機の殺人劇
●
俺は夢でも見ているんだろうか。だとしたらなんて趣味の悪い夢だ。
そこの黒い塊はさっき燃えて死んだヤツ。その隣のヤツは血泡を吹きながら呻いているが、腰から下はどこに行ったんだ?
「ま、待てよ! 待ってくれよ! お前なんだよ! 俺らの後ろにはなあ……」
脅そうとした男の頭が消し飛んだ。
ああなんでもっと早く気付かなかったんだ。
こいつらは”あいつらと同じ”化け物だ!
「あ、なんかくっせえと思ったらアンタかあ。なになに?漏らすほど怖い?」
「当然だ。目の前で人が殺され、自分も同じ目に遭うんだからな」
軽い口調の金髪男が顔を覗き込み、その後ろから頬傷のある男が歩いて来た。二人の体には機械のような、人形のような手足がついている。
「お前たちには見せしめになってもらう」
「自業自得だから諦めてね!」
向けられた殺意に耐えかねて迸った悲鳴も、やがて肉片と一緒に宙に散った。
●
「無人になったオフィスビルで殺人が起きるようです」
久方 真由美(nCL2000003)は資料を綴じたファイルを広げ、説明を開始する。
被害者はオフィスビルを溜まり場にしていた身持ちの悪い連中だ。
事件当日、女性を無理やり連れ込んで悪さをしようとした所を襲撃され殺されてしまう。
「彼らは隔者の組織に関わった形跡があります。何らかの情報が得られるかもしれません」
そのため彼らを殺害される未来から救いたいと言うのが依頼の理由だった。
「襲撃者は二人。両者に機の因子が見られました」
その一言に集まった覚者達の表情が変わる。
「この襲撃者の所属は不明ですが、破綻者とも考えにくく、隔者と見て間違いないでしょう」
男たちをじわじわと嬲り殺しにしている割には、連れ込まれた女性を保護して逃がすのを予知の中で確認できた。
「かと言ってこちらが殺人を止めろと言っても聞き入れないでしょう。皆さんが標的を救助したとあれば戦闘になるはずです」
しかし、救助対象がいる場で戦闘が起きれば巻き込まれて死んでしまうのはほぼ確実。
二人組と戦闘が始まる前に救助を成功させ身柄を確保するには、介入のタイミングが重要になる。
「一番いいのは二人組が女性を保護してビルの二階北側に留まっている間に救出に向かう事でしょう」
救助対象の四人も、同じように二人組が女性の対応に向かった隙に三階に逃げている。
ビルには北側と南側二か所に階段があり、二人組は女性を逃がした後、北側の階段を使って三階に上がる。南側の階段を使えば発見されずに救助対象を捜しに行けるはずだ。
「今回は救助対象を確実に確保するため、現場に覚者が一人同行します。救助対象を発見したら後は彼に任せて下さい」
その覚者は救助対象を確保したらそのまま現場から離脱する。心置きなく戦闘に集中できるだろう。
「現状では二人組を倒す事はできませんが、殺人を諦めさせる事ならできるはずです」
二人組も長居をするつもりはないらしく、なかなか勝負がつかないとなれば撤退するだろう。無理をして追撃をしかけるとこちらの被害が増える危険がある。
「皆さん、無理は禁物です。目的をよく考えて気を付けて行って来て下さい」
俺は夢でも見ているんだろうか。だとしたらなんて趣味の悪い夢だ。
そこの黒い塊はさっき燃えて死んだヤツ。その隣のヤツは血泡を吹きながら呻いているが、腰から下はどこに行ったんだ?
「ま、待てよ! 待ってくれよ! お前なんだよ! 俺らの後ろにはなあ……」
脅そうとした男の頭が消し飛んだ。
ああなんでもっと早く気付かなかったんだ。
こいつらは”あいつらと同じ”化け物だ!
「あ、なんかくっせえと思ったらアンタかあ。なになに?漏らすほど怖い?」
「当然だ。目の前で人が殺され、自分も同じ目に遭うんだからな」
軽い口調の金髪男が顔を覗き込み、その後ろから頬傷のある男が歩いて来た。二人の体には機械のような、人形のような手足がついている。
「お前たちには見せしめになってもらう」
「自業自得だから諦めてね!」
向けられた殺意に耐えかねて迸った悲鳴も、やがて肉片と一緒に宙に散った。
●
「無人になったオフィスビルで殺人が起きるようです」
久方 真由美(nCL2000003)は資料を綴じたファイルを広げ、説明を開始する。
被害者はオフィスビルを溜まり場にしていた身持ちの悪い連中だ。
事件当日、女性を無理やり連れ込んで悪さをしようとした所を襲撃され殺されてしまう。
「彼らは隔者の組織に関わった形跡があります。何らかの情報が得られるかもしれません」
そのため彼らを殺害される未来から救いたいと言うのが依頼の理由だった。
「襲撃者は二人。両者に機の因子が見られました」
その一言に集まった覚者達の表情が変わる。
「この襲撃者の所属は不明ですが、破綻者とも考えにくく、隔者と見て間違いないでしょう」
男たちをじわじわと嬲り殺しにしている割には、連れ込まれた女性を保護して逃がすのを予知の中で確認できた。
「かと言ってこちらが殺人を止めろと言っても聞き入れないでしょう。皆さんが標的を救助したとあれば戦闘になるはずです」
しかし、救助対象がいる場で戦闘が起きれば巻き込まれて死んでしまうのはほぼ確実。
二人組と戦闘が始まる前に救助を成功させ身柄を確保するには、介入のタイミングが重要になる。
「一番いいのは二人組が女性を保護してビルの二階北側に留まっている間に救出に向かう事でしょう」
救助対象の四人も、同じように二人組が女性の対応に向かった隙に三階に逃げている。
ビルには北側と南側二か所に階段があり、二人組は女性を逃がした後、北側の階段を使って三階に上がる。南側の階段を使えば発見されずに救助対象を捜しに行けるはずだ。
「今回は救助対象を確実に確保するため、現場に覚者が一人同行します。救助対象を発見したら後は彼に任せて下さい」
その覚者は救助対象を確保したらそのまま現場から離脱する。心置きなく戦闘に集中できるだろう。
「現状では二人組を倒す事はできませんが、殺人を諦めさせる事ならできるはずです」
二人組も長居をするつもりはないらしく、なかなか勝負がつかないとなれば撤退するだろう。無理をして追撃をしかけるとこちらの被害が増える危険がある。
「皆さん、無理は禁物です。目的をよく考えて気を付けて行って来て下さい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.救助対象4人を助ける。
2.隔離者二人組と交戦し、撤退に持ち込む。
3.なし
2.隔離者二人組と交戦し、撤退に持ち込む。
3.なし
少々残酷なオープニングになってしまいましたが、この予知が現実にならないよう、皆さまに頑張っていただきたいと思います。
それでは、今回もよろしくお願いします。
●注意事項
隔者二人組の戦闘力は皆さまよりも上です。無理に攻めると敗北し、勝った二人組は救助対象を追跡して殺してしまいますので、ご注意ください。
・補足
救助対象を先に発見できれば、同行するNPC海棠 雅刀(nCL2000086)が現場から安全圏まで運びます。
●場所
会社が倒産し無人になったオフィスビル。
周辺は工業地域の片隅で空き地が多く、休日のため人気もありません。
救助対象は最上階の三階、隔者二人は二階北側にいます。
エレベーターは動いていないので南側にある階段で向かって下さい。
●救出対象
社屋を悪事を働く場所として利用していた男達の内、生き残り四名。
この日も女性をさらって悪さをしようとした所で襲撃を受けました。
隙を見て四人一緒に三階に逃げ込みましたが、廊下には血痕が残っているため、二人組が三階に上がって来る前に発見しなければ簡単に居場所を辿られてしまうでしょう。
救助しに来たことを伝えれば、四人は藁にもすがる思いで素直に誘導に従ってくれます。
何やら隔者の組織と繋がりがあるようですが……。
●敵情報
隔者二人組。戦闘能力はFiVEに現在所属している覚者よりも上。
標的はあくまで男たちの方で、戦闘が長引くと撤退してしまいます。
・隔者1
呼称:アニキ(頬傷の男)
機の因子/火行
右腕と右足が機化。攻撃力と命中補正が高い。
火行スキルを使用し攻撃手として動きます。
・隔者2
呼称:マサ(金髪の男)
機の因子/天行
両足が機化。素早い反面防御はやや低め。
天行スキルを使用し、補助や回復を中心にを行います。
情報は以上になります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月14日
2015年10月14日
■メイン参加者 8人■

●惨劇の場へ
人気のないオフィスビルの扉が開く。むせ返るような血の臭いが溢れ出して、入った来た八人の男女にまとわりついた。
「ひでぇ殺し方しやがる。これじゃどちらが悪党か分からねえぜ」
寺田 護(CL2001171)が吐き捨てるように言う。その視線の先には血塗れの遺体。
「いくらなんでもやり過ぎだぜ」
「ああ……」
女性を連れ込み悪さをするような連中を助けなければいけない事に不満を抱えていた星野 宇宙人(CL2000772)と阿久津 亮平(CL2000328)も顔をしかめた。
「この人たちが、良からぬ事を……したとしても……それが、殺して良い理由にはなりません……」
「せやな……」
瑠璃垣 悠(CL2000866)が痛まし気に、瑛月 秋葉(CL2000181)も複雑な表情で呟く。
「ここまでやる理由はなんだろうね。背後に誰かいるかもって話だったけど」
鳴神 零(CL2000669)は隔者同士の諍いか、この男たちの背後にいる組織への火種かと考えていたが、今の時点では何とも言えなかった。
「相手の狙いなどがすこしばかりでも解明すればいいのですが、難しいでしょうかねえ」
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)はこの状況にもうっすらと笑みを浮かべている。
「何にせよ、己の行動が正義だと言いそうな方ですが。あまり深くかかわりあいになりたくないものですね」
「ま、俺らはさっさと救助対象捕か……確保すんよ!」
不死川 苦役(CL2000720)が、ぱん。と手を打ち場違いなほど明るい声を出す。
それをきっかけに気持ちを切り替えた覚者たちは事前に決めていたチームに別れる。
「お互い気ぃつけてな」
「おっけー。そんじゃあちょっくら行ってくるわ!」
軽く声を掛け合い、覚者たちはそれぞれ北と南に向かった。
●北側
隔者がいる北側へ向かったのは秋葉、悠、亮平、零、宇宙人、護の六人。
秋葉が先頭に立ってしのびあしで慎重に進み、先の確認を行う。亮平もていさつを使ってみたが、曲がり角が多く壁で区切られた部屋ばかりのビルでは少々使い勝手が悪かった。
『護さん、そっちはどうですか』
その代わり、亮平の送受心は無言のまま覚者たちの意思伝達を可能にしている。
『上の階に反応が三つある。向こうの方だ』
熱感知を行っていた護が指差した方向に注意しつつ階段を上ると、女性の声と二人の男の声が聞こえて来た。
突入のタイミングを見計らうため秋葉が更に先に進んで様子を窺っていると、女性が部屋から出て来て躊躇いつつも頭を下げる。明らかにサイズが大きい男物の上着を着た女性は、覚者たちがいる階段とは違う方向に走って行った。
「……」
『どうした?』
微妙な顔をした秋葉に不思議そうな送信が来た。何でもないと首を横に振る。
『今部屋から出て行ったで』
行くなら今だと言う秋葉の送信を亮平が全員に伝える。それを受けて覚者たちは隔者二人組がいる部屋へと向かった。
「女性の救出お疲れ様!」
「え、なんか来たんだけど」
部屋の中に入って来た覚者たちといきなり明るく言って来た零を見て、部屋にいた男の一人がきょとんと目を瞬かせる。
派手な金髪にパンクファッション。対して無言のままでいる黒髪ストレートにシンプルな服装の男。その頬には傷があった。そして何より目を引くのは機の因子を示す球体関節人形の手足。間違いなくこの二人が隔者だ。
「キミタチだれさん? こんな所になにしに来たの?」
金髪男は口だけで笑い、頬傷の男はにこりともしないで覚者たちを見据えている。
「そな怖い顔せんといて。君らが僕らを警戒するのは当たり前の事やけど君らと殺りあうために来たんやない」
秋葉が敵意はないと示すように丸腰で男達に話しかける。
「どうしたの、救出なんてらしくもない。気になるよね☆ 恐らく気が向いたからとかそんな理由だろうけど」
「らしくもないってキミいきなりひどくない?」
零の台詞に反応したのも金髪男の方だった。へらへら笑っているが、目は一切笑っていない。
「……私達は、ただ、知りたいだけ、です」
その表情を見た悠は金髪男に言う。時間稼ぎのためもあるが、二人組の隔者の事も今回標的にされた男たちの事も、何も知らずに戦うのを躊躇っていた。
「女性を助けたとこ一部始終見とったけど、あんさんらが心底悪い奴に見えへん。なんの理由があってあそこまでするんや」
最初に見た遺体の状態が酷かっただけに秋葉も迷ったが、二人組は警戒しつつも問答無用で攻撃をしかけてこない。頬傷の男に至っては金髪男が前に出ようとする度にさりげなく制している。
その様子は宇宙人も見ていたが、口出しはせずに状況と時間の経過を見守っている。
(確かになーんか、悪い人たちには見えないけどさ。男共のやった事は俺も許せないし。……でも、やり過ぎじゃね? って思う所もあるからな)
宇宙人はちらりと時計を見る。思う所はあるが、まずは時間稼ぎをしなければならない。救助対象を捜し出し避難させるにはまだ時間が必要なはずだ。
●南側
南側を行くのはエヌ、苦役の二人と同行した海棠 雅刀(nCL2000086)。
「あ、こりゃかくれんぼにもならないわー」
二階の廊下から三階に繋がる階段に血痕が落ちているのを見て、苦役はへらりと笑った。更に透視を使っている彼には、上階に誰かが固まって隠れている事はすでに分かっていたらしい。
「では颯爽と救助対象を回収しに参りましょうか」
怪しく笑いながら言うエヌ。二人の怪しい笑みに雅刀はこいつら大丈夫か? と言いたげだ。
「いや、はや。仕事はきちんとやらせて頂きますとも。でも少しくらいなら驚かしてもよろしいですよね?」
弁解したかと思ったら懐中電灯片手に何か企むような顔をする始末。やめろと止める雅刀。救助チームとしては不穏な二人だったが、血痕を辿り目的の人物を見付けるのは早かった。
「ふはっ! 見ィつけた!」
「ひぃっ!」
遠慮なく扉を開け放った苦役の登場に悲鳴が上がる。元は会議室だったのか、置き去りにされたカウンターの影に四人の男が固まっていた。
「お? 存外に元気元気じゃん! 腕とか足とか千切れてない?」
「もうカンベンしてくれよお!」
「こ、こっちくんじゃねえ!」
「いいですねぇ、迫りくる陰に怯え恐怖のあまり身を縮め、ただがむしゃらに救いを求める言葉を吐くその様は僕の心が躍ります」
やたら明るい苦役の声と笑顔は男たちにはかえって恐怖心を与えたらしい。エヌは奇怪な笑みを深めて男たちに近付くと、更に悲鳴をあげて身を寄せ合う様を楽しみつつ目的を果たす事にした。
「この様な様相ですが、一応助けに参って差し上げましたので避難いたしましょう」
「へっ?」
助けてもらえると思っていなかった男たちは不思議そうな顔をしたが、エヌの言葉を理解すると縋るように物陰から這い出して来た。
「ほ、ほんとか?!」
「マジで助けてくれるんだよな?!」
「ちゃーんとお喋りできたらな。後で御褒美あげちゃうぜ?」
「しゃべる! なんでもしゃべるから早く助けてくれ!」
先程まで怯えていた苦役にも男たちはまるで救世主だと言わんばかりの目をしている。恐怖から一転希望が見えた男たちは非常に従順で、誘導されるままに一階まで戻った。
エントランスに残った遺体には、けして目を向けなかったが。
「んーじゃ、ロングコート君後はお願いちゅっちゅー!」
オフィスビルの出入り口で四人を任された雅刀は「貴公らの協力に感謝する」と一言だけ言って四人を連れ離れて行った。
「では戦線に加わるとしましょうか。皆様が程よく負傷して苦痛に呻いていらっしゃると尚よろしいのですが」
不穏な事を言いだすエヌ。しかし偶然にもこの言葉は北の状況をぴたりと言い当てていた。
●隔者との戦い
エヌと苦役が救助対象と接触する頃、足止めのための会話は限界になっていた。
「悪いけど、そこどいて。オレらやる事あるんだよ」
始めは頬傷の男が制止した事もあり話を聞いていた金髪男だったが、とうとうしびれを切らしたようだ。両足の踵についたギアが回転し、蒸気のような物を吐き出す。
「僕らはあの四人から情報もらいたいだけなんや。だから僕達に預からせてくれへん?」
秋葉はここまでかと思いつつも最後に食い下がる。
だが、これはある意味決定打になったらしい。
「へー。情報ね」
金髪男はどうする?と頬傷の男を横目で見た。それに対する頬傷の男の返答はため息だ。
「どうやら私達の目的は相容れないようだ」
「それなら……私は、壁となります。……そして、あなた達を通しません」
「残念だね」
金髪男が言い終えると同時に風が巻き起こり、金髪男と頬傷の男の能力を強化する。
「来るぞ!」
亮平が叫ぶとほぼ同時に、マシンガンと大砲を合成したような頬傷の男の右腕から炎が迸り前に出ていた覚者たちを焼き払った。
肉を焼く炎がもたらす痛みに、零は仮面の下で薄く笑う。情報と一言口にしただけなのにこの変わりよう。よほど知られたくない情報なのか。
「私達、あの悪い子達の情報が欲しいから。通せんぼさせて貰うね」
零も救助対象の男達に思う所はある。面と向かって言ってやりたい事があるくらいだ。しかし、この二人の反応からすると持っている情報に価値はあるらしい。
「ねーねー、君達の目的は何? そこまでして見せしめを作るのは理由があるのでしょ?言ってみてよ、私達の情報は教えないけど☆」
黒く大きな獣の爪の如く変化した腕で頬傷の男の腕を掴む。ぎちりと黒い爪が食い込むが、頬傷の男は零の腕を見て呟く。
「君も私達と同じか」
「十天、鳴神零。以後宜しく☆」
頬傷の男からの返答はあったかなかったか、零は力任せに振りほどかれ頬傷の男はその場から飛び退く。護のエアブリットがわずかに遅れて床を穿つ。
反撃は即座に行われた。炎の弾丸は悠の巨大な盾を激しく揺らして炎を撒き散らし、宇宙人と零を巻き込む。いかに防御を固めようとも、炎は覚者たちにまとわりつき炎傷を残した。
「やっぱアニキの炎はエグいわー」
「あんまりそっちばかり気にせんとってや」
炎傷を引き起こす頬傷の男の攻撃を見ていた金髪男に、秋葉が放った貫殺撃が襲い掛かる。攻撃は外れ金髪男の上着に穴を開けるにとどまったが、注意を向ける事には成功した。
「回復されたら厄介なんでな。少しおにーさんと付き合って」
「俺としては女の子の相手の方がいいんだけどな」
宇宙人と秋葉が金髪男を。亮平、護、悠、零の四人が頬傷の男をマークする。高い火力を持つ頬傷の男の攻撃は様々な防御を重ね守りを固めた上からでも体力を削り、食らうと確実に炎傷を残した。
「なかなかいい手ごたえがないな」
「一応攻撃は通ってるんだけどね」
護と零は四人にマークされても一向に揺るがず攻撃に専念する頬傷の男を攻めあぐねる。
「おっと、ハズレだ」
「付き合い悪いなあ。もうちょっとサービスしてくれてもええやろ」
金髪男に攻撃を避けられて軽口を叩く秋葉。しかしその声に余裕はない。消すのに失敗した炎傷が痛む。気付けば覚者たちの半数がかなりのダメージを負っていた。
「一応、狙い通りって言ってええか?」
「そう思いてえけどな」
秋葉の無理矢理な笑みに、宇宙人が半ばぼやくように言う。
確かに足止めには成功していると言って良いが、回復手段のない中での戦闘で体力を削られっぱなしだ。隔者も条件は同じだが、覚者たちが防御に偏り攻撃が散発的になっているため余裕がある。
そして更に状況を悪化させる事が起きる。
頬傷の男が放った砲弾が護に突き刺さり、床に打ち倒した。
「寺田さん……っ」
「人の心配してる場合かな?」
金髪男の声。護から正面に振り返った悠は金髪男の雷撃が自分に向かってくるのを見た。
「残念! そう簡単にやらせないよ」
悠と雷撃の間に零が割り込み盾となる。激しい雷撃は零の四肢に痺れるような痛みを与える。
いかに体力があるとは言え消耗はすでに無視できない状態になっていたが、それでも零は仮面の下で笑っていた。
「もっと攻撃してきてよ死を感じて堪らないもっともっと☆」
頬傷の男は構わず秋葉と亮平に向けて火柱を起こす。炎に巻かれ、一人が全身を覆う程の雷撃を受けて崩れ落ちる。炎が収まった床に倒れていたのは秋葉だった。
「そろそろ諦めない?」
「悪いが、それはできない」
秋葉が狙われた代わりに無事だった亮平は、倒れた秋葉を見て歯噛みする。護に秋葉、攻撃手の二人が倒れたのだ。金髪男の笑みは余裕の表れか。
「はい三人目」
その言葉の意味を亮平が問いかける前に、大きな盾が床に落ちた。
いかに味方同士で庇い合っていても隙はある。その合間を突いた頬傷の男の砲撃が悠の小柄な体を盾ごと吹き飛ばしていたのだ。
しかし、悠は倒れたままではいなかった。
「まだ、です……倒れるわけには、いかない……。たとえ、私自身が……いくら傷ついても、それでも……守るべきものが、あるのなら」
再び盾を構え立ち上がる悠。その姿に金髪男は口を引き結び、頬傷の男も眉根を寄せる。
「女の子にばっか盾させるわけにはいかねえな。おい、こっちも狙えよ」
挑発するように宇宙人が言うが、内心では早く相手がやる気を無くさないかと考えていた。立ち上がれたからと言っても万全の状態ではないのだ。護と秋葉が倒れ、自分も零も亮平も余裕はない。
このままでは突破されるのではと言う思いがよぎったその瞬間、場違いな程の笑い声がその空気を打ち壊した。
●呆気ない終わり
「ふ、ふふ、ふふふふふ、ははは、はーっははははは! どうやら苦戦していらっしゃるようですね!」
「なにアレ」
哄笑をあげながら現れたエヌに、金髪男がぽつりと言う。頬傷の男は真っ先に銃口を突きつけたが、何かに気付いたようにその場から飛び退いた。
「じゃーん! 俺だよ!」
物質透過を使って床から現れたのは苦役。物質透過を利用した攻撃を試みていたのだが、物質透過ができるのはあくまで使用者のみ。攻撃には併用出来ずこの登場シーンとなったようだ。
「来てくれたか!」
窮地に現れたヒーローと言うにはズレた登場だったが、亮平は快哉を叫ぶ。
「増援か」
頬傷の男が呟き、金髪男が舌打ちする。二人組の目的は逃げた男たちを始末する事。予想外の介入を受けた事で予定はすでに狂っている。
ちらりと部屋の出入り口に目を向けた頬傷の男だったが、今入って来たばかりのエヌの召雷に打たれ、最初から隔者を救助に向かわせないため行動していたメンバーも出入り口付近に集まっていた。
「潮時か」
頬傷の男の呟きに覚者たちははっとなる。エヌと苦役の二人がこちらに来たと言う事は救助はすでに完了しているはず。そして戦闘が始まってからそれなりの時間が経過していた。
「マサ、退くぞ」
金髪男は頬傷の男の呼びかけに顔をしかめたが、穴が開いた上着を肩にかける。
「キミらの勝ちってことだね。ごくろうさん」
ひらひらと手を振って窓際に歩いて行く金髪男。頬傷の男もそれに倣う。
「あ、そうそう」
あまりにあっさりと終わった戦いに呆然としていた覚者たちに、金髪男が振り返る。
「キミらの頑張りにご褒美。逢魔ヶ時。あいつら尋問するなら先にこれ聞かせた方がいいよ」
「逢魔ヶ時?」
「私達がそれのために来たと知れば、洗いざらい喋るだろうな」
口数が少なく見えた頬傷の男までもが意外にもアドバイスめいた事を言い残し、二人は窓を開いて階下へ飛び降りた。
「えらくあっさり退いたな」
亮平は二人組が出て行った窓から下を見下ろし、誰もいない地面を見て拍子抜けしたように窓の桟に寄りかかる。
「本当に狙いはあの連中だけだったのか」
大きく息を吐いて宇宙人がどかりと床に座り込む。焼け焦げた衣服からまだ煙が出ているようなありさまだったが、それはここにいるほぼ全員がそうだった。
「逢魔ヶ時……あの人たちの、組織、なんでしょうか……」
悠の呟きに答えられる者はいない。あの二人組は逢魔ヶ時と言っただけだ。今の時点では隔離者たちと何の関係があるのか分からなかった。
「ま、他の事はあの連中に聞いてみようか」
「ええ。とても素直になっていますから、なんでもしゃべってくれると思いますよ」
「そーそー。今なら何でも喋らせ放題! 期待していいよ!」
「……大丈夫なのか?」
零の提案にはエヌと苦役がにやりと笑い、その妖しさに亮平は思わず聞いてしまう。
戦闘の緊張から解放されたためか、その流れに誰かが小さくふき出した。殺人劇のすべては止める事は出来なかったが、目的は果たされた。
「瑛月さんと寺田さんの怪我もある。戻るか」
亮平は倒れたままの護と秋葉を引っ張り上げようとするが、体力を消耗した体はよろけそうになる。それを見た他の面子も運ぶのを手伝う事にした。
「今日は帰る前にちょっとやる事あるな」
「そうだね。あの悪い子たちにしっかり話聞かないと」
この後はどこかに飲みに行くか食べに行くかしようと思っていた宇宙人だが、傷だらけの仲間を見て後回しになりそうだなと考える。
逢魔ヶ時。二人組の口からも聞かされたその言葉が何を意味するか、救助した男達から聞き出せるのはもう少し後の事だった。
人気のないオフィスビルの扉が開く。むせ返るような血の臭いが溢れ出して、入った来た八人の男女にまとわりついた。
「ひでぇ殺し方しやがる。これじゃどちらが悪党か分からねえぜ」
寺田 護(CL2001171)が吐き捨てるように言う。その視線の先には血塗れの遺体。
「いくらなんでもやり過ぎだぜ」
「ああ……」
女性を連れ込み悪さをするような連中を助けなければいけない事に不満を抱えていた星野 宇宙人(CL2000772)と阿久津 亮平(CL2000328)も顔をしかめた。
「この人たちが、良からぬ事を……したとしても……それが、殺して良い理由にはなりません……」
「せやな……」
瑠璃垣 悠(CL2000866)が痛まし気に、瑛月 秋葉(CL2000181)も複雑な表情で呟く。
「ここまでやる理由はなんだろうね。背後に誰かいるかもって話だったけど」
鳴神 零(CL2000669)は隔者同士の諍いか、この男たちの背後にいる組織への火種かと考えていたが、今の時点では何とも言えなかった。
「相手の狙いなどがすこしばかりでも解明すればいいのですが、難しいでしょうかねえ」
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)はこの状況にもうっすらと笑みを浮かべている。
「何にせよ、己の行動が正義だと言いそうな方ですが。あまり深くかかわりあいになりたくないものですね」
「ま、俺らはさっさと救助対象捕か……確保すんよ!」
不死川 苦役(CL2000720)が、ぱん。と手を打ち場違いなほど明るい声を出す。
それをきっかけに気持ちを切り替えた覚者たちは事前に決めていたチームに別れる。
「お互い気ぃつけてな」
「おっけー。そんじゃあちょっくら行ってくるわ!」
軽く声を掛け合い、覚者たちはそれぞれ北と南に向かった。
●北側
隔者がいる北側へ向かったのは秋葉、悠、亮平、零、宇宙人、護の六人。
秋葉が先頭に立ってしのびあしで慎重に進み、先の確認を行う。亮平もていさつを使ってみたが、曲がり角が多く壁で区切られた部屋ばかりのビルでは少々使い勝手が悪かった。
『護さん、そっちはどうですか』
その代わり、亮平の送受心は無言のまま覚者たちの意思伝達を可能にしている。
『上の階に反応が三つある。向こうの方だ』
熱感知を行っていた護が指差した方向に注意しつつ階段を上ると、女性の声と二人の男の声が聞こえて来た。
突入のタイミングを見計らうため秋葉が更に先に進んで様子を窺っていると、女性が部屋から出て来て躊躇いつつも頭を下げる。明らかにサイズが大きい男物の上着を着た女性は、覚者たちがいる階段とは違う方向に走って行った。
「……」
『どうした?』
微妙な顔をした秋葉に不思議そうな送信が来た。何でもないと首を横に振る。
『今部屋から出て行ったで』
行くなら今だと言う秋葉の送信を亮平が全員に伝える。それを受けて覚者たちは隔者二人組がいる部屋へと向かった。
「女性の救出お疲れ様!」
「え、なんか来たんだけど」
部屋の中に入って来た覚者たちといきなり明るく言って来た零を見て、部屋にいた男の一人がきょとんと目を瞬かせる。
派手な金髪にパンクファッション。対して無言のままでいる黒髪ストレートにシンプルな服装の男。その頬には傷があった。そして何より目を引くのは機の因子を示す球体関節人形の手足。間違いなくこの二人が隔者だ。
「キミタチだれさん? こんな所になにしに来たの?」
金髪男は口だけで笑い、頬傷の男はにこりともしないで覚者たちを見据えている。
「そな怖い顔せんといて。君らが僕らを警戒するのは当たり前の事やけど君らと殺りあうために来たんやない」
秋葉が敵意はないと示すように丸腰で男達に話しかける。
「どうしたの、救出なんてらしくもない。気になるよね☆ 恐らく気が向いたからとかそんな理由だろうけど」
「らしくもないってキミいきなりひどくない?」
零の台詞に反応したのも金髪男の方だった。へらへら笑っているが、目は一切笑っていない。
「……私達は、ただ、知りたいだけ、です」
その表情を見た悠は金髪男に言う。時間稼ぎのためもあるが、二人組の隔者の事も今回標的にされた男たちの事も、何も知らずに戦うのを躊躇っていた。
「女性を助けたとこ一部始終見とったけど、あんさんらが心底悪い奴に見えへん。なんの理由があってあそこまでするんや」
最初に見た遺体の状態が酷かっただけに秋葉も迷ったが、二人組は警戒しつつも問答無用で攻撃をしかけてこない。頬傷の男に至っては金髪男が前に出ようとする度にさりげなく制している。
その様子は宇宙人も見ていたが、口出しはせずに状況と時間の経過を見守っている。
(確かになーんか、悪い人たちには見えないけどさ。男共のやった事は俺も許せないし。……でも、やり過ぎじゃね? って思う所もあるからな)
宇宙人はちらりと時計を見る。思う所はあるが、まずは時間稼ぎをしなければならない。救助対象を捜し出し避難させるにはまだ時間が必要なはずだ。
●南側
南側を行くのはエヌ、苦役の二人と同行した海棠 雅刀(nCL2000086)。
「あ、こりゃかくれんぼにもならないわー」
二階の廊下から三階に繋がる階段に血痕が落ちているのを見て、苦役はへらりと笑った。更に透視を使っている彼には、上階に誰かが固まって隠れている事はすでに分かっていたらしい。
「では颯爽と救助対象を回収しに参りましょうか」
怪しく笑いながら言うエヌ。二人の怪しい笑みに雅刀はこいつら大丈夫か? と言いたげだ。
「いや、はや。仕事はきちんとやらせて頂きますとも。でも少しくらいなら驚かしてもよろしいですよね?」
弁解したかと思ったら懐中電灯片手に何か企むような顔をする始末。やめろと止める雅刀。救助チームとしては不穏な二人だったが、血痕を辿り目的の人物を見付けるのは早かった。
「ふはっ! 見ィつけた!」
「ひぃっ!」
遠慮なく扉を開け放った苦役の登場に悲鳴が上がる。元は会議室だったのか、置き去りにされたカウンターの影に四人の男が固まっていた。
「お? 存外に元気元気じゃん! 腕とか足とか千切れてない?」
「もうカンベンしてくれよお!」
「こ、こっちくんじゃねえ!」
「いいですねぇ、迫りくる陰に怯え恐怖のあまり身を縮め、ただがむしゃらに救いを求める言葉を吐くその様は僕の心が躍ります」
やたら明るい苦役の声と笑顔は男たちにはかえって恐怖心を与えたらしい。エヌは奇怪な笑みを深めて男たちに近付くと、更に悲鳴をあげて身を寄せ合う様を楽しみつつ目的を果たす事にした。
「この様な様相ですが、一応助けに参って差し上げましたので避難いたしましょう」
「へっ?」
助けてもらえると思っていなかった男たちは不思議そうな顔をしたが、エヌの言葉を理解すると縋るように物陰から這い出して来た。
「ほ、ほんとか?!」
「マジで助けてくれるんだよな?!」
「ちゃーんとお喋りできたらな。後で御褒美あげちゃうぜ?」
「しゃべる! なんでもしゃべるから早く助けてくれ!」
先程まで怯えていた苦役にも男たちはまるで救世主だと言わんばかりの目をしている。恐怖から一転希望が見えた男たちは非常に従順で、誘導されるままに一階まで戻った。
エントランスに残った遺体には、けして目を向けなかったが。
「んーじゃ、ロングコート君後はお願いちゅっちゅー!」
オフィスビルの出入り口で四人を任された雅刀は「貴公らの協力に感謝する」と一言だけ言って四人を連れ離れて行った。
「では戦線に加わるとしましょうか。皆様が程よく負傷して苦痛に呻いていらっしゃると尚よろしいのですが」
不穏な事を言いだすエヌ。しかし偶然にもこの言葉は北の状況をぴたりと言い当てていた。
●隔者との戦い
エヌと苦役が救助対象と接触する頃、足止めのための会話は限界になっていた。
「悪いけど、そこどいて。オレらやる事あるんだよ」
始めは頬傷の男が制止した事もあり話を聞いていた金髪男だったが、とうとうしびれを切らしたようだ。両足の踵についたギアが回転し、蒸気のような物を吐き出す。
「僕らはあの四人から情報もらいたいだけなんや。だから僕達に預からせてくれへん?」
秋葉はここまでかと思いつつも最後に食い下がる。
だが、これはある意味決定打になったらしい。
「へー。情報ね」
金髪男はどうする?と頬傷の男を横目で見た。それに対する頬傷の男の返答はため息だ。
「どうやら私達の目的は相容れないようだ」
「それなら……私は、壁となります。……そして、あなた達を通しません」
「残念だね」
金髪男が言い終えると同時に風が巻き起こり、金髪男と頬傷の男の能力を強化する。
「来るぞ!」
亮平が叫ぶとほぼ同時に、マシンガンと大砲を合成したような頬傷の男の右腕から炎が迸り前に出ていた覚者たちを焼き払った。
肉を焼く炎がもたらす痛みに、零は仮面の下で薄く笑う。情報と一言口にしただけなのにこの変わりよう。よほど知られたくない情報なのか。
「私達、あの悪い子達の情報が欲しいから。通せんぼさせて貰うね」
零も救助対象の男達に思う所はある。面と向かって言ってやりたい事があるくらいだ。しかし、この二人の反応からすると持っている情報に価値はあるらしい。
「ねーねー、君達の目的は何? そこまでして見せしめを作るのは理由があるのでしょ?言ってみてよ、私達の情報は教えないけど☆」
黒く大きな獣の爪の如く変化した腕で頬傷の男の腕を掴む。ぎちりと黒い爪が食い込むが、頬傷の男は零の腕を見て呟く。
「君も私達と同じか」
「十天、鳴神零。以後宜しく☆」
頬傷の男からの返答はあったかなかったか、零は力任せに振りほどかれ頬傷の男はその場から飛び退く。護のエアブリットがわずかに遅れて床を穿つ。
反撃は即座に行われた。炎の弾丸は悠の巨大な盾を激しく揺らして炎を撒き散らし、宇宙人と零を巻き込む。いかに防御を固めようとも、炎は覚者たちにまとわりつき炎傷を残した。
「やっぱアニキの炎はエグいわー」
「あんまりそっちばかり気にせんとってや」
炎傷を引き起こす頬傷の男の攻撃を見ていた金髪男に、秋葉が放った貫殺撃が襲い掛かる。攻撃は外れ金髪男の上着に穴を開けるにとどまったが、注意を向ける事には成功した。
「回復されたら厄介なんでな。少しおにーさんと付き合って」
「俺としては女の子の相手の方がいいんだけどな」
宇宙人と秋葉が金髪男を。亮平、護、悠、零の四人が頬傷の男をマークする。高い火力を持つ頬傷の男の攻撃は様々な防御を重ね守りを固めた上からでも体力を削り、食らうと確実に炎傷を残した。
「なかなかいい手ごたえがないな」
「一応攻撃は通ってるんだけどね」
護と零は四人にマークされても一向に揺るがず攻撃に専念する頬傷の男を攻めあぐねる。
「おっと、ハズレだ」
「付き合い悪いなあ。もうちょっとサービスしてくれてもええやろ」
金髪男に攻撃を避けられて軽口を叩く秋葉。しかしその声に余裕はない。消すのに失敗した炎傷が痛む。気付けば覚者たちの半数がかなりのダメージを負っていた。
「一応、狙い通りって言ってええか?」
「そう思いてえけどな」
秋葉の無理矢理な笑みに、宇宙人が半ばぼやくように言う。
確かに足止めには成功していると言って良いが、回復手段のない中での戦闘で体力を削られっぱなしだ。隔者も条件は同じだが、覚者たちが防御に偏り攻撃が散発的になっているため余裕がある。
そして更に状況を悪化させる事が起きる。
頬傷の男が放った砲弾が護に突き刺さり、床に打ち倒した。
「寺田さん……っ」
「人の心配してる場合かな?」
金髪男の声。護から正面に振り返った悠は金髪男の雷撃が自分に向かってくるのを見た。
「残念! そう簡単にやらせないよ」
悠と雷撃の間に零が割り込み盾となる。激しい雷撃は零の四肢に痺れるような痛みを与える。
いかに体力があるとは言え消耗はすでに無視できない状態になっていたが、それでも零は仮面の下で笑っていた。
「もっと攻撃してきてよ死を感じて堪らないもっともっと☆」
頬傷の男は構わず秋葉と亮平に向けて火柱を起こす。炎に巻かれ、一人が全身を覆う程の雷撃を受けて崩れ落ちる。炎が収まった床に倒れていたのは秋葉だった。
「そろそろ諦めない?」
「悪いが、それはできない」
秋葉が狙われた代わりに無事だった亮平は、倒れた秋葉を見て歯噛みする。護に秋葉、攻撃手の二人が倒れたのだ。金髪男の笑みは余裕の表れか。
「はい三人目」
その言葉の意味を亮平が問いかける前に、大きな盾が床に落ちた。
いかに味方同士で庇い合っていても隙はある。その合間を突いた頬傷の男の砲撃が悠の小柄な体を盾ごと吹き飛ばしていたのだ。
しかし、悠は倒れたままではいなかった。
「まだ、です……倒れるわけには、いかない……。たとえ、私自身が……いくら傷ついても、それでも……守るべきものが、あるのなら」
再び盾を構え立ち上がる悠。その姿に金髪男は口を引き結び、頬傷の男も眉根を寄せる。
「女の子にばっか盾させるわけにはいかねえな。おい、こっちも狙えよ」
挑発するように宇宙人が言うが、内心では早く相手がやる気を無くさないかと考えていた。立ち上がれたからと言っても万全の状態ではないのだ。護と秋葉が倒れ、自分も零も亮平も余裕はない。
このままでは突破されるのではと言う思いがよぎったその瞬間、場違いな程の笑い声がその空気を打ち壊した。
●呆気ない終わり
「ふ、ふふ、ふふふふふ、ははは、はーっははははは! どうやら苦戦していらっしゃるようですね!」
「なにアレ」
哄笑をあげながら現れたエヌに、金髪男がぽつりと言う。頬傷の男は真っ先に銃口を突きつけたが、何かに気付いたようにその場から飛び退いた。
「じゃーん! 俺だよ!」
物質透過を使って床から現れたのは苦役。物質透過を利用した攻撃を試みていたのだが、物質透過ができるのはあくまで使用者のみ。攻撃には併用出来ずこの登場シーンとなったようだ。
「来てくれたか!」
窮地に現れたヒーローと言うにはズレた登場だったが、亮平は快哉を叫ぶ。
「増援か」
頬傷の男が呟き、金髪男が舌打ちする。二人組の目的は逃げた男たちを始末する事。予想外の介入を受けた事で予定はすでに狂っている。
ちらりと部屋の出入り口に目を向けた頬傷の男だったが、今入って来たばかりのエヌの召雷に打たれ、最初から隔者を救助に向かわせないため行動していたメンバーも出入り口付近に集まっていた。
「潮時か」
頬傷の男の呟きに覚者たちははっとなる。エヌと苦役の二人がこちらに来たと言う事は救助はすでに完了しているはず。そして戦闘が始まってからそれなりの時間が経過していた。
「マサ、退くぞ」
金髪男は頬傷の男の呼びかけに顔をしかめたが、穴が開いた上着を肩にかける。
「キミらの勝ちってことだね。ごくろうさん」
ひらひらと手を振って窓際に歩いて行く金髪男。頬傷の男もそれに倣う。
「あ、そうそう」
あまりにあっさりと終わった戦いに呆然としていた覚者たちに、金髪男が振り返る。
「キミらの頑張りにご褒美。逢魔ヶ時。あいつら尋問するなら先にこれ聞かせた方がいいよ」
「逢魔ヶ時?」
「私達がそれのために来たと知れば、洗いざらい喋るだろうな」
口数が少なく見えた頬傷の男までもが意外にもアドバイスめいた事を言い残し、二人は窓を開いて階下へ飛び降りた。
「えらくあっさり退いたな」
亮平は二人組が出て行った窓から下を見下ろし、誰もいない地面を見て拍子抜けしたように窓の桟に寄りかかる。
「本当に狙いはあの連中だけだったのか」
大きく息を吐いて宇宙人がどかりと床に座り込む。焼け焦げた衣服からまだ煙が出ているようなありさまだったが、それはここにいるほぼ全員がそうだった。
「逢魔ヶ時……あの人たちの、組織、なんでしょうか……」
悠の呟きに答えられる者はいない。あの二人組は逢魔ヶ時と言っただけだ。今の時点では隔離者たちと何の関係があるのか分からなかった。
「ま、他の事はあの連中に聞いてみようか」
「ええ。とても素直になっていますから、なんでもしゃべってくれると思いますよ」
「そーそー。今なら何でも喋らせ放題! 期待していいよ!」
「……大丈夫なのか?」
零の提案にはエヌと苦役がにやりと笑い、その妖しさに亮平は思わず聞いてしまう。
戦闘の緊張から解放されたためか、その流れに誰かが小さくふき出した。殺人劇のすべては止める事は出来なかったが、目的は果たされた。
「瑛月さんと寺田さんの怪我もある。戻るか」
亮平は倒れたままの護と秋葉を引っ張り上げようとするが、体力を消耗した体はよろけそうになる。それを見た他の面子も運ぶのを手伝う事にした。
「今日は帰る前にちょっとやる事あるな」
「そうだね。あの悪い子たちにしっかり話聞かないと」
この後はどこかに飲みに行くか食べに行くかしようと思っていた宇宙人だが、傷だらけの仲間を見て後回しになりそうだなと考える。
逢魔ヶ時。二人組の口からも聞かされたその言葉が何を意味するか、救助した男達から聞き出せるのはもう少し後の事だった。
