1人の憤怒者の足跡
1人の憤怒者の足跡



 爺さんが殺された。やったのは覚者だ。
 爺さんは隔者だから、正しく裁かれた。
 でも俺は爺さんが好きだった。仇をうってやりたかった。
 武器を取る理由はそれで十分。
 そして俺は、特別な力を持たない故に憤怒者になった。


「……はぁ……っく……」
 壁にもたれかかって、上がりきった息を整える。
「どこいった?」
「表通りにゃいねーだろ。裏探すぞ」
 遠くから、戸部と中里の声が聞こえる。
「なんでだよ……」
 現実の理不尽さに1度目を。
「……なんで、だよ……」
 震える声で2度目を口にした。
 けど泣き言を口にしている場合じゃない。見つかれば殺される。
 俺は――虎のそれになってしまった足で――立ち上がると、足音を殺してその場をあとにした。


「憤怒者が1人、追われている」
 久方 相馬(nCL2000004)
「正確には元憤怒者だ。発現して、覚者になった。そして追っているのも憤怒者だ」
 寄せ集めの、小さな憤怒者の組織。
 発現して組織から逃げ出さざるをえなかったのだ。
 追う側も、追われる側も、その組織の人間だった。
「倒してしまえばそれで終わりだ。だが発現した以上、道を示してもいいんじゃないかとも思う」
 とはいえ、現場に赴くのは自分ではないから、と。
 相馬は君達に判断を任せて見送った。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:春風
■成功条件
1.紫藤隆也と憤怒者全員の、討伐か撤退または敵対行為の停止
2.なし
3.なし

ご無沙汰しています、春風です。
彼を憤怒者として討伐するも、覚者として迎え入れるも自由にお選びください(彼がそれを受け入れるかは別の話ですが)。もちろんそれ以外の道もあると思います。

舞台は、陽が落ちかけた頃の夕方。路地裏での接触になります。

●追われる側
紫藤隆也(しどうりゅうや)。
水行、獣。守護使役は虫。
刀による近接戦闘を得意とします。
状況次第ではありますが、PC達および追っ手に対しては、基本的に、中立または敵対の立場を取ります。

●追う側
憤怒者×6名。
戸部はハンドガン、中里が斧、他4名が剣を保有しています。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
3/6
公開日
2017年10月15日

■メイン参加者 3人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『行ってらっしゃい』
西園寺 海(CL2001607)


「虎の足……あれだな」
 空中にいる守護使役の空丸を通して、『白の勇気』成瀬 翔(CL2000063)が地上の状況を把握する。
 翔達3人がいるのは、表通りの一角。
「憤怒者は見つかりました?」
「……分かんない。遠すぎるのかも……」
 ふんわりした兎のぬいぐるみ、ミミーをぎゅっと抱えた西園寺 海(CL2001607)の問いに、桂木・日那乃(CL2000941) が答えた。
「いや、6人で動いてるやつらがいる」
 おそらく紫藤を追っている憤怒者達であろうそれらにあたりを付けると、空丸を呼び戻した。
 そして翔が路地裏へと続く1本の道を指さす。
「ここからあの道をまっすぐいけば、紫藤と接触できるはずだ。けどその奥から憤怒者が捜索をはじめてる」
 明確な敵になる憤怒者の後ろを取っておきたかったが、それをすると紫藤との接触が危うくなる。
「それなら、挟み撃ちを受ける心配はないですね」
「だな。いこうぜ」
 海の言葉に頷くと、暗視を有した翔と海が歩みを進め、1人暗視を有しない日那乃が、懐中電灯のスイッチを入れてそれに続いた。

 歩き始めてほどなくして、正面から刀を携えた男が現れる。
 その男――紫藤隆也――は、ちらりと3人を見たあと、すぐそばを通り抜けようとする。が、翔は遮るように正面に立つと声をかけた。 
「待ちなよ」
「……F.i.V.E.が何の用だ」
「分かるのか?」
 緊張感を孕みながらそう口にした虎の足の青年へ、翔が1歩進んでそう返した。
「あんたは有名だからな。……そっちの子も」
 そう言って、日那乃を見た。
「……私も?」
「それなりにな」
 紫藤は、首を傾げる日那乃から視線を外すと、先ほどの回答を求めて翔へ視線を戻す。
 と、翔ではなく海が口を開いた。
「あなたを助けに来たんです」
 なんだか1人だけ置いてけぼりにされている気がして、その空気を変えたかったのだ。


 紫藤が発現した事、それのせいで所属していた組織から追われている事、それは夢見の予見で分かっている、と。3人はまずそれを告げた。
「誰も殺すつもりはないから、ひとまず敵対しねーでくれると助かる」
「わたしも。追いかけてるひとたち、殺さない」
 次いで2人がそう言うと、紫藤は渋面になって押し黙った。
 紫藤は殺されたくないから逃げた。そして追っ手に捕まればリンチで死ぬ事は容易に想像がついた。
 けれどF.i.V.E.は、自分にとって決して都合のいい援軍ではない。それどころか、ただの不安材料にすぎない。
 組織のやつらを相手に本気で戦いはするだろう。が、だからといって自分を逃がしてくれるわけではない。自分は犯罪者に追われているだけの犯罪者にすぎないのだ。F.i.V.E.がどういう組織なのかくらいは分かっている。
 敵対しないでほしいというのは、敵対しなければなんでもいいということではない。F.i.V.E.にとって好ましくない行動を取れば紫藤とも戦うはずだ。助けに来た、というのはあくまで命を救うという意味なのだ。
 このイレギュラーな援軍は、実質的に紫藤が逃亡しない事を大前提としてしまっている。
 逃亡を目的とした紫藤は詰んだのだ。

 思考する。
 3人を相手に強行突破を試みるか。追ってきているであろう憤怒者と覚者との乱戦になってからどさくさに紛れて逃げ出すか。
 前者は、噂に聞くくらいの相手だ。力量がそもそも違う。後者は、こちらを目の敵にしている。常に注意が向けられているはずだ。どさくさ紛れなど通用しないだろう。
「紫藤は運がいい方だと西園寺は思います」
 押し黙った紫藤に向けて、海が話しかけた。
「確かに憤怒者組織に身を置きながら覚者になってしまった事は、運の悪い事で、許せない事かも知れない……」
 1つ1つ、自分の発する言葉を確かめるようにして。しっかりと相手に届くようにと、言葉を紡ぐ。
「けれど、西園寺達が駆け付けた事で、紫藤の命はまだ此処にあります」
 追われている状況で、足を止めて話を聞いている場合ではない。だが、移動しても状況が改善されるとは思わなかったから耳を傾けた。
「覚者が許せないものだとしても……紫藤はこれからその事実を受け止めて生き続けないといけないと、西園寺は思います」
 そんなことは分かっている。だが、自分より5つは下であろう子供にその言葉を投げつけてしまうのは大人げがなかった。
「もし人を助ける覚者として生きる事を選ぶなら――」
「俺はそんなもの選べない」
 けれど、そこで海の言葉を切った。
 紫藤にとって、それだけは拒絶するべき生き方だからだ。
「俺は……好きだった爺さんのために憤怒者になったんだ」
 力を振るうのは仇討ちのためだ。それだけは覚者になろうとも変わらない。
「覚者の力ってさ、本来は妖の脅威に対抗する為のもんだと、オレは思うんだよな」
 海の代わりに、翔が口を開いた。
「アンタもそう思う事できねーかな。一緒に妖からみんなを守らねーか?」
「力なんて銃と同じだ。誰がどこに向けるかだ」
 気持ちが交わることはない。
 だが、それに想像がついていたからこそ会話を諦めた。F.i.V.E.への勧誘も本気で考えてはいたが、現状ではまず無理だと思った。
「どうして、隔者のお爺さん、好きだった、の?」
 日那乃の、毛色の変わった問いかけ。話すかどうか逡巡するも、それに返した。
 覚者からも憤怒者からも切り離された質問だったから、毒気を抜かれたのだ。
「孫には甘い人だった。俺はいつも甘やかされてた」
 だから両親よりも懐いたのだと思う。
 お菓子を買ってもらい、おもちゃを買ってもらい、遊んでもらった。
 ただそれだけ。
「子供が大人を好きになる理由なんて大体そんなものだ」
 幼少期の自分と、そのすぐ傍に立つ笑顔の老爺。過去を思い浮かべて、ふ、と口元が優しく吊り上がった。


「……あ、来そう」
「憤怒者か」
 感情探査を試していた日那乃の警告に、翔と海も一瞬で気を張り詰めて武器を構えた。そして日那乃の視線の向く方へと展開する。
 日那乃は紫藤へと視線を移すと、真剣な面持ちで見据えた。その目が紫藤に、どうするのか、と問うていた。
「俺は……覚者と共闘する気はない」
 言うと、携えていた刀を鞘から抜いて、鞘を乱雑に捨てた。そして翔と海に続くと、視線はその向こう、今にも憤怒者達が来るであろう方へ向ける。
「こっちはこっちで勝手にやる。そっちはそっちで勝手にしろ」
「……うん。そう、する」
「紫藤!!」
 刹那、F.i.V.E.の3人には聞き覚えのない声が紫藤の名を叫んだ。
 待ち構えていた翔は、間髪入れず雷を降らせた。
 不意を打たれ、直撃したものが3名。さらに、そのうちの2名の動きが目に見えて鈍る。
「ちっ……妙なのとつるんでんな!!」
 言うが早いか、その男――戸部は、手にしたハンドガンを2発、紫藤へ向けて放つ。 
 それと同時に、場違いなほどに清涼な風が吹き抜けた。海の、身体能力を跳ね上げる天行の術式だ。
「つるんでるわけじゃねぇよ」
 少しだけ軽くなった身体でそれを避けると、ぶち当たるようにして手負いの1人へと刀を振るった。
「外野が首を突っ込む話じゃない」
 憤怒者の1人である大男が、海へ向けて踏み込んだ。手には武骨な片手斧。振り下ろしたそれが、海の腕に食い込む。
「しかし覚者を相手に出来るとあれば、好都合か」
 だが。その直後、海を中心に雨がさーっと降ると、傷が完全に塞がった。
 手斧を振るった大男――中里が、奥にいる日那乃を睨みつけた。が、それに臆するような日那乃ではない。

 憤怒者が有利なのは数だけだ。だがその数も、場所が場所だけに展開しきれない。そもそも紫藤の捜索に数を必要としたに過ぎない。戦闘になれば3名もいれば十分に事が足りる。
 だが近接攻撃が主体の憤怒者側は、術式による範囲攻撃を可能とする覚者たちには、この場所では分が悪い。場所柄、なんとか3名が横へ並べる形になっていた。だから憤怒者のうちの2名は、額面通りの意味でただの交代要員という立ち位置になっている。
 そして決定打までいかずとも、有効打を与えれば、回復能力の面で不利な憤怒者はあとがなくなる。そして肉体を鍛えて戦場に赴く憤怒者相手に、術式による攻撃は有効打となりやすい。
 覚者側は、翔の火力を軸に、日那乃がサポートを務めた。
 紫藤は仲間などいないといわんばかりに、1度の連携も取らず、本当に勝手に動いていた。
 海は神秘による観察眼によって、見た目以上に負傷度合いの高い敵を狙い続けた。召雷だけでは消耗が大きくなるからと、可哀そうだと思いつつ、ぬいぐるみのミミーを敵めがけて振り下ろした。ミミーはただのぬいぐるみではない。武器としての基準を満たしているのだ。だから計6回も振り下ろした。

 結果として何度かの攻防の末に、憤怒者側は、剣を手にしていた憤怒者2名が戦闘不能に陥った。そして残り4名が決して小さくはないダメージを受けている。
 しかし覚者側は、疲労の色は濃いものの、まだ脱落したものは居ない。
 その状況に対して、中里が口を開いた。
「――戸部、後は頼む」
「あぁ?」
 一瞬意味を理解できなかった戸部が、意図を察して中里を見た。
「……あぁ。しゃーねぇな。頼まれてやる」
 憤怒者がぱらぱらと後退していく。撤退するつもりだ。
「逃がすか!!」
 追いかけようとする翔の前に、中里が立ちはだかった。
 殿を任されたのではない。撤退の時間稼ぎのために、自ら犠牲になる気だった。
 実力的にも性格的にも、海が深追いする事は考えられないと感じた。そして紫藤は追われる側だから、憤怒者達を追うわけはない。
 追撃のために日那乃が動く可能性は考えたが、もう1人いても雷獣や召雷の前では無駄死にだ。リスクを考えればこの場に残るのは中里だけでよかった。
 次の瞬間、雷の龍が狭い路地裏に降り注いだ。


 戸部は雷を受けながらも撤退した。戸部と中里以外の4名は倒れて意識を失っている。運悪く命を落としたものもいるかもしれないが、現状ではそこまでの確認が取れない。
 そして中里は、翔が降らせた雷を避けきれず、肩から腕をかすった。
 これだけならばかすり傷だが、現在に至るまでの怪我の積み重ねがかすり傷で済んでいるわけはない。一瞬飛びかけた意識を引き戻し、たたらを踏む。
「殺す気はない。投降してくれねーか」
「仲間を売るような真似はしない」
「紫藤は仲間じゃないってか」
「当然だ」
「お前は……!!」
 翔に言わせてもらえば、たかだか発現しただけだ。
 だが仲間というものを、個人としてではなく、覚者への怒りや憎しみをぶつける非発現者として見ている中里にその理屈は通じない。言っていることは分かるがそれだけなのだ。
 そして紫藤もそれは同じだ。同じく仲間でないと思っているから、口を挟まなかった。
 紫藤は呼吸を整え、刀を構え直す。
「――――」
 集中する。深く。深く。
「紫藤、お前がやるか?」
 今にも倒れそうな中里の様子を見て、翔が気を遣った。
 かつての仲間の事を他人に任せていいのか、と。
「勝手にしろと言った」
「……そうだったな」
 もう何度目か。降り注ぐ雷をまともに受け、中里がついにその膝を地に着けた。ついに限界を迎えたのだ。
 
 刹那、紫藤が猛烈な勢いで駆けだした。

 賭けだった。
 反応速度で翔を上回ることはできないと思っていたから、不意を打った。
 日那乃の放った水の龍が背を捉え――すぐさま路地の角を曲がった紫藤ではなく、壁にぶち当たって弾けた。
 次の瞬間、曲がり角の先から刀が飛んだ。逃亡の邪魔になるからと、紫藤が妨害の意味も込めて投げ捨てたのだ。
 海がミミーを抱えながら紫藤を追って角を曲がり、翔は空丸を空中へやる。
 陽は落ちている。守護使役の見たものをそのまま見るから、暗視は効果を発揮できない。
 それでも、路地裏を大急ぎで駆けている人間大のものは見て取れた。
「向こうだ!!」
 踵を返して、後ろへ向かって走る。
「海はそのまま追ってくれ!! 日那乃はこっちに!!」
 途中で曲がって、大通りに出る。
 石のタイルを踏んで大きな路地を曲がる。直近の路地裏から、駆け足で現れる人影。
 海だった。
「……にげ、られた」
「……くそっ」
 大通りの街灯の下で、3人が佇む形になった。
 迎えた結末に悔しさを覚える。
 それでも海は思う。
 覚者としてどう生きるかは、紫藤が決めればいいと。
「沢山悩んで、考えて、選択すればいいと。西園寺は思います」
 未だ、どう転ぶか分からない青年の事を思って。 
 真摯な思いを、呟くように口にした。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

まずは、お疲れさまでした。
紫藤への警戒が疎かだと感じました。それでも、最後は賭けでした。運が傾いただけにすぎません。
対話に関してですが、日那乃さんの紫藤へのアプローチは非常に良いものでした。もう少し焦点を絞っていけば、説得の目もあったように思います。
ご参加ありがとうございました。




 
ここはミラーサイトです