≪島根動乱≫町入る道路塞ぎし飢狼達
●島根を襲う悲劇
その日、島根県に妖の群れが跋扈した。
千を超える妖は気配なく現れたかと思うと、嵐のように蹂躙を始める。突然の蹂躙に対応が遅れたのか、一日でかなりの死者が出た。慌てて覚者組織が対応するも、出来たことは一般人の避難とその拠点防衛が精一杯だった。
島根周囲の覚者組織も対応に乗り出すが、妖を県外に逃がさないようにするのが精々で島根県内の妖駆逐には至らない。数の多さもあるが、個体としての強さも並の妖よりも強化されていた。
刃。西洋の剣のような直剣ではなく、僅かに沿った和風の刀。
体の一部にそれを生やした妖達。角の様に、爪の様に、牙の様に体の一部が刃となった妖。肩や腕から刃が生えて、武器のように振るう妖。その様子は様々だが、妖に日本刀が加えられているのは間違いない。
そして妖のランクも多様だ。ランク1を従えるランク2。そのランク2を統括するランク3。そしてそのランク3さえも何かに従うように動いていた。
その情報はすぐに伝達され、島根から離れた京都にあるFiVEにまで届く――
●FiVE
「――というわけだ」
中 恭介(nCL2000002)は集まった覚者に概要を説明した。机の上には島根県の地図と、赤と青の凸型駒が置いてある。赤が妖の、青が覚者の軍勢を示している。
「今回頼むのは島根県内の道確保だ。この妖群を駆除できれば、車などを使って島根県内に人や物資を運ぶことが出来る」
中が示すのは島根県に続く道路である。その道をふさぐように妖が陣取り、迂闊に近づけば総攻撃を受けてしまうだろう。FiVEの覚者が精鋭とはいえ、正面突破は難しい。
「先ず第一部隊が真正面から攻める。これはあくまで陽動だ。防御力を固めて妖の攻撃を誘発するためだ。第一部隊は攻撃を受けつつ後退。妖の軍が縦に伸びたところを、横から本命部隊が襲撃する」
駒を動かしながら説明する中。最初は一塊だった赤の駒は横一列に並び、その中心を折るように青の駒がぶつかっていく。
「妖もすぐに異常に気付いて戦列を戻すだろう。推測だが伸びた戦線が戻るまで三分程度だ。それまでに群れを統括している妖を倒してくれ」
統括している高ランク妖を倒せば、残りは烏合の衆と化す。殲滅は容易ではないが、この道路の確保は可能だ。
「妖はランク3。額から日本刀を生やした狼型の妖だ。他の妖は地元の覚者達が押さえてくれるので気にするな。そいつの闘いのみに集中してくれ」
頷く覚者。短期決戦が求められるので、どうするかの相談は重要だ。
覚者達は頷きあい、会議室を出た。
●???
ボリ、ボリ、と音が聞こえる。
その妖が手にするのは刀。それを口に運び、咀嚼していた。
「ち、人を斬ったことのない飾り物か」
不満げに呟き、次の刀を手にする。
島根を襲った妖、そのトップの存在。
戦蘭丸と呼ばれた妖が、動き始めた。
その日、島根県に妖の群れが跋扈した。
千を超える妖は気配なく現れたかと思うと、嵐のように蹂躙を始める。突然の蹂躙に対応が遅れたのか、一日でかなりの死者が出た。慌てて覚者組織が対応するも、出来たことは一般人の避難とその拠点防衛が精一杯だった。
島根周囲の覚者組織も対応に乗り出すが、妖を県外に逃がさないようにするのが精々で島根県内の妖駆逐には至らない。数の多さもあるが、個体としての強さも並の妖よりも強化されていた。
刃。西洋の剣のような直剣ではなく、僅かに沿った和風の刀。
体の一部にそれを生やした妖達。角の様に、爪の様に、牙の様に体の一部が刃となった妖。肩や腕から刃が生えて、武器のように振るう妖。その様子は様々だが、妖に日本刀が加えられているのは間違いない。
そして妖のランクも多様だ。ランク1を従えるランク2。そのランク2を統括するランク3。そしてそのランク3さえも何かに従うように動いていた。
その情報はすぐに伝達され、島根から離れた京都にあるFiVEにまで届く――
●FiVE
「――というわけだ」
中 恭介(nCL2000002)は集まった覚者に概要を説明した。机の上には島根県の地図と、赤と青の凸型駒が置いてある。赤が妖の、青が覚者の軍勢を示している。
「今回頼むのは島根県内の道確保だ。この妖群を駆除できれば、車などを使って島根県内に人や物資を運ぶことが出来る」
中が示すのは島根県に続く道路である。その道をふさぐように妖が陣取り、迂闊に近づけば総攻撃を受けてしまうだろう。FiVEの覚者が精鋭とはいえ、正面突破は難しい。
「先ず第一部隊が真正面から攻める。これはあくまで陽動だ。防御力を固めて妖の攻撃を誘発するためだ。第一部隊は攻撃を受けつつ後退。妖の軍が縦に伸びたところを、横から本命部隊が襲撃する」
駒を動かしながら説明する中。最初は一塊だった赤の駒は横一列に並び、その中心を折るように青の駒がぶつかっていく。
「妖もすぐに異常に気付いて戦列を戻すだろう。推測だが伸びた戦線が戻るまで三分程度だ。それまでに群れを統括している妖を倒してくれ」
統括している高ランク妖を倒せば、残りは烏合の衆と化す。殲滅は容易ではないが、この道路の確保は可能だ。
「妖はランク3。額から日本刀を生やした狼型の妖だ。他の妖は地元の覚者達が押さえてくれるので気にするな。そいつの闘いのみに集中してくれ」
頷く覚者。短期決戦が求められるので、どうするかの相談は重要だ。
覚者達は頷きあい、会議室を出た。
●???
ボリ、ボリ、と音が聞こえる。
その妖が手にするのは刀。それを口に運び、咀嚼していた。
「ち、人を斬ったことのない飾り物か」
不満げに呟き、次の刀を手にする。
島根を襲った妖、そのトップの存在。
戦蘭丸と呼ばれた妖が、動き始めた。
■シナリオ詳細
■成功条件
1.角狼の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
久しぶりに派手に動いてみましょうか。
●敵情報
・角狼(×1)
生物系妖。ランク3。大きさ2メートルほどの巨大な狼です。額から角のように日本刀が生えています。
この群れを統括しているボス的存在です。彼(?)を討てば、群れは壊滅します。
攻撃方法
牙 物近単 鋭い牙で噛み付いてきます。【必殺】
角刃 物近列 額の日本刀で周囲を切り裂きます。【出血】【致命】
突撃 物近貫2 頭から突撃し、日本刀で貫きます。(100%、50%)
殺意 特遠全 鋭い殺意をぶつけ、委縮させます。【ダメージ0】【弱体】
飢狼 自付 飢えた肉体と魂が血肉を求めます。【強カウ】【消耗HP100】
・牙刃
生物系妖・ランク1。大きさ1メートルほどの狼です。サーベルタイガーを思わせるほど巨大な犬歯が刃のように光っています。
五ターンごとに二匹、戦列に加わります。
攻撃方法
牙 物近単 鋭い牙で噛み付いてきます。【流血】
狂戦士 P 防御を忘れ、ただ我武者羅に攻めます。物攻にプラス修正。回避にマイナス修正。『味方ガード』を行えない。
●場所情報
島根県に通じる道路。縦に伸び切った妖の群れを横から襲撃します。明かりや広さなどは戦闘に支障なし。
周囲にはほかの妖もいますが、一緒に突撃する地元の覚者達が押さえてくれます。ですが完璧ではないため、漏れが生じてきます。
戦闘開始時、敵前衛に『角狼(×1)』『牙刃(×2)』が存在しています。援軍の牙刃は敵中衛に現れます。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年04月23日
2018年04月23日
■メイン参加者 6人■
●
少し離れた場所で鬨の声があがる。視界の届く場所で妖と覚者達が争っていた。最初は小競り合い程度だったが、覚者達は少しずつ後退して妖の戦線を伸ばしていく。
その妖の群れの中、一際大きな狼がいる。頭に角のような日本刀を生やし、獰猛さを持って群れを統率するボス的な存在。
(第一部隊の人達も無傷じゃ済まない……と言うより、普通に死傷者出ますよねこの作戦……)
青ざめた顔で戦線を見ながら『雨後雨後ガール』筍 治子(CL2000135)は胸に手を当て拳を握る。非覚醒状態の彼女は、自己評価が低いネガティブな性格だ。それが相まって悲観的な嗜好が真っ先に思い浮かぶ。それを振り切るように頭を振った。
「島根の人達、大丈夫かな……」
『影を断つ刃』御影・きせき(CL2001110)は妖の被害に苦しむ人達を思う。きせき自身も妖により両親を失っている。その悲劇を食い止めなくては、と言う想いは人一倍強い。神具を握りしめ、機をうかがう。
「しかしなぜ島根なのだ?」
きせきの言葉を反芻するように 『白銀の嚆矢』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は思考を巡らせる。妖が現れる事自体はいい。だがなぜ島根なのか。しかも組織だって島根を占拠している。どういうことなのだろうか。
「刀の妖か……」
何かを思い出すように『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は眉を顰める。体の一部に刀を宿した妖の群れ。その頭領ともいえる人型の妖。その姿を思い出し……頬を思いっきり叩いた。今やるべきことは戦いに集中することだと気合を入れる。
「ニホンオオカミは絶滅したといいますが、この狼達はそれらが姿を変えた物なのでしょうか。それとも犬が変化した物でしょうか」
四つ足で覚者に襲い掛かる妖を見ながら『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は考える。妖化した時点で、元となった存在から形状が変化することはよくある事だ。だがあの妖は意図的なものを感じる。そんなことは可能なのだろうか……?
「身に刀を宿しているのです。単なる獣よりは、剣士として挑み甲斐も……ある、としましょう」
『最強が認めし者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)は刀の柄を握りしめる。慣れ親しんだ感覚が心を落ち着かせていた。どうあれ妖は倒すべき相手。その認識を心に刻むように言葉を繰り返す。
第一部隊の闘いが激化する。後退する覚者に追い打ちをかけるように、妖達が突撃していく。ここで参戦すれば被害は抑えられるが、作戦としては失敗だ。彼らを信じて、好機を待つ。
「――今だ!」
声を上げたのは誰だったか。ボスの角狼の守りが薄まった一瞬、合図とともに覚者達は動く。FiVEの覚者は一直線に角狼に。サポートの覚者は牙刃を押さえるために壁となる。
唸り声を上げた後、咆哮する角狼。それに合わせる様に覚者達も覚醒し、神具を構える。
島根を舞台とした戦いの幕は、ここに切って落とされた。
●
「では行きましょう」
短く告げてシャーロットが歩を進める。銘に『妙法蓮華経』と刻まれた刀を抜き、敵陣に走っていく。その意味は『正しい教えである白い蓮の花の経典』。泥の中にあっても泥に塗れぬ白の水蓮。その名を冠するが如く、戦場の中で華麗に舞う。
刀の柄を握りしめ、つま先を妖に向ける。意識すると同時に体は動き、刃が翻った。描く軌跡は三角。袈裟懸け、右薙ぎ、右切り上げ。雷光の如き剣閃は相手に回避の暇すら与えない。手ごたえと同時に血飛沫が舞い、妖の顔が苦痛に染まる。
「Action is eloquence(行動は雄弁である)……告げられております。ワタシの役目は斬ること。集中を、と」
「おう! 一気に倒すぞ!」
シャーロットの隣で拳を握る遥。猛る気持ちを抑えることなく、狼の妖に向かって拳を向ける。強い相手と戦えるのは願ったりかなったりだ。相手はランク3。その強さは相対してひしひしと感じていた。
遥は刀を見る。刃ではなくその付け根。妖と融合している額部分を。武器は体の延長線。体の動きが武器の動き。散々叩き込まれた経験が角狼の攻撃をイメージさせる。半歩身を避けて攻撃をかわし、カウンター気味に拳を叩き込む。
「刀の相手なんざ、今までさんざんやってきた! ましてや、オレの彼女(予定)は超一流の剣術家! 何度模擬戦で手足フッ飛ばされたか!」
「それは避けれていないんじゃないか?」
遥の言葉に冷静にツッコミを入れるゲイル。肩をすくめた後に意識を妖に向ける。援軍の覚者達がボス以外の妖を押さえてくれているとはいえ、漏れは出てくる。時間が経てば不利になるのはこちらなのだ。
心を落ち着かせ、戦場を見る。空の上から見るような、俯瞰視。自分自身さえ見る瞳で戦場を見回しながら、数秒先の未来を予測する。湖に水滴が落ち、波紋が広がるイメージ。そのイメージと同時に癒しの術を解き放った。
「危なくなったら早めに言ってくれ。いつでも交代するぞ」
「僕も交代するよ! 遠慮なく言ってね!」
元気よくきせきが声を出す。平時においても戦場においても、きせきは無邪気にふるまっている。自分自身を何処か別の所に置いて、場を俯瞰しているようなゲーム感覚。それはきせき自身に刻まれた悲しみを誤魔化すかのようにも見え――閑話休題。
手にした刀の銘は『不知火』。手にした者の想いを喰らい火を纏う妖刀。それを手にして妖に向かう。一閃目で角の刃を弾き、二閃目で妖の前足を斬る。傷ついた相手を観察し、どれだけ動けるかを計ろうとする。
「流石ランク3。楽に勝てそうじゃなさそうだね!」
「ですが諦めるわけにはいきません」
相手が高ランクの妖でも、いのりの心は折れることはない。誰かを守ること。平和を維持すること。その為にこの力はあるのだと信じているからだ。力がある者と無い者を差別する気はない。戦う者、生活する者。互いの役割が違うだけだ。その義務を、今果たそう。
角狼の振るう刃による出血。野生の威圧によるすくみ。それを打ち払うためにいのりは術を行使する。『冥王の杖』の先端に源素を集め、それを振りまくように杖を振るう。細かな光が覚者達を包み、妖から受けた傷を癒していく。
「いのりたちは負けるわけにはいかないのです」
「ですねー。頑張りますねー。いえあー」
やたらハイテンションに敬礼して、治子は『風邪ひきマリー』を構える。覚醒前のテンションとはうって変わってのノリに、初見の人は戸惑うことが多いとか。十年後に変化した結果なのか、覚醒の副作用なのか。それは治子自身にもわからない。
足を踏ん張り、腰に銃を固定する。唇を歪めると同時に引き金を引き、銃口から毎秒百五十発の弾丸を射出した。圧倒的な弾幕が妖を襲う。狙いなど必要ない。面を制圧すれば逃げ場はないのだ。銃撃音と治子の叫び声に、妖の悲鳴が混じる。
「さあさあ一気に蹴散らしますよー。やってきた餓狼さん、お疲れっしたー」
刃が舞い、弾丸が穿たれる。癒しの術が覚者を守り、狼の咆哮が響き渡る。
短期決戦ゆえに持ちうる力を一気に注ぎ込む。それゆえに戦場は混迷し、そして鉄と血で彩られていく。数秒前の流れはいつの間にか消え去り、数秒後の流れにまた消えていく。目まぐるしく変わる状況に流されぬよう踏ん張り、そして神具を振るう。場は拮抗している風に見えて、激しく揺れ動いていた。
ランク3。並の覚者なら太刀打ちできぬ強さの妖。
だがFiVEの覚者はそれを幾度となく倒してきた。その経験がそして自信が、怖れを打ち消し歩を進めていく。
戦いの終焉は遠くはない。一旦崩れれば、そのまま敗北の道となる。
戦場の誰もが、それを感じ取っていた。
●
ランク3の角狼の攻撃は、苛烈と言っても過言ではない。殺意により此方の気勢を崩した後に、突撃から額の刀を振るい覚者を攻め立てる。
「……っ、まだまだぁ!」
「In the middle of difficulty lies opportunity(困難の中に機会がある)……ここが踏ん張りどころです」
角狼と相対している遥とシャーロットがその攻撃に膝を屈する。命数を燃やしてなんとか立ち上がり、神具を構えなおす。
「交代するよ!」
「しばらく休んでいてくれ」
きせきとゲイルが疲弊した前衛と入れ替わるように前に出る。こうやって前衛と中衛をスイッチすることで、戦闘不能者を減らす作戦だ。
「斃れるまで撃ち続けるまでですよー。一斉掃射ー」
歯を見せるように笑いながら治子が銃を撃ち続ける。過剰ともいえる弾丸が撃ち放たれ、敵陣に降り注ぐ。当たるかどうかは関係ない。全身を揺るがす銃の振動。弾丸が世界を壊していく風景。その感覚が治子を高揚させていた。ハッピートリガー状態だが、一応任務のことを忘れているわけではない。
(っていうかこれって戦争ですよね。妖と人間の)
治子は島根県の状況から、ふとそんなことを思う。意図されたかのように動く妖の群れ。封鎖された道。統括者ともいえる妖の存在。それと生活を取り戻すために戦う人間との戦争。ただの妖退治ではないことをひしひしと感じ取っていた。
「それはさせないよ!」
方向をあげ、反応速度を上げる角狼。その様を見てきせきはすぐさま神具を振るう。体内で炎を燃やして力を溜め、その力を振るって相手の動きを崩す技。力を溜める間が好きとなるが、相手の優位を崩せる効果は折り紙付きだ。
「人の命を奪う妖は許せないけど……強い相手と戦えるのはワクワクするね!」
気を抜けば腕の一本を飛ばされそうな妖との戦い。そんな戦場においてきせきの心はむしろ弾んでいた。殺意ともいえる空気、交差する武器と武器、肉を裂く感覚と強烈な痛み。それが楽しい。もっと戦っていたいと言う思いが少しずつ高まっていく。
「ガルム、お願いしますわ」
いのりは戦いながら、守護使役のガルムにお願いする。人間の耳には聞こえない領域の音。妖達がそう言った手段で指示を受けているのなら、成長した『ガルム』の耳でも聞き取れるはずだ。
「後で教えてくださいませ。今はこちらを!」
『ガルム』に音を聞いている間にも戦いは続いていく。いのりは手を止めることなく、仲間を守るために源素を振るう。源素を真上に打ち放つように神具を天に掲げる。光り輝く力の帯が天に伸び、中天で爆ぜた。細かくなった光が弾丸と化し、妖に向かい降り注ぐ。狙いは甘いがその数は多く、力のよわい餓狼はその一撃で致命的な傷を負う。
「時間は……まだだ大丈夫か」
戦闘開始からの時間を計りながら、ゲイルは戦場を見渡す。突撃した妖が戻ってくるまで、五分ほど。それまでに決着をつけなければ、この作戦は水泡に帰す。だからと言って焦って回復の手を止めるわけにはいかない。冷静に、そして迅速に。時間も戦いの資源なのだ。
(大丈夫。あと一分ある。そう考えるんだ)
経過した時間ではなく、残った時間で考える。仲間の体力と同じだ。傷ついたことが重要なのではない。仲間がどれだけ戦えるかを頭に入れ、動くのだ。何処か冷酷ともいえるその思考こそが、仲間を守っている。
「一気に押し込みます」
シャーロットは残り時間を考慮に入れ、攻めに転じる。心を沈め、自分自身に暗示をかける。イメージするのは一本の刀とそれを持つ一人の女剣士。シャーロットが追い求めた理想の一つ。苛烈故に美しい剣士の極み。思うは刹那、呼気と共に踏み出して妖と打ち合う。
(相手の拍子を読み取り、それを崩すように動く)
人だろうが獣だろうが、攻撃にはパターンがある。その全てを知る必要はない。攻めの基点となる所作。そこを潰せば攻めの拍子は狂うのだ。妖の頭が動いた瞬間、シャーロットは相手の刀を強打する。唸り声をあげて距離を取る角狼。成程、とシャーロットは頷き、攻め続ける。
「さあ角狼! その額の刀が飾りじゃないなら、見事オレの首を討ち取ってみせろ!」
角狼を挑発するように遥は手を動かす。言葉が通じるとは思っていないが、意図は通じるだろうと思っての行動だ。模擬戦で刀の動きは身を知って学んでいる。それに比べれば妖の攻めの種類は多くない。歴史ある剣術と、力任せの獣の攻め。その差は明白だ。
(だからと言って油断はできないけどな!)
勿論、攻めの手数が強さと直結するとは遥も思っていない。圧倒的な力が技術を凌駕することもある。突撃してくる角狼の動きに合わせて足を動かし、真っ直ぐに拳を突き出す。頬に走る熱い感覚。右頬に出血するほどの深い傷が刻まれるが、遥の拳は角狼の眉間に叩き込まれていた。
一進一退。しかしいつしかそのシーソーは覚者の方に強く傾き始める。援軍である牙刃を即座に排除し、被害を最小限にとどめているのが勝因となったようだ。
「これで決めるよ!」
『不知火』を振りかぶるきせき。大きく跳躍して重力を乗せて振り下ろす一撃。角狼はそれを避け――気付く。大仰なその動きがフェイントであったことを。角狼を見ることなくきせきの手首が翻り、燃えるような赤い刃が音もなく舞う。
「――――」
悲鳴はない。悲鳴を上げる暇すら与えられずに角狼の首は両断され、宙を舞った。回転するように宙を舞い、角狼自身の墓標の様に額の刀が地面に突き刺さる。
「任務達成、だね!」
納刀し、ポーズを決めるきせき。無邪気ともいえるその声が戦いの終わりを告げた。
●
頭を討たれた妖達は、蜘蛛の子を散らすように散っていく。そこを追撃する覚者達。全てを討つことはできないだろうが、数を減らすに越したことはない。
「援護……私なんかが行っても、足手まといですよね……ごめんなさい、余計なこと言いました」
戦いが終わって覚醒状態が解除された治子がぶつぶつと呟く。囮部隊の援護に行きたかったのだが、うつ状態に陥り足が止まっていた。
他の覚者達も戦いの疲労もあって足を止めている。現状危険はないが、ここは妖が占拠した区域だ。ランク3との戦いで疲弊した状態の追撃は、余計な犠牲を生みかねない。
(刀の妖、か……刹那さんを殺したあいつ、今頃何してやがるのかな)
角狼の遺体を見ながら、遥は想いに耽る。相対した『あいつ』の強さは、規格外だった。あの時は何がどうなっているのかわからなかったが、あれから強くなった。今ならわかるだろうか?
「なんでしょうねこの 気配とも臭いとも異なるイヤな感じは 」
シャーロットは遠くにある島根の市街を見ながら眉を顰める。状況的にそちらに多くの妖がいるのは確かだ。だがこの感覚はそれとは異なる何かを感じていた。喉を潰されるような、奇妙な圧迫感。
「刃が擦れるような音。それで合図を送っているのですね」
『ガルム』から話を聞いたいのりはそう言って頷く。島根を襲った妖の統率者は、そうやって遠くの妖に指示を送っているようだ。暗号解析までには至らないだろうが、何かのきっかけにはなるはずだ。
「島根……一度調べてみた方がいいかもしれないな」
ため息をついて肩をすくめるゲイル。妖は島根を出ることはなく、籠城するように動いている。ここに何があるかを調べれば、妖達の動きが分かるかもしれない。さしあたってはこの土地のパワースポットあたりか。
「みんなー、いったん戻るよー!」
きせきが手を振って帰還を促す。何をするにせよ、体調を万全にするのが先だ。解放したこの道は島根解放の足掛けと同時に、非戦闘員の脱出路でもある。それを守るためにも休息は必要だ。覚者達はきせきの言葉に従い、帰路につく。
戦場だった場所に似合わない暖かい春風が、覚者達の頬を撫でた――
「負けたか。そろそろ人間達も動くと思っていたが、早いな」
言葉を喋る妖。ランク4。
「暫くは派手に暴れてろ。玉鋼の確保は済んだ。刀には事欠かねぇ」
その妖の配下は、一応にして体の一部に刀を宿している。そのランク4が奪った刀と、島根県で手に入れた大量の玉鋼から生み出された妖達。
包帯で巻かれた無貌。瞳なきその妖は何かを見ることはない。
だがその口は、未来を想像して確かに笑みを浮かべていた。
少し離れた場所で鬨の声があがる。視界の届く場所で妖と覚者達が争っていた。最初は小競り合い程度だったが、覚者達は少しずつ後退して妖の戦線を伸ばしていく。
その妖の群れの中、一際大きな狼がいる。頭に角のような日本刀を生やし、獰猛さを持って群れを統率するボス的な存在。
(第一部隊の人達も無傷じゃ済まない……と言うより、普通に死傷者出ますよねこの作戦……)
青ざめた顔で戦線を見ながら『雨後雨後ガール』筍 治子(CL2000135)は胸に手を当て拳を握る。非覚醒状態の彼女は、自己評価が低いネガティブな性格だ。それが相まって悲観的な嗜好が真っ先に思い浮かぶ。それを振り切るように頭を振った。
「島根の人達、大丈夫かな……」
『影を断つ刃』御影・きせき(CL2001110)は妖の被害に苦しむ人達を思う。きせき自身も妖により両親を失っている。その悲劇を食い止めなくては、と言う想いは人一倍強い。神具を握りしめ、機をうかがう。
「しかしなぜ島根なのだ?」
きせきの言葉を反芻するように 『白銀の嚆矢』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は思考を巡らせる。妖が現れる事自体はいい。だがなぜ島根なのか。しかも組織だって島根を占拠している。どういうことなのだろうか。
「刀の妖か……」
何かを思い出すように『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は眉を顰める。体の一部に刀を宿した妖の群れ。その頭領ともいえる人型の妖。その姿を思い出し……頬を思いっきり叩いた。今やるべきことは戦いに集中することだと気合を入れる。
「ニホンオオカミは絶滅したといいますが、この狼達はそれらが姿を変えた物なのでしょうか。それとも犬が変化した物でしょうか」
四つ足で覚者に襲い掛かる妖を見ながら『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は考える。妖化した時点で、元となった存在から形状が変化することはよくある事だ。だがあの妖は意図的なものを感じる。そんなことは可能なのだろうか……?
「身に刀を宿しているのです。単なる獣よりは、剣士として挑み甲斐も……ある、としましょう」
『最強が認めし者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)は刀の柄を握りしめる。慣れ親しんだ感覚が心を落ち着かせていた。どうあれ妖は倒すべき相手。その認識を心に刻むように言葉を繰り返す。
第一部隊の闘いが激化する。後退する覚者に追い打ちをかけるように、妖達が突撃していく。ここで参戦すれば被害は抑えられるが、作戦としては失敗だ。彼らを信じて、好機を待つ。
「――今だ!」
声を上げたのは誰だったか。ボスの角狼の守りが薄まった一瞬、合図とともに覚者達は動く。FiVEの覚者は一直線に角狼に。サポートの覚者は牙刃を押さえるために壁となる。
唸り声を上げた後、咆哮する角狼。それに合わせる様に覚者達も覚醒し、神具を構える。
島根を舞台とした戦いの幕は、ここに切って落とされた。
●
「では行きましょう」
短く告げてシャーロットが歩を進める。銘に『妙法蓮華経』と刻まれた刀を抜き、敵陣に走っていく。その意味は『正しい教えである白い蓮の花の経典』。泥の中にあっても泥に塗れぬ白の水蓮。その名を冠するが如く、戦場の中で華麗に舞う。
刀の柄を握りしめ、つま先を妖に向ける。意識すると同時に体は動き、刃が翻った。描く軌跡は三角。袈裟懸け、右薙ぎ、右切り上げ。雷光の如き剣閃は相手に回避の暇すら与えない。手ごたえと同時に血飛沫が舞い、妖の顔が苦痛に染まる。
「Action is eloquence(行動は雄弁である)……告げられております。ワタシの役目は斬ること。集中を、と」
「おう! 一気に倒すぞ!」
シャーロットの隣で拳を握る遥。猛る気持ちを抑えることなく、狼の妖に向かって拳を向ける。強い相手と戦えるのは願ったりかなったりだ。相手はランク3。その強さは相対してひしひしと感じていた。
遥は刀を見る。刃ではなくその付け根。妖と融合している額部分を。武器は体の延長線。体の動きが武器の動き。散々叩き込まれた経験が角狼の攻撃をイメージさせる。半歩身を避けて攻撃をかわし、カウンター気味に拳を叩き込む。
「刀の相手なんざ、今までさんざんやってきた! ましてや、オレの彼女(予定)は超一流の剣術家! 何度模擬戦で手足フッ飛ばされたか!」
「それは避けれていないんじゃないか?」
遥の言葉に冷静にツッコミを入れるゲイル。肩をすくめた後に意識を妖に向ける。援軍の覚者達がボス以外の妖を押さえてくれているとはいえ、漏れは出てくる。時間が経てば不利になるのはこちらなのだ。
心を落ち着かせ、戦場を見る。空の上から見るような、俯瞰視。自分自身さえ見る瞳で戦場を見回しながら、数秒先の未来を予測する。湖に水滴が落ち、波紋が広がるイメージ。そのイメージと同時に癒しの術を解き放った。
「危なくなったら早めに言ってくれ。いつでも交代するぞ」
「僕も交代するよ! 遠慮なく言ってね!」
元気よくきせきが声を出す。平時においても戦場においても、きせきは無邪気にふるまっている。自分自身を何処か別の所に置いて、場を俯瞰しているようなゲーム感覚。それはきせき自身に刻まれた悲しみを誤魔化すかのようにも見え――閑話休題。
手にした刀の銘は『不知火』。手にした者の想いを喰らい火を纏う妖刀。それを手にして妖に向かう。一閃目で角の刃を弾き、二閃目で妖の前足を斬る。傷ついた相手を観察し、どれだけ動けるかを計ろうとする。
「流石ランク3。楽に勝てそうじゃなさそうだね!」
「ですが諦めるわけにはいきません」
相手が高ランクの妖でも、いのりの心は折れることはない。誰かを守ること。平和を維持すること。その為にこの力はあるのだと信じているからだ。力がある者と無い者を差別する気はない。戦う者、生活する者。互いの役割が違うだけだ。その義務を、今果たそう。
角狼の振るう刃による出血。野生の威圧によるすくみ。それを打ち払うためにいのりは術を行使する。『冥王の杖』の先端に源素を集め、それを振りまくように杖を振るう。細かな光が覚者達を包み、妖から受けた傷を癒していく。
「いのりたちは負けるわけにはいかないのです」
「ですねー。頑張りますねー。いえあー」
やたらハイテンションに敬礼して、治子は『風邪ひきマリー』を構える。覚醒前のテンションとはうって変わってのノリに、初見の人は戸惑うことが多いとか。十年後に変化した結果なのか、覚醒の副作用なのか。それは治子自身にもわからない。
足を踏ん張り、腰に銃を固定する。唇を歪めると同時に引き金を引き、銃口から毎秒百五十発の弾丸を射出した。圧倒的な弾幕が妖を襲う。狙いなど必要ない。面を制圧すれば逃げ場はないのだ。銃撃音と治子の叫び声に、妖の悲鳴が混じる。
「さあさあ一気に蹴散らしますよー。やってきた餓狼さん、お疲れっしたー」
刃が舞い、弾丸が穿たれる。癒しの術が覚者を守り、狼の咆哮が響き渡る。
短期決戦ゆえに持ちうる力を一気に注ぎ込む。それゆえに戦場は混迷し、そして鉄と血で彩られていく。数秒前の流れはいつの間にか消え去り、数秒後の流れにまた消えていく。目まぐるしく変わる状況に流されぬよう踏ん張り、そして神具を振るう。場は拮抗している風に見えて、激しく揺れ動いていた。
ランク3。並の覚者なら太刀打ちできぬ強さの妖。
だがFiVEの覚者はそれを幾度となく倒してきた。その経験がそして自信が、怖れを打ち消し歩を進めていく。
戦いの終焉は遠くはない。一旦崩れれば、そのまま敗北の道となる。
戦場の誰もが、それを感じ取っていた。
●
ランク3の角狼の攻撃は、苛烈と言っても過言ではない。殺意により此方の気勢を崩した後に、突撃から額の刀を振るい覚者を攻め立てる。
「……っ、まだまだぁ!」
「In the middle of difficulty lies opportunity(困難の中に機会がある)……ここが踏ん張りどころです」
角狼と相対している遥とシャーロットがその攻撃に膝を屈する。命数を燃やしてなんとか立ち上がり、神具を構えなおす。
「交代するよ!」
「しばらく休んでいてくれ」
きせきとゲイルが疲弊した前衛と入れ替わるように前に出る。こうやって前衛と中衛をスイッチすることで、戦闘不能者を減らす作戦だ。
「斃れるまで撃ち続けるまでですよー。一斉掃射ー」
歯を見せるように笑いながら治子が銃を撃ち続ける。過剰ともいえる弾丸が撃ち放たれ、敵陣に降り注ぐ。当たるかどうかは関係ない。全身を揺るがす銃の振動。弾丸が世界を壊していく風景。その感覚が治子を高揚させていた。ハッピートリガー状態だが、一応任務のことを忘れているわけではない。
(っていうかこれって戦争ですよね。妖と人間の)
治子は島根県の状況から、ふとそんなことを思う。意図されたかのように動く妖の群れ。封鎖された道。統括者ともいえる妖の存在。それと生活を取り戻すために戦う人間との戦争。ただの妖退治ではないことをひしひしと感じ取っていた。
「それはさせないよ!」
方向をあげ、反応速度を上げる角狼。その様を見てきせきはすぐさま神具を振るう。体内で炎を燃やして力を溜め、その力を振るって相手の動きを崩す技。力を溜める間が好きとなるが、相手の優位を崩せる効果は折り紙付きだ。
「人の命を奪う妖は許せないけど……強い相手と戦えるのはワクワクするね!」
気を抜けば腕の一本を飛ばされそうな妖との戦い。そんな戦場においてきせきの心はむしろ弾んでいた。殺意ともいえる空気、交差する武器と武器、肉を裂く感覚と強烈な痛み。それが楽しい。もっと戦っていたいと言う思いが少しずつ高まっていく。
「ガルム、お願いしますわ」
いのりは戦いながら、守護使役のガルムにお願いする。人間の耳には聞こえない領域の音。妖達がそう言った手段で指示を受けているのなら、成長した『ガルム』の耳でも聞き取れるはずだ。
「後で教えてくださいませ。今はこちらを!」
『ガルム』に音を聞いている間にも戦いは続いていく。いのりは手を止めることなく、仲間を守るために源素を振るう。源素を真上に打ち放つように神具を天に掲げる。光り輝く力の帯が天に伸び、中天で爆ぜた。細かくなった光が弾丸と化し、妖に向かい降り注ぐ。狙いは甘いがその数は多く、力のよわい餓狼はその一撃で致命的な傷を負う。
「時間は……まだだ大丈夫か」
戦闘開始からの時間を計りながら、ゲイルは戦場を見渡す。突撃した妖が戻ってくるまで、五分ほど。それまでに決着をつけなければ、この作戦は水泡に帰す。だからと言って焦って回復の手を止めるわけにはいかない。冷静に、そして迅速に。時間も戦いの資源なのだ。
(大丈夫。あと一分ある。そう考えるんだ)
経過した時間ではなく、残った時間で考える。仲間の体力と同じだ。傷ついたことが重要なのではない。仲間がどれだけ戦えるかを頭に入れ、動くのだ。何処か冷酷ともいえるその思考こそが、仲間を守っている。
「一気に押し込みます」
シャーロットは残り時間を考慮に入れ、攻めに転じる。心を沈め、自分自身に暗示をかける。イメージするのは一本の刀とそれを持つ一人の女剣士。シャーロットが追い求めた理想の一つ。苛烈故に美しい剣士の極み。思うは刹那、呼気と共に踏み出して妖と打ち合う。
(相手の拍子を読み取り、それを崩すように動く)
人だろうが獣だろうが、攻撃にはパターンがある。その全てを知る必要はない。攻めの基点となる所作。そこを潰せば攻めの拍子は狂うのだ。妖の頭が動いた瞬間、シャーロットは相手の刀を強打する。唸り声をあげて距離を取る角狼。成程、とシャーロットは頷き、攻め続ける。
「さあ角狼! その額の刀が飾りじゃないなら、見事オレの首を討ち取ってみせろ!」
角狼を挑発するように遥は手を動かす。言葉が通じるとは思っていないが、意図は通じるだろうと思っての行動だ。模擬戦で刀の動きは身を知って学んでいる。それに比べれば妖の攻めの種類は多くない。歴史ある剣術と、力任せの獣の攻め。その差は明白だ。
(だからと言って油断はできないけどな!)
勿論、攻めの手数が強さと直結するとは遥も思っていない。圧倒的な力が技術を凌駕することもある。突撃してくる角狼の動きに合わせて足を動かし、真っ直ぐに拳を突き出す。頬に走る熱い感覚。右頬に出血するほどの深い傷が刻まれるが、遥の拳は角狼の眉間に叩き込まれていた。
一進一退。しかしいつしかそのシーソーは覚者の方に強く傾き始める。援軍である牙刃を即座に排除し、被害を最小限にとどめているのが勝因となったようだ。
「これで決めるよ!」
『不知火』を振りかぶるきせき。大きく跳躍して重力を乗せて振り下ろす一撃。角狼はそれを避け――気付く。大仰なその動きがフェイントであったことを。角狼を見ることなくきせきの手首が翻り、燃えるような赤い刃が音もなく舞う。
「――――」
悲鳴はない。悲鳴を上げる暇すら与えられずに角狼の首は両断され、宙を舞った。回転するように宙を舞い、角狼自身の墓標の様に額の刀が地面に突き刺さる。
「任務達成、だね!」
納刀し、ポーズを決めるきせき。無邪気ともいえるその声が戦いの終わりを告げた。
●
頭を討たれた妖達は、蜘蛛の子を散らすように散っていく。そこを追撃する覚者達。全てを討つことはできないだろうが、数を減らすに越したことはない。
「援護……私なんかが行っても、足手まといですよね……ごめんなさい、余計なこと言いました」
戦いが終わって覚醒状態が解除された治子がぶつぶつと呟く。囮部隊の援護に行きたかったのだが、うつ状態に陥り足が止まっていた。
他の覚者達も戦いの疲労もあって足を止めている。現状危険はないが、ここは妖が占拠した区域だ。ランク3との戦いで疲弊した状態の追撃は、余計な犠牲を生みかねない。
(刀の妖、か……刹那さんを殺したあいつ、今頃何してやがるのかな)
角狼の遺体を見ながら、遥は想いに耽る。相対した『あいつ』の強さは、規格外だった。あの時は何がどうなっているのかわからなかったが、あれから強くなった。今ならわかるだろうか?
「なんでしょうねこの 気配とも臭いとも異なるイヤな感じは 」
シャーロットは遠くにある島根の市街を見ながら眉を顰める。状況的にそちらに多くの妖がいるのは確かだ。だがこの感覚はそれとは異なる何かを感じていた。喉を潰されるような、奇妙な圧迫感。
「刃が擦れるような音。それで合図を送っているのですね」
『ガルム』から話を聞いたいのりはそう言って頷く。島根を襲った妖の統率者は、そうやって遠くの妖に指示を送っているようだ。暗号解析までには至らないだろうが、何かのきっかけにはなるはずだ。
「島根……一度調べてみた方がいいかもしれないな」
ため息をついて肩をすくめるゲイル。妖は島根を出ることはなく、籠城するように動いている。ここに何があるかを調べれば、妖達の動きが分かるかもしれない。さしあたってはこの土地のパワースポットあたりか。
「みんなー、いったん戻るよー!」
きせきが手を振って帰還を促す。何をするにせよ、体調を万全にするのが先だ。解放したこの道は島根解放の足掛けと同時に、非戦闘員の脱出路でもある。それを守るためにも休息は必要だ。覚者達はきせきの言葉に従い、帰路につく。
戦場だった場所に似合わない暖かい春風が、覚者達の頬を撫でた――
「負けたか。そろそろ人間達も動くと思っていたが、早いな」
言葉を喋る妖。ランク4。
「暫くは派手に暴れてろ。玉鋼の確保は済んだ。刀には事欠かねぇ」
その妖の配下は、一応にして体の一部に刀を宿している。そのランク4が奪った刀と、島根県で手に入れた大量の玉鋼から生み出された妖達。
包帯で巻かれた無貌。瞳なきその妖は何かを見ることはない。
だがその口は、未来を想像して確かに笑みを浮かべていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし








