雪解け湯煙、湯涌温泉一泊旅行
●北陸の雪、温泉の湯煙
折良く節目よく、年の暮れにも多事多忙なファイヴの覚者たち。
大妖と戦ったりイレブンと交渉したり七星剣ラッシュを殴り返したり。
そんな彼らが普段触れない、二次団体というものがある。
「いやあ、この前に七星剣の幹部を撃退したじゃないっすか。なんかその後もまた迎撃に出たみたいっすわあ」
「ええっ、ホントに? あの人たち命いくつあるの。バケモンだなあ」
ニ○テンドースイッチ持ってイカのゲームしているこの二人こそ、その二次団体のひとつ『ファイヴ二次団体湯涌温泉係』である。
三年ほど前に新築された大正様式の温泉旅館。元々温泉街として有名な土地に生まれたこの宿は、ある組織の専用保養施設だったところをファイヴが丸ごと買い上げ現在では一般にも開放されている。その売り上げはファイヴ基金として被災復興やなんかにあてられていた。
「だもんで、俺らもそろそろ踏ん張り時かなあと思うんすわあ」
「だなあ、ちょっとスケジュール合わせて無料券でも――あー、ウェポン!」
●温泉旅行8名様ご招待
「そういうわけで、温泉旅館の無料チケットをくばりまーす。八枚(八人分)あるから、早いもの勝ちですよん☆」
ユアワ・ナビ子(nCL2000122)はそう語って、扇状に広げたチケットを振った。
折良く節目よく、年の暮れにも多事多忙なファイヴの覚者たち。
大妖と戦ったりイレブンと交渉したり七星剣ラッシュを殴り返したり。
そんな彼らが普段触れない、二次団体というものがある。
「いやあ、この前に七星剣の幹部を撃退したじゃないっすか。なんかその後もまた迎撃に出たみたいっすわあ」
「ええっ、ホントに? あの人たち命いくつあるの。バケモンだなあ」
ニ○テンドースイッチ持ってイカのゲームしているこの二人こそ、その二次団体のひとつ『ファイヴ二次団体湯涌温泉係』である。
三年ほど前に新築された大正様式の温泉旅館。元々温泉街として有名な土地に生まれたこの宿は、ある組織の専用保養施設だったところをファイヴが丸ごと買い上げ現在では一般にも開放されている。その売り上げはファイヴ基金として被災復興やなんかにあてられていた。
「だもんで、俺らもそろそろ踏ん張り時かなあと思うんすわあ」
「だなあ、ちょっとスケジュール合わせて無料券でも――あー、ウェポン!」
●温泉旅行8名様ご招待
「そういうわけで、温泉旅館の無料チケットをくばりまーす。八枚(八人分)あるから、早いもの勝ちですよん☆」
ユアワ・ナビ子(nCL2000122)はそう語って、扇状に広げたチケットを振った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.温泉旅行一泊二日
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
温泉旅館の無料チケットが八枚あります。
八人の団体客として行ってもいいですし、ペア四組や一人旅八組でも構いません。
『イベントシナリオの大増量版』くらいの認識でお気軽にご参加ください。
ご希望の際は日程を別の参加者とずらすこともできますので、その際はプレイングにその旨をご記載くださいませ。(相談掲示板でも一言声をかけておくとすれ違いを防げてよいですね)
●旅館の内容
金沢市の湯涌温泉街にある、人工温泉による温泉旅館です。
大正時代のロマンあふれる建築様式をそのまま採用して新築されており、よくある温泉旅館そのまんまの作りになっています。
六覚隊が作戦後の宴会に使うためだけに作られたお遊び施設なので全く営業していませんが、今回だけ人を雇って営業することになりました。
・チェックイン(お昼過ぎ)
部屋は湯涌の庭園や温泉街を望む穏やかな雰囲気の畳み部屋です。
お夕食中に布団をしきにまり居ますので、夜は敷き布団でお休み頂けます。
・お風呂(夕方、日が暮れる前)
男女別の大浴場と露天風呂がございます。
露天風呂は緑豊かな自然に囲まれた落ち着いた雰囲気となっております。
ご希望の方には混浴の貸し切り温泉をご用意できますので、大切な時間をゆっくりとお過ごし頂けます。
・お夕食(夕方)
宴会場をご用意しておりますので、本格的な旅館板前の料理をお楽しみください。
(この宿には板前がいなかったので、別の旅館から今日だけつれてきました)
メニューはズワイガニの焼き物に大和芋の蒸しウニのせ、白子焼き、鯛のかぶと煮、ズワイガニの刺身に甘エビに茹でズワイガニとなっております。カニだらけです。
・ご朝食(翌朝)
宴会場にてバイキング形式となっております。
スクランブルエッグやフライドポテトなどオーソドックスなものから、煮物や焼き物といったものまで幅広くご用意しております。
主食にはパンやご飯は勿論おそばやうどんもございますので、お好きなものをお選びください。
朝食後はチェックアウトとなっております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
6/8
公開日
2017年12月25日
2017年12月25日
■メイン参加者 6人■

●コーヒーにお砂糖を入れるみたいに
スポーツ用のドラムバッグを抱え、タクシーから降りる『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)。
同じく車を降りた『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は、目の前に広がるどこか幻想的な光景にほうと息をついた。
大正浪漫の旅館に降り積もる雪。
膝がうまるほどの雪を、車道から旅館までの道のりだけ綺麗にかきわけられている。
京都ではまず見られないような風景が、そこにはあった。
並ぶ庭木には柱とロープが結びつけられ、なんだか和風のクリスマスオーナメントのようになっていた。
「あれは『雪つり』っていうんだよ。雪の多い地方だと枝が雪の重さで折れてしまうから、縄で保護しているんだね」
「昔からの工夫、なのですね」
「こうして見ると、戦いの舞台になったとは思えないよねえ」
煙草を手に取るような仕草をしてから、はたと何かに気づいて手を下ろす恭司。
燐花はこの場で――いや金沢と京都で起きたあれやこれやを思い出してから『そうですね』とだけ応えた。
あの頃自分は、どんな風にこの人を見ていたのだっけ。
外見は大正様式でも実際は最新の建物だ。快適に空調の効いたフロアの端には、古びた(ように見せかけた)運動室があった。
一台限りの卓球台。数本のラケットとピンポン球。
シェークハンドタイプのラケットを握り、西部劇の拳銃よろしくくるりと回してみせる恭司。珍しそうに眺める燐花に肩をすくめた。
「卓球、初めてかな?」
「見たことなら……」
ラケットを手にとって裏返したりグリップを握り込んだりしている燐花を見て、恭司は左右非対称に笑った。
「やってみようか。握り方はわかる?」
「いえ……蘇我島さんと同じものを使えばいいのでしょうか……。片面にだけ膜がついているのと、両面のと……」
「シェークハンドとペンホルダーっていうんだ。どちらも握り方の名前でね。燐ちゃんはシェークハンドが得意そうかな。手をこうして」
ラケットを握る手を、上から覆うように包む恭司。
燐花はちらりとだけ恭司の顔を見たが、それだけにした。
「卓球、難しいです……」
浴衣を着込んだ燐花が俯き気味に言う。
あまり表情を変えない、言葉で主張をしない彼女の気持ちを理解するのは難しい。
いつそれができるようになったのか、恭司はよく覚えていない。
家で飼うネコの気持ちが分かったときと同じ感覚なのだろうか。ぴこんとうごいた燐花の獣耳を見て、恭司は苦笑した。
「またやろうか。今度……五麟市に卓球場を見つけてさ」
「はい」
慣れない卓球の仕様に戸惑ってあたふたしたのが恥ずかしかったのか、それとも経験者の恭司にまるで勝てないのが悔しかったのか。いや、この場合は両方か。
でもって、それを指摘されるのも恥ずかしい……と。
恭司は苦笑をもうすこし深くして、煙草を手に取る仕草だけをした。
部屋は古式ゆかしき襖式。がらりと開いて入った部屋には布団が二つ。
旅館の担当者が恭司と燐花をどのような二人組に見たのかはわからないが、少なくとも布団はぴったりとくっついていた。
家族の距離。
親子の距離。
もしくは……。
「眠るままで、お話をしましょうね」
明かりを消しても顔が見える距離。
雪明かりに照らされる二人。
「いいよ。何を話そうか。えっとね……」
恭司が何か話そうとしている。燐花は今日は彼の寝顔が見えるまで起きていようと考えて、重いまぶたをこすった。
●雪ならいつか溶けるのに
引金バネがとれたみたいだ。
トリガーを引けば飛び出す銃弾のように、『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)はいつもオートマチックだった。
笑って、はしゃいで、たまに暴れて。
それが不思議だ。
流れるのは涙ばかりで、楽しいことが何一つ。
何一つ。
「ア、アァァ……」
男らしさと大人らしさ。
『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)はどちらも知っていたつもりだったし、自分にそれが少なからずあると思っていた。
「はあ……」
暖かい缶コーヒーに口をつけて、両慈は窓の外に積もった雪を見つめていた。
ここは湯涌いろは旅館。保養のためにやってきた場所。
沢山あまったから配れとばかりに押しつけられた四枚のチケットを知人にぽいぽいと配って、四人連れでやってきてここにいるのだが。
「両慈お兄ちゃん! 温泉はいってきたの! ゆでたてなの!」
浴衣をいい加減に着込んだ『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)がたかたかと走ってくる。
にっこりと笑う彼女の笑顔に無理があることに、両慈は一瞬で気がついた。
だが気がついただけだ。
戦いの作法も術式の知恵も、あふれる神秘の学術も持ち合わせた彼なれど。
少女が無理に笑顔を作ったときに何をすればいいか、まるでわかりはしなかった。
『彼女』なら、きっと上手にやれただろうに。
「両慈お兄ちゃん?」
鈴鹿の顔に、自分を気遣う色が見えた。
首を振って、コーヒーを飲み干す。
「鈴鹿、今日は俺と一緒に遊ぼうか」
上手なやり方は知らない。
けれど、少女に気遣われて放っておけるほど、軟弱な男じゃない。
人間という機械は欠陥だらけだ。
『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019)は時としてそんなことを考える。
味方が一人死ぬたびに、往々にして何も出来ない者が生まれてしまう。
どうしようもないことに、どうしようもできないことが、無限に悲しくなってしまうのだ。
両慈に旅館のチケットを渡されて『誰かと行ってこい』と言われたとき、彼が最初に思い描いたのはリーネだった。むしろ両慈こそが先に誘っていそうなものだと思って『彼女は誘ったのか』と尋ねたとき、彼はとても奇妙な顔をした。
彼も彼で、無限の悲しみを処理できずにいるのかもしれない。
『彼女を頼めるか』と、自販機の前で彼が言った時、それをもう一度思い出した。
「言われるまでも無い」
赤貴はトレーにサンドイッチと紅茶を乗せて、リーネの部屋の前に立ち止まった。
折角だから、昔話をしよう。
ある女がいた。
輪廻という、ひどくいかがわしい女だった。
ひとをからかうのが趣味で、えらく奔放で、魂になんの糸もかかっていない、綿毛のように軽々としたひとだった。
死ぬまで自由な人だった。
彼女が皆の重みを無くしていたなんて、死ぬまで気づかせてくれなかった。
襖を開いて見えたものは、ほんの三つだけだった。
雪明かりと。
座り込むリーネと。
彼女の頬に流れた涙だ。
なれば、退く道はなし。
「リーネ、入るぞ」
赤貴は部屋に一歩入ってから後ろ手に戸を閉めた。
「赤貴君……」
「朝からなにも食べてないだろう。何か食べておけ」
「いらないデス」
ちらりとサンドイッチを見下ろす赤貴。
「他に欲しいものはあるか」
「何も欲しくアリマセン。欲しい、ノハ」
両手で顔を覆って、くぐもったうめき声。
『あの人の笑顔』とだけ聞こえて、赤貴は目をそらした。
用意できない。あの人はもういない。死んだんだ。
どの言葉も相応しくない。
赤貴は畳の上に座りこみ、トレーを横に置いた。
『この人は沢山傷ついた。これ以上傷付けちゃだめだ』……とは、誰の言葉だったろうか。
たしか、こういうときはこう言うのだ。
「聞かせてくれ。彼女のことを」
リーネの声が少しだけ止まった。
繋ぐ手を求めるように少しだけ宙をさまよい、そして落ちる。
「あの人は……いつもお気楽で、仕事を気分でしちゃういい加減な人でした。よく両慈を困らせて、えっちな格好で、みんなをからかって。いつも笑っていて、それを見ていると……ほっとして……」
あははと空回る車輪のように笑いながら、ぽろぽろと涙を落とした。
もう一度さまよう手。
赤貴がサンドイッチを手渡そうと差し出して、その手首をぎゅっと掴まれた。
「赤貴君。私、あの人を守れませんデシタ!」
「……ああ」
他に、どんな言葉が言えただろうか。
スキップする鈴鹿。
雪かきによってまっすぐ整えられた石畳の道は、オレンジ色の明かりでぼんやりと光っている。
「両慈お兄ちゃん! 楽しいね!」
両手を広げて笑う鈴鹿。
両慈は彼女に見えた影を、見過ごすべきか悩んだ。
たった一瞬だけ悩んだ。
けれど答えは最初から決めていた。決まっていた。
歩み寄り、膝を突いてかがんで、彼女を抱きしめる。
「鈴鹿、無理をして笑わなくていいんだ。ごめんな」
「……大丈夫なの。いつもの私なの。だって、姉様が見てるもの」
「いいんだ」
「だって」
上を向く鈴鹿。
「姉様。なんで」
言葉になったのはそこまでだ。
そこからは、酷く泣きじゃくった。
嘘つき。馬鹿。約束したのに。そんな泣き声が、雪に吸われてゆく。
「両慈お兄ちゃん。私、いいこだったかな」
「ああ、多分な」
言葉にせずとも、両慈には理解できた。
とてもいびつではあったが、彼女は鈴鹿にとっての母だったのだ。
いびつではあっても、孤独であってはならなかったのだ。
勿論、これからも。
「大丈夫だ。俺やリーネたちがいる。寂しい想いをさせないから……」
させないから。
の、その後は、両慈にもよくわからなかった。
暗い和室の真ん中で、リーネは目元をぬぐった。
「アハハ……お姉さん失格デスネ」
手首を強く掴まれたまま、赤貴は黙っている。
「デモ、このままでいいデス」
リーネはすっかりさめた紅茶を飲み干すと、すとんとトレーに置いた。
「赤貴君、ありがとう」
手を引いて、おもわず前屈みになった赤貴の頬に唇を押し当てた。
ハッとして赤貴から手を離し、空中に謎の文字を描いた後、リーネはそばにあった布団に頭から滑り込んでいった。
「…………」
頬に手を当てる赤貴。
熱い彼女の感触が、まだ少しだけ残っていた。
「両慈お兄ちゃんは幼女を泣かせる悪い人なの! 後で彼女さんにチクってやるの!」
両手を広げてスキップをする鈴鹿。
その後ろを、ポケットに手を入れて歩く両慈。
鈴鹿がくるりと身体ごとふりかえった。
「お兄ちゃん、一緒にお風呂はいろうなの!」
「ああ」
じゃあおんぶしてと言って背中に飛び乗ってくる鈴鹿を、両慈は振り返った。
彼女が鈴鹿の家族になれたように。
自分も。
「ん。姉様の技、教えてなの」
「ああ、なんでも教えてやる。一通りはわかるつもりだ」
彼女をまねて、笑いかけてみる。頬を釣り上げるようにして、目尻をこう……。
「両慈お兄ちゃん」
「なんだ」
「笑顔が下手なの」
両慈は苦笑して、やがて声をあげて笑った。
スポーツ用のドラムバッグを抱え、タクシーから降りる『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)。
同じく車を降りた『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は、目の前に広がるどこか幻想的な光景にほうと息をついた。
大正浪漫の旅館に降り積もる雪。
膝がうまるほどの雪を、車道から旅館までの道のりだけ綺麗にかきわけられている。
京都ではまず見られないような風景が、そこにはあった。
並ぶ庭木には柱とロープが結びつけられ、なんだか和風のクリスマスオーナメントのようになっていた。
「あれは『雪つり』っていうんだよ。雪の多い地方だと枝が雪の重さで折れてしまうから、縄で保護しているんだね」
「昔からの工夫、なのですね」
「こうして見ると、戦いの舞台になったとは思えないよねえ」
煙草を手に取るような仕草をしてから、はたと何かに気づいて手を下ろす恭司。
燐花はこの場で――いや金沢と京都で起きたあれやこれやを思い出してから『そうですね』とだけ応えた。
あの頃自分は、どんな風にこの人を見ていたのだっけ。
外見は大正様式でも実際は最新の建物だ。快適に空調の効いたフロアの端には、古びた(ように見せかけた)運動室があった。
一台限りの卓球台。数本のラケットとピンポン球。
シェークハンドタイプのラケットを握り、西部劇の拳銃よろしくくるりと回してみせる恭司。珍しそうに眺める燐花に肩をすくめた。
「卓球、初めてかな?」
「見たことなら……」
ラケットを手にとって裏返したりグリップを握り込んだりしている燐花を見て、恭司は左右非対称に笑った。
「やってみようか。握り方はわかる?」
「いえ……蘇我島さんと同じものを使えばいいのでしょうか……。片面にだけ膜がついているのと、両面のと……」
「シェークハンドとペンホルダーっていうんだ。どちらも握り方の名前でね。燐ちゃんはシェークハンドが得意そうかな。手をこうして」
ラケットを握る手を、上から覆うように包む恭司。
燐花はちらりとだけ恭司の顔を見たが、それだけにした。
「卓球、難しいです……」
浴衣を着込んだ燐花が俯き気味に言う。
あまり表情を変えない、言葉で主張をしない彼女の気持ちを理解するのは難しい。
いつそれができるようになったのか、恭司はよく覚えていない。
家で飼うネコの気持ちが分かったときと同じ感覚なのだろうか。ぴこんとうごいた燐花の獣耳を見て、恭司は苦笑した。
「またやろうか。今度……五麟市に卓球場を見つけてさ」
「はい」
慣れない卓球の仕様に戸惑ってあたふたしたのが恥ずかしかったのか、それとも経験者の恭司にまるで勝てないのが悔しかったのか。いや、この場合は両方か。
でもって、それを指摘されるのも恥ずかしい……と。
恭司は苦笑をもうすこし深くして、煙草を手に取る仕草だけをした。
部屋は古式ゆかしき襖式。がらりと開いて入った部屋には布団が二つ。
旅館の担当者が恭司と燐花をどのような二人組に見たのかはわからないが、少なくとも布団はぴったりとくっついていた。
家族の距離。
親子の距離。
もしくは……。
「眠るままで、お話をしましょうね」
明かりを消しても顔が見える距離。
雪明かりに照らされる二人。
「いいよ。何を話そうか。えっとね……」
恭司が何か話そうとしている。燐花は今日は彼の寝顔が見えるまで起きていようと考えて、重いまぶたをこすった。
●雪ならいつか溶けるのに
引金バネがとれたみたいだ。
トリガーを引けば飛び出す銃弾のように、『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)はいつもオートマチックだった。
笑って、はしゃいで、たまに暴れて。
それが不思議だ。
流れるのは涙ばかりで、楽しいことが何一つ。
何一つ。
「ア、アァァ……」
男らしさと大人らしさ。
『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)はどちらも知っていたつもりだったし、自分にそれが少なからずあると思っていた。
「はあ……」
暖かい缶コーヒーに口をつけて、両慈は窓の外に積もった雪を見つめていた。
ここは湯涌いろは旅館。保養のためにやってきた場所。
沢山あまったから配れとばかりに押しつけられた四枚のチケットを知人にぽいぽいと配って、四人連れでやってきてここにいるのだが。
「両慈お兄ちゃん! 温泉はいってきたの! ゆでたてなの!」
浴衣をいい加減に着込んだ『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)がたかたかと走ってくる。
にっこりと笑う彼女の笑顔に無理があることに、両慈は一瞬で気がついた。
だが気がついただけだ。
戦いの作法も術式の知恵も、あふれる神秘の学術も持ち合わせた彼なれど。
少女が無理に笑顔を作ったときに何をすればいいか、まるでわかりはしなかった。
『彼女』なら、きっと上手にやれただろうに。
「両慈お兄ちゃん?」
鈴鹿の顔に、自分を気遣う色が見えた。
首を振って、コーヒーを飲み干す。
「鈴鹿、今日は俺と一緒に遊ぼうか」
上手なやり方は知らない。
けれど、少女に気遣われて放っておけるほど、軟弱な男じゃない。
人間という機械は欠陥だらけだ。
『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019)は時としてそんなことを考える。
味方が一人死ぬたびに、往々にして何も出来ない者が生まれてしまう。
どうしようもないことに、どうしようもできないことが、無限に悲しくなってしまうのだ。
両慈に旅館のチケットを渡されて『誰かと行ってこい』と言われたとき、彼が最初に思い描いたのはリーネだった。むしろ両慈こそが先に誘っていそうなものだと思って『彼女は誘ったのか』と尋ねたとき、彼はとても奇妙な顔をした。
彼も彼で、無限の悲しみを処理できずにいるのかもしれない。
『彼女を頼めるか』と、自販機の前で彼が言った時、それをもう一度思い出した。
「言われるまでも無い」
赤貴はトレーにサンドイッチと紅茶を乗せて、リーネの部屋の前に立ち止まった。
折角だから、昔話をしよう。
ある女がいた。
輪廻という、ひどくいかがわしい女だった。
ひとをからかうのが趣味で、えらく奔放で、魂になんの糸もかかっていない、綿毛のように軽々としたひとだった。
死ぬまで自由な人だった。
彼女が皆の重みを無くしていたなんて、死ぬまで気づかせてくれなかった。
襖を開いて見えたものは、ほんの三つだけだった。
雪明かりと。
座り込むリーネと。
彼女の頬に流れた涙だ。
なれば、退く道はなし。
「リーネ、入るぞ」
赤貴は部屋に一歩入ってから後ろ手に戸を閉めた。
「赤貴君……」
「朝からなにも食べてないだろう。何か食べておけ」
「いらないデス」
ちらりとサンドイッチを見下ろす赤貴。
「他に欲しいものはあるか」
「何も欲しくアリマセン。欲しい、ノハ」
両手で顔を覆って、くぐもったうめき声。
『あの人の笑顔』とだけ聞こえて、赤貴は目をそらした。
用意できない。あの人はもういない。死んだんだ。
どの言葉も相応しくない。
赤貴は畳の上に座りこみ、トレーを横に置いた。
『この人は沢山傷ついた。これ以上傷付けちゃだめだ』……とは、誰の言葉だったろうか。
たしか、こういうときはこう言うのだ。
「聞かせてくれ。彼女のことを」
リーネの声が少しだけ止まった。
繋ぐ手を求めるように少しだけ宙をさまよい、そして落ちる。
「あの人は……いつもお気楽で、仕事を気分でしちゃういい加減な人でした。よく両慈を困らせて、えっちな格好で、みんなをからかって。いつも笑っていて、それを見ていると……ほっとして……」
あははと空回る車輪のように笑いながら、ぽろぽろと涙を落とした。
もう一度さまよう手。
赤貴がサンドイッチを手渡そうと差し出して、その手首をぎゅっと掴まれた。
「赤貴君。私、あの人を守れませんデシタ!」
「……ああ」
他に、どんな言葉が言えただろうか。
スキップする鈴鹿。
雪かきによってまっすぐ整えられた石畳の道は、オレンジ色の明かりでぼんやりと光っている。
「両慈お兄ちゃん! 楽しいね!」
両手を広げて笑う鈴鹿。
両慈は彼女に見えた影を、見過ごすべきか悩んだ。
たった一瞬だけ悩んだ。
けれど答えは最初から決めていた。決まっていた。
歩み寄り、膝を突いてかがんで、彼女を抱きしめる。
「鈴鹿、無理をして笑わなくていいんだ。ごめんな」
「……大丈夫なの。いつもの私なの。だって、姉様が見てるもの」
「いいんだ」
「だって」
上を向く鈴鹿。
「姉様。なんで」
言葉になったのはそこまでだ。
そこからは、酷く泣きじゃくった。
嘘つき。馬鹿。約束したのに。そんな泣き声が、雪に吸われてゆく。
「両慈お兄ちゃん。私、いいこだったかな」
「ああ、多分な」
言葉にせずとも、両慈には理解できた。
とてもいびつではあったが、彼女は鈴鹿にとっての母だったのだ。
いびつではあっても、孤独であってはならなかったのだ。
勿論、これからも。
「大丈夫だ。俺やリーネたちがいる。寂しい想いをさせないから……」
させないから。
の、その後は、両慈にもよくわからなかった。
暗い和室の真ん中で、リーネは目元をぬぐった。
「アハハ……お姉さん失格デスネ」
手首を強く掴まれたまま、赤貴は黙っている。
「デモ、このままでいいデス」
リーネはすっかりさめた紅茶を飲み干すと、すとんとトレーに置いた。
「赤貴君、ありがとう」
手を引いて、おもわず前屈みになった赤貴の頬に唇を押し当てた。
ハッとして赤貴から手を離し、空中に謎の文字を描いた後、リーネはそばにあった布団に頭から滑り込んでいった。
「…………」
頬に手を当てる赤貴。
熱い彼女の感触が、まだ少しだけ残っていた。
「両慈お兄ちゃんは幼女を泣かせる悪い人なの! 後で彼女さんにチクってやるの!」
両手を広げてスキップをする鈴鹿。
その後ろを、ポケットに手を入れて歩く両慈。
鈴鹿がくるりと身体ごとふりかえった。
「お兄ちゃん、一緒にお風呂はいろうなの!」
「ああ」
じゃあおんぶしてと言って背中に飛び乗ってくる鈴鹿を、両慈は振り返った。
彼女が鈴鹿の家族になれたように。
自分も。
「ん。姉様の技、教えてなの」
「ああ、なんでも教えてやる。一通りはわかるつもりだ」
彼女をまねて、笑いかけてみる。頬を釣り上げるようにして、目尻をこう……。
「両慈お兄ちゃん」
「なんだ」
「笑顔が下手なの」
両慈は苦笑して、やがて声をあげて笑った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
