≪聖夜2017≫ 古妖のケーキ屋さん、奮戦記
●
ただのベニア板に達筆で墨痕鮮やかに「ケーキ屋 あずき」と書かれた看板が、窓の上に掲げられている。装飾はそれだけだ。
『古民家』と言えば洒落て聞こえるが、その実はただ、ただ古いだけのごく普通の一軒家である。あたりに甘い匂いが漂っていなければ、ケーキ屋とは誰も気づかない。いや、実際、街はずれにポツンと建つ店に気づいている人はいなかった。
「どうしよう。どうしょう」
「どうしましょう。どうしましょう」
大量に作られたクリスマスケーキを前にして泣き顔を並べているのは、小豆あらいと呼ばれる古妖だ。
小豆あらいといっても、二体の古妖は昔話に語られる頭の禿げた小さな爺さんではない。
ぱっちりとした二重瞼に白いおでこ、あずき色の髪をサイドで結ぶ愛らしい少女たちだ。身長は小豆八つ分のミニサイズ。着物に白の割烹着姿でどうやら双子らしい。
「柿男のおじさま、柿男のおじさま。どうしましょう……」
「売れ残ったら、このケーキ全部、どうなるの?」
呼ばれて台所から出てきたのはやはり古妖、柿男だった。
丁度、去年の今頃のこと、ファイヴの覚者たちに助けられたことがある。そう、ヤツである。懲りずに今年もまた出てきたようだ。
それが何故、ケーキ屋を始めたか。
パティシェになりたいといって里を飛び出てきた小豆娘たちと、垣根の角で運命の出会いをしたから云々。
店となる家とケーキを作るための電化製品、それにケーキ作りの本と材料などもろもろは、柿男がひょんなことから知り合った『噺家』という古妖に借金して揃えたらしい。それが11月の終わりの事だというから、無駄に行動力があるというかなんというか……。
ちなみに無許可営業である。
人間の役所へ商いの届けを出すなんて知識、古妖たちにはない。少なくとも柿男と小豆娘たちは知らないようだ。
柿男は長机の前に座ると腕を組んだ。ずらりと並ぶケーキを前にして、うむむ、と唸る。
「行き遅れの恨みでたたって妖になるかもな~。そんなことになったら困るな~」
どうやらどこかで、クリスマスケーキと女性の婚期をかけた小話を耳にしたことがあるらしい。
いまどきそんなことを言っている人間はいないのだが。
「でも、おかしいな~。毎年師走の二十四と二十五は、柿を食べずにケーキという西洋菓子をたくさん食べるのが日本の新しい習慣だって聞いたのにな~。なんで売れないのかな」
やはりここは尻を出すしかないか、と柿男は腰を浮かせるなり着物の裾をからげた。
とたん、庭に面した居間にケーキとは異なる甘い匂いが広がる。
「しまってください、しまってください」
「尻はしまってください」
小豆娘たちが小さな手でぺチペチ音をたてて柿男の尻を叩く。
年長の古妖は、いたいいたいといいながら裾を降ろした。
「借金があるからただで配って歩くわけにもいかんしなー、かといって売れ残って妖化したらたぶん勝てない……うーん、困った」
●
「……というわけだから、みんなでクリスマスケーキの販売を手伝ってあげて」
ビラを作って配ったり、店の装飾をもっとそれらしくしたり、いろいろと打つ手はあるはずだ。
長く続けるつもりなら、古妖の店とはいえ、きちんと市役所に届けておくほうがいいだろう。
眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)はひらひらと手を振った。解ったらさっさと行け、と言いたいらしい。
「あ、そうそう。売れ残ったクリスマスケーキは『もしかして』じゃなくて、二十六日になったとたんに妖化するから」
だからこそ眩が夢見できたのだ。
「きっちり退治してね。もちろん、全部売り切るのほうがいいんだけど」
ただのベニア板に達筆で墨痕鮮やかに「ケーキ屋 あずき」と書かれた看板が、窓の上に掲げられている。装飾はそれだけだ。
『古民家』と言えば洒落て聞こえるが、その実はただ、ただ古いだけのごく普通の一軒家である。あたりに甘い匂いが漂っていなければ、ケーキ屋とは誰も気づかない。いや、実際、街はずれにポツンと建つ店に気づいている人はいなかった。
「どうしよう。どうしょう」
「どうしましょう。どうしましょう」
大量に作られたクリスマスケーキを前にして泣き顔を並べているのは、小豆あらいと呼ばれる古妖だ。
小豆あらいといっても、二体の古妖は昔話に語られる頭の禿げた小さな爺さんではない。
ぱっちりとした二重瞼に白いおでこ、あずき色の髪をサイドで結ぶ愛らしい少女たちだ。身長は小豆八つ分のミニサイズ。着物に白の割烹着姿でどうやら双子らしい。
「柿男のおじさま、柿男のおじさま。どうしましょう……」
「売れ残ったら、このケーキ全部、どうなるの?」
呼ばれて台所から出てきたのはやはり古妖、柿男だった。
丁度、去年の今頃のこと、ファイヴの覚者たちに助けられたことがある。そう、ヤツである。懲りずに今年もまた出てきたようだ。
それが何故、ケーキ屋を始めたか。
パティシェになりたいといって里を飛び出てきた小豆娘たちと、垣根の角で運命の出会いをしたから云々。
店となる家とケーキを作るための電化製品、それにケーキ作りの本と材料などもろもろは、柿男がひょんなことから知り合った『噺家』という古妖に借金して揃えたらしい。それが11月の終わりの事だというから、無駄に行動力があるというかなんというか……。
ちなみに無許可営業である。
人間の役所へ商いの届けを出すなんて知識、古妖たちにはない。少なくとも柿男と小豆娘たちは知らないようだ。
柿男は長机の前に座ると腕を組んだ。ずらりと並ぶケーキを前にして、うむむ、と唸る。
「行き遅れの恨みでたたって妖になるかもな~。そんなことになったら困るな~」
どうやらどこかで、クリスマスケーキと女性の婚期をかけた小話を耳にしたことがあるらしい。
いまどきそんなことを言っている人間はいないのだが。
「でも、おかしいな~。毎年師走の二十四と二十五は、柿を食べずにケーキという西洋菓子をたくさん食べるのが日本の新しい習慣だって聞いたのにな~。なんで売れないのかな」
やはりここは尻を出すしかないか、と柿男は腰を浮かせるなり着物の裾をからげた。
とたん、庭に面した居間にケーキとは異なる甘い匂いが広がる。
「しまってください、しまってください」
「尻はしまってください」
小豆娘たちが小さな手でぺチペチ音をたてて柿男の尻を叩く。
年長の古妖は、いたいいたいといいながら裾を降ろした。
「借金があるからただで配って歩くわけにもいかんしなー、かといって売れ残って妖化したらたぶん勝てない……うーん、困った」
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「……というわけだから、みんなでクリスマスケーキの販売を手伝ってあげて」
ビラを作って配ったり、店の装飾をもっとそれらしくしたり、いろいろと打つ手はあるはずだ。
長く続けるつもりなら、古妖の店とはいえ、きちんと市役所に届けておくほうがいいだろう。
眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)はひらひらと手を振った。解ったらさっさと行け、と言いたいらしい。
「あ、そうそう。売れ残ったクリスマスケーキは『もしかして』じゃなくて、二十六日になったとたんに妖化するから」
だからこそ眩が夢見できたのだ。
「きっちり退治してね。もちろん、全部売り切るのほうがいいんだけど」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖たちが作ったクリスマスケーキ400個をすべて売りさばく
2.万が一、売れ残って化けたケーキはすべて倒す
3.なし
2.万が一、売れ残って化けたケーキはすべて倒す
3.なし
12月24日の朝から26日の早朝まで。
関東地方のある街。
人口一万人ほどの街で、中心地に女子大学が建っています。
小豆娘たちのケーキ店は市街地の外れにあります。
店の裏は山、まわりは畑と田んぼだけ。
ちょっと離れたところに縁結び神社がありますが……寂れています。
●クリスマスケーキ(ショートケーキ、4号、6号、20号)400個
すべてイチゴケーキです。なかなか美味しいです。
新米パティシェたちは、まだそれ以外のケーキを作れません。
ちなみに24日までに失敗して廃棄されたケーキが100個ほどあります。
これは妖化しません。
≪うちわけ≫
ショートケーキが220個
4号ケーキが120個
6号ケーキが30個
20号ケーキが30個
※日付が26日に変わったとたん、売れ残ったケーキがランク1の妖に化けます。
攻撃方法は「食あたり/物近単(毒)」のみ。
※今回、柿男は一切、尻を使っていませんのでご安心ください。
●「ケーキ屋 あずき」
12月に開店したばかりのお店。
小豆あらいの娘二人と柿男がきりもりしています。
ケーキ作りも店の運営もど素人です。
借金して作った店はほとんど装飾されていません。みかけはただの古い家。
ちなみに二階建てで、そこそこ広い庭つきです。
ベニア板の看板の字は『噺家』が書いてくれたそうですが……。
ケーキはイチゴケーキのみ。
値段は売るときの気分だとか。値札すらつけていません。
ケーキを入れる箱は古新聞を古妖たちが折って作ったもの。
※スポーツ新聞は避けて作ったそうです。
※一応、段ボール底板の上にレース縁の紙皿をしいてケーキを入れています。
●持ち込みできるもの
・自分の店の商品(ステータス欄で確認できること)
・自分の仕事道具(ステータス欄で確認できること)
・チラシを作るためのA4紙と画材(ファイヴ提供)
食材の持ち込みは不可。
たとえばステータス欄で「喫茶店」を経営、あるいは働いていると書かれていたなら、紙ナプキンなどを常識の範囲で持ち込みできます。
「文具店」ならクリスマスカード、「探偵」ならケーキの写真を撮るためのカメラなど。
●特別ルール
神具庫で売られているクリスマスケーキ(4号、6号、20号)を持っていく(装備して)いると、売るべきクリスマスケーキの数が所持個数×5だけ減ります。
要するに、覚者が自腹を切って購入したという扱いになります。
店というか家には玄米茶と箸しかありませんが、ケーキを食べる姿を来客者に見せてアピールするのもいいでしょう。
●その他
グループで行動の場合は一行目に【グループ名】をご記入願います。
小豆娘たちの名前は一粒(ひとつぶ)と二粒(ふたつぶ)です。
柿男に名前はありません。ただ、柿男。
二日に渡る依頼ですが、店というか家に宿泊もできます(ケーキ用の食材以外はありません)。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
6日
6日
参加費
50LP
50LP
参加人数
6/30
6/30
公開日
2018年01月07日
2018年01月07日
■メイン参加者 6人■

●
長閑な田園風景に間の抜けた悲鳴が響き渡る。
「ほぁぁあぁ!!」
奥州 一悟(CL2000076)は窓から空へ飛ばされたケーキに手を伸ばした。とっさの動きにしては上出来で、ケーキ皿の底に手のひらを当てることができたのだが――。
「あ~あ、落としちゃったのよ。もったいない」
「しょうがねえだろ! いきなりだったんだから」
指についた生クリームをなめとりつつ、鼎 飛鳥(CL2000093)のため息に憤る。
「これ、妖化……はさすがにしねぇか」
落ちたのは4号ケーキだ。
「アリさんがこないうちに片づけてしまうのよ」
菊坂 結鹿(CL2000432)は窓から家、もとい古妖の店の中を覗き込んだ。
「こんにちは、大丈夫ですよ~。わたしたち、ファイヴの者です」
積み上げられたクリスマスケーキの箱らしきものは確認できるのだが、肝心の古妖たちの姿はどこにも見当たらない。
向日葵 御菓子(CL2000429) も結鹿の横に並び立って、店を覗き込んだ。
「新聞紙で作ったケーキの箱……あまり丈夫そうに見えないけど、中身は入っているのかな?」
「入ってへんのとちゃうか。眩ちゃんの話では、ケーキは居間や」
「とりあえず家、じゃない、店の中へはいらせてもらいまショウ」
話はそれから、と光邑 研吾(CL2000032)と光邑 リサ(CL2000053)は連れ立って庭へまわった。
●
ケーキを投げたのは柿男だった。
以前、とある依頼で知りあっている一悟と飛鳥の顔を見てびっくりしたのだという。
オレたちに怒られるような悪いことでもしていたのか、と一悟がすごむと柿男はぶるぶると首を振った。
両脇に横に座る小豆娘たちも同じように首をふる。
「それにしても、だ。売りもののケーキを客に投げてどーすんだよ! ま、オレたちは客じゃねえけどさ」
「その辺でええやろ。はよ、仕事に取りかからんと時間がないで」
研吾は立ちあがると、一悟を連れて庭へ出て行った。二人は店の外装を担当することになっている。正面と横にかきわりを作り、とりあえず店らしく見せようという作戦だ。
研吾のきびきびとした指示で、一悟が木材を庭に運び込む。
「あすかは二階でチラシを作るのよ。柿男さん、近くにコンビニはありますか? 手描きは大変だからコピーを取るのよ」
「こんびに? ああ、朝から夜までずっと開いているなんでも屋さん。あるよ~」
飛鳥はコンビニの場所を聞くと、お絵かき道具を持って二階へ上がっていった。
「じゃあ、柿男さんはワタシと一緒に市役所へ行きマショウ。一応、この店の営業届けを出しておかないとネ」
リサは予めファイヴで整えておいた書類一式を手に立ちあがった。この街の市役所へは予め連絡を入れてあるので、手続きはすぐに済むだろう。食品管理、調理師免許云々は、ファイヴが監督、保証人になって特別に免除してもらっている。
「といっても、きちんとしないとね。小豆ちゃんたち、キッチンを見せてくれる?」
結鹿は持参したエプロンを広げた。実家はカフェを併設した洋菓子店を営んでおり、結鹿もよく手伝いをしている。スイーツ作りの腕はプロ級だ。
「お客さんに来てもらうにはまず、店が清潔で明るいこと。それに、長く続けたいならスイーツのバリエーションが必要ね。店の飾りつけをしたあと、ドームケーキやフォンダンショコラ、チーズケーキの作り方を教えてあげる」
小豆娘たちは、わーい、と喜びの声をあげた。
眩に食品の持ち込みは禁止されたが、古妖たちがケーキの材料を買い出しに行くのはOKだろう。
「それなら、わたしが警察の帰りに駅前のデパートに寄って行こうか?」
御菓子は楽器演奏による店の宣伝を企画していた。一応、所轄の警察へ届け出を出しておこうというのだ。
「チーズケーキに使うチーズや、そのほかの材料を紙に書きだしてちょうだい……っと、柿男さん、いくらなら出せます?」
言われて柿男は腹をまさぐった。腹巻の中から一万円札が2枚出て来た。ケーキの試作品作りの軍資金としては十分だ。
「そうだ、お姉ちゃん。おつりで小銭が必要になるから、なるべく崩してきて」
結鹿がお買い物メモを御菓子に手渡す。
「それじゃあ、行きまショウ。お昼には戻ってきてワタシたちもお店のお手伝いするわネ」
●
トンテンカン、トンテンカン。釘を打つ金鎚の音に、何事かと興味を引かれて近所のひとがちらほらと店の前を通るようになった。
庭を覗き込む顔があるたびに、研吾は愛想よく声を掛ける。
「そうですねん、急な話ですけど今日から営業ですわ。どうぞご贔屓に」
買い物袋を下げて戻ってきた御菓子も、手にギター、背中にバスドラム、スネアドラムにシンバル。口には、笛、ハーモニカ、カズー。さらに、足にタンバリン、鈴と全身を楽器で包み、ワンマンバンドで盛り上げる。
これには子供たちも大喜びで、家に戻って母親の手を引いて戻ってきてくれた。その母親たちが、ついで、とケーキを買って帰ってくれる。帰っていった親子がまたご近所に声を掛けてくれるので、いい宣伝になった。
「御菓子先生、チラシができたのよ! これもお願いしますのよ」
飛鳥はカラーコピーされたチラシの束を御菓子に手渡した。
「まあ、素敵。お上手ですね」
チラシのデザインを褒められて、飛鳥は照れた。
「頑張ったのよ。クリスマスケーキと小豆ちゃんたち、可愛くかけているでしょ?」
チラシには結鹿とリサが飾り付けた窓――販売窓口の雪だるまとクリスマスツリー、見にサンタも書き添えられている。
クリスマスケーキの値段は、御菓子とリサが市内の洋菓子店をいくつか回って出した平均値よりも、若干低く設定した。売れ残れば妖化するのだし、是非とも売り切ってしまいたい。オープンセールも兼ねての値引きだ。
飛鳥のチラシにも大きくクリスマスSAILの文字が踊る。
「それでは張りきって配るのよ!」
大きく声をあげ、賑やかに楽器を演奏しつつ、飛鳥と御菓子はさらなる店の宣伝の為、市街地へ向かった。
「うん、なかなかサマになってんじゃん」
「当たり前や。誰が作った思うてるんや」
客足が一時的に途絶えたところで、研吾と一悟は書き割りを立てた。木目を生かしたログハウス風の外見に、「ケーキ屋 あずき」と書かれた木の看板が掛けられる。
庭の入口には洒落た門がつくられ、さらにはテーブルと椅子が設えられた。
「木の手入れをして庭もそれらしく作らなあかんな」
あれこれ手を入れなくてはならないのは確かだが、たった二日ではやれることに限界がある。
「看板を照らす照明とかもいるね」
一悟は暮れ初めた空を見上げる。みるみるうちに陽が陰り、夜の闇が広がっていった。
●
一日目の売り上げは「まあまあ」だった。
実質、本格的に店が稼働しだしたのが昼過ぎだ。老夫婦だけ、あるいは若い夫婦に幼児一人といった核家族が多いためだろうか、出るのはショートケーキと4号ケーキが中心で、6号と20号が売れ残っていた。20号ケーキは結鹿が店の宣伝用に一つ、リサが市役所で3つ売っているがそれだけだ。
ちなみに結鹿が購入した20号は抹茶がふりかけられ、マジパンのトナカイとソリ、クリスマスプレゼントとサンタが置かれて、店の窓際を飾っている。
覚者たちは古妖と一緒に、居間で長机を囲んでいた。机には『お誕生日おめでとう』と書かれたチョコプレートのケーキが二つ置かれている。
ケーキの前に一悟と御菓子が座っていた。
「わたし、明日は女子大へ行ってみます。冬休みで帰省している人が多いでしょうけど」
「オレは近所の神社に行ってみるぜ。縁結びの神様らしいし、もしかしたらカップルとかいるかも。いなくても境内にビラを置かせてもらうつもりだ」
二月のバレンタインの宣伝も兼ねて、という。
「そやな。俺も明日は売り子やるで。大丈夫、おやつにショート1つ食べさせてもらったけど、美味かった。味はバッチリやで」
研吾が太鼓判を押す。
「ありがとう、ありがとう」
「褒められてうれしい」
リサと結鹿、それに小豆娘たちが食べ物と飲み物を持って居間に入って来た。ケーキだけでは、とリサが店にある食材を使ってチーズ入りのオムレツを作っている。なぜか、フライドチキンも皿に盛られていた。
御菓子曰く、いつの間にか買い出しのケーキ材料の中に混じっていたらしい。
「サアサア、始めましょうか。飛鳥ちゃん、明かりを消してくれる?」
「ちょい待ち。先にロウソクに火をつけるわ」
研吾がパーティーの主役である二人の前に置かれたクリスマスケーキ改め誕生日ケーキのロウソクに火をつけた。
飛鳥が壁のスイッチを切って照明が落ちる。ケーキを中心に、ロウソクの暖かな光が丸く広がった。
「子供じゃねぇんだけどなぁ……」
「ふふ。でも、まあ、せっかくだし――せー、のー!」
ふー、と二人同時に息を吹きだしてロウソクの火を消した。
「「ふたりともお誕生日おめでとう!!」」
部屋に明かりがつくと同時に、パチパチと拍手が鳴らされる。
「柿男さん、一子、二子ちゃん、開店おめでとうございます」
結鹿の祝辞に古妖たちが揃って頭を下げる。
「メリークリスマス、なのよ。いっぱい食べて明日もケーキを売りまくるのよ!」
おー、と声が上がり、続いて笑い声が弾けた。
●
朝、辺り一面がうっすらと雪に覆われていた。どうやら夜の間に雪が降ったらしい。とはいうものの、旭を浴びてアスファルトの上の雪は早くも解けだしている。
白い息を吐きながら、飛鳥と御菓子、一悟の三人がチラシの束を抱えて店を出て行った。
結鹿は小豆娘たちとショートケーキの作成に忙しい。苺の他にも、昨日覚えたてのチーズケーキとチョコケーキのバリエーションも加えることにしたのだ。
柿男と研吾は店の前の清掃を、リサはケーキの箱詰めに精を出すこと1時間。最初の客がやって来た。
「いらっしゃいませ!」
それから閉店まで、客足は途絶えることがなかった。昨日、来店した客の口コミもあるが、手にチラシを持つお客がほとんどだ。三人とも、かなり広い範囲を回ったらしい。
「さて、本日の売り上げ発表するで」
結果は――。
大成功だった。
用意されていたクリスマスケーキは完売、もちろん妖化したケーキは一つもない。
それだけではなく、結鹿が作った宣伝用のケーキや新たに焼かれたケーキまでがすべて売り切れたのだ。
「「ありがとう、ありがとう。ほんとうにありがとう!」」
小豆娘たちの目に涙が光る。
「ありがとうなんだな。ふぁいぶに助けられたのはこれで二回目なんだな」
「感謝するのはいいけれど、油断するのはまだ早いのよ」
そう、店は開店したばかりなのだ。
潰れずながく地域で愛される店になるか、はこれからの働きにかかっている。それに、この二日間、ケーキをすべて売り切ったといっても借金を全額返済するほどではない。
「そうだ、柿男。お前さ、どこで噺家と知り合ったんだ?」
「ん~、偶然なんだな」
ケーキ屋さんをやりたい、というのはいいが、さてどうすれば……小豆娘たちを連れて途方に暮れていると、とある古寺の庭から落語を聞かせる声が聞こえて来たのだという。
「真夜中に猫たちを集めて話を聞かせていたんだな。人にしてはわしらを見て驚かないし、ああ、お仲間なんだな~と」
話しが終わるのを待って相談を持ちかけ、さらには図々しく借金まで頼み込んだらしい。
「そっか。それにしても噺家のやつ、金持ってんだな」
「お金を持っているのはたぶん国枝さんなのよ。噺家さんじゃなくて。と、あすかたちはそろそろ帰るのよ」
柿男と小豆娘たちが見送りに店の外まで出て来た。
日はとっくに落ちて、空には星が閃いている。寒い、と震えた刹那に、白い雪がゆっくりと落ちて来た。
「また来てね」
「また手伝ってね」
「まってるよ~」
冗談めかして笑ってはが目が、一子もニ子も、柿男も目が真剣である。
「お手伝いじゃなく客として、今度は遊びに来るわね」
覚者たちは笑顔で手を振ると、古妖の店を後にした。
長閑な田園風景に間の抜けた悲鳴が響き渡る。
「ほぁぁあぁ!!」
奥州 一悟(CL2000076)は窓から空へ飛ばされたケーキに手を伸ばした。とっさの動きにしては上出来で、ケーキ皿の底に手のひらを当てることができたのだが――。
「あ~あ、落としちゃったのよ。もったいない」
「しょうがねえだろ! いきなりだったんだから」
指についた生クリームをなめとりつつ、鼎 飛鳥(CL2000093)のため息に憤る。
「これ、妖化……はさすがにしねぇか」
落ちたのは4号ケーキだ。
「アリさんがこないうちに片づけてしまうのよ」
菊坂 結鹿(CL2000432)は窓から家、もとい古妖の店の中を覗き込んだ。
「こんにちは、大丈夫ですよ~。わたしたち、ファイヴの者です」
積み上げられたクリスマスケーキの箱らしきものは確認できるのだが、肝心の古妖たちの姿はどこにも見当たらない。
向日葵 御菓子(CL2000429) も結鹿の横に並び立って、店を覗き込んだ。
「新聞紙で作ったケーキの箱……あまり丈夫そうに見えないけど、中身は入っているのかな?」
「入ってへんのとちゃうか。眩ちゃんの話では、ケーキは居間や」
「とりあえず家、じゃない、店の中へはいらせてもらいまショウ」
話はそれから、と光邑 研吾(CL2000032)と光邑 リサ(CL2000053)は連れ立って庭へまわった。
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ケーキを投げたのは柿男だった。
以前、とある依頼で知りあっている一悟と飛鳥の顔を見てびっくりしたのだという。
オレたちに怒られるような悪いことでもしていたのか、と一悟がすごむと柿男はぶるぶると首を振った。
両脇に横に座る小豆娘たちも同じように首をふる。
「それにしても、だ。売りもののケーキを客に投げてどーすんだよ! ま、オレたちは客じゃねえけどさ」
「その辺でええやろ。はよ、仕事に取りかからんと時間がないで」
研吾は立ちあがると、一悟を連れて庭へ出て行った。二人は店の外装を担当することになっている。正面と横にかきわりを作り、とりあえず店らしく見せようという作戦だ。
研吾のきびきびとした指示で、一悟が木材を庭に運び込む。
「あすかは二階でチラシを作るのよ。柿男さん、近くにコンビニはありますか? 手描きは大変だからコピーを取るのよ」
「こんびに? ああ、朝から夜までずっと開いているなんでも屋さん。あるよ~」
飛鳥はコンビニの場所を聞くと、お絵かき道具を持って二階へ上がっていった。
「じゃあ、柿男さんはワタシと一緒に市役所へ行きマショウ。一応、この店の営業届けを出しておかないとネ」
リサは予めファイヴで整えておいた書類一式を手に立ちあがった。この街の市役所へは予め連絡を入れてあるので、手続きはすぐに済むだろう。食品管理、調理師免許云々は、ファイヴが監督、保証人になって特別に免除してもらっている。
「といっても、きちんとしないとね。小豆ちゃんたち、キッチンを見せてくれる?」
結鹿は持参したエプロンを広げた。実家はカフェを併設した洋菓子店を営んでおり、結鹿もよく手伝いをしている。スイーツ作りの腕はプロ級だ。
「お客さんに来てもらうにはまず、店が清潔で明るいこと。それに、長く続けたいならスイーツのバリエーションが必要ね。店の飾りつけをしたあと、ドームケーキやフォンダンショコラ、チーズケーキの作り方を教えてあげる」
小豆娘たちは、わーい、と喜びの声をあげた。
眩に食品の持ち込みは禁止されたが、古妖たちがケーキの材料を買い出しに行くのはOKだろう。
「それなら、わたしが警察の帰りに駅前のデパートに寄って行こうか?」
御菓子は楽器演奏による店の宣伝を企画していた。一応、所轄の警察へ届け出を出しておこうというのだ。
「チーズケーキに使うチーズや、そのほかの材料を紙に書きだしてちょうだい……っと、柿男さん、いくらなら出せます?」
言われて柿男は腹をまさぐった。腹巻の中から一万円札が2枚出て来た。ケーキの試作品作りの軍資金としては十分だ。
「そうだ、お姉ちゃん。おつりで小銭が必要になるから、なるべく崩してきて」
結鹿がお買い物メモを御菓子に手渡す。
「それじゃあ、行きまショウ。お昼には戻ってきてワタシたちもお店のお手伝いするわネ」
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トンテンカン、トンテンカン。釘を打つ金鎚の音に、何事かと興味を引かれて近所のひとがちらほらと店の前を通るようになった。
庭を覗き込む顔があるたびに、研吾は愛想よく声を掛ける。
「そうですねん、急な話ですけど今日から営業ですわ。どうぞご贔屓に」
買い物袋を下げて戻ってきた御菓子も、手にギター、背中にバスドラム、スネアドラムにシンバル。口には、笛、ハーモニカ、カズー。さらに、足にタンバリン、鈴と全身を楽器で包み、ワンマンバンドで盛り上げる。
これには子供たちも大喜びで、家に戻って母親の手を引いて戻ってきてくれた。その母親たちが、ついで、とケーキを買って帰ってくれる。帰っていった親子がまたご近所に声を掛けてくれるので、いい宣伝になった。
「御菓子先生、チラシができたのよ! これもお願いしますのよ」
飛鳥はカラーコピーされたチラシの束を御菓子に手渡した。
「まあ、素敵。お上手ですね」
チラシのデザインを褒められて、飛鳥は照れた。
「頑張ったのよ。クリスマスケーキと小豆ちゃんたち、可愛くかけているでしょ?」
チラシには結鹿とリサが飾り付けた窓――販売窓口の雪だるまとクリスマスツリー、見にサンタも書き添えられている。
クリスマスケーキの値段は、御菓子とリサが市内の洋菓子店をいくつか回って出した平均値よりも、若干低く設定した。売れ残れば妖化するのだし、是非とも売り切ってしまいたい。オープンセールも兼ねての値引きだ。
飛鳥のチラシにも大きくクリスマスSAILの文字が踊る。
「それでは張りきって配るのよ!」
大きく声をあげ、賑やかに楽器を演奏しつつ、飛鳥と御菓子はさらなる店の宣伝の為、市街地へ向かった。
「うん、なかなかサマになってんじゃん」
「当たり前や。誰が作った思うてるんや」
客足が一時的に途絶えたところで、研吾と一悟は書き割りを立てた。木目を生かしたログハウス風の外見に、「ケーキ屋 あずき」と書かれた木の看板が掛けられる。
庭の入口には洒落た門がつくられ、さらにはテーブルと椅子が設えられた。
「木の手入れをして庭もそれらしく作らなあかんな」
あれこれ手を入れなくてはならないのは確かだが、たった二日ではやれることに限界がある。
「看板を照らす照明とかもいるね」
一悟は暮れ初めた空を見上げる。みるみるうちに陽が陰り、夜の闇が広がっていった。
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一日目の売り上げは「まあまあ」だった。
実質、本格的に店が稼働しだしたのが昼過ぎだ。老夫婦だけ、あるいは若い夫婦に幼児一人といった核家族が多いためだろうか、出るのはショートケーキと4号ケーキが中心で、6号と20号が売れ残っていた。20号ケーキは結鹿が店の宣伝用に一つ、リサが市役所で3つ売っているがそれだけだ。
ちなみに結鹿が購入した20号は抹茶がふりかけられ、マジパンのトナカイとソリ、クリスマスプレゼントとサンタが置かれて、店の窓際を飾っている。
覚者たちは古妖と一緒に、居間で長机を囲んでいた。机には『お誕生日おめでとう』と書かれたチョコプレートのケーキが二つ置かれている。
ケーキの前に一悟と御菓子が座っていた。
「わたし、明日は女子大へ行ってみます。冬休みで帰省している人が多いでしょうけど」
「オレは近所の神社に行ってみるぜ。縁結びの神様らしいし、もしかしたらカップルとかいるかも。いなくても境内にビラを置かせてもらうつもりだ」
二月のバレンタインの宣伝も兼ねて、という。
「そやな。俺も明日は売り子やるで。大丈夫、おやつにショート1つ食べさせてもらったけど、美味かった。味はバッチリやで」
研吾が太鼓判を押す。
「ありがとう、ありがとう」
「褒められてうれしい」
リサと結鹿、それに小豆娘たちが食べ物と飲み物を持って居間に入って来た。ケーキだけでは、とリサが店にある食材を使ってチーズ入りのオムレツを作っている。なぜか、フライドチキンも皿に盛られていた。
御菓子曰く、いつの間にか買い出しのケーキ材料の中に混じっていたらしい。
「サアサア、始めましょうか。飛鳥ちゃん、明かりを消してくれる?」
「ちょい待ち。先にロウソクに火をつけるわ」
研吾がパーティーの主役である二人の前に置かれたクリスマスケーキ改め誕生日ケーキのロウソクに火をつけた。
飛鳥が壁のスイッチを切って照明が落ちる。ケーキを中心に、ロウソクの暖かな光が丸く広がった。
「子供じゃねぇんだけどなぁ……」
「ふふ。でも、まあ、せっかくだし――せー、のー!」
ふー、と二人同時に息を吹きだしてロウソクの火を消した。
「「ふたりともお誕生日おめでとう!!」」
部屋に明かりがつくと同時に、パチパチと拍手が鳴らされる。
「柿男さん、一子、二子ちゃん、開店おめでとうございます」
結鹿の祝辞に古妖たちが揃って頭を下げる。
「メリークリスマス、なのよ。いっぱい食べて明日もケーキを売りまくるのよ!」
おー、と声が上がり、続いて笑い声が弾けた。
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朝、辺り一面がうっすらと雪に覆われていた。どうやら夜の間に雪が降ったらしい。とはいうものの、旭を浴びてアスファルトの上の雪は早くも解けだしている。
白い息を吐きながら、飛鳥と御菓子、一悟の三人がチラシの束を抱えて店を出て行った。
結鹿は小豆娘たちとショートケーキの作成に忙しい。苺の他にも、昨日覚えたてのチーズケーキとチョコケーキのバリエーションも加えることにしたのだ。
柿男と研吾は店の前の清掃を、リサはケーキの箱詰めに精を出すこと1時間。最初の客がやって来た。
「いらっしゃいませ!」
それから閉店まで、客足は途絶えることがなかった。昨日、来店した客の口コミもあるが、手にチラシを持つお客がほとんどだ。三人とも、かなり広い範囲を回ったらしい。
「さて、本日の売り上げ発表するで」
結果は――。
大成功だった。
用意されていたクリスマスケーキは完売、もちろん妖化したケーキは一つもない。
それだけではなく、結鹿が作った宣伝用のケーキや新たに焼かれたケーキまでがすべて売り切れたのだ。
「「ありがとう、ありがとう。ほんとうにありがとう!」」
小豆娘たちの目に涙が光る。
「ありがとうなんだな。ふぁいぶに助けられたのはこれで二回目なんだな」
「感謝するのはいいけれど、油断するのはまだ早いのよ」
そう、店は開店したばかりなのだ。
潰れずながく地域で愛される店になるか、はこれからの働きにかかっている。それに、この二日間、ケーキをすべて売り切ったといっても借金を全額返済するほどではない。
「そうだ、柿男。お前さ、どこで噺家と知り合ったんだ?」
「ん~、偶然なんだな」
ケーキ屋さんをやりたい、というのはいいが、さてどうすれば……小豆娘たちを連れて途方に暮れていると、とある古寺の庭から落語を聞かせる声が聞こえて来たのだという。
「真夜中に猫たちを集めて話を聞かせていたんだな。人にしてはわしらを見て驚かないし、ああ、お仲間なんだな~と」
話しが終わるのを待って相談を持ちかけ、さらには図々しく借金まで頼み込んだらしい。
「そっか。それにしても噺家のやつ、金持ってんだな」
「お金を持っているのはたぶん国枝さんなのよ。噺家さんじゃなくて。と、あすかたちはそろそろ帰るのよ」
柿男と小豆娘たちが見送りに店の外まで出て来た。
日はとっくに落ちて、空には星が閃いている。寒い、と震えた刹那に、白い雪がゆっくりと落ちて来た。
「また来てね」
「また手伝ってね」
「まってるよ~」
冗談めかして笑ってはが目が、一子もニ子も、柿男も目が真剣である。
「お手伝いじゃなく客として、今度は遊びに来るわね」
覚者たちは笑顔で手を振ると、古妖の店を後にした。
