夜の美術館
夜の美術館


●動き出したものたち
「ん? 何の音だ?」
 ゴトリ、と音がしたのを聞いて、夜の見回りをしていた美術館の警備員は呟いた。
 地方の小さな美術館とはいえ、展示されているのは絵画や彫刻なども合わせて三百以上ある。そのどれか一つでも破損すれば大騒ぎだ。
 それに泥棒が来ないとも限らない。
「誰か、いるのか?」
 施錠された美術館内において、動いているのは自分だけ、のはずだった。
 地震など発生していない。何かが揺れるはずはないのだが。
 不審者であれば、どうにかして捕まえるか、少なくとも美術品だけは守らなくてはならない。
「返事をしろ。しないなら、ちょっと痛い目にあうぞ」
 脅しの言葉を発しながら、腰の警棒を引き抜く。左手の懐中電灯は音のした方へと向いて、ゆっくりと歩みを進めるごとに音源へと近付いていく。
「まじかよ……」
 それは、彼にも見覚えのある美術品たちだった。
 全長三メートルはあろうかという巨大な大理石の彫像ゴリアテが、動いている。
 筋肉質の身体に腰布一枚という格好で、真っ白な両腕を振り回して格闘しているのだ。
 その相手は、銅像だった。
 ゴリアテの半分程度の大きさしかないが、バランスの良い引き締まった身体で、片手に持った杖で対等に殴り合っている。ゴリアテの近くで飾られていたダビデ像だ。
「こりゃあヤバい」
 見つかったら攻撃されるかも知れない、と考えた警備員は、ライトを消し、そっと後ずさる。
 柔道の腕に自信があり、武器も有る。普通の人間なら二人くらいは相手にする自信があった彼だが、固いブロンズや大理石で殴られてはたまらない。
 息を殺してどうにか美術館を脱出した彼は、即座に会社に連絡した。
 そして、警察を通じてF.I.V.E.へ連絡が入るまで、大した時間は必要としなかった。
 しかし、その時には既にF.I.V.E.は動いていた。放置していた場合に発生する、大参事を予見して。

●面倒な制約
 集まった覚者たちを前に、久方 真由美(nCL2000003)から予見の内容が説明された。
 要するに、美術品の一部が妖化して、なぜか互いに争っている状況らしい。
「ですが、この戦いを放置しておくとダビデ像の方が勝利してそのまま美術館のドアを破壊して路上へ出てしまい、人的被害が発生する恐れがあります」
 ただし、難しい部分がある、と真由美は語る。
「美術館内に突入し、ダビデ像とゴリアテ像を破壊することになりますが、それ以外の美術品に影響が極力出ないようにお願いします」
 彫像は全てレプリカだが、絵画には数点、かなり貴重な物が含まれている、という。
「室内には三体の人物像と、西洋鎧が置かれています。三方の壁に油絵がそれぞれ五点ずつかけられており、出入り口がある壁側は展示品入れ替えのために何もありません」
 そしてさらに、それぞれの像には高さ20センチメートルほどの兵士人形たちがわらわらと三十体程度ずつ付き従っている。
 十メートル四方の室内。一般的な鉄筋コンクリートの壁に掛けられた絵画。それらに極力影響を及ぼさずに戦ってほしい、と美術館オーナーからの要望が来ているのだ。
「隣室や館外への影響も極力出さないように、二体の破壊。あるいは行動不能にする形でも構いません。処理をお願いします」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:井戸正善
■成功条件
1.妖の撃破
2.妖の捕縛
3.なし
 というわけで、夜の美術館で因縁の対決に参加していただきます。
 妖のデータは以下の通り。

『暴走ゴリアテ像』大理石の彫像が妖化したものです。身長三メートルと大変大きく、素手ではありますが、そのリーチはかなり危険です。ランク2で自分に従う小さな兵士人形たちと共にひたすら暴れ回るだけですが、ちょっとした刃物では斬るのは難しいでしょう。耐久性と性質は素材そのままです。
 ゴリアテパンチ・・・物理・近距離・単体
 フライングボディプレス・・・物理・近距離・単体(クリティカル時、1ターン行動不能)

『暴走ダビデ像』青銅製の彫像が妖化したものです。身長は150センチメートル程度ですが、ゴリアテ比べて動きが素早く、飛び道具を持っているので注意が必要です。ランク2で、耐久性と性質は素材そのままですが、攻撃を見て脅威度を測り、強い攻撃をしてくる相手を優先的に狙う動きをします。
 ローリングソバット・・・物理・近距離・単体
 集中・・・自 ※スリングショット前に狙いを定めるために1ターン停止
 スリングショット・・・物理・遠距離・単体(クリティカル時、2ターン行動不能)

『兵士人形』高さ20センチメートルほどの小さな人形が妖化したものです。ランクは1。木彫りの身体と厚紙でできた鎧を付けた人形ですが、手に持った剣だけは金属製です。耐久性と性質はそのまま素材通り。
 ダビデとゴリアテにそれぞれ三十体程度が従い、互いに戦っています。壊れたら復活はせず、従っている像が破壊されたときも行動を停止します。
 突撃・・・物理・近距離・列

 舞台は美術館内の一つの部屋です。扉は一か所あり、そこから全員で突入していただきますが、当然誰かが先行して偵察するのもありです。開始当初は真っ暗ですが、室内の灯りを任意のタイミングで点けることはできます。ただし、その時点で二体の妖には邪魔が入ったことは気付かれます。
 部屋の広さは幅と奥行きがそれぞれ十メートル。扉がある面以外の壁には絵画があり、非常に貴重な物です。火や水が当たらないように最大限注意を払ってください。
 目的は妖化の撃破、あるいは捕縛となります。

 では、どうぞよろしくお願いいたします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2017年11月25日

■メイン参加者 5人■

『天衣無縫』
神楽坂 椿花(CL2000059)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『見守り続ける者』
魂行 輪廻(CL2000534)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)

●突入の前に
 現地に到着した五人のF.I.V.E.メンバーは、美術館警備スタッフに扉を開けて貰い、そっと中へと侵入する。
 その動きは素人のそれでは無く、物音を立てずに問題の部屋に行くのは何の問題も無かった。たとえ一人が眠そうにしていても。
「椿花、戦うのは久しぶりだろうし、あんま無茶はすんじゃねーぞ」
 そう言って『天衣無縫』神楽坂・椿花(CL2000059)の頭にぽんぽんと触れながら呟くのは、『癒しの矜持』香月・凜音(CL2000495)だった。
「む、無茶なんてしないんだぞ!椿花、大丈夫だもん」
 眠そうな顔から完全に目を覚ましたらしい椿花は、小声で抗議しながらもホッとしたような表情を見せていた。
「またWリンネで頑張ろうねん、香月君。私も気遣ってよねん♪ ジャック君も今回よろしくねん♪」
「何をやっているんだ……」
 着崩した和装で肩や足を露わにした『悪意に打ち勝ちし者』魂行・輪廻(CL2000534)が投げキッスを向けると、『黒い太陽』切裂・ジャック(CL2001403)は無感想に目を逸らす。
「早く突入しましょう! 動く石像! 早く勝負したいっ!」
息巻くのは『獣の一矢』鳴神・零(CL2000669)。彼女はとにかく妖を倒すことに集中しているようだ。ある意味、任務に対して真面目に取り組んでいるとも言える。
「落ち着け。敵は低ランクでも数が多い。暗視を使ってこちらに有利な状況で……」
「椿花は、暗視使えないぞ? リドラにともしびで照らして貰わないと、なんにも見えないぞ?」
「私もよん」
 椿花と輪廻がお互いに向き合って「どうしよう、ねー」と首を傾げて笑っているのを見て、提案した凛音は頭を抱えた。
 そこで、ジャックが方針を立てた。
「俺と零は暗視が使えるから、先に突入して自分の立ち位置を決める。それから灯り付きで椿花と輪廻が入る」
「じゃあ、鳴神はダビデに突撃するね!」
 灯りが見えた敵は椿花と輪廻に集中するだろう。そこに暗視で入ったメンバーが攻撃し、有利に戦闘を運ぶという案だった。
「それだと……」
「大丈夫だぞ! 美術品を守るために、椿花がこっち側に敵を引き付けるの!」
 凛音は椿花がメインターゲットになってしまうことを危惧していたが、当の本人はやる気だった。久しぶりに参加した凛音との仕事で良い所を見せたいという思いがありありと伝わってくる。
「じゃあ、決まりだな」
「お先にいくね~」
 ジャックと零がそっと開けた扉から、暗闇の中へ躍り込む。
「あっ……仕方ない。俺は後衛からサポートするが、先に位置取りをするから。後は任せた」
「まかせるんだぞ!」
 椿花は灼熱化を発動して燃え上がるような光を放ちながら、胸を叩いた。

●戦場と煽情
「はっ! この状況は……」
 椿花と共に遅れて展示室へと踏み込んだ輪廻は、自分が置かれた状況に気付いて足を止め、目を見開いた。
 真っ暗な部屋の中、照らされている自分。椿花もいるが。
「今、私はスポットライトを浴びているのよねん!」
 さらりと衣擦れの音を響かせながら、艶かしい生足を大胆に披露する。そのまま輪廻はゆるりと、儚く、美しく舞う。
 いや、舞うように戦う。スキル十六夜の攻撃だった。
 観客であり、攻撃を受けるのは人形兵士たちだ。部屋中に広がって戦っていた人形兵士たちは、カポエラのような大きく振り回す蹴撃でゴリアテ側もダビデ側もまとめて数体が飛ばされていった。
 その隣で、椿花も刀を振るっている。
 小さな人形兵士達を薙ぎ払うように斬り付ける地烈の一撃を放ちながら、心配そうに声をかけた。
「その格好でそんなに足を上げたら、見えちゃうんだぞ!」
 忠告に、輪廻はにっこりと笑って頷く。
「見せているのよねん」
 そんな二人に気付き、勝負を邪魔されたゴリアテとダビデが兵士達を引き連れて動き始める。

●見えてしまった男
「……なんつう動きだよ」
 称賛の声にも聞こえるが、暗視で状況を確認していたジャックが言ったのは、輪廻の裾から見えてしまったものに対する呆れの言葉でもある。
 とにかく敵を引き付ける役はできているようなので、わらわらと輪廻と椿花に殺到する人形兵士はさておき、問題のダビデとゴリアテを見る。
「どちらから……って、おい!」
「凄い動きだね! 負けてられないね!」
 近くに待機していた零が、輪廻に負けじとばかりに飛び出した。目的はダビデ像だ。鬼桜という刀を振り上げ、速度をそのまま攻撃力へと変えてスキル激鱗で斬りかかる。
 仕方なく、ジャックも攻撃を行うことにした。
「行くぞ!」
 カッ、カッ、と踵を二度鳴らす。
 そして最後、三度目の音が響いた時、膨大な血液の集合体である大鎌と、それに切り裂かれた人形兵士達の無惨な残骸だけが残る。
「おっと」
 欠片の一部が壁の絵画へ向けて飛び散るのを、鎌を振るって止める。彼は美術品の価値を理解していて、傷つける気は無いのだ。
「さあ、次はお前だ。安心しろ、ちゃんと元に戻してやるよ。先人が残したもの、ちゃんと守るのが俺たち現代人の役目だもんな、多分」
 攻撃に反応して振り返った巨大なゴリアテ像を見上げながら、その向こうをちらりと見る。
 輪廻と椿花が、人形兵士達を相手に暴れ回っているのが見える。しばらくは一人でゴリアテを相手にすることになりそうだった。

●鬼桜、奔る
「はああ!」
 零が放つ気合と共に振り上げられた鬼桜が、ダビデの背後に思い切りヒットした。
 強靭な刃は青銅製の身体にがっちりと食い込む。が、動きを止める程の大きなダメージまでは与えられていなかった。
「効かなかったかな?」
 だからといって、零は攻撃を止めるつもりはない。
「硬いね! けど真面目にぶん殴るわ!」
 あれこれ考えてやるのは性に合わないとばかりに零は続けて刀を振るうが、二度目の攻撃はダビデのローリングソバッとで相殺されてしまった。
 むしろ、長い刀を弾かれた分、零に隙ができてしまう。
「あっ」
 次の一撃は受けてしまうかも知れない。
「召炎波!」
 そう直感して身構えた零の耳に、凛音の声が響いた。同時に、燃え上がる炎の中に小さな兵士人形たちがもがき苦しむような動きをして、焼け落ちるようにぱったりと倒れた。
「兵士人形はかなり弱い! 打撃でもなんでもしっかり当たれば壊せる!」
 エネミースキャンで体力を確認したのだろう、召炎波で自分の近くにいた兵士人形を一掃し、凛音は仲間全員に向けて伝えた。
 その声にダビデも反応したようで、動きが止まった。
「よしっ!」
 ピンチがチャンスに変わったことを知り、零は思い切り体重を乗せてダビデの背中を押し込むように蹴り飛ばした。
 ガラン、ゴロン、と固い音を響かせて転がっていくダビデ像の行き先は、出入口近くに陣取っていた輪廻たちのところだ。
 これで絵画に影響を与えずに済む、と舞台が整ったところで、零は鬼桜を抱えて再び吶喊する。

●一歩退いて見ていたけれど
「人形はほとんど一掃できたか」
 炎が消えたことで再び暗視を使って確認した凛音は、兵士人形の大部分が片付いたことを確認した。
 そしてもう少し椿花の近くで援護をしようかと移動を始めたときだった。
「おわぁ!?」
 ゴロンゴロン、と転がってくる人影。
「ごめんなのよん。ちょっと手伝ってねん」
「鳴神も頑張ります!」
 回転を止め、ゆっくりと立ち上がったダビデの向こうから輪廻と零が追いついた。
 どうやら、自分に向かって転がってきたダビデを輪廻も蹴り飛ばして方向を変えたらしい。
「二体が近すぎるとやり辛いから、仕方ないのねん」
「一体開いてなら思い切りできるからね!」
 ジャックが対応しているゴリアテが部屋の中央あたりにいるのを知り、それならばと輪廻はより距離を離すために入口方面へと向けたらしい。
「じゃあ、ダビデは二人に任せたわよん」
「は?」
「だって、椿花ちゃんの近くじゃないと周りが全然見えないのねん」
 暗視を持っていないからこれ以上こっちで戦闘は無理、と輪廻はあっさり背を向けて、ほのかに明るい小さな炎を灯した守護使役リドラがいる椿花の方へと去っていく。
「椿花ちゃんは私が守るから、こっちにダビデが来ないようにがんばってねん」
「な……仕方ない」
 まだ残っている人形兵士もゴリアテの周辺にいる。回復ができるジャックが向こうにいることもあり、人数的に別れるなら妥当なのかもしれないと思い直し、凛音は改めてダビデに向かって身構える。
「援護と回復お願いね!」
「任せてくれ」
「さあ、神様に授かった力で、鳴神も倒せるのか試してみる?」
 ダビデに向けて再び刀を叩きつける零の後方から、凛音はエネミースキャンを行う。鬼桜の刃がブロンズの肌にに食い込んだ瞬間、確かにダメージは与えているのがわかった。
「いける、効いているぞ!」
「よっし!」
 ダビデがぐるりと身体を捻って蹴りを繰り出してくるが、零は大きなダメージは負わずに済んだ。
「銅像なのに、柔らかい動きだね!」
「感心している場合か」
 回復かどうか迷ったが、まだ問題はないと判断した凛音はそのまま召炎波で遠距離からダビデの動きを制限する。
 炎のダメージも効いているようだ。
 そして、いつの間にかダビデはじっと動きを止めている。
「チャンス!」
 これだけ硬い物を殴り続けているのに刃こぼれ一つしていない鬼桜で、零はそのまま連撃を叩き込んだ。
 それでも防御の姿勢すら見せず打たれるままになっていたダビデの左腕が落ちる。熱で弱った部分に鬼桜の一撃が入ったのだ。
 しかし、その直後に反撃が出た。
「あぅっ!」
 ダビデがぐるりと手元の布を回転させたかと思うと、そこから高速の石つぶてが零を襲う。スリングショットだ。
 どん、と真正面から石を受けた零が後方へと先ほどの意趣返しのように転がっていく。
「零!」
 一瞬だけ迷ったが、凛音は壁にぶつかりそうになった零が辛うじて受け身を取るのを見てクリティカルだけは避けたと判断し、零とダビデの間に割り込むように移動しながら、回復のために潤しの雨を使う。
 彼自身と、後ろにいるはずの零に癒しの雨水が染みこんでいく。
「さあ、どうする」
 じりじりと互いの距離を詰めていく凛音とダビデ。
 先に動いたのはダビデの方だった。
 狼が飛びかかるような跳躍からのローリングソバットは鋭いが、凛音にとって見切れないようなレベルでは無い。
 かといって後方に味方を背負っている以上、避けるわけにもいかない凛音は、腕を使ってがっちりとガードを固めた。
「痛ってぇ」
 青銅製のバットで殴られたようなもので、腰に響く様な重い打撃だった。
 それでも、凛音は怯まない。
「どうした? 銅像にしては身体が少し柔らかいんじゃないか? さっきの炎が効いているな。なら!」
 ソバットで体勢を崩したダビデへ向けて、召炎波で再び炙る。
「これで……」
「これで終わらすわ。いい加減にしなさーーーい!!」
 凛音の台詞を奪い取るかのように叫んだ零が、彼の頭上を飛び越えてダビデを襲う。
 壁を蹴って思い切り助走をつけてきたのだろう。かなりの速度で突入した零の攻撃は鋭く、尚且つ重かった。
 ドッ、とくぐもった音が響いて、大上段から振り下ろされた鬼桜が、ダビデ像の頭を顎あたりまで断ち割る。
「鳴神の方が強いんだよ! あ、回復ありがとう、だね!」
「どういたしまして」
 仰向けに倒れて動かなくなったダビデの前でハイタッチ。それがダビデ戦の戦闘終了の合図だった。

●三人がかりの巨人戦
 ゴリアテの長いリーチに対して、血液の大鎌を振るって兵士人形ごとなぎ倒すようにして戦っていたジャック。
 全ての兵士人形は倒れたが、ゴリアテだけは攻撃が今一つ通っていなかった。ゴリアテを破壊しないように気遣っていることもあるが、何より兵士人形が邪魔で多勢に無勢で踏み込めなかったことが大きかった。
「無茶苦茶するな、零は」
 ごろごろと転がっていくダビデを横目にちらりと確認した直後、変化は起きた。
「こんな所で喧嘩するのはダメなんだぞ!」
 暗い部屋の中、たった一人で光を背負った椿花だ。
 刀を背負って駆けてくる彼女にゴリアテの注意が向いた瞬間、ジャックはその足元を斬り払うように三歩、踵を鳴らして前に出る。
「そらっ!」
 片足を引っ掛けられてバランスを崩したゴリアテの頭部が下ってくるのを見て、椿花がハイバランサーの性能を活かして、飛ぶ。
「ええい!」
 ゴリアテの頭を踏みつけた椿花の攻撃が、相手の背中を殴りつける。
 刃が食い込むことはなかったが、それでも打撃としてダメージを受けているようで、そのままゴリアテはうつ伏せに倒れた。
「今のうちだな」
 大祝詞・戦風のスキルを発動したジャック。物理的な打撃が通じると確実に分かったことで、一気に片付けるつもりだ。
「あ、ありがとーっ!」
「あ、私も加わるわよん」
 ジャックのスキルにお礼を言う椿花の後ろから、輪廻がひょっこりと顔を出し、戦風の強化を受けた。
「何をやって……動いた! 気を付けろ!」
 倒れていたゴリアテを指して注意喚起したジャックの言葉に身構えた椿花の目の前。ゆっくりと足を踏みしめたかと思うと、ゴリアテは天井近くまで飛び上がった。
 フライングボディプレスだ。大理石の重い身体を大の字に広げて落ちていく先には、椿花がいる。
「ひゃあっ!」
 建物を揺らすような音を立てて落ちてきたゴリアテに対し、椿花は辛うじてわずかなダメージで済む程度には避けきれた。
 そして、次に動いたのは輪廻だ。
「よくもやってくれたわねん」
 起き上がりかけていたゴリアテには、何が起きたかわからなかっただろう。輪廻が繰り出したスキル『天涯比隣』は、常人にはただ敵の真横を通り過ぎただけにしか見えない。
 だが、頭部への拳から始まる六連撃は蹴りや肘を織り交ぜながらゴリアテの両腕と両足に等しく打撃を加えた後、腹部にトドメの正拳突きが入った。
 それでもゴリアテはふらふらと揺れながらも倒れず、大理石の拳を握りしめて輪廻へと反撃を試みる。
「おっと、そうはさせない」
 ゴリアテの拳は止められた。ジャックが血の大鎌で背後から引っかけて止めたのだ。
 自分が大きなダメージを受けて。尚且つ不利な状況であるのがわかったのか、ゴリアテは周囲を見て扉があるのを見つけたような仕草を見せた。
 だが、遅い。
「椿花達と戦ってるんだから、こっちを見るの!」
 声を上げると共にゴリアテの膝を踏んで飛び上がった椿花の一撃が、ゴリアテの側頭部を激しく殴りつけた。
 硬質な音を響かせたゴリアテは、膝を突き、うつ伏せに倒れ伏す。
 そのまま、ピクリとも動かなかった。
「ジャック君、ありがとねん♪」
「それ以上、服が乱れるのは見たくないんだよ」
「あらら♪」
 天涯比隣の速さで輪廻の服は大きくはだけてしまっていた。
 顔を逸らしたジャックに微笑み、輪廻は裾をそっと整える。
「凛音ちゃーん!」
 そんな輪廻が成果を喜ぶ椿花が凛音の下へと走るのを微笑ましく見送ったとき、零が部屋の灯りをつけた。
 倒れた二つの銅像と、焼けたり砕けたりした兵士人形たちの姿が露わになる。
 そして、守るべき絵画も。
「……まあ、絵は無事だな」
「そうねん。一件落着ってところかしらん」
 緊張がほぐれた様子の二人に、ダメージを受けた腕に思い切り抱きつかれた凛音の悲鳴が聞こえてきた。
 ジャックが「やれやれ」と呟いて回復に向かうと、輪廻も後に続く。

 面倒な戦闘は、こうして大きな被害も無く終結した。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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