【儚語】黒紫の魔手
【儚語】黒紫の魔手


●夢見の逃げた先
 雲ひとつ無い、晴天の下で唯只管走り抜ける。
 逃げても、隠れても追いかけてくる数人の影。
 それと、何回も跳ねて周囲を打ち払う……蔓鞭の撓る音色。
 舞台は狭く使われていないような路地裏。脆い壁が一撃喰らえば欠片が崩れ、逃走者を威嚇する。
「逃しはしませんわ!」
 白昼堂々、気の強そうな女の声が響き渡のみ。
 其処には追うものと、追われるものの2種類しか存在していなかった。

「何処に行きまして?」
 追うもの達が脚を止めた先は、もう使われなくなった廃工場の朽ちた空間。
 所々崩れ落ちた屋根の隙間から溢れる光だけがまばらに明りを示し、荒廃した広間の一部を照らし出す。
「お姉さま、どこかにはおりますわ」
「見つけるのは時間の問題かと」
 光柱の一つに、3つの人影が姿を現す。
 どれも気の強そうな女性の風貌に、毒々しい黒紫色の薔薇をあしらうゴシックドレスが印象的。
 濃紫のパニエを覗かせる黒のフリルスカートに網タイツの脚がすらりと。高いヒールのブーツを鳴らしお姉さまと呼ばれた女はロングウェーブの髪を揺らしながら向き直りショートヘアとツインテールの少女風配下に笑いかける。
「ええ、逃げたネズミはさっさと捕らえてしまいましょう」
「抵抗する場合は?」
 一人が尋ねると、先ずの返事は廃工場に響き渡る鞭の一啼き。
「手足以外があれば宜しいですわ、夢見として使える事が出来るのならそれで良いのですから」

「……」
 朽ちた資材の中、暗がりに独り身を潜める儚の因子を持つ人間。
 手を差し伸べるのは――。

●急行せよ
「夢見の力を持つ人を、視ました。その方は今……追われています」
 久方 真由美(nCL2000003)が僅かに緊張した雰囲気で覚者達に告げる。
「敵は特徴的な衣服を纏った隔者が3名。どうやら、強引にでも確保するつもりのようです」
 特徴的?との声を聞けば真由美が少しだけ首を傾ける。
「目立つほどの、黒紫色をした……薔薇を身につけていました。それと、全て女性ですね」
 それぞれゴテゴテした装飾が付いていたが鞭、コンパウンドボウ、刀を持っているようだと付け加え。
 皆一様に所謂ゴシックロリータ系の衣装をしていたのが印象的だったと纏めた。
「一体彼女達がどんな目的かは解りません。ですが、このままでは隔者に夢見の方が連れ去られるのは時間の問題です」
 場所は役目を終え整理すらされていない廃工場。追ってから逃げに逃げ、辿り着いた先だという。
 幸か不幸か他に人の気配はなく、戦うには調度良いが追われる者は孤立している状態にあった。
 今から向かえば、夢見を探している隔者達と対峙できる。
 敵の蛮行を阻止し救出をと同じ夢見である彼女は訴えた。
「勿論、助けた夢見の方の説得もお願いします。その方からしたら、私達も突然現れた知らない人達ですから」
 上手く行けば、その夢見も『F.i.V.E』の力になってくれる可能性だってある。
 真由美は困ったように笑いながらも、最後にゆっくりと覚者達へ頭を下げた。
 どうか、救って下さいと。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:緑歌
■成功条件
1.『夢見』の救出
2.なし
3.なし
よろしくお願いします緑歌です。
夢見を一人、救出お願いします。
以下詳細。

▼成功条件補足
敵は全滅させずとも構いません。
基本的に夢見を救出できれば成功です。

▼場所
時刻は昼過ぎ、天候は晴れ。
今は使われていない巨大な廃工場の跡地です。
戦う分には問題ない広さ。
所々穴開きの屋根から光が溢れ光源になっております。
所々廃材等ガラクタの山が積み上がっています。

▼敵詳細
謎のゴスロリ隔者×3
・リーダー格(ロングヘア)
因子スキル『五織の彩』、術式スキル『深緑鞭』、体術スキル『地烈』
武器に鞭を持つ。
・配下(ショートヘア)
因子スキル『機化硬』、術式スキル『蒼鋼壁』、体術スキル『貫殺撃』
武器に刀を持つ。
・配下(ツインテール)
因子スキル『B.O.T.』、術式スキル『癒しの霧』、体術スキル『小手返し』
武器にコンパウンドボウを持つ。

既に3人とも戦闘態勢です。
自分達以外の者には容赦無く攻撃を仕掛けます。

▼夢見
近くのガラクタの山に隠れて戦いの様子を見ているようです。

皆様のプレイングをお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年10月11日

■メイン参加者 8人■

『風に舞う花』
風織 紡(CL2000764)
『真夜中の羊飼い』
梅崎 冥夜(CL2000789)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)
『白焔凶刃』
諏訪 刀嗣(CL2000002)
『凛の雫花』
宇賀神・慈雨(CL2000259)

●嵐の幕開け
「よーし、そこまでだねえちゃん達! 鬼ごっこは中断して、こっちに注目してもらおうか!」
 突然、廃墟に明るい少年の声が響き渡る。
 驚く3人の隔者達が振り向けば白布を手に巻付け、強気な笑みで叫ぶ鹿ノ島・遥(CL2000227)の姿。
 白溶裔で締める拳を握ると黄の輝きが指間から溢れ輝く。
「なんですの? 貴方達」
 遥が狙いを定めている鞭使いのリーダーが敵意の眼差しを向け、配下二名がその前に立ち塞がる。
 ただ次々と雪崩れ込んでくる覚者達に戸惑いが見えた。その間に『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)と『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)が回り込む。
「あんたの相手はあたしらですよ!」
 鉄仮面越しに見据える緑の瞳。紡の言葉を受け完全に敵と認識したのか、黒紫の薔薇を抱く女達が一斉に殺気を膨らませる。
「戦い辛そうな格好の方たちですね」
 対して燐花は涼しげな顔で理解できないとぼやく。黒い猫耳すら動かさず、淡々と相手を観察するも立ち位置は確り確保した。
 二対の苦無を構え、誰よりも行動早く静かに胸の内で炎を覚醒めさせる。
 ターゲットにされたリーダーとツインテール。残りのショートヘアにも、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が立ち塞がる。
 しかし大太刀鬼桜を構えるも彼女の頭はやや混乱していた。
(イヤァーッ! 諏訪がいるゥーッ! かのしま君がいるゥ! 彼の前で変な所見せたくないィ!)
 彼女が取り乱す原因、『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は気怠そうに弓持ちの方へ歩いて行く。
 その最中、ぼそりと零の背後で呟いた。
「お前、俺が弓倒すまでにその刀倒せてなかったらスカートめくるからな」
 声にならない悲鳴が喉元迄出かけたのを見た気がした。口端上げながら次に獲物を見た刀嗣の髪が金から黒へと染まっていく。
「気が乗らねぇなぁ……なんか好みの相手じゃねぇんだよな」
 顔じゃねぇけどとぼやく赤い瞳が、視界の端でこそこそと嗅ぎ回る犬の守護使役を捉えた。
「随分と乱暴な追いかけっこじゃない? いじめっ子?」
 その主、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)も弓の前に姿を見せながら呆れた声をあげる。
「何ですって?」
「黒紫の薔薇…っていうかバカの会?」
 彼女らの服装を小馬鹿にした顔で挑発すれば、面白いように相手が怒りの表情を露わにする。
「小娘が……この気高き薔薇を侮辱するとは許しませんわ!」
「確かに、美しい装いだ……但しヒトを道具扱いする曲がった性根でさえなければ、だ」
 代わりに返事をしたのは『真夜中の羊飼い』梅崎 冥夜(CL2000789)。彼も相手と同じくゴシックな装いを纏い憂いの眼差しを向け……実に、残念そうだ。
「ぜひモデルでもお願いしたかったのだがねェ。だが嫌がる夢見を追い回し、あまつさえただの道具として確保しようなど…許してなるものか」
「そうね。装いは自由だけれど…綺麗にするより性根からの矯正をお薦めしておくの」
 最後に姿を見せた『凛の雫花』宇賀神・慈雨(CL2000259)は仲間達の後ろで、ひっそりと息を吐く。
 次いですぅ、と息を吸えば見渡しながら大声で叫んだ。
「私達は隔者や妖に立ち向かう覚者集団。危害は決して加えない!」
 それはこの空間の何処かに居る、夢見へ伝える決意の言葉。
 貴方を救いに来た――と。

●スポットライトは疎らに照らす
「貴方達も夢見を奪いに来たのね!」
 敵陣で早く動いたのはツインテールの女だった。薔薇の刺繍が咲くグローブを真っ直ぐ立ち塞がる数多へと向け、指先から波動を飛ばす。
 咄嗟に緋鞘の愛刀で庇うも貫通弾は彼女と、その後ろに居た慈雨を貫く。
「っ違う! 夢見が欲しいから戦うんじゃない!」
 仲間が傷付く姿に声を上げる零が大太刀を振り上げると忽ち周囲に霧が発生し女達を包み込む。
 せめて夢見が選択肢を自分で選べるように戦う、その信念に迷いはない。全力で立ち向かうと鬼桜を構え直した。
 突然霞む視界に狼狽える敵に隙を見て紡は自身に宿す英霊の力を更に引き出し、揺らぐ金髪に包まれた鉄仮面は真っ直ぐリーダー格を。そして先に居る遥に向け視線を送る。
「悪いことするやつはお天道様がちゃんと見てるですよ!」
 叫ぶ紡の声を合図と理解したか歯を剥き出しに笑い返した遥は正々堂々、敵の正面に立つ。
「『十天』、鹿ノ島遥だ! さあ、戦り合おうか!!」
 高らかと宣言するのは自分達である証。一蹴りで懐に飛び込めば天の源素を宿した拳を叩き込む。霧に気を取られていた女から、苦しげな声が一瞬零れた。
「っぐ……。生意気な子供ですわ!」
 腹を抑えながら直ぐ様体制を整えたロングヘアの女が表情険しく吐き捨てる。然し未だ冷静ではあったか、視線を巡らせ状況を直ぐに確認し顔を顰める。
「いい気にならない事ね。二人共、フォローなさい!」
 叫ぶが早く、大きく地面を鞭で叩きつける。廃墟全体を揺らすような地響きと共に衝撃が跳ね上がり前衛達を襲った。
 後ろに回っていた紡と燐花、それと後衛は免れたが残り4人が巻き込まれ悲鳴と心配の声が飛び交う。
 刀持ちの女も続き、手を振りかざせばツインテールの女へ土行の力を開放し防御シールドを張り巡らせた。
「皆大丈夫……!?」
 黒い翼をはためかせ、慈雨が前衛達に寄り添う。一番傷を負っている数多の元へと降り立つ翼人がその手に生み出した癒しの霧で皆を含めて怪我を消していく。
 悲しげに揺れる赤と青の瞳で他も気遣う慈雨の隣へ冥夜が並ぶ。スマートな体格で猫の様に笑い、獣と化した手で器用にライフルをくるりとステッキの如く一回転。
「おいたが過ぎるようだねマドモワゼル。だがキミを討つのは少しお預けだ」
 狙いは優先順位通り、芝居がかった仕草で銃口を向けると的確にツインテールの女へ銃声を響かせた。それを切掛に周囲も動き出す。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。お前らにゃ過ぎた相手だが遊んでやるよ」
 言葉と同時に切り込まれた贋作虎徹の一刀を辛うじてハンドルで受け止める。だが力の差がそこにあるのか、柳生の魂を受け継ぐ男は薄っすらと笑う。
「なんつーか、お前らには飢えを感じねえんだよ」
 告げた瞬間、あっさりと弓は弾かれた。昏い笑みを浮かべたまま素早く二連撃を与えると服に咲いていた黒紫の花弁が散る。
 舞い落ちる間も無く、次の手がが敵を襲う。彼女は「私は十天の柳。貴方達の邪魔をしに参りました」と宣言した。
 黒猫は耳を凛と立たせ、両手の苦無から猛る一撃を繰り出す。シールドが張られているとしてもこの連撃で流石に相手が蹌踉めいた。
「貴女が降参するまで、自由に動く事は叶いません」
 静かな表情で燐花が告げる。その対岸では、退路を塞ぐ数多の元へ守護使役が戻ってきていた。
 嗅ぎ分けた先、今は視線を送ることは出来ない。わざと違う方を向き「解った、わんわんありがとう」と相棒を労った。
「安心なさい、私達は貴方を助けにきたわ。直ぐに信用しろとは言わないけれど……まあ、そこでゆっくり見ておきなさいな」
 言葉が届くかは確認しない。愛対生理論を片手に数多が踏み込む、胸元が淡く赤い輝きを纏った。
「櫻花真影流、酒々井数多、往きます! 散華なさい」
 地を蹴ると同時に一閃、それは横に並んだ隔者達を一斉になぎ払う。華奢な体からは想像できない力強い一撃が確かな手応えを与えた。
(やだな、やっぱり何時も通り)
 苦しがる敵を見ても、眉一つ動かない。同じ『人』を斬りつけても…何も感じない。
 対照的に激しく睨みつける弓持ちの女は、既に息が上がっている。防御を上げたものの連続攻撃に堪えているようだ。
「おのれ…私だけならずお姉さまにまで!」
 殺気を向けるものの、その手から溢れでたのは癒しの輝き。恵みの霧が包めば破れたゴスロリの衣装はそのままに傷だけが修復されていく。
 何方も引かない攻防。だが数で圧倒している覚者達にはまだ余裕があった。

●薔薇散華
「おい未だ刀倒せてねぇのか」
「いや弓そっち5人くらいでやってんのに無理でしょ!」
 諏訪くんの馬鹿ァァ!!鬼!悪魔!とほぼ泣き叫ぶ声をあげる零。そんな二人のやり取りを道場仲間の遥と、燐花も不思議そうに眺めるのは束の間。
「十天、鳴神零! スカート捲られたくないから、早く降伏してね!」
 三人目の十天、零が気を取り直して切り込む。相手も刀持ち、何度も鍔迫り合いと刃がぶつかる音を立て押し切るとそのまま二回斬撃をお見舞いした。
 弓をどうにかする前に刀を仕留めねば、理不尽な仕置が待っている。零の必死度が伝わったのか遥が我に返り再び拳を握り直す。
「鞭使いと戦う機会なんてめったになさそうだしな。貴重な体験させてもらうぜ!」
 戦いは全力でぶつかる事こそ自らの喜び、楽しくて仕方ないと再び右手の紋章を輝かせ飛びかかる。
 迫り来る鞭の乱撃を軽いフットワークで避けステップで間合いを詰めると一気に拳を叩き込んだ。
 「……!」
 敵から舞い散る赤い液体、それを見た紡は一瞬だけぞわりと身を粟立たせるもすぐに状態を思い出し突剣とナイフを握る手を交差させ構えを取る。
「てめぇら、夢見を使って何してたんですか。悪いことしようとしてたじゃねーですか?」
 追求の言葉と共に、裸足で踏み込む。白いワンピースの乙女が黒紫のドレスで彩られた背を切り裂いた。
「ぐっ……この、まま、では……!」
 息つく暇もない連続攻撃、更に弓持ちも集中攻撃で持ちそうにない。悔し気に歯を食い縛る姿を見たショートヘアの女が零を睨みつけた後、突然後ろを向いた。
「あっ、ちょっと!」
 刀を振り翳し、狙ったのはリーダーの後ろにいる紡。白い肌に描かれた刺青の力を刀に宿し斬りかかる。
 突然の自体に受け身を取れない紡に一太刀浴びると間髪入れず「お姉さま、逃げて!」と叫んだ。
「風織!」
 背を向けて走り出した女と、飛翔する慈雨が声をあげるのは同時だった。
 空中からLiar crownと名付けた杖先を向け、癒しの滴を飛ばせば膝をつく紡から流れる血が止まっていく。
 代わりに零が追いかけようと走りだすも、逆に刀持ちの女に阻まれ再度刀がぶつかる音が響き渡る。
「待って、あの方向は……!」
 数多が叫ぶ意味を理解した冥夜と燐花が動く。冥夜が放ったライフルの一撃が奥の瓦礫の山と隔者の間を的確に狙えば女は逃走経路を変更せざるを得ず、その後を黒猫が追いかけていく。
「数多センパイ手伝うぜ! 燐花、無理するなよ!」
「解ってます」
 短いやりとりの後、遥は数多の元へ向かう。が既に彼女はふらつく弓持ちへ止めの一撃……赤き輝きを纏う一太刀にて地へと倒していた。
「大丈夫よ、殺していない」
 ショートヘアの女も、弓持ちが倒れたとほぼ同時に切り倒されていた。やったのは唖然とする零ではなく、いつの間にか移動していた刀嗣。
「とろくせぇ戦いしてんじゃねぇよ」
 緩い息を吐きながら、顔を上げるその顔は矢張りニヤついていた。零の中で危険予知が危険だと知らせている……ような気がした。
「何にせよ、これで二人捕まえた。中々、梃子摺らせたね」
 衣服に戦いで付いた埃を払いながら、冥夜が状況を見渡す。横を慈雨が通りぬけ、紡はじめ怪我がまだ残っている者達を気遣っていく。
「二人も縛り上げられたら上出来ですよ、こいつらから情報吐かせるです」
「そうね、相手の所属とかさぐれたら良いのだけれど……」
 仲間の手当を施しながら、慈雨が捕縛された二人の隔者を見やる。息も絶え絶えの女達へ、刀嗣が刃を向けた。
「で、お前らナニモンだ?答えねえならお前らのツラを素敵にデコってやるぜ?」
 切っ先に言葉も鋭く、彼の言葉に本気を感じて女らの顔に怯えの色が映り――。

「待って」
 奥の瓦礫のから、静かな声が響いた。

●豹紋の儚
「すみません、出口抜けた先で見失いました……?」
 戻ってきた燐花は眼前に立つ大きな背中を見上げて立ち止まる。仲間の誰でもないその背に、疑問と予感が織り交ざる。
「これは驚いた……マドモアゼルだと思ったが」
 冥夜の声で、それは確信に変わった。早足で皆の元へと戻ると『彼』の姿が零れ落ちる陽光に照らされ鮮明に映った。
「ごめんね、女の子だと思われていたかな」
 現れたのは薄色の着流しに長い白髪の男性。灰銀の眼を伏せ、小さく笑う姿は細く儚い。顔を上げると覚者達を見渡した。
 青年は控えめに歩み出て、縛り上げられている二人の隔者を見下ろす。
「彼女達は……恐らく、深くは知らないよ。ただ俺を捕まえろと、言われただけだろう。俺は彼女達に敵う力が無かったから、逃げていたんだ」
 少しだけ、寂しそうな顔をして彼――夢見は告げた。

「私は酒々井数多」
「私は鳴神零、貴方のお名前は?」
 それぞれが自己紹介するのを黙って聞いた後、男は口を開く。
「俺は末樹。名前は彪文」
 落ち着いた様子で返す姿をほんの少し安心しながら、慈雨も前へ踏み出す。
「私達は先程伝えた様な集団なの。考えは色々、境遇もばらばらだけど……悪いところじゃないかな」
 少なくとも貴方を不当に虐げないと約束すると続けると、夢見は覚者達の後方に視線を送る。
 説得は皆に任せ隔者達の見張りをしていた刀嗣は気配に気付き顔を上げ「元々命取る気なんざねぇよ」と返した。
「……そのようだね。彼女達を殺してしまうような人達だったら考えたけれども、君達はそうではないみたいだ」
 戦いの間、ずっと自分達を見ていた。夢見に向けた言葉も、届いていた。そう確信できる発言に紡も仮面を取り素顔で向き合う。
「あたしらは敵じゃねーです、F.i.V.E.とかいう集団です。つってもあたしもよくわかってねーですが……ムギたちみたいな、変な力を持った人たちの面倒みてくれるですよ」
「F.i.V.E.? 聞いた事が……あるような」
 緩く首傾げた男に、なら話は早いと数多も口を開く。
「あなたと『同じ』人に、貴方を保護して欲しいって頼まれたのよ。こういう事がもうなくなるようにしてあげるから、一緒にきなさい」
「それは、俺と同じ夢を見られる人の事かな」
「はい。貴方のような力を持っている人が、私の属する組織にいます」
 同じ力、夢見に導かれて此処に来た事を燐花も説明すると漸く納得したような顔をされた。冥夜も気を取り直して説得に加わる。
「君が組織に属したくないというのなら、その意思は尊重しよう。ただ…率直に言ってしまえば、君の夢見の力も、事件を防ぐために使わせてほしいと思っている身だからねェ」
「強制じゃないよ。貴方の力、貸して欲しいんだ」
 何の為と問えば、平和の為に。夢物語かもしれないけど、と付け足す零の声は真剣だ。
「夢を見るのは辛いと思う。色んな人から狙われて……私達も、貴方の力を当てにしてしまう」
 それでも友や、家族に犠牲を出したくない。その為にも、来て欲しいと慈雨も改めて訴えた。
「同じ理想を見て欲しいの。仲間として、友人として……」
「同じ……ゆめ、か」
 少しの間、男は目と口を閉ざした。やがて、ゆっくりと視線を戻す。
「解った。正直、追い掛け回されるのも疲れるからね。君達なら安心できそうだ、付いて行っても良いかい?」
 帰ってきた返答に、一気に緊張が解けた気がした。
「よっし、決まりだな! まあ、今度狙われることも多いだろうし、もし怖かったらいつでも助けを求めてくれてもいいからな?」
「うんうん、お友達になろ? 何かあったら鳴神を頼ってよ。そのかわり私たちも貴方に頼りたい」
 遥が早速声を上げ夢見に笑いかける。零の提案にも男は何度か瞬きした後、緩い笑みを見せた。
「皆、ありがとう。……助けてくれた事にも、感謝しているよ」
 救いの手を、彼は取った。

「ではこのマドモアゼル達は然るべき所にお連れしようか」
 何度問うても「私達は知らない」としか答えない捕虜達に今の説得は諦め、連れて行こうと冥夜が促した。
 敵にすら紳士の仕草で連行し他の者達と廃墟を後に歩き出す。
 天井から溢れる光にやや赤みが差してきた。後ろの方で「黒か」という短い声と女の叫び声が聞こえたが、気にせず空を見上げる燐花は仕事が終わった事を感じて一息。
(今日のお夕食は何にしましょう。そろそろお鍋もいいですね)
 秋も深まり、もうすぐ冬の気配が近付く中。彼等はまた一つ、成果を得た。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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