費し続けるのみ。
覚者たちは走る夜の境界線を追い越して、妖であふれる幻のプラットホームに駆け込んだ。心がからっぽになった電車男の横を通り過ぎ、幽霊電車の一両目から二両目へ。
覚者たちのすぐ目の前で、泣き叫ぶ子供が黒い人影たちに抱えられ、黄色い車両の中へ消えていった。
「どけ! じゃまだ!」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は電車に乗り込もうとしている黒い人影たちをかき分け、押しのけながら二両目の端のドアから妖でいっぱいの車内へ飛び込んだ。
「何が目的か存じませんが、その子は降ろさせてもらいますわ!」
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)がすぐ後につづく。朝の通勤ラッシュ並の混みように、一瞬小さな体を押し出されそうになったが、冥王の杖をぐいぐいと人影たちの間に差し込んで無理やりスペースを広げて中へ入った。
予定外の事態に少しも動じることなく、電車男が発車アナウンスを叫ぶ。
「間もなくドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめください」
高比良・優(CL2001664)は閉まりかけたドアに体を挟ませると体を横向け、伸ばした長い足と背中で押し開いた。
「残念ですが、ここが終点になります。この電車はどこへも行かせません」
乗り遅れていた人影たちが、次々と腰を折って優の足の下をくぐり、電車の中へ入って行こうとする。それと同時に、中から妖の乗客たちがドアをつっかえさせている優を排除しようとぐいぐい体を押すので、『おしくらまんじゅう』状態になった。
「うわぁ、やめて……あぶな……って、こ、このぉ!」
優は中に入った一悟といのりを気遣いながらも、連結部に向けて炎の波を放った。車内が一瞬、赤く染まる。波にのまれた黒い人影たちはぺらぺらと紙のように灼熱の対流に踊り、千切れ消えた。
内部からの圧が消えて、ふう、と息をついたとたん――。
「あ……」
連結部のドアが開いた。
ひとり、妖怪電車を無視して『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)は黒い人影たちに襲われる母親を助ける。
「ファイヴなのよ! その人から離れなさい、なのよ!」
飛鳥が突き出したスティックの先から激流が迸ったかと思うと、瞬く間に牙をむく龍の頭部となって人影たちに襲い掛かった。
水龍が口の端に黒いものを垂らしたまま、現世に開いた空間の隙間からどこか別の世界へ消えて行く。
とたん、支えを失った母親の体がすとんと落ちた。
「大丈夫ですか?」
「どいて!」
母親は駆け寄ってきた飛鳥を無視して立ち上がると、我が子の名をヒステリックに叫びながら妖怪電車に向かって走りだした。が、すぐに人影たちに囲まれて、動けなくなってしまった。
「あずさ、あずさー!」
人影たちの間から、時折火を吹きだす妖怪電車の窓に向けて必死に腕のばす。
(「しょうがないな、もう……なのよ」)
飛鳥は妖怪電車と人影たちの間に回り込むと、ウサギさんパンチで一体一体、人影を倒し始めた。
電車の中は立錐の余地無く黒い人影たちでいっぱいだった。よく見ると、影はのっぺりとした黒ではなく、衣服が解る程度の濃淡があった。
一悟の前を、着物を着た品の良さそうな老婆と、腹の突き出たおやじがふさぐ。意図して邪魔をしているというよりは、ただ、電車に乗り合わせただけといった感じだ。どうやらこの妖怪電車には、悪意を持って生きている人間を引きずり込む人影と、ただ単に電車に乗っている人影の二種類いるらしい。
ただの乗客である人影は、この電車に引きずり込まれて死んだ人の霊魂が黒く染まったものではないか、といのりは思った。
「それが解ったところで……」
一悟がトンファーを構える。
いのりも杖を構えた。
「ええ、なんとなくやりづらくなっただけですわね」
とはいえ、まだ生きている者の救助が優先される。それに、ここで手を下さなければ、不幸にも妖化した人々もやがては人を襲いだすようになるだろう。
「だったら、ステージが進む前に倒すのが一番の供養だよな」
「ええ、いのりもそう思いますわ。それに……例え相手が何者であっても、危機にある母子を救わなければなりませんわ! この力は救いを求める誰かの為にあるのだから」
いのりが飛ばした気弾が、一悟が立ち上げた炎柱の火を巻き取りながら突っ切って行く。老婆と腹の出たオヤジの影は炎に焼かれ、その後ろにいた詰襟の学生たちは火を纏う気弾に撃ち抜かれて散り散りになった。
「よし、見えた!」
二両目の中央、座席と座席の間の通路で、で黒々とした人影たちが泣き叫ぶ子の小さな手足を、四方から引っ張っていた。
椅子に座った人影たちは、どこか迷惑そうな仕種でそれを眺めているが、誰も止めようとはしない。
それを見て一悟はかっとなり、相手が妖であることを一瞬忘れて怒鳴りつけた。
「おい! てめーら!」
「奥州様、子供を助けるのが先ですわ! いのりは右をやります」
「お、おう……左は任せろ」
まず一悟がトンファーを振るって、子供の左足を引っ張っていた人影を打ち破った。いのりはBOTを飛ばして右の足を引っ張っていた影の頭を撃ち抜いた。
力の均衡が崩れ、この腕を引っ張っていた影が後ろへ倒れた。それを後ろにいた他の人影たちが押し返す。
「もう一回! やりますわよ!」
二人同時に人影の頭を砕く。
床に落とされたとき、子供は一声もあげなかった。ぐったりとしたまま、床に横たわっている。
一悟はあわてて傍に跪くと、己の命を子供に分け与えた。一時しのぎだが、外に運び出せば飛鳥が癒してくれるだろう。
「もう大丈夫だ。お母さんの所に行こうな」
いのりは子供と一悟に襲い掛かろうとした人影たちをBOTで牽制した。
「子供を頼んだぜ、いのり。オレはこいつらを始末する」
「はい。まかせてください」
ぐたりとした子供を背負うと、いのりはただ一か所、優が開いてくれているドアに向かって走った。
●
「いててっ! ちょっとずつ、ちょっとずつ……もう、まとめて来てくれたらいいのに!」
最初の一撃を放った直後、人影たちが明らかに攻撃的になった。ただ優の体を推すだけだったものが、殴る蹴るに変わったのだ。外から中に入ろうとする人影のなかには、足に噛みつくものまで出て来た。
囲まれるたびに召炎波を放つが、一両目の連結部からゾロゾロと新たな人影たちが移動してくるのでキリがない。いや、いずれは尽きるはずなのだが、あまりに気力の燃費が悪いので、途中から攻撃を火焔連弾に切り替えていた。
「高比良様、ご無事ですか?」
「無事……とは言えませんが、まだ大丈夫です。さ、早く外へ」
子供を背負ったいのりを通すために足を下げてやる。
その期に乗じて車内に入り込もうとしたパンチパーマの人影には、にこやかに微笑みかけながら裏拳を叩きこんだ。
「危険ですから、駆け込み乗車はやめましょうね」
優が口にした言葉に電車男が反応して、アナウンスを繰り返し叫び出した。
「ドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめくださいーっ!!」
近所迷惑このうえないが、誰一人としてクレームを言いに現れない。いや、実際は言いに来ているのだが、道をふさぐ黄色い電車といかにもな黒い人影、常軌を逸した電車男を見て怯え、そして――。
「結界を張ったのよ」
飛鳥が張った結界に阻まれて遠巻きに見ているしかないようだ。
「いのりちゃん、早くこっちへ。優お兄さんとまとめてお手当するのよ」
飛鳥が天に向けてスティクをくるりと振るうと、傷を癒す-静かな雨が降り出した。細く優しい雨の後は、薄闇の膜を張ったように景色が暗んでいる。
電車の中から漏れ出すレモン色の明かりと、最後尾の窓から吹きだす炎のオレンジ色が、景色に色をつけていた。
雨の滴に目蓋を叩かれて、子供が目を覚ました。
「よかった。もう大丈夫ですよ。さあ、これを食べて嫌な事を忘れてください」
いのりはゼリーをとりだすと、子供の手に握らせた。
虚ろだった子供の目に光が戻った。ゼリーを握った手をしばらく見つめていたが、突然、
きょろきょろと辺りを見回し出した。
「おか……あ、さん……」
「お母さんなら、そこにいますよ」
優が母親を指さして教えてあげると、とたんに泣き出した。
「おかあさん!!」
ところが母親は子の呼びかけにまったく反応しなかった。虚ろな目を暗がりに向けたまま、飛鳥の横でへたり込んでいる。
「あ! ごめんなさいなのよ、いま解くのよ」
飛鳥はとりあえず悪意をむき出しにして襲い掛る人影たちを倒すと、忠告を聞き入れず、妖怪電車に突進しようとする母親に魔眼をかけて行動を抑え込んでいた。
魔眼を解かれると、母親はすぐにわが子に腕を伸ばして抱き寄せた。
「フラフラしている影はあとで倒します。先に結界を張らなきゃ、大変なことになりそうだったので――」
飛鳥は意味深に目配せすると、首を後ろへ向けた。
恐らく結界ギリギリのラインで、やじうまたちが人垣を作っている。その多くがクラブ活動を終えて下校する学生たちだった。
「お母さんに魔眼をかけさせてもらったのよ。とにかく急がないと、学生たちが調子に乗って、妖へのおちょくりが大胆になっているのよ」
攻撃してこないとみるや、学生たちは彷徨う人影たちに向かって石を投つけていた。発現しているものは、普段使ったことがない源力を試すチャンスとばかりに術式もどきを放っている。いまは大丈夫でも、いつ妖のレベルが上がって反撃に転じるかわからないので放置しておけなかった。
「言っても聞かないのよ」
こまった人たちですね、と優が溜息をつく。
「ボクが行って注意しましょう、といいたいところですが、ボクはこのドアを開けておかないとダメですし……」
「それならいのりにいい考えがありますわ。高比良様、鼎様、親子を頼みますわね」
いのりは先頭車両に向かって走った。
アナウンスを叫び続ける電車男の正面に回ると、車掌さん、車掌さん、と声をかけて電車男の注意を引いた。
「扉に乗客が挟まれていますから電車を停止させて扉を全部開けて下さいませ。その後貴方は被害の及ばない所でじっとしていて下さい」
「………………?」
「扉に人が、子供が挟まれています! 電車の扉を全部開けて下さいませ!!」
ようやく理解したのか、電車男の顔に動きが現れた。ぐっと眉間にしわを寄せ、つばを飛ばしながら喚きだす。
「ドアが開きます! ドアが開きます! ご注意ください!!」
ぷっしゅーと空気が抜ける音とともに、妖怪電車のドアが一斉に開いた。
●
「……ごめんな。助けてやれなくて」
一悟は最後尾にたまっていた幼稚園児らしきし人影の集団に炎柱を放った。いずれは人を襲いだす、とわかっていても、無抵抗な、それも子供の霊を焼いて心が痛んだ。唇をかみしめ、踵を返す。
一両目に向かって歩きながら、一悟は出鱈目にトンファーを振るって妖怪電車を内部から攻撃していった。
体を張ってストッパーになっている優に声をかけようとした時、ごっ、と音をたててドアが開いた。
「お? ドアが開いた?」
「秋津洲さんですよ。電車男さんに命じてドアを開けさせたようです」
窓の外に目を向けると、流星の雨が降っていた。その間を水龍が泳ぐように飛んでいる。
星々は過剰なエネルギーを分散させようと、その身をけずりながら燃えつきるまでに妖怪電車に激突した。水龍はずらりと並んだ水牙に次々と人影たちをひっかけては、長い舌で巻き取って喉の奥へ流し込んでいった。
いのりと飛鳥の派手なパフォーマンス、もとい攻撃にやじうまたちが拍手を鳴らした。
「――と、奥州さん。おふたりの技に見とれている場合じゃないですよ。ボクたちは1両目に突撃して、残りの人影を倒しましょう」
「高比良さん、行けるのか?」
大した攻撃力はないといっても、浴び続ければそれなりにダメージもたまる。現に優の服は破れ、露出した皮膚のあちらこちらに擦り傷や噛み傷、打撲跡がみられる。
「ええ、お気遣いありがとうございます。見た目はひどいありさまですが、まだまだ頑張れますよ。さっき、一度、鼎さんに癒していただきましたしね」
それなら、と一悟は二両目の連結部ドアを蹴り飛ばした。タガが外れたドアが一両目連結部のドアに当ってひしゃげる。と、それは瞬く間に消え去った。
妖怪電車が大きく揺れ動く。
連結部ドアの向こうに、黒い人影たちが固まっていた。
「行くぜ!」
「はい!」
まず、優が召炎波で露払いし、一悟がトンファーを回し振りしながら一両目に突撃した。
「人に仇成す妖は成敗いたしますわ!」
電車の外からいのりが全体攻撃を仕掛けているが、やはり妖怪電車内部にはその威力は届いていないらしく、まだ一両目にはたくさんの人影がひしめいていた。
狭い通路を二人肩を並べて、人影を削りながら進んでいく。
「ぎゃぁぁぁぁ!! 大変なのよ!」
一両目の半ばに差し掛かった時、外から飛鳥の悲鳴が聞こえて来た。
「電車男さんが、電車男さんが、中に引きずり込まれそうなのよ!」
「なんだって!?」
「あ――奥州さんっ!!」
それまで開いていたドアが、何の前触れもなしに一斉に閉まった。
●
いのりは今夜、四回目の星降ろしを行った。夜空のそこかしこを星々が流れ落ちていく。
妖怪電車の体はあちらこちらが凹み、傷ついていた。だが、まだ消えない。いや、消えてもらっては困る。中に一悟と優が取り残されているのだ。
「鼎様! 頑張ってください!」
妖怪電車が消えずに残っているのは、一両目先頭の連結部ドアが開いていることが大きかった。そこから人影たちが腕を伸ばし、電車男を車内に引きずり込もうとしているのだ。
飛鳥が暴れる電車男の足を抱え持っているが抗いきれず、ずりっ、ずりっ、と電車側へ引き寄せられていた。
「う~、むり~」
一悟と優が懸命に人影を削って進むが、間に合いそうにない。電車男が幽霊電車の中にむ取り込まれてドアが閉まってしまえば、その瞬間、幽玄の世界へ消え去ってしまうだろう。
いのりが幽霊電車を倒しきるか、一悟と優が中にいる人影を倒しきってドアが閉まる前に電車男とともに外へ出るか。
人影の一体が腕を伸ばし、電車男のエプロンをめくってズボンのボタンを外した。チャックに手をかけて降ろし始める。
「あ……ズボンが……電車男さんのズボンが脱げそうなのよ!」
「奥州様、高比良様、お急ぎください!」
車内に半ば引きずり込まれている電車男を撒き込んでしまうため、優は全体攻撃を封じられていた。大型口径銃で狙いをつけ、火弾で撃ち倒していく。
一悟も炎柱を封じ、神秘の炎を纏わせたトンファーで通路を進む。
「見えた! あと少しだ、ふんばれ飛鳥!」
一悟が人影を砕いている間に、優が人影の足の間から電車男の肩を押して外に出そうとする。
「あ、あー、なのよー!!」
ついに電車男のズボンが脱げ、飛鳥が後ろへ倒れた。
「駄目っ!!」
いのりは妖怪電車への攻撃をやめて、瞬時に電車の外に体を出している人影にB.O.T.を放つ。
飛鳥もズボンを投げ捨てると、一悟や優に当ることも厭わずすぐさま開いたドアに向けて水龍牙を放った。
人影たちが一掃され、電車男の上半身が車外に落ちる。
ゆっくりとドアが閉まり始めた。
「――ここが終点だといったよ。逃がさない!」
電車男を押し出した優は、そのまま前に出て閉まるドアを押さえた。
「ナイスだぜ、高比良さん! あとは、この妖怪電車だけだ。全員で力を合わせて叩くぜ!」
●
妖怪電車を倒した四人の気力はほとんどつきかけていた。
「しぶとかったのよ」
飛鳥が、はふぅ、と夜空に向かって息を吹きあげる。
「親子も電車男さんも無事、やじうまたちにもけが人なし、上手くいきましたね」
優がみんなの労をねぎらう。
親子は健康状態を確認した後に帰宅させていた。
学生とご近所さんたちはとうに解散させている。
坂の上に残っているはファイヴの覚者たちと電車男だけだった。
「所でこの電車男、電車オタクという物なのでしょうか? 気になりますわね」
本人に何を訪ねても「あー」「うー」としか言わないので、とりあえずは最寄りの警察で保護してもらうことにしのだが、それにしても……。
「エプロンつけた若い男って……まさか保父さんじゃないだろうな。いや、段ボールで作った電車を持っているっていうのがなぁ。もちろん、ただの電車オタクって線もあるけど」
一悟の推理にいのりが体を震わせる。
「まさか、この近所にある幼稚園が妖に?!」
「うん、二両目の最後尾に幼稚園児っぽい人影が乗っていたんだ。どうしようもなくて倒しちまったけど……」
「もしかしたらボス格、本当の妖怪電車の運転手がどこかにいるかもなのよ」
飛鳥は胡坐をかく電車男の前に回り、虚ろな目を覗き込んだ。
「電車男さん、何があったのか教えてくださいなのよ」
「無駄ですよ。それよりも、このあたりを四人で手分けして回ったほうが早いかもしれませんね」
優は首を回すと、眼下に広がる夜の街を見下ろした。赤い回転灯をつけたパトカーが坂を上がってくる。
「……嫌な予感がします」
夜の闇が滑るように坂道を下りていく。段ボールで作られた電車のライトが、暮れる空に向けて幻のはかない光を洩らす。電車男は命の光を吐き出して夜の闇を照らし続けるが、そこにメッセージは欠片も含まれていない。ただ、ただ、命を消費し続けるのみ。
覚者たちは走る夜の境界線を追い越して、妖であふれる幻のプラットホームに駆け込んだ。心がからっぽになった電車男の横を通り過ぎ、幽霊電車の一両目から二両目へ。
覚者たちのすぐ目の前で、泣き叫ぶ子供が黒い人影たちに抱えられ、黄色い車両の中へ消えていった。
「どけ! じゃまだ!」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は電車に乗り込もうとしている黒い人影たちをかき分け、押しのけながら二両目の端のドアから妖でいっぱいの車内へ飛び込んだ。
「何が目的か存じませんが、その子は降ろさせてもらいますわ!」
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)がすぐ後につづく。朝の通勤ラッシュ並の混みように、一瞬小さな体を押し出されそうになったが、冥王の杖をぐいぐいと人影たちの間に差し込んで無理やりスペースを広げて中へ入った。
予定外の事態に少しも動じることなく、電車男が発車アナウンスを叫ぶ。
「間もなくドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめください」
高比良・優(CL2001664)は閉まりかけたドアに体を挟ませると体を横向け、伸ばした長い足と背中で押し開いた。
「残念ですが、ここが終点になります。この電車はどこへも行かせません」
乗り遅れていた人影たちが、次々と腰を折って優の足の下をくぐり、電車の中へ入って行こうとする。それと同時に、中から妖の乗客たちがドアをつっかえさせている優を排除しようとぐいぐい体を押すので、『おしくらまんじゅう』状態になった。
「うわぁ、やめて……あぶな……って、こ、このぉ!」
優は中に入った一悟といのりを気遣いながらも、連結部に向けて炎の波を放った。車内が一瞬、赤く染まる。波にのまれた黒い人影たちはぺらぺらと紙のように灼熱の対流に踊り、千切れ消えた。
内部からの圧が消えて、ふう、と息をついたとたん――。
「あ……」
連結部のドアが開いた。
ひとり、妖怪電車を無視して『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)は黒い人影たちに襲われる母親を助ける。
「ファイヴなのよ! その人から離れなさい、なのよ!」
飛鳥が突き出したスティックの先から激流が迸ったかと思うと、瞬く間に牙をむく龍の頭部となって人影たちに襲い掛かった。
水龍が口の端に黒いものを垂らしたまま、現世に開いた空間の隙間からどこか別の世界へ消えて行く。
とたん、支えを失った母親の体がすとんと落ちた。
「大丈夫ですか?」
「どいて!」
母親は駆け寄ってきた飛鳥を無視して立ち上がると、我が子の名をヒステリックに叫びながら妖怪電車に向かって走りだした。が、すぐに人影たちに囲まれて、動けなくなってしまった。
「あずさ、あずさー!」
人影たちの間から、時折火を吹きだす妖怪電車の窓に向けて必死に腕のばす。
(「しょうがないな、もう……なのよ」)
飛鳥は妖怪電車と人影たちの間に回り込むと、ウサギさんパンチで一体一体、人影を倒し始めた。
電車の中は立錐の余地無く黒い人影たちでいっぱいだった。よく見ると、影はのっぺりとした黒ではなく、衣服が解る程度の濃淡があった。
一悟の前を、着物を着た品の良さそうな老婆と、腹の突き出たおやじがふさぐ。意図して邪魔をしているというよりは、ただ、電車に乗り合わせただけといった感じだ。どうやらこの妖怪電車には、悪意を持って生きている人間を引きずり込む人影と、ただ単に電車に乗っている人影の二種類いるらしい。
ただの乗客である人影は、この電車に引きずり込まれて死んだ人の霊魂が黒く染まったものではないか、といのりは思った。
「それが解ったところで……」
一悟がトンファーを構える。
いのりも杖を構えた。
「ええ、なんとなくやりづらくなっただけですわね」
とはいえ、まだ生きている者の救助が優先される。それに、ここで手を下さなければ、不幸にも妖化した人々もやがては人を襲いだすようになるだろう。
「だったら、ステージが進む前に倒すのが一番の供養だよな」
「ええ、いのりもそう思いますわ。それに……例え相手が何者であっても、危機にある母子を救わなければなりませんわ! この力は救いを求める誰かの為にあるのだから」
いのりが飛ばした気弾が、一悟が立ち上げた炎柱の火を巻き取りながら突っ切って行く。老婆と腹の出たオヤジの影は炎に焼かれ、その後ろにいた詰襟の学生たちは火を纏う気弾に撃ち抜かれて散り散りになった。
「よし、見えた!」
二両目の中央、座席と座席の間の通路で、で黒々とした人影たちが泣き叫ぶ子の小さな手足を、四方から引っ張っていた。
椅子に座った人影たちは、どこか迷惑そうな仕種でそれを眺めているが、誰も止めようとはしない。
それを見て一悟はかっとなり、相手が妖であることを一瞬忘れて怒鳴りつけた。
「おい! てめーら!」
「奥州様、子供を助けるのが先ですわ! いのりは右をやります」
「お、おう……左は任せろ」
まず一悟がトンファーを振るって、子供の左足を引っ張っていた人影を打ち破った。いのりはBOTを飛ばして右の足を引っ張っていた影の頭を撃ち抜いた。
力の均衡が崩れ、この腕を引っ張っていた影が後ろへ倒れた。それを後ろにいた他の人影たちが押し返す。
「もう一回! やりますわよ!」
二人同時に人影の頭を砕く。
床に落とされたとき、子供は一声もあげなかった。ぐったりとしたまま、床に横たわっている。
一悟はあわてて傍に跪くと、己の命を子供に分け与えた。一時しのぎだが、外に運び出せば飛鳥が癒してくれるだろう。
「もう大丈夫だ。お母さんの所に行こうな」
いのりは子供と一悟に襲い掛かろうとした人影たちをBOTで牽制した。
「子供を頼んだぜ、いのり。オレはこいつらを始末する」
「はい。まかせてください」
ぐたりとした子供を背負うと、いのりはただ一か所、優が開いてくれているドアに向かって走った。
●
「いててっ! ちょっとずつ、ちょっとずつ……もう、まとめて来てくれたらいいのに!」
最初の一撃を放った直後、人影たちが明らかに攻撃的になった。ただ優の体を推すだけだったものが、殴る蹴るに変わったのだ。外から中に入ろうとする人影のなかには、足に噛みつくものまで出て来た。
囲まれるたびに召炎波を放つが、一両目の連結部からゾロゾロと新たな人影たちが移動してくるのでキリがない。いや、いずれは尽きるはずなのだが、あまりに気力の燃費が悪いので、途中から攻撃を火焔連弾に切り替えていた。
「高比良様、ご無事ですか?」
「無事……とは言えませんが、まだ大丈夫です。さ、早く外へ」
子供を背負ったいのりを通すために足を下げてやる。
その期に乗じて車内に入り込もうとしたパンチパーマの人影には、にこやかに微笑みかけながら裏拳を叩きこんだ。
「危険ですから、駆け込み乗車はやめましょうね」
優が口にした言葉に電車男が反応して、アナウンスを繰り返し叫び出した。
「ドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめくださいーっ!!」
近所迷惑このうえないが、誰一人としてクレームを言いに現れない。いや、実際は言いに来ているのだが、道をふさぐ黄色い電車といかにもな黒い人影、常軌を逸した電車男を見て怯え、そして――。
「結界を張ったのよ」
飛鳥が張った結界に阻まれて遠巻きに見ているしかないようだ。
「いのりちゃん、早くこっちへ。優お兄さんとまとめてお手当するのよ」
飛鳥が天に向けてスティクをくるりと振るうと、傷を癒す-静かな雨が降り出した。細く優しい雨の後は、薄闇の膜を張ったように景色が暗んでいる。
電車の中から漏れ出すレモン色の明かりと、最後尾の窓から吹きだす炎のオレンジ色が、景色に色をつけていた。
雨の滴に目蓋を叩かれて、子供が目を覚ました。
「よかった。もう大丈夫ですよ。さあ、これを食べて嫌な事を忘れてください」
いのりはゼリーをとりだすと、子供の手に握らせた。
虚ろだった子供の目に光が戻った。ゼリーを握った手をしばらく見つめていたが、突然、
きょろきょろと辺りを見回し出した。
「おか……あ、さん……」
「お母さんなら、そこにいますよ」
優が母親を指さして教えてあげると、とたんに泣き出した。
「おかあさん!!」
ところが母親は子の呼びかけにまったく反応しなかった。虚ろな目を暗がりに向けたまま、飛鳥の横でへたり込んでいる。
「あ! ごめんなさいなのよ、いま解くのよ」
飛鳥はとりあえず悪意をむき出しにして襲い掛る人影たちを倒すと、忠告を聞き入れず、妖怪電車に突進しようとする母親に魔眼をかけて行動を抑え込んでいた。
魔眼を解かれると、母親はすぐにわが子に腕を伸ばして抱き寄せた。
「フラフラしている影はあとで倒します。先に結界を張らなきゃ、大変なことになりそうだったので――」
飛鳥は意味深に目配せすると、首を後ろへ向けた。
恐らく結界ギリギリのラインで、やじうまたちが人垣を作っている。その多くがクラブ活動を終えて下校する学生たちだった。
「お母さんに魔眼をかけさせてもらったのよ。とにかく急がないと、学生たちが調子に乗って、妖へのおちょくりが大胆になっているのよ」
攻撃してこないとみるや、学生たちは彷徨う人影たちに向かって石を投つけていた。発現しているものは、普段使ったことがない源力を試すチャンスとばかりに術式もどきを放っている。いまは大丈夫でも、いつ妖のレベルが上がって反撃に転じるかわからないので放置しておけなかった。
「言っても聞かないのよ」
こまった人たちですね、と優が溜息をつく。
「ボクが行って注意しましょう、といいたいところですが、ボクはこのドアを開けておかないとダメですし……」
「それならいのりにいい考えがありますわ。高比良様、鼎様、親子を頼みますわね」
いのりは先頭車両に向かって走った。
アナウンスを叫び続ける電車男の正面に回ると、車掌さん、車掌さん、と声をかけて電車男の注意を引いた。
「扉に乗客が挟まれていますから電車を停止させて扉を全部開けて下さいませ。その後貴方は被害の及ばない所でじっとしていて下さい」
「………………?」
「扉に人が、子供が挟まれています! 電車の扉を全部開けて下さいませ!!」
ようやく理解したのか、電車男の顔に動きが現れた。ぐっと眉間にしわを寄せ、つばを飛ばしながら喚きだす。
「ドアが開きます! ドアが開きます! ご注意ください!!」
ぷっしゅーと空気が抜ける音とともに、妖怪電車のドアが一斉に開いた。
●
「……ごめんな。助けてやれなくて」
一悟は最後尾にたまっていた幼稚園児らしきし人影の集団に炎柱を放った。いずれは人を襲いだす、とわかっていても、無抵抗な、それも子供の霊を焼いて心が痛んだ。唇をかみしめ、踵を返す。
一両目に向かって歩きながら、一悟は出鱈目にトンファーを振るって妖怪電車を内部から攻撃していった。
体を張ってストッパーになっている優に声をかけようとした時、ごっ、と音をたててドアが開いた。
「お? ドアが開いた?」
「秋津洲さんですよ。電車男さんに命じてドアを開けさせたようです」
窓の外に目を向けると、流星の雨が降っていた。その間を水龍が泳ぐように飛んでいる。
星々は過剰なエネルギーを分散させようと、その身をけずりながら燃えつきるまでに妖怪電車に激突した。水龍はずらりと並んだ水牙に次々と人影たちをひっかけては、長い舌で巻き取って喉の奥へ流し込んでいった。
いのりと飛鳥の派手なパフォーマンス、もとい攻撃にやじうまたちが拍手を鳴らした。
「――と、奥州さん。おふたりの技に見とれている場合じゃないですよ。ボクたちは1両目に突撃して、残りの人影を倒しましょう」
「高比良さん、行けるのか?」
大した攻撃力はないといっても、浴び続ければそれなりにダメージもたまる。現に優の服は破れ、露出した皮膚のあちらこちらに擦り傷や噛み傷、打撲跡がみられる。
「ええ、お気遣いありがとうございます。見た目はひどいありさまですが、まだまだ頑張れますよ。さっき、一度、鼎さんに癒していただきましたしね」
それなら、と一悟は二両目の連結部ドアを蹴り飛ばした。タガが外れたドアが一両目連結部のドアに当ってひしゃげる。と、それは瞬く間に消え去った。
妖怪電車が大きく揺れ動く。
連結部ドアの向こうに、黒い人影たちが固まっていた。
「行くぜ!」
「はい!」
まず、優が召炎波で露払いし、一悟がトンファーを回し振りしながら一両目に突撃した。
「人に仇成す妖は成敗いたしますわ!」
電車の外からいのりが全体攻撃を仕掛けているが、やはり妖怪電車内部にはその威力は届いていないらしく、まだ一両目にはたくさんの人影がひしめいていた。
狭い通路を二人肩を並べて、人影を削りながら進んでいく。
「ぎゃぁぁぁぁ!! 大変なのよ!」
一両目の半ばに差し掛かった時、外から飛鳥の悲鳴が聞こえて来た。
「電車男さんが、電車男さんが、中に引きずり込まれそうなのよ!」
「なんだって!?」
「あ――奥州さんっ!!」
それまで開いていたドアが、何の前触れもなしに一斉に閉まった。
●
いのりは今夜、四回目の星降ろしを行った。夜空のそこかしこを星々が流れ落ちていく。
妖怪電車の体はあちらこちらが凹み、傷ついていた。だが、まだ消えない。いや、消えてもらっては困る。中に一悟と優が取り残されているのだ。
「鼎様! 頑張ってください!」
妖怪電車が消えずに残っているのは、一両目先頭の連結部ドアが開いていることが大きかった。そこから人影たちが腕を伸ばし、電車男を車内に引きずり込もうとしているのだ。
飛鳥が暴れる電車男の足を抱え持っているが抗いきれず、ずりっ、ずりっ、と電車側へ引き寄せられていた。
「う~、むり~」
一悟と優が懸命に人影を削って進むが、間に合いそうにない。電車男が幽霊電車の中にむ取り込まれてドアが閉まってしまえば、その瞬間、幽玄の世界へ消え去ってしまうだろう。
いのりが幽霊電車を倒しきるか、一悟と優が中にいる人影を倒しきってドアが閉まる前に電車男とともに外へ出るか。
人影の一体が腕を伸ばし、電車男のエプロンをめくってズボンのボタンを外した。チャックに手をかけて降ろし始める。
「あ……ズボンが……電車男さんのズボンが脱げそうなのよ!」
「奥州様、高比良様、お急ぎください!」
車内に半ば引きずり込まれている電車男を撒き込んでしまうため、優は全体攻撃を封じられていた。大型口径銃で狙いをつけ、火弾で撃ち倒していく。
一悟も炎柱を封じ、神秘の炎を纏わせたトンファーで通路を進む。
「見えた! あと少しだ、ふんばれ飛鳥!」
一悟が人影を砕いている間に、優が人影の足の間から電車男の肩を押して外に出そうとする。
「あ、あー、なのよー!!」
ついに電車男のズボンが脱げ、飛鳥が後ろへ倒れた。
「駄目っ!!」
いのりは妖怪電車への攻撃をやめて、瞬時に電車の外に体を出している人影にB.O.T.を放つ。
飛鳥もズボンを投げ捨てると、一悟や優に当ることも厭わずすぐさま開いたドアに向けて水龍牙を放った。
人影たちが一掃され、電車男の上半身が車外に落ちる。
ゆっくりとドアが閉まり始めた。
「――ここが終点だといったよ。逃がさない!」
電車男を押し出した優は、そのまま前に出て閉まるドアを押さえた。
「ナイスだぜ、高比良さん! あとは、この妖怪電車だけだ。全員で力を合わせて叩くぜ!」
●
妖怪電車を倒した四人の気力はほとんどつきかけていた。
「しぶとかったのよ」
飛鳥が、はふぅ、と夜空に向かって息を吹きあげる。
「親子も電車男さんも無事、やじうまたちにもけが人なし、上手くいきましたね」
優がみんなの労をねぎらう。
親子は健康状態を確認した後に帰宅させていた。
学生とご近所さんたちはとうに解散させている。
坂の上に残っているはファイヴの覚者たちと電車男だけだった。
「所でこの電車男、電車オタクという物なのでしょうか? 気になりますわね」
本人に何を訪ねても「あー」「うー」としか言わないので、とりあえずは最寄りの警察で保護してもらうことにしのだが、それにしても……。
「エプロンつけた若い男って……まさか保父さんじゃないだろうな。いや、段ボールで作った電車を持っているっていうのがなぁ。もちろん、ただの電車オタクって線もあるけど」
一悟の推理にいのりが体を震わせる。
「まさか、この近所にある幼稚園が妖に?!」
「うん、二両目の最後尾に幼稚園児っぽい人影が乗っていたんだ。どうしようもなくて倒しちまったけど……」
「もしかしたらボス格、本当の妖怪電車の運転手がどこかにいるかもなのよ」
飛鳥は胡坐をかく電車男の前に回り、虚ろな目を覗き込んだ。
「電車男さん、何があったのか教えてくださいなのよ」
「無駄ですよ。それよりも、このあたりを四人で手分けして回ったほうが早いかもしれませんね」
優は首を回すと、眼下に広がる夜の街を見下ろした。赤い回転灯をつけたパトカーが坂を上がってくる。
「……嫌な予感がします」
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
お疲れさまでした。
助け出した親子のもとには後日、ファイヴが手配したケースワーカーが訪れて精神的なケアをすることになっています。
電車男も無事、警察が保護しています。
すぐに身元が判明するでしょう。
でも、その前に……
ご参加、ありがとうございました。
助け出した親子のもとには後日、ファイヴが手配したケースワーカーが訪れて精神的なケアをすることになっています。
電車男も無事、警察が保護しています。
すぐに身元が判明するでしょう。
でも、その前に……
ご参加、ありがとうございました。
