テンタクルス
●遅れてきた軟体
戦には時として、待つ事に費やす時間というのが必要である。
戦国の世を治めた徳川家康然り、耐え忍ぶ者が世の覇権を握るというのも珍しい話では無い。
機が熟すのを待ち、憎きイカの尖兵が消えた今!
今こそ撃って出るべき時なのである。
世は暑く、人は無防備で海に集う。
イカは尖兵を失い、次の準備には時間がかかるだろう。
我々の触手は! 吸盤は! 墨は! 鋭く研ぎ澄まされ、今か今かと戦を待ち望んでいる!
そう、正に今! 今なのだ! 時は来たのだ!
今こそ我々タコの八本足時代の幕開けなのである!
●という話だったのさ
「でででん! 我らタコの勇猛なる兵よ! 海を! 陸を! 全てを手に入れる為に戦うのだ!」
夢見の久方 万里(nCL2000005)がノリノリでセリフを読み上げ紙芝居の最後のページをめくり、でかでかと「終」と書かれた紙が覚者達の眼前にドンと鎮座する。
依頼の説明に訪れた覚者達に繰り広げられた、10分強にも及ぶ謎の長い紙芝居。
好意的に見れば解りやすく依頼を説明してくれていると思えなくも無いが、恐らくはやりたかっただけだろう。
「っていう訳でね、今回はタコの妖の退治をお願いしたいんだ! 浜辺に、困っタコとに今度はタコが現れちゃうんだ!」
紙芝居の内容からあらかた予想は付いていたが、やはりタコの妖。 イヤな予感がひしひしとする。
なにせ日本を代表する画家である、かの葛飾北斎でさえ、タコを題材に取り上げた絵画はアレだったのだ。 アレでアレな事が起こる予感は、ただの胸騒ぎでは無いかもしれない。
「タコの妖は2匹! 大きさはどっちも3m位だよ。 1匹はおっきなツボに入ってて、もう1匹はそのままみたい。 あ、ちなみに妖ランクは1だよ!」
妖のランクは1。 獣以下の知恵しかないとなると、紙芝居の内容も相当眉唾である。
大方イカに続いてタコが現れたものだから万里がおおいに脚色をしたのだろう。
「攻撃手段は、ツボのほうは触手! 捕まえてぎゅーぎゅー締められたり、つぼの中に押し込まれたりするみたい。 普通の方はベタつく墨で攻撃してくるよ!」
攻撃力で見ればさほどではないが、健全さを脅かす恐ろしい攻撃方法だと言えない事もない。
「海水浴客が死んじゃうような攻撃手段は無いけど、もし妖のランクが上がって危険性が増したらどうなるか解らないからね。 今のうちに退治しておかないとだよね!」
確かに、人死が出る状況と比べれば相当マシ、叩くなら今が最良と言えるが…。
「それじゃ、万里でも報告を受けられるくらいの、ピーーーっていう効果音が入らない程度の被害でよろしくね! ワサビを用意して待ってるから、頑張ってね!」
戦には時として、待つ事に費やす時間というのが必要である。
戦国の世を治めた徳川家康然り、耐え忍ぶ者が世の覇権を握るというのも珍しい話では無い。
機が熟すのを待ち、憎きイカの尖兵が消えた今!
今こそ撃って出るべき時なのである。
世は暑く、人は無防備で海に集う。
イカは尖兵を失い、次の準備には時間がかかるだろう。
我々の触手は! 吸盤は! 墨は! 鋭く研ぎ澄まされ、今か今かと戦を待ち望んでいる!
そう、正に今! 今なのだ! 時は来たのだ!
今こそ我々タコの八本足時代の幕開けなのである!
●という話だったのさ
「でででん! 我らタコの勇猛なる兵よ! 海を! 陸を! 全てを手に入れる為に戦うのだ!」
夢見の久方 万里(nCL2000005)がノリノリでセリフを読み上げ紙芝居の最後のページをめくり、でかでかと「終」と書かれた紙が覚者達の眼前にドンと鎮座する。
依頼の説明に訪れた覚者達に繰り広げられた、10分強にも及ぶ謎の長い紙芝居。
好意的に見れば解りやすく依頼を説明してくれていると思えなくも無いが、恐らくはやりたかっただけだろう。
「っていう訳でね、今回はタコの妖の退治をお願いしたいんだ! 浜辺に、困っタコとに今度はタコが現れちゃうんだ!」
紙芝居の内容からあらかた予想は付いていたが、やはりタコの妖。 イヤな予感がひしひしとする。
なにせ日本を代表する画家である、かの葛飾北斎でさえ、タコを題材に取り上げた絵画はアレだったのだ。 アレでアレな事が起こる予感は、ただの胸騒ぎでは無いかもしれない。
「タコの妖は2匹! 大きさはどっちも3m位だよ。 1匹はおっきなツボに入ってて、もう1匹はそのままみたい。 あ、ちなみに妖ランクは1だよ!」
妖のランクは1。 獣以下の知恵しかないとなると、紙芝居の内容も相当眉唾である。
大方イカに続いてタコが現れたものだから万里がおおいに脚色をしたのだろう。
「攻撃手段は、ツボのほうは触手! 捕まえてぎゅーぎゅー締められたり、つぼの中に押し込まれたりするみたい。 普通の方はベタつく墨で攻撃してくるよ!」
攻撃力で見ればさほどではないが、健全さを脅かす恐ろしい攻撃方法だと言えない事もない。
「海水浴客が死んじゃうような攻撃手段は無いけど、もし妖のランクが上がって危険性が増したらどうなるか解らないからね。 今のうちに退治しておかないとだよね!」
確かに、人死が出る状況と比べれば相当マシ、叩くなら今が最良と言えるが…。
「それじゃ、万里でも報告を受けられるくらいの、ピーーーっていう効果音が入らない程度の被害でよろしくね! ワサビを用意して待ってるから、頑張ってね!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.●タコの妖(生物系、ランク1)×2の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
という訳で、イカの次はタコです。
それにしてもテンタクルスっていう響き、格好いいですよね。
クルスってなんか十字っぽくて、聖騎士団の名前みたい。
白銀の甲冑に聖十字の紋章、茜の空に藍色にはためく鷲の旗! 神殿騎士団テンタクルス!……とか。
まぁ、触手の事なんですけどね。
●敵情報
3mくらいのタコの妖2匹。 生物系でランクは1。
OPは万里の脚色であり、獣以下の本能で動く程度の知能だが、2匹は本能でそこそこ連携して攻撃してくる様子。
現在の能力では覚者が負ける事はないかもしれない程の強さだが、かなり気性が荒い。
妖ランクが上がれば危険が増す可能性があるため、捕獲などではなく必ず退治してください。
・タコツボさん
3mの体が納まるような大きなつぼに入ったタコ。 防御力が高い。
・触手巻き付け……触手を巻き付け締め上げる。 近距離単体攻撃。
・ツボに捕らえる……触手で捕えてからツボの中に押し込み触手で攻撃する。 近距離単体攻撃。
・タコスミさん
ツボは被ってない状態のタコ。 回避がやや高い。
・墨吐き……黒い粘着性の高い墨を吐きかける。 遠距離単体攻撃。 バッドステータス【鈍化】付与。
・墨多量吐き……黒い粘着墨を広範囲にまきちらす。 遠距離列攻撃。 バッドステータス【鈍化】付与。
ちなみにワサビを準備しているといっていた万里ですが、リプレイには登場しないのでご了承ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月09日
2015年10月09日
■メイン参加者 8人■

●
眩しい日差しと言うには少し物足りないものの、まだその力は衰えていないと言わんばかりの太陽に照らされた浜辺。
海の家も既に店じまいされ、海水浴に来ている者も少なく遠くにサーフィンや犬の散歩をしている人が見えるのみ。
「海だやったー!」
「ぃやっほー!うーみーだー!!」
既に水着に着替えた『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)と御白 小唄(CL2001173)が両手を広げながら砂浜へと走ってゆく。
「二人共なんであないにお元気なんやろか…」
その後ろをややローテンションで続くのは『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)だ。
言葉とは裏腹に、既に黒のビキニに着替え海を満喫する気満々に見えなくも無いものの、実際は実益から水着に着替えただけに過ぎない。
「大丈夫、ちゃんと依頼も忘れてないから、ほら!」
そう言うあかりが取り出したのは、チューブワサビと小さな醤油刺し。
忘れてはいないが勘違いしているのでは無いかとかがりは大きくため息をつく。
喧騒無く波の音の聞こえる浜辺はまるでプライベートビーチ! ……と言いたい所だが、生憎そうそう甘くは無い。
海に現れた巨大な2体のタコの妖を退治する為に、覚者達は海を訪れたのだから。
「それにしてもホンマ、困っタコとになったもんやなあ。ぷふっ…」
かがりが自分の冗句に密かに噴出する。
そんな明るい空気の後ろから続くのは、どよんと淀んだ空気の二人の女性。
「…イカの次はたこですか。……ふっふふっ」
「…あの時は大変でしたね…。 嫌な予感しかしない、けど…頑張らなきゃ…ですよね」
緋色のワンピース水着に身を包んだ『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)とフリルの付いたピンクの水着の『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)が、遠くを見ながらため息と共に呟く。
イカの時に恥かしかったりネバネバだったりと大変な目にあった二人だ。 これから起こるであろう惨劇を他の者よりも強く予感しているのだろう。
そんな二人の気の落ちようから、なんとなく以前の時の酷さを察した『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も、暑さからでは無い汗を垂らす。
「触手かぁ…。 タコは生物として襲っているだけで、イケナイ想像を持つのが人間ってだけなんだろうけど…」
そんな言葉を発すると、誡女とミュエルが詰め寄るように反論する。
「いや、そんな感じじゃ…! 何ていうか、倫理感を超えた危険さというか…」
「こう……。 理屈じゃなくて…本能的に…イケナイ感じがするっていうか…」
思い出したくないからか言えない程の経験だったのか、漠然とした反論だったが解った事が一つ。
今回も大変な事になりそうだ。
「大丈夫だよ! タコの方が足は少ないから楽なはず!」
どこから聞いていたのか、不安そうな女性3人に小唄が笑顔で励ましの声をかける。
無垢な少年の元気な笑顔に落ち着きを取り戻した女性達。
「うんうん、万里さんのタコ刺しの為にも絶対成功させるんよ」
ライム色の水着の茨田・凜(CL2000438)も、小唄と一緒に軽いノリではっぱをかける。
タコを倒してたこ焼なりタコワサなりにする。 そのくらい楽に考えた方が確かに良いのかもしれない。
「でも触手が女の子ばかり襲うのが鉄板だというけど、ちょっと不公平って言うか…。 中には男好きがいたって…」
気を紛らわせようと明るい口調で発した御菓子の言葉。
その言葉に自然と乙女達の視線が吸い寄せられるようにひとりに集中する。
「…ん? なんだ?」
先頭を歩く引き締まった肉体。 黒のビキニパンツのワイルド系イケメン『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)はその視線に気づき首をかしげる。
本人が意識しているかは怪しいが、ただでさえその姿は女性には刺激が強いのだ。
タコの餌食…という可能性に思わず想像の翼をはためかせてしまった乙女達はブルブルと首を振り、妄想を振り払う。
「仲が良いのはいいが、奴等も俺達に気がついたようだ。 気を引き締めて行くぞ」
ゲイルが護符を手に皆に気合を入れ妖へと向き直る。
その頼れる背中を見ながら、各々因子の力を解放し戦闘に備えるのだった。
●
「まずはこれでも喰らうんよ」
「その力、削いであげます!」
覚者と妖が対峙して早々に凜と誡女が武器を振るい、左右から渦巻く霧が2匹の妖を包み込む。
重く纏わり付くような霧を疎ましく思ったのか、払おうと振るわれたタコツボの触手に緑の鞭のようなものが絡みつく。
「その……あなたの相手は…アタシです…!」
霧を掻き分け現れたのは、足を車輪に変化させたミュエルの姿。
素早く横へと回り込み、具現化された長いワンドの先から伸びた植物の蔦でタコツボの腕を絡めとる。
ならば引き寄せてくれるとばかりにグイっと蔦の巻きついた触手に力を込めたタコツボの額に、水塊の砲弾が炸裂する。
「上手いぞ、壺に隠れんうちにもう1発くれてやる」
タコツボがギロリと目を向けた先には掌にもう一つの水塊を生み出そうとするゲイルの姿。
このままでは不利と、絡みつく蔦を器用に払いツボをより深く被るように構えるタコツボ。
鉄壁の守りのスタイルだが、その視界は相当狭められているだろう。 それこそ、タコスミの方などツボを透かさない限り見えない程。
「とりあえず……分断には成功…かな?」
「注意を引き続けるぞ。 手を休めるなよ」
ゲイルの言葉に息を呑む事で返事とするミュエル。
もう片方の班の為にも、ここで奴を抑えなければ…!
「いっくぞー!がおー!」
一方のタコスミ妖へと、狐の獣憑とは思えないような掛け声と共に小唄が拳を突き出す!
その後の体勢すら犠牲にする飛び掛るようなパンチだが、タコの弾力に阻まれボヨンと弾き返され尻餅を付いてしまう。
お尻をさする小唄に向けられたタコスミの目。 その少し下の頬が膨らんだかと思うと、小唄に向けて黒い墨が勢いよく噴出される!
「わぷっ!?うわー、べとべとするー…」
あっという間に墨まみれにされてしまった小唄は塗れた子犬のようにぷるぷると体を振るおうとするも、高い墨の粘性は小唄を捕えもがく事すら許さない。
「く…っ! 今度はあの時のようには……」」
タコスミの追撃を阻む為に誡女が風を切り裂くように鞭を振るう。
触手を跳ね除ける神速の鞭に、タコスミは攻撃はおろか接近する事すら許されずずるずると後ずさるように距離を離す。
墨に捕えられればそのまま相手のペースに嵌ってしまうという事を、誡女は苦い経験で知ってしまっている。
ここで、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない!
その誡女の両脇にシンメトリーに構えた二つの影が滑り込む。
まったく同じようで間逆でもあるような、光と影のようなあかりとかがりは、振り上げた護符に雷の力を宿す。
「こいつはとっとと倒さないとね! 行くよ、お姉ちゃん!」
「合わせるわよ…」
息を合わせ二人同時に腕を振り下ろすと、その腕に呼応したかのように2本の稲妻がタコスミに降り注ぎその身を貫く!
食欲を誘う良い匂いの煙を上げながら痙攣するタコスミ。
動きを止めたとは言えない程の小さな隙。
その隙に捕われた仲間を助けるべく、凜と御菓子が小唄へと駆け寄る。
「大丈夫なん?」
「このネバつく墨も早く払わないと…」
耳から尻尾までネバネバまみれの小唄を掘り出すように隅を払う二人。
払う手にまでへばりつく墨をなんとか取り除き、なんとか小唄は腰を浮かせる事が出来る。
このまま小唄を助けタコスミに止めを刺し足止め班の救助に向かう!
そんな具体的な成功の道筋が見えたかという所に、ヌっと大きな影が日を遮る。
「し、しまっ……」
痙攣の治まったタコスミの吐き出すとんでもない量の粘つく墨が、一所に集った覚者達に雨のように降り注ぐ。
どべどべと降り注ぐ粘液の雨に、ある者は頭から浴びて地面に伏し、ある者は足をとられ、阿鼻叫喚の墨地獄となってしまう。
「や、やっぱこうなるのね……」
尻餅を突いた拍子にお尻を墨へと埋め込んでしまった誡女が、予測通りの惨劇にため息をつくのだった。
ゲイルとミュエルは、タコツボの足を掻い潜りながらも堅い守りに阻まれ攻めきれずにいた。
元々足止めが目的とはいえ、攻撃は最大の防御という言葉もある。
攻めずにただ守るというのも難しいが、攻めても効果が薄いというのはなお厳しい。
タコツボの8本足は縦横無尽に暴れ周り、二人を徐々に追い込んでゆく。
「おぅぁ!」
そんな折に唐突に響くゲイルの悲鳴! ミュエルも自身の抱くゲイルのイメージと離れたその声に、思わず足を止めてそちらを見てしまう。
ミュエルの目に映ったのは触手に尻尾を掴まれ脱力するように倒れるゲイルの姿。
弱点なのか驚いただけなのか、一瞬動きを封じられたゲイルだがすぐさま触手を振り払い事なきを得る。
ミュエルも安心しほっと息をついたその隙に、今度はミュエルの足にタコツボの触手がグルリと巻きつく。
「わっ……! や…やめ……!」
ワンドで絡みついた触手を払おうとするミュエルだが、2本3本と次々に触手がその身に巻き付き、あっという間にツボの中に引き込まれてしまう。
「ひや…ひやぁぁぁぁぁぁぁ!」
タコツボはゴロリとつぼを転がし上向きにすると、捕えた獲物を徹底的に弱らせるための攻撃を開始する。
ギチュギチュという粘性の触手の蠢く音とミュエルの悲鳴がツボの中に木霊し、痛みとも苦しさとも少し違うその声は中で何が起こっているかをある意味如実に語っていると言って良い。
このままではミュエルが…言葉に出来ないような大変な経験をしてしまう!
「出し…やがれ!」
中を狙えない以上水撃では効果が薄いと見たゲイルは、護符をグっとしまい拳に力を込めて猛の一撃をツボへと叩き込む!
ツボを破壊するには至らないものの、巨大なツボは跳ねるように転がり中に捉えられていたミュエルがすぽりとツボの外に投げ出された。
「大丈夫か?」
「えぇ…ありがとう…ございます…」
タコの体液でぬめり白い皮膚には所々吸盤の後があるミュエルにゲイルが優しく手を差し出す。
このぬめりのおかげでタコの触手から脱出できたのかも知れないが、やはりこんな姿を見られるのは恥かしい。
それが逞しい男性にとなればなおさらだ。
顔を赤らめて立ち上がるミュエルの目に止まったのは黒のビキニパンツにねじ込まれた護符。
逞しい男性のビキニパンツに紙がねじ込まれた姿に、話しに聞いた事のある怪しい店を連想してしまったミュエルはさらに顔を赤くしてうつむくのだった。
度重なる墨の乱射で黒に染められた砂浜の一角。
膜の様に辺り一帯を多い尽くしたその黒から芽が出るようにもごもごとあちこちが動きだす。
「うぅぅ…。 ヒドイです…」
「このままじゃやばいんよ……」
うつ伏せで地面に捕われた御菓子は体を起こそうとするも粘着力に引き戻され、まるで腕立てのように脱出できないでいる。
腕で顔を庇い視界を確保した凜も、座り込んでしまった状態で腿に粘りつく粘液と格闘中だ。
「お姉ちゃん…ちょっと助けに来てくれない…?」
「状況見てもの言いや…」
あかりとかがみも仲良く地面に伏せ身動きが取れない様子。
ジタバタと墨を振り払おうと暴れるあかりと身を捩るかがり。
そっくりといえばそっくりだが対照的と言えなくも無い。
「……なんて言うたけど、なんとかならん事もなさそうやで」
かがりが身じろぎをやめると、墨に覆われた右手がほのかに光り輝く。
その手に握られていたのはかがりがもがき探していた護符「伏見」。
かがりの放つ光は周囲に満ち、墨を溶かすようにその粘性を落としてゆく。
「助かったわ。 これなら…!」
誡女は気の流れを活性化させ粘性の低下した墨から尻を抜きなんとか立ち上がると、周囲の者へ手を差し伸べる。
その手から伝わる力は、墨の不快感に脱力していた覚者達の力を再び呼び戻し、立ち上がる力を与えてくれる。
「うぅ…クリーニング代が…。 皆さん、ここから一気に巻き返しちゃいますよ!」
動ける程度まで墨は落とせたが、お気に入りの水着が真っ黒になってしまった御菓子は指揮杖でリズムを刻むように振るうと、周囲に輝く霧が立ち込める。
その霧は覚者達の痛みと疲れを癒し静かに薄れ消えて行く。
その様子に驚いたタコスミは再び捕えようと頬を膨らますが…。
「もう、墨は食らいません…!」
誡女の鞭がタコの口を縛りつけ、墨の噴射を封じる。
イカとの戦いも含め、散々苦渋を舐めさせられた墨攻撃だ。
良い経験とは言い難いが、これだけ喰らえば対策だって取れるというものだ。
苦戦はしたがここからが本当の勝負とばかりに小唄が再び駆け、足を振り上げタコスミの顎を蹴り上げる!
「いっくよー!せーの、どっかーん!!」
掛け声と共に放たれた蹴撃に弾き飛ばされたタコスミは、ドスンとタコツボへと衝突!
突然の後ろからの衝撃にギロリと振り向くタコツボは、その触手をタコスミ班へと向け這うように伸ばす!
「や、嫌ぁ……んぁぁ!……です…」
「のわぁぁぁぁ! やめるんよ!」
触手の餌食になってしまったのは回復を担っていた御菓子と凜。
体にに触手を巻きつけられ、吊し上げるように左右に掲げられてしまう。
水着がはだけないように押える凜と、水着への触手の侵入を必死に拒む御菓子。
「わ…! 見てない! 僕は何も見てないよ!」
その二人の様子に手のひらで目を覆う小唄。
紳士といえば紳士だが、子供らしいとも言えなくも無い。
しかし、癒し手が二人纏めてツボに入れられてしまえばかなり危うい事になってしまう。
それ以上に、乙女二人に色々トラウマが出来てしまう可能性すらある!
「だけど…ピンチはチャンスって言葉もあるしね!」
「やっこさん達やっと2匹固まってくれはったし、同時にいけそうやな」
仲間のピンチに慌てず、いつの間に準備を整えたのか指先に摘んだ護符に雷の力を込めた葛葉姉妹がゆっくりとその護符を掲げる。
「「急々如律令!!」」
二人の掛け声と共に護符が弾ける様な輝きを放つと、虚空より現れた1対の雷が螺旋を描き2匹の妖を貫きその体を駆け巡る。
目を開けるのも難しいほどの激しい光と地を揺るがす轟音が収まると、そこには巨大な姿は無く、無事に開放された二人の乙女の姿と小さな2匹のタコが残るのみだった。
●
目的の妖退治を終えた覚者達は報告前に海へと入りバシャバシャと音をたてる。
厳しい仕事をこなした後だ。 海に来て水着もあるのだから遊ぶ位良いだろうと思えるが、水音や状況に似合わず皆の表情は暗い。
「無事に終わったら海を満喫しようと思ってたんですけど…」
黒ずんだ緋色の水着をゴシゴシとこすり、体中にこびりついた墨を剥がしながら誡女が呟く。
「依頼を見た時から…無事ではすまないとは思ってたけど…。 解っててもやっぱりきついです…」
ミュエルは墨こそ喰らわなかったものの、触手に全身を攻められた時のぬめりと海の生き物独特の香りが体から落ちずに、髪や腕の匂いを嗅いでは擦ってを繰り返す。
「うぅ、世の中そんなに甘くはないんやね…」
逆ナンをして着替えを買ってもらおうと考えていた凜も、墨で人前に出れる姿では無く、泣く泣く海に浸かり水着を洗うハメになってしまった。
「黒の水着なら墨の汚れは目立たんと思うとったけど……」
泳げないからか他の覚者達よりも浅い所で体を洗うかがりも、がくっと肩を落とす。
色は目立たなくとも、染みてしまった粘りやぬめりがしっかり落ちるかは怪しい所だ。
「刺身~! タコの刺身~!」
一方のあかりは既に体を洗い終え、醤油とワサビを小皿に盛り付け食事モードだ。
2匹のタコを前に、どうやって切ったものかと刀を通す角度を考えているらしい。
「あ、そういえば万里さんもワサビを用意して待ってるって言ってましたし、もって帰った方がいいでしょうか?」
思い出したように御菓子がいうと、周りの覚者もう~んと唸り小首をかしげる。
あれが、万里の冗談だったのか本気だったのか、いまいち判断がつきにくい。
「冗談…なんだろう。 実際、生のタコを持ち帰っても万里に調理できるとも思えんし…」
ゲイルの言葉に御菓子はハっとなった様子でタコを見る。
「調理………出来る方、います?」
互いが互いを見て、誰も挙手する者はいない。
「そのまま食べちゃダメなのかな」
小唄がタコをひょいっと摘むが、デロっと粘液が幕を張り、そのまま食べて良い物とはとても思えない。
体を洗っていた覚者達も調理法を正確に知っている者はおらず、結局1匹を塩で揉み洗い刺身にし、もう1匹を近所で拝借した鍋で茹でて茹蛸にする。
覚者達に配られた紙皿の上に、嫌に柔らかい刺身と一見問題のなさそうな茹蛸が盛り付けられる。
「無理をする事は無い。 危険だと思ったらすぐに手を引くぞ」
まるで戦闘前のようにゲイルが忠告すると、覚者達も覚悟の決まったかのような表情でこくんと頷く。
「それじゃ、一斉にいくよ! ……いざ!」
あかりの掛け声と同時に覚者はタコへと割り箸を振るう。
傾き始めた夕日に照らされた浜辺。 覚者とタコの第二回戦は激戦となったのか、それとも楽しい物となったのか。
どちらであったとしても、話の種としては一級品だったに違いない。
眩しい日差しと言うには少し物足りないものの、まだその力は衰えていないと言わんばかりの太陽に照らされた浜辺。
海の家も既に店じまいされ、海水浴に来ている者も少なく遠くにサーフィンや犬の散歩をしている人が見えるのみ。
「海だやったー!」
「ぃやっほー!うーみーだー!!」
既に水着に着替えた『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)と御白 小唄(CL2001173)が両手を広げながら砂浜へと走ってゆく。
「二人共なんであないにお元気なんやろか…」
その後ろをややローテンションで続くのは『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)だ。
言葉とは裏腹に、既に黒のビキニに着替え海を満喫する気満々に見えなくも無いものの、実際は実益から水着に着替えただけに過ぎない。
「大丈夫、ちゃんと依頼も忘れてないから、ほら!」
そう言うあかりが取り出したのは、チューブワサビと小さな醤油刺し。
忘れてはいないが勘違いしているのでは無いかとかがりは大きくため息をつく。
喧騒無く波の音の聞こえる浜辺はまるでプライベートビーチ! ……と言いたい所だが、生憎そうそう甘くは無い。
海に現れた巨大な2体のタコの妖を退治する為に、覚者達は海を訪れたのだから。
「それにしてもホンマ、困っタコとになったもんやなあ。ぷふっ…」
かがりが自分の冗句に密かに噴出する。
そんな明るい空気の後ろから続くのは、どよんと淀んだ空気の二人の女性。
「…イカの次はたこですか。……ふっふふっ」
「…あの時は大変でしたね…。 嫌な予感しかしない、けど…頑張らなきゃ…ですよね」
緋色のワンピース水着に身を包んだ『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)とフリルの付いたピンクの水着の『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)が、遠くを見ながらため息と共に呟く。
イカの時に恥かしかったりネバネバだったりと大変な目にあった二人だ。 これから起こるであろう惨劇を他の者よりも強く予感しているのだろう。
そんな二人の気の落ちようから、なんとなく以前の時の酷さを察した『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も、暑さからでは無い汗を垂らす。
「触手かぁ…。 タコは生物として襲っているだけで、イケナイ想像を持つのが人間ってだけなんだろうけど…」
そんな言葉を発すると、誡女とミュエルが詰め寄るように反論する。
「いや、そんな感じじゃ…! 何ていうか、倫理感を超えた危険さというか…」
「こう……。 理屈じゃなくて…本能的に…イケナイ感じがするっていうか…」
思い出したくないからか言えない程の経験だったのか、漠然とした反論だったが解った事が一つ。
今回も大変な事になりそうだ。
「大丈夫だよ! タコの方が足は少ないから楽なはず!」
どこから聞いていたのか、不安そうな女性3人に小唄が笑顔で励ましの声をかける。
無垢な少年の元気な笑顔に落ち着きを取り戻した女性達。
「うんうん、万里さんのタコ刺しの為にも絶対成功させるんよ」
ライム色の水着の茨田・凜(CL2000438)も、小唄と一緒に軽いノリではっぱをかける。
タコを倒してたこ焼なりタコワサなりにする。 そのくらい楽に考えた方が確かに良いのかもしれない。
「でも触手が女の子ばかり襲うのが鉄板だというけど、ちょっと不公平って言うか…。 中には男好きがいたって…」
気を紛らわせようと明るい口調で発した御菓子の言葉。
その言葉に自然と乙女達の視線が吸い寄せられるようにひとりに集中する。
「…ん? なんだ?」
先頭を歩く引き締まった肉体。 黒のビキニパンツのワイルド系イケメン『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)はその視線に気づき首をかしげる。
本人が意識しているかは怪しいが、ただでさえその姿は女性には刺激が強いのだ。
タコの餌食…という可能性に思わず想像の翼をはためかせてしまった乙女達はブルブルと首を振り、妄想を振り払う。
「仲が良いのはいいが、奴等も俺達に気がついたようだ。 気を引き締めて行くぞ」
ゲイルが護符を手に皆に気合を入れ妖へと向き直る。
その頼れる背中を見ながら、各々因子の力を解放し戦闘に備えるのだった。
●
「まずはこれでも喰らうんよ」
「その力、削いであげます!」
覚者と妖が対峙して早々に凜と誡女が武器を振るい、左右から渦巻く霧が2匹の妖を包み込む。
重く纏わり付くような霧を疎ましく思ったのか、払おうと振るわれたタコツボの触手に緑の鞭のようなものが絡みつく。
「その……あなたの相手は…アタシです…!」
霧を掻き分け現れたのは、足を車輪に変化させたミュエルの姿。
素早く横へと回り込み、具現化された長いワンドの先から伸びた植物の蔦でタコツボの腕を絡めとる。
ならば引き寄せてくれるとばかりにグイっと蔦の巻きついた触手に力を込めたタコツボの額に、水塊の砲弾が炸裂する。
「上手いぞ、壺に隠れんうちにもう1発くれてやる」
タコツボがギロリと目を向けた先には掌にもう一つの水塊を生み出そうとするゲイルの姿。
このままでは不利と、絡みつく蔦を器用に払いツボをより深く被るように構えるタコツボ。
鉄壁の守りのスタイルだが、その視界は相当狭められているだろう。 それこそ、タコスミの方などツボを透かさない限り見えない程。
「とりあえず……分断には成功…かな?」
「注意を引き続けるぞ。 手を休めるなよ」
ゲイルの言葉に息を呑む事で返事とするミュエル。
もう片方の班の為にも、ここで奴を抑えなければ…!
「いっくぞー!がおー!」
一方のタコスミ妖へと、狐の獣憑とは思えないような掛け声と共に小唄が拳を突き出す!
その後の体勢すら犠牲にする飛び掛るようなパンチだが、タコの弾力に阻まれボヨンと弾き返され尻餅を付いてしまう。
お尻をさする小唄に向けられたタコスミの目。 その少し下の頬が膨らんだかと思うと、小唄に向けて黒い墨が勢いよく噴出される!
「わぷっ!?うわー、べとべとするー…」
あっという間に墨まみれにされてしまった小唄は塗れた子犬のようにぷるぷると体を振るおうとするも、高い墨の粘性は小唄を捕えもがく事すら許さない。
「く…っ! 今度はあの時のようには……」」
タコスミの追撃を阻む為に誡女が風を切り裂くように鞭を振るう。
触手を跳ね除ける神速の鞭に、タコスミは攻撃はおろか接近する事すら許されずずるずると後ずさるように距離を離す。
墨に捕えられればそのまま相手のペースに嵌ってしまうという事を、誡女は苦い経験で知ってしまっている。
ここで、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない!
その誡女の両脇にシンメトリーに構えた二つの影が滑り込む。
まったく同じようで間逆でもあるような、光と影のようなあかりとかがりは、振り上げた護符に雷の力を宿す。
「こいつはとっとと倒さないとね! 行くよ、お姉ちゃん!」
「合わせるわよ…」
息を合わせ二人同時に腕を振り下ろすと、その腕に呼応したかのように2本の稲妻がタコスミに降り注ぎその身を貫く!
食欲を誘う良い匂いの煙を上げながら痙攣するタコスミ。
動きを止めたとは言えない程の小さな隙。
その隙に捕われた仲間を助けるべく、凜と御菓子が小唄へと駆け寄る。
「大丈夫なん?」
「このネバつく墨も早く払わないと…」
耳から尻尾までネバネバまみれの小唄を掘り出すように隅を払う二人。
払う手にまでへばりつく墨をなんとか取り除き、なんとか小唄は腰を浮かせる事が出来る。
このまま小唄を助けタコスミに止めを刺し足止め班の救助に向かう!
そんな具体的な成功の道筋が見えたかという所に、ヌっと大きな影が日を遮る。
「し、しまっ……」
痙攣の治まったタコスミの吐き出すとんでもない量の粘つく墨が、一所に集った覚者達に雨のように降り注ぐ。
どべどべと降り注ぐ粘液の雨に、ある者は頭から浴びて地面に伏し、ある者は足をとられ、阿鼻叫喚の墨地獄となってしまう。
「や、やっぱこうなるのね……」
尻餅を突いた拍子にお尻を墨へと埋め込んでしまった誡女が、予測通りの惨劇にため息をつくのだった。
ゲイルとミュエルは、タコツボの足を掻い潜りながらも堅い守りに阻まれ攻めきれずにいた。
元々足止めが目的とはいえ、攻撃は最大の防御という言葉もある。
攻めずにただ守るというのも難しいが、攻めても効果が薄いというのはなお厳しい。
タコツボの8本足は縦横無尽に暴れ周り、二人を徐々に追い込んでゆく。
「おぅぁ!」
そんな折に唐突に響くゲイルの悲鳴! ミュエルも自身の抱くゲイルのイメージと離れたその声に、思わず足を止めてそちらを見てしまう。
ミュエルの目に映ったのは触手に尻尾を掴まれ脱力するように倒れるゲイルの姿。
弱点なのか驚いただけなのか、一瞬動きを封じられたゲイルだがすぐさま触手を振り払い事なきを得る。
ミュエルも安心しほっと息をついたその隙に、今度はミュエルの足にタコツボの触手がグルリと巻きつく。
「わっ……! や…やめ……!」
ワンドで絡みついた触手を払おうとするミュエルだが、2本3本と次々に触手がその身に巻き付き、あっという間にツボの中に引き込まれてしまう。
「ひや…ひやぁぁぁぁぁぁぁ!」
タコツボはゴロリとつぼを転がし上向きにすると、捕えた獲物を徹底的に弱らせるための攻撃を開始する。
ギチュギチュという粘性の触手の蠢く音とミュエルの悲鳴がツボの中に木霊し、痛みとも苦しさとも少し違うその声は中で何が起こっているかをある意味如実に語っていると言って良い。
このままではミュエルが…言葉に出来ないような大変な経験をしてしまう!
「出し…やがれ!」
中を狙えない以上水撃では効果が薄いと見たゲイルは、護符をグっとしまい拳に力を込めて猛の一撃をツボへと叩き込む!
ツボを破壊するには至らないものの、巨大なツボは跳ねるように転がり中に捉えられていたミュエルがすぽりとツボの外に投げ出された。
「大丈夫か?」
「えぇ…ありがとう…ございます…」
タコの体液でぬめり白い皮膚には所々吸盤の後があるミュエルにゲイルが優しく手を差し出す。
このぬめりのおかげでタコの触手から脱出できたのかも知れないが、やはりこんな姿を見られるのは恥かしい。
それが逞しい男性にとなればなおさらだ。
顔を赤らめて立ち上がるミュエルの目に止まったのは黒のビキニパンツにねじ込まれた護符。
逞しい男性のビキニパンツに紙がねじ込まれた姿に、話しに聞いた事のある怪しい店を連想してしまったミュエルはさらに顔を赤くしてうつむくのだった。
度重なる墨の乱射で黒に染められた砂浜の一角。
膜の様に辺り一帯を多い尽くしたその黒から芽が出るようにもごもごとあちこちが動きだす。
「うぅぅ…。 ヒドイです…」
「このままじゃやばいんよ……」
うつ伏せで地面に捕われた御菓子は体を起こそうとするも粘着力に引き戻され、まるで腕立てのように脱出できないでいる。
腕で顔を庇い視界を確保した凜も、座り込んでしまった状態で腿に粘りつく粘液と格闘中だ。
「お姉ちゃん…ちょっと助けに来てくれない…?」
「状況見てもの言いや…」
あかりとかがみも仲良く地面に伏せ身動きが取れない様子。
ジタバタと墨を振り払おうと暴れるあかりと身を捩るかがり。
そっくりといえばそっくりだが対照的と言えなくも無い。
「……なんて言うたけど、なんとかならん事もなさそうやで」
かがりが身じろぎをやめると、墨に覆われた右手がほのかに光り輝く。
その手に握られていたのはかがりがもがき探していた護符「伏見」。
かがりの放つ光は周囲に満ち、墨を溶かすようにその粘性を落としてゆく。
「助かったわ。 これなら…!」
誡女は気の流れを活性化させ粘性の低下した墨から尻を抜きなんとか立ち上がると、周囲の者へ手を差し伸べる。
その手から伝わる力は、墨の不快感に脱力していた覚者達の力を再び呼び戻し、立ち上がる力を与えてくれる。
「うぅ…クリーニング代が…。 皆さん、ここから一気に巻き返しちゃいますよ!」
動ける程度まで墨は落とせたが、お気に入りの水着が真っ黒になってしまった御菓子は指揮杖でリズムを刻むように振るうと、周囲に輝く霧が立ち込める。
その霧は覚者達の痛みと疲れを癒し静かに薄れ消えて行く。
その様子に驚いたタコスミは再び捕えようと頬を膨らますが…。
「もう、墨は食らいません…!」
誡女の鞭がタコの口を縛りつけ、墨の噴射を封じる。
イカとの戦いも含め、散々苦渋を舐めさせられた墨攻撃だ。
良い経験とは言い難いが、これだけ喰らえば対策だって取れるというものだ。
苦戦はしたがここからが本当の勝負とばかりに小唄が再び駆け、足を振り上げタコスミの顎を蹴り上げる!
「いっくよー!せーの、どっかーん!!」
掛け声と共に放たれた蹴撃に弾き飛ばされたタコスミは、ドスンとタコツボへと衝突!
突然の後ろからの衝撃にギロリと振り向くタコツボは、その触手をタコスミ班へと向け這うように伸ばす!
「や、嫌ぁ……んぁぁ!……です…」
「のわぁぁぁぁ! やめるんよ!」
触手の餌食になってしまったのは回復を担っていた御菓子と凜。
体にに触手を巻きつけられ、吊し上げるように左右に掲げられてしまう。
水着がはだけないように押える凜と、水着への触手の侵入を必死に拒む御菓子。
「わ…! 見てない! 僕は何も見てないよ!」
その二人の様子に手のひらで目を覆う小唄。
紳士といえば紳士だが、子供らしいとも言えなくも無い。
しかし、癒し手が二人纏めてツボに入れられてしまえばかなり危うい事になってしまう。
それ以上に、乙女二人に色々トラウマが出来てしまう可能性すらある!
「だけど…ピンチはチャンスって言葉もあるしね!」
「やっこさん達やっと2匹固まってくれはったし、同時にいけそうやな」
仲間のピンチに慌てず、いつの間に準備を整えたのか指先に摘んだ護符に雷の力を込めた葛葉姉妹がゆっくりとその護符を掲げる。
「「急々如律令!!」」
二人の掛け声と共に護符が弾ける様な輝きを放つと、虚空より現れた1対の雷が螺旋を描き2匹の妖を貫きその体を駆け巡る。
目を開けるのも難しいほどの激しい光と地を揺るがす轟音が収まると、そこには巨大な姿は無く、無事に開放された二人の乙女の姿と小さな2匹のタコが残るのみだった。
●
目的の妖退治を終えた覚者達は報告前に海へと入りバシャバシャと音をたてる。
厳しい仕事をこなした後だ。 海に来て水着もあるのだから遊ぶ位良いだろうと思えるが、水音や状況に似合わず皆の表情は暗い。
「無事に終わったら海を満喫しようと思ってたんですけど…」
黒ずんだ緋色の水着をゴシゴシとこすり、体中にこびりついた墨を剥がしながら誡女が呟く。
「依頼を見た時から…無事ではすまないとは思ってたけど…。 解っててもやっぱりきついです…」
ミュエルは墨こそ喰らわなかったものの、触手に全身を攻められた時のぬめりと海の生き物独特の香りが体から落ちずに、髪や腕の匂いを嗅いでは擦ってを繰り返す。
「うぅ、世の中そんなに甘くはないんやね…」
逆ナンをして着替えを買ってもらおうと考えていた凜も、墨で人前に出れる姿では無く、泣く泣く海に浸かり水着を洗うハメになってしまった。
「黒の水着なら墨の汚れは目立たんと思うとったけど……」
泳げないからか他の覚者達よりも浅い所で体を洗うかがりも、がくっと肩を落とす。
色は目立たなくとも、染みてしまった粘りやぬめりがしっかり落ちるかは怪しい所だ。
「刺身~! タコの刺身~!」
一方のあかりは既に体を洗い終え、醤油とワサビを小皿に盛り付け食事モードだ。
2匹のタコを前に、どうやって切ったものかと刀を通す角度を考えているらしい。
「あ、そういえば万里さんもワサビを用意して待ってるって言ってましたし、もって帰った方がいいでしょうか?」
思い出したように御菓子がいうと、周りの覚者もう~んと唸り小首をかしげる。
あれが、万里の冗談だったのか本気だったのか、いまいち判断がつきにくい。
「冗談…なんだろう。 実際、生のタコを持ち帰っても万里に調理できるとも思えんし…」
ゲイルの言葉に御菓子はハっとなった様子でタコを見る。
「調理………出来る方、います?」
互いが互いを見て、誰も挙手する者はいない。
「そのまま食べちゃダメなのかな」
小唄がタコをひょいっと摘むが、デロっと粘液が幕を張り、そのまま食べて良い物とはとても思えない。
体を洗っていた覚者達も調理法を正確に知っている者はおらず、結局1匹を塩で揉み洗い刺身にし、もう1匹を近所で拝借した鍋で茹でて茹蛸にする。
覚者達に配られた紙皿の上に、嫌に柔らかい刺身と一見問題のなさそうな茹蛸が盛り付けられる。
「無理をする事は無い。 危険だと思ったらすぐに手を引くぞ」
まるで戦闘前のようにゲイルが忠告すると、覚者達も覚悟の決まったかのような表情でこくんと頷く。
「それじゃ、一斉にいくよ! ……いざ!」
あかりの掛け声と同時に覚者はタコへと割り箸を振るう。
傾き始めた夕日に照らされた浜辺。 覚者とタコの第二回戦は激戦となったのか、それとも楽しい物となったのか。
どちらであったとしても、話の種としては一級品だったに違いない。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
参加して頂いた皆様、お疲れ様です!
見事タコを撃破し美味しく(?)頂いちゃいました!
これできっと海からの来訪者は少なくなる…はず?
見事タコを撃破し美味しく(?)頂いちゃいました!
これできっと海からの来訪者は少なくなる…はず?
