古狐の贄
古狐の贄



 私は、二十歳まで生きられない。
 正常な身体に生まれ、五体満足。生活も何不自由無く、大きな病気や怪我を患った事さえ無いのだが、しかし、私は二十歳までは生きられない。
 そういう、運命なのだ。
 私は、たった一匹の古狐を封印する事が出来る血筋で。
 お父さまも、お兄さまも、お姉さまも、その封印の為に消えていった。
 お父さまは御兄弟の末っ子であったから、血筋を絶えさせない為の礎になったけれど、そのお父さまも子供たちの為にと、自ら贄となってしまった。
 きっとお父さまと同じ道を、私の弟も辿るのでしょう。
 嗚呼、何の為に私は生を受けたのでしょう。
 死ぬために、生まれたのでしょうか。
 好きでも無い世界を守る為に、一刻の気休めになる為に生まれたのでしょうか。
 憎い。
 憎いです、この世界が。
 嗚呼憎い。
 憎い、笑って生きる者たちが憎い。
 未来がある全ての生命が、憎い。
 この身を川へ投げてしまおうかと考えたけれど、そうなると、贄となる順番がひとつスキップされるだけ。弟は恋しい、少しでも長く生きて欲しいもの。そんな馬鹿な真似はできなかった。
 嗚呼、逃げられない。
 運命からは逃げられない。
 私は逃げられなかったけれど。
 どうか、逃げて。

 ――そういって姉さんは、狐の贄として消えてしまった。

 しかし、今、『僕』の目の前にいるのは。
『ふ、ふふふ……やぁっと出てこられました。さて、私を閉じ込めていた血筋はどの子であろうか。腸を取り出して魂ごと、啜って差し上げますわ……』
「ね、姉さん……」
 姉の姿に、二尾の尾がはえたもの。
 姉の声で、姉の姿で、笑っている。
 古妖の尾裂が弱まった封印を破って出てきてしまったのだ。
「封印は失敗した!」
「次の封印を!!」
 周囲の人たちが何か怒鳴っているが、言葉が言葉として認識できないくらいに、僕の鼓動は激しく。しかし不思議な所で冷静でもあった。
 僕の血をもって、次の封印を成す。僕の血を力に込めて、そして、どうするんだっけ。あ、思い出した、大丈夫何度も練習したじゃないか。でも僕が死んだら次の封印は母様がやるのだろうか。でも母様は今身ごもっていらっしゃるから、その子がやるのだろうか。
 だめだ、頭がまわってない。
 違う事を考えても仕方ないのに。これは逃避。恐怖……恐怖だ。

 ――僕も二十歳までは生きられない。

 え、今、死ねというのか。心構えも無く、今日死ねというのか。
 駄目だ、力が出せない。駄目だ、駄目だ、駄目駄目駄目駄目駄目。
「ぼ、僕にはできない!! 僕には、できない!!」
 僕に足りないものは根本的なものだ。


「尾裂(オサキ)という悪狐の封印が崩壊するようだぜ。それを、どうにかして欲しい」
 久方相馬は集まった能力者たちを見回してそう言った。
「尾裂は代々、『狐杜(コモリ)』という家系が封印を継いでいたようなんだ。
 封印が壊れたら直す方式で、危ない綱渡りのようなやり方で。でも今回崩壊した封印は、今迄一番弱い封印となってしまったみたいで、すぐに壊れてしまったみたいなんだ。
 そこで、尾裂と贄となった女性が混ざったものが、出て来た」
 相馬は少年の写真を配った。
「狐杜了くん。
 今回封印を万全の状態で担える15歳の狐杜なんだけど……、彼、この現場から逃げてしまったみたいなんだ。彼じゃないと悪狐は封印ができない。
 という事で、皆は選べる。
 ひとつは、尾裂をおさえながら、狐杜了くんをさがして連れてきて、封印させるか。
 ふたつめは、尾裂自体を倒すかだ。でも尾裂は倒すのはかなり大変な古妖なんだ。心苦しいが、了くんが贄になったほうが楽に終わる。
 ブリーフィングはこれで終わりだ。冷たい言い方になってすまない。あとは、宜しくな……」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.狐杜了による封印が成功する
2.尾裂の討伐
3.上記どちらかを満たす
 工藤です、よろしくです

●状況
 封印を破った悪狐が出て来た。
 悪狐を封印できるのは、たった一人の少年だけだが、彼は現場から逃走してしまう。
 彼を連れ戻すか、悪狐を倒すか、ファイヴ覚者は選択する。

●古妖『尾裂(オサキ)』
 数百年生きた二尾の狐。
 悪さばかりをし、魂を多く啜った為か、数百年経っても神格化しない悪狐。
 見た目は18歳程度の女性に黒い狐耳と尻尾がふたつはえているもの。
 封印で閉じ込められた結果か、かなり荒れてますし、怒ってます。
 了が来るまでは防戦をおすすめします。
 倒す場合は、失敗の可能性も高くなります。

 速度特化、特殊防御低、物理防御高、

 攻撃は以下
・弾けろ(神遠単BS失血 防御無視)
・裂けろ(神近列 BS炎傷)
・呪われろ(神遠全 BS重圧 ダメージ0)
・悪狐ノ憎悪(神単自付 BS特攻無)

・通常攻撃は近単BS失血

●狐杜了(コモリ・リョウ)
 尾裂を封印できる家系の子
 封印を担えるのは彼の母親と母親の胎内の子もいますが、万全で長期間封印するには了の犠牲が必須です
 彼は逃げましたが、遠くにはいっておりません。夢見ではヒットしなかった為、探す事が必要になる場合もあります
 覚者であり、怪の因子。水行です。場合により、戦闘する事もあります。味方であれ、敵であれ。

 封印に関して、了に任せれば瞬時に戦闘終了となります

●場所
 狐杜封印場近く
 犠牲者はまだ出ていません。
 社と、大きな割れた石、千切れたしめ縄、破壊され原型が無い封印具などなど散乱しておりますが、戦闘に一切の支障はありません

 ファイヴは現場に到着したところから開始。
 正面に尾裂。尾裂から離れるように狐杜は逃げ、5分経ったところです。
 周囲には尾裂の封印を管理していた村人がちらほら

 それでは、よろしくお願いいたします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年12月06日

■メイン参加者 6人■



 死とは、常に自分の背中を追いかけてきては、隙を狙っている。
 遅かれ早かれ、いつかは捕まってしまうものであるが。それは遠い先の話だと、なぜ人は思い込むのだろうか。
 状況は切迫している。
 一分一秒とも惜しい。
 この場に6人の覚者は漸くたどり着いた。到着が遅すぎた事はけして無いが、早く来れた訳でも無い。
「では、皆さん。手はず通りに」
 『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)がそう言えば、5人の覚者は頭を縦に振った。
 一筋の風が流れたと思えば、宮神 羽琉(CL2001381)は晴天を思わす色を持つ翼を、暗雲漂う空へと広げる。
「絶対に了さんを見つけてきますから」
 そう意気込む彼に、『月下の黒』黒桐 夕樹(CL2000163)は漆黒の瞳で見上げた。
「でもさ、その前に。倒してしまってもいいんでしょ?」
「……そうですね、では」
 優雅に鳥のように舞うのでは無く、ミサイルや弾丸のような勢いを思わせる速度で、飛び立つのだ。
 刹那にして遥か上空まで飛びだった羽琉は、狐杜了と呼ばれた少年の姿を探す。彼がこの現場から逃げ去ってから5分という時間が経過していた。
 覚者であれば、その5分でどれだけ遠くへ行けるものか。その焦りが形となって、羽琉の頬から一筋の汗が流れた。

『一体なんなのかしら、今日は機嫌が悪いの、全員殺したいの。1人も逃したくないの』
 尾裂は飛びだった少年にギリリと歯奥を鳴らし、二つの尾を蛇のように右へ左へ動かしながら憤っていた。
 全ての元凶はこの狐である。
 数百年生きていようとも、魂を貪り骨と血肉を啜る悪狐。
 邪神へと果てた神を堕落した存在と呼称するのであれば、この尾裂は生まれながらに堕落していたと言えば、しっくり来るだろう。
 尾裂へと対峙する覚者だが、その周囲には尻餅をついた男や、気が違えて「封印を」と弱々しく言いながら頭を抱える女もいる。
 尾裂から発せられる異様な気に当てられたのだろう、しかしそれを切り裂くように、避難へと足を走らせるのは渚と夕樹だ。
「ファイヴだよ! ここは危ないから、封印のこと、了さんのことは私達に任せて、まずは避難してね!」
 不思議な事に、ファイヴと聞いた人間たちは心を落ち着かせたように皆一様に渚の指示に従う素振りを見せた。それはファイヴがこれまで実績を上げてきた成果でもあろうが、この尾裂はファイヴを知らぬ狐。今にも飛び出しそうな雰囲気の尾裂へ、距離を詰めた『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)。
『おお、おお、餌を逃がしては堪らないのですが』
「貴方が尾裂さんですか」
『いかにも。私が尾裂』
「そうですか。私と少し、遊びませんか?」
『よい、赦す。人間の子らを、どれだけ殺めることができるのか、勝負ということですね?』
 不穏な尾裂の言動の真意を察し、燐花の目が見開くと同時に尾裂の長い爪を持つ手が揺れた。
 その手がきっと、振り切られれば渚が避難を呼びかけた人間1人が柘榴のように爆ぜただろうが、
「そんな事、させない!」
「そういうことです。端折って言えば、これ以上の横行は許しがたいです」
 腕は夕樹の植物の弦が絡んで動きを止め、納屋 タヱ子(CL2000019)が夕樹をフォローするように尾裂の腕を掴んでいる。その力は強かった。だが油断すれば二人の体重ごと持ち上げられてしまう程に、尾裂の力も驚異を秘めている。
『なるほどなるほど。ではお前たちから先に、裂いてあげましょう。最近の封印を務めた、この女の魂のようにね』
「……ひどい」
『?』
「ひどいです……」
 『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)は己の服を両手で強く掴んで、そこが皺だらけになるほど握り締めていた。
 永久にも近い長い間、迫る死(贄の番)を幸福だと誤認しながら命を繋いだ一族の、苦しみの一端を理解しているたまきは一筋の涙を流す。


「無理なんだ、ぼくにはむりなんだ」
 一方、了は山道を避け、道なき道を走っていた。何度か転んだようだが、その傷さえ痛いとも思わず。一心不乱に駆け抜けていく。
 道は人が歩くには険しいものであり、この道が果たしてどこへ向かっているのかさえ分からず。
 一寸先は闇のような状態で、了はその先へ向かっていた。
 しかし了の手前に、羽琉が勢いよく着地してきた。ひ、と声を出した了がUターンする要領で背を向けたとき、羽琉は彼の腕を握った。
「了さんですね」
「ち、ちがいます! ひとちがいです!!」
「僕は、ファイヴの宮神羽琉です。ファイヴの夢見があなたの姿をキャッチしました」
「世界に似ている人間って3人いるっていうじゃないですか!!」
「いないと思います」
「いないかな……いやいるよ、他人の空似っていう線も」
「ないと思います」
「ないかぁ」
「了さんですね?」
「あそこにーーーーーー!! ユーーーーフォーーーーーーーーーーー!!」
「その手には乗りませんよ」
 観念したような表情を見せた了だが、隙あらば逃げる雰囲気だけは誤魔化しきれないと羽琉は察知していた。
 自然と了を捕まえる手が強くなっていた。それに苛立ちを募った了はいう。
「……あんたもさ、僕に、死ねっていいに来たんだろ。わかってるんだよ! お前にはわからないだろ、僕が今どんな気持ちなのか!!」


 ――天に両腕を仰ぎて笑う狐がいう。
『あはははは! 血が沸騰する臭いはさぞ愉快なものでしょうね!』
 燃る業火は、憎しみのそれか悦楽の狂気か。
 尾裂から放たれた刃の炎が、一線を引くようにして瞬く間に燃え広がった。
 何度かこの攻撃を受けている燐花やタヱ子の傷口から、強調している痛みに顔を歪ませる。
 燐花の速度は尾裂より上回っている。尾裂へ近づく事は可能なのだが、動いていなければあの二本の黒い尾が覚者の足を捉えて傷を埋め込んでいく。尾裂自身が早いのではない、対応する尾が早いのだ。燐花が戦況を読み込むスピードよりも、圧倒的な速さで計算し詰めてくる。
『遊んでくれるのでしょう?』
「……はい、もちろんですとも」
 燐花が後退すれば尾が先回りを、ブレーキをかければ尾裂自身が迫った。長い爪の指が燐花の目を潰さんと来たが、ぎりぎりで顔を逸らした燐花は刀を尾裂へと突き刺しそこを燃やした。
「みんな、がんばって!」
 渚は透かさず治癒を挟んだ。
 初手で予防措置を打ち込んでいた彼女だ、味方が炎上したりする手前で鎮火する事は可能だ。されどダメージをカバーするのも渚。一種の要となっている彼女を尾裂は僅かなターン数で把握していた。
 故に回復手は狙われる――渚の防御力に対して尾裂は相性が少々悪い。尾裂の言の葉ひとつで彼女の体が内側から弾けた。支えようとタヱ子の体が揺れたが、渚は顔を横にふった。
「私のことはいいから、攻撃を!!」
 全身から血を吹き出す渚だが、雄々しくも立つ。攻撃が渚に集中すればするほど、前衛だって、いや仲間全体が動けるのだ。
「仲間を見捨てることはできませんから」
 タヱ子は内に秘めた光を解放する。
 仲間の犠牲はつきものだが、見捨てる程冷酷では無い。故に治癒の力を使い、渚の回復とタヱ子の回復は重なった。
「ありがとうこれならまだ、戦える」
 渚は言う。まだ、了が来るまでは倒れる訳にはいかないのだ。

「あなたさえいなければとは言いません。ただ、あなたに少しでも、ほんの少しでも、心があるのなら!」
 たまきは上半身を覆い隠す大きさの術札を広げ、精神力を糧に念じた。
「もうこんなひどい事、やめてください」
『無いのよ、心なんて。いや、あるわ、愉しむ心だわ』
 その声が、心が、狐に届くかは定かでは無い。しかし言葉として言わなければ、精算しきれぬ気持ちが溢れているのだ。
 尾裂の足下から土の槍が這い出てその身体を傷つけた。チィと歪む尾裂の口元だ、怒りに満ちみち、たまきの言葉は滑っていく。
「駄目だ、伝わらないよ」
 そう夕樹は呟く。
「それでも、です」
 休む暇は無く、土槍の間から蔓の鞭が跳ねた。たまきが追い込んだ尾裂の一瞬の隙をつき、頭を弾いた。
 ギラッと尾裂は夕樹を凝視した。血走ってぐるぐると円を描く瞳孔が夕樹には見える。常人が見れば震えて動けなくなるようなものであったが、夕樹はあえてぶつかった目線を切る事で回避する。
「諦めなたくない気持ちはわかる。だから、付き合うよ」
 何度投げかけて、たった一度のきっかけで狐が響くならそれもまたいいものだ。そう夕樹は思い、たまきは背負った術符が最後の一枚となろうと訴え続け、唄い続けた。
 土槍も、蔓の鞭も、尾裂の咆哮と共に弾き返され地響きが鳴った。まるで終わりなきイタチごっこのようだが、どちらかが倒れればいつかは終わる物語だ。
『忌々しいわ、忌々しいの』
「……?」
 様子がおかしいと、渚は手は止めぬが息を止めて相手を凝視した。
 フーッ、フーッと息をする尾裂。だが彼女にダメージが入っているというよりかは、感情のコントロールをし始めているようだ。適応しようとしているのだろう、殺すために。
 次の瞬間、わあっと泣き出した。
『いやあ、痛い!
 どうしてこんなことするの!
 人間だって魚をとって喰うでしょう? 私は人間をとって喰うただけでしょう? 嗚呼、私って可哀想。食事してたら捕まっただけの狐』
 瞳から涙を流した尾裂。
 ぴくっとたまきが揺らいだが、タヱ子が腕で制した。
「あれは狐ですから」
 そう、どうあがいてもあの狐は女狐だ。
『でもそんな事、どうでもいいの。
 私は人間を喰うのが好き。死の狭間、この手に生死を委ねられ、一寸の希望を信じて「コロサナイデ!」と嘆願する顔が好き』
「あなたっていう古妖は、ほんと救えないね」
 けらけら笑う女に失望したように渚は紐解いた。最初から和解なんて無理だとはわかっていたが、それでも目の前に突きつけられた悪狐が、どうして神格化できるものか。
 やがて攻撃は止まり、尾裂自身が淡く光輝き始める。
「来たみたいだよ」
 渚の瞳が仲間たちへ滑る。
「ここで? 困るなあ。術が通じないなんて」
 夕樹は準備していた種をしまった。
 術式系統を統べる覚者が覆い編成では、そのひとつのスキルが軍配を大きく傾かせるきっかけになりかねないもの。
 しかし対策は施した。
『人間の筋肉や筋、骨を噛み砕く音が好き。魂を貪り、魂から聞こえる断末魔を飲み込む瞬間がす―――』
 電燐と呼ばれた燐花の刀が、尾裂の足元に刺さった。
「もう……喋らないほうがいいと思います」
 燐花の顔は揺らがないが、吹き出す炎が全てを物語っていた。


 パシィ!! と音が響いた。ほんの一瞬の音だが、やけに耳にこびりつくような鈍い音であった。
 感情的になった了の手が、羽琉の頬を叩いてしまったのだ。了は仕返しされるかと慌てたが、羽琉は殴られた姿勢で数秒そのまま黙っていた。
「ああっ、ごめん、そんなつもりは!!」
「……」
 羽琉の唇から血が一筋流れ、口内はその味に滲んでいた。僅かな静寂のなかで羽琉は思う、彼が抱えているものの痛みに比べれば、たった唇程度の痛みなんぞ可愛いものである。
「もし僕が、二十歳まで生きられないと確定していたら――」
「へ?」
「二十歳まで生きられないと確定していたら」
「うん?」
「その時間を、姉が命と引き換えに少しでも伸ばそうとしてくれたなら、何としてでも生き延びる、そう思うでしょう」
「うん。そうだ、僕だってそうだ」
「ただ」
「ん?」
「他の人の巻き添えを気にせず逃げたとしたら、やっぱり負い目に潰れそうになると思います」
 羽琉は了の両肩を力強く掴んだ。圧倒されるような気持ちで半歩下がった了。だが了は真摯に聞いていた。
「理不尽で、冗談じゃない、なんで僕がってなるけど、でも、立ち向かわなきゃって。
 辛くてたまらないけど、一人じゃなければ、支え合える相手がいれば踏み止まれるんじゃって。
 僕たちは、そのために……一緒に戦うために、来たんです」
「……そう、だった、の……か。どうしてもっとはやく、あなた達に、出会えなかったのか……どうしてキミに出会えなかったのだろうか」
 了には根本的に、足りないものがあった。
 それは。


 戦闘は続く。
 8周目の手番を終えたとき、
「私たちの全力をかけて、貴方を倒します」
 そう燐花は言い切った。精神力はほぼ枯渇したと言ってもいい。体力だけが残っているといっても過言では無い。
「もう……服がぼろぼろ」
 回復を続ける渚も、一度命を飛ばしている。
「了さん、まだかな……でも、逃げても、文句言えないよ」
 渚は誰にも聞こえない音でそう言っていた。でも、もし逃げてくれて、それで上手いこと狐が倒せれば、これ以上のハッピーって無いと思うのだけど――それは遠いのか近いのか、今の渚にはわからない。
 この場には、熟練した覚者が揃っているのだ。
 尾裂は確かにダメージを受けている。されど防戦で戦うべき相手に攻勢を仕掛けている代償は、少しずつ作戦の結び目を壊しているのも事実だ。
『倒す? それもいいでしょう。できるものなら』
「絶対友達いないでしょアンタ」
 渚が言う手前、渚の回復を受け、燐花は翔る。例えばここで倒れようとも、誰も責める事は無いだろう。しかし許せないのは自分である。
 疾蒼を構え、投げた電燐を拾い、尾裂の腹部手前に入り込む燐花。頭の中で再現する激燐は、己の技と思える程に何度も打ってきたもの――だが今日はこれが最後の一撃かもしれない。
 普段の燐花に似合わず、日本語でも無い獣本来の咆哮をあげながら、燐花の両腕に戸愚呂をまく炎ごと尾裂の胴を貫いた。
『ごぱっ!!?』
 衝撃と共に尾裂の背中側の服が全て弾け、風船が割れたかのような音が響き、尾裂の口のなかへと夕樹は種子をねじ込む。
 利き手を口の中へねじ込んで、僅かについた唾液を振り払った夕樹。そして指を鳴らした。
 尾裂が勢いで飲み込んだそれは、腹のなかで成長をし尾裂の体を内側から突き破り、その体を拘束していく。蛇が食らいつくような見た目はかなりえぐいのだが、それくらいに夕樹は容赦が無い。
『何を飲ませたああああ!!』
「とっておき」
 そのまま柘榴のように弾けて消えてしまえと、渾身の力を蔦へと込めた。あまりにも膨大な力を込めたからか、ガンナイフを握る手さえ震えていた。
「やっちゃってよ、痛いやつ」
「はい!」
 動きを止めた尾裂に、たまきが迫った。
 全身の肌色を、輝くものに変え。変質した右腕を尾裂の一番柔らかい胴へと叩き込む。
 メキメキと音を出しながら、尾裂の体がくの字に曲がりつつ吹き飛んだ。
 それをあえて受け止めたタヱ子が、地面にぶつける形で尾裂を投げ落とす。
 2バウンドして不時着した尾裂。
 そこで漸く、羽琉と了が到着した。
「来てくれたのですね」
 タヱ子が言う。
「はい、い、一緒に、戦います……」
「独りでは怖くとも、私達が今は居ます!」
 たまきは言う。
「う、うん」
 口元が薄く笑ったタヱ子。直後、尾がタヱ子をなぎ払う。
『に、にん、げん、人間めぇぇ貴様かぁぁ封印し続けた臭い血の一族はぁぁ』
 吹き飛ぶタヱ子の身体だが、入れ替わりで鞭を携えた夕樹が、たまきの硬質化させた右腕が、尾裂を挟み込む形で強打撃を与えた。
 ぐるんと回転しながら血を吐く尾裂。
 ブレーキをかけた夕樹とたまきが振り返る頃、羽琉が回復を担い、渚はもう前に出ていた。
 狂気的にも巨大な注射器を掲げた渚は、尾裂の脳天から杭を打ち込む要領で殴り、轟音は2度響く。しかし注射器ひとつを片手で掴んだ尾裂。 
『許さぬ、お遊びはここまでよ』
 尾裂を中心に風が溢れた。なぎ払うような風は、しかしこれは尾裂が己が力を解放しただけ。威圧が覚者全体を飲み込んでいく。
 まだ動けるはず。まだ戦えるはず。確かにそうだ。ファイヴはまだ戦える。
 回復はまだ潰えていない。覚者の攻勢はここから始ま――。
『弾けろ』
 パァン!!
 ――――と、渚の意識はそこで途絶えた。

 ありがとう、見知らぬひとたち、ファイヴだっけ。あとは僕が。
「だめ、そんなの違うっ」
 たまきは、虚空に手を伸ばす。

 狐杜了には足りないものがあった。
 それは覚悟である。

 これ以上、誰も傷ついてほしくない。
 これ以上、姉さんの体を傷つけてほしくない。
「僕たちは、君に死んで欲しく無いんだ!!」
 羽琉の声が嵐にかき消されていく。
 強大な風が巻き起こり、覚者の誰かはこれを知っていると思うかもしれない。
 魂を解放した響きに似ていて、それは尾裂を取り囲む竜巻のようなもので。逆再生のように社のなかへと引きずり込んでいく。
 暴風に飲み込まれぬように体勢を低くした覚者たちの耳に、憎悪が聞こえる。
『許さぬ許さぬお前もお前もお前もお前もお前もお前もお前も呪ってやる祟ってやる必ず必ず必ず!!』


 ――――さようなら。
「キミの選択を、僕は受け止める」
 夕樹は呟いた。

 目を開けたときには、その場は何事も無かったような風貌へと変質していた。
 恐らくこういった封印の形であったのだろうと思わせるように狐杜封印は元通りに変わっている。
 足りないのは。
 少年が1人、この世界から消え去ったという点―――のみで。
 覚者の耳には、数秒前まで存在していたあの少年の声が、記憶に残っていた。


 呪ってやる。
『うるさい』
 殺してやる。
『うるさいの』
 祟ってやる。
『私は関係ない』
 必ず。
『だれか』

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです