白狐狂想《競争》協奏曲語
●承前
『さてや、この世に悪事の胤を撒きやらん』
――しゃん、しゃん。
この世ならぬような空間に、赤い鳥居が浮かんでいる。その中心にはぼう、と佇む影法師。
――しゃん、しゃん。
鈴の音がどこからか聞こえてくる。もののあはれなその音色はしんしんとその空間に拡がっていゆく。
『そろそろすさびも飽いた。のう? 破軍(はぐん)。禄存(ろくぞん)も待っておる』
影法師の周囲を浮遊する光の玉はふるりと揺れる。
『抵抗するか。然れども、お主の底に燻る悪心を暴いたのは妾ぞ。お主は昔のように暴れたいのだろう。ひとのこを食い散らかし、武勇でもって制圧し。なんとも甘美で甘露。なあ、帰ってこい。妾のもとに。勝利という美酒は、とても――旨いぞ?』
光が逡巡の後すうっと影法師に飲み込まれる。
『佳いぞ、悪事は。ひとのこの苦しむ姿はなんとも、なんとも、なんともなんともなんとも――心地よい。現世にはもう安倍も、憎き三浦介も上総介も、もうおらぬ』
――なれば、またぞろこの世で、悪事を為さん。そう嘯いた影法師はくつくつと嗤った。
●伏見稲荷大社奥宮にて
年が明けて昭倭93年。狐神の呼び出しによって、君たちは稲荷大社にいる。
狐神――F.i.V.E.に度々依頼を行う彼女は、伏見稲荷に祀られている白狐の古妖である。その真名は左輔(さほ)と言い、元々はキュウビなる古妖の一体であった。
キュウビとは力を持った狐九体の集合体である。中でも最も妖力の強い狐が主導権を握り、他の八尾を統率する。
かつて、狐神が伏見稲荷の結界に封じられる前は、最も邪悪で狡猾な狐がその支配権を握っていた。しかし、時の陰陽師や武将によって討ち取られ、今はその尾を切り離し封印されていた――はずであった。
永き時が流れ、封印が解け始めているのだ。封印が解けた時、邪悪な思いを持つ狐が支配権を握ったら……そうなってしまえば人類にとっての脅威になってしまう。
狐神左輔(さほ)は自らに力をまとめ、善なるキュウビになりたいのだと、F.i.V.E.に告げた。
「どうか、儂に力をかしてほしいのじゃ」
先の、覚者たちの活躍により、彼女に宿る尾は文曲と武曲の二尾。少しずつではあるが、彼女に力は戻りつつある。
「残る尾は『貪狼(とんろう)』『廉貞(れんてい)』『巨門(こもん)』『禄存』『破軍』……そして『右弼(うひつ)』じゃ。しかしな……」
狐神左輔は言いよどむ。
「破軍と禄存の気配がふつりと消えたのじゃ……もしかすると、誰かは分からぬが、儂と同じように、キュウビに戻らぬとしている尾がいるのやも知れぬのじゃ。もし、そやつが悪心を持っていて……なおかつ儂より先に尾を集めきったら……人の世は荒らされるのが必定じゃろう。必勝の星である破軍を飲み込んでいるのなら何某かの力は絶大なものになるのじゃ、早急に他の尾を集めねばならぬ」
緊迫した空気が奥宮に染み渡ってゆく。状況は、加速度的に悪い方向に向かっていっているのかもしれない。
『それはなんとも困ったはなしじゃのー、人の世の悪になり、酒を以て池となし、肉を懸けて林となすか、政木となりて瑞獣たらんとすか、どちらが佳いと欲するか?廉貞よ』
『そうよの、吾は悪にせよ、善きにせよ、それが現実的でかつ権力があれば、そちらに着くだけよ』
しんと、静まった空気を破るように奥宮の入り口から二つの声が聞こえた。
『のう、左輔よ。面白い話をしておるではないか。我らもちょうど別口からも勧誘をうけてのー、さあ、どちらに着くか』
『巨門よ、そなたは弁舌の立つ狐であろう、なればきちんと話を説明せよ』
ころころと楽しそうに笑う巨門と呼ばれた狐を廉貞と呼ばれた狐が窘める。
「どういうことじゃ……!?」
突如脈絡もなく現れた二つの尾に狐神左輔は喜色反面、彼らの言葉を訝しく思い声を荒らげる。
『決めあぐねておるのじゃよ。平安の世よりこのくには随分変わった。人は妖なる因子を得、我らに匹敵する力を得た。悪徳に浸るのも悪くはないが、なんていうのじゃ? いんたぁねっとだったか? ひとのこらは蜘蛛の糸のような複雑怪奇な情報の網を得た。安倍も三浦も上総もおらぬとはいえ、我らを屠る方法がいんたぁねっとでみつかっているやもしれぬ。そうなっていては、悪徳を為すのも厄介だ。なのでな……我らにとって左輔につけばどういう得があるか、ひとのこから、弁舌してもらいたい。いわゆるそれ、ぷれぜんてぇしょんというやつじゃなー』
巨門が試すように、覚者たちに、左輔に着くことが狐たちにとって得であることを説いてくれと言う。
『それとは別にいまのとぅるーさーだったか? 貴様らの武がどれほどかを知ることで、貴様らと戦うことが無益であることを示すのであれば、吾ら二尾は左輔の中に戻っても構わぬ』
「つまりは、弁舌か武、どちらかでおぬしらを説得せよということじゃな?」
『然り、然り』
『然様』
狐神左輔は、君たちを見つめる。彼らを説得せよと。
『さてや、この世に悪事の胤を撒きやらん』
――しゃん、しゃん。
この世ならぬような空間に、赤い鳥居が浮かんでいる。その中心にはぼう、と佇む影法師。
――しゃん、しゃん。
鈴の音がどこからか聞こえてくる。もののあはれなその音色はしんしんとその空間に拡がっていゆく。
『そろそろすさびも飽いた。のう? 破軍(はぐん)。禄存(ろくぞん)も待っておる』
影法師の周囲を浮遊する光の玉はふるりと揺れる。
『抵抗するか。然れども、お主の底に燻る悪心を暴いたのは妾ぞ。お主は昔のように暴れたいのだろう。ひとのこを食い散らかし、武勇でもって制圧し。なんとも甘美で甘露。なあ、帰ってこい。妾のもとに。勝利という美酒は、とても――旨いぞ?』
光が逡巡の後すうっと影法師に飲み込まれる。
『佳いぞ、悪事は。ひとのこの苦しむ姿はなんとも、なんとも、なんともなんともなんとも――心地よい。現世にはもう安倍も、憎き三浦介も上総介も、もうおらぬ』
――なれば、またぞろこの世で、悪事を為さん。そう嘯いた影法師はくつくつと嗤った。
●伏見稲荷大社奥宮にて
年が明けて昭倭93年。狐神の呼び出しによって、君たちは稲荷大社にいる。
狐神――F.i.V.E.に度々依頼を行う彼女は、伏見稲荷に祀られている白狐の古妖である。その真名は左輔(さほ)と言い、元々はキュウビなる古妖の一体であった。
キュウビとは力を持った狐九体の集合体である。中でも最も妖力の強い狐が主導権を握り、他の八尾を統率する。
かつて、狐神が伏見稲荷の結界に封じられる前は、最も邪悪で狡猾な狐がその支配権を握っていた。しかし、時の陰陽師や武将によって討ち取られ、今はその尾を切り離し封印されていた――はずであった。
永き時が流れ、封印が解け始めているのだ。封印が解けた時、邪悪な思いを持つ狐が支配権を握ったら……そうなってしまえば人類にとっての脅威になってしまう。
狐神左輔(さほ)は自らに力をまとめ、善なるキュウビになりたいのだと、F.i.V.E.に告げた。
「どうか、儂に力をかしてほしいのじゃ」
先の、覚者たちの活躍により、彼女に宿る尾は文曲と武曲の二尾。少しずつではあるが、彼女に力は戻りつつある。
「残る尾は『貪狼(とんろう)』『廉貞(れんてい)』『巨門(こもん)』『禄存』『破軍』……そして『右弼(うひつ)』じゃ。しかしな……」
狐神左輔は言いよどむ。
「破軍と禄存の気配がふつりと消えたのじゃ……もしかすると、誰かは分からぬが、儂と同じように、キュウビに戻らぬとしている尾がいるのやも知れぬのじゃ。もし、そやつが悪心を持っていて……なおかつ儂より先に尾を集めきったら……人の世は荒らされるのが必定じゃろう。必勝の星である破軍を飲み込んでいるのなら何某かの力は絶大なものになるのじゃ、早急に他の尾を集めねばならぬ」
緊迫した空気が奥宮に染み渡ってゆく。状況は、加速度的に悪い方向に向かっていっているのかもしれない。
『それはなんとも困ったはなしじゃのー、人の世の悪になり、酒を以て池となし、肉を懸けて林となすか、政木となりて瑞獣たらんとすか、どちらが佳いと欲するか?廉貞よ』
『そうよの、吾は悪にせよ、善きにせよ、それが現実的でかつ権力があれば、そちらに着くだけよ』
しんと、静まった空気を破るように奥宮の入り口から二つの声が聞こえた。
『のう、左輔よ。面白い話をしておるではないか。我らもちょうど別口からも勧誘をうけてのー、さあ、どちらに着くか』
『巨門よ、そなたは弁舌の立つ狐であろう、なればきちんと話を説明せよ』
ころころと楽しそうに笑う巨門と呼ばれた狐を廉貞と呼ばれた狐が窘める。
「どういうことじゃ……!?」
突如脈絡もなく現れた二つの尾に狐神左輔は喜色反面、彼らの言葉を訝しく思い声を荒らげる。
『決めあぐねておるのじゃよ。平安の世よりこのくには随分変わった。人は妖なる因子を得、我らに匹敵する力を得た。悪徳に浸るのも悪くはないが、なんていうのじゃ? いんたぁねっとだったか? ひとのこらは蜘蛛の糸のような複雑怪奇な情報の網を得た。安倍も三浦も上総もおらぬとはいえ、我らを屠る方法がいんたぁねっとでみつかっているやもしれぬ。そうなっていては、悪徳を為すのも厄介だ。なのでな……我らにとって左輔につけばどういう得があるか、ひとのこから、弁舌してもらいたい。いわゆるそれ、ぷれぜんてぇしょんというやつじゃなー』
巨門が試すように、覚者たちに、左輔に着くことが狐たちにとって得であることを説いてくれと言う。
『それとは別にいまのとぅるーさーだったか? 貴様らの武がどれほどかを知ることで、貴様らと戦うことが無益であることを示すのであれば、吾ら二尾は左輔の中に戻っても構わぬ』
「つまりは、弁舌か武、どちらかでおぬしらを説得せよということじゃな?」
『然り、然り』
『然様』
狐神左輔は、君たちを見つめる。彼らを説得せよと。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.廉貞と巨門を説得(物理も可)してください。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
あけましておめでとうございます。
柚烏STより狐神を引き継がせていただきました。関連作も確認済みです。未熟者ですが狐神の物語を最後までお楽しみください。
予定としてはあと2作ほど続く予定です。シリーズ依頼ではありませんので、初参加の方もご遠慮無くどうぞ。
今回は、覚者の皆様を見極めるために、廉貞と巨門の二尾がやってきました。彼らはすでに悪を為さんとする尾から、一つになれと勧誘を受けております。ですが、現状の大妖の動きや覚者の成長を鑑みてどちらにつけば得なのかを決めあぐねています。
彼らに覚者側につくメリットの提示をお願いします。
もちろん肉体言語で彼らに皆様のちからを見せつけていただくのでも構いません。
覚者側に利があるのであれば、狐神左輔の支配を受けることを約束しております。
●巨門
古妖・狐神(左輔)と同じ、キュウビの尾の一体です。長い間封印されていましたが、最近になって目覚めたようです。わりと最近の文化を勉強したようです。インターネットにとても興味があります。陽気でおしゃべりが大好きな狐です。
・白夜(物近単・【三連】)
・十六夜(物近列・【二連】)
・永夜(特遠[貫3])
●廉貞
古妖・狐神(左輔)と同じ、キュウビの尾の一体です。長い間封印されていましたが、最近になって目覚めたようです。権力を求めますので、自分が司令塔になろうと画策はしましたが、勝利の星である破軍が別の尾に吸収されたことで、自分にとっての利害を考えどちらにつくかを迷っています
・白夜(物近単・【三連】)
・十六夜(物近列・【二連】)
・永夜(特遠[貫3])
戦闘は覚者が戦闘不能になるまでに、如何に戦うかを見ることになります。
搦手でもなんでもかまいませんので、武力をお示しください。
説得と戦闘、半々でもどちらかに傾いても構いません。彼らは随分と覚者に興味をもっていますので、どちらでも喜んで請けるでしょう。
どのような戦い方をしてどのように成長しているのかなども彼らにとっては興味深い話となるでしょう。
戦闘時は狐の像に憑依し実体を得て、皆さんの力を試そうと戦いを仕掛けてきます。ちなみに古妖なので、物質系の妖とは性質が違うようです(物理に弱い・術式に強い訳ではありません)
皆様の思いを口頭、及び物理でお示しください。
それではよろしくおねがいします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年01月28日
2018年01月28日
■メイン参加者 8人■

●
(悪の九尾ではなく、善なるものの九尾として、生まれ変わろうとしている左輔さんのお手伝いを!)
幾度も狐たちと触れ合ってきた『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994) は思いを強くする。奪われた破軍、禄存のこと、懸念事項は沢山ある。だけれども陰陽師の一族として、未然に防げる悪意から、人々を守らなくてはならないのだ。
「右弼さんが尾を集めているでしょうか?」
『ちがうぞー、右弼は左輔の兄弟尾じゃ。黒幕は欲望マニアの『貪狼』じゃよ』
思いの外あっさりと黒幕が判明したことに、たまきは目をパチクリとさせる。と、同時に左輔の兄弟が敵ではなかったことにほっと胸をなでおろした。
「古妖さんの説得ですか。……何が益になるかを語るとなると、中々に難しいですね」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は眉間にしわを少しだけ寄せて、『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015) を振り向いた。
「それぞれネットや権力に興味があるという事だけど……説得となるとなかなか難しいよねぇ」
善と悪、その彼岸でたゆたう狐たちと、燐花を視界にいれながら恭司は咥えタバコを揺らし、少女の懊悩を見抜く。いつもより耳が後ろに寝ている。あれは相当悩んでいる時の癖だ。
「私は、拳で語り合って来ようと思います」
そう決めた瞬間燐花の耳がピンと立ち上がった。
「拳で語り合う……が通じる状況で良かった…と言えるかな?」
本当にわかりやすいなと苦笑する恭司の声は優しく彼女を鼓舞した。
『おう、おう、勇ましいのう』
巨門が楽しげに霊体の尾を降る。
『どちらでも構わん。吾らは見て、決めるだけじゃ』
廉貞は平坦な口調であるがままを受け入れるという意思を示した。
その雰囲気に『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525) は武曲との違いを感じる。左輔もだがどうもこの狐の尾たちは随分と性格が違うようだ。
説得は苦手とは思うがこの先の戦いにおいて、彼らの手助けは必要不可欠だ。不安そうに自分の直ぐ側で袖をひく『モイ!モイ♪モイ!』成瀬 歩(CL2001650)に握りしめた拳から緊張が伝わったのだと彩吹は気づくと小さく深呼吸をして、歩の頭をぽんぽんとなでる。
「狐とお喋りにきたのだものね、危ないことはしないわ。歩もね」
彩吹は歩は二尾に向かうと「こんにちは」と挨拶する。
「二尾のお二方、お会いできて光栄です」
それにあわせ『月々紅花』環 大和(CL2000477) もにこりと微笑み一礼した。
『おー、れんてー、綺麗どころがいっぱいじゃー。小狐たんもいるぞー。吾、もうこれOKしていいと思う』
『黙れ』
「どちらに付かれるか迷っているようだけれども……何らかの利がある方へ着きたいと思うのは当然の事だと思うわ。叶うのであればこちら側に付いて頂きたいと思うの」
「あゆみね悪い人たちが街に攻めてきたときに戦う現場にいったんだ。とてもこわくて、とても悲しくてあゆみ頑張ってみんなのケガ治してたけど、ぜんぜん追いつかなくて……どうしてみんな仲良くできないのかなって思ったんだ。えっと、だからね、あゆみは狐さんたちと仲良くしたいんだよ」
たどたどしく、歩は自分の思いを狐に伝える。クラスの友達とはなかよくできるのに、どうして仲良くできないものがいるのだろう。戦地に赴いている覚者といえど、歩はまだ小学生だ。その恐怖と疑問は彼女を強く苦しめる。だから解決する一歩として、自分ができることは狐たちと仲良くすることだと考えたのだ。
『小狐たんめんこいのー』
『巨門、何を骨抜きにされておるのだ』
「美味しい物食べたときのほっこりした顔とか楽しいときの笑った顔とか、そういう顔を見る方が、悲しい顔や苦しい顔を見るより楽しいんじゃないかなあ。それに、お友達になれたら狐さんたちと遊びたいって思っていろんな人がまた来てくれるよ」
『驕るなよ。我ら古妖は人の苦悩もまた甘露ということを努々忘れるな』
廉貞は事実を淡々と告げる。古妖と人間はあり方が違う。人に害を為すことに快楽を覚える古妖も少なくはない。数百年の前、彼らもまた悪徳に身を浸していたのだ。
「現代では実際に戦う以上に情報戦というのが重要視されていて、情報を制する者が世界を制するなんて言われてもいるんですよ」
緊迫した空気を破るように、『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432) は持っていたノートパソコンのディスプレイを巨門に見せる。
「世界中のあらゆるところとつながっていて、ここにいながら世界の今まさに起きている情報が手に入れられるんです」
『然り、然り。知っておるぞ。ここに検索用語をいれるんじゃろ? きょうと、おすすめ、すいーつ、ほらみよ。この茶のかすていらといいうやつか? 南蛮渡来の菓子じゃ。ひのもとの国にいるにもかかわらず、舶来品すら一瞬で手中に治める』
器用に霊体の尻尾を操作し、検索をこなしてみせる巨門に少々驚きつつも結鹿は続ける。
「今や悪徳ならずとも酒を以て池となし、肉を懸けて林となせちゃうんです。それこそ世界中の美味だって時間とお金をかければ買えちゃう時代なんですから」
『焼猪(シュウチイ)も指一つで注文できるのか。豪勢ではないか。現代の酒池肉林は随分とお手軽になったものよのー』
さり気なく検索を進め通販サイトで、豚の丸焼きをしれっと注文しそうになる巨門からパソコンを奪いかえし結鹿は「人のパソコンのアカウントでぽちっとしないでください!」と文句を言う。
「随分と、インターネットを知っているんだね。君の言うとおり、そうだね……たくさんの情報はデータの海に蓄積はされている。つい最近、日本が変わって、電波でのやりとりが盛んになったことは君もご存知だろう?」
首からストラップを外し恭司はデジカメの画面を操作し、説明を始めた。
「これは周りの風景を撮影して、一瞬で記録共有のできる装置、他にもスマートフォンという個人端末と連動したサービスや、乗り物による移動速度の向上によって、悪事はすぐに拡散して情報として得ることが出来、討伐部隊の結成・対処は昔よりは格段に早くなったよ」
『然り、さきの小娘が言っておった、情報を制するということじゃな。ふーむ、廉貞よ、まじぱねぇしょんじゃぞ。こんな小箱一つが、物見の塔より高性能じゃとー』
『巨門、そのような言葉どこで覚えた』
『おい、ここはこマ? とかいうところじゃぞ、これだから陰謀バカは。陰謀も情報が必要じゃろー』
騒ぐ狐たちに恭司はワントーン声を落として、もう一つのFivEが持ち得る情報を提示した。
「僕らの組織には夢見っていうのがいてね、隠れて悪事を行おうとしてもそれを察知する方法がある」
『ほう』
廉貞の目が興味に細められ、続きを促す。
『なんじゃー、そんなのいんたぁねっとではみなかったぞー』
巨門もまた同じように興味を持って尋ねる。それはそのはずだ。覚者の存在はこの四半世紀で明らかになり、マスコミでも伝えられる常識である。しかし、人数が極端に少ないひとゆめの因子は噂程度には広まってはいるが、実在するとは思われてない。オカルト中のオカルト。それが夢見だ。彼らが知らなくても無理はない。
「彼らは悪夢でもって、未来を予知する……らしい。まあ、どんな感じなのかは僕らも伝聞でしか知らないけどね。それがFivEには数多く存在している」
「権力や利害、利己を考える姿勢、なんかヒトっぽい狐だな! いっそ、権力があるほうについてしまえばいい!」
ぴこーんとアホ毛を揺らして元気に『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403) は廉貞に詰め寄る。そもそも、彼は争いごとは好きではない。口で済むのであればそれに越したことはないとも思っている。
『然様、権力とはそれ、大きな力だ。武力だけでは人は抑えれぬ。利己無くして、滅ぼされた結果が封印だ。あのような屈辱は二度と味合わぬ』
「ならさ! 今やファイヴは政府お墨付きの組織なんだぜっ! その組織と縁がある九尾ってとっても権力ありそうにみえない? まあ、主導権が握れないのは残念やけど、でも、善狐の九尾の一尾として日本を見守る立場になるっていうのは厳かで誇らしいと思うんだっ」
ブンブンと両拳を振り回しながら、政府という権力がFiVEの元にあることを不器用ながらもはっきりとジャックは伝えた。
『我がそのような、善行の徒としての、おためごかしを望むと思うか? 小僧』
睨みつけた目が紅く煌々と輝く。
『れんてー、圧迫面接さいてー』
氷りそうな空気を巨門がフォローすると、ジャックに向き直り言葉を紡ぐ。
『まー、ひとのこたちよ。廉貞はつんでれだからな。ちょっと殴ってやれば、言うことを聞く。ちょろいやつじゃぞー。素直になれんやつには鉄拳制裁で物理説得じゃろー?』
『この阿呆の言はともかくとして、だ。我らを納得させる武を成せ、ひとのこよ』
●
狐たちは、奥宮の外に鎮座している、狐の像に憑依し実体を得る。
『左輔たんよ、宮内を壊されても困るじゃろうて、外でいいよの? ひとのこよー! くるがいい』
戦いやすい場に呼ばれた彼らは体内の因子の力を身体に循環させ、戦闘準備を整える。
「柳と申します。暫くの間、お相手させて頂きます」
誰よりも早く鋭い刃。柳 燐花は、その速度を両刃の先に乗せ猫のしなやかさでもって廉貞の懐に踏み込み、斬撃を食らわせる。龍の御子から得たその鋭き刃は石像の表面を欠けさせる。
『ほう、佳き剣筋じゃな。とはいえ、いつまでも使える技ではない様子。一筋目はいい、二筋目は? 三筋も使えばその小さき身体への負担は大きなものになるじゃろう?』
「私は、あなたがたを言葉で説く事はできません。ですので……」
出し惜しみなんかできない……! と二度目の激鱗を重ねて放つ。自身を削る感覚に本能が震える。だけど、だからこそ、引くわけにはいかないのだ。
その必殺の威力に感嘆の息を吐き、廉貞は踏み込むと、前衛に向け二重の、斬撃を食らわせた。前衛に陣していた彩吹とたまきと結鹿がモロにその斬撃をうけるが、後衛からの、恭司と歩の癒やしがその傷を塞ぐ。
「私たちはあなた達からすればとても短命で力の弱い生き物だ」
攻撃に怯むこともなく彩吹は前進し、二体にむかって牙を放つ。一つ一つは小さい。けれども無数の火蜥蜴は彼らにまとわりつく。弱いからこそ、人は力を合わせて多数で何とかしようとしていると、雄弁に語るその牙は彼らに少なくはないダメージを与えた。
「いつもいい方向に向かうとは言えないのが恥ずかしいところだけど。でもまあ、大妖や七聖剣相手にも そんな風に皆でやっている! ちっぽけな力でも集めればそれなりになるんだよ」
今まで何度も難局を乗り越えてきた。一人じゃない。ここにいる皆、ここにいない皆。小さな力が巨悪を穿つなんて、小気味いいじゃない。そんなまっすぐな瞳で狐を見つめ晴れやかに笑う彩吹の笑顔は自信に満ち足りたものだった。
「私は、これから起こるであろう、大妖との戦いに負けない様に、今よりもっと知恵と力を付けて、皆さんをお守りしようと考えています」
地面に打ち込まれた杭を中心に開いた旗のように大きな護符から衝撃波を放ちながら、たまきは静かな声で自らの目標を掲げる。
自らは未熟で、まだまだ努力期間だとは思っている。しかし、その強くなるための努力が、この世の中を変えてきたのだ。
『大きな口を利く』
「はい、それは否定はできません! それでも、私達人間は、良き世界に到達します! 左輔さんを始めとする九尾の方々に、この新しい世界での、良い面を知って頂きたいです」
また、二重の連撃がたまきを襲うが彼女は怯まない。
「過去と変わらない事も、あるかも知れません……。ですが、巨門さんが今の世界に興味を持って頂けている様に、廉貞さんにも、新しい物に出会える喜びを知って頂きたいから」
傷ついた身体も気にせず、また一歩前に出る。
「だから私は、左輔さんと相対する他の尾の方々を、破軍さんまでも、良きものになれる様、打ち倒す覚悟です! なので、どうか、左輔さんのお力になって頂きたいです」
『はっ、破軍を倒すと嘯いたか』
「……はい!」
『クハ、クハハ……!』
淀みなく答えるその返事に廉貞はこらえきれぬ笑いをあげた。
「人は個々では廉貞様達に比べ取るに足らない力でしょう。だからこそ、みんなで工夫し、力を合わせて成長するんです。諦めたりなんてしません。修練をして鍛えたり、武器や技の技術を磨いたり、それぞれが私たちの飽くなき努力の結果なんです」
間髪をいれず、結鹿もまた、己の思いを吐露する。放たれる刃は燐花と同じ、身を切る激鱗。失われる体力など、味方が回復してくれる。信頼で繋がったこの捨て身こそが人の強さ。
大和はホルダーの呪符を取り出し、雷雲を発生させる。鋭い雷が落ちれば狐たちの動きが僅かに鈍くなった。
「わたしは己の欲望のままに暴れた結果、無意味に傷ついたり悲しんだりする人や古妖、生きているすべてが不幸になるのを望んでいないの」
大和は自分の目で見てきた。暴れる強き力が、弱き者を蹂躙するその悲劇を。もし、それを回避する方法があるのであれば。いつだってそれを望んで、好きではない戦いの場になんども足を踏み入れてきた。
「それでも好きに暴れた方が楽しいというのであれば仕方のない事だけれども……でも、貴方達と左輔さんと協力できる未来がみたいの」
いつかは古妖も人も幸せになれる世界を望んで。だから強制ではない。大和にとってそれはお願いなのだ。
カツンカツンカツン――。ジャックの踵が三度鳴る。真紅の魔鎌が虚空より浮かべば、絶大な火力が、狐を打ち据える。
「今や……日本は大妖の危機にある。同じ人である七星剣が暗躍してるし、まだまだ覚者と非覚者の間には溝だってある」
それは、ひのもとの国が今直面している混沌の事実。ジャックは日頃から、その事実に胸を痛めている稀有な人物だ。だからこそ目をそらさない。何が正しいのかはわからない。人間だって嫌いだ。古妖と人の間の子として古妖たちと過ごしていたほうが幸せだったのかもしれない。それでも彼は、人の世界をみた。悲しみに染まるこの世界を。だからなんとかしたいと思ったのだ。
「どうか、俺たちファイヴや、人間と一緒に正しい道を示す光となって欲しい!!」
論理的ではない叫び。本当に日本を救えるのかなんて断言はできない。
『道理が通っておらぬ。小僧、貴様の言葉は、心はわやくちゃじゃ。我にぶつける術式も混沌としておる。だが、小僧、お前の望みだけはなんとも純粋に響いてきよる。なんと面妖な小僧じゃ』
傷だらけの燐花はなおも狐達に挑む。
「私一人の力では、貴方に一矢報いても倒す事は叶わないと……思います。けれど、志を同じくする方と一緒に動くことで、何倍もの力を発揮できる。それはとても、素晴らしいことだと思います」
『あれか? 愛とか恋とかの力ってやつかのー?』
くつくつと笑い、後衛にいる恭司に見せつけるように、巨門は三つ重ねの夜を燐花に刻みつける。その度に恭司が眉をしかめればわかろうともいうものなのに鈍感にもこの少女はそれに気づいていない。
「私にはそんなことわかりません」
『先程自分で云うたではないかー。志を同じくする者と戦うと力になると。それは情の力のことじゃろ。愛とか恋とかとは限らん。親子であったり、ともがらであったり、色々あろう。まあ、小猫の娘が気付いておらんのでは、そこのでじたるきゃめらの男もたいへんじゃのー。そうじゃのー、その男に向かって、貫く攻撃を向けてみるのも一興か?』
巨門の背後に鬼火がぽぽぽ、と浮かびあがり恭司に矛先が向かう。
「何を……っ!」
逆手にもった双刃を握り直し燐花は背後を守ろうと動き出す。
『うそじゃ、娘、今の思いがなんであったのか、考えてみよ』
ギィン――。
彩吹の必殺の蹴撃が、廉貞の胴体にヒビをいれた。
「「廉貞星」の司るのは意志の強さと志の高さ、だろう? 勝利の星がなくたっていいじゃない! 負けないという意志をもって私たちは戦ってきた。今回もそう、あなた達と一緒に戦う道を諦めない!」
『ハハハハハハハ!』
巨門が大口をあけて笑いだした。
『おいおい、廉貞よ。それを言われてしまえば、立つ瀬がないぞ。吾らの負けだ。こやつら、ふぁいぶのワッパどもはしつこそうだぞ。夢見だったか? 逃げても夢を渡って追いかけてきそうじゃ。そんなのごめんじゃー』
「ねえ、あゆみたちが、勝利の星になるのでは、だめかな?」
『……』
●
巨門と廉貞は覚者たちの粘りに負け左輔に下ることを了承した。
戦闘が終わり、歩は大きなバスケットにつめたおみやげを広げるが、霊体である彼らは食することができない。歩がしょんぼりとすれば『小狐たん、気に病まんでもいいのじゃよ』自分たちは、左輔に戻る。左輔に食わせれば吾らに食わせるのとかわらんと巨門がフォローする。
尾は個々に人格(?)があるとは言え、本体に戻り混ざりあえば、その人格も溶けて消えてしまう。彼らと言の葉を交わせるのは今だけしかなかったのだ。故に二尾は彼らを試した。自らが納得して人側にに与するために。
『然らば』
『ではなー人の子よ。貪狼は近いうちに事を起こすぞ。破軍と禄存が馴染めば、人の世を再度食らう程度の力は戻るからな』
不吉な情報を残して、二尾は左輔の中に消えた。
(悪の九尾ではなく、善なるものの九尾として、生まれ変わろうとしている左輔さんのお手伝いを!)
幾度も狐たちと触れ合ってきた『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994) は思いを強くする。奪われた破軍、禄存のこと、懸念事項は沢山ある。だけれども陰陽師の一族として、未然に防げる悪意から、人々を守らなくてはならないのだ。
「右弼さんが尾を集めているでしょうか?」
『ちがうぞー、右弼は左輔の兄弟尾じゃ。黒幕は欲望マニアの『貪狼』じゃよ』
思いの外あっさりと黒幕が判明したことに、たまきは目をパチクリとさせる。と、同時に左輔の兄弟が敵ではなかったことにほっと胸をなでおろした。
「古妖さんの説得ですか。……何が益になるかを語るとなると、中々に難しいですね」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は眉間にしわを少しだけ寄せて、『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015) を振り向いた。
「それぞれネットや権力に興味があるという事だけど……説得となるとなかなか難しいよねぇ」
善と悪、その彼岸でたゆたう狐たちと、燐花を視界にいれながら恭司は咥えタバコを揺らし、少女の懊悩を見抜く。いつもより耳が後ろに寝ている。あれは相当悩んでいる時の癖だ。
「私は、拳で語り合って来ようと思います」
そう決めた瞬間燐花の耳がピンと立ち上がった。
「拳で語り合う……が通じる状況で良かった…と言えるかな?」
本当にわかりやすいなと苦笑する恭司の声は優しく彼女を鼓舞した。
『おう、おう、勇ましいのう』
巨門が楽しげに霊体の尾を降る。
『どちらでも構わん。吾らは見て、決めるだけじゃ』
廉貞は平坦な口調であるがままを受け入れるという意思を示した。
その雰囲気に『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525) は武曲との違いを感じる。左輔もだがどうもこの狐の尾たちは随分と性格が違うようだ。
説得は苦手とは思うがこの先の戦いにおいて、彼らの手助けは必要不可欠だ。不安そうに自分の直ぐ側で袖をひく『モイ!モイ♪モイ!』成瀬 歩(CL2001650)に握りしめた拳から緊張が伝わったのだと彩吹は気づくと小さく深呼吸をして、歩の頭をぽんぽんとなでる。
「狐とお喋りにきたのだものね、危ないことはしないわ。歩もね」
彩吹は歩は二尾に向かうと「こんにちは」と挨拶する。
「二尾のお二方、お会いできて光栄です」
それにあわせ『月々紅花』環 大和(CL2000477) もにこりと微笑み一礼した。
『おー、れんてー、綺麗どころがいっぱいじゃー。小狐たんもいるぞー。吾、もうこれOKしていいと思う』
『黙れ』
「どちらに付かれるか迷っているようだけれども……何らかの利がある方へ着きたいと思うのは当然の事だと思うわ。叶うのであればこちら側に付いて頂きたいと思うの」
「あゆみね悪い人たちが街に攻めてきたときに戦う現場にいったんだ。とてもこわくて、とても悲しくてあゆみ頑張ってみんなのケガ治してたけど、ぜんぜん追いつかなくて……どうしてみんな仲良くできないのかなって思ったんだ。えっと、だからね、あゆみは狐さんたちと仲良くしたいんだよ」
たどたどしく、歩は自分の思いを狐に伝える。クラスの友達とはなかよくできるのに、どうして仲良くできないものがいるのだろう。戦地に赴いている覚者といえど、歩はまだ小学生だ。その恐怖と疑問は彼女を強く苦しめる。だから解決する一歩として、自分ができることは狐たちと仲良くすることだと考えたのだ。
『小狐たんめんこいのー』
『巨門、何を骨抜きにされておるのだ』
「美味しい物食べたときのほっこりした顔とか楽しいときの笑った顔とか、そういう顔を見る方が、悲しい顔や苦しい顔を見るより楽しいんじゃないかなあ。それに、お友達になれたら狐さんたちと遊びたいって思っていろんな人がまた来てくれるよ」
『驕るなよ。我ら古妖は人の苦悩もまた甘露ということを努々忘れるな』
廉貞は事実を淡々と告げる。古妖と人間はあり方が違う。人に害を為すことに快楽を覚える古妖も少なくはない。数百年の前、彼らもまた悪徳に身を浸していたのだ。
「現代では実際に戦う以上に情報戦というのが重要視されていて、情報を制する者が世界を制するなんて言われてもいるんですよ」
緊迫した空気を破るように、『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432) は持っていたノートパソコンのディスプレイを巨門に見せる。
「世界中のあらゆるところとつながっていて、ここにいながら世界の今まさに起きている情報が手に入れられるんです」
『然り、然り。知っておるぞ。ここに検索用語をいれるんじゃろ? きょうと、おすすめ、すいーつ、ほらみよ。この茶のかすていらといいうやつか? 南蛮渡来の菓子じゃ。ひのもとの国にいるにもかかわらず、舶来品すら一瞬で手中に治める』
器用に霊体の尻尾を操作し、検索をこなしてみせる巨門に少々驚きつつも結鹿は続ける。
「今や悪徳ならずとも酒を以て池となし、肉を懸けて林となせちゃうんです。それこそ世界中の美味だって時間とお金をかければ買えちゃう時代なんですから」
『焼猪(シュウチイ)も指一つで注文できるのか。豪勢ではないか。現代の酒池肉林は随分とお手軽になったものよのー』
さり気なく検索を進め通販サイトで、豚の丸焼きをしれっと注文しそうになる巨門からパソコンを奪いかえし結鹿は「人のパソコンのアカウントでぽちっとしないでください!」と文句を言う。
「随分と、インターネットを知っているんだね。君の言うとおり、そうだね……たくさんの情報はデータの海に蓄積はされている。つい最近、日本が変わって、電波でのやりとりが盛んになったことは君もご存知だろう?」
首からストラップを外し恭司はデジカメの画面を操作し、説明を始めた。
「これは周りの風景を撮影して、一瞬で記録共有のできる装置、他にもスマートフォンという個人端末と連動したサービスや、乗り物による移動速度の向上によって、悪事はすぐに拡散して情報として得ることが出来、討伐部隊の結成・対処は昔よりは格段に早くなったよ」
『然り、さきの小娘が言っておった、情報を制するということじゃな。ふーむ、廉貞よ、まじぱねぇしょんじゃぞ。こんな小箱一つが、物見の塔より高性能じゃとー』
『巨門、そのような言葉どこで覚えた』
『おい、ここはこマ? とかいうところじゃぞ、これだから陰謀バカは。陰謀も情報が必要じゃろー』
騒ぐ狐たちに恭司はワントーン声を落として、もう一つのFivEが持ち得る情報を提示した。
「僕らの組織には夢見っていうのがいてね、隠れて悪事を行おうとしてもそれを察知する方法がある」
『ほう』
廉貞の目が興味に細められ、続きを促す。
『なんじゃー、そんなのいんたぁねっとではみなかったぞー』
巨門もまた同じように興味を持って尋ねる。それはそのはずだ。覚者の存在はこの四半世紀で明らかになり、マスコミでも伝えられる常識である。しかし、人数が極端に少ないひとゆめの因子は噂程度には広まってはいるが、実在するとは思われてない。オカルト中のオカルト。それが夢見だ。彼らが知らなくても無理はない。
「彼らは悪夢でもって、未来を予知する……らしい。まあ、どんな感じなのかは僕らも伝聞でしか知らないけどね。それがFivEには数多く存在している」
「権力や利害、利己を考える姿勢、なんかヒトっぽい狐だな! いっそ、権力があるほうについてしまえばいい!」
ぴこーんとアホ毛を揺らして元気に『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403) は廉貞に詰め寄る。そもそも、彼は争いごとは好きではない。口で済むのであればそれに越したことはないとも思っている。
『然様、権力とはそれ、大きな力だ。武力だけでは人は抑えれぬ。利己無くして、滅ぼされた結果が封印だ。あのような屈辱は二度と味合わぬ』
「ならさ! 今やファイヴは政府お墨付きの組織なんだぜっ! その組織と縁がある九尾ってとっても権力ありそうにみえない? まあ、主導権が握れないのは残念やけど、でも、善狐の九尾の一尾として日本を見守る立場になるっていうのは厳かで誇らしいと思うんだっ」
ブンブンと両拳を振り回しながら、政府という権力がFiVEの元にあることを不器用ながらもはっきりとジャックは伝えた。
『我がそのような、善行の徒としての、おためごかしを望むと思うか? 小僧』
睨みつけた目が紅く煌々と輝く。
『れんてー、圧迫面接さいてー』
氷りそうな空気を巨門がフォローすると、ジャックに向き直り言葉を紡ぐ。
『まー、ひとのこたちよ。廉貞はつんでれだからな。ちょっと殴ってやれば、言うことを聞く。ちょろいやつじゃぞー。素直になれんやつには鉄拳制裁で物理説得じゃろー?』
『この阿呆の言はともかくとして、だ。我らを納得させる武を成せ、ひとのこよ』
●
狐たちは、奥宮の外に鎮座している、狐の像に憑依し実体を得る。
『左輔たんよ、宮内を壊されても困るじゃろうて、外でいいよの? ひとのこよー! くるがいい』
戦いやすい場に呼ばれた彼らは体内の因子の力を身体に循環させ、戦闘準備を整える。
「柳と申します。暫くの間、お相手させて頂きます」
誰よりも早く鋭い刃。柳 燐花は、その速度を両刃の先に乗せ猫のしなやかさでもって廉貞の懐に踏み込み、斬撃を食らわせる。龍の御子から得たその鋭き刃は石像の表面を欠けさせる。
『ほう、佳き剣筋じゃな。とはいえ、いつまでも使える技ではない様子。一筋目はいい、二筋目は? 三筋も使えばその小さき身体への負担は大きなものになるじゃろう?』
「私は、あなたがたを言葉で説く事はできません。ですので……」
出し惜しみなんかできない……! と二度目の激鱗を重ねて放つ。自身を削る感覚に本能が震える。だけど、だからこそ、引くわけにはいかないのだ。
その必殺の威力に感嘆の息を吐き、廉貞は踏み込むと、前衛に向け二重の、斬撃を食らわせた。前衛に陣していた彩吹とたまきと結鹿がモロにその斬撃をうけるが、後衛からの、恭司と歩の癒やしがその傷を塞ぐ。
「私たちはあなた達からすればとても短命で力の弱い生き物だ」
攻撃に怯むこともなく彩吹は前進し、二体にむかって牙を放つ。一つ一つは小さい。けれども無数の火蜥蜴は彼らにまとわりつく。弱いからこそ、人は力を合わせて多数で何とかしようとしていると、雄弁に語るその牙は彼らに少なくはないダメージを与えた。
「いつもいい方向に向かうとは言えないのが恥ずかしいところだけど。でもまあ、大妖や七聖剣相手にも そんな風に皆でやっている! ちっぽけな力でも集めればそれなりになるんだよ」
今まで何度も難局を乗り越えてきた。一人じゃない。ここにいる皆、ここにいない皆。小さな力が巨悪を穿つなんて、小気味いいじゃない。そんなまっすぐな瞳で狐を見つめ晴れやかに笑う彩吹の笑顔は自信に満ち足りたものだった。
「私は、これから起こるであろう、大妖との戦いに負けない様に、今よりもっと知恵と力を付けて、皆さんをお守りしようと考えています」
地面に打ち込まれた杭を中心に開いた旗のように大きな護符から衝撃波を放ちながら、たまきは静かな声で自らの目標を掲げる。
自らは未熟で、まだまだ努力期間だとは思っている。しかし、その強くなるための努力が、この世の中を変えてきたのだ。
『大きな口を利く』
「はい、それは否定はできません! それでも、私達人間は、良き世界に到達します! 左輔さんを始めとする九尾の方々に、この新しい世界での、良い面を知って頂きたいです」
また、二重の連撃がたまきを襲うが彼女は怯まない。
「過去と変わらない事も、あるかも知れません……。ですが、巨門さんが今の世界に興味を持って頂けている様に、廉貞さんにも、新しい物に出会える喜びを知って頂きたいから」
傷ついた身体も気にせず、また一歩前に出る。
「だから私は、左輔さんと相対する他の尾の方々を、破軍さんまでも、良きものになれる様、打ち倒す覚悟です! なので、どうか、左輔さんのお力になって頂きたいです」
『はっ、破軍を倒すと嘯いたか』
「……はい!」
『クハ、クハハ……!』
淀みなく答えるその返事に廉貞はこらえきれぬ笑いをあげた。
「人は個々では廉貞様達に比べ取るに足らない力でしょう。だからこそ、みんなで工夫し、力を合わせて成長するんです。諦めたりなんてしません。修練をして鍛えたり、武器や技の技術を磨いたり、それぞれが私たちの飽くなき努力の結果なんです」
間髪をいれず、結鹿もまた、己の思いを吐露する。放たれる刃は燐花と同じ、身を切る激鱗。失われる体力など、味方が回復してくれる。信頼で繋がったこの捨て身こそが人の強さ。
大和はホルダーの呪符を取り出し、雷雲を発生させる。鋭い雷が落ちれば狐たちの動きが僅かに鈍くなった。
「わたしは己の欲望のままに暴れた結果、無意味に傷ついたり悲しんだりする人や古妖、生きているすべてが不幸になるのを望んでいないの」
大和は自分の目で見てきた。暴れる強き力が、弱き者を蹂躙するその悲劇を。もし、それを回避する方法があるのであれば。いつだってそれを望んで、好きではない戦いの場になんども足を踏み入れてきた。
「それでも好きに暴れた方が楽しいというのであれば仕方のない事だけれども……でも、貴方達と左輔さんと協力できる未来がみたいの」
いつかは古妖も人も幸せになれる世界を望んで。だから強制ではない。大和にとってそれはお願いなのだ。
カツンカツンカツン――。ジャックの踵が三度鳴る。真紅の魔鎌が虚空より浮かべば、絶大な火力が、狐を打ち据える。
「今や……日本は大妖の危機にある。同じ人である七星剣が暗躍してるし、まだまだ覚者と非覚者の間には溝だってある」
それは、ひのもとの国が今直面している混沌の事実。ジャックは日頃から、その事実に胸を痛めている稀有な人物だ。だからこそ目をそらさない。何が正しいのかはわからない。人間だって嫌いだ。古妖と人の間の子として古妖たちと過ごしていたほうが幸せだったのかもしれない。それでも彼は、人の世界をみた。悲しみに染まるこの世界を。だからなんとかしたいと思ったのだ。
「どうか、俺たちファイヴや、人間と一緒に正しい道を示す光となって欲しい!!」
論理的ではない叫び。本当に日本を救えるのかなんて断言はできない。
『道理が通っておらぬ。小僧、貴様の言葉は、心はわやくちゃじゃ。我にぶつける術式も混沌としておる。だが、小僧、お前の望みだけはなんとも純粋に響いてきよる。なんと面妖な小僧じゃ』
傷だらけの燐花はなおも狐達に挑む。
「私一人の力では、貴方に一矢報いても倒す事は叶わないと……思います。けれど、志を同じくする方と一緒に動くことで、何倍もの力を発揮できる。それはとても、素晴らしいことだと思います」
『あれか? 愛とか恋とかの力ってやつかのー?』
くつくつと笑い、後衛にいる恭司に見せつけるように、巨門は三つ重ねの夜を燐花に刻みつける。その度に恭司が眉をしかめればわかろうともいうものなのに鈍感にもこの少女はそれに気づいていない。
「私にはそんなことわかりません」
『先程自分で云うたではないかー。志を同じくする者と戦うと力になると。それは情の力のことじゃろ。愛とか恋とかとは限らん。親子であったり、ともがらであったり、色々あろう。まあ、小猫の娘が気付いておらんのでは、そこのでじたるきゃめらの男もたいへんじゃのー。そうじゃのー、その男に向かって、貫く攻撃を向けてみるのも一興か?』
巨門の背後に鬼火がぽぽぽ、と浮かびあがり恭司に矛先が向かう。
「何を……っ!」
逆手にもった双刃を握り直し燐花は背後を守ろうと動き出す。
『うそじゃ、娘、今の思いがなんであったのか、考えてみよ』
ギィン――。
彩吹の必殺の蹴撃が、廉貞の胴体にヒビをいれた。
「「廉貞星」の司るのは意志の強さと志の高さ、だろう? 勝利の星がなくたっていいじゃない! 負けないという意志をもって私たちは戦ってきた。今回もそう、あなた達と一緒に戦う道を諦めない!」
『ハハハハハハハ!』
巨門が大口をあけて笑いだした。
『おいおい、廉貞よ。それを言われてしまえば、立つ瀬がないぞ。吾らの負けだ。こやつら、ふぁいぶのワッパどもはしつこそうだぞ。夢見だったか? 逃げても夢を渡って追いかけてきそうじゃ。そんなのごめんじゃー』
「ねえ、あゆみたちが、勝利の星になるのでは、だめかな?」
『……』
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巨門と廉貞は覚者たちの粘りに負け左輔に下ることを了承した。
戦闘が終わり、歩は大きなバスケットにつめたおみやげを広げるが、霊体である彼らは食することができない。歩がしょんぼりとすれば『小狐たん、気に病まんでもいいのじゃよ』自分たちは、左輔に戻る。左輔に食わせれば吾らに食わせるのとかわらんと巨門がフォローする。
尾は個々に人格(?)があるとは言え、本体に戻り混ざりあえば、その人格も溶けて消えてしまう。彼らと言の葉を交わせるのは今だけしかなかったのだ。故に二尾は彼らを試した。自らが納得して人側にに与するために。
『然らば』
『ではなー人の子よ。貪狼は近いうちに事を起こすぞ。破軍と禄存が馴染めば、人の世を再度食らう程度の力は戻るからな』
不吉な情報を残して、二尾は左輔の中に消えた。
