【儚語】薔薇の老木に斧が迫る
【儚語】薔薇の老木に斧が迫る


●先見の夢見る枯れた薔薇
ジュヌヴィエーヴ・ベルナドット、愛称ベルさんはここでの暮らしを気に入っていた。

息子夫婦が、平和なはずの日本(ジャポン)でテロに巻き込まれたという訃報を耳にし、二人の葬儀のために来日したのが17年前だったか。
夫亡き後、タロットと星占いで稼いで育てた可愛い息子と、その息子が愛した可憐な黒髪のマドモワゼル。
自分が死ぬまでは元気だろうと信じていた二人の、あっけない死。
二人の棺の前で猫のように小さく蹲っていた孫娘には、既にチャーミングな仔羊の耳と尻尾が生えていたか。
孫娘はジュヌヴィエーヴに駆け寄ってぎゅっと抱きつくと
『メメ(おばあちゃん)!メメ!メメはパパやママみたいに居なくならないよね!?』
と、泣きじゃくりながら聞いてきたっけか。

孫娘も高校からは手元を離れて、キョートのエコールに入った。

身の回りも落ち着いたジュヌヴィエーヴは、景色の良い老人ホームを自分で選んで入居した。
ジャポネーゼの友人も出来、穏やかな暮らしをしていたのだが、変化が訪れたのがつい数ヶ月前。
ある日突然、隣室の編み物仲間のウメちゃんの死を夢で予知し、それが翌々日には現実のものとなってしまったのだ。

その予知は次々と続いた。
訃報だけではなく、誰の孫はきっと男の子だろうとか、新婚の女性職員のおめでたを言い当てたりだとか、喜ばしい知らせも夢で見た。
そういったことはためらいなく周囲にも知らせたのだが、それが今夜の状況を引き起こした。
予知のように言い当てる老婆が、山奥の老人ホームにいるという話は、職員や入居者の家族からその知人へ伝わり、そして覚者に敵意を持つものの耳にも入ったのだ。

最近お気に入りのバラエティ番組も終わったので、大きなテレビのあるホールから自室へ引き返そうと振り返ったその時、職員ではない見知らぬ若者達が自分に銃を向けているのが目に入った。
リーダー格と思しき、筋肉質な青年が前に出てジュヌヴィエーヴへ告げた。

「ジュヌヴィエーヴ・ベルナドット、薄気味悪い予知の覚者。魔女のばあさんにはここで消えてもらおう。」

●枯れ枝の折られる前に
「FiVE所属の覚者の血縁者が、憤怒者に襲われる夢を見ました……」
久方・真由美(nCL2000003)が真剣な面持ちで集まった面々に告げる。

「被害者となるのはジュヌヴィエーヴ・ベルナドットさん。来日してから長く日本で生活しているフランス人のおばあさんですね。」
資料に目を落としながら真由美は続ける。
「彼女は数ヶ月前から夢見の力を発現していたようで、日常の小さなことをピタリと言い当てていて施設内やご近所ではちょっとした有名人だったみたいですね。」
場所は北陸の山奥にある老人ホームで、時間は夜であること、敵は憤怒者の集団であることを真由美は読み上げる。
「ちょっと不審なのが、この憤怒者たちはかなり統制がとれていて、どこかで訓練を受けたような印象があることなんです。」
無論、陰日向無く支援はあるだろうから、取り立てて彼らが特殊というわけではないだろうが。

「ジュヌヴィエーヴさんはアリースさんのおばあさまで、両親を亡くした彼女を親代わりとして育てた人なんだそうです。」
ふとブリーフィングルームの後ろに目を向ければ、いつの間にか壁にもたれかかるようになって腕組をしている有堂 アリース(nCL2000054)の姿。
「アタシは事情があって行けないけど……皆、メメをお願いします。」
ブロンドの髪を揺らして頭を下げるアリースと共に、真由美の声が室内に響く。
「憤怒者は一般人とはいえ、重火器の扱いや統制は侮れません。……皆さん、どうかお気をつけてくださいね。」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:安曇めいら
■成功条件
1.ジュヌヴィエーヴの生存、確保
2.老人ホームの入居者、職員の無事
3.なし
皆様初めまして。安曇めいらと申します。
では、初依頼の概要です

●ロケーション
北陸地方の老人ホーム。
田舎の方の風光明媚な場所にあり、ゆったりとした雰囲気のようです。
館内には入居者が20人、職員が6人います。

●時間
夜の10時くらい。
田舎なので、施設の周囲はほぼ真っ暗です。

●敵
憤怒者×9人
銃器で武装しています。
何らかの訓練を受けているのか、統制も取れておりそこそこ強いです。

●保護対象
・ジュヌヴィエーヴ・ベルナドット
70歳女性、フランス出身。
有堂アリースの父方の祖母。
数ヶ月前に夢見の力に目覚めました。
夫に先立たれた後に一人息子を女手一つで育てましたが、その息子も憤怒者のテロの巻き添えを喰らい、先立たれました。
昔はグラマラスで大層な美人だったそうですが、時の流れは残酷。
日本語は達者で、意思疎通も問題なくできます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年10月13日

■メイン参加者 6人■


●枯れ木の花も
 午後10時、バラエティも終わってニュースの始まる時間。
 ジュヌヴィエーヴ、もといベルさんはそろそろ自室に戻ってラジオでも聴きつつ眠りに就こうかと腰を上げたところだった。
 しかし、振り向きざまにホールに入ってきたのは、物々しい装備と重火器の九人の男達……と、もう一人。

 ジュヌヴィエーヴのバタ臭い梅干しのような顔が、怪訝さと脅えでさらにくしゃりと歪む。
「なぁに、あなたがたは。ジャポンはもっと平和な国だと思っていたんだけどねぇ」
 そうではないことは、息子と嫁が天に召された時から分かりきってはいたのだが。
「ジュヌヴィエーヴ・ベルナドット、予知能力を持つ覚者だな」
 リーダーと思しき男が銃を彼女に突きつけ。
「最近はこういう、気持ちの悪い覚者も増えているそうだな。さっさと処理をして……あ?」
 ……突きつけたのだが、横からトントンと肩を叩かれて何だ何だと振り向けば

「婆さんや、飯はまだかのぅ……」
 一人の老翁がカクカクとしていた。
 勿論、入居者のフリをした木暮坂 夜司(CL2000644)その人である。
「なんだジジイ!入居者か!一般人は引っ込んでろ!」
「はー、すまぬがもっと大きな声で喋ってくれんかのぅ……」
 憤怒者の中でも若手と見える構成員は、目の前のプルプルとしている彼に対して呆れたため息をつく。
「ダメですよアニキ、ボケ老人なんか相手にしても時間の無駄っすよ!」
「はぁ?お茶漬けとドーナツなら昨日食べたんじゃがなあ?」
 流石に一般人の年寄りは攻撃できないと、若い構成員が夜司をジュヌヴィエーヴの傍から押しやろうとしても、どうにもこのじいさんはびくとも動かないのだった。

 はて、こんな入居者は居ただろうかと不思議に思ったジュヌヴィエーヴへ、夜司が一瞬ウインクしたのを、彼女は見逃さなかった。

 その頃、老人ホームの職員は幼く不思議な、この時間に似つかわしくない訪問者にきょとんとしていた。
 お下げ髪の少女、納屋 タヱ子(CL2000019)が、銃を持っている人達が来ている、誰かを探しているようだという警告にやってきたのだ。
 どういうことだ、入居者の安全はどうするのか、そもそも信頼していいのか、という声が職員たちに飛び交う。

 ワイドショーやニュースに明るい、中年の女性職員がピンと来たようで、こそりとタヱ子に耳打ちする。
「もしかして、憤怒者ってヤツ?で、ベルナドットさんを狙ってるとか?」
 あの人最近やけに予想が当たって予言者みたいだったし、不思議な感じするし、とこそこそと呟く。

 さらに期待に目を輝かせて
「それでそれで、もしかしてお嬢ちゃんは、戦うためにやってきたとか?」
「アタリです。でもあんまり、大っぴらにしないで下さいね」
 自分の妄想……もとい予想が当たっていた女性職員は小さくガッツポーズをし、そして他の職員たちに告げる。
「皆!取り合えず全部の部屋に入居者の人達が居るか確かめてね!ええと、誰も居ない部屋があったら報告、で、私達も確かめたらここに籠ること!いいね!」

 幸いにして、ホールと入居者の部屋は事務室を挟むようにして反対側だったものの、予想通り一部屋は空であった。
 ベルナドットさんの部屋が空なんですけど、という報告を言い終わるか終わらないかのところで、ホールの方から一発の銃声が聞こえた。
 それが耳に入った瞬間に、タヱ子は風のように音の方へ走っていった。

 時間は少し巻き戻って、憤怒者の一団と一人の老人が通った後を時間差で追うように入り込み、ホールに続く廊下で機を見計らっている数人の若き覚者。
 水蓮寺 静護(CL2000471)は義憤で明らかに顔をしかめさせている。
「憤怒者って……普通の人なんだよね……」
 人間が相手の戦闘は初めてである明石 ミュエル(CL2000172)が、彼の横で不安げに呟く。
 だが、『普通の人々』が集まった時の力は、覚者すら簡単に葬ってしまう。

「ばーちゃん何も、悪いことしてねーだろ……」
「憤怒者は本当に自分勝手ね」
 そうごちたのは成瀬 翔(CL2000063)と、エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)
 流れるような美しく長い髪の先を弄びながら、周囲の様子を伺っている。
「夢見のおばあさんなんて、素敵じゃないの」
 それを憤怒者だけの都合で刈り取ろうなど、見過ごせるものではない。
 例え、希少な夢見の因子であろうが、そうでなかろうが。
 それはミュエルも同じだ。
「勇気出して、戦うよ……」
 くっ、と力を出し、改めて前を向いた。

●振り上げられた斧は
「ベルさんはワシの想い人!イイ女だからって横恋慕は許さんぞー!」
 もうじいさんが纏わり付いていようが関係ねえとばかりに、ジュヌヴィエーヴへ銃口が向けられる。
 夜司はその構成員へ組み付くように飛びかかった!
「おいおい、このじいさんこの年でババアにホの字かよ!」
 どうせ非力な色ボケ老人と侮って、力の限り乱暴に振り払おうとした、が。
 その瞬間、老人の身体が実態のない炎に包まれ、一瞬のうちに紅頬の童子へと姿を変えた。
 夜司が覚醒して全盛期の姿へ変貌し、それと同時に醒の炎で身体能力を強化したのだ。
 更に間髪入れずにB.O.T.を撃ち込まれ、敵は完全に戦列を崩してしまった。

「アニキィ!このジジイ!覚者ですよォ!!」
「な!?この老人ホーム、ババア以外に覚者がいるとは聞いてねェぞ!!」
 さらには夜司の覚醒と同時に静護、ミュエル、エメレンツィア、翔がホールの入口から駆け込んでくる。
「ベルナドットさんは!?ご無事ですか!?」
「あらまあ、あなた達は……?」
 静護は戦列の崩れた隙を突いて、ジュヌヴィエーヴを守るように間に入り込む。
 その頬では彩の文様が青い輝きを帯びていた。

 抹殺対象は老女一人と、楽勝だろうと思い込んでいた憤怒者達も、不測の覚者の出現、それも明らかに戦闘能力を有している連中の出現に平静心を保てないようだ。
 特に否応無く目を引くのは、赤いドレスに身を包んだ白人美女。
「ふふ……さあ、いらっしゃい。覚者が来たわよ?」
 エメレンツィアが突入と同時に覚醒爆光を使用したため、辺り一面が彼女を表すかのような煌めく紅に包まれる。

「このッ!」
 訓練を受けているようだが、不測の事態にはやはり弱いのか。それとも、こんなに多人数の覚者の出現に頭がパンクしているのか。
 女帝の威風を纏う、真紅の髪のエメレンツィアへ一発、弾丸が放たれる。
 が、照準も合わない闇雲な攻撃はかすりもしない。

 さらには突入時の少年の姿から、一瞬にして涼しい目元の青年の姿へ転身を遂げた翔のB.O.T.がリーダーの腕を掠めていく。
「お前達の相手は俺達だぜ!」
 青年の翔は続けざまにスマホを前に突き出し、次の瞬間には召雷の電撃が九人の武装した憤怒者の間を駆け抜けた!
 当たりの悪かった憤怒者が二名、膝をついたものの、まだ倒れるには至らない。

 銃声を聞き付けたタヱ子もホールへ全力で駆けてきた。
 静護の近く、ジュヌヴィエーヴの前に素早く割り込み、ラージシールドを構える。
 それを受けて、剣での接近戦を得てとする静護が前へ動く。
 本来ならホールから保護対象であるジュヌヴィエーヴを脱出させられれば最良なのだが、元々彼女の居たテレビ前はホールの出入り口から最も奥まったところにある。
 老体での移動速度を鑑みても、下手に動くとその途中で憤怒者からの銃撃を受ける危険もある。
 防御に秀でたタヱ子が、二枚のラージシールドでジュヌヴィエーヴのガードに徹するのが、現在の最善策であった。

「皆さん!他の入居者さんと職員の方々は大丈夫です!」
 憤怒者達の殺気、憎しみの篭った表情が、夢見の老女と、それを守ろうとする少女へ注がれる。
「なんだよ……化け物が化け物を庇って、しゃしゃり出てきてヒーロー気取り……」
 タヱ子は語気を強めて反論する。
「何が違うって言うんですか。撃たれたら、赤い血が出るんですよ!」
「赤い血が流れていようとな、息をして心臓を動かしている間は化け物なんだよ!!」

 化け物、という発音のあまりの憎悪の篭りように動揺の隠し切れないFiVEの覚者たち。
「少し個性的なくらいで、化け物だなんて……」
 と、ジュヌヴィエーヴも呆然とした表情だ。
 彼女の場合は、彼女自身以上に孫娘にも獣相が現れているので尚更か。
 だが、それで止まったままではいられないのがFiVEの面々である。
「……いくよっ」
 少し緊張した声音で気合を入れたミュエルが、機化硬で自身の耐久力を高めてゆく。
 まだ怖い、少し怖い、だけど。
 彼女の位置はジュヌヴィエーヴを守るタヱ子と、憤怒者達の間。
 後ろの二人に攻撃が集中させないための要とも言える。
「フンッ、自分に力があると思い上がって……小娘がァ!」
 怒気を強めミュエルに発砲する構成員。
 しかし、その身体に当たった弾丸は、カツンという金属同士のぶつかるような音を立てて弾かれるのみ。

 その直後、静護の放った水礫がついさっき発砲した構成員の肩に命中し、あまりの痛みと衝撃に彼は銃を取り落とした。
「手か腕を狙ったんだけどな。でも、銃を落としたのなら同じか!」
 武道を修めた彼だからこそ瞬時に推測できた、レンジで劣る剣が、銃に対し優位に立つ方法。
 それはシンプルなものであり、弾切れを狙うか、銃を手放させてしまえばいいのである。
 さらに言えば、懐に入り込んでしまえば銃は扱いづらい代物となるので圧倒的に剣が有利だ。
 高温で燃えるような醒の炎を纏って爆発的な速さで銃を落とした者に接近し、紋様と同じ海色を帯びた一撃を叩き込み、そのままの動きでもう一人も切り伏せる。
「憤怒者とは言え人だ。……いや今は気にしなくてもいいか」

 ただの服を着ているだけなら危なかったかもしれないが、高性能な防弾ジャケットのような装備に身を包んでいるこの憤怒者達は、衝撃で気絶をしているのみのようだ。
カバーされていない範囲には傷も見受けられるが、死にはしないだろう。

●斧の柄も折れて
「いかな鋼の弾丸といえど……土行の覚者、撃ち抜けるものならやってみなさい。ジュヌヴィエーヴさんには、指一本たりとも触れさせません」
 蔵王に蒼鋼壁を重ねたタヱ子はまさに盾の乙女。
 老女を守る、回避し難い状況においても乙女は揺るがない。
「ンだとこの人でなしのくせにィー!」
 その言葉に刺激されたのか、一人の憤怒者が銃を乱射するものの、弾丸は悉く防御の術式を帯びたラージシールドに阻まれ、明後日の方向へ跳ねるばかり。

 中衛といえど、目まぐるしく入れ替わるこの状況下では、ミュエルは前衛にも近い。
「同じ人間……だけどっ!」
 勇気を出して振るった槍は、もっとも近い距離にいる敵に当たる……かと思いきや、無傷のまま後方からの射撃に徹していた構成員に突き刺さる。
 槍での白兵攻撃と見せかけての棘一閃によるフェイント。
 ミツバチのような可憐な一撃ながら、その一刺しは一般人には抜群だ。

「ちょっと厄介ね。今癒すわ」
 同じく中衛のエメレンツィアが、ダンスをするかのように最前線にいる男性陣へ癒しを齎す水の術式を使う。
 エメレンツィア自身も決して消耗していないというわけでは無い。
 だが、それをカバーするかのようにミュエルも彼女へ樹の雫をかけるという連携で、中衛のサポート体制は磐石なものとなっていた。

 ミュエルの射程が予測できないフェイントや、エメレンツィアの水礫による援護射撃などに晒される憤怒者達。
 ある程度は頑丈な、何らかの繊維が使われていると思しき装備に身を包んだ憤怒者も、一人、また一人と倒れこむ者が増えていく。
 仲間の倒れる姿へ恐怖心を煽られたせいか、隊列ももはやバラバラだ。

 さらにはそのバラけてしまった隊列へ、夜司と翔の声色変化を使う二人が紛れるように入り込んで接近戦が繰り広げられる。
 青年になった少年、少年になった老人達の作戦により、右だ左だという全く同じ声が響き、憤怒者の一団は右往左往と狼狽するばかり。
「騙されるな!片方はガキになったジジイで、もう片方はさっきのデカくなったガキが出している声だ!」
「いやだから!」
「本当にリーダーなんスか!?」
「右!右の外人美女を攻撃すれば合っているんスよね!?」
「左にいる女の子とババアが先だよな!?」
「だから惑わされるな!化け物どもの思う壺だッ!」
 憤怒者からは怒号のような困惑の声が飛び交い、中には味方を撃ってしまう者も出る。
 その好機を見逃す二人ではなく、混乱の隙をついて青年翔の召雷がまだ立っている憤怒者を巻き込む。
「かよわい老女をよってたかって亡き者にせんとは言語道断じゃ!」
 追い討ちをかけるように、それでも倒れなかった者へ、少年夜司がすれ違いざまに振り抜いた疾風斬りを叩き込んだ。

 残る憤怒者はリーダーを含め三人。
「ひっ、化け物、卑怯だ……こっちは銃しか使えないのに、不気味な力使いやがって!」
「そもそも、その銃すら持ってないベルナドットさんを殺そうとしたのはお前達だろう!」
 怖気づいてホールから逃げ出そうとした憤怒者へ、未だ醒の炎の消えぬ静護の斬・一の構えが素早く冴え渡る。

「ふふ、貴方達でわたくし達の相手になると思って?」
 残り二人まで減らされてしまった憤怒者のうち、エメレンツィアは膝を付く寸前の者へと、舞う様に華麗な攻撃を加える。
 彼女の得手とする特攻であったのもあり、少し唸ったかと思うと、その憤怒者はそのまま崩れ落ちてしまった。

 自分一人となってすっかり取り乱したリーダー格の憤怒者は、最初の落ち着きや威勢はどこへやら、すっかり錯乱している。
「うわあああ!来るな!こっちに寄るな!化け物ども!」
 錯乱状態のまま、当初の目的であったジュヌヴィエーヴに向かって最後の弾丸を撃っても、タヱ子にすっかりガードされているため、乾いた音と共にそれは弾き返されるのみ。

「いい加減にしろよ!そもそもばーちゃんが何をやったっていうんだよ!」
 青年翔の稲光のようなB.O.T.が最後の一人目掛けて放たれる。
 常人には強すぎる一撃のためか、リーダーは後ろに吹っ飛ぶように壁に激突し、完全に失神した。
 威勢だけは良かった一団の、あっけない終幕であった。

●救いの手と共に
「ばーちゃん!大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。私はこの通り無事よ。ありがとう、小さな騎士さん(シュヴァリエ)」
 ジュヌヴィエーヴは翔の呼び掛けにもにこにこと応じた。
 どうやら目立った外傷もなく、ほぼ無傷のようだ。
 老女の周りへ、憤怒者を完全に拘束し終えた覚者達が集まってくる。

「アタシのパパも、フランス人だから……ベルナドットさんと、アリースさんのこと……なんか、他人とは、思えなくて……」
 同じく、心配そうに話しかけるミュエルへ、ジュヌヴィエーヴはそっと手を彼女の額に当てる。
「ベルナドットさんの、予知の力が、あれば…息子さんが、巻き込まれたみたいなテロも…アタシ達が、未然に防げるように…頑張る、から…」
「そうね、今日のような素敵な騎士さんや、あなた達みたいな頼もしいマドモワゼルが大勢いれば、そういったこともできるのかもねえ」
 老婆は暖かい眼差しで、今日集った覚者の姿に目を細める。
 特に、自分を守ったタヱ子へは何度も感謝の言葉を口にしていた。

 夜司はジュヌヴィエーヴの傍へ、目線を合わせるように腰を屈めて
「アリース嬢からもベルさんの無事をお願いされておったのじゃ。実に祖母想いのお孫さんをお持ちのようじゃの」
「まあ!あの子のお知り合いなの?」
 ジュヌヴィエーヴは少しびっくりしたように目を丸くしたものの、すぐに何か思い至ったようで。
「アリースを知っているってことは、あなた方はあのエコール関連の人達かしらねえ」
 孫を五麟学園に通わせていたせいか、FiVEの存在――そこまではいかなくとも、覚者の組織があるのでは、という推測は立っていたようだ。
 さらにジュヌヴィエーヴは言葉を続け、
「フフフ、天国のダーリンには及ばないけど、ムッシュー・コグレザカも素敵な人ねぇ」
 彼女の感謝代わりのお世辞に、話を聞いているエメレンツィアも思わず、くすりと微笑む。

 静護は、ジュヌヴィエーヴ達の様子を見て、安堵したかのような溜息と共に一つ呟くのであった。
「魔女?そんなものはいない。ここにいるのはただのご老人だけさ」


 気絶したり、負傷で無力化しているとはいえ元々殺意をもって突入してきた憤怒者達。
 すっかり子供に戻った翔がちらりと目をやれば、ホームの備品を拝借してぐるぐる巻きかつ後ろ手に縛り上げられ、粘着テープで口を塞がれた九人のうち、一人と目が合った。
「……覚者も憤怒者…ってか一般人も皆仲良くやれる方法ってねーのかな」
 翔は願いを口にするも、恨みの篭ったような視線を感じてしまうと、何も言えないのであった。


 数日後、捕縛された憤怒者の身元と、彼らの装備の性能が割り出された。
 学生や会社員が主だが、その収入では揃えきれない程の高額な品であるらしい。
 彼らがなかなか口を割らないことと、装備はある日突然、リーダー格の男の家へ偽名と実在しない住所より送付されたものであることまでしか掴めず、装備の出所も含めて真相の究明はまだまだ先のこととなるのであった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『おばあちゃんの一日彼氏』
取得者:木暮坂 夜司(CL2000644)
『盾の乙女』
取得者:納屋 タヱ子(CL2000019)
特殊成果
なし




 
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