【儚語】少女の見た悪夢
●
夏休みが明けたら、すっかり女子の雰囲気が変わってしまった。
よく聞く話ではあるが、大岩麦(おおいわ・むぎ)という中学2年生の少女も周りに同様の印象を与えていた。
想像逞しい男子達の思い描くような経験があった訳ではない。ただ、彼女が以前と大きく変わってしまったこともまた事実だった。
ある時から、彼女は夢を見るようになった。それは未来の光景を映し出す不可思議な夢。見た夢が現実に起きることに気が付くのにも、決して幸せな未来だけを見せないことにも、気付くことに時間は掛からなかった。だから、自分の手に入れた力の存在に気付いた麦は、現実のものとしないために、動き出すことを決める。
大事な人を失う恐怖もあった。
ちょっとした英雄願望があることも否定はしない。
だが、それ以上に、誰かを守りたいと彼女は願った。
昨日見たのは、妹の小豆(あずき)が妖に襲われる夢。親や警察に話したけれど、信じてもらうことは出来なかった。覚者の存在はテレビで知っているが、だからと言ってコネなどがある訳でも無い。ならば、自分で妹を守るしかない。
そして今、妹を抱きかかえる麦に向かって、不気味な鎧武者が鬼火を従えにじり寄ってくる。こっちは金属バットで相手は錆の浮いた巨大な大太刀。控えめに見ても勝ち目は見えない。
妖を題材にしたテレビや災害対策で話は聞いていたが、実物の発する威圧感はその比では無かった。
手が震えて、このまま腰を抜かしてしまいそうになる。
「だれか……」
自分の無力さへの悔しさと絶望が心を満たし、思わず彼女は涙ながらに助けを求める。
「だれか助けてぇッ!!」
●
「皆さん。今日は集まってくれてありがとうございます。まずはお茶でもどうぞ?」
集まった覚者達にお茶を淹れる久方・真由美(nCL2000003)。
口を湿らせる覚者達に、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「妖による事件が検知されました。皆さんの力を借りないといけません。妖の退治をお願いします」
真由美が資料を渡すと、そこには仮面を付けた巨大な鎧武者の姿が描かれていた。
「現れたのは物質系の妖、ランクは2です。他にも従って行動する妖が確認されています」
現れる妖は『仮面武者』という識別名が与えられている。積極的に前衛に立ってくるタイプではあるが、高い防御力と耐久力を持っている。動きが鈍いために、そこを上手く突けば有利に戦いを運ぶこともできるだろう。周りに遠距離攻撃を得意とする低位の妖もいるので、一筋縄では行かないだろう。
「今回は特殊な状況もあります。現場では2人の女の子が襲われているのですが、その内の1人に夢見の因子が確認されました」
真由美の言葉に覚者達の表情が変わる。
ここ最近、夢見に関わる事件が増えている。これも何かの予兆なのだろうか?
「もちろん、FiVEとしては欲目もあると思います。ですが、それ以上に人命の問題です。なんにせよ、放っておくわけにはいきません」
襲われているのは大岩麦と大岩小豆という姉妹。姉の麦が夢見の因子を持っているのだという。町はずれの裏山で妹が襲われる未来を知り、姉が助けに向かった状況のようだ。
また、麦は妹を助けるためにあちこちで夢についての話をしていたらしい。まだ信じた者はいないが、このことが隔者や憤怒者の耳に入ればただでは済むまい。もし、妖を倒すことに成功したのなら、保護することを視野に入れた方が良いだろう。
説明を終えると、真由美は覚者達に一礼をして、送り出す。
「怪我がなく……というのは難しいと思いますけど、気をつけてください」
夏休みが明けたら、すっかり女子の雰囲気が変わってしまった。
よく聞く話ではあるが、大岩麦(おおいわ・むぎ)という中学2年生の少女も周りに同様の印象を与えていた。
想像逞しい男子達の思い描くような経験があった訳ではない。ただ、彼女が以前と大きく変わってしまったこともまた事実だった。
ある時から、彼女は夢を見るようになった。それは未来の光景を映し出す不可思議な夢。見た夢が現実に起きることに気が付くのにも、決して幸せな未来だけを見せないことにも、気付くことに時間は掛からなかった。だから、自分の手に入れた力の存在に気付いた麦は、現実のものとしないために、動き出すことを決める。
大事な人を失う恐怖もあった。
ちょっとした英雄願望があることも否定はしない。
だが、それ以上に、誰かを守りたいと彼女は願った。
昨日見たのは、妹の小豆(あずき)が妖に襲われる夢。親や警察に話したけれど、信じてもらうことは出来なかった。覚者の存在はテレビで知っているが、だからと言ってコネなどがある訳でも無い。ならば、自分で妹を守るしかない。
そして今、妹を抱きかかえる麦に向かって、不気味な鎧武者が鬼火を従えにじり寄ってくる。こっちは金属バットで相手は錆の浮いた巨大な大太刀。控えめに見ても勝ち目は見えない。
妖を題材にしたテレビや災害対策で話は聞いていたが、実物の発する威圧感はその比では無かった。
手が震えて、このまま腰を抜かしてしまいそうになる。
「だれか……」
自分の無力さへの悔しさと絶望が心を満たし、思わず彼女は涙ながらに助けを求める。
「だれか助けてぇッ!!」
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「皆さん。今日は集まってくれてありがとうございます。まずはお茶でもどうぞ?」
集まった覚者達にお茶を淹れる久方・真由美(nCL2000003)。
口を湿らせる覚者達に、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「妖による事件が検知されました。皆さんの力を借りないといけません。妖の退治をお願いします」
真由美が資料を渡すと、そこには仮面を付けた巨大な鎧武者の姿が描かれていた。
「現れたのは物質系の妖、ランクは2です。他にも従って行動する妖が確認されています」
現れる妖は『仮面武者』という識別名が与えられている。積極的に前衛に立ってくるタイプではあるが、高い防御力と耐久力を持っている。動きが鈍いために、そこを上手く突けば有利に戦いを運ぶこともできるだろう。周りに遠距離攻撃を得意とする低位の妖もいるので、一筋縄では行かないだろう。
「今回は特殊な状況もあります。現場では2人の女の子が襲われているのですが、その内の1人に夢見の因子が確認されました」
真由美の言葉に覚者達の表情が変わる。
ここ最近、夢見に関わる事件が増えている。これも何かの予兆なのだろうか?
「もちろん、FiVEとしては欲目もあると思います。ですが、それ以上に人命の問題です。なんにせよ、放っておくわけにはいきません」
襲われているのは大岩麦と大岩小豆という姉妹。姉の麦が夢見の因子を持っているのだという。町はずれの裏山で妹が襲われる未来を知り、姉が助けに向かった状況のようだ。
また、麦は妹を助けるためにあちこちで夢についての話をしていたらしい。まだ信じた者はいないが、このことが隔者や憤怒者の耳に入ればただでは済むまい。もし、妖を倒すことに成功したのなら、保護することを視野に入れた方が良いだろう。
説明を終えると、真由美は覚者達に一礼をして、送り出す。
「怪我がなく……というのは難しいと思いますけど、気をつけてください」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.大岩姉妹の救出
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
夢の欠片、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は夢見の少女を救っていただきたいと思います。
●戦場
とある町のはずれにある裏山です。
時刻は夕刻過ぎになります。
姉妹の逃げ込んだ先は木や石が転がっており、大変足場が悪くなっています。
到着のタイミングは、彼女らが襲われ、助けを呼ぶ声を上げた所です。
●妖
・『仮面武者』
物質系の妖でランクは2。山中に埋もれていた古い武者鎧が元になったようで、仮面を付けた巨大な鎧武者の姿をしている。耐久度が高く、反応速度は低め。
能力は下記。
1.烈風斬 物近列
2.斬撃 物近単 威力高
・鬼火
自然系の妖でランクは1。炎の塊のような姿をしています。3体います。
能力は下記。
1.炎弾 特遠単 火傷
●被害者
・大岩麦
快活な印象を与える13歳の少女。
山登りが好きでアウトドア経験を豊富に持つ。
ここ最近、儚の因子に目覚めて、戦うことを決意した。
一応、バットで武装していますが、妖の前では無力です。
・大岩小豆
姉に似てお転婆な7歳の少女。
遊んでいる内にうっかりと山の中に紛れ込んでしまった。
●補足
この依頼で説得及び獲得できた夢見は、今後FiVE所属のNPCとなる可能性があります。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月09日
2015年10月09日
■メイン参加者 8人■

●
少女の悲鳴が薄暗さを増していく空に響いていく。
今まさに少女の見た悪夢は現実のものになろうと、いやより無残な結末に至ろうとしていた。関わらなければ、最悪は起きなかった。
否。
最悪を防ぐため、やって来る者達の姿があった。
彼女が悪夢に挑もうとした意志を確かに覚った者が、ここにいた。
「その助けての声! 確かに聞こえたよ!」
守護使役の灯す光に照らされて、『裏切者』鳴神・零(CL2000669)が悪夢を終わらせるべく大剣を手にして割り込む。その光は妖のような昏い光ではなく、どこか温かさを感じさせた。
「よくぞ立ち向かった。オマエの、勝ちだ」
短く呟くと、葦原・赤貴(CL2001019)は軽やかに大剣を振るい、近づいていた妖達を退ける。
そう、悪夢を現実のものとしないためにやって来た覚者達が、姿を現したのだ。
「あ、あなた達は……?」
「麦、といったか。家族を守ろうと絶望に立ち向かう意志、消させはせん」
「麦ちゃんだね! 妹ちゃん、しっかり離さないで護ってあげて!」
少女の疑問に答える事無く、赤貴は妖達に向けて剣を構え直す。見れば相手も闖入者への対応に本気を出す必要を悟ったようだ。そうなると、決して油断して勝てる相手ではない。
「……が、助ける、などと驕った事を述べる気はない。『後片付け』は、オレたちに任せておけ」
「よく頑張ったね、もう大丈夫だよ」
指崎・まこと(CL2000087)は姉妹に対して柔らかく微笑みかける。今の状況で詳しい説明をしても混乱させてしまうばかりだ。今は安心させて、この場から避難させることを急ぐ。
(たとえ大切な人だとしても、他人の為に命をかけられる者は多くない。これまでずっと1人で、悪夢を現実にしない為に、必死に戦ってきたんだろう)
悪夢が現実になる恐怖、それを伝えても信じてもらえない絶望。それはまことからしても、想像するだけで恐ろしい話だ。だからこそ、それを乗り越えて戦おうとする少女を守らなくてはいけない。
(こんな所で終わりになんて、絶対にさせないさ)
まことは桂木・日那乃(CL2000941)に視線を送ると、それぞれに宙を飛び、姉妹を抱えると戦場から引き離す。
「みんなが庇ってくれるから今のうちに……」
妖達はその様子を憎々しげに見ていたが、さすがに目の前にいる覚者を無視してまでというのは諦めたようだ。或いは、彼らにとっては覚者も獲物に見えているということなのだろうか。
「シンクロニシティか? 夢見の大判振る舞いだな」
同じように戦場から離れる姉妹の様子を伺いながら、研究者の顔で呟くのは赤祢・維摩(CL2000884)。
「ふん、死なれ無駄足を踏む気は無い。助けてやるからとっとと逃げて生きろ」
皮肉げな言葉で見送る維摩の様子を見て悪戯っぽく笑っているのは四月一日・四月二日(CL2000588)だ。妖が人の根絶を目指すというのであれば、覚者は妖の討伐を行うというもの。敵と相対している場所だというのに、怖れている様子が微塵も無い。
「仮面武者に鬼火……和ホラーってカンジ。もう秋だってのに、やるな?」
「見た目だけは怪奇らしい。落ち武者の伝承か、敗残兵など一山いくらの存在だがな」
「ひきこもりくん、生きてるか? なんならおんぶしてあげてもイイぜ。俺って親切!」
「ふん、誰がお前の手を借りるものかよ。精々転ばんよう自分の足下の心配でもしてろ」
互いに軽口を叩き合いながら、不敵に妖達を睥睨する。
言葉尻だけを捕まえるのなら、喧嘩の直前、ともすれば仲間割れしかねない一触即発の状態に思える。しかし、どこかでそうした悪口の応酬を楽しんでしまっているような――もっと言ってしまうと、子犬同士が暴れてじゃれ合うような空気がそこにはあった。
そして、しばらく憎まれ口を叩き合うと、2人は妖達に対して構えを取った。先ほどまでのものは、準備運動のようなものなのだろう。四月二日はスッと伊達眼鏡をかける。眼球保護の意味もあるが、気分を切り替えるためのものでもある。
これから始まるのは、人と妖が互いの命を奪い合う戦いなのだから。
「十天、鳴神零。推して参る!」
零は思い切りよく名乗りを上げると、妖に斬りかかる。姉妹の前に現れた時と違い、既に両腕は機械のそれに変わっている。その膂力から振るわれる大剣の連撃は速度も相俟って、台風を思わせた。
「まずは鬼火の数を減らしますっ」
続けざまに離宮院・太郎丸(CL2000131)が妖の群れに向かって雷を落とす。既にこの周辺には彼の手によって結界が展開されている。余計な邪魔が入ることはまずあり得ない。存分に力を振るい、敵を撃滅するだけだ。
「たとえ夢見でなくとも、助けないわけにはいきませんね」
元々、太郎丸は本が好きで、引っ込み思案な少年だ。
普通に考えれば、こんな所で戦うのが似合うタイプではない。
だが、その瞳には紛れもなく、力無き者を思う優しさと護るために戦う勇気が宿っていた。
「ふむ、そう簡単には終わらせてくれぬか」
攻撃を受けながらも壮健な妖達を前に、『樹の娘』檜山・樹香(CL2000141)は軽く口元を歪め、薙刀を大地に突き立てる。元より簡単に終わるとは思っていない。しかし、これで妖の注意が覚者達に向けられたことを確信する。言ってしまえば、重要なのはそこだ。
「彼女らを助けたいと思う気持ちは同じじゃ。ワシにはワシの役目がある」
姉妹を避難させに向かった仲間のことを思い、樹香は自分の役目に集中する。
森の声を聴き、自分達に立つべき戦場を探りながら。
そして、目の前の敵に対して、高らかに鈴の音のような声で告げた。
「さあ、始めようかの、お前様方」
●
妖は一般的に強大な相手だ。
姉妹を抱えてひたすら逃げようが、闇雲に戦闘を行おうが、彼女らを庇いながら戦うことは困難だ。だから、戦力を割いてでも姉妹を避難させた判断は正しい。
もちろん、その作戦に「強大な相手を少ない人数で相手取るリスク」が存在することなど承知の上。後は勇気で乗り切るだけの話だ。覚者達の怪我は決して浅くは無い。中でも妖と肉薄し刃を振るう四月二日についた傷はとりわけ多い。だが、彼には妖以上に負けられないものがいた。
「ふん、もう息切れか? その調子では帰りは転がる気か? ああ、麓まで転がり落ちるのなら早いだろう」
「……そこまで言う? さすがに、ボロキレになる前には決着つけるって!」
「気持ち悪いな、精々ボロキレになるまでこき使ってやる」
憎まれ口を叩きながら維摩は、雷を呼び妖を焼く。
それぞれ、傍目に余裕があるようには見えない。状況は明らかに劣勢だ。維摩の呼び出した霧が絡みつくように妖の動きを阻害していればこそ、この程度の被害で済んでいるのかも知れない。
だとしても、並び立つ悪友に対して弱音を見せる訳にはいかない。どれ程傷付こうとも、この悪友に負ける訳にはいかないのだ。
「コネは無くても、覚者の友達がいなくても、いつでもどこでもお助けする組織が存在するのだ☆」
零の口調はこの苦境にあっても変わらない。普段通りに気楽で残念なものである。
いや、ひょっとしたらこのピンチすらも楽しんでしまっているのかも知れない。彼女はそんな女だ。
そして、華やかなオーラを放ちながら、さながらヒーローのように戦う。優勢でも劣勢でも、彼女のやることに変わりは無い。
「やはり遠距離からの攻撃が厄介ですね」
ズレた眼鏡を直し、太郎丸は敵を冷静な目で見据える。
妖は基本的に本能で動く、動物のようなものだ。精々が自分より強いものに従い群れを成す程度の代物であり、指揮を執るようなことも無い。だが、この群れが作った戦い方は単純ながらも凶悪なものであると、太郎丸は感じていた。このままでは次第に攻撃力を奪い取られ、次第に覚者達が倒れることになるだろう。
その未来を、イメージを、否定するように太郎丸は大きく吐き出した。
「まだまだボクは倒れるわけにはいかない……ですっ」
太郎丸の力強い言葉が放たれると同時に、覚者達の身体を心地良い風が通り抜けて行く。
「あぁ、妖の領域なぞ、踏み越えるぞ」
赤貴が赤い魔術文様の浮かぶ大剣を振り抜くと、気の弾丸が妖達を撃ち抜いていった。
肩から流れ落ちる血がどれほどのものだと言うのだ。
FiVEの活動が本格化してから、赤貴はいくつかの戦いに身を投じてきた。その中で確実に自分が成長してきたことを感じている。今更、状況程度で阻まれることは無い。
「オォォォォォ!」
雄叫びとともに振るわれた赤い刃は一度、姉妹を襲った死の悪夢を断ち切った。そしてさらに、自身の苦境すらも切って捨てた。
「お待たせ、ここからは僕が前に入るよ」
声と共に戻ってきたのは、土の力を鎧のように纏うまことだ。
姉妹の安全を確保するために思ったよりも時間を喰わされた。その遅れを取り戻さんとばかりに妖達の前に立つ。パッと見た所には穏やかな少年が怒りに燃えているように見えなくもない。だが、その口元に浮かぶ笑みには別の意味が込められていた。
当人は看護師を名乗っているし、実際普段は穏やかな物腰と柔らかな笑顔で患者を癒す白衣の天使として知られている。しかし、その奥底には紛れもなく、戦いを好む本性が、敵を屈服させることに喜びを覚える気質が眠っているのだ。
「余所見なんて、させないよ」
増援の登場は覚者達を勢いづかせる。
妖は確かに強大で、群れとしても強敵だった。それでも、意志において覚者達は負けていない。妖が壊すために戦うのなら、覚者は守るために戦うのだ。
「被害が出るなら消す」
日那乃の言葉と共に広がっていく霧が覚者達の霧が覚者達の傷を癒やしていく。
「今回は妖に襲われる姉妹を救出する事が目的じゃ」
自分の中にある何かを確かめるかのように樹香は言葉を口にする。先ほどまで回復に専念しており、疲労は決して少なくない。太郎丸から気力を分けてもらっていなければ、このように話す元気も無かったかも知れない。
だからと言って、ここで尻尾を巻いて逃げるという選択肢は無い。ここで逃げれば姉妹が殺される。もし、姉妹と逃げることが叶ったとしても、目の前の妖はまた別の誰かを殺すはずだ。
まだ分からないことばかりだが、自分が世界を護るために戦うという使命は幼い頃から叩き込まれた曲げられない筋なのだ。
「姉が夢見で、FiVEに勧誘するなどは置いておき……助けられる者を助けるのみじゃ」
樹香の言葉に導かれるようにして、鬼火を急成長した茨が呑み込む。木が火を剋すこともある。
敵が減ったことで、覚者達は俄然勢いづく。
「鎧武者ならさぞ戦いが好きでしょう。私も好き!! だから……いざ、尋常に勝負勝負!!」
零の名調子が戦いの終幕を告げる合図になる。
天の力を顕現し、太郎丸は着実な攻撃で妖を傷付けていく。
自らの足場を確保し、樹香は棘を操り意趣返しの痛打を与える。
「はん、固いだけの愚鈍か? サンドバッグ代わりに殴られてろ」
「そんなことよりさ、俺が回復頼んだからってそんな嫌がらせすんなよ。キミの研究に役立つように、しっかり働いてやるからさ」
四月二日は妖の周りを駆け抜けるようにして切りつける。維摩は妖を狙うのは当然のこととして、傷ついた四月二日の後を追うように雷を叩きつけている。ギリギリ当たるか当たらないかのところで、躱すのも楽なものではない
悪友の文句を聞き流すふりをする維摩に悪びれるそぶりは無い。戦場を的確に走査している彼が狙いを違うはずはない。明らかに意図的なものだ。
普通に考えれば言葉尻通りに喧嘩し合っていると見える。しかしあるいは逆に、これも彼らなりの信頼なのかも知れなかった。
ともあれ、勢いを取り戻した覚者達の奮戦により、1体、また1体と鬼火は姿を消していく。そして、着実に妖の体力は奪われていった。
当惑したのか、妖の動きに大きな隙が生じる。赤貴は生まれた勝機を見逃さない。
「日が沈めば己が領域と思ったか?」
維摩の見つけた鎧の隙間に剣をねじ込む。元より出し惜しみなどするつもりは無い。力の最後の一滴まで注ぎ込んでやる。
「秋の落陽が如く、疾く、墜ちよ。下郎が、砕け散れ」
鎧の内側から爆ぜるように気が炸裂する。
体勢を立て直そうとのけぞる妖。しかし、その暇を与えず零は愛用の大太刀を振りかぶる。
「世界は捨てたものじゃない。誰だって理不尽に蹂躙されて泣いてしまう世界じゃない」
極めて扱い辛い難物は、ただ1人と決めた主にだけは忠実に従う。主のためには、その真価を発揮する。
「希望はいつだって存在するべきなんだよ!!」
裂帛の気合と共に刃が振り下ろされる。
太刀筋の描く軌跡は希望だ。だが、それは弱く儚い希望。それでも集めて束ねれば大きな希望となる。
そして、覚者達の希望の刃は妖の仮面を切り捨て砕くのだった。
●
「ボク達は貴方と同じ能力者です。だから心配は要りません」
「助けに来るのギリでゴメンな。怖かっただろ? 妹を守ったんだな。頑張ったな」
「妹は護れたかにゃ? 貴方も立派なヒーローだね☆ 大切な人、失わなくて良かった良かった」
妖との戦いを終えた後、太郎丸は姉妹の治療をしながら状況を説明する。覚者達の見せた柔らかな態度に落ちついた少女は零に頭を撫でられ、ようやく安堵の笑みを見せた。
「ふん、夢は所詮夢だ。多少未来を見たところで特別などと思い上がるな。口を噤み生きれば誰も気にせん。その程度のものに過ぎん」
しかし、そんな彼女を維摩は言葉で切って捨てる。その辛辣な言葉に少女は言葉を返すことも出来ず、涙ぐむ。すると、維摩の厳しさも優しさも知る四月二日がフォローを入れる。
「夢は所詮夢……赤祢くんらしい言い方だなあ。ま、生死に関わるコトだ。軽い気持ちで踏み込むな って意味では、そのシビアさも必要かな」
「ふん、中途半端に関わられ泣き叫ばれても邪魔なだけだ。お前ほど親切な事を言う必要もない」
そう言って維摩は妖のサンプルを回収に向かう。来る気なら精々こき使ってやる、とだけ言い残し。
四月二日は苦笑を浮かべ、去っていく悪友を見送る。
「ワシとしてはな、2人が無事だっただけでも十分じゃよ」
ゆっくりと語る樹香。純粋に覚者として育った彼女としての正直な想いなのだろう。
「ただ、今度はお前様方以外の者がこういう目に遭うかも知れぬ。麦、お前はそういう人を救えるかも知れぬのじゃよ」
これもまた、樹香の正直な想い。年頃の近い仲間が増えるのは素直に嬉しいものだ。
だが、麦の表情は暗い。実際の妖に殺されかけたことで、恐怖の方が先に立ってしまったのだろう。
そんな麦を慰めるように零は背中を叩く。
「麦ちゃんはね、名前も知らない誰かを護れる力を持っているんだよ。事前に事件を知り、私達がそれを止める。100%止められる!! ……なんて確約はできないんだけれど、でも、少なからず救えるはず」
冗談めかしながらも零の眼差しは真摯なものだ。年下の少女に礼を尽くして接する
「ね、私達と来ない? 勿論、ご家族も一緒にね。一緒にヒーローしよ? 私達の、道標になってください」
「わたしたち、悪夢をただの夢にする。大岩さんも、そうしたいって思う?」
「力の活かし方を知りたくなったら連絡してくれ。最大限に力を発揮できるように、俺達が共に戦い、全力でキミを守る」
日那乃は訥々と言葉を紡ぐ。
四月二日は名刺を渡すと、ひとまずは街に移動するよう促す。
麦はようやく歩きながら、名刺を見て悩んでいるようだ。しばらく歩いた所で、独り言のように赤貴は語り出す。
「オレは、剣を振る。届く限り、力の限りだ。声が届いたから、見つけてくれた仲間がいるから、駆けつけられた。剣が届いた。目で捉えられなければ、剣も届くことはない」
「そうだね、君が手をつくしたからこそ、僕達がそこに引っかかった。敵を倒したのは僕達だけど、この子を救ったのは君の力だよ。さっきも言ったでしょ、よく頑張ったねって」
赤貴の不器用な言葉を誠が補足する。
覚者達にしても、この世界を、自身の力の意味を知っている訳ではない。だから皆、必死に手を伸ばしているのだ。
「オマエがどうするかは……まぁ、期待していないではない」
「もう理解してると思うけど、君の力は特殊なものだ。もしソレで悩むことがあるなら、遠慮なく僕らの所に相談に来てね。きっと、力になれると思うから」
こうして、少女の見た悪夢は終わりを告げた。
悪夢は終わり、また1つ新たな希望が繋がれたのだ。
少女の悲鳴が薄暗さを増していく空に響いていく。
今まさに少女の見た悪夢は現実のものになろうと、いやより無残な結末に至ろうとしていた。関わらなければ、最悪は起きなかった。
否。
最悪を防ぐため、やって来る者達の姿があった。
彼女が悪夢に挑もうとした意志を確かに覚った者が、ここにいた。
「その助けての声! 確かに聞こえたよ!」
守護使役の灯す光に照らされて、『裏切者』鳴神・零(CL2000669)が悪夢を終わらせるべく大剣を手にして割り込む。その光は妖のような昏い光ではなく、どこか温かさを感じさせた。
「よくぞ立ち向かった。オマエの、勝ちだ」
短く呟くと、葦原・赤貴(CL2001019)は軽やかに大剣を振るい、近づいていた妖達を退ける。
そう、悪夢を現実のものとしないためにやって来た覚者達が、姿を現したのだ。
「あ、あなた達は……?」
「麦、といったか。家族を守ろうと絶望に立ち向かう意志、消させはせん」
「麦ちゃんだね! 妹ちゃん、しっかり離さないで護ってあげて!」
少女の疑問に答える事無く、赤貴は妖達に向けて剣を構え直す。見れば相手も闖入者への対応に本気を出す必要を悟ったようだ。そうなると、決して油断して勝てる相手ではない。
「……が、助ける、などと驕った事を述べる気はない。『後片付け』は、オレたちに任せておけ」
「よく頑張ったね、もう大丈夫だよ」
指崎・まこと(CL2000087)は姉妹に対して柔らかく微笑みかける。今の状況で詳しい説明をしても混乱させてしまうばかりだ。今は安心させて、この場から避難させることを急ぐ。
(たとえ大切な人だとしても、他人の為に命をかけられる者は多くない。これまでずっと1人で、悪夢を現実にしない為に、必死に戦ってきたんだろう)
悪夢が現実になる恐怖、それを伝えても信じてもらえない絶望。それはまことからしても、想像するだけで恐ろしい話だ。だからこそ、それを乗り越えて戦おうとする少女を守らなくてはいけない。
(こんな所で終わりになんて、絶対にさせないさ)
まことは桂木・日那乃(CL2000941)に視線を送ると、それぞれに宙を飛び、姉妹を抱えると戦場から引き離す。
「みんなが庇ってくれるから今のうちに……」
妖達はその様子を憎々しげに見ていたが、さすがに目の前にいる覚者を無視してまでというのは諦めたようだ。或いは、彼らにとっては覚者も獲物に見えているということなのだろうか。
「シンクロニシティか? 夢見の大判振る舞いだな」
同じように戦場から離れる姉妹の様子を伺いながら、研究者の顔で呟くのは赤祢・維摩(CL2000884)。
「ふん、死なれ無駄足を踏む気は無い。助けてやるからとっとと逃げて生きろ」
皮肉げな言葉で見送る維摩の様子を見て悪戯っぽく笑っているのは四月一日・四月二日(CL2000588)だ。妖が人の根絶を目指すというのであれば、覚者は妖の討伐を行うというもの。敵と相対している場所だというのに、怖れている様子が微塵も無い。
「仮面武者に鬼火……和ホラーってカンジ。もう秋だってのに、やるな?」
「見た目だけは怪奇らしい。落ち武者の伝承か、敗残兵など一山いくらの存在だがな」
「ひきこもりくん、生きてるか? なんならおんぶしてあげてもイイぜ。俺って親切!」
「ふん、誰がお前の手を借りるものかよ。精々転ばんよう自分の足下の心配でもしてろ」
互いに軽口を叩き合いながら、不敵に妖達を睥睨する。
言葉尻だけを捕まえるのなら、喧嘩の直前、ともすれば仲間割れしかねない一触即発の状態に思える。しかし、どこかでそうした悪口の応酬を楽しんでしまっているような――もっと言ってしまうと、子犬同士が暴れてじゃれ合うような空気がそこにはあった。
そして、しばらく憎まれ口を叩き合うと、2人は妖達に対して構えを取った。先ほどまでのものは、準備運動のようなものなのだろう。四月二日はスッと伊達眼鏡をかける。眼球保護の意味もあるが、気分を切り替えるためのものでもある。
これから始まるのは、人と妖が互いの命を奪い合う戦いなのだから。
「十天、鳴神零。推して参る!」
零は思い切りよく名乗りを上げると、妖に斬りかかる。姉妹の前に現れた時と違い、既に両腕は機械のそれに変わっている。その膂力から振るわれる大剣の連撃は速度も相俟って、台風を思わせた。
「まずは鬼火の数を減らしますっ」
続けざまに離宮院・太郎丸(CL2000131)が妖の群れに向かって雷を落とす。既にこの周辺には彼の手によって結界が展開されている。余計な邪魔が入ることはまずあり得ない。存分に力を振るい、敵を撃滅するだけだ。
「たとえ夢見でなくとも、助けないわけにはいきませんね」
元々、太郎丸は本が好きで、引っ込み思案な少年だ。
普通に考えれば、こんな所で戦うのが似合うタイプではない。
だが、その瞳には紛れもなく、力無き者を思う優しさと護るために戦う勇気が宿っていた。
「ふむ、そう簡単には終わらせてくれぬか」
攻撃を受けながらも壮健な妖達を前に、『樹の娘』檜山・樹香(CL2000141)は軽く口元を歪め、薙刀を大地に突き立てる。元より簡単に終わるとは思っていない。しかし、これで妖の注意が覚者達に向けられたことを確信する。言ってしまえば、重要なのはそこだ。
「彼女らを助けたいと思う気持ちは同じじゃ。ワシにはワシの役目がある」
姉妹を避難させに向かった仲間のことを思い、樹香は自分の役目に集中する。
森の声を聴き、自分達に立つべき戦場を探りながら。
そして、目の前の敵に対して、高らかに鈴の音のような声で告げた。
「さあ、始めようかの、お前様方」
●
妖は一般的に強大な相手だ。
姉妹を抱えてひたすら逃げようが、闇雲に戦闘を行おうが、彼女らを庇いながら戦うことは困難だ。だから、戦力を割いてでも姉妹を避難させた判断は正しい。
もちろん、その作戦に「強大な相手を少ない人数で相手取るリスク」が存在することなど承知の上。後は勇気で乗り切るだけの話だ。覚者達の怪我は決して浅くは無い。中でも妖と肉薄し刃を振るう四月二日についた傷はとりわけ多い。だが、彼には妖以上に負けられないものがいた。
「ふん、もう息切れか? その調子では帰りは転がる気か? ああ、麓まで転がり落ちるのなら早いだろう」
「……そこまで言う? さすがに、ボロキレになる前には決着つけるって!」
「気持ち悪いな、精々ボロキレになるまでこき使ってやる」
憎まれ口を叩きながら維摩は、雷を呼び妖を焼く。
それぞれ、傍目に余裕があるようには見えない。状況は明らかに劣勢だ。維摩の呼び出した霧が絡みつくように妖の動きを阻害していればこそ、この程度の被害で済んでいるのかも知れない。
だとしても、並び立つ悪友に対して弱音を見せる訳にはいかない。どれ程傷付こうとも、この悪友に負ける訳にはいかないのだ。
「コネは無くても、覚者の友達がいなくても、いつでもどこでもお助けする組織が存在するのだ☆」
零の口調はこの苦境にあっても変わらない。普段通りに気楽で残念なものである。
いや、ひょっとしたらこのピンチすらも楽しんでしまっているのかも知れない。彼女はそんな女だ。
そして、華やかなオーラを放ちながら、さながらヒーローのように戦う。優勢でも劣勢でも、彼女のやることに変わりは無い。
「やはり遠距離からの攻撃が厄介ですね」
ズレた眼鏡を直し、太郎丸は敵を冷静な目で見据える。
妖は基本的に本能で動く、動物のようなものだ。精々が自分より強いものに従い群れを成す程度の代物であり、指揮を執るようなことも無い。だが、この群れが作った戦い方は単純ながらも凶悪なものであると、太郎丸は感じていた。このままでは次第に攻撃力を奪い取られ、次第に覚者達が倒れることになるだろう。
その未来を、イメージを、否定するように太郎丸は大きく吐き出した。
「まだまだボクは倒れるわけにはいかない……ですっ」
太郎丸の力強い言葉が放たれると同時に、覚者達の身体を心地良い風が通り抜けて行く。
「あぁ、妖の領域なぞ、踏み越えるぞ」
赤貴が赤い魔術文様の浮かぶ大剣を振り抜くと、気の弾丸が妖達を撃ち抜いていった。
肩から流れ落ちる血がどれほどのものだと言うのだ。
FiVEの活動が本格化してから、赤貴はいくつかの戦いに身を投じてきた。その中で確実に自分が成長してきたことを感じている。今更、状況程度で阻まれることは無い。
「オォォォォォ!」
雄叫びとともに振るわれた赤い刃は一度、姉妹を襲った死の悪夢を断ち切った。そしてさらに、自身の苦境すらも切って捨てた。
「お待たせ、ここからは僕が前に入るよ」
声と共に戻ってきたのは、土の力を鎧のように纏うまことだ。
姉妹の安全を確保するために思ったよりも時間を喰わされた。その遅れを取り戻さんとばかりに妖達の前に立つ。パッと見た所には穏やかな少年が怒りに燃えているように見えなくもない。だが、その口元に浮かぶ笑みには別の意味が込められていた。
当人は看護師を名乗っているし、実際普段は穏やかな物腰と柔らかな笑顔で患者を癒す白衣の天使として知られている。しかし、その奥底には紛れもなく、戦いを好む本性が、敵を屈服させることに喜びを覚える気質が眠っているのだ。
「余所見なんて、させないよ」
増援の登場は覚者達を勢いづかせる。
妖は確かに強大で、群れとしても強敵だった。それでも、意志において覚者達は負けていない。妖が壊すために戦うのなら、覚者は守るために戦うのだ。
「被害が出るなら消す」
日那乃の言葉と共に広がっていく霧が覚者達の霧が覚者達の傷を癒やしていく。
「今回は妖に襲われる姉妹を救出する事が目的じゃ」
自分の中にある何かを確かめるかのように樹香は言葉を口にする。先ほどまで回復に専念しており、疲労は決して少なくない。太郎丸から気力を分けてもらっていなければ、このように話す元気も無かったかも知れない。
だからと言って、ここで尻尾を巻いて逃げるという選択肢は無い。ここで逃げれば姉妹が殺される。もし、姉妹と逃げることが叶ったとしても、目の前の妖はまた別の誰かを殺すはずだ。
まだ分からないことばかりだが、自分が世界を護るために戦うという使命は幼い頃から叩き込まれた曲げられない筋なのだ。
「姉が夢見で、FiVEに勧誘するなどは置いておき……助けられる者を助けるのみじゃ」
樹香の言葉に導かれるようにして、鬼火を急成長した茨が呑み込む。木が火を剋すこともある。
敵が減ったことで、覚者達は俄然勢いづく。
「鎧武者ならさぞ戦いが好きでしょう。私も好き!! だから……いざ、尋常に勝負勝負!!」
零の名調子が戦いの終幕を告げる合図になる。
天の力を顕現し、太郎丸は着実な攻撃で妖を傷付けていく。
自らの足場を確保し、樹香は棘を操り意趣返しの痛打を与える。
「はん、固いだけの愚鈍か? サンドバッグ代わりに殴られてろ」
「そんなことよりさ、俺が回復頼んだからってそんな嫌がらせすんなよ。キミの研究に役立つように、しっかり働いてやるからさ」
四月二日は妖の周りを駆け抜けるようにして切りつける。維摩は妖を狙うのは当然のこととして、傷ついた四月二日の後を追うように雷を叩きつけている。ギリギリ当たるか当たらないかのところで、躱すのも楽なものではない
悪友の文句を聞き流すふりをする維摩に悪びれるそぶりは無い。戦場を的確に走査している彼が狙いを違うはずはない。明らかに意図的なものだ。
普通に考えれば言葉尻通りに喧嘩し合っていると見える。しかしあるいは逆に、これも彼らなりの信頼なのかも知れなかった。
ともあれ、勢いを取り戻した覚者達の奮戦により、1体、また1体と鬼火は姿を消していく。そして、着実に妖の体力は奪われていった。
当惑したのか、妖の動きに大きな隙が生じる。赤貴は生まれた勝機を見逃さない。
「日が沈めば己が領域と思ったか?」
維摩の見つけた鎧の隙間に剣をねじ込む。元より出し惜しみなどするつもりは無い。力の最後の一滴まで注ぎ込んでやる。
「秋の落陽が如く、疾く、墜ちよ。下郎が、砕け散れ」
鎧の内側から爆ぜるように気が炸裂する。
体勢を立て直そうとのけぞる妖。しかし、その暇を与えず零は愛用の大太刀を振りかぶる。
「世界は捨てたものじゃない。誰だって理不尽に蹂躙されて泣いてしまう世界じゃない」
極めて扱い辛い難物は、ただ1人と決めた主にだけは忠実に従う。主のためには、その真価を発揮する。
「希望はいつだって存在するべきなんだよ!!」
裂帛の気合と共に刃が振り下ろされる。
太刀筋の描く軌跡は希望だ。だが、それは弱く儚い希望。それでも集めて束ねれば大きな希望となる。
そして、覚者達の希望の刃は妖の仮面を切り捨て砕くのだった。
●
「ボク達は貴方と同じ能力者です。だから心配は要りません」
「助けに来るのギリでゴメンな。怖かっただろ? 妹を守ったんだな。頑張ったな」
「妹は護れたかにゃ? 貴方も立派なヒーローだね☆ 大切な人、失わなくて良かった良かった」
妖との戦いを終えた後、太郎丸は姉妹の治療をしながら状況を説明する。覚者達の見せた柔らかな態度に落ちついた少女は零に頭を撫でられ、ようやく安堵の笑みを見せた。
「ふん、夢は所詮夢だ。多少未来を見たところで特別などと思い上がるな。口を噤み生きれば誰も気にせん。その程度のものに過ぎん」
しかし、そんな彼女を維摩は言葉で切って捨てる。その辛辣な言葉に少女は言葉を返すことも出来ず、涙ぐむ。すると、維摩の厳しさも優しさも知る四月二日がフォローを入れる。
「夢は所詮夢……赤祢くんらしい言い方だなあ。ま、生死に関わるコトだ。軽い気持ちで踏み込むな って意味では、そのシビアさも必要かな」
「ふん、中途半端に関わられ泣き叫ばれても邪魔なだけだ。お前ほど親切な事を言う必要もない」
そう言って維摩は妖のサンプルを回収に向かう。来る気なら精々こき使ってやる、とだけ言い残し。
四月二日は苦笑を浮かべ、去っていく悪友を見送る。
「ワシとしてはな、2人が無事だっただけでも十分じゃよ」
ゆっくりと語る樹香。純粋に覚者として育った彼女としての正直な想いなのだろう。
「ただ、今度はお前様方以外の者がこういう目に遭うかも知れぬ。麦、お前はそういう人を救えるかも知れぬのじゃよ」
これもまた、樹香の正直な想い。年頃の近い仲間が増えるのは素直に嬉しいものだ。
だが、麦の表情は暗い。実際の妖に殺されかけたことで、恐怖の方が先に立ってしまったのだろう。
そんな麦を慰めるように零は背中を叩く。
「麦ちゃんはね、名前も知らない誰かを護れる力を持っているんだよ。事前に事件を知り、私達がそれを止める。100%止められる!! ……なんて確約はできないんだけれど、でも、少なからず救えるはず」
冗談めかしながらも零の眼差しは真摯なものだ。年下の少女に礼を尽くして接する
「ね、私達と来ない? 勿論、ご家族も一緒にね。一緒にヒーローしよ? 私達の、道標になってください」
「わたしたち、悪夢をただの夢にする。大岩さんも、そうしたいって思う?」
「力の活かし方を知りたくなったら連絡してくれ。最大限に力を発揮できるように、俺達が共に戦い、全力でキミを守る」
日那乃は訥々と言葉を紡ぐ。
四月二日は名刺を渡すと、ひとまずは街に移動するよう促す。
麦はようやく歩きながら、名刺を見て悩んでいるようだ。しばらく歩いた所で、独り言のように赤貴は語り出す。
「オレは、剣を振る。届く限り、力の限りだ。声が届いたから、見つけてくれた仲間がいるから、駆けつけられた。剣が届いた。目で捉えられなければ、剣も届くことはない」
「そうだね、君が手をつくしたからこそ、僕達がそこに引っかかった。敵を倒したのは僕達だけど、この子を救ったのは君の力だよ。さっきも言ったでしょ、よく頑張ったねって」
赤貴の不器用な言葉を誠が補足する。
覚者達にしても、この世界を、自身の力の意味を知っている訳ではない。だから皆、必死に手を伸ばしているのだ。
「オマエがどうするかは……まぁ、期待していないではない」
「もう理解してると思うけど、君の力は特殊なものだ。もしソレで悩むことがあるなら、遠慮なく僕らの所に相談に来てね。きっと、力になれると思うから」
こうして、少女の見た悪夢は終わりを告げた。
悪夢は終わり、また1つ新たな希望が繋がれたのだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
