≪嘘夢語≫絶命の孤島
●とある並行世界でのお話し
五麟市のある京都から数千キロ離れた島にある特別刑務所から、8人の囚人が脱獄した。本土と島を結ぶのは半年に一度運行される連絡船のみ。島からの脱出は事実上不可能。
しかし、彼らはいずれも源素の力を使って大量殺人を犯した――サイコパスで、放っておけば島に住む刑務所関係者は全員殺されてしまうだろう。それもかなりむごたらしい殺され方で。
そこで、急遽、事件解決のために七星剣の先鋭たちが集められたのだが……。
●現世界の4月1日
「ムフフーン。やあ、久しぶりだね。今日はエイプリールフール。暇なら嘘物語に参加してみないかい?」
楽しい夢を見ていたら急に靄が立ち込めて、古妖・獏が現れた。
嫌な予感しかしない。
「そう身構えないで。キミを数ある並列世界の一つに招待しよう。夜が明けるまでの9時間以内に、とある島から脱出して本土に渡り、七星剣に支配された日本を救う伝説のレジスタンス指導者になってくれないか。いや、別にキミじゃなくても仲間のうちの誰か一人だけでいいんだけどね」
なんだそれ?
「つまり、これからキミが行くのは七星剣がファイヴと大妖たちを下し、日本を支配している平行世界ってわけ。覚者と呼ばれた者たちは犯罪者として次々と処刑、または絶海の孤島で終身刑を受けているんだ。キミを含めた6人が刑務所から脱獄して、やがて――というお話。あ、そうそう、あっちの世界では古妖も妖もすべて討伐対象なんだ」
獏は急にしょんぼりすると、自分も七星剣に狙われているのだといった。
なんのことはない。
並行世界で七星剣に殺されそうなので、あちらの未来を変えたいだけか。
9時間以内に島から脱出できなければどうなるのか、と問うと、獏はムフフと寂しそうに笑った。
「別に。かの平行世界では七星剣の支配が永遠に続くというだけの事だよ。こちらの世界には一切影響しないから安心したまえ」
五麟市のある京都から数千キロ離れた島にある特別刑務所から、8人の囚人が脱獄した。本土と島を結ぶのは半年に一度運行される連絡船のみ。島からの脱出は事実上不可能。
しかし、彼らはいずれも源素の力を使って大量殺人を犯した――サイコパスで、放っておけば島に住む刑務所関係者は全員殺されてしまうだろう。それもかなりむごたらしい殺され方で。
そこで、急遽、事件解決のために七星剣の先鋭たちが集められたのだが……。
●現世界の4月1日
「ムフフーン。やあ、久しぶりだね。今日はエイプリールフール。暇なら嘘物語に参加してみないかい?」
楽しい夢を見ていたら急に靄が立ち込めて、古妖・獏が現れた。
嫌な予感しかしない。
「そう身構えないで。キミを数ある並列世界の一つに招待しよう。夜が明けるまでの9時間以内に、とある島から脱出して本土に渡り、七星剣に支配された日本を救う伝説のレジスタンス指導者になってくれないか。いや、別にキミじゃなくても仲間のうちの誰か一人だけでいいんだけどね」
なんだそれ?
「つまり、これからキミが行くのは七星剣がファイヴと大妖たちを下し、日本を支配している平行世界ってわけ。覚者と呼ばれた者たちは犯罪者として次々と処刑、または絶海の孤島で終身刑を受けているんだ。キミを含めた6人が刑務所から脱獄して、やがて――というお話。あ、そうそう、あっちの世界では古妖も妖もすべて討伐対象なんだ」
獏は急にしょんぼりすると、自分も七星剣に狙われているのだといった。
なんのことはない。
並行世界で七星剣に殺されそうなので、あちらの未来を変えたいだけか。
9時間以内に島から脱出できなければどうなるのか、と問うと、獏はムフフと寂しそうに笑った。
「別に。かの平行世界では七星剣の支配が永遠に続くというだけの事だよ。こちらの世界には一切影響しないから安心したまえ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.夜明けまでに誰か一人でも島から脱出する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると夢の世界で盛大な嘘を思いっきり楽しんじゃえ!です。
●とある絶海の孤島
モデルは青ヶ島です。
島民170人はすべて七星剣関係者。
島には半年に一度しかフェリーが来ず、そのため自給自足の生活が営まれています。
ヘリは運行されていません。
七星剣の天下となったときに島の村役場は取り壊され、そこに特別刑務所が立てられました。
ちなみに、キャンプ場も民宿も廃止されています。
島には港が1つのみ。
北東の崖を下ったところに「江戸時代の船着き場跡」があるそうですが……。
島内には古妖も妖もいません。すべて倒されています。
●時間
午後9時の消灯直後から、午前6時までの間。
晴れていますが、海は荒れて波が高くなっています。
何らかの手段を講じて所内の電源を落とし電子錠を無効化、独房から出たところからスタートです。
※サポーター含め、全員が同じフロアに収監されています。
●敵
・島民170人。
老人から子供まで、全員が発現者。
140人は一般人に毛が生えた程度ですが、総出で脱獄者を探しています。
残り30人は看守でレベル20程度の力があります。
発見されてもすぐに攻撃はされません。
笛を吹いて仲間を呼び、20名以上になった時点で襲撃します。
・犬10頭
よく訓練された警察犬4頭と住民の飼い犬6頭。
・七星剣の精鋭7人。
幹部候補生たちです。レベルは参加PCの平均です。
2人だけ島に入らず、フェリー内で待機しています。
●その他
※本依頼に限り、サポーターを除く参加PC全員がドライブテクニカ、運転と操船の技術を習得しているものとします。
※所持品はなし。みな同じデザインの囚人服を身に着けているだけです。
アイテム欄にアイテムが装備されていても無視されます。
当然、武器も持っていません。
セットしているスキルと守護使役の能力のみ使用可能。
発見される確率が高くて危険ですが、村で物品の略奪OK。
※刑務所には脱獄した8人のほかにも収容者(サポーター)がいます。
彼らは何らかの事情で逃げ出すことができません(※重い病にかかっているなど)。
または刑務所から出る前に殺されてしまいます。
サポート参加者と一緒に逃ることはできませんが、メッセージを託したり託されたりすることはできます。
サポート参加者がいない場合はNPCの眩・ウルスラ・エングホルムと保坂 環が入ります。
※海を泳いで渡る、飛んで渡る。
島からの脱出には成功しますが……どちらも高確率で遭難。
依頼は成功しても、物語的にはバットエンドになります。
●STより
相談なしでバラバラに逃げるもよし、みんなで協力して逃げるもよし。
余談ですが、独房内では物質透過と送受心、送受心・改は使えません。
独房の壁や床に非常に高価で貴重な反源素(原理・仕様等は謎)素材が使用されています。
よろしければご参加くださいませ。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/8
4/8
サポート人数
0/4
0/4
公開日
2018年04月20日
2018年04月20日
■メイン参加者 4人■

●
――闇。電子錠が解除される微かな音。息を呑み、耳を澄ませてじっと待つ。
こんどこそ、本当でありますように。
格子扉が壁に叩きつけられる音が、幾つも重なりながら暗い廊下に響く。
「じいちゃん! リサさん!」
長い三十秒を耐えたあと、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は独房を飛び出した。
「一悟、ここや。リサも一緒や」
光邑 研吾(CL2000032)と光邑 リサ(CL2000053)の姿を目にして、一悟はほっと胸を撫でおろした。
「イチゴ、大丈夫?」
「え、あ……もちろん。オレより、リサさんは大丈夫なのか?」
ダイジョブ、と言いはしたが、祖母の衰弱ぶりは暗がりでも見て取れた。それは祖父、研吾も同様だ。無理もない。二人よりもずっと若くて丈夫なはずの自分が、長い拘留生活ですっかり弱っているのだ。
一悟は削げた頬に手をやった。
「一悟。ぐずぐずしてる暇ないで。急ぐんや」
三人で手分けして、まだ房から出てこない仲間たちを外へ出すことにした。自力で動けない者たちに関しては連れ出さないことになっていた。非情ではあるが、逃亡の足手まといにしかならないからだ。代わりに、必ず伝言を聞き出して預かった。
夢見である眩・ウルスラ・エングホルムも激しい拷問の末に自力で動けなくなってしまった一人だ。体を動かすどころか満足に口もきけなくなっていた。
「クララちゃん……可哀想に……」
「リサ、泣くのは後にせえ」
研吾はすっかり涙もろくなったリサを叱りつけた。そういう自分もまた涙声になっていることを十分自覚しながら。
「オレの声が聞こえるか。なんでもええ、なんか伝言は?」
「あ、あきらめないで……絶対に……かつて戦ったものたち、の……手が、見える……」
眩はそう言ったきり、黙り込んだ。
回復を待っている猶予はない。後半が意味不明だが、いまのは特定の誰かに向けてというよりも、逃亡する仲間たち全員へ送るメッセージなのだろう。
「確かに、聞いたで。ああ、最後まであきらめへん。そやから、眩、お前もあきらめたらあかんぞ」
微かに上下する胸に荒く薄い布を掛けてやると、光邑夫婦は房を出た。
体は動かせても、すっかり気持ちが委縮して脱走を拒む者が少なからずいた。見つかって連れ戻されれば、いまよりもっと辛い目にあわされるから、と。
そういう者たちにはとりあえず、最後の説得を試みた。島を出る者は1人でも多い方がいいからだ。同時にあがる反撃ののろしが多ければ多いほど、抵抗運動に勢いがつく。
一悟は廊下の一番端にある房の扉を開いた。
「飛鳥? どうした、早く出て来い。いそいで逃げないと、せっかく仲間たちが作ってくれたチャンスと貴重な時間が無くなっちまうぞ」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)は扉の前で足踏みをしていた。
「あ……う……なんだか足がすくんでしまうのよ」
「飛鳥!」
「解っているのよ。いま出るのよ!」
房からようやく出てきた飛鳥を連れて、研吾とリサの元へ向かう。と、そこへ、先に逃げたはずの保坂 環が懐中電灯を腕に抱えてやってきた。
「さあ、これを持って。打ち合わせ通り、二、三人ずつバラバラに逃げよう。奥州君は光邑さんたちと。飛鳥ちゃんはボクと一緒に」
飛鳥は窓の外へ目を向けた。黄色い光の筋が幾つか固まって、刑務所の正門から出ていこうとしている。自分たちも急がなくては。
環が受刑服の袖を上げて腕時計を見る。
「それ、どうしたのよ」
「刑務官の一人から奪った。彼らが目を覚ますまであと十分もないぞ。この間にできるだけ距離を稼がないと……」
「だな。懐中電灯、二つ貰っていい? ……じゃ、ふたりとも。また会おうぜ」
一悟は環から懐中電灯を受け取ると、光邑夫妻と合流して階段を下りていった。
そういえば、電子錠、いや警備システム自体をどうやってダウンさせたのだろう。夜勤の刑務官たちを誰がどうやって眠らせたのか。
飛鳥は教えられていなかった。恐らく一悟や研吾、リサも知らないはずだ。
「ボクも知らないんだ。詳しいことは……」
いつか、わかるときが来るのだろうか。
後ろを振り返り、ここに残らざる得ない仲間たちに無言で再会を誓う。飛鳥は二度と後ろを振り返らなかった。
●
一悟、研吾、リサの三人は刑務所を出ると森へ逃げ込んだ。
刑務所の門から出た途端、久しく姿が見えなくなっていた守護使役たちが再び見えるようになっていた。同時に、体の隅々まで源素がぱちぱちと弾けながら満ちていく。
「お? 術が使えるようになったで。これでやつらと戦えるな」
といっても、武具の類は捕まった時にすべて取り上げられている。体力、気力ともに著しく低下している状態では、長くは戦えまい。
「戦闘はできるだけ避けまショウ」
「……そやな」
研吾は「ともしび」を、一悟は「ききとる」を活用して真っ暗な森を進んだ。懐中電燈の使用は極力控えた。指向性のある人工の光は遠くからでも目につきやすい。位置や目指している方向までばれてしまうからだ。
三人は島にひとつしかない村を目指した。すでに覚者たちの脱走が発覚し、島の住民あげての大捜索が始まっている。空っぽになった村で、脱走後に必要となる服や金を盗むのだ。
遠くからかすかな銃声が聞こえた。
一悟は反射的に音がした方角へ顔を向けた。だが、木に遮られて何も見えない。
(「クソ! また」)
「イチゴ、今の音は……」
一悟は黙って歩きだした。
かなり離れていたようで、守護使役の能力をもってしても悲鳴は聞き取れなかった。撃たれた覚者が無事かどうかわからない。一悟の様子から研吾も察したらしく、リサの手を取って後からついてきた。
「家だ。明かりがついている」
しばらく暗がりからあたりの様子をうかがっていたが、人の気配は感じられなかった。睨んだ通り、島民総出で脱走者の捜索を行っているようだ。
三人は影から出ると、一番近い家に押し入った。
●
刑務所の裏側に出ると小さな川があった。どす黒いどぶ川だ。刑務所の備品室から盗んだ雨具やラジオなどをタオルに包んで頭の上に乗せ、川を渡った。広くはないが少し深く、水は飛鳥の腰のあたりまであった。
「大丈夫か?」
環の手を取って川から上がる。足跡と匂いを消すことに成功はしたが、また別の匂いが追っ手の捜索をたやすくするだろう。
飛鳥は川を渡った痕跡が朝まで見つからないことを祈った。
川の向う側は刑務所の農園だった。そこで服を脱ぎ、盗んだ服に着替えた。気が張っているせいか、寒くはなかった。
「少し大きいけど、着られる服があってよかったよ」
「そうだね。それにタオルも……とこれはここで置いていかないと駄目だな」
水筒の水を少し飲んだ。海に出れば真水が必要になると、これも刑務所から盗んできたものだ。首尾よく海に漕ぎ出せたとして、本土までどれだけ時間がかかるかわからない。減った分をどこかで継ぎ足せればいいのだが。
ふたりは農園を出ると、人通りのない道を歩いた。
「港へ?」
「ううん。そっちに行っても駄目だと思うのよ。チャンスがあるとしたら……」
江戸時代にあったという船着き場のほうだろう。
飛鳥は看守たちが運動場の隅で話していたことを覚えていた。子供たちが宝探しと称して北東の崖に近づくので、下へおりる道をきちんと封鎖しなくてはとかなんとか。たしか、まだ形をとどめている船があるので、それで海に出たら大変だとも言っていた。江戸時代に作られたものとはいえ、外海の荒波を渡って来た船だ。丈夫に作られているに違いない。
「浮けばなんとかなるのよ……たぶん」
「そ、そうだね」
突然、横から犬の唸り声が聞こえて来た。
懐中電灯の直線的な光が、ふたりが行く暗い道を断ち切る。
「こっち! 走るのよ!」
「飛鳥ちゃん、懐中電灯を消して!」
飛鳥と環は真っ暗な畑を突っ切って林に入った。波が岩を打つ音が聞こえてくる。なんとか崖下に降りる道を探さねば。
ふっ、と視界が開けると同時に、顔に海風が吹きつけた。崖の縁まで行き、夜の暗闇に目を向ける。水平線が一面の星に照らされていた。星の光は、下で黒く渦巻く海を照らすのに十分な明るさだ。あとは船さえあれば、島を出られる。
「あ! あったのよ。保坂さん、ここから――」
振り返った瞬間、光の環が飛鳥たちを捕えた。銃声が響き、環の背中から血が噴き出す。
「――行って!」
闇の中から牙をむいた犬が飛び出してきて、環を押し倒した。肉に牙が突き刺さる嫌な音と胸が悪くなるような甘い匂いが広がる。
環はごぼ、ごぼっ、と口から血をあふれさせた。
胸のあたりが異様に膨らみだし、次の瞬間、どん、と空気の揺れを伴って首に食いついていた犬が吹っ飛んだ。
飛鳥のうなじの毛が逆立った。追っ手もまた急激に深度を深めていく破錠者に恐れをなし、じり、じりっとさがる。
全身の筋肉を肥大化させた環が咆哮を上げた。逃げていく七星剣たちを追って島の中心へ駆けて行く。
飛鳥は泣きながら、ひとりで崖を下りた。
●
リサがオニギリを作っている間、着替えを済ませた研吾は新聞に目を通していた。
記事によると、新首都の京都で明日、七星剣による日本制圧の三周年を祝って盛大なお祝いが行われるらしい。一面にでかでかと載っていた八神と金剛の顔を拳でぶち抜いた。
(「ふん。胸クソ悪い記事ばっかりや」)
レジスタンスによるテロの記事がないか、隅々まで目を通したがどこにも書かれていなかった。落胆して新聞を丸める。新聞はあとで火種にするつもりだ。
そこへ一悟が戻って来た。手にパンパンに膨れたリュックやカバンを三つ持っている。
「必要だと思うものを詰めておいたぜ。隣の家とかも行って来たけどさ、金は……小銭入れを一つ見つけただけだった」
「ガソリンとか灯油とか、あったんか?」
「うん。いま、玄関に置いてある――!!?」
突然、獣のような野太い咆哮が聞こえた。ざわり、と肌が泡立つ。一悟と研吾は目を見あわせた。
「じいちゃん、急いで逃げよう」
「あ、ああ……すまん、一悟。先に外に出てガソリン撒いといてくれへんか。リサに『はよせい』って言うてくるわ」
台所ではリサがせっせとオニギリを握っていた。
「リサ、もうええ。お茶を入れて、出で行こう」
返事がない。それどころか、振り返りもせずオニギリを握り続けている。
「リサ――」
腕を取って振り向かせる。
リサは声を出さずに泣いていた。
「もう、会えないかも……これがイチゴに作ってあげられる最後の……」
「アホなこと言うな! 助けに戻ってくる。一悟は、絶対に……八神や金剛を倒して戻ってくる」
研吾はリサを抱きしめた。
一悟は知らないことだが、ふたりは一悟のために島に留まって時間稼ぎをすると決めていた。もちろん、三人で逃げられれば一番だ。だが、そんなに甘くない、と思っている。
「そうね。ゴメンナサイ。もう大丈夫ヨ」
「じいちゃん、リサさん。何してんだよ、早く! 森の方が騒がしい。連中が戻って来たのかも」
研吾とリサは弁当と水筒をカバンに押し込むと、家を飛び出した。三人で手分けして、村中に火をつけて回る。
「よし、港へ向かうで」
●
飛鳥は力を振り絞って洞窟の奥にあった船を海へ押し出した。
縁は欠けてボロボロ、櫂もないが、幸いどこにも穴は開いていないようだ。浮きさえしてくれれば、あとは引き潮が沖へ運んでくれる。そのあとのことは考えないことにした。
「ぜったい逃げ切ってみせるのよ」
環がどうなったのか、考えないことにした。環だけではない、刑務所に残して来た仲間たちや、ともに逃げ出した仲間たちのことも。考えるとまた泣き出してしまう。
船が波にさらわれて走り出すと、飛鳥は懸命にあとを追い、飛び乗った。
それから船底に寝転がり、雨具をかぶる。
見つかりませんように。どうか、見つかりませんように――。
どのぐらい時間がたったのだろう。ぱらぱらと背を打つ雨粒で目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
夜明け前の薄暗い時の中で四方を見回す。どこにも島影が見当たらない。それを言えば陸地も。
島を出るには出たが、自分がいまどこにいるのか全く分からなかった。
「ころんさん、懐中電灯……ううん、信号弾をだしてくださいなのよ。……ころんさん?」
何もない空中から、突然、信号弾銃が落ちて来た。だが、守護使役の姿は見えない。
「ころんさん!!」
はっとして頭に手をやる。ウサギの耳が消えていた。
飛鳥を乗せた船は日本から離れ、神秘の結界外に出てしまっていたのだ。
「う、うぇぇ……うえ、ふえぇ……」
泣きながら信号弾を打ち上げた。誰かに気づいてもらえる確率なんて零だ。それでも、足掻かずにはいられなかった。
突然、海がせり上がり、黒くて大きな塊が波の上に突き出た。船が波に大きく揺られる。
(「潜水艦?」)
海に投げ出されないよう、ささくれだった縁を掴んでいると、遠くから声をかけられた。
「こりゃ、たまげた。ウサギのお嬢ちゃんじゃねえか」
「え、この声は――」
古妖の噺家だった。
隣に国枝、いや、古妖アイズオンリーの顔も見える。
「ふええ、噺家さーん!」
「待っていな。いま飛んでいくから」
空飛ぶ絨毯乗ってやってきた噺家に助けられ、飛鳥はロシアの原潜に乗り込んだ。
――三年後。飛鳥はロシア軍人として日本の地を踏むことになる。古妖の連合軍とともに。
●
光邑夫妻と孫の一悟の三人は、港を見下す高台からじっと敵の動きを観察していた。
港に定期連絡船らしいフェリーがついていた。本土に助けを求めたらしい。幹部らしき連中が何人かフェリーから降りて、車で島の中心へ向かうのが見えた。
盗み聞きした村人たちの会話から、脱走者の何人かが破錠して暴れていることを三人は知った。助けてやりたいが、いまの自分たちにできることはない。
三人は物陰にじっと潜み、チャンスをうかがっていた。破錠者騒ぎのおかげで警備が薄くなってはいたが、状況からフェリーでの脱出は難しいと判断、当初の予定道理に小型漁船を盗み出すことにした。
高台から降りて、建物の影を伝い港の端へ――。
「じいちゃん、リサさん!?」
研吾とリサの二人は、一悟と反対方向へ走りだした。フェリーを目指す二人に七星剣たちが気づき、集まりだす。
「どこに行く、戻って――」
「一悟、お前はその漁船に乗って行け!」
研吾が手に持っていたカバンを投げて寄越した。続けてリサが持っていたカバンも。
「なに馬鹿なこと言ってんだよ!」
二人を連れ戻そうと一悟が走りだしたとき、リサが振り返った。
「またネ、イチゴ」
暗く影になっていても、リサが微笑んでいるのが解った。
一悟は立ちどまると、唇をかみしめた。再会の約束に胸まで手をあげるのが精いっぱいで、微笑み返すことができない。
踵を返して落ちたバックを拾い上げると、目をつけていた漁船に乗って岸壁を離れた。
夜明け前。薄い線のような海岸線を見ながら、一悟はリサが作ってくれたオニギリを熱いお茶で流しこんだ。
持ってきた荷物の中から最低限必要なもの、金だけを持って海に飛び込む。
術を使って船を爆破した。
何度も波の下に沈みながら、それでも一悟は砂浜にたどり着いた。這うようにして海から出る。もう、精根尽き果てて顔をあげることすらできない。
(「ちくしょう……ごめん。じいちゃん、リサさん……ごめんよ、みんな」)
砂を踏みしめる音が近づいてくる。
おそらく、海岸に見えていた人影だろう。船の爆破はめくらましになるどころか、自分の居所を知らせる結果になったようだ。
いきなり体をひっくり返された。仰向けになったところへ鳩尾に蹴りを入れられて、反射的に体を折る。
「ふん。これで水に流してやろう。これからはともに戦う同士だ、よろしくな」
聞き覚えのある声に薄目を開ける。視界に入ったのは懐かしい顔だった。
「冥宗寺……なのか?」
髪を長く伸ばしているが、間違いない。イレブンの冥宗寺だ。脱獄していたのか。
「マジかよ。ハゲ……て、ない……」
もう一発、鳩尾に蹴りを喰らって一悟は気絶した。
●
――闇。電子錠が解除される微かな音。息を呑み、耳を澄ませてじっと待つ。
こんどこそ、本当でありますように。
リサは目を閉じた。研吾と引き離されて三年、孤独の中でどんどん小さくなっていく希望を必死の思いで持ち続けていた。いつの日か一悟が助けに戻ってきてくれると信じて。
だが、今度もまた、扉を開けて入って来たのがいつもの看守なら……もう、駄目だ。耐えられない。
「リサ! オレや。研吾や! 頼む、目を開けてくれ」
え、と思って目を開いた。鼻のすぐさきに、愛しい研吾の顔がある。
「あ……あ……」
そして――。
「ごめん、リサさん。待たせたね」
研吾の隣にすっかり大人びた一悟の顔があった。
●
飛鳥、一悟、研吾とリサは、それぞれ違う場所で同時に目が覚めた。
長い夢だった。あまりにも長すぎて、目覚めが悪い。
七星剣を倒して平行世界の日本を救ったのだが、そのわりには爽快感がない。
いや、かの世界ではなんとなくその後ももめ事が続いたような……。
朝から重いため息をつく。
次に獏と会うとすれば、元日の初夢か。
今度はもっと楽しい夢にしてくれ、と四人は思った。
――闇。電子錠が解除される微かな音。息を呑み、耳を澄ませてじっと待つ。
こんどこそ、本当でありますように。
格子扉が壁に叩きつけられる音が、幾つも重なりながら暗い廊下に響く。
「じいちゃん! リサさん!」
長い三十秒を耐えたあと、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は独房を飛び出した。
「一悟、ここや。リサも一緒や」
光邑 研吾(CL2000032)と光邑 リサ(CL2000053)の姿を目にして、一悟はほっと胸を撫でおろした。
「イチゴ、大丈夫?」
「え、あ……もちろん。オレより、リサさんは大丈夫なのか?」
ダイジョブ、と言いはしたが、祖母の衰弱ぶりは暗がりでも見て取れた。それは祖父、研吾も同様だ。無理もない。二人よりもずっと若くて丈夫なはずの自分が、長い拘留生活ですっかり弱っているのだ。
一悟は削げた頬に手をやった。
「一悟。ぐずぐずしてる暇ないで。急ぐんや」
三人で手分けして、まだ房から出てこない仲間たちを外へ出すことにした。自力で動けない者たちに関しては連れ出さないことになっていた。非情ではあるが、逃亡の足手まといにしかならないからだ。代わりに、必ず伝言を聞き出して預かった。
夢見である眩・ウルスラ・エングホルムも激しい拷問の末に自力で動けなくなってしまった一人だ。体を動かすどころか満足に口もきけなくなっていた。
「クララちゃん……可哀想に……」
「リサ、泣くのは後にせえ」
研吾はすっかり涙もろくなったリサを叱りつけた。そういう自分もまた涙声になっていることを十分自覚しながら。
「オレの声が聞こえるか。なんでもええ、なんか伝言は?」
「あ、あきらめないで……絶対に……かつて戦ったものたち、の……手が、見える……」
眩はそう言ったきり、黙り込んだ。
回復を待っている猶予はない。後半が意味不明だが、いまのは特定の誰かに向けてというよりも、逃亡する仲間たち全員へ送るメッセージなのだろう。
「確かに、聞いたで。ああ、最後まであきらめへん。そやから、眩、お前もあきらめたらあかんぞ」
微かに上下する胸に荒く薄い布を掛けてやると、光邑夫婦は房を出た。
体は動かせても、すっかり気持ちが委縮して脱走を拒む者が少なからずいた。見つかって連れ戻されれば、いまよりもっと辛い目にあわされるから、と。
そういう者たちにはとりあえず、最後の説得を試みた。島を出る者は1人でも多い方がいいからだ。同時にあがる反撃ののろしが多ければ多いほど、抵抗運動に勢いがつく。
一悟は廊下の一番端にある房の扉を開いた。
「飛鳥? どうした、早く出て来い。いそいで逃げないと、せっかく仲間たちが作ってくれたチャンスと貴重な時間が無くなっちまうぞ」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)は扉の前で足踏みをしていた。
「あ……う……なんだか足がすくんでしまうのよ」
「飛鳥!」
「解っているのよ。いま出るのよ!」
房からようやく出てきた飛鳥を連れて、研吾とリサの元へ向かう。と、そこへ、先に逃げたはずの保坂 環が懐中電灯を腕に抱えてやってきた。
「さあ、これを持って。打ち合わせ通り、二、三人ずつバラバラに逃げよう。奥州君は光邑さんたちと。飛鳥ちゃんはボクと一緒に」
飛鳥は窓の外へ目を向けた。黄色い光の筋が幾つか固まって、刑務所の正門から出ていこうとしている。自分たちも急がなくては。
環が受刑服の袖を上げて腕時計を見る。
「それ、どうしたのよ」
「刑務官の一人から奪った。彼らが目を覚ますまであと十分もないぞ。この間にできるだけ距離を稼がないと……」
「だな。懐中電灯、二つ貰っていい? ……じゃ、ふたりとも。また会おうぜ」
一悟は環から懐中電灯を受け取ると、光邑夫妻と合流して階段を下りていった。
そういえば、電子錠、いや警備システム自体をどうやってダウンさせたのだろう。夜勤の刑務官たちを誰がどうやって眠らせたのか。
飛鳥は教えられていなかった。恐らく一悟や研吾、リサも知らないはずだ。
「ボクも知らないんだ。詳しいことは……」
いつか、わかるときが来るのだろうか。
後ろを振り返り、ここに残らざる得ない仲間たちに無言で再会を誓う。飛鳥は二度と後ろを振り返らなかった。
●
一悟、研吾、リサの三人は刑務所を出ると森へ逃げ込んだ。
刑務所の門から出た途端、久しく姿が見えなくなっていた守護使役たちが再び見えるようになっていた。同時に、体の隅々まで源素がぱちぱちと弾けながら満ちていく。
「お? 術が使えるようになったで。これでやつらと戦えるな」
といっても、武具の類は捕まった時にすべて取り上げられている。体力、気力ともに著しく低下している状態では、長くは戦えまい。
「戦闘はできるだけ避けまショウ」
「……そやな」
研吾は「ともしび」を、一悟は「ききとる」を活用して真っ暗な森を進んだ。懐中電燈の使用は極力控えた。指向性のある人工の光は遠くからでも目につきやすい。位置や目指している方向までばれてしまうからだ。
三人は島にひとつしかない村を目指した。すでに覚者たちの脱走が発覚し、島の住民あげての大捜索が始まっている。空っぽになった村で、脱走後に必要となる服や金を盗むのだ。
遠くからかすかな銃声が聞こえた。
一悟は反射的に音がした方角へ顔を向けた。だが、木に遮られて何も見えない。
(「クソ! また」)
「イチゴ、今の音は……」
一悟は黙って歩きだした。
かなり離れていたようで、守護使役の能力をもってしても悲鳴は聞き取れなかった。撃たれた覚者が無事かどうかわからない。一悟の様子から研吾も察したらしく、リサの手を取って後からついてきた。
「家だ。明かりがついている」
しばらく暗がりからあたりの様子をうかがっていたが、人の気配は感じられなかった。睨んだ通り、島民総出で脱走者の捜索を行っているようだ。
三人は影から出ると、一番近い家に押し入った。
●
刑務所の裏側に出ると小さな川があった。どす黒いどぶ川だ。刑務所の備品室から盗んだ雨具やラジオなどをタオルに包んで頭の上に乗せ、川を渡った。広くはないが少し深く、水は飛鳥の腰のあたりまであった。
「大丈夫か?」
環の手を取って川から上がる。足跡と匂いを消すことに成功はしたが、また別の匂いが追っ手の捜索をたやすくするだろう。
飛鳥は川を渡った痕跡が朝まで見つからないことを祈った。
川の向う側は刑務所の農園だった。そこで服を脱ぎ、盗んだ服に着替えた。気が張っているせいか、寒くはなかった。
「少し大きいけど、着られる服があってよかったよ」
「そうだね。それにタオルも……とこれはここで置いていかないと駄目だな」
水筒の水を少し飲んだ。海に出れば真水が必要になると、これも刑務所から盗んできたものだ。首尾よく海に漕ぎ出せたとして、本土までどれだけ時間がかかるかわからない。減った分をどこかで継ぎ足せればいいのだが。
ふたりは農園を出ると、人通りのない道を歩いた。
「港へ?」
「ううん。そっちに行っても駄目だと思うのよ。チャンスがあるとしたら……」
江戸時代にあったという船着き場のほうだろう。
飛鳥は看守たちが運動場の隅で話していたことを覚えていた。子供たちが宝探しと称して北東の崖に近づくので、下へおりる道をきちんと封鎖しなくてはとかなんとか。たしか、まだ形をとどめている船があるので、それで海に出たら大変だとも言っていた。江戸時代に作られたものとはいえ、外海の荒波を渡って来た船だ。丈夫に作られているに違いない。
「浮けばなんとかなるのよ……たぶん」
「そ、そうだね」
突然、横から犬の唸り声が聞こえて来た。
懐中電灯の直線的な光が、ふたりが行く暗い道を断ち切る。
「こっち! 走るのよ!」
「飛鳥ちゃん、懐中電灯を消して!」
飛鳥と環は真っ暗な畑を突っ切って林に入った。波が岩を打つ音が聞こえてくる。なんとか崖下に降りる道を探さねば。
ふっ、と視界が開けると同時に、顔に海風が吹きつけた。崖の縁まで行き、夜の暗闇に目を向ける。水平線が一面の星に照らされていた。星の光は、下で黒く渦巻く海を照らすのに十分な明るさだ。あとは船さえあれば、島を出られる。
「あ! あったのよ。保坂さん、ここから――」
振り返った瞬間、光の環が飛鳥たちを捕えた。銃声が響き、環の背中から血が噴き出す。
「――行って!」
闇の中から牙をむいた犬が飛び出してきて、環を押し倒した。肉に牙が突き刺さる嫌な音と胸が悪くなるような甘い匂いが広がる。
環はごぼ、ごぼっ、と口から血をあふれさせた。
胸のあたりが異様に膨らみだし、次の瞬間、どん、と空気の揺れを伴って首に食いついていた犬が吹っ飛んだ。
飛鳥のうなじの毛が逆立った。追っ手もまた急激に深度を深めていく破錠者に恐れをなし、じり、じりっとさがる。
全身の筋肉を肥大化させた環が咆哮を上げた。逃げていく七星剣たちを追って島の中心へ駆けて行く。
飛鳥は泣きながら、ひとりで崖を下りた。
●
リサがオニギリを作っている間、着替えを済ませた研吾は新聞に目を通していた。
記事によると、新首都の京都で明日、七星剣による日本制圧の三周年を祝って盛大なお祝いが行われるらしい。一面にでかでかと載っていた八神と金剛の顔を拳でぶち抜いた。
(「ふん。胸クソ悪い記事ばっかりや」)
レジスタンスによるテロの記事がないか、隅々まで目を通したがどこにも書かれていなかった。落胆して新聞を丸める。新聞はあとで火種にするつもりだ。
そこへ一悟が戻って来た。手にパンパンに膨れたリュックやカバンを三つ持っている。
「必要だと思うものを詰めておいたぜ。隣の家とかも行って来たけどさ、金は……小銭入れを一つ見つけただけだった」
「ガソリンとか灯油とか、あったんか?」
「うん。いま、玄関に置いてある――!!?」
突然、獣のような野太い咆哮が聞こえた。ざわり、と肌が泡立つ。一悟と研吾は目を見あわせた。
「じいちゃん、急いで逃げよう」
「あ、ああ……すまん、一悟。先に外に出てガソリン撒いといてくれへんか。リサに『はよせい』って言うてくるわ」
台所ではリサがせっせとオニギリを握っていた。
「リサ、もうええ。お茶を入れて、出で行こう」
返事がない。それどころか、振り返りもせずオニギリを握り続けている。
「リサ――」
腕を取って振り向かせる。
リサは声を出さずに泣いていた。
「もう、会えないかも……これがイチゴに作ってあげられる最後の……」
「アホなこと言うな! 助けに戻ってくる。一悟は、絶対に……八神や金剛を倒して戻ってくる」
研吾はリサを抱きしめた。
一悟は知らないことだが、ふたりは一悟のために島に留まって時間稼ぎをすると決めていた。もちろん、三人で逃げられれば一番だ。だが、そんなに甘くない、と思っている。
「そうね。ゴメンナサイ。もう大丈夫ヨ」
「じいちゃん、リサさん。何してんだよ、早く! 森の方が騒がしい。連中が戻って来たのかも」
研吾とリサは弁当と水筒をカバンに押し込むと、家を飛び出した。三人で手分けして、村中に火をつけて回る。
「よし、港へ向かうで」
●
飛鳥は力を振り絞って洞窟の奥にあった船を海へ押し出した。
縁は欠けてボロボロ、櫂もないが、幸いどこにも穴は開いていないようだ。浮きさえしてくれれば、あとは引き潮が沖へ運んでくれる。そのあとのことは考えないことにした。
「ぜったい逃げ切ってみせるのよ」
環がどうなったのか、考えないことにした。環だけではない、刑務所に残して来た仲間たちや、ともに逃げ出した仲間たちのことも。考えるとまた泣き出してしまう。
船が波にさらわれて走り出すと、飛鳥は懸命にあとを追い、飛び乗った。
それから船底に寝転がり、雨具をかぶる。
見つかりませんように。どうか、見つかりませんように――。
どのぐらい時間がたったのだろう。ぱらぱらと背を打つ雨粒で目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
夜明け前の薄暗い時の中で四方を見回す。どこにも島影が見当たらない。それを言えば陸地も。
島を出るには出たが、自分がいまどこにいるのか全く分からなかった。
「ころんさん、懐中電灯……ううん、信号弾をだしてくださいなのよ。……ころんさん?」
何もない空中から、突然、信号弾銃が落ちて来た。だが、守護使役の姿は見えない。
「ころんさん!!」
はっとして頭に手をやる。ウサギの耳が消えていた。
飛鳥を乗せた船は日本から離れ、神秘の結界外に出てしまっていたのだ。
「う、うぇぇ……うえ、ふえぇ……」
泣きながら信号弾を打ち上げた。誰かに気づいてもらえる確率なんて零だ。それでも、足掻かずにはいられなかった。
突然、海がせり上がり、黒くて大きな塊が波の上に突き出た。船が波に大きく揺られる。
(「潜水艦?」)
海に投げ出されないよう、ささくれだった縁を掴んでいると、遠くから声をかけられた。
「こりゃ、たまげた。ウサギのお嬢ちゃんじゃねえか」
「え、この声は――」
古妖の噺家だった。
隣に国枝、いや、古妖アイズオンリーの顔も見える。
「ふええ、噺家さーん!」
「待っていな。いま飛んでいくから」
空飛ぶ絨毯乗ってやってきた噺家に助けられ、飛鳥はロシアの原潜に乗り込んだ。
――三年後。飛鳥はロシア軍人として日本の地を踏むことになる。古妖の連合軍とともに。
●
光邑夫妻と孫の一悟の三人は、港を見下す高台からじっと敵の動きを観察していた。
港に定期連絡船らしいフェリーがついていた。本土に助けを求めたらしい。幹部らしき連中が何人かフェリーから降りて、車で島の中心へ向かうのが見えた。
盗み聞きした村人たちの会話から、脱走者の何人かが破錠して暴れていることを三人は知った。助けてやりたいが、いまの自分たちにできることはない。
三人は物陰にじっと潜み、チャンスをうかがっていた。破錠者騒ぎのおかげで警備が薄くなってはいたが、状況からフェリーでの脱出は難しいと判断、当初の予定道理に小型漁船を盗み出すことにした。
高台から降りて、建物の影を伝い港の端へ――。
「じいちゃん、リサさん!?」
研吾とリサの二人は、一悟と反対方向へ走りだした。フェリーを目指す二人に七星剣たちが気づき、集まりだす。
「どこに行く、戻って――」
「一悟、お前はその漁船に乗って行け!」
研吾が手に持っていたカバンを投げて寄越した。続けてリサが持っていたカバンも。
「なに馬鹿なこと言ってんだよ!」
二人を連れ戻そうと一悟が走りだしたとき、リサが振り返った。
「またネ、イチゴ」
暗く影になっていても、リサが微笑んでいるのが解った。
一悟は立ちどまると、唇をかみしめた。再会の約束に胸まで手をあげるのが精いっぱいで、微笑み返すことができない。
踵を返して落ちたバックを拾い上げると、目をつけていた漁船に乗って岸壁を離れた。
夜明け前。薄い線のような海岸線を見ながら、一悟はリサが作ってくれたオニギリを熱いお茶で流しこんだ。
持ってきた荷物の中から最低限必要なもの、金だけを持って海に飛び込む。
術を使って船を爆破した。
何度も波の下に沈みながら、それでも一悟は砂浜にたどり着いた。這うようにして海から出る。もう、精根尽き果てて顔をあげることすらできない。
(「ちくしょう……ごめん。じいちゃん、リサさん……ごめんよ、みんな」)
砂を踏みしめる音が近づいてくる。
おそらく、海岸に見えていた人影だろう。船の爆破はめくらましになるどころか、自分の居所を知らせる結果になったようだ。
いきなり体をひっくり返された。仰向けになったところへ鳩尾に蹴りを入れられて、反射的に体を折る。
「ふん。これで水に流してやろう。これからはともに戦う同士だ、よろしくな」
聞き覚えのある声に薄目を開ける。視界に入ったのは懐かしい顔だった。
「冥宗寺……なのか?」
髪を長く伸ばしているが、間違いない。イレブンの冥宗寺だ。脱獄していたのか。
「マジかよ。ハゲ……て、ない……」
もう一発、鳩尾に蹴りを喰らって一悟は気絶した。
●
――闇。電子錠が解除される微かな音。息を呑み、耳を澄ませてじっと待つ。
こんどこそ、本当でありますように。
リサは目を閉じた。研吾と引き離されて三年、孤独の中でどんどん小さくなっていく希望を必死の思いで持ち続けていた。いつの日か一悟が助けに戻ってきてくれると信じて。
だが、今度もまた、扉を開けて入って来たのがいつもの看守なら……もう、駄目だ。耐えられない。
「リサ! オレや。研吾や! 頼む、目を開けてくれ」
え、と思って目を開いた。鼻のすぐさきに、愛しい研吾の顔がある。
「あ……あ……」
そして――。
「ごめん、リサさん。待たせたね」
研吾の隣にすっかり大人びた一悟の顔があった。
●
飛鳥、一悟、研吾とリサは、それぞれ違う場所で同時に目が覚めた。
長い夢だった。あまりにも長すぎて、目覚めが悪い。
七星剣を倒して平行世界の日本を救ったのだが、そのわりには爽快感がない。
いや、かの世界ではなんとなくその後ももめ事が続いたような……。
朝から重いため息をつく。
次に獏と会うとすれば、元日の初夢か。
今度はもっと楽しい夢にしてくれ、と四人は思った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
