マルタ修道会 タランテラ・メロディ
●タランテラメロディ
毒蜘蛛に噛まれたとて案ずることはない。
タンバリンのリズムに合わせて踊っていれば、きっと毒も抜けよう。
――中世イタリアの舞踏療法士
●舞踏療法士、小崎
京都南部、聖ミカエル教会。
高く掲げられた十字架に祈りを捧げる一人の修道女がいた。
されど。
外はけたたましい銃声が響き。
こちらを呼ぶ声がする。
修道女はゆっくりと目を開け、そして振り返る。
同じく祈りを捧げていた人々。
恐怖に身を伏せ、神への祈りを口にしている。
先頭のひとりが顔を上げた。
「小崎さん。もう無理だ、降参しよう。我々に戦う力は無い」
「いいえ、わたくしにはございます」
そう言って手を翳すと、修道女小崎の手に半月状のタンバリンが現われた。
しっかりと握り、さらさらと心地よい音と共に胸に当てる。
清らかな白髪が、風もないのにふわりとなびいた。
「魂の一切をなげうってでも、皆さんのことは守って見せます。我が修道会の名にかけて」
扉を開く。
小銃を構えた者たちの一斉射撃――が、しかし。
その一切が対象へ届くことは無かった。
タンバリンのリズムに乗せて舞い踊る修道女には星の軌跡が宿り、飛来する弾丸のことごとくを打ち落としていくのだ。
彼女の舞いは奇跡を呼び、男たちを突風によって吹き飛ばしていく。
「この教会に、人々に手は出させません」
対して、男たちは物言わず立ち上がった。
ペストマスクを被った、不気味な男たちである。
彼らは修道女を取り囲むと、一斉射撃を開始した。
●ファイヴの介入
「ある教会が暴徒に襲われ、一般の人々が窮地に追いやられている。
現地の覚者が戦っているが多勢に無勢。きっと倒されてしまうだろう。
残るは無力な人々だけだ。そうなれば、惨劇がまっている。
この事件を予知した以上、放ってはおけない!」
場所は京都の南部にあるカトリック教会だ。
妖や隔者の事件によって不安に苛まれる人々を、精神衛生によって支えていた。
しかし突如現われたペストマスクの暴徒たちによって、教会は襲われてしまったのだ。
「運悪くというべきか、教会の集まりがある日だった。
現地覚者は人々を建物内にかくまい、ひとりで戦うつもりだろう」
暴徒たちは非覚者だが、それぞれ小銃やグレネード弾といった兵器を装備している。
しかし夢見の予知によれば、彼らは常人では考えられない怪力や耐久力を有しているという。その原因は不明だ。
「数は30人。憤怒者的戦力と考えれば少ないが、全員に特殊な身体能力があることを考えるとかなり厄介だ。
決して油断せず戦い、彼らを撃退してくれ!」
毒蜘蛛に噛まれたとて案ずることはない。
タンバリンのリズムに合わせて踊っていれば、きっと毒も抜けよう。
――中世イタリアの舞踏療法士
●舞踏療法士、小崎
京都南部、聖ミカエル教会。
高く掲げられた十字架に祈りを捧げる一人の修道女がいた。
されど。
外はけたたましい銃声が響き。
こちらを呼ぶ声がする。
修道女はゆっくりと目を開け、そして振り返る。
同じく祈りを捧げていた人々。
恐怖に身を伏せ、神への祈りを口にしている。
先頭のひとりが顔を上げた。
「小崎さん。もう無理だ、降参しよう。我々に戦う力は無い」
「いいえ、わたくしにはございます」
そう言って手を翳すと、修道女小崎の手に半月状のタンバリンが現われた。
しっかりと握り、さらさらと心地よい音と共に胸に当てる。
清らかな白髪が、風もないのにふわりとなびいた。
「魂の一切をなげうってでも、皆さんのことは守って見せます。我が修道会の名にかけて」
扉を開く。
小銃を構えた者たちの一斉射撃――が、しかし。
その一切が対象へ届くことは無かった。
タンバリンのリズムに乗せて舞い踊る修道女には星の軌跡が宿り、飛来する弾丸のことごとくを打ち落としていくのだ。
彼女の舞いは奇跡を呼び、男たちを突風によって吹き飛ばしていく。
「この教会に、人々に手は出させません」
対して、男たちは物言わず立ち上がった。
ペストマスクを被った、不気味な男たちである。
彼らは修道女を取り囲むと、一斉射撃を開始した。
●ファイヴの介入
「ある教会が暴徒に襲われ、一般の人々が窮地に追いやられている。
現地の覚者が戦っているが多勢に無勢。きっと倒されてしまうだろう。
残るは無力な人々だけだ。そうなれば、惨劇がまっている。
この事件を予知した以上、放ってはおけない!」
場所は京都の南部にあるカトリック教会だ。
妖や隔者の事件によって不安に苛まれる人々を、精神衛生によって支えていた。
しかし突如現われたペストマスクの暴徒たちによって、教会は襲われてしまったのだ。
「運悪くというべきか、教会の集まりがある日だった。
現地覚者は人々を建物内にかくまい、ひとりで戦うつもりだろう」
暴徒たちは非覚者だが、それぞれ小銃やグレネード弾といった兵器を装備している。
しかし夢見の予知によれば、彼らは常人では考えられない怪力や耐久力を有しているという。その原因は不明だ。
「数は30人。憤怒者的戦力と考えれば少ないが、全員に特殊な身体能力があることを考えるとかなり厄介だ。
決して油断せず戦い、彼らを撃退してくれ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ペストマスクの男たちを撃退する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
・敵戦力:ペストマスク暴徒×30人
→小銃(遠単物)、グレネード(遠列物)を装備。
→謎の身体能力を有し、HPをはじめ基礎戦闘値が通常より高い。
・味方戦力:小崎
→天行暦。聖ミカエル教会の修道女。舞踏療法士と呼ばれ、かわった体術を使う。
・戦場:教会前
→教徒南部。やや開けた土地。やや広い駐車場と道路にみっしり集まっている状態。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年12月08日
2017年12月08日
■メイン参加者 6人■

●タランテラとペストマスク
現地へ向かうジープの中で、六人のファイヴ覚者たちはそれぞれの準備を進めていた。
と言っても、武器の手入れや精神集中といった者はまれで、受験勉強やおやつでの腹ごしらえが大半である。それがファイヴのいいところだと……真屋・千雪(CL2001638)はふと思った。
「今回の依頼ってどんなのだっけ。修道院のシスターに、ペストマスクの一行……ふむふむ、濃いねー。やっぱりタンバリンに対抗したりするのかな」
「どう、なんでしょう。そもそもなんでタンバリンなのかって、わたし気になってます」
参考書を閉じて顔を上げる森宮・聖奈(CL2001649)。
「そもそもシスターさんって憧れなんです」
「ミッション系の学校行きたいんだっけ」
「です」
頬に手を当ててうっとりする聖奈。千雪はその頬を指でつつきながら首を傾げた。
「むー。確かにタンバリンは気になるよねー。楽器が武器なのは分かるとして、シスターにタンバリンって関係あったっけ」
「シスターっていうより、タランテラにかな」
雑誌を読んでいた『豪炎の龍』華神 悠乃(CL2000231)が、ページを開いて見せてきた。
タランテラ。イタリアのタラントを由来とする音楽様式とそれに伴う踊りのこと。曲にもよるが八分の六拍子という速いテンポが特徴……とある。
「六分の八って早いの?」
「『うんたん』の間に六回叩くと思って」
「早い!」
「そのダンスにタンバリンを使うことが多いみたい。小刻みに鳴るからね」
「ふうん、なんだかロマみたいだ」
膝を抱えてじっとしていた『黒は無慈悲な夜の女王』如月・彩吹(CL2001525)が会話に混ざってきた。
ロマ。北インドロマニ系の移動民族。日本人にはジプシーという名前の方がなじみ深いだろうか。タロット占いやロマ音楽が有名である。
「それはそうと、ペストマスクの方が『いかにも』で……気になるね」
「そうですね、あの事件と関係しているのでしょうか」
『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)と『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は少し前に関わった修道院(ないし教会)にまつわる事件を思い出していた。
彼らが話すにはペストマスクをつけた妖が現われ修道女を襲ったというものである。
「その時もマルタ修道会の方でしたので、関係あるのかな……と」
「わあ、他にも同じような方がいらっしゃるんですね!」
聖奈はちょっぴり前向きに受け取ったようだ。
苦笑するラーラ。笑顔の裏では事件を深読みしていた。いつもの癖ではあるが……もし『そういうこと』ならば、きっとこれらの事件はファイヴこそが相応しい。
鋭く察知し、自由に動ける、我々こそが。
「さ、そろそろだ。皆……行こうか」
秋人は覚醒すると、美しい弓を手に取り――ジープの天井カバーを一息に押しはがした。
風が舞い、空が広がる。
聞こえてくるのは、銃声である。
●教会と人と
小銃による集中砲火。
常人であれば十秒ともたないような地獄の中で、修道女は美しく激しく、舞い踊っていた。
舞踏の軌跡が星の輝きを生み、星の奇跡が弾丸をはねのける。
跳ね返った弾丸がペストマスクたちへと不自然な軌道を描いて打ち込まれるが、しかし彼らはまるで動揺することなく銃撃を続けていた。
それでも多勢に無勢。
修道女小崎が自らの死か魂の破壊を覚悟した、その時である。
「この音は」
遠くより迫るエンジン音。一台のジープが天井カバーをパージして、こちらへ一直線に突っ込んでくるではないか。
ペストマスクの一人がそれに気づき、隊の一部をジープの迎撃にシフト。
銃撃をあびせにかかるが、開放した車体から身を乗り出した秋人が破魔矢を発射。空間をねじるほどの強力なカウンターヒールで弾丸を吹き払っていく。
「今だよ」
「こちらは覚者組織ファイヴ! 故あって、援護いたします!」
秋人と交代して車体上に乗り出してきたラーラが、魔導書の封印を即座に開放。魔方陣を手のひらの中に圧縮展開した。七十七個の細やかなおまじないが数ミリ幅に圧縮され、灼熱の波となって解き放たれる。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
炎をうけたペストマスクたち。五人ほどが火だるまになったが、炎を振り払おうとするどころかゆっくりと歩み寄りながら銃撃を継続してきた。
もはや人間の反応ではない。
「これは、なにかありそう」
「同感」
表面の兵隊を強行突破するかたちで走ったジープだが、銃撃に耐えかねて転倒。
横滑りする車体から転がり出るようにして悠乃が脱出し、直近の兵隊に足払いをかける。
「即時戦闘の停止を要求します! ――て、聞いてないよね!」
至近距離からしかけられた銃撃をピボットターンひとつで回避すると、相手の腕を掴んで固定。回し蹴りと尾のスピンアタックに術式の炎を乗せ、あたりのペストマスクたちを炎と風圧で焼き払った。
それでものけぞる程度の反応しか見せないペストマスクたちへ、空中を滑るように飛んだ彩吹が縦回転からの滑空キックを叩き込む。自らを弾丸にしたキックに風圧が乗り、ペストマスクたちが強制的に吹き飛ばされていく。
そのまま滑っていった車体はペストマスクたちを超え、丁度包囲状態にあった小崎の眼前で止まった。
「ううー、乗り物酔いはしないほうだと思ってたのに」
杖をついて這い出てくる千雪。
千雪は杖と一体化した竪琴をぽろろんとつま弾くと、周囲の雑草によびかけた。
「それじゃ、早速いいとこみせよっかー」
伸び上がった雑草のツルがペストマスクたちに巻き付いていく。
その一方で、てきぱきとジープから飛び出した聖奈が小崎に駆け寄って填気をかけた。
「小崎さん、おけがはありませんか」
「それはこちらの台詞なのですが……名前、名乗りましたでしょうか」
ハッとして口元に手をやる聖奈。
「すみません、先に夢見さんから聞いてしまいました。お行儀が悪かったでしょうか」
聖奈は苦笑した。苦笑しながら神具の本を開き、そして文字を大胆になぞった。
文字の輝きが、癒しの力を持った霧へと変わっていく。
●毒が抜けるまで踊れ
強力な攻撃によってめきめき数を減らせるとはいえ総勢30。
どのように陣形を組んでもその隙を突いて誰かが集中砲火を浴びせられるという状態に、秋人や聖奈たちは苦戦を強いられていた。
「数を減らせば楽になるけど……どうにも、体力が高いみたいだ」
秋人は天空に破魔矢を放ち、強制的に呼び出した治癒の雨を降らせていく。
「小崎さんは俺たちを盾にしてでも――」
「いいえ、盾になるのは私のほうです」
小崎はタンバリンを強かに叩くと、タランテラのリズムで踊り始めた。
秋人へ集中して浴びせられた銃撃を、彼の周りをぐるりと回ることで代わりに引き受け、かつ打ち払ってく。
流石に払いきれない物量ではあったが、秋人の回復力がそれを補っていた。
「どうやら、殲滅はそちらのほうが得意なようですね」
「いかにも、です!」
ラーラが再び魔方陣を描き、炎でかたどられた『怒れる獅子』を解き放った。
炎がペストマスクたちを次々にけちらしてく。
と同時に、ラーラは片目にモノクルのごとくかけていた魔方陣のレンズを光らせていた。エネミースキャンをはしらせていたのだ。
「やっぱり、体力は熟練の憤怒者と同じかそれ以上ですね。精神的な圧力にも強そうです」
ラーラがスキャンして見て分かったのは、体力が高いことと怒りや混乱、魅了といった能力に耐性がありそうだということだけだった。
もっと色々知りたかったが、流石に詳しく知るにはとっつかまえてベッドに寝かせて専門家が数時間いじくり回さないと無理そうだ。
「どういう理屈なんだろうね。マスクで能力を上げてるとか?」
「何にしろ、ロクなものじゃなさそう」
小崎と交代するように前へ出る彩吹と悠乃。
彩吹は翼を大きく羽ばたかせて加速すると、槍で空に円を描いた。軌跡をなぞるようにして火でできた蜥蜴が生まれ、ペストマスクたちに張り付いていく。
「如月さん、あぶない!」
銃撃の集中した彩吹に反応して聖奈が癒しの滴を展開。彩吹に打ち込んで強制的に銃撃の傷を修復していく。
そんな様子を観察していたペストマスクの一部が聖奈に攻撃対象をチェンジ。グレネードのピンを抜くと、聖奈めがけて投げつけてきた。
「おっと、森宮もあぶないよ」
不自然なほどの直角ターンで間に割り込んだ彩吹がグレネードを蹴りつけてガード。
頭上の爆発を抜けるようにして、悠乃が勢いよく飛びかかった。
「女の子に爆弾を投げつけるとか、流石にダメだよー」
杖についた琴を奏で、足下の雑草を素早く伸ばす千雪。
ツルでできた鞭がペストマスクの腕にぐるぐると巻き付き、そして強く締め付けた。
引き抜こうとするペストマスク。
だがその時には、悠乃がペストマスクに飛びかかっていた。
足で首元に組み付き、ぐるんと回って体重移動をかけることで頭から落とす特殊な投げ技である。
後頭部を地面に打ち付けたペストマスクはそのままぐったりと動かなくなった。
直後、あたりを炎がぶわりと舐め尽くし、ペストマスクたちを残らず沈黙させた。
●ペストマスクと不愉快な死体たち
この世界にペストが流行したのは幾度かあるが、ペストマスクが用いられたのは一度だけだ。
1600年代に考案されたペストマスクは鳥のくちばしめいた部分に香草を詰め目の部分に接眼レンズを嵌めていた。しかしこれらはペストに対して一切の効果を持たない迷信による装備だった。
……と、いうことになっている。
ラーラたちは倒したペストマスクたちを調べ始めた。
不思議なことに……というより不気味なことに、ペストマスクたちは戦闘不能になってもまるで逃げる様子は無く、戦闘マシーンのごとく戦っていた。
ゆえに誰一人として取り逃がしてはいないのだが……。
「ね、華神……殺しちゃった?」
「流石に加減くらい心得てるよ」
マスクを脱がせ、ぺちぺちと頬を叩く彩吹と悠乃。
しかし相手が目を覚ますことはなかった。それも永久に、である。
「であれば、死因が戦闘とは別にあるということではないでしょうか。例えばこのマスクが……あら?」
よく調べようとペストマスクを握っていたラーラだが、いつのまにか手の中から消えていた。
どころか、倒れている全てのペストマスクたちから、マスクが消えていた。
残された人々は誰もが息絶え、そして数分かけてゆっくりとしおれるように肉や皮膚組織を劣化させていった。
とても人間の死に方とは思えない。聖奈は口を覆って顔を背け、千雪もうええという顔をして彼女の目を覆っていた。
「専門的なことはわからないけど、恐らくこの人たちは死んでから随分と時間が経過してる。まるで肉体を無理矢理保存して動かしていたみたいだ」
死体を検分していた秋人が苦々しい口調で言った。
「何者かに死体が操られていた、ということですか。不気味な事件ですね……」
顔をしかめる小崎。心当たりを尋ねてみたが、特にないという。
要するに、マルタ修道会たちが外から持ち込んだものではなく、国内で新たに遭遇したものだということである。それは、ファイヴも含めてだ。
「『死体を操る』……か」
「嫌なことを、思い出しますね」
秋人とラーラだけが、どこか暗い表情をしていた。
それから暫くして。
死体を弔い、弾痕をパテで塞いだり空薬莢を拾ったり、荒らされた土をならしたり……というきわめて地味なお片付け作業が進んだ。
教会に籠もっていた人々も解放され、お礼を言われたり料理を振る舞われたりした。
そんな中でのこと。
「そのタンバリン、綺麗だねー。触ってもいい?」
「構いませんよ。どころか、差し上げてもいいくらいです」
「いーよ、僕にはかわいこちゃんがいるし」
千雪は琴巫姫(ことぶき)という杖と楽器が一緒になった特殊な武器を抱きしめて見せた。
「あの、私からもいいですか?」
「はいどうぞ」
ちょこちょこと駆け寄ってきた聖奈にタンバリンを差し出す小崎。聖奈は首を振った。
「触りたいのでは?」
「いえ、そうではなくて……小崎さん、あなたは、どうやってシスターになられたんですか?」
「どうやって、と聞かれましても」
小崎は言葉を選ぶように目をあちこちへ泳がせてから。
「水が流れるが如く自然に、ですよ」
と、きわめて分かりづらい言葉を選択した。
そしてもう一度タンバリンを聖奈に差し出す。
思わす受け取った聖奈に、小崎はぱちんとウィンクをした。
「それを持っていれば、いずれ分かると思います。自然の、なんたるかを」
現地へ向かうジープの中で、六人のファイヴ覚者たちはそれぞれの準備を進めていた。
と言っても、武器の手入れや精神集中といった者はまれで、受験勉強やおやつでの腹ごしらえが大半である。それがファイヴのいいところだと……真屋・千雪(CL2001638)はふと思った。
「今回の依頼ってどんなのだっけ。修道院のシスターに、ペストマスクの一行……ふむふむ、濃いねー。やっぱりタンバリンに対抗したりするのかな」
「どう、なんでしょう。そもそもなんでタンバリンなのかって、わたし気になってます」
参考書を閉じて顔を上げる森宮・聖奈(CL2001649)。
「そもそもシスターさんって憧れなんです」
「ミッション系の学校行きたいんだっけ」
「です」
頬に手を当ててうっとりする聖奈。千雪はその頬を指でつつきながら首を傾げた。
「むー。確かにタンバリンは気になるよねー。楽器が武器なのは分かるとして、シスターにタンバリンって関係あったっけ」
「シスターっていうより、タランテラにかな」
雑誌を読んでいた『豪炎の龍』華神 悠乃(CL2000231)が、ページを開いて見せてきた。
タランテラ。イタリアのタラントを由来とする音楽様式とそれに伴う踊りのこと。曲にもよるが八分の六拍子という速いテンポが特徴……とある。
「六分の八って早いの?」
「『うんたん』の間に六回叩くと思って」
「早い!」
「そのダンスにタンバリンを使うことが多いみたい。小刻みに鳴るからね」
「ふうん、なんだかロマみたいだ」
膝を抱えてじっとしていた『黒は無慈悲な夜の女王』如月・彩吹(CL2001525)が会話に混ざってきた。
ロマ。北インドロマニ系の移動民族。日本人にはジプシーという名前の方がなじみ深いだろうか。タロット占いやロマ音楽が有名である。
「それはそうと、ペストマスクの方が『いかにも』で……気になるね」
「そうですね、あの事件と関係しているのでしょうか」
『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)と『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は少し前に関わった修道院(ないし教会)にまつわる事件を思い出していた。
彼らが話すにはペストマスクをつけた妖が現われ修道女を襲ったというものである。
「その時もマルタ修道会の方でしたので、関係あるのかな……と」
「わあ、他にも同じような方がいらっしゃるんですね!」
聖奈はちょっぴり前向きに受け取ったようだ。
苦笑するラーラ。笑顔の裏では事件を深読みしていた。いつもの癖ではあるが……もし『そういうこと』ならば、きっとこれらの事件はファイヴこそが相応しい。
鋭く察知し、自由に動ける、我々こそが。
「さ、そろそろだ。皆……行こうか」
秋人は覚醒すると、美しい弓を手に取り――ジープの天井カバーを一息に押しはがした。
風が舞い、空が広がる。
聞こえてくるのは、銃声である。
●教会と人と
小銃による集中砲火。
常人であれば十秒ともたないような地獄の中で、修道女は美しく激しく、舞い踊っていた。
舞踏の軌跡が星の輝きを生み、星の奇跡が弾丸をはねのける。
跳ね返った弾丸がペストマスクたちへと不自然な軌道を描いて打ち込まれるが、しかし彼らはまるで動揺することなく銃撃を続けていた。
それでも多勢に無勢。
修道女小崎が自らの死か魂の破壊を覚悟した、その時である。
「この音は」
遠くより迫るエンジン音。一台のジープが天井カバーをパージして、こちらへ一直線に突っ込んでくるではないか。
ペストマスクの一人がそれに気づき、隊の一部をジープの迎撃にシフト。
銃撃をあびせにかかるが、開放した車体から身を乗り出した秋人が破魔矢を発射。空間をねじるほどの強力なカウンターヒールで弾丸を吹き払っていく。
「今だよ」
「こちらは覚者組織ファイヴ! 故あって、援護いたします!」
秋人と交代して車体上に乗り出してきたラーラが、魔導書の封印を即座に開放。魔方陣を手のひらの中に圧縮展開した。七十七個の細やかなおまじないが数ミリ幅に圧縮され、灼熱の波となって解き放たれる。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
炎をうけたペストマスクたち。五人ほどが火だるまになったが、炎を振り払おうとするどころかゆっくりと歩み寄りながら銃撃を継続してきた。
もはや人間の反応ではない。
「これは、なにかありそう」
「同感」
表面の兵隊を強行突破するかたちで走ったジープだが、銃撃に耐えかねて転倒。
横滑りする車体から転がり出るようにして悠乃が脱出し、直近の兵隊に足払いをかける。
「即時戦闘の停止を要求します! ――て、聞いてないよね!」
至近距離からしかけられた銃撃をピボットターンひとつで回避すると、相手の腕を掴んで固定。回し蹴りと尾のスピンアタックに術式の炎を乗せ、あたりのペストマスクたちを炎と風圧で焼き払った。
それでものけぞる程度の反応しか見せないペストマスクたちへ、空中を滑るように飛んだ彩吹が縦回転からの滑空キックを叩き込む。自らを弾丸にしたキックに風圧が乗り、ペストマスクたちが強制的に吹き飛ばされていく。
そのまま滑っていった車体はペストマスクたちを超え、丁度包囲状態にあった小崎の眼前で止まった。
「ううー、乗り物酔いはしないほうだと思ってたのに」
杖をついて這い出てくる千雪。
千雪は杖と一体化した竪琴をぽろろんとつま弾くと、周囲の雑草によびかけた。
「それじゃ、早速いいとこみせよっかー」
伸び上がった雑草のツルがペストマスクたちに巻き付いていく。
その一方で、てきぱきとジープから飛び出した聖奈が小崎に駆け寄って填気をかけた。
「小崎さん、おけがはありませんか」
「それはこちらの台詞なのですが……名前、名乗りましたでしょうか」
ハッとして口元に手をやる聖奈。
「すみません、先に夢見さんから聞いてしまいました。お行儀が悪かったでしょうか」
聖奈は苦笑した。苦笑しながら神具の本を開き、そして文字を大胆になぞった。
文字の輝きが、癒しの力を持った霧へと変わっていく。
●毒が抜けるまで踊れ
強力な攻撃によってめきめき数を減らせるとはいえ総勢30。
どのように陣形を組んでもその隙を突いて誰かが集中砲火を浴びせられるという状態に、秋人や聖奈たちは苦戦を強いられていた。
「数を減らせば楽になるけど……どうにも、体力が高いみたいだ」
秋人は天空に破魔矢を放ち、強制的に呼び出した治癒の雨を降らせていく。
「小崎さんは俺たちを盾にしてでも――」
「いいえ、盾になるのは私のほうです」
小崎はタンバリンを強かに叩くと、タランテラのリズムで踊り始めた。
秋人へ集中して浴びせられた銃撃を、彼の周りをぐるりと回ることで代わりに引き受け、かつ打ち払ってく。
流石に払いきれない物量ではあったが、秋人の回復力がそれを補っていた。
「どうやら、殲滅はそちらのほうが得意なようですね」
「いかにも、です!」
ラーラが再び魔方陣を描き、炎でかたどられた『怒れる獅子』を解き放った。
炎がペストマスクたちを次々にけちらしてく。
と同時に、ラーラは片目にモノクルのごとくかけていた魔方陣のレンズを光らせていた。エネミースキャンをはしらせていたのだ。
「やっぱり、体力は熟練の憤怒者と同じかそれ以上ですね。精神的な圧力にも強そうです」
ラーラがスキャンして見て分かったのは、体力が高いことと怒りや混乱、魅了といった能力に耐性がありそうだということだけだった。
もっと色々知りたかったが、流石に詳しく知るにはとっつかまえてベッドに寝かせて専門家が数時間いじくり回さないと無理そうだ。
「どういう理屈なんだろうね。マスクで能力を上げてるとか?」
「何にしろ、ロクなものじゃなさそう」
小崎と交代するように前へ出る彩吹と悠乃。
彩吹は翼を大きく羽ばたかせて加速すると、槍で空に円を描いた。軌跡をなぞるようにして火でできた蜥蜴が生まれ、ペストマスクたちに張り付いていく。
「如月さん、あぶない!」
銃撃の集中した彩吹に反応して聖奈が癒しの滴を展開。彩吹に打ち込んで強制的に銃撃の傷を修復していく。
そんな様子を観察していたペストマスクの一部が聖奈に攻撃対象をチェンジ。グレネードのピンを抜くと、聖奈めがけて投げつけてきた。
「おっと、森宮もあぶないよ」
不自然なほどの直角ターンで間に割り込んだ彩吹がグレネードを蹴りつけてガード。
頭上の爆発を抜けるようにして、悠乃が勢いよく飛びかかった。
「女の子に爆弾を投げつけるとか、流石にダメだよー」
杖についた琴を奏で、足下の雑草を素早く伸ばす千雪。
ツルでできた鞭がペストマスクの腕にぐるぐると巻き付き、そして強く締め付けた。
引き抜こうとするペストマスク。
だがその時には、悠乃がペストマスクに飛びかかっていた。
足で首元に組み付き、ぐるんと回って体重移動をかけることで頭から落とす特殊な投げ技である。
後頭部を地面に打ち付けたペストマスクはそのままぐったりと動かなくなった。
直後、あたりを炎がぶわりと舐め尽くし、ペストマスクたちを残らず沈黙させた。
●ペストマスクと不愉快な死体たち
この世界にペストが流行したのは幾度かあるが、ペストマスクが用いられたのは一度だけだ。
1600年代に考案されたペストマスクは鳥のくちばしめいた部分に香草を詰め目の部分に接眼レンズを嵌めていた。しかしこれらはペストに対して一切の効果を持たない迷信による装備だった。
……と、いうことになっている。
ラーラたちは倒したペストマスクたちを調べ始めた。
不思議なことに……というより不気味なことに、ペストマスクたちは戦闘不能になってもまるで逃げる様子は無く、戦闘マシーンのごとく戦っていた。
ゆえに誰一人として取り逃がしてはいないのだが……。
「ね、華神……殺しちゃった?」
「流石に加減くらい心得てるよ」
マスクを脱がせ、ぺちぺちと頬を叩く彩吹と悠乃。
しかし相手が目を覚ますことはなかった。それも永久に、である。
「であれば、死因が戦闘とは別にあるということではないでしょうか。例えばこのマスクが……あら?」
よく調べようとペストマスクを握っていたラーラだが、いつのまにか手の中から消えていた。
どころか、倒れている全てのペストマスクたちから、マスクが消えていた。
残された人々は誰もが息絶え、そして数分かけてゆっくりとしおれるように肉や皮膚組織を劣化させていった。
とても人間の死に方とは思えない。聖奈は口を覆って顔を背け、千雪もうええという顔をして彼女の目を覆っていた。
「専門的なことはわからないけど、恐らくこの人たちは死んでから随分と時間が経過してる。まるで肉体を無理矢理保存して動かしていたみたいだ」
死体を検分していた秋人が苦々しい口調で言った。
「何者かに死体が操られていた、ということですか。不気味な事件ですね……」
顔をしかめる小崎。心当たりを尋ねてみたが、特にないという。
要するに、マルタ修道会たちが外から持ち込んだものではなく、国内で新たに遭遇したものだということである。それは、ファイヴも含めてだ。
「『死体を操る』……か」
「嫌なことを、思い出しますね」
秋人とラーラだけが、どこか暗い表情をしていた。
それから暫くして。
死体を弔い、弾痕をパテで塞いだり空薬莢を拾ったり、荒らされた土をならしたり……というきわめて地味なお片付け作業が進んだ。
教会に籠もっていた人々も解放され、お礼を言われたり料理を振る舞われたりした。
そんな中でのこと。
「そのタンバリン、綺麗だねー。触ってもいい?」
「構いませんよ。どころか、差し上げてもいいくらいです」
「いーよ、僕にはかわいこちゃんがいるし」
千雪は琴巫姫(ことぶき)という杖と楽器が一緒になった特殊な武器を抱きしめて見せた。
「あの、私からもいいですか?」
「はいどうぞ」
ちょこちょこと駆け寄ってきた聖奈にタンバリンを差し出す小崎。聖奈は首を振った。
「触りたいのでは?」
「いえ、そうではなくて……小崎さん、あなたは、どうやってシスターになられたんですか?」
「どうやって、と聞かれましても」
小崎は言葉を選ぶように目をあちこちへ泳がせてから。
「水が流れるが如く自然に、ですよ」
と、きわめて分かりづらい言葉を選択した。
そしてもう一度タンバリンを聖奈に差し出す。
思わす受け取った聖奈に、小崎はぱちんとウィンクをした。
「それを持っていれば、いずれ分かると思います。自然の、なんたるかを」

■あとがき■
レアドロップ!
取得キャラクター(ID):森宮・聖奈(CL2001649)
取得アイテム:スターライトエイド
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