殺妖フィルム 増殖する悪意
殺妖フィルム 増殖する悪意


●某警察所内
 停止ボタンを押す。
 泥に沈み込んでいくような沈黙が長く続いたあと、ようやく誰かが立ちあがり、部屋に明かりがつけられた。
「違法性は――」
「ねえよ、馬鹿」
 田辺万亀(たなべかずき)はリモコンをテーブルの上に放つと、懐を探って煙草を取りだした。一本口の端に加えて、今度はライターを探す。
「田辺さん、ここ禁煙ですよ。ほら、壁に張り紙がでているでしょ?」
 一応は注意をするが、無駄だと分かり切っているのか、木下信二(きのしたしんじ)は困り顔で携帯灰皿を差し出した。
 木下自身は煙草を吸わないのだが、元AAAの上司にして探偵仲間の田辺がこうして灰皿のないところで喫煙するのでいつの間にか持つようになったのだ。
 構わず煙草に火をつけて一服したところで、田辺は警察にDVDを持ち込んだ初老の男女を睨んだ。54歳の田辺と同じ世代だ。
「バカ息子の居所は突き止められるだろう。が、そこまでだ。発現者相手とはいえ、源素の力を振って怪我させりゃ、俺たちが罪に問われる。人でも殺してりゃ、別なんだろうが……妖じゃあな。それに、肝心なところ俺たちには逮捕権がない」
 ちらり、と部屋の隅にいる顔なじみの地域課刑事へ視線を飛ばす。
 刑事は渋顔になった。
「こっちにもないから田辺さんに来てもらったんだよ。事件性がないから警察は動けない」
「では、やめさせることは……」
 うなだれ続ける男―父親の隣で、母親が身を乗りした。
「このまま続けていると、いつか妖に殺されてしまうんじゃないかって、心配でしかたないんです。お願いです、息子を見つけてやめさせてください!」
 田辺はがりがりと頭をかいた。
 見つけた『妖』をすぐに討伐せず、できる限りいたぶって殺す様子をビデオ撮影。それをネットで販売して金を稼いでいることに関して、母親は父親よりも気にしていないようだ。
「説教ぐらいはしてやるさ。でも、それでやめるとは思えねえ。対象を『妖』に絞っている限り、ただの悪趣味な討伐ムービーだからな。喜んで買うやつがいる以上、討伐者の名誉欲を満たせるうえに金儲けにもなる」
 それに、自分の後ろ暗い性癖も満たせるのだから、なおさらやめられないだろう。

●ファイヴ
 集められた覚者が見せられたのは、普通に検索しているだけでは辿り着くのは困難だが、殺しや虐待の嗜好を持つ者の間では有名なサイトだった。サイトには妖についての考察から、悪趣味極まるスナッフムービーまでアップされている。
 眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は、アップされている動画の一本を無作為に選んで再生した。

 画像中央は多足虫が変化した妖だろうか。人の死骸を食って生きているタイプらしく、背景に寂れた墓地が写っている。
 画像が揺れた。
 炎が飛び、妖の足がいくつか焼かれる。
 続いて風の刃が、妖を腹から上下に切り裂いた。
 墓石の脇に転がっていた卒塔婆の上へ、妖が倒れ込んだ。撮影者の一人が逃げられないようにもがき苦しむ妖の胸を足で踏みつけ、別の者が画面の中に呪符の張られた太い真鍮製の杭を運び込む。
 男たちは妖の胸と間の節目に真鍮の杭を打ち込んで、卒塔婆ごと地面に固定した。妖は残った六本の脚をもがかせ、必死に逃げようと真鍮の杭をかく。その横で、のたうつ妖の下半身を男の一人がサッカーボールのように蹴り転がした。墓石に当たって、内臓が飛び散る。
 男たちの嘲りを含む楽しげな笑い声が――。

「……とまあ、どの動画もこんな調子。このあと、ある程度妖の体力が回復するのを待ってまた攻撃――時間をかけて拷問するんだけど、ランクが上がる寸前に切り上げて始末していたわ」
 一味にエナミースキャン持ちがいるのは間違いないだろう。
「六人で、ランク2までの妖を選んで狩っている。わりと危なげない様子だから、それなりに力はあるようね」
 妖を討伐すること自体は、なんら違法ではない。人と解りあえる余地のある古妖と違い、妖は倒すべき存在だからだ。もちろん、討伐シーンを撮影したり、その動画を売り買いしたりすること自体にも問題はない。
「問題はないけど、倫理的にどうなのよってことね。妖とはいえ、いたずらに苦痛を加えて殺すことに罪はないのか……ま、それはファイヴが判断するべきことじゃないわ。今回、貴方たちを呼んだのは、この殺妖動画の撮影中に他の妖が大挙して、撮影隊と撮影を止めようとしていた探偵二人に襲い掛かるからよ。助けに行ってちょうだい、嫌かもしれないけど」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.場に出ている妖をすべて退治すること
2.探偵の田辺と木下の生存
3.スナッフフイルム撮影者6名中、最低3名の生存
●時間と場所
 夜。和歌山県、山間部の廃トンネル。
 月は出ていますが、トンネルの中は暗いです。
 トンネルは落石で反対側が埋まっています。
 昔、ここで大規模な玉突き衝突事故があったそうです。
 トンネルは二車線。
 長さは500メートルほどですが、反対側30メートルぐらいが落石で潰れています。

●敵
・地縛霊……心霊系/ランク1、16体
 4組の地縛霊が、一家四人で襲い掛かってきます。
 トンネルの奥にいます。
 【パパ、あついよう】……特・近単/火傷
 【ママ、いたいよう】……特・近単/出血
 【目が、目が見えない!】……特・遠単/クリティカルで3T、目が見えなくなる。
 【パパは岩石の下】……物・遠近列/上から岩を落としてきます。
・暴走する車……物理系/ランク1……4台
 地縛霊となった一家が乗っていた壊れた車たち。体当たりしてきます。
 トンネルの中ごろから手前までの間を、暴走しています。
 【赤いミニ】……物・近単
 【緑のツードア】……物・近単
 【白のキャンピング】……物・近列
 【黒のワンボックス】……物・近列
・醜い野犬……動物系/ランク2、1体
 撮影隊が捕獲、拷問していた妖。
 背中に醜いコブがいくつもあり、顔が崩れています。半分腐っています。
 醜い野犬の悲痛な叫び声がきっかけとなって、眠っていた事故犠牲者たちの霊が妖化しました。
 トンネルに入って20メートルぐらいのところにいます。
 【噛みつき】……物・近単
 【吹きだす膿】……物・近列/毒・カウンター
 【悲痛な叫び】……物・遠列/ショック。一定の割合で、ランク1の妖を呼び寄せます

●NPC①……撮影隊
 16から35歳までの男性6名。
 実力はファイヴ覚者平均の中の上ぐらい。
 一名を除き、トンネルの中頃にいます。
 火行獣の因子(猫と牛)が2名。うち猫が醜い野犬に噛みつかれて重傷。
 水行翼の因子が1名。回復と撮影担当。重傷、トンネルの入り口で倒れています。
 土行現の因子が2名。両名とも軽傷。すでに戦意喪失状態。
 天行怪の因子(左掌に第三の目)が1名。エナミースキャン持ち。軽傷

●NPC②……田辺と木下。
・元AAAの調査官、探偵・田辺万亀(たなべかずき)53歳。火行、暦の因子。
 錬覇法、炎撃、豪炎撃、炎柱、暗視を活性化。
 ファイヴ到着時、地縛霊の一家二組に囲まれています。ピンチ。
 トンネルの奥にいます。
・元AAAの調査官、探偵・木下信二(きのしたしんじ)24歳。水行、翼の因子
 エアブリット、癒しの滴、癒しの霧、暗視を活性化。
 ファイヴ到着時、土行の青年二人を突撃してくる車から一人で庇い続けています。
 軽傷を負っています。


●呪符の真鍮杭
妖に打ち込むことで、その場から動けなくします。
トンネルの入り口に1本、落ちています。
使い方は簡単、ただ妖の体に打ち込むだけです。
一度きり。使用された杭は、打ち込んだ妖の消滅と同時に崩壊します。
イレヴン実行部隊であった冥宗寺の僧侶たちがよく使っていたものらしいのですが、どこから流れて来たのかルートは不明です。

●STコメント。
初心者歓迎。
倒すべき妖の数が多く、早急に回復させなくてはならないNPCが複数いますが……。
こちらも数が揃えばそう苦労しないはずです。
ちなみにOPに出て来た夫婦の息子は水行翼の因子持ちです。

強制ではありませんが、EXプレイングに本件に関する事後の行動……こういうことをやりたいというのがあれば是非ご記入ください。
次の展開の参考にさせていただきます。
 例)殺妖フィルムを取り締まる法律を作るよう、政府に訴える

みなさんのご参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
9日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/10
公開日
2017年12月20日

■メイン参加者 6人■

『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)


 月が出ていた。冷えた風に削られて青みを帯びた光が、覚者たちが行く山道に降り注ぐ。
 白く息を吐き、足音を響かせて急ぐのは、命を軽んじる馬鹿者たちを救うためではない。いや、それもあるが――。
 『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)が見据える先に、黒く艶のない、ざらりとした質感の半月が浮かんでいた。
「前にトンネルが見えてきました。もう少しです」
 結鹿は発見を声にして後方へ送った。ひとつは最後尾を走る老夫妻への気づかい、もうひとつは自身に活を入れるためだ。
 青みを帯びた光の中に倒れている人影を認め、再び口を開く。
「あの影は撮影隊の水行ですね。気持ちとしても、生理的にも積極的に助けてあげたくない人たちですが……」
 白いものに包んで出した声には、激しい嫌悪感が込められていた。
 横を並んで走る『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)も気持ちは同じらしく、頬をたたく山風よりも冷たい声で応じる。
「まったくだぜ。まあ、助けてはやるが……」
 巻き添えになった形の探偵二人を助けるついでだ。なに、夢見の話によれば大けがをしているらしいが、放置しておいても死にはしないだろう。
 あたかも一悟の胸の内をくみ取ったかのように、二人の後ろで『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)がタイミングよく声をあげる。
「手当は後回し! バカ息子含めて人間の品位を貶める悪いヤツにはあとでお説教なのよ! それより、田辺さんと木下さんが心配なのよ」
 長いうさぎの垂れ耳を上下させながら、急げ、と激を飛ばす。
 おう、と応じた一悟は足の回転数をあげると、ひょいとハードル飛びのお手本のような美しいフォームで地面に伏した影を飛び越した。
 結鹿、飛鳥と続いて飛び越えていく。
 『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は飛び越さず、影の手前で足を止めた。
 か細い声で手当てを求めてきた男に、義高は容赦なく罵声を浴びせた。
「バカが! 『安らかな眠りを邪魔するものには死を』なんてのは昔から使われる映画の常套文句じゃねぇか」
 しばらくそのまんま転がっていろ。そう言い捨てて、大股で跨ぎ越す。
 夜空にかかる枯れ枝を突かんばかりの高みから、暗く穿った大穴へ視線を向ければ交戦の火花が見てとれた。
「襲われるのは因果応報ってやつだが、見捨てるわけにもいかねぇ。急ぎつっこんでやるか」
 景気づけに、ぱん、と拳で手のひらを打ちつけた。
 響く音に驚いたのは、赤い灯に輪郭を浮かび上がらせた一体の妖だ。
 義高の後ろから懐中電燈の黄色い光が射し、妖の姿を照らし出しす。
 醜い。
 おびき出そうと挑発を繰り返す一悟の脇でトンネルへ駆け込む機会をうかがいつつ、結鹿と飛鳥は妖の風貌に顔をしかめた。
「うええ、かわいくないのよ。それにチョットくさいのよ」
 夢見に醜犬と称された妖は、本当に醜かった。全身のいたる所に赤黒く膿んだコブがあり、爛れた皮膚が地面まで垂れ下がっている。
「ひさびさの依頼や。頑張るで。そやけど……寒いなぁ。はよ帰ってあったかいうどんでも食べにいこか」
「京都よりも南だけど、ココも結構寒いわネ。雪が降りだす前に終らせて帰りマショウ」
 緊迫した場面に不釣り合いなのんびりとした会話の主は、光邑 研吾(CL2000032)と光邑 リサ(CL2000053)だ。
「ダメよ、ケンゴ。気持ちは解るケド」
 リサは倒れている男を踏みつけようとした研吾の腕を引いた。
「お? すまんな、気つかへんかったわ」
「ウソおっしゃい。それより杭は見つけたノ?」
 リサは袖をふって白檀の甘く透きとおった香りを放ち、覚者の治癒力を引き上げた。
 トンネルの奥で怒号と火花が弾け、刺激された醜犬が動く。
「奥州さん!」
「オレは大丈夫。行け!」
 一悟の左腕に醜犬が喰らいついていた。わざと腕を差し出したのだ。
 走りだした仲間たちにリサと研吾が声をかける。
「数が多いから、くれぐれも気をつけてネ」
「俺らもすぐ行く。頑張りや」
 義高は老夫婦に背を向けたまま、太い腕を上げた。
 見捨てる訳じゃねぇ、信じてんのさ。そう胸の内でつぶやけば、口角が自然と持ちあがる。そうとも、仲間を見捨てて逃げ出そうとした撮影隊のバカ者どもとは違うのさ。
 守護使役「菊理媛」が取りだしたギュスターブを片手にすると、岩の鎧を身にまとう。
「無理しねぇ程度に急いでくれな」
 あえて醜犬には手を出さず、後を光邑家の面々に任せてトンネルの中へ駆け込んだ。


「いてて……じいちゃん、まだ?」
 左に振れども右に振れども、醜犬は腕に牙を食い込ませたまま離れない。苛立ちまぎれに右の拳に炎を纏わせて鼻面に幾度も叩き込むが、妖は釣り上げた目に憎悪を滾らせるばかりで口を開こうとはしなかった。
 くわえて生肉が腐ったようなひどい匂いが鼻や口の中に容赦なく入りこんで吐き気を催す。
 だから、まだか、と泣き言を漏らした。
「大げさネ。後でワタシが治してあげているカラ、もう少し我慢なさい。男の子デショ?」
「ちょ!? 男の子とか関係ねーし!」
 リサは孫の抗議に耳を貸さず、倒れている男の治療を始めた。背中の翼を折らぬように仰向けにすると、開かせた口の中へ樹の雫を垂らす。
 男はとりあえず生気を取り戻した。
「貴方、お名前ハ?」
 リサの手を借りて座り直し、やつれた表情で椎木翔琉(しいぎかける)、とたどたどしく答える。
「そう、椎木サン。危ないから下がっててネ。ア、逃げちゃ駄目ヨ。またアトで聞きたいことがあるカラ……解った?」
 椎木と名乗った男はすなおに頷いた。危なっかしく体を揺らしながら立ち上がると、醜い犬と格闘する一悟から二十メートルほど離れたところまでさがって立ち止まった。どうやら逃亡阻止に脅す必要はなさそうだ。
「よっしゃ。ほな、杭打ちしよか……なあ、ちょっと思うたんやけどな、いまのまんまやったら、杭、別に使わんでもええんとちゃうか?」
 杭は使えば消滅してしまう。他にどこかに隠されているかもしれないが、とりあえずいまは一本しかなく、持ち返れば貴重な研究資料になるに違いない。
 どこまでが本気なのか分からぬ調子でとぼける研吾に、一悟は泣き顔を向けた。
「じいちゃん!」
「しゃーないな。どれ、宮大工の腕と経験でばしっと一発で決めたろ」
 実際のところ、ランク2の妖とまともに戦えるのはこの場に一悟しかいない。時間をかけてもよいのであれば別なのだが、トンネルの中にいる妖はランクが低いとはいえ数が多く、また、守らなければならぬ者たちがたくさんいた。
 研吾は拾った杭を構えて、そろりと犬の尾に近づく。腫れもの間に背骨の筋を見極めると、迷わず杭を打ち込んだ。
 ぎゃんと悲鳴を上げて体を跳ねそらした醜犬を、全体重を預けて杭を地面まで押しこんで刺しとめた。
 すかさずリサが一悟の腫れた腕の治療に取りかかる。
 その間、研吾は醜犬から離れると、火の玉を飛ばしてマダラに生えた黒い毛を焼いた。前に回り込み、辺りにいる妖に加勢を求めて開いた口へもう一発、火の玉を投げ入れる。
「もうええやろ。一悟、トドメ任せたで」
「おう! 任されたぜ」
 一悟の全身を燃え上がる火のオーラが包む。
 やけくそ気味に飛びかかって来た妖に、これまでの仕返しと、全力の一撃を叩き込んだ。
 

「木下さん、無事ですか!」
 能力で視力を強化しているが、何分暗い。結鹿は時々、奥で灯る火の明かりと暗視を持つ飛鳥の警告に頼って猛スピードで向かってくる車をかわしつつ、まずはトンネルの中間で防戦する木下たちと合流した。
 身をすくめている男二人の間を駆け抜け、木下の横につく。
 田辺のところへ急ぎたいのはやまやまだが、まずは左右から挟み込む形で近づいてくる暴走幽霊車を退けなくてはならない。
「下がってください」
 腕を横へ伸ばして木下を下がらせる。
「ここはわたしに任せて」
 目蓋を閉じてたいして役に立たない視覚を自ら断つと、耳をそばだてて攻撃のタイミングを計った。
 土、この場合はコンクリートやアスファルトになるのだが、源素を流しこんで意思の糸を張りめくらせる。空気圧から向かってくるのは小型車だとあたりをつけ、ぶつかる直前に源素の糸を激しく震わせて道路や壁を爆ぜさせた。
 こぶし大に砕けたコンクリートやアスファルトの塊が、四方から赤と緑の暴走霊車を打つ。
 これに慌てた妖たちはハンドルを切って、結鹿の手前で左右に別れ、後方へ流れていった。
「ファイヴが来たのよ!」
 飛鳥は方々で怒鳴りながら、スティクを振るってトンネルの中に癒しの雨を降らせた。
「戦える人は残って一緒に戦って欲しいのよ!」
 ボンネットを凹ませた緑のツードアをかわすと、すれ違いざまにスティックの先から水龍を迸らせて尻に食らいつかせた。
「そこの三人組! 残るつもりがないならさっさと出て行ってください。邪魔なのよ!」
 顔を見合わせた二人の後ろからおずおずと固太りの男が進み出てきた。
「オレ、残ります。エナミースキャンと気力の回復ぐらいしかできないけど」
 いまの言葉から天行とあたりをつけて指示を飛ばす。
「だったら木下さんと義高お兄さんの気力回復を頼むのよ。あすかは結鹿ちゃんと一緒に奥に進みます」
「え? でもそうなったら……」
 刹那、後ろで空気を震わせる重い音が響いた。
 普段は花を運び、ブーケを作る大きくも繊細な手が、ダイナミックに斧を振り下していた。
「ここからは選手交替だ。ちっとうしろで休んでな。お疲れさん」
 緑のツードアを細切れにすると、義高はなおもぐずぐずと居残っていた土行の二人に、ねぎらいの言葉とは真逆の冷ややかな目を注ぐ。
「さっさとでていかねぇか。車と一緒に細切れにしちまうぞ!」
 一瞬で空気が変わった。そこはかとなく凄みが漂い、自ずと修羅場をくぐり抜けてきたことが知れる一喝に怯えて、脱兎のごとく駆けだした。
「え、えっと。あの二人、本当に行ってしまいましたけど」
 結鹿と飛鳥はすでにトンネルの奥へ向かった後だった。もとより、そうしようと打合せをしていたからには、なにも驚くことはない。
「それがどうした。そこにいる木下さんとお前、俺の三人いりゃ車の相手はできるだろ。それに、もうすぐ仲間が三人、犬をぶち倒して駆けつけてくる」
 二人がいなくなっても問題はない、と闇の中でギュスターブの柄を握り直した。
「――と、しかし、まさか俺が車を破壊する日が来るとはなぁ」
 赤いミニカーの車体に斧の刃を食い込ませてフロントガラスを割ると、逃げ去る車体のドアに蹴りを食らわせた。
 一昔前、某国民的格闘ゲームのボーナスステージにこんなやつがあったっけか。赤い鉢巻を持って来ればよかった、とぼそりと零す。
「ああ、そうか。どっかで見た光景だと思ったら!」
 填気を受けて源素が回復した木下が、癒しの霧を広げながら嬉しそうな声を上げた。声色に懐かしさが含まれていたからには、ゲームをプレイした経験があるのだろう。
「空手使いよりも、痩せたらあのキャラに――なんてったけ、あ、そうそう、ダ」
 木下は最後まで言うことができなかった。言葉の続きをいち早く察した義高が、左肘を顔面の中央にくれて黙らせたのだ。
「言っておくぞ。俺は剃っているだけだ! それになんだ、痩せても似るか!」
「うわっ、なんてことをするんですか。二人しかいなくなっちゃったじゃないですか!」
 義高は鷹揚に、問題ない、と言い放つ。なんならお前もトンネルの外へ避難しろ、とまで続けた。
 短気を起こしての発言ではない。
 仲間を見捨ててどこへ行くつもりや、と関西弁の渋い怒鳴り声に続き、トンネルの入り口から三重の足音が近づいてきていたのだ。
 残る車は三台で、うち一台は廃車寸前だ。回復なら光邑夫妻がふたりともやれる。それに一悟が攻撃に加われば、ランク1の妖に遅れを取ることはまずないだろう。
「悪いがそこで伸びている木下さんを担いでいってくれ」
 悪びれることなく天行に木下の運び出しを頼むと、義高は突っ込んでくるワゴン車に向き直った。
「さて、俺と車か、どっちがより頑丈かな。試してみるかい」
 戦いの熱い高揚感が胸を満たし、斧を構え持つ腕に力こぶができる。最初の一撃はやはり――。
 ガラスが砕け割れ、バンパーが落ちて跳ねた音がトンネル内部に響いた。


 癒しの雨で息を吹き返した猫耳の男とともに、田辺は火柱を放った。牛の角を生やした男が、火柱から逃れた子供の霊に火の玉を放つ。
 二家族、八体の妖から交互に襲われて、追い詰められた三人は互いの背を合わせる格好になっていた。しかも後ろにもう二家族、様子見で控えている。
(「だから早く来てくれ、ファイヴ!」)
 飛鳥の声は田辺の耳にもしっかり届いていた。幾度となく顔を突き合わせたことがあるからには、相手の実力は十分承知している。だから早く。
 天井から大きな岩が降ってきた。岩は妖が妖気で作りだした幻想にすぎないが、頭や肩を打つ重い岩はしっかりと体に痛みを叩き込んでくる。
(「――もう」)
 諦めが心に広がり始めたその時、闇を凛とした声が震わせた。
「お待たせいたしました!」
「あすかがすぐ治してあげるのよ!」
 飛鳥がスティックを振るう横で、結鹿が拳を固める。
 心を鬼にして女の子の霊を殴った。
 それを見て怒った両親の霊が、他の家族霊たちと連れだって襲ってきた。
「あなたたちの眠りを覚まさせて、あげくにこうして攻撃して散らされる。悔しいし、腹立たしいとは思いますがどうか許してください……彼らには相応の対応を致しますから」
 手を合わせて祈る。頭の上に冷気の靄が広がった。
 靄はたちまち氷結晶化し、集まって固まり、巨大な氷柱となった。
 手を上げて氷柱を掴み取り、地縛霊たちへ槍投げする。
「あすかたち獣部隊が前に出て殴るのよ。結鹿ちゃんと田辺さんは遠くにいる霊と戻ってくる車をやってください」
 どうやってはっぱをかけたのか、言葉通りに飛鳥が猫と牛を連れて前に出て来た。
 ほい、ほい、とリズムよく、三人交互に霊に拳を叩き入れていく。術の代償さえなければ、もっと早く倒していけそうだった。
「こればっかりはしかたないでござるのよ」
 飛鳥は軽い調子で効率の悪さを認めた。
 だから後ろから援護して欲しい。そう続けられたからには結鹿も引きさがるしかない。
 物理で殴るなら自分もできるが、前で戦うにも明かりが足りないのだ。音を立てず移動する妖を複数相手に盲目は不利だった。
「無理はしないでくださいね」
 そういって下がったとたん、後ろから唸りをあげるエンジンの音が近づいてくる。
「クロ、お願い」
 闇の中で守護使役から蒼龍を受け取ると、剣先を真っ直ぐ前に突きだした。どこから襲い掛かってくるか分かりにくい地縛霊たちと違い、暴走車は位置を把握しやすい。田辺の放った火柱が妖にコース変更を強く形になり、かえって邪魔になった。
 結鹿は氷片を纏わせた蒼龍を気合とともに繰りだした。
 刀は前と後ろで同時に散った炎の残照を取りこんで煌めく氷の龍となり、みごと赤いミニカーを真っ二つに切り裂いた。


「おいおい、張りきり過ぎじゃね? ちょっとは残してくれててもよかったのに」
「何いっているの、この子ハ」
 珍しく怒ったリサが、一悟の耳たぶを掴んでトンネルの入口へ引き返していく。死者との対話は叶わなかったが、妖化を解かれて天国へ旅立ってくれたにちがいない。
 実際、これだけ妖が湧いて負傷者がいたにもかかわらず、全員が無事だった。
「事故が起こった時の様子とか、くわしく聞きたかったけどダメだったのよ」
 落石でふさがれたもう一方のトンネルの口を前に、飛鳥は肩を落とす。だが、そんな悠長なことをしている場合ではなかったのだ。
 義高と光邑家の到着に怯んだ地縛霊たちが包囲を解かなければ、最悪一人か二人はやられていたかもしれない。
 全員トンネルを出た。
 結鹿と義高は撮影隊メンバーを横一列に並べて正座させた。ビデオカメラのスイッチを入れる。
「どうしてこのようなことを……その力をこのように事に生かしたのですか。彼らの安らかな眠りを邪魔する様な事をなぜっ!」
「今回は死者の眠りを優先したが、おまえらに次はねえぞ。肝に刻め」
 激しく詰め寄っても項垂れるばかりで返事がない。代わり映えのしない絵を取り続けても意味がないと、あきれて電源を落とした。教訓話としてネットに流すには、後で相当な編集が必要になりそうだ。
 代わって飛鳥が撮影隊の尋問を開始する。
 真鍮杭の出どころについて問いただすと、こんどはもそもそと答える声があった。
「この近くの……廃寺から送られてきていただって?」
 一悟は田辺へ顔を向けた。先程、馴染みの探偵たちから落石に張られていた術符を手渡されたばかりだった。誰かがトンネルを塞ぐ岩を崩さないよう、結界を張っていた形跡があったのだ。
 撮影隊のメンバーに詳しく話を聞くと、今回の撮影は謎の送り主との対面がてら企画されたものらしいことが解った。
「いかにも怪しいな」
 義高が唸る。
 いまから調べに行くと言いだした一悟と飛鳥の二人を、研吾が叱りつけた。
「あかん。今日のところは大人しく引き上げるで。こいつらを警察に引き渡して、はよ、うどん食いにいこう」


 坂道を下りはじめた覚者たちを、青い光に浮かんだ歪なシルエットが見送る。
「はやく儀式を進めなきゃね」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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