雪の中での決意
●
夢で見るのは、いつも戦の直前。
隣を進むは、親友で。
「生きて、共に帰ろう」
俺を見て笑う。
返事をする前に、突撃の命令にあいつの視線は真っ直ぐ前へと向けられる。
「おぉーッ!!」
力一杯叫んだあいつが刀を抜き、駆け出す。
確信めいた『予感』だと、言えばいいのか。
それとも何度も繰り返す、『運命』だと――。
お前は俺を置いて、先に逝く。
「待てッ!」
俺の声は、届かない。
左胸に矢を受け、手の届かぬ先で、あいつが崩れ落ちる。
何度も。何度も。
「うわぁぁぁぁぁッ!!」
やめてくれ。
頼むから。もう、やめてくれ……。
●
雪が降る夕暮れの空を見上げ、校舎から出て来た保坂啓介の前に、1年の小川敦が立った。
「主将」
剣道部の後輩を見返し、啓介は微笑む。
「小川。俺はもう、主将じゃないよ」
「ずっと学校休んでたのに、今日、部活見に来てたでしょ」
「……バレてたか。お前は途中から居なくなってたな」
サボッちゃダメだろ、と笑った。
「俺、顧問の田中先生と主将が話してんの聞いて」
顔を歪めた敦に「そうか……」と啓介が吐息を落とす。
「明日から、入院するんだ。もう学校にも、戻って来れないだろう」
「だから……学校辞めて。皆にも言わずに、陰から見つめて」
「うん。皆には、明日伝えといてもらうよう田中先生にお願いしといた。小川も部活、ちゃんと頑張れよ。お前は粗削りな処あるけど――」
ガシャン、と音がして。足元へと投げられた物を啓介が見下ろす。それが鞘に収まった日本刀であることに目を剝いた。
「お前、こんなものどこで……」
敦を見返した啓介が、言葉を失う。
黒髪黒瞳のはずの敦が、紺色の髪、灰色の瞳へとその姿を変えていた。
「最初に、手合わせしてくれたのは、保坂先輩だった。その直後に、発現した。だから竹刀じゃなく日本刀でもう1度手合わせしたら――本当の命の遣り取りをしたら、お前もきっと思い出す。発現出来る」
発現したら、病なんかに負けない。
「――夢を、見るんだ」
覚者になってから、繰り返し見る『夢』の話。その話を聞いて、啓介が震える吐息を零した。
「残念だけど……お前が夢で見てる相手は、俺ではないよ」
「いいから! 刀を取れよッ!」
必死な形相で鞘から刃を抜いた敦から視線を外さず、啓介もズシリと重い日本刀を拾う。
けれども咳き込み、片膝を付いた。
口を押さえた手指の隙間から、血が滴り落ちる。
懸命に何度も立ち上がろうとするが、膝は震え、言うことを聞いてくれない。
「ごめん……無理だよ、小川」
もう立ち上がる事すら出来ない啓介に、敦は瞳に涙を溢れさせながらギリッと歯を食い縛った。
「なら、もういい。生きる覚悟なんてもう、しなくていい。お前はただ、決意しろ。俺と共に死ぬ、決意を」
「お前は知らないんだ。残される者の悲しみを。痛みを。……俺はもうごめんだ。あんな思いなんて、もう――」
正眼に刀を構えた敦が、静かに殺気を放っていた。
●
「皆! 敦を止めてくれ!」
早口で夢見の内容を話した久方相馬(nCL2000004)は、覚者達へと「頼む!」とパンッと両手を合わせた。
「敦だけが悪いなんて、俺は言えない。敦の気持ちだって解るって、ちょっとだけ、言いたくなる。けど、このままただの勢いで保坂を殺しても、敦が自害しても、誰も救われない。このままじゃ、ダメだ。だから……」
急いで現場に向かってくれ、と相馬は覚者達を送り出した。
夢で見るのは、いつも戦の直前。
隣を進むは、親友で。
「生きて、共に帰ろう」
俺を見て笑う。
返事をする前に、突撃の命令にあいつの視線は真っ直ぐ前へと向けられる。
「おぉーッ!!」
力一杯叫んだあいつが刀を抜き、駆け出す。
確信めいた『予感』だと、言えばいいのか。
それとも何度も繰り返す、『運命』だと――。
お前は俺を置いて、先に逝く。
「待てッ!」
俺の声は、届かない。
左胸に矢を受け、手の届かぬ先で、あいつが崩れ落ちる。
何度も。何度も。
「うわぁぁぁぁぁッ!!」
やめてくれ。
頼むから。もう、やめてくれ……。
●
雪が降る夕暮れの空を見上げ、校舎から出て来た保坂啓介の前に、1年の小川敦が立った。
「主将」
剣道部の後輩を見返し、啓介は微笑む。
「小川。俺はもう、主将じゃないよ」
「ずっと学校休んでたのに、今日、部活見に来てたでしょ」
「……バレてたか。お前は途中から居なくなってたな」
サボッちゃダメだろ、と笑った。
「俺、顧問の田中先生と主将が話してんの聞いて」
顔を歪めた敦に「そうか……」と啓介が吐息を落とす。
「明日から、入院するんだ。もう学校にも、戻って来れないだろう」
「だから……学校辞めて。皆にも言わずに、陰から見つめて」
「うん。皆には、明日伝えといてもらうよう田中先生にお願いしといた。小川も部活、ちゃんと頑張れよ。お前は粗削りな処あるけど――」
ガシャン、と音がして。足元へと投げられた物を啓介が見下ろす。それが鞘に収まった日本刀であることに目を剝いた。
「お前、こんなものどこで……」
敦を見返した啓介が、言葉を失う。
黒髪黒瞳のはずの敦が、紺色の髪、灰色の瞳へとその姿を変えていた。
「最初に、手合わせしてくれたのは、保坂先輩だった。その直後に、発現した。だから竹刀じゃなく日本刀でもう1度手合わせしたら――本当の命の遣り取りをしたら、お前もきっと思い出す。発現出来る」
発現したら、病なんかに負けない。
「――夢を、見るんだ」
覚者になってから、繰り返し見る『夢』の話。その話を聞いて、啓介が震える吐息を零した。
「残念だけど……お前が夢で見てる相手は、俺ではないよ」
「いいから! 刀を取れよッ!」
必死な形相で鞘から刃を抜いた敦から視線を外さず、啓介もズシリと重い日本刀を拾う。
けれども咳き込み、片膝を付いた。
口を押さえた手指の隙間から、血が滴り落ちる。
懸命に何度も立ち上がろうとするが、膝は震え、言うことを聞いてくれない。
「ごめん……無理だよ、小川」
もう立ち上がる事すら出来ない啓介に、敦は瞳に涙を溢れさせながらギリッと歯を食い縛った。
「なら、もういい。生きる覚悟なんてもう、しなくていい。お前はただ、決意しろ。俺と共に死ぬ、決意を」
「お前は知らないんだ。残される者の悲しみを。痛みを。……俺はもうごめんだ。あんな思いなんて、もう――」
正眼に刀を構えた敦が、静かに殺気を放っていた。
●
「皆! 敦を止めてくれ!」
早口で夢見の内容を話した久方相馬(nCL2000004)は、覚者達へと「頼む!」とパンッと両手を合わせた。
「敦だけが悪いなんて、俺は言えない。敦の気持ちだって解るって、ちょっとだけ、言いたくなる。けど、このままただの勢いで保坂を殺しても、敦が自害しても、誰も救われない。このままじゃ、ダメだ。だから……」
急いで現場に向かってくれ、と相馬は覚者達を送り出した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.敦の冷静さを取り戻させる
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は2人の少年達の心を救って頂く依頼となっております。
宜しくお願い致します。
●現場
雪の降る夕刻。とある高校の校庭。
他の生徒達はすでに帰宅している為、その対策は必要ありません。
職員室には教師達は数人いますが、こちらから職員室に行く・連絡する、などしない限り、教師達も現場には来ません。
●リプレイ
敦が啓介に斬りかかる直前に、皆様が現場に駆け付けた処から始まります。
●小川敦 前世持ち・火行 16歳。
発現してから見る夢に囚われ、その痛みに苦しんでいる高校1年の少年です。
啓介と手合わせたした直後に発現し夢を見るようになった為、啓介が夢に出てくる親友だと信じて疑いません。
ですが夢に見る光景が前世のものなのかどうか、啓介が夢に出てくる親友なのかどうか、不明です。
啓介も発現すれば体が丈夫になり、病が治ると思っていました。
啓介をこの場で殺し、自分も後を追うつもりでいます。
現在は破綻者でも隔者でもありませんが、このままの勢いで一方的に啓介を殺害してしまった場合は、隔者として自害する事になります。
駆け付けた皆様の言葉や対応によっては自我を失い、破綻者となる可能性もあり得ます。
1度、攻撃と説得により、冷静さを取り戻させる必要があります。
皆様の説得により変わる可能性もありますが、基本的に冷静さを取り戻した後も、啓介と手合わせしたい、一緒に死にたいと思う気持ちに変化はありません。
啓介にどうしても攻撃をさせたくない場合は、戦闘不能にする必要もあるかもしれません。
どこまでの攻撃、説得をするかは、啓介の心情も含めた上で、皆様で決定して下さい。
・活性化スキル
『錬覇法』『豪炎撃』『炎柱』『火焔連弾』『重突・改』
(元々剣道を習っていた為、発現してから1年も経っていませんが、そこそこの強さがあります)
●保坂啓介 17歳。高校2年。
剣道部の主将でしたが、病の為に高校と部活を辞めました。
本人も感じているように、寿命はもうあまり長くはありません。
敦の夢に出てくる親友が啓介の前世であるかどうかは、誰にも判りません。また、どう頑張っても、判明する事ではありません。
今回、啓介が無理に刀を振るったとしても、発現する事はありません。
けれども敦の思いと決意に心を打たれ、この場で命を落とす事になったとしても、出来る事なら最期に手合わせをしてあげたいという思いを抱いています。が、敦が共に死のうと思ってくれている事は嬉しく感じながらも、反対します。
皆様が現場に駆け付けた時には、無理して学校へと来ていた為、自力で立ち上がる事すら出来ない状態となっています。
回復スキルによって、一時的に立ち上がらせたり多少の行動をさせる事は可能となります。(回復により病が治ったり寿命が延びたりする事はありません)
●宮下 刹那(nCL2000153) 翼人・水行 武器:ガンナイフ
皆様の作戦に従い、指示があればそちらを優先致します。
リプレイでは最低限描写。文字数がヤバい時は登場なし。登場しない場合も、判定には組み込みます。
指示がある場合、『相談ルーム』にて【刹那へ】とし、指示をお書き下さい。(プレイングに書く必要はありません)
指示がない場合でも、皆様の支援に徹しています。
・活性化スキル
『エアブリット』『潤しの滴』『超純水』『水衣』『水龍牙』『飛行』
今回は、皆様の思いや考え、経験などを盛り込んで頂けたらな、と思っています。
何を優先するかによって、作戦は変わる事と思います。
どうか2人を、救ってあげて下さい。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2018年02月05日
2018年02月05日
■メイン参加者 5人■

●
「やめて下さい!」
正眼の構えから足を進めようとした少年へと、『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が割り込み前へと立ちはだかる。
「……っ……!!」
驚いた小川敦が、反射的に斬りつけようとしていた手を止めた。
前へ行くのを阻むように、保坂啓介を隠すように、背にある黒き翼を広げる。
その後ろで、『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)が保坂啓介へと手を伸べていた。
「無理しちゃ駄目だ」
さあ、と啓介の肘を掴んで立ち上がらせると、肩を貸しながら後方へと連れて行く。
「僕達はFiVEだ。少し下がって」
「待て!!」
啓介を連れて行かれると思った敦が、追いかけようと手を突き出す。
それを、澄香のクリアライオットシールドが抑えていた。
「保坂先輩を、どう、する気だ!」
日本刀の刃に炎を纏わせた敦が、炎刃で盾ごと澄香を薙ぐ。
強力な一撃に足を踏ん張り敦の攻撃に耐えた澄香の隣から、立石・魚子(CL2001646)が蔦を敦へと仕掛けていた。絡み付いてくる蔦に、敦が顔をしかめる。
「大丈夫?」
「はい。大丈夫、です」
火傷はまだ受けていない。澄香の様子にほっと息を零しながらも、魚子は少しの悔しさを嚙みしめていた。
本当は、斬りかかろうとする処で、敦の行動を阻害してやりたかった。けれども敦の方が自分よりも強く、攻撃をくり出す速度もはやい。
戦いの中では、全てが狙った通り上手く行く訳でも、全てが自分の思うように運ぶ訳でもない。
解っている事だ。それでも――。
誰かを傷付けるのは、阻止してやりたかった。
敦は、割り込んだ澄香に、1度は手を止めたのだ。そんな彼には、誰も傷付けさせたくはなかった。
そしてそこに、望みを託してもいいのではないかと思えた。本来の『敦』が見えた気がしたから。
だからこそ――。
(何とか冷静に、お互いが納得出来る形で話が出来る処までもっていきたいわね)
曲杖を握る手に、そう力を込めていた。
「小川……」
心配そうに振り返る啓介を、万・星(CL2001658)へと託す。
「大丈夫、悪いようにはしないから」
蒼羽はひとことそう言いおいて、前衛に戻った。
手を貸してもらわなくては立ってもいられない啓介に、森宮・聖奈(CL2001649)が生成した『潤しの滴』で体力を回復させる。
「もう大丈夫です」
啓介を安心させるよう微笑み、星と共に啓介の前へと立った。
自分の足で立てるようになった啓介が、真っ先にしようとしたのは敦の前へと戻ること。
「小川!」
踏み出そうとした足の前には、星の左足と聖奈の右足がザッと踏み置かれる。
そして2本の腕が、啓介を前に行かせぬよう、同時に突き出された。
「すまない。今はお前を前に出してやる訳にはいかない。敦の傍へは、行かせてやれない」
「何故だ、止めてくれ。小川は――」
2人の腕を降ろさせようと啓介がもがく。それでも2人の腕と足は、啓介が前に出るのを拒み続けた。
「敦さんの混乱が収まったらあなたの出番です、それまでの辛抱です」
「出番?」
怪訝に訊き返した啓介に、聖奈が頷く。そして星が言葉を継いだ。
「いつもの敦じゃない事は、お前も気付いている筈だ。敦が冷静になるまでは、お前は俺が守る」
頼りない壁かもしれないが、と不安が過ぎりもするが、「根性で守り抜くぞ」と心に強く決めていた。
「……啓介にしか、敦を救ってやる事は出来ないんだからな」
「女の子に手をあげるものじゃないよ」
覚者達が陣形を整える中、前衛に立った蒼羽が敦へと告げる。
「ねえ刹那くん」
肩越しに中衛へと声をかければ、「まぁ、当然だな」と宮下刹那が答えながら蒼羽の後ろに立った。
「……そうだな。俺も、普段なら。そうだよなと言えたかもしれない。けど、今は男としての誇りより、あいつと共に在る事を選ぶ」
ギリッと歯を食いしばり、睨むように真っ直ぐと啓介を見据える。1度瞼が閉じられ、見開かれた瞬間、鋭き突きが覚者達を襲った。
「だから――どけ!! 全員だ!!」
●
「敦くん、貴方に啓介くんの命を奪う権利があるのですか?」
攻撃を受けながらも、澄香はすぐさま敦への説得を開始する。
それには、敵対心も顕わに澄香を見返した敦が、低く言葉を吐き出した。
「あるさ。俺には、ある筈だッ」
本当に? と澄香は問い続ける。
「啓介くんの魂に最後に刻まれるのが、貴方のこんな鬼のような形相で本当にいいのですか」
貴方が望んでいたのは――いいえ。きっと今でも、心の奥底で願いたいのはそれではないでしょう? と彼の心へと声を届けようとしていた。
澄香の言葉に敦が手を止め、苦悩の表情を浮かべる。少しの逡巡の後「構わない」と言いきると、啓介を殺し自分も死ぬ事に執着し続けた。
「一緒なら、何でも。……俺は、あの世でいくらだってあいつに謝ってやる」
「……できる事なら友人同士の語らい、邪魔をしたくはないんだけど。命のやりとりなら放っておけない。冷静さを失っての勝負なら、尚更ね」
言葉と共に、蒼羽は英霊の力を引き出す。
己の攻撃力を高めるが、狙いはそれだけではない。説得でもなく攻撃でもなく、1ターンを費やしてまで伝えたかったのは、自分も敦と同因子であるという事。
「――悪いけど、邪魔させてもらうよ」
柔和にも見える微笑みはそのままに、黒き双眸に浮かべる光だけを真剣なものに変えた。
中衛では魚子が、色鮮やかな葉たちをその身に纏わせる。
防御力を高めながら、ただ静かに、前衛達と敦の遣り取りを見つめていた。
そしてその後方では、星が己の背後に庇っている啓介の様子を気にかける。
聖奈は仲間達の体力を気にしながらも、敦が苦しんでいる理由と彼の状態を、夢見から得た情報を元に啓介へと伝えていた。
星が心配しているのは、尋常ではない敦に啓介がビビッているんじゃないかという事。
けれども啓介は、体が動くようになるとすぐに、敦の傍へと行こうとしたのだ。
「ビビッては、いないか」
啓介から視線を外し、前方へと目を向ける。
(俺は、人の心の機微に鈍感なところがあるからな……)
啓介はビビッてはいない。――それでも。何かに戸惑い、何かを躊躇しているようにも思えた。
(頼むぜ、先輩達。俺だと火に油を注ぐように、敦を怒らせてしまうかもしれないからな)
けれどもその分、啓介を励ましてやれれば――と、そう思っていた。
「例え残り少ない時間だとしても、その間に啓介くんができる事を奪ってしまうのですか」
前衛の澄香は盾で敦を抑えながらも懸命に、敦へと声をかけ続ける。
下唇を噛んだ敦が、「だけど」と覚者達を抜けようともがいていた。
「また、俺の手の届かない場所で死んでしまう!」
手を伸ばす敦を、盾と体で澄香と蒼羽が押し留める。
「繰り返す運命の中で1度くらい、俺と一緒に死んでくれてもいいだろ!!」
悲痛な叫びに呼応するように勢いよく飛んだ火焔が、続けざま啓介を狙う。
その連続して放たれた炎の塊を、啓介をガードする星が一身に受けていた。
彼女の体力では、敦の連続攻撃の威力には耐える事が出来ない。1度倒れた星は命数を使い、立ち上がる。
隣に立つ聖奈の心配そうな瞳に視線だけを向け、「心配ない」と微笑んだ。
敦の前で、蒼羽は斬・二の構えを取る。斬りかかる蒼羽の攻撃を、敦が刃で受け止めた。
その敦へと、魚子が鋭くしならせた大蔓を打ちつける。睨んできた敦の視線を真っ直ぐ受け留め、見返した。
(現在の親友に手をかけさせる訳にはいかないわ。保坂君を殺させて、小川君を殺人者にはしたくないもの)
魚子にも、彼等への思いはきちんとある。
けれども彼等への言葉かけは、仲間達がしてくれている。だからこそ自分は仲間を信じ、あえて言葉を挟む事はしないでいた。
今回の任務では、攻撃を与えて戦意を喪失させていく事も、その受ける痛みもが、敦に冷静さを取り戻させる方法の1つでもある。
そしてやり場のない彼の怒りを、その痛みを知る覚者達が、攻撃と共に受け留めてあげる事さえも、そうであるだろう。
(言いたい事は、あるわ。けれどそれは、2人が望み合っている手合わせをした後ね)
その瞬間がくる事を信じ、今はただ、見守り続けていた。
――仲間達を、啓介さんを、護りたい。
そう願い両手の指を組んで瞼を閉じる聖奈の周りには、白き霧が立ち込める。ふわり細かき羽根が舞うように広がった霧は、仲間達を優しく包み癒していった。
●
度重なる説得と攻撃、そして啓介を守り続ける覚者達に、敦の視線も纏う空気もが、焦りを強くしていく。
覚者達が阻む限り、啓介には攻撃が届かないと思い知っている事だろう。
蒼羽は、『霞舞』で己を強化する。
「まだ行ける?」
そして肩で息をしている澄香に、小さく声をかけた。
出来るなら、彼女への攻撃も盾になって庇ってあげたい。
けれども、それだと他の行動が取れなくなってしまう。そして澄香自身も、それは望んでいないだろう。
1つでも多く敦に言葉をと、彼を救いたいと、望んでいるに違いなかったから。
「大丈夫です。行けますよ」
頼もしく笑った澄香は、敦に言葉を紡ぎ続ける。
「大切な人を失いたくない気持ちはよく判ります。私も両親を亡くした時は酷い消失感に苛まれました。事故で突然失って、お別れすらも言えなくて……」
己の過去を晒してまで止めようとする澄香の顔を凝視していた敦は、辛そうに顔を歪めた。
「じゃあ、解るだろ。あいつは突然、居なくなる……。俺の、前から! 俺の手の、届かぬ先で!!」
どけよ、と敦は歩を進める。
「道を開けろ!!」
刃へと、炎を纏った。
「でも敦くんは違うでしょう? 啓介くんはまだ生きています! 残った時間で話が出来ます、思いを伝え合う事が出来ます。もし啓介くんの剣道への思いを継げる人がいるなら、それは敦くんだけではないのですか」
目を剥いた敦が日本刀を薙ぎ、澄香の言葉ごと、上がった炎が飲み込む。
地面よりそびえ立った大炎の柱が、澄香と蒼羽の身を焼いた。
火傷を負った2人は、それでも敦の突破を許さず防ぐ。
澄香と蒼羽へと、魚子が大樹の雫を与える。生命力が凝縮された息吹はそっと2人へと浸透し、体力を回復していった。
――火傷はこれでは、癒してあげられないけれど。
声をかけずとも、魚子の戦い方は敦へのメッセージとなっていた。
(人を傷つける事を阻止出来ないまでも、私達は誰1人、倒されてなんてあげないわ)
怒りのままに人を傷付け、倒れさせる事だけは、阻止するつもりでいた。
――1度そんなふうに人を傷付けてしまっては、取り返しがつかなくなるもの。
他の仲間達が敦の気を引いてくれている間に、聖奈と星は啓介へと言葉をかける事が出来ていた。
「前世で救えなかった親友、その生まれ変わりがあなただと彼は信じています。そしてあなたも発現すると……。発現すれば病を克服できると。けれどその望み、叶う事ないと知って絶望しているんです」
「俺が『無理だ』と、諦めてしまったから……」
呟いた啓介を、聖奈が振り返る。
「残酷なヤツだな、俺は」
吐息を洩らすように、啓介が小さく笑った。
「頼む、お前にしか出来ない! 敦を救ってやってくれ!」
星の言葉に、啓介は戸惑いの色を顔に浮かべる。
「俺には、出来ないよ。さっきだって怒らせて、泣かせてしまったし……」
もう泣かせたくないんだ、と微笑んだ。
「俺より、同じ覚者である君達の言葉の方が――」
「それでも、絶望の中の敦に生きる希望を与えられるのは、啓介だけだと俺は信じてる……!」
言葉を遮るように言った星に、目を見開いた啓介が少しの間を置いて「……そうだな」と頷く。
「前世の親友になんて、負けてられないよな。今、あいつの前に居るのは、『俺』なんだから」
啓介の言葉に笑顔を浮かべた星と聖奈が、顔を見合わせ頷き合った。
威力を増した突きを、敦が覚者達へと繰り出す。
それを万全な体勢で受けた蒼羽が、敦にカウンターでダメージを与えた。
僅かによろめいた敦は、それでもまだ諦めない。ギロリと睨む瞳を、蒼羽に向けていた。
「敦くん。君は、現実と夢を混同しているんじゃないかな。――前世は前世で、今じゃない。夢の親友は消えてしまっても、今、啓介くんはそこにいるよ。残り時間は僅かかもしれない。だけどまだ、話す時間はある。……君の声を届ける時間、あるじゃないか」
微笑み伝えた蒼羽に、敦は泣きそうに叫んだ。
「届かない! 俺の声は、夢でも現実でも、届いてくれやしない! ……ごめんって、言ったんだ。こいつは! 『無理だよ』って! ――そんなひと言で、命を諦めてやがるんだ!」
叫ぶ敦の、怒る敦の陰に、泣いている彼が見える。
救えなくて、救いたくて。どうしたらいいのか判らずに怯える、彼の姿が。
「僕も暦因子だけれども、どうも置いていった側らしい。ほとんど記憶にないけれど……。だからかな。置いていく側の気持ちも多少わかる。相手が大切なら尚更、残す方にだって、思う処はあるよ」
啓介くんだって、と肩越しに振り返った蒼羽の視線を追い、敦が啓介を見る。
「――小川。俺はちゃんと、お前の手の届く所で死ぬから」
死ぬと判っている、その運命を変えられないと感じている、啓介の精一杯の言葉であっただろう。
しかしその言葉に、敦は絶望したように膝を折る。「嫌だ」と両手で耳を塞いだ。
「俺の前からもう、居なくなるな! お前が死ぬなら、俺だって――」
盾を地面へと置いた澄香が、敦の前に屈んで両膝を付く。そうして敦の頬へと、ペチンッと平手を打った。
「貴方は、弱虫です、ね……。敦くんが生きる事で、啓介くんの思いも生きられるはずだと、私は思います……」
頬に当てられたままの澄香の手首を掴んで、敦が項垂れる。土の上に、ポタポタと涙が零れていた。
「……痛そうだな」
ガンナイフをしまいながらの刹那の声に、「うん」と2人を笑顔で見守る蒼羽が頷く。
「とっても、痛いだろうね。痛むのはきっと、頬ではなく、心の方だろうから」
その言葉を聞きながら、肩を震わせる敦と澄香から視線を外し、魚子は灰色の空を仰ぎ見る。
「忘れていたわ。そういえば今日は、雪だったわね」
寒い筈だわ、と白い吐息を震わせた。
●
「それにしても……残酷な運命を前にして覚悟が足りなかったのは敦の方だな。『死ぬ覚悟』より『生きる覚悟』をしろ、と彼に突きつけてやりたいよ」
そんな星と共に、聖奈が啓介に敦を救ってほしいと願いを託す。
「生きる理由を、希望を敦さんに見つけてあげて欲しいんです。それが何であるか、啓介さんにならきっと分かります」
星の台詞にクスリと笑っていた啓介が、聖奈の言葉に2人を見返した。
「うん、任せて。それこそ俺が小川――いや敦に、残りの人生をかけて教え込まないといけない事だから」
「負けるなよ」
愛しそうに竹刀を撫でる啓介の肩を叩いて、星が言う。
「勝つつもりで、気合入れてけよ!」
そのつもりで行けと、聖奈と2人で励まし勇気づけた。
竹刀を持ち向かい合った2人を、覚者達は見つめる。
元の黒髪黒瞳の姿に戻っている敦は、戦闘後の消耗した体のまま肩で息をしていた。そして対峙する啓介もまた、咳き込まないまでも苦しそうな息を隠しきれないでいる。
「どうか2人共、悔いることのないように」
そんぎょして剣先を交えた2人に、蒼羽の声がかけられる。「はじめ」の言葉を合図に、2人が立ち上がった。
「少し、離れるわね」
澄香に伝えて、魚子がその場を離れる。
「魚子ちゃん、どこへ?」
問うた澄香に、「救急車を呼んでおくわ」と告げた。
「天野さん達は、彼等を見ていてあげて」
携帯やスマホを、自分も仲間達も持ってきてはいない。救急車を手配しようと思えば、職員室に向かうしかなかった。
事情を話し救急車を呼んで戻れば、すでに決着は付いたようだった。
崩れ落ちた啓介を支えるようにして、敦も座り込んでいる。
その2人の様子に微笑みを浮かべ、魚子が膝を折った。
「過去は過去。今現在の関係の方が、今を生きる者にとっては重要じゃないかしら。お互いがお互いを思いあって、これからを精一杯幸せだと後で思える様に一緒に過ごす事、そうすれば未来は、今思っているよりも輝く筈だもの」
敦に支えられたまま、啓介が微笑み頷く。敦も「そうだな」と頷いて、力尽き気を失った啓介を抱き締めた。
救急車に運び込まれた啓介に付き添うと言った敦に、魚子が声をかける。
「不安なのは貴方だけじゃない……お互い不安なのだから支えあってね」
振り返った敦が「ああ」と答えて、覚者達を見回した。
「ありがとう」
礼を伝え、救急車に乗り込む。
サイレンを鳴らし、遠ざかる救急車が見えなくなるまで、覚者達は見送った。
(残された時間を、2人が大切に過ごせますように……)
胸の前で指を組み、神に祈った聖奈の願いはきっと、仲間達全員の願いでもあっただろう。
そして幸せな結末を、2人が迎えられるように――……。
「やめて下さい!」
正眼の構えから足を進めようとした少年へと、『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が割り込み前へと立ちはだかる。
「……っ……!!」
驚いた小川敦が、反射的に斬りつけようとしていた手を止めた。
前へ行くのを阻むように、保坂啓介を隠すように、背にある黒き翼を広げる。
その後ろで、『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)が保坂啓介へと手を伸べていた。
「無理しちゃ駄目だ」
さあ、と啓介の肘を掴んで立ち上がらせると、肩を貸しながら後方へと連れて行く。
「僕達はFiVEだ。少し下がって」
「待て!!」
啓介を連れて行かれると思った敦が、追いかけようと手を突き出す。
それを、澄香のクリアライオットシールドが抑えていた。
「保坂先輩を、どう、する気だ!」
日本刀の刃に炎を纏わせた敦が、炎刃で盾ごと澄香を薙ぐ。
強力な一撃に足を踏ん張り敦の攻撃に耐えた澄香の隣から、立石・魚子(CL2001646)が蔦を敦へと仕掛けていた。絡み付いてくる蔦に、敦が顔をしかめる。
「大丈夫?」
「はい。大丈夫、です」
火傷はまだ受けていない。澄香の様子にほっと息を零しながらも、魚子は少しの悔しさを嚙みしめていた。
本当は、斬りかかろうとする処で、敦の行動を阻害してやりたかった。けれども敦の方が自分よりも強く、攻撃をくり出す速度もはやい。
戦いの中では、全てが狙った通り上手く行く訳でも、全てが自分の思うように運ぶ訳でもない。
解っている事だ。それでも――。
誰かを傷付けるのは、阻止してやりたかった。
敦は、割り込んだ澄香に、1度は手を止めたのだ。そんな彼には、誰も傷付けさせたくはなかった。
そしてそこに、望みを託してもいいのではないかと思えた。本来の『敦』が見えた気がしたから。
だからこそ――。
(何とか冷静に、お互いが納得出来る形で話が出来る処までもっていきたいわね)
曲杖を握る手に、そう力を込めていた。
「小川……」
心配そうに振り返る啓介を、万・星(CL2001658)へと託す。
「大丈夫、悪いようにはしないから」
蒼羽はひとことそう言いおいて、前衛に戻った。
手を貸してもらわなくては立ってもいられない啓介に、森宮・聖奈(CL2001649)が生成した『潤しの滴』で体力を回復させる。
「もう大丈夫です」
啓介を安心させるよう微笑み、星と共に啓介の前へと立った。
自分の足で立てるようになった啓介が、真っ先にしようとしたのは敦の前へと戻ること。
「小川!」
踏み出そうとした足の前には、星の左足と聖奈の右足がザッと踏み置かれる。
そして2本の腕が、啓介を前に行かせぬよう、同時に突き出された。
「すまない。今はお前を前に出してやる訳にはいかない。敦の傍へは、行かせてやれない」
「何故だ、止めてくれ。小川は――」
2人の腕を降ろさせようと啓介がもがく。それでも2人の腕と足は、啓介が前に出るのを拒み続けた。
「敦さんの混乱が収まったらあなたの出番です、それまでの辛抱です」
「出番?」
怪訝に訊き返した啓介に、聖奈が頷く。そして星が言葉を継いだ。
「いつもの敦じゃない事は、お前も気付いている筈だ。敦が冷静になるまでは、お前は俺が守る」
頼りない壁かもしれないが、と不安が過ぎりもするが、「根性で守り抜くぞ」と心に強く決めていた。
「……啓介にしか、敦を救ってやる事は出来ないんだからな」
「女の子に手をあげるものじゃないよ」
覚者達が陣形を整える中、前衛に立った蒼羽が敦へと告げる。
「ねえ刹那くん」
肩越しに中衛へと声をかければ、「まぁ、当然だな」と宮下刹那が答えながら蒼羽の後ろに立った。
「……そうだな。俺も、普段なら。そうだよなと言えたかもしれない。けど、今は男としての誇りより、あいつと共に在る事を選ぶ」
ギリッと歯を食いしばり、睨むように真っ直ぐと啓介を見据える。1度瞼が閉じられ、見開かれた瞬間、鋭き突きが覚者達を襲った。
「だから――どけ!! 全員だ!!」
●
「敦くん、貴方に啓介くんの命を奪う権利があるのですか?」
攻撃を受けながらも、澄香はすぐさま敦への説得を開始する。
それには、敵対心も顕わに澄香を見返した敦が、低く言葉を吐き出した。
「あるさ。俺には、ある筈だッ」
本当に? と澄香は問い続ける。
「啓介くんの魂に最後に刻まれるのが、貴方のこんな鬼のような形相で本当にいいのですか」
貴方が望んでいたのは――いいえ。きっと今でも、心の奥底で願いたいのはそれではないでしょう? と彼の心へと声を届けようとしていた。
澄香の言葉に敦が手を止め、苦悩の表情を浮かべる。少しの逡巡の後「構わない」と言いきると、啓介を殺し自分も死ぬ事に執着し続けた。
「一緒なら、何でも。……俺は、あの世でいくらだってあいつに謝ってやる」
「……できる事なら友人同士の語らい、邪魔をしたくはないんだけど。命のやりとりなら放っておけない。冷静さを失っての勝負なら、尚更ね」
言葉と共に、蒼羽は英霊の力を引き出す。
己の攻撃力を高めるが、狙いはそれだけではない。説得でもなく攻撃でもなく、1ターンを費やしてまで伝えたかったのは、自分も敦と同因子であるという事。
「――悪いけど、邪魔させてもらうよ」
柔和にも見える微笑みはそのままに、黒き双眸に浮かべる光だけを真剣なものに変えた。
中衛では魚子が、色鮮やかな葉たちをその身に纏わせる。
防御力を高めながら、ただ静かに、前衛達と敦の遣り取りを見つめていた。
そしてその後方では、星が己の背後に庇っている啓介の様子を気にかける。
聖奈は仲間達の体力を気にしながらも、敦が苦しんでいる理由と彼の状態を、夢見から得た情報を元に啓介へと伝えていた。
星が心配しているのは、尋常ではない敦に啓介がビビッているんじゃないかという事。
けれども啓介は、体が動くようになるとすぐに、敦の傍へと行こうとしたのだ。
「ビビッては、いないか」
啓介から視線を外し、前方へと目を向ける。
(俺は、人の心の機微に鈍感なところがあるからな……)
啓介はビビッてはいない。――それでも。何かに戸惑い、何かを躊躇しているようにも思えた。
(頼むぜ、先輩達。俺だと火に油を注ぐように、敦を怒らせてしまうかもしれないからな)
けれどもその分、啓介を励ましてやれれば――と、そう思っていた。
「例え残り少ない時間だとしても、その間に啓介くんができる事を奪ってしまうのですか」
前衛の澄香は盾で敦を抑えながらも懸命に、敦へと声をかけ続ける。
下唇を噛んだ敦が、「だけど」と覚者達を抜けようともがいていた。
「また、俺の手の届かない場所で死んでしまう!」
手を伸ばす敦を、盾と体で澄香と蒼羽が押し留める。
「繰り返す運命の中で1度くらい、俺と一緒に死んでくれてもいいだろ!!」
悲痛な叫びに呼応するように勢いよく飛んだ火焔が、続けざま啓介を狙う。
その連続して放たれた炎の塊を、啓介をガードする星が一身に受けていた。
彼女の体力では、敦の連続攻撃の威力には耐える事が出来ない。1度倒れた星は命数を使い、立ち上がる。
隣に立つ聖奈の心配そうな瞳に視線だけを向け、「心配ない」と微笑んだ。
敦の前で、蒼羽は斬・二の構えを取る。斬りかかる蒼羽の攻撃を、敦が刃で受け止めた。
その敦へと、魚子が鋭くしならせた大蔓を打ちつける。睨んできた敦の視線を真っ直ぐ受け留め、見返した。
(現在の親友に手をかけさせる訳にはいかないわ。保坂君を殺させて、小川君を殺人者にはしたくないもの)
魚子にも、彼等への思いはきちんとある。
けれども彼等への言葉かけは、仲間達がしてくれている。だからこそ自分は仲間を信じ、あえて言葉を挟む事はしないでいた。
今回の任務では、攻撃を与えて戦意を喪失させていく事も、その受ける痛みもが、敦に冷静さを取り戻させる方法の1つでもある。
そしてやり場のない彼の怒りを、その痛みを知る覚者達が、攻撃と共に受け留めてあげる事さえも、そうであるだろう。
(言いたい事は、あるわ。けれどそれは、2人が望み合っている手合わせをした後ね)
その瞬間がくる事を信じ、今はただ、見守り続けていた。
――仲間達を、啓介さんを、護りたい。
そう願い両手の指を組んで瞼を閉じる聖奈の周りには、白き霧が立ち込める。ふわり細かき羽根が舞うように広がった霧は、仲間達を優しく包み癒していった。
●
度重なる説得と攻撃、そして啓介を守り続ける覚者達に、敦の視線も纏う空気もが、焦りを強くしていく。
覚者達が阻む限り、啓介には攻撃が届かないと思い知っている事だろう。
蒼羽は、『霞舞』で己を強化する。
「まだ行ける?」
そして肩で息をしている澄香に、小さく声をかけた。
出来るなら、彼女への攻撃も盾になって庇ってあげたい。
けれども、それだと他の行動が取れなくなってしまう。そして澄香自身も、それは望んでいないだろう。
1つでも多く敦に言葉をと、彼を救いたいと、望んでいるに違いなかったから。
「大丈夫です。行けますよ」
頼もしく笑った澄香は、敦に言葉を紡ぎ続ける。
「大切な人を失いたくない気持ちはよく判ります。私も両親を亡くした時は酷い消失感に苛まれました。事故で突然失って、お別れすらも言えなくて……」
己の過去を晒してまで止めようとする澄香の顔を凝視していた敦は、辛そうに顔を歪めた。
「じゃあ、解るだろ。あいつは突然、居なくなる……。俺の、前から! 俺の手の、届かぬ先で!!」
どけよ、と敦は歩を進める。
「道を開けろ!!」
刃へと、炎を纏った。
「でも敦くんは違うでしょう? 啓介くんはまだ生きています! 残った時間で話が出来ます、思いを伝え合う事が出来ます。もし啓介くんの剣道への思いを継げる人がいるなら、それは敦くんだけではないのですか」
目を剥いた敦が日本刀を薙ぎ、澄香の言葉ごと、上がった炎が飲み込む。
地面よりそびえ立った大炎の柱が、澄香と蒼羽の身を焼いた。
火傷を負った2人は、それでも敦の突破を許さず防ぐ。
澄香と蒼羽へと、魚子が大樹の雫を与える。生命力が凝縮された息吹はそっと2人へと浸透し、体力を回復していった。
――火傷はこれでは、癒してあげられないけれど。
声をかけずとも、魚子の戦い方は敦へのメッセージとなっていた。
(人を傷つける事を阻止出来ないまでも、私達は誰1人、倒されてなんてあげないわ)
怒りのままに人を傷付け、倒れさせる事だけは、阻止するつもりでいた。
――1度そんなふうに人を傷付けてしまっては、取り返しがつかなくなるもの。
他の仲間達が敦の気を引いてくれている間に、聖奈と星は啓介へと言葉をかける事が出来ていた。
「前世で救えなかった親友、その生まれ変わりがあなただと彼は信じています。そしてあなたも発現すると……。発現すれば病を克服できると。けれどその望み、叶う事ないと知って絶望しているんです」
「俺が『無理だ』と、諦めてしまったから……」
呟いた啓介を、聖奈が振り返る。
「残酷なヤツだな、俺は」
吐息を洩らすように、啓介が小さく笑った。
「頼む、お前にしか出来ない! 敦を救ってやってくれ!」
星の言葉に、啓介は戸惑いの色を顔に浮かべる。
「俺には、出来ないよ。さっきだって怒らせて、泣かせてしまったし……」
もう泣かせたくないんだ、と微笑んだ。
「俺より、同じ覚者である君達の言葉の方が――」
「それでも、絶望の中の敦に生きる希望を与えられるのは、啓介だけだと俺は信じてる……!」
言葉を遮るように言った星に、目を見開いた啓介が少しの間を置いて「……そうだな」と頷く。
「前世の親友になんて、負けてられないよな。今、あいつの前に居るのは、『俺』なんだから」
啓介の言葉に笑顔を浮かべた星と聖奈が、顔を見合わせ頷き合った。
威力を増した突きを、敦が覚者達へと繰り出す。
それを万全な体勢で受けた蒼羽が、敦にカウンターでダメージを与えた。
僅かによろめいた敦は、それでもまだ諦めない。ギロリと睨む瞳を、蒼羽に向けていた。
「敦くん。君は、現実と夢を混同しているんじゃないかな。――前世は前世で、今じゃない。夢の親友は消えてしまっても、今、啓介くんはそこにいるよ。残り時間は僅かかもしれない。だけどまだ、話す時間はある。……君の声を届ける時間、あるじゃないか」
微笑み伝えた蒼羽に、敦は泣きそうに叫んだ。
「届かない! 俺の声は、夢でも現実でも、届いてくれやしない! ……ごめんって、言ったんだ。こいつは! 『無理だよ』って! ――そんなひと言で、命を諦めてやがるんだ!」
叫ぶ敦の、怒る敦の陰に、泣いている彼が見える。
救えなくて、救いたくて。どうしたらいいのか判らずに怯える、彼の姿が。
「僕も暦因子だけれども、どうも置いていった側らしい。ほとんど記憶にないけれど……。だからかな。置いていく側の気持ちも多少わかる。相手が大切なら尚更、残す方にだって、思う処はあるよ」
啓介くんだって、と肩越しに振り返った蒼羽の視線を追い、敦が啓介を見る。
「――小川。俺はちゃんと、お前の手の届く所で死ぬから」
死ぬと判っている、その運命を変えられないと感じている、啓介の精一杯の言葉であっただろう。
しかしその言葉に、敦は絶望したように膝を折る。「嫌だ」と両手で耳を塞いだ。
「俺の前からもう、居なくなるな! お前が死ぬなら、俺だって――」
盾を地面へと置いた澄香が、敦の前に屈んで両膝を付く。そうして敦の頬へと、ペチンッと平手を打った。
「貴方は、弱虫です、ね……。敦くんが生きる事で、啓介くんの思いも生きられるはずだと、私は思います……」
頬に当てられたままの澄香の手首を掴んで、敦が項垂れる。土の上に、ポタポタと涙が零れていた。
「……痛そうだな」
ガンナイフをしまいながらの刹那の声に、「うん」と2人を笑顔で見守る蒼羽が頷く。
「とっても、痛いだろうね。痛むのはきっと、頬ではなく、心の方だろうから」
その言葉を聞きながら、肩を震わせる敦と澄香から視線を外し、魚子は灰色の空を仰ぎ見る。
「忘れていたわ。そういえば今日は、雪だったわね」
寒い筈だわ、と白い吐息を震わせた。
●
「それにしても……残酷な運命を前にして覚悟が足りなかったのは敦の方だな。『死ぬ覚悟』より『生きる覚悟』をしろ、と彼に突きつけてやりたいよ」
そんな星と共に、聖奈が啓介に敦を救ってほしいと願いを託す。
「生きる理由を、希望を敦さんに見つけてあげて欲しいんです。それが何であるか、啓介さんにならきっと分かります」
星の台詞にクスリと笑っていた啓介が、聖奈の言葉に2人を見返した。
「うん、任せて。それこそ俺が小川――いや敦に、残りの人生をかけて教え込まないといけない事だから」
「負けるなよ」
愛しそうに竹刀を撫でる啓介の肩を叩いて、星が言う。
「勝つつもりで、気合入れてけよ!」
そのつもりで行けと、聖奈と2人で励まし勇気づけた。
竹刀を持ち向かい合った2人を、覚者達は見つめる。
元の黒髪黒瞳の姿に戻っている敦は、戦闘後の消耗した体のまま肩で息をしていた。そして対峙する啓介もまた、咳き込まないまでも苦しそうな息を隠しきれないでいる。
「どうか2人共、悔いることのないように」
そんぎょして剣先を交えた2人に、蒼羽の声がかけられる。「はじめ」の言葉を合図に、2人が立ち上がった。
「少し、離れるわね」
澄香に伝えて、魚子がその場を離れる。
「魚子ちゃん、どこへ?」
問うた澄香に、「救急車を呼んでおくわ」と告げた。
「天野さん達は、彼等を見ていてあげて」
携帯やスマホを、自分も仲間達も持ってきてはいない。救急車を手配しようと思えば、職員室に向かうしかなかった。
事情を話し救急車を呼んで戻れば、すでに決着は付いたようだった。
崩れ落ちた啓介を支えるようにして、敦も座り込んでいる。
その2人の様子に微笑みを浮かべ、魚子が膝を折った。
「過去は過去。今現在の関係の方が、今を生きる者にとっては重要じゃないかしら。お互いがお互いを思いあって、これからを精一杯幸せだと後で思える様に一緒に過ごす事、そうすれば未来は、今思っているよりも輝く筈だもの」
敦に支えられたまま、啓介が微笑み頷く。敦も「そうだな」と頷いて、力尽き気を失った啓介を抱き締めた。
救急車に運び込まれた啓介に付き添うと言った敦に、魚子が声をかける。
「不安なのは貴方だけじゃない……お互い不安なのだから支えあってね」
振り返った敦が「ああ」と答えて、覚者達を見回した。
「ありがとう」
礼を伝え、救急車に乗り込む。
サイレンを鳴らし、遠ざかる救急車が見えなくなるまで、覚者達は見送った。
(残された時間を、2人が大切に過ごせますように……)
胸の前で指を組み、神に祈った聖奈の願いはきっと、仲間達全員の願いでもあっただろう。
そして幸せな結末を、2人が迎えられるように――……。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
ご参加、ありがとうございました。
今回敦を破綻者にするタブーとしましては、
『啓介を敦から見えない場所に避難させる』
『啓介は親友じゃないと否定する』
『親友は他にいる、生きている、などと励ます』
等でございました。
大丈夫でしたね。
お疲れ様でした。皆様素敵なプレイングでございました。
楽しんで頂けましたら、幸いです。
今回敦を破綻者にするタブーとしましては、
『啓介を敦から見えない場所に避難させる』
『啓介は親友じゃないと否定する』
『親友は他にいる、生きている、などと励ます』
等でございました。
大丈夫でしたね。
お疲れ様でした。皆様素敵なプレイングでございました。
楽しんで頂けましたら、幸いです。
