古妖の絵本『終わらないお茶会』
●時間が守れなかった兎
「遅れちゃう遅れちゃう!」
パタパタ、時計を確認する兎が森の中を走り抜けていく。
「皆お待たせ!」
「遅いよー」
不満顔の仲間達と一緒に席に着いた兎は紅茶を淹れて、カップを手に取った。仲良しな皆と一緒に紅茶を楽しむ。彼にとって大好きな一時……そのはずだった。
「あれ……おかしいな」
もうお腹は一杯なのに、体が勝手に紅茶を飲み続けている。もう飲みたくないのに、紅茶を作り続ける。たくさん用意された茶葉は、まだまだ終わらない……。
●ルールは大切です
「ていうのが、今回の話だ」
説明を終えた久方 相馬(CL2000004)は遠い目をする。
「まぁ例の如く、落ちてる本に触れば中に入れるんだが、それをやらずに本を焼いたりすると、古妖が他の本に移ったり、人を敵視するようになるからちゃんと中に入って古妖を倒してきてくれ」
またか……そう言わんばかりの覚者たちの視線に、相馬はため息をつく。
「今回はとんでもない量の紅茶を飲み切らなくちゃいけない。そうすれば兎たちを助ける事ができるが、兎たちに呪いをかけたハートの女王が直々に事態を見に来る。そいつが今回の古妖だから適当にのしてくれ」
満腹状態で戦う事になりそうな雰囲気。気をつけないとお腹痛くなりそうね?
「逆に考えるんだ、腹いっぱい食べて、腹ごなしまでできる。そう考えたらなんかいい感じに見えてくるだろ?」
誰一人、首を縦には振らなかった。
「遅れちゃう遅れちゃう!」
パタパタ、時計を確認する兎が森の中を走り抜けていく。
「皆お待たせ!」
「遅いよー」
不満顔の仲間達と一緒に席に着いた兎は紅茶を淹れて、カップを手に取った。仲良しな皆と一緒に紅茶を楽しむ。彼にとって大好きな一時……そのはずだった。
「あれ……おかしいな」
もうお腹は一杯なのに、体が勝手に紅茶を飲み続けている。もう飲みたくないのに、紅茶を作り続ける。たくさん用意された茶葉は、まだまだ終わらない……。
●ルールは大切です
「ていうのが、今回の話だ」
説明を終えた久方 相馬(CL2000004)は遠い目をする。
「まぁ例の如く、落ちてる本に触れば中に入れるんだが、それをやらずに本を焼いたりすると、古妖が他の本に移ったり、人を敵視するようになるからちゃんと中に入って古妖を倒してきてくれ」
またか……そう言わんばかりの覚者たちの視線に、相馬はため息をつく。
「今回はとんでもない量の紅茶を飲み切らなくちゃいけない。そうすれば兎たちを助ける事ができるが、兎たちに呪いをかけたハートの女王が直々に事態を見に来る。そいつが今回の古妖だから適当にのしてくれ」
満腹状態で戦う事になりそうな雰囲気。気をつけないとお腹痛くなりそうね?
「逆に考えるんだ、腹いっぱい食べて、腹ごなしまでできる。そう考えたらなんかいい感じに見えてくるだろ?」
誰一人、首を縦には振らなかった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.紅茶の完飲
2.ハートの女王の撃破
3.なし
2.ハートの女王の撃破
3.なし
紅茶の時間で時間が止まっているため、延々飲み続けています
彼らを助けるためには、紅茶を飲み切るしかありません
大量の紅茶を全部飲むには、味に飽きない工夫、具体的には紅茶に合うお菓子を持ちこむとか、紅茶のフレーバーを変えるとか、何かしか考えておきましょう
その後は女王様がお説教に来ます
お腹いっぱいのまま激しい運動をするとお腹が痛くなるかもしれません
いい感じに戦う作戦を練っておいた方がいいかも?
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年10月01日
2017年10月01日
■メイン参加者 6人■

●気づいてしまったか
「本に触れば中に入れてしまう。中に入っても楽しく過ごせるだけであれば、子どもたちが喜ぶ夢のような能力なのだけれども……実際は困ったことばかりのようね」
『月々紅花』環 大和(CL2000477)は取り込まれた世界を見回し、ため息一つ。どこもかしこも正に夢物語の世界だが、妙な気配のような物を感じる……ここがただ平穏な世界というわけではないという証拠なのかもしれない。既にいくつかの物語を体験してきた『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)は頭痛を覚えたようにこめかみに手を当てた。
「ふぅ……古妖の絵本ですか……」
幾度となく説教(物理)とお説教(本物)を繰り返した結鹿だったが、どうしてこうも同じ事件が繰り返されるのかが疑問で仕方ない。
「あぁ……この古妖さんたち、横のつながりが全然ないんだ……死ぬような思いした子もいるのに……」
彼女なりの解答に至り、先ほどとは違う意味で頭痛を覚えた結鹿だが、本のあり方の一つを考えれば、ある意味至極当然の帰結かもしれない。
「絵本の古妖なあ……あ、古妖の絵本、か。てか、この絵本って何の話だ? お茶会するような話ってあったかなあ……?」
何か大切な事に気づいた雰囲気の覚者がいれば、逆に能天気な覚者もいるわけで。本日のお気楽枠、『白の勇気』成瀬 翔(CL2000063)は脳内の図書館から絵本を検索……してたんだけど、見つかる前に紳士的な姿の兎が懐中時計片手に駆け抜けていく。それを見送る翔は『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)と見比べて。
「直斗もあの格好したら似合うんじゃねーかなぁ?」
「ギャハハ! 俺があんな小奇麗な格好するかっつーの!!」
笑いかける翔に大爆笑する直斗(執事服)。何を言っているのか分からないというあなたの為に現状を説明しよう。紳士的なタキシードに身を包んだ兎を大爆笑で見送る執事姿の直斗という、似たような服着てお前は何を言ってるんだ状態の兎さんです。
「これで他者に危害を加えなければ、本当に素敵な古妖さんだったんですけどね……」
追いかけますよ、一言言い残して『願いの花』田中 倖(CL2001407)は一足先に兎の後を追う。
「皆お待たせ!」
「やっと来たか……で、そっちはお客さんかな?」
「え?」
まさかの追われてる事に気づいてなかった時計の兎。振り向いた途端に覚者に気づいてビクッと跳ねた。そんな彼を驚かさないように、大和はできる限り柔和な表情と声音で語りかける。
「こんにちは、兎さん達。お茶会楽しそうね……仲間に入れてもらえるかしら? お菓子や紅茶に合うフレーバーも沢山持ってきたのよ」
「構いませんとも。これは開かれたお茶会、どこのどなたでも、お茶を楽しみたいという想いがあるのなら仔細は問いません」
まとめ役らしき兎に促され、覚者たちはテーブルにつくのだった。
●地味に辛いと思うんだ
談笑とカップとソーサーが重なる音が森に鳴る。ゆっくりと時が流れるような、不思議な感覚すらしてくる穏やかな一時……こうして覚者たちは兎たちと茶会を楽しみ、現実世界へ帰って行くのだった……なんて綺麗にまとまったら誰も苦労しない。
「うぷ……もう……だめ……」
ちーん。自分の意思と関係なく紅茶を飲み続けた兎が力尽きた……覚者たちも異常に気付いて、ていうか巻き込まれてた。
「なんだろ……私の知ってる不思議な国のアリスにはこんなホラーっぽい場面は無かったはずなんだけど」
『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が首を傾げつつくぴくぴ、このオチが見えていた覚者たちはゆーっくり飲んでたりする。
「ギャハハハ! 兎共と終わらないお茶会たァ……不思議な国に迷い込んだアリスみたいじゃねぇか!」
ここからが本番だ。そう言わんばかりに大笑いする直斗はお湯を大量に沸かして茶葉を用意。ビスケットをかじる渚が苦笑する。
「みたいっていうか、正にそのお話なんだよね……」
「旦那様、お嬢様、カモミールでございます」
誰だお前? て言いたくなるくらいキャラの変わった直斗が恭しく一礼しつつ、紅茶とカステラを差し出して。
「いやはや、雰囲気って結構大事だぜ? ただ飲むだけじゃ苦痛かもしれねェが、こういう風に上品なお茶会って感じにすると意外と飲めるもんだぜ?」
あまりの豹変ぶりにポカンとする覚者達にギャハハ! 一瞬だけ戻った直斗がイタズラに成功した子どものように笑いながら、カップを傾ける。
「ハーブティーには、これかな?」
渚が取り出したのは甘みを抑えたフィナンシェ。特別な味はつけず、バター本来の柔らかな甘みを感じさせるプレーンフレーバーが、カモミールの心を落ち着かせる香りと重なり、少し眠気さえ誘ってくる。
「はっ!?」
うとうとしていた翔が自分の頬を張り、気合いを入れ直して次の紅茶を前に身構える。
「甘いと飽きるから砂糖は使わない方がいいって、こんなのを教えて貰ったんだ。みんなが持ってきてくれたお菓子もあるし、よっしゃ、じゃあやるぞー! 直斗よろしく!」
「テメーがやるんじゃねェのかよ!?」
投げ渡されたリンゴをすりおろし、紅茶に合わせて香りを変える。香りを確かめて調整してから、兎の執事は一同の前へ。
「こちらはアップルティーになります。お好みで蜂蜜を添えてお召し上がりください」
ティーセット用の小さなミルクカップに蜂蜜を注いだ直斗が離れると、渚がオレンジスライスのパウンドケーキを切り分けた。
「果物繋がりでどうかな? 甘みは控えめだから合うと思うんだけど……あっ、ドライフルーツのフィナンシェもあるよ!」
色とりどりの乾燥果実が散りばめられた焼き菓子は見た目も美しく、それこそ絵本に登場する宝物のよう。しっとりしたパウンドケーキは焼き上げた事で失われたはずのオレンジの水分を補い、まるでジューシーな果実をケーキに仕立て上げたかの如く。
「シンプルなお菓子にして正解だったかしら?」
大和が持ち込んでいたのはスコーン。紅茶に合わせて味付けはせず、代わりに様々なジャムをお供に。小さな丸いパンを割れば中からふんわりした生地が顔を見せ、白い素肌に赤いイチゴジャムが映える。
「甘くないのに紅茶が進む……」
スコーンにブルーベリージャムを乗せた渚が手を口元に添えて驚きを口に。シンプルなスコーンにやや酸味の強いジャム。その味わいを紅茶の香りがさらっていく、吹き抜ける花の香りのような一瞬……。
「スコーンそのものは他の味を楽しむための、基盤になるものなの。そこに好きなジャムを添えて食べたり、直接ジャムを口に含んで紅茶を飲んだ後、後味をリセットするために食べたり……スコーンと紅茶は、かけがえのない相棒のような物なのよ」
渚に微笑みかけつつ、大和はきょろり。
「甘いものばかりだと、ちょっとしょっぱい物も欲しいわね……」
「それならこちらをどうぞ」
倖が差し出したのはメレンゲクッキー。普通なら甘そうなものなのだが。
「甘しょっぱい……?」
真っ白な雲を思わせるクッキーの意外な味わいに少し驚いた風の大和に、倖は思惑が正しかったことを感じて微笑んだ。
「きっと、甘いお菓子でいっぱいになるだろうな、と思いまして、塩バニラ味にしてみたんです。いかがですか?」
口に含めば舌の上で解けるように溶けて消えゆく淡雪のように。バニラの残り香と塩味が甘味に麻痺してきた舌の味覚を叩き起こし、紅茶本来の香り高い甘味を思い出させてくれる。
「むむ、皆さん色々お持ちですね……」
称号的な意味で今回の大本命、結鹿が果物を手に……果物? お菓子じゃなくて?
「紅茶と果物だって、組み合わせ次第で色々なバリエーションが楽しめるんですよ?」
まずは紅茶を煮だして数分ほど蒸らし、その間に果物をカット。リンゴで兎を形作り、ぶどうの皮を慎重に『切り取って』時計を描きあげる。
「そろそろかな?」
蒸らしていた紅茶から茶葉を取り出して砂糖を溶かし、氷の入ったボウルに移してしっかり冷やし、溶け残った氷は取り除いてしまった。ここで結鹿がちょっと悔しそうに拳を握る。
「本当はここで赤ワインを加えて、味に深みを出したかったんですが……」
未成年の彼女ではお酒は用意できなかったらしい。代わりに葡萄ジュースを混ぜ合わせて果実の香りと紅茶の風味にコクを加えて、カットした果物を投入。
「ティーパンチアリス風、完成です!」
「ギャハハ! 今回の事件に合わせて、時計と兎なのな!」
主人公アリスは今回出てこないからね。しかし不思議の国のアリスが好きな兎さんこと直斗はボウルを眺めてじー……ちょっと気に入ったかも?
「ここで茶葉を消費する為のもう一品です!」
多めの茶葉を煮出した、濃い目の紅茶を淹れる結鹿。このままだと渋みが強くて飲めたものではないのだが、当然ここで終わる結鹿ではない。濃すぎる紅茶を氷の入ったグラスに注ぎ、しっかり冷やしてからオレンジとグレープフルーツを絞った果汁と炭酸水を混ぜる。
「こ、これが大切です……!」
輪切りにしたオレンジの実を一部抜き取る結鹿。それをスライスして切り込みを入れたグレープフルーツに乗せれば、オレンジ色の果実の隙間から赤いグレープフルーツの実が顔を覗かせる、柑橘時計の完成。後はグレープフルーツの切り込みをコップの縁に噛ませて文字盤が見えるように整えれば……。
「ティースカッシュの完成です」
ふー、繊細な作業を終えた結鹿が長い息を吐いた。
「わー……飲むのがちょっともったいないね」
渚が苦笑するも、飲まないと事件が解決しないし、飲んでもらうために作ったのだから、結鹿としても目いっぱい楽しんでほしい所。
「ふむ……」
実はお菓子作りが好きなスイーツ男子だったりする倖。皮を剥くのではなく切り取る技術、二つの果実を重ねて色彩を織紡ぐ工夫……学ぶところでもあったのかもしれない……そこで真剣な顔したまま苺ジャムつけたバームクーヘンかじってなければカッコよかったのに、甘党男子がモロに出て台無しである。
「そういえば、結鹿さん作ってばかりであまり楽しめてないみたいだけど……大丈夫?」
「ていうか少し飲んでくれ……」
不安そうな渚と、戦闘形態に変化して、内臓を物理的に大きくしてなおグロッキーな翔。色々な工夫があってここまで来たが、一人飲まない奴がいるとそりゃ他の奴の負担が大きくもなる。でもまー。
「え、結鹿さん飲んでないんですか?」
スイーツ男子こと倖がめっちゃ食うわ飲むわでギリギリ何とかなってたりする。
「それで、ここまで作るとむしろ飲まない工夫をしていたようにも見えるけど……何か意味があるのかしら?」
けふ、微かな吐息をこぼす大和。見た目クールな彼女は分かりにくいが、実は満腹で結構ピンチ……主にカロリー的な意味で。しかしこのお仕事を受けた時点で、最近の最大の敵との遭遇は想定していたはず、多分、恐らく、メイビー。
●もはや敵が可哀想なレベル
「それはですね……」
「お前達!」
結鹿が説明しようとした時だ。トランプの兵隊を引き連れた女王が現れ……吹っ飛んだー!?
「このようにすぐ動けるからですよ」
刺突の残身から体を起こす彼女の髪は白銀に染まり、剣戟の残滓の如く、舞い上がった氷の粒が木漏れ日の中で舞い踊る。
「さぁ、ここからは『何度言っても懲りないのなら、やはり体で覚えてもらうのが一番なんでしょうね』の時間ですよ、いつまでも寝ていないでください……ね」
何度も何も、この古妖今までの古妖とは別個体だから完全に初見だったりする。わけがわからず、取りあえず弓引くように構えられた刺突剣を前に、身の危険だけは感じた女王が怯え始めたところで大和の髪が銀の輝きを放ち、瞳が妖艶なアメジストの輝きを放つ。
「お茶は楽しく頂くもの。兎さんが時間を守れないことはよくないけれども、他の仲間まで巻き込んでしまっては迷惑なだけよ?」
大和の周囲を無数の術符が舞い、一枚が彼女の手元へ飛んだ。
「何事も、やり過ぎてしまっては逆効果になるものよ」
人差し指と中指で挟み気力を込めた瞬間、雷が落ちる。まさしく青天の霹靂と言わんばかりに、突然の落雷が直撃した女王が黒煙を上げる。
「さーて、女王様、覚悟はいいか!」
どうみてもよくねーよ、ちょっと待ってあげてよ、まさかの出合い頭にぶっ飛ばされて出鼻をくじかれた挙句、連携されて女王様今混乱して……。
「もいっちょビリビリっとな!!」
あー! まだ立ち上がってもないのに二回目の落雷がー!!
「えっと……一応防御態勢を……」
防御も何も必要ない状況なのだが、倖の大目的が生徒たちの無事の帰還。ここで下手に油断して、反撃でも喰らおうものなら目も当てられない。自身の体を土で覆い、鎧を形成。前衛に立ち、あるかもしれない反撃に備えた……反撃できるといいな……。
「動くとお腹が痛くなるんだから……動かなければいいんだよね!」
そうね、そうなんだけどね、渚ちゃんは何で注射器を構えてるのかな?
「私だって飛び道具くらい……!」
メタルケースから取り出した注射器をシューッ! トタタッ! と三本の針が突き刺さる!!
「ギャハハハ! ハートの女王様よォ! 俺は首狩り白兎だからよォ……」
女王が額に刺さった注射器で涙目になっている隙に直斗が素早く背後に回り、赤青二色の柄と鞘を持つ双刀を鋏のように構えて女王の首を捉えた。
「あんたの首貰うぜ?」
ザクッ、ゴロ……。
●絵本の続き
「意外とあっけないわね……でも、食後の運動には丁度よかったのではないかしら?」
逃げていくトランプ兵を見送り、髪と瞳の色が戻る大和。そうね、出現と同時に奇襲染みた事されなければ女王様ももっと戦えたと思うよ。
「あ、体が……また一緒にお茶会しような!」
少しずつ薄れていく自分の体を見た翔が、未だにぐてっとしながらもこちらを見ている兎たちに手を振りながら、現実へと帰って行く……。
「で、覚悟はよろしいですか?」
満面の笑みを浮かべる結鹿。目の前には転がる絵本とさっき首が落ちたはずの女王様。えぇ、古妖さんご本人です。
「今日紅茶を飲んだ時みたいにアレンジもたまには悪くないけど……最近はちょっとおとぎ話をリメイクした感じの映画も見かけるしさ。でも、極端にお話をいじっちゃったらだめだよ。元々の話の良さってあると思うんだ。元々のお話が好きな人に嫌われちゃうよ?」
困ったように眉根を寄せて、ジッと顔を覗き込む渚だが、古妖が目を合わせてくれない。理由はお察しの方も多いかもしれないが、背後に般若の幻覚を従えた笑顔の結鹿である。
「新しいお話にしてみたかったのかもしれないけど、あんまり変えすぎちゃったら、もう別のお話なんだからね?」
「待って!」
言い聞かせて離れようとする渚の手を取り、背後に古妖が隠れる。でもお説教タイムからは逃げられません☆
「こーよーうーさん?」
「ひぃ!?」
古妖が中学生に説教されるという珍しい(一部の人にとっては見慣れた?)光景を目の当たりにする倖も苦笑しか出てこないが、ふとあることを思いつく。
「そういえば、ハートの女王は元から暴君でしたね。せっかくですので、絵本の後ろに『改心しました』というページでも付けてしまいましょうか」
「ギャハハ! 古妖本人がやったんじゃロクな話にならねェからな!!」
「あ、じゃあ俺たちのお茶会の話も入れようぜ!」
こうして、男性陣によって絵本は改変されていくのだった。
「本に触れば中に入れてしまう。中に入っても楽しく過ごせるだけであれば、子どもたちが喜ぶ夢のような能力なのだけれども……実際は困ったことばかりのようね」
『月々紅花』環 大和(CL2000477)は取り込まれた世界を見回し、ため息一つ。どこもかしこも正に夢物語の世界だが、妙な気配のような物を感じる……ここがただ平穏な世界というわけではないという証拠なのかもしれない。既にいくつかの物語を体験してきた『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)は頭痛を覚えたようにこめかみに手を当てた。
「ふぅ……古妖の絵本ですか……」
幾度となく説教(物理)とお説教(本物)を繰り返した結鹿だったが、どうしてこうも同じ事件が繰り返されるのかが疑問で仕方ない。
「あぁ……この古妖さんたち、横のつながりが全然ないんだ……死ぬような思いした子もいるのに……」
彼女なりの解答に至り、先ほどとは違う意味で頭痛を覚えた結鹿だが、本のあり方の一つを考えれば、ある意味至極当然の帰結かもしれない。
「絵本の古妖なあ……あ、古妖の絵本、か。てか、この絵本って何の話だ? お茶会するような話ってあったかなあ……?」
何か大切な事に気づいた雰囲気の覚者がいれば、逆に能天気な覚者もいるわけで。本日のお気楽枠、『白の勇気』成瀬 翔(CL2000063)は脳内の図書館から絵本を検索……してたんだけど、見つかる前に紳士的な姿の兎が懐中時計片手に駆け抜けていく。それを見送る翔は『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)と見比べて。
「直斗もあの格好したら似合うんじゃねーかなぁ?」
「ギャハハ! 俺があんな小奇麗な格好するかっつーの!!」
笑いかける翔に大爆笑する直斗(執事服)。何を言っているのか分からないというあなたの為に現状を説明しよう。紳士的なタキシードに身を包んだ兎を大爆笑で見送る執事姿の直斗という、似たような服着てお前は何を言ってるんだ状態の兎さんです。
「これで他者に危害を加えなければ、本当に素敵な古妖さんだったんですけどね……」
追いかけますよ、一言言い残して『願いの花』田中 倖(CL2001407)は一足先に兎の後を追う。
「皆お待たせ!」
「やっと来たか……で、そっちはお客さんかな?」
「え?」
まさかの追われてる事に気づいてなかった時計の兎。振り向いた途端に覚者に気づいてビクッと跳ねた。そんな彼を驚かさないように、大和はできる限り柔和な表情と声音で語りかける。
「こんにちは、兎さん達。お茶会楽しそうね……仲間に入れてもらえるかしら? お菓子や紅茶に合うフレーバーも沢山持ってきたのよ」
「構いませんとも。これは開かれたお茶会、どこのどなたでも、お茶を楽しみたいという想いがあるのなら仔細は問いません」
まとめ役らしき兎に促され、覚者たちはテーブルにつくのだった。
●地味に辛いと思うんだ
談笑とカップとソーサーが重なる音が森に鳴る。ゆっくりと時が流れるような、不思議な感覚すらしてくる穏やかな一時……こうして覚者たちは兎たちと茶会を楽しみ、現実世界へ帰って行くのだった……なんて綺麗にまとまったら誰も苦労しない。
「うぷ……もう……だめ……」
ちーん。自分の意思と関係なく紅茶を飲み続けた兎が力尽きた……覚者たちも異常に気付いて、ていうか巻き込まれてた。
「なんだろ……私の知ってる不思議な国のアリスにはこんなホラーっぽい場面は無かったはずなんだけど」
『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が首を傾げつつくぴくぴ、このオチが見えていた覚者たちはゆーっくり飲んでたりする。
「ギャハハハ! 兎共と終わらないお茶会たァ……不思議な国に迷い込んだアリスみたいじゃねぇか!」
ここからが本番だ。そう言わんばかりに大笑いする直斗はお湯を大量に沸かして茶葉を用意。ビスケットをかじる渚が苦笑する。
「みたいっていうか、正にそのお話なんだよね……」
「旦那様、お嬢様、カモミールでございます」
誰だお前? て言いたくなるくらいキャラの変わった直斗が恭しく一礼しつつ、紅茶とカステラを差し出して。
「いやはや、雰囲気って結構大事だぜ? ただ飲むだけじゃ苦痛かもしれねェが、こういう風に上品なお茶会って感じにすると意外と飲めるもんだぜ?」
あまりの豹変ぶりにポカンとする覚者達にギャハハ! 一瞬だけ戻った直斗がイタズラに成功した子どものように笑いながら、カップを傾ける。
「ハーブティーには、これかな?」
渚が取り出したのは甘みを抑えたフィナンシェ。特別な味はつけず、バター本来の柔らかな甘みを感じさせるプレーンフレーバーが、カモミールの心を落ち着かせる香りと重なり、少し眠気さえ誘ってくる。
「はっ!?」
うとうとしていた翔が自分の頬を張り、気合いを入れ直して次の紅茶を前に身構える。
「甘いと飽きるから砂糖は使わない方がいいって、こんなのを教えて貰ったんだ。みんなが持ってきてくれたお菓子もあるし、よっしゃ、じゃあやるぞー! 直斗よろしく!」
「テメーがやるんじゃねェのかよ!?」
投げ渡されたリンゴをすりおろし、紅茶に合わせて香りを変える。香りを確かめて調整してから、兎の執事は一同の前へ。
「こちらはアップルティーになります。お好みで蜂蜜を添えてお召し上がりください」
ティーセット用の小さなミルクカップに蜂蜜を注いだ直斗が離れると、渚がオレンジスライスのパウンドケーキを切り分けた。
「果物繋がりでどうかな? 甘みは控えめだから合うと思うんだけど……あっ、ドライフルーツのフィナンシェもあるよ!」
色とりどりの乾燥果実が散りばめられた焼き菓子は見た目も美しく、それこそ絵本に登場する宝物のよう。しっとりしたパウンドケーキは焼き上げた事で失われたはずのオレンジの水分を補い、まるでジューシーな果実をケーキに仕立て上げたかの如く。
「シンプルなお菓子にして正解だったかしら?」
大和が持ち込んでいたのはスコーン。紅茶に合わせて味付けはせず、代わりに様々なジャムをお供に。小さな丸いパンを割れば中からふんわりした生地が顔を見せ、白い素肌に赤いイチゴジャムが映える。
「甘くないのに紅茶が進む……」
スコーンにブルーベリージャムを乗せた渚が手を口元に添えて驚きを口に。シンプルなスコーンにやや酸味の強いジャム。その味わいを紅茶の香りがさらっていく、吹き抜ける花の香りのような一瞬……。
「スコーンそのものは他の味を楽しむための、基盤になるものなの。そこに好きなジャムを添えて食べたり、直接ジャムを口に含んで紅茶を飲んだ後、後味をリセットするために食べたり……スコーンと紅茶は、かけがえのない相棒のような物なのよ」
渚に微笑みかけつつ、大和はきょろり。
「甘いものばかりだと、ちょっとしょっぱい物も欲しいわね……」
「それならこちらをどうぞ」
倖が差し出したのはメレンゲクッキー。普通なら甘そうなものなのだが。
「甘しょっぱい……?」
真っ白な雲を思わせるクッキーの意外な味わいに少し驚いた風の大和に、倖は思惑が正しかったことを感じて微笑んだ。
「きっと、甘いお菓子でいっぱいになるだろうな、と思いまして、塩バニラ味にしてみたんです。いかがですか?」
口に含めば舌の上で解けるように溶けて消えゆく淡雪のように。バニラの残り香と塩味が甘味に麻痺してきた舌の味覚を叩き起こし、紅茶本来の香り高い甘味を思い出させてくれる。
「むむ、皆さん色々お持ちですね……」
称号的な意味で今回の大本命、結鹿が果物を手に……果物? お菓子じゃなくて?
「紅茶と果物だって、組み合わせ次第で色々なバリエーションが楽しめるんですよ?」
まずは紅茶を煮だして数分ほど蒸らし、その間に果物をカット。リンゴで兎を形作り、ぶどうの皮を慎重に『切り取って』時計を描きあげる。
「そろそろかな?」
蒸らしていた紅茶から茶葉を取り出して砂糖を溶かし、氷の入ったボウルに移してしっかり冷やし、溶け残った氷は取り除いてしまった。ここで結鹿がちょっと悔しそうに拳を握る。
「本当はここで赤ワインを加えて、味に深みを出したかったんですが……」
未成年の彼女ではお酒は用意できなかったらしい。代わりに葡萄ジュースを混ぜ合わせて果実の香りと紅茶の風味にコクを加えて、カットした果物を投入。
「ティーパンチアリス風、完成です!」
「ギャハハ! 今回の事件に合わせて、時計と兎なのな!」
主人公アリスは今回出てこないからね。しかし不思議の国のアリスが好きな兎さんこと直斗はボウルを眺めてじー……ちょっと気に入ったかも?
「ここで茶葉を消費する為のもう一品です!」
多めの茶葉を煮出した、濃い目の紅茶を淹れる結鹿。このままだと渋みが強くて飲めたものではないのだが、当然ここで終わる結鹿ではない。濃すぎる紅茶を氷の入ったグラスに注ぎ、しっかり冷やしてからオレンジとグレープフルーツを絞った果汁と炭酸水を混ぜる。
「こ、これが大切です……!」
輪切りにしたオレンジの実を一部抜き取る結鹿。それをスライスして切り込みを入れたグレープフルーツに乗せれば、オレンジ色の果実の隙間から赤いグレープフルーツの実が顔を覗かせる、柑橘時計の完成。後はグレープフルーツの切り込みをコップの縁に噛ませて文字盤が見えるように整えれば……。
「ティースカッシュの完成です」
ふー、繊細な作業を終えた結鹿が長い息を吐いた。
「わー……飲むのがちょっともったいないね」
渚が苦笑するも、飲まないと事件が解決しないし、飲んでもらうために作ったのだから、結鹿としても目いっぱい楽しんでほしい所。
「ふむ……」
実はお菓子作りが好きなスイーツ男子だったりする倖。皮を剥くのではなく切り取る技術、二つの果実を重ねて色彩を織紡ぐ工夫……学ぶところでもあったのかもしれない……そこで真剣な顔したまま苺ジャムつけたバームクーヘンかじってなければカッコよかったのに、甘党男子がモロに出て台無しである。
「そういえば、結鹿さん作ってばかりであまり楽しめてないみたいだけど……大丈夫?」
「ていうか少し飲んでくれ……」
不安そうな渚と、戦闘形態に変化して、内臓を物理的に大きくしてなおグロッキーな翔。色々な工夫があってここまで来たが、一人飲まない奴がいるとそりゃ他の奴の負担が大きくもなる。でもまー。
「え、結鹿さん飲んでないんですか?」
スイーツ男子こと倖がめっちゃ食うわ飲むわでギリギリ何とかなってたりする。
「それで、ここまで作るとむしろ飲まない工夫をしていたようにも見えるけど……何か意味があるのかしら?」
けふ、微かな吐息をこぼす大和。見た目クールな彼女は分かりにくいが、実は満腹で結構ピンチ……主にカロリー的な意味で。しかしこのお仕事を受けた時点で、最近の最大の敵との遭遇は想定していたはず、多分、恐らく、メイビー。
●もはや敵が可哀想なレベル
「それはですね……」
「お前達!」
結鹿が説明しようとした時だ。トランプの兵隊を引き連れた女王が現れ……吹っ飛んだー!?
「このようにすぐ動けるからですよ」
刺突の残身から体を起こす彼女の髪は白銀に染まり、剣戟の残滓の如く、舞い上がった氷の粒が木漏れ日の中で舞い踊る。
「さぁ、ここからは『何度言っても懲りないのなら、やはり体で覚えてもらうのが一番なんでしょうね』の時間ですよ、いつまでも寝ていないでください……ね」
何度も何も、この古妖今までの古妖とは別個体だから完全に初見だったりする。わけがわからず、取りあえず弓引くように構えられた刺突剣を前に、身の危険だけは感じた女王が怯え始めたところで大和の髪が銀の輝きを放ち、瞳が妖艶なアメジストの輝きを放つ。
「お茶は楽しく頂くもの。兎さんが時間を守れないことはよくないけれども、他の仲間まで巻き込んでしまっては迷惑なだけよ?」
大和の周囲を無数の術符が舞い、一枚が彼女の手元へ飛んだ。
「何事も、やり過ぎてしまっては逆効果になるものよ」
人差し指と中指で挟み気力を込めた瞬間、雷が落ちる。まさしく青天の霹靂と言わんばかりに、突然の落雷が直撃した女王が黒煙を上げる。
「さーて、女王様、覚悟はいいか!」
どうみてもよくねーよ、ちょっと待ってあげてよ、まさかの出合い頭にぶっ飛ばされて出鼻をくじかれた挙句、連携されて女王様今混乱して……。
「もいっちょビリビリっとな!!」
あー! まだ立ち上がってもないのに二回目の落雷がー!!
「えっと……一応防御態勢を……」
防御も何も必要ない状況なのだが、倖の大目的が生徒たちの無事の帰還。ここで下手に油断して、反撃でも喰らおうものなら目も当てられない。自身の体を土で覆い、鎧を形成。前衛に立ち、あるかもしれない反撃に備えた……反撃できるといいな……。
「動くとお腹が痛くなるんだから……動かなければいいんだよね!」
そうね、そうなんだけどね、渚ちゃんは何で注射器を構えてるのかな?
「私だって飛び道具くらい……!」
メタルケースから取り出した注射器をシューッ! トタタッ! と三本の針が突き刺さる!!
「ギャハハハ! ハートの女王様よォ! 俺は首狩り白兎だからよォ……」
女王が額に刺さった注射器で涙目になっている隙に直斗が素早く背後に回り、赤青二色の柄と鞘を持つ双刀を鋏のように構えて女王の首を捉えた。
「あんたの首貰うぜ?」
ザクッ、ゴロ……。
●絵本の続き
「意外とあっけないわね……でも、食後の運動には丁度よかったのではないかしら?」
逃げていくトランプ兵を見送り、髪と瞳の色が戻る大和。そうね、出現と同時に奇襲染みた事されなければ女王様ももっと戦えたと思うよ。
「あ、体が……また一緒にお茶会しような!」
少しずつ薄れていく自分の体を見た翔が、未だにぐてっとしながらもこちらを見ている兎たちに手を振りながら、現実へと帰って行く……。
「で、覚悟はよろしいですか?」
満面の笑みを浮かべる結鹿。目の前には転がる絵本とさっき首が落ちたはずの女王様。えぇ、古妖さんご本人です。
「今日紅茶を飲んだ時みたいにアレンジもたまには悪くないけど……最近はちょっとおとぎ話をリメイクした感じの映画も見かけるしさ。でも、極端にお話をいじっちゃったらだめだよ。元々の話の良さってあると思うんだ。元々のお話が好きな人に嫌われちゃうよ?」
困ったように眉根を寄せて、ジッと顔を覗き込む渚だが、古妖が目を合わせてくれない。理由はお察しの方も多いかもしれないが、背後に般若の幻覚を従えた笑顔の結鹿である。
「新しいお話にしてみたかったのかもしれないけど、あんまり変えすぎちゃったら、もう別のお話なんだからね?」
「待って!」
言い聞かせて離れようとする渚の手を取り、背後に古妖が隠れる。でもお説教タイムからは逃げられません☆
「こーよーうーさん?」
「ひぃ!?」
古妖が中学生に説教されるという珍しい(一部の人にとっては見慣れた?)光景を目の当たりにする倖も苦笑しか出てこないが、ふとあることを思いつく。
「そういえば、ハートの女王は元から暴君でしたね。せっかくですので、絵本の後ろに『改心しました』というページでも付けてしまいましょうか」
「ギャハハ! 古妖本人がやったんじゃロクな話にならねェからな!!」
「あ、じゃあ俺たちのお茶会の話も入れようぜ!」
こうして、男性陣によって絵本は改変されていくのだった。
