先ずは、誇りを知るために
●
誰だって、一度は逃げることを考える。
リスクが目の前にあるなら当たり前だ。リターンを得られないのなら、なお当たり前だ。
……それでも。
もし君が、何の痛みも顧みず、唯己の譲れぬもの等という理解しがたいもののために戦えるというなら。
どうか、教えて欲しい。
逃避し、隠れ潜み続けてきた、この私に。
●
「要は、諜報を専門とした覚者だった、って事だ」
ブリーフィングルームに集まった覚者達へと、久方 相馬(nCL2000004)が小さく呟く。
歎息と苦笑が入り交じる、そんな複雑な表情だ。此度の依頼主である対象の『依頼内容』を聞いた覚者達は、その説明に対して首を傾げる。
「で、俺達はどうすれば良いんだ?」
「簡潔に言うならば、依頼内容はある古妖の討伐だ。
この相手、ちょっと特殊な能力を持っていてな。視認した対象に、ソイツが一番恐れている相手の幻覚を見せるんだってよ」
――成る程、と覚者達は頷いた。
正に冒頭で依頼主の覚者が言っていた条件に合致する敵だ、と思い……否、或いは逆かと思考する。
対する相馬の側は苦笑しきりだ。然り、とでも言うように、覚者達の視線に言葉を返す。
「想像の通り、その覚者は今回の討伐対象の情報を得るため、F.i.V.E(おれたち)が送った身内だ。
元々戦闘する気はなかったために、能力に引っかかっても直ぐさま逃げて事なきを得たんだが……」
其処で、彼は自身の過去を振り返る機会を得た。
正義のために『覚者』を選んだ。直接戦いは出来なくとも、誰かのために役立つ自らの役目に誇りを持っていた。
――けれど、本当にそれだけか?
子供じみたヒーローのように、強大な敵に立ち向かい、勝利を上げ、唯救いの声と庇護する人々の笑顔を対価に生きる。
そんな未来を望んだことは、本当になかったのか?
「……そして、果たして今の自分に、それができるのか、と」
「似たような所だな」
覚者が継いだ言葉に、相馬も同意を返した。
「件の古妖は、人里離れた谷間に在る、古い修験道の像だ。
ソイツ自体は動くこともなく、場所が場所だから人と出会う危険性も低い」
尤も、一般人が出会したところで、能力を受ければ直ぐさま逃げ出してしまうだろう。
……つまり、正真正銘、F.i.V.Eの覚者として戦う理由は、この依頼にはない。
まさしく、リスクばかりでリターンの無い依頼だ。これを受ける理由は、きっとこの上なく少ない。
だが、
「恐れる敵、忌み嫌う敵。
何の見返りもなくそれに立ち向かうなら。立ち向かう、強さを教えてやりたいのなら」
頼んだぜ、と相馬が笑う。
覚者達はそれに応えるように――ブリーフィングルームを出て、依頼の場所へと向かった。
誰だって、一度は逃げることを考える。
リスクが目の前にあるなら当たり前だ。リターンを得られないのなら、なお当たり前だ。
……それでも。
もし君が、何の痛みも顧みず、唯己の譲れぬもの等という理解しがたいもののために戦えるというなら。
どうか、教えて欲しい。
逃避し、隠れ潜み続けてきた、この私に。
●
「要は、諜報を専門とした覚者だった、って事だ」
ブリーフィングルームに集まった覚者達へと、久方 相馬(nCL2000004)が小さく呟く。
歎息と苦笑が入り交じる、そんな複雑な表情だ。此度の依頼主である対象の『依頼内容』を聞いた覚者達は、その説明に対して首を傾げる。
「で、俺達はどうすれば良いんだ?」
「簡潔に言うならば、依頼内容はある古妖の討伐だ。
この相手、ちょっと特殊な能力を持っていてな。視認した対象に、ソイツが一番恐れている相手の幻覚を見せるんだってよ」
――成る程、と覚者達は頷いた。
正に冒頭で依頼主の覚者が言っていた条件に合致する敵だ、と思い……否、或いは逆かと思考する。
対する相馬の側は苦笑しきりだ。然り、とでも言うように、覚者達の視線に言葉を返す。
「想像の通り、その覚者は今回の討伐対象の情報を得るため、F.i.V.E(おれたち)が送った身内だ。
元々戦闘する気はなかったために、能力に引っかかっても直ぐさま逃げて事なきを得たんだが……」
其処で、彼は自身の過去を振り返る機会を得た。
正義のために『覚者』を選んだ。直接戦いは出来なくとも、誰かのために役立つ自らの役目に誇りを持っていた。
――けれど、本当にそれだけか?
子供じみたヒーローのように、強大な敵に立ち向かい、勝利を上げ、唯救いの声と庇護する人々の笑顔を対価に生きる。
そんな未来を望んだことは、本当になかったのか?
「……そして、果たして今の自分に、それができるのか、と」
「似たような所だな」
覚者が継いだ言葉に、相馬も同意を返した。
「件の古妖は、人里離れた谷間に在る、古い修験道の像だ。
ソイツ自体は動くこともなく、場所が場所だから人と出会う危険性も低い」
尤も、一般人が出会したところで、能力を受ければ直ぐさま逃げ出してしまうだろう。
……つまり、正真正銘、F.i.V.Eの覚者として戦う理由は、この依頼にはない。
まさしく、リスクばかりでリターンの無い依頼だ。これを受ける理由は、きっとこの上なく少ない。
だが、
「恐れる敵、忌み嫌う敵。
何の見返りもなくそれに立ち向かうなら。立ち向かう、強さを教えてやりたいのなら」
頼んだぜ、と相馬が笑う。
覚者達はそれに応えるように――ブリーフィングルームを出て、依頼の場所へと向かった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
以下、シナリオ詳細。
場所:
某市の山間、深い谷に存在する祠です。
一人の修験道の僧が自らの精神を鍛えるために、ある一体の像を造った場所。
光源、広さ共に不十分ではありますが、本依頼は各々の精神での戦いと成るため、実際の地形はあまり関係在りません。
一応、時間帯は昼ですが、指定も可能。
対象:
『像』
遙か昔に、とある修験道の僧が石を削って作り上げた像です。
基本的に自ら行動する力も無く、使う能力も自動発動するタイプですが、この対象には自我が確認できたため、分類上は『古妖』としております。
能力は効果範囲内に入った人間全てに、「その者が最も恐れる存在の幻覚」を見せ、襲わせること。
能力を受けたPCはプレイングによってこれを解除するまで、幻覚と一体一の状態で戦わなければ成りません。
その他:
『覚者』
今回の依頼を個人で持ちかけてきたF.i.V.Eの覚者です。
本依頼では姿を見せず、古妖の能力範囲外から皆さんの戦い振りを見ております。
少なくとも本依頼の結果が出るまで、自分から戦うような気概は持ち合わせておりません。
連携よりも、個々の「自らが恐れる相手」と「それに対する/打ち破るまでの心情」を重点にプレイングをお書き下さい。
それでは、参加をお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/8
4/8
公開日
2017年12月26日
2017年12月26日
■メイン参加者 4人■

●
軋むような寒さを伴う風が、覚者達の間を通り抜ける。
某所の山間。凡そ人など訪れることがないであろう谷底に、四人の覚者は何かを待つように佇んでいる。
「石像なぁ……。人の作ったものに命が宿るとかは物語ではお決まりのパターンだが」
人に迷惑を掛けるのではたまったものではない。『在る様は水の如し』香月 凜音(CL2000495)は苦笑混じりにそう呟き、自身の遥か前方、祠……と言うより浅い洞窟に微かに覗く石像へと視線を向ける。
人に幻覚を見せる古妖。夢見曰く、それはその人物が最も恐れる存在を映すと言っていた。
その試練に立ち向かう依頼を受けた覚者達の表情は無論、明るいものばかりではない。
「自らが恐れる相手との対峙、と言ってもいのりは恐れる物など何もない、と言った人間ではありませんから、何が現れるか想像もできませんわね」
「……『恐れる』と久方さんは言っておりましたが、それがない人はどうなるのでしょうね」
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)と森宮・聖奈(CL2001649)は、口々に自身の心境を吐露する。片方は不安を。片方は好奇心じみた疑問を。
だが、それを。
「自分が最も恐れる相手と戦う、漫画とかで偶にあるシチュエーションやけど――」
『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が、にやりと笑って得物を構えた。
「己が魂を鍛える修行やと思えば、燃えてくるわ」
この依頼の目的自体は祠の像の破壊だが、その前段階……本依頼の主目的となる幻覚との戦いに於いて、武器を構える必要は全くない。
それを解りながらも装備を調えた彼らの理由は、自らの心を少しでも『戦い』に切り替えるためだ。
「……いきましょうか」
誰が言ったのかは解らない。
けれど、気付けばその言葉を皮切りに、一人、また一人が歩を進める。
張りつめた空気の中、ただ風と足音だけが聞こえて――――――それらは、唐突に止む。
それが、『世界が切り替わった』合図。
四人の前に、唯一人の幻影が、音もなく現れた。
●
始めは――そうだ、読書趣味が合っていたのだ。
お互いの本を貸し合っては感想を言い、その度に彼女の知識の多さに驚かされたのを覚えている。
仲の良い友人だった。親友とすらも言って良かった。
それを、壊したのは、誰だったんだっけ。
「ああ――――――」
額を抑え、聖奈が悲嘆じみた声を上げる。
冒頭で彼女の浮かべた問いの答えが、其処にあった。
『……あら、久しぶり。優等生さん』
嘲るような笑みで、小学生の少女が聖奈を見上げている。
悔恨と恐れ。聖奈にとって負の遺産の象徴は、ただ聖奈をじっと見つめていた。
『貴方は今でも小綺麗に過ごしているのかしら。羨ましいわ。私には出来ないこと』
「……あな、たは」
『変人だもの。私。皆がそう言って嫌ってたでしょう? 先生もあなたの方ばかり贔屓して』
「……違う」
『テストの点数も、授業を受ける態度も、大して変わらなかったのにね。
けれど、貴方は先生に褒められてばかりで、私は怒られてばかり。楽しかったかしら。ライバルが……いいえ、敵が蹴落とされていく様は』
「違う!」
聖奈が叫ぶ。叫んで――けれど、それだけ。
「敵だなんて思ってません、楽しくなんか全然無かった!
助けることが出来るならそうしたかった、言葉だけでも掛けてあげたかった……!」
衒いのない本心は、しかし同時に幻覚を苛立たせる。
『なら、どうして?』
どうして助けてくれなかった。
どうして、声を掛けてくれなかったのだと、幻覚は睨みながら問う。
聖奈は、それに言葉を詰まらせた。
それが、聖奈にとって最も恐れる問いであったが故に。
「……怖かったんです」
口答えをして、馴れ合いをして。
貴方と同じ目に遭うのが怖かった。
――それが、あまりにも愚かな行為だと、今になって気付いたのだ、とも。
「怖がる必要なんて無かった。貴方が傍にいてくれれば良かった。
一人になってしまった貴方の、心の支えになりたかった……!」
『けれど、それは出来なかったこと』
幻覚の腕が、聖奈に伸びる。
握る力は強く、けれど呼吸にも発言にも支障はない。それは、幻覚が自身に手加減しているからだと、聖奈は直感的に理解する。
『もう叶わないこと。取り戻せない罪。
貴方はそれを、どうやって私に償うの?』
「……遅くはありません。まだ、決して」
幻覚の目が、其処で初めて見開かれた。
言葉にだけではなく、聖奈の瞳が、真っ直ぐに幻覚を見据えていたために。
「私が……私が此処に訪れた理由は、貴方と対峙するため。
嘗ての私と決別して、今の私で、本物の貴方との再会を決意するためです」
恐れを――今度は、幻覚の側が抱いた。
必死に首を絞める力を強めるが、もう遅い。
聖奈は、本当の意味で幻覚となった少女の手をすり抜けて、微笑みながら呟いた。
「貴方との関係を……『誇り』を、絶対に取り戻すために。
だから、もう少しだけ、待っていてくれますか」
幻覚は、最早消え去る寸前だった。
それでも、恨みじみた視線は変わることなど無い。最後まで古妖に与えられた役割を、それは全うする。
『……その決意まで、どれほど』
「長くは掛かりませんでした。貴方が居ない日々は、本当に辛くて、寂しかったので」
『……馬鹿』
けれど、
その言葉を、聖奈がどう判断するかは、また別の話なのだ。
●
力の起源は様々だ。
唐突に発現したもの、長くの努力に因って培われたもの。その何れもが力によって翻弄され、或いは力を制すことで自らの『格』を高めていった。
それでも。
力は無限であっても、使い手は永遠ではなく。
ならば、それをどう受け継ぎ、伝え、続けていけるのか。
「……誰が望んだよ、そんなモン」
凜音が悪態と共に炎を這わせる。
地から幻覚へ、やがて敵の元に辿り着いたそれは直後に巨大な波と化し、幻覚を貪った。
が、それもつかの間。
飲み込んだ炎を内側から霧散させ……幻覚である輪廻の祖先は、その表情に笑みを貼り付ける。
『素晴らしい、素晴らしい』
ありがちな話と言えば、そうだった。
修行して何らかの力を身につけた男が、宗教を起こして人心を導いたという話。
『嘗ての私をも超え得る力の素質。我が器、我が新たなる依代よ』
「舐めんな」
錬覇法。英霊の力を伴うことで威力を増した再度の召炎破は、しかし幻覚をすり抜けるようにして遥か向こうへと波濤を広げていく。
「な……」
打ち破る、と言う意味を、凜音は少しばかり違えていた。
『だが、未だ』
ずる、と幻覚の手が胸を貫く。
負傷はない。唯、不快感と強烈な寒気が彼を襲った。
「………………っ!!」
声もない。跳ねるように動き、ひたすら呼吸を整える凜音は、そうして幻覚から距離を取る。
呼吸は安定しない。ともすれば命数を燃やしたのかも知れない。
倒せない。そう直感した凜音は、だが何故と自らに問うた。
技巧でも、膂力でもなく、ならば必要なのは。
(……んな、単純な)
不意に、嘲笑を零す。簡単すぎる答えと、それに気づけなかった自分自身へ。
『どうした、我が末裔』
「いやあ、何」
構えた武器を下げ、悠然と、凜音は幻覚に近づく。
「馬鹿らしいな、ってよ」
そうして、凜音は幻覚をすり抜ける。
唯すれ違う。その動作一つで、幻覚は凜音が触れたその箇所を霧散させていた。
『……貴様』
「拘る必要なんか無かった。因子の力にも、アンタを打ち破る方法にも」
夢見も語っていたことだった。必要なのは、心一つだと。
「俺は俺だ。あんたの生まれ変わりでもなんでもねーよ」
幻覚がたじろくよりも早く、凜音はすいと身を揺らした。
異能も、先祖の伝統にも因らぬ、ただ純粋な舞いを。
触れて、溶ける。ただそれだけ。
完全に幻覚を消し、元の祠の風景を取り戻した凜音は、小さく独りごちる。
「……アレじゃあ、触りでも無いよなあ」
殴り損ねたと、笑いながら。
●
勝てない。勝てない。勝てない。
抱いた思いはただそれだけ。単純なだけに思いは強く、だからこそ敗北の度に意思は加速し続けた。
超えようと、超えるのだと。鍛錬を繰り返し、挑み負けてはその繰り返し。
――否、本当にそうだろうか。
勝とうと思って戦ったのだろうか。どうせ負けると、諦観を抱いたことは本当になかったのか。
そもそも、自分は本当に。
あの人に勝つのだと、今でも思っているのだろうか?
一刀はまたも朱を刻む。
真白の剣着はその色を赤に逆転させていた。それほどまでに血を流した凜は、未だ眼前の影に傷一つをすら付けられていない。
(……ありえへん)
幾度立ち会った事があれども、そこまでの強さを誇る存在ではなかった。
趨勢が変わることはなくとも、僅かな反撃を刻むことは出来た。何度か攻撃を見切ることは出来た。
つまり、この戦いはそう言うこと。
幻覚――凜の父親は、彼女にとってそれほど強大な存在と成り得ていると言うことだ。
『………………』
「く、うっ!?」
額、咽頭、鳩尾。急所を的確に狙い続ける剣技はギリギリの所で避けているが、それだけの話だ。
避け損ねて血が零れる。その度に動きは精彩を失い、そうして避けられる頻度は瞬く間に減っていく。
(……これ、このまま、やと)
思考が追いつくよりも早く、切っ先は脇腹を貫いた。
激痛。苦悶を堪え、剣を薙ぐ。
一足で離れた幻覚を前に、しかし凜の思考は恐れに彩られていた。
脳裏に浮かぶのは、明確な死の気配。
本物でないからと高をくくっていたのか。幻覚でも倒せれば多少の自信にでもなると思いこんでいたのか。
勝てない。勝てるわけがない。死が恐怖を喚び、恐怖が身を満たす――よりも、早く。
(……解っとる、そんなん)
剣を握り続けて硬くなった掌を、使い込まれ、その度に直し続けた得物が、彼女の視界に入った。
勝てない。今は勝てない。これから勝てる日が来るのか、それすらも解らない。
けれど、ならば、今はどうする?
「……本気のおとんと闘うのは怖い。けど、怖くて刀も振るえん、そんな自分がもっと怖い」
柄を握る力は酷く弱々しかった。
ふらついた身体を、それでも気力だけで持ち直し、凜は叫ぶと共に幻覚に斬りかかる。
「例え死ぬにしても、あたしは下がって死ぬより前に出て死にたいわ!」
動きは拙く、それでもただ愚直に、前へと。
幻覚は最初と同じように、凜の刀を避け、或いはいなし、その合間に彼女の身体を裂いていく。
痛いのか、寒いのか、苦しいのか、凜には最早解らなかった。
そして、意思だけで保たせていた怒濤にも、終わりが訪れる。
幻覚が、何気ない動作で刀を巻き上げたのだ。
両手が空く。宙を舞う武器は手を伸ばしただけでは届かない。
ならば、せめて。
(前へ――――――!)
手を伸ばして、幻覚に掴みかかる。
其処から攻撃に繋げる手段も何もない。破れかぶれの行動だった。
けれど、両手は幻覚をすり抜け、凜も倒れ込むように地に倒れ伏す。
「……は?」
振り返れば、幻影は居ない。傷ついた身体も、何事もなかったかのように戦闘前の姿に戻っていた。
幻覚に打ち克った。それを理解した凜は、困った顔で頬を掻く。
「……せやけど、恐怖にだけ、やなあ」
本当の勝利の遠さを、改めて身に知りながら。
●
献身に、疑問を持ったことはない。
それで救われる者が居たのだ。自らの裡の何かをすり減らすことで、多くの人が助かるならば、それは実に合理的で、自らにとっても満足する『算数』だったと言えるだろう。
自らを省みたことはない。それが両親を失って以降、彼女が自らに律した願いであるが故に。
……それでも、心残りがあるとすれば。
それは、自らを想う人に、応えられぬことだけ。
襲う影は機敏ではなかった。
力もなく、細い身体だ。破壊することは容易いだろうに、いのりはそれを行うことだけは出来なかった。
「……お爺様」
幻覚は――いのりの祖父は、弱々しい動作とは裏腹に、その目に炯々とした光を湛え、怨嗟の声を漏らす。
『お前も、儂を残して逝くのか』
唇を噛んでいのりは俯く。祖父の言葉の意味を理解しているが故に。
『お前の両親も、覚者の世界に関わったために命を落とした。
残ったのはお前だけだ。そのお前すらも失う恐れに、儂は毎日苛まれ続けている』
「……わたし、は」
『もう沢山だ。妖に、悪しき隔者に、いずれお前が蹂躙され殺されるくらいならば、此処でお前を殺して儂も共に逝こう』
多くの戦いを経た。そして守ることが、救うことが出来たものの影で、いのりは自身の魂を大きく削っていることを自覚していた。
次はない。漠然とした感覚がそれを告げる。そうすれば、唯一人の肉親はどう思うのだろう。覚者の世界に関わることを許した己を、ひたすらに悔い続けるだろうか。
……嗚呼、といのりは理解する。
恐怖はこの愛する祖父にではない。この人を悲しませてしまう。そして、それを理由に『踏み出す』事の出来ない可能性に対してだ。
歩みを止めて、祖父の心に寄り添うこと。
祖父の思いを振り切り、最後の一歩を踏み出す覚悟をすること。
幻覚と共に現れた選択肢を前に――いのりの答えは、決まっていた。
「お爺様」
覚醒を解き、幻覚の細腕に身をさらす。
氷のように冷たい手が、いのりの首を強く絞めた。
「いのりの命も魂も、救いを求める誰かの為に使いたい。
もし貴方がいのりを殺す事で救われるなら、いのりの命はその為に捧げますわ」
微笑みだけを浮かべた筈だった。せめて、祖父を安心させるためにと。
けれど――だのに。
一筋だけ、零れた涙は、いのりの心にある、何を示していたのだろうか。
『……おお……おお』
幻覚は、その様に後ずさり、やがて膝を着いて涙を零した。
『そうではない、そうではない』
「……? お爺様、何を」
『お前は――お前は変わらない。誰に対しても、儂に対しても。
救うべきものを救うというその『機能』を果たすだけ。叶うならばはね除けて欲しかった。お前の道を、胸を張って進んで欲しかった。それが、儂を置き去りにするものであっても』
それは、幻覚の言葉なのか否か。いのりには解らなかった。
『お前は変わらない。救い続けるだけ。
儂には、それが酷く哀しい……』
それを最後に、幻覚は消えた。
元に戻った世界の中、暫し瞑目したいのりは、ぽつり呟く。
「……けれど、いのりはお爺様の手を払うことは、どうしても出来なかったのです」
或いは、悲壮な独白を。
●
像は何も応えない。
言葉は無く、動くこともない。込められた意志は薄弱で、自らの力を制御することも出来ず、ただ近づく者を脅かし続ける。
それを――最初に刀が両断した。
次いで一撃。未だ滅多斬りにしようとした使い手の女性を抑えて、幼い覚者が波動弾で残る無事な部分を吹き飛ばす。
なにがしかを呟いた少女に、同じ年頃の少女が話しかけ、最後に一人の青年が破壊された像の一部を手に取った。
やがてその場を離れる覚者達。その姿が消え去るまで見届けてから……『私』は像があった場所へと歩を向ける。
砕かれた痕は真新しく。それを見た私は、目を閉じて彼らの戦いを振り返った。
恐れも、苦悩も、全てを振り払い、誰一人として負けることなく立ち上がった彼ら。
微かに聞こえた話し声も、最早止んでいる。
最後に、私は彼らが去った方向に頭を下げ、別の帰路を歩み始めた。
――自らの行き先を変える決意を、静かに胸に秘めながら。
軋むような寒さを伴う風が、覚者達の間を通り抜ける。
某所の山間。凡そ人など訪れることがないであろう谷底に、四人の覚者は何かを待つように佇んでいる。
「石像なぁ……。人の作ったものに命が宿るとかは物語ではお決まりのパターンだが」
人に迷惑を掛けるのではたまったものではない。『在る様は水の如し』香月 凜音(CL2000495)は苦笑混じりにそう呟き、自身の遥か前方、祠……と言うより浅い洞窟に微かに覗く石像へと視線を向ける。
人に幻覚を見せる古妖。夢見曰く、それはその人物が最も恐れる存在を映すと言っていた。
その試練に立ち向かう依頼を受けた覚者達の表情は無論、明るいものばかりではない。
「自らが恐れる相手との対峙、と言ってもいのりは恐れる物など何もない、と言った人間ではありませんから、何が現れるか想像もできませんわね」
「……『恐れる』と久方さんは言っておりましたが、それがない人はどうなるのでしょうね」
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)と森宮・聖奈(CL2001649)は、口々に自身の心境を吐露する。片方は不安を。片方は好奇心じみた疑問を。
だが、それを。
「自分が最も恐れる相手と戦う、漫画とかで偶にあるシチュエーションやけど――」
『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が、にやりと笑って得物を構えた。
「己が魂を鍛える修行やと思えば、燃えてくるわ」
この依頼の目的自体は祠の像の破壊だが、その前段階……本依頼の主目的となる幻覚との戦いに於いて、武器を構える必要は全くない。
それを解りながらも装備を調えた彼らの理由は、自らの心を少しでも『戦い』に切り替えるためだ。
「……いきましょうか」
誰が言ったのかは解らない。
けれど、気付けばその言葉を皮切りに、一人、また一人が歩を進める。
張りつめた空気の中、ただ風と足音だけが聞こえて――――――それらは、唐突に止む。
それが、『世界が切り替わった』合図。
四人の前に、唯一人の幻影が、音もなく現れた。
●
始めは――そうだ、読書趣味が合っていたのだ。
お互いの本を貸し合っては感想を言い、その度に彼女の知識の多さに驚かされたのを覚えている。
仲の良い友人だった。親友とすらも言って良かった。
それを、壊したのは、誰だったんだっけ。
「ああ――――――」
額を抑え、聖奈が悲嘆じみた声を上げる。
冒頭で彼女の浮かべた問いの答えが、其処にあった。
『……あら、久しぶり。優等生さん』
嘲るような笑みで、小学生の少女が聖奈を見上げている。
悔恨と恐れ。聖奈にとって負の遺産の象徴は、ただ聖奈をじっと見つめていた。
『貴方は今でも小綺麗に過ごしているのかしら。羨ましいわ。私には出来ないこと』
「……あな、たは」
『変人だもの。私。皆がそう言って嫌ってたでしょう? 先生もあなたの方ばかり贔屓して』
「……違う」
『テストの点数も、授業を受ける態度も、大して変わらなかったのにね。
けれど、貴方は先生に褒められてばかりで、私は怒られてばかり。楽しかったかしら。ライバルが……いいえ、敵が蹴落とされていく様は』
「違う!」
聖奈が叫ぶ。叫んで――けれど、それだけ。
「敵だなんて思ってません、楽しくなんか全然無かった!
助けることが出来るならそうしたかった、言葉だけでも掛けてあげたかった……!」
衒いのない本心は、しかし同時に幻覚を苛立たせる。
『なら、どうして?』
どうして助けてくれなかった。
どうして、声を掛けてくれなかったのだと、幻覚は睨みながら問う。
聖奈は、それに言葉を詰まらせた。
それが、聖奈にとって最も恐れる問いであったが故に。
「……怖かったんです」
口答えをして、馴れ合いをして。
貴方と同じ目に遭うのが怖かった。
――それが、あまりにも愚かな行為だと、今になって気付いたのだ、とも。
「怖がる必要なんて無かった。貴方が傍にいてくれれば良かった。
一人になってしまった貴方の、心の支えになりたかった……!」
『けれど、それは出来なかったこと』
幻覚の腕が、聖奈に伸びる。
握る力は強く、けれど呼吸にも発言にも支障はない。それは、幻覚が自身に手加減しているからだと、聖奈は直感的に理解する。
『もう叶わないこと。取り戻せない罪。
貴方はそれを、どうやって私に償うの?』
「……遅くはありません。まだ、決して」
幻覚の目が、其処で初めて見開かれた。
言葉にだけではなく、聖奈の瞳が、真っ直ぐに幻覚を見据えていたために。
「私が……私が此処に訪れた理由は、貴方と対峙するため。
嘗ての私と決別して、今の私で、本物の貴方との再会を決意するためです」
恐れを――今度は、幻覚の側が抱いた。
必死に首を絞める力を強めるが、もう遅い。
聖奈は、本当の意味で幻覚となった少女の手をすり抜けて、微笑みながら呟いた。
「貴方との関係を……『誇り』を、絶対に取り戻すために。
だから、もう少しだけ、待っていてくれますか」
幻覚は、最早消え去る寸前だった。
それでも、恨みじみた視線は変わることなど無い。最後まで古妖に与えられた役割を、それは全うする。
『……その決意まで、どれほど』
「長くは掛かりませんでした。貴方が居ない日々は、本当に辛くて、寂しかったので」
『……馬鹿』
けれど、
その言葉を、聖奈がどう判断するかは、また別の話なのだ。
●
力の起源は様々だ。
唐突に発現したもの、長くの努力に因って培われたもの。その何れもが力によって翻弄され、或いは力を制すことで自らの『格』を高めていった。
それでも。
力は無限であっても、使い手は永遠ではなく。
ならば、それをどう受け継ぎ、伝え、続けていけるのか。
「……誰が望んだよ、そんなモン」
凜音が悪態と共に炎を這わせる。
地から幻覚へ、やがて敵の元に辿り着いたそれは直後に巨大な波と化し、幻覚を貪った。
が、それもつかの間。
飲み込んだ炎を内側から霧散させ……幻覚である輪廻の祖先は、その表情に笑みを貼り付ける。
『素晴らしい、素晴らしい』
ありがちな話と言えば、そうだった。
修行して何らかの力を身につけた男が、宗教を起こして人心を導いたという話。
『嘗ての私をも超え得る力の素質。我が器、我が新たなる依代よ』
「舐めんな」
錬覇法。英霊の力を伴うことで威力を増した再度の召炎破は、しかし幻覚をすり抜けるようにして遥か向こうへと波濤を広げていく。
「な……」
打ち破る、と言う意味を、凜音は少しばかり違えていた。
『だが、未だ』
ずる、と幻覚の手が胸を貫く。
負傷はない。唯、不快感と強烈な寒気が彼を襲った。
「………………っ!!」
声もない。跳ねるように動き、ひたすら呼吸を整える凜音は、そうして幻覚から距離を取る。
呼吸は安定しない。ともすれば命数を燃やしたのかも知れない。
倒せない。そう直感した凜音は、だが何故と自らに問うた。
技巧でも、膂力でもなく、ならば必要なのは。
(……んな、単純な)
不意に、嘲笑を零す。簡単すぎる答えと、それに気づけなかった自分自身へ。
『どうした、我が末裔』
「いやあ、何」
構えた武器を下げ、悠然と、凜音は幻覚に近づく。
「馬鹿らしいな、ってよ」
そうして、凜音は幻覚をすり抜ける。
唯すれ違う。その動作一つで、幻覚は凜音が触れたその箇所を霧散させていた。
『……貴様』
「拘る必要なんか無かった。因子の力にも、アンタを打ち破る方法にも」
夢見も語っていたことだった。必要なのは、心一つだと。
「俺は俺だ。あんたの生まれ変わりでもなんでもねーよ」
幻覚がたじろくよりも早く、凜音はすいと身を揺らした。
異能も、先祖の伝統にも因らぬ、ただ純粋な舞いを。
触れて、溶ける。ただそれだけ。
完全に幻覚を消し、元の祠の風景を取り戻した凜音は、小さく独りごちる。
「……アレじゃあ、触りでも無いよなあ」
殴り損ねたと、笑いながら。
●
勝てない。勝てない。勝てない。
抱いた思いはただそれだけ。単純なだけに思いは強く、だからこそ敗北の度に意思は加速し続けた。
超えようと、超えるのだと。鍛錬を繰り返し、挑み負けてはその繰り返し。
――否、本当にそうだろうか。
勝とうと思って戦ったのだろうか。どうせ負けると、諦観を抱いたことは本当になかったのか。
そもそも、自分は本当に。
あの人に勝つのだと、今でも思っているのだろうか?
一刀はまたも朱を刻む。
真白の剣着はその色を赤に逆転させていた。それほどまでに血を流した凜は、未だ眼前の影に傷一つをすら付けられていない。
(……ありえへん)
幾度立ち会った事があれども、そこまでの強さを誇る存在ではなかった。
趨勢が変わることはなくとも、僅かな反撃を刻むことは出来た。何度か攻撃を見切ることは出来た。
つまり、この戦いはそう言うこと。
幻覚――凜の父親は、彼女にとってそれほど強大な存在と成り得ていると言うことだ。
『………………』
「く、うっ!?」
額、咽頭、鳩尾。急所を的確に狙い続ける剣技はギリギリの所で避けているが、それだけの話だ。
避け損ねて血が零れる。その度に動きは精彩を失い、そうして避けられる頻度は瞬く間に減っていく。
(……これ、このまま、やと)
思考が追いつくよりも早く、切っ先は脇腹を貫いた。
激痛。苦悶を堪え、剣を薙ぐ。
一足で離れた幻覚を前に、しかし凜の思考は恐れに彩られていた。
脳裏に浮かぶのは、明確な死の気配。
本物でないからと高をくくっていたのか。幻覚でも倒せれば多少の自信にでもなると思いこんでいたのか。
勝てない。勝てるわけがない。死が恐怖を喚び、恐怖が身を満たす――よりも、早く。
(……解っとる、そんなん)
剣を握り続けて硬くなった掌を、使い込まれ、その度に直し続けた得物が、彼女の視界に入った。
勝てない。今は勝てない。これから勝てる日が来るのか、それすらも解らない。
けれど、ならば、今はどうする?
「……本気のおとんと闘うのは怖い。けど、怖くて刀も振るえん、そんな自分がもっと怖い」
柄を握る力は酷く弱々しかった。
ふらついた身体を、それでも気力だけで持ち直し、凜は叫ぶと共に幻覚に斬りかかる。
「例え死ぬにしても、あたしは下がって死ぬより前に出て死にたいわ!」
動きは拙く、それでもただ愚直に、前へと。
幻覚は最初と同じように、凜の刀を避け、或いはいなし、その合間に彼女の身体を裂いていく。
痛いのか、寒いのか、苦しいのか、凜には最早解らなかった。
そして、意思だけで保たせていた怒濤にも、終わりが訪れる。
幻覚が、何気ない動作で刀を巻き上げたのだ。
両手が空く。宙を舞う武器は手を伸ばしただけでは届かない。
ならば、せめて。
(前へ――――――!)
手を伸ばして、幻覚に掴みかかる。
其処から攻撃に繋げる手段も何もない。破れかぶれの行動だった。
けれど、両手は幻覚をすり抜け、凜も倒れ込むように地に倒れ伏す。
「……は?」
振り返れば、幻影は居ない。傷ついた身体も、何事もなかったかのように戦闘前の姿に戻っていた。
幻覚に打ち克った。それを理解した凜は、困った顔で頬を掻く。
「……せやけど、恐怖にだけ、やなあ」
本当の勝利の遠さを、改めて身に知りながら。
●
献身に、疑問を持ったことはない。
それで救われる者が居たのだ。自らの裡の何かをすり減らすことで、多くの人が助かるならば、それは実に合理的で、自らにとっても満足する『算数』だったと言えるだろう。
自らを省みたことはない。それが両親を失って以降、彼女が自らに律した願いであるが故に。
……それでも、心残りがあるとすれば。
それは、自らを想う人に、応えられぬことだけ。
襲う影は機敏ではなかった。
力もなく、細い身体だ。破壊することは容易いだろうに、いのりはそれを行うことだけは出来なかった。
「……お爺様」
幻覚は――いのりの祖父は、弱々しい動作とは裏腹に、その目に炯々とした光を湛え、怨嗟の声を漏らす。
『お前も、儂を残して逝くのか』
唇を噛んでいのりは俯く。祖父の言葉の意味を理解しているが故に。
『お前の両親も、覚者の世界に関わったために命を落とした。
残ったのはお前だけだ。そのお前すらも失う恐れに、儂は毎日苛まれ続けている』
「……わたし、は」
『もう沢山だ。妖に、悪しき隔者に、いずれお前が蹂躙され殺されるくらいならば、此処でお前を殺して儂も共に逝こう』
多くの戦いを経た。そして守ることが、救うことが出来たものの影で、いのりは自身の魂を大きく削っていることを自覚していた。
次はない。漠然とした感覚がそれを告げる。そうすれば、唯一人の肉親はどう思うのだろう。覚者の世界に関わることを許した己を、ひたすらに悔い続けるだろうか。
……嗚呼、といのりは理解する。
恐怖はこの愛する祖父にではない。この人を悲しませてしまう。そして、それを理由に『踏み出す』事の出来ない可能性に対してだ。
歩みを止めて、祖父の心に寄り添うこと。
祖父の思いを振り切り、最後の一歩を踏み出す覚悟をすること。
幻覚と共に現れた選択肢を前に――いのりの答えは、決まっていた。
「お爺様」
覚醒を解き、幻覚の細腕に身をさらす。
氷のように冷たい手が、いのりの首を強く絞めた。
「いのりの命も魂も、救いを求める誰かの為に使いたい。
もし貴方がいのりを殺す事で救われるなら、いのりの命はその為に捧げますわ」
微笑みだけを浮かべた筈だった。せめて、祖父を安心させるためにと。
けれど――だのに。
一筋だけ、零れた涙は、いのりの心にある、何を示していたのだろうか。
『……おお……おお』
幻覚は、その様に後ずさり、やがて膝を着いて涙を零した。
『そうではない、そうではない』
「……? お爺様、何を」
『お前は――お前は変わらない。誰に対しても、儂に対しても。
救うべきものを救うというその『機能』を果たすだけ。叶うならばはね除けて欲しかった。お前の道を、胸を張って進んで欲しかった。それが、儂を置き去りにするものであっても』
それは、幻覚の言葉なのか否か。いのりには解らなかった。
『お前は変わらない。救い続けるだけ。
儂には、それが酷く哀しい……』
それを最後に、幻覚は消えた。
元に戻った世界の中、暫し瞑目したいのりは、ぽつり呟く。
「……けれど、いのりはお爺様の手を払うことは、どうしても出来なかったのです」
或いは、悲壮な独白を。
●
像は何も応えない。
言葉は無く、動くこともない。込められた意志は薄弱で、自らの力を制御することも出来ず、ただ近づく者を脅かし続ける。
それを――最初に刀が両断した。
次いで一撃。未だ滅多斬りにしようとした使い手の女性を抑えて、幼い覚者が波動弾で残る無事な部分を吹き飛ばす。
なにがしかを呟いた少女に、同じ年頃の少女が話しかけ、最後に一人の青年が破壊された像の一部を手に取った。
やがてその場を離れる覚者達。その姿が消え去るまで見届けてから……『私』は像があった場所へと歩を向ける。
砕かれた痕は真新しく。それを見た私は、目を閉じて彼らの戦いを振り返った。
恐れも、苦悩も、全てを振り払い、誰一人として負けることなく立ち上がった彼ら。
微かに聞こえた話し声も、最早止んでいる。
最後に、私は彼らが去った方向に頭を下げ、別の帰路を歩み始めた。
――自らの行き先を変える決意を、静かに胸に秘めながら。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
