『水辺の何か』
●引きずり込むもの
ずる、ずる、と濡れた何かを引き摺るような音がする。
仕事が遅くなり、近道を選んだために暗い川辺の夜道を歩いていた男性は、自分の選択を後悔していた。
妖に襲われる可能性をまるで考えなかった自分が愚かだと思った。
そして、恐れは現実になる。
近づいてくるのだ。
濡れた音が、彼に襲い掛かるまでに大した時間は必要なかった。
「う、うわ……」
逃げようとしても、遅かった。
濡れた何者かが、彼に覆いかぶさる。
もがいてももがいても、彼の両手はまとわりつく水の抵抗で碌に動かせず、足元は滑ってしまい、土手の下へ向けて滑り落ちていく。
苦しい、と口を開けても、助けて、と声を上げても、水の膜が彼の顔を覆っている。
バタバタと苦しみながら、何者かに川底へと引き込まれた男性は、たった一度だけ気泡を水面に浮き上がらせただけで、二度と戻って来なかった。
●正体はどちらか
「川辺で発生する襲撃を予見しました」
久方 真由美(nCL2000003)は沈痛な面持ちで、居並ぶ覚者たちに告げた。
「時刻は今夜遅く。日付が変わる直前と思われます。川辺の通りを歩いている男性が、襲撃されました」
妖の仕業か、と覚者の誰かが言うと、真由美は頷く。
「その通りです。ですが、この正体が判別できていません。妖は水の中から出現し、男性を川の中へ引きずり込みました。一見すると水に由来した自然系の妖に見えますが、あるいは心霊系の可能性もあります」
真由美は二種類の妖について説明を続ける。
「可能性の一つは、水の中で生まれた妖『人吸い水』です。水の中に潜み、本能のまま人を引き摺りこんで養分を奪います。物理攻撃に強く、凍らせるなどの対応をしないと直接攻撃は通りにくいでしょう」
二つ目、と真由美が指を立てた。
「『濡れ人魂』という霊魂が変化した妖です。こちらも水に潜み、人を襲う妖ですが、水で溺れた人が元になっているので、何かしらのアプローチで人と同じ反応をするかも知れません。ですが、理性は残っていないでしょう。こちらは水のような霊体なので冷凍系はほとんど効かないはずです」
そこで、と真由美は言う。
「皆さんには、現場で相手の正体を見破って、効果的な方法で妖の退治をお願いします。面倒ではありますが、どうか犠牲者が出る前に、処理してください」
ずる、ずる、と濡れた何かを引き摺るような音がする。
仕事が遅くなり、近道を選んだために暗い川辺の夜道を歩いていた男性は、自分の選択を後悔していた。
妖に襲われる可能性をまるで考えなかった自分が愚かだと思った。
そして、恐れは現実になる。
近づいてくるのだ。
濡れた音が、彼に襲い掛かるまでに大した時間は必要なかった。
「う、うわ……」
逃げようとしても、遅かった。
濡れた何者かが、彼に覆いかぶさる。
もがいてももがいても、彼の両手はまとわりつく水の抵抗で碌に動かせず、足元は滑ってしまい、土手の下へ向けて滑り落ちていく。
苦しい、と口を開けても、助けて、と声を上げても、水の膜が彼の顔を覆っている。
バタバタと苦しみながら、何者かに川底へと引き込まれた男性は、たった一度だけ気泡を水面に浮き上がらせただけで、二度と戻って来なかった。
●正体はどちらか
「川辺で発生する襲撃を予見しました」
久方 真由美(nCL2000003)は沈痛な面持ちで、居並ぶ覚者たちに告げた。
「時刻は今夜遅く。日付が変わる直前と思われます。川辺の通りを歩いている男性が、襲撃されました」
妖の仕業か、と覚者の誰かが言うと、真由美は頷く。
「その通りです。ですが、この正体が判別できていません。妖は水の中から出現し、男性を川の中へ引きずり込みました。一見すると水に由来した自然系の妖に見えますが、あるいは心霊系の可能性もあります」
真由美は二種類の妖について説明を続ける。
「可能性の一つは、水の中で生まれた妖『人吸い水』です。水の中に潜み、本能のまま人を引き摺りこんで養分を奪います。物理攻撃に強く、凍らせるなどの対応をしないと直接攻撃は通りにくいでしょう」
二つ目、と真由美が指を立てた。
「『濡れ人魂』という霊魂が変化した妖です。こちらも水に潜み、人を襲う妖ですが、水で溺れた人が元になっているので、何かしらのアプローチで人と同じ反応をするかも知れません。ですが、理性は残っていないでしょう。こちらは水のような霊体なので冷凍系はほとんど効かないはずです」
そこで、と真由美は言う。
「皆さんには、現場で相手の正体を見破って、効果的な方法で妖の退治をお願いします。面倒ではありますが、どうか犠牲者が出る前に、処理してください」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.無し
3.無し
2.無し
3.無し
初めてのシナリオです。
皆様、よろしくお願いします。
元人間である妖と、自然発生の妖を如何に見分けるか、皆様のアイデアを楽しみにしています。
それぞれの妖についてですが、
『人吸い水』水中に潜む透明なスライム状の妖です。核になる部分は特にありません。全体の八割を失えば消滅します。ランク1ですが、単独では無く四体がまとまったり分裂したりして行動します。
体当たり・・・物理・近距離・単体
取り込み・・・物理・近距離・単体(クリティカルの場合、二ターン行動不可)
『濡れ人魂』溺れて亡くなった人の霊魂が妖化したものです。人の記憶があるので、精神攻撃も通ります。ランク2で、単体で出現します。
しがみ付き・・・物理・近距離・単体(クリティカルの場合、一ターン行動不可)
水鉄砲・・・物理・近接・一列
となっております。
ステージは暗い川辺です。川は水量は多いですが流れは緩やかです。
土手で転べば川の方へと転がり落ちる可能性もあります。
足元に注意しながら、プレイヤーは川辺を歩いて現場へ向かい、被害男性を守りつつ戦闘を行ってください。
では、どうぞよろしくお願いいたします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
9日
9日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2017年11月07日
2017年11月07日
■メイン参加者 4人■

●間一髪
覆い被さってくる水。
かろうじて振り向いた男性が見たのは、水のような妖……では無かった。
「間に合ったね!」
眩しいヘッドライトの光に目を細めた男性は、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が優しい笑みを浮かべているのを見て、腰が抜けた。
「な、なにが……」
「俺たちはF.I.V.E.から来た覚者だよ! 詳しい説明はあとで! 澄香さん、よろしく!」
「まかせて!」
奏空の言葉に応じたのは『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)だ。彼女は翼の因子を持つ翼人であり、低空飛行をしながら横から攫って行くようにして男性を抱え上げていく。
行先には、二人のF.I.V.E.メンバーが待っている。
「もう大丈夫よ。安心してね。烏丸もお疲れ様」
一人は立石・魚子(CL2001646)。先行させていた守護使役(アテンド)の烏丸が戻ってきたのを労い、男性に怪我が無いかを確認する。
その間に澄香は奏空の下へと緩やかなカーブを描いて飛んで行く。彼女の機動力ならば、足場の不安定さなど問題にならない。
「烏丸のていさつは優秀ですね。無事に男性を救うことができました。では、私も少し前に出ます」
叶・笹(CL2001643)は魚子に告げると、竜系守護使役である円が使うともしびの灯りに照らされながら、澄香の後へ続く。
「あ、あの……」
「さあ、足元に気を付けて、後ろにさがって。私が守るから」
礼を言いそびれたまま、魚子から言われるままに移動した男性は、自分が先ほどまで居た場所にゆらゆらと揺れる水の塊のような物がいるのを見て、今更悲鳴を上げそうになった。
さっきは良くわからなかったが、あれに襲われたのだ。
奏空のヘッドライトに照らされて、ちらちらと光を反射している妖は、かろうじて人の形をしているように見えたが、輪郭は崩れたり戻ったりと一定しない。
街灯も無く、不安定な土手の道、不定形の相手にバランスを崩すことなく立ち回る奏空。
背中の小さな羽を操り、滑るように飛行して奏空の援護に向かう澄香。
守護使役の灯りの中、術符を取り出しながら進みゆく笹。
そして、男性の前で杖を持ち、彼を守るようにして立っている魚子。
「これが、覚者……」
そして、本格的な戦闘が始まる。
●正体はどっち?
水を飛ばしてくる相手に対し、奏空は距離を取りながら大太刀で攻撃をいなしてエネミースキャンのチャンスを窺っている。
だが、相手はゼリーのようにふるふると動き回り、中々集中できずにいた。
その間に、澄香が戻ってくる。
「あなた、ご家族は? ご友人は? 何か言い残したいことはありませんか?」
「……反応、しないね」
「むー……じゃあ、足止めしますから。仇華浸香!」
反応が無いことに少しムッとした澄香が仇華浸香のスキルを発動すると、周囲の空気が入れ替わったかと思う程に濃密な香りが漂う。
真正面から受けた妖は、一瞬だけ動きを止めたかと思うと、その場でふらふらと揺れ始めた。
「成功しました!」
「よし、エネミースキャン! ……叶さん、下がって!」
敵の正体を探るスキルの発動。その直後、奏空は後ろから攻撃の準備をして状況を窺っていた笹へ向けて叫んだ。
直後、妖がはじけ飛ぶように分裂する。
バシャ、と水玉を叩きつけるような音が響いて、複数の水溜りが彼らの周りにできた。
「これは……」
かろうじて後退が間に合った笹は、その正体が分裂した妖であることを知り、予備知識として憶えていたことを口にする。
「人吸い水!」
「スキャンでもそう見えた! 悪いけど、後ろに行った分はお願い!」
奏空の指示に頷き、笹は少しずつ後退しながら自分に有利な距離を保つ。そして同時に、後方にいる魚子の近くへと向かう。
一人で討滅できないこともないだろうが、できれば魚子からのサポートが欲しい。
同じとき、澄香も一帯の人吸い水と対峙していた。笹の方へと向かったものとは別の個体だ。
奏空と肩を寄せるようにして立った澄香が一瞬だけ彼の方へと視線を向けると、そこには二体の人吸い水がいた。
「笹くんと魚子ちゃんとはレベル差もあるし、あの人を守って戦わないといけないから、ここは二人で三体相手ってことですね」
「なかなか大変だけれど、早めに片付けてあっちを手伝いに行こう」
「そうですね」
二人とも知っている。
誰かを守りながら戦うのが、いかに難しいかを。
●守りの二人
「薄氷! 打撃が通る様に、凍ってくれ!」
後衛である魚子の少し手前で足を止めた笹は、彼を追ってきた人吸い水へ向けてスキルを使う。
液体そのものの身体である人吸い水に、直接的な打撃は通用しないことを聞いている。凍傷効果が狙える薄氷を使って、固めてしまうつもりだ。
同時に、状況を把握した魚子からB.O.T.が発射され、人吸い水の身体へと吸い込まれていった。
「……多少は効いている、かしら?」
「完全には凍っていないから、充分とは言えませんね。おっと!」
ゴムまりのように弾んだ人吸い水が体当たりを仕掛ける。
大した速度では無いが、笹は攻撃を躱しきれなかった。そのままスルーしていたら、背後にいた男性の目の前に妖が来ることになるからだ。
「ひぃっ……!」
怯える男性の前に、改めて魚子が身体を滑り込ませてガードに入る。
「凍らせて叩くという戦法は変えられない。悪いけれど、回復をお願いします」
「任せて。私は遠距離から援護射撃をしながら、こちらに妖が来ないように牽制するわ。前衛が戻るまで、耐えましょう」
●雷獣の咆哮
「早々に片付ける!」
奏空の雷獣が発動すると、彼の目の前にいた二体の人吸い水に向かって激しい雷が落ちた。
轟音と稲光が周囲を明るく照らしたかと思うと、一瞬後には静寂が訪れる。
「……それ、私が飛んでいる時は控えてくださいね?」
「当たらないから大丈夫だよ、多分」
若干不安を感じているような澄香の声に答えながら、奏空は二体の人吸い水がまだ動いていることを知り、油断なく構える。
そこへ一体が体当たりを敢行するが、ほとんどダメージを与えられないようだ。
「効いている!」
見た目は多少水の量が減っただけのようだが、動きが明らかに鈍っている。麻痺効果が出ていると言うより、ダメージを受けて元気がないという様子だった。
川の中にいる状態であれば電撃を受け流した可能性もあるが、完全に地面の上で独立している今の状況では、ダメージがそのまま身体を構成する水分を蒸発させる熱に変わっているらしい。
身体の中からポコポコと気泡を出してきた人吸い水に対して、何かの攻撃かと身構える奏空。しかし、動きは先ほどと同じ体当たりだった。
随分と動きが鈍った攻撃を難なく躱した彼に、人吸い水の身体から千切れ飛んだ水がかかる。
「熱っつい!?」
今や人吸い水というより人吸い湯になってしまったらしい。
「こういう結果になるとは」
わずかながらダメージを受けてしまったのが納得いかない顔をして、奏空は距離を取りながら続けて雷獣を発動していく。
物理攻撃が通りにくい上に近付くのも危険になってしまったので、人吸い水を完全に蒸発させるのだ。
●水耕栽培
「派手ですね」
立て続けに鳴り響く雷の中を飛び回る気にならず、地に足をつけて戦うことを選んだ澄香は、ちらちらと光る稲妻と暗闇の中でも、暗視を使って問題無く妖を見据えていた。
暗闇で飛行して男性を救出した時も、このスキルが役に立っている。
土手の道で、一歩踏み外せば川へまっ逆さまという場所だが、彼女にとっては日中と変わらない。
「さて、どうしましょう? 仇華浸香も一応は通るみたいですけれど、早く終わらせるにはダメージはいまいちでしたね……あっ!」
ずるずると近付いてくる人吸い水へ向けて澄香がひらりと羽を広げると、そこからいくつもの粒が人吸い水へと向けて降り注ぐ。
「棘散舞。これならどうですか?」
小さな粒は特別な種。
ぱらぱらと人吸い水の表面に付着したそれは、あっと言う間に芽を出した。
「その種は、あなたの養分を吸い取って成長します。……養分というより水分?」
水の塊である人吸い水の身体は、どんどん緑で覆われていく。枝が、葉が、その全体を包み込む間に、あちらこちらが引っ張られるように広がり、次第に枝が太くなるにつれて身体を構成する水分を奪われていく。
「このままでも良いような気がするのですけれど」
すっかり一本の木に変わってしまった人吸い水を見て、澄香は首を傾げて考える。
「あとで誰かに焼いてもらいましょう。お祓いも必要でしょうね」
中に妖が入ったままの植物を、流石にそのままにしておくのは良くないだろう。そう結論付けた彼女は、後方で頑張っているだろう二人の援護へと向かう。
●誰かを守るため
「ふぅ、ふぅ……」
「だ、大丈夫?」
「なんとか。回復ありがとうございます」
すでに三度目の薄氷を出している笹は、魚子と男性を守るように立ち回り、幾度となく人吸い水の攻撃を受けていた。
魚子からの回復を受けたことで大きなダメージは負っていないものの、気力はあまり残っていない。
「私が前に出るわ!」
「待って。もう一度薄氷をぶつけます。これでかなりの部分を凍らせることができるはず。そうしたら、攻撃を頼みます。ギリギリまで、その人を守ってください」
万が一にも敵の攻撃が貫通し、救助者に当たった時、気力が残っていない自分では治癒できないから、と笹は今の隊列を維持することを宣言した。
「理由もわからず討伐されるのは嫌でしょうね。でも人に危害を加えるならば、申し訳ないけれど排除させてもらいます」
冷気が、笹の手元から放たれる。
「つくづく、人の霊魂が元になった妖でなくて良かった。人の心を持っている相手を、攻撃せずに済みますから」
薄氷が、人吸い水を凍りつかせていく。
反撃するように、まだ液体状態の一部を伸ばした人吸い水が、シャーベットの様な感触のそれで笹を掴もうとする。
「うっ……」
「私がやります」
行動直後の隙を突かれた笹へと触手が届く直前だった。
魚子が放ったB.O.T.が、人吸い水の中央を貫いた。
●求める成果
「お疲れ様でした」
「いやはや、止めの一撃、お見事です」
人吸い水は砕け、散り散りの氷の欠片となって地面に落ちていく。
それを見ながら、魚子と笹が互いに健闘をたたえ合う。
「回復役も大変ですね」
「助かりました。お蔭で撃破できたようなものです」
「じゃあ、埋め合わせは有名パティスリーのケーキでお願いするわ」
「ははは、了解です」
二人の所へ、ひらりと舞い踊るように下りてきた澄香は、二人の活躍にご褒美だと微笑む。
「あ、甘い物が好きなら、手作りのアップルパイがありますよ♪」
そして、たっぷりと雷を落としてきた奏空も、肩に太刀を担いで戻ってきた。
「あー、俺も二体相手に頑張ったんだけれど、パイの分け前はもらえるかな?」
「もちろん。でも、先にやっておくことがあるでしょう?」
違いない、と四人は立ち上がり、腰を抜かして座り込んでいた男性の前へと向かった。
「あ、ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
手を差し伸べた奏空が明るい声で返事をする。
「間に合って良かったです」
「そうね。烏丸でていさつして正解だったわ」
口々に無事を喜ぶ声を聞いて、男性はようやく自分が救われた実感に襲われた。
「さあ、帰りましょう。あなたが無事であることが、私たちの成果です」
まだ暗い夜の土手を、五人はゆっくりと進み始めた。
覆い被さってくる水。
かろうじて振り向いた男性が見たのは、水のような妖……では無かった。
「間に合ったね!」
眩しいヘッドライトの光に目を細めた男性は、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が優しい笑みを浮かべているのを見て、腰が抜けた。
「な、なにが……」
「俺たちはF.I.V.E.から来た覚者だよ! 詳しい説明はあとで! 澄香さん、よろしく!」
「まかせて!」
奏空の言葉に応じたのは『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)だ。彼女は翼の因子を持つ翼人であり、低空飛行をしながら横から攫って行くようにして男性を抱え上げていく。
行先には、二人のF.I.V.E.メンバーが待っている。
「もう大丈夫よ。安心してね。烏丸もお疲れ様」
一人は立石・魚子(CL2001646)。先行させていた守護使役(アテンド)の烏丸が戻ってきたのを労い、男性に怪我が無いかを確認する。
その間に澄香は奏空の下へと緩やかなカーブを描いて飛んで行く。彼女の機動力ならば、足場の不安定さなど問題にならない。
「烏丸のていさつは優秀ですね。無事に男性を救うことができました。では、私も少し前に出ます」
叶・笹(CL2001643)は魚子に告げると、竜系守護使役である円が使うともしびの灯りに照らされながら、澄香の後へ続く。
「あ、あの……」
「さあ、足元に気を付けて、後ろにさがって。私が守るから」
礼を言いそびれたまま、魚子から言われるままに移動した男性は、自分が先ほどまで居た場所にゆらゆらと揺れる水の塊のような物がいるのを見て、今更悲鳴を上げそうになった。
さっきは良くわからなかったが、あれに襲われたのだ。
奏空のヘッドライトに照らされて、ちらちらと光を反射している妖は、かろうじて人の形をしているように見えたが、輪郭は崩れたり戻ったりと一定しない。
街灯も無く、不安定な土手の道、不定形の相手にバランスを崩すことなく立ち回る奏空。
背中の小さな羽を操り、滑るように飛行して奏空の援護に向かう澄香。
守護使役の灯りの中、術符を取り出しながら進みゆく笹。
そして、男性の前で杖を持ち、彼を守るようにして立っている魚子。
「これが、覚者……」
そして、本格的な戦闘が始まる。
●正体はどっち?
水を飛ばしてくる相手に対し、奏空は距離を取りながら大太刀で攻撃をいなしてエネミースキャンのチャンスを窺っている。
だが、相手はゼリーのようにふるふると動き回り、中々集中できずにいた。
その間に、澄香が戻ってくる。
「あなた、ご家族は? ご友人は? 何か言い残したいことはありませんか?」
「……反応、しないね」
「むー……じゃあ、足止めしますから。仇華浸香!」
反応が無いことに少しムッとした澄香が仇華浸香のスキルを発動すると、周囲の空気が入れ替わったかと思う程に濃密な香りが漂う。
真正面から受けた妖は、一瞬だけ動きを止めたかと思うと、その場でふらふらと揺れ始めた。
「成功しました!」
「よし、エネミースキャン! ……叶さん、下がって!」
敵の正体を探るスキルの発動。その直後、奏空は後ろから攻撃の準備をして状況を窺っていた笹へ向けて叫んだ。
直後、妖がはじけ飛ぶように分裂する。
バシャ、と水玉を叩きつけるような音が響いて、複数の水溜りが彼らの周りにできた。
「これは……」
かろうじて後退が間に合った笹は、その正体が分裂した妖であることを知り、予備知識として憶えていたことを口にする。
「人吸い水!」
「スキャンでもそう見えた! 悪いけど、後ろに行った分はお願い!」
奏空の指示に頷き、笹は少しずつ後退しながら自分に有利な距離を保つ。そして同時に、後方にいる魚子の近くへと向かう。
一人で討滅できないこともないだろうが、できれば魚子からのサポートが欲しい。
同じとき、澄香も一帯の人吸い水と対峙していた。笹の方へと向かったものとは別の個体だ。
奏空と肩を寄せるようにして立った澄香が一瞬だけ彼の方へと視線を向けると、そこには二体の人吸い水がいた。
「笹くんと魚子ちゃんとはレベル差もあるし、あの人を守って戦わないといけないから、ここは二人で三体相手ってことですね」
「なかなか大変だけれど、早めに片付けてあっちを手伝いに行こう」
「そうですね」
二人とも知っている。
誰かを守りながら戦うのが、いかに難しいかを。
●守りの二人
「薄氷! 打撃が通る様に、凍ってくれ!」
後衛である魚子の少し手前で足を止めた笹は、彼を追ってきた人吸い水へ向けてスキルを使う。
液体そのものの身体である人吸い水に、直接的な打撃は通用しないことを聞いている。凍傷効果が狙える薄氷を使って、固めてしまうつもりだ。
同時に、状況を把握した魚子からB.O.T.が発射され、人吸い水の身体へと吸い込まれていった。
「……多少は効いている、かしら?」
「完全には凍っていないから、充分とは言えませんね。おっと!」
ゴムまりのように弾んだ人吸い水が体当たりを仕掛ける。
大した速度では無いが、笹は攻撃を躱しきれなかった。そのままスルーしていたら、背後にいた男性の目の前に妖が来ることになるからだ。
「ひぃっ……!」
怯える男性の前に、改めて魚子が身体を滑り込ませてガードに入る。
「凍らせて叩くという戦法は変えられない。悪いけれど、回復をお願いします」
「任せて。私は遠距離から援護射撃をしながら、こちらに妖が来ないように牽制するわ。前衛が戻るまで、耐えましょう」
●雷獣の咆哮
「早々に片付ける!」
奏空の雷獣が発動すると、彼の目の前にいた二体の人吸い水に向かって激しい雷が落ちた。
轟音と稲光が周囲を明るく照らしたかと思うと、一瞬後には静寂が訪れる。
「……それ、私が飛んでいる時は控えてくださいね?」
「当たらないから大丈夫だよ、多分」
若干不安を感じているような澄香の声に答えながら、奏空は二体の人吸い水がまだ動いていることを知り、油断なく構える。
そこへ一体が体当たりを敢行するが、ほとんどダメージを与えられないようだ。
「効いている!」
見た目は多少水の量が減っただけのようだが、動きが明らかに鈍っている。麻痺効果が出ていると言うより、ダメージを受けて元気がないという様子だった。
川の中にいる状態であれば電撃を受け流した可能性もあるが、完全に地面の上で独立している今の状況では、ダメージがそのまま身体を構成する水分を蒸発させる熱に変わっているらしい。
身体の中からポコポコと気泡を出してきた人吸い水に対して、何かの攻撃かと身構える奏空。しかし、動きは先ほどと同じ体当たりだった。
随分と動きが鈍った攻撃を難なく躱した彼に、人吸い水の身体から千切れ飛んだ水がかかる。
「熱っつい!?」
今や人吸い水というより人吸い湯になってしまったらしい。
「こういう結果になるとは」
わずかながらダメージを受けてしまったのが納得いかない顔をして、奏空は距離を取りながら続けて雷獣を発動していく。
物理攻撃が通りにくい上に近付くのも危険になってしまったので、人吸い水を完全に蒸発させるのだ。
●水耕栽培
「派手ですね」
立て続けに鳴り響く雷の中を飛び回る気にならず、地に足をつけて戦うことを選んだ澄香は、ちらちらと光る稲妻と暗闇の中でも、暗視を使って問題無く妖を見据えていた。
暗闇で飛行して男性を救出した時も、このスキルが役に立っている。
土手の道で、一歩踏み外せば川へまっ逆さまという場所だが、彼女にとっては日中と変わらない。
「さて、どうしましょう? 仇華浸香も一応は通るみたいですけれど、早く終わらせるにはダメージはいまいちでしたね……あっ!」
ずるずると近付いてくる人吸い水へ向けて澄香がひらりと羽を広げると、そこからいくつもの粒が人吸い水へと向けて降り注ぐ。
「棘散舞。これならどうですか?」
小さな粒は特別な種。
ぱらぱらと人吸い水の表面に付着したそれは、あっと言う間に芽を出した。
「その種は、あなたの養分を吸い取って成長します。……養分というより水分?」
水の塊である人吸い水の身体は、どんどん緑で覆われていく。枝が、葉が、その全体を包み込む間に、あちらこちらが引っ張られるように広がり、次第に枝が太くなるにつれて身体を構成する水分を奪われていく。
「このままでも良いような気がするのですけれど」
すっかり一本の木に変わってしまった人吸い水を見て、澄香は首を傾げて考える。
「あとで誰かに焼いてもらいましょう。お祓いも必要でしょうね」
中に妖が入ったままの植物を、流石にそのままにしておくのは良くないだろう。そう結論付けた彼女は、後方で頑張っているだろう二人の援護へと向かう。
●誰かを守るため
「ふぅ、ふぅ……」
「だ、大丈夫?」
「なんとか。回復ありがとうございます」
すでに三度目の薄氷を出している笹は、魚子と男性を守るように立ち回り、幾度となく人吸い水の攻撃を受けていた。
魚子からの回復を受けたことで大きなダメージは負っていないものの、気力はあまり残っていない。
「私が前に出るわ!」
「待って。もう一度薄氷をぶつけます。これでかなりの部分を凍らせることができるはず。そうしたら、攻撃を頼みます。ギリギリまで、その人を守ってください」
万が一にも敵の攻撃が貫通し、救助者に当たった時、気力が残っていない自分では治癒できないから、と笹は今の隊列を維持することを宣言した。
「理由もわからず討伐されるのは嫌でしょうね。でも人に危害を加えるならば、申し訳ないけれど排除させてもらいます」
冷気が、笹の手元から放たれる。
「つくづく、人の霊魂が元になった妖でなくて良かった。人の心を持っている相手を、攻撃せずに済みますから」
薄氷が、人吸い水を凍りつかせていく。
反撃するように、まだ液体状態の一部を伸ばした人吸い水が、シャーベットの様な感触のそれで笹を掴もうとする。
「うっ……」
「私がやります」
行動直後の隙を突かれた笹へと触手が届く直前だった。
魚子が放ったB.O.T.が、人吸い水の中央を貫いた。
●求める成果
「お疲れ様でした」
「いやはや、止めの一撃、お見事です」
人吸い水は砕け、散り散りの氷の欠片となって地面に落ちていく。
それを見ながら、魚子と笹が互いに健闘をたたえ合う。
「回復役も大変ですね」
「助かりました。お蔭で撃破できたようなものです」
「じゃあ、埋め合わせは有名パティスリーのケーキでお願いするわ」
「ははは、了解です」
二人の所へ、ひらりと舞い踊るように下りてきた澄香は、二人の活躍にご褒美だと微笑む。
「あ、甘い物が好きなら、手作りのアップルパイがありますよ♪」
そして、たっぷりと雷を落としてきた奏空も、肩に太刀を担いで戻ってきた。
「あー、俺も二体相手に頑張ったんだけれど、パイの分け前はもらえるかな?」
「もちろん。でも、先にやっておくことがあるでしょう?」
違いない、と四人は立ち上がり、腰を抜かして座り込んでいた男性の前へと向かった。
「あ、ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
手を差し伸べた奏空が明るい声で返事をする。
「間に合って良かったです」
「そうね。烏丸でていさつして正解だったわ」
口々に無事を喜ぶ声を聞いて、男性はようやく自分が救われた実感に襲われた。
「さあ、帰りましょう。あなたが無事であることが、私たちの成果です」
まだ暗い夜の土手を、五人はゆっくりと進み始めた。
